(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】熱処理鋼帯の製造方法およびその製造設備
(51)【国際特許分類】
C21D 9/573 20060101AFI20230705BHJP
C21D 9/56 20060101ALI20230705BHJP
C21D 1/63 20060101ALI20230705BHJP
C21D 1/20 20060101ALI20230705BHJP
【FI】
C21D9/573 101Z
C21D9/56 101B
C21D1/63
C21D1/20
(21)【出願番号】P 2019163527
(22)【出願日】2019-09-09
【審査請求日】2022-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100082429
【氏名又は名称】森 義明
(74)【代理人】
【識別番号】100162754
【氏名又は名称】市川 真樹
(72)【発明者】
【氏名】田中 祐二郎
(72)【発明者】
【氏名】山下 悟
(72)【発明者】
【氏名】田頭 聡
(72)【発明者】
【氏名】有隅 亮
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開昭51-117117(JP,A)
【文献】特開2014-055340(JP,A)
【文献】特表2009-515045(JP,A)
【文献】実開昭57-147261(JP,U)
【文献】特開平02-034728(JP,A)
【文献】特開2005-281754(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/573
C21D 9/56
C21D 1/63
C21D 1/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト相を主相とする組織に調整した鋼帯(18)を走行させ、溶融金属(30)を貯留した溶融金属浴(20)に前記鋼帯(18)を浸漬させて所定温度まで急冷し、その後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持して恒温変態熱処理を行う熱処理鋼帯の製造方法であって、
前記鋼帯(18)を、前記溶融金属浴(20)の上部空間から、その溶融金属浴(20)に半浸漬している上側支持ロール(40)の下方に向かって走行させるとともに、
前記鋼帯(18)の前記溶融金属浴(20)への入浴部分から前記鋼帯(18)の走行方向最上流側に位置する前記上側支持ロール(40)までの間の前記鋼帯(18)上側に貯留する前記溶融金属(30)に対して、前記鋼帯(18)の走行方向を横切る方向の流れを与える、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造方法。
【請求項2】
オーステナイト相を主相とする組織に調整した鋼帯(18)を走行させ、溶融金属(30)を貯留した溶融金属浴(20)に前記鋼帯(18)を浸漬させて所定温度まで急冷し、その後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持して恒温変態熱処理を行う熱処理鋼帯の製造方法であって、
前記鋼帯(18)を、前記溶融金属浴(20)の上部空間から、その溶融金属浴(20)に半浸漬している上側支持ロール(40)の下方に向かって走行させるとともに、
前記鋼帯(18)の前記溶融金属浴(20)への入浴位置から、その入浴位置よりも前記鋼帯(18)の走行方向下流側に設けられた前記溶融金属浴(20)への前記溶融金属(30)の流入位置までの間において、前記溶融金属浴(20)中の前記溶融金属(30)を、前記鋼帯(18)の走行方向に対して直交する1つの方向のみからオーバーフローさせる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造方法。
【請求項3】
オーステナイト相を主相とする組織に調整した鋼帯(18)を走行させ、溶融金属(30)を貯留した溶融金属浴(20)に前記鋼帯(18)を浸漬させて所定温度まで急冷し、その後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持して恒温変態熱処理を行う熱処理鋼帯の製造方法であって、
前記鋼帯(18)を、前記溶融金属浴(20)の上部空間から、その溶融金属浴(20)に半浸漬している上側支持ロール(40)の下方に向かって走行させるとともに、
前記鋼帯(18)の前記溶融金属浴(20)への入浴位置から、その入浴位置よりも前記鋼帯(18)の走行方向下流側に設けられた前記溶融金属浴(20)への前記溶融金属(30)の流入位置までの間において、前記溶融金属浴(20)中の前記溶融金属(30)を、前記鋼帯(18)の走行方向に対して直交する2つの方向へそれぞれ異なる量でオーバーフローさせる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2の熱処理鋼帯の製造方法において、
前記溶融金属浴(20)は、前記溶融金属(30)としてBi(ビスマス)またはPb(鉛)の少なくとも一方が用いられる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造方法。
【請求項5】
鋼帯(18)を、オーステナイト相を主相とする組織に調整する加熱帯(12)と、溶融金属(30)が貯留された溶融金属浴(20)に前記鋼帯(18)を浸漬させて所定温度まで急冷させる急冷帯(14)と、その急冷の後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持する保持帯(16)とをこの順に備え、前記鋼帯(18)に対して恒温変態熱処理を行う熱処理鋼帯の製造装置であって、
前記急冷帯(14)では、前記鋼帯(18)の前記溶融金属浴(20)への入浴位置から、その入浴位置よりも前記鋼帯(18)の走行方向下流側に設けられた前記溶融金属浴(20)への前記溶融金属(30)の流入位置までの間において、前記溶融金属浴(20)中の前記溶融金属(30)を、前記鋼帯(18)の走行方向に対して直交する1つの方向のみからオーバーフローさせる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造装置。
【請求項6】
鋼帯(18)を、オーステナイト相を主相とする組織に調整する加熱帯(12)と、溶融金属(30)が貯留された溶融金属浴(20)に前記鋼帯(18)を浸漬させて所定温度まで急冷させる急冷帯(14)と、その急冷の後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持する保持帯(16)とをこの順に備え、前記鋼帯(18)に対して恒温変態熱処理を行う熱処理鋼帯の製造装置であって、
前記急冷帯(14)では、前記鋼帯(18)の前記溶融金属浴(20)への入浴位置から、その入浴位置よりも前記鋼帯(18)の走行方向下流側に設けられた前記溶融金属浴(20)への前記溶融金属(30)の流入位置までの間において、前記溶融金属浴(20)中の前記溶融金属(30)を、前記鋼帯(18)の走行方向に対して直交する2つの方向へそれぞれ異なる量でオーバーフローさせる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載の熱処理鋼帯の製造装置において、
前記溶融金属浴(20)は、前記溶融金属(30)としてBi(ビスマス)またはPb(鉛)の少なくとも一方が用いられる、ことを特徴とする熱処理鋼帯の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特殊鋼の鋼帯に連続的な所定条件での熱処理を行なうことによって、需要家での熱処理工程の省略を可能とする熱処理鋼帯の製造方法とその製造設備とに関する。
【背景技術】
【0002】
特殊鋼の鋼帯を連続的に熱処理し、パーライト組織やベーナイト組織を形成させる熱処理は、パテンティング処理と呼ばれ、長年にわたり工業的に利用されている。このような熱処理の生産性を向上させる取り組みとして、例えば、下記の特許文献1(日本国・特開2014-55340号公報)では、所定割合の炭素を含む鋼帯を素材とし、等温変態処理により生成するベーナイト組織を主組織とした熱処理鋼帯を製造する連続熱処理炉に関し、加熱帯・急冷帯・保持帯の3つのゾーンで形成された連続熱処理炉の急冷帯において、鋼帯が溶融金属浴中に浸漬される位置をX、鋼帯が溶融金属浴を出る位置をYとした際に、鋼帯のベーナイト変態が進展して変態率が50%となる位置B50とYの間の区間には、鋼帯に塑性変形を加える要素が存在しないようにする技術が開示されている。
かかる従来技術によれば、鋼帯が溶融金属浴中で溶融金属脆化割れによる鋼帯の破断が起きないため、熱処理鋼帯の生産性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の従来技術には次の課題がある。
上述のような連続熱処理炉を用いて熱処理鋼帯の生産性をさらに向上させたい場合には、ラインスピードを増速すれば良いが、ラインスピードを増速すると、加熱帯を経て高温となった鋼帯が溶融金属浴へと持ち込む熱量、すなわち単位時間当たりの急冷帯への入熱量が増加し、溶融金属浴での急冷効果が減少するようになる。このため、得られる熱処理鋼帯の製品硬さが低下する傾向が見られるようになる。
【0005】
それゆえに、本発明の目的は、ラインスピードを増速して単位時間当たりの急冷帯への入熱量が増加しても、当該急冷帯で必要とする急冷効果を維持することが可能な熱処理鋼帯の製造方法と、その製造装置とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本発明は、例えば、
図1から
図3に示すように、熱処理鋼帯の製造方法を次のように構成した。
すなわち、オーステナイト相を主相とする組織に調整した鋼帯18を走行させ、溶融金属30を貯留した溶融金属浴20に前記鋼帯18を浸漬させて所定温度まで急冷し、その後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持して恒温変態熱処理を行う。その際に、前記鋼帯18を、前記溶融金属浴20の上部空間から、その溶融金属浴20に半浸漬している上側支持ロール40の下方に向かって走行させるとともに、前記鋼帯18の前記溶融金属浴20への入浴部分から前記鋼帯18の走行方向最上流側に位置する前記上側支持ロール40までの間の前記鋼帯18上側に貯留する前記溶融金属30に対して、前記鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れを与える。
【0007】
溶融金属浴20における溶融金属30の流れとその温度分布とを解析した結果、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側の部分では、溶融金属30に流れは殆どなく、鋼帯18が溶融金属浴20へと持ち込む熱が蓄積されていることが明らかとなった。
そこで、この発明では、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れを与えているので、かかる部分に熱が蓄積するのを防止することができる。
【0008】
本発明のように、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れを与えるためには、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴位置から、その入浴位置よりも鋼帯18の走行方向下流側に設けられた溶融金属浴20への溶融金属30の流入位置までの間において、溶融金属浴20中の溶融金属30を、鋼帯18の走行方向に対して直交する1つの方向のみからオーバーフローさせるのが好ましい。
この場合、溶融金属30に流れを与えるために新たな動力源を必要せず、既存設備の簡単な改造で上記の流れを与えることができる。
また、上記のものに代えて、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴位置から、その入浴位置よりも鋼帯18の走行方向下流側に設けられた溶融金属浴20への溶融金属30の流入位置までの間において、溶融金属浴20中の溶融金属30を、鋼帯18の走行方向に対して直交する2つの方向へそれぞれ異なる量でオーバーフローさせるのも好ましい。
この場合も、溶融金属30に流れを与えるために新たな動力源を必要せず、既存設備の簡単な改造で上記の流れを与えることができるのに加え、後述するオーバーフロー配管48などへの負荷を軽減させることもできる。
【0009】
また、第2の発明にかかる熱処理鋼帯の製造装置は、上述した熱処理鋼帯の製造方法を実行するための装置であって、例えば、
図1から
図3に示すように、当該装置を次のように構成した。
鋼帯18を、オーステナイト相を主相とする組織に調整する加熱帯12と、溶融金属30が貯留された溶融金属浴20に前記鋼帯18を浸漬させて所定温度まで急冷させる急冷帯14と、その急冷の後、ベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持する保持帯16とをこの順に備え、前記鋼帯18に対して恒温変態熱処理を行う。前記急冷帯14では、前記鋼帯18の前記溶融金属浴20への入浴位置から、その入浴位置よりも前記鋼帯18の走行方向下流側に設けられた前記溶融金属浴20への前記溶融金属30の流入位置までの間において、前記溶融金属浴20中の前記溶融金属30を、前記鋼帯18の走行方向に対して直交する1つの方向のみからオーバーフローさせる。または、前記溶融金属浴20中の前記溶融金属30を、前記鋼帯18の走行方向に対して直交する2つの方向へそれぞれ異なる量でオーバーフローさせる。
【0010】
これらの発明において、溶融金属浴20は、前記溶融金属30としてBi(ビスマス)またはPb(鉛)の少なくとも一方を用いるのが好ましい。
【0011】
さらに、本発明は、後述する実施形態に記載された特有の構成を付加することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ラインスピードを増速して単位時間当たりの急冷帯への入熱量が増加しても、当該急冷帯で必要とする急冷効果を維持することが可能な熱処理鋼帯の製造方法と、その製造装置とを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明における一実施形態の熱処理鋼帯の製造装置の概略を示すフロー図である。
【
図2】本発明の熱処理鋼帯の製造装置における急冷帯の要部の一例を示す平面視の部分断面図である。
【
図3】本発明の熱処理鋼帯の製造装置における溶融金属浴のオーバーフロー口変更に伴う冷却効果の違いを示すもので、
図3Aは、オーバーフロー口の変更に伴う溶融金属の通流パターンを示す説明図であり、
図3Bは、オーバーフロー口変更による鋼帯の冷却速度の変化をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の熱処理鋼帯の製造方法と、かかる方法に用いる熱処理鋼帯の製造装置について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明における一実施形態の熱処理鋼帯の製造設備10の概略を示すフロー図であり、これらの図が示すように、本発明の熱処理鋼帯の製造装置10は、熱処理炉であって、加熱帯12と、急冷帯14と、保持帯16とをこの順に備える。
なお、本明細書においては、各部位に付される符号に関し、各部位を上位概念で示す場合にはアルファベットの枝番をつけずアラビア数字のみで示し、各部位を区別する必要がある場合(すなわち下位概念で示す場合)にはアルファベット小文字の枝番をアラビア数字に付して区別する。
【0015】
加熱帯12は、支持ロール22上を走行する鋼帯18に対して、例えば900±50℃と言ったオーステナイト変態開始温度よりも高い温度で所定時間加熱することによって、鋼帯18の組織をオーステナイト相を主相とする組織に調整するパートである。この加熱帯12での鋼帯18に対する処理温度や処理時間(ラインスピード)などの条件は、走行する鋼帯18の板厚や板幅或いは鋼種などによって適宜選択される。
なお、「オーステナイト相を主相とする組織」は、オーステナイトが主組織であるならば如何なるものであってもよく、例えば、「オーステナイト+セメンタイト」や「オーステナイト+フェライト」などを挙げることができる。勿論、「オーステナイト単相」であってもよい。
【0016】
急冷帯14は、上記の加熱帯12を経て高温に加熱された鋼帯18を、溶融金属30が貯留された溶融金属浴20に浸漬させて所定温度まで急冷させるパートである。ここで、溶融金属浴20に用いる溶融金属30としては、300℃前後の融点を持つ金属が好ましく、例えば、Bi(ビスマス)やPb(鉛)を挙げることができる。これらの金属を単体もしくは混合して溶融金属浴20に使用することができる。
また、この急冷帯14を構成する溶融金属浴20は、鋼帯18が浸漬される上鍋26と、その上鍋26の下に配設され、上鍋26との間で溶融金属30を循環させる下鍋28とを有する。
【0017】
このうち、下鍋28内には、上鍋26よりオーバーフローして戻されて来る溶融金属30を大凡300℃前後にまで冷却する冷却ブロアー配管32が延設されている。また、下鍋28には、内部に貯留する溶融金属を汲み上げて上鍋26へと供給するポンプ34が設けられる。なお、このポンプ34の吐出側に取り付けられた溶融金属吐出配管36の先端は、上鍋26における溶融金属30の流入位置に配置される。
【0018】
一方、上鍋26内には、その下半分が溶融金属30に浸漬され、加熱帯12を通過後、ガイドロール24を経て、溶融金属浴20の上部空間から溶融金属30中へと浸漬される鋼帯18の上側を支持して案内する複数の上側支持ロール40と、その全体が溶融金属30に浸漬され、上記の鋼板18の下側を支持して案内する複数の下側支持ロール42とが配設されている。
【0019】
また、
図2に示すように、この上鍋26における幅方向左右の両壁には、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴位置から、その入浴位置よりも鋼帯18の走行方向下流側に設けられた溶融金属浴20への溶融金属30の流入位置までの間に、複数のオーバーフロー口44が開設されている。図示実施形態の場合、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴位置と鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40との間における鋼帯18の走行方向右側の上鍋26側壁にはオーバーフロー口44aが開設され、同左側の上鍋26側壁にはオーバーフロー口44bが開設される。また、鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40と、これに隣接する上側支持ロール40との間における鋼帯18の走行方向右側の上鍋26側壁にはオーバーフロー口44cが開設され、同左側の上鍋26側壁にはオーバーフロー口44dが開設される。そして、オーバーフロー口44a乃至44dが設けられた上鍋26側壁の外側には、オーバーフロー口44a乃至44dからオーバーフローした溶融金属30を集める樋部材46が左右それぞれに取り付けられており、この樋部材46の底部には、溶融金属30を下鍋28へと戻すオーバーフロー配管48が接続される。
【0020】
なお、本実施形態の熱処理鋼帯の製造装置10では、溶融金属浴20の上鍋26において、少なくとも、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れが与えられるので、上記のオーバーフロー口44は、常時全てが開放されて溶融金属30をオーバーフローさせているのではなく、以下に述べる通り、開放するオーバーフロー口44は適宜選択される。
【0021】
ここで、
図3は、本実施形態の熱処理鋼帯の製造装置10における溶融金属浴20のオーバーフロー口44変更に伴う冷却効果の違いを示すものである。このうち、
図3Aは、上鍋26のオーバーフロー口44の開閉状況を表し、
図3Bは、かかるオーバーフロー口44の開閉状況それぞれにおいて、板厚0.6mm、板幅200mm、初期温度930℃の鋼帯18を、溶融金属30として375℃の溶融Bi(ビスマス)を用いた上鍋26にラインスピード3.0m/分で浸漬した際の鋼帯18の表面温度の履歴を数値解析したものである。
これらの図が示すように、オーバーフロー口44が鋼帯18の走行方向に対して直交する1つの方向のみ開放されたDのパターン、および、鋼帯18の走行方向に対して直交する2つの方向へそれぞれ異なる量の溶融金属30をオーバーフローさせるべく左右で非対称に開放されたCのパターンでは、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れが生じており、鋼板18の冷却速度(=抜熱速度)を増加させることができる。
【0022】
保持帯16は、上記の急冷帯14を経て例えばベーナイト変態温度のような所定の温度まで急冷された鋼帯12を、所定の恒温状態、例えばベーナイト変態のための恒温保持を終了し室温まで冷却してもマルテンサイト変態を起こさせない状態まで恒温に保持して変態を終了させるパートである。
なお、
図1中の符号50は、急冷帯14の溶融金属浴20を通過した鋼帯18を保持帯16へと案内するためのガイドロールであり、符号52は、保持帯16内を走行する鋼帯18を下から支える支持ロールである。
【0023】
以上のように構成された熱処理鋼帯の製造装置10を用いて、例えばベーナイト鋼帯のような熱処理鋼帯を製造する際には、まず、鋼帯18として質量%で0.3~1.2%の炭素を含むものを準備し、これを加熱帯12に通して、鋼組織がオーステナイト相を主相とする組織になるまで加熱する。
【0024】
続いて、オーステナイト相を主相とする組織に調整した鋼帯18を急冷帯14の溶融金属浴20に通して、例えば、鋼帯18の材料温度が930℃から1秒以内に500℃未満となるような冷却速度で、最終的に385℃まで急冷する。この際、溶融金属浴20の上鍋26に設けられるオーバーフロー口44は、
図3AのCのパターンに設定される。ここで、上鍋26に設けられるオーバーフロー口44をこのような開閉パターンに設定した理由は次の通りである。すなわち、溶融金属浴20での冷却効果を極大化させるためには、
図3AのDのパターンにすれば良いが、そうすると、鋼帯18の走行方向左側の樋部材46とこれに接続されたオーバーフロー配管48とに負荷が集中し、これらの部材の損傷が激しくなる虞が有る。このため、設備保全の観点から、上鍋26設けられるオーバーフロー口44の開閉パターンを
図3AのCの通りとした。なお、この場合の鋼帯18の冷却効果については、
図3Bに示す通り、オーバーフロー口44の開閉パターンが
図3AのDの場合に比べて遜色がない。
【0025】
そして、急冷帯14を経て、その材料温度が所定の変態温度まで急冷された鋼帯18は、保持帯16を通る間に所定の恒温状態に保持されて恒温変態熱処理が終了する。これにより、本発明の熱処理鋼帯の製造方法が完了する。
【0026】
ここで、実際の製造装置10において、上述のようにオーバーフロー口44aおよび44dの2つを閉塞させた場合、従来の製造方法である
図3AのAのパターンのように4つのオーバーフロー口44全てが開放されている場合と比較して、ラインスピードを約10%強増速しても、得られるベーナイト鋼帯の硬さに変化は見られなかった。つまり、ラインスピードを増速しても急冷帯14が十分に機能していることが窺えた。
【0027】
なお、上述の実施形態では、上鍋26に4つ設けられたオーバーフロー口44が、
図3AのCパターンやDパターンと言った所定のパターンになるよう、事後的に不要なオーバーフロー口44を閉塞する場合を示しているが、このオーバーフロー口44は、鋼帯18の溶融金属浴20(より具体的には上鍋26)への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れが与えられるものであれば、その態様は如何なるものであってもよい。このため、予めそのような流れを生じさせる形態のオーバーフロー口44を設計し、製造設備の完成当初よりかかるオーバーフロー口44を上鍋26に設置することができるのは勿論である。
【0028】
また、上述の実施形態では、オーバーフロー口44の形態を所定のものとすることによって、鋼帯18の溶融金属浴20への入浴部分から鋼帯18の走行方向最上流側に位置する上側支持ロール40までの間の鋼帯18上側に貯留する溶融金属30に対して、鋼帯18の走行方向を横切る方向の流れを与えるようにしているが、かかる方向の流れを生じさせるものは、オーバーフロー口44の形態に限定されるものではなく、例えば、攪拌装置などを用いるようにしてもよい。
【0029】
また、本発明は、当業者が想定できる範囲でその他の変更を行えることは勿論である。
【符号の説明】
【0030】
10:熱処理鋼帯の製造設備,12:加熱帯,14:急冷帯,16:保持帯,18:鋼帯,20:溶融金属浴,30:溶融金属,40:上側支持ロール.