(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】脂質プロファイリングシステム、脂質プロファイリング方法、及び脂質プロファイリングプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230704BHJP
A23D 9/007 20060101ALN20230704BHJP
A23D 9/00 20060101ALN20230704BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N27/62 D
A23D9/007
A23D9/00 518
(21)【出願番号】P 2019033302
(22)【出願日】2019-02-26
【審査請求日】2022-01-07
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】馬場 健史
(72)【発明者】
【氏名】中尾 素直
(72)【発明者】
【氏名】和泉 自泰
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-226730(JP,A)
【文献】特表2005-513481(JP,A)
【文献】特開2017-191056(JP,A)
【文献】特表2018-509608(JP,A)
【文献】特表2017-524708(JP,A)
【文献】特表2018-524567(JP,A)
【文献】特表2005-512061(JP,A)
【文献】特開2015-076169(JP,A)
【文献】Christer S. Ejsing, et al.,Automated Identification and Quantification of Glycerophospholipid Molecular Species by Multiple Precursor Ion Scanning,Anal. Chem.,2006年09月01日,Vol. 78,pp. 6202-6214,doi:10.1021/ac060545x
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
H01J 49/00 - H01J 49/48
G01N 33/92
A23D 9/00 - A23D 9/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類の脂質を含む試料がタンデム質量分析装置により分析された分析結果に基づいて、前記試料の脂質プロファイリングを行う脂質システムであって、
前記分析結果から、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質の前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度を、同じ脂質クラスに属する前記複数種類の脂質についてそれぞれ取得する取得部と、
前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、脂質量比算出部と、
を備える、脂質プロファイリングシステム。
【請求項2】
前記第1種類の脂質は、前記第1種類の脂肪酸側鎖と第2種類の脂肪酸側鎖とを有し、
前記脂質量比算出部は、前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、
前記第1種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第3種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第3種類の脂質との間の量比を算出する、
請求項1に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項3】
前記第2種類の脂質は、前記第1種類の脂肪酸側鎖と第3種類の脂肪酸側鎖とを有し、
前記脂質量比算出部は、更に、前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、
前記第2種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第4種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の量比を算出する、
請求項2に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項4】
前記脂質量比算出部は、更に、
前記第1種類の脂質が有する前記第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比が示す第1の補正係数を傾きとする仮想的検量線と、
前記第2種類の脂質が有する前記第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比が示す第2の補正係数を傾きとする仮想的検量線と、を作成する、
請求項2に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項5】
前記第1種類の脂質の濃度を取得する濃度取得部と、
前記濃度取得部が取得した前記第1種類の脂質の濃度と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比とに基づいて、前記第2種類の脂質の濃度を算出する脂質濃度算出部と、
を更に備える請求項1に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項6】
前記第1種類の脂質は、前記第1種類の脂肪酸側鎖と第2種類の脂肪酸側鎖とを有し、
前記脂質量比算出部は、前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、
前記第1種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第3種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質
と前記第3種類の脂質との間の量比を算出し、
前記脂質濃度算出部は、
前記濃度取得部が取得した前記第1種類の脂質の濃度と、前記第1種類の脂質
と前記第3種類の脂質との間の前記量比とに基づいて、前記第3種類の脂質の濃度を算出する、
請求項5に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項7】
前記第2種類の脂質は、前記第1種類の脂肪酸側鎖と第3種類の脂肪酸側鎖とを有し、
前記脂質量比算出部は、更に、前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、
前記第2種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第4種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の量比を算出し、
前記脂質濃度算出部は、
前記第2種類の脂質の濃度と、前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の前記量比とに基づいて、前記第4種類の脂質の濃度を算出する、
請求項5に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項8】
前記脂質クラスが、ジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール、フォスファチジルコリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジン酸、フォスファチジルセリン、フォスファチジルイノシトール、及びフォスファチジルグリセロールからなる群より選択される、請求項1~7のいずれか一項に記載の脂質プロファイリングシステム。
【請求項9】
複数種類の脂質を含む試料をタンデム質量分析装置により分析するステップと、
前記タンデム質量分析装置の分析により得られた、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質であって、同じ脂質クラスに属する前記複数種類の脂質の、前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度を、前記脂質の種類毎に取得するステップと、
前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、ステップと、
を含む、脂質プロファイリング方法。
【請求項10】
コンピュータに、
複数種類の脂質を含む試料がタンデム質量分析装置により分析された分析結果から、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質であって、同じ脂質クラスに属する前記複数種類の脂質について、前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度を、前記脂質の種類毎に取得するステップと、
前記取得されたプロダクトイオン強度を用いて、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第1種類の脂質と同じ脂質クラスに属する第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、ステップと、
を実行させるための、脂質プロファイリングプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質プロファイリングシステム、脂質プロファイリング方法、及び脂質プロファイリングプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
脂質の脂肪酸側鎖は、主に飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸、高度不飽和脂肪酸の3種類に大別でき、各脂質クラスによってある程度メインとなる化合物が決まっている。また、高度不飽和脂肪酸は、各グリセロリン脂質を生合成する前駆体として使用されるジグリセリド(DG)ではほとんど存在しないにも関わらず、グリセロリン脂質ではその比率が大きく上昇する。このような高度不飽和脂肪酸の比率の上昇は、生体内における脂質の質を考察する上で非常に重要である。近年の質量分析装置の高感度化により、これらグリセロリン脂質の脂肪酸側鎖を定性し、そのイオン強度を測定することが可能になっている。
例えば、特許文献1には、質量スペクトルから脂質を同定する質量分析システムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
脂質分子の定量値は、化学合成標準品による外部検量線を作成して算出するのが一般的である。しかし、全ての脂質分子の標準品を入手することは現実的に難しいため網羅的な脂質分子の定量には至っていない。また、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質分子はプロダクトイオン強度が脂質分子により異なるため、同じ脂質分子同士で量を比較することはできても、異なる脂質分子同士で量を比較することはできない。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、2個以上の脂肪酸側鎖を有する、異なる脂質分子間で、量比を算出することができる、脂質プロファイリングシステム、脂質プロファイリング方法、及び脂質プロファイリングプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態は、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質の、タンデム質量分析により得られた、前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のイオン強度を、同じ脂質クラスに属する複数種類の脂質についてそれぞれ取得する取得部と、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、脂質量比算出部と、を備える、脂質プロファイリングシステムである。
【0007】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記第1種類の脂質は、第1種類の脂肪酸側鎖と第2種類の脂肪酸側鎖とを有し、前記脂質量比算出部は、前記第1種類の脂質が有する前記第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比が示す第1の補正係数と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の前記量比と、前記第1種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、第3種類の脂質が有する前記第2種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比と、に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第3種類の脂質との間の量比を算出する。
【0008】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記第2種類の脂質は、前記第1種類の脂肪酸側鎖と第3種類の脂肪酸側鎖とを有し、前記脂質量比算出部は、更に、前記第2種類の脂質が有する前記第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比が示す第2の補正係数と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の前記量比と、前記第2種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、第4種類の脂質が有する前記第3種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比と、に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の量比を算出する。
【0009】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記脂質量比算出部は、更に、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第3種類の脂質との間の前記量比と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の前記量比と、に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第3種類の脂質と前記第4種類の脂質との量比を算出する。
【0010】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記第1種類の脂質の濃度を取得する濃度取得部と、前記濃度取得部が取得した前記第1種類の脂質の濃度と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比とに基づいて、前記第2種類の脂質の濃度を算出する脂質濃度算出部と、を更に備える。
【0011】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記脂質濃度算出部は、前記濃度取得部が取得した前記第1種類の脂質の濃度と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第3種類の脂質との間の前記量比とに基づいて、前記第2種類の脂質の濃度及び前記第3種類の脂質の濃度を算出する。
【0012】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記脂質濃度算出部は、前記濃度取得部が取得した前記第1種類の脂質の濃度と、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質と前記第4種類の脂質との間の前記量比とに基づいて、前記第2種類の脂質の濃度及び前記第4種類の脂質の濃度を算出する。
【0013】
本発明の一実施形態は、上述の脂質プロファイリングシステムにおいて、前記脂質クラスが、ジアシルグリセロール、トリアシルグリセロール、フォスファチジルコリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジン酸、フォスファチジルセリン、フォスファチジルイノシトール、及びフォスファチジルグリセロールからなる群より選択される。
【0014】
本発明の一実施形態は、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質であって、同じ脂質クラスに属する複数種類の脂質を、タンデム質量分析装置により分析するステップと、前記タンデム質量分析により得られた、前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度を、前記脂質の種類毎に取得するステップと、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、ステップと、を含む、脂質プロファイリング方法である。
【0015】
本発明の一実施形態は、コンピュータに、脂肪酸側鎖を2個以上有する脂質であって、同じ脂質クラスに属する複数種類の脂質について、タンデム質量分析により得られた、前記脂肪酸側鎖の種類、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度を、前記脂質の種類毎に取得するステップと、第1種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、第2種類の脂質が有する第1種類の脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度と、の比に基づいて、前記第1種類の脂質と前記第2種類の脂質との間の量比を算出する、ステップと、を実行させるための、脂質プロファイリングプログラムである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、2個以上の脂肪酸側鎖を有する、異なる脂質分子間で、量比を算出することができる、脂質プロファイリングシステム、脂質プロファイリング方法、及び脂質プロファイリングプログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図3】タンデム質量分析の概要を説明する図である。(A)は、タンデム質量分析装置の概要を説明する図であり、(B)は、タンデム質量分析による脂質のフラグメンテーションの模式図である。
【
図4】本発明の一実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムの構成の一例を示す図である。
【
図5】本発明の一実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムの動作の一例を示す図である。
【
図6】本発明の一実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムの動作の一例を示す図である。
【
図7】本発明の一実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムの動作の具体例を示す図である。
【
図8】本発明の一実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムの検証結果の一例を示す図である。
【
図9】脂質プロファイリングの具体例で用いたMRM条件を示す。
【
図10】脂質プロファイリングの具体例で算出した、各脂質クラスにおける各脂肪酸側鎖の補正係数を示す。
【
図11】脂質プロファイリングの具体例により、正常肝臓サンプルと非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steato-hepatitis:NASH)サンプルを解析した結果を示す。
【
図12】脂質プロファイリングの具体例により、正常脳サンプルと非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steato-hepatitis:NASH)マウスの脳サンプルを解析した結果を示す。
【
図13】脂質プロファイリングの具体例により、正常肝臓サンプルと脂肪肝サンプルを解析した結果を示す。
【
図14】脂質プロファイリングの具体例により、正常脳サンプルと非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steato-hepatitis:NASH)マウスの脳サンプルを解析した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[脂質]
図1は、脂質の分類を説明する図である。脂質は、アルコールと脂肪酸のエステルである単純脂質(Simple Lipid)、分子中にリン酸や糖を含む複合脂質(Complex Lipid)、単純脂質や複合脂質から加水分解によって誘導される誘導脂質(Derived Lipid)に大別される。
単純脂質は、グリセロール骨格、ステロール骨格又はセラミド骨格を有するものに分類される。グリセロール骨格を有する脂質は、モノアシルグリセロール(MG)、ジアシルグリセロール(DG)、及びトリアシルグリセロール(TG)の脂質クラスに分類される。
複合脂質は、グリセロリン脂質とスフィンゴリン脂質に分類される。グリセロリン脂質は、フォスファチジルコリン(PC)、フォスファチジルグリセロール(PG)、フォスファチジルイノシトール(PI)、フォスファチジルエタノールアミン(PE)、フォスファチジン酸(PA)、フォスファチジルセリン(PS)等の脂質クラスに分類される。
【0019】
図2は、脂質の脂肪酸側鎖の種類を説明する図である。脂肪酸側鎖は、飽和脂肪酸からなる側鎖と、不飽和脂肪酸からなる側鎖とに分類される。
【0020】
本発明の実施形態にかかる脂質プロファイリングシステムは、2個以上の脂肪酸側鎖を有する脂質クラス(DG、TG、PC、PG、PI、PE、PA、PSなど)に適用可能である。
【0021】
[タンデム質量分析]
図3は、タンデム質量分析の概要を示す図である。
図3(A)は、タンデム質量分析を実現するタンデム質量分析装置の概要を示す図である。質量分析(MS)法は、試料中の化合物を気体状にイオン化し、m/z(質量電荷比)に従って分離し、各イオンのイオン強度を測定する分析法である。タンデム質量分析装置(MS/MS)は、2台の質量分析計が直列に結合され、その間に衝突室を備えた装置である。
図3(A)に示すように、イオン化された試料は、第1質量分析部(Q1)で特定のm/z値のイオン(プリカーサーイオン)が選択され、衝突室(Q2)でフラグメント化(フラグメンテーション)される。プリカーサーイオンのフラグメント化により生じたフラグメントイオン(プロダクトイオン)は、第2質量分析部(Q3)でm/z値に応じて分離されて、検出器で検出される。
【0022】
図3(B)は、ジアシルグリセロール(DG)及びリン脂質(PC、PE、PS、PI、PG)におけるフラグメンテーションの模式図を示す。
【0023】
[実施態様]
以下、図面を参照して本実施形態の脂質プロファイリングシステム10について説明する。
図4は、本実施形態の脂質プロファイリングシステム10の機能構成の一例を示す図である。この脂質プロファイリングシステム10は、試料中の同じ脂質クラスに属する脂質間の量比LRや濃度COを算出する。
【0024】
図4では、タンデム質量分析装置20により、脂質L1~Lnを含む試料が分析され、各脂質の各脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度が測定されている。
複数種類の脂質L1~Lnは、同じ脂質クラスLCに属し、共通のヘッドグループHGを有し、脂肪酸側鎖FCを2個以上有する。脂質L1は、脂肪酸側鎖の種類L1(k1),L1(k2)として、脂肪酸側鎖α及び脂肪酸側鎖xを有している。脂質L2は、脂肪酸側鎖の種類L2(k1),L2(k2)として、脂肪酸側鎖α及び脂肪酸側鎖yを有している。脂質L3は、脂肪酸側鎖の種類L3(k1),L3(k2)として、脂肪酸側鎖z及び脂肪酸側鎖xを有している。脂質Lnは、脂肪酸側鎖の種類Ln(k1),Ln(k2)として、脂肪酸側鎖z及び脂肪酸側鎖yを有している。
【0025】
タンデム質量分析装置20においては、第1質量分析部(Q1)で、脂質L1~Lnのイオン化により生じたプリカーサーイオンがm/z値に従って分離され、衝突室(Q2)で分離されたプリカーサーイオンがフラグメント化されて、脂質L1~Lnの各脂肪酸側鎖に由来するプロダクトイオンL1(p1)~L1(p2)がそれぞれ生成される。第2質量分析部(Q3)では、プロダクトイオンL1(p1)~L1(p2)がm/z値に従って分離され、図示しない検出器で各プロダクトイオンのイオン強度L1(i1)~Ln(i2)が検出される。脂肪酸側鎖の種類L1(k1)~Ln(k2)は、プロダクトイオンL1(p1)~L1(p2)の各m/z値に基づいて同定される。すなわち、脂質L1は、プロダクトイオンL1(p1),L1(p2)の各m/z値に基づいて、脂肪酸側鎖の種類L1(k1),Ln(k2)として、脂肪酸側鎖α,xを有していると同定される(L1(α)、L1(x))。脂質L2~Lnについても同様に、脂肪酸側鎖の種類が同定される。
【0026】
前記のように同定された脂質L1~Lnの各脂肪酸側鎖の種類及びプロダクトイオン強度L1(k1,i1)~Ln(k2,i2)は、脂質プロファイリングシステム10に入力され、脂質プロファイリングシステム10により脂質L1~Ln間の量比LR、及び脂質L1~Lnの濃度CO1~COnが算出される。
【0027】
[脂質プロファイリングシステム10の機能構成及び動作]
脂質プロファイリングシステム10の具体的な機能構成及び動作について説明する。
脂質プロファイリングシステム10は、取得部110と、脂質量比算出部120と、脂質濃度取得部130、脂質濃度算出部140と、出力部150と、記憶部160とを備える。なお、この一例においては、脂質プロファイリングシステム10が記憶部160を内蔵するものとして説明するが、これに限られない。例えば、記憶部160がクラウドサーバなどによって実現されるなど、脂質プロファイリングシステム10と記憶部160とが別々の装置として構成されてもよい。
【0028】
図5は、本実施形態の脂質プロファイリングシステム10の動作の一例を示す図である。以下、
図4及び
図5を参照しつつ、脂質プロファイリングシステム10の動作の一例について説明する。なお、以下の例では、3種類の脂質L1~L3の量比を求める場合について記載するが、これに限定されず、脂質L1~Lnの任意の脂質について同様に脂質間の量比を求めることができる。
【0029】
(ステップS10)
取得部110は、脂肪酸側鎖FCを2個以上有する脂質L1~L3の、タンデム質量分析により得られた、前記脂肪酸側鎖の種類L1(k1)~L3(k2)、及び前記脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度L1(i1)~L3(i2)を、同じ脂質クラスLCに属する複数種類の脂質L1~L3について、それぞれ取得する。
【0030】
取得部110が取得する脂肪酸側鎖の種類L1(k1)~L3(k2)は、プロダクトイオンL1(p1)~L3(p2)の各m/z値であってもよい。この場合、記憶部160は、プロダクトイオンの各m/z値から、脂肪酸の種類L1(k1)~L3(k2)を参照する脂肪酸種類参照テーブルを記憶していてもよい。
【0031】
取得部110が取得する脂肪酸側鎖の種類L1(k1)~L3(k2)、及び脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度L1(i1)~L3(i2)は、脂質プロファイリングシステム10に接続された他の装置などから供給される。脂質プロファイリングシステム10に接続された他の装置には、例えば、タンデム質量分析装置20や、脂質プロファイリングシステム10の上位のコンピュータ装置や、脂質プロファイリングシステム10のキーボードやタッチパネルなどの操作デバイスが含まれる(いずれも不図示)。
取得部110は、取得した脂肪酸側鎖の種類L1(k1)~L3(k2)、及び脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度L1(i1)~L3(i2)を脂質量比算出部120に出力する。
【0032】
(ステップS20)
脂質量比算出部120は、第1種類の脂質L1が有する第1種類の脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度L1(iα)と、第2種類の脂質L2が有する第1種類の脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度L2(iα)と、の比を算出する。
【0033】
脂質L1は、脂肪酸側鎖の種類L1(k1)として、脂肪酸側鎖αを有しており、そのプロダクトイオン強度L1(i1)をL1(iα)とする。脂質L2は、脂肪酸側鎖の種類L2(k1)として、脂肪酸側鎖αを有しており、そのプロダクトイオン強度L2(i1)をL2(iα)とする。脂質量比算出部120は、第1種類の脂肪酸側鎖として脂肪酸側鎖αを有する脂質(脂質L1,脂質L2)間で、当該脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度の比(L2(iα)/L1(iα))を算出する。
【0034】
(ステップS30)
脂質量比算出部120は、前記ステップS20で算出した、脂肪酸側鎖αを有する脂質間(L1,L2)での脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度の比(L2(iα)/L1(iα))に基づいて、第1種類の脂質L1と第2種類の脂質L2との間の量比LR(α)を算出する。
【0035】
同じ脂質クラスLCに属する脂質L1,L2から生じた同じ脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度の比は、脂質L1,脂質L2の量比に比例している。そのため、脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度比(L2(iα)/L1(iα))から、脂質L1,L2の量比LR(L1,L2)を算出することができる。すなわち、LR(L1,L2)=L2(iα)/L1(iα)として算出することができる。
【0036】
(ステップS40)
第1種類の脂質L1は、第1種類の脂肪酸側鎖L1(k1)として脂肪酸側鎖αを有しており、そのプロダクトイオン強度度L1(i1)をL1(iα)とする。脂質L1は、さらに、第2種類の脂肪酸側鎖L1(k2)として脂肪酸側鎖xを有しおり、そのプロダクトイオン強度度L1(i1)をL1(ix)とする。
ステップS40では、脂質量比算出部120は、脂質L1が有する第1種類の脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度L1(iα)と、第2種類の脂肪酸側鎖xのプロダクトイオン強度L1(ix)と、の比が示す第1の補正係数CF(α,x)を算出する。
補正係数CF(α,x)は、脂質L1における脂肪酸側鎖αのプロダクトイオン強度L1(iα)に対する脂肪酸側鎖xのプロダクトイオン強度L1(ix)の比(L1(ix)/L1(iα))により算出される。
【0037】
(ステップS50)
脂質量比算出部120は、ステップS40で算出した補正係数CF(α,x)と、脂肪酸側鎖αを有する脂質L1,脂質L2間の量比LR(L1,L2)と、脂質L1が有する第2種類の脂肪酸側鎖xのプロダクトイオン強度L1(ix)と第3種類の脂質L3が有する脂肪酸側鎖xのプロダクトイオン強度L3(ix)との比(L3(ix)/L1(ix))と、に基づいて、脂質L1と脂質L2と脂質L3との間の量比LR(L1,L2,L3)を算出する。
【0038】
(ステップS55)
脂質L2の脂肪酸側鎖L2(k2)と脂質L3の脂肪酸側鎖L3(k1)が同じ種類の脂肪酸側鎖である場合(すなわち、y=z)、脂質L2が有する脂肪酸側鎖α,yのプロダクトイオン強度L2(iα),L2(iy)と、の比が示す補正係数CF(α,y)を算出し、前記補正係数CF(α,y)と、量比LR(L1,L2)と、プロダクトイン強度の比(L3(iz)/L2(iy))(ただし、y=z)と、に基づいて、脂質L1と脂質L2と脂質L3との間の量比LR’(L1,L2,L3)を算出してもよい。次いで、ステップ50で算出した量比LR(L1,L2,L3)と、前記量比LR’(L1,L2,L3)とを比較し、その差が閾値以下であれば、ステップS60に進み、その差が閾値以上であれば、ステップS40に戻って、補正係数CF(α,x)、補正係数CF(α,y)の値を調整してもよい。各補正係数の調整には、最尤法を用いてもよい。
【0039】
(ステップS60)
ステップS60では、ステップS50で算出した脂質間量比LR(L1,L2,L3)を出力部150に出力し、処理を終了する。
【0040】
上記では、脂質L1,脂質L2,脂質L3の3種類の脂質間の量比を算出したが、4種類以上の脂質間で量比を算出する場合には、ステップS10で、脂質L1~Lnの脂肪酸側鎖の種類及び各脂肪酸側鎖のプロダクトイオン強度L1(k1,i1)~Ln(k2,i2)を取得し、任意の3種類の脂質間でステップS20~ステップS50と同様のステップを繰り返し、脂質L1~Ln間での量比を算出すればよい。例えば、脂質Lnが脂肪酸側鎖z,yを有する場合には、ステップS20及びステップS30により、脂質L1,脂質L2の間の量比LR(L1,L2)を算出し、ステップS40で、脂質L2の脂肪酸側鎖αと脂肪酸側鎖yとのプロダクトイン強度の比から、補正係数CF(α,y)を算出してもよい。次いで、ステップ50で、補正係数CF(α,y)と、脂質L1,脂質L2の間の量比LR(L1,L2)と、脂質L2の脂肪酸側鎖yのプロダクトイオン強度L2(iy)と脂質Lnの脂肪酸側鎖yのプロダクトイオン強度Ln(iy)との比と、に基づいて、脂質L1,脂質L2,脂質Lnの3種類の脂質間でステップS20~ステップS50を行うことにより、脂質間量比LR(L1,L2,Ln)を算出することができる。さらに、脂質L1及び脂質L2に対する脂質L3及び脂質Lnのそれぞれの量比に基づいて、脂質L1,脂質L2,脂質L3,脂質Lnの量比LR(L1,L2,L3,Ln)を算出することができる。同様にして、L1~Lnの全ての脂質間の量比を算出するまで、ステップS20~ステップS50を繰り返し、脂質L1~Lnの量比を算出してもよい。前記の脂質L1~Ln間の量比の算出には、最尤法を用いてもよい。
【0041】
本実施形態の脂質プロファイリングシステム10は、脂質L1の濃度を取得して、脂質L2~Lnの濃度を算出する機能を有していてもよい。
図6は、本実施形態の脂質プロファイリングシステム10の脂質濃度算出にかかる動作の一例を示す図である。以下、
図4及び
図6を参照しつつ、脂質プロファイリングシステム10の脂質濃度算出にかかる動作の一例について説明する。
【0042】
(ステップS110)
濃度取得部130は、第1種類の脂質L1の濃度CO1を取得する。例えば、タンデム質量分析装置20により分析する試料に、放射線標識された標準試料として既知量の脂質L1を添加し、当該添加量を脂質L1の濃度CO1として用いることができる。
脂質濃度取得部130が取得する脂質L1の濃度CO1は、脂質プロファイリングシステム10に接続された他の装置などから供給される。脂質プロファイリングシステム10に接続された他の装置には、例えば、タンデム質量分析装置20や、脂質プロファイリングシステム10の上位のコンピュータ装置や、脂質プロファイリングシステム10のキーボードやタッチパネルなどの操作デバイスが含まれる(いずれも不図示)。
脂質濃度取得部130は、取得した脂質L1の濃度CO1を脂質濃度算出部140に出力する。
【0043】
(ステップS120)
脂質濃度算出部140は、脂質量比算出部120から、前記ステップS30又はステップ50により算出された脂質間の量比を取得する。
【0044】
(ステップS130)
脂質濃度算出部140は、濃度取得部130が取得した脂質L1の濃度CO1と、脂質L1と脂質L2との間の量比LRに基づいて、脂質L2の濃度CO2を算出する。あるいは、脂質濃度算出部140は、濃度取得部130が取得した脂質L1の濃度CO1と、脂質L1と脂質L2と脂質L3との間の量比LRとに基づいて、脂質L2の濃度CO2及び脂質L3の濃度CO3を算出する。他の脂質L4~Lnについても同様に、脂質L1との濃度CO1と、脂質L1との量比から、濃度を算出することができる。
【0045】
(ステップS140)
ステップS140では、ステップS130で算出した脂質L2~Lnの濃度を出力部150に出力し、処理を終了する。
【0046】
[脂質プロファイリングシステムの具体的動作例]
以下、本実施形態の脂質プロファイリングシステムの具体的動作例について説明する。
【0047】
図7は、脂質プロファイリング例における脂質プロファイリングシステム10の動作の具体例を示す図である。左図のフローチャートに従い、タンデム質量分析によるプロダクトイオン強度から、最尤法等を用いて、Quantity Ratio Tableを作成する。(A)は、Quantity Ratio Tableの具体例を示す。
次に、Quantity Ratio Tableに基づき、仮想的検量線(Virtual Calibration Curve)を作成する。(B)及び右下のグラフは、仮想的検量線の具体例を示す。右下のグラフは、脂肪酸側鎖(18:1)のイオン強度を縦軸として、仮想的検量線を作成した図である。ここで、仮想的検量線は、定量値をソルバーで変化させながら、プロダクトイオン強度の実測値との誤差が最小になるように傾きを設定する(最小二乗法)。仮想的検量線の信頼性は、R
2で判定し、R
2が所定の範囲内(例えば、R
2>0.94)であれば、左のフローチャートで「Calculate Distribution Ratio」に進み、前記仮想的検量線を利用して、(C)のように脂質の量比を算出する。
なお、前記仮想的検量線の傾きは、
図5で説明した補正係数CFに対応する。
【0048】
タンデム質量分析による各脂質のプロダクトイオン強度の測定値から、各脂質の量比を算出する方法は、特に限定されないが、例えば、最尤法を利用することができる。以下に最尤法による脂質の量比の算出例を示す。
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
図8は、仮想的検量線のR
2による仮想的検量線の検証方法について説明する図である。脂質分子の定量値が脂肪酸側鎖毎のプロダクトイオン強度と正比例の関係にあれば、(A)のようにR
2は1に収束する。ただし、実際は測定誤差などが存在するものと思われるため、(B)のような形でR
2>0.94程度を許容ラインとする。(C)のように正比例していないサンプル(PC(18:0)(18:1))が存在する場合は、すべての検量線が0.94以内に収束する事はない。(C)では、(18:1)ではR
2>0.94で検量線が引けているが、(18:2)ではR
2<0.94と誤差が大きく、(18:0)では全く収束しない。
【0053】
以上、本発明の実施形態を、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更を加えることができる。
【0054】
なお、上述の各装置は内部にコンピュータを有している。そして、上述した各装置の各処理の過程は、プログラムの形式でコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記憶されており、このプログラムをコンピュータが読み出して実行することによって、上記処理が行われる。ここでコンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等をいう。また、このコンピュータプログラムを通信回線によってコンピュータに配信し、この配信を受けたコンピュータが当該プログラムを実行するようにしてもよい。
【0055】
また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。
さらに、前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
【0056】
[脂質プロファイリングの具体例]
本実施形態の脂質プロファイリングシステム10を用いて、脂質プロファイリングを行った具体例を以下に示す。
【0057】
脂質プロファイリングの具体例に用いた材料及び分析方法等は以下の通りである。
【0058】
<化合物及び試薬>
蒸留水(LC/MSグレード)及びメタノール(LC/MSグレード)を関東化学株式会社(東京、日本)から購入した。HPLCグレードのクロロホルムをキシダ化学株式会社(大阪、日本)から購入した。全ての主な脂質クラスを含むSPLASHTM LipidomixTM Mass Spec Standard(15:0/[D7]18:1-PA(7ng),15:0/[D7]18:1-PC(160ng),15:0/[D7]18:1-PE(5ng),15:0/[D7]18:1-PG(30ng),15:0/[D7]18:1-PI(10ng)及び15:0/[D7]18:1-PS(5 ng)per1μL Methanol)を含む)を、Avanti Polar Lipid Inc.(Alabaster,AL,USA)から購入した。酢酸アンモニウムをSigma-Aldrich Co.(St.Louis,MO,USA)から購入した。二酸化炭素(99.5%グレード,)を株式会社吉田酸素(福岡、日本)から購入し、SFC移動相として使用した。DG(18:0/20:4)、PE(18:0/20:4)、PG(16:0/18:1)、PS(18:0/18:1)、PI(18:0/20:4)、及び10種のPCを、Avanti Polar Lipids Inc.から購入した。
【0059】
<動物及び食餌処理>
すべての動物のケア及び試験プロトコールは、九州大学医学部のAnimal Ethics Committeeにより承認され、九州大学医学部Committee for Care and Use of Laboratory Animalsの推奨されるものに従って行った。
【0060】
<MCD食餌処理>
雄C57BL6マウス、5週齢を日本チャールス・リバー株式会社(横浜、日本)から購入し、24℃、12h/12h明暗サイクルで維持した。急性病理モデルを、メチオニン-コリン欠乏(MCD)の餌(オリエンタル酵母工業株式会社、東京、日本)をマウスに給餌することにより、生育させた。試験前に、全ての動物を通常の餌で1週間順応させ、水道水と適切な餌(MF diet,オリエンタル酵母工業株式会社)に自由にアクセスできるようにした。6週齢で、マウスを2グループ(n=5)に分け、通常の餌又はMCD dietで2週間維持した。
【0061】
<マウス肝臓及び脳における脂質の抽出>
20mgのマウス肝臓試料を2mLのエッペンドルフチューブにそれぞれ入れた。肝臓及び脳から脂質を抽出するために、1mLの氷冷メタノールを試料に加え、1分間超音波処理して、脂質を抽出した。遠心分離(16,000×g、4℃、1分)した後、500μLの上清を採取し、Bligh-Dyer抽出法により抽出した。混合溶媒(MeOH:CHCl3:H2O=10:5:3(v/v/v))を添加し、1分間ボルテックスした後、遠心分離(16,000×g、4℃、5分)し、不純物を除去した。その後、300μLの下相(クロロホルム相)を他のガラスチューブに採取した。最後に、300μLのメタノールを、チューブに添加し、solutionAを添加して、分析するまで-80℃で保存した。
【0062】
<SFC/QqGMS分析>
LabSolutions version 5.80(株式会社島津製作所、京都、日本)により制御される、LCMS8060 QqQMSを装備したNexera UC system(SFC)(株式会社島津製作所、京都、日本)を脂質の分離に用いた。DEA column(100x3.0mm i.d.,ACQUITY UPC2TM Torus diethyl amine, Waters Corp.)を、分離に用いた。SFC条件は、以下の通りとした:移動相A,SCCO
2;移動相B,95%メタノール/5%水 with 0.1%(w/v)酢酸アンモニウム;背圧,10MPa;カラム温度,50℃;サンプルトレイ温度,5℃。移動相は、流速1.0mL/分でカラムに送出した。移動相の勾配プログラムは、以下の通りとした:A/B=100/0, followed by a linear gradient to A/B = 30/70 for 15 min and held for 3 min, followed by a linear gradient to A/B = 100/0 for 0.1 min, and terminating at A/B = 100/0 for 1.9 min。2μLのサンプルをオートサンプラーでインジェクトした、QqQMSは、最適化後に行った。MRM条件は
図9に示した。
【0063】
<MRMトランジション設定の最適化>
6つの脂質クラス(DG、PC,PE、PS、PG、PI)のそれぞれのプリカーサーイオンの同定とフラグメンテーションパターンの分析は、ポジティブ又はネガティブイオンモードにおけるSFCフローインジェクション分析により行った。各脂質のプリカーサーイオンを、酢酸アンモニウムの添加によるポジティブイオンモード([M+H]
+又は[M+NH
4]
+)及び/又はネガティブイオンモード([M-H]
-又は[M+CH3COO]
-)で観察した。最も豊富な付加イオンに基づいて、LCMS8060の各脂質クラスのMS衝突エネルギーを最適化した。
図9に、6種の脂質のMS衝突エネルギーの最適化結果と、7種の脂肪酸側鎖のMRMトランジション設定を示す。全てのMRMトランジションを生成した後、モノイソトニックイオンの存在比を算出した。モノイソトニックイオンの存在比は、脂肪酸側鎖によって異なるからである。
【0064】
<化合物のアノテーション>
LabSolutions version 5.80(株式会社島津製作所、京都、日本)をMRMスペクトルデータの解析のために用いた。さらに、データ(lcdフォーマット)を、ProteoWizard version 3を用いて、mzMLフォーマットに変換した。その後、これらのデータを、MRMPROBS version 2.26にインプットした。次いで、MRMスペクトルデータのスムージング(smoothing method,linear weighted moving average;smoothing level,5 scan;minimum peak width,5 scan;minimum peak height,100 amplitude)を、MRMPROBSを用いて行った。
化合物は、基本的に、化合物のMRMトランジションの全てのピークがリテンションタイム(RT)にあるときに、アノテーションした。これらのデータを用いて、各サンプルの化合物の平均値及び標準偏差を、Excel 2013を用いて算出した。
【0065】
<脂質プロファイリング方法>
2本の脂肪酸側鎖を有する脂質クラス(DG,PC,PE,PS,PI,PG)の脂質では、それぞれ28種の化合物うち、2本の脂肪酸側鎖が同じ化合物は7種類、2本の脂肪酸側鎖が違う化合物が21種類存在する(28=7+21)。2本の脂肪酸側鎖が違う化合物21種類には、それぞれ2つのMRMトランジションが存在し、この2つのトランジションは脂肪酸側鎖の種類によってイオン強度が異なるが、1化合物として定量値は同じである。また、2つのトランジションのイオン強度比は質量分析装置のフラグメント効率の差によって決定され、濃度によらず一定である。そのため、求めるべき21種類の化合物の定量値(未知数)に対して、42種類のイオン強度で化合物濃度とプロダクトイオン強度は正比例するという前提で連立方程式が組める。
図7のフローチャートに従い、連立方程式より、それぞれの脂質クラスについて7種類の脂肪酸側鎖から6点の検量点をもった仮想的検量線を作成した。仮想的検量線の相関係数R
2を算出し、0.99以上であれば検量線として信頼に値するとして正式な補正係数として採用し、すべての化合物について検量線を使って量比を算出した。
標準物質として、脂質クラス毎に、同位体ラベルした(18:1)の脂肪酸側鎖を有する化合物(Lipidomix Splash,Avanti Inc.)を混合し、(18:1)の脂肪酸側鎖のイオン強度を基準として、7種類の脂肪酸側鎖での検量線を用いて各脂肪酸側鎖の相対定量(mg/ml)を行った。
図10の棒グラフは、(18:1)の脂肪酸側鎖を基準値1として、他の脂肪酸側鎖の補正係数を示している。
【0066】
<標準品との比較>
脂肪酸側鎖が脂質のsn-1,sn-2のそれぞれの位置にどの程度の割合で結合しているかは不明である。用意できた標品を用いて同様のMRMトランジションで測定した結果を表1に示す。それぞれの標品はsn-1,sn-2に結合している脂肪酸側鎖があらかじめ分かっているため、脂肪酸側鎖の種類と結合様式があらかじめ分かった状態でイオン強度比を求めることができる。標準品と比較すると、測定されたサンプルの通常のリン脂質はsn-1に飽和脂肪酸、sn-2に不飽和脂肪酸が配置されている標準品と値が近い。特に位置異性体の標準品を用意できたPC(18:0/18:1)、PC(16:0/18:1)に関しては明らかである。
【0067】
【0068】
<脂質プロファイリング結果>
脂質プロファイリングの結果を
図11及び
図12に示す。
図11は、正常肝臓とNASH(非アルコール性脂肪肝炎:nonalcoholic steato-hepatitis)マウスの肝臓で脂質プロファイリングを行った結果を示す。NASHでは、ほとんどの脂質クラスにおいて脂質量が上昇している。また、脂肪酸側鎖が1つしか結合していないリゾフォスファチジルコリン(LPC)とリゾフォスファチジルエタノールアミン(LPE)の定量値も参考として掲載した。LPCとLPEでは、脂肪酸側鎖はポジティブイオンモードでMRM測定をしている。注目すべきはPGであり、PG全体として増加しているが、パルミチン酸(16:0)はまったく増加していない(ゆえに構成比率としては減少している)。NASHが肝臓のミトコンドリア不全である事を考えると、ミトコンドリア内にのみ存在するPGの変化はNASHを研究する上では重要かもしれない。またLPCとLPEは6種類の脂肪酸側鎖のみの合計値であるが,他のリン脂質は増加しているにもかかわらず減少している。
【0069】
図12は、NASHマウスの脳抽出物で脂質プロファイリングを行った結果を示す。肝臓の時ほど顕著ではないが、リン脂質の増加と、LPC及びLPEの若干の減少が確認されたが、構成脂肪酸の組成比にはほとんど変化がない。
【0070】
図13及び
図14に、化合物毎の詳細な定量値を示す。定量した全ての化合物の量を全て合算したものをトータル量として図の上部に示し、その内訳の割合を図の下部に示した。
【0071】
<脂質プロファイリング結果の考察>
各脂質の脂肪酸側鎖のイオン強度比の補正係数の結果(
図10)から、DGの定量用トランジションにおける飽和脂肪酸((16:0),(18:0))のニュートラルロスと、高度不飽和脂肪酸((20:4),(22:6))のニュートラルロスを比較すると、5~10倍以上のイオン強度差となっている。この結果からアラキドン酸、DHAともに他の脂肪酸側鎖と比較すると非常に脱離しやすい化合物と言える。PSの定量用トランジションにおける飽和脂肪酸のイオン強度と高度不飽和脂肪酸のイオン強度とでは、6~20倍以上のイオン強度差が存在する。また、他のグリセロリン脂質においても、PSと同様に脂肪酸側鎖のイオン強度を測定しているが、PCとPEは比較的類似の傾向を示しており、ともに(18:2)が脱離しやすい。グリセロリン脂質の種類によって同じ脂肪酸側鎖であっても、そのイオン強度比がかなり異なる事が分かった。全体的にはグリセロリン脂質のトランジションは、DGのニュートラルロスと逆の傾向となり、高度不飽和脂肪酸のイオン強度は他の脂肪酸と比較すると特にDHAは低くなっている。また、あらかじめsn-1,sn-2の分かっている標品を測定した結果(表1)から、同じ脂肪酸でもsn-1,sn-2と位置異性体でイオン強度が逆転していることが伺える。この事実から、脂肪酸側鎖を2本有する脂質に関して、質量分析を用いる場合はsn-2に結合している脂肪酸側鎖は非常に脱離しやすい傾向がある。すなわち、高度不飽和脂肪酸は通常の生体内ではsn-2に結合しているため、脂肪酸側鎖の種類以外の部分でもプロダクトイオン強度が高くなったと考えられる。この事実は、通常、生体内に存在している脂質は飽和脂肪酸がsn-1に、不飽和脂肪酸はsn-2に結合している事実と合致する。実際に(18:0)/(18:1)と(16:0)/(18:1)を脂肪酸側鎖として結合しているPCの標準品のイオン強度比と、生体サンプルのイオン強度比とを比較すると、sn-1,sn-2の結合様式が明確に分かる。そのイオン強度比から飽和脂肪酸がsn-1に、不飽和脂肪酸がsn-2に結合していることが証明された。PC(16:0/18:0)に関しては、標準品と生体サンプルのイオン強度比に開きがあることから、生体サンプルのPC(16:0/18:0)は必ずしもsn-1が16:0とはなっておらず、半数程度がsn-1に18:0が結合しているものと思われる。このように、生体サンプルのみでもsn-1,sn-2のどちらに脂肪酸側鎖が結合しているかは不明のまま定量を行うことになるが、位置異性体の標準品が存在する場合はそのイオン強度比をつかってsn-1,sn-2のどちらにどの程度の脂肪酸が結合しているかを求めることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、2個以上の脂肪酸側鎖を有する、異なる脂質分子間で、量比を算出することができる、脂質プロファイリングシステム、脂質プロファイリング方法、及び脂質プロファイリングプログラムが提供される。
【符号の説明】
【0073】
10…脂質プロファイリングシステム、20…タンデム質量分析装置、110…取得部、120…脂質量比算出部、130…脂質濃度取得部、140…脂質濃度算出部、150…出力部、160…記憶部、HG…ヘッドグループ、L…脂質、CO…濃度、LR…脂質量比、FC…脂肪酸側鎖、LC…脂質クラス、sn…stereospecifically numbered、LPC…リゾフォスファチジルコリン、LPE…リゾフォスファチジルエタノールアミン