(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】磁気特性が優れた方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230705BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20230705BHJP
C21D 8/12 20060101ALN20230705BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
C21D8/12 B
(21)【出願番号】P 2020525831
(86)(22)【出願日】2019-06-21
(86)【国際出願番号】 JP2019024818
(87)【国際公開番号】W WO2019245044
(87)【国際公開日】2019-12-26
【審査請求日】2020-12-03
(31)【優先権主張番号】P 2018118019
(32)【優先日】2018-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】熊野 知二
(72)【発明者】
【氏名】矢野 慎也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】大栗 昭郎
(72)【発明者】
【氏名】森本 翔太
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-100996(JP,A)
【文献】特開平08-213225(JP,A)
【文献】特開平06-089805(JP,A)
【文献】特開平06-220541(JP,A)
【文献】特開2002-220644(JP,A)
【文献】特開2012-087374(JP,A)
【文献】特開平06-031303(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2013-0014892(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でSi:2.5~3.5%、C:
0.005%以下、Al:
0.01%以下、P:0.30%以下、Mn:0.8%以下、S:
0.005%以下、Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、N:0.010%以下、B:0.005%以下、Se:
0.005%以下、Ti:0.005%以下、Nb:0.005%以下、Cu:0.30%以下、Cr:0.30%以下、Ni:0.30%以下、残部Feおよび不可避的元素からなり、板厚が0.18~0.35mmの方向性電磁鋼板であって、
最終焼鈍後の金属組織がGOSS方位二次再結晶粒のマトリックス粒を含み、
該マトリックス粒の中に存在する、長径が5mm以下のGoss方位結晶粒の前記金属組織での存在頻度が1.5個/cm
2以上、8個/cm
2以下、磁束密度B8が1.88T以上であること、
前記Goss方位結晶粒の[001]方向の圧延方向からのずれ角度が、
α角度およびβ角度の単純平均として、それぞれ7°以下および5°以下であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
ここで、α角度、β角度は下記を示す。
α角度:長手方向(圧延方向)と、Goss方位粒の[001]軸とその方位を圧延面表面に投影したものとの間の角度
β角度:Goss方位粒の[001]軸が圧延面と成す角度。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次再結晶前後に人為的に磁区細分化を施さずに、金属組織的に望ましい、大きさが限られたGoss方位の結晶粒を形成して磁区細分化を行い、良好な鉄損特性を有する方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄芯材料として広く使用され、その特性は鉄損と磁束密度により格付けされ、鉄損は少ないほど、磁束密度は高いほど価値が大きい。一般に磁束密度を向上させると二次再結晶粒径が大きくなるので、鉄損が劣化すると云うトレードオフの関係が存在し、従前の品質改善技術の方向は、二次再結晶後に人為的に磁区幅を狭くする手段を適用し鉄損を低減させることである。例えば、特許文献1では、レーザー照射することによる磁区幅制御の技術が開示されている。しかしながら、この磁区制御は耐熱性がないため歪取り焼鈍を施す用途には適しておらず、特許文献2の熱的安定性がある磁区制御法が実用化されている。また、特許文献3では、二次再結晶前に処理を施して二次再結晶粒の磁区を細分化する方法が開発され、その方法が実用化されている。これらは、磁区の細分化の効果は優れているが余分な工程が必須であり、コストアップ、生産量の制限、磁性の造り込み割合(歩留り)低下、絶縁被膜の破壊および修復(再コーティング)が必要等の課題がある。
また、従前の知見では、方向性電磁鋼板の粒径が数センチメートル程度の二次再結晶粒の中に比較的小さな粒を混在せしめることは可能であるが、その場合、その小さな粒の方位は所謂Goss方位({110}<001>)から大きくズレて、磁気特性が劣化するので、実用化に至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭55-018566号公報
【文献】特開昭61-117218号公報
【文献】特開昭59-197520号公報
【文献】特公昭33-004710号公報
【文献】特開昭59-056522号公報
【文献】特開平09-287025号公報
【文献】特開昭58-023414号公報
【文献】特開2000-199015号公報
【文献】特公平6-80172号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】野沢忠生:東北大学学位論文:博士論文1979年
【文献】米国特許1965559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
方向性電磁鋼板は、磁束密度を良好せしめる工程条件(例えば高冷間圧延率)を採用すれば、一次再結晶集合組織においてGoss方位粒のGoss方位は尖鋭になるもののGoss方位粒の存在頻度が小さくなり、結果として二次再結晶粒径が大きくなり異常渦電流損が増大し鉄損は劣化する。即ち、磁束密度は高く(大きく)なるものの、鉄損は劣化する。これは、履歴損は改善するものの、磁区幅が広くなり異常渦電流損が大きくなり(増加し)、全鉄損は劣化するためである。また、従来の技術では二次再結晶組織中に微細粒を存在せしめると、その微細粒の方位はGoss方位から大きくズレているか偏倚しているため磁気特性は改善されなかった。このため、実際の工業生産では高磁束密度を確保するがゆえに、二次再結晶粒は大きくならざるを得ず、そして人工的な付加的磁区制御方法により鉄損を改善する方法を採用しなければならない。人工的な付加的磁区制御方法の一例は、張力付与絶縁皮膜の塗布であり、実際、多くの電磁鋼板がこの方法で生産されている。しかし、このように従来方法では、工程が増えコストアップもしくは絶縁皮膜の破壊による層間抵抗の劣化を生じ、また鉄損向上に限界があり、その改善が求められていた。
本発明の目的は、磁束密度を劣化させることなく、二次再結晶組織の中にGoss方位の微細粒が存在することにより鉄損を著しく改善した方向性電磁鋼板を提供することである。以下、二次再結晶組織の中に存在するこのGoss方位の微細粒を“胡麻粒”と呼ぶ。本発明においては、胡麻粒は長径が5mm以下のものを云う。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)質量%でSi:2.5~3.5%、C:0.005%以下、Al:0.01%以下、P:0.30%以下、Mn:0.8%以下、S:0.005%以下、Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、N:0.010%以下、B:0.005%以下、Se:0.005%以下、Ti:0.005%以下、Nb:0.005%以下、Cu:0.30%以下、Cr:0.30%以下、Ni:0.30%以下、残部Feおよび不可避的元素からなり、板厚が0.18~0.35mmの方向性電磁鋼板であって、
最終焼鈍後の金属組織がGOSS方位二次再結晶粒のマトリックス粒を含み、
該マトリックス粒の中に存在する、長径が5mm以下のGoss方位結晶粒の前記金属組織での存在頻度が1.5個/cm2以上、8個/cm2以下であり、磁束密度B8が1.88T以上であること、前記Goss方位結晶粒の[001]方向の圧延方向からのズレ角度が、
α角度およびβ角度の単純平均として、それぞれ7°以下および5°以下であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
ここで、α角度、β角度は下記を示す。
α角度:長手方向(圧延方向)と、Goss方位粒の[001]磁区とその方位を圧延面表面に投影したものとの間のなす角度
β角度:Goss方位粒の[001]軸が圧延面と成す角度
【発明の効果】
【0007】
二次再結晶組織の中にGoss方位の微細粒を特定の頻度で存在させることにより、磁束密度を劣化させることなく、鉄損を改善した方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】方向性電磁鋼板の3方向(圧延、圧延面法線、鋼板幅方向)とGoss方位の三次元角度関係を3つの角(α、β、γ角)で示した図である。
【
図2】長径が5mm以下の尖鋭なGoss方位の微細粒(胡麻粒)の結晶方位の例を示した図である。
【
図3】尖鋭なGoss方位の微細粒(胡麻粒)の長軸サイズおよび胡麻粒の存在密度と鉄損(W17/50)との関係を示した図である。
【
図4】二次再結晶マクロ組織を示した図である。下図が本発明鋼を示し、上図が従来鋼を示す。
【
図5】尖鋭なGoss方位の微細粒(胡麻粒)の密度と鉄損および磁束密度の関係を示した図である。
【
図6】尖鋭なGoss方位の微細粒(胡麻粒)の方位と鉄損の関係を示した図である。
【
図7】電磁鋼板(張力付与絶縁被膜なし)の鉄損W17/50の等高線グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明による方向性電磁鋼板は、本発明者らが上記の課題を解決すべく重ねた鋭意検討に基づくものであり、その金属組織は、大きな尖鋭なGoss方位二次再結晶粒(以下「マトリックス粒」と云う)から構成され、その大きな二次再結晶粒(マトリックス粒)の中に長径が5mm以下の同じく尖鋭なGoss方位の微細粒(以下「胡麻粒」と云う)を存在せしめて、大きな二次再結晶粒(マトリックス粒)の中の磁区構造を改善し、磁束密度を低下させることなく鉄損を改善した方向性電磁鋼板である。別の言い方をすると、マトリックス粒と胡麻粒は海と島の関係にあるとも言える。つまり、海であるマトリックス粒の中に、島である胡麻粒が存在している。従来技術(例えば、特許文献9)で、粒径の大きい粒子と粒径の小さい粒子の混在する組織を有する電磁鋼板は開示されていた。しかしながら、その従来技術では、大きい粒子の粒界に小さい粒子が存在しており、大きな粒子(マトリックス粒)の中に小さな粒子(胡麻粒)が存在する海島の構造ではない点に留意されたい。なお、本発明による電磁鋼板は、大きな粒子(マトリックス粒)の中に小さな粒子(胡麻粒)が存在する海島の構造を有するが、小さい粒が大きい粒子の粒界に存在することを否定するものではない点も留意されたい。また、マトリックス粒の長径は少なくとも5mmを超えるものであり、これは、長径が5mm以下の胡麻粒を包含するためである。マトリックス粒は、二次再結晶粒であり、数cm程度の粒径、例えば約1cm~10cmの粒径を有してもよい。
また、本発明の方向性電磁鋼板の表面にはフォルステライトを主とするグラス被膜が存在してもよい。またその上に張力被膜が塗布されてもよい。
【0010】
以下に詳細を述べる。
<結晶方位>
まず、方向性電磁鋼板の二次再結晶粒の方位について述べる。方向性電磁鋼板は二次再結晶現象を活用して巨大なGoss方位粒を形成せしめる。このGoss方位は{110}<001>なる指数で表される。そして、方向性電磁鋼板のGoss方位集積度は結晶格子の<100>方位の圧延方向からのズレに大きく依存する。具体的には、
図1に示す通り、ズレ角度は三次元空間における3つの角で規定され、α、β、γの角は下記で定義される(非特許文献1)。
α:長手方向(圧延方向)と、Goss方位粒の[001]軸とその方位を試料圧延面表面に投影したものとの間の角度(あるいは、[001]方向の圧延面法線軸周りの回転角度。)
β:Goss方位粒の[001]軸が圧延面と成す角度。
γ:試料表面(圧延方向に垂直な断面)での、Goss方位粒の[001]軸のまわりの回転角度
【0011】
このようにαとβ角は圧延方向または試料表面からの、Goss方位粒の[001]軸とのズレまたは偏倚を含むため、そのズレまたは偏倚が大きくなるとGoss方位粒の容易磁化軸[001]が圧延方向から大きくズレまたは偏倚し、圧延方向の磁気特性が劣る。これに対応して、γ角は、Goss方位粒の[001]軸(磁化容易軸)まわりの角度であるので磁束密度には悪影響を与えない。むしろγ角は大きいほど磁区細分化効果が大きいと言われ望ましい。
ここで、方向性電磁鋼板の結晶格子は体心立方晶である。[ ]、( )はユニークな方向と面法線方向を、< >、{ }は立方晶の等価な方位と面法線方位を表す。また、
図1において、Goss方位に関する右手系座標系でユニークな[100],[010],[001]方向を定義している。更に“向き”について、ユニークな場合を、”方向“、等価な場合を”方位“としている。
【0012】
図2に胡麻粒の{200}極点図の例を示す。(2A)は後述する圧延形状比が7未満である従来の方法で製造した場合であり、(2B)は本発明に係る電磁鋼板の例である。ともに長径が5mm以下の結晶粒の方位測定値であり、(2B)の方が鉄損は極めて良好である。
【0013】
<成分組成>
以下、成分組成について説明する。以下、%は質量%を意味する。
Si:2.5~3.5%
Siは、固有抵抗を大きくして、鉄損特性の向上に寄与する元素であり、2.5%未満であると固有抵抗が小さくなり鉄損が劣化する。3.5%より多いと、製造工程において特に圧延において破断が多発して実際上商業生産できない。
【0014】
方向性電磁鋼板に必要な成分はFeとSiであるが、以下に不可避的に存在する残部の元素について述べる。
【0015】
最終的に表面を除く鋼板本体に不可避的に含有される元素としては、Al,C,P,Mn,S,Sn,Sb,N,B,Se,Ti,Nb,Cu等があるが、これらは、工業生産にて不可避的に混入する元素と、方向性電磁鋼板の二次再結晶を起こさせしめるために人為的に添加されるものとに分別される。そして、これらの不可避的元素は最終製品には不必要であるか、もしくは少ないことが望まれる。
【0016】
Cは、集合組織改質のために製造工程では必要である。しかし、磁気時効防止のために最終製品では少ないことが求められ、その好ましい上限は0.005%以下、より好ましくは0.003%以下である。
【0017】
磁気時効は生じないものの人為的に添加され、最終製品では不要な元素としては、P、N,S、Ti,B、Nb,Se等がある。これらの上限も好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.0020%以下である。Alは、ムライトとしてグラス被膜に存在するので必ずしも不要ではない。
【0018】
Al,Mn,Sn,Sb,Cuは金属元素であり、不可避的に存在するものと意図的に添加するものがあり、最終製品にも残存する。これらも飽和磁束密度を低減させるため少ないほうが良いが、実機での製造上、必然的に最大0.01%程度残存することは許容できる。実際の含有量はその製造プロセスに依って、調整してもよい。
本発明に係る方向性電磁鋼板、およびそれを製造するためのスラブ等における各元素の含有量は、元素の種類に応じて、一般的な方法を用いて、一般的な測定条件により測定することができる。
【0019】
<成品厚>
製品厚は、実際の生産では0.18mmまでである。0.18mmより薄い鋼板の生産は可能であるが、圧延機のロール径が大きい場合は、厚さ精度(板厚変動5%以下)を十分に満たしつつ圧延することはできない。厚さの上限は、方向性電磁鋼板の絶対値鉄損が大きくなるので、日本工業規格の上限の0.35mm以下とする。なお、本発明の技術では、微細二次再結晶粒を存在せしめて磁束密度B8が1.88T以上であることが根幹である。
【0020】
<結晶粒>
よく知られているように方向性電磁鋼板の鉄損は、履歴損、古典的渦流損、異常渦電流損からなる。
古典的渦電流損は、固有抵抗、板厚に大きく依存するため、たとえ二次再結晶粒径が異なってもSi含有量、板厚が同じ場合は同じと考えられる。
履歴損と異常渦電流損は、二次再結晶粒径(正確には粒界面積)に大きく依存する。履歴損は粒界面積が大きいと大きくなり、胡麻粒(粒界面積が小さい)により履歴損は増大しない。一方で、方向性電磁鋼板の鉄損は、粒径だけではなく、粒内の磁区構造にも依存し、より具体的には、先鋭なGoss方位の胡麻粒の存在により、大きな結晶粒(マトリックス粒または非胡麻粒)の磁区幅を狭くする効果が得られることを、本発明者が見出した。別の言い方をすると、大きな二次再結晶Goss粒のみでは、その粒内の磁区幅が必然的に広くなり、異常渦電流損が増加するが、方位の良い(先鋭なGoss方位の)胡麻粒の存在により、大きな粒内の磁区幅が狭化(磁区細分化)され、異常渦電流損が改善される、と考えられる。このように胡麻粒により磁区細分化効果が得られる一方で、胡麻粒によって履歴損の増加する効果が懸念されるが、現在、両者についての定量的な比較・説明は困難である。しかし、本発明では胡麻粒は方位が良好なため、この劣化は少ないと推定される。また、胡麻粒の磁区細分化効果によって改善される異常渦電流損は、磁壁移動速度の2乗に比例し、近似的には移動速度は移動距離に比例と考えられるため、結晶方位が同じ場合は結晶粒径が小さい(移動距離が短い)ほど小さくなる、すなわち異常渦電流損の低減効果は大きいと考えられる。
【0021】
本発明のように胡麻粒の方位が粗大粒(マトリックス粒)と同等な場合は、胡麻粒の存在密度がかなり大きくても磁区細分化効果で全鉄損は良好になる。その存在密度と大きさの限定理由を示すのが
図3である。胡麻粒の長径を5mm以下に限定したのは、長径が5mmより大きくなるとβ角が大きくなるからである。その結果、
図3に示されるとおり、鉄損が劣化するためである。現在、β角が大きくなる理由は明らかではない。
【0022】
また、金属組織での胡麻粒の個数密度を1.5個/cm
2以上としたのも、
図3に示されるとおり、鉄損が良好であるためである。概して、個数密度が高いほど鉄損は良好であり、より好ましい個数密度は2.0個/cm
2以上としてもよい。胡麻粒の上限を8個/cm
2としたのは、8個/cm
2超で良好なGoss方位を有する二次再結晶組織を有する電磁鋼板の商業的生産が現在できないためである。
【0023】
図3は、Si含有量が3.25~3.40%、板厚0.27mmの方向性電磁鋼板が、1.91~1.94Tの磁束密度B8である場合のデータ(胡麻粒の密度、胡麻粒の長径、鉄損(W17/50)をまとめたものである。なお、鉄損(W17/50)とは、最大磁束密度が1.7T、周波数50Hzのときに発生する鉄損を意味する。
【0024】
<胡麻粒の密度>
胡麻粒の密度は、
図3および
図5より、下限は1.5個/cm
2であり、上限は金属組織全体の半分を胡麻粒が占めて二次再結晶不良となる8個/cm
2である。
胡麻粒が長方形であり、その一辺あたりの平均長さを2.5mmとすると、胡麻粒の平均面積は、2.5×2.5=6.25mm
2/個となる。また、金属組織100mm
2(1cm
2)の半分が胡麻粒の占める面積とすると50mm
2となる。したがって、金属組織全体の半分を胡麻粒が占める場合の胡麻粒の密度は、50mm
2/6.25mm
2/個=8個となる。胡麻粒の密度が、8個/cm
2以上になると、二次再結晶不良で商業的製品にはならない。胡麻粒の密度は、板厚全厚を含む圧延方向に平行な鋼板断面を目視または拡大鏡観察することにより、測定する。
【0025】
<α角度、β角度>
α角度、β角度は、
図6より、それぞれ7°以下、5°以下である場合に鉄損が良好である(好ましくは鉄損が0.93以下である)ことが確認される。この差異は次のように考える。αとβではGoss方位から磁化困難軸への回転角度(距離)はαの方が大きいので非微細粒(マトリックス粒)内での磁区細分化効果が大きく、広い回転角範囲でその効果が有効であると推定する。これら上限を超えるとGoss方位からのズレまたは偏倚が大きくなり磁束密度が1.88T未満になることが頻繁に生じるためである。
なお、結晶方位は、単結晶方位測定Laue法により測定する。Laue法では各粒の中心域にX線を照射して各粒毎に測定する。
【0026】
<製造方法>
本特性を有する方向性電磁鋼板を得るための方法について説明する。
本発明の対象とする電磁鋼板は、日本工業規格JIS C 2553(方向性電磁鋼帯)に規定されたものに関係し、主に変圧器用鉄心として用いられる。当該規格では、その製造方法として、複数の方法が開示、実現されている。その起源は、N.P.Gossの非特許文献2に遡り、その後の特許文献4、特許文献5等多くの発明の明細書に記載されている。本発明の電磁鋼板は、そのうち、AlNを主なインヒビターとする方向性電磁鋼板に関するもので、最終冷間圧延率が80%を超えるものであり、関係する技術例として特許文献6、特許文献7、特許文献8が挙げられる。
【0027】
具体的には、例えば、スラブ成分として、重量比(質量%)で、C:0.035~0.075%、Si:2.5~3.50%、酸可溶性A1:0.020~0.035%、N:0.005~0.010%、S,Seの少なくとも1種を0.005~0.015%、Mn:0.05~0.8%、必要に応じてSn,Sb,Cr,P、Cu,Niの少なくとも1種を0.02~0.30%含有し、残部は、Feおよび不可避的不純物からなるスラブを用意する。このスラブを1280℃未満の温度で加熱し、熱延を行ない、熱延板焼鈍を行ない、中間焼鈍を挟む一回以上の冷延を行ない、脱炭焼鈍後ストリップを走行せしめる状態下で水素、窒素、アンモニアの混合ガス中で窒化処理を行なう。なお、スラブ加熱温度を1280℃以上とする場合は、窒化処理を行わなくともよい。次いでMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して最終仕上焼鈍を施す。その後の最終冷延は、リバース圧延で行われる。この冷間圧延機のワークロール半径R(mm)は130mm以上、複数回のパスの内の少なくとも3回のパスにおいて1分以上鋼板を150℃~300℃に保持し、更に、前記複数回のパスの内の2パス以上の圧延形状比が7以上とすることをベースとして製造される。
図7は、製品厚みが0.27mmの電磁鋼板(張力付与絶縁被膜なし)の鉄損W17/50の等高線グラフであり、横軸が冷間圧延間の鋼板保定温度であり、縦軸は冷間圧延のパス回数である。
図7より、保定温度が150℃以上、パス回数が2~3以上で、鉄損が良好な領域が観察され、これに基づいて上記の本発明の電磁鋼板を得るための最終冷延のプロセス条件が決定された。尚、
図7では、張力付与絶縁被膜を塗布していない鋼板を用いており、後述する実施例に係る表1、表2の同じ厚みの鋼板よりも鉄損が劣る。
【0028】
現実的なプロセスという観点からは、リバース圧延でないと、鋼板を150~300℃に1分以上3パス以上確保することは困難であり、実質的に本発明の鋼板の最終冷延工程ではリバース圧延が採用される。
さらに、ここで圧延形状比mは下記式で定義される。
【数1】
R:ロール半径(mm)、H1:入側板厚(mm)、H2:出側板厚(mm)
【0029】
特定の理論に拘束されることを望むものではないが、上記の製造条件、特に最終冷延での温度、パス回数、および圧延形状比で製造することにより、大きな尖鋭なGoss方位二次再結晶粒(マトリックス粒)の中に長径が5mm以下の同じく尖鋭なGoss方位の微細粒(胡麻粒)を特定の頻度で存在させることができる。この金属組織が、大きな二次再結晶粒の中の磁区構造を改善するので、磁束密度を劣化させることなく、鉄損を改善した方向性電磁鋼板を得ることができる、と考えられる。
【実施例】
【0030】
<実施例1>
表1は、鋼板に含有されるSiを2.45~3.55%として、上記のプロセス条件に沿って生産された方向性電磁鋼板の結果を示す。なお、一部の比較例では、Si含有率が本発明の範囲外であるか、上記のプロセス条件(特に圧延形状比7以上のパス回数)を満たさない条件で、方向性電磁鋼板を製造した。胡麻粒の存在頻度が本発明範囲である発明例A1~A7は、鉄損が良好であるのに対し、胡麻粒の存在頻度が本発明範囲外である比較例a1~a5は、鉄損が劣っているか、または製品とならなかった。尚、鉄損は板厚の増加に伴い劣化する傾向にある。発明例A4の鉄損が劣るように見受けられるのは、板厚が厚いためである。また、発明例A1~A7では、
図4の観察写真が示すように、大きなマトリックス粒の中に、胡麻粒が存在することが確認された。
【0031】
【0032】
<実施例2>
表2は長径が5mm以下の胡麻粒の存在頻度、方位と磁気特性の関係を示したものであり、特公昭60-48886号公報に基づいて、スラブ加熱温度を1350℃とし、窒化を施さず、最終冷延は上記のプロセス条件で、製造されたものの結果である。圧延形状比7以上のパス回数は、備考欄に記載したとおりである。製品厚みは0.27mmである。この範囲では、胡麻粒の存在頻度が大きいほど、あるいはずれ角度α、βの合計が小さいほど、磁束密度が劣化せず鉄損が良好である。また、発明例B1~B4でも、
図4の観察写真が示すように、大きなマトリックス粒の中に、胡麻粒が存在することが確認された。
【0033】