(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】信号処理装置、認知機能改善システム、信号処理方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G10L 21/0332 20130101AFI20230706BHJP
G10K 15/04 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
G10L21/0332
G10K15/04 302M
(21)【出願番号】P 2022574502
(86)(22)【出願日】2022-10-24
(86)【国際出願番号】 JP2022039423
【審査請求日】2022-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2021173635
(32)【優先日】2021-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】517182918
【氏名又は名称】ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001926
【氏名又は名称】塩野義製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002815
【氏名又は名称】IPTech弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】長谷 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】高澤 和希
(72)【発明者】
【氏名】小川 公一
(72)【発明者】
【氏名】前田 佳主馬
【審査官】中村 天真
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-032497(JP,A)
【文献】特開平04-296200(JP,A)
【文献】特開昭60-073694(JP,A)
【文献】特開平05-344599(JP,A)
【文献】特開2020-014716(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 15/00-15/12
G10H 1/00- 1/46
G10L 21/00-21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力音響信号を受け付ける手段と、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得する手段と、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力することでユーザの脳内でガンマ波を誘発する手段と、を備える、
信号処理装置。
【請求項2】
入力音響信号を受け付ける手段と、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を、前記部分信号に遅延を付加することなく振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得する手段と、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える、
信号処理装置。
【請求項3】
入力音響信号を受け付ける手段と、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を、
減衰特性を付与することなく、ガンマ波の周波数に対応する周期性を有する変調関数を用いて振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得する手段と、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得する手段と、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える、
信号処理装置。
【請求項4】
前記部分信号は、前記入力音響信号に含まれる音のうち所定の音源種別の音に対応する音響信号である、
請求項1から請求項3のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記部分信号は、前記入力音響信号に含まれる音のうち聴者に対して所定の方向から聞こえる音に対応する音響信号である、
請求項1から請求項3のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記部分信号は、前記入力音響信号に含まれる音のうち所定の周波数帯の音に対応する音響信号である、
請求項1から請求項3のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項7】
前記部分信号は、前記入力音響信号に含まれる音のうち所定の時間区間の音に対応する音響信号である、
請求項1から請求項3のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項8】
前記第2音響信号は、前記入力音響信号から前記部分信号を分離することで得られる音響信号である、
請求項1から請求項3のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項9】
入力音響信号を受け付ける手段と、
ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する補助音響信号を、前記入力音響信号とは独立して生成する手段と、
前記入力音響信号と前記補助音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える、
信号処理装置。
【請求項10】
前記補助音響信号は、ガンマ波の周波数に対応する周期のパルスを有する信号である、
請求項9に記載の信号処理装置。
【請求項11】
前記補助音響信号に含まれる前記パルスの振幅は、前記入力音響信号の振幅に応じて変化する、
請求項10に記載の信号処理装置。
【請求項12】
前記ガンマ波の周波数は、35Hz以上45Hz以下の周波数である、
請求項1、請求項2、請求項3、及び請求項9のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項13】
前記入力音響信号は、音楽コンテンツを含む音響信号である、
請求項1、請求項2、請求項3、及び請求項9のいずれかに記載の信号処理装置。
【請求項14】
ユーザの認知機能を改善するための認知機能改善システムであって、
請求項1、請求項2、請求項3、及び請求項9のいずれかに記載の信号処理装置と、
前記信号処理装置により出力される前記出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせる手段と、を備える、
認知機能改善システム。
【請求項15】
入力音響信号を受け付け、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得し、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得し、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力することでユーザの脳内でガンマ波を誘発する、
信号処理方法。
【請求項16】
入力音響信号を受け付け、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を、前記部分信号に遅延を付加することなく振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得し、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得し、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する、
信号処理方法。
【請求項17】
入力音響信号を受け付け、
前記入力音響信号のうち所定の特徴を備える部分信号を、
減衰特性を付与することなく、ガンマ波の周波数に対応する周期性を有する変調関数を用いて振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する第1音響信号を取得し、
前記入力音響信号から第2音響信号を取得し、
取得された前記第1音響信号と前記第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する、
信号処理方法。
【請求項18】
入力音響信号を受け付け、
ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する補助音響信号を、前記入力音響信号とは独立して生成し、
前記入力音響信号と前記補助音響信号とに基づく出力音響信号を出力する、
信号処理方法。
【請求項19】
コンピュータを、請求項1、請求項2、請求項3、及び請求項9のいずれかに記載の信号処理装置の各手段として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、信号処理装置、認知機能改善システム、信号処理方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
1秒間に40回程度の頻度でパルス性の音刺激を生物に知覚させ、生物の脳内でガンマ波を誘発させると、生物の認知機能改善に効果があるという研究報告がある(非特許文献1参照)。
ガンマ波とは、脳の皮質の周期的な神経活動を、脳波や脳磁図といった電気生理学的手法により捉えた神経振動のうち、周波数がガンマ帯域(25~140Hz)に含まれるものを指す。
【0003】
特許文献1には、脳波の同調を誘導するための刺激周波数に相当する律動的な刺激を作成するために、音波またはサウンドトラックの振幅を増大または減少させることにより、音量を調節することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition Cell 2019 Apr 4;177(2):256-271.e22. doi: 10.1016/j.cell.2019.02.014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、音響信号の振幅を増減させた場合に、音響信号が備えていた情報(例えば、歌唱、またはアナウンス、など)を聴者が聞き取りづらくなることが考えられる。つまり、音響信号の振幅の増減が聴者の音響体験を損なうおそれがある。
【0007】
本開示の目的は、音響体験の劣化を抑制しながら音響信号の振幅を変化させることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様の信号処理装置は、入力音響信号を受け付ける手段と、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する第1音響信号を取得する手段と、取得された前記第1音響信号と前記入力音響信号に基づく第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】第1実施形態の音響システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】第1実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図4】第1実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【
図9】変形例1の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【
図10】変形例2の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【
図11】第2実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図13】第2実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【
図14】第2実施形態における調整済み補助音響信号の合成の説明図である。
【
図15】第2実施形態における調整済み補助音響信号の合成の説明図である。
【
図16】第2実施形態における補助音響信号の合成の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施形態を説明するための図面において、同一の構成要素には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0011】
(1)第1実施形態
第1実施形態について説明する。
【0012】
(1-1)音響システムの構成
音響システムの構成について説明する。
図1は、第1実施形態の音響システムの構成を示すブロック図である。
【0013】
図1に示すように、音響システム1は、信号処理装置10と、音響出力装置30と、音源装置50とを備える。
【0014】
信号処理装置10と音源装置50は、音響信号を伝送可能な所定のインタフェースを介して互いに接続される。インタフェースは、例えば、SPDIF(Sony Philips Digital Interface)、HDMI(登録商標)(High-Definition Multimedia Interface)、ピンコネクタ(RCAピン)、またはヘッドホン用のオーディオインターフェースである。インタフェースは、Bluetooth(登録商標)などを用いた無線インタフェースであってもよい。信号処理装置10と音響出力装置30は同様に、所定のインタフェースを介して互いに接続される。第1実施形態における音響信号は、アナログ信号とデジタル信号との何れか又は両方を含む。
【0015】
信号処理装置10は、音源装置50から取得した入力音響信号に対して音響信号処理を行う。信号処理装置10による音響信号処理は、少なくとも音響信号の変調処理(詳細は後述する。)を含む。また、信号処理装置10による音響信号処理は、音響信号の変換処理(例えば、分離、抽出、または合成)を含み得る。さらに、信号処理装置10による音響信号処理は、例えばAVアンプと同様の音響信号の増幅処理をさらに含み得る。信号処理装置10は、音響信号処理によって生成した出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。信号処理装置10は、情報処理装置の一例である。
【0016】
音響出力装置30は、信号処理装置10から取得した出力音響信号に応じた音を発生させる。音響出力装置30は、例えば、ラウドスピーカ(アンプ内蔵スピーカ(パワードスピーカ)を含み得る。)、ヘッドホン、またはイヤホンである。
音響出力装置30は、信号処理装置10とともに、一装置として構成することもできる。具体的には、信号処理装置10および音響出力装置30は、TV、ラジオ、音楽プレーヤ、AVアンプ、スピーカ、ヘッドホン、イヤホン、スマートフォン、またはPCに実装可能である。信号処理装置10および音響出力装置30は、認知機能改善システムを構成する。
【0017】
音源装置50は、入力音響信号を信号処理装置10へ送出する。音源装置50は、例えば、TV、ラジオ、音楽プレーヤ、スマートフォン、PC、電子楽器、電話機、ゲーム機、遊技機、または、放送もしくは情報通信により音響信号を搬送させる装置である。
【0018】
(1-1-1)信号処理装置の構成
信号処理装置の構成について説明する。
図2は、第1実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【0019】
図2に示すように、信号処理装置10は、記憶装置11と、プロセッサ12と、入出力インタフェース13と、通信インタフェース14とを備える。信号処理装置10は、ディスプレイ21に接続される。
【0020】
記憶装置11は、プログラム及びデータを記憶するように構成される。記憶装置11は、例えば、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、及び、ストレージ(例えば、フラッシュメモリ又はハードディスク)の組合せである。プログラム及びデータは、ネットワークを介して提供されてもよいし、コンピュータにより読み取り可能な記録媒体に記録して提供されてもよい。
【0021】
プログラムは、例えば、以下のプログラムを含む。
・OS(Operating System)のプログラム
・情報処理を実行するアプリケーションのプログラム
【0022】
データは、例えば、以下のデータを含む。
・情報処理において参照されるデータベース
・情報処理を実行することによって得られるデータ(つまり、情報処理の実行結果)
【0023】
プロセッサ12は、記憶装置11に記憶されたプログラムを読み出して実行することによって、信号処理装置10の機能を実現するコンピュータである。なお、信号処理装置10の機能の少なくとも一部が、1又は複数の専用の回路により実現されてもよい。プロセッサ12は、例えば、以下の少なくとも1つである。
・CPU(Central Processing Unit)
・GPU(Graphic Processing Unit)
・ASIC(Application Specific Integrated Circuit)
・FPGA(Field Programmable Array)
・DSP(digital signal processor)
【0024】
入出力インタフェース13は、信号処理装置10に接続される入力デバイスからユーザの指示を取得し、かつ、信号処理装置10に接続される出力デバイスに情報を出力するように構成される。
入力デバイスは、例えば、音源装置50、物理ボタン、キーボード、ポインティングデバイス、タッチパネル、又は、それらの組合せである。
出力デバイスは、例えば、ディスプレイ21、音響出力装置30、又は、それらの組合せである。
【0025】
さらに、入出力インタフェース13は、例えば、A/D変換器、D/A変換器、増幅器、ミキサ、フィルタ、などの信号処理用ハードウェアを含み得る。
【0026】
通信インタフェース14は、信号処理装置10と外部装置(例えば、音響出力装置30、または音源装置50)との間の通信を制御するように構成される。
【0027】
ディスプレイ21は、画像(静止画、または動画)を表示するように構成される。ディスプレイ21は、例えば、液晶ディスプレイ、または有機ELディスプレイである。
【0028】
(1-2)実施形態の一態様
第1実施形態の一態様について説明する。
図3は、第1実施形態の一態様の説明図である。
【0029】
(1-2-1)実施形態の概要
図3に示すように、信号処理装置10は、音源装置50から入力音響信号を取得する。信号処理装置10は、入力音響信号に基づいて、第1音響信号および第2音響信号を含む複数の中間音響信号を生成する。
図3の例では、第1音響信号は、入力音響信号のうち楽器を音源とする音響成分に相当する部分信号であり、第2音響信号は、入力音響信号のうちボーカルを音源とする音響成分に相当する部分信号である。
【0030】
信号処理装置10は、中間音響信号の一部である第1音響信号に対して変調を行うことで、変調済み第1音響信号を生成する。変調は、例えば35Hz以上45Hz以下の周波数を持つ変調関数を用いた振幅変調である。これにより、第1音響信号には、上記周波数に対応する振幅の変化(音量の強弱)が付加される。信号処理装置10は、中間音響信号の残部である第2音響信号に対して変調を行わない。
【0031】
信号処理装置10は、このように部分的に変調された中間音響信号(つまり、変調済み第1音響信号、および第2音響信号)に基づいて、出力音響信号を生成する。信号処理装置10は、出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生させる。
【0032】
ユーザUS1(「聴者」の一例)は、音響出力装置30から発せられた音を聴く。ユーザUS1は、例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者である。前述のように、出力音響信号は、35Hz以上45Hz以下の周波数を持つ変調関数を用いて変調された第1音響信号に基づいている。故に、ユーザUS1が音響出力装置30から発せられた音を聴くことで、ユーザUS1の脳内においてガンマ波が誘発される。これにより、ユーザUS1の認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果が期待できる。他方、第2音響信号は、変調されていないので、当該第2音響信号に関するユーザUS1の音響体験の劣化は抑制される。
【0033】
(1-2-2)実験結果
本開示の技術による効果を検証するために行った実験について説明する。
本実験では、聴覚が正常な若年の被験者17名に対して、本開示の技術により生成された音響信号に基づく出力音を聴かせ、その際の被験者の脳内におけるガンマ波の誘発の程度を評価した。また、比較のために、本開示の技術とは異なる方法で生成した音響信号に基づく出力音を聴かせた場合におけるガンマ波の誘発の程度も評価した。ガンマ波の誘発の程度は、被験者の頭部に装着した電極により計測した。生成された音響信号に応じて出力音を発する音響出力装置としては、被験者の頭部に装着されるヘッドホンを採用した。
【0034】
図17は実験系を示す図である。静かな磁気シールドルーム内の被験者に対して、ヘッドホンにより音刺激(出力音)を提示した。実験参加者の前にはLCDモニタを設置し、被験者の意識レベルを一定に保つために無声の短編アニメーション映像を再生した。被験者の頭部には、脳波測定のためのアクティブ電極を設置した。
【0035】
被験者に提示する音刺激として、TV放送のニュース番組と音楽番組を録音したものを用意した。ニュース番組からは、オープニングのナレーション、経済、エンターテインメント、及び天気予報の4カ所を選んで使用した。音楽番組からは、女性歌手ソロ2名、男性歌手ソロ、及び男性グループの4カ所を選んで使用した。また、これらの音源(未変調音)を、本開示の技術を用いて処理することで、部分的に変調された音響信号(部分変調音)を生成した。具体的には、市販の音声分離ソフトウェアを用いて音源を音声(人の声)とそれ以外の背景音に分離した。そして、40Hz正弦波を変調関数として背景音を振幅変調した変調済み背景音と、振幅変調されていない音声とを合成することで、部分変調音を生成した。また、比較用に、分離前の音源全体を同じ変調関数で振幅変調した音響信号(全体変調音)も生成した。加えて、1kHz正弦波と、それを40Hz正弦波で変調した変調済み正弦波を生成した。さらに、40Hz周期のパルス列からなる音(1パルスに1kHz正弦波が1波含まれる。)を生成した。まとめると、本実験で使用した音刺激は、パルス列S1、変調済み1kHz正弦波S2、未変調1kHz正弦波S3、全体変調されたニュース音源S4、部分変調されたニュース音源S5、未変調のニュース音源S6、全体変調された音楽音源S7、部分変調された音楽音源S8、及び未変調の音楽音源S9の、9パターンである。
【0036】
上記の各音刺激の長さは15秒とし、各パターンにつき4回ずつランダムに呈示した。これらの刺激をヘッドホンにより等価騒音レベル72dBで呈示した。刺激を呈示する間に、被験者のCzに設置したアクティブ電極から得られた脳波波形について、刺激パターンごとにPLI(Phase Locking Index)を計算した。
【0037】
図18は、実験結果を示す図である。具体的には、
図18は、S1からS9までの9パターンの音刺激に対する、17名の被験者のPLIの平均値と標準偏差を示している。
図18に示すように、未変調音(S3、S6、及びS9)に対して、全ての変調音(S2、S4、S5、S7、及びS8)でPLIの向上が見られた。未変調音のPLIは全て0.03以下であった。本開示の技術を用いて生成した部分変調音(S5及びS8)のPLIは、全体変調音(S2、S4、及びS7)のPLIよりは小さいが、未変調音(S3、S6、及びS9)のPLIよりは顕著に大きい。また、全体変調音は音声部分(ニュースを読み上げる声又は歌声)が変調されているが、部分変調音は音声部分が変調されておらず音声の明瞭度が損なわれないため、部分変調音の方が全体変調音よりも聴者にとっての音響体験の劣化が少ない。すなわち、本実験によれば、本開示の技術を用いることで音響体験の劣化を抑制しつつユーザのガンマ波を誘発できることが示された。この結果は、音響システムが、ユーザが日常的に聴取しても不快に感じにくい音刺激を出力することで、ユーザの認知機能を改善できる可能性を示している。
【0038】
(1-3)音響信号処理
第1実施形態の音響信号処理について説明する。
図4は、第1実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
図4の処理は、信号処理装置10のプロセッサ12が、記憶装置11に記憶されたプログラムを読み出して実行することによって実現される。なお、
図4の処理の少なくとも一部が、1又は複数の専用の回路により実現されてもよい。後述する
図9及び
図10の処理についても同様である。
図5は、音響信号の周波数の特徴の説明図である。
図6は、音響信号の時間の特徴の説明図である。
図7は、音響信号の出力の特徴の説明図である。
【0039】
図4の音響信号処理は、以下の開始条件のいずれかの成立に応じて開始する。
・他の処理又は外部からの指示によって
図4の音響信号処理が呼び出された。
・ユーザが
図4の音響信号処理を呼び出すための操作を行った。
・信号処理装置10が所定の状態(例えば電源投入)になった。
・所定の日時が到来した。
・所定のイベント(例えば、信号処理装置10の起動、または
図4の音響信号処理の前回の実行)から所定の時間が経過した。
【0040】
図4に示すように、信号処理装置10は、入力音響信号の取得(S110)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、音源装置50から送出される入力音響信号を受け付ける。
ステップS110において、信号処理装置10は、入力音響信号のA/D変換をさらに行ってもよい。
【0041】
入力音響信号は、例えば、以下の少なくとも1つに対応する。
・音楽コンテンツ(例えば、歌唱、演奏、またはそれらの組み合わせ(つまり、楽曲)。動画コンテンツに付随する音声コンテンツを含み得る。)
・音声コンテンツ(例えば、朗読、ナレーション、アナウンス、放送劇、独演、会話、独言、またはそれらの組み合わせの音声など。動画コンテンツに付随する音声コンテンツを含み得る。)
・他の音響コンテンツ(例えば、電子音、環境音、または機械音)
ただし、歌唱、または音声コンテンツは、人間の発声器官により発せられる音声に限られず、音声合成技術により生成された音声を含み得る。
【0042】
ステップS110の後に、信号処理装置10は、中間音響信号の生成(S111)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS110において取得した入力音響信号に基づいて、複数の音響信号を含む中間音響信号を生成する。
【0043】
中間音響信号は、2つに限らず3以上の音響信号を備えてもよいが、以降の説明では第1音響信号および第2音響信号を備えることを前提とする。第1音響信号および第2音響信号は、少なくとも1つの特徴について異なる。例えば、第1音響信号および第2音響信号のいずれか一方が所定の特徴を備え、他方が当該特徴を備えていない。或いは、第1音響信号および第2音響信号のいずれか一方が所定の特徴について質的または量的に優れ、他方が当該特徴について質的または量的に劣る。特徴は、ユーザもしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、入力音響信号を解析した結果に基づいて、中間音響信号を生成するための特徴を決定してもよい。
【0044】
以降の説明において、他者とは、例えば以下の少なくとも1人である。
・ユーザの家族、友人、または知人
・医療関係者(例えばユーザの担当医)
・入力音響信号に対応するコンテンツの作成者、または提供者
・信号処理装置10の提供者
・ユーザが利用する施設の管理者
【0045】
特徴は、例えば以下の少なくとも1つであってよい。
・音の特徴(特に、質的特徴)
・周波数の特徴
・時間の特徴
・振幅の特徴
・出力の特徴
【0046】
音の特徴は、例えば、1以上の音の質的条件を満たす音響成分である。音の質的条件は、例えば以下の少なくとも1つに関する条件であってよい。
・音源の種別(例えば、オブジェクト、楽器、ボーカル、音楽、会話音声、又は入力チャンネル)
・音の到来方向
・認知機能の改善効果、または認知症の予防効果
図3の例では、第1音響信号は、楽器を音源とする音響成分を備え、第2音響信号は、ボーカルを音源とする音響成分を備える。
【0047】
周波数の特徴は、例えば1以上の周波数条件を満たす音響成分、である。具体的には、
図5に示すように、第1音響信号は、特定の周波数帯域f1~f2の音響成分を備えず、第2音響信号は、当該周波数帯域f1~f2の音響成分を備える。特定の周波数帯域は、例えば人間の声の周波数帯に基づいて定められ得る。
【0048】
時間の特徴は、例えば1以上の時間条件を満たす音響成分、である。具体的には、
図6に示すように、第1音響信号は、特定の時間区間t1~t2における音響成分を備えず、第2音響信号は、当該音響成分を備える。複数の時間区間における音響成分を時間の特徴と定義する場合に、各時間区間は周期的に設定されてもよいし、非周期的に設定されてもよい。
【0049】
振幅の特徴は、例えば1以上の振幅条件を満たす音響成分、である。一例として、振幅の特徴は、音量の経時変化が所定のパターンに合致すること、である。
【0050】
出力の特徴は、例えば、聴者が所定の方向、または位置にある音源から到来すると知覚する音(音響成分)、である。具体的には、出力の特徴は、例えば1以上の出力条件を満たす音響成分、である。
第1例として、出力条件は、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する特定の方向のスピーカに関連付けられる(つまり、最終的に特定のスピーカから出力される)こと、である。
図7の例では、音響出力装置30は、スピーカ30-1~30-4を含むサラウンドスピーカシステムに相当する。第1音響信号は、特定の方向のスピーカ30-3,30-4に関連付けられ(つまり、左後方、または右後方から出力され)、第2音響信号は、当該スピーカ30-3,30-4に関連付けられない(代わりに、スピーカ30-1,30-2に関連付けられる(つまり、左前方、または右前方から出力される))。
第2例として、出力条件は、音響信号がオブジェクト・オーディオにおいて特定の方向、または位置に設定された仮想音源に関連付けられること、である。
【0051】
ステップS110において取得した入力音響信号が、所定の特徴を備えた音響信号と、当該特徴を備えていない音響信号とに予め分離されている場合(例えば、入力音響信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS111は省略可能である。この場合、入力音響信号が中間音響信号として扱われる。他方、入力音響信号が、所定の特徴を備えた音響信号と、当該特徴を備えていない音響信号とに予め分離されていない場合に、信号処理装置10は入力音響信号を中間音響信号へ変換する。例えば、信号処理装置10は、入力音響信号から所定の特徴を備えた音響信号を抽出または分離する。
【0052】
ステップS111の後に、信号処理装置10は、対象信号の選択(S112)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS111において生成した中間音響信号に含まれる複数の音響信号の一部(例えば、第1音響信号)を対象信号として選択する。いずれの音響信号を対象信号として選択するかは、ユーザもしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる音響信号の特徴(音声と音楽のバランス、音量変化、音楽の種類、音色、又はその他の特徴)に基づいて、対象信号を決定してもよい。これにより信号処理装置10は、変調による認知機能の改善効果がより高くなるように対象信号を選択したり、ユーザに与える違和感がより小さくなるように対象信号を選択したりできる。
【0053】
ステップS112の後に、信号処理装置10は、対象信号の変調(S113)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS112において選択した対象信号に対して変調を行う。一例として、信号処理装置10は、対象信号に対して、ガンマ波に対応する周波数(例えば、35Hz以上45Hz以下の周波数)を持つ変調関数を用いた振幅変調を行う。具体的には、35Hz以上45Hz以下の周期性を有する変調関数をA(t)とし、変調前の第1音響信号の波形を表す関数をX(t)とし、変調済み第1音響信号の波形を表す関数をY(t)とした場合に、
Y(t)=A(t)・X(t)
となる。これにより、対象信号には、上記周波数に対応する振幅の変化が付加される。
【0054】
ステップS113の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の生成(S114)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、中間音響信号のうちステップS112において対象信号として選択しなかった音響信号(以下、「非対象信号」という)と、ステップS113において変調された対象信号とに基づいて、出力音響信号を生成する。
非対象信号および変調済み対象信号が音響出力装置30の出力形式に合致する場合(例えば、非対象信号および変調済み対象信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS114は省略可能である。この場合、非対象信号と変調された対象信号とが出力音響信号として扱われる。
他方、非対象信号および変調済み対象信号が音響出力装置30の出力形式に合致しない場合に、信号処理装置10は、非対象信号および変調済み対象信号を出力音響信号へ変換する。具体的には、信号処理装置10は、非対象信号および変調済み対象信号のうち2以上の音響信号を合成したり、非対象信号および変調済み対象信号の少なくとも1つから音響信号を抽出または分離したりする。音響信号の合成方法は限定されないが、例えば、信号の合算処理、HRTF(Head Related Transfer Function)畳込処理、音源の位置情報を付与する伝達関数の畳込処理、またはこれらの畳込処理をしたのちに合算する処理が含まれうる。
ステップS114において、信号処理装置10は、出力音響信号の増幅、音量調節、またはD/A変換の少なくとも1つをさらに行ってよい。
【0055】
ステップS114の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の送出(S115)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS114において生成した出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生する。
信号処理装置10は、ステップS115を以て、
図4の音響信号処理を終了する。
なお、信号処理装置10は、一定の再生期間を有する入力音響信号(例えば1曲の音楽コンテンツ)に対して
図4の処理をまとめて行ってもよいし、入力音響信号の所定の再生区間ごと(例えば100msごと)に
図4の処理を繰り返し行ってもよい。あるいは、信号処理装置10は、例えばアナログ信号処理による変調のように、入力される音響信号に対して連続的に変調処理を行って変調済みの音響信号を出力してもよい。
図4に示す処理は、特定の終了条件(例えば、一定時間が経過したこと、ユーザ操作が行われたこと、または変調済みの音の出力履歴が所定の状態に達したこと)に応じて終了してもよい。
【0056】
(1-4)小括
以上説明したように、第1実施形態の信号処理装置10は、入力音響信号のうち所定の特徴を備える第1音響信号を振幅変調することで、ガンマ波の周波数に対応する振幅の変化を有する変調済み第1音響信号を生成する。信号処理装置10は、変調済み第1音響信号と、入力音響信号のうち所定の特徴を備えない第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する。これにより、第2音響信号に関する音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号について所定の周期で振幅を増減させることができる。さらに、音響出力装置30が、かかる出力音響信号に応じた音をユーザ(例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者)に聴かせてもよい。これにより、ユーザの脳内において第1音響信号の振幅の変動に起因してガンマ波が誘発される。その結果、ユーザの認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果を期待できる。
【0057】
第1音響信号は、入力音響信号のうち所定の音源種別の音(音響成分)を備える音響信号であってもよい。これにより、所定の音源種別の音以外の音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号について所定の周期で振幅を増減させることができる。
【0058】
第1音響信号は、入力音響信号のうち、聴者が所定の方向にある音源から到来すると知覚する音(音響成分)を備える音響信号であってもよい。これにより、所定の方向にある音源から到来する(と聴者が知覚する)音以外の音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号について所定の周期で振幅を増減させることができる。
【0059】
第1音響信号は、入力音響信号のうち、所定の周波数帯の音(音響成分)を備える音響信号であってもよい。これにより、所定の周波数帯の音以外の音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号について所定の周期で振幅を増減させることができる。
【0060】
第1音響信号は、入力音響信号のうち、所定の時間区間の音(音響成分)を備える音響信号であってもよい。これにより、所定の時間区間の音以外の音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号について所定の周期で振幅を増減させることができる。
【0061】
第2音響信号は、入力音響信号から第1音響信号を分離することで得られる音響信号であってもよい。これにより、入力音響信号に含まれていた音響成分は、第1音響信号または第2音響信号のいずれかに含まれるので、音響成分の消失に伴う音響体験の劣化を抑制することができる。
【0062】
出力音響信号は、35Hz以上45Hz以下の周波数に対応する振幅の変化を有していてもよい。これにより、出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせた場合に、当該ユーザの脳内においてガンマ波の誘発が期待できる。
【0063】
入力音響信号は、音楽コンテンツに対応する音響信号であってもよい。これにより、ユーザが出力音響信号に応じた音を聴くモチベーションを向上させることができる。
【0064】
(1-5)変形例
第1実施形態の変形例について説明する。
【0065】
(1-5-1)変形例1
変形例1について説明する。変形例1は、入力音響信号のうち第1音響信号を第1変調度で変調し、第2音響信号を第1変調度と異なる第2変調度で変調する例である。
【0066】
(1-5-1-1)変形例1の一態様
変形例1の一態様について説明する。
図8は、変形例1の一態様の説明図である。
【0067】
図8に示すように、信号処理装置10は、音源装置50から入力音響信号を取得する。信号処理装置10は、入力音響信号に基づいて、第1音響信号および第2音響信号を含む複数の中間音響信号を生成する。
図8の例では、第1音響信号は、入力音響信号のうち楽器を音源とする音響成分に相当し、第2音響信号は、入力音響信号のうちボーカルを音源とする音響成分に相当する。
【0068】
信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる第1音響信号および第2音響信号に対してそれぞれ変調を行うことで、変調済み第1音響信号および変調済み第2音響信号を生成する。変調は、例えば35Hz以上45Hz以下の周波数を持つ変調関数を用いた振幅変調である。これにより、音響信号には、上記周波数に対応する振幅の変化が付加される。
【0069】
ただし、信号処理装置10は、第1音響信号と第2音響信号とで異なる変調度を用いる。一例として、信号処理装置10は、第1音響信号を第1変調度で変調し、第2音響信号を第1変調度よりも小さい第2変調度で変調する。つまり、変調済み第1音響信号では変調関数の周波数に対応する振幅の変化(音量の強弱)が相対的に激しく、変調済み第2音響信号では上記周波数に対応する振幅の変化が相対的に穏やかである(原音からの乖離が小さい)。
【0070】
信号処理装置10は、このように部分的に異なる変調度で変調された中間音響信号(つまり、変調済み第1音響信号、および変調済み第2音響信号)に基づいて、出力音響信号を生成する。信号処理装置10は、出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生する。
【0071】
ユーザUS1は、音響出力装置30から発せられた音を聴く。前述のように、出力音響信号は、35Hz以上45Hz以下の周波数を持つ変調関数を用いて変調された第1音響信号および第2音響信号に基づいている。故に、ユーザUS1が音響出力装置30から発せられた音を聴くことで、ユーザUS1の脳内においてガンマ波が誘発される。これにより、ユーザUS1の認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果を期待できる。他方、第2音響信号は、相対的に小さい第2変調度で変調されているので、当該第2音響信号に関するユーザUS1の音響体験の劣化は抑制される。
【0072】
(1-5-1-2)音響信号処理
変形例1の音響信号処理について説明する。
図9は、変形例1の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【0073】
図9の音響信号処理は、以下の開始条件のいずれかの成立に応じて開始する。
・他の処理又は外部からの指示によって
図9の音響信号処理が呼び出された。
・ユーザが
図9の音響信号処理を呼び出すための操作を行った。
・信号処理装置10が所定の状態(例えば電源投入)になった。
・所定の日時が到来した。
・所定のイベント(例えば、信号処理装置10の起動、または
図9の音響信号処理の前回の実行)から所定の時間が経過した。
【0074】
図9に示すように、信号処理装置10は
図4と同様に、入力音響信号の取得(S110)、および中間音響信号の生成(S111)を実行する。
【0075】
ステップS111の後に、信号処理装置10は、対象信号の選択(S212)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS111において生成した中間音響信号に含まれる複数の音響信号の一部(例えば、第1音響信号)を第1対象信号として選択する。さらに、信号処理装置10は、ステップS111において生成した中間音響信号に含まれる複数の音響信号の一部(例えば、第2音響信号)を第2対象信号として選択する。いずれの音響信号を第1対象信号または第2対象信号として選択するかは、ユーザもしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる複数の音響信号の特徴(音声と音楽のバランス、音量変化、音楽の種類、音色、又はその他の特徴)に基づいて、第1対象信号及び第2対象信号を決定してもよい。これにより信号処理装置10は、変調による認知機能の改善効果がより高くなるように第1対象信号及び第2対象信号を選択したり、ユーザに与える違和感がより小さくなるように第1対象信号及び第2対象信号を選択したりできる。
第1対象信号、および第2対象信号は、それぞれ異なる特徴を備えた音響信号であってよい。或いは、第1対象信号、および第2対象信号のうち、一方が所定の特徴を備える音響信号であって、他方が当該特徴を備えない音響信号であってもよい。
【0076】
ステップS212の後に、信号処理装置10は、対象信号の変調(S213)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS212において選択した第1対象信号および第2対象信号に対してそれぞれ異なる変調度で変調を行う。一例として、信号処理装置10は、第1対象信号および第2対象信号に対して、ガンマ波に対応する周波数(例えば、35Hz以上45Hz以下の周波数)を持つ変調関数を用いた振幅変調をそれぞれ異なる変調度で行う。これにより、第1対象信号、および第2対象信号には、上記周波数に対応する振幅の変化が付加される。
第1変調度または第2変調度は、ユーザもしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、第1音響信号及び第2音響信号の特徴(音声と音楽のバランス、音量変化、音楽の種類、音色、又はその他の特徴)に基づいて、第1変調度及び第2変調度を決定してもよい。これにより信号処理装置10は、変調による認知機能の改善効果がより高くなるように第1変調度及び第2変調度を決定したり、ユーザに与える違和感がより小さくなるように第1変調度及び第2変調度を決定したりできる。
【0077】
ステップS213の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の生成(S214)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS213において変調された第1対象信号および第2対象信号に基づいて、出力音響信号を生成する。
変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号が音響出力装置30の出力形式に合致する場合(例えば、変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS214は省略可能である。この場合、変調済み第1対象信号と変調済み第2対象信号とが出力音響信号として扱われる。他方、変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号が音響出力装置30の出力形式に合致しない場合に、信号処理装置10は、変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号を出力音響信号へ変換する。例えば、信号処理装置10は、変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号のうち2以上の音響信号を合成したり、変調済み第1対象信号および変調済み第2対象信号の少なくとも1つから音響信号を抽出または分離したりする。
ステップS214において、信号処理装置10は、出力音響信号の増幅、またはD/A変換の少なくとも1つをさらに行ってよい。
【0078】
ただし、中間音響信号のうちステップS212において対象信号として選択しなかった音響信号(以下、「非対象信号」という)が存在する場合に、信号処理装置10は、変調済み第1対象信号と、変調済み第2対象信号と、非対象信号とに基づいて、出力音響信号を生成してもよい。
【0079】
ステップS214の後に、信号処理装置10は
図4と同様に、出力音響信号の送出(S115)を実行する。
信号処理装置10は、ステップS115を以て、
図9の音響信号処理を終了する。
【0080】
(1-5-1-3)小括
以上説明したように、変形例1の信号処理装置10は、入力音響信号に基づく中間音響信号のうち第1音響信号を第1変調度で振幅変調し、当該中間音響信号のうち第2音響信号を第1変調度とは異なる第2変調度で振幅変調する。これにより、相対的に小さい変調度で振幅変調される音響信号に関する音響体験の劣化を抑制しつつ、第1音響信号および第2音響信号の両方について振幅を所定の周期で増減させることができる。さらに、音響出力装置30が、かかる出力音響信号に応じた音をユーザ(例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者)に聴かせてもよい。これにより、ユーザの脳内において第1音響信号および第2音響信号の振幅の変動に起因してガンマ波が誘発される。その結果、ユーザの認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果を期待できる。
なお、信号処理装置10は、上記と同様の処理により、第1音響信号を第1変調関数で振幅変調し、第2音響信号を第1の変調関数とは異なる第2変調関数で振幅変調してもよい。この場合も、第1変調度と第2変調度を使用する場合と同様の効果が期待できる。
【0081】
(1-5-2)変形例2
変形例2について説明する。変形例2は、中間音響信号に含まれる各音響信号を個別の変調度で変調する例である。
【0082】
(1-5-2-1)音響信号処理
変形例2の音響信号処理について説明する。
図10は、変形例2の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
【0083】
図10の音響信号処理は、以下の開始条件のいずれかの成立に応じて開始する。
・他の処理又は外部からの指示によって
図10の音響信号処理が呼び出された。
・ユーザが
図10の音響信号処理を呼び出すための操作を行った。
・信号処理装置10が所定の状態(例えば電源投入)になった。
・所定の日時が到来した。
・所定のイベント(例えば、信号処理装置10の起動、または
図10の音響信号処理の前回の実行)から所定の時間が経過した。
【0084】
図10に示すように、信号処理装置10は
図4と同様に、入力音響信号の取得(S110)、および中間音響信号の生成(S111)を実行する。
【0085】
ステップS111の後に、信号処理装置10は、変調度の割り当て(S312)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS111において生成した中間音響信号に含まれる複数の音響信号の各々に個別に変調度を割り当てる。
各音響信号に割り当てられる変調度は異なる。いずれかの音響信号に「0」の変調度を割り当ててもよい。つまり、中間音響信号に含まれるいずれかの音響信号に対して変調が行われなくてもよい。
各音響信号に割り当てられる変調度は、ユーザもしくは他者による入力操作又は外部からの指示に基づいて決定されてもよいし、アルゴリズムによって決定されてもよい。例えば、信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる複数の音響信号の特徴(音声と音楽のバランス、音量変化、音楽の種類、音色、又はその他の特徴)に基づいて、各変調度を決定してもよい。これにより信号処理装置10は、変調による認知機能の改善効果がより高くなるように変調度を決定したり、ユーザに与える違和感がより小さくなるように変調度を決定したりできる。
【0086】
ステップS312の後に、信号処理装置10は、中間音響信号の変調(S313)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる各音響信号を、ステップS312において割り当てた変調度で変調する。一例として、信号処理装置10は、各音響信号に対して、ガンマ波に対応する周波数(例えば、35Hz以上45Hz以下の周波数)を持つ変調関数を用いた振幅変調を、個別に割り当てた変調度で行う。これにより、各音響信号には、上記周波数に対応する振幅の変化が付加される。
【0087】
ステップS313の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の生成(S314)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS313において変調された中間音響信号に基づいて、出力音響信号を生成する。
変調済み中間音響信号が音響出力装置30の出力形式に合致する場合(例えば、変調済み中間音響信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS314は省略可能である。この場合、変調された中間音響信号が出力音響信号として扱われる。他方、変調済み中間音響信号が音響出力装置30の出力形式に合致しない場合に、信号処理装置10は、変調済み中間音響信号を出力音響信号へ変換する。例えば、信号処理装置10は、中間音響信号に含まれる複数の音響信号のうち2以上を合成したり、変調済み中間音響信号に含まれる音響信号の少なくとも1つから音響信号を抽出または分離したりする。
ステップS314において、信号処理装置10は、出力音響信号の増幅、またはD/A変換の少なくとも1つをさらに行ってよい。
【0088】
ステップS314の後に、信号処理装置10は
図4と同様に、出力音響信号の送出(S115)を実行する。
信号処理装置10は、ステップS115を以て、
図10の音響信号処理を終了する。
【0089】
(1-5-2-2)小括
以上説明したように、変形例2の信号処理装置10は、入力音響信号に基づく中間音響信号に含まれる各音響信号を個別に割り当てた変調度で振幅変調する。これにより、相対的に小さい変調度で振幅変調される音響信号に関する音響体験の劣化を抑制しつつ、非零の変調度を割り当てた音響信号について振幅を所定の周期で増減させることができる。さらに、音響出力装置30が、かかる出力音響信号に応じた音をユーザ(例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者)に聴かせてもよい。これにより、ユーザの脳内において、非零の変調度を割り当てた音響信号の振幅の変動に起因してガンマ波が誘発される。その結果、ユーザの認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果を期待できる。
なお、信号処理装置10は、上記と同様の処理により、中間音響信号に含まれる各音響信号を個別に割り当てた変調関数で変調してもよい。この場合も、個別に割り当てた変調度を使用する場合と同様の効果を期待できる。
【0090】
(2)第2実施形態
第2実施形態について説明する。
【0091】
(2-1)音響システムの構成
音響システムの構成について説明する。第2実施形態の音響システムの構成は、
図1に示した第1実施形態の音響システムと同様である。
【0092】
(2-1-1)信号処理装置の構成
信号処理装置の構成について説明する。
図11は、第2実施形態の信号処理装置の構成を示すブロック図である。
【0093】
図11に示すように、信号処理装置10は、記憶装置11と、プロセッサ12と、入出力インタフェース13と、通信インタフェース14とを備える。信号処理装置10は、ディスプレイ21と、信号発生装置22とに接続される。
【0094】
記憶装置11、プロセッサ12、入出力インタフェース13、通信インタフェース14、およびディスプレイ21は、第1実施形態と同様である。
【0095】
信号発生装置22は、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する音響信号(以下、「補助音響信号」という)を発生する。補助音響信号は、例えば、ガンマ波の周波数に対応する周期のパルスを有する信号であるが、これに限られない。例えば、補助音響信号は、ガンマ波の周波数に対応する正弦波であってもよいし、ノイズ又は音楽などの任意の音響信号に対して、ガンマ波の周波数に応じた振幅変調を施すことで生成されてもよい。補助音響信号は、好ましくは、ガンマ波の周波数に対応する成分が基準よりも大きくなるように予め定められ、或いは当該成分が基準よりも大きくなるように調整される。基準は、補助音響信号のうちガンマ波の周波数に対応しない成分に基づいて決まってもよいし、入力音響信号のうちガンマ波の周波数に対応する成分に基づいて決まってもよい。基準を入力音響信号とする場合、補助音響信号は、ガンマ波の周波数に対応する成分を入力音響信号よりも多く含む信号である。補助音響信号を生成するために、第1実施形態またはその変形例において説明された変調が行われてもよいし、他の変調が行われてもよい。信号発生装置22は、入力デバイスの一例である。なお、信号発生装置22の機能がプロセッサ12により実現されてもよい。この場合、信号処理装置10は信号発生装置22と接続されていなくてもよい。
【0096】
(2-2)実施形態の一態様
第2実施形態の一態様について説明する。
図12は、第2実施形態の一態様の説明図である。
【0097】
図12に示すように、信号処理装置10は、音源装置50から入力音響信号を取得する。信号処理装置10は、補助音響信号を取得する。信号処理装置10は、補助音響信号を、入力音響信号に基づいて調整する。ただし、調整は省略することも可能であり、この場合には以降の説明において「調整済み補助音響信号」を「補助音響信号」と読み替えればよい。信号処理装置10は、入力音響信号に調整済み補助音響信号を合成(加算)することで、合成音響信号を生成する。
【0098】
ここで、調整済み補助音響信号は、例えば35Hz以上45Hz以下の周波数に対応する振幅の変化(音量の強弱)を有する。故に、合成音響信号を生成する過程で、入力音響信号におけるガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化されることになる。
【0099】
信号処理装置10は、このようにガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化された合成音響信号に基づいて、出力音響信号を生成する。
図12の例では、信号処理装置10は、合成音響信号に基づいてステレオの出力音響信号を生成する。信号処理装置10は、出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生させる。なお、信号処理装置10が出力する出力音響信号は、音響出力装置30の構成に応じて、1チャンネルの信号であってもよいし3チャンネル以上の信号であってもよい。
【0100】
ユーザUS1は、音響出力装置30から発せられた音を聴く。ユーザUS1は、例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者である。前述のように、出力音響信号は、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化された合成音響信号に基づいている。故に、ユーザUS1が音響出力装置30から発せられた音を聴くことで、ユーザUS1の脳内においてガンマ波が誘発される。これにより、ユーザUS1の認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果が期待できる。他方、合成音響信号には、変調されていない入力音響信号の成分が含まれているので、当該入力音響信号に関するユーザUS1の音響体験の劣化は抑制される。
【0101】
(2-3)音響信号処理
第2実施形態の音響信号処理について説明する。
図13は、第2実施形態の信号処理装置による音響信号処理の全体フローを示す図である。
図13の処理は、信号処理装置10のプロセッサ12が、記憶装置11に記憶されたプログラムを読み出して実行することによって実現される。なお、
図13の処理の少なくとも一部が、1又は複数の専用の回路により実現されてもよい。
図14は、第2実施形態における調整済み補助音響信号の合成の説明図である。
図15は、第2実施形態における調整済み補助音響信号の合成の説明図である。
図16は、第2実施形態における補助音響信号の合成の説明図である。
【0102】
第2実施形態の音響信号処理は、第1実施形態の音響信号処理と同様の開始条件の成立に応じて開始し得る。
【0103】
図13に示すように、信号処理装置10は第1実施形態と同様に、入力音響信号の取得(S110)を実行する。
【0104】
ステップS110の後に、信号処理装置10は、補助音響信号の取得(S411)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、信号発生装置22によって発生された補助音響信号を取得する。
【0105】
ステップS411の後に、信号処理装置10は、補助音響信号の調整(S412)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS110において取得した入力音響信号に基づいて、補助音響信号を調整する。
【0106】
補助音響信号の調整(S412)の第1例として、信号処理装置10は、入力音響信号の振幅変化に対して、補助音響信号に含まれるガンマ波の周波数に対応する周期的変動(例えばパルス成分)の振幅が追従するように補助音響信号を調整することで、調整済み補助音響信号を得る。信号処理装置10は、入力音響信号の瞬時値に追従するように補助音響信号を調整してもよいし、所定幅の時間窓における入力音響信号の平均値に追従するように補助音響信号を調整してもよい。一例として、信号処理装置10は、入力音響信号および調整済み補助音響信号をそれぞれ信号(S)および雑音(N)とした場合のSN比(Signal-Noise Ratio)が一定となるように、補助音響信号の振幅の調整量を決定する。補助音響信号の調整(S412)の第1例によれば、
図14に示すように、ユーザは、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化された音を聴取することができる。本例では、調整済み補助音響信号に含まれるガンマ波の周波数に対応する周期的変動の振幅の大きさは、入力音響信号の振幅変化に追従するように変化する。故に、入力音響信号の音量が変化する際の補助音響信号の聞こえ方(入力音響信号に対する際立ち度合い)の変動が押さえられ、ユーザの音響体験の劣化が抑制される。また、入力音響信号の音量が変化しても、ユーザはガンマ波の周波数に対応する音刺激を継続的に受けることができる。
【0107】
補助音響信号の調整(S412)の第2例として、信号処理装置10は、入力音響信号の振幅変化に対して、補助音響信号に含まれるガンマ波の周波数に対応する周期的変動(例えばパルス成分)の振幅が逆方向に変化するように補助音響信号を調整することで、調整済み補助音響信号を得る。例えば、信号処理装置10は、入力音響信号の信号値が小さいほど大きくなる指標に追従するように補助音響信号を調整する。例えば、かかる指標は、入力音響信号の瞬時値の逆数であってもよいし、固定値から当該瞬時値を減算した値であってもよい。或いは、かかる指標は、所定幅の時間窓における入力音響信号の平均値の逆数であってもよいし、固定値から当該平均値を減算した値であってもよい。補助音響信号の調整(S412)の第2例によれば、
図15に示すように、ユーザは、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化された音を聴取することができる。本例では、調整済み補助音響信号に含まれるガンマ波の周波数に対応する周期的変動の振幅の大きさは入力音響信号の振幅変化に対して逆方向に変化するので、入力音響信号の無音区間などでは当該周期的変動が大きくなる一方で、それ以外の区間では当該周期的変動は抑制される。故に、入力音響信号に基づく音の鑑賞の妨げとなりにくい区間にガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化されるので、ユーザの音響体験の劣化が抑制される。
【0108】
なお、本ステップは省略可能であり、この場合には以降の説明において「調整済み補助音響信号」を「補助音響信号」と読み替えればよい。補助音響信号の調整(S412)を省略した場合にも、
図16に示すように、ユーザは、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動が強化された音を聴取することができる。補助音響信号の調整(S412)を省略することにより、信号処理装置10の計算量を削減することができる。
【0109】
ステップS412の後に、音響信号の合成(S413)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS110において取得した入力音響信号に、ステップS412において得られた調整済み補助音響信号を合成することで、合成音響信号を生成する。
【0110】
ステップS413の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の生成(S414)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS413において生成した合成音響信号に基づいて、出力音響信号を生成する。
合成音響信号が音響出力装置30の出力形式に合致する場合(例えば、合成音響信号が、音響出力装置30としてのサラウンドシステムを構成する各スピーカに関連付けられるマルチチャンネル音響信号に相当する場合)に、ステップS414は省略可能である。この場合、合成音響信号が出力音響信号として扱われる。
他方、合成音響信号が音響出力装置30の出力形式に合致しない場合に、信号処理装置10は、合成音響信号を出力音響信号へ変換する。具体的には、信号処理装置10は、合成音響信号のうち2以上の音響信号を合成したり、合成音響信号の少なくとも1つから音響信号を抽出または分離したりする。音響信号の合成方法は限定されないが、例えば、信号の合算処理、HRTF(Head Related Transfer Function)畳込処理、音源の位置情報を付与する伝達関数の畳込処理、またはこれらの畳込処理をしたのちに合算する処理が含まれうる。
ステップS414において、信号処理装置10は、出力音響信号の増幅、音量調節、またはD/A変換の少なくとも1つをさらに行ってよい。
【0111】
ステップS414の後に、信号処理装置10は、出力音響信号の送出(S115)を実行する。
具体的には、信号処理装置10は、ステップS414において生成した出力音響信号を音響出力装置30へ送出する。音響出力装置30は、出力音響信号に応じた音を発生する。
信号処理装置10は、ステップS115を以て、
図13の音響信号処理を終了する。
なお、信号処理装置10は、一定の再生期間を有する入力音響信号(例えば1曲の音楽コンテンツ)に対して
図13の処理をまとめて行ってもよいし、入力音響信号の所定の再生区間ごと(例えば100msごと)に
図13の処理を繰り返し行ってもよい。あるいは、信号処理装置10は、例えばアナログ信号処理による変調のように、入力される音響信号に対して連続的に変調処理を行って変調済みの音響信号を出力してもよい。
図13に示す処理は、特定の終了条件(例えば、一定時間が経過したこと、ユーザ操作が行われたこと、または変調済みの音の出力履歴が所定の状態に達したこと)に応じて終了してもよい。
【0112】
(2-4)小括
以上説明したように、第2実施形態の信号処理装置10は、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する補助音響信号を取得し、補助音響信号と入力音響信号とに基づく出力音響信号を出力する。これにより、入力音響信号に関する音響体験を可能としながら、所定の周期で出力音響信号の振幅を増減させることができる。さらに、音響出力装置30が、かかる出力音響信号に応じた音をユーザ(例えば、認知症患者、認知症予備群、又は健常者であって認知症の予防を期待する者)に聴かせてもよい。これにより、ユーザの脳内において補助音響信号の振幅の変動に起因してガンマ波が誘発される。その結果、ユーザの認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)の効果を期待できる。
【0113】
補助音響信号は、ガンマ波の周波数に対応する周期のパルスを有する信号であってよい。これにより、補助音響信号を、簡易なハードウェア又は処理により発生させることができる。
【0114】
補助音響信号に含まれるパルスの振幅は、入力音響信号の振幅に応じて変化してもよい。これにより、ガンマ波の周波数に対応する成分が入力音響信号に基づく音響体験に及ぼす悪影響が抑制されるので、ユーザが当該成分の聴取を受容しやすくなる。
【0115】
(3)その他の変形例
記憶装置11は、ネットワークNWを介して、信号処理装置10と接続されてもよい。ディスプレイ21は、信号処理装置10に内蔵されてもよい。
【0116】
上記第1実施形態の説明では、入力音響信号に基づく中間音響信号に含まれる少なくとも1つの音響信号を変調する例を示した。しかしながら、入力音響信号と、当該入力音響信号に由来しない変調済み音響信号とに基づいて出力音響信号を生成してもよい。
【0117】
上記説明では、変調関数が35Hz以上45Hz以下の周波数を備える場合の例を中心に説明した。ただし、信号処理装置10が用いる変調関数はこれに限定されず、聴者の脳内におけるガンマ波の誘発に影響する変調関数であればよい。例えば、変調関数が25Hz以上140Hz以下の周波数を備えていてもよい。また例えば、変調関数の周波数が経時的に変化してもよく、変調関数が部分的に35Hz未満の周波数又は45Hzより高い周波数を有していてもよい。
【0118】
上記説明では、信号処理装置10により生成された出力音響信号が、出力音響信号に応じた音を発してユーザに聞かせる音響出力装置30へ出力される場合について説明した。ただし、信号処理装置10による出力音響信号の出力先はこれに限定されない。例えば、信号処理装置10は、通信ネットワークを介して、又は放送により、外部の記憶装置又は情報処理装置へ出力音響信号を出力してもよい。このとき、信号処理装置10は、変調処理により生成された出力音響信号と共に、変調処理がされていない入力音響信号を、外部の装置へ出力してもよい。これにより、外部装置は、変調処理がされていない音響信号と変調処理がされた音響信号とのうち一方を任意に選択して再生することができる。
また、信号処理装置10は、出力音響信号と共に、変調処理の内容を示す情報を外部の装置へ出力してもよい。変調処理の内容を示す情報は、例えば、以下の何れかを含む。
・変調された対象信号に対応する音源を示す情報
・変調された対象信号に対応するチャンネルを示す情報
・変調された対象信号の特徴を示す情報
・変調関数を示す情報
・変調度を示す情報
・音量を示す情報
これにより、外部装置は、変調処理の内容に応じて音響信号の再生方法を変更することができる。
また、信号処理装置10は、入力音響信号と共に付加情報(例えばMP3ファイルにおけるID3タグ)を取得した場合に、当該付加情報を変更して出力音響信号と共に外部装置へ出力してもよい。
【0119】
変形例1および変形例2では、異なる音響信号に対して異なる変調度を適用する例を説明した。しかしながら、異なる音響信号に対して異なる変調関数を適用することもできる。
【0120】
第2実施形態では、調整済み補助音響信号を入力音響信号に合成する例を示した。しかしながら、調整済み補助音響信号は、第1実施形態または各変形例において説明したいずれの音響信号に合成されてもよい。一例として、出力音響信号が、調整済み補助音響信号を合成された後に出力されてもよい。調整済み音響信号と合成されることになる音響信号(以下、「ベース音響信号」という)は、例えば、入力音響信号、中間音響信号、変調済み音響信号、または出力音響信号であってもよい。また、入力音響信号、中間音響信号、変調済み音響信号、または出力音響信号が複数の音響信号を含む場合に、これらの音響信号の全部をベース音響信号としてもよいし、一部のみをベース音響信号としてもよい。本変形例では、補助音響信号の振幅は、ベース音響信号の振幅の変化に応じて調整され得る。
【0121】
第2実施形態では、入力音響信号に基づいて補助音響信号を調整する例を示した。しかしながら、補助音響信号を調整する代わりに、信号処理装置10は、補助音響信号を合成するか否かを入力音響信号に基づいて切り替えてもよい。第1例として、入力音響信号の振幅が閾値を超えた場合に、または閾値を下回った場合に、当該入力音響信号に補助音響信号を合成してもよい。第2例として、入力音響信号の振幅が第1閾値を超えた期間または振幅が第2閾値を下回った期間が第3閾値を超えた場合に、当該入力音響信号に補助音響信号を合成してもよい。
【0122】
上述の実施形態では、信号処理装置10を含む音響システムを、認知機能の改善(例えば、認知症の治療、または予防)のための認知機能改善システムとして用いる場合を中心に説明した。ただし、信号処理装置10の用途はこれに限定されない。非特許文献1には、40Hzの音刺激が脳内のガンマ波を誘発すると、アミロイドβが減少し、認知機能が改善されることが開示されている。すなわち、信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせることで、ユーザの脳内におけるアミロイドβが減少して沈着が抑制され、アミロイドβの増加又は沈着が原因となる疾患の予防又は治療に役立つことが期待される。アミロイドβの沈着が原因とされる疾患として、例えば脳アミロイドアンギオパチー(CAA)がある。CAAは、アミロイドβたんぱくが脳の小血管壁に沈着することにより、血管壁がもろくなって脳出血などが生じやすくなる病気である。認知症と同様に、CAAそのものに対する治療薬は存在しないため、上述の実施形態で説明した技術が革新的な治療法となりうる。すなわち、信号処理装置10と、信号処理装置10により出力される出力音響信号に応じた音をユーザに聞かせる音響出力装置30とを備える音響システム1は、脳アミロイドアンギオパチーの治療又は予防のための医療システムとして用いることもできる。
【0123】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明の範囲は上記の実施形態に限定されない。また、上記の実施形態は、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更が可能である。また、上記の実施形態及び変形例は、組合せ可能である。
【符号の説明】
【0124】
1 :音響システム
10 :信号処理装置
11 :記憶装置
12 :プロセッサ
13 :入出力インタフェース
14 :通信インタフェース
21 :ディスプレイ
30 :音響出力装置
50 :音源装置
【要約】
信号処理装置は、入力音響信号を受け付ける手段と、ガンマ波の周波数に対応する周期的変動を有する第1音響信号を取得する手段と、取得された前記第1音響信号と前記入力音響信号に基づく第2音響信号とに基づく出力音響信号を出力する手段と、を備える。