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特許7309138赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-07
(45)【発行日】2023-07-18
(54)【発明の名称】赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサ
(51)【国際特許分類】
   G01J 1/02 20060101AFI20230710BHJP
   G01J 1/04 20060101ALI20230710BHJP
   G01N 21/61 20060101ALI20230710BHJP
【FI】
G01J1/02 C
G01J1/02 R
G01J1/04 K
G01N21/61
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020216968
(22)【出願日】2020-12-25
(65)【公開番号】P2022102310
(43)【公開日】2022-07-07
【審査請求日】2023-03-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000190301
【氏名又は名称】新コスモス電機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000112439
【氏名又は名称】フィガロ技研株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西島 喜明
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼島 裕正
(72)【発明者】
【氏名】上田 剛
(72)【発明者】
【氏名】河口 智博
(72)【発明者】
【氏名】酒井 創一朗
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-134337(JP,A)
【文献】国際公開第2011/114812(WO,A1)
【文献】特開2008-002943(JP,A)
【文献】特開平09-061242(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101672774(CN,A)
【文献】特開平11-040824(JP,A)
【文献】国際公開第2019/131640(WO,A1)
【文献】特開2018-096878(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107561028(CN,A)
【文献】西島喜明,光の極限利用技術で実現する「Electric Nose」,立石科学技術振興財団,2017年,Vol.26,pp.1-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/61
G01J 1/00-1/60
G01J 5/00-5/90
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークが、前記局在表面プラズモン共鳴による吸収ピークにより増強される、
ガスセンサ。
【請求項2】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークの波長が、前記検知対象ガスの分子結合の振動による吸収ピークの波長に対応する、
ガスセンサ。
【請求項3】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記ガスセンサが、特定の波長を有する赤外線だけを透過させるフィルタを有さない、
ガスセンサ。
【請求項4】
前記金属微細構造層は、前記分子結合の分子振動の励起に起因した吸収と同時に前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収が生じるように構成される、
請求項1~3のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【請求項5】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長の±2μmの範囲であるように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成される、
ガスセンサ。
【請求項6】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長の±2μmの範囲であるように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成され、
前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークの波長が、前記検知対象ガスの分子結合の振動による吸収ピークの波長に対応する、
ガスセンサ。
【請求項7】
検知対象ガスを検知するためのガスセンサであって、
前記ガスセンサが、
内部空間を有する筐体と、
前記筐体の内部に光を照射する光源と、
光を検出する光検出部と、
を備え、
前記光源および/または前記光検出部が、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体を備え、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長の±2μmの範囲であるように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成され、
前記ガスセンサが、特定の波長を有する赤外線だけを透過させるフィルタを有さない、
ガスセンサ。
【請求項8】
前記有機高分子材料が、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、熱硬化性エラストマー樹脂、メラミン樹脂、フッ素樹脂および尿素樹脂からなる群から選択される1種または2種以上を含む、
請求項1~7のいずれか1項に記載のガスセンサ。
【請求項9】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記局在表面プラズモン共鳴と前記分子結合の分子振動とが強結合することによって、前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークが、前記局在表面プラズモン共鳴による吸収ピークにより増強される、
赤外線吸収体。
【請求項10】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長に一致し、前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークが、前記局在表面プラズモン共鳴による吸収ピークにより増強される、
赤外線吸収体。
【請求項11】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記有機高分子材料が、400~500℃の温度範囲の耐熱性を有し、
前記有機高分子材料の分子結合の振動による吸収ピークが、前記局在表面プラズモン共鳴による吸収ピークにより増強される、
赤外線吸収体。
【請求項12】
前記金属微細構造層は、前記分子結合の分子振動の励起に起因した吸収と同時に前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収が生じるように構成される、
請求項11のいずれか1項に記載の赤外線吸収体。
【請求項13】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長の±2μmの範囲であり、前記局在表面プラズモン共鳴と前記分子結合の分子振動とが強結合するように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成される、
赤外線吸収体。
【請求項14】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長に一致するように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成される、
赤外線吸収体。
【請求項15】
赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、
前記赤外線吸収体が、
前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属微細構造層と、
前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、
前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、
前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起される分子結合を有する有機高分子材料を含み、
前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有し、
前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、
前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有し、
前記有機高分子材料が、400~500℃の温度範囲の耐熱性を有し、
前記金属微細構造層は、前記局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、前記分子結合の分子振動に起因した吸収ピークの波長の±2μmの範囲であるように、前記局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように構成される、
赤外線吸収体。
【請求項16】
前記有機高分子材料が、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、熱硬化性エラストマー樹脂、メラミン樹脂、フッ素樹脂および尿素樹脂からなる群から選択される1種または2種以上を含む、
請求項15のいずれか1項に記載の赤外線吸収体。
【請求項17】
請求項16のいずれか1項に記載の赤外線吸収体を光源および/または検出器として備えるガスセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
一酸化炭素などの検知対象ガスを検知するために、たとえば非分散型赤外線分析(NDIR)式などの、赤外線を利用したガスセンサが用いられる。赤外線を利用したガスセンサでは、検知対象ガスに含まれる分子の振動を励起することで赤外線が吸収される性質を利用して、検知対象ガスの同定および定量が行なわれる。たとえばNDIR式のガスセンサは、検知対象ガスを検知するために、赤外線光源から発せられた赤外線を検知対象ガスに照射し、検知対象ガスによる赤外線の吸収強度を赤外線検出器により測定する。赤外線光源としては、たとえばタングステンフィラメントが用いられ、赤外線検出器としては、たとえば焦電素子が用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-134337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
タングステンフィラメントは、広帯域の赤外線発光特性を有するために、さまざまな分子の振動をまとめて励起することができる一方で、特定の分子の振動だけを励起することができない。また、焦電素子は、広帯域の赤外線吸収特性を有するために、さまざまな分子の振動によって吸収された赤外線をまとめて検出することができる一方で、特定の分子の振動によって吸収された赤外線の強度だけを測定できない。したがって、特定の分子を含む特定の検知対象ガスだけを精度よく、また高感度で検知するような場合には、特定の波長を有する赤外線だけを通過させるフィルタが必要となる。しかし、そのようなフィルタが設けられることで、ガスセンサが大型化してしまう。
【0005】
フィルタを用いることなくガスセンサを小型化し、特定の検知対象ガスを精度よく、また高感度で検知するためには、狭帯域の赤外線発光特性を有する赤外線発光体により赤外線光源を構成し、あるいは狭帯域の赤外線吸収特性を有する赤外線吸収体により赤外線検出器を構成することが望まれる。狭帯域の赤外線発光特性を有し、狭帯域の赤外線吸収特性を有するものとして期待される赤外線吸収体として、たとえば特許文献1に開示された赤外線吸収体がある。特許文献1の赤外線吸収体は、局在表面プラズモン共鳴を利用して、共鳴条件を満たす特定波長の赤外線の吸収率を向上させるとともに、共鳴条件を満たす特定波長の赤外線の発光強度を増強させることができる。たとえば、局在表面プラズモン共鳴に起因して発光した赤外線は、タングステンフィラメントにより発光した赤外線と比べて十分狭い波長幅で、LEDにより発光した光などと同程度の波長幅を有している。しかし、検知対象ガスをさらに高精度で、またさらに高感度で検知するためには、赤外線吸収および赤外線発光のさらなる狭帯域化が求められる。
【0006】
本発明は、上記問題に鑑みなされたもので、狭帯域の赤外線吸収特性を有し、狭帯域の赤外線発光特性を有する赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の赤外線吸収体は、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体であって、前記赤外線吸収体が、前記赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせ得る金属微細構造層と、前記金属微細構造層の下層に設けられる誘電体層と、前記金属微細構造層との間で前記誘電体層を挟み込むように前記誘電体層の下層に設けられる金属層とを備え、前記誘電体層が、前記赤外線を吸収して振動が励起され得る分子結合を有する有機高分子材料を含むことを特徴とする。
【0008】
また、前記有機高分子材料が、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、熱硬化性エラストマー樹脂、メラミン樹脂、フッ素樹脂および尿素樹脂からなる群から選択される1種または2種以上を含むことが好ましい。
【0009】
また、前記誘電体層が、200nm以上、400nm以下の膜厚を有することが好ましい。
【0010】
また、前記金属微細構造層が、複数の略円板状の金属微細構造体を備え、前記金属微細構造体が、1000nm以上、2000nm以下の直径を有することが好ましい。
【0011】
本発明のガスセンサは、前記赤外線吸収体を光源および/または検出器として備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、狭帯域の赤外線吸収特性を有し、狭帯域の赤外線発光特性を有する赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体を備えるガスセンサを含むガス検知器の模式図である。
図2】本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体を部分的に切り欠いて模式的に示す斜視図である。
図3】本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体から得られた赤外線吸収スペクトルおよび赤外線放射スペクトルを示す図である
図4】本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体において、金属微細構造体の直径を変化させたときの、赤外線吸収体から得られた赤外線吸収スペクトルの変化を示す図である。
図5】(a)は、本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体であって、異なる種類の有機高分子材料で形成された誘電体層を含む赤外線吸収体から得られた赤外線吸収スペクトルを示す図であり、(b)は、有機高分子材料単体から得られた赤外線吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態に係る赤外線吸収体および赤外線吸収体を備えるガスセンサを説明する。ただし、以下の実施形態は一例にすぎず、本発明の赤外線吸収体およびガスセンサは以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
本実施形態の赤外線吸収体1は、赤外線を吸収および放射することが可能な赤外線吸収体である。例として、図3に、赤外線吸収体1から得られた赤外線反射(吸収)スペクトルおよび赤外線放射スペクトルを示す。図3中、上側が赤外線反射(吸収)スペクトルであり、下側が赤外線放射スペクトルである。図3では、両者を比較し易くするために、吸収率および放射率を規格化して並べて示している。図3を参照すると、赤外線反射(吸収)スペクトルおよび赤外線放射スペクトルの両方において、複数のピークが見られている。このことは、赤外線吸収体1が赤外線の吸収および放射が可能であることを示している。また、図3では、赤外線反射(吸収)スペクトルの複数のピークのそれぞれの波長位置や形状が、赤外線放射スペクトルの複数のピークのそれぞれの波長位置や形状にほぼ一致している。このことは、赤外線吸収体1が互いに対応する赤外線吸収特性および赤外線放射特性を有していることを示している。ただし、赤外線吸収体1は、少なくとも赤外線を吸収および放射することが可能であればよく、必ずしも吸収ピークと放射ピークとが略同一の波長を有していなくてもよいし、吸収ピークと放射ピークとが互いに対応する形状を有していなくてもよい。
【0016】
赤外線吸収体1は、特に限定されることはなく、たとえば、赤外線を吸収するという性質を利用して赤外線検出器に用いることが可能であり、また、赤外線を放射するという性質を利用して赤外線放射源に用いることが可能である。以下では、図1に示されるように、赤外線吸収体1を、ガス検知器Mに備えられるガスセンサNの検出器に適用した例を挙げて説明する。ただし、赤外線吸収体1は、ガスセンサNの検出器としてだけでなく、ガスセンサNの光源として、またはガスセンサNの光源および検出器の両方として使用することができる。
【0017】
ガス検知器Mは、検知対象ガスを検知するために用いられる。ガス検知器Mが検知の対象とする検知対象ガスとしては、特に限定されることはなく、たとえば、一酸化炭素、二酸化炭素、メタン、ブタン、イソブタン、水、アンモニア、二酸化硫黄、三酸化硫黄、硫化水素、亜酸化窒素、アセトン、オゾン、六フッ化硫黄、オクタフルオロシクロペンテン、ヘキサフルオロ1、3ブタジエンなど、赤外線の波長領域において吸収ピークを有するガスが例示される。
【0018】
ガス検知器Mは、図1に示されるように、検知対象ガスを検知するガスセンサNを備えている。ガス検知器Mは、任意で、ガスセンサNを操作するための操作部M1(たとえば操作ボタンなど)と、ガスセンサNにより得られる検知結果を表示する表示部M2(たとえば液晶ディスプレイなど)とを備えている。ガス検知器Mは、内部バッテリまたは外部電源などの図示しない電源から電力が供給されて作動する。
【0019】
ガスセンサNは、光Lを検知対象ガスに照射して、検知対象ガスによって吸収された赤外線の吸収強度(減衰強度)を測定することで、検知対象ガスを検知する。ガスセンサNは、たとえば、公知の非分散型赤外線分析(NDIR)式として構成することができる。ガスセンサNは、本実施形態では、図1に示されるように、内部空間Vを有する筐体N1と、筐体N1の内部に光Lを放射する光源N2と、光源N2からの光Lを反射する反射構造体N3と、光Lを検出する光検出部N4と、光源N2および光検出部N4を制御する回路部N5とを備えている。ガスセンサNは、光源N2、反射構造体N3、光検出部N4および回路部N5が筐体N1に一体となって設けられ、単体として取扱い可能なモジュールを形成している。しかし、ガスセンサNは、たとえば回路部N5が筐体N1とは別に設けられてもよく、その構成は図示された例に限定されない。
【0020】
筐体N1は、本実施形態では、光源N2、反射構造体N3、光検出部N4および回路部N5を収容し、内部空間Vに検知対象ガスが供給される部材である。筐体N1は、図1に示されるように、光源N2と光検出部N4とを結ぶ方向(図1中、左右方向)に延びる筒状に形成され、その内部に内部空間Vが設けられる。また、筐体N1は、内部空間V内に検知対象ガスを導入するガス導入部(図示せず)と、内部空間Vから検知対象ガスを排出するガス排出部(図示せず)とを備えている。筐体N1では、ガス導入部から検知対象ガスが導入されて、内部空間V内に検知対象ガスが供給されて、ガス排出部から検知対象ガスが排出される。筐体N1は、特に限定されることはなく、たとえば樹脂材料などにより形成される。筐体N1は、本実施形態では一方向に延びる筒状に形成されているが、略直方体形状など他の形状に形成されてもよい。
【0021】
光源N2は、検知対象ガスを検知するために利用可能な光Lを放射する。光源N2により放射される光Lは、少なくとも検知対象ガスの吸収スペクトルにおける吸収ピークの波長を有する光を含んでいればよく、その波長の単色光であっても、その波長を含む広い波長範囲の光であってもよい。光源N2は、図1に示されるように、回路部N5に通信可能に接続されて、回路部N5によってその出力が制御される。光源N2としては、特に限定されることはなく、たとえば、赤外線吸収体1を採用することもできるし、公知の発光ダイオード(LED)や赤外線ランプを採用することもできる。光源N2は、たとえば、連続光やパルス光を放射する。
【0022】
反射構造体N3は、筐体N1の内部空間V内において、光源N2から放射された光L、または他の反射構造体N3の部分から反射された光Lを反射して、さらに他の反射構造体N3の部分、または光検出部N4に光Lを導く。反射構造体N3は、本実施形態では、図1に示されるように、内部空間Vに隣接する筐体N1の内面に設けられる。反射構造体N3としては、特に限定されることはなく、たとえば、公知の反射鏡を採用することもできるし、赤外線吸収体1を採用することもできる。赤外線吸収体1は、光Lを反射するとともに、局在表面プラズモン共鳴を介して、検知対象ガスによる光Lの吸収を促進することも可能にする。
【0023】
光検出部N4は、光Lを検出して、光Lの強度を測定する。光検出部N4は、図1に示されるように、光源N2から放射されて筐体N1の内部空間V内を伝搬した後の光Lを検出する。光検出部N4は、光源N2から放射された光L、および/または反射構造体N3から反射された光Lを検出するように位置合わせされる。光検出部N4は、本実施形態では、赤外線を吸収する赤外線吸収体1と、赤外線吸収体1からの熱を電気信号に変換する熱電変換素子Tとを備えている。光検出部N4は、光Lに含まれる赤外線を赤外線吸収体1により吸収し、赤外線を吸収することにより赤外線吸収体1に生じる熱を熱電変換素子Tにより電気信号に変換する。光検出部N4は、回路部N5に通信可能に接続されて、変換した電気信号を回路部N5に送信する。熱電変換素子Tとしては、特に限定されることはなく、Bi2Te3、PbTeなど、熱を電気信号に変換可能な公知の熱電材料により形成することができる。赤外線吸収体1の詳細については後述する。なお、赤外線を吸収するための素子としては、本実施形態の赤外線吸収体1以外にも、公知の焦電素子などを採用することもできる。
【0024】
回路部N5は、図1に示されるように、光源N2および光検出部N4に通信可能に接続され、光源N2および光検出部N4を制御する。また、回路部N5は、光源N2から放射された光Lの強度と、光検出部N4により測定された光Lの強度とを比較することで、検知対象ガスの有無を判定し、あるいは検知対象ガスの濃度を算出する。回路部N5は、たとえば公知の中央演算処理装置(CPU)により構成することができる。
【0025】
赤外線吸収体1は、図2に示されるように、赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせ得る金属微細構造層2と、金属微細構造層2の下層に設けられる誘電体層3と、金属微細構造層2との間で誘電体層3を挟み込むように誘電体層3の下層に設けられる金属層4とを備えている。赤外線吸収体1では、赤外線が照射されたときに、局在表面プラズモン共鳴が生じ、赤外線の吸収率が増加する。特に、赤外線吸収体1では、誘電体層3を介して金属微細構造層2と金属層4とが積層されることで、局在表面プラズモン共鳴が増強される。これは、赤外線が照射されて局在表面プラズモン共鳴が生じたときに、金属微細構造層2と金属層4との間に積層された誘電体層3内に強い電場が局在することになり(図2中に模式的に符号Eで示された部分を参照)、局在した電場の影響を受けて局在表面プラズモン共鳴が増強されるためだと考えられる。なお、赤外線吸収体1は、本実施形態では金属微細構造層2、誘電体層3および金属層4の3層構造であるが、それぞれの層間に密着性を確保するなどの目的のために中間層が設けられてもよい。
【0026】
赤外線吸収体1は、本実施形態では、図2に示されるように、基板S上に設けられ、下方から基板Sに支持される。基板Sは、赤外線吸収体1を支持することができれば、特に限定されることはなく、半導体材料、誘電体材料、または金属材料により構成することができる。たとえば、基板Sとしては、シリコン基板、サファイア基板、またはガラス基板を採用することができる。赤外線吸収体1は、本実施形態では基板S上に直接設けられているが、密着性を確保するなどの目的のために中間層を介して基板S上に間接的に設けられてもよい。また、赤外線吸収体1は、本実施形態に限定されることはなく、基板Sにより下方から支持されるのではなく、たとえば、メンブレン構造などのように、側方から支持されてもよい。
【0027】
金属微細構造層2は、共鳴条件を満たす赤外線を吸収して局在表面プラズモン共鳴を生じさせ得る層である。金属微細構造層2に赤外線が照射されると、金属微細構造層2の表面において自由電子のプラズモン振動が励起され、金属微細構造層2内で自由電子の粗密が生じることで、金属微細構造層2に分極状態が生じる。照射される赤外線の波長と金属微細構造層2の誘電率とが互いに共鳴条件を満足するとき、赤外線によって金属微細構造層2に生じる分極が非常に大きくなって、金属微細構造層2に局在表面プラズモン共鳴が生じる。赤外線吸収体1は、金属微細構造層2において局在表面プラズモン共鳴が生じることによって、共鳴条件を満たす赤外線の吸収率が高くなる。金属微細構造層2は、照射される赤外線により局在表面プラズモン共鳴を生じさせることができれば、その形成方法は特に限定されることはなく、たとえば公知の半導体製造技術、具体的にはフォトリソグラフィーにより形成することができる。
【0028】
金属微細構造層2は、局在表面プラズモン共鳴を生じさせることができれば、その構造は特に限定されない。金属微細構造層2は、たとえば、複数の島状の金属体が2次元に分散配置されたナノディスクアレイ構造を有していてもよいし、金属層に複数の孔が2次元に分散配置されたナノホールアレイ構造を有していてもよい。金属微細構造層2は、本実施形態では、図2に示されるように、複数の略円板状の金属微細構造体21を備えている。複数の金属微細構造体21は、誘電体層3上で、互いに間隔を空けて配列されている。
【0029】
金属微細構造体21の形状および大きさは、特に限定されることはなく、赤外線を照射されたときに金属微細構造体21に局在表面プラズモン共鳴を生じさせるように適宜設定することができる。たとえば形状に関しては、金属微細構造体21の形状に応じて局在表面プラズモン共鳴を生じさせる赤外線の波長が変化する。金属微細構造体21の形状を、たとえば棒状や板状とすることで、局在表面プラズモン共鳴を生じさせる赤外線の波長が長波長側にシフトする。したがって、金属微細構造体21は、局在表面プラズモン共鳴を生じさようとする赤外線の波長に応じて、本実施形態のように略円板状や、その他にも略矩形板状、略半球状、略棒状など任意の形状を選択することができる。また、たとえば大きさに関しては、金属微細構造体21の大きさに応じて局在表面プラズモン共鳴を生じさせる赤外線の波長が変化する。金属微細構造体21が大きくなると(たとえば金属微細構造体21の直径Dが大きくなると)、局在表面プラズモン共鳴を生じさせる赤外線の波長が長波長側にシフトする。したがって、金属微細構造体21は、局在表面プラズモン共鳴を生じさせようとする赤外線の波長に応じて、その大きさを適宜選択することができる。
【0030】
例として、略円板状である金属微細構造体21の直径Dを変化させたときの、赤外線吸収体1から得られた赤外線反射(吸収)スペクトルの変化を図4に示す。なお、図4では、縦軸は、100%から反射率を引いた値を示しており、高い値を示すほど吸収率が高いことを示している。図4を参照すると、たとえば金属微細構造体21の直径Dが900nmである赤外線吸収体1から得られた赤外線反射(吸収)スペクトルには、波長が約4.5μm近傍において局在表面プラズモン共鳴に起因した大きな吸収ピークAが見られる。そして、金属微細構造体21の直径Dが、1000nm、1100nmと大きくなるに従って、この吸収ピークAが長波長側にシフトしている。このことから、金属微細構造体21の直径Dを適宜選択することにより、局在表面プラズモン共鳴に起因して吸収される赤外線の吸収波長を任意に選択することができることが分かる。
【0031】
金属微細構造体21は、特に限定されないが、後述する誘電体層3に含まれる分子結合の振動に起因した赤外線の吸収強度を高めるという観点から、たとえば1000nm以上、5000nm以下の直径を有し、その中でも、1000nm以上、2000nm以下の直径を有することが好ましく、1000nm以上、1800nm以下の直径を有することがさらに好ましく、1000nm以上、1600nm以下の直径を有することがよりさらに好ましい。
【0032】
以上に示したように、金属微細構造層2の構造を任意に設定することで、局在表面プラズモン共鳴に起因して吸収される赤外線の吸収波長を任意に選択することができる。ここで、以下で詳しく述べるように、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、誘電体層3に含まれる分子結合の振動に起因した吸収ピークの波長に近ければ近いほど、分子振動に起因した吸収ピークに大きな変化(強度増強、波長シフトなど)が生じる。これは、局在表面プラズモン共鳴と分子振動とが強結合することによるものと考えられる。分子振動に起因した吸収ピークの強度を増強し、その吸収ピークの波長域の赤外線の吸収率を増大させるという観点から、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長は、誘電体層3に含まれる分子結合の振動に起因した吸収ピークの波長に近いことが好ましい。
【0033】
金属微細構造層2は、照射される赤外線により局在表面プラズモン共鳴を生じさせることができればよく、その膜厚は特に限定されない。金属微細構造層2の膜厚は、局在表面プラズモン共鳴を増強させるという観点から、10~200nmであることが好ましく、30~100nmであることがさらに好ましく、35nm~75nmであることがよりさらに好ましく、40nm~70nmであることが最も好ましい。
【0034】
金属微細構造層2は、照射される赤外線により局在表面プラズモン共鳴を生じさせる金属により構成されていれば、その構成金属は特に限定されない。金属微細構造層2は、たとえば、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)からなる群から選択される1種または2種以上を含んで構成される。金属微細構造層2は、赤外線検出器や光源などに利用することを考慮すると、表面の化学的安定性の観点および局在表面プラズモン共鳴による赤外線の吸収率を高めるという観点から、たとえば、金(Au)、銀(Ag)からなる群から選択される1種または2種以上を含んで構成されることがより好ましい。表面の化学的安定性の観点からは、金(Au)が好ましく、局在表面プラズモン共鳴による赤外線の吸収率を高めるという観点からは、銀(Ag)が好ましい。
【0035】
金属層4は、誘電体層3を介して金属微細構造層2と積層されることで、金属微細構造層2で生じる局在表面プラズモン共鳴を増強させる。金属層4は、少なくとも金属成分を含み、導電性を有する層として形成される。金属層4は、本実施形態では、図2に示されるように、基板Sの上層に設けられ、金属層4の上層には誘電体層3が設けられる。金属層4は、基板Sの表面内で連続した膜として形成される。金属層4は、局在表面プラズモン共鳴を増強させることができれば、特に限定されることはなく、抵抗加熱蒸着、スパッタリング、電子ビーム蒸着など、公知の成膜手法により形成することができる。
【0036】
金属層4は、局在表面プラズモン共鳴を増強させることができればよく、その厚さは特に限定されない。金属層4は、赤外線を反射させるとともに、赤外線の透過を抑制するという観点から、赤外線反射率が赤外線透過率よりも高くなるように構成されることが好ましい。金属層4の膜厚は、赤外線を反射させるとともに、赤外線の透過を抑制するという観点から、たとえば、100nm以上が好ましく、150nm以上がより好ましく、200nm以上がよりさらに好ましい。また、金属層4の膜厚は、均一性の観点から、1000nm以下が好ましく、600nm以下がさらに好ましく、400nm以下がよりさらに好ましい。
【0037】
金属層4は、局在表面プラズモン共鳴を増強させることができればよく、その構成材料は特に限定されない。金属層4は、たとえば、赤外線に対する反射率の高い金属により構成されることが好ましく、その観点から、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、アルミニウム(Al)、オスミウム(Os)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)からなる群から選択される1種または2種以上を含んで構成されることが好ましい。また、金属層4としては、たとえばスズ(Sn)およびインジウム(In)という金属成分を含む酸化スズインジウム(ITO)などを採用することもできる。金属層4は、赤外線検出器や光源などに利用することを考慮すると、表面の化学的安定性の観点から、金(Au)、銀(Ag)からなる群から選択される1種または2種以上を含んで構成されることがより好ましい。表面の化学的安定性の観点からは、金(Au)が最も好ましい。
【0038】
誘電体層3は、図2に示されるように、金属微細構造層2と金属層4との間に積層されて、金属微細構造層2に局在表面プラズモン共鳴が生じた際に電場Eが局在し得る層である。誘電体層3は、金属層4の表面内で連続した膜として形成される。誘電体層3は、特に限定されることなく、スピンコートや真空蒸着など、公知の成膜手法により形成することができる。
【0039】
誘電体層3は、赤外線を吸収して振動が励起され得る分子結合を有する有機高分子材料を含んでいる。それにより、赤外線吸収体1に赤外線が照射された際に、分子振動の励起に起因した赤外線の吸収が生じる。ここで再び図4を参照すると、金属微細構造体21の直径Dが変化するに従って、強度および波長位置が変化する幅の狭い吸収ピークB1~B4が見られる。これらの吸収ピークB1~B4は、有機高分子材料(図示された例では、ポリイミド樹脂)に含まれる分子結合の振動に起因した吸収ピークである。なお、図4の下側には、参照のために、ポリイミド樹脂単体から得られた赤外線吸収スペクトルが示されている。図4からも分かるように、有機高分子材料に含まれる分子結合の振動の励起に起因した吸収ピーク(特に、C=O結合の振動に起因した吸収ピークB1を参照)の波長幅は、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークAの波長幅に比べて小さい。したがって、この分子振動の励起に起因した吸収ピーク(特に吸収ピークB1)を利用することで、狭帯域の赤外線吸収特性を実現することができる。このことは同時に、狭帯域の赤外線放射特性を実現できることも意味する。
【0040】
また、図4からも分かるように、分子振動の励起に起因した吸収と同時に局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収が生じることで、分子振動の励起に起因した吸収による赤外線の吸収率が大きくなる。したがって、赤外線吸収体1は、金属微細構造層2と金属層4との間に有機高分子材料を含む誘電体層3を積層することで、狭い波長幅の赤外線を高い吸収率で吸収することができる。特に、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長が、分子振動の励起に起因した吸収ピークの波長に近いほど、分子振動の励起に起因した吸収による赤外線の吸収率が大きくなる。これは、誘電体層3における分子振動と金属微細構造層2における局在表面プラズモン共鳴とが強結合することによるものと考えられる。分子振動に起因した吸収ピークの強度を増強し、その吸収ピークの波長域の赤外線の吸収率を増大させるという観点から、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長を、分子振動に起因した吸収ピークの波長に近くなるように設定することが好ましい。たとえば、局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピークの波長は、分子振動に起因した吸収ピークの波長の±3μmの範囲であることが好ましく、±2μmの範囲であることがさらに好ましく、±1μmの範囲であることがよりさらに好ましい。
【0041】
誘電体層3に含まれる有機高分子材料としては、赤外線を吸収して振動が励起され得る分子結合を有していればよく、特に限定されることはない。有機高分子材料は、赤外線を放射する際の赤外線の放射率を高めるためには加熱されることが好ましいが、その加熱に耐え得る耐熱性を有する耐熱性有機高分子材料であることが好ましい。ここでいう耐熱性とは、加熱しても大きく変性することがないことを意味し、たとえば、耐熱性有機高分子材料を、少なくとも100~200℃の範囲で、好ましくは200~300℃の範囲で、さらに好ましくは300~400℃の範囲で、よりさらに好ましくは400~500℃の範囲で加熱しても、赤外線を吸収して振動が励起され得る分子結合が、加熱前と比べて、少なくとも60%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、よりさらに好ましくは90%以上残存する性質を意味する。
【0042】
耐熱性有機高分子材料としては、耐熱性を有し、赤外線を吸収して振動が励起され得る分子結合を有していればよく、特に限定されることはないが、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂、熱硬化性エラストマー樹脂、メラミン樹脂、フッ素樹脂および尿素樹脂からなる群から選択される1種または2種以上を含むことが好ましい。耐熱性有機高分子材料は、局在表面プラズモン共鳴をより増強し、分子振動をより増強するという観点から、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂および熱硬化性エラストマー樹脂からなる群から選択される1種または2種以上を含むことが好ましい。
【0043】
誘電体層3の膜厚は、特に限定されることはないが、誘電体層3に含まれる分子結合の振動を励起することによる赤外線の吸収強度を高める観点から、50nm以上が好ましく、100nm以上がさらに好ましく、200nm以上がよりさらに好ましい。また、誘電体層3の膜厚は、局在表面プラズモン共鳴をより増強して、誘電体層3に含まれる分子結合の分子振動をより増強するという観点から、600nm以下が好ましく、500nm以下がさらに好ましく、400nm以下がよりさらに好ましい。
【実施例
【0044】
以下、実施例をもとに、本実施形態の赤外線吸収体を説明する。ただし、本発明の赤外線吸収体は、以下の実施例に限定されることはない。
【0045】
(赤外線吸収体)
赤外線吸収体として、図2に示される赤外線吸収体1を作製した。作製した赤外線吸収体1の各構成要素の作製条件は、以下の通りであった。
金属微細構造層2:Au(構成材料)、900nm~1600nm(金属微細構造体21の直径D)、50nm(膜厚)、電子線リソグラフィー+抵抗加熱蒸着(成膜方法)
誘電体層3:ポリイミド樹脂(真空重合法で作製したポリイミド樹脂、または株式会社IST製Pyre-M.L.)、エポキシ樹脂(日本化薬株式会社製SU-8)、熱硬化性エラストマー樹脂(東京応化工業株式会社製OMR-100)(構成材料)、300nm(膜厚)、スピンコートまたは真空蒸着(成膜方法)
金属層4:Au(構成材料)、200nm(膜厚)、抵抗加熱蒸着(成膜方法)
基板S:ガラス基板
【0046】
(赤外線反射(吸収)スペクトルおよび赤外線放射スペクトルの測定)
赤外線反射(吸収)スペクトルの測定は、赤外線吸収体1の表面に対して略垂直に赤外線を照射し、赤外線吸収体1の表面に対して略垂直に反射した赤外線の反射率を測定することにより行なった。また、赤外線放射スペクトルの測定は、赤外線吸収体1を150℃で加熱した状態で、赤外線吸収体1の表面に対して略垂直に放射された赤外線の放射率を測定することにより行なった。
【0047】
(赤外線吸収率と赤外線放射率の関係)
金属微細構造体21の直径Dが1400nmで、誘電体層3がポリイミド樹脂である赤外線吸収体1から得られた赤外線反射(吸収)スペクトルおよび赤外線放射スペクトルを図3に示す。図3では、両者を比較し易くするために、吸収率および放射率を規格化して並べて示している。図3を参照すると、赤外線反射(吸収)スペクトル(図3中上側)および赤外線放射スペクトル(図3中下側)の両方において、複数のピークが見られている。このことは、本実施例の赤外線吸収体1が赤外線の吸収および放射が可能であることを示している。また、図3では、赤外線反射(吸収)スペクトルの複数のピークのそれぞれの波長位置や形状が、赤外線放射スペクトルの複数のピークのそれぞれの波長位置や形状にほぼ一致している。このことは、本実施例の赤外線吸収体1が互いに対応する赤外線吸収特性および赤外線放射特性を有していることを示している。
【0048】
(金属微細構造体の直径と赤外線吸収率の関係)
誘電体層3がポリイミド樹脂であり、金属微細構造体21の直径Dを900nm~1600nmの範囲で変化させた赤外線吸収体1から得られた赤外線吸収スペクトルを図4に示す。なお、図4では、縦軸は、100%から反射率を引いた値を示しており、高い値を示すほど吸収率が高いことを示している。図4の下側には、参照のために、ポリイミド樹脂単体から得られた赤外線吸収スペクトルを示している。図4を参照すると、たとえば金属微細構造体21の直径Dが900nmの場合に、波長が約4.5μmの位置に波長幅の大きいピークAが見られている。このピークAは、赤外線吸収体1に赤外線を照射した際に金属微細構造層2において生じた局在表面プラズモン共鳴に起因した吸収ピーク(以下では、「共鳴ピーク」ともいう)である。この共鳴ピークAは、金属微細構造体21の直径が大きくなるに従って、長波長側にシフトしている。つまり、本実施例の赤外線吸収体1では、金属微細構造体21の直径Dを変化させることで、共鳴ピークAの波長を任意に設定することができる。
【0049】
さらに図4を参照すると、誘電体層3のポリイミド樹脂に含まれる分子結合の振動の励起に起因した吸収ピークB1~B4(以下では、「振動ピーク」ともいう)が見られている。たとえば、振動ピークB1は、ポリイミド樹脂に含まれるC=O結合の振動の励起に起因したピークである。図4から分かるように、振動ピークB1~B4の波長幅は、共鳴ピークAの波長幅と比べて小さい。したがって、本実施例の赤外線吸収体1では、この分子振動の励起に起因した振動ピークを利用することで、狭帯域の赤外線吸収特性を実現することができる。このことは同時に、狭帯域の赤外線放射特性を実現できることも意味する。
【0050】
また、たとえば図4の振動ピークB1を参照すると、金属微細構造体21の直径Dが大きくなるに従って、つまり共鳴ピークAが低波長側から長波長側にシフトするに従って、振動ピークB1の強度や波長位置が変化していることが分かる。特に、振動ピークB1の強度は、共鳴ピークAが低波長側から振動ピークB1の波長近傍までシフトするに従って増加し、共鳴ピークAが振動ピークB1の波長近傍から長波長側にシフトするに従って減少している。これは、共鳴ピークの波長が振動ピークの波長に近づくことで、局在表面プラズモンと分子振動との間の強結合が増強されることによるものと考えられる。本実施例の赤外線吸収体1では、このように局在表面プラズモン共鳴によって増強された振動ピークを利用することで、狭帯域で高吸収率の赤外線吸収特性(および赤外線放射特性)を実現することができる。振動ピークの強度を高め、赤外線の吸収率を高めるという観点から、共鳴ピークの波長が、振動ピークの波長の±3μmの範囲内であることが好ましく、±2μmの範囲内であることがさらに好ましく、±1μmの範囲内であることがよりさらに好ましい。
【0051】
(誘電体層の構成材料が異なる場合の赤外線吸収率)
金属微細構造体21の直径Dが1400nmであり、誘電体層3がポリイミド樹脂、エポキシ樹脂および熱硬化性エラストマー樹脂のそれぞれである赤外線吸収体1から得られた赤外線吸収スペクトルを図5(a)に示す。参照のため、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂および熱硬化性エラストマー樹脂のそれぞれの単体から得られた赤外線吸収スペクトルを図5(b)に示す。図5(a)における赤外線吸収スペクトルは、いずれの樹脂の場合も、図5(b)における赤外線吸収スペクトルからピーク位置やピーク形状が大きく変化している。つまり、ポリイミド樹脂だけでなく、エポキシ樹脂や熱硬化性エラストマー樹脂でも、局在表面プラズモン共鳴が同時に生じることで、分子振動に起因したピークの波長位置や形状が変化している。このことは、ポリイミド樹脂以外のエポキシ樹脂や熱硬化性エラストマー樹脂などの他の有機高分子材料により誘電体層3を形成することでも、狭帯域で高吸収率の赤外線吸収特性(および赤外線放射特性)を実現できることを示している。
【符号の説明】
【0052】
1 赤外線吸収体
2 金属微細構造層
21 金属微細構造体
3 誘電体層
4 金属層
A 吸収(共鳴)ピーク
B1~B4 吸収(振動)ピーク
D 金属微細構造体の直径
E 電場
L 光
M ガス検知器
M1 操作部
M2 表示部
N ガスセンサ
N1 筐体
N2 光源
N3 反射構造体
N4 光検出部
N5 回路部
S 基板
T 熱電変換素子
V 内部空間
図1
図2
図3
図4
図5