(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】操舵装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20230706BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D5/04
(21)【出願番号】P 2019056999
(22)【出願日】2019-03-25
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】東 真康
(72)【発明者】
【氏名】三木 大輔
(72)【発明者】
【氏名】フックス ロバート
【審査官】神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-122017(JP,A)
【文献】特開2016-179748(JP,A)
【文献】特開2015-137038(JP,A)
【文献】特開2005-247214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00 - 6/10
B62D 5/00 - 5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータと、
前記電動モータのトルクにより軸方向移動して転舵輪を転舵する転舵軸と、
複数の伝動装置と、
前記電動モータの角速度を検出または推定する角速度検出部と、
前記電動モータを制御する制御部と、を備え、
前記複数の伝動装置の1つは、前記電動モータの回転速度を減じて出力する第1伝動装置であり、
前記制御部は、前記複数の伝動装置で生じる各摩擦トルクが合成された合成摩擦トルクを推定する合成摩擦トルク推定部を有し、
前記合成摩擦トルク推定部は、
前記角速度に基づき、前記第1伝動装置のすべり速度を演算するすべり速度演算部と、
前記すべり速度に基づき、前記第1伝動装置の摩擦係数を演算する摩擦係数演算部と、
前記第1伝動装置の歯面垂直抗力を演算するための歯面垂直抗力演算部と、
前記第1伝動装置の摩擦係数および歯面垂直抗力と、予め設定された1または複数の補正係数とを用いて、前記合成摩擦トルクを演算する摩擦トルク演算部とを有する、操舵装置。
【請求項2】
前記摩擦トルク演算部は、前記摩擦係数に所定の第1補正係数を乗算した値を合成摩擦係数とし、前記歯面垂直抗力に所定の第2補正係数を乗算した値を合成歯面垂直抗力とし、前記合成摩擦係数と前記合成歯面垂直抗力とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置。
【請求項3】
前記摩擦トルク演算部は、前記摩擦係数と前記歯面垂直抗力とに基づいて前記第1伝動装置に生じる第1摩擦トルクを演算し、得られた第1摩擦トルクに所定の第3補正係数を乗算することにより、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置。
【請求項4】
操舵部材と、
前記操舵部材と一体回転するステアリング軸とをさらに備え、
前記第1伝動装置は、前記電動モータのトルクを前記ステアリング軸または前記転舵軸に出力する伝動装置であり、
前記複数の伝動装置の他の1つは、前記ステアリング軸の回転を転舵軸の軸方向移動に変換する第2伝動装置である、請求項1~3のいずれか一項に記載の操舵装置。
【請求項5】
前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部をさらに備え、
前記制御部は、
前記操舵トルク、前記電動モータのトルク、前記合成摩擦トルクおよび電動モータの角度に基づき、前記転舵軸に作用する軸力を推定する軸力推定部を有する、請求項4に記載の操舵装置。
【請求項6】
前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、
前記転舵軸に作用する軸力を検出または推定する軸力検出部と、をさらに備え、
前記歯面垂直抗力演算部は、
前記電動モータのトルク、前記操舵トルクおよび前記軸力に基づき演算される第1接触力が所定値よりも大きい場合は、前記第1接触力を前記歯面垂直抗力に設定し、前記第1接触力が前記所定値以下の場合は前記所定値を前記歯面垂直抗力に設定する、請求項4に記載の操舵装置。
【請求項7】
操舵部材と、
前記操舵部材と一体回転するステアリング軸と、
前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、
前記転舵軸に作用する軸力を検出または推定する軸力検出部と、をさらに備え、
前記第1伝動装置は、前記電動モータのトルクを前記ステアリング軸または前記転舵軸に出力する伝動装置であり、
前記複数の伝動装置の他の1つは、前記ステアリング軸の回転を転舵軸の軸方向移動に変換する第2伝動装置であり、
前記歯面垂直抗力演算部は、
前記電動モータのトルク、前記操舵トルクおよび前記軸力に基づいて前記第1伝動装置における第1接触状態での歯面垂直抗力である第1歯面垂直抗力を演算するとともに、前記第1伝動装置における第2接触状態での歯面垂直抗力である第2歯面垂直抗力を設定するように構成されており、
前記摩擦トルク演算部は、前記第1歯面垂直抗力に所定の第4補正係数を乗算することにより、合成第1歯面垂直抗力を演算し、前記第2歯面垂直抗力に第5補正係数を乗算することにより、合成第2歯面垂直抗力を演算し、前記摩擦係数に所定の第6補正係数を乗算することにより、合成摩擦係数を演算し、前記合成第1歯面垂直抗力と前記合成第2歯面垂直抗力のうち絶対値が大きい方の歯面垂直抗力と、前記合成摩擦係数とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置。
【請求項8】
前記歯面垂直抗力演算部は、前記摩擦トルク演算部によって演算された前回の合成摩擦トルクに基づいて、前記第1歯面垂直抗力を補正する第1歯面垂直抗力補正部を有しており、
前記摩擦トルク演算部は、補正後の
前記第1歯面垂直抗力に前記第4補正係数を乗算することにより、合成第1歯面垂直抗力を演算し、前記第2歯面垂直抗力に前記第5補正係数を乗算することにより、合成第2歯面垂直抗力を演算し、前記摩擦係数に前記第6補正係数を乗算することにより、合成摩擦係数を演算し、前記合成第1歯面垂直抗力と前記合成第2歯面垂直抗力のうち絶対値が大きい方の歯面垂直抗力と、前記合成摩擦係数とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項7に記載の操舵装置。
【請求項9】
前記複数の伝動装置の1つは、前記第1伝動装置から前記転舵軸に至るまでの動力伝達経路に配置される第3伝動装置である、請求項1~8のいずれか一項に記載の操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリングシステム(EPS:electric power steering)のアシストトルク制御やステアバイワイヤシステムの反力トルク制御において、路面情報を運転者に伝達することで操舵性能を向上させるために、EPSや車両に搭載されたセンサ信号を用いて、路面反力やラック軸力を推定する技術が開発されている。
例えば、特許文献1では、EPSに搭載されたセンサ情報(モータ電流、モータ角度および操舵トルク)と、車両に搭載されたセンサ情報(車速)とを使用して、ラック軸力を推定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術では、摩擦トルクを精度よく推定できないため、路面やタイヤの状態に応じて、ラック軸力の推定精度が低下するという問題がある。
この発明の目的は、操舵装置で発生する摩擦トルクを精度よく推定できる、操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の発明は、電動モータと、前記電動モータのトルクにより軸方向移動して転舵輪を転舵する転舵軸と、複数の伝動装置と、前記電動モータの角速度を検出または推定する角速度検出部と、前記電動モータを制御する制御部とを備え、前記複数の伝動装置の1つは、前記電動モータの回転速度を減じて出力する第1伝動装置であり、前記制御部は、前記複数の伝動装置で生じる各摩擦トルクが合成された合成摩擦トルクを推定する合成摩擦トルク推定部を有し、前記合成摩擦トルク推定部は、前記角速度に基づき、前記第1伝動装置のすべり速度を演算するすべり速度演算部と、前記すべり速度に基づき、前記第1伝動装置の摩擦係数を演算する摩擦係数演算部と、前記第1伝動装置の歯面垂直抗力を演算するための歯面垂直抗力演算部と、前記第1伝動装置の摩擦係数および歯面垂直抗力と、予め設定された1または複数の補正係数とを用いて、前記合成摩擦トルクを演算する摩擦トルク演算部とを有する操舵装置である。
【0006】
この構成では、第1伝動装置の歯面垂直抗力を演算する歯面垂直抗力演算部と、第1伝動装置の摩擦係数および歯面垂直抗力と、予め設定された1または複数の補正係数とを用いて、合成摩擦トルクが演算される。これにより、操舵装置で発生する摩擦トルクを精度よく推定できる。また、各伝動装置の摩擦トルクを、それぞれの噛み合いモデルを用いて別々に演算してから、それらを合成する場合に比べて、合成摩擦トルクの演算が簡単となる。
【0007】
請求項2に記載の発明は、前記摩擦トルク演算部は、前記摩擦係数に所定の第1補正係数を乗算した値を合成摩擦係数とし、前記歯面垂直抗力に所定の第2補正係数を乗算した値を合成歯面垂直抗力とし、前記合成摩擦係数と前記合成歯面垂直抗力とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置である。
請求項3に記載の発明は、前記摩擦トルク演算部は、前記摩擦係数と前記歯面垂直抗力とに基づいて前記第1伝動装置に生じる第1摩擦トルクを演算し、得られた第1摩擦トルクに所定の第3補正係数を乗算することにより、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置である。
【0008】
請求項4に記載の発明は、操舵部材と、前記操舵部材と一体回転するステアリング軸とをさらに備え、前記第1伝動装置は、前記電動モータのトルクを前記ステアリング軸または前記転舵軸に出力する伝動装置であり、前記複数の伝動装置の他の1つは、前記ステアリング軸の回転を転舵軸の軸方向移動に変換する第2伝動装置である、請求項1~3のいずれか一項に記載の操舵装置である。
【0009】
請求項5に記載の発明は、前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部をさらに備え、前記制御部は、前記操舵トルク、前記電動モータのトルク、前記合成摩擦トルクおよび電動モータの角度に基づき、前記転舵軸に作用する軸力を推定する軸力推定部を有する、請求項4に記載の操舵装置である。
請求項6に記載の発明は、前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、前記転舵軸に作用する軸力を検出または推定する軸力検出部とをさらに備え、前記歯面垂直抗力演算部は、前記電動モータのトルク、前記操舵トルクおよび前記軸力に基づき演算される第1接触力が所定値よりも大きい場合は、前記第1接触力を前記歯面垂直抗力に設定し、前記第1接触力が前記所定値以下の場合は前記所定値を前記歯面垂直抗力に設定する、請求項4に記載の操舵装置である。
【0010】
請求項7に記載の発明は、操舵部材と、前記操舵部材と一体回転するステアリング軸と、前記操舵部材から入力される操舵トルクを検出するトルク検出部と、前記転舵軸に作用する軸力を検出または推定する軸力検出部とをさらに備え、前記第1伝動装置は、前記電動モータのトルクを前記ステアリング軸または前記転舵軸に出力する伝動装置であり、前記複数の伝動装置の他の1つは、前記ステアリング軸の回転を転舵軸の軸方向移動に変換する第2伝動装置であり、前記歯面垂直抗力演算部は、前記電動モータのトルク、前記操舵トルクおよび前記軸力に基づいて前記第1伝動装置における第1接触状態での歯面垂直抗力である第1歯面垂直抗力を演算するとともに、前記第1伝動装置における第2接触状態での歯面垂直抗力である第2歯面垂直抗力を設定するように構成されており、前記摩擦トルク演算部は、前記第1歯面垂直抗力に所定の第4補正係数を乗算することにより、合成第1歯面垂直抗力を演算し、前記第2歯面垂直抗力に第5補正係数を乗算することにより、合成第2歯面垂直抗力を演算し、前記摩擦係数に所定の第6補正係数を乗算することにより、合成摩擦係数を演算し、前記合成第1歯面垂直抗力と前記合成第2歯面垂直抗力のうち絶対値が大きい方の歯面垂直抗力と、前記合成摩擦係数とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項1に記載の操舵装置である。
【0011】
請求項8に記載の発明は、前記歯面垂直抗力演算部は、前記摩擦トルク演算部によって演算された前回の合成摩擦トルクに基づいて、前記第1歯面垂直抗力を補正する第1歯面垂直抗力補正部を有しており、前記摩擦トルク演算部は、補正後の前記1歯面垂直抗力に前記第4補正係数を乗算することにより、合成第1歯面垂直抗力を演算し、前記第2歯面垂直抗力に前記第5補正係数を乗算することにより、合成第2歯面垂直抗力を演算し、前記摩擦係数に前記第6補正係数を乗算することにより、合成摩擦係数を演算し、前記合成第1歯面垂直抗力と前記合成第2歯面垂直抗力のうち絶対値が大きい方の歯面垂直抗力と、前記合成摩擦係数とに基づいて、前記合成摩擦トルクを演算するように構成されている、請求項7に記載の操舵装置である。
【0012】
請求項9に記載の発明は、前記複数の伝動装置の1つは、前記第1伝動装置から前記転舵軸に至るまでの動力伝達経路に配置される第3伝動装置である、請求項1~8のいずれか一項に記載の操舵装置である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る操舵装置が適用された電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
【
図2】ECUの電気的構成を示すブロック図である。
【
図3】電動パワーステアリングシステムの1慣性モデルを示す模式図である。
【
図4】拡張状態オブザーバの構成を示すブロック図である。
【
図5】ウォームホイールとウォームギヤの噛み合い摩擦トルクと、ラックとピニオンの噛み合い摩擦トルクとの間に相関関係があることを説明するためのグラフである。
【
図6】摩擦トルク推定部の構成を示すブロック図である。
【
図7】ウォームホイールとウォームギヤの噛み合いモデルを示す模式図である。
【
図8】切り込みおよび切り戻しを繰り返し行った場合のラック軸力推定値^F
r等の時間的変化を示すグラフである。
【
図9】ラック軸力の実測値とラック軸力推定値^F
r等の関係を示すグラフである。
【
図10】摩擦トルク推定部の変形例の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る操舵装置が適用された電動パワーステアリングシステムの概略構成を示す模式図である。
この電動パワーステアリング装置(操舵装置)1は、コラム部に電動モータと減速機とが配置されているコラムアシスト式電動パワーステアリング装置(以下、「コラム式EPS」という)である。
【0015】
コラム式EPS1は、車両を操向するための操舵部材としてのステアリングホイール(ハンドル)2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6、第1ユニバーサルジョイント28、中間軸7および第2ユニバーサルジョイント29を介して機械的に連結されている。
【0016】
ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された第1軸8と、第1ユニバーサルジョイント28を介して中間軸7に連結された第2軸9とを含む。第1軸8と第2軸9とは、トーションバー10を介して相対回転可能に連結されている。
ステアリングシャフト6の周囲には、トルクセンサ11が設けられている。トルクセンサ11は、第1軸8および第2軸9の相対回転変位量に基づいて、トーションバー10に加えられているトーションバートルクTtbを検出する。トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtbは、ECU(電子制御ユニット:Electronic Control Unit)12に入力される。
【0017】
転舵機構4は、ピニオン軸13と、転舵軸としてのラック軸14とを含むラック&ピニオン機構からなる。ラック軸14の各端部には、タイロッド15およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。ピニオン軸13は、第2ユニバーサルジョイント29を介して中間軸7に連結されている。ピニオン軸13の先端には、ピニオン16が連結されている。
【0018】
ラック軸14は、車両の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸14の軸方向の中間部には、ピニオン16に噛み合うラック17が形成されている。このピニオン16およびラック17によってラックアンドピニオン機構が構成され、ピニオン軸13の回転がラック軸14の軸方向移動に変換される。
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、ピニオン軸13に伝達される。そして、ピニオン軸13の回転は、ピニオン16およびラック17によって、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
【0019】
操舵補助機構5は、操舵補助力を発生するための電動モータ18と、電動モータ18の出力トルクを増幅して転舵機構4に伝達するための減速機19とを含む。この実施形態では、電動モータ18は、三相ブラシレスモータである。減速機19は、ウォームギヤ20と、このウォームギヤ20と噛み合うウォームホイール21とを含むウォームギヤ機構からなる。減速機19は、ギヤハウジング22内に収容されている。以下において、減速機19の減速比(ギヤ比)をiwwで表す。減速比iwwは、ウォームホイール21の回転角であるウォームホイール角θwwに対するウォームギヤ20の回転角であるウォームギヤ角θwgの比(θwg/θww)として定義される。
【0020】
ウォームギヤ20は、電動モータ18によって回転駆動される。ウォームホイール21は、第2軸9に一体回転可能に連結されている。ウォームホイール21は、ウォームギヤ20によって回転駆動される。
電動モータ18は運転者の操舵状態や自動運転システム等の外部制御装置の指示に応じて駆動され、電動モータ18によってウォームギヤ20が回転駆動される。これにより、ウォームホイール21が回転駆動され、ステアリングシャフト6にモータトルクが付与されることによりステアリングシャフト6(第2軸9)が回転する。そして、ステアリングシャフト6の回転は、中間軸7を介してピニオン軸13に伝達される。
【0021】
ピニオン軸13の回転は、ラック軸14の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ18によってウォームギヤ20を回転駆動することによって、電動モータ18による操舵補助が可能となっている。
電動モータ18のロータの回転角は、レゾルバ等の回転角センサ25によって検出される。また、車速Vは車速センサ26によって検出される。回転角センサ25の出力信号および車速センサ26によって検出される車速Vは、ECU12に入力される。電動モータ18は、ECU12によって制御される。
【0022】
図2は、ECU12の電気的構成を示すブロック図である。
ECU12は、マイクロコンピュータ40と、マイクロコンピュータ40によって制御され、電動モータ18に電力を供給する駆動回路(3相インバータ回路)31と、電動モータ18に流れる電流(以下、「モータ電流」という)を検出するための電流検出部32とを備えている。
【0023】
マイクロコンピュータ40は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、モータ制御部41と、第1乗算部42と、回転角演算部43と、第2乗算部44と、微分演算部45と、ラック軸力推定部46と、第3乗算部47と、摩擦トルク推定部48とが含まれる。
【0024】
第1乗算部42は、電流検出部32によって検出されるモータ電流Imに電動モータ18のトルク定数KTと減速機19の減速比iwwとを乗算することにより、電動モータ18のモータトルクTm(=KT・Im)によって第2軸9(ウォームホイール21)に作用するトルク(以下、「駆動トルクiww・Tm」という。)を演算する。
回転角演算部43は、回転角センサ25の出力信号に基づいて、電動モータ18のロータ回転角θmを演算する。第2乗算部44は、ロータ回転角θmに、減速機19の減速比iwwの逆数を乗算することにより、ロータ回転角θmを第2軸9(ウォームホイール21)の回転角(以下、「ウォームホイール角θww」という。)に換算する。微分演算部45は、ウォームホイール角θwwを時間微分することにより、ウォームホイール角速度dθww/dtを演算する。
【0025】
モータ制御部41は、例えば、車速センサ26によって検出される車速V、トルクセンサ11によって検出されるトーションバートルクTtb、電流検出部32によって検出されるモータ電流Imおよび回転角演算部43によって演算されるロータ回転角θmに基づいて、駆動回路31を駆動制御する。
具体的には、モータ制御部41は、トーションバートルクTtbおよび車速Vに基づいて、電動モータ18に流れるモータ電流Imの目標値である電流指令値を設定する。電流指令値は、車両状態および操舵状況に応じた操舵補助力(アシストトルク)の目標値に対応している。そして、モータ制御部41は、電流検出部32によって検出されるモータ電流が電流指令値に近づくように、駆動回路31を駆動制御する。これにより、車両状態および操舵状況に応じた適切な操舵補助が実現される。なお、電流指令値は、自動運転システム等の外部制御装置からの指示に応じて設定する場合もある。
【0026】
ラック軸力推定部46は、ウォームホイール角θww、駆動トルクiww・Tm、トーションバートルクTtbおよび摩擦トルク推定部48によって推定される摩擦トルク(合成摩擦トルク)Tfに基づいて、ラック軸力Frを推定する。以下において、ラック軸力Frの推定値を^Frで表す。
第3乗算部47は、ラック軸力^Frにラック&ピニオン機構16,17のギヤ比irpを乗算することにより、ラック軸力^Frによって第2軸9(ウォームホイール21)に作用するトルク(以下、「トルク換算ラック軸力irp・^Fr」という。)を演算する。
【0027】
摩擦トルク推定部48は、ウォームホイール角速度dθww/dt、駆動トルクiww・Tm、トーションバートルクTtbおよびラック軸力推定部46によって推定されるトルク換算ラック軸力irp・^Frに基づいて、減速機19で発生する摩擦トルクとラック&ピニオン機構16,17で発生する摩擦トルクとの合成値(合成摩擦トルク)Tfを推定する。
【0028】
以下、ラック軸力推定部46および摩擦トルク推定部48について、詳しく説明する。
まず、ラック軸力推定部46について説明する。ラック軸力推定部46は、
図2に示すように、加算部51と、拡張状態オブザーバ52とを含んでいる。
加算部51は、駆動トルクi
ww・T
mと、トーションバートルクT
tbと、摩擦トルク推定部48によって推定される摩擦トルクT
fとを加算する。以下において、i
ww・T
mとT
tbとT
fとの総和(i
ww・T
m+T
tb+T
f)を、T
inで表す。
【0029】
拡張状態オブザーバ52は、ウォームホイール角θ
wwと加算部51の加算結果T
inに基づいて、ラック軸力F
r等を推定する。拡張状態オブザーバ52の詳細については、後述する。
拡張状態オブザーバ52は、例えば、
図3に示す電動パワーステアリング装置1の1慣性モデル101を使用して、ウォームホイール角θ
ww、ウォームホイール角速度dθ
ww/dt、トルク換算ラック軸力i
rp・F
rおよびラック軸力F
rを推定する。以下において、ウォームホイール角θ
ww、ウォームホイール角速度dθ
ww/dt、トルク換算ラック軸力i
rp・F
rおよびラック軸力F
rの推定値を、それぞれ、^dθ
ww/dt、^dθ
ww/dt、i
rp・^F
rおよび^F
rで表す。
【0030】
この1慣性モデル101は、各部の連結は剛体として仮定し、第2軸9およびウォームホイール21の慣性、電動モータ18のロータ慣性、ウォームギヤ20の慣性、インターミディエイトシャフト(第1,2ユニバーサルジョイント28,29と中間軸7)の慣性、ピニオン軸13の慣性、ラック軸14の質量(ピニオン軸13換算の慣性)を合計したプラント102の慣性モデルである。プラント102には、ステアリングホイール2からトーションバー10を介してトーションバートルクTtbが与えられるとともに、転舵輪3側からトルク換算ラック軸力irp・Frが与えられる。
【0031】
また、プラント102には、ウォームギヤ20を介して駆動トルクiww・Tmが与えられる。さらに、プラント102には、減速機19で発生する摩擦トルクとラック&ピニオン機構16,17で発生する摩擦トルクとの合成値(合成摩擦トルク)Tfが与えられる。
プラント102の慣性をJsとすると、1慣性モデル101の運動方程式は、次式(1)で表される。
【0032】
【0033】
iww・Tm+Ttb+Tf=Tinであるので、ラック軸力Frのトルク換算値irp・Frを求める式は、次式(2)となる。
【0034】
【0035】
拡張状態オブザーバの状態空間モデルは、次式(3)で表される。
【0036】
【0037】
前記式(3)において、xeは状態変数ベクトル、u1は既知入力ベクトル、yは出力ベクトル(測定値)、Aeはシステム行列、Beは入力行列、Ce1は第1出力行列、Deは直達行列である。
xe、u1およびyは、それぞれ、次式(4)で表される。
【0038】
【0039】
Ae、Be、Ce1およびDeは、それぞれ、次式(5)で表される。
【0040】
【0041】
拡張状態モデルにLuenbergerの状態オブザーバを適用することで、通常の状態オブザーバと同様に、トルク換算ラック軸力irp・Fr(ラック軸力Fr)の推定が可能となる。オブザーバモデルを次式(6)に示す。
【0042】
【0043】
式(6)において、^xeはxeの推定値を表している。また、Lはオブザーバゲイン行列である。また、^yはyの推定値を表している。オブザーバゲイン行列Lは、次式(7)で表される。
【0044】
【0045】
式(7)において、L1,L2,L3はそれぞれ第1、第2および第3オブザーバゲイン、ω[rad/sec]は極周波数である。極周波数ωは、オブザーバにより補償したい負荷に応じて設定される。
ラック軸力Fr(推定値)は、状態変数ベクトル^xeを用いて、次式(8)で表される。
【0046】
【0047】
式(8)において、Ce2は第2出力行列であり、次式(9)で表される。
【0048】
【0049】
図4は、拡張状態オブザーバ52の構成を示すブロック図である。
拡張状態オブザーバ52は、A
e乗算部61と、B
e乗算部62と、C
e1乗算部63と、C
e2乗算部64と、D
e乗算部65と、第1加算部66と、第2加算部67と、L乗算部68と、第3加算部69と、積分部70とを含む。
図2の加算部51の加算結果T
in(=i
ww・T
m+T
tb+T
f)は、前記式(6)の入力ベクトルu
1に相当し、B
e乗算部62およびD
e乗算部65に与えられる。
図2の第2乗算部44によって演算されるウォームホイール角θ
wwは、前記式(6)の出力ベクトル(測定値)yに相当し、第2加算部67に与えられる。
【0050】
積分部70の演算結果が、状態変数ベクトルxeの推定値^xeに含まれる、ウォームホイール角の推定値^θww、ウォームホイール角速度の推定値^dθww/dtおよびトルク換算ラック軸力の推定値irp・^Frとなる。演算開始時、これらの推定値^θww、^dθww/dtおよびirp・^Frの初期値は、例えば0である。
Ce1乗算部63は、積分部70によって演算される^xeにCe1を乗算することにより、前記式(6)のCe1・^xeを演算する。この実施形態では、Ce1・^xeは、ウォームホイール角の推定値^θwwとなる。
【0051】
Ce2乗算部64は、積分部70によって演算される^xeにCe2を乗算することにより、前記式(8)のCe2・^xeを演算する。この実施形態では、Ce2・^xeは、ラック軸力推定値^Frであり、このラック軸力推定値^Frが、拡張状態オブザーバ52の出力となる。
Ae乗算部61は、積分部70によって演算される^xeにAeを乗算することにより、前記式(6)のAe・^xeを演算する。Be乗算部62は、TinにBeを乗算することにより、前記式(6)のBe・u1を演算する。De乗算部65は、TinにDeを乗算することにより、前記式(6)のDe・u1を演算する。
【0052】
第1加算部66は、Ce1乗算部63によって演算されるCe1・^xe (=^θww)に、De乗算部65によって演算されるDe・u1を加算することにより、前記式(6)の出力ベクトルの推定値^yを演算する。この実施形態では、De=0であるので、^y=^θwwとなる。
第2加算部67は、出力ベクトルの測定値y(=θww)から、第1加算部66によって演算される出力ベクトルの推定値^yを減算することにより、これらの差(y-^y)を演算する。
【0053】
L乗算部68は、第2加算部63の演算結果(y-^y)にオブザーバゲインLを乗算することにより、前記式(6)のL(y-^y)を演算する。
第3加算部69は、Ae乗算部61の演算結果Ae・^xeと、Be乗算部62の演算結果Be・u1と、L乗算部68の演算結果L(y-^y)を加算することにより、前記式(6)のd^xe/dtを演算する。積分部71は、d^xe/dtを積分することによって、前記式(6)の^xeを演算する。
【0054】
以下、摩擦トルク推定部48について詳しく説明する。
摩擦トルク推定部48の基本的な考え方について説明する。
後述するように、ウォームホイールとウォームギヤの噛み合いモデルおよび摩擦係数推定モデル(LuGreモデル等)を用いて、ウォームホイール21とウォームギヤ20の噛み合い摩擦トルク(以下、第1摩擦トルクTfW&Wという。)を推定できる。同様にして、ラックとピニオンの噛み合いモデルおよび摩擦係数推定モデルを用いて、ラック17とピニオン16の噛み合い摩擦トルク(以下、第2摩擦トルクTfR&Pという。)を推定できる。
【0055】
このようにして、推定された第1摩擦トルクT
fW&W、第2摩擦トルクT
fR&Pおよびそれらの合成摩擦トルクT
fW&W+T
fR&Pを、横軸にモータトルクをとり、縦軸に摩擦トルクをとって、グラフで示すと、
図5に示すようになる。
図5において、W1は、第1接触状態での第1摩擦トルクT
fW&Wの範囲を、W2は、第2接触状態での第1摩擦トルクT
fW&Wの範囲を、R1は、第1接触状態での第2摩擦トルクT
fR&Pの範囲を、R2は、第2接触状態での第2摩擦トルクT
fR&Pの範囲を、それぞれ示している。
【0056】
図5から、第1接触状態における第1摩擦トルクT
fW&Wと第1接触状態における第2摩擦トルクT
fR&Pとの間には相関関係があり、第2接触状態における第1摩擦トルクT
fW&Wと第2接触状態における第2摩擦トルクT
fR&Pとの間にも相関関係があることがわかる。したがって、第1摩擦トルクT
fW&Wと、合成摩擦トルクT
fW&W+T
fR&Pとの間にも、相関関係があることがわかる。
【0057】
この相関関係を利用して、摩擦トルク推定部48は、第1摩擦TfW&Wを推定し、推定された第1摩擦TfW&Wから、第1摩擦TfW&Wおよび第2摩擦Tf2の合成摩擦トルクTfを推定する。
あるいは、摩擦トルク推定部48は、第1摩擦TfW&Wを演算するための複数の演算要素を推定し、推定された複数の第1摩擦TfW&Wの演算要素から合成摩擦トルクTfを演算するための複数の合成演算要素を推定し、推定された複数の合成演算要素を用いて合成摩擦トルクTfを推定する。
【0058】
この実施形態では、摩擦トルク推定部48は、ウォームホイールとウォームギヤの噛み合いモデルを用いて、ウォームホイール21とウォームギヤ20における1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1(請求項の「第1歯面垂直抗力」に相当)に所定の1点接触時補正係数(請求項の「第4補正係数」に相当)を乗算することにより、1点接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN1com(請求項の「合成第1歯面垂直抗力」に相当)を演算する。
【0059】
また、摩擦トルク推定部48は、ウォームホイール21とウォームギヤ20における2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2(請求項の「第2歯面垂直抗力」に相当)に所定の2点接触時補正係数(請求項の「第5補正係数」に相当)を乗算することにより、2点接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN2com(請求項の「合成第2歯面垂直抗力」に相当)を演算する。そして、摩擦トルク推定部48は、1点接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN1comと2点接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN2comのうち、絶対値が大きい方の値を、合成歯面垂直抗力FNcomとして演算する。
【0060】
また、摩擦トルク推定部48は、ウォームホイール21とウォームギヤ20における滑り速度vsを演算し、得られた滑り速度vsを用いてウォームホイール21とウォームギヤ20における摩擦係数μW&Wを演算する。そして、摩擦トルク推定部48は、摩擦係数μW&Wに所定の摩擦係数補正係数(請求項の「第1補正係数」または「第6補正係数」に相当)を乗算することにより、合成摩擦係数μcomを演算する。そして、摩擦トルク推定部48は、合成歯面垂直抗力FNcomと合成摩擦係数μcomとを用いて、合成摩擦トルクTfを演算する。
【0061】
図6は、摩擦トルク推定部48の構成を示すブロック図である。
摩擦トルク推定部48は、すべり速度演算部81と、摩擦係数演算部82と、摩擦係数補正部83と、2点接触歯面垂直抗力演算部84と、2点接触歯面垂直抗力補正部85と、1点接触歯面垂直抗力演算部86と、1点接触歯面垂直抗力補正部87と、最大値選択部88と、乗算部89と、乗算部90とを含んでいる。
【0062】
まず、2点接触歯面垂直抗力演算部84、2点接触歯面垂直抗力補正部85、1点接触歯面垂直抗力演算部86、1点接触歯面垂直抗力補正部87および最大値選択部88について説明する。
2点接触歯面垂直抗力演算部84および1点接触歯面垂直抗力演算部86は、それぞれ、ウォームホイールとウォームギヤの噛み合いモデルを用いて、2点接触での歯面垂直抗力および1点接触での歯面垂直抗力を設定する。
【0063】
図7は、ウォームホイールとウォームギヤの噛み合いモデルを示す模式図である。
図7において、添え字のwwはウォームホイールを、wgはウォームギヤをそれぞれ示す。また、x軸およびy軸は、ウォームギヤおよびウォームホイールのピッチ円上の噛み合い点における接線である。また、z軸は、これらのギヤに共通する径方向に沿う方向である。ウォームホイールの回転は、y方向の移動に対応し、ウォームギヤの回転は、x方向の移動に対応する。ウォームホイールの圧力角β
wwが常に一定であると仮定した。さらに、歯面の摩擦トルクは、ウォームホイールのリード角γ
wwの方向に働くと仮定した。
【0064】
システムが停止しているときには、予圧(preload)F0によって、ウォームホイールに噛み合うウォームギヤの歯は、ウォームホイールの上下の2点で接触する。このような状態を2点接触状態という。
ウォームホイールとウォームギヤとの間の相互作用力Fc,ww,Fc,wgは、2つの接触点i=1,2で発生する、歯面垂直抗力Ni,xx(xx=ww,wg)および摩擦トルクFi,xxからなる。歯面垂直抗力Ni,xxは、係数kcのばねによって表される材料ひずみによって生成される。
【0065】
なお、上側ばねまたは下側ばねの圧縮量が零になると、接触点が失われる。2つの接触点の一方が失われた状態を、1点接触状態という。
ギヤ歯面の摩擦トルクTfw&wは、次式(10)によって表される。
【0066】
【0067】
前記式(10)において、μW&Wは摩擦係数であり、rwwはウォームギヤの半径であり、FNは歯面垂直抗力である。以下、歯面垂直抗力FNの演算方法について説明する。
次式(11)は、予圧F0を考慮しない場合の歯面間の接触力である歯面接触力Fcを表す式である。
【0068】
【0069】
前記式(11)において、Jwwはウォームホイール慣性であり、Jwgはウォームギヤ慣性であり、Jmはモータ慣性であり、Jcはこれらの慣性をコラム軸上に換算した慣性の合計である。また、Tmはモータトルクであり、Twwは第2軸9に作用する外部トルクであり、iwwは減速機19のギヤ比である。外部トルクTwwは、トーションバートルクTtbとトルク換算ラック軸力irp・^Frとの和(Ttb+irp・^Fr)である。irpはラック&ピニオン機構16,17のギヤ比である。
【0070】
接触状態が2点接触状態である場合には、歯面接触力Fcが所定値F0/sin(βww)以下(Fc≦F0/sin(βww))になる。この場合には、歯面垂直抗力FNは、次式(12a)に基づいて設定される。一方、接触状態が1点接触状態である場合には、歯面接触力Fcが所定値F0/sin(βww)よりも大きく(Fc>F0/sin(βww))なる。この場合には、歯面垂直抗力FNは、次式(12b)に基づいて設定される。
【0071】
【0072】
接触状態が2点接触状態である場合には、式(12a)に基づいて演算される歯面垂直抗力FNの絶対値が、式(12b)に基づいて演算される歯面垂直抗力FNの絶対値よりも大きくなり、接触状態が1点接触状態である場合には、その逆になることが知られている。したがって、式(12a)に基づいて演算される歯面垂直抗力FNと、式(12b)に基づいて演算される歯面垂直抗力FNとのうち、その絶対値が大きい方の値が、歯面垂直抗力FNとなる。
【0073】
図6に戻り、2点接触歯面垂直抗力演算部84は、前記式(12a)で示される歯面垂直抗力F
Nを、第2接触状態に対する歯面垂直抗力F
N2として設定する。2点接触歯面垂直抗力補正部85は、2点接触歯面垂直抗力演算部84によって設定された歯面垂直抗力F
N2に2点接触時補正係数を乗算することにより、第2接触状態に対する合成歯面垂直抗力F
N2comを演算する。
【0074】
1点接触歯面垂直抗力演算部86は、前記式(12b)で示される歯面垂直抗力FNを、第1接触状態に対する歯面垂直抗力FN1として設定する。1点接触歯面垂直抗力補正部87は、1点接触歯面垂直抗力演算部86によって設定された歯面垂直抗力FN1に1点接触時補正係数を乗算することにより、第1接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN1comを演算する。
【0075】
最大値選択部88は、第1接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN1comと、第2接触状態に対する合成歯面垂直抗力FN2comのうち、その絶対値が大きい方の合成歯面垂直抗力を、最終的な合成歯面垂直抗力FNcomとして選択して、乗算部89に与える。
次に、すべり速度演算部81、摩擦係数演算部82および摩擦係数補正部83について説明する。すべり速度演算部81および摩擦係数演算部82は、LuGreモデルを用いて、ウォームホイールとウォームギヤの噛み合い部の摩擦係数μW&Wを推定する。LuGreモデルによる摩擦係数μW&Wの演算は、二物体間のすべり速度vsとブラシの撓み状態変数pとを用いて次式(13)で表わされる。
【0076】
【0077】
ここで、μcは、クーロン摩擦係数である。μbaは、静摩擦係数である。vstbは、ストライベック速度係数である。σ0は、ブラシの剛性係数である。σ1は、ブラシの減衰係数である。σ2は粘性摩擦係数である。これらの6つのパラメータは、実験的に求められる。LuGreモデルの入力であるすべり速度vsは、次式(14)に基づいて、演算される。
【0078】
【0079】
すべり速度演算部81は、前記式(14)に基づいて、すべり速度v
sを演算する。なお、前記式(14)中のウォームホイール角速度dθ
ww/dtとして、拡張状態オブザーバ52によって演算されるウォームホイール角速度推定値^dθ
ww/dtを用いてもよい。その場合には、
図2の微分演算部45を省略することができる。
摩擦係数演算部82は、すべり速度演算部81によって演算されたすべり速度v
sを用い、前記式(13)に基づいて、摩擦係数μ
W&Wを演算する。摩擦係数補正部83は、摩擦係数μ
W&Wに所定の摩擦係数補正係数を乗算することにより、合成摩擦係数μ
comを演算する。摩擦係数補正部83によって演算された合成摩擦係数μ
comは、乗算部89に与えられる。
【0080】
乗算部89は、合成歯面垂直抗力FNcomに、合成摩擦係数μcomを乗算する。乗算部90は、乗算部89の乗算結果である合成摩擦力μcom・FNcomに、rww/sin(γww)を乗算することにより、合成摩擦トルクTfを演算する。
本実施形態では、摩擦トルク推定部48によって減速機19で発生する第1摩擦トルクTfW&Wと、ラック&ピニオン機構16,17で発生する第2摩擦トルクTfR&Pとの総和を推定しているので、電動パワーステアリング装置1で発生する摩擦トルクを精度よく推定できる。
【0081】
また、本実施形態では、減速機19の摩擦係数μW&W、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2および1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1と、予め設定された摩擦係数補正係数、2点接触時補正係数および1点接触時補正係数とに基づいて、第1摩擦トルクTfW&Wと第2摩擦トルクTfR&Pとの総和である合成摩擦トルクTfを演算している。このため、第1摩擦トルクTfW&Wと第2摩擦トルクTfR&Pとを、それぞれの噛み合いモデルを用いて別々に演算してから、それらを合成する場合に比べて、合成摩擦トルクTfの演算が簡単となる。
【0082】
本実施形態では、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2に2点接触時補正係数を乗算した値と、1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1に1点接触時補正係数を乗算した値のうち、その絶対値が大きい方の値を、合成歯面垂直抗力FNcomとして演算している。しかし、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2と1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1のうち、その絶対値が大きい方の値を減速機19の歯面垂直抗力FNとして演算し、得られた減速機19の歯面垂直抗力FNに所定の垂直抗力補正係数(請求項の「第2補正係数」に相当)を乗算することにより、合成歯面垂直抗力FNcomを演算するようにしてもよい。
【0083】
また、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2と1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1のうち、その絶対値が大きい方の値を減速機19の歯面垂直抗力FNとして演算し、得られた減速機19の歯面垂直抗力FNに減速機19の摩擦係数μW&Wを乗算し、この乗算結果μW&W・FNに所定の摩擦トルク補正係数(請求項の「第3補正係数」に相当)を乗算することにより、合成摩擦トルクTfを演算するようにしてもよい。
【0084】
図8は、切り込みおよび切り戻しを繰り返し行った場合に、ラック軸力推定部46によって推定されたラック軸力推定値^F
r等の時間的変化を示すグラフである。
図9は、ラック軸力の実測値とラック軸力推定値^F
r等との関係を示すグラフである。
図8および
図9において、曲線S1は、駆動トルクi
ww・T
mとトーションバートルクT
tbとの総和(i
ww・T
m+T
tb)をラック軸方向の力に換算した値を示すグラフである。曲線S2は、ラック軸力推定部46によって推定されラック軸力推定値^F
rを示すグラフである。曲線S3は、ラック軸力の実測値を示すグラフである。
図9の横軸には、ラック軸力の実測値がとられている。
【0085】
図8および
図9から、本実施形態では、電動パワーステアリング装置1内の摩擦を概ね補償できていることがわかる。また、
図8から、切り込み時に比べて、切り戻し時に、ラック軸力推定誤差が大きくなっていることがわかる。この原因は、モータ側から力を加えて切り込む場合と、コラム軸側から切り戻される場合の摩擦トルクの違いによるものと考えられる。そこで、本発明者らは、
図6の摩擦トルク推定部48に比べて、ラック軸力推定誤差を低減できる摩擦トルク推定部(以下、摩擦トルク推定部の変形例という。)を発明した。
【0086】
図10は、摩擦トルク推定部の変形例の構成を示すブロック図である。
図10において、前述の
図6の各部に対応する部分には、
図6と同じ符号を付して示す。
摩擦トルク推定部48Aでは、補正項演算部91と加算部92(請求項の「第1歯面垂直抗力補正部」に相当)とが追加されている点で、
図6の摩擦トルク推定部48と異なっている。
【0087】
補正項演算部91は、乗算部89の前回の演算結果(μcom・FNcom)n-1に所定の補正ゲインAを乗算することにより、補正項A・(μcom・FNcom)n-1を演算する。加算部92は、1点接触歯面垂直抗力演算部86によって設定された1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1に、補正項A・(μcom・FNcom)n-1を加算することにより、1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1を補正する。この補正後の1点接触状態に対する歯面垂直抗力(FN1+A・(μcom・FNcom)n-1)が、1点接触歯面垂直抗力補正部87に与えられる。
【0088】
補正項A・(μcom・FNcom)n-1は、切り込み時に1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1の絶対値が小さくなり、切り戻し時に1点接触状態に対する歯面垂直抗力FN1の絶対値が大きくなるように、設定される。これにより、切り込み時に合成摩擦トルクTfの絶対値が小さくなり、切り戻し時に合成摩擦トルクTfの絶対値が大きくなる。これにより、切り込み時および切り戻し時におけるラック軸力推定誤差を低減できる。
【0089】
この変形例においても、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2と、補正後の1点接触状態に対する歯面垂直抗力(FN1+A・(μcom・FNcom)n-1)のうち、その絶対値が大きい方の値を減速機19の歯面垂直抗力FNとして演算し、得られた減速機19の歯面垂直抗力FNに所定の垂直抗力補正係数を乗算することにより、合成歯面垂直抗力FNcomを演算するようにしてもよい。
【0090】
また、2点接触状態に対する歯面垂直抗力FN2と補正後の1点接触状態に対する歯面垂直抗力(FN1+A・(μcom・FNcom)n-1)のうち、その絶対値が大きい方の値を減速機19の歯面垂直抗力FNとして演算し、得られた減速機19の歯面垂直抗力FNに減速機19の摩擦係数μW&Wを乗算し、この乗算結果μW&W・FNに所定の摩擦トルク補正係数を乗算することにより、合成摩擦トルクTfを演算するようにしてもよい。
【0091】
前述の実施形態では、ウォームホイール21とウォームギヤ20の噛み合い摩擦トルク(第1摩擦トルクTfW&W)を演算するための複数の値と複数の補正係数とを用いて、合成摩擦トルクTfを推定している。しかし、ラック17とピニオン16の噛み合い摩擦トルク(第2摩擦トルクTfR&P)を演算するための複数の値と複数の補正係数とを用いて、合成摩擦トルクTfを推定してもよい。また、第2摩擦トルクTfR&Pを推定し、第2摩擦トルクTfR&Pと補正係数とを用いて、合成摩擦トルクTfを推定してもよい。
【0092】
前述の実施形態では、この発明をコラム式EPSに適用した例を示したが、この発明は、伝動装置を複数有するものであれば、電動モータの出力がラック軸に付与されるラックアシスト式EPS等のコラム式EPS以外のEPSにも適用することができる。
例えば、ラック軸と平行に配置された電動モータの回転力がプーリおよびベルトを介して、ラック軸に組み付けられたボールネジ機構に伝達され、ラック軸が移動されるラックパラレル式EPSでは、プーリとベルトからなる伝動装置と、ボールネジ機構の2つの伝動装置とを備える。
【0093】
また、
図1のピニオン軸(以下、第1ピニオン軸という。)とは別に、ステアリングシャフトに連結されない第2ピニオン軸を有し、第2ピニオン軸に対して減速機を介して電動モータが連結されるデュアルピニオン式EPSでは、電動モータの回転力を第2ピニオン軸に伝達する減速機と、2つのラック&ピニオン機構の3つの伝動装置とを備える。第2ピニオン軸とラック軸とで構成されるラック&ピニオン機構は、減速機からラック軸に至るまでの動力伝達経路に配置される第3の伝動装置となる。
【0094】
また、この発明は、ステアバイワイヤシステムにも適用することができる。
その他、この発明は、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0095】
1…電動パワーステアリング装置(操舵装置)、3…転舵輪、4…転舵機構、16…ピニオン、17…ラック、18…電動モータ、19…減速機、46…ラック軸力推定部、48,48A…摩擦トルク推定部、81…すべり速度演算部、82…摩擦係数演算部、83…摩擦係数補正部、84…2点接触歯面垂直抗力演算部、85…2点接触歯面垂直抗力補正部、86…1点接触歯面垂直抗力演算部、87…1点接触歯面垂直抗力補正部、88…最大値選択部、89…乗算部、90…乗算部、91…補正項演算部、92…加算部