(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】X線スペクトル解析装置及び方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2252 20180101AFI20230704BHJP
【FI】
G01N23/2252
(21)【出願番号】P 2021047329
(22)【出願日】2021-03-22
【審査請求日】2022-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村野 孝訓
(72)【発明者】
【氏名】越谷 翔悟
(72)【発明者】
【氏名】寺内 正己
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-181091(JP,A)
【文献】特開2006-177752(JP,A)
【文献】特開2020-204483(JP,A)
【文献】特開平10-111261(JP,A)
【文献】特開2019-109201(JP,A)
【文献】特開2006-105792(JP,A)
【文献】米国特許第04962516(US,A)
【文献】寺内正己,軟X線発光分光の基礎とその応用,日本結晶学会誌,日本,2019年02月28日,61巻 1号,p.2-6,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj/61/1/61_2/_pdf/-char/ja
【文献】山田克美,軟X線分光法によるガス軟窒化鋼の窒素定量法,鉄と鋼,日本,2020年12月31日,107巻 1号,p. 73-81,https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane/107/1/107_TETSU-2020-078/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成するスペクトル生成部と、
前記注目波形の解析により前記副元素の定量情報を得る解析部と、
を含み、
前記X線スペクトルは100eV以下の軟X線スペクトルであり、
前記試料における副元素の含有率は1%以下であり、
前記解析部は、
基準波形を記憶した記憶部と、
前記注目波形を前記基準波形と比較する比較部と、
前記比較部による比較の結果に基づいて前記副元素の定量情報を演算する演算部と、
を含み、
前記基準波形は、前記主元素を含み且つ前記副元素を含まない基準試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成された軟X線スペクトルに含まれる波形であって、前記主元素において価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である、
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項2】
請求項1記載のX線スペクトル解析装置において、
前記注目波形には、第1注目ピーク及び第2注目ピークが含まれ、
前記基準波形には、第1基準ピーク及び第2基準ピークが含まれ、
前記比較部は、前記第1注目ピークを前記第1基準ピークと比較し且つ前記第2注目ピークを前記第2基準ピークと比較し、
前記演算部は、前記第1注目ピークを前記第1基準ピークと比較した結果及び前記第2注目ピークを前記第2基準ピークと比較した結果に基づいて前記副元素の定量情報を演算する、
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項3】
請求項
1記載のX線スペクトル解析装置において、
前記比較部による比較の結果として複数の特徴量が求められ、
前記演算部は前記複数の特徴量に基づいて前記副元素の定量情報を演算する
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項4】
請求項
1記載のX線スペクトル解析装置において、
前記演算部は、前記比較の結果の大小と前記副元素の含有量の大小との関係を示す検量線に従って、前記比較の結果から前記副元素の定量情報として前記副元素の含有量を演算する、
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項5】
請求項
1記載のX線スペクトル解析装置において、
前記比較部は、前記注目波形と前記基準波形との間で前記比較の結果としてシフト量を求め、
前記演算部は、前記シフト量に基づいて前記副元素の定量情報を演算する、
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項6】
請求項1記載のX線スペクトル解析装置において、
前記スペクトル生成部は、前記試料における複数の位置に対応する複数のX線スペクトルを生成し、
前記解析部は、前記複数のX線スペクトルに含まれる複数の注目波形の解析により、前記副元素についての複数の定量情報を演算し、
前記複数の定量情報に基づいて副元素マップを作成するマップ生成部が設けられた、
ことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項7】
請求項6記載のX線スペクトル解析装置において、
前記試料を表す試料画像を生成する試料画像生成部と、
前記試料画像に対して前記副元素マップを合成して合成画像を生成する合成画像生成部と、
を含むことを特徴とするX線スペクトル解析装置。
【請求項8】
注目波形を含むX線スペクトルを解析するX線スペクトル解析方法において、
前記X線スペクトルは、既知の主元素及び既知の副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成され、
前記X線スペクトルは100eV以下の軟X線スペクトルであり、
前記試料における副元素の含有率は1%以下であり、
前記注目波形は、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形であり、
前記注目波形の形態が前記試料における前記副元素の含有量の大小に応じて変化し、
当該X線スペクトル解析方法は、
前記注目波形を基準波形と比較することにより前記注目波形の形態の変化量を演算する工程と、
前記変化量に基づいて前記副元素の含有量を演算する工程と、
を含
み、
前記基準波形は、前記主元素を含み且つ前記副元素を含まない基準試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成された軟X線スペクトルに含まれる波形であって、前記主元素において価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である、
ことを特徴とするX線スペクトル解析方法。
【請求項9】
情報処理装置において実行されるプログラムであって、
主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成する機能と、
前記注目波形の解析により前記副元素の定量情報を生成する機能と、
を含み、
前記X線スペクトルは100eV以下の軟X線スペクトルであり、
前記試料における副元素の含有率は1%以下であり、
前記副元素の定量情報を生成する機能は、
前記注目波形を基準波形と比較する機能と、
前記注目波形を前記基準波形と比較した結果に基づいて前記副元素の定量情報を演算する機能と、
を含み、
前記基準波形は、前記主元素を含み且つ前記副元素を含まない基準試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成された軟X線スペクトルに含まれる波形であって、前記主元素において価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である、
ことを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線スペクトル解析装置及び方法に関し、特に、主元素及び副元素を含む試料から取得した特性X線スペクトルの解析に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数百eV以下の軟X線領域に属する特性X線を測定する装置が注目されている。その特性X線のスペクトルを観測及び解析することにより、試料における価電子帯の状態、例えば、原子間の化学的結合様態、を解明し得る。例えば、走査電子顕微鏡(SEM)、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)等に軟X線分光器が設けられる。
【0003】
非特許文献1には、軟X線分光器を備えた走査電子顕微鏡が開示されおり、また、組成の異なる複数の試料から得られた複数の軟X線スペクトルが開示されている。非特許文献1には、それら複数の軟X線スペクトル間のずれについての言及が含まれるが、試料中の主元素から得た信号から試料中の副元素を定量解析する方法は開示されていない。
【0004】
なお、特許文献1及び特許文献2には、微量元素を定量解析する方法が開示されているが、それらの文献にも、試料中の主元素から得た信号から試料中の副元素を定量解析する方法は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-255689号公報
【文献】特開2001-305081号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】寺内他、SEMでの軟X線発光分光による化学状態分析、表面科学、Vol. 36, No. 4, pp. 184-188, 2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
試料中に主元素が支配的に含まれ、同じ試料中に微量の副元素(例えば添加物、不純物)が含まれている場合において、副元素から放出される特性X線を検出しても、十分な信号強度を得ることはできない。仮に、副元素の特性X線スペクトルを観測できたとしても、そのような特性X線スペクトルに基づく定量解析結果には大きな誤差が含まれてしまう。一方、副元素から放出される特性X線の強度を高めるために試料へ照射する電子線の照射電流を大きくすると、試料損傷の問題が生じ易くなる。SN比を向上するために信号積算時間を長くすることも考えられるが、その場合には測定時間が長くなってしまう。副元素の定量解析に際し、試料中に多く含まれる主元素から得られた信号を利用又は参照できるならば、非常に好都合であるが、そのような測定方法は未だ実現されていない。
【0008】
本発明は、試料中に主元素と副元素が含まれている場合において、副元素の定量情報を精度良く取得できるX線スペクトル解析装置及び方法を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、主元素から得られる信号に基づいて副元素の定量情報を演算し得る新しい測定方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るX線スペクトル解析装置は、主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成するスペクトル生成部と、前記注目波形の解析により前記副元素の定量情報を生成する解析部と、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係るX線スペクトル解析方法は、注目波形を含むX線スペクトルを解析するX線スペクトル解析方法であって、前記X線スペクトルは、既知の主元素及び既知の副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成され、前記注目波形は、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形であり、前記注目波形の形態が前記試料における前記副元素の含有量の大小に応じて変化し、当該X線スペクトル解析方法は、前記注目波形を基準波形と比較することにより前記注目波形の形態の変化量を演算する工程と、前記変化量に基づいて前記副元素の含有量を演算する工程と、を含むことを特徴とする。
【0011】
本発明に係るプログラムは、情報処理装置において実行されるプログラムであって、主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成する機能と、前記注目波形の解析により前記副元素の定量情報を生成する機能と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、試料中の副元素の定量情報を精度良く取得できる。あるいは、本発明によれば、主元素から得られる信号に基づいて副元素の定量情報を演算できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係るX線スペクトル解析装置を示すブロック図である。
【
図3】副元素解析部の構成例を示すブロック図である。
【
図6】副元素を定量する方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るX線スペクトル解析装置は、スペクトル生成部、及び、解析部を有する。スペクトル生成部は、主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成する。解析部は、注目波形の解析により副元素の定量情報を得るものである。
【0016】
原子における価電子帯(外殻)の状態は、その周囲に存在する他の原子の影響を受けて変化する。価電子帯から内殻への電子の遷移により生じる特性X線(特に軟X線領域に属する特性X線)には、価電子帯の状態が反映されている。それ故、その特性X線の観測により生成されるX線スペクトルの解析を通じて、観測対象となる主元素の周囲に存在する副元素についての情報を取得することが可能となる。そのような考え方に基づき、上記構成は、価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有の注目波形に基づき、主元素の周囲に存在する副元素の定量解析を行うものである。
【0017】
試料中には多数の主元素が含まれるため、通常、X線スペクトル中において注目波形は比較的に顕著に現れる(あるいは顕著に現れる波形が注目波形として選ばれる)。よって、試料中において副元素が微量しか存在せず、副元素由来の波形を観測困難な場合においても、一定の条件が満たされる限りにおいて、副元素の定量解析を行うことが可能となる。上記構成によれば、電子線の照射電流を大きくする必要がないので試料の損傷の問題を回避でき、また、信号積算期間を長くとる必要がないので測定時間を短くできる。
【0018】
更に説明すると、上記構成は、主元素固有の注目波形が試料中の副元素の含有量の大小によって変化することを前提とするものである。主元素及び副元素は、その前提が成り立つ2つの元素の組み合わせである。例えば、主元素及び副元素が既知であり、且つ、副元素の含有量が未知である場合に、上記構成が効果的に機能する。試料中に主元素及び副元素ではない第三の元素が存在していても、第三の元素が注目波形に対してあまり影響を与えない限りにおいて、上記構成を機能させ得る。
【0019】
なお、本願明細書では、X線スペクトルに含まれるL線ピークやK線ピークを波形と称している。上記の定量情報は、典型的には含有量であり、含有量の概念には、含有率、濃度等が含まれる。
【0020】
実施形態において、解析部は、基準波形を記憶した記憶部と、注目波形を基準波形と比較する比較部と、比較部による比較の結果に基づいて副元素の定量情報を得る演算部と、を含む。この構成は、注目波形と基準波形の比較により、副元素の含有量に応じた波形変化を特定するものである。例えば、注目波形を基準波形と比較することにより、特徴量としてシフト量を特定できる。シフト量から副元素の定量情報が演算される。他の特徴量として、ピークレベル差、ピーク比率、面積差分、面積比率、等が挙げられる。複数の特徴量から副元素の定量情報が演算されてもよい。学習済み推定器を用いて注目波形から副元素の定量情報が演算されてもよい。
【0021】
実施形態において、基準波形は、主元素を含み且つ副元素を含まない基準試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成されたX線スペクトルに含まれる波形であって、主元素において価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である。この構成は、副元素を含まない基準試料を用いて基準波形を事前に成しておくものである。副元素含有量が異なる複数の基準試料から複数の基準波形を取得しておき、それらの中から注目波形に最も近い基準波形を特定することにより、副元素の含有量を特定してもよい。
【0022】
実施形態において、演算部は、比較の結果の大小と副元素の含有量の大小との関係を示す検量線に従って、比較の結果から副元素の定量情報として副元素の含有量を演算する。検量線は、副元素の含有量を異ならせた複数の標準試料の測定により事前に生成し得る。
【0023】
実施形態において、比較部は、注目波形と基準波形との間で比較の結果としてシフト量を求める。演算部は、シフト量に基づいて副元素の定量情報を演算する。実施形態において、シフト量は、例えば、注目波形中の特定ピークの重心と基準波形中の特定ピークの重心の間の距離として定義される。
【0024】
実施形態において、スペクトル生成部は、試料における複数の位置から取得された複数のX線スペクトルを生成する。解析部は、複数のX線スペクトルに含まれる複数の注目波形の解析により、複数の定量情報を演算する。複数の定量情報に基づいて副元素マップを作成するマップ生成部が設けられる。これによれば副元素含有量の二次元分布を視覚的に特定することが可能となる。
【0025】
実施形態に係るX線スペクトル解析装置は、試料画像生成部、及び、合成画像生成部を有する。試料画像生成部は、試料を表す試料画像を生成する。合成画像生成部は、試料画像に対して副元素マップを合成して合成画像を生成する。試料画像は、例えば、反射電子画像、二次電子画像等である。
【0026】
実施形態に係るX線スペクトル解析方法は、注目波形を含むX線スペクトルを解析する方法である。X線スペクトルは、既知の主元素及び既知の副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて生成される。注目波形は、主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である。注目波形の形態が試料における副元素の含有量の大小に応じて変化する。実施形態に係るX線スペクトル解析方法は、変化量演算工程、及び、定量情報演算工程を有する。変化量演算工程では、注目波形を基準波形と比較することにより注目波形の形態の変化量が演算される。定量情報演算工程では、変化量に基づいて副元素の含有量が演算される。
【0027】
実施形態に係るプログラムは、情報処理装置において実行されるプログラムである。当該プログラムは、生成機能、及び、解析機構を有する。生成機能は、主元素及び副元素を含む試料から放出された特性X線の検出により得られた検出信号に基づいて、前記主元素における価電子帯から内殻への電子の遷移により生じた主元素固有波形である注目波形を含むX線スペクトルを生成する機能である。解析機能は、注目波形の解析により副元素の定量情報を生成する機能である。
【0028】
上記プログラムは、可搬型記憶媒体又はネットワークを介して、情報処理装置へインストールされる。情報処理装置の概念には、コンピュータ、X線スペクトル処理装置、走査電子顕微鏡、電子プローブマイクロアナライザ等が含まれ得る。
【0029】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係るX線スペクトル解析装置が開示されている。図示されたX線スペクトル解析装置は、軟X線分光機能を備える走査電子顕微鏡である。測定対象となる試料として、例えば、シリコン基板中のボロン(主元素Si、副元素B)、リチウム電池における負極材料(主元素Si、副元素Li)、等である。副元素は、添加物や不純物に相当する。鉄鋼材料が測定対象とされてもよい。その場合、鉄鋼材料中の微量元素が副元素となる。試料中において副元素の含有率(重量%)は、数%以下であり、具体的には1%以下である。
【0030】
試料の組成(特に主元素及び副元素の組み合わせ)は既知であり、副元素の含有量のみが未知である。試料中に副元素が僅かしか含まれない場合、通常、その定量解析は非常に困難であるが、実施形態においては、以下に説明するように、X線スペクトル中に顕著に現れる主元素固有波形から副元素の定量情報を求め得る。
【0031】
X線スペクトル解析装置は、測定部10及び情報処理部12を備える。測定部10は軟X線測定器14を備える。それは分光機能を有する。軟X線測定器14は、実施形態において、波長分散型X線分光器により構成されるが、それがエネルギー分散型X線分光器により構成されてもよい。測定部10から情報処理部12へ軟X線検出信号が送られている。また、測定部10から情報処理部12へ反射電子検出信号及び二次電子検出信号が送られている。測定部10の具体的な構成例について後に
図2を用いて説明する。
【0032】
図1において、情報処理部12は、コンピュータにより構成され、それは制御部及び演算部として機能する。コンピュータは、プログラムを実行するプロセッサを有する。プロセッサはCPUで構成される。
図1においては、プロセッサが発揮する複数の機能が複数のブロック(符号16,18,22,25,27を参照)で表現されている。
【0033】
スペクトル生成部16は、軟X線測定器14から出力された軟X線検出信号に基づいてX線スペクトル(特性X線スペクトル)を生成する。
【0034】
X線スペクトルには、試料における主元素から放出された特性X線(K線、L線等)の検出により生じた主元素固有波形であって、試料中での副元素の含有量に応じてその形態が変化する注目波形が含まれる。注目波形はピークに相当する概念である。X線スペクトルには、通常、主元素から生じた複数の特性X線に対応する複数の波形が含まれる。それらの中から副元素の定量解析に適する波形が注目波形として選択される。複数の注目波形が副元素の定量解析で参照されてもよい。
【0035】
スペクトル生成部16により生成されたX線スペクトルを表す情報が主元素解析部18及び副元素解析部20へ送られている。また、その情報は表示処理部22にも送られているが、
図1においてはその図示が省略されている。
【0036】
主元素解析部18は、必要に応じて、主元素について定性解析及び定量解析を行うものである。通常、X線スペクトルの解析により、組成を特定でき、また含有量を特定できる。主元素解析部18の解析結果を示す情報が表示処理部22へ送られている。
【0037】
副元素解析部20は、X線スペクトルに含まれる主元素固有波形つまり注目波形の解析により、副元素の定量解析を行うものである。実施形態においては、注目波形が基準波形と比較されており、その比較結果から副元素の定量情報が演算されている。定量情報は、典型的には含有量であり、具体的には含有率である。
【0038】
基準波形は、副元素を含まない基準試料から放出された特性X線の測定により得られた基準X線スペクトルに含まれる主元素固有波形である。基準試料と測定対象試料とは副元素を含むか否かの点で相違し、副元素を除外したところでの組成は両者とも同じである。実施形態においては、基準波形からの注目波形のシフト量が演算され、後述する検量線に従ってシフト量から副元素の含有量が演算されている。
【0039】
注目波形と基準波形の対比によりシフト量以外の他の特徴量が演算され、他の特徴量に基づいて副元素の定量情報が演算されてもよいし、注目波形と基準波形の対比により複数の特徴量が演算され、それらの複数の特徴量に基づいて副元素の含有量が演算されてもよい。演算された定量情報が副元素解析部20から表示処理部22へ送られている。
【0040】
表示処理部22は、表示器23に表示される画像を生成するものである。表示処理部22は、図示の例において、マップ生成部24及び合成部26を有している。マップ生成部24は、試料における複数の地点(具体的には複数のエリア)について演算された複数の副元素含有量に基づいて二次元の含有量分布を示すカラー画像としてのマップを生成する。その際には、含有量をカラーに変換するカラー処理が適用される。
【0041】
試料画像生成部25は、試料に対する電子線の二次元走査により出力される検出信号に基づいて試料表面を表す二次元画像としての試料画像を生成する。その際には、反射電子検出信号が利用されてもよいし、二次電子検出信号が利用されてもよい。試料画像は、例えば、白黒画像である。
【0042】
合成部26は、合成画像生成手段であり、試料画像上にマップを重畳して合成画像を生成する。表示器23には、副元素の定量情報が数値情報として表示される。試料に対して電子線が二次元走査される場合、上記合成画像が表示器23に表示される。その場合、複数の地点から得られた複数の定量情報が数値情報として表示されてもよい。表示器は例えばLCDで構成される。
【0043】
主制御部27は、X線スペクトル解析装置を構成する各要素の動作を制御し、特に測定部10の動作を制御する。主制御部27には、入力器28が接続されている。入力器28は、キーボードやポインティングデバイス等によって構成される。入力器28を利用してユーザーにより後述するROIが設定されてもよい。
【0044】
図2には、測定部10の構成例が示されている。図示された測定部10は、鏡筒40、ハウジング44、及び、軟X線測定器14を有する。鏡筒40内には、電子銃、レンズ系、偏向器等が収容されている。ハウジング44の内部が試料室42である。試料室42内には、可動ステージ46が設けられている。可動ステージ46に対して、試料48を保持したホルダ50が固定されている。
【0045】
電子線53が試料48上の測定点へ照射される。これにより測定点から様々な特性X線が放出される。その中で、例えば、300eV以下、200eV以下又は100eV以下のエネルギーを有する軟X線が軟X線測定器14により測定される。なお、測定範囲の下限は、例えば、数十eVであり、具体的には、30eV、40eV又は50eVである。
【0046】
軟X線測定器14は、波長分散型軟X線測定器である。軟X線測定器14は、波長分散デバイス58、CCD(CCDカメラ)72、コントローラ74、等を有する。波長分散デバイス58は、複数の回折格子(複数のグレーティング)60,61、交換機構66、等を有する。各回折格子(複数のグレーティング)60,61は分光器として機能する。
【0047】
回折格子60は、例えば、50~170eVの範囲内において波長分散機能を発揮する。回折格子61は、例えば、70~210eVの範囲内において波長分散機能を発揮する。それらの回折格子60,61は、選択的に使用される。交換機構66は、使用する回折格子60,61を選択する機構である。回転運動又は直線運動により、使用する回折格子60,61が交換される。
【0048】
各回折格子60,61の表面60Aには、不等間隔で複数の溝が形成されている。複数の溝の間隔が変化しているのは収差補正のためである。入射X線56に対して、波長に応じた出射角度で出射X線64が生じる。
図2においては、入射X線56の入射角度がαで示され、出射X線64の出射角度がβで示されている。符号62は表面60Aの法線である中心線を示している。なお、表面60Aは僅かに湾曲している。
【0049】
符号68は交換機構66の動作を制御する信号を示している。符号76は検出信号を示している。CCD72は二次元配列された複数の検出素子を有する。波長ごとに、つまり、検出素子列ごとに複数の検出信号が積算される。コントローラ74から出力される検出信号76に基づいてスペクトルが生成される。
【0050】
図3には、
図1に示した副元素解析部20の構成例が示されている。副元素解析部20において、比較器82は、X線スペクトル80の中の注目波形と、基準波形記憶部84に格納されている基準波形とを比較し、注目波形についての特徴量を演算するものである。
【0051】
例えば、試料から取得されたX線スペクトル80に対してROIが設定され、そのROI中の波形が注目波形とされる。それに先立って、基準試料から取得されたX線スペクトルに対してROIが設定され、ROI中に含まれる波形が基準波形とされる。基準波形が基準波形記憶部84に事前に格納される。但し、注目波形の取得後に基準波形を取得する変形例も考えられる。
【0052】
なお、上記の2つのROIは当然ながら同じ位置に設定される。換言すれば、注目波形が有する横軸及び縦軸は、基準波形が有する横軸及び縦軸と一致する。2つのROI中の2つの波形の全部ではなくそれらの特定の一部分が注目波形及び基準波形とされてもよい。後に
図4に示す実施例では、2つのROI中の2つの特定ピークが注目波形及び基準波形とされている。
【0053】
比較器82は、注目波形を基準波形と比較することにより特徴量を演算する。特徴量として、具体的には、ピーク間距離としてのシフト量が挙げられる。試料中における副元素の含有量の大小に応じてシフト量が変化する場合、シフト量から副元素の含有量を演算し得る。特徴量の大小から副元素の含有量を求めるための検量線が事前に生成され、その検量線が検量線記憶部96に格納されている。
【0054】
含有量演算器94は、検量線に従って、特徴量の大きさから副元素の含有量を演算する。例えば、検量線がシフト量の大小と副元素の含有量の大小との関係を示すものである場合、含有量演算器94は、検量線に従って、シフト量の大きさから副元素の含有量を演算する。含有量を示す情報が表示処理部へ送られる。
【0055】
試料に複数の観測エリアが設定される場合、複数の観測エリアに対応する複数の含有量が演算される。その場合、個々の観測エリア内の複数の地点から複数のX線スペクトルを取得し、それらに基づいて平均含有量が演算されてもよいし、個々の観測エリア内の代表地点からX線スペクトルを取得し、それに基づいて含有量が演算されてもよい。
【0056】
図4には、注目波形の解析方法の実施例が示されている。基準試料から得たX線スペクトル100が破線で表現されており、試料から得たX線スペクトル102が実線で表現されている。横軸は特性X線のエネルギーつまり波長を示している。縦軸は特性X線の強度を示している。なお、
図4は、実施形態を分かり易く説明するために作出された模式図である。後述する
図8も同様である。
【0057】
図4には、ROI104内を拡大したものが含まれる。ROI104内において、X線スペクトル100は、2つのピーク100A,100Bを有する。X線スペクトル102は、2つのピーク102A,102Bを有する。X線スペクトル100とX線スペクトル102との間には、副元素の存在の有無を反映した相違が生じている。
【0058】
例えば、隣接する谷のレベルによって、ピーク100A,102Aの底レベル106が規定され、底レベル以上が重心演算対象(面積演算対象)とされる。半値幅や固定値を基準として面積演算対象が特定されてもよい。
【0059】
ピーク100Aの面積演算によりピーク100Aの重心位置Aが特定され、同様に、ピーク102Aの面積演算によりピーク102Aの重心位置Bが特定される。重心位置Aから重心位置Bへの変化量がシフト量ΔEとして特定される。
【0060】
例えば、Si(シリコン)材料のみからなる基準試料及び僅かにB(ボロン)が含まれるSi材料からなる試料を観測した場合、それにより得られる2つのSi-L線ピーク間に、図示されるような相違が生じる。リチウム電池におけるC(炭素)負極材料やSi負極材料についても同様の現象が生じ得る。CのみからなるC負極材料及び微量のLi(リチウム)を含有したC負極材料を観測した場合、それにより得られる2つのC-K線ピーク間に相違が生じ得る。同様に、SiのみからなるSi負極材料及び微量のLiを含有したSi負極材料を観測した場合、それにより得られるSi-L線ピーク間に相違が生じ得る。以上挙げた各組み合わせ及び上記で説明した理論が成り立つ組み合わせに対して、実施形態に係る方法を適用し得る。
【0061】
図5には検量線の一例が模式的に示されている。縦軸はシフト量を示しており、横軸は副元素の含有量を示している。含有量を含有率と読み替えてもよい。あるシフト量ΔE1が演算された場合、そのシフト量ΔE1を検量線108に当てはめることにより、副元素の含有量X1を特定し得る。
【0062】
図6には、実施形態に係る演算方法(演算アルゴリズム)が示されている。S10では、注目波形の重心位置が特定され、S12では、基準波形の重心位置が特定される。基準波形の重心位置については事前に演算し、それを記憶しておいてもよい。S14では、2つの重心位置の差分としてシフト量が演算される。S16では、検量線に従って、シフト量から副元素の含有量が演算される。
【0063】
図7には、合成画像生成方法が模式的に示されている。図示の例では、試料110上に走査エリア112が設定される。走査エリア112は、電子線が二次元走査される領域である。走査エリア112が複数の観測エリア116に分割され、これにより観測エリアマトリクス114が構成される。
【0064】
個々の観測エリアごとに、複数の地点から複数のX線スペクトルが取得され、それらに基づいて複数の含有量が演算される。それらから平均含有量が演算される。個々の観測エリアごとに演算された平均含有量がカラーバー122に従ってカラーに変換され、変換後のカラーによって当該観測エリアが塗り潰され、つまりカラーパッチ120が生成される。複数の観測エリアに対応する複数のカラーパッチ120により、マップ118が構成される。
【0065】
マップ118は、副元素の含有量の二次元分布を示すカラー画像である。別途生成された試料画像126上にマップ118が合成され、これにより合成画像124が生成される。その場合、マップ118を通じて試料画像126が観察できるように、マップ118の透明度が定められる。合成画像124の観察により、試料上における副元素の二次元分布を認識することが可能となる。例えば、どの程度の量の副元素がどのように分布しているのかを特定することが容易となる。
【0066】
図8に基づいて、幾つかの変形例について説明する。
図8において、基準試料から取得されたX線スペクトル128には、ピーク128A及びピーク128Bが含まれ、試料から取得されたX線スペクトル130には、ピーク130A及びピーク130Bが含まれる。ピーク128Aのピークトップ位置A1とピーク130Aのピークトップ位置B1の差として、特徴量としてのシフト量が演算されてもよい。
【0067】
ピーク128AのピークトップレベルCとピーク130AのピークトップレベルDの差134を特徴量としてもよい。ピーク128Aの面積S0とピーク130Aの面積S1との差を特徴量としてもよい。ピーク128AのピークトップレベルCとピーク130AのピークトップレベルDの差134を特徴量としてもよい。ピーク128Bのピークトップ位置Eとピーク130Bのピークトップ位置Fの差136を特徴量とすることも考えられる。同様に、ピーク128BのピークトップレベルGとピーク130BのピークトップレベルHの差138を特徴量とすることも考えられる。更に、2つのピーク128A,128Bの間の谷レベルIと2つのピーク130A,130Bの間の谷レベルJの差140を特徴量とすることも考えられる。なお、シフト方向又はレベル変化方向を特徴量とすることも考えられる。
【0068】
実験により、副元素の含有量が異なる複数の標準試料を作製し、それらから複数のX線スペクトルを取得することにより、実際に使用する1又は複数の特徴量を選定し得る。
【0069】
図8に示されるように、ROI内の2つの波形に対して差分演算を適用して差分波形142を生成し、その差分波形を解析することにより、副元素の含有量を求めるようにしてもよい(符号144を参照)。学習済みの推定器を構成し、その推定器に対してX線スペクトル130又は差分波形142を与えることにより、副元素の含有量を推定してもよい。
【0070】
実施形態によれば、X線スペクトル中の主元素固有波形に基づいて微量な副元素の含有量を精度良くしかも短時間に求めることが可能である。実施形態において、測定対象となる試料として、金属、半導体、絶縁体等が挙げられる。上記実施形態において、副元素の定量解析に加えて、主元素と副元素の間の化学結合状態が解析されてもよい。
【符号の説明】
【0071】
10 測定部、12 情報処理部、14 軟X線測定器、16 スペクトル生成部、20 副元素解析部、22 表示処理部、24 マップ生成部、25 試料画像生成部、26 合成部、82 比較器(特徴量演算器)、84 基準波形記憶部、94 含有量演算器、96 検量線記憶部。