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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-06
(45)【発行日】2023-07-14
(54)【発明の名称】多能性幹細胞用未分化維持培地
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/00 20060101AFI20230707BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230707BHJP
   C12N 9/99 20060101ALN20230707BHJP
【FI】
C12N5/00
C12N5/10
C12N9/99
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2018230014
(22)【出願日】2018-12-07
(65)【公開番号】P2020089338
(43)【公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-10-19
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591045677
【氏名又は名称】関東化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 剛広
(72)【発明者】
【氏名】澤口 智哉
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 萌
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/156762(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/147047(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第107267462(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104357379(CN,A)
【文献】Methods in Molecular Biology (Methods and Protocols),2011年,Vol. 690,pp. 57-66
【文献】NATURE PROTOCOLS,2017年03月23日,Vol. 12,pp. 814-827
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性ポリマーおよびN-アセチル-L-システインを含有し、アルブミンを含有しないかまたはアルブミンを0.010%以下で含む、多能性幹細胞接着培養用無血清培地。
【請求項2】
親水性ポリマーが、ポリビニルアルコールまたはポリビニルピロリドンである、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
さらに、アルブミン以外のタンパク質成分を含有する、請求項1または2に記載の培地。
【請求項4】
アルブミン以外のタンパク質成分が、インスリン、トランスフェリンおよび塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項3に記載の培地。
【請求項5】
さらに、分化抑制剤を含有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の培地。
【請求項6】
分化抑制剤が、GSK3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β)阻害剤、および/またはDYRK(Dual-specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase)阻害剤である、請求項5に記載の培地。
【請求項7】
GSK3β阻害剤が、1-Azakenpaulloneである、請求項6に記載の培地。
【請求項8】
DYRK阻害剤が、ID-8である、請求項6に記載の培地。
【請求項9】
さらに、NFAT(活性化T細胞核内因子)阻害剤を含有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の培地。
【請求項10】
NFAT阻害剤が、Tacrolimusである、請求項9に記載の培地。
【請求項11】
多能性幹細胞が、ヒト由来である、請求項1~10のいずれか一項に記載の培地。
【請求項12】
多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞(iPS細胞)である、請求項1~11のいずれか一項に記載の培地。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載の培地を用いる、多能性幹細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞用未分化維持培地に関する。
【背景技術】
【0002】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞は、分化多能性および自己複製能を有しており、再生医療をはじめとした再生医療分野や医学研究分野などにおいて様々な利用が期待されている。多能性幹細胞の培養は、安全な条件下で、未分化を維持した状態で増殖させることが必要である。
従来、細胞培養には、血清やアルブミンを含む細胞培地が用いられてきた。アルブミンは、生体由来のものと遺伝子組み換えのものとがあり、生体由来のものであれば、ドナーがウイルス等に感染している場合、それらのウイルス等を培地に含むおそれがある。またウイルス等に感染していなくとも、アルブミンの精製中に何らかの因子が夾雑し、培地に含まれ、かかる因子に起因して細胞が意図しないタイミングで分化することもあり得る。加えて、生体由来であるため、ロット間で微量成分の濃度などや品質の差異が生じ、かかる差異により培養結果が変化し得る。一方で遺伝子組み換えのアルブミンは費用が高額となる。したがって、多能性幹細胞の培養には、アルブミンを含有しない培地を使用することが好ましい。
【0003】
近年、多能性幹細胞の培養に適した無血清培地の開発が進められている。特許文献1には、内皮細胞分化遺伝子(Edg)ファミリーレセプターに対するリガンド、およびセロトニンレセプターに対するリガンドを含む無血清培地が開示されている。特許文献2には、プルロニック系非イオン性界面活性剤や動物系加水分解物などを含み、アルブミンを含有しない、無血清培地が開示されている。特許文献3には、ポリビニルアルコールを含有し、アルブミンを含有しない培地を用いることで、胚性幹細胞の培養皿への接着を防ぎながら培養する方法が開示されている。特許文献4には、ポリビニルアルコールなどの合成ポリマーが、胚性幹細胞を含む細胞の細胞培養基材表面に対する接着を抑制することが開示されている。特許文献5には、アルブミンおよびポリビニルアルコールを含有した培地が開示されている。
しかしながら、培地中にアルブミンを含有することなく、高い増殖性を有し接着培養などに適した汎用性の高い多能性幹細胞用の培地として十分な品質を有するものは未だ存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2009/084662号公報
【文献】国際公開第2017/195745号公報
【文献】特開2007-228815号公報
【文献】特開2007-124982号公報
【文献】特許第6197947号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって本発明は、培地中に血清やアルブミンを含有することなく、高い増殖性を示す多能性幹細胞の接着培養用の培地、および、かかる培地を用いた汎用性の高い多能性幹細胞の接着培養の方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、多能性幹細胞の培養細胞培養基材表面への接着性を付与する非アルブミン成分を探索したところ、親水性ポリマーが、多能性幹細胞の細胞培養基材表面に対する接着性を高め、かかるポリマーを培地に添加することで、多能性幹細胞の接着培養においてアルブミンを含有せずに、高い増殖性を付与することを見出し、さらに研究を進めた結果、本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下に関する。
[1]親水性ポリマーを含有し、実質的にアルブミンを含有しない、多能性幹細胞接着培養用培地。
[2]さらに、抗酸化物質を含有する、前記[1]に記載の培地。
[3]親水性ポリマーが、ポリビニルアルコールまたはポリビニルピロリドンである、前記[1]または[2]に記載の培地。
[4]抗酸化物質が、N-アセチル-L-システイン、還元型グルタチオン、ビタミンC、ビタミンEおよびクロロゲン酸からなる群より選択される少なくとも1種である、前記[2]または[3]に記載の培地。
[5]抗酸化物質が、N-アセチル-L-システインである、前記[2]~[4]のいずれかに記載の培地。
[6]さらに、アルブミン以外のタンパク質成分を含有する、前記[1]~[5]のいずれかに記載の培地。
[7]アルブミン以外のタンパク質成分が、インスリン、トランスフェリンおよび塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)からなる群より選択される少なくとも1種である、前記[6]に記載の培地。
[8]さらに、分化抑制剤を含有する、前記[1]~[7]のいずれかに記載の培地。
[9]分化抑制剤が、GSK3β(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β)阻害剤、および/またはDYRK(Dual-specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase)阻害剤である、前記[8]に記載の培地。
[10]GSK3β阻害剤が、1-Azakenpaulloneである、前記[9]に記載の培地。
[11]DYRK阻害剤が、ID-8である、前記[9]に記載の培地。
[12]さらに、NFAT(活性化T細胞核内因子)阻害剤を含有する、前記[1]~[11]のいずれかに記載の培地。
[13]NFAT阻害剤が、Tacrolimusである、前記[12]に記載の培地。
[14]多能性幹細胞が、ヒト由来である、前記[1]~[13]のいずれかに記載の培地。
[15]多能性幹細胞が、iPS細胞である、前記[1]~[14]のいずれかに記載の培地。
[16]親水性ポリマー、抗酸化物質ならびにGSK3β阻害剤およびDYRK阻害剤からなる分化抑制剤を含有する、多能性幹細胞接着培養用培地。
[17]前記[1]~[16]のいずれかに記載の培地を用いる、多能性幹細胞の培養方法。
[18]多能性幹細胞の培養基材への接着を増強する方法であって、培地に親水性ポリマーを添加することを含む、前記方法。
[19]前記[17]または[18]の方法により製造された、多能性幹細胞。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、親水性ポリマーを含有することにより、培地にアルブミンを含有することなく、多能性幹細胞を、未分化を維持したまま高い増殖率で培養することができる。さらに、かかる培地に、抗酸化物質を添加することで、より高い増殖率を達成することが出来るため、再生医療分野や医療研究分野で使用される多能性幹細胞を効率良く培養することができる。また発明に係る方法によれば、アルブミンを含有しない培地において、細胞の接着を増強する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、比較例1における、アルブミンを添加した培地および無添加培地において、iPS細胞を培養した際の、細胞内活性酸素種(ROS)量の関係を示す。-はアルブミンが無添加の培地で培養した結果を、+Albは、アルブミンを添加した培地で培養した結果を指す。図中の各結果の値は、無添加の培地における細胞内ROS量を100%とした時の相対値を示す。
図2図2は、比較例1における、アルブミンを添加した培地および無添加培地において、iPS細胞を培養した際の、培養3日目における位相差像を示す。図中の-は、アルブミンを添加していない培地で培養した細胞の、+Albは、アルブミンを添加して培養した細胞の像を指す。細胞は状態が良いと紡錘状の形態をしており、状態が悪くなると球状の形態となる。
図3図3は、実施例1における、各抗酸化物質を添加した培地および無添加の培地において、iPS細胞を培養した際の、抗酸化物質と細胞内ROS量の関係を示す。図中の+Albは、アルブミンの添加を、+NACは、N-アセチル-L-システインの添加を、+GSHは、還元型グルタチオンの添加を、+VCは、ビタミンCの添加を、+VEは、ビタミンEの添加を、+ChAは、クロロゲン酸の添加をした培地で培養した細胞の結果を指す。図中の各結果の値は、無添加の培地における細胞内ROS量を100%とした時の相対値を示す。
図4図4は、実施例2における、アルブミンを添加した培地およびN-アセチル-L-システインを添加した培地において、iPS細胞を培養した際の培養3日目における位相差像を示す。+Albは、アルブミンの添加を、+NACはN-アセチル-L-システインの添加をした培地において培養した細胞の像を指す。
図5図5は、実施例3における、全細胞をクリスタルバイオレットで青色に染色した時の、培養容器全体を位相差顕微鏡で撮影したものを示す。-は、無添加の培地における、培養結果を示す。+Albは、アルブミンを添加した培地における、培養結果を示す。+PVAは、ポリビニルアルコールを添加した培地における、培養結果を示す。+PVPは、ポリビニルピロリドンを添加した培地における、培養結果を示す。
図6図6は、実施例4における、基礎培地のみのもの、および基礎培地にN-アセチル-L-システインのみを添加したもの、基礎培地にポリビニルアルコールのみを添加したもの、基礎培地にN-アセチル-L-システインおよびポリビニルアルコールを添加したもので7日間培養した際の、相対増殖率(平均値±標準偏差)を示す。図中の基礎培地+NACが、基礎培地にN-アセチル-L-システインのみを、基礎培地+PVAが、基礎培地にポリビニルアルコールのみを添加したもの、基礎培地+NAC+PVAが、基礎培地にN-アセチル-L-システインおよびポリビニルアルコールを添加したものを指す。また、図中の縦軸の数値は基礎培地のみの場合の増殖率を1として、相対的に示したものを指す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について、本発明の好適な実施態様に基づき、詳細に説明する。
本発明に係る「多能性幹細胞接着培養用培地」は、多能性幹細胞を接着培養するために用いる培地である。本発明に係る「多能性幹細胞」は、生体を構成する全ての組織または細胞に分化し得る分化多能性および自己複製能を有する細胞であり、一例として、ES細胞、胚性生殖細胞(EG細胞)、iPS細胞を挙げることができ、好ましくはiPS細胞である。本発明に係る「多能性幹細胞」の由来となる生物種は、特に限定されず、例えばヒト、サル、マウスなどが挙げられ、好ましくはヒト由来である。
【0011】
本発明に用いられる培地は親水性ポリマーを含有する。本発明者は、アルブミンを実質的に含有しない培地において、親水性ポリマーが細胞の培養皿に対する接着性を増強し接着培養における細胞増殖を促進することを見出した。理論に拘束されるものではないが、本発明の培地に添加される親水性ポリマーは、培養基材に接着した細胞表面に皮膜を形成することで細胞接着性を高めることが推測される。したがって、本発明において用いられる親水性ポリマーは、培養基材に対する細胞接着性を高めるものであればよく、限定されることなく、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレンイミン、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、デキストラン、ジェランガム、アルギン酸などが使用できる。培養基材に対するより強い接着性を付与する観点からポリビニルアルコールが好ましい。また再生医療や医療分野の研究に用いられることから、本発明における親水性ポリマーは、非天然物かつ医薬品への採用実績がある安全性の高い親水性ポリマーが好ましい。
【0012】
本発明の培地に添加される親水性ポリマーの濃度は、培養基材に対する細胞接着性を高めることが可能な濃度であればよく、限定されることなく、例えば0.01%~5%、好ましくは0.05%~1%であり、特に接着性を増強し得る観点からポリビニルアルコールの0.1~0.5%やポリビニルピロリドンの0.1~0.5%がさらに好ましい。
本発明に係る培養基材への細胞接着を増強する方法は、培地に親水性ポリマーを添加することを含み、親水性ポリマーは培地製造時または培地使用時の任意のタイミングで添加してよい。本発明に係る培養基材は、公知のものを用いることができ、限定されることなく、例えばポリスチレン樹脂製やガラス製のものの他にこれらにラミニン、ビトロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、カゼインなどのタンパク質をコーティングしたものや高分子を固定化したものが使用できる。
【0013】
生体由来アルブミンは、ロット間の差異や、因子の夾雑を含む可能性があるため、アルブミンを全く含有しないか、またはアルブミンを含有するとしても少なければ少ないほど好ましい。したがって本発明において「アルブミンを実質的に含有しない」とは、アルブミンを全く含有しないか、またはロット間の差異や因子の影響を生じない程度、すなわち多能性幹細胞の細胞増殖を促進しないか、または安定維持効果を奏しない程度のアルブミンを含有することをいう。したがって、このようなアルブミンを実質的に含有しない培地は、例えば、0.010%以下のアルブミンを含むものが含まれ、好ましくは、10-6%以下のアルブミンを含むものが含まれる。
【0014】
本発明に用いられる基礎培地は、公知のものを用いることができ、これらに限定されるものではないが、例えばDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、MEM(イーグル最小必須培地)、α―MEM(イーグル最小必須培地α改変型)、GMEM(グラスゴー最小必須培地)、Ham‘sF-12(栄養混合物F-12ハム)、DMEM/Ham、IMDM(イスコフ改変ダルベッコ培地)、DMEM/F-12(ダルベッコ改変イーグル培地/栄養混合物F-12ハム)を包含し、好ましくは、DMEM/F-12等が挙げられる。
【0015】
当該培地成分には、必要に応じて、公知の添加物を含んでよい。添加物としては、細胞増殖を阻害しないものであればよく、従来から多能性幹細胞の培養に用いられてきた各種無機塩類、炭水化物、アミノ酸、ビタミン、脂質などを含んでよい。またアルブミン以外のタンパク質成分であれば添加物として含んでもよい。アルブミン以外のタンパク質成分は、例えば、成長因子、鉄の貯蔵・運搬因子などである。成長因子は、これらに限定されるものではないが、上皮成長因子(EGF)、インスリン様成長因子(IGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン、トランスフォーミング増殖因子(TGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および直接的な作用ではないがインスリンを包含する。鉄の貯蔵・運搬因子は、これに限定されるものではないないが、トランスフェリンを包含する。さらに好ましくはアルブミン以外のタンパク質が、インスリン、トランスフェリンおよびbFGFである。これらのタンパク質の添加量は、好ましくは、インスリンの最終濃度が、1~50μg/mLと、トランスフェリンの最終濃度が、1~30μg/mLと、bFGFの最終濃度が、1~100ng/mLとなるように添加され、さらに好ましくは、インスリンの最終濃度が、10~30μg/mLと、トランスフェリンの最終濃度が、5~20μg/mLと、bFGFの最終濃度が、2.5~25ng/mLとなるように添加される。
【0016】
本発明の一態様において、添加物として抗酸化物質を含んでいてもよい。理論に拘束されるものではないが、本発明の培地に添加される抗酸化物質は、細胞に加わるストレスにより、細胞内に大量に産生されるROSを捕捉することにより無害化する反応に寄与することが推測される。したがって本発明に用いられる「抗酸化物質」は、ROSを捕捉することにより無害化する反応に寄与する物質を含み、これらに限定されるものではないが、N-アセチル-L-システイン、還元型グルタチオン、ビタミンC(L-アスコルビン酸)、ビタミンC誘導体、ビタミンE(トコフェロール)、クロロゲン酸を包含し、好ましくは、N-アセチル-L-システインおよび/またはL-アスコルビン酸リン酸マグネシウムが挙げられる。抗酸化物質の添加量は、好ましくはN-アセチル-L-システインの最終濃度が、0.05~10mMおよび/またはL-アスコルビン酸リン酸マグネシウムの最終濃度が、30~500μg/mLとなるように添加され、さらに好ましくは、N-アセチル-L-システインの最終濃度が、0.3~1mMおよび/またはL-アスコルビン酸リン酸マグネシウムの最終濃度が50~70μg/mLとなるように添加される。
【0017】
本発明の一態様において、添加剤として基礎培地に分化抑制剤を含んでいてもよい。分化抑制剤は、これらに限定されるものではないが、GSK3β阻害剤およびDYRK阻害剤、白血病阻止因子(LIF)、MEK阻害剤およびGSK3阻害剤を含む。好ましくは、分化抑制剤は、GSK3β阻害剤およびDYRK阻害剤である。GSK3β阻害剤は、GSK3βの機能を阻害あるいは発現量を制限する作用を有するものであり、これらに限定されるものではないが、SB216763、BIO、AR-A014418、IM-12、CHIR99021、Kenpaullone、1-Azakenpaulloneを包含する。DYRK阻害剤は、DYRKの機能を阻害あるいは発現量を制限する作用を有するもので、これらに限定されるものではないが、AZ191、ID-8、Harmine hydrochlorideを包含する。さらに好ましくは、GSK3β阻害剤が1-Azakenpaullone、DYRK阻害剤がID-8である。分化抑制剤の添加量は、好ましくは、1-Azakenpaulloneの最終濃度が、400~2000nMとなるように添加され、ID-8の最終濃度が、200~1000nMとなるように添加され、さらに好ましくは、1-Azakenpaulloneの最終濃度が、700~1400nMとなるように添加され、ID-8の最終濃度が、400~800nMとなるように添加される。
【0018】
本発明の一態様において、基礎培地にNFAT阻害剤を含んでいてもよい。NFAT阻害剤は、NFATの機能を阻害あるいは発現量を制限する作用を有するものである。NFAT阻害剤は、これらに限定されるものではないが、Tacrolimus(FK506)、Cyclosporin A、MCV-1、INCA-6を包含し、好ましくはNFAT阻害剤が、Tacrolimusである。NFAT阻害剤の添加量は、好ましくは、Tacrolimusの最終濃度が、10~100pMとなるように添加され、さらに好ましくは、Tacrolimusの最終濃度が、10~50pMとなるように添加される。
【0019】
本発明の基礎培地には、上記で挙げたもの以外であっても、多能性幹細胞の増殖を阻害しないものであれば含んでいてもよい。細胞を効率的に増殖させる観点からセレン、エタノールアミンであり、好ましくはセレンであり、さらに好ましくは、亜セレン酸ナトリウムである。
【0020】
本発明の一態様において、培地は、接着培養用であって、基礎培地に親水性ポリマー、抗酸化物質ならびにGSK3β阻害剤およびDYRK阻害剤からなる分化抑制剤を含む培地であってもよい。培地はさらに、必要に応じて、公知の添加物を含んでよい。添加物としては、細胞増殖を阻害しないものであればよく、従来から多能性幹細胞の培養に用いられてきた各種無機塩類、炭水化物、アミノ酸、ビタミン、タンパク質、脂質などを含んでよい。
【0021】
本発明の培地を用いた多能性幹細胞の培養は、当業者に公知の任意の接着培養法を用いて行うことができる。例として、多能性幹細胞を、PBSで洗浄後、37℃、5分間、細胞解離処理を行い、シングルセルに分散、回収し、ラミニンコートした接着培養用6ウェルプレートに播種し、ROCK阻害剤を含む本発明の培地で37℃、5%CO条件下で一晩培養し、適宜ROCK阻害剤を含まない培地に交換しながら7日間培養することで行うことができる。
【0022】
以下、本発明を、実施例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0023】
[比較例1:細胞培養におけるアルブミンの機能検証]
[培地の調製]
DMEM/F12 with trace element培地(Sigma社製 D0547)10.8g、1M HEPES(ThermoScientific社製 15630-080)14mL、炭酸水素ナトリウム1.1g、塩化ナトリウム0.4g、L-アスコルビン酸リン酸マグネシウム(富士フイルム和光純薬社製 013-19641)0.06g、ITS溶液(ThermoScientific社製 41400-045 Insulin 1mg/mL、Transferrin 0.55mg/mL、Selenium 0.7μg/mL)18mL、1-Azakenpaullone(Toronto Research Chemicals社製 A800950)361μg、ID-8(Cayman Chemicals社製 15222)179μg、Tacrolimus(Cayman Chemicals社製 10007965)16ngを水1Lに溶解、混合し、1Lの基礎培地を得た。
基礎培地100mLに、アルブミン(MP Biomedicals社製 0215240180-100g)1gを添加した培地を得た。
【0024】
[ROSの測定]
無添加の基礎培地およびアルブミンを添加した培地それぞれに細胞をシングルセルで分散し1時間経過した後、それぞれDCFH-DAで細胞を蛍光染色し、フローサイトメーターを用いて蛍光強度を測定した。
[結果]
図1に示すとおり、アルブミンの添加によって、細胞内ROS量が約60%低減されたことが確認された。
【0025】
[培養]
ヒトiPS細胞253G1株を、PBSで洗浄後、TrypLE Select(ThermoScientific社)および0.5mM EDTAの等量混合液で37℃、5分間処理することでシングルセルに分散、回収し、血球計算盤を用いて細胞数を測定後、0.25μg/cmとなるようにiMatrix-511(マトリクソーム社)をコートした接着培養用6ウェルプレートに25,000細胞/ウェルで細胞を播種し、10μMのY-27632(Cayman Chemicals社製 10005583)を含む上記培地で37℃、5%CO条件下で一晩培養し、毎日Y-27632を含まない培地に交換しながら7日間培養した。
培養は、基礎培地に何も添加しない培地をコントロールとし、基礎培地にアルブミンを添加した培地とで行った(n=1)。
[細胞の形態の確認]
培養3日目の、無添加の基礎培地およびアルブミンを添加した培地での培養における、細胞の形態を位相差顕微鏡で観察した。
[結果]
図2に示すとおり、アルブミンを添加した培地における細胞の形態は、紡錘形を示しており、球形を示している無添加の培地における細胞の形態よりも、良い状態であることが確認された。
【0026】
[実施例1:抗酸化物質を含む培地が細胞内ROS量に与える影響の検証]
[培地の調製]
基礎培地を比較例1と同様に調製し、基礎培地100mLにそれぞれN-アセチル-L-システイン(関東化学社製 01763-30)163mgを添加したもの、還元型グルタチオン(関東化学社製 17501-61)307mgを添加したもの、ビタミンC(富士フイルム和光純薬社製 013-19641)278mgを添加したもの、ビタミンE(関東化学社製 40562-30)430mgを添加したもの、クロロゲン酸(関東化学社製 10924-1A)353mgを添加したものを得た。また、対照として基礎培地に何も添加しない培地および基礎培地100mLにアルブミン1gを添加したものを得た。
[ROSの測定]
対照および各成分をそれぞれ添加した培地において培養した細胞をシングルセルに分散後、それぞれDCFH-DAで蛍光染色し、フローサイトメーターを用いて蛍光強度を測定した。
[結果]
図3に示すとおり、5種類の抗酸化物質を添加した培地でそれぞれ培養した細胞すべてにおいて無添加のものに比べて蛍光強度の低下が認められ、ROS量が低下していることが示唆された。また、5種類の中でもN-アセチル-L-システインおよび還元型グルタチオンにおいて高い効果を認め、約50%の細胞内ROS量の低減が認められた。
【0027】
[実施例2:抗酸化物質を含む培地を用いた多能性幹細胞の培養]
[培地の調製]
基礎培地を比較例1と同様に調製し、基礎培地100mLにそれぞれN-アセチル-L-システイン(関東化学社製 01763-30)8.2mgを添加したもの、還元型グルタチオン(関東化学社製 17501-61)16mgを添加したもの、ビタミンC(富士フイルム和光純薬社製 013-19641)14mgを添加したもの、ビタミンE(関東化学社製 40562-30)21mgを添加したもの、クロロゲン酸(関東化学社製 10924-1A)17mgを添加したものを得た。また、対照として基礎培地に何も添加しない培地および基礎培地100mLにアルブミン1gを添加したものを得た。
[培養]
ヒトiPS細胞253G1株を、PBSで洗浄後、TrypLE Select(ThermoScientific社)および0.5mM EDTAの等量混合液で37℃、5分間処理することでシングルセルに分散、回収し、血球計算盤を用いて細胞数を測定後、0.25μg/cmとなるようにiMatrix-511(マトリクソーム社)をコートした接着培養用6ウェルプレートに25,000細胞/ウェルで細胞を播種し、10μM Y-27632を含む上記培地で37℃、5%CO条件下で一晩培養し、毎日Y-27632を含まない培地に交換しながら7日間培養した。
培養は、対照として基礎培地に何も添加しない培地およびアルブミンを添加した培地を用意し、それらおよびN-アセチル-L-システインを添加した培地、還元型グルタチオンを添加した培地、ビタミンCを添加した培地、ビタミンEを添加した培地、クロロゲン酸を添加した培地とで行った(n=1)。
[細胞の形態の確認]
対照および5種類の抗酸化物質を代表してN-アセチル-L-システインを添加した培地での培養における、培養3日目の細胞の形態を位相差顕微鏡で観察した。
[結果]
図4に示すとおり、N-アセチル-L-システインを添加した培地において培養された細胞の形態も、紡錘形を示しており、良好な細胞状態であることが確認された。
【0028】
[実施例3:親水性ポリマーを含む培地を用いた多能性幹細胞の培養]
[培地の調製]
基礎培地を比較例1と同様に調製し、基礎培地100mLにそれぞれポリビニルアルコール(Sigma社製 P8136)0.25gを添加したもの、ポリビニルピロリドン(Sigma社製 PVP40)0.25gを添加したもの、アルブミン1gを添加したものを得た。
[培養]
ヒトiPS細胞253G1株を、PBSで洗浄後、TrypLE Select(ThermoScientific社)および0.5mM EDTAの等量混合液で37℃、5分間処理することでシングルセルに分散、回収し、血球計算盤を用いて細胞数を測定後、0.25μg/cmとなるようにiMatrix-511(マトリクソーム社)をコートした接着培養用6ウェルプレートに25,000細胞/ウェルで細胞を播種し、10μM Y-27632を含む上記培地で37℃、5%CO条件下で一晩培養し、毎日Y-27632を含まない培地に交換しながら7日間培養した。
培養は、対照として基礎培地に何も添加しない培地およびアルブミンを添加した培地を用意し、それらおよびポリビニルアルコールを添加した培地、ポリビニルピロリドンを添加した培地とで行った(n=3)。
[細胞接着の確認]
培養した細胞をそれぞれクリスタルバイオレットで染色し、位相差顕微鏡下で細胞の接着状態を確認した。
[結果]
図5(-)に示すとおり、無添加の培地においては培養容器中央にのみ染色された細胞が確認され、培養容器の周縁部には細胞が接着していないことを確認した。それに対して、図5(+Alb)に示すとおり、アルブミンを添加した培地では、培地容器全体に染色された細胞が確認され、細胞の剥離が生じていないことを確認した。また、図5(+PVA)および(+PVP)に示すとおり、2種類の親水性ポリマーを添加した培地でそれぞれ培養した細胞においても、両方とも無添加の条件下で培養した細胞に比べて培養容器の周縁部まで細胞が隈なく接着していることを確認した。
【0029】
[実施例4:各成分を添加した培地の増殖率の比較]
[培地の調製]
基礎培地を、比較例1と同様に調製した。
基礎培地100mLに、それぞれN-アセチル-L-システイン8.2mgのみを添加したもの、ポリビニルアルコール0.25gのみを添加したもの、N-アセチル-L-システイン8.2mgおよびポリビニルアルコール0.25gを添加したものを得た。
【0030】
[培養]
ヒトiPS細胞253G1株を、PBSで洗浄後、TrypLE Select(ThermoScientific社)および0.5mM EDTAの等量混合液で37℃、5分間処理することでシングルセルに分散、回収し、血球計算盤を用いて細胞数を測定後、0.25μg/cmとなるようにiMatrix-511(マトリクソーム社)をコートした接着培養用6ウェルプレートに25,000細胞/ウェルで細胞を播種し、10μM Y-27632を含む上記培地で37℃、5%CO条件下で一晩培養し、毎日Y-27632を含まない培地に交換しながら7日間培養した。
培養は、対照として基礎培地に何も添加していない培地を用意し、それおよびN-アセチル-L-システインのみを添加した培地、ポリビニルアルコールのみを添加した培地、N-アセチル-L-システインおよびポリビニルアルコールを添加した培地とで行った(n=3)。
[結果]
図6に示すとおり、基礎培地のみの培養結果に対し、N-アセチル-L-システインのみを添加したもので約1.4倍、ポリビニルアルコールのみを添加したもので約1.5倍、N-アセチル-L-システインおよびポリビニルアルコール両方を添加したもので約2.0倍の相対増殖率の増加が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の培地を用いることにより、多能性幹細胞をアルブミンを使用することなく、効率よく安定的に増殖させることが可能となる。かかる培地で培養された多能性幹細胞はアルブミンを使用していないため、再生医療や医療分野の研究などに幅広く用いることができ、さらに低コストであるため、多能性幹細胞を用いた再生医療や医薬品開発などを広く普及し得る。



図1
図2
図3
図4
図5
図6