(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-06
(45)【発行日】2023-07-14
(54)【発明の名称】耳介切除具
(51)【国際特許分類】
A01K 11/00 20060101AFI20230707BHJP
A61D 1/04 20060101ALI20230707BHJP
【FI】
A01K11/00 Z
A61D1/04
(21)【出願番号】P 2019201121
(22)【出願日】2019-11-06
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】519395787
【氏名又は名称】谷戸 三紗
(74)【代理人】
【識別番号】100090413
【氏名又は名称】梶原 康稔
(72)【発明者】
【氏名】谷戸 三紗
【審査官】竹中 靖典
(56)【参考文献】
【文献】実開平04-117566(JP,U)
【文献】実開昭61-024200(JP,U)
【文献】実開平03-001800(JP,U)
【文献】特開平10-314178(JP,A)
【文献】特開2007-000944(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0021684(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 11/00
A61D 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物の耳介を切除する耳介切除具であって、
前記動物の耳介を挟んで止血する止血手段,
耳介を切除する切除手段,
前記止血手段及び前記切除手段の動作を行うための挟持手段,
前記止血手段による止血が行われた後に、前記切除手段による耳介の切除が行われるように動作を規制する動作規制手段,
を備え
ており、
前記挟持手段は、上プレート,中間プレート,下プレートを備えており、
前記止血手段は、前記中間プレートと前記下プレートに対向してそれぞれ設けられた鉗子であり、
前記切除手段は、前記上プレートに設けられて、前記中間プレートを貫通していることを特徴とする耳介切除具。
【請求項2】
前記各手段のうちの少なくとも一つを透明としたことを特徴とする請求項1記載の耳介切除具。
【請求項3】
前記上プレートと前記中間プレートとの間にバネ手段を設けたことを特徴とする請求項1
又は2記載の耳介切除具。
【請求項4】
前記動物が猫又は犬であり、前記止血手段及び切除手段が略V字状であることを特徴とする請求項1~
3のいずれか一項に記載の耳介切除具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、猫などの動物の耳介の一部を切除ないしカットするための耳介切除具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動物愛護の観点から保健所における犬や猫の殺処分を減らすための様々な活動が試みられている。その中でも、猫における活動の主体は、TNR(Trap-Neuter-Release)と呼ばれ、不必要な繁殖を防ぐために、
a,野良猫の捕獲(T),
b,動物病院での避妊・去勢手術等による中性化と目印のための耳介切除(N),
c,元の場所へ放す(R),
といった一連の活動を行うものである。
【0003】
こういったTNR活動が広まり、野良猫の殺処分数は、
図4に示すように、過去と比べて大幅に激減してきている。
図4は環境省の動物愛護管理室データから引用したデータで、横軸は年度を示し、縦軸は犬及び猫の殺処分数を示す。また、異常繁殖、糞尿の臭い、ゴミあさり、鳴き声の問題などの盛んに取り沙汰される野良猫問題に対して、動物が命あるものであると認識し、殺処分するのではなく、動物愛護管理法の原則に則り、野良猫の避妊・去勢手術を積極的に進める様、助成金制度を設けている行政も存在する。殺処分される猫の多くは、野良猫から生まれた子猫であることからすると、TNR活動は、殺処分数の減少に大きく寄与していると考えられる。
【0004】
猫は、他の犬などの動物と比較して繁殖率が高いと思われる理由が4つある。
(1)猫は、交尾排卵動物であるため、妊娠率が高確率である点
雄猫の交尾刺激により雌猫は排卵するため、一度の交尾による受精率が約9割と非常に高い。また、排卵数も多いため、一度の出産で生まれる子猫の数も平均4~8頭と非常に多い。
(2)猫の妊娠期間が短い点
雌猫の妊娠期間は平均63日(約2か月)という短さゆえ、年に2~3回ほど出産することが可能であり、平均5~7歳くらいまで出産を繰り返す。
(3)子猫の性成熟までの時間が短い点
雌の子猫が性成熟を迎え、出産可能になるまでの期間は、生後5~6か月という速さである。雄猫においても、発情を開始する時期は生後5~6か月と雌猫と同様に非常に速い。
(4)日本の環境的な要因がある点
温暖化など、猫にとって繁殖に有利な環境であること。また、以前の発展途上の時代と異なり、猫に対する日本人の感覚が「生き物」から「愛玩動物」へと変わり、「かわいそう」とか、「猫ブーム」といった風潮の中で、野良猫に不用意に餌を与える人も増加している。このため、本来自然淘汰されて一定の個体数を維持するはずが、かえって栄養状態が良好になって繁殖に寄与してしまうことも原因である。
このような点から、猫に対しては、上述したTNR活動が殺処分数の低減に極めて有効であると認められる。
【0005】
ところで、TNR活動では、上述したように、動物病院での避妊・去勢手術と耳介切除が行われる。野良猫の避妊・去勢の際に耳先をV字に切除(俗称「さくら耳」)する理由は、解放後に再度捕獲・開腹されることを防ぐためで、避妊などの手術を受けた個体であることを示す目印として耳介切除が行われる。
【0006】
図5には、従来の耳介切除の手順が示されており、猫CAは、避妊などの手術を行った後の麻酔下にある状態で、同図(A)に示すように、一方の耳CBを鉗子900で挟んで圧迫し、耳先への血流を遮断する。そして、この状態で、同図(B)に示すように、外科用鋏902で耳CBの耳介軟骨をV字状に切断する。切断後、必要があれば切断部位に止血剤を付け、同図(C)に示すように、鉗子900を耳CBから外して終了する。
【0007】
動物の耳を切断する背景技術としては、例えば、下記特許文献1記載の「げっ歯類動物からの組織採取装置」がある。これは、マウス等のげっ歯類動物の尾や耳からの組織採取を、他の個体組織が混入がないようにして簡単にできるようにすることを目的としたもので、一対の切断刃を、げっ歯類動物の組織採取部位を挿入できるよう離間状に支持した状態で、該切断刃の相対移動を行わしめて前記挿入した組織採取部位を切断し、該切断した組織採取部位を収容体に収容するようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、
図5に示した従来の手法では、次のような課題がある。
(1)動物側には肉体的ストレスがあり、人間側には精神的ストレスがある。すなわち、麻酔下であっても、ほとんどの場合、耳先への処置は痛みを伴い、動物が多少なりとも苦痛を感じており、痛覚刺激に対する反応を見せる。鉗子で挟む際に苦痛を感じることに加え、軟骨が弾力をもつ組織であるため、外科用鋏で切除するのがやや困難で、処置にてこずると動物は更に痛みを感じるとともに、人間側の心理的なストレスにも加担していると思われる。また、切除・止血後に鉗子を解除すると出血することがあり、止血のために再び鉗子を使用すると、更に痛みを受けることがある。
(2)TNRを行う時間の短縮が要望される。野良猫の繁殖率の高さゆえ、該当する地域でTNR活動を行う場合は、その地域内の野良猫について一匹残らず手術する必要がある。このため、1日の手術数は数頭~数10頭に及ぶことがあり、手術時間全体の短縮だけでなく、耳介切除自体の時間短縮も必要とされる。TNR専門病院では、更に多くの手術を行うため、処置時間の短縮が一層求められる。
【0010】
本発明は、以上の点に着目したもので、動物・人間の双方においてストレスを緩和するとともに、TNRにおける処置時間の短縮を図ることを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、動物の耳介を切除する耳介切除具であって、前記動物の耳介を挟んで止血する止血手段,耳介を切除する切除手段,前記止血手段及び前記切除手段の動作を行うための挟持手段,前記止血手段による止血が行われた後に、前記切除手段による耳介の切除が行われるように動作を規制する動作規制手段,を備えたことを特徴とする。
【0012】
主要な形態の一つによれば、前記各手段のうちの少なくとも一つを透明としたことを特徴とする。他の形態によれば、前記挟持手段は、上プレート,中間プレート,下プレートを備えており、前記止血手段は、前記中間プレートと前記下プレートに対向してそれぞれ設けられた鉗子であり、前記切除手段は、前記上プレートに設けられて、前記中間プレートを貫通していることを特徴とする。あるいは、前記上プレートと前記中間プレートとの間にバネ手段を設けたことを特徴とする。更に他の形態によれば、前記動物が猫又は犬であり、前記止血手段及び切除手段が略V字状であることを特徴とする。本発明の前記及び他の目的,特徴,利点は、以下の詳細な説明及び添付図面から明瞭になろう。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鉗子による耳の止血操作と、それに続く切除刃による耳の切除操作とを、簡単な操作で行うことができ、動物・人間の双方に対してストレスを緩和するとともに、処置時間を良好に短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施例の耳介切除具を示す斜視図である。
【
図2】前記実施例の耳介切除具による切除の様子を示す図である。
【
図3】
図2の#3-#3線に沿って矢印方向に見た耳介切除具の動作の様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0016】
図1には、本発明の一実施例が示されており、耳介切除具10は、前側が開閉し後側が閉じたステープラーのような構造となっており、上プレート20と、中間プレート30と、下プレート40によって構成されている。そして、
図2に示すように、猫CAの耳CBを挟んで、上プレート20と下プレート40を閉じることで、耳CBの一部を切除するようになっている。
【0017】
前記上プレート20は、一方の端部がL字状に屈曲しており、この曲折端22の先端には、1対の腕24が延設されている。次に、中間プレート30は、略へ字状に曲折しており、この曲折端32の先端には、1対の腕34が延設されている。一方、下プレート40の後端側には、側面に回動軸42が一対突出して形成されている。上述した上プレート20の腕24及び中間プレート30の腕34には、前記回動軸42が貫通しており、これにより、下プレート40に対して、上プレート20及び中間プレート30が回動自在となっている。
【0018】
図3(A)には、前記
図2(A)の#3-#3線に沿って矢印方向に見た主要断面の様子が示されており、上プレート20の内側には、V字形状の切除刃26が設けられている。切除刃26は、中間プレート30の開口36を通って、下プレート40側に露出している。また、上プレート20の切除刃26よりも先には、中間プレート30の先端との間に、押圧バネ28が設けられている。この押圧バネ28は、中間プレート30を下方に押圧ないし付勢する作用を奏している。中間プレート30の下側には、略V字状の鉗子38が、前記切除刃26を囲むように設けられている。一方、下プレート40の上側には、略V字状の鉗子48が、前記鉗子38と対面するように設けられている。
【0019】
このように、中間プレート30と下プレート40に鉗子38,48をそれぞれ設けるとともに、上プレート20に中間プレート30を貫通して切除刃26を設けることで、鉗子38,48による止血が行われた後に、切除刃26による耳CBの切除が行われるように、動作が規制されている。
【0020】
ところで、本実施例では、上プレート20,中間プレート30,下プレート40が、例えば透明のプラスチックによって形成されている。このため、耳介切除を行う獣医師は、耳介切除具10で猫CAの耳CBを挟む際に、切除刃26や鉗子38,48の位置を確認しながら耳CBを挟むことができるようになっている。また、ステイプラーと同様に、板バネないしコイルバネ(図示せず)によって、上プレート20と下プレート40とが開いた状態となるように付勢されており、この付勢力に抗して上プレート20と下プレート40を閉じた後に押圧力を緩めると、上プレート20と下プレート40は自然と開くようになっている。
【0021】
次に、
図2及び
図3も参照しながら、上記実施例の動作を説明する。耳CBを切除する猫CAは、避妊などの手術を行ったために麻酔下の状態にある。処置を行う獣医師は、殺菌などの処理を施した耳介切除具10を手で包むようにして持ち、
図2(A),
図3(A)に示すように、猫CAの耳CBを挟む。このとき、上述したように、耳介切除具10は、透明の素材によって形成されていることから、切除刃26や鉗子38,48の位置を確認しつつ、耳CBを挟むことができる。耳CBを挟んで上プレート20と下プレート40を押さえると、
図3(B)に示すように、鉗子38,48によって耳CBが挟まれるようになる。これにより、切除部位に対する止血が行われるようになる。
【0022】
そして、更に、上プレート20と下プレート40を押さえ込むと、鉗子38が耳CBを挟んで鉗子48に対向して動きが規制されていることから、押圧バネ28が縮んで上プレート20が下プレート40側に押されるようになる。このため、切除刃26が押し下げられるようになり、
図3(C)に示すように、切除刃26により耳CBが切除される。CCは、切除部位を示す。上述したように、切除刃26は、V字状となっていることから、
図2(B)に示すように、耳CBはV字状に切除されることとなる。
【0023】
以上のように、本実施例によれば、次のような効果がある。
a,止血と切除を、簡便な操作で、かつ短時間で行うことができ、処置時間が短い。従って、多数の猫に対する耳介切除を、短時間で効率的に行うことができる。
b,操作が簡単で、猫のみならず人間に対してもストレスが低減される。
【0024】
なお、本発明は、上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加えることができる。例えば、以下のものも含まれる。
(1)上述した形状や構造は一例であり、鉗子による止血手段と、止血後に耳介を切除する切除手段を備えていれば、どのような構造であってもよい。
(2)前記実施例は、本発明を猫の耳介の切除に適用したが、猫以外の犬などの動物に適用することを妨げるものではない。また、切除の形状も、V字以外の適宜の形状としてよいし、複数個所の切除を行うようにしてもよい。
(3)前記実施例で示した耳介切除具10の上下を逆にしても同様の効果を得ることができる。この場合、上プレート20が下側となり、下プレート40が上側となる。また、上下の位置関係も便宜上定めたものであり、横向きで使用してもよい。
(4)鉗子38,48の対向面については、下プレート40に対して上プレート20を押し下げたときに、鉗子38,48の対向面の全体がほぼ同時に耳CBを押し付けるようにしてもよいし、鉗子38,48の対向面で耳CBを少しずつ押さえつけて止血するようにしてもよい。切除刃26についても同様であるが、切除刃26の全体がほぼ同時に耳CBを切除する場合切除時の負荷が大きいので、少しずつ切断するように刃先を設定して負荷を低減するようにしてもよい。例えば、切除刃26を、耳切除具10の前から後ろに向かって丸みを帯びた形状とするといった具合である。
(5)下プレート40の内側であって、上プレート20の切除刃26が当たる部分に、刃先を受け止める受部(まな板)を設けるようにしてもよい。
(6)切除刃26を替えることができる替刃機能を備えるようにしてもよい。狭い溝で切除刃を挟み込むようにする,磁石で切除刃を吸着するなど、各種の構造が考えられる。鉗子38,48についても同様に交換できるようにしてよい。また、下プレート40の切除刃26が当たる部分に、受け板を設けるようにしてもよいし、切除刃26噛み合って切除を行う他の刃を設けるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明によれば、鉗子による耳の止血操作と、それに続く切除刃による耳の切除操作とを、簡単な操作で行うことができ、動物・人間の双方に対してストレスを緩和するとともに、処置時間を良好に短縮することができるので、例えばTNRにおける耳介切除に好適である。
【符号の説明】
【0026】
10:耳介切除具
20:上プレート
22:曲折端
24:腕
26:切除刃
28:押圧バネ
30:中間プレート
32:曲折端
34:腕
36:開口
38,48:鉗子
40:下プレート
42:回動軸
900:鉗子
902:外科用鋏
CA:猫
CB:耳
CC:切除部位