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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】合金材および油井用継目無管
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/02 20060101AFI20230705BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20230705BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20230705BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20230705BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230705BHJP
   C22F 1/10 20060101ALN20230705BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20230705BHJP
【FI】
C22C30/02
C22C19/05 E
C21D8/02 D
C21D8/10 D
C22F1/00 683
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 692A
C22F1/00 612
C22F1/00 604
C22F1/00 626
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 640A
C22F1/00 640D
C22F1/00 640E
C22F1/00 640F
C22F1/00 650A
C22F1/00 641B
C22F1/10 H
C21D9/08 E
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021551460
(86)(22)【出願日】2020-10-01
(86)【国際出願番号】 JP2020037453
(87)【国際公開番号】W WO2021070735
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2019186480
(32)【優先日】2019-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】高部 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
(72)【発明者】
【氏名】相良 雅之
【審査官】櫻井 雄介
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-011736(JP,A)
【文献】国際公開第2010/113843(WO,A1)
【文献】特開2009-084668(JP,A)
【文献】特開昭61-041746(JP,A)
【文献】国際公開第2018/225869(WO,A1)
【文献】特開平11-246922(JP,A)
【文献】特開昭57-131340(JP,A)
【文献】国際公開第2009/150989(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/072458(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 30/02
C22C 19/05
C21D 8/02
C21D 8/10
C22F 1/00
C22F 1/10
C21D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.01~2.0%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Cr:28.0~40.0%、
Ni:32.0~55.0%、
sоl.Al:0.010~0.30%、
N:0.30%を超えて、かつ、下記(i)式で定義されるNmax以下、
O:0.010%以下、
Mo:0~6.0%、
W:0~12.0%、
Ca:0~0.010%、
Mg:0~0.010%、
V:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
Nb:0~0.50%、
Co:0~2.0%、
Cu:0~2.0%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(ii)式で定義されるFn1が2.9~6.0であり、
降伏応力が0.2%耐力で1103MPa以上である、
合金材。
max=0.000214×Ni-0.03012×Ni+0.00215×Cr-0.08567×Cr+1.927 ・・・(i)
Fn1=Mo+(1/2)W ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、合金中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
V:0.01~0.50%、
Ti:0.01~0.50%、および
Nb:0.01~0.50%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1に記載の合金材。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Co:0.1~2.0%、
Cu:0.1~2.0%、および
REM:0.0005~0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1または請求項2に記載の合金材。
【請求項4】
圧延方向および厚さ方向に平行な断面におけるオーステナイト粒の結晶粒度番号が、1.0以上である、
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の合金材。
【請求項5】
油井用継目無管として用いられる、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の合金材。
【請求項6】
請求項5に記載の合金材を用いた、油井用継目無管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金材および油井用継目無管に関する。
【背景技術】
【0002】
油田および天然ガス田(以下、「油田」という。)の開発は、年々大深度化が急速に進んでおり、油田の開発に使用される油井管には、高い地層圧力に加え、生産流体の温度および圧力に耐える強度が求められる。
【0003】
さらに、油井管には高強度が要求されるだけでなく、原油および天然ガスに含まれる、硫化水素(HS)、二酸化炭素(CO)および塩化物イオン(Cl)などの腐食性ガスに対する耐腐食性、特に耐応力腐食割れ性に優れることが要求される。
【0004】
このような課題に対し、強度および耐応力腐食割れ性に優れた油井管用合金が開発されてきた。例えば、特許文献1および2には、0.2%耐力が1055MPaで、150℃の腐食環境において良好な耐応力腐食割れ性を有する合金が開示されている。特許文献3には、0.2%耐力が939MPaで、150℃の腐食環境において良好な耐応力腐食割れ性を有する合金が開示されている。
【0005】
特許文献4には、0.2%耐力が861~964MPaで、180℃の腐食環境において、良好な耐応力腐食割れ性を有する高Cr-高Ni合金が開示されている。特許文献5には、0.2%耐力が1176MPaで、177℃の腐食環境において、良好な耐応力腐食割れ性を有するCr-Ni合金材が開示されている。特許文献6には、硫化水素が存在する環境において高い耐腐食割れ性を有するオーステナイト合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭57-203735号公報
【文献】特開昭57-207149号公報
【文献】特開昭58-210155号公報
【文献】特開平11-302801号公報
【文献】特開2009-84668号公報
【文献】特開昭63-274743号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、地層温度200℃以上かつ地層圧力137MPa以上という超高温高圧における油田開発が始まっている。このような油田の開発に使用される油井管は、従来よりもさらに高い圧力および高温に耐える必要がある。また、超高圧環境においては、腐食性ガスの分圧も高くなるため、腐食環境は従来よりもさらに厳しくなる。
【0008】
このような背景から、0.2%耐力が1103MPa(160ksi)以上の強度を備え、200℃以上の腐食環境において耐応力腐食割れ性に優れた油井管の要望が高くなっている。しかしながら、特許文献1~6に記載の合金では、200℃以上の腐食環境における耐応力腐食割れ性および強度については十分な検討がなされておらず、改善の余地が残されている。
【0009】
本発明は、上記の問題を解決し、0.2%耐力が1103MPa以上であり、200℃以上の腐食性ガスに対して優れた耐応力腐食割れ性を有する合金材および油井用継目無管の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記の合金材および油井用継目無管を要旨とする。
【0011】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.01~1.0%、
Mn:0.01~2.0%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Cr:28.0~40.0%、
Ni:32.0~55.0%、
sоl.Al:0.010~0.30%、
N:0.30%を超えて、かつ、下記(i)式で定義されるNmax以下、
O:0.010%以下、
Mo:0~6.0%、
W:0~12.0%、
Ca:0~0.010%、
Mg:0~0.010%、
V:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
Nb:0~0.50%、
Co:0~2.0%、
Cu:0~2.0%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(ii)式で定義されるFn1が1.0~6.0であり、
降伏応力が0.2%耐力で1103MPa以上である、
合金材。
max=0.000214×Ni-0.03012×Ni+0.00215×Cr-0.08567×Cr+1.927 ・・・(i)
Fn1=Mo+(1/2)W ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、合金中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【0012】
(2)前記化学組成が、質量%で、
V:0.01~0.50%、
Ti:0.01~0.50%、および
Nb:0.01~0.50%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)に記載の合金材。
【0013】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Co:0.1~2.0%、
Cu:0.1~2.0%、および
REM:0.0005~0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)または(2)に記載の合金材。
【0014】
(4)圧延方向および厚さ方向に平行な断面におけるオーステナイト粒の結晶粒度番号が、1.0以上である、
上記(1)から(3)までのいずれかに記載の合金材。
【0015】
(5)油井用継目無管として用いられる、
上記(1)から(4)までのいずれかに記載の合金材。
【0016】
(6)上記(5)に記載の合金材を用いた、油井用継目無管。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、強度および高温での耐応力腐食割れ性に優れた合金材および油井用継目無管を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
一般的に、合金の強度を確保すると耐応力腐食割れ性は低下する。そこで、本発明者らは、強度と耐応力腐食割れ性との両方に優れた合金を得るために、化学組成を種々に調整した合金材を用いて、強度および耐応力腐食割れ性向上のための基礎的な調査を実施した。
【0019】
その結果、合金材の降伏応力を向上させるためには、まず、合金中のN含有量を0.30%超とし、マトリックスに固溶した状態でのN含有量(以下、「固溶N量」という。)を増加させることが、有力な手段であることを明らかにした。
【0020】
一方、単純にN含有量を増加させて高強度化すると、Crが窒化物として析出し、Cr含有量が減少してしまう。合金中のNiおよびCrの含有量は、高温での耐応力腐食割れ性に大きな影響を及ぼすため、Crが減少すると、安定して良好な耐応力腐食割れ性を得ることができない。そのため、N含有量を、0.000214×Ni-0.03012×Ni+0.00215×Cr-0.08567×Cr+1.927で算出されるNmax以下とする必要があることを見出した。
【0021】
さらに、耐応力腐食割れ性を改善する効果を有するMoおよびWを、Fn1=Mo+(1/2)Wの値が1.0~6.0となる範囲で添加することで、本発明の対象とする腐食環境において所望の耐応力腐食割れ性を確保できることが分かった。
【0022】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0023】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.030%以下
Cは、不純物として含有され、M23型炭化物(「M」は、Cr、Moおよび/またはFeなどの元素を指す)の析出により、粒界破壊を伴う応力腐食割れが生じやすくなる。そのため、C含有量は0.030%以下とする。C含有量は0.020%以下であるのが好ましく、0.015%以下であるのがより好ましい。なお、C含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製造コストの増大を招く。そのため、C含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0010%以上であるのがより好ましい。
【0025】
Si:0.01~1.0%
Siは、脱酸のために必要な元素である。しかしながら、Siが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する傾向が見られる。そのため、Si含有量は0.01~1.0%とする。Si含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。また、Si含有量は0.80%以下であるのが好ましく、0.50%以下であるのがより好ましい。
【0026】
Mn:0.01~2.0%
Mnは、脱酸および/または脱硫剤として必要な元素であるが、その含有量が0.01%未満では効果が十分に発揮されない。しかしながら、Mnが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、Mn含有量は0.01~2.0%とする。Mn含有量は0.10%以上であるのが好ましく、0.20%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.5%以下であるのが好ましく、1.0%以下であるのがより好ましい。
【0027】
P:0.030%以下
Pは、合金中に含まれる不純物であり、熱間加工性および耐応力腐食割れ性を著しく低下させる。そのため、P含有量は0.030%以下とする。P含有量は0.025%以下であるのが好ましく、0.020%以下であるのがより好ましい。
【0028】
S:0.0050%以下
Sは、Pと同様に、熱間加工性を著しく低下させる不純物である。そのため、S含有量は0.0050%以下とする。S含有量は0.0030%以下であるのが好ましく、0.0010%以下であるのがより好ましく、0.0005%以下であるのがさらに好ましい。
【0029】
Cr:28.0~40.0%
Crは、固溶N量を増加させるとともに、耐応力腐食割れ性を著しく改善する元素であり、Cr含有量が28.0%以下ではその効果が十分でない。しかしながら、Crが過剰に含有された場合、熱間加工性の低下を招くとともに、σ相に代表されるTCP相を生じやすくなり、耐応力腐食割れ性が低下する。そのため、Cr含有量を28.0~40.0%とする。Cr含有量は29.0%以上であるのが好ましく、30.0%以上であるのがより好ましい。また、Cr含有量は38.0%以下であるのが好ましく、35.0%以下であるのがより好ましい。
【0030】
Ni:32.0~55.0%
Niは、オーステナイトを安定化させ、200℃以上の高温で優れた耐応力腐食割れ性を得るために重要な元素である。しかしながら、Niが過剰に添加された場合、固溶N量が減少するとともに、コストの増加および耐水素割れ性の低下を招く。そのため、Ni含有量を32.0~55.0%とする。Ni含有量は34.0%以上であるのが好ましく、36.0%超であるのがより好ましく、37.0%以上であるのがさらに好ましい。また、Ni含有量は53.0%以下であるのが好ましく、50.0%以下であるのがより好ましく、45.0%以下であるのがさらに好ましい。
【0031】
sоl.Al:0.010~0.30%
Alは、合金中のO(酸素)をAl酸化物として固定することで、熱間加工性を改善するだけでなく、製品の耐衝撃特性および耐食性も改善する。しかしながら、sоl.Alが過剰に含有された場合、却って熱間加工性を低下させる。そのため、Al含有量をsоl.Alで0.010~0.30%とする。sоl.AlでのAl含有量は、0.020%以上であるのが好ましく、0.050%以上であるのがより好ましい。また、sоl.AlでのAl含有量は、0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0032】
N:0.30%を超えて、かつ、(i)式で定義されるNmax以下
Nは、合金材の強度を高める作用があるが、N含有量が0.30%以下では所望の強度を確保できない。しかしながら、N含有量が過剰に含有された場合、多量のクロム窒化物の析出を引き起こし、耐応力腐食割れ性の悪化を招く。そのため、N含有量は0.30%を超えて、かつ下記(i)式で定義されるNmax以下とする。N含有量は0.31%以上であるのが好ましく、0.32%以上であるのがより好ましく、0.35%以上であるのがさらに好ましい。
max=0.000214×Ni-0.03012×Ni+0.00215×Cr-0.08567×Cr+1.927 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は、合金中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0033】
O:0.010%以下
Oは、合金中に含まれる不純物であり、耐応力腐食割れ性および熱間加工性を低下させる。そのため、O含有量は0.010%以下とする。O含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。
【0034】
Mo:0~6.0%
Moは、合金表面上に形成される腐食保護皮膜の安定化に寄与し、200℃を超える環境での耐応力腐食割れ性を改善する効果があるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moが過剰に含有された場合、熱間加工性および経済性を低下させるため、Mo含有量は6.0%以下とする。Mo含有量は5.5%以下であるのが好ましく、5.0%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、Mo含有量は1.0%以上であるのが好ましく、2.0%以上であるのがより好ましく、3.0%以上であるのがさらに好ましい。
【0035】
W:0~12.0%
Wは、Moと同様に、合金表面上に形成される腐食保護皮膜の安定性に寄与し、200℃を超える環境での耐応力腐食割れ性を改善する効果があるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wが過剰に含有された場合、熱間加工性および経済性を低下させるため、W含有量は12.0%以下とする。W含有量は11.0%以下であるのが好ましく、10.0%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、W含有量は1.0%以上であるのが好ましく、2.0%以上であるのがより好ましく、4.0%以上であるのがさらに好ましい。
【0036】
Fn1:1.0~6.0
上述のように、MoおよびWは耐応力腐食割れ性に影響を及ぼす。下記(ii)式で定義されるFn1が1.0未満では、本発明の対象とする腐食環境において、所望の耐応力腐食割れ性を確保することができない。また、MoおよびWを、Fn1が6.0を超えて含有させると、経済性を低下させる。そのため、Fn1は1.0~6.0とする。Fn1は2.0以上であるのが好ましく、3.0以上であるのがより好ましい。また、Fn1は5.5以下であるのが好ましく、5.0以下であるのがより好ましい。
Fn1=Mo+(1/2)W ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、合金中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【0037】
なお、MoとWは複合して含有させる必要はない。Moを単独で含有させる場合には、Mo含有量は1.0~6.0%であればよく、Wを単独で含有させる場合には、W含有量が2.0~12.0%であればよい。
【0038】
Ca:0~0.010%
Caは、低温域での熱間加工性を改善する作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caが過剰に含有された場合、介在物量が増加し、却って熱間加工性を低下させる。そのため、Ca含有量は0.010%以下とする。Ca含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、Ca含有量は0.0003%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0039】
Mg:0~0.010%
Mgは、Caと同様に、低温域での熱間加工性を改善する作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgが過剰に含有された場合、介在物量が増加し、却って熱間加工性を低下させる。そのため、Mg含有量は0.010%以下とする。Mg含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、Mg含有量は0.0003%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0040】
本発明の合金の化学組成において、上記の元素に加えて、さらにV、TiおよびNbから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。その理由について説明する。
【0041】
V:0~0.50%
Ti:0~0.50%
Nb:0~0.50%
V、TiおよびNbは、結晶粒を微細化して延性を向上させる作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、いずれの含有量も0.50%を超えると、介在物が多量に生じ、却って延性を低下させる場合がある。そのため、V、TiおよびNbの含有量は0.50%以下とする。これらの元素の含有量は、いずれも0.30%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、これらの元素の含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.01%以上であるのがより好ましく、0.02%以上であるのがさらに好ましい。
【0042】
上記のV、TiおよびNbは、そのうちのいずれか1種のみ、または、2種以上を複合的に含有させることができる。これらの元素を複合して含有させる場合の合計量は、0.5%以下であることが好ましい。
【0043】
本発明の合金の化学組成において、上記の元素に加えて、さらにCo、CuおよびREMから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0044】
Co:0~2.0%
Coは、オーステナイト相の安定化に寄与し、高温での耐応力腐食割れ性を向上させる作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coが過剰に含有された場合、合金価格の上昇を招き、経済性を著しく損なう。そのため、Co含有量は2.0%以下とする。Co含有量は1.8%以下であるのが好ましく、1.5%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、Co含有量は0.1%以上であるのが好ましく、0.3%以上であるのがより好ましい。
【0045】
Cu:0~2.0%
Cuは、合金材表面に形成される不動態皮膜の安定性に効果があり、耐孔食性および耐全面腐食性を向上させる作用を有するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、Cu含有量は2.0%以下とする。Cu含有量は1.8%以下であるのが好ましく、1.5%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、Cu含有量は0.1%以上であるのが好ましく、0.2%以上であるのがより好ましく、0.4%以上であるのがさらに好ましい。
【0046】
REM:0~0.10%
REMは、合金材の耐応力腐食割れ性を向上させる作用があるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMが過剰に含有された場合、介在物量が増加し、却って熱間加工性を低下させる。そのため、REM含有量は0.10%以下とする。REM含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.05%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果を得たい場合には、REM含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0010%以上であるのがより好ましい。
【0047】
なお、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REM含有量は、REMのうち1種以上の元素の合計含有量を指す。また、REMについては一般的にミッシュメタルに含有される。このため、例えば、ミッシュメタルの形で添加して、REM含有量が上記の範囲となるように調整してもよい。
【0048】
本発明の合金の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで不純物とは、合金を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分であって、本発明に係る合金に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0049】
(B)オーステナイト粒の結晶粒度番号
オーステナイト粒の結晶粒度番号は、本発明に係る合金材の降伏応力に影響する。本発明の合金材は、例えば、後述のとおり、熱間圧延、溶体化熱処理、および冷間加工を実施することにより製造することができる。本発明で規定する降伏応力をより確実に満足するためには、冷間加工により加工方向に延伸したオーステナイト粒の結晶粒度番号が、合金材の圧延方向および厚さ方向に平行な断面(以下、「L断面」という。)において、1.0以上であることが好ましい。L断面における結晶粒度番号は、1.5以上であるのがより好ましく、2.0以上であるのがさらに好ましい。
【0050】
本発明において、オーステナイト粒の結晶粒度番号は、ASTM E112-13 Planimetric procedureに準拠して求める。具体的には、まず、合金材からL断面を観察できるように、試料を切り出す。当該観察面を鏡面研磨し、10%しゅう酸で電解エッチングした後、光学顕微鏡を用いて100~500倍の倍率で観察し、顕微鏡の視野中に結晶粒が50個含まれるように倍率を決定する。
【0051】
そして、視野中に結晶粒の全体が含まれている結晶粒の数、視野中に結晶粒の一部が含まれている結晶粒の数、および顕微鏡の倍率により決定されるASTM E112-13に記載された数値を、下記(iii)式に代入することで、N(単位面積mm当たりの結晶粒の数)を算出する。さらに、ASTM E112-13に記載された関係により、Nから結晶粒度番号を決定する。
=f(Ntоtal+(Nintercepted/2)) ・・・(iii)
但し、上記(iii)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
tоtal:視野中に結晶粒の全体が含まれている結晶粒の数
intercepted:視野中に結晶粒の一部が含まれている結晶粒の数
f:顕微鏡の倍率により決定されるASTM E112-13に記載された数値
【0052】
(C)降伏応力
本発明に係る合金材の降伏応力(0.2%耐力)は、1103MPa以上である。この強度であれば、高深度化および高温化する油井に対しても安定して用いることができる。なお、降伏応力は1275MPa以下であることが好ましい。
【0053】
(D)用途
本発明に係る合金材は、高い強度と優れた耐応力腐食割れ性とを有するため、油井用継目無管として好適に用いることができる。なお、油井用管とは、例えば、JIS G 0203:2009の番号3514の「油井用鋼管(steel pipe for oil well casing, tubing and drilling)」の定義欄に記載されているように、油井またはガス井の掘削、原油または天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプの総称である。そして、油井用継目無管とは、例えば、油井またはガス井の掘削、原油または天然ガスの採取等に用いることができる継目無管である。
【0054】
(E)製造方法
本発明の合金材は、例えば、次のようにして製造することができる。
【0055】
まず、電気炉、AOD炉、またはVOD炉などを用いて溶製し、化学組成を調整する。化学組成を調整した溶湯は、次に、インゴットに鋳造して、その後の鍛造など熱間加工によって、スラブ、ブルーム、またはビレットなどのいわゆる「合金片」に加工してもよい。また、上記溶湯を連続鋳造して、直接、スラブ、ブルーム、またはビレットなどのいわゆる「合金片」にしてもよい。
【0056】
さらに、上記の「合金片」を素材として、板材または管材など所望の形状に熱間加工する。例えば、板材に加工する場合は、熱間圧延によってプレートまたはコイル状に熱間加工することができる。また、例えば、継目無管等の管材に加工する場合は、熱間押出製管法またはマンネスマン製管法によって管状に熱間加工することができる。
【0057】
次いで、板材の場合には、熱間圧延材に溶体化熱処理を施してから冷間圧延による冷間加工を施してもよい。また、管材の場合には、熱間加工された素管に溶体化熱処理を施してから冷間引抜またはピルガー圧延などの冷間圧延による冷間加工を施してもよい。なお、L断面におけるオーステナイト粒の結晶粒度番号を1.0以上とするためには、溶体化熱処理では、1000~1200℃の温度範囲において、1分以上保持することが好ましい。
【0058】
1回または複数回で行う上記の冷間加工は、合金の化学組成によっても異なるが、断面減少率で31~50%程度の加工とすればよい。同様に、合金の化学組成によっても異なるが、所定のサイズへの加工のために、冷間加工後に中間熱処理を行い、その後さらに1回または複数回で冷間加工する場合には、中間熱処理後の断面減少率で31~50%程度の加工とすればよい。
【0059】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0060】
表1に示す化学組成を有する合金を真空高周波溶解炉にて溶解し、50kgのインゴットに鋳造した。表1における合金1~18は、化学組成が本発明で規定する範囲内にある合金である。一方、合金19~28は、化学組成が本発明で規定する条件から外れた合金である。
【0061】
【表1】
【0062】
各インゴットは1200℃で3時間の均熱処理を行った後、熱間鍛造して断面が50mm×50mmの角材に加工した。このようにして得た角材を、さらに、1200℃で1時間加熱した後、熱間圧延して厚さ14.2mmの板材に仕上げた。
【0063】
次いで、表2に記載の温度で溶体化熱処理を15分間実施後、水冷処理を行った板材を用いて冷間加工し、厚さが8.4mmの板材に仕上げた。
【0064】
【表2】
【0065】
得られた試験材を用いて、以下に示す各種の性能評価試験を行った。
【0066】
<オーステナイト結晶粒度番号>
オーステナイト結晶粒度番号の決定は、ASTM E112-13に記載されているPlanimetric procedureに従って実施した。具体的には、上述のとおり、L断面について光学顕微鏡を用いて粒径に応じて100倍から500倍の倍率で観察して結晶粒の数を数え上げ、結晶粒度番号を決定した。
【0067】
<降伏応力>
上記各板材の圧延方向から、平行部の直径が4mmで標点距離が34mmの丸棒引張試験片を採取し、室温で引張試験を行い、降伏応力(0.2%耐力)を求めた。なお、試験時の引張速度は、4.9×10-4/sのひずみ速度に対応する1.0mm/minとした。
【0068】
<耐応力腐食割れ性>
上記各板材の圧延方向から、NACE TM0198で規定された低ひずみ速度引張試験法に準拠して、平行部の直径が3.81mmで長さが25.4mmの低ひずみ速度引張試験片を採取した。そして、NACE TM0198に則った低ひずみ速度引張試験を行って耐応力腐食割れ性を評価した。
【0069】
上記の低ひずみ速度引張試験における試験環境は、大気中および過酷油井環境を模擬した環境(HS分圧:0.7MPa、CO分圧:1.0MPa、25%NaCl、温度:204℃)の2条件とした。いずれの環境においても、引張試験でのひずみ速度は4.0×10-6/sとした。
【0070】
また、耐応力腐食割れ性の評価は、具体的には、各板材から低ひずみ速度引張試験片を3本採取し、そのうち1本の試験片について、大気中での引張試験によって破断延性の値および破断絞りの値を求めた(以下、これらの値をそれぞれ、「破断延性の基準値」および「破断絞りの基準値」という。)。残りの2本の試験片については、上記の過酷油井環境を模擬した環境での引張試験によって破断延性の値および破断絞りの値を求めた(以下、各試験片でのこれらの値をそれぞれ、「破断延性の比較値」および「破断絞りの比較値」という。)。すなわち、本実施例では、各板材について、「破断延性の基準値」を1つ、「破断延性の比較値」を2つ、「破断絞りの基準値」を1つ、「破断絞りの比較値」を2つ求めた。
【0071】
そして、各板材について、「破断延性の基準値」と2つの「破断延性の比較値」との差をそれぞれ求めた(以下、それぞれの差を「破断延性の差」という。)。同様に、「破断絞りの基準値」と2つの「破断絞りの比較値」との差をそれぞれ求めた(以下、それぞれの差を「破断絞りの差」という。)。この調査では、「破断延性の差」の全てを「破断延性の基準値」の20%以下とし、かつ「破断絞りの差」の全てを「破断絞りの基準値」の20%以下とすることを、耐応力腐食割れ性の目標とした。そして、上記目標を達成できた場合を、耐応力腐食割れ性が良好であると判断した。
【0072】
表2に、上記の各調査結果を示す。「耐応力腐食割れ性」欄における「○」は、上記耐応力腐食割れ性の目標を達成したことを、一方、「×」は、耐応力腐食割れ性の目標を達成できなかったことを示す。
【0073】
表2から、本発明で規定する条件を満たす合金材は、オーステナイト粒が微細であり、降伏応力(0.2%耐力)が1103MPa以上の高強度で、温度が200℃以上の高温、かつ硫化水素と二酸化炭素を含む環境での耐応力腐食割れ性にも優れることが明らかである。
【0074】
一方、本発明の規定範囲を外れた材料は、0.2%耐力が1103MPa未満であるか、耐応力腐食割れ性に劣る結果となった。合金19および20はCrが、合金21および22はNiが、合金28はFn1が本発明から外れているため耐応力腐食割れ性に劣る結果となった。
【0075】
合金23はOが、合金24および25はNが本発明範囲を超えて添加されているため、耐応力腐食割れ性に劣る結果となった。また、合金26はNが本発明範囲よりも低く添加されているため、耐応力腐食割れ性は良好であるが降伏応力が1103MPa未満であった。また、合金27は、溶体化温度が1200℃を超えていたため、オーステナイト結晶粒度番号が1.0未満となった。さらに、Nが本発明範囲よりも低く添加されているため、降伏応力が1103MPa未満であった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の合金材は、強度および高温における耐応力腐食割れ性に優れる。このため、本発明の合金材および油井用継目無管は、例えば、油井またはガス井の掘削、および原油または天然ガスの採取などに用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプなどに好適である。