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特許7308329GABAを有効成分とするサルコペニア予防または改善剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-05
(45)【発行日】2023-07-13
(54)【発明の名称】GABAを有効成分とするサルコペニア予防または改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/197 20060101AFI20230706BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20230706BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230706BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20230706BHJP
   A23L 33/175 20160101ALI20230706BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20230706BHJP
【FI】
A61K31/197 ZNA
A61P21/00
A61P43/00 107
C12N5/077
A23L33/175
A23L2/00 F
A23L2/52
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022069343
(22)【出願日】2022-04-20
【審査請求日】2022-04-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000177508
【氏名又は名称】三和酒類株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【弁理士】
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】上原 絵理子
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】食品の包装,2021年,Vol.52,No.2,pp.80-83
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 21/00
A61P 43/00
C12N 5/077
A23L 33/175
A23L 2/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
GABAを有効成分とするサルコペニア予防または改善剤(ただし、トレーニングを伴うものを除く)
【請求項2】
筋合成関連遺伝子発現促進用、筋合成促進用、筋萎縮関連遺伝子発現抑制用、筋萎縮抑制用、または筋タンパク質分解抑制用の、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または、筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、請求項1または2に記載の剤。
【請求項4】
食品添加剤である、請求項1または2に記載の剤。
【請求項5】
経口投与される製剤である、請求項1または2に記載の剤。
【請求項6】
GABAの一日摂取量が10~3000mgである、請求項1または2に記載の剤。
【請求項7】
請求項1または2に記載の剤を含む、サルコペニア予防または改善用飲食品組成物(ただし、トレーニングを伴うものを除く)
【請求項8】
請求項1または2に記載の剤を含む、筋量増加用飲食品組成物(ただし、トレーニングを伴うものを除く)。
【請求項9】
筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、請求項に記載の飲食品組成物。
【請求項10】
筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、請求項8に記載の飲食品組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋肉量の減少や筋力の低下を抑制するための、筋肉量の増加または筋力の維持にかかわる技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人の平均寿命は男女とも80歳以上であるものの、元気に自立して過ごせる期間の「健康寿命」は、男女とも70歳台であり、何かしらの介護が必要となる期間が10年程度あるといわれている。高齢者が要介護状態になる原因として、「認知症」や「転倒」と並んで「高齢による衰弱」があるため、「転倒」および「高齢による衰弱」のリスク因子としての、老化に伴う筋肉量の減少が注目されている。
【0003】
サルコペニアとは、加齢や運動不足等による筋肉量の低下に加え、筋肉の質、すなわち筋力の低下を示す症候群をいい、これに対して、ロコモティブシンドロームとは、骨、関節、軟骨、椎間板、筋肉という運動器のうち、一つまたは複数に障害が起こり、立つ、歩くといった機能が低下している状態をいう。ロコモティブシンドロームが運動器全般の症状を含む症候群であるのに対し、サルコペニアは、ロコモティブシンドロームの一要因である筋肉という運動器において、その筋肉量が減少し筋力が低下した状態である。
筋力の低下は40歳位から始まるといわれ、サルコペニアの有症率は年齢と共に増加して、75歳以上で男女共10%を超え、80歳以上で25%を超える。一般に中年以降では筋肉量が1年間に1%ずつ減少するが、高齢期での2週間の寝たきり生活は、7年間で失う筋肉量に相当する量を失うとも言われている。
【0004】
サルコペニアは、筋蛋白質の合成と分解のアンバランスによる筋蛋白質の減少と、さらに筋蛋白質の減少による筋線維の萎縮が原因となっている(非特許文献1)。
サルコペニア発症のメカニズムにおいて、筋芽細胞(Myoblast)の増殖抑制が関与する可能性が示唆されている(非特許文献2)。また、単核の筋芽細胞は互いに融合して多核の筋管細胞(Myotube;幼若な新生筋線維)を形成し、細胞内に筋タンパク質を蓄積させて新しい線維筋へと成長(肥大・伸長)する。そのため、筋芽細胞の融合は筋線維の形成に不可欠であるが、筋芽細胞融合の重要なスイッチとしてMyoDが特定された(非特許文献3)。MyoDは非筋細胞を筋細胞へ転換する強力な転写因子であり(非特許文献4)、MyoDの発現が減少することにより、筋肉量が減少してサルコペニアになる(非特許文献5)という報告がある。
【0005】
MyoDは筋肉の合成を促進し、一方、PGC-1αはミトコンドリアの生合成を促進し、酸化ストレスを軽減することで筋肉分解を抑制し、また、Myostatinは筋委縮を誘導すること(非特許文献6)が報告され、PGC-1αについては、ミトコンドリア生合成を活性化する因子であり、身体運動により速やかに発現が増加すること(非特許文献7)、PGC-1αは加齢により発現が減少し、サルコペニアに影響を与えること(非特許文献8)が報告されている。
【0006】
また、骨格筋から分泌され、骨格筋の増殖を抑制するMyostatin(非特許文献9)については、その発現を低下させることがサルコペニアの新たな治療法につながる可能性がある(非特許文献10)こと、Myostatinは加齢に伴って発現が増加し、サルコペニアの原因の1つとなる(非特許文献11)こと、Myostatinの発現量が増大して筋萎縮を引き起こす(非特許文献12)ことが報告されている。
また、筋タンパク質分解の中心的役割を担うAtrоgin-1(非特許文献13)のmRNA発現を、Myostatinが有意に増加させる(非特許文献14)ことが報告されている。
【0007】
一方、γ-アミノ酪酸(GABA)は、自然界に広く分布する非タンパク質構成アミノ酸で、哺乳類の中枢神経系に多く存在する抑制性の神経伝達物質である。2001年の食薬区分改正により食品としての利用が可能となり、自律神経バランスの改善によるストレス緩和や睡眠の質改善作用、肌の弾力性の維持など、多岐に亘る生理活性が報告されている。
また、GABAには、成長ホルモンの分泌を促進する作用が報告されており(非特許文献15)、特許文献1には、グルタミン酸ソーダ、グルタミン酸、小麦グルテン及び焼酎粕タンパクから選ばれる少なくとも1種をグルタミン酸原として、ラクトバチルス ヒルガルディーK-3株(FERM BP-10487)から発酵法で生産されるGABAを含有する、乳酸菌発酵GABA組成物を有効成分とする成長ホルモン分泌促進用組成物が記載されている。
【0008】
特許文献2には、トレーニングによる持久力の向上効果を増強させるための、GABAを含有する筋持久力向上用組成物が記載されている。この持久力向上効果は、GABA摂取時にトレーニングによる運動負荷を伴う場合に限定され、運動負荷のないGABA摂取では、効果がないことが記載されている。
このように、GABAによる持久力向上や成長ホルモン分泌促進効果に関する報告はなされているものの、運動負荷の有無に関係なく、GABAが筋肉増加に関連した細胞や遺伝子発現に直接作用して、筋肉量の増大や筋萎縮を抑制することは、知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第4596304号公報
【文献】特開2021-132645号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Jpn. J. Rehabil. Med. (2007), Vol.44, No.3, p.144-170
【文献】千葉科学大学紀要 (2019) Vol.12, p.47-54
【文献】SCIENCE ADVANCES (2020) Vol.6, eabc4062, p.1-13
【文献】Cell (1987) Vol.51, p.987-1000
【文献】BMC Complementary and Alternative Medicine (2019) Vol.19, Article number 287,p.1-8
【文献】Molecules (2021) Vol.26, No.4887, p.1-32
【文献】体力科学 (2005) Vol.54, No.1, p.27
【文献】第48回日本理学療法学術大会 抄録集 (2013) Vol.40, Suppl. No.2
【文献】Gerontology (2014) Vol.60, p.289-293
【文献】Arterial Stiffness (2016) Vol.22, p.10-12
【文献】J. Phys. Fitness Sports Med. (2018) Vol.7, No.4, p.221-227
【文献】ファルマシア (2015) Vol.51, No.11, p.1058-1062
【文献】旗影会2020年度研究報告概要集(2020)畜産, p.12
【文献】J. Poult. Sci. (2019) Vol.56, p.224-230
【文献】European Society of Endocrinology (1980) Vol.93, p.149-154
【文献】Food & Function (2021) Vol.12, No.1, p.144-153
【文献】イルシー (2009) No.96, p.10-22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の解決しようとする課題は、日常的に継続して摂取することができ、効果的に筋肉量を増加させ筋力の低下を抑制して、サルコペニアの予防や改善をすることが可能な筋合成関連遺伝子発現促進用、筋合成促進用、筋萎縮関連遺伝子発現抑制用、筋萎縮抑制用、または筋タンパク質分解抑制用の剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は鋭意研究した結果、γ-アミノ酪酸(GABA)が、筋芽細胞の増殖促進作用、筋合成を促進する作用、筋肉量を増加させる作用、筋萎縮を抑制する作用、筋タンパク質の分解を抑制する作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、以下(1)~(6)のサルコペニア予防または改善剤に関する。
(1)GABAを有効成分とするサルコペニア予防または改善剤(ただし、トレーニングを伴うものを除く)
(2)筋合成関連遺伝子発現促進用、筋合成促進用、筋萎縮関連遺伝子発現抑制用、筋萎縮抑制用、または筋タンパク質分解抑制用の、上記(1)に記載の剤。
(3)筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または、筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、上記(1)または(2)に記載の剤。
(4)食品添加剤である、上記(1)または(2)に記載の剤。
(5)経口投与される製剤である、上記(1)または(2)に記載の剤。
(6)GABAの一日摂取量が10~3000mgである、上記(1)または(2)に記載の剤。
【0014】
また、本発明は、以下(7)~(10)の飲食品組成物に関する。
(7)上記(1)または(2)に記載の剤を含む、サルコペニア予防または改善用飲食品組成物(ただし、トレーニングを伴うものを除く)
上記(1)または(2)に記載の剤を含む、筋量増加用飲食品組成物(ただし、トレーニングを伴うものを除く)。
)筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、上記()に記載の飲食品組成物。
10筋芽細胞の細胞増殖を促進するための、分化制御因子MyoDおよび/または転写コアクチベーターPGC-1αの発現を増加させるための、または筋肉増殖抑制因子Myostatinの発現を抑制するための、上記(8)に記載の飲食品組成物
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、新たな筋合成関連遺伝子発現促進剤、筋合成促進剤、筋萎縮関連遺伝子発現抑制剤、筋萎縮抑制剤、または筋タンパク質分解抑制剤を提供できる。
これまでに副作用の報告がなく、食品としての利用が可能である安全なGABAを有効成分とするため、長期間の継続投与および継続摂取が可能である。その結果、筋肉の機能の低下を抑え、最終的に筋萎縮あるいはサルコペニアの進行を抑制し、寝たきりを予防するための健康食品、飲食品、または医薬として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】C2C12の細胞増殖に対するGABAの効果を示す。細胞を1~1000μg/mlの濃度のGABAで培養し、細胞生存率はCell couting kit-8を使用して決定した。 各データは3回の独立した実験の平均値±SDを表し、棒グラフ上のaまたはbはグループ間の有意差を示す(p<0.05)。
図2】(A)MyoD mRNA発現に対するGABAの効果(リアルタイム-PCR)。 各データポイントは平均値と標準偏差を表す(n=9)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す(p<0.05)。(B)MyoDタンパク質発現に対するGABAの効果。各データポイントは、平均値と標準偏差を表す(n=3)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す。(p<0.05)
図3】(A)PGC-1α mRNA発現に対するGABAの効果(リアルタイム-PCR)。各データポイントは、平均値と標準偏差を表す(n=9)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す(p<0.05)。(B)PGC-1αタンパク質発現に対するGABAの効果。各データポイントは、平均値と標準偏差を表す(n=3)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す(p<0.05)。
図4】(A)Myostatin mRNA発現に対するGABAの効果(リアルタイム-PCR)。各データポイントは、平均値と標準偏差を表す(n=9)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す(p<0.05)。(B)Myostatinタンパク質発現に対するGABAの効果。各データポイントは、平均値と標準偏差を表す(n=3)。棒グラフ上の異なる文字(a、b、またはc)は、グループ間の有意差を示す(p<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のGABAとは、γ-amino butyric acid(γ-アミノ酪酸)の略称である。動植物等広く分布するアミノ酸の一種で、哺乳動物の脳や脊髄に存在する抑制系の神経伝達物質である。GABAは脳の血流を改善し酸素供給量を増加させ脳代謝を亢進させる働きを持つことから、脳卒中や頭部外傷後遺症、脳動脈後遺症による頭痛、耳鳴り、欲求低下等の治療に応用される。またその他の生理効果として、学習能力の向上、腎機能の活性化が知られている。GABAは主に生体の脳髄に存在し、中枢神経の神経伝達物質として関与しており、神経の主要な抑制性伝達物質として知られ、間脳の血流を活発にして脳細胞の代謝機能を高めるとともに、ストレスによる自律神経を緩和させることを目的として利用されている。
【0018】
本発明におけるGABAは、野菜、果物、穀類などに含まれるGABA、またはそれらから抽出されたGABA、発酵食品から生産されるGABA、有機合成から生産されたGABAである。
上記野菜、果物、穀類とは、かぼちゃ、なす、とまと、きゅうり、米、玄米、麦芽、大豆などをいい、発酵食品とは、乳酸菌、酵母、納豆菌由来のキムチ・漬物・発酵乳・納豆などの発酵食品をいう。胚芽米、緑茶、米ぬかの乳酸菌による発酵、グルタミン酸から乳酸菌を用いて発酵することにより得ることができ、さらに、自然界に存在するグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)を用い、グルタミン酸および/またはグルタミン酸ナトリウムを原料に酵素変換したもの、さらには発酵食品中の細菌を単離し、培養液中で調製したものであってもよい。
【0019】
本発明のサルコペニア予防または改善剤の実施の形態は、経口組成物用、飲食品(サプリメント)、食品添加物用の用途で利用されることが好ましい。本発明のサルコペニア予防または改善剤をサプリメント、医薬として利用する場合には、実施の形態として賦形剤を含有する錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤などの経口用組成物とすることが好ましい。経口用組成物は、舌下薬(錠剤だけでなく、オブラートのようなシート、ペースト)やゼリー、微粉末を懸濁させたドリンク剤でもよい。また、飲食品組成物、医薬組成物は、ヒト用に限定されず、ペットや家畜として飼育されている犬や猫などの哺乳動物用を含む。
【0020】
GABAはそれを豊富に含む飲食品の形態のものを利用しても良い。当該飲食品の形態としては、特に限定するものではないが、粉末状、顆粒状、カプセル、錠剤に成形しても良い。また、その他の形態としては、食品素材、食品添加剤としても良く、あるいは、シロップ剤、懸濁剤、ドリンク剤、流動食、清涼飲料、乳飲料、乳酸菌飲料、機能性調味料、ゲル状食品、プリン、ヨーグルト、菓子・ケーキ類、パン類、麺類、パスタ、チョコレート、キャンディ、チューインガム等の形態にしても良い。
また、飲食品には、通常の飲食品の他、サプリメントや健康食品、経腸栄養食品、機能性表示食品、特定保健用食品などが含まれる。
【0021】
本発明のGABAの飲食品または医薬としての一日摂取量は10~3000mgが好ましく、GABAを有効成分として含む飲食品としては10~90重量%、好ましくは25~50重量%のGABAを有効成分として含有してもよい。当該飲食品の成人1人当たり1日の摂取量は10~5000mg、好ましくは250~3500mgの範囲である。
【0022】
サルコペニア(sarcopenia)とは、加齢に伴い骨格筋が萎縮し、骨格筋量及び骨格筋力の低下を伴う症候群である。サルコペニアは、国や地域などによって異なる多く診断基準が存在しているが、日本では、筋肉量の低下を必須項目とし、筋力または身体能力の低下のいずれかに該当した場合にサルコペニアと診断される(サルコペニアの診断・病態・治療、日本老年医学会雑誌(2015)Vol.52,No.4,p.343-349))。
【0023】
骨格筋の発生は、間葉系幹細胞が筋芽細胞へと分化し、筋芽細胞が相互に融合して多核の筋管細胞へと分化を遂げ、筋管細胞が最終的に合胞体を形成して収縮能力を有する筋線維へと成熟する。
筋芽細胞(myoblast)は筋線維の由来となる単核の細胞であり、この細胞が多数細胞融合して多核細胞である筋管細胞(myotube)に分化する。この筋芽細胞の分化には筋分化特異的位遺伝子群(muscle regulatory factors;MRFs)と呼ばれる遺伝子群が重要な役割を果たし、MyoDファミリーはその一つである。
筋管細胞はさらに分化して合胞体を形成し、収縮能力を有する筋線維(myofiber)へと成熟する。また、筋線維は加齢に伴うミオスタチン(myostatin)の発現増加により、筋萎縮、筋タンパク質分解が起こることで、サルコペニアを引き起こすことが知られている。
【0024】
本発明者は、筋肉の元となる筋芽細胞にGABAを曝露し、GABAが直接的に筋肉細胞に与える影響を調べた。評価項目は、筋芽細胞の細胞増殖と、MyoD、PGC-1α、およびMyostatinの遺伝子およびタンパク質の発現量とした。
MyoDは筋肉細胞への分化因子として重要視されており、たとえば、線維芽細胞といった非筋肉細胞にMyoDを何らかの方法で強制的に発現させると筋肉細胞に変化することが知られている。転写コアクチベーターPGC-1αはミトコンドリア生合成を活性化する因子であり、筋管細胞から筋線維への分化にも関連しているといわれている。Myostatinは骨格筋の増殖を抑制する筋肉増殖抑制因子であり、発現増加により筋萎縮、筋タンパク質分解を引き起こす。
【0025】
実験の結果、GABAは筋芽細胞の細胞増殖を有意に促進すること、筋芽細胞におけるMyoDおよびPGC-1αの発現を有意に増加させること、およびMyostatinの発現を有意に減少させることが確認された。GABAを筋細胞に供給することができれば、筋肉量の増加を促進し、筋肉量の減少を抑制することにより、健康寿命に大きな影響を与えるサルコペニアを予防あるいは改善する効果が期待される。
【0026】
GABAは、筋芽細胞の細胞増殖を促進する作用を有しているため、筋合成促進剤、筋量増加剤として用いることが可能である。
また、GABAは筋合成関連遺伝子の発現を促進する作用を有しているため、筋合成関連遺伝子発現促進剤、筋合成促進剤、筋量増加剤として用いることが可能である。GABAによって発現が促進される筋合成関連遺伝子の例としては、分化制御因子MyoDや転写コアクチベーターPGC-1αが例示される。
また、GABAは筋萎縮関連遺伝子の発現を抑制する作用を有しているため、筋萎縮関連遺伝子発現抑制剤、筋萎縮抑制剤、筋タンパク質分解抑制剤として用いることが可能である。GABAによって発現が促進される筋萎縮関連遺伝子の例としては、筋肉増殖抑制因子Myostatinが例示される。
【0027】
本発明において、筋量増加とは、筋量(筋肉量)を増加させることをいい、筋量の増加は、例えば、筋量計などにより筋肉量を測定することで評価することができる。筋量の増加の対象となる筋は骨格筋が好ましい。
上記非特許文献3~14の他にも、野生雄C57BL/6Jマウスに2.5%イソロイシン液を5週間投与した場合、非投与群に比べMyoD発現が有意に増加し、その結果、筋形成が促進され、筋肉量が有意に増加したこと(非特許文献16)、運動を繰り返し行うことによって、PGC-1α発現が増加し、筋肉量が増加すること(非特許文献17)、24カ月齢のWistar系ラット(オス)では、7週齢および12か月齢の同ラットに比べ、筋肉組織中のMyostatinの発現量が有意に高値を示し、体重あたりの筋肉量が有意に低値を示したこと(非特許文献11)等、が報告されており、MyoDおよびPGC-1α、またはMyostatin発現の増加、または減少によって、筋肉量が増加し、または減少すると推認される。
筋萎縮とは、筋細胞の減少や縮小により筋量が低下することをいい、加齢に伴うもの(サルコペニア)や、長期間の安静臥床や骨折等のためのギプス固定によるものが挙げられる。筋萎縮の抑制とは、加齢や不活動に伴う筋量の低下を抑制することをいう。
【0028】
次に、本発明の具体例を、以下の実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
[マウス筋芽細胞C2C12の増殖に与える影響]
DMEM培地+FBS10%+Penicillin-Streptomycin Solution1%にて5×104cells/mLに調製したC2C12懸濁液を96穴平底マイクロプレート(FALCON,Becton Dickinson)に100μl/wellずつ播種した(n=6)。またブランクとして、培地のみ100μl/wellずつ滴下した。その後、37℃、5%炭酸ガス存在下で培養した。
培養24時間後に、培地を吸引除去した後、DMEM培地+FBS1%+Penicillin-Streptomycin Solution1%を100μl/wellずつ注入した。一方、対照区は滅菌済PBSを1%含むよう添加した。試験区はGABA(99.0%,sigma aldrich)溶液(PBS)を所定濃度となるように添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
翌日、同様に培地交換を行い、PBSもしくはGABA溶液を添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
【0030】
Cell couting kit-8(株式会社同仁化学研究所)溶液を10μl/wellずつ添加し、37℃、5%炭酸ガス存在下で2時間反応させた。
反応終了後、マイクロプレートリーダー(Perkin Elmer)で450nmにおける吸光度を測定した。細胞増殖に関する数値は、細胞を播種したwellの測定値から、ブランクのwellの測定値を引いて算出した。
結果を図1に示す。GABA100μg/mL以上の濃度では、筋芽細胞の増殖は1.3倍以上となり、GABAは筋芽細胞の増殖を有意に促進することが確認された。
【実施例2】
【0031】
[マウス筋芽細胞C2C12における標的mRNAの発現量測定(リアルタイムPCR)]
DMEM培地+FBS10%+Penicillin-Streptomycin Solution1%にて8×104cells/mLに調製した細胞懸濁液を、24well plateに1mLずつ播種した。
培養24時間後に培地を吸引除去して、DMEM培地+FBS1%+Penicillin-Streptomycin Solution1%を1mLずつwellに注入した。一方、対照区には滅菌済PBSを10%含むよう添加した。試験区にはGABA(99.0%,sigma aldrich)溶液(PBS)を所定濃度となるように添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
翌日、同様に培地交換を行い、PBSもしくはGABA溶液を添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
24時間後に、TRIzol Plus RNA Purification Kit 50preps(Thermo Fisher Scientific)を用い、細胞から総RNAを抽出した。その後、Super ScriptIV VILO Master Mix with ezDNase Enzyme(Thermo Fisher Scientific)を用い、cDNAを合成した。
【0032】
FastStart Essential DNA Green master(ロシュ)にて調製し、LightCycler(登録商標) 96 Systemを用いてリアルタイム-PCR法にて、MyoD、PGC-1α、およびMyostatinのmRNA発現量の測定を行った。PCR反応は95℃にて600秒間初期変性を行った後、3step Amprification、45cycles、95℃・10s、60℃・10s、72℃・15s、Meltingのプログラムで実施した。内部標準はGAPDHを用いた。各遺伝子のプライマーは表1に示す。mRNA発現量は、GAPDH mRNA発現量に対する割合として求めた。
【0033】
結果を図2~4の(A)に示す。
筋芽細胞におけるMyoDおよびPGC-1αにおいて、GABA濃度依存的にmRNA発現量が有意に高値を示した(図2(A)、図3(A))。一方、Myostatin mRNA発現量は、GABA濃度依存的に有意に低値を示した(図4(A))。
【0034】
【表1】
【実施例3】
【0035】
[マウス筋芽細胞C2C12における標的タンパク質の発現量測定(ウェスタンブロッティング法)]
DMEM培地+FBS10%+Penicillin-Streptomycin Solution1%にて8×104cells/mLに調製した細胞懸濁液を、24well plateに1mLずつ播種した。
培養24時間後に培地を吸引除去して、DMEM培地+FBS1%+Penicillin-Streptomycin Solution1%を1mLずつwellに注入した。一方、対照区には滅菌済PBSを10%含むよう添加した。試験区にはGABA(99.0%,sigma aldrich)溶液(PBS)を所定濃度となるように添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
翌日、同様に培地交換を行い、PBSもしくはGABA溶液を添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
翌日、同様に培地交換を行い、PBSもしくはGABA溶液を添加した。37℃、5%炭酸ガス存在下で24時間培養した。
細胞上清を除去して、Protease and Phosphatase inhibitorを添加したM-PER Reagentにてタンパク質を抽出した。抽出したタンパク質量をBradford Assayで測定した。
タンパク質液にBolt LDL Sample BufferおよびReducing Agentを添加して70℃、10分間熱処理を行った。
【0036】
Bolt MES SDS Running Bufferと15wellゲルを用い、電気泳動(200V,22分間)を行った後、ゲルを取り出してiBlot2ドライブロッティングシステムによって転写を行った。
iBind Western Systemを用いて、GAPDHとMyoD、PGC-1α、およびMyostatinタンパク質の抗原抗体反応を行った。一次抗体は、GAPDH Monoclonal ANTIBODY proteintech 60004-1-Ig(mouse)、MyoD1 Polyclonal Antibody(rabbit)、およびAnti-PGC1 α, Rabbit-Poly bs-1832R、GDF8/MSTN Polyclonal Antibody BS-1288R(rabbit)を、二次抗体は 、Goat anti-Mouse IgG (H+L) Secondary Antibody, HRP(Thermo Fisher Scientific)、Goat anti-Rabbit IgG (H+L) Secondary Antibody,HRPを用いた。
メンブレンを洗浄後、Super Signal west Duraに含まれる2種類の試薬をそれぞれ1.0mLずつ混合してメンブレンに5分間反応させた。
メンブレンをBIO RADのchemi Doc XRS+システムに挿入して、イメージングを行った。また、画像解析ソフトを用い、検出されたバンドの濃淡を数値化した。
【0037】
結果を、図2~4の(B)に示す。
筋芽細胞におけるMyoDおよびPGC-1αタンパク質においては、GABA濃度依存的に発現が有意に高値を示した(図2(B)、図3(B))。一方、Myostatinタンパク質においては、GABA濃度依存的に発現が有意に低値を示した(図4(B))。
【0038】
GABAは、MyoDおよびPGC-1αのmRNAおよびタンパク質の発現を有意に増加させ、MyostatinのmRNAおよびタンパク質の発現を有意に減少させた。GABAの筋芽細胞の増殖および融合促進効果と、筋線維への成長促進効果、さらに筋肉量減少抑制効果を示すことを細胞実験によって明らかにした。
GABAを筋芽細胞等の筋細胞に供給すれば、筋肉量の増加を促進し、筋肉量の減少を抑制することにより、サルコペニアを予防あるいは改善する効果が期待される。
【要約】      (修正有)
【課題】日常的に継続して摂取することができ、効果的に筋肉量を増加させ筋力の低下を抑制して、サルコペニアの予防や改善をすることが可能な筋合成関連遺伝子発現促進用、筋合成促進用、筋萎縮関連遺伝子発現抑制用、筋萎縮抑制用、または筋タンパク質分解抑制用の剤を提供する。
【解決手段】GABAを有効成分として含む、サルコペニア予防または改善剤を提供する。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4