(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-06
(45)【発行日】2023-07-14
(54)【発明の名称】SIP潤滑油噴射器を備えた大型低速2ストロークエンジンを潤滑化する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
F01M 1/08 20060101AFI20230707BHJP
F01M 1/16 20060101ALI20230707BHJP
F01M 1/06 20060101ALI20230707BHJP
F02F 1/20 20060101ALI20230707BHJP
【FI】
F01M1/08 B
F01M1/08 E
F01M1/16 F
F01M1/06 E
F02F1/20
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020208303
(22)【出願日】2020-12-16
(62)【分割の表示】P 2018522086の分割
【原出願日】2015-10-28
【審査請求日】2021-01-14
(73)【特許権者】
【識別番号】511081141
【氏名又は名称】ハンス イェンセン ルブリケイターズ アクティーゼルスカブ
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松下 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100171675
【氏名又は名称】丹澤 一成
(72)【発明者】
【氏名】ベネドセン ニック ポウ
【審査官】家喜 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-165104(JP,A)
【文献】特表2014-511961(JP,A)
【文献】特開2003-286816(JP,A)
【文献】実開平01-118113(JP,U)
【文献】特表2017-512937(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01M 1/06
F02B 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大型低速2ストロークエンジンを潤滑化する方法であって、前記エンジンは、全ストロークに対応する上死点TDCと下死点BDCとの間の距離を長手方向シリンダ軸(33)に沿って往復運動するピストン(32)を内部に含むシリンダ(1)を備え、前記シリンダ(1)は、前記TDCと前記BDCとの間の前記シリンダ(1)の外周に沿って分布して前記シリンダ(1)内に潤滑油を噴射する複数の潤滑油噴射器(4)を
単一段で有し、前記方法は、
前記潤滑油噴射器(4)に、噴霧内の液滴の平均方向である噴霧方向に前記噴霧を放出する開口部(14’)を有する噴霧ノズル(14)を設けるステップと、
前記エンジンの稼動中に、前記ピストン(32)が前記TDCに向かう移動中に前記潤滑油噴射器(4)を通過する前に、潤滑油の霧状の液滴を含む噴霧を前記潤滑油噴射器(4)によって前記シリンダ(1)内の掃気空気内に繰り返し噴射するステップと、
前記霧状の液滴を前記掃気空気内に拡散させるステップと、
前記TDCに向かう前記掃気空気の渦運動(9)を利用して前記霧状の液滴を前記TDCに向かう方向に運ぶことによって前記霧状の液滴をシリンダ壁(3)上に分散させるステップと、
を含み、前記方法は、
前記ピストン(32)の前記全ストロークの1/5を上回る前記TDCからの特定の距離に前記潤滑油噴射器(4)を設けるステップと、
前記シリンダ軸(33)に対して垂直な平面(38)から測定した時に
45度よりも大きく、80度以下の角度(37)で前記TDCに向かう噴霧方向(36)で前記潤滑油噴射器を取り付けるステップとを、
さらに含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記方法は、前記TDCと、該TDCからの第1の
所定の距離との間に位置するシリンダライナ(2)上の領域に向かう噴霧方向(36)で前記潤滑油噴射器を取り付けるステップを含み、前記第1の
所定の距離は、前記ピストン(32)の前記全ストロークの1/5以下である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第1の
所定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/6以下である、
請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1の
所定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/8以下である、
請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記特定の距離は、前記ピストン(32)の前記全ストロークの1/3を上回る、
請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記方法は、高圧噴射のため、前記潤滑油を前記潤滑油噴射器(4)に25バール~100バールの圧力で供給するステップを含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記方法は、前記潤滑油噴射器(4)に、前記噴霧を放出する0.1~0.8mmの直径の開口部(14’)を有する噴霧ノズル(14)を設けるステップを含む、
請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記方法は、前記潤滑油噴射器(4)の前記ノズル(14)から前記シリンダ(1)内の前記シリンダ壁(3)に向かう前記噴霧方向に前記噴霧の大部分を妨げられずに伝播できるようにする溝(6)をシリンダライナ(2)に設けるステップを含み、前記噴霧方向は、前記潤滑油噴射器から前記シリンダ(1)の中心軸(33)に向かう方向に平行な半径方向成分よりも前記シリンダ(1)の接線方向に平行な接線成分の方が大きい、
請求項1に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載の大型低速2ストローク船舶用ディーゼルエンジン潤滑化方法の使用。
【請求項10】
大型低速2ストロークエンジンを潤滑化するシステムであって、前記エンジンは、全ストロークに対応する上死点TDCと下死点BDCとの間の距離を長手方向シリンダ軸(33)に沿って往復運動するピストン(32)を内部に含むシリンダ(1)を備え、前記シリンダ(1)は、前記TDCと前記BDCとの間の前記シリンダ(1)の外周に沿って分布して前記シリンダ(1)内に潤滑油を噴射する複数の潤滑油噴射器(4)を
単一段で有し、
前記潤滑油噴射器(4)は、噴霧内の液滴の平均方向である噴霧方向に前記噴霧を放出する開口部(14’)を有する噴霧ノズル(14)を含み、
前記潤滑油噴射器(4)は、前記潤滑油噴射器(4)にパイプシステム(9)を介して所定の潤滑油圧で潤滑油を供給するとともに、前記シリンダ(1)内への潤滑油の噴射タイミングを制御するように構成された制御システム(11)に機能的に接続され、
前記潤滑油噴射器(4)には、前記潤滑油が前記所定の潤滑油圧で供給された時に潤滑油の霧状の液滴を含む噴霧を供給するように寸法決めされた、前記シリンダ(1)内に延びるノズル(14)が設けられ、
前記制御システム(11)は、前記潤滑油噴射器(4)に、前記ピストン(32)が前記TDCに向かう移動中に前記潤滑油噴射器(4)を通過する前に前記噴霧を前記シリンダ(1)内の掃気空気内に噴射させて、前記霧状の液滴を前記掃気空気内に拡散させ、前記TDCに向かう前記掃気空気の渦運動(9)を利用して前記霧状の液滴を前記TDCに向かう方向に運ぶことによって前記霧状の液滴をシリンダ壁(3)上に分散させるように構成され、
前記シリンダ(1)内の前記潤滑油噴射器(4)は、前記TDCからの特定の距離に設けられ、前記特定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/5を上回り、前記潤滑油噴射器(4)は、前記シリンダ軸(33)に対して垂直な平面(38)から測定した時に
45度よりも大きく、80度以下の角度(37)で前記TDCに向かう噴霧方向(36)で配向される、
ことを特徴とするシステム。
【請求項11】
前記潤滑油噴射器(4)は、前記TDCと、該TDCからの第1の
所定の距離との間に位置する前記シリンダ壁(3)上の領域に向かう角度(37)の噴霧方向(36)で配向され、前記第1の
所定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/5以下である、
請求項10に記載のシステム。
【請求項12】
前記第1の
所定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/6以下である、
請求項11に記載のシステム。
【請求項13】
前記第1の
所定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/8以下である、
請求項11に記載のシステム。
【請求項14】
前記特定の距離は、前記ピストンの前記全ストロークの1/3以上である、
請求項10に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダ内のピストンの上死点(TDC)近くに潤滑油噴射器を備えた、例えば船舶用ディーゼルエンジン、或いは発電所におけるガス又はディーゼルエンジンなどの大型低速2ストロークエンジンを潤滑化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境保護への重点的な取り組みにより、船舶用エンジンからの排出物削減に関する努力が行われている。これには、このようなエンジンの潤滑システムを確実に最適化することも必要である。また、これには競争の激化が加わるとともに、船舶の運航コストのかなりの部分であるという理由で油消費の減少という経済的な側面も加わる。油消費の減少によってディーゼルエンジンの寿命が損なわれるべきではないので、潤滑油の減少にも関わらず適切な潤滑を行うことがさらなる懸念となっている。従って、潤滑に関連する着実な改善が必要とされている。
【0003】
大型低速2ストローク船舶用ディーゼルエンジンの潤滑システムには、シリンダライナ上への潤滑油の直接噴射、又はピストン表面への油クイル(oil quills)の噴射を含む複数の異なるものが存在する。
【0004】
商業的に「スワールインジェクション型(SIP)」と呼ばれている別の方法は比較的新しく、潤滑油の霧状の液滴噴霧物をシリンダ内部の掃気スワール渦(scavenging air swirl)内に噴射することに基づく。潤滑油は、螺旋状に上方に向かうスワール渦によってシリンダの上死点(TDC)に引き付けられ、薄い均一な層としてシリンダ壁に対して外向きに押し付けられる。この方法は、国際公開第2010/149162号において詳細に説明されている。潤滑油噴射器は、典型的には弁ニードルである往復動式弁部材が内部に設けられた噴射器ハウジングを含む逆止弁である。弁ハウジング内の弁部材は、例えばニードル先端部を用いて、ノズル開口部への潤滑油の経路を正確なタイミングに従って開閉する。現在のSIPシステムでは、霧状の液滴の噴霧が35~40バールの圧力で行われ、この圧力は、シリンダ内に導入される小さな油の噴流と協働するシステムに使用される10バール未満の油圧よりも実質的に高い。いくつかのタイプのSIP弁では、高圧の潤滑油を用いてばね式の弁部材をばね力に抗してノズル開口部から離して動かすことにより、ノズル開口部から高圧の油が霧状の液滴として放出されるようになる。油が排出されると弁部材の内部の油圧が低下して、潤滑油噴射器に再び高圧の潤滑油が供給される次の潤滑油サイクルまで弁部材が元々の位置に戻るようになる。
【0005】
このような大型の船舶用エンジンでは、シリンダ周囲のシリンダ軸に垂直な平面内に複数の噴射器が円形に配置され、各噴射器は、シリンダ内に潤滑油の噴流又は噴霧を送達するための1又は2以上のノズル開口部を先端に含む。船舶用エンジンにおけるSIP潤滑油噴射器システムの例は、国際公開第02/35068号、第2004/038189号、第2005/124112号、第2010/149162号、第2012/126480号、第2012/126473号及び第2014/048438号に開示されており、これらは引用により本明細書に組み入れられる。
【0006】
従来、エンジンのシリンダには、シリンダの上死点(TDC)からシリンダの総ストロークの約1/3を上回る距離に配置される油噴射器のための開口部が構築されている。しかしながら、シリンダの長さを延ばすには、高温であって適切な潤滑の要件が最も重要なTDC付近のシリンダ内の適切な潤滑を保全するために潤滑ノズルをTDCの方にさらに動かすべきかどうかの考察が必要である。ピストンに直接適用される油クイルについては、Miyake他による、CIMAC上海大会2013において国際燃焼機関会議によって発表された「論文番号:177、ストローク/ボア比の増加に関するシリンダライナ及びピストンリングの潤滑問題(PAPER NO.:177 Cylinder liner and piston ring lubrication issues in relation to increase stroke/bore ra-tio)」という論文にこのような考察が開示されている。これらの実験では、TDCから1.2mの遠い距離に潤滑弁を配置すると、油が燃焼室に入り込まないことが分かった。燃焼室における油の回復及び硫酸の中和の観点からすれば、潤滑弁をTDCから0.3mの近くに再配置すると、油の67%が燃焼室に入り込むので有利であることが分かった。しかしながら、シリンダ全体の総合的潤滑については、油の20%が燃焼室に入り込む2段潤滑によって状況が大幅に改善された。
【0007】
シリンダの上部に油クイルが入り込む場合に比べ、SIP弁ノズルからの噴霧の一部がTDCに向かって螺旋状に上向きに引き込まれて燃焼室に入り込み、従ってSIPノズルからTDCまでの距離が長い場合であっても良好な潤滑をもたらすので、SIP潤滑には特別な考察が必要である。このことは、クイルによる油の剥離からSIP潤滑への変化が一般的な状態の改善を証明した理由でもある。これらの理由からも、一般にSIP噴射器をTDCに近い位置へ動かしてもシリンダライナの修正を正当化する改善は得られないと考えられる。特に、Miyake他が発見したような油クイル潤滑弁を再配置する改善を期待することはできない。従って、従来の潤滑システムのクイルノズル又はジェットノズルをさらにTDCの方に動かすことは思案できるが、SIP潤滑型の潤滑油噴霧では、油を運ぶ螺旋状のスワール渦に起因してこれらの考察は不要と思われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2010/149162号
【文献】国際公開第2002/035068号
【文献】国際公開第2004/038189号
【文献】国際公開第2005/124112号
【文献】国際公開第2010/149162号
【文献】国際公開第2012/126480号
【文献】国際公開第2012/126473号
【文献】国際公開第2014/048438号
【文献】国際公開第2005/124212号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらのSIP潤滑システムの明らかな利点にも関わらず、改善のための一般的な揺るぎない動機が存在する。
【0010】
従って、本発明の目的は、この技術の改善を行うことである。特に、SIP弁を用いて潤滑を改善することが目的である。さらなる目的は、大型低速2ストロークエンジン、特に船舶用ディーゼルエンジンにおけるシリンダの摩耗を低減することである。これらの目的は、以下で詳細に説明する、大型低速2ストロークエンジンの潤滑を改善する方法によって達成される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
SIP潤滑の原理は、噴霧が渦状にTDCに向かって燃焼室を潤滑化するので、油クイル潤滑からの改善であるとその導入以来認識されているが、さらに最近では、SIP噴射器をTDCに近付けて配置することによってSIP潤滑における潤滑の改善が実験的に達成された。特に、TDCからの相対的距離がピストンの全ストローク距離の1/3ではなく1/8となる地点にSIP噴霧噴射器を設けたシリンダライナにおいて、摩耗が予想よりも大幅に少ないことが実験的に分かった。シリンダライナ交換後のエンジンの慣らし運転(run-in、break-inとも呼ばれる)中には、新品のライナの摩耗が、1000時間を超えて稼働していたシリンダの摩耗以下であることが分かった。シリンダライナ交換後のエンジンの慣らし運転期間中の摩耗は、慣らし運転後の期間よりもはるかに大きいことが非常に良く知られているので、このことは最大の驚きであった。従って、他の潤滑システムと比べた時のSIP潤滑の以前の一般的利点及び良好な性能にも関わらず、さらなる改善が可能であった。
【0012】
TDCからの相対的距離が全ストロークの1/8となる地点に存在するSIP噴射器を用いて実験を行ったが、改善されたSIP潤滑のための距離は、典型的には全ストロークの約1/3である従来のエンジンよりもTDCに近いSIP噴射器の位置である全ストロークの1/6、さらには1/5に延ばすこともできると考えられる。実験には長い時間が掛かるため、1/6及び1/5の相対的距離でも効果が達成されるという実験的証拠は未だに得られていないが、徹底的な技術的考察及び最初の質的徴候(first qualitative indications)がこれを裏付けると思われる。
【0013】
TDCに対するSIP噴射器の再配置は、TDCに近い取り付け穴を含むシリンダライナを最初から相応に構成し、又は既存のシリンダライナに元々の取り付け穴よりもTDCに近い新たな取り付け穴を追加することによって行うことができる。
【0014】
TDCに近い噴射器取り付け穴を含むシリンダライナの再構成が不可能な場合には、SIP噴射器からの噴霧をTDCの方へ、又はSIP弁の位置と比べてTDCに近いシリンダライナ上の位置へ向けるために、潤滑油の噴霧方向を通常の0~20度からTDCに向けてさらに大きな角度に変更することによって、例えばシリンダ軸に対して垂直な平面から測定した時に30度超、45度超、さらには60度超の角度下でSIP原理の改善を行うこともできる。
【0015】
TDCに近い領域の方に噴霧を向けることによる改善は、その領域内に噴霧噴射器の位置が存在するよりも効率が低いと考えられるが、例えばシリンダライナの周囲の構造上の制約に起因して潤滑油噴射器をTDCの十分に近くに設けることができない場合には有用な代案とすることができる。場合によっては、最適化のために有利であると分かっている場合には、TDCの近くへの噴射器の配置と、TDCに向けた噴霧という説明した2つの方法を組み合わせることもできる。
【0016】
大型低速2ストロークエンジンという用語は、例えばシリンダ直径が30cmを上回る、さらには100cmを上回る、通常は船舶及び発電所に使用されるサイズを有するエンジンを意図するものである。典型的な対象エンジンはディーゼルエンジンであるが、ガス駆動式エンジンを使用することもできる。この潤滑システム及び方法は、特に船舶における大型低速2ストロークディーゼルエンジンに使用される。
【0017】
このようなエンジンは複数のシリンダを含み、各シリンダ内には、上死点TDCと下死点BDCとの間の全ストロークに対応する距離を長手方向シリンダ軸に沿って往復運動するピストンが存在する。シリンダは、TDCとBDCとの間のシリンダの外周に沿って、例えば同一の角距離で分布する、外周上の様々な位置においてシリンダ内に潤滑油を噴射する複数の潤滑油噴射器を含み、各潤滑油噴射器は、噴霧を噴出するための開口部を有する噴霧ノズルを含む。ほとんどの潤滑油噴射器は、ノズル内に1つの開口部しか有していないが、噴霧ノズルは複数の開口部を有することもできる。噴霧の方向は、噴霧中の液滴の平均的な方向として定められる。いくつかの実施形態では、最初のノズルからのミストとも呼ばれる霧状の噴霧がシリンダライナに向けられて、外周上の最初のノズルと次のノズルとの間の領域に入り込む。
【0018】
潤滑油噴射器は、対応するパイプシステムを通じて所定の潤滑油圧で潤滑油噴射器に潤滑油を供給するとともにシリンダ内への潤滑油の噴射タイミングを制御するように構成された制御システムに機能的に接続される。このタイミングは、エンジンの回転にもさらに関連性があり、例えば1回転毎に1回の噴射、又は2回目の回転につき1回の噴射が行われる。噴射のタイミングは、潤滑油噴射器に供給される油の周期的な圧力の増加によって決定される。例えば、潤滑油噴射器内の油圧が一定の閾値を超えると噴射が行われる。
【0019】
SIP原理では、各潤滑油噴射器が、シリンダ内に延びるノズルを有する。このノズルは、所定の閾値の潤滑油圧で潤滑油が供給された時に、油ミストとも呼ばれる霧状の潤滑油の液滴を含む噴霧を供給するように寸法決めされる。
【0020】
制御システムは、ピストンがTDCに向かう移動時に潤滑油噴射器を通る前に潤滑油噴射器がシリンダ内の掃気空気に噴霧を噴射して、TDCに向かう掃気空気の渦状の動きを利用して霧状の液滴をTDCに向かう方向に運ぶことによって掃気空気内に霧状の液滴を拡散させてシリンダ壁上に分散させるようにも構成される。
【0021】
具体的に言えば、シリンダ内の潤滑油噴射器のノズルは、TDCからの特定の距離がピストンの全ストロークの1/5以下の割合となる地点に配置される。例えば、この特定の距離は、全ストロークの1/6未満、1/7未満又は1/8未満である。
【0022】
エンジンの稼働中に適切なSIP潤滑を行うために、潤滑油の霧状の液滴を含む噴霧は、ピストンがTDCに向かう移動時に潤滑油噴射器を通る前に潤滑油噴射器によってシリンダ内の掃気空気に繰り返し噴射される。掃気空気内では、TDCに向かう掃気空気の渦運動によって霧状の液滴がTDCに向かう方向に運ばれるので、霧状の液滴は、拡散してシリンダ壁上に分散する。
【0023】
噴霧の霧化は、潤滑油噴射器内の潤滑油の圧力がノズルにおいて高まることによって生じる。この圧力は10バールよりも高く、通常、この高圧噴射では25バール~100バールである。例えば30~80バール、任意に35~50バールである。
【0024】
例えば、潤滑油噴射器は、油ミストとも呼ばれる噴霧状又は霧状の液滴を放出する0.1~1mmの、例えば0.2~0.5mmの開口部を有する噴霧ノズルを含む。
【0025】
また、粘度も霧化に影響を与える。船舶用エンジンで使用されるExxonMobil(登録商標)社のMobilgard(商標)560VSなどの潤滑油は、40℃で約220cSt、100℃で20cStの典型的な動粘性率を有し、これは202~37mPa・sの動粘性係数に相当する。船舶用エンジンに使用される他の潤滑油には、他のMobilgard(商標)油、及びCastrol(登録商標)社のCyltech油があり、これらは40~100℃ではほぼ同じ粘度を有し、例えばノズル開口部の直径が0.1~0.8mmの時に全て霧化に有用であり、潤滑油は、開口部において30~80バールの圧力と、30~100℃又は40~100℃の温度とを有する。
【0026】
シリンダライナから中心シリンダ軸に向かう方向である半径方向に油が噴射されないことは、SIP潤滑の常である。代わりに、潤滑油噴射器のノズル開口部は、シリンダ壁に向かって、半径方向成分よりも大きな接線成分を有する噴霧方向に向けられる。半径方向成分は、潤滑油噴射器からシリンダの中心のシリンダ軸に向かう方向と平行であり、接線成分は、シリンダと接線方向に平行である。例えば、最初のノズルからの霧状の噴霧は、シリンダライナに向かって外周上の最初のノズルと次のノズルとの間の領域内に向けられる。多くの場合、ノズルは、シリンダ軸に対して垂直な平面におけるシリンダの周囲のノズル間の角距離が同一の状態で配置される。
【0027】
シリンダライナは、この方向における噴霧の伝播がシリンダライナからの材料によって妨げられるのを防がないように、ノズル開口部から噴霧方向に沿って延びる溝を潤滑油噴射器毎に含むことが有利である。
【0028】
新たなシリンダライナのTDCからの特定の距離に最初から潤滑油噴射器用の取り付け穴を設けることもできるが、システムは、例えば元々の取り付け穴よりもTDCの近くにシリンダライナを貫いて取り付け穴を開けることによって追加の取り付け穴を定めるような噴射器の改造にも有用である。任意に、離れた距離における元々の取り付け穴とTDCに近い追加の穴の両方を潤滑油噴射器の取り付けに使用することもできるが、多くの場合、TDSから離れた距離における取り付け穴は塞がれて潤滑には使用されない。
【0029】
例えば、TDCからの第1の特定の距離がシリンダの全ストロークの1/5を上回る、例えば全ストロークの1/4を上回る、又は1/3を上回る地点に潤滑油噴射器のための第1の取り付け穴の組を設ける。その後、TDCからの第2の特定の距離がシリンダの全ストロークの1/5以下となる、例えば全ストロークの1/6以下、或いは全ストロークの1/7以下又は1/8以下となる地点に第2の取り付け穴の組を定めることによってシリンダを修正する。その後、第2の取り付け穴の組に潤滑油噴射器を取り付け、この第2の取り付け穴の組を用いて噴霧噴射を行う。しかしながら、通常は全ストロークの1/8よりも近い距離は不要である。
【0030】
いくつかの実用的な実施形態では、潤滑油噴射器が噴射器ハウジングを含み、噴射器ハウジングをシリンダ壁に取り付けた時に、噴射器ハウジングの一端におけるノズル先端部がシリンダ内に到達する。例えば、このノズル先端部は噴射器ハウジングの一体部分であるが、常にそうであるとは限らない。シリンダライナに噴霧のための溝を設けた場合には、ノズル先端部が溝内に到達する。ノズル先端部は、噴射器ハウジング内の内部空洞からノズル先端部の壁部を貫いて延びる開口部を含み、加圧された潤滑油は、内部空洞からこの開口部を通じて噴射器ハウジング外に放出される。噴射器ハウジングの内部には、噴射器の開状態と閉状態との間で往復運動的に摺動する弁部材が取り付けられる。弁部材は、潤滑油が開口部に接近するのを防ぐ閉状態にある時は、ノズルの開口部を密封して覆う。弁部材は、ノズルの開口部からの油の放出段階中に内部空洞からの潤滑油を開口部に接近させる開状態中には、ノズルの開口部から離れて移動する。潤滑油の放出は、チャンバ内の圧力が十分に減少することによって停止する。弁部材の往復運動は、ピストンの動きに従う正しいタイミングで繰り返し行われる。
【0031】
例えば、潤滑油噴射器は、制御システムからの潤滑油を潤滑油噴射器の内部空洞内に所定の圧力で受け入れる。内部空洞は、ノズルと弁部材との間に設けられて、弁部材がノズル開口部から離れて移動すると内部チャンバの容量が増加するようになる。加圧された油は、内部チャンバに入り込むと弁部材を、例えば弁部材の肩部を圧迫して内部チャンバの容量を増加させ、圧力が所定の閾値圧よりも増加すると、弁部材がノズル開口部から変位して道を空け、内部空洞からの潤滑油がノズルの開口部を通じて放出されるようになる。内部空洞内に高圧をもたらすために、弁部材は、ノズルの開口部を覆って閉じる位置に向かってばねによって初期応力を与えられることが有利である。繰り返される潤滑サイクル毎に、例えば25~100バールの、通常は30~80バールの圧力などの高圧で潤滑油が内部空洞内に給送され、弁部材を開口部から離して移動させる。例えば、弁部材は、内部空洞の容量を増加させて弁部材に対する潤滑油の圧力がばねによって弁部材に加えられる圧力よりも大きくなった時点でノズルから潤滑油を排出するために、加圧された潤滑油によって押圧される肩部を有する。この場合、ばね圧は、噴霧を放出するための閾値圧を決定する。
【0032】
弁部材を移動させる別の方法例は、例えば弁部材に接続された磁気応答性のコア又はシェルを移動させるソレノイドなどの電気機械的システムである。この場合、弁部材は、開口部が霧状の噴霧を供給するほど十分に油圧が高い時にのみ移動する。
【0033】
SIP原理に関する噴霧噴射器の例は、上述した国際公開第02/35068号、第2004/038189号、第2012/126480号、第2012/126473号、及び第2014/048438号に記載されている。潤滑制御システムは、国際公開第2010/149162号において詳細に説明されている。これらの開示は、引用により本明細書に組み入れられる。
【0034】
例えば噴射器取り付けのための接近が冷却キャップによって防がれおり、或いはシリンダライナの内側に改造の際に破損する冷却チャネルが設けられていることによって、シリンダライナの特定の距離のできるだけ近くに噴射器のための取り付け穴を設けることができない場合には、上述した方法とは異なる、以下でさらに詳細に説明する方法を使用することができる。この方法は、TDCの近くに潤滑油噴射器を設ける場合ほど効率的とは考えられない。しかしながら、先行技術に対しては潤滑を改善させると思われる。大まかに言えば、以下の方法は、TDCに向かう潤滑油の噴霧方向を通常の0~20度から30度よりも大きな角度に、例えば45度、さらには60度よりも大きな角度に変更したSIP潤滑法である。この角度は、シリンダ軸に対して垂直な平面から測定される。例えば、この角度は30~80度であり、任意に45~80度又は60~80度である。TDCに向かう噴霧方向を変更することにより、潤滑油がスワール渦によってTDCの方に運ばれやすくなる。換言すれば、噴霧の傾斜角を大きくすると、スワール渦がTDCに向けて燃焼室内に油を運ぶのに役立つ。
【0035】
通常、TDCの近くに潤滑油噴射器を取り付ける際には、TDCに向かうこのような大きな傾斜角の噴霧方向は不要である。しかしながら、原理上は、上述したようなTDCに近い潤滑油噴射器の取り付けと、20度よりも大きな傾斜角の噴霧方向とを組み合わせることができる。
【0036】
例えば、TDCからの特定の距離がピストンの全ストロークの1/5を上回る、例えば全ストロークの1/4を上回る地点に潤滑油噴射器を設ける。多くのエンジンでは、TDCからの距離が全ストロークの約1/3以上となる地点に潤滑油噴射器が設けられる。この時、潤滑油噴射器は、TDCと、TDCからの第1の所定の距離がピストンの全ストロークの1/5未満となる、例えば全ストロークの1/6以下、1/7以下又は1/8以下となる地点との間に位置するシリンダライナ上の領域に噴霧方向を向けて取り付けられる。
【0037】
例えば、この噴霧方向はシリンダ壁に向けられ、潤滑油噴射器からシリンダの中心軸に向かう方向に平行な半径方向成分よりもシリンダの接線方向に平行な接線成分の方が大きい。噴霧方向の角度に関しては、潤滑油噴射器のノズルからシリンダ内に噴霧の大部分を妨げられずに噴霧方向に伝播できるようにする対応する溝を用いてシリンダライナを調整することができる。
【0038】
本明細書における噴霧という用語は、油ミストとも呼ばれる霧状に放出された潤滑油を表す用語として使用するものである。ディーゼル油もある程度の潤滑特性を有しているにも関わらず、特にはるかに粘度が高いことから、潤滑油という用語については、ディーゼル油とは異なる潤滑油のために使用する。
【0039】
噴霧が最初のノズルによって半径方向ではなくむしろ準接線方向に、すなわち接線との間の角度が小さい状態でシリンダ内に向けられるようにして、外周上の最初のノズルと次のノズルとの間のシリンダライナ上に油を噴霧するために、ライナには、噴霧を準接線経路上でシリンダ内に伝播できるようにする溝が設けられる。噴霧の方向をTDCに近い領域に向ける場合には、噴霧を妨げられずにこのような方向に伝播できるようにする溝をシリンダライナ内に設けることが有利である。例えば、この溝は、調整方向における噴霧の伝播を妨げることなく、噴霧方向の自由な調整を可能にする、半球状である。
【0040】
噴霧方向の接線成分は、スワール渦が油ミストをTDCに向かう螺旋状の移動時に加速させるのを支援する。しかしながら、原理上は、上述したようにTDCに角度が向いた半径方向の噴射も可能である。
【0041】
要約すれば、SIP潤滑における潤滑の改善は、ピストンの全ストロークの1/5未満、例えば1/8以下の割合よりもTDCの近くにSIP噴射器を配置することによって達成される。この配置は、従来のエンジンよりもTDCに近い。この配置は、シリンダライナを再構成することによって、或いはシリンダに新たな取り付け穴を追加することによって実現することができる。このような再構成が不可能な場合には、例えばシリンダ軸に対して垂直な平面から測定した時に30度を上回る、45度を上回る、又は60度を上回る角度下でTDCの方に、或いはSIP弁の位置に比べてTDCに近い位置の方に噴霧を向けることによってSIP原理の改善を達成することもできる。また、説明した2つの方法を組み合わせることもできる。
【0042】
以下、図面を参照しながら本発明をさらに詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1a】例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型低速2ストロークエンジンにおけるシリンダ潤滑システムを示す平面図である。
【
図1b】例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型低速2ストロークエンジンにおけるシリンダ潤滑システムを示す概略的側面図である。
【
図1c】
例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型低速2ストロークエンジンにおけるシリンダ潤滑システムを示す図である。
【
図2a】1つのタイプの潤滑油噴射器を示す図である。
【
図2b】別のタイプの潤滑油噴射器を示す図である。
【
図2c】さらに別のタイプの潤滑油噴射器を示す図である。
【
図3】2つのシリンダをTDCに近い潤滑油噴射器に修正したエンジンの実験データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
図1に、例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型低速2ストロークエンジンのシリンダの2分の1を示す。シリンダ1は、シリンダ壁3の内側にシリンダライナ2を含む。シリンダ壁3の内部には、円に沿って分布する複数の潤滑油噴射器4が設けられ、隣接する噴射器4間の角距離は同一である。噴射器4は、潤滑供給管路9を通じて潤滑装置ポンプ及びコントローラシステム11からの潤滑油を受け取る。通常、供給される油は、例えば50~60度の特定温度に加熱される。潤滑油の一部は、潤滑油戻り管路10によってポンプに戻される。潤滑装置ポンプ及びコントローラシステム11は、エンジンのシリンダ1内のピストンの動きと同期した正確なタイミングのパルスで噴射器4に加圧潤滑油を供給する。この同期のために、潤滑装置ポンプ及びコントローラシステム11は、クランク軸の速度、負荷及び位置を含むエンジンの実際の状態及び動きのパラメータをモニタするコンピュータを含み、クランク軸の位置は、シリンダ内におけるピストンの位置を示す。
【0045】
各噴射器4は、油ミストとも呼ばれる潤滑油の霧状の噴霧7を高圧下でシリンダ1内に放出する開口部を備えたノズル5を有する。例えば、ノズル開口部は、0.1~0.8mmの直径、例えば0.2~0.5mmの直径を有し、10~100バールの、例えば25~100バールの、又は典型的には30~80バールの圧力で、潤滑油の小さな噴流とは対照的に潤滑油を微細噴霧の形に霧化する。シリンダ1内の掃気空気のスワール渦9は、潤滑油がシリンダライナ2上に均一に分布するように噴霧8をシリンダライナ2に押し付ける。この潤滑システムは、当分野では「スワールインジェクション型(SIP)」として知られている。通常、シリンダライナ2には、噴射器からの噴霧が2つの隣接するノズルの間の領域を潤滑化するようにシリンダ壁に沿った方向に、又は図示のようにさらに長く、非半径方向に伝播するのに十分な空間をもたらしてスワール渦による潤滑油の輸送を支援する、図示のような溝6が設けられる。
【0046】
図1bには、中心シリンダ軸33に沿って下死点BDCとシリンダ頂部35のわずかに下方の上死点TDCとの間で往復運動しているピストン32を含むシリンダ2の概略図を示す。潤滑油噴射器のTDCからの距離Dは、TDCからの長さの観点から表すことも、或いは本明細書で行っているようにTDCとBDCとの間の距離である全ストロークの割合の観点から表すこともできる。
【0047】
図2aに、第1のタイプの潤滑油噴射器4aを示す。この噴射器の一般化原理は、単一のノズル開口部については国際公開第02/35068号、第2004/038189号又は第2005/124212号に開示されているものと同様であり、或いは複数のノズル開口部については国際公開第2012/126480号に開示されている通りである。これらの参考文献には、ここに示す噴射器の機能に加えたさらなる技術的詳細及び説明が示されており、ここでは便宜上これらについて繰り返さない。
【0048】
噴射器4aは、ノズル先端部13を有する噴射器ハウジング12を含み、ノズル先端部13の一端は噴射器ハウジング12と一体化される。ノズル先端部13には、潤滑油を放出するノズル開口部14’を有するノズル14が設けられる。ノズル14は、ノズル開口部14’からノズル先端部13の壁部21を貫いて噴射器ハウジング12の円筒状の内部空洞15内に延びるダクト20も含む。噴射器ハウジング12の内部には、弁部材16が設けられる。弁部材16は、滑り軸受23内で往復運動するように摺動案内されるステム(stem)17を含み、ステム17は、図示の実施形態では噴射器ハウジング12内の別個の静止部分であるが、それ自体を噴射器ハウジング12の一部とすることもできる。噴射器ハウジング12の内部空洞15内には、ステム17の同軸的な長手方向延長部としての弁ニードル18が設けられる。弁ニードル18は、内部空洞15の直径よりも小さな直径を有し、弁ニードル18の端部における例えば円錐形の端部などのニードル先端部22がダクト14の第2の端部における弁座19から後退した時に潤滑が弁ニードル18に沿ってダクト20に流れてノズル開口部14’から放出され、ダクト20が開いて潤滑油がノズル開口部14’に流れてここから放出されるようになっている。弁部材16及び弁ニードル18の位置は、弁部材16の反対端に適度なばね圧が作用することによってノズル先端部13により初期応力を受け、弁ニードル18を有する弁部材16は、空洞15内の油圧の増加によって弁座19から離れて後方にオフセットされる。油の放出は、油圧による弁部材16の変位がばねからの初期応力に打ち勝った時に行われる。このように、放出される油の圧力はばね力によって調整される。このことは、本明細書で引用する先行技術文献においてさらに詳細に説明されている。
【0049】
図2bに、第2のタイプの潤滑油噴射器4bを示す。この噴射器の一般化原理は、国際公開第2014/048438号に開示されているものと同様である。この参考文献には、ここに示す噴射器の機能に加えたさらなる技術的詳細及び説明も示されており、ここでは便宜上これらについて繰り返さない。
【0050】
噴射器4bは、ノズル先端部13を有する噴射器ハウジング12を含み、ノズル先端部13の一端は噴射器ハウジング12と一体化される。ノズル先端部13には、潤滑油を放出するノズル開口部14’が設けられる。噴射器ハウジング12の空洞15内には、弁部材16が設けられ、弁部材16はステム17と、噴射器ハウジング12のノズル先端部13に円筒状の空洞部分15’内で摺動可能に配置された円筒状の密封頭部15とを含む。弁部材16の位置は、ばね26によってノズル先端部13から離れて後方に初期応力を受け、チャネル28を通じてバネ26の力に抗してステムの後部27に作用する油圧によって前方にオフセットされる。弁部材16が前方に押し出されることにより、密封頭部25がノズル開口部14’を通り過ぎて離れて摺動して、潤滑油が内部空洞15からノズル開口部14’を通って流れて放出できるようにならない限り、ノズル開口部14’は、ノズル先端部13における円筒状の空洞部分15’に当接する密封頭部25によって密封して覆われる。
【0051】
図2cに、第3のタイプの潤滑油噴射器4cを示す。この噴射器の一般化原理は、国際公開第2012/126473号に開示されているものと同様である。この参考文献には、ここに示す噴射器の機能に加えたさらなる技術的詳細及び説明も示されており、ここでは便宜上これらについて繰り返さない。
【0052】
噴射器42は、ノズル先端部13を有する噴射器ハウジング12を含み、ノズル先端部13では、ノズル14にダクト20と、ダクト20の第1の端部におけるノズル開口部14’とが設けられる。ダクト20は、ノズル開口部14’からノズル先端部13の壁部21を貫いて噴射器ハウジング12の内部空洞15内に延びる。噴射器ハウジング12の空洞15内には、滑り軸受23内で往復運動するように摺動案内されるステム17を含む弁部材16が設けられ、ステム17は、この実施形態では噴射器ハウジング内の別個の静止部として示しているが、それ自体を噴射器ハウジング12の一部とすることもできる。弁部材16の位置は、ばね26によってノズル先端部13に向かって前方に初期応力を受ける。国際公開第2012/126473号に開示されている1つの考えられる後退機構では、電気コイルが、対応する電磁的応答部分を備えた弁部材に電磁力を与える。しかしながら、原理上は、弁部材16に作用する空洞15内の油圧を高めることによってバネ26の力に抗して弁部材16を後方にオフセットさせる好適な構成によるものも可能である。ステム17の同軸的な長手方向延長部としての弁部材16は、ニードル先端部22の一部としての密封ボール部材28が固定された弁ニードル18を含み、ニードル先端部22は、弁が閉じた状態では弁座19に押しつけられてダクト20を閉じ、弁が開いた状態では、潤滑油が内部空洞15からボール28を含むニードル先端部22を通過してダクト20内に入り込んでノズル開口部14’から放出できるようになる距離だけ弁座19からオフセットされる。内部空洞15は、Oリング31によって噴射器ハウジング12内の残り部分に向かって後方に密封される。
【0053】
噴射器ハウジングの典型的な寸法は、直径が10~30mmであって長さが50~130mmであるが、後端に供給管路が接続された噴射器は若干長くすることもできる。弁部材16は、典型的な長さが40~80mmであってステムにおける直径が5~7mmであり、弁ニードル18では直径がこれよりも小さい。ハウジング先端部13の典型的な直径は、噴射器ハウジング12の全体的なサイズに応じて6~10mmである。ノズル開口部14’の直径は、0.1~1mmであり、例えば0.2mm~0.7mmである。
【0054】
図3に、MAN B&W(登録商標)社製のタイプ9S90ME-C9.2-TIIの船舶用ディーゼルエンジンの測定値を示す。4つのシリンダについて最大ライナ摩耗を測定した。第1のシリンダCyl.1及び第2のシリンダCyl.2では、それぞれ1600及び1800時間の稼動後にこれらのライナを同様のタイプの、ただしTDCからの距離が全ストロークの約1/8となる地点に噴射器のための取り付け穴を設け、HJL Lubtronic(商標)システムに接続されたSIP噴射器を取り付けた新品のライナに変更した。第3のシリンダCyl.3及びさらなるシリンダCyl.4では、それぞれ従来の逆止弁による1200及び500時間の稼動後にSIP噴射器を取り付けた。
【0055】
全てのSIP噴射器には、HJL Lubtronic(商標)システムから潤滑油を供給した。HJ Lubtronic(商標)システムは、電子的に制御された油圧潤滑装置であり、シリンダ油の消費を抑えてシリンダ条件を最適化するように負荷に応じた潤滑を行ってピストンストローク毎に新鮮なシリンダ油を送出する。HJ Lubtronic(商標)システムは、システムとエンジンのフライホイール回転との同期に関する情報を受け取って、エンジン負荷情報をシステムの制御パラメータとして使用するローカルコントローラによって電子的に動作する、各シリンダで電子的に制御されるシリンダ潤滑装置に基づく。各々のシリンダ潤滑装置の制御が可能である。
【0056】
図3の曲線を変化の前後で比較すると、異なる摩耗速度を表す傾斜の違いがグラフから分かる。摩耗の速度は、逆止弁では約0.08mm/1000時間であったのに対し、SIP Lubtronic(商標)(登録商標)噴射システムでは約0.03mm/1000時間であった。
【0057】
やはり
図3で分かるように、1/8の距離のSIP弁と1/3の距離のSIP弁は、ほぼ同じ摩耗速度を示す。最初の稼動期間中の摩耗は、慣らし運転期間を終えたシリンダライナの摩耗よりもはるかに高くなるはずであるため、このことは最も驚くべき結果である。最初の稼動期間中の摩耗が慣らし運転期間を終えたシリンダライナの摩耗よりもはるかに高いことは当分野の常識であり、Service Letter SL2014-587/JAPと呼ばれるMAN(登録商標)による文献の5ページにも記載されている。1/8ストロークの位置に噴射器を含む新品ライナの慣らし運転段階中の摩耗が予想よりもはるかに低く、さらにはTDCからストロークの1/3に位置するSIP噴射器で予想されるよりも低かったので、TDCからの距離がストロークの1/3ではなく1/8の地点に噴霧噴射器を有するSIPシステムを使用すれば、はるかに良好な潤滑が行われると解釈することができる。この驚きは、一般に当分野では掃気空気がライナに沿ってTDCまで潤滑油を効率的に分布させると考えられていた事実に由来する。しかしながら、
図3に示すこれらの実験結果では、TDCからの距離が1/3ではなく1/8の地点に潤滑油噴射器を配置すると、TDCの付近により低い摩耗、従ってより良好な潤滑が得られるという点で異なることが証明された。
【0058】
これらの実験は、TDCからの距離が全ストロークの1/8(0.125)の地点において行ったものであるが、全ストロークの1/7又は1/6、さらには1/5(=0.20)の値までは効果が顕著であるのに対し、全ストロークの1/3の距離では、船舶用ディーゼルエンジンにおけるSIP噴射器を用いた様々な以前の測定と比べて驚くほど改善された効果は観察されなかったと考えることが合理的である。