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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20230711BHJP
   B60T 8/1761 20060101ALI20230711BHJP
   B60T 8/1766 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
B60T8/1755
B60T8/1761
B60T8/1766
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019031468
(22)【出願日】2019-02-25
(65)【公開番号】P2020132068
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】山本 勇作
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-299437(JP,A)
【文献】特開2008-201291(JP,A)
【文献】特開2017-109664(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0255744(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/1755
B60T 8/1761
B60T 8/1766
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪に付与する制動力である前輪制動力と後輪に付与する制動力である後輪制動力との配分である制動力配分と、車両の制動力の要求値である要求制動力とを基に、前記前輪制動力及び前記後輪制動力をそれぞれ制御する制御部と、
前記制動力配分を設定する配分設定部と、
前記前輪のスリップ量がスリップ判定値未満である一方で前記後輪のスリップ量が前記スリップ判定値以上であるときに後輪先行スリップ状態であるとの判定をなすスリップ判定部と、
前記車両のヨーイング運動を示すパラメータを取得するパラメータ取得部と、を備え、
前記配分設定部は、前記制動力配分が第1制動力配分である場合に前記後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたときに、所定の期間内に前記制動力配分を第2制動力配分まで徐々に遷移させる配分遷移処理を実行するようになっており、
前記第2制動力配分は、前記制動力配分として前記第1制動力配分が設定されているときよりも前記後輪制動力を小さくする配分であり、
前記制御部は、前記配分遷移処理が実行されている場合、
遷移している前記制動力配分と前記要求制動力とを基に、前記後輪制動力の基準である後輪基準制動力及び前記前輪制動力の基準である前輪基準制動力をそれぞれ導出し、
前記パラメータから推測されるヨーモーメントが大きいほど前記前輪制動力の増大速度の制限値が小さくなるように、当該制限値を導出し、
前記前輪制動力の増大速度が前記制限値を上回らない範囲で、前記後輪制動力が前記後輪基準制動力以下となるように当該後輪制動力を制御し、前記前輪制動力が前記前輪基準制動力以上となるように当該前輪制動力を制御する
車両の制動制御装置。
【請求項2】
前記制動力配分が前記第1制動力配分である場合に前記後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたときに、前記後輪を介して車体から路面に加わる垂直成分の荷重である後輪荷重と前記後輪制動力とを基に、前記路面のμ値の推定値である推定路面μ値を算出するμ値推定部と、
算出された前記推定路面μ値を基に、前記後輪がロックする際における前記後輪制動力と前記前輪制動力との関係を示す線であるリアロック線を導出するリアロック線導出部と、を備え、
前記第2制動力配分は、前記前輪及び前記後輪が同時にロックするような制動力配分である理想制動力配分であり、
前記制御部は、前記配分遷移処理の実行中でも前記要求制動力が増大している場合、
前記後輪基準制動力前記前輪基準制動力とを表す点が前記リアロック線上に位置するように前記後輪基準制動力及び前記前輪基準制動力を導出し、
前記前輪制動力の増大速度が前記制限値を上回らない範囲で、前記後輪制動力が前記後輪基準制動力以下となるように当該後輪制動力を制御し、前記前輪制動力が前記前輪基準制動力以上となるように当該前輪制動力を制御する
請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項3】
前記制御部は、前記配分遷移処理が実行されている場合、
前記後輪基準制動力を基準として前記後輪制動力を変動させることにより、前記後輪のスリップ量を小さくする後輪スリップ抑制処理を実行し、
前記後輪スリップ抑制処理の実行時には、前記前輪制動力の増大速度が前記制限値を上回らない範囲で、前記後輪基準制動力から前記後輪制動力を引いた値を基に、前記前輪制動力を前記前輪基準制動力よりも大きくする前輪制動補正処理を実行する
請求項2に記載の車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、車両制動時に、車両の前輪及び後輪に対する制動力配分を調整することのできる車両の制動制御装置の一例が記載されている。制動力配分とは、前輪に付与する制動力である前輪制動力と後輪に付与する制動力である後輪制動力との配分のことである。この制動制御装置では、車両制動によってノーズダイブ側に車両がピッチング運動した場合、後輪制動力を、通常の制動力配分に基づいた大きさよりも大きくするピッチング抑制制御が実施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-109664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のようなピッチング抑制制御を実施した場合、理想制動力配分に基づいた車両制動時よりも後輪制動力が大きくなることがある。理想制動力配分とは、前輪及び後輪が同時にロックするような制動力配分のことである。ピッチング抑制制御の実施によって制動力配分が、理想制動力配分での車両制動時よりも後輪制動力が大きくなる配分であると、後輪先行スリップ状態になることがある。後輪先行スリップ状態とは、前輪のスリップ量がスリップ判定値未満であり、後輪のスリップ量がスリップ判定値以上となる状態のことである。
【0005】
特許文献1に記載の装置では、後輪先行スリップ状態になったとの判定がなされた場合に、前輪制動力を増大させる旨が記載されている。車両の旋回中に後輪先行スリップ状態になったとの判定がなされた場合、前輪制動力の増大速度が大きいと、前輪の横力が急激に小さくなり、車両の前輪のコーナーリングフォースと後輪のコーナーリングフォースとの差の変化速度が高くなる。車両旋回時に前輪のコーナーリングフォースと後輪のコーナーリングフォースとの差が急激に変化すると、車両の旋回挙動の安定性の低下が懸念される。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための車両の制動制御装置は、前輪に付与する制動力である前輪制動力と後輪に付与する制動力である後輪制動力との配分である制動力配分と、車両の制動力の要求値である要求制動力とを基に、前記前輪制動力及び前記後輪制動力をそれぞれ制御する制御部と、前記制動力配分を設定する配分設定部と、前記前輪のスリップ量がスリップ判定値未満である一方で前記後輪のスリップ量が前記スリップ判定値以上であるときに後輪先行スリップ状態であるとの判定をなすスリップ判定部と、を備えている。この制動制御装置において、前記配分設定部は、前記制動力配分が第1制動力配分である場合に前記後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたときに、所定の期間内に前記制動力配分を第2制動力配分まで遷移させる配分遷移処理を実行する。前記第2制動力配分は、前記制動力配分として前記第1制動力配分が設定されているときよりも前記後輪制動力を小さくする配分である。
【0007】
上記構成によれば、車両制動時に制動力配分として第1制動力配分が設定されている状況下で後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされると、配分遷移処理の実行によって、制動力配分が第2制動力配分に遷移される。このように制動力配分が遷移している最中であっても、そのときの制動力配分と要求制動力とを基に、前輪制動力及び後輪制動力がそれぞれ制御される。すなわち、制動力配分を考慮しつつ前輪制動力を増大させることができる。そのため、車両旋回時に後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた場合であっても、前輪制動力の増大に起因する前輪の横力の急激な減少を抑えることができる。これにより、前輪のコーナーリングフォースと後輪のコーナーリングフォースとの差の変化速度が高くなりすぎることを抑制できる。したがって、車両挙動の安定性を確保しつつも、制動力配分の変更中における車両減速度と目標減速度との乖離を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】車両の制動制御装置の一実施形態の機能構成と、同制動制御装置を備える車両の概略構成とを示す図。
図2】車両制動時に同制動制御装置が実行する一連の処理の流れを説明するフローチャート。
図3】前輪基準制動力及び後輪基準制動力の推移の一例を示すグラフ。
図4】(a),(b)は、車両制動時に配分遷移処理が実行される場合の一例のタイミングチャート。
図5】前輪基準制動力及び後輪基準制動力の推移の一例を示すグラフ。
図6】(a),(b)は、車両制動時に配分遷移処理が実行される場合の一例のタイミングチャート。
図7】前輪基準制動力及び後輪基準制動力の推移の一例を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、車両の制動制御装置の一実施形態を図1図7に従って説明する。
図1には、本実施形態の制動制御装置50を備える車両の一部が図示されている。車両は、制動制御装置50によって制御される制動装置30と、前輪11Fに制動力を付与する前輪制動機構20Fと、後輪11Rに制動力を付与する後輪制動機構20Rとを備えている。前輪11Fに付与される制動力を「前輪制動力」といい、後輪11Rに付与される制動力を「後輪制動力」という。
【0010】
各制動機構20F,20Rは、ホイールシリンダ21内の液圧であるWC圧が高いほど、車輪11F,11Rと一体回転する回転体22に摩擦材23を押し付ける力が大きくなるように構成されている。すなわち、各制動機構20F,20Rは、WC圧が高いほど大きな制動力を車輪11F,11Rに付与することができる。
【0011】
制動装置30は、車両の運転者によって操作される制動操作部材31と、制動アクチュエータ32とを有している。制動操作部材31としては、例えば、ブレーキペダルを挙げることができる。制動アクチュエータ32には各ホイールシリンダ21が接続されている。そして、制動アクチュエータ32は、各ホイールシリンダ21内のWC圧を個別に調整することができる。
【0012】
制動制御装置50には、各種のセンサから検出信号が入力される。図1には、センサとして、操作量センサ101、ヨーレートセンサ102、横加速度センサ103、車輪速度センサ104及び操舵角センサ105が図示されている。操作量センサ101は、運転者による制動操作部材31の操作量である制動操作量INPを検出し、検出した制動操作量INPに応じた信号を検出信号として出力する。ヨーレートセンサ102は、車両のヨーレートYRを検出し、検出したヨーレートYRに応じた信号を検出信号として出力する。車輪速度センサ104は、車輪11F,11Rと同数設けられている。そして、車輪速度センサ104は、対応する車輪の車輪速度VWを検出し、検出した車輪速度VWに応じた信号を検出信号として出力する。操舵角センサ105は、運転者によって操作されるステアリングホイールの回転角である操舵角STRを検出し、検出した操舵角STRに応じた信号を検出信号として出力する。そして、制動制御装置50は、各種のセンサ101~105の検出信号を基に制動アクチュエータ32を制御する。
【0013】
制動制御装置50は、他の制御装置と各種の情報の送受信を行う。例えば、車両が自動運転によって走行する場合、車両の制動力の要求値である要求制動力BPCRが、自動運転用の制御装置60から制動制御装置50に送信される。この場合、制動制御装置50は、受信した要求制動力BPCRに基づいて制動アクチュエータ32を制御する。
【0014】
制動制御装置50は、制動アクチュエータ32を作動させるための機能部として、要求制動力取得部51、配分設定部52、制御部53、スリップ判定部54、μ値推定部55、リアロック線導出部56及びパラメータ取得部57を有している。
【0015】
要求制動力取得部51は、車両が自動運転によって走行する場合には自動運転用の制御装置60から受信した要求制動力BPCRを取得する。要求制動力取得部51は、運転者の操作によって車両が走行する場合、制動操作量INPに応じた値を要求制動力BPCRとして算出して取得する。
【0016】
配分設定部52は、車両の走行状態や走行時の姿勢などを基に、車両の制動力配分を設定する。制動力配分とは、前輪制動力BPFと後輪制動力BPRとの配分である。本実施形態では、配分設定部52は制動力配分比率Xの設定を通じて制動力配分を設定する。制動力配分比率Xとは、要求制動力BPCRのうち、後輪制動力BPRが占める割合の比率の目標値である。そのため、後輪制動力BPRを要求制動力BPCRと等しくする場合、制動力配分比率Xとして「1」が設定される。反対に、前輪制動力BPFを要求制動力BPCRと等しくする場合、制動力配分比率Xとして「0(零)」が設定される。なお、制動力配分比率Xの設定方法については後述する。
【0017】
制御部53は、車両制動時には、要求制動力取得部51によって取得されている要求制動力BPCRと、配分設定部52によって設定されている制動力配分比率X、すなわち制動力配分とを基に、制動アクチュエータ32を制御する。
【0018】
また、制御部53は、上記のように前輪11F及び後輪11Rに制動力を付与している状況下で、制動力の付与によって車両の車体速度VSに対して後輪11Rの車輪速度VWが下回り、後輪11Rに所定の減速スリップが発生したときに、後輪11Rの減速スリップを抑制する後輪スリップ抑制処理を実行する。また、制御部53は、後輪11Rに対して後輪スリップ抑制処理を実行している場合、前輪制動力BPFを調整する前輪制動補正処理を実行する。後輪スリップ抑制処理及び前輪制動補正処理の内容については後述する。
【0019】
スリップ判定部54は、後輪先行スリップ状態であるか否かを判定する。後輪先行スリップ状態とは、前輪11Fに所定の減速スリップが発生していない一方で後輪11Rに所定の減速スリップが発生している状態である。スリップ判定部54は、車両の車体速度VSから前輪11Fの車輪速度VWを引いた値を前輪11Fのスリップ量SLPFとして算出する。スリップ判定部54は、車両の車体速度VSから後輪11Rの車輪速度VWを引いた値を後輪11Rのスリップ量SLPRとして算出する。車体速度VSは、各車輪11F,11Rの車輪速度VWを基に算出される。そして、スリップ判定部54は、前輪11Fのスリップ量SLPFが判定スリップ量SLPTh以上であるときには前輪11Fに所定の減速スリップが発生しているとの判定をなす一方、スリップ量SLPFが判定スリップ量SLPTh未満であるときには前輪11Fに所定の減速スリップが発生しているとの判定をなさない。スリップ判定部54は、後輪11Rのスリップ量SLPRが判定スリップ量SLPTh以上であるときには後輪11Rに所定の減速スリップが発生しているとの判定をなす一方、スリップ量SLPRが判定スリップ量SLPTh未満であるときには後輪11Rに所定の減速スリップが発生しているとの判定をなさない。つまり、判定スリップ量SLPThとは、車輪11F,11Rに所定の減速スリップが発生しているか否かの判断基準である。
【0020】
μ値推定部55は、車両の走行する路面のμ値の推定値である推定路面μ値RSを算出する。すなわち、μ値推定部55は、スリップ判定部54によって後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた時点の後輪制動力BPRと、車体から後輪11Rを介して路面に入力される荷重である後輪荷重MRとを基に、推定路面μ値RSを算出する。後輪荷重MRとしては、例えば、車両の諸元から求まる値である。推定路面μ値RSの具体的な算出方法については後述する。
【0021】
リアロック線導出部56は、スリップ判定部54によって後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたときに、μ値推定部55によって算出された推定路面μ値RSを基に、リアロック線LRRを導出する。リアロック線LRRとは、後輪11Rがロックする際における後輪制動力BPRと前輪制動力BPFとの関係を示す線である。すなわち、前輪制動力BPFを横軸とするとともに、後輪制動力BPRを縦軸とする図3に示すグラフにあっては、車両の制動力BPC毎の、後輪11Rがロックする際における後輪制動力BPRと前輪制動力BPFとを表す点の集合が、リアロック線LRRに相当する。なお、路面のμ値が低いほど、当該グラフにおいてリアロック線LRRは下側に位置することとなる。
【0022】
パラメータ取得部57は、車両のヨーイング運動を示すパラメータを取得する。ここでいうパラメータとは、車両のヨーイング運動に影響を与えるパラメータである。当該パラメータとしては、例えば、操舵角STR、前輪11Fの切れ角、横加速度GY、ヨーレートYR、車体スリップ角ASL及び車体速度VSを挙げることができる。
【0023】
次に、図2を参照し、車両制動が開始された場合における処理の流れについて説明する。ここでは、後述する配分遷移処理が終了するまでの処理の流れについて説明する。
始めのステップS11では、車両制動の開始時の制動力配分比率の目標値である第1制動力配分比率X1が決定される。第1制動力配分比率X1は、「第1制動力配分」に対応する制動力配分比率である。本実施形態では、第1制動力配分比率X1は、車両制動の開始時における理想制動力配分比率XIDよりも大きい。理想制動力配分比率XIDとは、前輪11F及び後輪11Rを同時にロックさせる際の制動力配分比率のことである。すなわち、理想制動力配分比率XIDは、「理想制動力配分」に対応する制動力配分比率である。要求制動力BPCRが同じであっても、第1制動力配分比率X1を基に前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRを制御する場合では、理想制動力配分比率XIDを基に前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRを制御する場合よりも後輪制動力BPRが大きくなる。
【0024】
第1制動力配分比率X1は、運転者の制動操作に伴う車両制動時であっても、自動運転での車両制動時であっても同じ値であってもよい。また、運転者の制動操作に伴う車両制動時における第1制動力配分比率X1を、自動運転での車両制動時における第1制動力配分比率X1とは異ならせてもよい。
【0025】
次のステップS12において、スリップ判定部54によって、後輪先行スリップ状態であるか否かの判定が行われる。後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされていない場合(S12:NO)、処理が次のステップS13に移行される。ステップS13において、配分設定部52によって、制動力配分比率Xとして第1制動力配分比率X1が設定される。すなわち、制動力配分として第1制動力配分が設定される。続いて、ステップS14において、制御部53によって、制動力配分比率Xと要求制動力BPCRとを基に、目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrが導出される。目標前輪制動力BPFTrとは前輪制動力BPFの目標であり、目標後輪制動力BPRTrとは後輪制動力BPRの目標である。例えば、制御部53は、以下の関係式(式1)を用いて目標前輪制動力BPFTrを算出し、以下の関係式(式2)を用いて目標後輪制動力BPRTrを算出する。そのため、目標前輪制動力BPFTrは、制動力配分比率Xが大きいほど小さくなる。目標後輪制動力BPRTrは、制動力配分比率Xが大きいほど大きくなる。
【0026】
【数1】
そして、次のステップS15において、制御部53によって、前輪制動力BPFが目標後輪制動力BPRTrに追随し、且つ、後輪制動力BPRが目標後輪制動力BPRTrに追随するように、制動アクチュエータ32が制御される。そして、処理が前述したステップS11に移行される。すなわち、後輪先行スリップ状態であるとの判定がされていない間では、実際の制動力配分比率XRが第1制動力配分比率X1となるように、すなわち実際の制動力配分が第1制動力配分となるように、前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRがそれぞれ調整される。
【0027】
その一方で、ステップS12において、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた場合(YES)、処理が次のステップS16に移行される。ステップS16において、μ値推定部55によって、推定路面μ値RSが算出される。後輪11Rのスリップ量SLPRが判定スリップ量SLPTh以上となり、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたタイミングでは、実際の路面μ値である実路面μ値RSRと、実際の後輪荷重である実後輪荷重MRRとの積は、後輪制動力BPRと近い関係にある。そのため、μ値推定部55は、後輪制動力BPRを後輪荷重MRで割ることにより、推定路面μ値RSを導出する。次のステップS17において、リアロック線導出部56によって、推定路面μ値RSを基に推測されるリアロック線がリアロック線LRRとして導出される。続いて、ステップS18において、制御部53によって、後輪スリップ抑制処理が開始される。
【0028】
次のステップS19において、配分設定部52によって、配分遷移処理が開始される。配分遷移処理では、所定の期間内に、第1制動力配分比率X1から第2制動力配分比率X2に制動力配分比率Xが遷移される。第2制動力配分比率X2とは、「第2制動力配分」に対応する制動力配分比率である。第2制動力配分比率X2は、第1制動力配分比率X1よりも小さい。本実施形態では、第2制動力配分比率X2として理想制動力配分比率XIDが設定されている。例えば、配分遷移処理では、所定時間TMAをかけて、制動力配分比率Xが第2制動力配分比率X2に遷移される。すなわち、所定時間TMAをかけて、制動力配分が第1制動力配分から第2制動力配分に遷移される。配分遷移処理の具体的な処理内容については後述する。配分遷移処理が開始されると、処理が次のステップS20に移行される。
【0029】
ステップS20において、制御部53によって、配分遷移処理の実行によって遷移している制動力配分比率Xと要求制動力BPCRとを基に、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ導出される。前輪基準制動力BPFBは、前輪制動力の基準であり、現在の制動力配分比率Xと要求制動力BPCRとを基に算出される。後輪基準制動力BPRBは、後輪制動力の基準であり、現在の制動力配分比率Xと要求制動力BPCRとを基に算出される。前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBの導出については後述する。
【0030】
次のステップS21において、パラメータ取得部57によって、各種のパラメータが取得される。
そして、ステップS22において、制御部53によって、ステップS21で取得されたパラメータを基に前輪制動力BPFの増大速度の制限値ΔBPFLmが導出される。制限値ΔBPFLmの導出は、前輪制動補正処理に含まれる。制限値ΔBPFLmは、単位時間あたりの前輪制動力BPFの増大量の上限である。車両に加わるヨーモーメントが大きい場合、前輪制動力BPFを急激に大きくすると、前輪11Fの横力が急激に小さくなり、車両の前輪コーナーリングフォースと後輪コーナーリングフォースとの差であるコーナーリングフォース差が大きく変化する。前輪コーナーリングフォースとは前輪11Fのコーナーリングフォースであり、後輪コーナーリングフォースとは後輪11Rのコーナーリングフォースである。車両旋回中でコーナーリングフォース差の変化速度が高いと、車両の旋回挙動の安定性が低下するおそれがある。一方、ヨーモーメントが小さい場合や横加速度GYが低い場合、発生している車輪11F,11Rのコーナーリングフォース自体が小さく、前輪制動力BPFを急激に大きくしても前輪コーナーリングフォースの変化はそれほど大きくない。そのため、コーナーリングフォース差の変化も小さく、車両の旋回挙動の安定性はあまり低下しない。そこで、制御部53は、パラメータとして取得されている操舵角STR、前輪11Fの切れ角、横加速度GY、ヨーレートYR、車体スリップ角ASL及び車体速度VSの少なくとも1つに応じた値となるように、制限値ΔBPFLmを導出する。すなわち、制御部53は、パラメータから推測されるヨーモーメントが大きいほど、制限値ΔBPFLmを小さくする。例えば、制御部53は、ヨーレートYRの絶対値が大きいほど制限値ΔBPFLmを小さくする。また、例えば、制御部53は、車両の車体速度VSが大きいほど制限値ΔBPFLmを小さくする。また、例えば、制御部53は、操舵角STRの絶対値が大きいほど制限値ΔBPFLmを小さくする。
【0031】
続いて、ステップS23において、制御部53によって、目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrが導出される。ここでの目標後輪制動力BPRTrの導出は、後輪スリップ抑制処理に含まれる。また、ここでの目標前輪制動力BPFTrの導出は、前輪制動補正処理に含まれる。
【0032】
制御部53は、後輪基準制動力BPRB以下となるように目標後輪制動力BPRTrを導出する。後輪スリップ抑制処理として後輪11Rに対してアンチロックブレーキ制御が実施される場合、制御部53は、後輪11Rのスリップ量SLPRの推移を基に目標後輪制動力BPRTrを導出する。また、後輪スリップ抑制処理として後輪11Rに対してアンチロックブレーキ制御とは異なる他の制御が実施されることもある。他の制御としては、後輪制動力BPRを、理想制動力配分比率XIDに応じた大きさよりも一時的に小さくした上で、後輪制動力BPRを後輪基準制動力BPRBに向けて増大させる制御を挙げることができる。このような制御を後輪スリップ抑制処理として実施する場合、制御部53は、目標後輪制動力BPRTrを、理想制動力配分比率XIDに応じた大きさよりも一時的に小さくした上で後輪基準制動力BPRBまで増大させる。
【0033】
また、制御部53は、前輪基準制動力BPFB以上となるように目標前輪制動力BPFTrを導出する。例えば、制御部53は、後輪基準制動力BPRBから目標後輪制動力BPRTrを引いた値と、上記制限値ΔBPFLmと、前輪基準制動力BPFBとを基に、目標前輪制動力BPFTrを導出する。すなわち、制御部53は、目標前輪制動力BPFTrの最新値と目標前輪制動力BPFTrの前回値との差分が制限値ΔBPFLmを超えない範囲で、後輪基準制動力BPRBから目標後輪制動力BPRTrを引いた値が大きいほど、目標前輪制動力BPFTrの最新値を大きくする。
【0034】
そして、目標後輪制動力BPRTr及び目標前輪制動力BPFTrが導出されると、処理が次のステップS24に移行される。
ステップS24において、制御部53によって、後輪制動力BPRが目標後輪制動力BPRTrに追随し、且つ前輪制動力BPFが目標前輪制動力BPFTrに追随するように、制動アクチュエータ32が作動される。後輪制動力BPRを目標後輪制動力BPRTrに追随させる制動アクチュエータ32の作動の制御は、後輪スリップ抑制処理に含まれる。前輪制動力BPFを目標前輪制動力BPFTrに追随させる制動アクチュエータ32の作動の制御は、前輪制動補正処理に含まれる。そして、次のステップS25では、配分遷移処理が終了したか否かの判定が行われる。例えば、配分遷移処理が開始されてからの経過時間が上記所定時間TMAに達すると、制動力配分の第2制動力配分への遷移が完了しているため、配分遷移処理が終了したと判定することができる。そして、配分遷移処理が終了しているとの判定がなされている場合(S25:YES)、図2に示す一連の処理が終了される。一方、配分遷移処理が終了しているとの判定がなされていない場合(S25:NO)、処理が前述したステップS20に移行される。
【0035】
次に、配分遷移処理、及び、配分遷移処理の実行中における前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBの導出について説明する。
まず始めに、図3を参照し、後輪先行スリップ状態になったとの判定がなされるまでは要求制動力BPCRが増大されるものの、当該判定がなされた以降では要求制動力BPCRが保持される場合における、配分遷移処理、及び、配分遷移処理の実行中における前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBの導出について説明する。
【0036】
制動力配分比率Xが第1制動力配分比率X1である状態で要求制動力BPCRが増大されている場合、第1制動力配分比率X1に従って目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrがそれぞれ増大される。この場合、図3のグラフにあっては、目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrを表す点が第1制動力配分比率X1を表す破線上に位置することとなる。すなわち、図3に太い実線の矢印で示すように、要求制動力BPCRの増大に従って目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrが増大する。そして、目標前輪制動力BPFTrが第1前輪制動力BPF1となり、目標後輪制動力BPRTrが第1後輪制動力BPR1となると、後輪先行スリップ状態であると判定されるため、配分遷移処理が開始される。
【0037】
図3における二点鎖線は、車両の制動力(すなわち、車両の車体加速度)が同じ大きさとなる場合の前輪制動力BPFと後輪制動力BPRとを表す点の集合体である等制動力線LEBである。図3に示す複数の等制動力線LEBのうち、第1等制動力線LEB1は、後輪先行スリップ状態との判定がなされた時点の要求制動力BPCRに対応する等制動力線である。
【0038】
配分遷移処理が実行されると、図3に太い実線の矢印で示すように、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ変更される。この場合、前輪基準制動力BPFBは、時間が経過するにつれて大きくなる一方、後輪基準制動力BPRBは、時間が経過するにつれて小さくなる。そして、所定の期間が経過した時点では、目標前輪制動力BPFTrが第2前輪制動力BPF2となり、目標後輪制動力BPRTrが第2後輪制動力BPR2となる。第2制動力配分比率X2を示す線と第1等制動力線LEB1との交点の前輪制動力BPFが第2前輪制動力BPF2であり、当該交点の後輪制動力BPRが第2後輪制動力BPR2であるため、配分遷移処理が終了される。その後、要求制動力BPCRが変更される場合、制動力配分比率Xとして第2制動力配分比率X2が設定されているため、第2制動力配分比率X2に従って前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ調整される。
【0039】
次に、図4を参照し、上記のように前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBが変更される場合の作用及び効果について説明する。図4(b)における一点鎖線は、前輪11F用のホイールシリンダ21内のWC圧である前輪WC圧PWCFと、後輪11R用のホイールシリンダ21内のWC圧である後輪WC圧PWCRとが等しい状態で制動制御を行う際における各WC圧PWCF,PWCRの推移である。
【0040】
図4(a),(b)に示すように、タイミングT11で車両制動が開始されると、第1制動力配分比率X1を基に前輪WC圧PWCF及び後輪WC圧PWCRがそれぞれ増大される。これにより、目標前輪制動力BPFTrの増大に追随して前輪制動力BPFが大きくなり、目標後輪制動力BPRTrの増大に追随して後輪制動力BPRが大きくなる。そして、タイミングT12で後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされると、配分遷移処理が開始される。すると、図3を示して説明したとおり、後輪基準制動力BPRBが減少され、且つ前輪基準制動力BPFBが増大される。
【0041】
図4に示す例では、後輪スリップ抑制処理としてアンチロックブレーキ制御以外の他の制御が実施される。そのため、目標後輪制動力BPRTrは、後輪基準制動力BPRBとの乖離が大きくなるように減少され、その後、当該乖離が小さくなるように増大される。そして、配分遷移処理の終了時では、目標後輪制動力BPRTrは、その時点の後輪基準制動力BPRBと同じ大きさとなる。一方、後輪スリップ抑制処理が実行されている場合、前輪制動補正処理が実行される。そのため、目標前輪制動力BPFTrは、前輪基準制動力BPFBとの乖離が大きくなるように増大され、その後、当該乖離が小さくなるように減少される。そして、配分遷移処理の終了時では、目標前輪制動力BPFTrは、その時点の前輪基準制動力BPFBと同じ大きさとなる。
【0042】
図4(b)に示すように、配分遷移処理が実行されるタイミングT12からタイミングT13までの期間では、後輪WC圧PWCRは、目標後輪制動力BPRTrの変化に連動して変動する。また、前輪WC圧PWCFは、目標前輪制動力BPFTrの変化に連動して変動する。図4(b)において、前輪基準WC圧PWCFBは前輪基準制動力BPFBに対応する前輪11FのWC圧であり、後輪基準WC圧PWCRBは後輪基準制動力BPRBに対応する後輪11RのWC圧である。配分遷移処理の実行期間では、後輪WC圧PWCRは後輪基準WC圧PWCRB以下の範囲で変動する。また、前輪WC圧PWCFは前輪基準WC圧PWCFB以上の範囲で変動する。このように後輪WC圧PWCRを変動させることにより、後輪11Rのスリップ量SLPRの減少を図ることができる。また、配分遷移処理の実行中では、上記のような後輪制動力BPRの変動に連動して前輪制動力BPFが変動される。例えば、後輪基準制動力BPRBから目標後輪制動力BPRTrを引いた値を演算値とした場合、演算値が前輪制動力BPFの増大速度の制限値ΔBPFLmを越えなかったときには、演算値と前輪基準制動力BPFBとの和が目標前輪制動力BPFTrとして設定される。一方、演算値が制限値ΔBPFLmを越えたときには、目標前輪制動力BPFTrの前回値と制限値ΔBPFLmとの和が目標前輪制動力BPFTrとして設定される。そのため、制動力配分の遷移中に車両の車体加速度DVSが目標車体加速度DVSTrから乖離することを抑制できる。
【0043】
そして、タイミングT13で制動力配分比率Xとして第2制動力配分比率X2が設定されると、配分遷移処理が終了される。すなわち、制動力配分比率Xとして理想制動力配分比率XIDが設定されると、配分遷移処理が終了される。本実施形態では、制動力配分が徐々に第2制動力配分に接近する。そのため、制動力配分の変更に起因する、前輪11Fの横力の急激な変化を抑えることができる。その結果、上記のコーナーリングフォース差の変化速度が高くなりすぎることを抑制できる。したがって、後輪先行スリップ状態になっていた車両の挙動の安定性を確保することができる。
【0044】
また、図4に示す例にあっては、タイミングT12以降では目標車体加速度DVSTr、すなわち要求制動力BPCRが保持される。そのため、配分遷移処理が終了されるタイミングT13以降では、各WC圧PWCF,PWCRが保持される。すなわち、前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRがそれぞれ保持される。したがって、車両挙動の安定性を確保しつつも、制動力配分比率Xの変更中における車体加速度DVSの変化を抑えることができる。
【0045】
次に、図5を参照し、後輪先行スリップ状態になったとの判定がなされた以降でも要求制動力BPCRの増大が継続される場合における、配分遷移処理、及び、配分遷移処理の実行中における前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBの導出について説明する。
【0046】
後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされると、配分遷移処理が開始される。配分遷移処理の実行中でも要求制動力BPCRが増大されている場合、リアロック線導出部56によって導出されたリアロック線LRRと、その時点の制動力配分比率Xとを基に、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ導出される。例えば、図5のグラフにおいて、そのときの制動力配分比率Xを示す線と、リアロック線LRRとの交点の前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRが前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBとしてそれぞれ導出される。すなわち、図3に太い実線の矢印で示すように、目標前輪制動力BPFTr及び目標後輪制動力BPRTrがそれぞれ変更される。当該グラフにおいて、リアロック線LRRは右肩下がりの線である。そのため、この場合の配分遷移処理では、前輪基準制動力BPFBは、時間が経過するにつれて大きくなる一方、後輪基準制動力BPRBは、時間が経過するにつれて小さくなる。所定の期間が経過した時点では、目標前輪制動力BPFTrが第3前輪制動力BPF3となり、目標後輪制動力BPRTrが第3後輪制動力BPR3となる。第2制動力配分比率X2を示す線とリアロック線LRRとの交点の前輪制動力BPFが第3前輪制動力BPF3であり、当該交点の後輪制動力BPRが第3後輪制動力BPR3であるため、配分遷移処理が終了される。
【0047】
なお、図5のグラフにおいて、細い実線はフロントロック線LFRである。フロントロック線LFRとは、前輪11Fがロックする際における後輪制動力BPRと前輪制動力BPFとの関係を示す線のことである。当該グラフでは、リアロック線LRRを示す線とリアロック線LRRとの交点をフロントロック線LFRは通過する。
【0048】
次に、図6を参照し、上記のように前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBが変更される場合の作用及び効果について説明する。図6(b)における一点鎖線は、前輪WC圧PWCFと後輪WC圧PWCRとが等しい状態で制動制御を行う際における各WC圧PWCF,PWCRの推移である。
【0049】
図6(a),(b)に示すように、タイミングT21で車両制動が開始されると、第1制動力配分比率X1を基に前輪WC圧PWCF及び後輪WC圧PWCRがそれぞれ増大される。そして、タイミングT22で後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされると、配分遷移処理が開始される。すると、図5を示して説明したとおり、リアロック線LRRに従って後輪基準制動力BPRB及び前輪基準制動力BPFBが変更されるため、後輪基準制動力BPRBが減少される一方で、前輪基準制動力BPFBが増大される。
【0050】
図6に示す例では、タイミングT22からは、後輪スリップ抑制処理としてアンチロックブレーキ制御が後輪11Rに対して実施される。アンチロックブレーキ制御が実施されると、後輪基準制動力BPRBからアンチロックブレーキ制御の制御量を引いた値が、目標後輪制動力BPRTrとして導出される。すなわち、目標後輪制動力BPRTrは、後輪基準制動力BPRB以下の大きさに設定される。そして、目標後輪制動力BPRTrの変動に連動するように後輪WC圧PWCRが変更される。この際、後輪WC圧PWCRは、後輪基準WC圧PWCRBよりも高くならない。
【0051】
本実施形態では、後輪スリップ抑制処理としてアンチロックブレーキ制御が後輪11Rに対して実施されている場合、後輪スリップ抑制処理の実行に起因する車両の制動力BPCの減少を抑えるべく、前輪制動補正処理が実行される。前輪制動補正処理が実行されると、目標前輪制動力BPFTrは、前輪基準制動力BPFBよりも大きくなる。すなわち、アンチロックブレーキ制御の実施中において、目標後輪制動力BPRTrが減少されているときには、目標後輪制動力BPRTrが減少されていないときよりも高い速度で目標前輪制動力BPFTrが増大される。その結果、図6(b)に示すように、アンチロックブレーキ制御の実施中において、後輪WC圧PWCRが減少されているときには前輪WC圧PWCFが急激に増大される。この際、後輪基準制動力BPRBから後輪制動力BPRを引いた値が大きいほど大きくなるように、前輪WC圧PWCFが増大される、すなわち、目標前輪制動力BPFTrが増大される。
【0052】
なお、図6(a)には、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた時点で、目標前輪制動力BPFTrを保持しつつ、すなわち前輪WC圧PWCFを保持しつつ、後輪11Rに対してアンチロックブレーキ制御を実施する比較例での車体加速度DVSの推移が一点鎖線で示されている。比較例の場合では、後輪制動力BPRと後輪基準制動力BPRBとの乖離を、前輪11F側で補償しないため、車体加速度DVSの絶対値が目標車体加速度DVSTrの絶対値よりも小さくなる。
【0053】
これに対し、本実施形態では、前輪制動補正処理の実行によって、後輪制動力BPRと後輪基準制動力BPRBとの乖離を前輪11F側である程度補償することができる。その結果、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされたためにアンチロックブレーキ制御が後輪11Rに対して実施されている場合における車体加速度DVSと目標車体加速度DVSTrとの乖離を抑制することができる。
【0054】
ところで、車両の旋回中に車輪11F,11Rの制動力BPF,BPRが大きくなると、車輪11F,11Rの横力が小さくなる。一方、車輪11F,11Rの制動力BPF,BPRが小さくなると、車輪11F,11Rの横力が大きくなる。そのため、後輪スリップ抑制処理の実行によって後輪制動力BPRが減少される一方、前輪制動補正処理の実行によって前輪制動力BPFが増大される場合、後輪11Rの横力が大きくなる一方で、前輪11Fの横力が小さくなる。そして、前輪11Fの横力の変化速度が高いと、車両のヨーモーメントが急激に変化するため、前輪制動補正処理によって車両の旋回挙動の安定性が低下するおそれがある。
【0055】
この点、本実施形態では、パラメータ取得部57によって取得されたパラメータを基に、アンチロックブレーキ制御によって後輪制動力BPRが減少されている期間内での前輪制動力BPFの増大速度の制限値ΔBPFLmが導出される。具体的には、車両に加わるヨーモーメントが大きいほど、制限値ΔBPFLmが小さくなる。そして、前輪制動補正処理では、目標前輪制動力BPFTrの単位時間あたりの増大量が制限値ΔBPFLmを上回らないように、目標前輪制動力BPFTrが導出される。そして、この目標前輪制動力BPFTrに追随するように前輪制動力BPFが調整される。そのため、前輪制動補正処理の実行時にあっては、車体加速度DVSと目標車体加速度DVSTrとの乖離が生じることはあっても、車両に加わるヨーモーメントの急激な変化が抑えられるため、車両の旋回挙動の安定性を確保することができる。
【0056】
上記実施形態は、以下のように変更して実施することができる。上記実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態では、図5を用いて後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた以降でも要求制動力BPCRが増大される場合における前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBの導出を説明している。しかし、配分遷移処理の実行によって制動力配分比率Xとして第2制動力配分比率X2が設定される以前に要求制動力BPCRが増大されなくなることもある。この場合、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた以降において、要求制動力BPCRが増大されている期間内では、上記実施形態で説明したとおり、前輪基準制動力BPFBと後輪基準制動力BPRBとを表す点がリアロック線LRR上に位置するように、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBが導出される。また、要求制動力BPCRが保持されるようになってから配分遷移処理が終了されるまでの期間内では、当該期間の開始時点の車両の制動力BPCに対応する等制動力線LEBを基に、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ導出される。具体的には、前輪基準制動力BPFBと後輪基準制動力BPRBとを表す点が当該等制動力線LEB上に位置するように、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBがそれぞれ導出される。
【0057】
・後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた以降でも要求制動力BPCRが増大される場合にあっては、図5のグラフにおいて、前輪基準制動力BPFBと後輪基準制動力BPRBとを表す点がリアロック線LRRよりも後輪制動力BPRが大きくなる側にならないように、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBを導出するのであれば、上記実施形態で説明した態様とは異なる態様で前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBを導出するようにしてもよい。すなわち、配分遷移処理によって遷移している制動力配分比率Xを表す線とそのときの要求制動力BPCRの等制動力線LEBとの交点が、リアロック線LRRよりも後輪制動力BPRが大きくなる側に位置する場合、制動力配分比率Xを表す線とリアロック線LRRとの交点における前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRが、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBとしてそれぞれ導出される。一方、制動力配分比率Xを表す線とそのときの要求制動力BPCRの等制動力線LEBとの交点がリアロック線LRR上、又はリアロック線LRRよりも後輪制動力BPRが小さくなる側に位置する場合、当該交点における前輪制動力BPF及び後輪制動力BPRが、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBとしてそれぞれ導出される。
【0058】
・上記実施形態では、所定の期間が終了したか否かの判断基準である所定時間TMAは予め設定された時間で固定されているが、所定時間TMAを可変させるようにしてもよい。例えば、要求制動力BPCRの増大速度が低いほど所定時間TMAを長くするようにしてもよい。また、例えば、上記パラメータを基に推定できる車両に加わるヨーモーメントが大きいほど、所定時間TMAを長くするようにしてもよい。
【0059】
・制限値ΔBPFLmを、上記パラメータを基に可変させなくてもよい。
・第2制動力配分は、第1制動力配分での車両制動時よりも後輪制動力BPRを小さくすることのできる配分であれば、理想制動力配分とは異なる配分であってもよい。すなわち、第2制動力配分比率X2は、第1制動力配分比率X1よりも小さい値であれば、理想制動力配分比率XIDとは異なる値であってもよい。図7には、第2制動力配分比率X2として、理想制動力配分比率XIDよりも小さい値が設定されている場合の例が図示されている。図7に示すように、後輪先行スリップ状態であるとの判定がなされた以降でも要求制動力BPCRが増大される場合、上記実施形態と同様にリアロック線LRRが導出される。図7に示す例では、第2制動力配分比率X2を表す線とリアロック線LRRとの交点は、フロントロック線LFRよりも前輪制動力BPFが大きい側に位置することとなる。フロントロック線LFRは、理想制動力配分比率XIDを表す線とリアロック線LRRとの交点を通過している。すなわち、フロントロック線LFRは、リアロック線LRRと理想制動力配分比率XIDとを基に導出することができる。そして、第2制動力配分比率X2を表す線とフロントロック線LFRとの交点を導出するとともに、当該交点と、後輪先行スリップ状態であると判定された時点の前輪制動力BPFと後輪制動力BPRとを表す点とを繋ぐ線を基準制動力線LBBとして導出する。すると、配分遷移処理中では、前輪基準制動力BPFBと後輪基準制動力BPRBとを表す点が基準制動力線LBB上に位置するように、前輪基準制動力BPFB及び後輪基準制動力BPRBが導出される。
【0060】
・上記実施形態では、制動力配分比率Xとして第1制動力配分比率X1が設定されている場合であっても前輪11F及び後輪11Rの双方に制動力が付与されるように、第1制動力配分比率X1が設定されている。しかし、第1制動力配分比率X1は、前輪制動力BPFを「0」とするような制動力配分比率であってもよい。
【0061】
・制動装置は、各車輪11F,11Rに付与する制動力を個別に制御できるものであれば、任意の構成であってもよい。例えば、制動装置は、ブレーキ液を用いずに、各車輪11F,11Rに摩擦制動力を付与することのできる電動制動装置であってもよい。
【0062】
・前輪制動力BPFは、前輪制動機構20Fの作動によって前輪11Fに付与される摩擦制動力と、発電機の発電によって前輪11Fに付与される回生制動力との合計であってもよい。
【0063】
・後輪制動力BPRは、後輪制動機構20Rの作動によって後輪11Rに付与される摩擦制動力と、発電機の発電によって後輪11Rに付与される回生制動力との合計であってもよい。
【符号の説明】
【0064】
11F…前輪、11R…後輪、50…制動制御装置、52…配分設定部、53…制御部、54…スリップ判定部、55…μ値推定部、56…リアロック線導出部、57…パラメータ取得部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7