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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】電気防食方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 13/02 20060101AFI20230705BHJP
   C23F 11/00 20060101ALI20230705BHJP
   E04B 1/64 20060101ALI20230705BHJP
【FI】
C23F13/02 M
C23F11/00 C
E04B1/64 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021074219
(22)【出願日】2021-04-26
(65)【公開番号】P2022168625
(43)【公開日】2022-11-08
【審査請求日】2022-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】504394777
【氏名又は名称】株式会社パワーバンクシステム
(73)【特許権者】
【識別番号】595141111
【氏名又は名称】カントーカセイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【弁理士】
【氏名又は名称】宇野 智也
(72)【発明者】
【氏名】木下 雅章
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 敏
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-169982(JP,A)
【文献】特開2015-193869(JP,A)
【文献】特開2014-162963(JP,A)
【文献】特開2000-169983(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 13/0-13/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気環境下の金属構造物の表面に、イオン液体を含む組成物を塗布し、前記イオン液体を含む組成物が塗布された前記金属構造物に電流を流し電気防食を行う電気防食方法であって、
前記イオン液体を含む組成物のちょう度番号が、000号~4号である、電気防食方法。
【請求項2】
前記イオン液体を含む組成物のちょう度番号が、0号~3号である、請求項1に記載の電気防食方法。
【請求項3】
前記イオン液体が、下記一般式(1)で表される、請求項1または2に記載の電気防食方法。
A(R1234+・B-・・・式(1)
上記一般式(1)において、
Aは、窒素原子またはリン原子であり、
1~R4は、それぞれ独立して、アルキル基であり、
-は、アニオンである。
【請求項4】
前記イオン液体を含む組成物が、充填剤を含む、請求項1からのいずれかに記載の電気防食方法。
【請求項5】
前記金属構造物が、進行性の錆を有する、請求項1からのいずれかに記載の電気防食方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気防食法は、一般的に、鉄鋼構造物に対して腐食電流を打ち消す防食電流を流すことで錆の発生を防止する方法である。この方法は、水と接しており、防食電流の経路を確保しやすい、海洋や土壌中の構造物に広く利用されている。
【0003】
一方、大気環境下の構造物は防食電流の経路を確保できず電気防食法の利用は困難である。そこで、大気環境下の構造物の防食方法としては、防食対象に防食塗料を塗布することで防食塗膜を形成し防食する方法が知られている。しかしながら、防食塗膜にピンホールや傷など欠陥部が生じた場合、その欠陥部から雨水等が侵入し錆が発生するため、防食塗膜の膜厚を厚くしたり、定期的に塗料を塗り直したりする必要があった。
【0004】
また、大気環境下の構造物に導電性塗料を塗布して電気防食する方法も知られている。
例えば、特許文献1には、鋼材の表面に、特定のアルキルシリケートの加水分解縮合物を含有する親水性でかつ水難溶性の塗膜層を形成し、外部電源方式による電気防食法により防食電流を流す鋼材の防食方法が開示されている。
また、特許文献2には、鋼材表面に陽イオン選択透過性を有する固体電解質と陰イオン選択透過性を有する固体電解質とを含有する層からなる防食皮膜を形成し、電気防食を施す電気防食方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-11381号公報
【文献】特開2000-169981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の方法は、塗膜層を形成するために、硬化触媒など使用したり、降雨を利用して加水分解により反応させる必要があった。また、特許文献2の方法は、防食皮膜を形成するために、バインダー樹脂を使用して固体電解質を結合したり、膜状の固体電解質を接着剤やボルトを用いて固定化したりする必要があった。このように、従来の方法では、防食皮膜を形成するために反応等を行う必要があり、防食対象やその形状によっては防食皮膜の形成が困難であったり、防食効果が不十分になったりする場合があった。
【0007】
かかる状況下、本発明は、大気環境下の構造物であっても、安定した電気防食を行うことができる電気防食方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
<1> 大気環境下の金属構造物の表面に、イオン液体を含む組成物を塗布し、前記イオン液体を含む組成物が塗布された前記金属構造物に電流を流し電気防食を行う電気防食方法。
<2> 前記イオン液体を含む組成物が、未反応型ペースト組成物である、前記<1>に記載の電気防食方法。
<3> 前記イオン液体を含む組成物のちょう度番号が、000号~4号である、前記<1>または<2>に記載の電気防食方法。
<4> 前記イオン液体が、下記一般式(1)で表される、前記<1>から<3>のいずれかに記載の電気防食方法。
A(R1234+・B-・・・式(1)
上記一般式(1)において、
Aは、窒素原子またはリン原子であり、
1~R4は、それぞれ独立して、アルキル基であり、
-は、アニオンである。
<5> 前記イオン液体を含む組成物が、充填剤を含む、前記<1>から<4>のいずれかに記載の電気防食方法。
<6> 前記金属構造物が、進行性の錆を有する、前記<1>から<5>のいずれかに記載の電気防食方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、大気環境下の構造物であっても、安定した電気防食を行うことができる電気防食方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】製造した試験体(1)の写真および模式図である。
図2】試験体(1)の非電極部、電極部および腐食配管部の表面抵抗値を表したものである。
図3】(a)が、実施例の電気防食試験(3)~電気防食試験(5)で製造した試験体の平面模式図であり、(b)が、実施例の電気防食試験(3)~電気防食試験(5)で製造した試験体の正面模式図である。
図4】実施例の電気防食試験(3)~電気防食試験(5)における試験体の結線方法を表す図である。
図5】(a)が、試験前の試験体(3E)および比較試験体(3N)のアンカーボルトの写真であり、(b)が、試験後の試験体(3E)および比較試験体(3N)のアンカーボルトの写真である。
図6】(a)が、試験前の比較試験体(4N)および試験体(4E)のアンカーボルトの写真であり、(b)が、試験後の比較試験体(4N)および試験体(4E)のアンカーボルトの写真である。
図7】試験開始時および試験終了時(4800時間終了時点)の各試験体の外観状態の写真である。
図8】複合サイクル試験終了後の試験体の分解後のアンカーボルトの写真と観察結果をまとめた表である。
図9】複合サイクル試験終了後の試験体のアンカーボルトの破断片の写真とXPS分析による酸素の存在比をまとめた表である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を変更しない限り、以下の内容に限定されない。なお、以下において、「~」という表現を用いる場合、その前後の数値又は物性値を含む表現として用いるものとする。
【0013】
本発明は、大気環境下の金属構造物の表面に、イオン液体を含む組成物を塗布し、前記イオン液体を含む組成物が塗布された前記金属構造物に電流を流し電気防食を行う電気防食方法(以下、「本発明の防食方法」と記載する場合がある。)に関するものである。
【0014】
このようにイオン液体を含む組成物を用いる方法とすることで防食対象の周囲に塩水等がなく電流経路が確保しにくい、大気環境下の構造物であっても、電気防食を行うことができる。また、イオン液体を含む組成物は、蒸発しにくいため、長時間の使用であっても安定して防食効果を発揮することができる。従来の防食用の塗料のように加水分解させて固化したり、バインダー樹脂で架橋したりするなどの後処理も必要ない。さらに、イオン液体を含む組成物は、防食対象が凹凸形状であっても形状に沿って塗布しやすいものとしたり、イオン液体を含む組成物を塗布する面が垂直面であっても組成物が流れ落ちにくいものとしたりすることが容易である。
【0015】
(金属構造物)
本発明の防食方法において、防食対象となる金属構造物は、海洋構造物や土壌中の構造物のような水と接している構造物とは異なり、通常、水とは接していない大気環境下の金属製の構造物である。代表的な構造物は、鉄鋼製の構造物である。鉄鋼は、炭素鋼や合金鋼、これらにめっき処理(亜鉛めっきやアルミニウムめっき等)や化成処理などの表面処理が施された材料などが挙げられる。具体的には、橋梁、架構、鉄塔、煙突、階段、足場、はしご、手すり、柱、ケーブル、家具、棚、配管、ワイヤー、棒材、固定金具(ねじ、ボルト、ナット等)等が挙げられる。
【0016】
また、防食対象の金属構造物は、その表面に進行性の錆を有するものであってもよい。例えば、イオン液体を含む組成物を塗布し電流を流すことで、赤錆を黒錆に変換することもできる。
【0017】
(イオン液体)
イオン液体とは、常圧で100℃以下の融点を有する、カチオンとアニオンの組み合わせからなる塩である。
【0018】
イオン液体のカチオンとしては、アンモニウム、イミダゾリウム、ピリジニウム、ピロリジニウム、ピペリジニウム等の窒素系カチオン、ホスホニウムカチオン、スルホニウムカチオンなどが挙げられる。
【0019】
イオン液体のアニオンとしては、テトラフルオロボレート(BF4 -)、ヘキサフルオロボレート(BF6 -)などのボレート;アセテート、デカノエート、ラクテート、トリフルオロアセテート(CF3COO-)などのカルボキシレート;ヘキサフルオロホスフェート(PF6 -)、トリス(パーフルオロアルキル)トリフルオロホスフェートなどのホスフェート:ビス(2,4,4-トリメチルペンチル)ホスフィナート((C8162POO-)などのホスフィナート;ビス(トリフルオロアルキルスルホニル)イミド、ビス(フルオロアリール)イミドなどのスルホンイミド;トリス(トリフルオロアルキルスルホニル)メチドなどのスルホンメチド、クロリド、ブロミドなどのハロゲン;アルキルスルホネートなどのスルホネート;ジシアナミド;トシレート等が挙げられる。
【0020】
イオン液体は、下記一般式(1)で表されることが好ましい。
A(R1234+・B-・・・式(1)
なお、一般式(1)において、Aは、窒素原子またはリン原子であり、R1~R4は、それぞれ独立して、アルキル基であり、B-は、アニオンである。
【0021】
一般式(1)において、Aは、窒素原子(N)またはリン原子(P)である。
【0022】
一般式(1)において、R1~R4は、それぞれ独立して、アルキル基である。また、R1~R4の隣接する2つは、Aを介して環を形成してもよい。
【0023】
アルキル基は、直鎖であっても、分岐であってもよい。アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、イソブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、s-ペンチル基、3-ペンチル基、t-ペンチル基、シクロペンチル基、ヘキシル基、シクロへキシル基、ヘプチル基、シクロヘプチル基、オクチル基、シクロオクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、イコシル基等が挙げられる。また、アルキル基は、無置換であっても、置換基を有してもよい。例えば、パーフルオロアルキル基などのフッ素原子で置換された基であってもよい。また、アルコキシアルキル基のようにアルキル基の炭素原子の一部が酸素原子で置換された基であってもよい。
【0024】
アルキル基の炭素数は1~20が好ましく、1~15がより好ましく、4~15がさらに好ましい。
【0025】
カチオン中の炭素原子の総炭素数(R1~R4の合計の炭素数)は、15~60が好ましく、15~40であることがより好ましく、20~30であることがさらに好ましい。
【0026】
また、カチオンは非対称であることが好ましい。例えば、R1~R3がそれぞれ独立に炭素数1~6のアルキル基であり、R4が炭素数8~20のアルキル基である組み合わせや、R1~R3がそれぞれ独立に炭素数1~3のアルキル基であり、R4が炭素数4~15のアルキル基である組み合わせとしてもよい。
【0027】
一般式(1)で表されるイオン液体のカチオン(A(R1234+)は、アンモニウムまたはホスホニウムであることが好ましく、ホスホニウムであることがより好ましい。ホスホニウムとすることで、熱安定性に優れ、高温での使用に適したものにしやすい。
例えば、一般式(1)で表されるイオン液体のカチオンは、トリヘキシルテトラデシルアンモニウムのようなトリアルキルテトラデシルアンモニウムや、トリヘキシルテトラデシルホスホニウムのようなトリアルキルテトラデシルホスホニウム等が挙げられる。
【0028】
一般式(1)において、B-は、アニオンを表す。B-は、ボレート、カルボキシレート、ホスフェート、ホスフィナート、スルホンイミド、スルホンメチド、ハロゲン、スルホネート、ジシアナミドおよびトシレートからなる群から選択されるいずれかであることが好ましい。
【0029】
例えば、B-は、テトラフルオロボレート(BF4 -)、ヘキサフルオロボレート(BF6 -)、アセテート、デカノエート(C919COO-)、ラクテート、トリフルオロアセテート(CF3COO-)、ヘキサフルオロホスフェート(PF6 -)、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド((CF3SO22-)、ビス(トリフルオロエチルスルホニル)イミド((C25SO22-)、ビス(フルオロスルホニル)イミド((FSO22-)、ビス(2,4,4-トリメチルペンチル)ホスフィナート((C8162POO-)、ビス(トリフルオロアルキルスルホニル)イミド、ビス(フルオロアリール)イミド、トリス(トリフルオロメタンスルホニルメチド)((CF3SO23-)、クロリド(Cl-)、ブロミド(Br-)、ジシアナミド((NC)2-)およびトシレートからなる群から選択されるいずれかであってもよい。
【0030】
一般式(1)で表されるアンモニウム系のイオン液体としては、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ビス(フルオロスルホニル)イミド、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ビス(2,4,4-トリメチルペンチル)ホスフィナート、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・テトラフルオロボレート、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ヘキサフルオロホスフェート、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ジシアナミド、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・デカノエート、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・クロリド、トリヘキシルテトラデシルアンモニウム・ブロミド、トリブチルヘキサデシルアンモニウム・ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリブチルヘキサデシルアンモニウム・クロリド、トリブチルヘキサデシルアンモニウム・ブロミド、トリブチルドデシルアンモニウム、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリブチルメチルアンモニウム・ジシアナミド、メチルトリオクチルアンモニウム・ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド等が挙げられる。
【0031】
一般式(1)で表されるホスホニウム系のイオン液体としては、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ビス(フルオロスルホニル)イミド、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ビス(2,4,4-トリメチルペンチル)ホスフィナート、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・テトラフルオロボレート、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ヘキサフルオロホスフェート、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ジシアナミド、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・デカノエート、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・トリス(パーフルオロエチル)トリフルオロホスフェートート、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・クロリド、トリヘキシルテトラデシルホスホニウム・ブロミド、トリブチルヘキサデシルホスホニウム・ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリブチルヘキサデシルホスホニウム・クロリド、トリブチルヘキサデシルホスホニウム・ブロミド、トリブチルドデシルホスホニウム、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、トリブチルメチルホスホニウム・トシレート等が挙げられる。
【0032】
イオン液体の融点は、25℃以下であることが好ましく、10℃以下、0℃以下、-10℃以下、-20℃以下の順で低い程より好ましい。このような融点を有することで、温度の変化により性質が変化しにくく、防食対象に塗布後も安定した性能をより長期間にわたって維持することができる。
【0033】
(イオン液体を含む組成物)
本発明の防食方法では、イオン液体を含む組成物(単に、「組成物」と記載する場合がある)を用いる。このような組成物を用いることによって、この組成物を介して金属構造物に防食電流が流れる経路を形成することができる。このため、水との接触のない構造物に適用しても、防食が可能である。
【0034】
イオン液体を含む組成物は、防食対象となる金属構造物の表面に付与することができればよいが、流動性を有することが好ましく、未反応型ペースト組成物であることが好ましい。なお、未反応型ペースト組成物とは、従来の防食用の塗料のように防食皮膜形成のために硬化や加水分解などの反応を必要としない、ペースト状の非反応性の組成物のことである。流動性を有する(特に、ペースト状の組成物である)ことで、防食対象が凹凸形状であっても形状に沿って塗布しやすいものとでき、固化のための後処理が必要なく、十分な防食効果が得られる。
【0035】
組成物に対するイオン液体の質量比(イオン液体の質量/組成物の質量×100(%))は、50質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましい。また、その上限は、90質量%以下が好ましく、80質量%以下がより好ましい。イオン液体の量が少なすぎると組成物が硬くなるため防食対象となる金属構造物の形状に合わせて塗布することが難しくなる傾向にあり、組成物の導電率も低下する傾向にある。また、イオン液体の量が多すぎると組成物が柔らかくなりすぎ、垂直面に塗布する場合に垂れやすくなり、防食効果が不十分となるおそれがある。
【0036】
組成物は、ペースト状であり、JIS K2220:2013で規定されたちょう度番号が、000号~4号である(000号、00号、0号、1号、2号、3号および4号からなる群から選択されるいずれかである)ことが好ましい。ちょう度番号が5号や6号であると、組成物が固すぎて金属構造物への塗布が困難になる。そのため、ちょう度番号は4号以下が好ましく、3号以下や2号以下としてもよい。また、ちょう度番号が小さいと、垂直面に塗布する場合に垂れ流れが生じる場合があるため、00号以上が好ましく、0号以上がより好ましい。
【0037】
組成物は、耐熱性を有することが好ましい。耐熱性は、実施例にて後述するように、高温放置時における組成物の蒸発損失量より評価してもよい。例えば、99℃で所定の時間放置後の蒸発損失量が10質量%以下や、5質量%以下、2質量%以下、1.5質量%以下、1質量%以下の組成物を用いることができる。
【0038】
組成物は、耐水性を有することが好ましい。耐水性は、実施例にて後述するように、水への溶出量より評価してもよい。例えば、組成物を30分間水没させたときの水没前後における重量変化が、5質量%以下や、2質量%以下、1質量%以下、0.5質量%以下、0.1質量%以下の組成物を用いることができる。
【0039】
イオン液体を含む組成物は、イオン液体と充填剤とを含むことが好ましい。上記の通り、イオン液体を含む組成物は、未反応型ペースト組成物であることが好ましく、イオン液体と充填剤とを主成分とすることが好ましい。イオン液体を含む組成物中のイオン液体と充填剤の合計の質量は、95質量%以上や97質量%以上、99質量%以上などとできる。イオン液体を含む組成物は、イオン液体と充填剤とを含むペースト組成物とすることができる。
【0040】
組成物に対する充填剤の質量比(充填剤の質量/組成物の質量×100(%))は、10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましい。また、その上限は、50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましい。充填剤の量が少なすぎると組成物が柔らかくなりすぎ、垂直面に塗布する場合に垂れやすくなり、防食効果が不十分となるおそれがある。また、充填剤の量が多すぎると組成物が硬くなるため防食対象となる金属構造物の形状に合わせて塗布することが難しくなる傾向にある。
【0041】
充填剤は、特に限定されないが、電気防食の効果を十分に得るためには、絶縁性であることが好ましい。このような絶縁性の充填剤としては、例えば、Li石ケンや複合Li石ケンに代表される石ケン系充填剤;ベントナイトやシリカに代表される無機系充填剤;酸化亜鉛や酸化アルミニウムに代表される金属酸化物系充填剤;窒化アルミニウムや窒化ホウ素に代表されるセラミックス系充填剤;ジウレアなどのウレア系充填剤やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素系充填剤に代表される有機系充填剤などが挙げられる。これらは2以上を混合して用いてもよい。
【0042】
これらの充填剤の中でも、有機系充填剤が好ましく、フッ素系充填剤がより好ましく、ポリテトラフルオロエチレンがさらに好ましい。
【0043】
(電気防食方法)
金属構造物にイオン液体を含む組成物を塗布する方法は、常法の任意の方法で行うことができる。金属構造物の表面にイオン液体を含む組成物が付着した状態にできればよく、金属構造物の形状や防食したい部分に応じて、防食対象領域の上に所定の厚みとなるように刷毛やヘラ、スプレー等を用いて塗布したり、ディスペンサー等を用いて注入、充填したりする方法などでイオン液体を含む組成物を塗布することができる。
【0044】
電気防食は、例えば、金属構造物の表面に塗布されたイオン液体を含む組成物の上に陽極を配置し、金属構造物を陰極として、陽極と陰極との間に外部電源により電圧を印加することで行うことができる。これにより、陽極と金属構造物との間にイオン液体を含む組成物の層を介して電流を流すことができる。なお、本発明の防食方法では、金属構造物とイオン液体を含む組成物が存在し、イオン液体を含む組成物を介して陽極と陰極の間に電流が流れればよい。例えば、金属構造物を陰極とせずに、金属構造物を陰極に接続して電流を流すようにしてもよい。
【0045】
また、上記のように防食対象の金属構造物は、進行性の錆を有するものであってもよい。表面に進行性の錆(赤錆や白錆など)を有する金属構造物を防食対象とするとき、表面の錆は研磨などで予め除去してもよいし、錆を除去せずにそのままイオン液体を含む組成物を塗布してもよい。
【0046】
例えば、腐食配管のように赤錆をするものであってもよい。金属構造物の表面の赤錆の上にイオン液体を含む組成物を塗布し、陽極を配置し、陽極と、陰極とする金属構造物との間に電流を流すことで、赤錆を黒錆に変換することができる。黒錆は安定な形態であり、赤錆のように構造物の内部に侵食しないため、赤錆から黒錆に変換することで、錆の浸食を抑え、防食できる。
【0047】
(陽極)
陽極は、導電性であり、大気中での安定性に優れる(雨風に強い)ものであればよく、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン、白金、黒鉛、鋳鉄、炭素繊維などが挙げられる。また、その形状は特に限定されず、板状や、棒状、メッシュ状などから選択できる。イオン液体を含む組成物は防食対象の全範囲に塗布を行う必要があるが、陽極は、イオン液体を含む組成物の少なくとも一部と接していればよい。
【0048】
また、イオン液体を含む組成物の塗布量などによっては、陰極と陽極とが短絡しやすくなる場合があるため、陽極を、セパレーターを介して配置してもよい。セパレーターは、絶縁性のものであればよい。
【0049】
(外部電源)
外部電源としては直流電源を用いることができる。また、直流電流を流せるものであればよく、交流電源をAC/DCコンバータを通して直流に変換してもよい。具体的には、外部電源は、太陽電池、乾電池、蓄電池、燃料電池などを用いることができ、これらを組み合わせて用いてもよい。外部電源により印加する電圧は、0.8~12Vとすることができ、1~3Vや0.8~2.5Vなど適宜調整してもよい。
【実施例
【0050】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
<電気防食試験(1)>
[使用材料、機器]
・陽極:SUSメッシュ
・陰極:腐食配管(表面に赤錆の発生がある鉄鋼製の配管)
・セパレーター:紙ウエス(キムワイプ(登録商標))1層
・外部電源
・イオン液体を含む組成物:ペースト組成物(イオンペースト)(トリヘキシルテトラデシルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド65wt%、ポリテトラフルオロエチレン35wt%、JIS K2220:2013で規定されたちょう度1号)
【0052】
[試験方法]
腐食配管の一部にペースト組成物を塗布した(塗布領域:200mm×55mm)。なお、腐食配管の一方の端部には、腐食配管の表面を研磨した配管研磨部を設け、この部分には、ペースト組成物は塗布しなかった。次いで、配管研磨部とは反対側の端部に、セパレーターを配置した。セパレーターの上にペースト組成物を塗布した後、SUSメッシュを配置し、さらにペースト組成物を塗布した。外部電源のマイナス端子と配管研磨部とを導線クリップで接続し、外部電源のプラス端子とSUSメッシュとを導線クリップで接続し、試験体(1)を作製した。次いで、12Vの定電圧をかけ、11日間(246h)電流を流した。
図1に、電気を流す前の試験体(1)の写真および模式図を示す。
【0053】
[電気防食効果の確認]
電気防食開始から246時間後に、ペースト組成物を除去し、電気防食効果の有無を確認した。ペースト組成物を用いた電気防食により、腐食配管に還元反応が起こり、黒錆化したことが確認できた。
【0054】
また、各部位の表面抵抗値を測定した。非電極部および電極部(表面抵抗値:105Ω)は黒錆化したことで、腐食配管部(表面抵抗値:108Ω)と比較して表面抵抗値が下がっていた(図2参照)。赤錆は絶縁、黒錆は導電の性質を示すため、表面抵抗値の測定結果からも黒錆化したことが確認できた。
【0055】
[ペースト組成物の評価]
電気防食試験(1)に用いたペースト組成物について、耐熱性や耐水性などを評価した。
【0056】
(耐熱性の評価-高温放置時)
JIS K2220:2013に準拠した方法を用いて、高温放置時におけるペースト組成物の蒸発損失量を測定した。99℃で360時間放置後の蒸発損失量は、1.0wt%未満であり、99℃で720時間放置後の蒸発損失量は、1.0wt%未満であった。
【0057】
(耐熱性の評価-電気防食時)
電気防食における蒸発損失量は、以下の式に基づいて、電気防食によるペースト組成物の質量の減少量[(ペースト組成物塗布後の質量)-(電気防食後の質量)]を、電気防食前のペースト組成物の質量[(ペースト組成物塗布後の質量)-(ペースト組成物塗布前の質量)]で除して、100を乗じた値として算出した。
【0058】
【数1】
【0059】
まず、SUS腐食板の上にキムワイプ(登録商標)1層を介してアルミニウム板を配置し、質量(ペースト組成物塗布前の質量)を測定した。次に、同SUS腐食板、同キムワイプ(登録商標)および同アルミニウム板を用いて、SUS腐食板の上にペースト組成物を塗布し、キムワイプ(登録商標)1層を介してアルミニウム板を配置した試験体(1-1)を作製し、試験体(1-1)の質量(ペースト組成物塗布後の質量)を測定した。この試験体(1-1)に12V低電圧で24時間電流を流し電気防食を実施した後、試験体(1-1)の質量(電気防食後の質量)を測定した。各質量を用いて、12Vで24時間電気防食後の蒸発損失量を算出した結果、蒸発損出量は0.0wt%であった。
【0060】
(耐水性)
ペースト組成物を塗布した押ねじを、JIS C0920:2003に規定されているIPX7相当の水没環境で30分間水没させ、ペースト組成物と押ねじとの合計重量の水没前後における重量変化から水への溶出量を測定したところ、溶出量は0.1wt%未満であった。
【0061】
また、99℃で720時間放置した後のペースト組成物についても、同様の方法で水への溶出量を測定したところ、溶出量は0.1wt%未満であった。
【0062】
(電気特性)
-20℃、0℃、20℃、40℃、60℃におけるペースト組成物の電気抵抗値を、測定した結果、いずれの温度においても同程度の電気抵抗値を示した。
【0063】
(垂れ流れ性)
M16×40mmのボルトネジ部にペースト組成物(ちょう度1号)を均一に塗布し、ボルト頭部を上、先端部を下にした状態でつるした。先端部の真下に垂れ流れたペースト組成物を検知するためにポリエステルシートを設置し、所定の時間経過後に、ポリエステルシート上への垂れ流れの有無を目視にて確認した。
【0064】
また、トリヘキシルテトラデシルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド、ポリテトラフルオロエチレンの割合を変えて、ちょう度000号、00号、0号、2号のペースト組成物を作製し、同様の試験を行った。
結果を表1に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
<電気防食試験(2)>
[使用材料、機器]
・陽極:ニッケル板
・陰極:表面に赤錆の発生がある鉄板
・セパレーター:紙ウエス(キムワイプ(登録商標))1層
・外部電源
・イオン液体を含む組成物:ペースト組成物(トリヘキシルテトラデシルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド65wt%、ポリテトラフルオロエチレン35wt%のペースト組成物、または、イオン性液体(トリヘキシルテトラデシルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド)
【0067】
表面に赤錆が発生した鉄板を防食対象とした。まず、鉄板の表面の半分に刷毛でペースト組成物を塗布した。次いで、ペースト組成物を塗布した面の上に、紙ウエスを介してニッケル板(陽極)を配置した。鉄板のペースト組成物を塗布しなかった側の端部を、リード線を介して太陽電池の陰極に接続し、ニッケル板(陽極)を、リード線を介して太陽電池の陽極に接続した。6.16Vの電圧を2日間印加した。
【0068】
2日間の電圧印加で、赤錆が黒錆に変化し、錆の浸食は停止したことが確認できた。
【0069】
ペースト組成物に変えてイオン性液体を用いた場合も、同様に、赤錆が黒錆に変化し、錆の浸食は停止したことが確認できた。
【0070】
<電気防食試験(3)>
[試験体(3E)]
図3に示すように組み立てて、図4に示すように太陽電池と接続して、試験体(3E)を作製した。まず、ベースプレートに模した鋼板(ベース板、t=22mm)、M24アンカーボルト(200mm)1本、平ワッシャー(電極接続用の端子付き)1本、スプリングワッシャー1本、1種ナット2本、3種ナット(電極接続用の端子付き)1本を準備し、これらの全てにペースト組成物を塗布した。次いで、コンクリートブロックにM24アンカーボルトを100mm埋設し、鋼板の貫通穴をアンカーボルトに通し、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット2本、3種ナット1本の順で固定した。さらに全体を覆うように再度ペースト組成物を塗布した。平ワッシャーを、電線(直径7mm)を介して太陽電池の陽極に接続し、3種ナットを、電線(直径7mm)を介して太陽電池の陰極に接続した。
【0071】
[比較試験体(3N)]
ベースプレートに模した鋼板(t=22mm)、M24アンカーボルト(200mm)、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット、3種ナットを、ペースト組成物を塗布せずに用いた。次いで、図3に示すように、コンクリートブロックにM24アンカーボルトを100mm埋設し、の貫通穴をアンカーボルトに通し、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット2本、3種ナット1本の順で固定し、比較試験体(3N)を作製した。
【0072】
試験体(3E)に1~3Vの電圧を印加した状態で6カ月放置した。比較試験体(3N)はそのまま6カ月放置した。図5(a)に、試験前の試験体(3E)および比較試験体(3N)のアンカーボルトの写真を、図5(b)に、試験後の試験体(3E)および比較試験体(3N)のアンカーボルトの写真を示す。
6か月後に、鉄板を取り外しアンカーボルトの表面を観察したところ、試験体(3E)のアンカーボルトは赤錆の発生が抑えられ、試験開始時と変化はなかった。一方、比較試験体(3N)のアンカーボルトは赤錆で浸食中であった。
【0073】
<電気防食試験(4)>
[試験体(4E)]
コンクリートブロックにM24アンカーボルト(200mm)を100mm埋設し、アンカーボルトの表面に赤錆が発生するまで放置した。赤錆ありのアンカーボルト、ベースプレートに模した鋼板(t=22mm)、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット、3種ナットにペースト組成物を塗布し、図3に示すように、鋼板の貫通穴を赤錆ありのアンカーボルトに通し、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット2本、3種ナット1本の順で固定した。さらに全体を覆うように再度ペースト組成物を塗布した。次いで、図4に示すように、平ワッシャーを、電線(直径7mm)を介して太陽電池の陽極に接続し、3種ナットを、電線(直径7mm)を介して太陽電池の陰極に接続した。
【0074】
[比較試験体(4N)]
ベースプレートに模した鋼板(t=22mm)、M24アンカーボルト(200mm)、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット、3種ナットを、ペースト組成物を塗布せずに用いた。コンクリートブロックにM24アンカーボルト(200mm)を100mm埋設し、アンカーボルトの表面に赤錆が発生するまで放置した後、図3に示すように、ベースプレートに模した鋼板(t=22t)の貫通穴をアンカーボルトに通し、平ワッシャー、スプリングワッシャー、1種ナット2本、3種ナット1本の順で固定した。
【0075】
試験体(4E)に1~3Vの電圧を印加した状態で6カ月放置した。比較試験体(4N)はそのまま6カ月放置した。図6(a)に、試験前の比較試験体(4N)および試験体(4E)のアンカーボルトの写真を、図6(b)に、試験後の比較試験体(4N)および試験体(4E)のアンカーボルトの写真を示す。6か月後に、鉄板を取り外しアンカーボルトの表面を観察したところ、試験体(4E)のアンカーボルトは赤錆が除去されており、赤錆の発生もなく防食されていることが確認できた。一方、比較試験体(4N)のアンカーボルトは赤錆で浸食中であった。
【0076】
<電気防食試験(5)>
[複合サイクル試験]
下記4種の試験体を用いて、複合サイクル試験を行い、電気防食ありの試験体と電気防食なしの試験体との錆びの程度を比較した。複合サイクル試験は、JIS H8502:1999のめっきの耐食試験法8.1中性塩水噴霧サイクル試験法に準拠した方法で行った。試験期間は600サイクル/4800時間とした。ペースト組成物は、トリヘキシルテトラデシルホスホニウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドが65wt%、ポリテトラフルオロエチレンが35wt%であり、JIS K2220:2013で規定されたちょう度1号の組成物を用いた。
【0077】
・試験体(5-1E):HDZ35塗装+電気防食
ベース板、M24アンカーボルト、平ワッシャー(陽極側座金、丸形端子付き)、スプリングワッシャー、ダブルナット(1種ナット2本)、3種ナット(陰極側座金、丸形端子付き)はいずれもHDZ35塗装された鋼製のものを用いた。ベース板全面、アンカーボルト全面、ベース板とアンカーボルトの隙間にペースト組成物を塗布後、図3に示すように、平ワッシャー、スプリングワッシャー、ダブルナット、3種ナットを組み付けた。組付け後、全体を覆うように再度ペースト組成物を塗布した。次いで、図4に示すように、陽極側座金を、ケーブルを介して電源装置の陽極につなぎ、陰極側座金を、ケーブルを介して電源装置の陰極につないで電気防食した。このとき、各座金とケーブルの接続部はシリコーン接着剤で固定し、更に上から収縮チューブを被せて保護した。また、陽極側座金の天地面に絶縁フィルム(EVA+ETFE)を貼り、陽極からベース板への短絡を防止した。電気は安定化電源装置を用いて3V印加した。試験体(5-1E)は電気防食した状態で複合サイクル試験に用いた。
【0078】
・比較試験体(5-1N):HDZ35塗装、電気防食なし
ベース板、M24アンカーボルト、平ワッシャー(陽極側座金、丸形端子付き)、スプリングワッシャー、ダブルナット(1種ナット2本)、3種ナット(陰極側座金、丸形端子付き)として、いずれもHDZ35塗装された鋼製のものを用い、ペースト組成物を塗布せずに、図3に示すように組み立て、比較試験体(5-1N)とした。この比較試験体(5-1N)を結線、電気防食せずに、複合サイクル試験に用いた。
【0079】
・試験体(5-2E):鋼材まま+電気防食
ベース板、M24アンカーボルト、平ワッシャー(陽極側座金、丸形端子付き)、スプリングワッシャー、ダブルナット(1種ナット2本)、3種ナット(陰極側座金、丸形端子付き)として、いずれもHDZ35塗装されていない鋼製のもの(鋼材まま)を用いた以外は、試験体(5-1E)と同様にペースト組成物の塗布、組み立て、電源装置との接続を行い、電気防食したものを、試験体(5-2E)とした。試験体(5-2E)は、電気防食した状態で複合サイクル試験に用いた。
【0080】
・比較試験体(5-2N):鋼材まま、電気防食なし
ベース板、M24アンカーボルト、平ワッシャー(陽極側座金、丸形端子付き)、スプリングワッシャー、ダブルナット(1種ナット2本)、3種ナット(陰極側座金、丸形端子付き)として、いずれもHDZ35塗装されていない鋼製のもの(鋼材まま)を用い、ペースト組成物を塗布せずに、図3に示すように組み立て、比較試験体(5-2N)とした。この比較試験体(5-2N)を結線、電気防食せずに、複合サイクル試験に用いた。
【0081】
[試験結果]
(外観状態)
図7は試験開始時および試験終了時(4800時間終了時点)の各試験体の外観状態の写真である。
【0082】
(分解後のアンカーボルトの表面状態)
図8に、複合サイクル試験終了後の試験体の分解後のアンカーボルトの写真と観察結果を示す。試験体(5-1E)および試験体(5-2E)は、ワッシャー、ナット、ベース板を外すことができ、腐食による固着はなかった。一方で、比較試験体(5-1N)および比較試験体(5-2N)は全面が赤錆で覆われており、ボルト、ナット、ベース板が腐食により固着してしまっているため、レンチ等の工具ではナットの取り外しが出来なかった。また、分解後のアンカーボルト表面状態を観察すると、試験体(5-1E)は軸上部を亜鉛由来の白錆が占めており、一部根本部分にのみ赤錆が確認できる。試験体(5-2E)は軸上部を黒錆が占めており、一部根本部分にのみ赤錆が確認できる。
【0083】
(破断した試験体の分析結果)
複合サイクル試験後の各試験体のアンカーボルトを破断し、X線光電子分光法(XPS)分析を実施した。図9に、複合サイクル試験終了後の各試験体のアンカーボルトの破断片の写真とXPS分析による酸素の存在比を示す。酸素の存在比から、酸化の進行具合は、試験体(5-1E)が最も遅く、試験体(5-2N)が最も早く、試験体(5-1E)<試験体(5-2E)<試験体(5-1N)<試験体(5-2N)の順で酸化が進行していることがわかる。また、外観観察結果から、試験体(5-1E)および試験体(5-2E)はネジ山がきれいに残っており、腐食も表面の極一部であることがわかる。一方で、試験体(5-1N)および試験体(5-2N)はネジ山が崩れ、かつ腐食が深部まで進行していることがわかる。
【0084】
上記試験結果より、電気防食を実施した試験体(5-1E)および試験体(5-2E)と電気防食を実施していない試験体(5-1N)および試験体(5-2N)を比較すると、錆の発生程度に大幅な差が認められた。イオン液体を含む組成物を用いた電気防食法は、腐食生成物の発生抑制に有効であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の防食方法は、大気環境下の様々な金属製の構造物に適用し、耐食性を向上させることができるため、産業上有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9