(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】時刻同期計測システム
(51)【国際特許分類】
H04L 7/00 20060101AFI20230705BHJP
G04G 7/00 20060101ALI20230705BHJP
【FI】
H04L7/00 990
G04G7/00
(21)【出願番号】P 2019086350
(22)【出願日】2019-04-26
【審査請求日】2022-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000115636
【氏名又は名称】リオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110881
【氏名又は名称】首藤 宏平
(72)【発明者】
【氏名】黒沢 雄
(72)【発明者】
【氏名】中島 康貴
(72)【発明者】
【氏名】植田 敏弘
【審査官】吉江 一明
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-228245(JP,A)
【文献】特開2007-124285(JP,A)
【文献】特開平03-098345(JP,A)
【文献】特開2006-320732(JP,A)
【文献】特開2010-273530(JP,A)
【文献】特開平06-224753(JP,A)
【文献】国際公開第2012/070305(WO,A1)
【文献】特開2015-076805(JP,A)
【文献】特開2014-117328(JP,A)
【文献】特開2017-106808(JP,A)
【文献】特開昭62-047235(JP,A)
【文献】特開2007-322217(JP,A)
【文献】米国特許第07382780(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04L 7/00
G04G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1つのマスター機と少なくとも1つのスレーブ機とが通信ネットワークを介して相互接続された時刻同期計測システムにおいて、
前記マスター機は、
基準クロックに基づく基準時刻を生成する基準時刻生成部と、
前記基準時刻を含む情報を前記スレーブ機に送信する第1の通信部と、
を備え、
前記スレーブ機は、
前記マスター機から前記基準時刻を含む情報を受信する第2の通信部と、
内部クロックに基づき生成された内部時刻と前記基準時刻との間の誤差に基づき前記内部クロックの周波数を制御することで、前記スレーブ機を前記マスター機に時刻同期させる時刻同期部と、
所定の物理量を計測してアナログ信号を抽出するセンサ部と、
前記アナログ信号をサンプリングしてディジタル信号に変換するAD変換部と、
前記内部クロックに基づき、前記AD変換部で用いるサンプリングクロックを生成するサンプリングクロック生成部と、
前記サンプリングクロック生成部の動作を初期化するリセット信号を生成するリセット信号生成部と、
前記通信ネットワークに接続された制御装置と、
を備え、
前記制御装置は、前記時刻同期部により前記スレーブ機が前記マスター機と時刻同期状態にある場合、前記スレーブ機と前記マスター機とにサンプリング開始時刻を設定し、
前記リセット信号生成部は、前記サンプリング開始時刻が到来したタイミングで前記サンプリングクロック生成部に前記リセット信号を供給することを特徴とする時刻同期計測システム。
【請求項2】
前記マスター機は、更に、
前記センサ部と、
前記AD変換部と、
前記基準クロックに基づき、前記マスター機の前記AD変換部で用いるサンプリングクロックを生成するマスター機側サンプリングクロック生成部と、
前記マスター機側サンプリングクロック生成部の動作を初期化するリセット信号を生成するマスター機側リセット信号生成部と、
を備え、
前記マスター機の前記リセット信号は、前記マスター機と前記スレーブ機が前記時刻同期状態にある場合、前記サンプリング開始時刻が到来したタイミングで前記マスター機側サンプリングクロック生成部に供給されることを特徴とする請求項1に記載の時刻同期計測システム。
【請求項3】
複数の前記スレーブ機を備え、
前記
制御装置は、前記マスター機と前記複数の前記スレーブ機の全てが時刻同期状態にあるとき、前記サンプリング開始時刻を前記マスター機及び前記複数の前記スレーブ機の全てに設定す
ることを特徴とする請求項1又は2に記載に時刻同期計測システム。
【請求項4】
前記AD変換部は、前記サンプリングクロックをマスタークロックに用いるデルタシグマ型AD変換器であり、
前記時刻同期は、
前記内部時刻と前記基準時刻との前記誤差に基づく制御電圧により前記内部クロックの周波数を増減させて出力する電圧制御発振器と、
前記制御電圧の最大値を制限するリミッタを有し、
前記サンプリング開始時刻から所定の時間範囲において、前記スレーブ機が時刻同期状態から外れた状態になっても、前記サンプリングクロックの周波数は所定範囲内に維持され、前記デルタシグマ型AD変換器はサンプリングを継続することを特徴とする請求項3に記載の時刻同期計測システム。
【請求項5】
前記スレーブ機は、前記ディジタル信号をダウンサンプリングするダウンサンプリング部を更に備え、
前記スレーブ機の前記リセット信号は、前記サンプリング開始時刻が到来したタイミングで、前記サンプリングクロック生成部に加えて、前記ダウンサンプリング部に供給されることを特徴とする請求項4に記載の時刻同期計測システム。
【請求項6】
前記サンプリング開始時刻から所定の時間範囲内で、前記ダウンサンプリング部から出力されるディジタル信号からなる波形データを保持する波形記憶部を更に備えることを特徴とする請求項5に記載の時刻同期計測システム。
【請求項7】
前記通信ネットワークは無線ネットワークであり、
前記第1の通信部及び前記第2の通信部のそれぞれは、前記無線ネットワークを介してデータを送受信する無線部であり、
前記無線ネットワークは、所定の規格に準拠した無線LANであり、前記マスター機及び前記スレーブ機との間で、前記無線LANのアクセスポイントを介して送受信が行われることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の時刻同期計測システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通信ネットワークを介して相互接続された1つのマスター機と複数のスレーブ機とにより計測対象の多点を同一タイミングで計測する時刻同期計測システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、通信ネットワークを介して多数のノードが接続され、各ノード間で時刻同期を保ちつつ所定の処理を実行する時刻同期システムが知られている。時刻同期システムにおける時刻同期の方法として、有線で行うもの、無線で行うもの、有線と無線を組み合わせたものがある。例えば、GPSの無線信号を用いた時刻同期システムが提案されている(特許文献1参照)。また例えば、無線LANを介してマスター機とスレーブ機との間で、タイムスタンプを用いた正確な時刻同期を行う時刻同期システムが提案されている(特許文献2参照)。なお、時刻同期システムに関連して、IEEE1588にも規定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-191919号公報
【文献】特許第5243786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、上記従来の時刻同期の方法を適用し、基準時刻を生成するマスター機と基準時刻に同期する時刻を用いる複数のスレーブ機とからなる時刻同期計測システムを構築する場合、音や振動などが高速に伝搬する状況を測定するには、複数の計測箇所のそれぞれにセンサを設置する形態が想定される。この場合、それぞれのセンサに接続されるAD変換器を設け、それぞれのAD変換器を高精度にタイミングを合わせてサンプリングを開始する必要がある。しかし、従来の時刻同期の方法によれば、マスター機と複数のスレーブ機との間で時刻同期を保ったとしても、AD変換器のサンプリング開始を高精度に同期させることは困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明は、1つのマスター機(10)と少なくとも1つのスレーブ機(11)とが通信ネットワーク(NW)を介して相互接続された時刻同期計測システムにおいて、前記マスター機は、基準クロック(C0)に基づく基準時刻(T0)を生成する基準時刻生成部(20、21)と、前記基準時刻を含む情報を前記スレーブ機に送信する第1の通信部と(30)とを備え、前記スレーブ機は、前記マスター機から前記基準時刻を含む情報を受信する第2の通信部(52)と、内部クロック(C1)に基づき生成された内部時刻(T1)と前記基準時刻との間の誤差(E)に基づき前記内部クロックの周波数を制御することで、前記スレーブ機を前記マスター機に時刻同期させる時刻同期部(40、41、42)と、所定の物理量を計測してアナログ信号を抽出するセンサ部(51)と、前記アナログ信号をサンプリングしてディジタル信号に変換するAD変換部(47)と、前記内部クロックに基づき、前記AD変換部で用いるサンプリングクロック(SC1)を生成するサンプリングクロック生成部(46)と、前記サンプリングクロック生成部の動作を初期化するリセット信号(R1)を生成するリセット信号生成部(46)と、前記通信ネットワークに接続された制御装置(13)と、を備え、前記制御装置は、前記時刻同期部により前記スレーブ機が前記マスター機と時刻同期状態にある場合、前記スレーブ機と前記マスター機とにサンプリング開始時刻を設定し、前記リセット信号生成部は、前記サンプリング開始時刻が到来したタイミングで前記サンプリングクロック生成部に前記リセット信号を供給することを特徴としている。
【0006】
本発明によれば、マスター機とスレーブ機が時刻同期状態のとき、予め定めたサンプリング開始時刻が到来するとリセット信号のタイミングでAD変換部のサンプリングが開始される。このとき、全てのスレーブ機のサンプリング動作は基準時刻で規定されるためナノ秒オーダーで同一のタイミングとなる。従って、高速に伝搬する音や振動などを計測する場合、高い精度で時刻同期しつつ多点に設置したセンサを用いて高精度に計測を行うことが可能となる。
【0007】
本発明のマスター機は、スレーブ機と同様、センサ部と、AD変換部と、基準クロックに基づきマスター機のAD変換部で用いるサンプリングクロックを生成するマスター機側サンプリングクロック生成部と、マスター機側サンプリングクロック生成部の動作を初期化するリセット信号を生成するマスター機側リセット信号生成部とを設けて構成することができる。この場合、マスター機のリセット信号は、スレーブ機と同様、マスター機とスレーブ機が時刻同期状態にある場合、サンプリング開始時刻が到来したタイミングでマスター機側サンプリングクロック生成部に供給することができる。これにより、例えば、1つのマスター機とN個のスレーブ機とを用いて、多数のセンサ部を多点に設置して計測を行うことができる。マスター機が測定機能を持つ場合はNは1以上、持たない場合はNは2以上である。Nの最大値はネットワーク環境に依存する。
【0008】
本発明において、前記制御装置は、マスター機と複数のスレーブ機の全てが時刻同期状態にあるとき、サンプリング開始時刻をマスター機及び複数のスレーブ機の全てに設定することができる。このような制御装置としては、例えば、時刻制御に関わるプログラムを実行可能なパーソナルコンピュータを用いることができる。
【0009】
スレーブ機の時刻同期部は、内部時刻と基準時刻との誤差を算出して誤差信号として出力する誤差検出部と、制御電圧に応じて発振周波数が制御され内部クロックを出力する電圧制御発振器と、誤差信号に基づき制御電圧を制御するPI制御部と含めて構成することができる。この場合、制御電圧の制御に際し、PI制御部が介在しない直接制御モードと、PI制御部によるPI制御モードの順に切り替えてもよい。また、PI制御モードにおいては、誤差信号の大きさに応じて、時刻同期の状態が異なる複数段階のパラメータ群を選択的に設定可能としてもよい。以上のように、スレーブ機の時刻同期部では、同期状態や環境条件等に応じて、きめ細かく制御手法やパラメータを調整することができる。
【0010】
本発明のAD変換部としては、デルタシグマ変調技術を利用したデルタシグマ型AD変換器を用いることができる。これにより、十分に小さいジッタが要求されるデルタシグマ型AD変換器のMCLK(マスタークロック)に、本発明のサンプリングクロックを供給し、安定化を図ることができる。この場合、複数のスレーブ機のそれぞれは、AD変換部から出力されたディジタル信号をダウンサンプリングするダウンサンプリング部を更に設け、スレーブ機のリセット信号を、サンプリング開始時刻が到来したタイミングで、サンプリングクロック生成部に加えて、ダウンサンプリング部に供給してもよい。また、サンプリング開始時刻から所定の時間範囲内で、ダウンサンプリング部から出力されるディジタル信号からなる波形データを保持する波形記憶部を更に設けてもよい。
【0011】
本発明において、通信ネットワークを無線ネットワークとし、第1の通信部及び第2の通信部のそれぞれを、無線ネットワークを介してデータを送受信する無線部とすることができる。この場合において、無線ネットワークは、所定の規格に準拠した無線LANとし、マスター機及び複数のスレーブ機との間で、無線LANのアクセスポイントを介して送受信を行う構成を採用してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、マスター機と複数のスレーブ機との間の高精度の時刻同期を実現しつつ、それぞれのセンサ部で用いるAD変換部のサンプリングの開始タイミングを高精度に一致させることができ、多数の計測箇所で音や振動などを同時に計測する用途に適した時刻同期計測システムを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態の時刻同期計測システムの概略の構成を示すブロック図である。
【
図4】PI制御部41の具体的な構成例を示す図である。
【
図5】本実施形態の時刻同期計測システムにおいて、マスター機10及びスレーブ機11の時刻同期に関連する動作の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、以下に述べる実施形態は本発明の技術思想を適用した形態の一例であって、本発明が本実施形態の内容により限定されることはない。本実施形態では、計測対象物における音や振動等の物理量を計測するための時刻同期計測システムに対して、本発明を適用する場合を説明する。
【0015】
図1は、本実施形態の時刻同期計測システム(以下、単に「計測システム」という)の概略の構成を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施形態の計測システムは、通信ネットワークNWを介して相互接続され、1つのマスター機10と、N個のスレーブ機11(1)~11(N)と、1つのアクセスポイント12と、1つの制御装置13とを含んで構成される。なお、以下では、N個のスレーブ機11(1)~11(N)のそれぞれを区別せず、単にスレーブ機11と表記する。
【0016】
図1において、通信ネットワークNWは、例えば、所定の規格に準拠した無線LANであり、この場合においてアクセスポイント12は、無線LANアクセスポイントとして機能し、それぞれのマスター機10、スレーブ機11、制御装置13の間のデータ送受信を中継する役割がある。また、制御装置13は、例えば、一般的なパーソナルコンピュータであり、後述の時刻制御を行う際に実行すべきプログラムを記憶保存している。1つのマスター機10及びN個のスレーブ機11のそれぞれは、計測対象物の各部に設置され、時刻同期した共通のタイミングで音や振動等の物理量を計測する役割がある。高精度に時刻同期した状態で計測することで、物理量の伝搬の様子を高精度に計測することができるため、より精細な構造解析や異常診断をすることができる。
【0017】
ここで、
図2及び
図3を参照して、
図1の計測システムのうち主にマスター機10及びスレーブ機11の構成及び動作について具体的に説明する。なお、
図3では、1つのスレーブ機11のみを示しているが、それ以外のN-1個のスレーブ機11についても構成は共通であるため省略する。
【0018】
図2に示すように、マスター機10は、水晶発振器20と、時計部21と、タイムスタンパ22と、サンプリングクロック生成部23と、リセット信号生成部24と、AD変換部25と、AAF(Anti-Aliasing Filter)部26と、ダウンサンプリング部27と、波形記憶部28と、センサ部29と、無線部30とを備えて構成される。なお、
図2には示されないが、マスター機10は、動作を制御するための制御部を備えている。
【0019】
マスター機10において、水晶発振器20は、水晶振動子を用いた発振回路であり、タイミング基準となる所定の発振周波数を有する基準クロックC0を生成する。時計部21は、マスター機10の計時手段として機能し、水晶発振器20から出力される基準クロックC0をカウントし、そのカウント値を基準時刻T0として出力する。基準時刻T0は、絶対時刻ではなく、例えば、マスター機10の電源投入後に0から開始し、1、2、3のように1つずつ増加させることができる。
図2において、水晶発振器20及び時計部21は、マスター機10における基準時刻生成部として機能する。
【0020】
本実施形態では、基準時刻T0が全てのスレーブ機11の時刻同期の基準となるが、詳しくは後述する。時計部21による基準時刻T0は、例えば1ナノ秒刻みであり、その精度は水晶発振器20の発振周波数に依存する。水晶発振器20の1クロック毎に、基準時刻T0は所定のナノ秒分カウントアップされる。
【0021】
タイムスタンパ22は、アクセスポイント12から無線部30を介して受信されるビーコンを認識し、その時点で時計部21から入力される基準時刻T0を含むタイムスタンプTS0を生成する。アクセスポイント12により定期的に送信されるビーコンには、識別子としてのTSF(Timing Synchronization Function)値が付加されており、同一のTSF値を有するビーコンはマスター機10及びスレーブ機11の両方で受信される。タイムスタンパ22では、受信したTSF値付きのビーコンと、その時点の基準時刻T0とがペアにされ、リスト化される。また、タイムスタンパ22により生成されたタイムスタンプTS0は、無線部30からアクセスポイント12を経由してスレーブ機11に送信されるが、その際の動作については後述する。
【0022】
サンプリングクロック生成部23は、水晶発振器20から出力される基準クロックC0を分周し、AD変換部25の動作に用いるサンプリングクロックSC0を生成する。例えば、基準クロックC0の周波数が前述の50MHzであって、サンプリングクロック生成部23が基準クロックC0を8分周する場合、サンプリングクロックSC0の周波数は6.25MHzとなる。なお、実際のサンプリングクロックSC0の周波数は後述のAD変換部25の仕様に応じて適切に決定される。
【0023】
リセット信号生成部24は、制御装置13により設定される後述のサンプリング開始時刻が到来すると、サンプリングクロック生成部23及びダウンサンプリング部27のそれぞれの動作を初期化するためのリセット信号R0を生成する。すなわち、リセット信号生成部24は、時計部21から出力される基準時刻T0が、設定済みのサンプリング開始時刻に一致したタイミングで、リセット信号R0を出力する。初期化によって、リセット信号R0に一致するサンプリング開始時刻を起点として、他のスレーブ機11とナノ秒オーダーで位相を合わせて同じタイミングで、サンプリングクロック生成部23及びダウンサンプリング部27のそれぞれの動作が開始される。また、サンプリング開始時刻は、サンプリングクロック生成部23用の第1サンプリング開始時刻とダウンサンプリング部27用の第2サンプリング開始時刻として別々に設定してもよい。その場合、第1サンプリング開始時刻と第2サンプリング開始時刻は、同じでもよいし、第1サンプリング開始時刻の所定時間後に第2サンプリング開始時刻を設定してもよい。
【0024】
AD変換部25は、サンプリングクロック生成部23により生成されるサンプリングクロックSC0を用いて、センサ部29から出力されるアナログ信号をディジタル信号に変換する。AD変換部25としては、いわゆるデルタシグマ変調技術を利用してアナログ信号をディジタル信号に変換するデルタシグマ型AD変換器を用いることができる。前述のサンプリングクロックSC0がMCLK(マスタークロック)として供給される場合には、高度な安定性を有してジッタが極めて小さいMCLKを用いることが要求される。
【0025】
AAF部26は、AD変換部25から出力されるディジタル信号に対し、サンプリング時に発生するエイリアシング(折り返し雑音)を除去するフィルタである。また、ダウンサンプリング部27は、AAF部26から出力されるディジタル信号に対し、サンプリングクロックSC0よりも低い周波数を用いてサンプリングすることで、ディジタル信号の間引きを行う。よって、ダウンサンプリング部27からは、サンプリングクロックSC0よりも低い周波数のデータレートでディジタル信号が出力される。なお、前述したようにダウンサンプリング部27の動作は、前述のリセット信号R0に応じて開始される。従って、ナノ秒オーダーで開始タイミングを同期させることができる。
【0026】
波形記憶部28は、サンプリング開始時刻から所定の時間範囲内で、ダウンサンプリング部27から出力されるディジタル信号からなる波形データを保持する記憶手段である。波形記憶部28に保持される波形データは、前述の時間範囲内におけるセンサ部29のアナログ信号の波形パターンに対応している。なお、波形記憶部28としては、マスター機10の内部記憶装置を用いてもよいが、マスター機10に直接又は無線ネットワークを介して接続可能な外部記憶装置を用いてもよい。
【0027】
センサ部29は、計測対象物に取り付けられ、所定の物理量を検知するセンサである。本実施形態の計測システムでは、測定対象物の常時監視ではなく、測定対象物の多数の計測箇所から伝達速度の速い物理量を同一タイミングで計測することを目的としている。よって、センサ部29としては、例えば、建造物の各部の振動や所定空間の各位置の音などを計測するための加速度センサやマイクロホンなどを挙げることができる。
【0028】
無線部30(本発明の第1の通信部)は、ネットワークNW内で無線によるデータの送受信を行うモジュールである。既に説明したように、無線部30は、アクセスポイント12を介して、全てのスレーブ機11にタイムスタンプTS0を送信するとともに、制御装置13から制御信号(サンプリング開始時刻を含む)を受信する。
【0029】
次に
図3に示すように、スレーブ機11は、誤差検出部40と、PI制御部41と、本発明の電圧制御発振器であるVC-TCXO(Voltage-Controlled Temperature Compensated Crystal Oscillator)42と、時計部43と、タイムスタンパ44と、サンプリングクロック生成部45と、リセット信号生成部46と、AD変換部47と、AAF部48と、ダウンサンプリング部49と、波形記憶部50と、センサ部51と、無線部52とを備えて構成される。なお、
図3には示されないが、マスター機10と同様、スレーブ機11は、動作を制御するための制御部を備えている。
【0030】
スレーブ機11において、誤差検出部40は、マスター機10のタイムスタンパ22で生成された前述のタイムスタンプTS0を、アクセスポイント12及び無線部52を介して入力するとともに、スレーブ機11のタイムスタンパ44で生成された後述のタイムスタンプTS1を入力し、基準時刻T0と後述の内部時刻T1との間の誤差を示す誤差信号Eを検出する。具体的には、誤差検出部40において、タイムスタンプTS0とタイムスタンプTS1の同一TSF値におけるマスター機10の基準時刻T0からスレーブ機11の内部時刻T1を減じることで、誤差信号E(=T0-T1)を算出する。
【0031】
PI制御部41は、誤差検出部40から出力される誤差信号Eに基づいて、後述のVC-TCXO42に供給される制御電圧Vcを制御する。本実施形態では、時刻の調整に際し、スレーブ機11の同期状態に応じて、PI制御部41が介在しない直接制御モードと、PI制御部41によるPI制御モードの切り替えが可能である。このうち、直接制御モードは、動作初期の誤差信号Eが大きいとき(例えば、1秒相当)、内部時刻T0に強制的に時間差分を加減算する手法である。一方、誤差信号Eが比較的小さいときは、PI制御部41の動作によるPI制御モードに移行する。
【0032】
ここで、
図4には、PI制御部41の具体的な構成例を示している。
図4に示すPI制御部41は、誤差信号EにPゲインを乗じる乗算器60と、誤算信号Eを積分する積分器61と、積分器61の出力にIゲインを乗じる乗算器62と、2つの乗算器60、62の出力を加算する加算器63と、加算器63の出力レベルを制限するリミッタ64を含んで構成される。リミッタ64の出力は、そのまま制御電圧VcとしてVC-TCXO42に供給される。
【0033】
図4のPI制御部41により、スレーブ機11の全体の構成のうち、VC-TCXO42の発振周波数を制御対象とするフィードバック制御が実現できる。また、最終段にリミッタ64を設け、加算器63の出力レベルの上限と下限を制限することで、同期状態から外れた場合であっても制御電圧Vcを適切な範囲内に制限でき、VC-TCXO42から出力される内部クロックC1を適切な周波数範囲に安定化させることができる。従って、AD変換部25に供給されるサンプリングクロックSC0は、同期状態から外れた場合であっても適切な範囲内に制限されるため、AD変換部25にデルタシグマ型AD変換器を用いても稼動し続けることができる。
図4におけるPゲイン及びIゲインについては、スレーブ機11の時刻同期の状態に応じて変更することができる。なお、
図4は例示であって、PI制御部41は、同様のフィードバック制御を実現可能な多様な制御回路で置き換えることができる。
【0034】
図3に戻って、VC-TCXO42は、PI制御部41から供給される制御電圧Vcに応じた発振周波数に制御可能な温度補償型の水晶発振器であり、内部クロックC1を生成する。内部クロックC1の周波数により、時計部43の時刻の進み具合を速くしたり遅くしたりする。この内部クロックC1は、誤差信号Eが許容範囲内となるような状態においては、マスター機10の基準クロックC0との位相のズレが許容範囲内になる。
【0035】
時計部43及びタイムスタンパ44のそれぞれの機能は、マスター機10の時計部21及びタイムスタンパ22と概ね共通であるため、具体的な説明は省略する。なお、
図3に示すように、時計部43は、内部クロックC1に基づく内部時刻T1を出力し、タイムスタンパ44は、内部時刻T1を含むタイムスタンプTS1を出力する。内部時刻T1は、基準時刻T0と同様、例えば、スレーブ機11の電源投入後に0から開始し、1、2、3のように1つずつ増加させることができる。この場合、マスター機10とスレーブ機11の間で時刻同期がなされると、内部時刻T1が基準時刻T0に一致する状態となる。なお、タイムスタンパ44には、マスター機10のタイムスタンパ22と同様、アクセスポイント12及び無線部52を介して前述のビーコンが受信される。
図3において、誤差検出部40と、PI制御部41と、VC-TCXO42と、時計部43は、スレーブ機11における時刻同期部として機能する。
【0036】
また、サンプリングクロック生成部45、リセット信号生成部46、AD変換部47、AAF部48、ダウンサンプリング部49、波形記憶部50、センサ部51、無線部52(本発明の第2の通信部)についても、それぞれマスター機10のサンプリングクロック生成部23、リセット信号生成部24、AD変換部25、AAF部26、ダウンサンプリング部27、波形記憶部28、センサ部29、無線部30と共通の機能を有するため、説明を省略する。なお、
図3に示すように、サンプリングクロック生成部45は、内部クロックC1に基づくサンプリングクロックSC1を出力し、リセット信号生成部46は、リセット信号R1を出力する。サンプリングクロックSC1及びリセット信号R1は、マスター機10とスレーブ機11が時刻同期された状態であれば、マスター機10のサンプリングクロックSC0及びリセット信号R0と同様に変化する。
【0037】
なお、本実施形態においては、マスター機10がセンサ部29とその関連の構成要素を具備するが、センサ部29等を具備しないマスター機10を用いてもよい。具体的には、マスター機10に、水晶発振器20、時計部21、タイムスタンパ22、無線部30のみを設け、他の構成要素を設けない構成を採用してもよい。この場合、マスター機10は、センサ部29を用いた計測手段としては機能せず、基準時刻生成機能のみを有する。また、マスター機10が制御装置13と一体的に組み込まれた構成を採用してもよい。
【0038】
また、
図2及び
図3において、AAF部26、48及びダウンサンプリング部27、49を設けない構成を採用してもよい。例えば、AD変換部25、47が十分に低周波数領域をカバーしていれば、ディジタル信号に対するダウンサンプリングは省くことができる。また、
図1の通信ネットワークNWは、無線LANには限らず、異なる無線方式であってもよく、この場合にタイムスタンパ22、44を設けない構成としてもよい。また、通信ネットワークNWとしては、有線ネットワーク、あるいは有線と無線を組み合せたネットワークを採用してもよい。この場合、無線部30、52は、ネットワークNWの通信方式に適合した無線部あるいは通信部に置き換えればよい。
【0039】
以下、
図5を参照しつつ、本実施形態の計測システムにおいて、
図2のマスター機10及び
図3のスレーブ機11の時刻同期の動作を説明する。
図5は、主にマスター機10及びスレーブ機器11の時刻同期に関連する流れを示すフローチャートである。以下の説明において、スレーブ機11の動作はN個のスレーブ機11の全てに共通である。まず、
図5に示すように、マスター機10及びスレーブ機11を電源投入などにより、それぞれ起動する(ステップS10、S20)。続いて、マスター機10の無線部30とスレーブ機11の無線部52が動作し、マスター機10及びスレーブ機11を含むネットワークNW内での無線LAN接続が確立する(ステップS11、S21)。
【0040】
次いで、マスター機10からスレーブ機11へのタイムスタンプTS0の送信が開始され(ステップS12)、同時にスレーブ機11の誤差検出部40による誤差信号Eの検出が開始される(ステップS22)。スレーブ機11において、ステップS22の直後には、マスター機10と非同期状態にあって誤差信号Eが大きい値であるため、前述の直接制御モードによりVC-TCXO42の制御電圧Vcが制御される。直接制御モードにより、スレーブ機11では低い精度の時刻同期状態となるが、誤差信号Eが許容範囲になると、前述の直接制御モードから、PI制御部41によるPI制御モードに切り替える(ステップS22a)。なお、ステップS22aの切り替えに際しては、誤差信号Eの値に加えて、無線通信の状態やPI制御部41の出力状態などが考慮される。
【0041】
次いで、ステップS12、S22から一定の時間の経過後に、誤差信号Eが十分に小さい値になり、マスター機10とスレーブ機11とが高精度の時刻同期状態に移行する(ステップS13、S23)。この時点では、マスター機10の基準クロックC0とスレーブ機11の内部クロックC1の位相が同期しつつ、マスター機10の基準時刻T0とスレーブ機11の内部時刻T1が互いにナノ秒オーダーで一致した状態にある。なお、N個のスレーブ機11がそれぞれ高精度の時刻同期状態に移行し、所定時間だけ高精度の時刻同期状態が維持された場合、時刻同期が安定した状態であると判断し、通知信号を制御装置13に送信する。
【0042】
次いで、制御装置13は、全てのスレーブ機11からこの通知信号を受信したら、マスター機10及びスレーブ機11に対して前述のサンプリング開始時刻を設定する(ステップS30)。計測現場の状況により、全てのスレーブ機11が時刻同期状態となることが困難であるときは、一部のスレーブ機11からの通知信号の受信により、サンプリング開始時刻を設定してもよい。このとき、マスター機10とスレーブ機11との間では、高精度の時刻同期状態が維持されている。その後、マスター機10及びスレーブ機11において、サンプリング開始時時刻が到来するまで待ち続ける(ステップS14、S24)
【0043】
その後、マスター機10及びスレーブ機11において、サンプリング開始時刻が到来すると(ステップS14:YES、S24:YES)、それぞれのリセット信号生成部24、46からリセット信号R0、R1が出力される(ステップS15、S25)。これにより、マスター機10及びスレーブ機11のそれぞれのサンプリングクロック生成部23、45及びダウンサンプリング部27、49が同じタイミングで初期化される。そして、マスター機10及びスレーブ機11では、ステップS15、S25から所定時間(予め設定されたサンプリング数)が経過するまでサンプリング動作を継続する(ステップS16、S26)。その後、サンプリング動作を終了し、その間の波形データがマスター機10及びスレーブ機11の波形記憶部28、50に保持され、
図5の一連の動作が完了する。
【0044】
ここで、スレーブ機11によるステップS22aのPI制御モードについて具体的に説明する。
図4を用いて説明したように、PI制御部41におけるPゲインとIゲインに応じて、VC-TCXO42に供給される制御電圧Vcの変化の仕方が異なる。よって、予めPゲインとIゲインの異なる組合せからなる複数段階のパラメータ群を設定し、PI制御モード時の所望のパラメータを選択的に設定可能とすることが望ましい。この場合、PI制御部41による制御電圧Vcの応答速度は、PゲインとIゲインに応じて異なるので、応答速度が異なる複数段階のパラメータ群を設定し、所望の応答速度に応じてパラメータ群を切り替え可能にしてもよい。
【0045】
例えば、PI制御モードにおいて、制御電圧Vcの応答速度が最も遅いパラメータを第1段階とし、第2段階から第3段階の順に応答速度が早くなり、応答速度が最も早いパラメータを第4段階として設定することができる。このようにPI制御モードにおいて、誤差信号Eが大きいときは第1段階のパラメータを使い、誤差信号Eが十分に小さいときは第4段階のパラメータを使う。最初は、第2段階か第3段階のパラメータを設定しておくと効率がよい。
【0046】
以上説明したように、本実施形態の計測システムにより、マスター機10と複数のスレーブ機11との間で高精度な時刻同期を実現しつつ、リセット信号R0、R1によるAD変換部25、47のサンプリング動作を同一タイミングで開始することができる。この場合、従来の時刻同期の手法では、時刻同期の状態になったとしても、それぞれのサンプリングクロックがずれる可能性が排除できないのに対し、本実施形態ではマスター機10と各スレーブ機11との間で、基準時刻T0と内部時刻T1が同期し、かつ基準クロックC0の位相と内部クロックC1の位相が同期しているので、リセット信号R0、R1に基づくサンプリング開始時刻を確実に一致させることができる。
【0047】
本実施形態のAD変換部25、47には、デルタシグマ型AD変換器を用いている。一般に計測分野において用いられるAD変換器であるが、AD変換器のマスタークロック(本実施形態のサンプリングクロックSC0、SC1)にジッタが生じると、誤動作や動作停止により、サンプリングが停止する場合がある。計測の現場においては、一度始めた計測は、たとえ非同期状態となったとしても、最後までデータを取り続けたいという要望がある。そこで、本実施形態においては、通信障害等により一部のスレーブ機11が時刻同期状態から非時刻同期状態となったとしても、PI制御部41のリミッタ64により制御電圧Vcを適切な範囲内に維持できるようにした。このため、VC-TCXO42から出力される内部クロックC1の周波数を適切な範囲内に維持できるので、内部クロックC1に基づき生成されるサンプリングクロックSC1にジッタが生じることを避けることができ、デルタシグマ型AD変換器を用いたAD変換部25、47の動作状態を維持し、所定の測定時間が終了するまでサンプリングを続けることができる。
【0048】
本実施形態の計測システムにおいては、
図1~
図5に示した構成及び動作には限られず、多様な変形例を想定することできる。例えば、
図2及び
図3の構成のうち、マスター機10及びスレーブ機11のAAF部26、48をそれぞれ実効値処理部に置き換える構成を採用してもよい。この場合、実効値処理部は、AD変換部25、47にて得られたディジタル信号の実効値を算出して出力し、波形記憶部28、50では、波形データに代え、センサ出力レベル(実効値)を保持すればよい。
【符号の説明】
【0049】
10…マスター機
11…スレーブ機
12…アクセスポイント
13…制御装置
20…水晶発振器
21、43…時計部
22、44…タイムスタンパ
23、45…サンプリングクロック生成部
24、46…リセット信号生成部
25、47…AD変換部
26、48…AAF部
27、49…ダウンサンプリング部
28、50…波形記憶部
29、51…センサ部
30、52…無線部
40…誤差検出部
41…PI制御部
42…VC-TCXO
60、62…乗算器
61…積分器
63…加算器
64…リミッタ
NW…通信ネットワーク