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特許7309671溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-07
(45)【発行日】2023-07-18
(54)【発明の名称】溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/12 20060101AFI20230710BHJP
   B23K 9/095 20060101ALI20230710BHJP
【FI】
B23K9/12 305
B23K9/095 501A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020137245
(22)【出願日】2020-08-17
(65)【公開番号】P2022033399
(43)【公開日】2022-03-02
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100104880
【弁理士】
【氏名又は名称】古部 次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100125346
【弁理士】
【氏名又は名称】尾形 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100166981
【弁理士】
【氏名又は名称】砂田 岳彦
(72)【発明者】
【氏名】橋本 裕志
(72)【発明者】
【氏名】中司 昇吾
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-49506(JP,A)
【文献】特開2019-171419(JP,A)
【文献】特開昭60-180675(JP,A)
【文献】国際公開第2010/146844(WO,A1)
【文献】特開2014-172066(JP,A)
【文献】特開2019-155418(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/12
B23K 9/095
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給し、当該ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接電源であって、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるように当該ワイヤの送給を制御する送給制御手段と、
前記母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる電流制御手段と
を備え、
前記送給制御手段は、前記ワイヤの先端が前記母材に最も近付いた位置である最近点から前記母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、前記ワイヤの先端が前記最遠点から前記最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、
前記電流制御手段は、前記ワイヤの先端が逆送給される期間内に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御することを特徴とする溶接電源。
【請求項2】
前記送給制御手段は、前記ワイヤの先端が逆送給される期間における当該ワイヤの最大の送給速度を、当該ワイヤの先端が正送給される期間における当該ワイヤの最大の送給速度よりも大きくするように制御することを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項3】
前記電流制御手段は、周期的に変動する前記ワイヤの先端位置が、前記最近点及び前記最遠点で規定される波高の1/2の位置よりも前記母材側に位置する場合に、前記低電流期間を開始するように制御することを特徴とする請求項1に記載の溶接電源。
【請求項4】
前記電流制御手段は、前記低電流期間が、前記ワイヤの先端が正送給される期間から逆送給される期間に切り替わる時点における当該ワイヤの先端位置から、逆送給に切り替わった当該ワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点における当該ワイヤの先端位置までの範囲内で開始されるように制御することを特徴とする請求項3に記載の溶接電源。
【請求項5】
前記電流制御手段は、前記低電流期間が、逆送給に切り替わった前記ワイヤの送給速度の指令値が最大になった時点における当該ワイヤの先端位置から、当該ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点における当該ワイヤの先端位置までの範囲内で終了されるように制御することを特徴とする請求項3に記載の溶接電源。
【請求項6】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接し、当該ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接システムであって、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるように当該ワイヤの送給を制御する送給制御手段と、
前記母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる電流制御手段と
を備え、
前記送給制御手段は、前記ワイヤの先端が前記母材に最も近付いた位置である最近点から前記母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、前記ワイヤの先端が前記最遠点から前記最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、
前記電流制御手段は、前記ワイヤの先端が逆送給される期間内に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御することを特徴とする溶接システム。
【請求項7】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給し、当該ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接電源の制御方法であって、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるように当該ワイヤの送給を制御するステップと、
前記母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させるステップと
を含み、
前記送給を制御するステップでは、前記ワイヤの先端が前記母材に最も近付いた位置である最近点から前記母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、前記ワイヤの先端が前記最遠点から前記最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、
前記溶接電流を変化させるステップでは、前記ワイヤの先端が逆送給される期間内に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御することを特徴とする溶接電源の制御方法。
【請求項8】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接し、当該ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接システムのコンピュータに、
前記ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるように当該ワイヤの送給を制御する機能と、
前記母材の表面との距離が周期的に変動する前記ワイヤの先端位置に応じて前記溶接電流を変化させる機能と
を実現させ、
前記送給を制御する機能は、前記ワイヤの先端が前記母材に最も近付いた位置である最近点から前記母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、前記ワイヤの先端が前記最遠点から前記最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、
前記溶接電流を変化させる機能は、前記ワイヤの先端が逆送給される期間内に、前記溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御することを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接電源、溶接システム、溶接電源の制御方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給する溶接電源において、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される場合に、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる制御手段を有し、制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間内に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御する溶接電源は、知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-49506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される際におけるワイヤの先端が逆送給される期間内に低電流期間を設けて、溶滴離脱によるスパッタの飛散を低減させる技術がある。このような技術において、正弦波形状で変化するワイヤの送給速度に従ってワイヤを送給する構成を採用したのでは、ワイヤの先端が逆送給される期間、つまり低電流期間に溶滴が離脱する可能性を高くすることには限界がある。すなわち、スパッタを飛散しにくくすることには限界がある。
【0005】
本発明の目的は、ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される際におけるワイヤの先端が逆送給される期間内に低電流期間を設ける技術において、正弦波形状で変化するワイヤの送給速度に従ってワイヤを送給する構成を採用した場合に比較して、スパッタを飛散しにくくすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的のもと、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給し、ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接電源であって、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるようにワイヤの送給を制御する送給制御手段と、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる電流制御手段とを備え、送給制御手段は、ワイヤの先端が母材に最も近付いた位置である最近点から母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、ワイヤの先端が最遠点から最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、電流制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間内に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御する溶接電源を提供する。
【0007】
送給制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間におけるワイヤの最大の送給速度を、ワイヤの先端が正送給される期間におけるワイヤの最大の送給速度よりも大きくするように制御する、ものであってよい。
【0008】
電流制御手段は、周期的に変動するワイヤの先端位置が、最近点及び最遠点で規定される波高の1/2の位置よりも母材側に位置する場合に、低電流期間を開始するように制御する、ものであってよい。その場合、電流制御手段は、低電流期間が、ワイヤの先端が正送給される期間から逆送給される期間に切り替わる時点におけるワイヤの先端位置から、逆送給に切り替わったワイヤの送給速度の指令値が最大になる時点におけるワイヤの先端位置までの範囲内で開始されるように制御する、ものであってよい。また、電流制御手段は、低電流期間が、逆送給に切り替わったワイヤの送給速度の指令値が最大になった時点におけるワイヤの先端位置から、ワイヤの先端が逆送給される期間から正送給される期間に切り替わる時点におけるワイヤの先端位置までの範囲内で終了されるように制御する、ものであってよい。
【0009】
また、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接し、ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接システムであって、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるようにワイヤの送給を制御する送給制御手段と、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる電流制御手段とを備え、送給制御手段は、ワイヤの先端が母材に最も近付いた位置である最近点から母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、ワイヤの先端が最遠点から最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、電流制御手段は、ワイヤの先端が逆送給される期間内に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御する溶接システムも提供する。
【0010】
さらに、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給し、ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接電源の制御方法であって、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるようにワイヤの送給を制御するステップと、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させるステップとを含み、送給を制御するステップでは、ワイヤの先端が母材に最も近付いた位置である最近点から母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、ワイヤの先端が最遠点から最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、溶接電流を変化させるステップでは、ワイヤの先端が逆送給される期間内に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御する溶接電源の制御方法も提供する。
【0011】
さらにまた、本発明は、消耗電極としてのワイヤに溶接電流を供給してアーク溶接し、ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる溶接システムのコンピュータに、ワイヤの先端が、正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給されるようにワイヤの送給を制御する機能と、母材の表面との距離が周期的に変動するワイヤの先端位置に応じて溶接電流を変化させる機能とを実現させ、送給を制御する機能は、ワイヤの先端が母材に最も近付いた位置である最近点から母材から最も遠ざかった位置である最遠点へ至るまで時間を、ワイヤの先端が最遠点から最近点へ至るまでの時間よりも短くするように制御し、溶接電流を変化させる機能は、ワイヤの先端が逆送給される期間内に、溶接電流を予め定めた電流値よりも低下させる低電流期間を設けるように制御するプログラムも提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ワイヤの先端が正送給される期間と逆送給される期間の周期的な切り替えを伴いながら母材に向けて送給される際におけるワイヤの先端が逆送給される期間内に低電流期間を設ける技術において、正弦波形状で変化するワイヤの送給速度に従ってワイヤを送給する構成を採用した場合に比較して、スパッタが飛散しにくくなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施の形態に係るアーク溶接システムの構成例を示す図である。
図2】溶接電源の制御系部分の構成例を説明する図である。
図3】ワイヤ送給速度の時間変化を説明する波形図である。
図4】溶接ワイヤの先端位置の時間変化を説明する波形図である。
図5】本実施の形態における溶接電流の制御例を説明するフローチャートである。
図6】溶接電流の電流値を指定する電流設定信号の制御例を示す図である。
図7】特許文献1によるワイヤ送給速度、溶接電流及び溶接電圧の波形、並びに溶滴離脱タイミングを示したグラフである。
図8】本実施の形態によるワイヤ送給速度、溶接電流及び溶接電圧の波形、並びに溶滴離脱タイミングを示したグラフである。
図9】特許文献1による溶滴離脱タイミングの計測結果を示したグラフである。
図10】本実施の形態による溶滴離脱タイミングの計測結果を示したグラフである。
図11】特許文献1における電流抑制期間開始から離脱までの時間を計測した結果を示したグラフである。
図12】本実施の形態における電流抑制期間開始から離脱までの時間を計測した結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
<本実施の形態が解決しようとする課題>
本実施の形態が解決しようとする課題は2つある。
【0016】
1つ目の課題は、スパッタが飛散しやすいという点である。
特許文献1の技術は、短絡を伴わない炭酸ガス溶接(オープンアーク溶接)において、ワイヤ送給速度及び溶接電流を適切に制御し、低電流期間にて溶滴(溶融金属)を離脱させて溶接母材に移行させるものである。
ここで重要なのは、溶滴が離脱しやすい状態で溶接ワイヤを引き戻すことで、積極的に溶滴を離脱させることである。溶滴の離脱のしやすさは、溶滴のサイズ(重量)、表面張力、アーク反力等の影響を受ける。例えば、溶滴サイズが大きいほど離脱しやすくなり、溶滴サイズが小さいほど離脱しにくくなる。
ロボットを使った自動溶接機では、安定した溶接結果を得るためにアーク長を一定に保つ「アーク長の自己保持機能」を利用している。「アーク長の自己保持機能」とは、溶接電源に「定電圧特性」を持たせ、アーク長が長くなると溶接電流を少し下げて(溶接ワイヤの溶融を遅らせて)アーク長を短くする方向に動作させ、アーク長が短くなると逆に溶接電流を上げて(溶接ワイヤの溶融を早めて)アーク長を長くする方向に動作させる機能のことである。特許文献1では、溶接中に何らかの外的要因でアーク長が長くなり溶接電流が下がった場合、溶滴成長期間での溶滴成長が遅れて溶滴サイズが小さくなり、溶滴が離脱させたい電流抑制期間に離脱しないことがある。溶滴が電流非抑制期間に離脱すると、スパッタが飛散しやすいという問題がある。
【0017】
2つ目の課題は、コンタクトチップが摩耗しやすいという点である。
アーク溶接では、溶接トーチ先端に取り付けた「コンタクトチップ」と呼ばれる銅合金製の給電部品にて、溶接電流を溶接ワイヤに供給する。コンタクトチップと溶接ワイヤとの接触部では大電流の通過によるジュール熱が発生し、コンタクトチップが軟化しやすい。軟化したコンタクトチップは、溶接ワイヤがその表面に接触しながら動くと、溶接ワイヤによって徐々に削り取られて摩耗していく。コンタクトチップのワイヤ給電部が摩耗すると溶接ワイヤへの給電が不安定となり、所定の溶接電流が流せなくなって溶着量が変化するとともに、コンタクトチップと溶接ワイヤとが溶着するなどの問題が生じる。コンタクトチップは、溶接電流が大きいほど摩耗しやすく、またワイヤ送給速度が大きいほど摩耗しやすい。
特許文献1では、溶接電流のピーク期間とワイヤ送給速度のピーク期間とが重なっており、大電流で軟化したコンタクトチップに高速に溶接ワイヤを通すことになるため、コンタクトチップが摩耗しやすいという問題がある。
【0018】
そこで、本実施の形態では、ワイヤを溶融池に短絡させることなくオープンアーク状態で溶滴を離脱させる際に、スパッタを飛散しにくくし、かつ、コンタクトチップを摩耗しにくくする。以下、このような実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
<システムの全体構成>
図1は、本実施の形態に係るアーク溶接システム10の構成例を示す図である。
アーク溶接システム10は、溶接ロボット120と、ロボットコントローラ160と、溶接電源150と、送給装置130と、シールドガス供給装置140とを備えている。
溶接電源150は、プラスのパワーケーブルを介して溶接電極に接続され、マイナスのパワーケーブルを介して被溶接物(以下「母材」又は「ワーク」ともいう)200と接続されている。この接続は、逆極性で溶接を行う場合であり、正極性で溶接を行う場合、溶接電源150は、プラスのパワーケーブルを介して母材200に接続され、マイナスのパワーケーブルを介して溶接電極に接続される。
また、溶接電源150と消耗式電極(以下「溶接ワイヤ」ともいう)100の送給装置130とも信号線によって接続され、溶接ワイヤの送り速度を制御することができる。
【0020】
溶接ロボット120は、エンドエフェクタとして、溶接トーチ110を備えている。溶接トーチ110は、溶接ワイヤ100に通電させる通電機構(コンタクトチップ)を有している。溶接ワイヤ100は、コンタクトチップからの通電により、先端からアークを発生し、その熱で溶接の対象である母材200を溶接する。
さらに、溶接トーチ110は、シールドガスノズル(シールドガスを噴出する機構)を備える。シールドガスは、炭酸ガス、アルゴン+炭酸ガス(CO2)等の混合ガスのどちらでもよい。なお、炭酸ガスがより好ましく、混合ガスの場合はArに10~30%の炭酸ガスを混合した系が好ましい。シールドガスは、シールドガス供給装置140から供給される。
本実施の形態で使用する溶接ワイヤ100は、フラックスを含まないソリッドワイヤとフラックスを含むフラックス入りワイヤのどちらでもよい。溶接ワイヤ100の材質も問わない。例えば材質は、軟鋼でも良いし、ステンレス、アルミニウム、チタンでも良い。さらに、溶接ワイヤ100の径も特に問わない。本実施の形態の場合、好ましくは、径の上限を1.6mm、下限を0.8mmとする。
【0021】
ロボットコントローラ160は、溶接ロボット120の動作を制御する。ロボットコントローラ160は、予め溶接ロボット120の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件、ウィービング動作等を定めたティーチングデータを保持し、溶接ロボット120に対してこれらを指示して溶接ロボット120の動作を制御する。また、ロボットコントローラ160は、ティーチングデータに従い、溶接作業中の電源を制御する指令を溶接電源150に与える。
ここでのアーク溶接システム10は、溶接システムの一例である。また、溶接電源150は、溶接電流を変化させる制御手段の一例でもある。
【0022】
<溶接電源の構成>
図2は、溶接電源150の制御系部分の構成例を説明する図である。
溶接電源150の制御系部分は、例えばコンピュータによるプログラムの実行を通じて実行される。
溶接電源150の制御系部分には、電流設定部36が含まれる。本実施の形態における電流設定部36は、溶接ワイヤ100に流れる溶接電流を規定する各種の電流値を設定する機能と、溶接電流の電流値が抑制される期間が開始される時間と終了する時間を設定する機能(電流抑制期間設定部36A)と、溶接ワイヤ100の先端位置の情報を求めるワイヤ先端位置変換部36Bとを有する。
本実施の形態の場合、パルス電流であって、電流設定部36は、ピーク電流Ip、ベース電流Ib、溶滴離脱用の定常電流Iaを設定する。本実施の形態の場合、溶接電流は、基本的に、ピーク電流Ipとベース電流Ibの2値で制御される。このため、電流値が抑制される期間が開始される時間t1は、ベース電流Ibが開始する時間(ベース電流開始時間)を表し、電流値が抑制される期間が終了する時間t2はベース電流Ibが終了する時間(ベース電流終了時間)を表す。
【0023】
溶接電源150の電源主回路は、交流電源(ここでは三相交流電源)1と、1次側整流器2と、平滑コンデンサ3と、スイッチング素子4と、トランス5と、2次側整流器6と、リアクトル7とで構成される。
交流電源1から入力された交流電力は、1次側整流器2により全波整流され、さらに平滑コンデンサ3により平滑されて直流電力に変換される。次に、直流電力は、スイッチング素子4によるインバータ制御により高周波の交流電力に変換された後、トランス5を介して2次側電力に変換される。トランス5の交流出力は、2次側整流器6によって全波整流され、さらにリアクトル7により平滑される。リアクトル7の出力電流は、電源主回路からの出力として溶接チップ8に与えられ、消耗電極としての溶接ワイヤ100に通電される。
【0024】
溶接ワイヤ100は、送給モータ24によって送給され、母材200との間にアーク9を発生させる。本実施の形態の場合、送給モータ24は、溶接ワイヤ100の先端を平均速度よりも速い速度で母材200に送り出す正送給期間と、溶接ワイヤ100の先端を平均速度よりも遅い速度で母材200に送り出す逆送給期間とが周期的に切り替わるように、溶接ワイヤ100を送給する。逆送給期間における溶接ワイヤ100の先端は、母材200から遠ざかる方向に移動する。
送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給は、送給駆動部23からの制御信号Fcによって制御される。送給速度の平均値は、ほぼ溶融速度と同じである。本実施の形態の場合、送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給も溶接電源150により制御される。
【0025】
電流設定部36には、溶接チップ8と母材200との間に加える電圧の目標値(電圧設定信号Vr)が電圧設定部34から与えられる。
ここでの電圧設定信号Vrは、電圧比較部35にも与えられ、電圧検出部32によって検出された電圧検出信号Voと比較される。電圧検出信号Voは、実測値である。
電圧比較部35は、電圧設定信号Vrと電圧検出信号Voとの差分を増幅し、電圧誤差増幅信号Vaとして電流設定部36に出力する。
電流設定部36は、アーク9の長さ(すなわちアーク長)が一定になるように溶接電流を制御する。換言すると、電流設定部36は、溶接電流の制御を通じて定電圧制御を実行する。
【0026】
電流設定部36は、電圧設定信号Vrと電圧誤差増幅信号Vaとに基づいて、ピーク電流Ipの値、ベース電流Ibの値、ピーク電流Ipを与える期間、又は、ピーク電流Ipの値、ベース電流Ibの値の大きさを再設定し、再設定された期間又は値の大きさに応じた電流設定信号Irを電流誤差増幅部37に出力する。
本実施の形態の場合、ピーク電流Ipを与える期間は、ベース電流Ibを与えられる期間以外の期間である。換言すると、ピーク電流Ipを与える期間は、電流が抑制されていない期間(電流非抑制期間)である。このピーク電流Ipを与える期間は、第1の期間の一例である。
一方、ベース電流Ibを与える期間を電流抑制期間ともいう。電流抑制期間は低電流期間の一例であるとともに、第2の期間の一例でもある。
電流誤差増幅部37は、目標値として与えられた電流設定信号Irと電流検出部31で検出された電流検出信号Ioとの差分を増幅し、電流誤差増幅信号Edとしてインバータ駆動部30に出力する。
インバータ駆動部30は、電流誤差増幅信号Edによってスイッチング素子4の駆動信号Ecを補正する。
【0027】
電流設定部36には、送給される溶接ワイヤ100の平均送給速度Faveも与えられる。平均送給速度Faveは、平均送給速度設定部20が不図示の記憶部に記憶されているティーチングデータに基づいて出力する。
電流設定部36は、与えられた平均送給速度Faveに基づいて、ピーク電流Ip、ベース電流Ib、定常電流Ia、ベース電流Ibが開始する時間t1、ベース電流Ibが終了する時間t2の値を決定する。
本実施の形態では、図2の通り、平均送給速度Faveを電流設定部36に入力しているが、電流設定部36に入力される信号は平均送給速度Faveに関連する値を設定値として、平均送給速度Faveに置き換えて用いても良い。例えば、不図示の記憶部に平均送給速度と、その平均送給速度に対して最適な溶接が可能となる平均電流値のデータベースが記憶されている場合、平均電流値を設定値として、平均送給速度Faveに置き換えて用いても良い。
平均送給速度Faveは、振幅送給速度設定部21と送給速度指令設定部22にも与えられる。
ここでの振幅送給速度設定部21は、入力された平均送給速度Faveに基づいて、基本的送給条件としての振幅Wf及び周期Tfの値を決定する。振幅Wfは平均送給速度Faveに対する変化幅であり、周期Tfは繰り返し単位である振幅変化の時間である。
【0028】
特許文献1におけるワイヤ送給は、平均送給速度Faveよりも送給速度が速い期間(正送給期間)と平均送給速度Faveよりも送給速度が遅い期間(逆送給期間)とが交互に現れ、かつ正送給期間の時間幅と逆送給期間の時間幅とが同じ送給方式であった。
これに対して本実施の形態では、正逆速度比率設定部38が、周期Tfに対する逆送給期間の割合であるPFR(%)を設定し、振幅送給速度設定部21に与える。
ここで、振幅送給速度設定部21では、振幅Wfと周期Tfと正逆送給比率PFRとに基づいて、正送給期間の振幅送給速度Ffと逆送給期間の振幅送給速度Ffとが計算される。
逆送給期間の振幅送給速度Ffは次式で与えられる。ここでtは時刻を表す。
【0029】
【数1】
【0030】
また、正送給期間の振幅送給速度Ffは次式で与えられる。
【0031】
【数2】
【0032】
振幅送給速度設定部21は、上記の様に正送給期間と逆送給期間とで異なる振幅送給速度Ffを生成して出力する。
【0033】
送給速度指令設定部22は、振幅送給速度Ffと平均送給速度Faveとに基づいて、送給速度指令信号Fwを出力する。
本実施の形態の場合、送給速度指令信号Fwは、次式で表される。
Fw=Ff+Fave …式3
【0034】
送給速度指令信号Fwは、位相ずれ検出部26と、送給誤差増幅部28と、電流設定部36とに出力される。
送給誤差増幅部28は、目標速度である送給速度指令信号Fwと送給モータ24による溶接ワイヤ100の送給速度を実測した送給速度検出信号Foとの差分を増幅し、誤差分を補正した速度誤差増幅信号Fdを送給駆動部23に出力する。
送給駆動部23は、速度誤差増幅信号Fdに基づいて制御信号Fcを生成し、送給モータ24に与える。
ここでの送給速度変換部25は、送給モータ24の回転量などを溶接ワイヤ100の送給速度検出信号Foに変換する。
本実施の形態における位相ずれ検出部26は、送給速度指令信号Fwと測定値である送給速度検出信号Foとを比較し、位相ずれ時間Tθdを出力する。なお、位相ずれ検出部26は、振幅送給を規定するパラメータ(周期Tf、振幅Wf、平均送給速度Fave)を可変した場合における送給モータ24の送給動作を測定して位相ずれ時間Tθdを求めても良い。
【0035】
位相ずれ時間Tθdは、電流設定部36のワイヤ先端位置変換部36Bに与えられる。ワイヤ先端位置変換部36Bは、送給速度指令信号Fwと位相ずれ時間Tθdとに基づいて、母材200を基準面とした溶接ワイヤ100の先端位置を算出し、算出された先端位置の情報を電流抑制期間設定部36Aに与える。
ここで、電流抑制期間設定部36Aは、溶接ワイヤ100の先端位置の情報に基づいて、又は、溶接ワイヤ100の先端位置の情報と送給速度指令信号Fwとに基づいて溶接電流を抑制する期間(すなわち、電流設定信号Irをベース電流Ibに制御する期間)を設定する。
ここでの電流設定部36は、溶接ワイヤ100の送給を制御する送給制御手段、及び、溶接ワイヤ100の先端位置に応じて溶接電流を変化させる電流制御手段の一例である。
【0036】
<溶接電流の制御例>
以下では、溶接電源150による溶接電流の制御例について説明する。
溶接電流の制御は、溶接電源150を構成する電流設定部36によって実現される。前述したように、本実施の形態における電流設定部36は、プログラムの実行を通じて制御を実現する。
本実施の形態における電流設定部36は、溶接ワイヤ100の送給速度指令信号Fwと溶接ワイヤ100の先端位置の情報とに基づいて溶接電流の電流値の切り替えを制御する。このため、溶接電流の制御の説明に先立って、送給速度指令信号Fwの時間変化と溶接ワイヤ100の先端位置の時間変化について説明する。
【0037】
図3は、送給速度指令信号Fwの時間変化を説明する波形図である。横軸は時間(位相)であり、縦軸は速度である。縦軸の単位はメートル毎分または回転数である。ただし、数値は一例である。例えば溶接ワイヤ100(図1参照)の直径を1.2mmとする場合、平均送給速度Faveは12~25メートル毎分である。もっとも、後述するグロビュール移行または、スプレー移行を維持するためには、溶接ワイヤ100の突出し長さにもよるが、送給速度を8メートル毎分以上にすることが望ましい。例えば溶接ワイヤ100の突出し長さを25mmとする場合、溶接電流は225A程度となる。短絡移行とグロビュール移行の臨界領域は、およそ250Aである。
【0038】
図3では、平均送給速度Faveよりも速い速度を正値で表し、平均送給速度Faveよりも遅い速度を負値で表している。送給速度が平均送給速度Faveよりも速い期間を正送給期間といい、反対に送給速度が平均送給速度Faveよりも遅い期間を逆送給期間という。なお、溶接ワイヤ100(図1参照)は母材200(図1参照)に近づくように送出される。
特許文献1では、正送給期間の時間幅と逆送給期間の時間幅とは等しく、また正送給期間の速度振幅と逆送給期間の速度振幅とは等しいため、速度波形は周期Tf、振幅Wfの正弦波であった。
本実施の形態の場合、送給速度指令信号Fwは、正送給期間の時間幅と逆送給期間の時間幅とが異なり、かつ正送給期間の速度振幅Wf_fと逆送給期間の速度振幅Wf_rとが異なる。
すなわち、送給1周期における逆送給時間の割合をPFR(%)と定義すると、正送給期間の周期及び速度振幅と、逆送給期間の周期及び速度振幅とは、次のように定義できる。
正送給期間:周期が((100-PFR)×Tf_f)/50であり、速度振幅Wf_fがPFR×Wf/50である正弦波の半波。
逆送給期間:周期がPFR×Tf/50であり、速度振幅Wf_rが((100-PFR)×Wf/50である正弦波の半波。
ここでWfは、PFRが50のとき、すなわち特許文献1のように速度波形が正弦波のときの速度振幅である。
また、本実施の形態では、PFR<50であるとする。これにより、速度振幅Wf_fは速度振幅Wfよりも小さくなり、速度振幅Wf_rは速度振幅Wfよりも大きくなる。
平均送給速度Faveは、ワイヤ溶融速度Fmとみなすことができる。
【0039】
図4は、溶接ワイヤ100(図1参照)の先端位置(ワイヤ先端位置)の時間変化を説明する波形図である。横軸は時間(位相)であり、縦軸は母材200の表面(母材表面)から法線方向上方への距離(高さ)を表している。
ただし、図4では、溶接ワイヤ100が平均送給速度Faveで送給される場合における距離(高さ)を基準距離とし、基準距離よりも大きい距離を正値、基準距離よりも小さい距離を負値で表している。
図4に示すように、溶接ワイヤ100の先端位置が時間の経過とともに母材表面に近づく期間が正送給期間であり、溶接ワイヤ100の先端位置が時間の経過とともに母材表面から遠ざかる期間が逆送給期間である。
図4は、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も近づいた位置(最下点)に対応する時点をT0、T4で表し、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面から最も遠ざかった位置(最上点)に対応する時点をT2で表している。ここでの最下点は、最近点の一例であり、最上点は、最遠点の一例である。
【0040】
また、基準距離に対応する時点をT1、T3とする。T1は、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も近づいた位置(最下点)から最も遠ざかる位置(最上点)に向かう中間の時点である。T3は、溶接ワイヤ100の先端位置が母材表面に最も遠ざかった位置から最も近づく位置に向かう中間の時点である。図4に示すように、溶接ワイヤ100の先端位置と基準点T1、T3における位置との差分が振幅である。
【0041】
図5は、本実施の形態における溶接電流の制御例を説明するフローチャートである。図5に示す制御は、電流設定部36(図2参照)において実行される。図中の記号Sはステップである。
図5に示す制御は、溶接ワイヤ100の先端位置の変化(1周期)に対応する。このため、図5においては、時間Tが時点T0の状態をステップ1とする。
本実施の形態における電流設定部36は、電流設定信号Irの制御のために、溶接ワイヤ100の先端位置を算出する。
平均送給速度Faveは、ワイヤ溶融速度Fmと同等である。従って、送給速度指令信号Fwとワイヤ溶融速度Fm(≒Fave)の差分を積分すれば、溶接ワイヤ100の先端位置を求めることができる。
そこで、電流設定部36は、次式に基づいて、溶接ワイヤ100の先端位置を設定する。
ワイヤ先端位置=∫(Fw-Fave)・dt …式4
式4で計算される先端位置の変化は、図4に対応する。
【0042】
ただし、溶接ワイヤ100の送給に送給モータ24(図2参照)を用いる場合、指令と実際の送給速度(すなわち送給速度検出信号Fo)との間に位相ずれが生じる場合がある。そこで、電流設定部36は、位相ずれ検出部26から与えられる位相ずれ時間Tθdにより、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算される溶接ワイヤ100の先端位置に応じて計算されるベース電流開始時間t1を補正する。具体的には、次式に示すように、ベース電流開始時間t1の値を再設定する。
t1=t1+Tθd …式5
同じく、電流設定部36は、位相ずれ時間Tθdにより、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算されるベース電流終了時間t2を補正する。
t2=t2+Tθd …式6
ここでは、送給速度の観点からベース電流開始時間t1とベース電流終了時間t2を制御する場合について説明しているが、位置制御の観点でも同様である。
【0043】
図6は、溶接電流の電流値を指定する電流設定信号Irの制御例を示す図である。横軸は時間であり、縦軸は電流検出信号Ioである。図中の時点T0、T1、T2、T3、T4は、それぞれ図4の時点T0、T1、T2、T3、T4に対応する。ここでの時点T0、T1、T2、T3、T4は、平均送給速度Fave及び送給速度指令信号Fwから計算された溶接ワイヤ100の先端位置から決定される。
図6に示すようにベース電流開始時間t1は、溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0(すなわち、正送給期間から逆送給期間に切り替わる時点)から遅れた位相を表現する。なお、図6には、ベース電流開始時間t1の最大値をt1’で表している。
図5の説明に戻る。
溶接ワイヤ100の先端位置が最下点(すなわち時点T0)になると、電流設定部36は、時点T0から計測を開始した時間Tがベース電流開始時間t1以上であるか否かを判定する(ステップ2)。
ステップ2の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipを出力する(ステップ3)。
この期間は、図6における電流非抑制期間に対応する。
【0044】
ところで、ベース電流Ibに切り替わる直前のピーク電流Ipの供給期間は、ピーク電流Ipによる溶接ワイヤ100の溶融が進み、その先端に形成される溶滴が大きく成長している期間である。また、溶接ワイヤ100の先端位置は、母材表面に近づいていく期間でもある。この期間は、短絡が発生しやすく、短絡に伴うスパッタが発生しやすい期間でもある。
そこで、本実施の形態では、時間t1が経過するまではピーク電流Ipを与え、短絡の発生を防止又は抑制する。換言すると、短絡が生じないように、溶接電流の供給を制御する。
本実施の形態の場合、ピーク電流Ipの好ましい範囲は、300A~650Aである。また、ベース電流Ibの好ましい範囲は、10A~250Aである。
【0045】
なお、短絡の発生の可能性がある間は、逆送給期間が開始した後も、ピーク電流Ipの供給が望まれる。この期間は、おおよそ時点T0~T1の間である。このため、ピーク電流Ipが供給される期間(電流非抑制期間)の終了は、時点T0~T1の間で実行されることが望ましい。すなわち、時点T0とその近傍は、アークの力で押しのけられた溶融池の中に、囲われるようにワイヤ先端の溶滴が位置する、いわゆる「埋もれアーク」の状態になり、短絡しやすい状況になるため、ピーク電流Ipが供給される期間の終了を時点T0~T1の間で実行することによって、アークによる溶融池表面の押し下げ作用や溶滴の持ち上げ作用を維持することができ、「埋もれアーク」時における短絡の発生を防止できる。
従って、望ましくは、溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0よりも少し経過した時点(例えば時点T0を起点として時点T1までの9分の1から3分の2の時点)で、ベース電流Ibへの切り替えが実行されるように時間t1を設定することが望ましい。
【0046】
図5の説明に戻る。
ステップ2の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてベース電流Ibの出力を開始する(ステップ4)。前述したように、ベース電流Ibへの切り替えが開始した時点では、溶接ワイヤ100の送給は、既に逆送給期間に切り替わっており、溶接ワイヤ100の先端は、母材表面から遠ざかる方向への移動を始めている。
ピーク電流Ipが大きい場合、溶接ワイヤ100の先端から離脱する溶滴は、適用したシールドガスや電流域によって変化する移行形態によって異なるが、例えば、グロビュール移行となる場合には溶接ワイヤ100の直径よりも大きい大粒の形状となり、スプレー移行となる場合には小粒の形状となる。
なお、シールドガスに炭酸ガスを用いた場合には、アークが緊縮して溶滴の底部(溶融池表面と対向する部分)にアーク反力が集中することから、溶滴を持ち上げる力が大きくなり、グロビュール移行となる。また、シールドガスがアルゴンガスまたはアルゴンの混合率が高いガスを用いた場合には、スプレー移行になる。
【0047】
溶接ワイヤ100の先端が最下点に位置する時点T0近傍における溶滴は、溶融池近傍に位置しているのでアーク長が短くなる。また、時点T0以降は、逆送給期間に切り替わる。すなわち、溶接ワイヤ100の先端は、引き上げられるように移動する。成長した溶滴全体には、正送給方向(母材200(図1参照)に近づく方向)への慣性力が作用しているのに対し、溶接ワイヤ100には逆方向(母材200から遠ざかる方向)に移動するため、溶滴はより懸垂形状へと変化し、更に離脱が促進される。
しかも、離脱が予測される期間で溶接電流の電流値をベース電流Ibに切り替えておくことで、ピーク電流Ipが供給される期間よりも、アーク反力を低下させることができる。この結果、溶滴を持ち上げる力が更に弱くなり、溶滴は、一段と懸垂形状になり易い状況になる。
なお、T0~T1の期間は、前述の通り、ワイヤ先端の溶滴が溶融池に埋もれた「埋もれアーク」の状態になるため、溶滴に対し、ピンチ力等を起因としたせん断力が大きく働き、離脱がより促進される。
このように、溶接電流を抑制している期間(電流抑制期間)中に、溶滴を溶接ワイヤ100の先端から離脱させることで、スパッタの低減が期待できる。
【0048】
図5の説明に戻る。
電流設定信号Irをベース電流Ibに切り替えた電流設定部36(図2参照)は、時間Tがベース電流終了時間t2以上であるか否かを判定する(ステップ5)。図5では、ベース電流終了時間t2の最大値をt2’で示している。
ステップ5の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてベース電流Ibを出力する(ステップ4)。
ベース電流Ibの供給が開始された後、溶接ワイヤ100の先端は、溶滴の離脱を伴いながら最上点(先端が母材200から最も遠ざかった位置)まで引き上げられるように移動される。
溶滴の離脱後は、溶接ワイヤ100を溶融させて溶滴を形成するために、ベース電流Ibの供給期間(電流抑制期間)を終了し、ピーク電流Ipを供給する期間(電流非抑制期間)に切り替える必要がある。
【0049】
従って、ベース電流Ibの供給は、時点T1~T2の間に終了することが望ましい。
一方で、ベース電流Ibからピーク電流Ipへの切り替えが早すぎると、溶滴の成長が過多になり、溶接ワイヤ100が最下点に位置した時点で短絡が発生し易くなる、肥大化した溶滴が持ち上がりすぎる、肥大化した溶滴が離脱しにくくなる等の問題が発生する。
このため、更に望ましくは、ベース電流Ibの供給期間の終了(ベース電流終了時間t2)は、例えば時点T1を起点として時点T2までの3分の1から時点T2の間とする。
ステップ5の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipの出力を開始する(ステップ6)。
続いて、電流設定部36は、時点T0から計測を開始した時間Tが時点T4になったか否かを判定する(ステップ7)。
ステップ7の判定結果が否定(False)の間、電流設定部36は、電流設定信号Irとしてピーク電流Ipを出力する(ステップ6)。
一方、ステップ7の判定結果が肯定(True)になると、電流設定部36は、ステップ1に戻る。
以上の制御により、電流設定信号Irは、ピーク電流Ipとベース電流Ibを周期的に繰り返すパルス波形となる。
【0050】
<本実施の形態の効果>
以下、本実施の形態による効果について、特許文献1と比較しながら説明する。
以下の効果は、ラボ実験結果に基づいている。
溶接条件は、正逆送給周波数を100Hzとし、正逆振幅を4.8mmとし、溶接ワイヤ100としてΦ1.2mmのソリッドワイヤ(神戸製鋼所製MG-50R)を用い、溶接ワイヤ100の送給速度(ワイヤ送給速度)を平均16m/minとし、溶接手法としてはビードオンプレートを用いた。
【0051】
図7は、特許文献1によるワイヤ送給速度、溶接電流及び溶接電圧の波形、並びに溶滴離脱タイミングを示したグラフである。ワイヤ送給速度は、細い実線で示すように、平均ワイヤ送給速度(細い破線)を中心とした正弦波として与えられる。ここでワイヤ送給速度は指令値であり、平均ワイヤ送給速度は検出値である。また、太い実線は溶接電流を示し、太い破線は溶接電圧を示す。ここで溶接電流は指令値であり、溶接電圧は検出値である。さらに、溶滴離脱タイミングは↓で示している。
図8は、本実施の形態によるワイヤ送給速度、溶接電流及び溶接電圧の波形、並びに溶滴離脱タイミングを示したグラフである。ワイヤ送給速度は、細い実線で示すように、平均ワイヤ送給速度(細い破線)を中心とし、上側(正送給側)で速度振幅が小さくなっており、下側(逆送給側)で速度振幅が大きくなっている。また正送給している時間幅の方が逆送給している時間幅よりも長い。ここでも同様にワイヤ送給速度は指令値であり、平均ワイヤ送給速度は検出値である。また、太い実線は溶接電流を示し、太い破線は溶接電圧を示す。ここでも同様に溶接電流は指令値であり、溶接電圧は検出値である。さらに、溶滴離脱タイミングは↓で示している。
【0052】
この図7及び図8において、ワイヤ送給速度が正送給から逆送給に切り替わる(つまりワイヤ送給速度が平均ワイヤ送給速度と交わるタイミングである)時点T0から、溶滴離脱タイミングまでの時間を計測した。計測対象期間は10秒間の溶接のうち、溶接開始3秒後からの5秒間である。
図9は、特許文献1による溶滴離脱タイミングの計測結果を示したグラフである。すなわち、PFR=50の場合のグラフである。このグラフにおいて、離脱タイミングの分布は3.2msecから4.8msecまでほぼ一様に広がっている。
図10は、本実施の形態による溶滴離脱タイミングの計測結果を示したグラフである。ここではPFR=45の場合のグラフを示している。このグラフにおいて、離脱タイミングの分布は概ね3.0msecから4.0msecまでに偏り、4.0msec以降に離脱するものは特許文献1に比べて減少している。
【0053】
次に図11及び図12は、電流抑制期間開始から離脱までの時間を計測した結果を示したグラフである。図11は特許文献1におけるグラフであり、図12は本実施の形態におけるグラフである。
図11から、特許文献1では、電流抑制期間よりも離脱が遅れて、電流非抑制期間に離脱しているものが多いことが分かる。
一方、図12から、本実施の形態では、溶滴の多くが電流抑制期間に離脱しており、電流非抑制期間に離脱する割合が減少していることが分かる。
【0054】
このように、本実施の形態では、特許文献1の技術よりも引き戻し時のワイヤ送給速度が大きくなるので、特許文献1の技術よりも電流抑制期間で溶滴離脱する確率が高くなることが実証できた。スパッタ低減効果については、高速カメラによる観察で電流非抑制期間に溶滴が離脱するとスパッタが飛散する様子が確認できているので、本実施の形態によってスパッタは低減するものと推察される。
【0055】
また、本実施の形態では、特許文献1の技術よりも送り出し時のワイヤ送給速度の最大速度が小さくなる。一般的にワイヤ送給速度が大きくなるとコンタクトチップの摩耗が増えることは知られているため、コンタクトチップの摩耗が低減するという効果も期待できる。
【0056】
さらに、本実施の形態では、図12によると、溶滴の離脱タイミングが特許文献1の技術よりも早くなっており、かつ、分布も集中している。このことから、電流抑制期間は不必要に長く確保する必要はなく、離脱タイミングの分布をみて設定すれば良いことが分かる。従って、電流抑制期間は特許文献1の技術よりも短く設定できる。
ここでワイヤ送給の周期Tfは一定であるため、電流非抑制期間を長くすることが可能となる。電流非抑制期間は溶滴成長させる期間であるが、これを長くとることができるということは、電流非抑制期間の電流値を下げても、狙った溶滴成長が可能ということになる。溶接電流が大きいほどコンタクトチップの摩耗が進むことは一般的に知られているため、電流非抑制期間の電流を下げられることは、コンタクトチップの摩耗低減につながると期待できる。
【0057】
<他の実施の形態>
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明の技術的範囲は上述の実施の形態に記載の範囲に限定されない。上述の実施の形態に、種々の変更又は改良を加えたものも、本発明の技術的範囲に含まれることは、特許請求の範囲の記載から明らかである。
例えば前述の実施の形態の説明では、振幅送給速度設定部21(図2参照)、送給速度指令設定部22(図2参照)、電流設定部36(図2参照)、正逆速度比率設定部38(図2参照)等を溶接電源150(図2参照)に内蔵する場合について説明したが、これらをロボットコントローラ160に内蔵してもよい。その場合、ロボットコントローラ160では、例えば、図示しないCPU(Central Processing Unit)が、図示しないROM(Read Only Memory)に記憶されたプログラムを、図示しないRAM(Random Access Memory)に読み込んで実行することにより、これらの機能部が実現される。
【符号の説明】
【0058】
10…アーク溶接システム、23…送給駆動部、36…電流設定部、36A…電流抑制期間設定部、36B…ワイヤ先端位置変換部、100…消耗式電極(溶接ワイヤ)、110…溶接トーチ、120…溶接ロボット、130…送給装置、140…シールドガス供給装置、150…溶接電源、160…ロボットコントローラ、200…母材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12