(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-07
(45)【発行日】2023-07-18
(54)【発明の名称】石灰化病変モデル及びその製造方法、並びに医療機器の試験方法
(51)【国際特許分類】
G09B 23/28 20060101AFI20230710BHJP
A61M 25/10 20130101ALI20230710BHJP
G09B 9/00 20060101ALI20230710BHJP
【FI】
G09B23/28
A61M25/10
G09B9/00 Z
(21)【出願番号】P 2019094228
(22)【出願日】2019-05-20
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114524
【氏名又は名称】榎本 英俊
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 清隆
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 遼太
【審査官】柳 重幸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭49-044026(JP,A)
【文献】特開昭53-039365(JP,A)
【文献】特開昭59-227919(JP,A)
【文献】特開平05-092042(JP,A)
【文献】特開2010-224069(JP,A)
【文献】特開2011-027795(JP,A)
【文献】特開2017-149086(JP,A)
【文献】国際公開第2017/168145(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 9/00
23/00-29/14
A61M 25/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
石灰化病変をモデル化した石灰化病変モデルであって、
ポリウレタン樹脂及び石膏からなる石灰化病変部を備え
たことを特徴とする石灰化病変モデル。
【請求項2】
前記石灰化病変部は筒状をなし、その内腔部分に、石灰化していな
い病変表層
を模擬したシリコーン製の病変表層部が設けられていることを特徴とする請求項1記載の石灰化病変モデル。
【請求項3】
石灰化病変をモデル化した石灰化病変モデルの製造方法であって、
液体状のポリウレタン樹脂として、主剤及び硬化剤が用意され、主剤、硬化剤及び粉末状の石膏を所定の割合で混合し、当該混合液を加熱した後、所定時間放置して前記混合液を硬化させることで、実際の石灰化病変に近い硬さを有する石灰化病変部を作製すること
を特徴とする石灰化病変モデルの製造方法。
【請求項4】
前記石灰化病変部に内腔部分を形成し、当該内腔部分にシリコーンを塗布することで、石灰化していない実際の病変表層に近似する弾性率を有する病変表層部を前記石灰化病変部と一体化させることを特徴とする請求項3記載の石灰化病変モデルの製造方法。
【請求項5】
前記主剤と前記石膏を所定の配合比で混合したものと、前記硬化剤と前記石膏を所定の配合比で混合したものを用意し、それらを攪拌しながら真空脱泡した上で、前記加熱を行うことを特徴とする請求項3又は4記載の石灰化病変モデルの製造方法。
【請求項6】
前記ポリウレタン樹脂の主剤及び硬化剤と前記石膏の配合比、前記混合液の真空脱泡時間、前記加熱の温度と時間、及び/又は前記放置の時間を変化させることで、前記石灰化病変の硬さを調整することを特徴とする請求項5記載の石灰化病変モデルの製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2記載の石灰化病変モデルを用いた医療機器の試験方法であって、
前記石灰化病変モデルに所定の医療機器を接触させることで、当該医療機器の力学特性試験を人体外で行うことを特徴とする医療機器の試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石灰化病変を模擬した石灰化病変部を有する石灰化病変モデル及びその製造方法、並びに、当該石灰化モデルを用いた医療機器の試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈血管内が石灰化して狭窄する石灰化狭窄病変の治療法の一つとして、医療機器であるバルーンやステントを用いた経皮的冠動脈インターベーション(PCI:Percutaneous coronary intervention)が行われている。PCIは、手首や足の付け根の血管からカテーテルを通し、その内部に収容されたステントやバルーンを狭窄部で拡張させることで、狭窄によって低下した血流を回復させる治療法である。このPCIは、開胸手術を行わない低侵襲な治療法であることから、高齢者や急性心筋梗塞の治療に多く適用される。ここで、ステントによる治療を行う際に、狭窄部を構成する石灰化部分の高い剛性によってステントが十分に拡張しない場合がある。このようにステントの拡張が不十分であると、血流の確保が依然困難となり、更に無理にステントを拡張すると、正常な血管壁を傷付けることもある。そこで、このような場合には、バルーンを使って石灰化部分の破壊等による前拡張を行った上で、ステントを留置することが有用となる。石灰化狭窄病変治療用のバルーンとしては、所定の拡張圧以上を作用させても、拡張径が変化しないノンコンプライアントバルーン(特許文献1等参照)や、バルーン表面に石灰化を解消する効果を有する薬剤を塗布したドラッグコートバルーン(特許文献1参照)や、バルーンの表面に取り付けられたブレードで石灰化部分を破壊するカッティングバルーン(特許文献2参照)等がある。
【0003】
石灰化狭窄病変が発生する血管内腔範囲や石灰化部分の厚みは、患者によって異なり、前述した各種バルーンによる石灰化部分の破壊等の効果を評価するためには、同一条件の設定による試験系が必要となる。現在、石灰化部分を破壊するバルーン等の治療デバイスの選択方法や開発方法は未確立であり、医療現場では、複数の治療デバイスを使用して探索的に適切な治療デバイスを選択しており、このことが医療費や手術時間の増加に繋がるという課題がある。
【0004】
ところで、特許文献3には、手術器具の開発や医学的研究を目的とした動脈石灰化モデル血管が開示されている。この動脈石灰化モデル血管は、生理食塩水等の水性溶媒にリン酸カルシウムを添加し、pH調整して再結晶化させてから超音波処理した上で、動物由来の血管内腔に注入し、冷却して沈着させることにより得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2013-502984号公報
【文献】特表2008-504059号公報
【文献】特開2015-136354号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記特許文献3の動脈石灰化モデル血管では、実際の石灰化病変の成分であるリン酸カルシウムを動物由来の血管に沈着させることで、石灰化病変部を模擬しているが、動物由来の血管を用意しなければならず、量産には一定の限界があって簡単に製造できない。また、特許文献3には、医療機器について、血管封止手術機器の封止性能を評価する目的で、動脈石灰化モデル血管を使用が開示されているものの、石灰化部分の硬さやその調整について言及されていない。従って、前記動脈石灰化モデル血管では、石灰化部分を破壊するバルーン等の医療機器である治療デバイスについて、石灰化部分の硬さ等の力学特性に応じた破壊効果の評価に用いることができない。
【0007】
本発明は、以上のような課題に着目して案出されたものであり、その目的は、石灰化部分を破壊するバルーン等の治療デバイスの破壊効果その他の力学特性を正確に評価する際に有用であり、且つ、簡易に製造することができる石灰化病変モデル、その製造方法、及びそれを用いた医療機器の試験方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するため、本発明は、主として、石灰化病変をモデル化した石灰化病変モデルであって、ポリウレタン樹脂及び石膏を含んでなる石灰化病変部を備える、という構成を採っている。
【0009】
また、本発明に係る石灰化病変モデルの製造方法は、主として、液体状のポリウレタン樹脂に粉末状の石膏を所定の割合で混合し、当該混合液を加熱した後、所定時間放置して前記混合液を硬化させることで、前記石灰化病変の力学特性を模擬した石灰化病変部を作製する、という手法を採っている。
【0010】
更に、本発明に係る石灰化病変モデルを用いた医療機器の試験方法は、主として、前記石灰化病変モデルに所定の医療機器を接触させることで、当該医療機器の力学特性試験を人体外で行う、という手法を採っている。
【発明の効果】
【0011】
現在の医療現場では、石灰化狭窄病変に対し、どのような治療法と治療デバイスを選択するかはそれぞれの医師の経験によって決められており、適切なガイドラインは存在しない。そこで、本発明に係る石灰化病変モデルを用いることにより、非臨床下において、各種の治療デバイスの力学的な比較評価を定量的に行うことができ、治療デバイスの力学的な性能評価を行うガイドラインの作成に寄与できる。従って、医療現場において、石灰化病変の状態に合わせた適切な治療を可能とし、医療費の削減や健康寿命の増加に繋がることが期待できる他、より高性能の治療デバイスの早期開発も期待できる。
【0012】
また、本発明により、形状や狭窄部の厚みの異なる石灰化狭窄病変に対する治療デバイスをin vitroで評価することができる。これにより、狭窄部の形状や厚みに合わせた適切なデバイスを工学的データに基づいて示すことができ、患者もより安心して治療を受けることが可能になる。加えて、軽度な病変に対してリスクの高い治療デバイス使用の予防にもなる。また、人工的に作製した石灰化狭窄モデルを利用した石灰化狭窄病変に対する試験条件を確立することができ、第三者機関が統一した規格で治療デバイスの性能を評価することができる。これにより、治療に有効なデバイスのみを臨床に反映可能になる。
【0013】
更に、本発明によれば、様々な石灰化病変を模擬し、力学特性や形状の異なる人工的なモデルが、入手し易い材料により簡単な手法で作製可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態に係る石灰化病変モデルは、ポリウレタン樹脂及び石膏の各成分を含んでなる筒状の石灰化病変部と、石灰化病変部の内腔部分に設けられ、石灰化していない病変表層を模擬した病変表層部とにより構成される。なお、病変表層部については、必要に応じて省略することもできる。
【0015】
前記石灰化病変モデルは、以下の手順で作製される。
【0016】
先ず、液体のポリウレタン樹脂と粉末状の石膏を真空脱泡機内で攪拌及び真空脱泡しながら混合する。
【0017】
ここで、ポリウレタン樹脂としては、ポリオールからなる主剤とポリイソシアネートからなる硬化剤とが用意される。石膏は、ポリウレタンの結合力を弱める目的で使用される。これら主剤、硬化剤及び石膏の配合比は、所望とする石灰化病変部の硬さによって適宜選択され、石膏の配合比が高くなる程、得られる石灰化病変部の硬さが低下する。当該配合比としては、例えば、主剤:硬化剤:石膏について、2:3:6、2:3:7、2:3:8等が挙げられる。また、ここでの真空脱泡時間を変化させることによっても、得られる石灰化病変部の硬さ調整が可能となり、当該時間が長くなる程、得られる石灰化病変部の硬さが増大する。
【0018】
次に、以上で得られたポリウレタン樹脂と石膏粉末との混合液をシリコーン製のモールドに流し込み、オーブンで所定時間加熱する。ここでの加熱温度と加熱時間は、70度、20分間を例示できる。ここで、オーブンでの加熱温度及び加熱時間を変化させることにより、得られる石灰化病変部の硬さ調整が可能となり、当該時間が長くなる程、得られる石灰化病変部の硬さが増大する。なお、前記モールドは、延出方向両端側が開放する円筒状の石灰化病変部が得られるように形成されている。
【0019】
その後、オーブンで加熱された混合液をモールドとともにオーブンから取り出し、常温で所定時間放置する。ここでの放置時間としては、48時間を例示できるが、当該放置時間を変化させることにより、得られる石灰化病変部の硬さ調整が可能となり、当該時間が長くなる程、得られる石灰化病変部の硬さが増大する。
【0020】
そして、混合液が硬化して得られた円筒状の石灰化病変部をモールドから取り外す。
【0021】
最後に、得られた石灰化病変部の内腔部分にシリコーンを塗布し、石灰化していない病変表層部を模擬的に形成する。ここでのシリコーンは、主剤と硬化剤とシリコーンオイルとが、例えば3:3:1の割合で配合されてなる。この配合比は、シリコーン硬化時に、実際の病変表層に近似する弾性率に相当することになり、単一材料によって、硬化していない実際の病変表層に相当する硬さの病変表層部が得られることになる。
【0022】
なお、石灰化病変モデルとしては、全周に石灰化病変を生じた全周性病変を模擬したものの他に、モールドの形状等に応じて、血管内腔の周方向に部分的(例えば、180度の範囲)に石灰化病変を生じたタイプを含め種々の形状のものを作製することもできる。
【実施例】
【0023】
以下、一実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【0024】
冠動脈内に発生する石灰化狭窄病変を想定し、当該病変部(狭窄部)の厚みを400、450、500μmとした外径の異なる3種類の石灰化病変モデルを以下の手順により作製した。これらモデルは、石灰化病変部の内径を1.6mm、長さ5mmに統一するとともに、その内腔部分に存在する病変表層部の厚みを50μmとして統一した。
【0025】
(1)石灰化病変部の作製
ポリウレタン樹脂の主剤及び硬化剤と、石膏の粉末とを真空脱泡機内で混合させた。ここでの主剤、硬化剤、石膏の配合比は、2:3:8とした。具体的には、次の通りである。
【0026】
主剤と石膏を2:3の割合で混ぜた容器を準備し(Aカップ)、硬化剤と石膏を3:5の割合で混ぜた容器を準備した(Bカップ)。
真空脱泡機(MCP製 vacuum casting machine)内に、Aカップ、Bカップ、石灰化病変モデルの型となるシリコーン製のモールドをセットした。ここでのシリコーンモールドは、前述の形状の石灰化病変部が得られるように、シリコーンによりアルミ型を使って予め成形した。
【0027】
そして、真空脱泡機内でポリウレタン樹脂と石膏の混合液を攪拌し、真空脱泡を23分間行った。
【0028】
真空脱泡機から、ポリウレタンと石膏粉末の混合液が注入されたシリコーンモールドが取り出され、冷蔵庫で30分間冷却した。
その後、冷蔵庫からシリコーンモールドを取り出し、70度のオーブンで20分間加熱した。
そして、オーブンからシリコーンモールドを取り出し、常温で48時間放置した。
その後、シリコーンモールドから混合液が硬化した部分を取り外し、石灰化病変部を得た。
【0029】
(2)病変表層部の作製
シリコーンの主剤、硬化剤及びシリコーンオイルを配合し、当該配合のシリコーンを、作製した石灰化病変モデルの内腔部分に塗布することで、厚み50μmとなる病変表層部を作製し、病変表層部が石灰化病変部に一体化された石灰化病変モデルを得た。ここで、シリコーンの主剤、硬化剤及びシリコーンオイルの配合比は、3:3:1とした。
【0030】
本発明者らは、以上のようにして得られた石灰化病変モデルの実用性を検証するための実験を行った。
【0031】
本発明者らの研究によれば、現存するノンコンプライアントバルーンの性能に基づく石灰化病変破壊の臨床における閾値として、血管内腔の全周に石灰化病変が発生している全周性病変のときに、石灰化病変の厚みが400μm程度では破壊できるが、同500μm程度になると破壊できない傾向があることを知見した。
【0032】
そこで、石灰化病変部の厚みが400、450、500μmとなる前記実施例で得られた3種類の石灰化病変モデルの内腔部分に、現存するノンコンプライアントバルーンを挿入し、石灰化病変部の破壊の可否について調べた。ここでは、ノンコンプライアントバルーンとして、Boston Scientific社製のNCイマージを使用した。なお、このノンコンプライアントバルーンの推奨拡張圧は、12.0atmであり、最大拡張圧は20.0atmとされている。
【0033】
以上の実験の結果、20.0atm未満の拡張圧において、石灰化病変部の厚みが400μmの石灰化病変モデルは破壊できた一方、それ以外の厚みの石灰化病変モデルは破壊できない結果が得られ、前記石灰化病変モデルは、実際の石灰化病変に近い硬さのモデルとなることが実証された。
【0034】
また、カッティングバルーンを使った他の実験において、前記石灰化病変モデルについて、破壊に必要となる拡張圧を石灰化病変部の厚みに対応して定量的に把握することが可能となった。