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特許7307917生体高分子の濃縮化方法、結晶化方法およびナノ構造基板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】生体高分子の濃縮化方法、結晶化方法およびナノ構造基板
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/04 20060101AFI20230706BHJP
   B01J 19/12 20060101ALI20230706BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20230706BHJP
   C30B 7/00 20060101ALI20230706BHJP
   C30B 30/04 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
C07K1/04
B01J19/12 Z
C07K1/14
C30B7/00
C30B30/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019085309
(22)【出願日】2019-04-26
(65)【公開番号】P2020180091
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2022-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000228165
【氏名又は名称】EEJA株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100162961
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100188640
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 圭次
(74)【代理人】
【識別番号】100146927
【弁理士】
【氏名又は名称】船越 巧子
(72)【発明者】
【氏名】奥津 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】伊東 正浩
(72)【発明者】
【氏名】田倉 章皓
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-010884(JP,A)
【文献】特開2018-048382(JP,A)
【文献】国際公開第2011/030704(WO,A1)
【文献】特開2003-095800(JP,A)
【文献】特表2014-530820(JP,A)
【文献】特開2013-155092(JP,A)
【文献】奥津哲夫 ほか,1D11 金ナノ粒子の表面プラズモン共鳴による分子の光整列効果を用いる膜タンパク質結晶化,2017年 光化学討論会要旨集,2017年
【文献】奥津哲夫,4S7-06 特別企画講演 金表面に吸着した分子の光整列による結晶化,日本化学会第98春季年会(2018)講演予稿集DVD,2018年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体高分子の含有溶液に電磁波を照射しながらナノ構造基板を含侵して生体高分子を濃縮化する濃縮化方法において、当該生体高分子はタンパク質であり、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は金属微粒子群であり、当該金属微粒子群における隣接する金属微粒子は離反して当該基材に固定され、当該金属層群は山谷構造を有しており、かつ、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の濃縮化方法。
【請求項2】
生体高分子の含有溶液に電磁波を照射しながらナノ構造基板を含侵して生体高分子を結晶化する結晶化方法において、当該生体高分子はタンパク質であり、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は金属微粒子群であり、当該金属微粒子群における隣接する金属微粒子は離反して当該基材に固定され、当該金属層群は山谷構造を有しており、かつ、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の結晶化方法。
【請求項3】
上記金属層群が還元析出された金属または合金から構成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載した生体高分子の濃縮化方法または結晶化方法。
【請求項4】
上記金属層群または上記金属層群および上記基体群がプラズモン特性を示すことを特徴とする請求項1または請求項2に記載した生体高分子の濃縮化方法または結晶化方法。
【請求項5】
電磁波が照射される生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板において、当該生体高分子はタンパク質であり、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は金属微粒子群であり、当該金属微粒子群における隣接する金属微粒子は離反して当該基材に固定され、当該金属層群は山谷構造を有しており、かつ、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【請求項6】
上記金属層群または上記金属層群および上記基体群がプラズモン特性を示すことを特徴とする請求項5に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【請求項7】
上記基材が波長600nmにおける吸光度0.05以上の樹脂フィルムであることを特徴とする請求項5に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体高分子の濃縮化方法、結晶化方法および濃縮化または結晶化用ナノ構造基板、特にタンパク質の濃縮化・結晶化方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
生体高分子には細胞、タンパク質、多糖類、リガンド、細胞、抗体、抗原、細胞小器官、脂質、割球、細胞の凝集体、微生物、ペプチド、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)およびそれらの断片などのようなものがある。このような生体高分子の濃縮および結晶化は、診断、治療、細胞生物学、およびプロテオミクスを含む膨大な数の生物医学的用途にとって重要である。例えば、タンパク質の結晶化、特に膜タンパク質の結晶は、X線による構造解析やゲノム解析、バイオセンサー、医薬品などの幅広い応用が期待されている。
【0003】
生体高分子の粒子径は、一般に数ナノメートルから10ナノメートルまでの大きさで、連結力は数ピコニュートンから数百ピコニュートンの力であるとされる。このように生体高分子の結合力が非常に弱いので、これまでにも様々な方法で生体高分子の濃縮化または結晶化方法が提案され、また、金属微粒子体からなる種々のナノ構造基板が提案されてきた。代表的な結晶成長方法は、シッティングドロップ法、ハンギングドロップ法、バルクバッチ法、マイクロバッチ法などがある。
【0004】
生体高分子構造の有力な解析法のひとつにX線結晶構造解析があり、高次の構造を求めるには、良質な結晶が必要である。しかし、多くの生体高分子は結晶化が困難であり、特にタンパク質は、タンパク質分子に異方性があり、溶液の温度や緩衝液の種類やpH、結晶化剤の種類などによって溶解度が変化することから、結晶化が困難である。
【0005】
タンパク質は、水溶性タンパク質と膜タンパク質に分けられる。細胞質中を流動するようなタンパク質が水溶性タンパク質であり、生体膜内に埋もれていたり、あるいは、生体膜に一部が接していたり、入りこんでいたりするタンパク質が膜タンパク質である。膜タンパク質は細胞膜に埋まる形で存在しているため結晶化が特に難しいことが知られている。
【0006】
これまでにも様々な方法で、膜タンパク質の結晶化に成功した事例が多数存在し、これらの成功事例は生体高分子の結晶化に応用することができる。初期には、界面活性剤で膜タンパク質を可溶化し、可溶化した膜タンパク質を塩析で凝集させる結晶化方法があった。
【0007】
例えば、特開2007-230841号公報の請求項1には、「タンパク質溶液の液滴からタンパク質結晶を生成するタンパク質結晶生成方法において、前記タンパク質溶液の液滴の蒸気拡散速度を速めることで結晶核を形成する工程(A)を含むことを特徴とするタンパク質結晶生成方法」が開示され、ハンギングドロップ法(a)、シッティングドロップ法(b)、サンドイッチドロップ法(c)の置き方のいずれでも利用することができることが記載されている(同公報第104段落)。これは、溶媒の吸着剤等を用いることによって水が液滴から蒸発し、その結果、タンパク質の濃度を連続的に増大させようとするものである。
しかし、この方法は、図12に示すように、タンパク質の単分子の間に塩成分が析出しやすく、純粋なたんぱく質の結晶化が困難である。
【0008】
また、特開2014-172833号公報の請求項1には、「膜タンパク質、脂質、光異性化基を有する疎水性部と親水性部とを有する界面活性剤、及び、水を含む組成物を調製する調製工程、並びに、前記組成物中において膜タンパク質結晶を析出させる析出工程を含むことを特徴とする膜タンパク質の結晶化方法」が開示されている。これは、膜タンパク質は細胞膜に埋まる形で存在しているため、界面活性剤で膜タンパク質の結晶化を容易にしようとするものである。
しかし、この方法は、図13に示すように、タンパク質の単分子の間に界面活性剤成分が入り込みやすく、純粋なたんぱく質の結晶化が困難である。
【0009】
その他にも、表面プラズモン共鳴を用いるなど、電磁波を照射する方法がいくつか提案されている。ここで、表面プラズモン共鳴とは、光の波長に比べて十分に小さい金や銀などの金属ナノ粒子に光を照射すると光の電場によって金属ナノ粒子表面に存在する自由電子が集団振動し、電気的な分極が起こる現象である。2010年7月21日に発行されたジャーナル・オブ・ザ・アメリカン・ケミカル・ソサイアティ誌(後述する非特許文献1)の図2には、3個の金ナノ粒子がL字形にそろうと、1個の金ナノ粒子による局在表面プラズモン共鳴により長波長側で、新たな局在表面プラズモン共鳴ピークが観察された旨の記載がみられる。また、2014年に発行されたオレオサイエンス誌(後述する非特許文献2)の図2では、金ナノ粒子コロイドの凝集後の吸収スペクトルを観察すると、一次鎖状集合体の横方向のプラズモン共鳴が短波長側にみられ、縦方向のプラズモン共鳴が長波長側に現れているように説明されている。
【0010】
表面プラズモン共鳴を用いた基板としては、例えば、特開2013-177665号公報(後述する特許文献1)の請求項5には「基板と、前記基板上に積層される30個以上の金属系粒子が互いに離間して二次元的に配置されてなる粒子集合体であって、前記金属系粒子は、その平均粒径が200~1600nmの範囲内、平均高さが55~500nmの範囲内、前記平均高さに対する前記平均粒径の比で定義されるアスペクト比が1~8の範囲内にあり、前記金属系粒子は、その隣り合う金属系粒子との平均距離が1~150nmの範囲内となるように配置されている金属系粒子集合体からなる膜とを備える金属系粒子集合体膜積層基板」が開示されている。
【0011】
また、特許5224306号公報(特許文献2)の請求項には「500~1,000nmの波長範囲に吸収を有する貴金属の蒸着膜を基板の片面全体又は片面の一部に有し、前記貴金属の蒸着膜の波長600nmにおける吸光度が、0.08~0.5であり、前記貴金属の蒸着膜の平均厚さが、0.1~60nmであり、前記貴金属の蒸着膜は、連続した膜であり、かつ、その一部に前記連続した膜に囲まれ、蒸着により形成された窪みを有していることを特徴とする生体高分子の結晶化用基板」が開示されている。
【0012】
また、電磁波の1種である電場を印加することによってタンパク質を結晶化させる方法もある。例えば、特開2008-137961号公報(後述する特許文献3)の請求項1には「タンパク質溶液に、タンパク質の結晶化に必要な試薬を添加してサンプル溶液を生成し、該サンプル溶液を所定の環境下においてサンプル溶液内のタンパク質を結晶化させるタンパク質の結晶化方法において、該サンプル溶液に、析出した結晶のX線回折の解像度が高くなる電圧を印加しながらタンパク質を結晶化させることを特徴とするタンパク質の結晶化方法」が開示されている。
【0013】
電場が印加されると、分極作用(電場的分極)が発生し、図1(b)に示すように、タンパク質の単分子が変性する。このためタンパク質単分子の相互間の接合が容易になり、タンパク質単分子が集合したタンパク質群のクラスター化が促進される効果がある。
しかし、電磁波は、弱めあったり強めあったりする性質があり、また、尖った部分に集中しやすい性質がある。さらに、電場が印加された状態で2個または3個の金属ナノ粒子が近接すると、ホットスポット(ホットスペース)と呼ばれる局所的な高温領域が発生することが知られている。
【0014】
このため均一な電場内に複雑なナノ構造基板を置くと、不規則な電磁場によって局所的な高温領域が発生することがある。そして、この高温領域にタンパク質単分子が入り込むと、タンパク質単分子は、図14(a)に示すように、熱変性を受ける。他方、波長の短い光によっても、周知のように、伸長されたタンパク質単分子は変性しやすい性質がある。天然の生体高分子は安定であるが、可溶化したタンパク質単分子は光変性が起こりやすいという性質のためである。このように変性したタンパク質単分子が集合したタンパク質群に混在すると、図14(b)に示すように、タンパク質群のクラスター化が生じなくなってしまう。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【文献】表面増強ラマン分光法のための金ナノ粒子二量体および三量体における構造活性相関、Journal of the American Chemical Society誌、2010年7月21日発行、132巻31号10903-10910頁
【文献】福岡孝雄・森康夫著、金ナノ粒子自己集合体の表面増強ラマン散乱による超高感度分析、オレオサイエンス誌、2014年発行、14巻1号5-10頁
【特許文献】
【0016】
【文献】特開2013-177665号公報
【文献】特許5224306号公報
【文献】特開2008-137961号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述したように、これまで電磁波の分極作用(電場的分極)をコントロールする技術は存在しなかった。このため生体高分子の単分子が結合する際に、外部の電磁波等によって単分子自体が変質したり、単分子の集合体が変質したり、あるいは、生体高分子の濃縮化や結晶化ができなかったりするなどしていた。すなわち、電場的分極によって局所的な高温領域が発生するなどによってさまざまな課題があった。
【0018】
本発明は上記課題を解決するためになされたものである。本発明は受光面側に電磁波が尖った部分に集中しやすい性質を利用して電磁波を均等に分散させることに成功した。他方、本発明は放射面側の表面積(S)を受光面側の裏面積(S)より大きくすること(S/S>1)によってより穏やかな電場領域を形成することに成功した。本発明の目的は、温和な条件下で生体高分子の濃縮化方法または結晶化方法を提供するものである。また、本発明の目的は、生体高分子の濃縮化または結晶化がしやすい生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、以下の構成を有する。
(1)生体高分子の含有溶液に電磁波を照射しながらナノ構造基板を含侵して生体高分子を濃縮化する濃縮化方法において、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は離反して当該基材に固定され、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の濃縮化方法。
【0020】
(2)生体高分子の含有溶液に電磁波を照射しながらナノ構造基板を含侵して生体高分子を結晶化する結晶化方法において、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は離反して当該基材に固定され、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の結晶化方法。
【0021】
(3)電磁波が照射される生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板において、当該ナノ構造基板は基材、当該基材に固定された基体群、および当該基体群に析出された金属層群から構成され、当該基体群は離反して当該基材に固定され、当該金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)が1を超えることを特徴とする生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【0022】
また、本発明の実施態様項は次のとおりである。
(4)上記金属層が山谷構造を有していることを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0023】
(5)上記基体群が金属微粒子群であることを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0024】
(6)上記金属層群が還元析出された金属または合金から構成されていることを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0025】
(7)上記金属層群または上記金属層群および上記基体群がプラズモン特性を示すことを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0026】
(8)上記生体高分子が膜タンパク質であることを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0027】
(9)上記金属層が山谷構造を有していることを特徴とする(3)に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【0028】
(10)上記基体群が金属微粒子群であることを特徴とする(3)に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【0029】
(11)上記金属層群または上記金属層群および上記基体群がプラズモン特性を示すことを特徴とする(3)に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【0030】
(12)上記基材が吸光度0.05以上の樹脂フィルムであることを特徴とする(3)に記載の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板。
【0031】
(原理)
以下本発明における原理を図面によって説明する。本発明におけるタンパク質の結晶化の原理は、図1の(a)~(f)のステップで基本的に示される。
【0032】
(a)ステップ
(a)に示す図は、過飽和溶液中で遊離したタンパク質を1単位の分子として模式的に図示したものである。隣接する析出層間には隣接距離が近づくとともにタンパク質単分子が連続的により強く変質されていく電場的分極がある。このため、一方の析出層の表面に吸着されたタンパク質分子は隣接距離の狭い谷のほうへ移動する。
【0033】
(b)ステップ
(b)に示す図は、電場的分極が最も強い領域にタンパク質分子が位置したときの状態を示すものである。隣接する析出層間に挟まれたタンパク質分子は強力な電場的分極を受けるので、水平方向に強い分極作用を受け変質する。
【0034】
他方、タンパク質分子の側鎖の部分は極性が異なるので電場的分極を受けない。すなわち、タンパク質分子の長手方向が強力な電場的分極を受けても、タンパク質分子の側鎖の部分は活性化されたままの状態となる。これにより、次のタンパク質分子の側鎖の部分で接合することができるようになる。
【0035】
(c)ステップ
(c)に示す図は、最も下の領域でタンパク質分子が紙面の奥方向へ連結されていくときの様子を模式的に示すものである。連結した複数のタンパク質分子のクラスターは全体で1単位の分子として作用するようになる。また、紙面の奥方向へ進むにしたがって電場的分極が弱まっていくので、適当な個数のタンパク質分子のクラスターがブラウン運動によって最も下の領域から切断される。
【0036】
(d)(e)ステップ
(d)に示す図は、最も下の領域から適当な個数のタンパク質分子のクラスターが切断された直後に、新たなタンパク質分子が落ちてきた場合を示すものである。新たなタンパク質分子の足と切断されたタンパク質分子の足が相互作用によって対をなす。新たなタンパク質分子は、上記の(c)ステップのように適当な個数の後のタンパク質分子のクラスターを構成し、やがて先のタンパク質分子のクラスターと後のタンパク質分子のクラスターが対をなす。なお、新たなタンパク質分子のクラスターの足と切断されたタンパク質分子のクラスターの足が(e)ステップで対をなさない場合は、後述する(f)ステップで先後のタンパク質分子のクラスターが対をなすと考えられる。
【0037】
(f)ステップ
(f)に示す図は、析出層の山々に囲まれたたまり場でタンパク質分子のクラスター対と遊離したタンパク質単分子が自律的に再配列し、多数のタンパク質断片を形成した様子を示す模式図である。このタンパク質分子のクラスター対は電場的分極を受けているので変質しやすく、自律的に最適なタンパク質断片の位置へ再配列することができる。また、再配列したタンパク質断片は活性があるので、濃集して、より活性の高い活性サイトを形成することができる効果がある。
【0038】
本発明において、基材上で析出層を構成する山の配列や個数や表面形態は適宜選択することができる。このため結晶化しにくい膜タンパク質の場合や変質しやすい生体高分子の場合などは、(f)ステップにおける山谷構造のたまり場の容積を大きくしたり小さくしたり、たまり場の個数を増やしたり減らしたりしてこれらの結晶化を適宜促進することができる。
【0039】
以下、本発明の用語を解説する。
(生体高分子の含有溶液)
本発明において、生体高分子には生体高分子の単分子も含む。また、含有溶液には生体高分子のまま単離している場合と生体高分子がイオン的に溶解している場合も含む。すなわち、本発明において、生体高分子を含有する溶液は溶液中に生体高分子が集合体として存在していてもよく、可溶化して単分子として存在していてもよいことを意味する。好ましくは過飽和溶液である。生体高分子の(重量平均)分子量は1,000以上であることが好ましく、1,000以上100万以下がより好ましい。
【0040】
生体高分子として具体的には、ポリペプチド、例えば大腸菌、酵母、動物細胞における発現によって得た後に慣用的な方法で単離されたポリペプチド、タンパク質、合成ポリペプチドや合成タンパク質等の合成物、および、核酸(例えば、DNAなど。)、並びに、それらの誘導体、例えば、糖タンパク質、DNAコンジュゲート等が例示できる。これらの中でも、生体高分子としては、ポリペプチド、タンパク質およびこれらの誘導体が好ましく、タンパク質およびその誘導体、特に膜タンパク質がより好ましい。また、タンパク質には、酵素も含まれる。
【0041】
例えば、生体高分子は溶液の温度や緩衝液の種類やpH、結晶化剤や界面活性剤などによってその溶解度が変化する。pHは4~8が好ましい。生体高分子の単分子が電磁波の影響を受けやすくなるからである。また、生体高分子のうちタンパク質は、細胞質中を流動するようなタンパク質であったり、生体膜内に埋もれていたり、生体膜に一部が接していたり、入りこんでいたりするようなタンパク質であってもよい。タンパク質の場合は準安定領域の過飽和溶液を用いることが好ましい。
【0042】
本発明に用いることができる生体高分子は、より容易に結晶を作製することができるため、その純度および均質性が高いことが好ましい。このため、本発明の生体高分子結晶の濃縮化方法は、結晶の製造に先立って、生体高分子を精製する工程を含むことが好ましい。結晶化前の生体高分子の精製は、公知の方法により行うことができ、例えば、アフィニティークロマトグラフィー、慣用のクロマトグラフィー、rpHPLC、FPLC等によって行うことが好ましい。
【0043】
また、核酸の結晶を製造する場合においては、公知の単離法により単離した後、精製により純度を高めた後に結晶化させることが好ましい。また、タンパク質においては、公知の方法により純度を高め、等電点電気泳動法または光散乱法等により純度を確認した後に結晶化させることが好ましい。また、生体高分子や溶媒、結晶化剤以外にも、必要に応じて、生体高分子の溶液に公知の添加剤を添加してもよい。この添加は1回で行っても、複数回に分けて行ってもよい。
【0044】
本発明の生体高分子の濃縮化および結晶化方法では、本発明のナノ構造基板を浸漬して生体高分子の溶液と接触させる接触工程を含む。ここで、生体高分子の溶液は、上述したように、生体高分子と前記生体高分子を溶解する溶媒とを含む液であればよい。生体高分子が完全に溶解した溶液であることが好ましい。生体高分子の溶液に使用する溶媒は、使用する生体高分子に応じてそれぞれ独立に選択でき、水、有機溶媒、または、水および水と混合する有機溶媒(水性有機溶媒)の混合物などが例示できる。生体高分子にファンデルワールス力が作用する水が好ましい。
【0045】
生体高分子の溶液中における生体高分子の濃度については、特に制限はなく、例えば、飽和濃度の1~100%である溶液または過飽和の溶液が例示できる。飽和濃度の80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、飽和濃度であるか過飽和であることが特に好ましい。また、溶液濃度を維持するため、溶質である生体高分子の補充、温度の低下、または、沈殿剤の追加等を行ってもよい。
【0046】
また、本発明における生体高分子の溶液は、結晶化剤を含有していてもよい。ここで、結晶化剤とは、生体高分子、好ましくは生体高分子の溶解度を下げる働きをする化合物を意味し、沈殿剤、pH緩衝剤、その他高分子の結晶化に使用される添加剤等の化合物が挙げられる。結晶化剤としては、塩類、有機溶媒、水溶性高分子等が例示でき、公知のものを用いることができる。また、使用する結晶化剤の種類は、使用する生体高分子に応じて適宜選択すればよい。
【0047】
塩類としては、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、有機酸塩、および、アルカリ金属またはアルカリ土類金属のハロゲン化物などを用いることができ、具体的には、硫酸アンモニウム、塩化ナトリウム、および、クエン酸ナトリウムが例示できる。有機溶媒としては、水溶性の有機溶媒を例示できる。具体的には、例えば、2-メチル-2、4-ペンタジオール(MPD)やエタノール、プロパノールジオキサンなどを用いることができる。水溶性高分子としては、ポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールなどが例示できる。結晶化剤の添加量は、特に制限はなく、使用する生体高分子および使用する結晶化剤の種類に応じ、適宜設定すればよい。
【0048】
(山谷構造)
本発明においては、金属層群の総放射面側からナノ構造基板をみたとき、金属層群が山谷構造を有していることが好ましい。また、基体群が金属微粒子群であることがより好ましい。また、金属層群または金属層群および基体群の複合粒子群がプラズモン特性を示すことがさらに好ましい。また、山谷構造は、金属層群の総放射面側において滑らかな連続膜であることが好ましい。析出された金属層群がなく、隣接する金属微粒子が基材に離れて固定された、基体群だけからなるナノ構造基板の場合、総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)は1である。
【0049】
金属層群の山谷構造は、具体的には、表面からナノ構造基板を顕微鏡観察したとき金属層間の境界に黒い溝模様が観察される状態をいう。金属層を形成する析出粒子の凝集力は強いので析出時間を少し長くすると、析出粒子は谷構造を埋めて水平にする方向に析出する。このように薄く水平に析出した層は、これまで、めっき業界では均一な薄層ないし極薄層と呼んでいた。このような場合、金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)と総受光面側における幾何学的な裏面積(S)との比(S/S)は1未満である。本発明はこの極薄層に至る前の膜厚が300nmまでの金属層群の構造を山谷構造と称している。
【0050】
山谷構造であるナノ構造基板に200℃以下の低温熱処理を行うと、例えば、湿式めっきによる析出粒子群の歪みとり熱処理、いわゆる金属の回復熱処理を行うことができる。この回復熱処理によって析出粒子群の露呈面が再編成される。再編成された析出粒子群の山谷構造を観察すると、山部と谷部の輪郭が明瞭になる。
【0051】
(金属層)
本発明において、金属層は液相または気相から析出された金属の層である。いわゆる湿式めっきまたは乾式めっきされた金属の層である。液相が好ましく、水溶液から還元析出された、例えば湿式めっきがより好ましい。湿式めっきには置換めっき、化学めっき、無電解めっき、電気めっきなどさまざまなめっき手法を用いることができる。さらに好ましくは、置換めっきや化学めっきや無電解めっきなどの湿式めっきによる金属層、特に自己触媒的に析出する無電解めっきが好ましい。高さが不ぞろいな金属層からなる複合粒子群が得やすいからである。このような複合粒子群の活性面を生体高分子の吸着・脱離作用に用いることができる。なお、湿式めっきは、析出速度の極端に遅い自己触媒式無電解めっき液または置換めっき液を用いてめっき作業を行うことが特に好ましい。
【0052】
また、金属層の金属は、金、銀、白金、パラジウムまたはこれらの合金であることが好ましい。特に金および銀が好ましい。プラズモンが発現するので、最良の山谷構造を確認できるからである。合金は共析めっきをすることができる。例えば、カーボンブラックや酸化シリコンや酸化チタンのエアロゾル等の非金属を無電解めっき液中に添加してもよい。
【0053】
金析出粒子からなる金属層では山谷構造の形状が異なっても、ほぼ530nm付近にプラズモン吸収を示す。基体群が金属微粒子群である場合、小さな半球体と大きな半球体が接合された形状を構成する。プラズモン吸収の波長は析出粒子群の金属種に依存する。また、本発明の金析出粒子群によるダルマ状形状のプラズモンの強度は、めっき時間の増加、すなわち析出粒子群の総重量に依存して赤方に偏移する。
【0054】
(微粒子体)
本発明の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板において、微粒子体が離散して基板に固定されることとしたのは、入射する電磁波を基体群に均等に分散させるためである。微粒子体の材質は特に限定されない。金属、セラミック、ガラス、プラスチックなどあらゆる素材を用いることができる。微粒子体は、インクジェットや3Dプリンターによって水平方向に間隔をあけて整列することができる。インクジェット等で小さな半球を形成した場合は、小さな半球体上に大きな半球体が接合された形状を構成する。また、真空蒸着のような乾式めっきによって微粒子体を形成することができる。さらに、可視光に透過性のある基材にV溝やくぼんだ凹みを設けて微粒子体を整列させることができる。
【0055】
微粒子体は、好ましくは金属または合金である。電磁波を微粒子体内部へ吸収し、微粒子体表面から新たな電磁波を放出することができるからである。微粒子体の材質は金属層の金属と同一種類の金属を用いることが好ましい。微粒子体は、溶液中、特に水溶液中から湿式還元されたものが好ましい。
【0056】
微粒子体は、例えば球体、長球体、立方体、切頭四面体、双角錘、正八面体、正十面体、正二十面体等の種々の形状であってよい。固定化された端部は半球状に埋設されていることが好ましい。適当な分散剤を用いると、所定の間隔に微粒子体を自己集合化させることができる。例えば、特表2017-524829号公報に自己集合化が例示されている。金属イオンの溶解した水溶液に還元剤を投入し、5~200nmの範囲の直径を有する球状の金属微粒子体(酸化状態=0)が還元されることが記載されている。同公報0077~0081段落では金属微粒子体の凝集を防ぐために様々な界面活性剤等の安定剤が用いられている。このような界面活性剤等を用いると、微粒子体を比較的均一に分散させることができるので、それぞれ離反した微粒子体の一部を基材上に容易に固定することができる。
【0057】
基板に固定された微粒子体の端部が還元された微粒子体である場合、微粒子体の平均粒径は10~200nmであることが好ましい。5~50nmであることがより好ましい。さらに好ましい下限値は10nm以上である。10nm未満ではナノ粒子群が金属層群の核とならないことが少なくなるからである。特に好ましい下限値は15nm以上である。他方、微粒子体の平均粒径の上限値が50nmを超えると、生体高分子が吸着しにくくなることがある。より好ましい上限値は40nm以下である。微粒子体の間隔は40nm以下が好ましい。さらに好ましくは30nm以下である。還元金属の微粒子体を自己集合化させると、通常は10nm以下になる。
【0058】
微粒子体の露呈面は析出粒子群の析出核となる。このため微粒子体と金属層が同種の金属であることが好ましい。金属の微粒子体は水相中で還元された微粒子体であることがより好ましい。特に自己集合化された微粒子体であることが望ましい。
【0059】
(電磁波の照射)
本発明においては、ナノ構造基板に電磁波が照射される。入射した電磁波によって複合粒子から電場的分極が発生し、この電場的分極が生体高分子に作用するからである。本発明のナノ構造基板を用いると、電磁波による分極作用が緩和されているので、生体高分子が変質したり、劣化したりすることが少なくなる。電磁波発生装置の出力は弱めることができる。また、表面積(S)と裏面積(S)との比(S/S)を1.05以上にすることもできる。
【0060】
ここで、半球体換算の幾何学的な表面積(S)というのは、ナノ構造基板から金属層を溶液で溶かし、その溶液から求めた金属層の総重量に基づいて幾何学的形状が同一の半球体が形成されたとした場合の半球体群の総表面積(S)をいう。他方、半球体換算の幾何学的な裏面積(S)というのは、基体群が金属微粒子群である場合、溶液中に分散している金属微粒子群の平均粒径から求めた半球体換算の幾何学的な裏面積(S)に基材上の個数を乗算し、この値にさらに基材の非固定部分の面積を合算したものである。実際の表面積を意味するものではない。
【0061】
電磁波照射工程において照射する光の波長は、特に制限はないが、400nmより長波長であることが好ましく、450~2,000nmであることがより好ましく、600~1,500nmであることが更に好ましく、600~1,200nmであることが特に好ましい。また、前記電磁波照射工程において照射する光は、単色光でも連続光でもよい。円偏光波や直線偏光波が好ましい。基材に固定された微粒子体の粒径は波長が長くなれば相対的に大きくすることができる。
【0062】
本発明において可視光の場合は、波長400nm~780nmであることが好ましい。近赤外光を用いる場合は、波長780nmを超え2,500nm以下であることが好ましく、波長780nmを超え2,000nm以下であることがより好ましい。照射する光の強度は、適宜選択できるが、通常は、数μWないし数100Wの範囲にある強度の光を用いることができる。
【0063】
電磁波照射は、定常波でもよく、パルス波でもよい。必要に応じて、照射強度、1パルス当たりのエネルギー、パルス間隔等を変化させることもできる。電磁波照射は、定常光を連続して照射することが好ましいが、間歇的にまたは途中中断して行ってもよい。照射時間は、特に制限はなく、結晶が生成するまで連続的にまたは間歇的に照射してもよい。
【0064】
また、電磁波照射手段としては、例えば、光源、および、光を前記溶液まで導くための光学系より構成することができる。光源から照射試料まで光を導く光路に用いられる、レンズ、ミラー等の光学部品が光を効率よく透過あるいは反射するものを用いることが好ましい。光源には、前述した定常点灯光源やレーザー光源を好適に用いることができる。また、前記光学系には、適宜、反射鏡、集光レンズ、光フィルター、赤外線遮断フィルター、光ファイバー、導光板、非線形光学素子等の光学部材を使用することができる。
【0065】
例えば、ナノ秒の近赤外パルスレーザーを生体高分子の過飽和溶液に照射することができる。また、集光近赤外レーザーの光圧で生体高分子の単分子を補足することができる。また、電磁波を照射する場合、光異性化するアゾベンゼンを骨格とした光機能性界面活性剤を脂質立方相に添加することもできる。
【0066】
(基材)
本発明のナノ構造基板において、基材は600nm波長における吸光度が0.01~1.0の樹脂フィルムまたはガラスであることが好ましい。吸光度0.05以上の樹脂フィルムであることがより好ましい。ガラスよりも樹脂フィルムのほうが便利だからである。例えばポリイミド樹脂、ポリアミド酸樹脂、フルオレン樹脂、ポリシロキサン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂、ビニル樹脂、フェノール樹脂等や、イオン交換樹脂などを挙げることができる。この樹脂材料は、単独の樹脂からなるものであっても良く、複数の樹脂を混合して用いたものでも良い。
【0067】
(結晶化容器)
本発明の結晶化容器は、本発明のナノ構造基板を備えた結晶化容器である。また、本発明の結晶化容器は、容器自体と本発明のナノ構造基板とが物理的または化学的に結合していても、結合していなくともよい。具体的には、例えば、本発明の結晶化容器中に本発明のナノ構造基板の蓋を接着してもよいし、本発明のナノ構造基板を容器中に単に入れるだけでもよい。また、本発明の結晶化容器は、本発明のナノ構造基板を1つのみ有していても、2以上有していてもよい。2個以上有している場合、特に多数個も受けた場合には、サンプルを同時に並行処理することができる。
【0068】
本発明の結晶化容器の形状は、本発明のナノ構造基板における前記山谷構造と、結晶化させるものを含む溶液とを接触させることができる形状の容器であれば、特に制限はなく、所望の形状であればよい。本発明の結晶化容器は、結晶化時における結晶化させるものを含む溶液の蒸発を抑制するため、密閉可能な容器であることが好ましい。また、本発明の結晶化容器は、少なくとも一部が透明であることが好ましい。本発明の結晶化容器の大きさは、特に制限はなく、必要に応じて、適宜選択すればよい。
【0069】
(保管工程)
本発明の生体高分子の濃縮化方法は、濃縮した生体高分子群の溶液を冷暗所で保管する保管工程を更に含むことができる。電磁波照射工程と同時に保管工程を行ってもよい。例えば、電磁波照射を行いながら生体高分子群の溶液を静置して結晶を生成させてもよい。
【0070】
保管時間は、生体高分子群の成長が十分に行われる条件の下で適宜選択することができ、例えば、生体高分子群や結晶化剤、使用した溶媒の種類や、結晶生成の有無、生成した結晶の大きさ等を考慮して、適宜決定すればよい。また、保管時の温度は、生体高分子群の結晶化を妨げる温度でなければ、特に制限はない。また、保管時の温度は、一定温度に保っても、変化してもよいが、温度変化が1℃以内であることが好ましい。
【0071】
また、保管工程における生体高分子群の溶液は、密閉容器に入れて保管しても、非密閉容器に入れて保管してもよい。容器内外において、雰囲気中の溶媒量、例えば、湿度は、必要に応じ、適宜設定することができる。また、容器内外の雰囲気は、使用する生体高分子群の種類に応じて適宜選択すればよく、例えば、大気雰囲気下であっても、窒素雰囲気下であっても、アルゴン雰囲気下であってもよい。
【0072】
また、保管工程では、静置して保管しても、撹拌しながら保管しても、連続的、間歇的または一時的に振動を与えてもよい。撹拌しながら保管することができる。また、保管工程で微振動を与えることにより、大粒の結晶を得られることがある。保管工程における撹拌の振動数は、10rpm以300rpm以下であることが好ましく、20rpm以上100rpm以下であることがより好ましく、30rpm以上60rpm以下であることが更に好ましい。
【0073】
振動手段としては、公知の振動、撹拌、超音波発生手段等を用いることができる。振動手段における振動子としては、圧電振動子、吸引力、電磁力など、様々な構成のものが挙げられ、振動を与えられるものであれば特に制限はない。生体高分子溶液に微振動を与える方法としては、例えば、生体高分子が溶解した溶液を入れた容器を振動している振動手段に接触させる方法、生体高分子が溶解した溶液を入れた容器をプレートに固定し、プレート全体を振動させる方法等が挙げられる。
【0074】
保管手段としては、例えば、接触した前記貴金属膜と生体高分子溶液とを保管可能な手段であれば、特に制限はないが、接触した前記貴金属膜と生体高分子溶液とを静置可能な手段であることが好ましく、接触した前記貴金属膜と生体高分子溶液とを密閉空間において静置可能な手段であることがより好ましい。
【0075】
温度調節手段としては、公知の加熱手段や冷却手段、および、これらの組み合わせを例示でき、また、温度の検出は、生体高分子溶液や混合液等の内部温度を検出しても、周囲の外気温を検出してもよい。また、温度調節手段は、必要な温度調節を行うプログラム回路を備えていてもよい。
【0076】
(その他)
また、本発明の生体高分子の濃縮化方法における結晶化の形式は、特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。特に、生体高分子の結晶化を行う場合には、例えば、ハンギングドロップ蒸気拡散法、シッティングドロップ蒸気拡散法、サンドイッチドロップ蒸気拡散法、ミクロ透析法、自由界面拡散法、保管バッチ法等の方法を好適に用いることができる。その他の生体高分子の結晶化を促進する条件は、日本生化学会編、新生化学実験講座1「蛋白質I-分離・精製・性質-」、高野常弘氏執筆、第14章「結晶化」、および、A. McPherson著、“Preparation and Analysis of Protein Crystals”(John Wiley & Son、 Inc.)などを参照することができる。
【0077】
本発明の生体高分子の濃縮化方法に使用することができる装置としては、特に制限はなく、公知の手段や装置を組み合わせてもよい。本発明の生体高分子の濃縮化方法に使用することができる装置は、前記貴金属膜に光を照射する電磁波照射手段を備えていることが好ましく、必要に応じて、溶液調製手段や、温度調節手段、湿度調節手段、撹拌手段、振動手段、保管手段、結晶有無の判定手段、添加剤添加手段など各種の手段を具備させることができる。また、本発明の生体高分子の濃縮化方法には、必要な手段を1以上有する装置を2以上組み合わせて使用してもよく、必要な全ての手段が備わった単一の装置を使用してもよい。
【0078】
また、本発明の生体高分子の濃縮化方法に使用することができる装置は、必要に応じて、前記溶液中における結晶核の生成、溶液のpH等を検出し、また、これらを制御するための装置、回路、プログラムを具備していてもよい。結晶条件の検出および制御のためには、複数の結晶条件検出用セルを1チップ化した装置とすることが好ましい。このような検出チップは、特開2001-213699号公報に記載されているように、半導体装置の一般的な製造プロセスにより製造することができる。また、本発明の結晶化、特に生体高分子の濃縮化方法に使用することができる装置に、特開平6-116098号公報に記載されているような、結晶核の生成または結晶成長には寄与しないが、結晶核の生成状況を検出するための生体高分子が吸収しない長波のレーザー光を使用する手段を備えることもできる。
【0079】
本発明の生体高分子の濃縮化方法によって得られた生体高分子結晶は、X線結晶構造解析のための試料に供されるばかりでなく、一般に保存安定性が極めて高いので、予防用または治療用剤形として医薬組成物に使用することが可能であり、生体高分子が結晶型であることにより特に有利な投与が可能になる。生体高分子結晶は、例えば経口、皮下、皮内、腹腔内、静脈内、筋肉内等の投与に適当である。本発明の生体高分子の濃縮化方法によって得られた生体高分子結晶は、活性物質として、結晶化された生体高分子の薬理学的有効量、および、必要に応じて1種または2種以上の慣用の医薬的に許容される担体からなる医薬組成物に好適に用いることができる。
【0080】
また、本発明の生体高分子の濃縮化方法によって得られた生体高分子結晶は、原理的に、多くの生体高分子について知られているのと同じ方法で、医薬製剤中に、例えば薬理学的に有効な生体高分子0.001μg/kg~100mg/kg体重の1日用量を投与するためのデポ製剤として使用することができる。したがって、広範囲の様々な生体高分子が本発明によって結晶化された形態で、例えば治療剤デポ製剤、抗原デポ製剤、DNAデポ製剤または糖デポ製剤として使用できる。結晶中に含有される結晶化補助剤はしかも、アジュバント(ワクチン接種において)として使用することができる。
【0081】
本発明の生体高分子の濃縮化方法に使用することができる装置は、必要に応じて、溶液調製手段や、保管手段、温度調節手段、湿度調節手段、撹拌手段、振動手段、結晶有無の判定手段、添加剤添加手段など各種の手段を具備させることができる。また、これらの必要な手段を1以上有する装置を2以上組み合わせて使用してもよく、必要な全ての手段が備わった単一の装置を使用してもよい。
【発明の効果】
【0082】
本発明の生体高分子の濃縮化方法によれば、山谷構造のいたる箇所で生体高分子が穏やかに濃縮化され、ナノ構造基板上に生体高分子の濃縮層を形成する効果がある。山谷構造のいたる箇所で生体高分子のクラスターが産出されるものと思われる。さらに、本発明の生体高分子の結晶化方法によれば、ナノ構造基板上の水平面に形成されたこのような濃縮層が生体高分子の結晶核となって生体高分子群の結晶をナノ構造基板上に穏やかに成長させることができる効果がある。
【0083】
他方、本発明の生体高分子の濃縮化または結晶化用ナノ構造基板によれば、入射する電磁波が均等に分散されるので、均質な電磁波を放射することができる効果がある。また、総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)は総受光面側における幾何学的な裏面積(S)よりも大きいので、放射する電磁波は入射する電磁波よりも弱くなる効果がある。さらに、多数の山谷構造のいたる箇所で生体高分子のクラスターが産出されるので、山谷構造のばらつきの影響を受けないという効果がある。このため生体高分子に最適なナノ構造基板を選択することができる効果がある。さらに、この最適なナノ構造基板に適した準安定溶液を選択することができ、またこの最適なナノ構造基板に適した波長の電磁波を選択できる効果がある。
【0084】
さらに、本発明のナノ構造基板によれば、入射する電磁波の種類に応じて基板に固定される微粒子体の大きさや間隔を調整することができる効果がある。また、生体高分子の準安定溶液に応じて山谷構造の金属種や表面形態を適宜変更することができる効果がある。また、山谷構造が湿式めっきによる析出粒子群である場合、1μmから100cmまでの幅広い面積のナノ構造基板であっても簡単に量産することができる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0085】
図1】本発明の原理を説明する概念図である。
図2】比較例の微粒子群を示す図である。
図3】実施例を示す図である。
図4】実施例を示す図である。
図5】実施例を示す図である。
図6】実施例および比較例の電場的分極を示す図である。
図7】実施例を説明するための概略図である。
図8】実施例の顕微鏡写真である。
図9】実施例の顕微鏡写真である。
図10】実施例の顕微鏡写真である。
図11】実施例の顕微鏡写真である。
図12】従来例を説明するための概念図である。
図13】従来例を説明するための概念図である。
図14】従来例を説明するための概念図である。
【0086】
次に、本発明の実施例を、図面を参照しながら、比較例および従来例と共に詳しく示す。しかし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で、本発明の金属シートは種々変更して実施することができる。
【0087】
(比較例)
透明な半硬化性のポリエステル樹脂フィルム(ガラス転移温度(実測値)140℃、吸収スペクトル曲線は図6の一番下の曲線)上に還元金微粒子群(平均粒径20nm)を自己集合化させ、所定の熱処理をしてこの還元金微粒子群を半分沈めて固定した。これを図2に示す。吸収スペクトル曲線は図6の下から2番目の曲線である。幾何学的な表面積(S)と裏面積(S)の比(S/S)は1である。このナノ構造基板を用いた以外は、後述する実施例1と同様にしてタンパク質の結晶化実験を行った。7日経過後も結晶が析出しなかった。
【0088】
(実施例1)
次に、60℃の無電解金めっき液(日本エレクトロプレイティング・エンジニヤース株式会社製プレシャスファブACG3000WXの改良浴)にこの透明な基材を15秒間浸漬し、1サイクルとした。この工程を6サイクル繰り返し、金金属層とした。すなわち、固定した金微粒子体上に金粒子を析出させた複合粒子群である。これを図4に示す。図4に示す金属層群の総放射面側における半球体換算の幾何学的な表面積(S)は、総受光面側における幾何学的な裏面積(S)よりも大きいことが自明である。
【0089】
図4から明らかなように、無数の山谷構造が観察される。山部の各所でL字形ブロック構造が形成されている。このL字形ブロックには、依然、複数個の複合粒子の山谷構造がみられる。このナノ構造基板の吸収スペクトル分布をみた。この吸収スペクトル曲線を図6の上から2番目の実施例の曲線に示す。この実施例1の増径効果は、水平方向の電場的分極によるプラズモンのピーク値が略530nmから略580nm付近まで赤方偏移している。すなわち、このシフトは見かけのアスペクト比が大きくなったことを示す。また、曲線の右方向の870nm付近に垂直方向の電場的分極によるによるプラズモンがみられる。このプラズモンのピーク曲線はナノロッドのプラズモンのピーク曲線と同様である。
【0090】
<タンパク質の結晶化>
タンパク質はニワトリ卵白リゾチームを用いた。タンパク質の濃度は15mg/mL、沈殿剤としてNaCl 0.5/Mの溶液を調製した。この溶液の過飽和度は1.25であり、過飽和でありながら自発的に結晶化が起こらない準安定状態の溶液である。
【0091】
結晶化は、図7に示すようなハンギングドロップ蒸気拡散法で行った。10マイクロリットルのタンパク質溶液を図4に示すナノ構造基板の山谷構造に滴下した。このナノ構造基板を裏返してチャンバーを密閉し、タンパク質溶液の蒸発が起こらないようにした。チャンバー内には滴下したタンパク質溶液と同じ濃度の塩化ナトリウムを含むリザーバー溶液を浸した。600nm未満の波長をカットするカットオフフィルターを介してキセノンランプの光を1時間照射した後、20℃の恒温インキュベータに静置した。
【0092】
実験開始から1日後に観察すると、図8に示すような細かい結晶が出現した。細かい結晶が出現したのは、結晶核がより多く形成されたことを裏付けるものである。すなわち、金微粒子群上に還元析出された金金属層の電場的分極によって、タンパク質単分子が濃縮され、結晶核がより多く形成されるという一連のステップを経て、結晶化が促進されたことを物語っている。
【0093】
(実施例2)
偏光子によってキセノンランプの光を直線偏光にした以外は、実施例1と同様にしてタンパク質の結晶化実験を行った。実施例1と比較すると、約4倍の結晶が出現した。この結果から、図4に示すナノ構造基板の電場的分極によって、金表面に吸着・整列したタンパク質が濃縮化され、結晶核の形成が広範囲にわたって同時進行していったことがわかる。
【0094】
(実施例3)
金めっき工程を9サイクル繰り返して金金属層とした以外は、実施例1と同様にした。これを図5に示す。吸収スペクトル曲線は図6の一番上の曲線である。このナノ構造基板を用いた以外は実施例1と同様にして結晶化実験を行った。幾何学的な表面積(S)と裏面積(S)の比(S/S)が1を超えていることは自明である。実験開始から1日後に観察すると、図9に示すように、細かい結晶が多数出現した。
【0095】
(実施例4)
無電解銀めっきとした以外は、実施例1と同様にして銀金属層を形成した。このナノ構造基板を用いた以外は実施例1と同様にして4ウェルの同時結晶化実験を行った。実験開始から1日後に観察すると、4ウェル中1ウェルで細かい結晶が多数出現した。
【0096】
(実施例5)
膜タンパク質として、高度好塩菌ハロバクテリウム・サリナルムを培養し、19mg/mLまで濃縮した可溶化バクテリオロドプシンを得た。この溶液を含水率40%w/wのモノオレイン脂質と混合し、立方相を形成した。塩溶液としてpH=5.5、および3モルNa/リン酸緩衝液を用いて塩濃度を2.0Mとした。
【0097】
この膜タンパク質溶液を用いた以外は実施例1と同様にして4ウェルの同時結晶化実験を行った。28日後に観察したところ、4ウェル中1ウェルで結晶が出現した。これを図10に示す。
【0098】
(実施例6)
7日後に、カットオフフィルターを介したキセノンランプの光を1時間照射した以外は、実施例1と同様にして4ウェルの同時結晶化実験を行った。14日後に観察したところ、4ウェル中2ウェルで結晶が出現した。さらに、28日後では4ウェル中3ウェルで膜タンパク質の結晶が出現した。
【0099】
14日後の膜タンパク質の結晶は図10と同様の大きさであった。28日後の膜タンパク質の結晶写真は、図11に示すとおり、50μmを超える大きさであった。図10図11に示す顕微鏡写真から、キセノンランプの光照射の回数によって膜タンパク質の結晶が粗大化することがわかる。すなわち、図4に示すナノ構造基板の電場的分極によって、膜タンパク質が濃縮化され、クラスター化が促進され、結晶核のネットワーク化が広い面積にわたって進行していったことを図10図11は示している。
【0100】
(実施例7)
金めっき工程を4サイクル繰り返して金金属層とした以外は実施例1と同様にした。これを図3に示す。吸収スペクトル曲線は図6の下から3番目の曲線である。幾何学的な表面積(S)と裏面積(S)の比(S/S)が1を超えていることは自明である。7日後に観察したところ、結晶が出現していた。
【0101】
上記の実施例1~7と比較例の結果から明らかなように、本発明に係るナノ構造基板を生体高分子の含有溶液に含侵すると、生体高分子が結晶化したことがわかる。また、本発明に係るナノ構造基板では、電磁波の照射によって生体高分子の結晶が析出していることがわかる。これは電場的分極によって生体高分子クラスターが多数のサイトに形成され、この結晶核が平面的なネットワークを構成して結晶化されたことを物語っている。この生体高分子の結晶化効果は、照射条件を最適にすると、さらに増強されることが容易に理解することができる。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明の生体高分子の濃縮化方法または結晶化方法は、生体高分子の結晶成長に有効な方法である。また、本発明の生体高分子の濃縮・結晶成長装置は、環境有害物質の検出やウイルス等の検出に利用することができる。また、本発明の生体高分子の濃縮・結晶成長方法などは、化学センサーやバイオセンサーなどの化学・バイオ計測の産業等に利用可能性がある。


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