IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ エヌ・イーケムキャット株式会社の特許一覧

特許7309414鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法
<>
  • 特許-鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法 図1
  • 特許-鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法 図2
  • 特許-鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-07
(45)【発行日】2023-07-18
(54)【発明の名称】鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/44 20060101AFI20230710BHJP
   B01J 37/03 20060101ALI20230710BHJP
   B01J 37/04 20060101ALI20230710BHJP
   C07B 61/00 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 41/30 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 43/20 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 45/68 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 49/782 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 67/343 20060101ALI20230710BHJP
   C07C 69/76 20060101ALI20230710BHJP
   C07D 307/79 20060101ALI20230710BHJP
   C07D 307/91 20060101ALI20230710BHJP
【FI】
B01J23/44 Z
B01J37/03 A
B01J37/04 102
C07B61/00 300
C07C41/30
C07C43/20 B
C07C45/68
C07C49/782
C07C67/343
C07C69/76 A
C07D307/79
C07D307/91
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019066596
(22)【出願日】2019-03-29
(65)【公開番号】P2020163296
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000228198
【氏名又は名称】エヌ・イーケムキャット株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】弁理士法人 小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐治木 弘尚
(72)【発明者】
【氏名】澤間 善成
(72)【発明者】
【氏名】山田 強
(72)【発明者】
【氏名】朴 貴煥
(72)【発明者】
【氏名】増田 快音
(72)【発明者】
【氏名】立川 拓夢
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-213225(JP,A)
【文献】特開2012-143742(JP,A)
【文献】国際公開第2014/061087(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0049488(US,A1)
【文献】KARAMI, K. et al.,Applied Organometallic Chemistry,2013年06月10日,Vol.27,pp.437-443,<DOI:10.1002/aoc.2966>
【文献】SOOMRO, S. S. et al.,Advanced Synthesis & Catalysis,2011年03月16日,Vol. 353,pp.767-775,<DOI:10.1002/adsc.201000891>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C07B 61/00
C07C 41/30
C07C 43/20
C07C 45/68
C07C 49/782
C07C 67/343
C07C 69/76
C07D 307/79
C07D 307/91
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸パラジウム、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、パラジウムアンミン塩の何れか1種を含むパラジウム源と、パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤と、酸化チタンを混合し、焼成または還元処理を施すことなく酸化チタンに非還元のパラジウム(但し、ヨウ素化パラジウムを除く)を担持することを特徴とする鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の製造方法。
【請求項2】
前記パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤が、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)の何れか1種を含む、請求項1に記載の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の製造方法。
【請求項3】
前記酸化チタンが、アナターゼ型の結晶構造である、請求項1に記載の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物から高い収率でビフェニル化合物を得ることのできる鈴木-宮浦カップリング反応用触媒およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスフィン等のリガンドにより錯体化されたパラジウム触媒と塩基を使用し、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物とからクロスカップリングにより非対称ビアリールを得る手法は鈴木-宮浦カップリングとして知られている。
【0003】
一方で、触媒には均一触媒と不均一触媒とが知られている。前記のパラジウム錯体のような触媒は多くの場合、均一触媒として溶媒に溶解した状態で触媒反応に使用される。均一触媒は高活性が期待できるものの、ろ過等の簡単な方法で反応系からの触媒の分離ができない。これに対して均一系触媒は反応溶媒に溶解しない担体にパラジウム等の活性種を担持して反応に使用するもので、反応系からの触媒はろ過により容易に分離可能であり産業的には好ましい触媒であるといえる。
【0004】
鈴木-宮浦カップリングにおいて使用される触媒としても不均一触媒を使用できることは産業的に有利であり、そのための不均一触媒としてはかねてから報告がある(非特許文献1~3)。
【0005】
このような鈴木-宮浦カップリングに使用されて高い活性が得られる不均一触媒はイオン交換樹脂を担体として使用するものが知られており、この担体としての樹脂そのものがパラジウム原子と配位結合可能なもので、担体ではあるが一方でリガンドとしての働きも有している。
【0006】
このような樹脂担体は高い活性を発揮できるものであるが、金属酸化物のような無機担体に比べて機械的強度も耐熱性も劣る。機械的強度の低い担体は反応工程において攪拌等の応力高い場合に担体の摩耗を生じたり、摩耗による微粒子の発生が懸念される。発生した微粒子や摩耗して粒径の小さくなった担体はろ過性能に劣り、工程の長時間化につながり産業的には不利である。また、摩耗により生じた微粒子はろ過を通り抜けてろ液の中に混入してしまう恐れもある。摩耗粒子にも貴金属であるパラジウムが担持されており、ろ過によって取り除けなかった場合には別途ろ液からの回収操作が必要になり製造コストの上昇を招くばかりではなく、ろ液の中に担体やパラジウム成分が混入することになり製品の品質低下につながる場合もある。
【0007】
また、触媒の摩耗はろ過してろ物として取り除いた触媒における貴金属量の低下も招く。活性種である貴金属の量が低下してしまうと触媒反応の効率そのものが低下してしまうことになり、これも好ましいものでは無い。
【0008】
一般に、カップリング反応における温度は数十℃であるが、樹脂担体は無機担体に比べて長時間の使用における変質の懸念は大きい。担体の変質は触媒活性の低下を招くのみならず、担体からのパラジウム成分の脱離を促し、ろ液へのパラジウム成分の混入、パラジウム成分そのものの変質が懸念される。
【0009】
このように樹脂担体には本質的な不具合があると共に、金属酸化物のような無機担体に比べて価格も高価であることから、市場からは廉価な担体を使用した鈴木-宮浦カップリング反応用の触媒の登場が望まれている。
【0010】
また、鈴木-宮浦カップリングに使用される不均一触媒には、金属としてのパラジウムを活性炭に担持した触媒も知られている(特許文献1)。しかし、パラジウム担持活性炭による鈴木-宮浦カップリングでは、優れた収率が報告されている基質は芳香族ハロゲン化合物として臭素化合物を使用した反応だけである。また、活性炭は無機担体に分類されることもあるが、金属酸化物担体に比べて強度が劣るものである。
【0011】
アリール基とハロゲンの結合の強さに関しては[Ar-Cl>Ar-Br>Ar-I]の順に強固であることが知られている(非特許文献4)。特許文献1のような従来の手法によっては、Ar-Clのように強固な結合を有する基質を使用して高収率な鈴木-宮浦カップリングを行うことは困難であった。
【0012】
金属酸化物などの無機担体であれば、廉価な上に機械的強度、耐熱性も高いことから、樹脂担体のような懸念はないが、樹脂担体のように高活性な鈴木-宮浦カップリング用触媒は実現しておらず、特にリガンド不使用で高い活性が得られる触媒は知られていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【文献】Synlett 2015, 26(14), 2014-2018
【文献】J. Am. Chem. Soc., 2012, 134(6), 3190-3198
【文献】Adv. Synth. Catal., 2017, 359, 2269-2279
【文献】New Trends in Cross-Coupling Theory and Applications, 2015,Captter1,7-8
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2007-238447号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、担体として廉価で高強度な無機酸化物として知られる酸化チタンを使用し、反応後のろ液に高価なパラジウムが溶出することなく、鈴木-宮浦カップリング反応において高収率な反応が実現可能な触媒を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、特定の方法で酸化チタンに非還元のパラジウムを担持させることにより、上記課題を解決できる鈴木-宮浦カップリング用触媒が製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は、パラジウム源と、パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤と、酸化チタンを混合し、焼成、還元処理を施すことなく酸化チタンに非還元のパラジウムを担持することを特徴とする鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の製造方法である。
【0018】
また、本発明は、酸化チタンに非還元のパラジウムを担持させたことを特徴とする鈴木-宮浦カップリング反応用触媒である。
【0019】
更に、本発明は、上記鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の存在下、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物からビアリール化合物を得ることを特徴とするビアリール化合物の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒は、反応後のろ液に高価なパラジウムや担体である酸化チタンが溶出することなく、鈴木-宮浦カップリング反応において高収率な反応が実現可能である。
【0021】
また、本発明の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒の製造方法によれば、配位子を使用せず、未還元のパラジウムと酸化チタンを強固に結合できることから廉価に高性能な触媒を得ることができる。
【0022】
更に、本発明の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒を用いた芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物からビアリール化合物を製造する場合、リガンドを使用する必要もなく、また、芳香族ハロゲン化合物の種類も問わないため、これらを廉価に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例5において、表1のEntry1における攪拌時の回転速度を変えて収率を測定した結果を示す。
図2】実施例1のPd担持量4.7%の触媒の使用前後のPdのXPSスペクトルを示す(実施例6)。
図3】実施例1のPd担持量4.7%の触媒の使用前後のTiのXPSスペクトルを示す(実施例6)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の鈴木-宮浦カップリング反応用触媒(以下、「本発明触媒」という)は、酸化チタンに非還元のパラジウムを担持させたものである。
【0025】
本発明触媒の触媒は、パラジウム源と、パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤と、酸化チタンを不活性ガス雰囲気下で混合することにより製造することができる(以下、これを「本発明製法」という)。なお、本発明製法では、焼成、還元処理を施すことなく酸化チタンに非還元のパラジウムを担持することができる。
【0026】
本発明製法で使用されるパラジウム源は特に限定されず、例えば、酢酸パラジウム等のパラジウムカルボン酸塩、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、アンミン塩、アルカリ塩、パラジウムの有機錯体等が挙げられる。これらの中でも酢酸パラジウムの様な酸化数2のパラジウム塩が好ましい。
【0027】
本発明製法で使用されるパラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤としては、例えば、アミド系溶剤、アミン系溶剤、アルコール系溶剤、エーテル系溶剤、ケトン系溶剤、エステル系溶剤、ニトリル系溶剤、ニトロ系溶剤、スルホキシド系溶剤等が挙げられる。具体的なものとして、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等のカルボン酸アミド系、ヘキサメチルホスホリックトリアミド(HMPA)等のリン酸アミド系を含むアミド系溶剤;トリエチルアミン、ピリジン、エタノールアミン等のアミン系溶剤;イソプロパノール、メタノール(MeOH)、プロピレングリコール等のアルコール系溶剤;1,4-ジオキサン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)等のエーテル系溶剤;アセトン、2-ブタノン等のケトン系溶剤;酢酸エチル(AcOEt)、酢酸メチル等のエステル系溶剤;アセトニトリル(MeCN)等のニトリル系溶剤;ニトロメタン等のニトロ系溶剤;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド系溶剤等が挙げられる。これら有機溶剤は1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。これらの中でもNMP、THF、EtOAc、アセトン、DMF、MeCN、DMSO、DMAが好ましい。
【0028】
本発明製法で使用される酸化チタンは、言うまでもなく古くから触媒用担体として知られている金属酸化物である。酸化チタンの結晶構造にはアナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型の3種類が知られているが、本発明製法においては、酸化チタンの結晶構造は特に限定されないが、最も安定な構造であり、得られる本発明触媒の高活性が確認されているアナターゼ型を使用することが好ましい。
【0029】
本発明製法で使用される酸化チタンの形状や物性は特に限定せれるものではなく、広く触媒用途に使用される形状、粒子径、比表面積値の中から、得られる本発明触媒の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、酸化チタンの形状が微粒子状であれば、幾何学的な表面積が大きく反応に有効な活性面も大きくできる。このような微粒子状の酸化チタンを使用する場合、体積基準の平均粒子径で0.1~100μmであることが好ましく、比表面積値は10~100m/gであることが好ましい。
【0030】
また、酸化チタンの形状については微粒子状の他、球状、柱状に成形された担体であっても良い。成形されたものであれば触媒を反応用のカラムに充填した場合に形成される空隙に基質を含む溶液の流通が容易になり、産業用途のようなスケールアップした使用において有利な場合がある。このような成形担体の大きさは、球状担体であれば0.5~10mmであることが好ましい。
【0031】
本発明製法においては、上記したパラジウム源と、パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤と、酸化チタンを混合する。この混合の際のパラジウム源と、パラジウム源に含まれるパラジウムを非還元状態で可溶な有機溶剤と、酸化チタンの仕込み量は特に限定されないが、適量の有機溶剤中にパラジウム源を金属パラジウム換算で担体の質量に対して0.5~10wt%で含有させることが好ましく、1~7wt%で含有させることがより好ましい。また、酸化チタンは、適量の有機溶剤中に1~20wt%、好ましくは5~15wt%で含有させればよい。
【0032】
また、上記混合の方法は、特に限定されず、例えば、撹拌、超音波照射等の混合手段を使用すればよい。上記混合は、酸化チタンに非還元のパラジウムを担持されるまで行えばよく、パラジウムが担持されたかどうかは、例えば、酸化チタンの着色(灰色→黄緑色)により判断することができる。通常、パラジウムが担持されるためには、混合時間を1日間以上、より好ましくは2日間以上、更に好ましくは3日間以上とすればよい。更に、混合条件は、特に限定されないが、混合時に有機溶剤が舞い上がって容器の壁に張り付くことで生じるロスや担持の不均一化を避けるために穏やかな条件が好ましい。このような穏やかな条件としては、例えば、室温(15~25℃程度)、常圧、必要により不活性ガス雰囲気下、10~100rpmの回転速度の回転子を使用する条件が挙げられる。不活性ガスとしては、例えば、アルゴン、窒素等が挙げられる。
【0033】
この混合の後には、ろ過、洗浄、乾燥等を行ってもよい。ろ過、洗浄、乾燥を行う場合、それらの条件は当業者により選択的に実施されてきた手法の中から適宜選択することが可能である。例えば、ろ過であれば自然ろ過、減圧ろ過、加圧ろ過、遠心ろ過等の手法の中から製造規模等の条件に応じて適宜選択すれば良い。また、洗浄であれば各種溶剤や蒸留水を使用して洗浄すれば良い。また、乾燥であれば自然乾燥(風乾)でも良く90~150℃程度の雰囲気中で加熱乾燥しても良い。ただし、乾燥時の雰囲気については担持したパラジウムが完全に還元してしまうような雰囲気や著しい高温は避ける必要がある。
【0034】
斯くして製造された本発明触媒は、酸化チタンに非還元のパラジウムが担持されたものである。本発明触媒は、黄緑色であり、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)中、1000rpmで撹拌した際に、担持されたパラジウムが溶出しないという性質を有する。なお、本発明触媒に担持されたパラジウムがDMA中に溶出していないかどうかは、例えば、本発明触媒を、DMAに入れ、後記する鈴木-宮浦カップリングと同様の条件で処理し、本発明触媒を取り除いた後、DMA中のパラジウム量を原子吸光分光計等で測定し、それが検出されない(検出限界値以下)ことで確認することができる。具体的には、実施例に記載の方法で確認することができる。また、本発明触媒が非還元のパラジウムが存在しているかどうかはXPSで確認することができる。本発明の製造方法で得られた触媒について、そのパラジウムの3d軌道の電子状態をXPS測定したスペクトルを見ると(図2参照)、Binding Energyの337eV近傍(337±0.5eV)に特徴的なピークを有する。この位置のピークは0価のパラジウムのピーク位置とは異なるものである。
【0035】
本発明触媒は、鈴木-宮浦カップリング反応用であるので、本発明触媒の存在下、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物からビアリール化合物を得ることができる。
【0036】
この鈴木-宮浦カップリング反応には、従来と同様に塩基および有機溶媒も用いる。塩基は特に限定されるものではなく、基質の種類や反応条件を考慮してカップリング反応に使用可能な塩基の中から適宜選択することができる。このような塩基の例としてはCsCO、KOtBu、NaCO、KCO、NaHCO、NaOtBu、NaPO・12HO、KPOが挙げられる。これらの中でも特に、CsCO、KOtBuを使用することが好ましい。
【0037】
また、有機溶媒も特に限定されるものではないが、配位性であるものが好ましい。このような有機溶媒としては、例えば、アミド系溶媒、アミン系溶媒、アルコール系溶媒、エーテル系溶媒、ケトン系溶媒、エステル系溶媒、ニトリル系溶媒、ニトロ系溶媒、スルホキシド系溶媒等が挙げられる。具体的なものとして、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMA)、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMI)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等のカルボン酸アミド系、ヘキサメチルホスホリックトリアミド(HMPA)等のリン酸アミド系を含むアミド系溶媒;トリエチルアミン、ピリジン、エタノールアミン等のアミン系溶媒;イソプロパノール、メタノール(MeOH)、プロピレングリコール等のアルコール系溶媒;1,4-ジオキサン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、シクロペンチルメチルエーテル(CPME)等のエーテル系溶媒;アセトン、2-ブタノン等のケトン系溶媒;酢酸エチル(AcOEt)、酢酸メチル等のエステル系溶媒;アセトニトリル(MeCN)等のニトリル系溶媒;ニトロメタン等のニトロ系溶媒;ジメチルスルホキシド(DMSO)等のスルホキシド系溶媒等が挙げられる。これら有機溶媒は1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0038】
鈴木-宮浦カップリング反応に使用される芳香族ハロゲン化合物は、芳香族基に塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲンが結合しているものであれば特に限定されないが、例えば、芳香族基としては、フェニル基、ベンゾフラニル基、ナフチル基、アントラニル基、ピリジル基、ピリミジル基、インダニル基、オキソインダニル基、インドリル基、ベンズイミダゾリル基またはキノリル基等が挙げられる。また、これらの芳香族基にはハロゲン基以外に1個又はそれ以上の置換基があってもよく、このような置換基の例としてはメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等のアルキル基;メトキシ基、エトキシ基、n-プロピロキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、n-ペンチロキシ基、n-ヘキシロキシ基等のアルコキシ基;アセチル基等のアシル基;ベンジル基ニトロ基;シアノ基;アルデヒド基;アセトアミド基のようなアミド基;カルボキシル基;アミノ基;アルキルアミノ基;チオール基;アルキルチオール基等が挙げられ、また、カップリングの結合点以外にクロロ基、ブロモ基、ヨード基のようなハロゲン基を有していても良い。
【0039】
なお、本発明触媒を使用する鈴木-宮浦カップリング反応においては、上記芳香族ハロゲン化合物のカップリングの結合点が、芳香族基と強固に結合する塩素であっても、反応が進むため、上記芳香族ハロゲン化合物の種類は問わない。芳香族ハロゲン化合物として、芳香族塩素化合物を用いることができれば、芳香族臭素化合物や芳香族ヨウ素化合物に比べて廉価で入手も容易であるため、産業上有利である。
【0040】
また、芳香族ボロン酸化合物も、芳香族基にボロン酸が結合しているものであれば特に限定されないが、例えば、芳香族基としては、フェニル基、ナフチル基、アントラニル基、ピリジル基、ピリミジル基、インドリル基、ベンズイミダゾリル基、キノリル基、ベンゾフラニル基、インダニル基、インデニル基、ジベンゾフラニル基、メチレンジオキシフェニル基等が挙げられる。また、これらの芳香族基にはボロン酸基以外に1個又はそれ以上の置換基があってもよく、このような置換基の例としてはメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等のアルキル基;メトキシ基、エトキシ基、n-プロピロキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、n-ペンチロキシ基、n-ヘキシロキシ基等のアルコキシ基;ベンジル基;アセチル基等のアシル基;ニトロ基;アルデヒド基;アセトアミド等のアミド基;カルボキシル基;アミノ基;アルキルアミノ基;チオール基;アルキルチオール基;クロロ基;ブロモ基;ヨード基等が挙げられる。
【0041】
本発明触媒を使用する鈴木-宮浦カップリング反応の方法や条件は、特に限定されるものではないが、不活性ガス雰囲気下で触媒を強攪拌することで選択率が向上することが確認されているので、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。不活性ガスとしては、例えば、アルゴン、窒素等が挙げられる。このような強攪拌状態であっても本発明の触媒が強度の高い酸化チタンを担体として使用していることから、攪拌応力で担体が損傷して微粒子成分を発生することがなく、反応後のろ過においてろ紙の目詰まりによるろ過の長時間化や、微粒子化した担体が高価なパラジウムを担持した状態でろ紙を通り抜けて生成物に混入したり、パラジウム成分の損失を招くことがない。このような触媒としての強靭さは従来の樹脂製担体では実現できなかったことであり、効率化、低コスト化を重要視する産業的有利においては極めて有利な効果であるといえる。なお、ここで強撹拌とは、例えば、回転子により600rpm以上の回転数で攪拌する事が好ましく、800rpm以上で攪拌する事がより好ましい。
【0042】
上記カップリング反応後は、適宜、ろ過、洗浄、乾燥等を行ってもよい。なお、このカップリング反応後のろ液に高価なパラジウムや担体である酸化チタンが溶出することもなく、また、本発明触媒は酸化チタンに担持されているのでろ過で容易に回収することができる。
【実施例
【0043】
以下、本発明を実施例を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0044】
実 施 例 1
触媒の調製:
アナターゼ型TiO粉末(平均粒子径(D50):0.1~0.3μm:関東化学製)を使用した。100mLナスフラスコ中で、Pd(OAc)[316.2mg、1.41mmol(Pd:150mg)]をアセトニトリル(MeCN)(30mL)に溶解し、TiO(3.00g)を添加した後、アルゴン雰囲気下室温で回転子を使用し、100rpm程度で4日間撹拌した。なお、撹拌開始時の酸化チタンの色は灰色であったが、4日後には黄緑色であった。
【0045】
得られた薄い黄緑色固体を吸引ろ取[桐山ロート(直径:40mm、ろ紙の保留粒子径:1μm)]した後、酢酸エチル20mLで5回、蒸留水20mLで5回洗浄し、24時間減圧乾燥し、本発明の製法により3.16gの触媒を得た。
【0046】
続いて、酸化チタンに担持したPdの量を特定した。特定方法は以下のとおりである。前記のろ液と洗浄液について減圧濃縮した後、200mLメスフラスコでメスアップし、原子吸光分光光度計によりろ液中のPd濃度を測定した。このPdの濃度からろ液と洗浄液中のパラジウム量を計算した。仕込に使用したPd量からろ液と洗浄液中のPd量を引いた値をTiOに担持できたPd量とし、このPd量を、TiO使用量と担持できたPd量の和で割った値をPd担持濃度とした。
【0047】
この触媒の調製を2回行ったところ、Pd担持量4.4wt%のPd/TiOと、Pd担持量4.7wt%のPd/TiOを得られた。色はいずれも薄緑色であった。なお、後記する比較例1の触媒と、実施例1の触媒の色が異なることから、実施例1の触媒中のパラジウムは非還元のものを含むと考えられる。
【0048】
実施例1で調製した触媒のうちPd担持量4.7wt%のPd/TiOを使用し、以下の手法でPdの耐溶出性について検証した。まず、10mLフラスコに4.7wt%のPd/TiOを100mg、DMAを6.7mL(6.3g)加え、フラスコ内をアルゴンバルーンでアルゴン置換した後でバルーンを外して密封し、80℃、24時間、1000rpmで加熱攪拌した。反応終了後、酢酸エチル15mLと水15mLを用いて固形分を吸引ろ過[桐山ロート(直径:40mm、ろ紙の保留粒子径:1μm)]し、ろ液の酢酸エチル層、水層をそれぞれメタノールで50mLにメスアップし、原子吸光分光計でろ液中のパラジウム種を測定した。この測定における検出限界は1ppm以下であるが、酢酸エチル層、水層共にパラジウム種は溶出されなかった。この結果は後述する反応工程においても同じであり、本発明の触媒が極めて安定で産業用触媒として高い価値を有するものであることが分かる。
【0049】
比 較 例 1
触媒の調製:
実施例1で得られたPd担持量4.4wt%のPd/TiO500mgをアルゴンガスで置換した30mLナスフラスコ中で蒸留水5mLに懸濁し、ヒドラジン一水和物(30mg、0.6mmol)をゆっくりと滴下した後、室温下4時間100rpm程度で撹拌した。固形分を吸引ろ取[桐山ロート(直径:40mm、ろ紙の保留粒子径:1μm)]した後、メタノール20mLで5回、蒸留水20mLで5回洗浄し、24時間減圧乾燥して触媒を得た。触媒の色は灰色であった。なお、この触媒中のパラジウムは完全に還元されている。
【0050】
実 施 反 応 例 1
基質多様性:
試験管(20mL)を使用し、基質としての芳香族ハロゲン化合物250μmolを基準として、金属換算のPd量で5mol%の上記実施例1で得られた触媒、芳香族ハロゲン化合物に対して1.5倍モルの芳香族ボロン酸化合物、塩基を、溶媒として1mLのDMAに懸濁し、セプタムで試験管を密封した後、アルゴン雰囲気下80℃で強撹拌(1,000rpm)した。
【0051】
撹拌開始から24時間後、5mLの酢酸エチル(EtOAc)で希釈してフィルターろ過した。続いて、フィルター上の触媒を15mLのEtOAcで2回、10mLの蒸留水で3回洗浄した。この洗浄液をろ液と混合し、有機層と水層の二層に分離した後、水層を20mLのEtOAcで抽出した。抽出液と有機層を合わせて、20mLの蒸留水で4回、続いて20mLの飽和塩化ナトリウム水溶液で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、溶媒を減圧溜去した。
【0052】
1H NMRによりビフェニル化合物が生成されていることを確認し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで単離精製して収率を測定した。反応に使用した芳香族ボロン酸化合物の量、触媒中のPd品位と塩化アリールに対する濃度、塩基の種類と塩化アリール対する濃度と共に結果を表1に記す。表中収率に続けて記載した値はシリカゲルカラムクロマトグラフィーに使用した展開溶媒であるhexaneとEtOAcの体積基準の組成比を表す。
【0053】
【化1】
【0054】
【表1】
【0055】
表1の結果から、本発明の触媒は多様な基質に対して優れたカップリング性能を発揮することが分かる。また、Entry13においては温度が25℃、攪拌速度が600rpmという低活性が予想される条件においても91%という優れた収率を実現できている。
【0056】
参 考 反 応 例 1
触媒反応性:
比較例1で得られた触媒について、表1のEntry1における攪拌回転数を600rpmとした他は同様にカップリング反応を行った。表1のEntry1における攪拌回転数を600rpmにした結果と共に表2に記す。表2中のEntry1が実施例1で得られた触媒、Entry2が比較例1で得られた触媒の結果である。
【0057】
【表2】
【0058】
表2の結果から、比較例1の触媒(触媒中のパラジウムは完全に還元)は、本発明の触媒に比べて収率が低いものであることが分かった。
【0059】
実 施 例 2
溶媒多様性:
実施例1のPd担持量4.7wt%の触媒を使用し、表1のEntry1における溶剤(DMA)を変えた他は同様にして、本発明の反応に使用される溶剤について検証した。結果を表3に記す。
【0060】
表3中、収率は1H NMRを使用した内標収率の値である。内標収率は、反応後の残渣に重クロロホルム(CDCl,0.8mL)と内部標準物質[1,1,2,2-テトラクロロエタン(26.2μL,250μmol)]を加えて測定し結果から算出した。
【0061】
【化2】
【0062】
【表3】
【0063】
表3の結果から、本発明の触媒は、塩基としてCsCOに限った場合でも多様な溶媒に対してカップリング反応が可能であることが分かる。本発明の触媒は、塩基や反応条件を調整することで産業的な様々な用途への応用が期待される。
【0064】
実 施 例 3
チタンの構造多様性:
酸化チタンの結晶構造をルチル型、ブルッカイト型のものに変えた他は実施例1と同様の製法で触媒を調製した。ルチル型、ブルッカイト型共に平均粒径は実施例1で使用したアナターゼ型の酸化チタンと同様であり、Pd担持量は実施例1の触媒と同様に4.7wt%であった。また、触媒の色はいずれも薄緑色であった。
【0065】
このようにして得られた結晶構造が異なる酸化チタンを担体とする触媒を使用して、表1のEntry1と同様の条件でカップリング性能を確認した。結果を表4に記す。収率は表2の溶媒検討時と同様に1H NMRを使用した内標収率の値である。
【0066】
【表4】
【0067】
表4の結果から、本発明の触媒の担体には、ルチル、ブルッカイト、アナターゼいずれの結晶構造の酸化チタンも使用可能であることが分かる。
【0068】
実 施 例 4
塩基多様性:
実施例1のPd担持量4.7wt%の触媒を使用し、表1のEntry1の反応について、使用する塩基の種類を変えて反応を行った。塩基はNaCO、KCO、NaHCO、NaOtBu、KOtBu、NaPO・12HO、KPOを使用した。検証の結果、使用した塩基全てについて70%以上の収率が確認された。この結果は本発明の産業的利用を想定した場合、様々な基質に対して最適な塩基を選択可能であることを表し、本発明の応用性の高さも示している。
【0069】
実 施 例 5
撹拌速度の検討:
本発明の製法で得られる触媒は、高い回転速度で攪拌することで優れた収率を発揮する。また、鈴木-宮浦カップリング反応では溶媒として水と有機溶媒の混合溶媒を使うことがあり反応時には混合状態である必要がある。このような混合状態を形成する場合にも高い回転速度で攪拌する必要がある。前述の実施例触媒(Pd品位4.7wt%)を使用し、表1のEntry1における攪拌時の回転速度を変えて収率を測定した結果を図1に記す。収率は表3における評価と同様に1H NMRを使用した内標収率の値である。また、反応後のろ液について原子吸光分光法を用いてろ液中のPd成分の量を測定したところ、Pdは検出されなかった。
【0070】
図1から明らかなように、本発明の触媒は回転速度が速く、攪拌応力が大きくなると収率が向上する。高収率な反応は当然に市場が求めるものであり、本発明の触媒は、高強度な金属酸化物である酸化チタンを担体として使用していることから、このような高応力下での使用においても触媒が磨滅したり、摩耗による微粒子の発生が抑制された産業的利用を想定した時に取り扱いに優れたものと考えられる。
【0071】
また、本発明の触媒は反応時に加える応力によって収率が著しく向上することがわかった。このことから、本発明の触媒の使用にあたっては、収率の上昇が確認できなくなる回転数等の応力を確認し、その回転数等の応力以上で反応を実行することが効率的な手法であるといえる。
【0072】
実 施 例 6
触媒の分析:
本発明の触媒について、反応として使用前と使用後のPdとTiの化学結合状態分析を確認すべく、実施例1のPd担持量4.7%の触媒について、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)のナロースキャン分析を行った。Pdに関する解析結果を図2、Tiに関する解析結果を図3に記す。図2図3から分かる様に、本発明の触媒のPd、TiのXPSスペクトルのピーク位置は反応の前後でシフトしている。これにより、本発明の触媒ではPd、Ti共に電子状態が高エネルギー状態に変化していることが分かった。
【0073】
また、図2図3のPd、Tiの電子状態の変化には興味深い特徴がある。すなわち、反応後の触媒ではPdのピークが反応前に比べ全体的に低結合エネルギー側にシフトしているのに対し、Tiでも低結合エネルギー側にシフトしている点である。Pdが酸化チタンに担持している状態であれば、本来、PdとTiの間で生じる電子的な相互作用は結合エネルギーに関しては逆方向に変化すると考えられる。すなわちPdが低エネルギー側にシフトするのであれば、Tiは高エネルギー側にシフトするべきところ、本発明の触媒ではPd、Ti共に同じ方向にシフトしいている。また、図2のPdの3d軌道のBinding Energyの337eV近傍(337±0.5eV)に特徴的なピークが表れていた。この位置のピークは0価のパラジウムのピーク位置とは異なるものである。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の触媒は、芳香族ハロゲン化合物と芳香族ボロン酸化合物からビアリール化合物を製造するのに利用することができる。
図1
図2
図3