(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-06
(45)【発行日】2023-07-14
(54)【発明の名称】無線通信方法および無線通信システム
(51)【国際特許分類】
H04W 72/1263 20230101AFI20230707BHJP
H04W 72/566 20230101ALI20230707BHJP
H04W 16/28 20090101ALI20230707BHJP
H04B 7/0452 20170101ALI20230707BHJP
H04B 7/0456 20170101ALI20230707BHJP
H04B 7/06 20060101ALI20230707BHJP
【FI】
H04W72/1263
H04W72/566
H04W16/28 130
H04B7/0452 100
H04B7/0456 110
H04B7/06 956
(21)【出願番号】P 2019143762
(22)【出願日】2019-08-05
【審査請求日】2022-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149711
【氏名又は名称】服部 耕市
(72)【発明者】
【氏名】久保 恭介
(72)【発明者】
【氏名】田代 晃司
(72)【発明者】
【氏名】黒崎 正行
(72)【発明者】
【氏名】長尾 勇平
(72)【発明者】
【氏名】尾知 博
【審査官】石田 信行
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-526102(JP,A)
【文献】国際公開第2009/078472(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04W 4/00 - 99/00
H04B 7/24 - 7/26
H04B 7/0452
H04B 7/0456
H04B 7/06
3GPP TSG RAN WG1-4
SA WG1-4
CT WG1,4
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無線ネットワークにおいて
シングルユーザ用のメディアデータの無線伝送を行う上で、
マルチユーザMIMOの送信機としてのアクセスポイントと受信機としてのステーションとの間に複数の空間ストリームを形成し、
前記アクセスポイントからの送信の際、スケーラブル符号化手段によって、前記メディアデータの品質に対する重要度の高い順に前記メディアデータをレイヤ化し、
MIMOプリコーダによって、重要度の高いレイヤほど、チャネル容量の大きな
前記空間ストリームを割り当て
ると共に、
前記ステーションに設けられた複数のサブステーションがそれぞれ受信した前記各レイヤのデータをマルチスケーラブルデコーダによって合成してシングルユーザ用のメディアデータとして出力する
ことを特徴とする無線通信方法。
【請求項2】
前記MIMOプリコーダは、前記ステーションから前記アクセスポイントにフィードバックされるチャネル状態情報に基づいてチャネル容量の大きな前記各空間ストリームを識別することを特徴とする請求項1記載の無線通信方法。
【請求項3】
無線ネットワークにおいて
シングルユーザ用のメディアデータの無線伝送を行う無線通信システムにおいて、
マルチユーザMIMOの送信機としてのアクセスポイント及び受信機としてのステーションと、
前記アクセスポイントと前記ステーションとの間に形成される複数の空間ストリームと、
前記メディアデータの品質に対する重要度の高い順に前記メディアデータをレイヤ化するスケーラブル符号化手段と、
前記スケーラブル符号化手段によってレイヤ化されたレイヤに対し、重要度の高いレイヤほど、チャネル容量の大きな
前記空間ストリームを割り当てる
MIMOプリコーダ
と、
前記ステーションが受信した前記各レイヤのデータを合成してメディアデータとして出力するマルチスケーラブルデコーダと、
を備え
、
前記ステーションは複数のサブステーションを有し、前記マルチスケーラブルデコーダは前記サブステーションがそれぞれ受信した前記各レイヤのデータを合成してシングルユーザ用のメディアデータとして出力する
ことを特徴とする無線通信システム。
【請求項4】
前記
MIMOプリコーダは、前記ステーションから前記アクセスポイントにフィードバックされるチャネル状態情報に基づいてチャネル容量の大きな前記各空間ストリームを識別することを特徴とする請求項3記載の無線通信システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線ネットワークにおいて、高品質なメディアデータのリアルタイムな伝送を可能とする無線通信方法および無線通信システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、モバイル端末の普及により、動画像コンテンツの無線伝送に対する需要が高まってきている。高品質なメディアデータの伝送は無線通信システムにおける重要な応用分野の一つである。一般的に高品質なメディアデータはデータ容量が非常に大きく、リアルタイムでの伝送を考える場合、MIMO(multi-input multi-output)の利用が適している。MIMOはさまざまな無線通信規格で採用されており、非常に重要な役割を果たしている技術の一つである。
【0003】
例えば、特許文献1に記載の無線通信装置はMIMOを利用しており、重要度の高いレイヤほど品質の良いチャネルリソースを割り当てることで高品質を保ったままのデータ伝送を可能にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年、メディアデータの大容量化傾向は著しく、例えば良好なストリーミング配信等を可能にするには、メディアデータの品質を落とすことなく更に通信速度を上げる必要がある。
本発明は、無線通信において、メディアデータの品質を高く維持しつつ、通信速度を更に向上させることができる無線通信方法および無線通信システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するため、本発明の無線通信方法は、無線ネットワークにおいてシングルユーザ用のメディアデータの無線伝送を行う上で、マルチユーザMIMOの送信機としてのアクセスポイントと受信機としてのステーションとの間に複数の空間ストリームを形成し、アクセスポイントからの送信の際、スケーラブル符号化手段によって、メディアデータの品質に対する重要度の高い順にメディアデータをレイヤ化し、MIMOプリコーダによって、重要度の高いレイヤほど、チャネル容量の大きな空間ストリームを割り当てると共に、ステーションに設けられた複数のサブステーションがそれぞれ受信した各レイヤのデータをマルチスケーラブルデコーダによって合成してシングルユーザ用のメディアデータとして出力するものである。
このとき、MIMOプリコーダは、ステーションからアクセスポイントにフィードバックされるチャネル状態情報に基づいてチャネル容量の大きな各空間ストリームを識別することが好ましい。
【0007】
また、本発明の無線通信システムは、無線ネットワークにおいてシングルユーザ用のメディアデータの無線伝送を行うものであって、マルチユーザMIMOの送信機としてのアクセスポイント及び受信機としてのステーションと、アクセスポイントとステーションとの間に形成される複数の空間ストリームと、メディアデータの品質に対する重要度の高い順にメディアデータをレイヤ化するスケーラブル符号化手段と、スケーラブル符号化手段によってレイヤ化されたレイヤに対し、重要度の高いレイヤほど、チャネル容量の大きな空間ストリームを割り当てるMIMOプリコーダと、ステーションが受信した各レイヤのデータを合成してメディアデータとして出力するマルチスケーラブルデコーダと、を備え、ステーションは複数のサブステーションを有し、マルチスケーラブルデコーダはサブステーションがそれぞれ受信した各レイヤのデータを合成してシングルユーザ用のメディアデータとして出力するものである。
このとき、MIMOプリコーダは、ステーションからアクセスポイントにフィードバックされるチャネル状態情報に基づいてチャネル容量の大きな各空間ストリームを識別することが好ましい。
【0008】
無線ネットワークにおいてメディアデータの無線伝送を行う上で、スケーラブル符号化により、品質に対する重要度の高い順にメディアデータをレイヤ化する。その後、MIMOプリコーディングにより、重要度の高い上位レイヤから順に、チャネル容量の大きな空間ストリームから小さな空間ストリームに割り当てて送受信することで、一人以上のユーザによるマルチスケーラブル伝送を行うことができる。このとき、チャネル容量の小さな空間ストリームに割り当てられた重要度の低い下位レイヤほどビット誤りは多くなるが、下位レイヤで発生するビット誤りは品質への影響が小さいため、人間が認識できる範囲において高品質を保ったままメディアデータの高速無線伝送が可能になる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、無線ネットワークにおいて、高品質なメディアデータのリアルタイムな伝送が可能となる。本発明は、年々増加するデータ伝送量に対してレスポンスと品質向上を図るものであり、モバイル化が進む中、大変有効である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の無線通信システムの一例を示す概念図である。
【
図2】SU-MIMO伝送を行う無線通信システムの説明図である。
【
図3】MU-MIMO伝送を行う無線通信システムの説明図である。
【
図4】本発明の無線通信システムの一例を示すブロック図である。
【
図5】
図4の無線通信システムが備えるマルチスケーラブルエンコーダの概念図である。
【
図6】スケーラブル符号化の概念を示す説明図である。
【
図7】マルチスケーラブルデータを段階的に復号して得られる画像を示す説明図である。
【
図8】ビットエラーの位置が画質に与える影響を説明するための図である。
【
図9】
図4の無線通信システムが備えるMIMOプリコーダのブロック図である。
【
図10】IEEE802.11ac規格のAPとSTAを用いたMU-MIMO伝送のブロック図である。
【
図11】
図10のMU-MIMO伝送を利用したマルチスケーラブルMIMO伝送のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づいて詳細に説明する。
図1に、本発明の無線通信システムの実施形態の一例を示す。この無線通信システム1は、無線ネットワークにおいてメディアデータ2の無線伝送を行うものであって、メディアデータ2の品質に対する重要度の高い順にメディアデータ2をレイヤ化するマルチスケーラブルエンコーダ(スケーラブル符号化手段)3と、MIMOの送信機としてのアクセスポイント(AP)4及び受信機としてのステーション(STA)5と、マルチスケーラブルエンコーダ3によってレイヤ化されたレイヤ6に対し、重要度の高いレイヤ6ほど、チャネル容量の大きな空間ストリーム7を割り当てるMIMOプリコーダ8を備えている。
【0012】
すなわち、MU-MIMO(multi-user MIMO)のビームフォーミングと呼ばれる送信を行うことで、空間ストリーム7ごとに別々のレイヤ6を伝送することが可能となり、マルチスケーラブル伝送の実施が可能になる。
【0013】
ここで、マルチスケーラブル伝送とは、重要度の高いレイヤ6ほど品質の良いチャネルリソースを割り当てることで、高品質を保ったままメディアデータ2の無線伝送を可能にする伝送である。本実施形態の無線通信システム1は、MU-MIMO技術とMIMOプリコーダ8を基にしたマルチスケーラブルMIMO伝送を実施する。
【0014】
まず入力として、あるメディアデータ2が与えられる。ここではメディアデータ2の例として画像データを想定しているが、画像データに限るものではなく、動画データ、音声付き動画データ、音声データ等でも良い。マルチスケーラブルエンコーダ3を用いた情報源符号化によって、重要度の高い順に、すなわちメディアデータ2の品質に与える影響の大きい順に、メディアデータ2を複数層に分割する。この分割手法をレイヤ化という。
図1においては、重要度はレイヤa>レイヤb>レイヤc>レイヤdとなっている。このようにレイヤ化されたデータをマルチスケーラブルデータという。
【0015】
その後、AP4でレイヤa~レイヤdのデータを送信する。この時、MIMO技術におけるMIMOプリコーダ8と呼ばれる通信路符号化手段により、空間ストリーム7を形成し、レイヤa~レイヤdのデータを、重要度の高い上位レイヤから順に、通信品質の良い空間ストリーム7から通信品質の悪い空間ストリーム7に割り当てて送信することで、マルチスケーラブルMIMO伝送を行う。このとき、チャネル状態情報(CSI)10がSTA5からAP4にフィードバックされることにより、AP4は通信路(空間ストリームA~D)の状態を知ることが出来る。
【0016】
STA5が受信したレイヤa~レイヤdのデータはマルチスケーラブルデコーダ9によって合成され、メディアデータ2として出力される。このとき、割り当てられた空間ストリームA~Dの通信品質との関係で重要度の低い下位レイヤほど送受信時のビット誤り(
図1中、×印で示す)は多くなるが、下位レイヤで発生するビット誤りはメディアデータ2の品質への影響は小さいため、人間による見た目には全く影響を与えない。そして、伝送時に生じたビット誤りを全て又は一部許容することで、ビット誤りに起因したデータ再送を全く行わない又は行う回数を減らす。そのため、人間が認識できる範囲において高品質を保ったままメディアデータ2の高速無線伝送が可能となる。
【0017】
ここで、本発明に係るマルチスケーラブルMIMO伝送と従来のMIMO伝送との比較について説明する。
従来のMIMO伝送は、AP4が同時に通信を行うユーザ数の違いにより、SU-MIMO伝送(single user-MIMO)とMU-MIMO伝送(multi user-MIMO)に大別される。
【0018】
SU-MIMO伝送は、
図2に示すように、AP4がある時間にある周波数帯域を占有して1台のSTA5と複数の空間ストリーム7を用いて通信を行う技術である。AP4もSTA5もそれぞれ複数のアンテナ4a、5aを持つが、1人のユーザによる利用を想定するため、入出力はそれぞれ1つである。
【0019】
MU-MIMO伝送は、
図3に示すように、AP4がある時間にある周波数帯域を共有して空間ストリーム7を複数ユーザで分割して通信を行う技術である。MU-MIMO伝送では、受信機側におけるSTA5間のユーザ間干渉が除去されるため、それぞれのSTA5から、ユーザ毎のデータを独立に出力することができる。SU-MIMO伝送と異なる点は、2人以上のユーザによる利用を想定するため、AP4が1台であるのに対してSTA5が複数台存在する点と、それぞれ複数の入出力が存在する点である。
【0020】
本実施形態におけるマルチスケーラブルMIMO伝送は、システム全体としての入出力はそれぞれ1つであり、1ユーザによる使用を想定している。
図4に示すように、AP4側で入力データを複数の空間ストリーム7に分割することによって、MU-MIMO技術を基にした伝送を行う。特に、AP4におけるMIMOプリコーダ8を用いて重要度の高いマルチスケーラブルデータから順に、通信品質の良い空間ストリーム7から悪い空間ストリーム7に割り当てて送信することで、マルチスケーラブルMIMO伝送を実現する。
【0021】
<マルチスケーラブルエンコーダ3>
マルチスケーラブルエンコーダ3によりスケーラブル符号化されたメディアデータ2は、
図5に示すように、複数のビットプレーン11に展開された後、いくつかのビットプレーン11をひとつにまとめたレイヤ6として構成される。これらのレイヤ6は、各レイヤ6で画質に対する寄与度が異なるという性質を持つ。
【0022】
<スケーラブル符号化>
メディアデータ2として画像データを例に、
図6を用いて、スケーラブル符号化の概念をより具体的に説明する。一般に画像データは、
図6の左側部分のようなピクセルの集合で構成され、各ピクセルは8ビットのデータで表現される。
図6の中央部分はオリジナル画像から切り出したR成分の右側の6ピクセルをビットプレーン11に展開した図である。このようにすべてのピクセルをビットプレーン11に展開し、MSB(最上位ビット:Most Significant Bit)であるb
7から順にストリームの始端に配置することで、マルチスケーラブルデータを生成することができる。
【0023】
このようにして作成したマルチスケーラブルデータを段階的に復号して得られる画像の例を
図7に示す。(a)はMSBであるb
7のみを復号して得られる画像、(b)はb
7、b
6を復号して得られる画像、(c)はb
7~b
5を復号して得られる画像、(d)はb
7~b
4を復号して得られる画像、(e)はb
7~b
3を復号して得られる画像、(f)はb
7~b
2を復号して得られる画像、(g)はb
7~b
1を復号して得られる画像、(h)はオリジナル画像、すなわちb
7~b
0の全てを復号して得られる画像である。
図7からも明らかなように、(a)から(h)へと復号するビット数を増やすことで、段階的に画質が向上することが確認でき、MSB及びこれに近い数ビットを復号するだけで、十分に鮮明な画像を得られることがわかる。
【0024】
なお、図中のPSNR(Peak signal-to-noise ratio:ピーク信号対雑音比)は、数式1によって求められる。なお、分母のMSE(Mean Square Error)は平均二乗誤差である。
【数1】
【0025】
次に、
図8に基づいてビットエラーの位置が画質に与える影響について説明する。これらは各ピクセルを構成する8ビットのうち、特定の1ビットを1/2の確率でビット反転させた画像である。
図8の(a)はMSBであるb
7を反転させた画像、(b)はb
6を反転させた画像、(c)はb
5を反転させた画像、(d)はb
4を反転させた画像、(e)はb
3を反転させた画像、(f)はb
2を反転させた画像、(g)はb
1を反転させた画像、(h)はLSB(最下位ビット:Least Significant Bit)であるb
0を反転させた画像である。
図8からも明らかなように、すべての画像においてビットエラー率は一定であるにも関わらず、エラーが発生する位置によって画質が大きく変化することがわかる。したがって、MSBに近いビットであるほど画質に対する寄与度が大きく(重要度が高く)、LSBに近づくにつれて寄与度が小さく(重要度が低く)なることがわかる。
【0026】
本実施形態では、マルチスケーラブルエンコーダ3によって、b7及びb6に対応するビットプレーン11はレイヤaに、b5及びb4に対応するビットプレーン11はレイヤbに、b3及びb2に対応するビットプレーン11はレイヤcに、b1及びb0に対応するビットプレーン11はレイヤdにそれぞれレイヤ化される。ただし、レイヤ化の手段はマルチスケーラブルエンコーダ3によるものに限らない。例えば、画像の圧縮規格であるJPEG2000を使ってレイヤ化(レイヤに分解)しても良く、あるいは、動画像の圧縮規格である「ITU-T Rec. H.264 | ISO/IEC 14496-10 Advanced Video Coding」や「H.265(ISO/IEC 23008-2 HEVC(High Efficiency Video Coding)」等を使ってレイヤ化(レイヤに分解)しても良い。
【0027】
その後、各レイヤ6はマルチスケーラブルエンコーダ3から出力され、AP4に入力される。このように、情報源符号化と通信路符号化とを組み合わせることで、エラーを許容して画質劣化を抑制する枠組みはJSCC(joint source-channel coding)と呼ばれる。
【0028】
<MIMOプリコーダ8>
MIMOプリコーダとは、送信機(AP)における空間処理を意味するもので、ビームフォーミングとも呼ばれる。ビームフォーミングにおいては、受信機(STA)で信号の利得が最大となるよう、ある信号を複数の送信アンテナから適当な位相または電力に重み付けして送信する。最適なビームフォーミングを行うには受信機で推定したチャネル状態情報(CSI:channel state information)10を送信機にフィードバックする必要がある。
【0029】
図9にMIMOプリコーダ8を示す。なお、
図9においては、空間ストリーム7の数は4、送信アンテナ4aの数も4、受信アンテナ5aの数も4とする。送信の流れとしては、まず、各マルチスケーラブルデータに基づいて4個の空間ストリームベクトルS
1、S
2、…、S
4が生成される。これを空間ストリームベクトルSと定義する。次に空間ストリームベクトルSを、AP4内のMIMOプリコーダ8に入力する。この時、STA5からAP4にフィードバックされたCSI10により、チャネル行列HはMIMOプリコーダ8にとって既知である。MIMOプリコーダ8では、電力制御と指向性制御に分けて処理が行われる。電力制御では、電力制御行列Pにより、4個のマルチスケーラブルデータに対して、重要度の高いものほど高い電力が割り当てられるように調整する。次に指向性制御では、指向性制御行列Bにより、STA5側の任意のアンテナ5aに対してビームフォーミングが行われるように、送信信号の指向性制御を行う。電力制御行列Pと指向性制御行列Bを一括りにMIMOプリコーダ行列Wと定義することも可能である(W=BP)。
【0030】
このMIMOプリコーダ8によって、空間ストリームベクトルSはMIMOプリコーダ行列Wにより指向性と電力を調整された送信信号ベクトルXとして送信される(X=WS)。また、チャネル行列Hに送信信号ベクトルXを乗算することにより、
図1で示したように、重要度の高いマルチスケーラブルデータから順に、電力の大きな空間ストリーム7から電力の小さな空間ストリーム7に割り当てて送受信を行うマルチスケーラブルMIMO伝送が可能となる。
【0031】
また、STA5においては受信信号ベクトルYが得られる(Y=HX+N。なお、Nはノイズベクトル。)。そして、受信信号ベクトルYはレイヤa~レイヤdのデータとしてマルチスケーラブルデコーダ9に送られる(
図1)。
<マルチスケーラブルデコーダ9>
マルチスケーラブルデコーダ9は受け取ったレイヤa~レイヤdのデータを合成してメディアデータ2を復号し、出力する。
【0032】
このとき、割り当てられた空間ストリーム7の通信品質との関係で重要度の低い下位レイヤほど多くのビット誤りが発生するが、下位レイヤで発生するビット誤りはメディアデータ2の品質への影響が小さいため、人間が認識できる範囲において高品質が保たれている。そして、このように、ビット誤りをある程度許容できるため、ビット誤りに起因したデータ再送の回数を減らすことができ、特に大容量データの高速通信が可能になる。
【0033】
すなわち、従来は、ビット誤りが発生した場合にはそれを修正することで伝送データの品質を確保するという考え方であったが、本発明は、ビット誤りが発生してもそれが人間の認識に影響しない程度のものであれば許容し、人間の認識を考慮した品質を確保するという考え方であり、技術的な思想が全く異なっている。そして、人間の認識に影響しない程度のビット誤りを許容することでデータの再送回数を減らし、通信を高速化できるという効果もある。
【0034】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
例えば、上述の説明では、マルチスケーラブルエンコーダ3によってメディアデータ2を4つのレイヤにレイヤ化していたが、レイヤ数はこれに限るものではない。例えば、AP4及びSTA5が有するアンテナ4a,5aの組数に応じてレイヤ数を適宜変えることができる。
【0035】
また、上述のマルチスケーラブルMIMO伝送は、システム全体としての入出力をそれぞれ1つとし、1ユーザによる使用(シングルユーザでのマルチスケーラブルMIMO伝送)としていたが、システム全体としての入出力を、入力:1、出力:複数、として複数のユーザ(マルチユーザ)による使用(マルチユーザでのマルチスケーラブルMIMO伝送)としても良い。
【0036】
また、本発明は、電波等の電磁波を利用した無線通信に限らず、音波を利用した無線通信にも適用可能である。
【実施例1】
【0037】
図10に、IEEE802.11ac規格のAP4とSTA5を用いたMU-MIMO伝送の構成例を示す。この例では、送受信アンテナ数及び空間ストリーム数は2とする。11ac規格では、AP4を送信機、STA5を受信機としたダウンリンクの場合のみ、同時に複数台のSTA5とMU-MIMO伝送を行う。
【0038】
図11に、IEEE802.11ac規格を基にしたマルチスケーラブルMIMO伝送の実施例を示す。
図10の構成例を利用し、
図11に示すように入出力をシングルユーザ用の入力データとし、マルチスケーラブルエンコーダ3/デコーダ9を加えることにより、
図1で示したようなマルチスケーラブルMIMO伝送が可能となる。本実施例では、STA5を複数のSub STAに分割した例を示しているが、この限りではない。
【産業上の利用可能性】
【0039】
例えば、ストリーミング配信等の無線通信の分野に適用できる。特に、大容量のメディアデータの高速通信に適している。
【符号の説明】
【0040】
1 無線通信システム
2 メディアデータ
3 マルチスケーラブルエンコーダ(スケーラブル符号化手段)
4 アクセスポイント(AP)
4a アンテナ
5 ステーション(STA)
5a アンテナ
6 レイヤ
7 空間ストリーム
8 MIMOプリコーダ
9 マルチスケーラブルデコーダ
10 チャネル状態情報(CSI)
11 ビットプレーン