(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】物質固定化用の基体、及びその利用
(51)【国際特許分類】
G01N 33/547 20060101AFI20230705BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20230705BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230705BHJP
C08G 65/02 20060101ALI20230705BHJP
C08F 230/02 20060101ALI20230705BHJP
G01N 21/76 20060101ALN20230705BHJP
【FI】
G01N33/547
G01N33/53 Q
G01N33/53 N
C12M1/00 A
C08G65/02
C08F230/02
G01N21/76
(21)【出願番号】P 2022543766
(86)(22)【出願日】2022-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2022014255
(87)【国際公開番号】W WO2022203032
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2022-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2021054300
(32)【優先日】2021-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】519063738
【氏名又は名称】アール・ナノバイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉浩
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-224710(JP,A)
【文献】特開2020-132803(JP,A)
【文献】特許第4630817(JP,B2)
【文献】特開2006-322709(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/45-33/98
C12M 1/00
C08G 65/02
C08F 230/02
G01N 21/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質を固定化する表面に、物質固定化剤の層が形成されている基体であって、
上記物質固定化剤は、光反応性基を有しており、水溶性ポリマー、又は、重合によって水溶性ポリマーとなる水溶性モノマーを含んでおり、
物質固定化剤の上記層の厚さが3nm以上で500nm未満の範囲内であり、
上記物質固定化剤の層が形成される前の基体の表面は、水との接触角が25°以上で60°未満の範囲内であり、
上記物質固定化剤は、以下の(A)、(B)、(C)、又は、(D)であり:
(A)上記水溶性ポリマーが1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有し、分子として電気的に中性なポリマーから成る、又は、ポリオキシエチレン構造若しくはポリオキシアルキレン構造を含む主鎖を有する;
(B)上記水溶性ポリマーが1分子に少なくとも2個の光反応性基を有する、水溶性合成高分子、又は水溶性天然高分子誘導体である;
(C)1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有する光架橋剤と、分子として電気的に中性な上記水溶性ポリマーとを含んでいる;
(D)分子として電気的に中性であり、重合性基を有する水溶性モノマーと、光重合開始剤と、1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有する光架橋剤とを含んでいる、
物質固定化剤の上記層を介して、上記物質が光固定化されて
おり、
上記物質が
スポット状に固定化されている、基体。
【請求項2】
上記物質が、ポリペプチド、酵素、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、請求項
1に記載の基体。
【請求項3】
物質固定化剤は、以下の(b)、(c)、又は、(d)である、請求項1
又は2に記載の基体:
(b)前記水溶性ポリマーが、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有するノニオン性水溶性高分子から成り、当該ノニオン性水溶性高分子が、ポリアルキレングリコールかポリビニル系高分子である;
(c)1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有する光架橋剤と、分子として電気的に中性な上記水溶性ポリマーとを含んでいる;
(d)水溶性モノマーとしてのポリエチレングリコール(メタ)アクリレートと、光重合開始剤と、光反応性基として1分子中に少なくとも2個のアジド基を有する光架橋剤とを含んでいる。
【請求項4】
上記水溶性ポリマー全体に対する上記光反応性基の含有量は、2.5モル%以上50モル%未満である、請求項1~
3の何れか一項に記載の基体。
【請求項5】
上記物質がアレルゲンである請求項1~
4の何れか1項に記載の基体を備えた、アレルギー検査用又は抗体検査用のキット。
【請求項6】
上記物質が抗体である請求項1~
4の何れか1項に記載の基体を備えた、サンドイッチ法によるバイオマーカー検査用のキット。
【請求項7】
請求項1~
4の何れか一項に記載の基体、又は、請求項
5若しくは
6に記載のキットを用いて、基体に固定化された物質と試料との相互作用を検査する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチド、タンパク質、酵素、核酸、脂質等の所望の物質を固定化するための物質固定化用の基体、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体又は抗原をプレート上に固定化した、免疫測定のためのイムノプレート、又は、核酸をチップ上に固定化したDNAチップ等が広く用いられている。
【0003】
基体上にタンパク質又は核酸を固定化する方法は様々なものが開発されている。例えば、特許文献1には、基体に固定化すべき物質と、物質固定化剤とを含む水溶液を基体に塗布して光照射することによって、当該物質を基体上に固定化することが記載されている。物質固定化剤として、アジド基等の光反応性基を有する水溶性ポリマーを含むものが具体的に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2004/088319号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光反応性基を有し、水溶性ポリマーを含んでいる物質固定化剤に関して、光反応性基は、物質を基体上に固定化する役割を果たしている。また、水溶性ポリマーは、基体に対する非特異吸着の防止等の役割を果たしていると推定される。しかし、このような物質固定化剤にて物質を固定化した基体を用いて、当該物質と試料との相互作用を検査する場合に、良好なシグナルが得られる条件に関しては未だ不明な点が多く、さらなる改善の余地を残している。
【0006】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その一つの目的は、固定化された物質との相互作用の検出に関連して改善された特性を有する物質固定化用の基体、及びその利用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明は、以下に示す態様を含む。
1)物質を固定化する表面に、物質固定化剤の層が形成されている基体であって、上記物質固定化剤は、光反応性基を有しており、水溶性ポリマー、又は、重合によって水溶性ポリマーとなる水溶性モノマーを含んでおり、物質固定化剤の上記層の厚さが3nm以上で500nm未満の範囲内である、基体。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、光反応性基を有し、水溶性ポリマー又は水溶性モノマーを含んでいる物質固定化剤を用いてなる、改善された特性を有する物質固定化用の基体、及びその利用を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、1)光反応性基を有する点と、2)水溶性ポリマー、又は、重合によって水溶性ポリマーとなる水溶性モノマーを含んでいる点と、で共通している。
【0010】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、水溶性であり、水又は90質量%の水を含む混合溶媒に対する溶解度(水100gに溶解するグラム数)は、好ましくは5以上である。
【0011】
物質固定化剤に含まれる水溶性ポリマーの分子量は、5×102~5×106であることが好ましく、7×102~1×106であることがより好ましく、1×103~5×105であることがさらに好ましい。
【0012】
水溶性ポリマーは、例えば、親水性溶媒に溶解した状態で物質固定化剤として用いられる。親水性溶媒としては、水、メタノール、エタノール、アセトン、及びこれらの混合溶媒が挙げられる。水溶性ポリマーの濃度は特に限定されないが、例えば、0.005%~10%程度であり、好ましくは0.05%~5%程度である。
【0013】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、複数種類の物質を固定することができる。例えば、複数種類の核酸、タンパク質、生体抽出物を固定することができ、ポリクローナル抗体及び/又はモノクロナール抗体も固定することができる。
【0014】
以下、物質固定化剤として、物質固定化剤(A)、(B)、(C)及び(D)を例示して具体的に説明する。
【0015】
〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤(A)は、上記水溶性ポリマーが1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有し、分子として電気的に中性なポリマーから成る、又は、ポリオキシエチレン構造若しくはポリオキシアルキレン構造を含む主鎖を有する。
【0016】
「分子全体として電気的に中性」とは、中性付近のpH(pH6~8)の水溶液中で電離してイオンになる基を有さないか、又は有していても陽イオンになるものと陰イオンになるものを有していて、その電荷の合計が実質的に0になることを意味する。ここで「実質的に」とは、電荷の合計が0になるか、又は0にはならないとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に小さいことを意味する。
【0017】
(水溶性ポリマー)
水溶性ポリマー1分子当りの光反応性基の数は、2個以上であれば、特に限定されるものではないが、水溶性ポリマー全体に対する光反応性基の含有量は、2.5モル%以上が好ましく、5モル%以上がより好ましく、10モル%以上がさらに好ましく、15モル%以上がよりさらに好ましく、20モル%以上が特に好ましい。また、揮発性の極性溶媒への溶解し易さの点等で、水溶性ポリマー全体に対して光反応性基の含有量は、50モル%未満が好ましく、45モル%以下がより好ましく、40モル%以下がさらに好ましく、30モル%以下がよりさらに好ましい。本明細書において、「水溶性ポリマー全体に対する光反応性基の含有量(モル%)」は、水溶性ポリマーを構成する繰り返し単位の総数に対する、光反応性基を有する繰り返し単位の数の割合を百分率で示したものである。光反応性基は、水溶性ポリマーの主鎖に直接結合していてもよいが、任意のスペーサー構造を介して水溶性ポリマーの主鎖に結合されていてもよく、通常、後者の方が、製造が容易である等の観点で好ましい。
【0018】
スペーサー構造は、何ら限定されるものではなく、例えば炭素数1~10のアルキレン基(ただし1個又は2個のヒドロキシ基で置換されていてもよい)、フェニレン基(ただし、1~3個の炭素数1~4のアルキル基又はヒドロキシ基で置換されていてもよい)等を挙げることができる。
【0019】
水溶性ポリマーの主鎖への光反応性基の導入は、常法に基づき容易に行うことができる。あるいは、水溶性ポリマーが水溶性ビニル系高分子のように、モノマーの重合により形成されるものである場合には、水溶性ビニル系高分子の主な構成単位となるビニル系モノマーと、光反応性ビニル系モノマーとを共重合させることにより光反応性基を有するノニオン性水溶性高分子を製造することもできる。この方法により得られる光反応性水溶性ビニル系高分子の好ましい例として、ポリ((メタ)アクリルアミド-光反応性(メタ)アクリル酸アミド)共重合体及びポリ(グリシジル(メタ)アクリレート-光反応性(メタ)アクリル酸アミド)共重合体、ポリ(エチレングリコールモノ(メタ)アクリレート-光反応性アクリル酸アミド)共重合体等を挙げることができる。物質固定化剤(A)については、国際公開第2004/088319号パンフレット(日本国特許4630817号)にもその一例の記載がなされており、この記載を適宜参照することができる。
【0020】
重合性基としては、例えば、二重結合又は三重結合を有する基(例えば、(メタ)アクリレート基、ビニル基、アクリル基、アクリロイル基、メタクリルオキシ基、メタクリルアミド基、アクリルオキシ基、アクリルアミド基、スチリルオキシ基、スチリルアミド基、等)を挙げることができる。水溶性モノマーは、1分子中に、例えば1~3個、好ましくは1~2個の重合性基を含むことができる。
【0021】
(水溶性ポリマーの主鎖)
水溶性ポリマーの主鎖がポリオキシエチレン構造(-C-C-O-の繰り返し構造)を含むことによって、水溶性ポリマーの主鎖は親水性である。親水性の主鎖を有することによって、疎水性の光反応性基を、従来の水溶性ポリマーよりも多く有する場合でもその水溶性の性質は保たれる。そのため、この水溶性ポリマーを水又は親水性溶媒(例えば、メタノール及びエタノール等の低級アルコール)に溶解して物質固定化剤として用いれば、当該物質固定化剤に含まれ得る光反応性基の量(濃度)を比較的高くすることができる。水溶性ポリマーが光反応性基をより多く有することによって、固定化すべき物質と共有結合可能な箇所(架橋点)を増やすことができる。よって、固定化すべき物質をより強固に基体に固定化することができ、当該物質の検出感度を高めることができる。
【0022】
上記水溶性ポリマーの主鎖は、繰り返し単位として、式(1)に示す構造及び式(22)に示す構造を含んでいることが好ましい。また、上記水溶性ポリマーの主鎖は、繰り返し単位として、式(3)に示す構造及び式(4)に示す構造であってもよい。
-(R1-R12)-・・・・(1)
-(R2-R12)-・・・・(2)
-(R1-R12-O)-・・・・(3)
-(R2-R12-O)-・・・・(4)
式(1)及び(3)において、R1は、光反応性基を含む基であり、
式(2)及び(4)において、R2は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子であり、
式(1)、(2)、(3)、(4)中に示す主鎖を構成する炭素原子に結合した水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子(例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基(ハロゲン原子の例示は上記と同じ)からなる群から選択される置換基で置換されていてもよい。
【0023】
なお、以下で、ハロゲン原子、及び、炭素数1~4のハロアルキル基は、特に断りの無い限り、同じ定義である。
【0024】
(R1について)
R1は、光反応性基を含む基である。光反応性基としては、例えば、アジド基、アセチル基、ベンゾイル基、ジアゾ基、ジアジリン基、ケトン基、及びキノン基等が挙げられる。R1としては、アセチル基、ベンゾイル基、アジド基(-N3で示される基)及びジアリジニル基(ジアジリン基:二重結合した2つの窒素原子に1つの炭素原子が結合して形成された三員環構造を有し、当該炭素原子が結合の腕を有する基。)から選択される光反応性基を含む基が好ましく、アジド基及びジアリジニル基から選択される光反応性基を含む基がより好ましく、芳香族アジド基及び芳香族ジアリジニル基から選択される光反応性基を含む基がさらに好ましい。芳香族アジド基及び芳香族ジアリジニル基としては、例えば、置換又は非置換のフェニルアジド基、及び、置換又は非置換のフェニルジアリジニル基が挙げられる。上記の通り、式(1)及び(3)中の水素原子(R1が有する水素原子であってもよい)は、置換基で置換されていてもよい。置換基の例として、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基が挙げられる。
【0025】
一態様において、R1は、-R3R4であり、R3は主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、R4はアジド基又はジアジリニル基である。別の一態様において、R3は、主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーである。R3に複素原子を含むことは、例えば、1)親水性の向上と、2)生物由来試料等の非特異的な吸着の抑制と、に寄与し得る。リンカーの主鎖を構成する原子の数は特に限定されないが、例えば、1~20であり、好ましくは1~10であり、例えば、1~6である。複素原子の例として、酸素原子、窒素原子、硫黄原子、ケイ素原子、及びリン原子等が挙げられ、酸素原子及び窒素原子から選択されることが好ましい。リンカーの主鎖に複素原子が含まれる場合、複素原子の数は特に限定されないが、例えば1~3であり、1~2である。
【0026】
より具体的な一例では、R3は、エーテル基(-(CH2)n1-O-(CH2)n2-)、アミド基(-NH-C(O)-)、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーである。R3は、例えば、*-NH-C(O)-;*-C(O)-NH-(CH2)n-NH-C(O)-;*-(CH2)n1-O-(CH2)n2-;等が挙げられる。なお、*はR4との結合である。ここで、n、n1、及びn2は互いに独立に、例えば1~5の整数であり、1~3又は1~2の整数である。水素原子は互いに独立して、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基からなる群から選択される置換基で置換されていてもよい。
【0027】
R
1の具体例として、以下に示す基が挙げられる。なお、以下の基において、フッ素原子を他のハロゲン原子に置換したもの、ベンゼン環上の水素原子の少なくとも一部(1~4個)をハロゲン原子に置換したもの等も好適な基の一例である。
【化1】
【0028】
(R2について)
R2は、両性イオン性基、アミド基(-NH-C(O)-)、ポリオキシアルキレン基(好ましくはポリオキシエチレン基)、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。式(2)及び(4)中の水素原子(R2が有する水素原子であってもよい)は、置換基で置換されていてもよい。置換基の例として、ハロゲン原子、炭素数1~4のアルキル基、及び炭素数1~4のハロアルキル基が挙げられる。なお、上記のアミド基がラクタム環の一部を構成しており、当該ラクタム環がその窒素原子において式(2)及び(4)中の炭素原子と結合している場合は、アミド基の水素原子は存在しない。これらの基は、1)親水性の向上と、2)生物由来試料等の非特異的な吸着の抑制と、に寄与し得る。水溶性官能基の例として、スルホン酸基、カルボキシル基、ヒドロキシ基等が挙げられる。
【0029】
R2(非特異相互作用抑制基)は、水溶性ポリマーの主鎖に直接結合していてもよいが、任意のスペーサー構造を介して水溶性ポリマーの主鎖に結合されていてもよく、通常、後者の方が、製造が容易である等の観点で好ましい。
【0030】
(R12について)
R12は、単結合、炭素数1~10のアルキレン基(ただし1個又は2個のヒドロキシ基で置換されていてもよい)、フェニレン基(ただし、1~3個の炭素数1~4のアルキル基又はヒドロキシ基で置換されていてもよい。
【0031】
生物由来試料等の非特異的吸着を抑制する点で、両性イオン性基として、スルホベタイン構造、ホスホベタイン構造、又はイミダゾールベタイン構造を有することが好ましい。
【0032】
スルホベタイン構造とは典型的には、-SO3
-と、正電荷を有する原子とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を有する原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。正電荷を有する原子は、例えば、四級アンモニウムの構造をとる窒素原子である。スルホベタイン構造の一例は、-(CH2)n-N+(R)2-(CH2)n-SO3
-であり、式中のRは互いに独立に炭素数1~4のアルキル基であり、nは互いに独立に1~5(好ましくは1~3)の整数である。
【0033】
ホスホベタイン構造とは典型的には、ホスホジエステル結合(一つの酸素原子が負電荷を有する)と、正電荷を有する原子とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を有する原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。正電荷を有する原子は、例えば、四級アンモニウムの構造をとる窒素原子である。ホスホベタイン構造の一例は、-R11-PO4
--(CH2)n-N+(R)3であり、式中のRは互いに独立に炭素数1~4のアルキル基であり、nは1~5(好ましくは1~3)の整数である。-PO4
--は、ホスホジエステル結合を示す。また、式中のR11は(CH2)n1又は単結合又は炭素数1~10のアルキレン基(ただし1個又は2個のヒドロキシ基で置換されていてもよい)であり、n1は1~5(好ましくは1~3)の整数である。
【0034】
ホスホベタイン構造の例として、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、N-(2-メタクリルアミド)エチルホスホリルコリン、4-メタクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6-メタクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10-メタクリロイルオキシデシルシルホスホリルコリン、ω-メタクリロイルジオキシエチレンホスホリルコリン又は4-スチリルオキシブチルホスホリルコリンに由来する(すなわち、これらの単位を重合させた)単位を挙げることができる。これらの中でも2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンに由来する単位が特に好ましい。
【0035】
イミダゾールベタイン構造とは典型的には、負電荷を有する原子と、正電荷を有する1つの窒素原子を有するイミダゾール環とを有し、これらは両性イオン性基の中で隣り合う位置になく(すなわち他の原子を介しており)、正電荷を有する窒素原子には乖離可能な水素原子が結合していない構造を指す。負電荷を有する原子は、例えば、カルボキシル基の構造をとる酸素原子である。イミダゾールベタイン構造の一例は、-(CH2)n-HC(COO-)-(CH2)n-(IM)であり、式中の(CH2)nは(CH2)nであるがn個のうちの一つが(NH)であってもよく、nは互いに独立に1~5(好ましくは1~3)の整数である。式中の(IM)は、正電荷を有する1つの窒素原子を有するイミダゾール環であり、イミダゾール環上の炭素原子において(CH2)n-と結合している。
【0036】
スルホベタイン構造、ホスホベタイン構造、又はイミダゾールベタイン構造はホスホリルコリン基を含む。ホスホリルコリン含有ポリマーは、生体膜が種々の物質と接触するにもかかわらず、非特異吸着がほとんど起きないことに着目し、生体膜の構成成分であるホスホリルコリンを含む高分子を利用して、所望の物質を基体に固定化することにより非特異吸着を有効に防止できるのではないかという着想に基づいて発明されたものである。
【0037】
R2は、窒素を含む複素環構造を含んでいてもよい。窒素を含む複素環構造としては、例えば、イミダゾール環、ピロリドン環、ピロール環、ピリジン環、ピリミジン環、及び、ラクタム環(γラクタム環、δラクタム環等)等が挙げられる。
【0038】
また、R2は、式(5)又は(6)に示す構造を含んでいることが好ましい。
-C(O)-R5・・・(5)
-C(O)-OR5・・・(6)
式(5)及び(6)において、R5は、上記した両性イオン性基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、又は、水溶性官能基である。ポリオキシアルキレン基は特に好ましくはポリオキシエチレン基(-(C2H4O)n-H)である。nは、例えば、1以上の整数であり、好ましくは10~1000、分子量で数百~数万である。
【0039】
R
2の具体例として、以下に示す基が挙げられる。なお、式中のnは例えば、1以上であり、好ましくは10~1000、分子量で数百~数万である。
【化2】
【0040】
(式(3)に示す構造と式(4)に示す構造の好ましい組合せの例示)
・組合せの例示<1>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3は主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、R4はアジド基又はジアジリニル基であり、式(4)において、R2は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<2>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3は主鎖に炭素原子を含むリンカーであり、R4はアジド基又はジアジリニル基であり、式(4)において、R2は、式(5)に示す構造、又は、式(6)に示す構造を含み、R5は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
・組合せの例示<3>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3は主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーであり、式(4)において、R2は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<4>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3は主鎖に炭素原子と複素原子とを含むリンカーであり、式(4)において、R2は、式(5)に示す構造、又は、式(6)に示す構造を含み、R5は、両性イオン性基、イミダゾール基、アミド基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
・組合せの例示<5>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3はエーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーであり、式(4)において、R2は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基、又は水素原子である。
・組合せの例示<6>: 式(3)において、R1は-R3R4であり、R3はエーテル基、アミド基、アルキレン基、及び、これらの組合せを含む化学構造を有するリンカーであり、式(4)において、R2は、式(5)に示す構造、又は、式(6)に示す構造を含み、R5は、両性イオン性基、アミド基、イミダゾール基、ポリオキシアルキレン基、水溶性官能基及びこれらの組合せを含む化学構造を有する基である。
【0041】
また、本発明に用いられる水溶性ポリマーとしては、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有するノニオン性水溶性高分子(ポリマー)を好ましい例として挙げることができる。
【0042】
ここで、「ノニオン性」とは、中性付近のpH(pH6~8)の水溶液中で電離してイオンになる基を実質的に有さないことを意味する。ここで「実質的に」とは、このような基を全く含まないか、又は含んでいるとしても本発明の効果に悪影響を与えない程度に微量(例えば、このような基の数が炭素数の1%以下)であることを意味する。
【0043】
このようなノニオン性水溶性高分子の好ましい例として、ポリエチレングリコール(PEG)及びポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール;ビニルアルコール、メチルビニルエーテル、ビニルピロリドン、ビニルオキサゾリドン、ビニルメチルオキサゾリドン、N-ビニルサクシンイミド、N-ビニルホルムアミド、N-ビニル-N-メチルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、N-ビニル-N-メチルアセトアミド、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、アクリルアミド、メタクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N-iso-プロピルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、メチロールアクリルアミド、アクリロイルモルホリン、アクリロイルピロリジン、アクリロイルピペリジン、スチレン、クロロメチルスチレン、ブロモメチルスチレン、酢酸ビニル、メチルメタクリレート、ブチルアクリレート、メチルシアノアクリレート、エチルシアノアクリレート、n-プロピルシアノアクリレート、iso-プロピルシアノアクリレート、n-ブチルシアノアクリレート、iso-ブチルシアノアクリレート、tert-ブチルシアノアクリレート、グリシジルメタクリレート、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、iso-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、iso-ブチルビニルエーテル、tert-ブチルビニルエーテルなどのモノマー単位を単独か混合物を構成成分とするノニオン性のビニル系高分子;等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
これらのうち、特に好ましいものはポリエチレングリコール、ポリ(メタ)アクリルアミド及びポリ(グリシジル(メタ)アクリレート)であり、これらの中で特に好ましくは、ポリエチレングリコールであり、更には、疎水性の主鎖に親水性の側鎖がついたポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのビニル重合体がもっとも好ましい効果を有する。本明細書において、「(メタ)アクリル」は、「メタクリル」又は「アクリル」を意味し、「(メタ)アクリレート」は、アクリレート又はメタクリレートを意味する。
【0044】
好ましい水溶性ポリマーの例として、以下の式(7)および(8)に示す構造を含んでいる水溶性ポリマーが挙げられる。
【化3】
【化4】
式(7)において、mは10以上1000以下の整数であり、nは10以上1000以下の整数である。
式(8)において、pは10以上1000以下の整数であり、qは10以上1000以下の整数であり、rは10以上1000以下の整数であり、sは10以上1000以下の整数である。
【0045】
また、水溶性ポリマーの好ましい例として、下記一般式[I]で表すものを挙げることができる。
【化5】
(ただし、式中、X’、Y’、R
1、R
2は上記定義と同じ意味を表し、n及びmは、互いに独立して2以上の整数であり、かつ、nはmよりも大きく、X’を含む単位とY’を含む単位はランダムな順序で結合している。)
上記一般式[I]で示される化合物の中でも、特に下記式[II]で示されるポリマーが好ましい。
【化6】
(ただし、n’は50~200の整数、m’は5~40の整数を表し、ホスホリルコリン含有単位と、アジドフェニル基含有単位はランダムな順序で結合している)。
【0046】
上記水溶性ポリマーは、当業者の技術常識に従って容易に実施することができるし、下記の実施例にもその一例が具体的に記載されている。
【0047】
(繰り返し単位の数)
式(2)に示す構造の繰り返し単位の数は、式(1)に示す構造の繰り返し単位の数よりも大きいことが好ましい。また、式(4)に示す構造の繰り返し単位の数は、式(3)に示す構造の繰り返し単位の数よりも大きいことが好ましい。非特異吸着が効果的に防止できる点で、式(1)又は式(3)に示す構造の繰り返し単位の数は、5~50が好ましく、10~40がより好ましく、20~30がさらに好ましい。また、式(2)又は式(4)に示す構造の繰り返し単位の数は、50~200が好ましく、75~175がより好ましく、100~150がさらに好ましい。
【0048】
水溶性ポリマーは、式(1)に示す構造及び式(2)に示す構造のみから成るポリマー、又は、式(3)に示す構造及び式(4)に示す構造のみから成るポリマーがより好ましいが、本発明の効果に悪影響を与えない範囲で他の重合性モノマー由来の単位を含んでいてもよい。このような他の単位の割合は、本発明の効果に悪影響を与えない範囲であれば特に限定されないが、通常、通常、ポリマー中の全単位中の30モル%以下、好ましくは10モル%以下である。
【0049】
物質固定化剤(A)は公知の手段によって調製することができる。例えば、物質固定化剤(A)については、特開2020-132803号公報にもその一例の記載がなされており、この記載を適宜参照することができる。
【0050】
〔1-2.物質固定化剤(B)の一例〕
本発明の他の実施形態に係る物質固定化剤(B)は、1分子に少なくとも2個の光反応性基を有する、水溶性合成高分子、又は水溶性天然高分子誘導体等を含む物質固定化剤である。光反応性基の例は、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕に記載した光反応性基の例と同様である。
【0051】
水溶性合成高分子として、ポリアクリル酸及びその誘導体、ポリビニルアルコール及びその誘導体等が挙げられる。また、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕に示すように、親水性の側鎖(例えば、化学反応性を有する、カルボン酸基、アミノ基、水酸基、ハロゲン)を有する高分子も水溶性合成高分子の例として挙げられる。これらに公知の化学反応を用い、光反応性基を導入することができる。これまでに、ポリアクリル酸への光反応性基の導入例が報告されている:Biomaterials, 24, 3021-6 (2003)。ポリビニルアルコールへの光反応性基の導入例が報告されている:2-(2-(4-azidophenyl)vinyl)-4-(3-pyridylmethylene)-1,3-oxazolin-5-onから合成した2-(3-(4-azidophenyl)prop-2-enoylamino)-N-(4,4-dimethoxy-butyl)-3-(3-pyridyl)prop-2-enamide;Biomaterials, 26, 211-216 (2005)。
【0052】
水溶性ポリマーの主鎖への光反応性基の導入は、常法に基づき容易に行うことができる。例えば、官能基を有する水溶性ポリマーと、該官能基と反応する官能基を有するアジド化合物を反応させて、水溶性ポリマーにアジド基を結合させることができる。水溶性ポリマーがポリエチレングリコールを用いる場合、両末端にアミノ基又はカルボキシル基を有するポリエチレングリコールが市販されているので、このような市販の官能基含有ポリエチレングリコールの官能基に、アジド基含有化合物を反応させてポリエチレングリコールにアジド基を結合させることができる。下記実施例にも、複数のこのような方法が具体的に記載されている。
【0053】
水溶性天然高分子として、ゼラチン、カゼイン、コラーゲン、アラビアガム、キサンタンガム、トラガントガム、グアーガム、プルラン、ペクチン、アルギン酸ナトリウム、ヒアルロン酸、キトサン、キチン誘導体、カラギーナン、澱粉類(カルボキシメチルデンプン、アルデヒドデンプン)、デキストリン、サイクロデキストリン等の天然高分子、メチルセルロース、ビスコース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースのような水溶性セルロース誘導体等の天然高分子を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。これまでに、多糖(ヒアルロン酸)への光反応性基の導入例として、アジドアニリンを、水溶性カルボジイミドを用いてヒアルロン酸にアミド基でカップリングして合成した例が報告されている:Macromol. Res., 21, 216-220 (2013)。また、同じく多糖のプルランへの導入も報告されている:Biomaterials, 26, 2401-2406 (2005)。ゼラチンへの光反応性基の導入例として、アジド安息香酸を活性エステル化してゼラチンへアミド基でカップリングした合成例が報告されている:Biotechnol. Bioeng., 2011 Oct;108(10):2468-76 (2011)。これら水溶性高分子のカルボン酸基、アミノ基、水酸基若しくはチオール基を介して、又は、それらを導入することによって、市販の化学反応性の光反応性架橋剤(例えばサーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を水溶性高分子に公知の方法で修飾することによって得ることができる。
【0054】
〔1-3.物質固定化剤(C)の一例〕
本発明の他の実施形態に係る物質固定化剤(C)は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤と、分子全体として電気的に中性な水溶性ポリマーとを含む。ここで、「分子全体として電気的に中性」の定義は、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕の定義と同様である。
【0055】
光架橋剤1分子中に含まれる光反応性基の数は、例えば2~4個、好ましくは2~3個である。光架橋剤が有する光反応性基の好ましい例として、アジド基(-N
3)又はジアジリンを挙げることができるがこれに限定されるものではない。光架橋剤としては、アジド基を2個有するジアジド化合物又はジアジリン化合物が好ましく、特に水溶性ジアジド化合物又は水溶性ジアジリン化合物が好ましい。本発明に用いられる光架橋剤の好ましい例として、下記一般式[III]で表されるジアジド化合物又は下記一般式[IV]のビスジアジリン化合物を挙げることができる。
【化7】
【化8】
一般式[III]及び[IV]中、Rは単結合又は任意の基を示す。-R-は、少なくとも2個の光反応性基を連結するだけの構造であるから、特に限定されない。光反応性基の例は、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕に記載した光反応性基の例と同様である。好ましい-R-の例として、単結合(すなわち、2個のフェニルアジド基が直接連結される)、炭素数1~6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)(特に好ましくはメチレン基)、-CH
2-、-O-、-SO
2-、-S-S-、-S-、-R2・・・Y・・・R3-(ただし、・・・は単結合又は二重結合を示し、Yは炭素数3~8のシクロアルキレン基、R2及びR3は互いに独立に炭素数1~6のアルキレン基(1個又は2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、該アルキレン基の基端の炭素原子とYとの結合が二重結合であってもよく)、1個又は2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)を示し、シクロアルキレン基は、1個又は2個以上の任意の置換基で置換されていてもよく(置換されている場合、好ましくはシクロアルキレン基を構成する炭素原子のうち、1個若しくは2個が酸素と二重結合してカルボニル基を構成し、及び/若しくは1個若しくは2個の炭素数1~6のアルキル基で置換されている)を挙げることができ、また、一般式[II]中のそれぞれのベンゼン環は、1個又は2個以上の任意の置換基(好ましくはハロゲン、炭素数1~4のアルコキシル基、スルホン酸若しくはその塩等の親水性基)で置換されていてもよい。さらにポリオキシエチレンなどの中分子量で置き換えることもできる。また、好ましい-R-の具体例として次のものを例示することができる。
一般式[IV]中、Rの定義は一般式[III]のRの定義と同じである。R31は、F又はCF
3である。
【0056】
本発明の一実施形態に用いられる光架橋剤のうち、特に好ましいのは水溶性のものである。光架橋剤についての「水溶性」とは、0.5mM以上、好ましくは2mM以上の濃度の水溶液を与えることができることを意味する。
【0057】
光架橋剤の使用時の濃度(被固定化物質と混合する前の濃度)は、特に限定されないが、1μM~2mMが好ましく、さらに好ましくは0.01mM~0.5mMである。また、水溶性ポリマーに対する添加量としては、特に制限はないが、好ましくは0.1~50重量%、特に1~30重量%、更には1~10重量%である。
【0058】
水溶性ポリマーの好ましい例として、ノニオン性水溶性ポリマーを挙げることができる。ノニオン性水溶性ポリマー等の水溶性ポリマーの好ましい例等は、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕の記載と同様である。
【0059】
光架橋剤として親水性基と疎水性基の両方を有する化合物を用いる場合、ミセル化を防ぐため、水溶性ポリマーはホスホベタイン構造を有する単位と、(メタ)アクリル酸アルキルエステル(アルキル部分の炭素数が好ましくは3~6)のような親水性基と疎水性基(アルキルエステル部分)の両方を含むモノマーに由来する構造単位とを含む共重合体であることが好ましい。また、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕又は〔1-2.物質固定化剤(B)の一例〕で示した光反応性基を複数有する水溶性高分子を混合することもできる。
【0060】
物質固定化剤(C)については、国際公開第2005/111618号パンフレットにもその一例が記載されており、この記載を適宜参照することができる。
【0061】
〔1-4.物質固定化剤(D)の一例〕
本発明の他の実施形態に係る物質固定化剤(D)は、分子全体として電気的に中性であり、重合性基を有する水溶性モノマー(以下、単に「水溶性モノマー」、「モノマー」ともいう)、光重合開始剤、及び1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を含む。ここで、「分子全体として電気的に中性」の定義は、〔1-1.物質固定化剤(A)の一例〕の定義と同様である。
【0062】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、光照射により、(1)モノマーの重合、(2)光架橋剤に含まれる光反応性基のラジカル化という2種類の反応を起こすことができる。これにより、モノマーの重合により重合体が形成されるとともに、形成された重合体と基体、重合体と被固定化物質を、それぞれ光架橋剤を介して結合させることにより、結果的に被固定化物質を基体上に固定化することができる。また、本発明の物質固定化剤に含まれるモノマーは、分子全体として電気的に中性であるため、該モノマーの重合により、電気的に中性な重合体を基体上に形成することができる。こうして形成された重合体は、基体上で非特異的吸着防止効果を発揮し得る。以上により、本発明によれば、非特異的吸着を防止しつつ基体上に所望の物質を固定化することができる。なお、基体上への物質の固定化方法の詳細は後述する。
【0063】
以下、本発明の一実施形態に係る物質固定化剤に含まれるモノマー、光重合開始剤、光架橋剤について説明する。
【0064】
(水溶性モノマー)
分子全体として電気的に中性であるモノマーは、両極性又はノニオン性モノマーであることができる。ここで、両極性とは、中性付近のpH(例えばpH6~8)の水溶液中で電離して陽イオンになる基と陰イオンになる基を有していて、モノマー1分子における電荷の合計が実質的に0になることを意味する。また、「ノニオン性」の定義は、〔1-2.物質固定化剤(B)の一例〕に記載される定義と同義である。中でも、ノニオン性モノマーは、優れた非特異吸着防止効果を有し、また、安価に製造又は入手可能であるという利点を有する。
【0065】
水溶性モノマーの具体例は、〔1-2.物質固定化剤(B)の一例〕のノニオン性水溶性高分子の好ましいモノマーとして列挙されているモノマーである。
【0066】
更に、水溶性モノマーの好ましい例として、〔1-2.物質固定化剤(B)の一例〕の一般式[I]で表される構造を有する、ホスホリル含有両極性モノマーを挙げることができる。
【0067】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤中の水溶性モノマーの濃度は、0.0001~10質量%、好ましくは0.001~1質量%とすることができる。
【0068】
(光重合開始剤)
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤(D)は、水溶性モノマーとともに光重合開始剤を含む。光重合開始剤は、光照射、例えば紫外線照射によるエネルギーによってラジカル(活性種)を発生し、これがモノマーの重合性基に反応し重合を開始させる。光重合開始剤としては、ベンゾフェノン系、ベンゾイン系、アセトフェノン系、チオキサントン系光重合開始剤を使用することができる。光重合開始剤の種類によって紫外線吸収特性、反応開始効率、黄変性等の性質が異なるため、これら性質を考慮して最適な光重合開始剤を選択することが好ましい。また、光重合開始剤の開始反応を促進させるために増感剤と呼ばれる助剤を併用することも可能である。
【0069】
本発明の一実施形態に係る物質固定化剤(D)は、水溶性の光重合開始剤を含むことが好ましく、具体的には、1-[4-(2-ヒドロキシエトキシ)-フェニル]-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オン、(4-ベンゾイルベンジル)塩化トリメチルアンモニウムなどを含むことが好ましい。
【0070】
光重合開始剤の添加量としては、特に制限はないが、好ましくは前記モノマーに対して1~20質量%、更に好ましくは2~10質量%である。
【0071】
(光架橋剤)
例えば、物質固定化剤(C)に含まれるものと同じ光架橋剤を用いることができる。なお、物質固定化剤(D)については、特開2006-316010号にもその一例が記載されており、この記載を適宜参照することができる。
【0072】
〔2.固定化対象の物質〕
本発明の一実施形態に係るに係る物質固定化剤を用いて固定化される物質は、特に限定されないが、ポリペプチド(糖タンパク質及びリポタンパク質を包含する)、酵素、多糖類、核酸、脂質並びに細胞(動物細胞、植物細胞、微生物細胞等)及びその構成要素(核、ミトコンドリア等の細胞内小器官、細胞膜又は単位膜等の膜等を包含する)を例示することができる。また、当該物質として、アレルゲン、自己抗原等の抗原、ウイルス等を例示できる。本発明の一実施形態に係る物質固定化剤に含まれる光反応性基(特に、アジド基及び/又はジアジリニル基)は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共にニトリン及び/又はカルベンが生じる。このニトリン及び/又はカルベンは、アミノ基又はカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物を配向性なく固定化することが可能である。
【0073】
〔3.基体〕
基体としては、少なくともその表面が、上記光反応性基と結合し得る物質から成るものであれば特に限定されず、マイクロプレート等で広く用いられているポリスチレンをはじめ、ポリエチレンテレフタレート、ABS樹脂、ポリカーボネート及びポリプロピレン等の有機物から成るものを例示することができる。ガラス板にシランカップリング剤をコーティングしたもの等も用いることができる。また、基体の形態は何ら限定されるものではなく、マイクロアレイ用基板のような板状のもの、ビーズ状のもの、又は、繊維状のもの等を用いることができる。さらに、板に設けられた穴又は溝(例えば、マイクロプレートのウェル)等も用いることができる。本発明の一実施形態に係る物質固定化剤は、これらのうち、特にマイクロアレイ用に適している。
【0074】
基体において、物質を固定化するための表面は、改質されていてもよい。改質の一例は、UV-オゾン処理、プラズマ処理、グロー放電及びコロナ放電処理等の親水化処理によって基体の表面を適度に親水性にすること等が挙げられる。基体の表面の親水性を水との接触角で表す場合、当該接触角は20°以上で80°未満の範囲内であることが好ましい。当該接触角は、より好ましくは、25°以上で60°未満の範囲内、又は、25°以上で55°以下の範囲内、又は、35°以上で55°以下の範囲内であり、特に好ましくは38°以上で51°以下の範囲内である。なお、水との接触角は、協和界面科学社製のDropMaster500を使用し、基体の表面上に蒸留水を1μL滴下して1000ms後に静的接触角の測定をし、解析方法はθ/2法である(実施例も参照のこと)。基体の表面の水との接触角が上記範囲内にあると、1)基体の表面に対する、物質固定化剤の均一な塗布がより容易になる、及び、2)物質固定化剤の層上に形成される、物質を含むスポットの直径を適切な範囲内に制御することがより容易になる。
【0075】
〔4.物質の固定化方法〕
(1)第一の形態の固定化方法
本発明の一実施形態に係る物質の固定化方法(以下、「物質固定化方法」と略記する場合がある)は、基体に固定化すべき物質と、上記物質固定化剤とを含んだ水溶液又は水懸濁液を基体の表面に塗布し、光照射することを含む。
【0076】
上記の物質固定化剤(A)又は(B)の場合、水溶液又は水懸濁液中の水溶性ポリマーの濃度(wt/vol%)は、特に限定されないが、例えば、0.005%~10%程度であり、好ましくは0.05%~5%程度である。この濃度は、より好ましくは、0.5%~3%程度である。
【0077】
物質固定化剤を含んだ水溶液又は水懸濁液を基体の表面に塗布する方法は特に限定されないが、例えばスピンコート法、スプレイコート法、ディップ法等が挙げられる。
【0078】
次に、塗布した液を好ましくは乾燥した後、光を照射する。光は、用いる光反応性基がラジカルを生じさせることができる光であり、光反応性基としてアジド基及び/又はジアジリニル基を用いる場合には、紫外線が好ましい。照射する光線の線量は、特に限定されないが、通常、1cm2当たり1mW~100mW程度である。
【0079】
上記の物質固定化剤(A)又は(B)の場合、光を照射することにより、ポリマー中の光反応性基がラジカルを生じ、ポリマーが基体及び固定化すべき物質の双方と共有結合する。上記の物質固定化剤(C)の場合、光を照射することにより、光架橋剤の光反応性基がラジカルを生じ、ポリマーが、この光架橋剤を介して基体及び固定化すべき物質の双方と共有結合する。上記の物質固定化剤(D)の場合、光を照射することにより、水溶性モノマーの重合によってポリマーが形成される。さらに、光架橋剤の光反応性基がラジカルを生じ、ポリマーが、この光架橋剤を介して基体及び固定化すべき物質の双方と共有結合する。その結果、固定化すべき物質がポリマーを介して基体に固定化される。
【0080】
物質固定化方法では、光反応性基により生じるラジカルを利用して結合反応を行うので、固定化すべき物質の特定の部位と結合するのではなく、ランダムな部位と結合する。したがって、活性部位が結合に供されて活性を喪失する分子も当然出てくると考えられる。一方、活性部位に影響を与えない部位で結合する分子も当然存在するので、物質固定化方法によれば、従来、適当な置換基が活性部位又はその近傍にあるために、共有結合で固定化することが困難であった物質であっても、全体として活性を喪失させることなく、共有結合により基体に固定化することができる。
【0081】
光が照射されなかった部分では、光反応性基が基体及び物質に結合しないので、洗浄すれば、ポリマーも、モノマー(物質固定化剤(D)の場合)も、物質も除去される。よって、フォトマスク等を介して選択露光を行うことにより、任意のパターンで物質を固定化することができる。したがって、選択露光により、マイクロアレイ等の任意の種々の形状に物質を固定化することができるので、非常に有利である。
【0082】
(2)第二の形態の固定化方法
または、先ず、基体上に本発明の一実施形態に係る物質固定化剤を塗布し(例えば、コーティングし)、その上に固定化すべき物質をマイクロスポッティングし、次いで基体の全面に光照射してもよい。この場合、固定化すべき物質のスポットが、物質固定化剤の層の上に形成され、物質固定化剤を介して基体に共有結合で固定化される物質の割合が高くなる。物質固定化剤を塗布する方法は、上記の「第一の形態の固定化法」と同様にして、物質固定化剤を含んだ水溶液又は水懸濁液を基体の表面に塗布すればよい。水溶液又は水懸濁液に含まれる水溶性ポリマー又は水溶性モノマーの濃度も、上記の「第一の形態の固定化法」と同様の条件であればよい。
あるいは、基体上に本発明の一実施形態に係る物質固定化剤をマイクロスポッティングし、その上に固定化すべき物質をマイクロスポッティングし、次いで基体の全面に光照射してもよい。この場合にも固定化すべき物質のスポットが、物質固定化剤の層(それぞれ分離したスポット)の上に形成され、物質固定化剤を介して基体に共有結合で固定化される物質の割合が高くなる。
【0083】
(3)第三の形態の固定化方法
または、物質固定化方法において、本発明の一実施形態に係る物質固定化剤と、固定化すべき物質との混合物を基体上にマイクロスポッティングし、基体の全面を光照射してもよい。マイクロスポッティングは、液を基体上に非常に狭い領域に塗布する手法であり、DNAチップ等の作製に常用されており、そのための装置も市販されているので、市販の装置を用いて容易に行うことができる。
【0084】
第二の形態の固定化方法又は第三の形態の固定化方法のようにマイクロスポッティングを行う場合、スポッティングする溶液に増粘剤を含ませておくこともできる。増粘剤を用いることで、マイクロスポットの液滴サイズを安定化させ、CV値(スポット間の変動係数)の減少等の効果が期待できる。増粘剤としては、例えば、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリン、及び、カルボキシメチルセルロース等が挙げられ、好ましくは、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、又はポリビニルアルコールである。
【0085】
スポッティングする溶液における増粘剤の濃度は特に限定されず、所望する液滴サイズを実現するために適宜決定すればよい。増粘剤が、エチレングリコールの場合は、好ましくは3重量%~75重量%の範囲内であり、より好ましくは4重量%~60重量%の範囲内であり、さらに好ましくは5重量%~50重量%の範囲内である。
【0086】
物質固定化方法は、抗体若しくはその抗原結合性断片又は抗原を固定化した免疫測定用プレート(アレルゲンチップを含む)の作製、DNA又はRNAを基板上に固定化した核酸チップ、マイクロアレイ等の作製に好適に用いることができるが、これらに限定されるものではなく、例えば、細胞全体又はその構成要素の固定化等にも適用することができる。
【0087】
〔5.物質固定化剤が塗布された基体〕
本発明の一実施形態に係る基体は、物質を固定化する表面に、物質固定化剤の層が形成されている。この物質固定化剤の層に固定化すべき物質を配置し、光照射することによって、当該物質を、物質固定化剤の層を介して基体に固定化することができる。
【0088】
基体において、物質固定化剤の層の厚さは、3nm以上で500nm未満の範囲内であり、好ましくは3nm以上で450nm以下の範囲内であり、より好ましくは3nm以上350nm以下の範囲内であり、さらに好ましくは3nm以上で300nm以下の範囲内である。なお、物質固定化剤の層の厚さとは、物質を固定化する前の層の厚さであっても、物質を固定化した後の層の厚さであってもよい。物質固定化剤の層の厚さが所定の範囲内にあることによって、後述する検査等で使用する場合に、充分なシグナルが得られるようになる。さらに、基体に対する非特異的吸着を抑制することが可能となる。
【0089】
物質固定化剤の層の厚さは、例えば、分光エリプソメータを用いて求めることができる。分光エリプソメータを用いて得られたデータ(Ψ及びΔ)に対して、Cauchyモデルを用いてフィッティングを行い、物質固定化剤の層を形成する前の基体(基板)の膜厚と、物質固定化剤の層を形成した後の基体(基板)の膜厚とを決定し、両者の差分が物質固定化剤の層の厚さとなる。実施例の記載も参照できる。
【0090】
〔6.検査用のキット、検査する方法〕
本発明は、物質が固定化された基体を備えた検査用のキットも提供する。検査用のキットは、必要に応じてさらに、キットの使用説明書等を備えていてもよい。基体に固定化された物質がアレルゲンである場合は、アレルギー検査用又は抗体検査用のキットになり得る。また、基体に固定化された物質が抗体である場合は、サンドイッチ法によるバイオマーカー検査用のキットになり得る。本発明は、物質が固定化された基体、又は、検査用の上記キットを用いて、基体に固定化された物質と試料との相互作用を検査する方法も提供する。試料の一例は、生体由来の試料であり、例えば、血液(血清等の血液の一部成分も含む)、唾液、又は、髄液等の体液由来の試料が挙げられる。
【0091】
基体に固定化された物質と試料との相互作用のシグナルの検出は、例えば、化学発光法又は蛍光法等、シグナルの種類に応じた方法で検出すればよい。
【0092】
〔7.実施形態のまとめ〕
本発明の実施形態は、例えば、以下に示す態様を含む。
1)物質を固定化する表面に、物質固定化剤の層が形成されている基体であって、上記物質固定化剤は、光反応性基を有しており、水溶性ポリマー、又は、重合によって水溶性ポリマーとなる水溶性モノマーを含んでおり、物質固定化剤の上記層の厚さが3nm以上で500nm未満の範囲内である、基体。
2)物質固定化剤は、以下の(A)、(B)、(C)、又は、(D)である、1)に記載の基体。
(A)上記水溶性ポリマーが1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有し、分子として電気的に中性なポリマーから成る、又は、ポリオキシエチレン構造若しくはポリオキシアルキレン構造を含む主鎖を有する、;(B)上記水溶性ポリマーが1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する、水溶性合成高分子又は水溶性天然高分子誘導体である、;(C)1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有する光架橋剤と、分子として電気的に中性な上記水溶性ポリマーとを含んでいる、;(D)分子として電気的に中性であり、重合性基を有する水溶性モノマーと、光重合開始剤と、1分子中に少なくとも2個の上記光反応性基を有する光架橋剤とを含んでいる。
3)物質固定化剤の上記層を介して、上記物質が固定化されている、1)又は2)に記載の基体。
4)上記物質が固定化されている、3)に記載の基体。
5)上記物質が、ポリペプチド、酵素、多糖類、核酸、脂質並びに細胞及びその構成要素から成る群から選ばれる、1)~4)のいずれかに記載の基体。
6)物質固定化剤は、以下の(b)、又は、(d)である、2)~5)のいずれかに記載の基体。(b)前記水溶性ポリマーが、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有するノニオン性水溶性高分子から成り、当該ノニオン性水溶性高分子が、ポリアルキレングリコールかポリビニル系高分子である、又は、(d)水溶性モノマーとしてのポリエチレングリコール(メタ)アクリレートと、光重合開始剤と、光反応性基として1分子中に少なくとも2個のアジド基を有する光架橋剤とを含んでいる。
7)基体における物質を固定化する表面は、水との接触角が20°以上で80°未満の範囲内である、1)~6)の何れかに記載の基体。
8)上記水溶性ポリマー全体に対する上記光反応性基の含有量は、2.5モル%以上50モル%未満である、1)~7)の何れか一項に記載の基体。
9)上記物質がアレルゲンである1)~8)の何れかに記載の基体を備えた、アレルギー検査用又は抗体検査用のキット。
10)上記物質が抗体である1)~8)の何れかに記載の基体を備えた、サンドイッチ法によるバイオマーカー検査用のキット。
11)上記1)~8)の何れかに記載の基体、又は、9)若しくは10)に記載のキットを用いて、基体に固定化された物質と試料との相互作用を検査する方法。
【0093】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0094】
以下の実施例中、特に記載がない限り、%は質量%を表す。
【0095】
〔実施例1〕
(1)材料等
=基板(基体)=
ABS樹脂製の黒色基板(アズワンABS-B-050501)又は石英(Kenis 3-131-601)を使用した。基板の厚みは1mmであり、23mm×26mmになるように切断して、以下の実験に供した。
=コート剤(物質固定化剤)=
以下の三種類を調製した。
・多価架橋型(物質固定化剤(A)に相当)
ポリビニル型Az-PEG-1とも称し、日本国特許4630817号(国際公開第2004/088319号)の実施例1の方法に従い、製造した。すなわちナス型フラスコにN-アジドフェニルアクリル酸アミド、PEG(重合度n=8)モノメタクリレートを酢酸エチルに溶解させアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を入れて窒素で満たし密栓し、60℃、6時間攪拌した。加熱を止めてある程度溶媒を留去させた後ジエチルエーテルに移しソニケーターをかけた。固体を回収し、減圧乾燥を2時間行った。その結果、光反応性ポリ(エチレングリコールモノメタクリレート-N-アジドフェニルアクリル酸アミド)共重合体を得た。Az-PEG-1は、アジドフェニル基含有モノマーを10モル%含む光反応性の水溶性ポリマーである。
・多価架橋型(物質固定化剤(A)に相当)
オキシエチレン型Az-PEG-2とも称し、特開2020-132803号公報の実施例1の方法に従い、製造した。Az-PEG-2はアジドフェニル基含有モノマーを2.5モル%以上50モル%未満含む光反応性の水溶性ポリマーである。
・光反応付加型(物質固定化剤(B)に相当)
光反応性ヒアルロン酸(Hyal-Az)を、Macromol. Re., 21, 216 (2013) DOI 10.1007/s13233-013-1016-7の方法に従い合成した。ヒアルロン酸ナトリウム(100mg)を100mLの水に溶解し、1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide hydrochloride(92mg)と4-azidoaniline hydrochloride(99mg)を加えた。混合物を、pH7.0で暗室で攪拌しながら24時間室温で反応させた。その後、透析により精製を行って、光反応性ヒアルロン酸を得た。当該光反応性ヒアルロン酸はアジドフェニル基含有糖モノマーを10モル%含む。
・架橋剤混合型(物質固定化剤(C)に相当)
混合系Az-1とも称する。ポリマーとしてポリ(エチレングリコール)(平均分子量:9501050、Ardrich)を、光架橋剤として4,4’-ジアジドスチルベン-2,2’-ジスルホン酸(Fluka)を使用した。ポリマー9%と架橋剤1%で水溶液(水:エタノール=50vol%:50vol%)に溶かして、物質固定化剤(C)を調製した。
【0096】
(2)コート剤を用いた基板の被覆方法
23mm×26mmになるように切断したABS基板又は石英にIpsolon(泉工業)でグロー放電処理(100w、90秒)を行った。グロー放電処理後に、スピンコーター(MIKASA MS-B100)で、上述のコート剤の濃度の異なる水溶液(水:エタノール=50vol%:50vol%)を70μL滴下し、回転数を変更してスピンコートした。
【0097】
(3)コート剤の膜厚の測定
エリプソメトリを用いて、以下の通り、コート剤の膜厚測定を行った。
【0098】
[測定装置]
分光エリプソメータ(M-2000UI, J. A. Woollam, Co., Inc., Lincoln, NE, USA)を使用した。
【0099】
[測定条件及び測定手順]
測定波長範囲は250~1700nm、試料への光入射角は50°、60°、70°、データ積算回数100の条件で、コート剤塗布前のABS基板の中心付近で測定を行った。得られたエリプソメトリのデータ(Ψ及びΔ)に対して、Cauchyモデルを用いてフィッティングを行い、コート剤塗布前のABS基板の屈折率及び膜厚を決定した。Cauchyモデルは、透明な誘電体における屈折率の正常分散のみを考慮した現象論的モデルであるが、良好なフィッティング結果が得られたので、この黒色ABS基板の消衰係数kは無視できる程度に小さいと考えられ、解析では、k=0で近似(光吸収を無視)した結果を用いた。Cauchyモデルにおける屈折率は、n(λ)=A+B/λ2+C/λ4の形で記述され(λは試料に入射する光の波長)、係数A、B、Cをフィッティングにより決定した。
【0100】
コート剤塗布前のABS基板を評価後、コート剤の薄膜を形成し、真空乾燥したABS基板の測定と解析とを行った。解析モデルとしては、ABS基板の上にコート剤の層が1層乗っている構造を仮定した。ABS基板自体の屈折率としては、上記のコート剤塗布前のABS基板で得た結果を用い、コート剤層の膜厚を、屈折率(Cauchyモデルの係数)をフィッティングすることによって決定した。
【0101】
一般に膜厚が薄い(10nm程度以下の)場合は膜厚と屈折率を独立して精度よく求めることが難しくなるため、膜厚が厚い膜で屈折率を求めておいてから膜厚が薄い膜では膜厚のみフィッティングすることが多い。本実施例では物質固定化剤の乾燥条件により、溶媒の残留量が変化することに伴って屈折率が変化する可能性があるため、屈折率もフィッティングして解析を行った。
【0102】
石英については、屈折率の再現性が極めて高く、本測定で用いた石英基板単体の測定結果とエリプソメータの解析ソフトウェアに付属する値と十分一致することが確認できた。
そして、コート剤の濃度とスピンコートの回転数を一定にすることで、石英基板上でもABS樹脂上でも同程度の膜厚になることを確認した。製膜条件と膜厚の関係を求め基準とした。
さらに、これらエリプソメータで得た膜厚は、反射型共焦点レーザ顕微鏡(オリンパスOLS4100)を用いた測定でも同程度であることを確認した。
【0103】
(4)発光強度の測定法
タンパク質[Biotin化BSA:ビオチン標識試薬Biotin Sulfo-OSu、DOJINDO製品コードB319を用いてBSAにBiotin標識を行ったもの(日本ケミファ社製)、またはウサギIgG(Sigma社)]の濃度100μg/mLのスポット溶液を準備し、上述のコート剤の水溶液をスピンコートしたABS基板に、ピンアレイヤー(BioRobotics MicroGridII compact)でマイクロスポットした。
【0104】
アレイした基板を真空乾燥機で10分乾燥させた後、UV照射装置(UV-クロスリンカー:UVP CL1000S、254nmUV)で10分照射し、マイクロスポットの光固定化を行った。
【0105】
次いで、200μLのPBSで10秒ずつ合計3回、基板をプレ洗浄した。次に、3000倍希釈したStreptavidin Alkaline Phosphatase、または標識抗体(Promega社)を120μL、光固定化したタンパク質に8分反応させた。反応後、200μLのPBSで10秒ずつ合計6回、基板を洗浄した。次いで、基板に対して基質(DynaLight ThermoFisher社)を120μL(原液)をアプライした。アプライしてから30秒後の発光量をCCDカメラで測定し、ダイナコム社製のSpotSolverで非固定化領域をバックグランドとして、固定化領域をシグナルとしてピクセル数をカウントすることにより発光強度を測定した。バックグラウンドの測定結果を表1~4、シグナルの測定結果を表5~8に示す。
【0106】
【0107】
【0108】
【0109】
【0110】
【0111】
【0112】
【0113】
【0114】
十分なS/N比の高いシグナル強度を得るためには、ノイズ(バックグランド)を、できるだけ低くする必要がある。そのために必要となる最低膜厚を求めた。表1~4から、3nm以上で非被覆状態に比べて15%以下の十分な非特異的な吸着を抑制できることが分かった。
【0115】
十分なS/N比の高いシグナル強度を得るためには、固定化されるタンパク質をできるだけ多くする必要がある。しかし、膜厚を高くするほど固定化量は増えるが、最表面で分析物と相互作用するための生体高分子(タンパク質)の表面濃度は限定され、タンパク質相互作用は抑制される。加えるタンパク質濃度によって最適膜厚は決まってくるが、表5~8より、通常のタンパク質濃度では、膜厚が500nmであると発光強度が急激に低下することが分かった。したがって、十分なS/N比の高いシグナル強度を得るために、物質固定化剤の層は、基質の材質に限らず、3nm以上500nm未満である必要があることが分かった。特に、物質固定化剤の層は3nm~350nmの範囲内であることが特に好ましいことが分かった。
【0116】
〔実施例2〕
実施例1と同様の方法で、タンパク質と標識抗体との相互作用の検出を行った。但し、グロー放電処理に換えて、プラズマ処理装置(Samco プラズマクリーナーPC-300)を用いたプラズマ処理を行った。さまざまなプラズマ処理で、コート剤塗布前のABS基板の表面について、水との接触角を測定した。また、コート剤としては、オキシエチレン型Az-PEG-2とポリビニル型Az-PEG-1(物質固定化剤(A))を用い、その濃度は1.0wt/vol%であった。成膜は、10nmの膜厚となる条件で行った。
【0117】
水との接触角(静的接触角)の測定は、次のように行った。測定装置は、協和界面科学のDropMaster500を使用した。解析方法はθ/2法で、ABS基板の表面に蒸留水を1μL滴下し、滴下してから測定までの時間は1000msとした。測定結果を表9および表10に示す。
【0118】
表9中、「アジドフェニル基の含有率」は物質固定化剤中のアジドフェニル基の含有率(モル%)を示す。「物質固定化剤の種類」の「1」はAz-PEG-1を示し、「2」はAz-PEG-2を示す。
【0119】
【0120】
【0121】
表9中、「〇」は、揮発性極性溶媒(水とエタノールとの混合溶液)に溶解したことを示し、「×」は、揮発性極性溶媒に溶解しなかったことを示す。アジドフェニル基の含有率が50モル%以上となると、揮発性極性溶媒に溶解せず、基板を被覆することができなかった。
【0122】
表10より、コート剤塗布前の基板の表面の接触角も、発光強度にも影響を及ぼすことが分かった。コート剤塗布前の基板の表面の接触角は、20°以上で80°未満の範囲内であることが好ましく、当該接触角は38°以上で51°以下の範囲内であることが特に好ましい。
【0123】
〔実施例4〕
実施例1と同様の方法で、タンパク質と標識抗体との相互作用の検出を行った。グロー放電処理に換えて、プラズマ処理(プラズマ処理装置Samco プラズマクリーナーPC-300を用いて10W、10秒処理)を行った。コート剤としては、ポリビニル型Az-PEG-1(物質固定化剤(A))を用い、その濃度は1.0wt/vol%であった。但し、ピンアレイヤーでマイクロスポットをするスポット溶液中に、増粘剤としてエチレングリコ―ルを添加した。その結果、表11に示すように、液滴のサイズ(マイクロスポットのサイズ)を安定化することができ、スポット同士が接近し測定困難になるようなことがなく、CV値を減少させることができた。
【0124】
【産業上の利用可能性】
【0125】
本発明は、例えば、臨床検体の分析及び測定することができ、ライフサイエンス研究及び医療用途等に利用することができる。