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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-03
(45)【発行日】2023-07-11
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20230704BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20230704BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019166943
(22)【出願日】2019-09-13
(65)【公開番号】P2021041877
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】都甲 高広
(72)【発明者】
【氏名】片岡 伸文
(72)【発明者】
【氏名】山口 恭史
(72)【発明者】
【氏名】江崎 之進
【審査官】瀬戸 康平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/049861(WO,A1)
【文献】特開2010-089690(JP,A)
【文献】特開2014-189115(JP,A)
【文献】特開2008-049914(JP,A)
【文献】特開2004-175196(JP,A)
【文献】特開2011-126477(JP,A)
【文献】特開2019-104476(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 5/04, 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸に連結される転舵輪を転舵させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、
前記転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、
前記モータが出力するモータトルクの目標値に対応した電流指令値を演算する電流指令値演算部とを備え、
前記モータに供給する実電流値が前記電流指令値となるように前記モータの駆動を制御する操舵制御装置において、
前記転舵軸が前記ハウジングに当接するエンド当てにより該転舵軸の移動が規制されるエンド位置を示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角が記憶され、
前記電流指令値演算部は、前記絶対舵角の前記エンド位置対応角からの距離を示すエンド離間角が所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少が規制されるように前記電流指令値を補正するエンド当て緩和制御を実行するものであって、
前記電流指令値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、前記エンド当て緩和制御を通じて前記エンド離間角の増加が規制されないように前記電流指令値を演算し、
前記電流指令値演算部は、
前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて小さくなる舵角制限値を演算する舵角制限値演算部を備え、
前記電流指令値の絶対値を前記舵角制限値に制限することにより、前記エンド当て緩和制御を実行するものであり、
前記舵角制限値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて大きくなる角度制限成分を演算し、前記モータの定格電流から前記角度制限成分を減算した調整前舵角制限値に基づいて前記舵角制限値を演算するものであり、
前記舵角制限値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下であるときに、前記エンド離間角が増大する場合には、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とする操舵制御装置。
【請求項2】
請求項に記載の操舵制御装置において、
左右いずれか一方向に前記転舵輪を転舵させるモータトルクを前記モータで発生させる前記電流指令値の符号を正、他方向に前記転舵輪を転舵させるモータトルクを前記モータで発生させる前記電流指令値の符号を負とするとき、
前記舵角制限値演算部は、
前記一方向に前記転舵輪が転舵され、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる際には、補正前の前記電流指令値が正の前記調整前舵角制限値未満である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とするとともに、補正前の前記電流指令値が正の前記調整前舵角制限値以上である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記調整前舵角制限値とし、
前記他方向に前記転舵輪を転舵させ、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる際には、補正前の前記電流指令値が負の前記調整前舵角制限値よりも大きい場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とするとともに、補正前の前記電流指令値が負の前記調整前舵角制限値以下である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記調整前舵角制限値とする操舵制御装置。
【請求項3】
請求項に記載の操舵制御装置において、
前記舵角制限値演算部は、
前記絶対舵角の前記一方向の前記エンド位置対応角からの距離を示す一方向エンド離間角及び前記絶対舵角の前記他方向の前記エンド位置対応角からの距離を示す他方向エンド離間角と、予め設定されたエンド離間角閾値との大小比較を行い、
前記一方向エンド離間角の絶対値が前記エンド離間角閾値未満である場合に前記一方向に前記転舵輪が転舵されていると判定し、
前記他方向エンド離間角の絶対値が前記エンド離間角閾値未満である場合に前記他方向に前記転舵輪が転舵されていると判定する操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用操舵装置として、モータを駆動源とするアクチュエータを備えた電動パワーステアリング装置(EPS)が知られている。こうしたEPSには、ステアリングホイールの操舵角を360°を超える範囲を含む絶対角で取得し、該操舵角に基づいて各種制御を行うものがある。こうした制御の一例として、例えば特許文献1には、ラック軸の端部であるラックエンドがラックハウジングに当たる、所謂エンド当ての衝撃を緩和するためのエンド当て緩和制御を実行するものが開示されている。同文献のEPSでは、モータが出力するモータトルクの目標値に対応する電流指令値を操舵角に基づく制限値以下となるように制限することで、エンド当ての衝撃を緩和する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5962881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来の構成では、エンド当て緩和制御の実行時において、制限値を操舵角に基づいて設定しており、操舵方向は考慮していない。そのため、エンド当てによりラック軸の移動が規制されるラックエンド位置近傍まで操舵されている状態では、切り込み操舵を行う場合だけでなく、切り戻し操舵の場合にも、電流指令値を制限することになる。その結果、ラックエンド位置近傍から切り戻し操舵を行う際に、モータが出力するモータトルクが不足することで所謂引っ掛かり感が生じ、操舵フィーリングが低下するおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、操舵フィーリングの低下を抑制できる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する操舵制御装置は、ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸に連結される転舵輪を転舵させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、前記転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、前記モータが出力するモータトルクの目標値に対応した電流指令値を演算する電流指令値演算部とを備え、前記モータに供給する実電流値が前記電流指令値となるように前記モータの駆動を制御するものにおいて、前記転舵軸が前記ハウジングに当接するエンド当てにより該転舵軸の移動が規制されるエンド位置を示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角が記憶され、前記電流指令値演算部は、前記絶対舵角の前記エンド位置対応角からの距離を示すエンド離間角が所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少が規制されるように前記電流指令値を補正するエンド当て緩和制御を実行するものであって、前記電流指令値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、前記エンド当て緩和制御を通じて前記エンド離間角の増加が規制されないように前記電流指令値を演算する。
【0007】
上記構成によれば、エンド離間角が所定角度以下となる場合に、エンド当て緩和制御によってはエンド離間角の増大が規制されないように電流指令値が演算される。これにより、例えばエンド位置近傍から切り戻し操舵を行う際にモータトルクが不足しにくくなることで、引っ掛かり感が生じにくくなり、操舵フィーリングの低下を抑制できる。
【0008】
上記操舵制御装置において、前記電流指令値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて小さくなる舵角制限値を演算する舵角制限値演算部を備え、前記電流指令値の絶対値を前記舵角制限値に制限することにより、前記エンド当て緩和制御を実行するものであり、前記舵角制限値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて大きくなる角度制限成分を演算し、前記モータの定格電流から前記角度制限成分を減算した調整前舵角制限値に基づいて前記舵角制限値を演算するものであり、前記舵角制限値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下であるときに、前記エンド離間角が増大する場合には、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とすることが好ましい。
【0009】
上記構成では、電流指令値を舵角制限値以下に制限する態様でエンド当て緩和制御を実行するものにおいて、エンド離間角が所定角度以下であるときにエンド離間角が増大する場合には、舵角制限値の絶対値がモータの定格電流とされる。そのため、電流指令値の絶対値が制限されず、エンド離間角の増大が好適に規制されなくなる。
【0010】
上記操舵制御装置において、左右いずれか一方向に前記転舵輪を転舵させるモータトルクを前記モータで発生させる前記電流指令値の符号を正、他方向に前記転舵輪を転舵させるモータトルクを前記モータで発生させる前記電流指令値の符号を負とするとき、前記舵角制限値演算部は、前記一方向に前記転舵輪が転舵され、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる際には、補正前の前記電流指令値が正の前記調整前舵角制限値未満である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とするとともに、補正前の前記電流指令値が正の前記調整前舵角制限値以上である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記調整前舵角制限値とし、前記他方向に前記転舵輪を転舵させ、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる際には、補正前の前記電流指令値が負の前記調整前舵角制限値よりも大きい場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記定格電流とするとともに、補正前の前記電流指令値が負の前記調整前舵角制限値以下である場合に、前記舵角制限値の絶対値を前記調整前舵角制限値とすることが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、補正前の電流指令値と調整前舵角制限値との符号を加味した大小比較を行うことで、例えば操舵トルク等の状態量に基づいて切り戻し操舵又は切り込み操舵が行われているかを直接的に判定せずとも、舵角制限値の絶対値を操舵に応じた適切な値に容易に設定できる。
【0012】
上記操舵制御装置において、前記舵角制限値演算部は、前記絶対舵角の前記一方向の前記エンド位置対応角からの距離を示す一方向エンド離間角及び前記絶対舵角の前記他方向の前記エンド位置対応角からの距離を示す他方向エンド離間角と、予め設定されたエンド離間角閾値との大小比較を行い、前記一方向エンド離間角の絶対値が前記エンド離間角閾値未満である場合に前記一方向に前記転舵輪が転舵されていると判定し、前記他方向エンド離間角の絶対値が前記エンド離間角閾値未満である場合に前記他方向に前記転舵輪が転舵されていると判定することが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、一方向エンド離間角及び他方向エンド離間角の絶対値に基づいて、転舵輪が転舵されている方向を容易に判定できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、操舵フィーリングの低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図2】操舵制御装置のブロック図。
図3】制限値設定部のブロック図。
図4】舵角制限値調整部による舵角制限値の調整に係る処理手順を示すフローチャート。
図5】絶対舵角と舵角制限値との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、操舵制御装置の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、操舵制御装置1の制御対象となる操舵装置としての電動パワーステアリング装置(EPS)2は、運転者によるステアリングホイール3の操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5を備えている。また、EPS2は、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するアクチュエータとしてのEPSアクチュエータ6を備えている。
【0017】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11に連結された転舵軸としてのラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通されるハウジングとしてのラックハウジング13と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸12に変換するラックアンドピニオン機構14とを備えている。なお、ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16、及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0018】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に形成されたラック歯12aとピニオン軸17に形成されたピニオン歯17aとが噛合されることで構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイントからなるラックエンド18を介してタイロッド19がそれぞれ回動自在に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、EPS2では、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0019】
なお、ラックエンド18がラックハウジング13の左端に当接するラック軸12の位置が右方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が右側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。また、ラックエンド18がラックハウジング13の右端に当接するラック軸12の位置が左方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が左側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。
【0020】
EPSアクチュエータ6は、駆動源であるモータ21と、ウォームアンドホイール等の減速機構22とを備えている。モータ21は減速機構22を介してコラム軸15に連結されている。そして、EPSアクチュエータ6は、モータ21の回転を減速機構22により減速してコラム軸15に伝達することによって、モータトルクをアシスト力として操舵機構5に付与する。なお、本実施形態のモータ21には、三相のブラシレスモータが採用されている。
【0021】
操舵制御装置1は、モータ21に接続されており、その作動を制御する。なお、操舵制御装置1は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の制御が実行される。
【0022】
操舵制御装置1には、車両の車速SPDを検出する車速センサ31、及び運転者の操舵によりステアリングシャフト11に付与された操舵トルクThを検出するトルクセンサ32が接続されている。また、操舵制御装置1には、モータ21の回転角θmを360°の範囲内の相対角で検出する回転センサ33が接続されている。なお、操舵トルクTh及び回転角θmは、例えば右方向に操舵した場合に正の値、左方向に操舵した場合に負の値として検出する。そして、操舵制御装置1は、これら各センサから入力される各状態量を示す信号に基づいて、モータ21に駆動電力を供給することにより、EPSアクチュエータ6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するアシスト力を制御する。
【0023】
次に、操舵制御装置1の構成について説明する。
図2に示すように、操舵制御装置1は、モータ制御信号Smを出力するマイコン41と、モータ制御信号Smに基づいてモータ21に駆動電力を供給する駆動回路42とを備えている。なお、本実施形態の駆動回路42には、FET等の複数のスイッチング素子を有する周知のPWMインバータが採用されている。そして、マイコン41の出力するモータ制御信号Smは、各スイッチング素子のオンオフ状態を規定するものとなっている。これにより、モータ制御信号Smに応答して各スイッチング素子がオンオフし、各相のモータコイルへの通電パターンが切り替わることにより、車載電源43の直流電力が三相の駆動電力に変換されてモータ21へと出力される。
【0024】
なお、以下に示す各制御ブロックは、マイコン41が実行するコンピュータプログラムにより実現されるものであり、所定のサンプリング周期で各状態量を検出し、所定の演算周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理が実行される。
【0025】
マイコン41には、上記車速SPD、操舵トルクTh、及びモータ21の回転角θmが入力される。また、マイコン41には、電流センサ44により検出されるモータ21の各相電流値Iu,Iv,Iw、及び電圧センサ45により検出される車載電源43の電源電圧Vbが入力される。電流センサ44は、駆動回路42と各相のモータコイルとの間の接続線46に設けられている。電圧センサ45は、車載電源43と駆動回路42との間の接続線47に設けられている。なお、図2では、説明の便宜上、各相の電流センサ44及び各相の接続線46をそれぞれ1つにまとめて図示している。そして、マイコン41は、これら各状態量に基づいてモータ制御信号Smを出力する。
【0026】
詳しくは、マイコン41は、電流指令値Id*,Iq*を演算する電流指令値演算部51と、電流指令値Id*,Iq*に基づいてモータ制御信号Smを出力するモータ制御信号生成部52と、絶対舵角θsを検出する絶対舵角検出部53とを備えている。
【0027】
電流指令値演算部51には、車速SPD、操舵トルクTh、絶対舵角θsが入力される。電流指令値演算部51は、これらの状態量に基づいて電流指令値Id*,Iq*を演算する。電流指令値Id*,Iq*は、モータ21に供給すべき電流の目標値であり、d/q座標系におけるd軸上の電流指令値及びq軸上の電流指令値をそれぞれ示す。このうち、q軸電流指令値Iq*は、モータ21が出力するモータトルクの目標値を示す。なお、本実施形態では、d軸電流指令値Id*は、基本的にゼロに固定されている。電流指令値Id*,Iq*は、例えば右方向への操舵をアシストする場合に正の値、左方向への操舵をアシストする場合に負の値とする。
【0028】
モータ制御信号生成部52には、電流指令値Id*,Iq*、各相電流値Iu,Iv,Iw、及びモータ21の回転角θmが入力される。モータ制御信号生成部52は、これらの状態量に基づいてd/q座標系における電流フィードバック制御を実行することにより、モータ制御信号Smを生成する。
【0029】
具体的には、モータ制御信号生成部52は、回転角θmに基づいて各相電流値Iu,Iv,Iwをd/q座標上に写像することにより、d/q座標系におけるモータ21の実電流値であるd軸電流値Id及びq軸電流値Iqを演算する。そして、モータ制御信号生成部52は、d軸電流値Idをd軸電流指令値Id*に追従させるべく、またq軸電流値Iqをq軸電流指令値Iq*に追従させるべく、それぞれ電流フィードバック制御を行うことによりモータ制御信号Smを生成する。
【0030】
モータ制御信号生成部52は、このように生成したモータ制御信号Smを駆動回路42に出力する。これにより、モータ21には、モータ制御信号Smに応じた駆動電力が供給され、モータ21からq軸電流指令値Iq*に対応したモータトルクが出力されることで、操舵機構5にアシスト力が付与される。
【0031】
絶対舵角検出部53には、回転角θmが入力される。絶対舵角検出部53は、回転角θmに基づいて、360°を超える範囲を含む絶対角で表されるモータ絶対角を検出する。本実施形態の絶対舵角検出部53は、例えば車載電源43の交換後、イグニッションスイッチ等の起動スイッチが初めてオンされた時の回転角θmを原点としてモータ21の回転数を積算し、この回転数及び回転角θmに基づいてモータ絶対角を検出する。そして、絶対舵角検出部53は、モータ絶対角に減速機構22の減速比に基づく換算係数を乗算することにより、ステアリングシャフト11の操舵角を示す絶対舵角θsを検出する。本実施形態の操舵制御装置1では、起動スイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視しており、モータ21の回転数が常時積算されている。これにより、車載電源43が交換されてから2回目以降、起動スイッチがオンされた時でも、絶対舵角θsの原点は、起動スイッチが初めてオンされた時に設定された原点と同じになる。
【0032】
なお、上記のようにステアリングシャフト11の回転により転舵輪4の転舵角が変更されることから、絶対舵角θsは、転舵輪4の転舵角に換算可能な回転軸の回転角を示す。また、モータ絶対角及び絶対舵角θsは、例えば原点から右方向の回転角である場合に正の値、左方向の回転角である場合に負の値とする。
【0033】
次に、電流指令値演算部51の構成について説明する。
電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の基礎成分であるアシスト指令値Ias*を演算するアシスト指令値演算部61を備えている。また、電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値の上限となる制限値Igを設定する制限値設定部62と、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Ig以下に制限するガード処理部63とを備えている。制限値設定部62には、メモリ64が接続されている。
【0034】
アシスト指令値演算部61には、操舵トルクTh及び車速SPDが入力される。アシスト指令値演算部61は、操舵トルクTh及び車速SPDに基づいてアシスト指令値Ias*を演算する。具体的には、アシスト指令値演算部61は、操舵トルクThの絶対値が大きいほど、また車速SPDが遅いほど、より大きな絶対値を有するアシスト指令値Ias*を演算する。なお、アシスト指令値Ias*の絶対値は、モータ21が出力可能なモータトルクとして予め設定されたトルクに対応する最大電流としての定格電流Ir以下となるように演算される。このように演算されたアシスト指令値Ias*は、ガード処理部63に出力される。
【0035】
ガード処理部63には、アシスト指令値Ias*に加え、後述するように制限値設定部62において設定される制限値Igが入力される。ガード処理部63は、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Ig以下の場合には、アシスト指令値Ias*の値をそのままq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。一方、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Igよりも大きい場合には、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Igの値に制限した値をq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。
【0036】
メモリ64には、定格電流Ir、及びエンド位置対応角θs_le,θs_re等が記憶されている。左側のエンド位置対応角θs_leは、左側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsであり、右側のエンド位置対応角θs_reは、右側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsである。なお、エンド位置対応角θs_le,θs_reは、例えば運転者による操舵に基づいて行われる適宜の学習により設定される。
【0037】
次に、制限値設定部62の構成について説明する。
制限値設定部62には、絶対舵角θs、車速SPD、電源電圧Vb、アシスト指令値Ias*、定格電流Ir及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。そして、制限値設定部62は、これらの状態量に基づいて制限値Igを設定する。
【0038】
詳しくは、図3に示すように、制限値設定部62は、絶対舵角θsに基づく舵角制限値Ienを演算する舵角制限値演算部71と、電源電圧Vbに基づく他の制限値としての電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72と、舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を選択する最小値選択部73とを備えている。
【0039】
舵角制限値演算部71には、絶対舵角θs、車速SPD、アシスト指令値Ias*、定格電流Ir、エンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。舵角制限値演算部71は、これらの状態量に基づいて、後述するように絶対舵角θsの左右のエンド位置対応角θs_le,θs_reからの最小距離を示すエンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいて小さくなる舵角制限値Ienを演算する。このように演算された舵角制限値Ienは、最小値選択部73に出力される。
【0040】
電圧制限値演算部72には、電源電圧Vbが入力される。電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が予め設定された電圧閾値Vth以下になった場合に、定格電流Irを供給するための定格電圧よりも小さな電圧制限値Ivbを演算する。具体的には、電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下になった場合、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてより小さな絶対値を有する電圧制限値Ivbを演算する。このように演算された電圧制限値Ivbは、最小値選択部73に出力される。
【0041】
最小値選択部73は、入力される舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を制限値Igとして選択し、ガード処理部63に出力する。
そして、舵角制限値Ienが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が舵角制限値Ienに制限される。これにより、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくすることで、エンド当ての衝撃を緩和するエンド当て緩和制御が実行される。つまり、本実施形態の電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値を制限値Ig以下に制限する態様で該q軸電流指令値Iq*を補正する。なお、上記のようにガード処理部63には、q軸電流指令値Iq*の基礎成分としてアシスト指令値Ias*が入力されることから、アシスト指令値Ias*が補正前の電流指令値に相当する。
【0042】
また、電圧制限値Ivbが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が電圧制限値Ivbに制限される。これにより、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下となる場合に、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくする電源保護制御が実行される。
【0043】
次に、舵角制限値演算部71の構成について説明する。
舵角制限値演算部71は、エンド離間角Δθを演算するエンド離間角演算部81と、エンド離間角Δθに応じて定まる電流制限量である角度制限成分Igaを演算する角度制限成分演算部82とを備え、定格電流Irから角度制限成分Igaを減算することにより、調整前舵角制限値Ienbを演算する。また、舵角制限値演算部71は、調整前舵角制限値Ienbに基づいて舵角制限値Ienを演算する舵角制限値調整部83を備えている。
【0044】
詳しくは、エンド離間角演算部81には、絶対舵角θs、及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。エンド離間角演算部81は、最新の演算周期での絶対舵角θsと左側のエンド位置対応角θs_leとの間の差分である左方向エンド離間角Δθl、及び最新の演算周期での絶対舵角θsと右側のエンド位置対応角θs_reとの間の差分である右方向エンド離間角Δθrを演算する。そして、エンド離間角演算部81は、右方向エンド離間角Δθr及び左方向エンド離間角Δθlのうちの絶対値が小さい方をエンド離間角Δθとして角度制限成分演算部82に出力する。
【0045】
また、エンド離間角演算部81は、右方向エンド離間角Δθr及び左方向エンド離間角Δθlの絶対値と予め設定されたエンド離間角閾値Δθthとの大小比較を行うことにより、ステアリングホイール3が操舵されている位置を示す舵角位置フラグFの値を設定する。なお、エンド離間角閾値Δθthは、ステアリングホイール3が左右のいずれに操舵されているかを区分するための閾値を示し、数百度程度の大きな値に設定されている。
【0046】
具体的には、エンド離間角演算部81は、右方向エンド離間角Δθrの絶対値がエンド離間角閾値Δθth未満である場合には、舵角位置フラグFの値を、ステアリングホイール3が正方向に操舵されていること、すなわち転舵輪4が正方向に転舵されていることを示す「1」とする。エンド離間角演算部81は、左方向エンド離間角Δθlの絶対値がエンド離間角閾値Δθth未満である場合には、舵角位置フラグFの値を、ステアリングホイール3が負方向に操舵されていること、すなわち転舵輪4が負方向に転舵されていることを示す「2」とする。エンド離間角演算部81は、右方向エンド離間角Δθrがエンド離間角閾値Δθth以上であり、かつ左方向エンド離間角Δθlがエンド離間角閾値Δθth以上である場合には、ステアリングホイール3が中立位置付近にあることを示す「0」とする。
【0047】
角度制限成分演算部82には、エンド離間角Δθ及び車速SPDが入力される。角度制限成分演算部82は、エンド離間角Δθ及び車速SPDと角度制限成分Igaとの関係を定めたマップを備えており、同マップを参照することによりエンド離間角Δθ及び車速SPDに応じた角度制限成分Igaを演算する。
【0048】
このマップでは、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロの状態からその増大に比例して減少し、エンド離間角Δθが所定角度θ1でゼロに達し、エンド離間角Δθが所定角度θ1よりも大きくなると、ゼロになるように設定されている。また、このマップでは、エンド離間角Δθが負の領域も設定されており、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロよりも小さくなると、その減少に比例して増大し、定格電流Irと同じ値になった以降は一定となる。マップにおける負の領域は、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した状態からさらに切り込み操舵を行うことにより、EPS2が弾性変形してモータ21が回転する分を想定している。なお、所定角度θ1は、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍の範囲を示す小さな角度に設定されている。すなわち、角度制限成分Igaは、絶対舵角θsがエンド位置対応角θs_le,θs_reからステアリング中立側に向かうにつれて小さくなり、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍よりもステアリング中立位置側にある場合には、ゼロになるように設定されている。
【0049】
また、このマップは、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下の領域では、車速SPDの増大に基づいて、角度制限成分Igaが小さくなるように設定されている。具体的には、車速SPDが低速域である場合は角度制限成分Igaがゼロよりも大きくなるが、車速SPDが中高速域である場合は角度制限成分Igaがゼロとなるように設定されている。
【0050】
このように演算された角度制限成分Igaは、減算器84に出力される。減算器84には、角度制限成分Igaに加え、定格電流Irが入力される。舵角制限値演算部71は、減算器84において定格電流Irから角度制限成分Igaを差し引いた値を調整前舵角制限値Ienbとして舵角制限値調整部83に出力する。そして、舵角制限値調整部83は、調整前舵角制限値Ienbを調整して舵角制限値Ienを演算し、該舵角制限値Ienを上記最小値選択部73に出力する。
【0051】
次に、舵角制限値調整部83の構成について説明する。
舵角制限値調整部83には、調整前舵角制限値Ienbに加え、アシスト指令値Ias*が入力される。舵角制限値調整部83は、右方向、すなわち正方向に操舵が行われている際には、アシスト指令値Ias*と符号を正とした調整前舵角制限値Ienb(以下、正の調整前舵角制限値Ienbという。)との大小比較を行う。舵角制限値調整部83は、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満である場合には、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする。一方、舵角制限値調整部83は、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb以上である場合には、舵角制限値Ienの絶対値をそのまま調整前舵角制限値Ienbとする。
【0052】
また、舵角制限値調整部83は、左方向、すなわち負方向に操舵が行われている際には、アシスト指令値Ias*と符号を負とした調整前舵角制限値Ienb(以下、負の調整前舵角制限値Ienbという。)との大小比較を行う。舵角制限値調整部83は、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以下である場合には、調整前舵角制限値Ienbの絶対値をそのまま舵角制限値Ienとする。一方、舵角制限値調整部83は、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienbよりも大きい場合には、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする。
【0053】
ここで、正方向に操舵が行われている際にアシスト指令値Ias*が正の値であれば、エンド離間角Δθが減少する切り込み操舵が行われており、アシスト指令値Ias*が負の値であれば、エンド離間角Δθが増大する切り戻し操舵が行われていると判定できる。したがって、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満である場合には、切り込み操舵又は切り戻し操舵のいずれかが行われており、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb以上である場合には、切り込み操舵が行われている。換言すると、正方向に操舵が行われている際に切り戻し操舵が行われると、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満となる。
【0054】
同様に、負方向に操舵が行われている際にアシスト指令値Ias*が負の値であれば、エンド離間角Δθが減少する切り込み操舵が行われており、アシスト指令値Ias*が正の値であれば、エンド離間角Δθが増大する切り込み操舵が行われていると判定できる。したがって、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以下である場合には、切り込み操舵が行われており、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienbよりも大きいである場合には、切り込み操舵又は切り戻し操舵のいずれかが行われている。換言すると、負方向に操舵が行われている際に切り戻し操舵が行われると、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienbよりも大きくなる。
【0055】
つまり、本実施形態の舵角制限値調整部83は、少なくとも切り戻し操舵が行われる場合には、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする。これにより、電源保護制御が実行されず、舵角制限値Ienが制限値Igとなっている場合には、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下であっても、アシスト指令値Ias*がそのままq軸電流指令値Iq*として出力され、エンド当て緩和制御によるq軸電流指令値Iq*の補正が行われない。なお、電源保護制御が実行され、電圧制限値Ivbが制限値Igとなっている場合には、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下で切り戻し操舵が行われる際でも、q軸電流指令値Iq*が制限される。
【0056】
具体的には、図4のフローチャートに示すように、舵角制限値調整部83は、各種状態量を取得すると(ステップ101)、舵角位置フラグFが「1」であるか否か、すなわち右方向に操舵されているか否かを判定する(ステップ102)。舵角位置フラグFが「1」である場合には(ステップ102:YES)、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満であるか否かを判定する(ステップ103)。アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満である場合には(ステップ103:YES)、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする(ステップ104)。一方、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb以上である場合には(ステップ103:NO)、舵角制限値Ienの絶対値を調整前舵角制限値Ienbとする(ステップ105)。
【0057】
舵角制限値調整部83は、舵角位置フラグFが「1」でない場合には(ステップ102:NO)、舵角位置フラグFが「2」であるか否か、すなわち左方向に操舵されているか否かを判定する(ステップ106)。舵角位置フラグFが「2」である場合には(ステップ106:YES)、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以下であるか否かを判定する(ステップ107)。アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以下である場合には(ステップ107:YES)、ステップ105に移行し、舵角制限値Ienの絶対値を調整前舵角制限値Ienbとする。一方、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienbよりも大きい場合には(ステップ107:NO)、ステップ104に移行し、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする。
【0058】
なお、舵角制限値調整部83は、ステップ106において、舵角位置フラグFが「2」でない場合、すなわち舵角位置フラグFが「0」であり、ステアリングホイール3が中立付近にある場合には(ステップ106:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0059】
次に、本実施形態の作用について説明する。
図5に示すように、舵角制限値Ienは、絶対舵角θsに対する操舵方向を考慮して設定される。なお、同図において、調整前舵角制限値Ienbを破線で示す。また、同図にアシスト指令値Ias*をプロットした場合に、舵角制限値Ienの絶対値が定格電流Irとされる領域にハッチングを付している。
【0060】
一例として、右方向に操舵してエンド離間角Δθが所定角度θ1以下となり、そこからさらに切り込み操舵を行うことで、アシスト指令値Ias*の絶対値が調整前舵角制限値Ienbよりも大きな所定値Ias1となった場合を想定する。この場合、舵角制限値Ienの絶対値は、所定値Ias1よりも小さな調整前舵角制限値Ienbとなり、q軸電流指令値Iq*の絶対値は、当該舵角制限値Ienに制限される。これにより、エンド当ての衝撃が緩和される。
【0061】
ここで、右方向に操舵してエンド離間角Δθが所定角度θ1以下となってから、切り戻し操舵を行うことで、アシスト指令値Ias*の符号が負で、その絶対値が調整前舵角制限値Ienbよりも大きな「Ias1」となった場合を想定する。このとき、操舵方向を考慮せずに舵角制限値Ienを演算する比較例では、舵角制限値Ienの絶対値が調整前舵角制限値Ienbとされるため、q軸電流指令値Iq*の絶対値は、所定値Ias1よりも小さな舵角制限値Ienに制限される。これにより、アシスト力が不足し、引っ掛かり感が生じるおそれがある。
【0062】
この点、本実施形態では、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下であるときでも、切り戻し操舵が行われる場合には、舵角制限値Ienの絶対値が定格電流Irとされるため、q軸電流指令値Iq*の絶対値は、所定値Ias1から制限されない。これにより、十分なアシスト力が操舵機構5に付与されることで、引っ掛かり感が生じにくくなる。
【0063】
次に、本実施形態の効果について説明する。
(1)電流指令値演算部51は、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、エンド当て緩和制御によってはエンド離間角Δθの増大が規制されないようにq軸電流指令値Iq*を演算する。これにより、例えばラックエンド位置近傍から切り戻し操舵を行う際に操舵機構5に付与するアシスト力が不足しにくくなることで、引っ掛かり感が生じにくくなり、操舵フィーリングの低下を抑制できる。
【0064】
(2)電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値を舵角制限値Ienに制限することにより、エンド当て緩和制御を実行する。そして、舵角制限値演算部71は、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下であるときにエンド離間角Δθが増大する切り戻し操舵が行われる場合には、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとする。そのため、電源保護制御が実行されていない場合には、q軸電流指令値Iq*の絶対値が制限されず、エンド離間角Δθの増大が好適に規制されなくなる。
【0065】
(3)舵角制限値演算部71は、右方向に転舵輪4が転舵され、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる際には、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとし、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb以上である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を調整前舵角制限値Ienbとする。また、舵角制限値調整部83は、左方向に転舵輪4が転舵され、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる際には、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以上である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとし、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb未満である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を調整前舵角制限値Ienbとする。このように舵角制限値演算部71は、アシスト指令値Ias*と調整前舵角制限値Ienbとの符号を加味した大小比較を行うことで、例えば操舵トルクTh等の状態量に基づいて切り戻し操舵又は切り込み操舵が行われているかを直接的に判定せずとも、舵角制限値Ienの絶対値を操舵に応じた適切な値に容易に設定できる。
【0066】
(4)舵角制限値演算部71は、右方向エンド離間角Δθr及び左方向エンド離間角Δθlの絶対値とエンド離間角閾値Δθthとの大小比較を行い、右方向エンド離間角Δθrの絶対値がエンド離間角閾値Δθth未満である場合に右方向に転舵輪4が転舵されていると判定し、左方向エンド離間角Δθlの絶対値がエンド離間角閾値Δθth未満である場合に左方向に転舵輪4が転舵されていると判定する。そのため、右方向エンド離間角Δθr及び左方向エンド離間角Δθlの絶対値に基づいて、転舵輪4が転舵されている方向を容易に判定できる。
【0067】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変形例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態では、右方向エンド離間角Δθr及び左方向エンド離間角Δθlの絶対値に基づいて転舵輪4が転舵されている方向を判定したが、これに限らず、例えば絶対舵角θsに基づいて転舵輪4が転舵されている方向を判定してもよい。
【0068】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満であれば、右方向への切り込み操舵が行われており、切り戻し操舵が行われる前の状態でも、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとした。しかし、これに限らず、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満であることに加え、例えばアシスト指令値Ias*の符号が負であるか否かを判定し、アシスト指令値Ias*の符号が負である場合にのみ、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとしてもよい。このように構成しても、舵角制限値Ienが制限値Igとなっている場合におけるq軸電流指令値Iq*の絶対値は、上記実施形態と同様の大きさとなる。
【0069】
同様に、左方向に操舵する際において、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以上であることに加え、例えばアシスト指令値Ias*の符号が正であるか否かを判定し、アシスト指令値Ias*の符号が正である場合にのみ、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとしてもよい。
【0070】
・上記実施形態では、右方向に操舵が行われている際には、アシスト指令値Ias*が正の調整前舵角制限値Ienb未満である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irとしたが、これに限らず、エンド離間角Δθの増大が規制されなければ、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irよりも小さな値としてもよい。同様に、左方向に操舵が行われている際において、アシスト指令値Ias*が負の調整前舵角制限値Ienb以上である場合に、舵角制限値Ienの絶対値を定格電流Irよりも小さな値としてもよい。
【0071】
・上記実施形態では、イグニッションスイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視することで、原点からのモータ21の回転数を常時積算し、モータ絶対角及び絶対舵角θsを検出した。しかし、これに限らず、例えば操舵角を絶対角で検出するステアリングセンサを設け、該ステアリングセンサにより検出される操舵角及び減速機構22の減速比に基づいて、原点からのモータ21の回転数を積算し、モータ絶対角及び絶対舵角θsを検出してもよい。
【0072】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*を舵角制限値Ienに制限することで、エンド当て緩和制御を実行したが、これに限らず、例えばアシスト指令値Ias*に対し、ラックエンド位置に近づくほど大きくなる操舵反力成分、すなわちアシスト指令値Ias*と符号が反対の成分を加算することにより、エンド当て緩和制御を実行してもよい。この構成では、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下であるときに、エンド離間角Δθが増加する切り戻し操舵が行われる場合には、例えば操舵反力成分を略ゼロにすることで、上記実施形態と同様の作用及び効果を奏することができる。
【0073】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*に対してガード処理を行ったが、これに限らず、例えば操舵トルクThを微分したトルク微分値に基づく補償量によってアシスト指令値Ias*を補正した値に対してガード処理を行ってもよい。この構成では、アシスト指令値Ias*を補正した値が補正前の電流指令値に相当する。
【0074】
・上記実施形態では、制限値設定部62は、電源電圧Vbに基づいて電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72を備えたが、これに限らず、電圧制限値演算部72に加えて又は代えて、他の状態量に基づく他の制限値を演算する他の演算部を備えてもよい。また、制限値設定部62が電圧制限値演算部72を備えず、舵角制限値Ienをそのまま制限値Igとして設定する構成としてもよい。
【0075】
・上記実施形態では、定格電流Irから角度制限成分Igaを減算した値を調整前舵角制限値Ienbとしたが、これに限らず、定格電流Irから角度制限成分Iga、及びモータ角速度に応じて定まる電流制限量を減算した値を調整前舵角制限値Ienbとしてもよい。
【0076】
・上記実施形態では、操舵制御装置1は、EPSアクチュエータ6がコラム軸15にモータトルクを付与する形式のEPS2を制御対象としたが、これに限らず、例えばボール螺子ナットを介してラック軸12にモータトルクを付与する形式の操舵装置を制御対象としてもよい。また、EPSに限らず、操舵制御装置1は、運転者により操作される操舵部と、転舵輪を転舵させる転舵部との間の動力伝達が分離されたステアバイワイヤ式の操舵装置を制御対象とし、転舵部に設けられる転舵アクチュエータのモータのトルク指令値又はq軸電流指令値について、本実施形態のようにエンド当て緩和制御を実行してもよい。
【符号の説明】
【0077】
1…操舵制御装置、2…電動パワーステアリング装置、4…転舵輪、6…EPSアクチュエータ、12…ラック軸、13…ラックハウジング、18…ラックエンド、21…モータ、41…マイコン、42…駆動回路、51…電流指令値演算部、53…絶対舵角検出部、61…アシスト指令値演算部、62…制限値設定部、64…メモリ、71…舵角制限値演算部、81…エンド離間角演算部、82…角度制限成分演算部、83…舵角制限値調整部、Ias*…アシスト指令値、Ien…舵角制限値、Ienb…調整前舵角制限値、Ig…制限値、Iga…角度制限成分、Iq*…q軸電流指令値、Ir…定格電流、Sm…モータ制御信号、θs_le,θs_re…エンド位置対応角、θs…絶対舵角、Δθ…エンド離間角。
図1
図2
図3
図4
図5