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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】ピーク解析方法及び波形処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/86 20060101AFI20230711BHJP
   G01N 30/74 20060101ALI20230711BHJP
   G01N 30/02 20060101ALI20230711BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20230711BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230711BHJP
【FI】
G01N30/86 B
G01N30/74 E
G01N30/02 Z
G01N30/86 M
G01N30/72 C
G01N27/62 X
G01N27/62 D
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021012376
(22)【出願日】2021-01-28
(65)【公開番号】P2021148776
(43)【公開日】2021-09-27
【審査請求日】2022-03-02
(31)【優先権主張番号】10202002459U
(32)【優先日】2020-03-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SG
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 真
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-115829(JP,A)
【文献】特開昭63-308560(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0059537(US,A1)
【文献】米国特許第04631687(US,A)
【文献】米国特許第04807148(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 - 30/96
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得ステップと、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において前記第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離ステップと、
を実行するピーク解析方法。
【請求項2】
前記異なる要因は試料中の成分であり、前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムである、請求項1に記載のピーク解析方法。
【請求項3】
前記変換行列取得ステップでは、前記軌跡の中で単一の成分のみが存在する時間範囲における部分の形状の解析に基いて、該単一の成分に対応する特徴方位を推定する、請求項2に記載のピーク解析方法。
【請求項4】
第1、第2、第3なる三つの成分が混在しているピークに対するピーク分離が遂行されるものであって、該ピークが、第1成分のみが存在する第1時間範囲、第1成分と第2成分とが混在している第2時間範囲、三つの成分が混在している第3時間範囲、第2成分と第3成分とが混在している第4時間範囲、及び第3成分のみが存在する第5時間範囲、を含む条件の下で、前記変換行列取得ステップでは、前記軌跡の中で第1時間範囲及び第2時間範囲に対応する部分により規定される平面と、第4時間範囲及び第5時間範囲に対応する部分により規定される平面との交線から、前記第2成分に対応する特徴方位を推定する、請求項3に記載のピーク解析方法。
【請求項5】
コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定ステップと、
を実行するピーク解析方法。
【請求項6】
前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムである、請求項5に記載のピーク解析方法。
【請求項7】
第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において、複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得部と、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において前記第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離演算部と、
を備える波形処理装置。
【請求項8】
前記異なる要因は試料中の成分であり、前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムである、請求項7に記載の波形処理装置。
【請求項9】
前記変換行列取得部は、前記軌跡の中で単一の成分のみが存在する時間範囲における部分の形状の解析に基いて、該単一の成分に対応する特徴方位を推定する、請求項8に記載の波形処理装置。
【請求項10】
第1、第2、第3なる三つの成分が混在しているピークに対するピーク分離が遂行されるものであって、該ピークが、第1成分のみが存在する第1時間範囲、第1成分と第2成分とが混在している第2時間範囲、三つの成分が混在している第3時間範囲、第2成分と第3成分とが混在している第4時間範囲、及び第3成分のみが存在する第5時間範囲、を含む条件の下で、前記変換行列取得部は、前記軌跡の中で第1時間範囲及び第2時間範囲に対応する部分により規定される平面と、第4時間範囲及び第5時間範囲に対応すると推定される部分に対応する部分により規定される平面との交線から、前記第2成分に対応する特徴方位を推定する、請求項9に記載の波形処理装置。
【請求項11】
第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定部と、
を備える波形処理装置。
【請求項12】
前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムである、請求項11に記載の波形処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号波形においてピークの純度を調べたり重なっているピークを分離したりするためのピーク解析方法、及び該方法によるピーク解析を行う波形処理装置に関する。本発明は例えば、検出器としてフォトダイオードアレイ(PhotoDiode Array:PDA)検出器を用いた液体クロマトグラフ装置や液体クロマトグラフ質量分析装置等により収集された3次元データを処理することで、クロマトグラム波形やスペクトル波形において観測される、異なる成分に由来するピークを解析するのに好適である。
【背景技術】
【0002】
検出器としてPDA検出器を用いた液体クロマトグラフ装置では、試料中に含まれる各種の成分をカラムで時間的に分離したあと、分離された各成分を含む溶出液に対し所定波長範囲に亘る吸光特性を測定する。したがって、こうした液体クロマトグラフ装置では、所定の測定時間範囲に亘って、波長と吸光度との関係を示す吸光スペクトルを繰り返し取得することができる。また、液体クロマトグラフ質量分析装置では、試料中に含まれる各種の成分をカラムで時間的に分離したあと、分離された各成分を含む溶出液に対し所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析を繰り返し行う。したがって、液体クロマトグラフ質量分析装置では、所定の測定時間範囲に亘って、質量電荷比と信号強度(イオン強度)との関係を示すマススペクトルを繰り返し取得することができる。こうした測定によって得られるデータは、波長又は質量電荷比、時間、吸光度又は信号強度、という三つのディメンジョンを有する3次元データである。
【0003】
例えば上記の液体クロマトグラフ装置において、試料に含まれる成分の定性は、一般に、クロマトグラム上のピークの位置である保持時間、及び、吸光スペクトル上のピークの位置である吸収波長に基いて行われる。一方、成分の定量は、クロマトグラム上のピークの面積又は高さに基いて行われる。したがって、成分の定性や定量を精度良く行うには、クロマトグラムや吸光スペクトルにおいてピークを正確に検出し、ピークトップの位置や面積又は高さなどを精度良く求めることが重要である。
【0004】
試料に含まれる複数の成分の保持時間が近いと、それら複数の成分はカラムで十分に分離されず、混じった状態で検出器に導入される。このとき、それら複数の成分に固有の吸収波長が近い場合、吸光スペクトル上でもそれら成分に対応するピークは重なる。即ち、吸光スペクトル上でもクロマトグラム上でも、異なる成分に由来する複数のピークは重なる。化学構造が類似している、或いは性質が類似している多数の成分を含む試料を対象とする多成分一斉分析の場合には、こうしたピークの重なりはしばしば生じる。そのため、正確な定性分析及び定量分析のためには、ピーク検出の際に、異なる成分に由来するピークを正確に分離することが非常に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-171014号公報
【文献】特開2017-083441号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
クロマトグラムやスペクトルにおいて重なっているピークを分離したうえでピークを検出するために、従来、様々な手法やアルゴリズムが用いられている。しかしながら、従来の一般的なピーク検出法では、ピーク検出やピーク分離を行う際に、様々なパラメーターや条件を予め設定しておく必要がある。そうしたパラメーターや条件が適切でないと的確なピーク検出やピーク分離ができず、重要なピークを見落としたり本来はピークでないものをピークとして誤検出したり、或いはピーク面積が実際のものと乖離したりするおそれがある。
【0007】
また、ピーク検出法によっては、適切なピーク分離を行うためにオペレーターが判断して手動で指示を与える必要が生じる場合もある。こうした手法では、個々のオペレーターによって解析結果に差が生じるおそれがあり、結果の信頼性や再現性を確保するのは難しい。また、オペレーターに掛かる負担も大きい。
【0008】
また、クロマトグラムにおいて1本に見えるピークでも単一成分由来のものであるとは限らず、目的成分でない他の成分を含む場合がある。そこで、従来、或るピークが単一成分由来の純粋なピークであるのか否かを確認するピーク純度判定が行われることがある(特許文献1参照)。こうしたピーク純度判定の際には、重なっているピークを分離する必要はないものの、1本に見えるピークが単一成分由来か或いは複数の成分由来かを判定するために様々なパラメーターや条件の下でピーク検出を行う必要があり、上記ピーク分離と同様の問題がある。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、煩雑なパラメーターの設定や手動による指示を極力行うことなく、クロマトグラムやスペクトル等の信号波形において観測される、重なり合っている複数のピークを良好に分離したり、一つのピークの純度を判定したりすることができるピーク解析方法、及び該方法を用いた波形処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るピーク解析方法の一態様は、コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得ステップと、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において前記第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離ステップと、
を実行するものである。
【0011】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るピーク解析方法の他の態様は、コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定ステップと、
を実行するものである。
【0012】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る波形処理装置の一態様は、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において、複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得部と、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離演算部と、
を備えるものである。
【0013】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る波形処理装置の他の態様は、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定部と、
を備えるものである。
【0014】
ここで、「SVD射影空間」 は、処理対象である3次元データを表す入力行列に対し特異値分解(Singular Value Decomposition:SVD)の解析を行って得られる数個程度の基底ベクトルが定義する低次元の空間である。
【0015】
本発明に係る上記態様のピーク解析方法及び波形処理装置において、例えば第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって第1の信号波形は波長(若しくは波数)スペクトル又はマススペクトルであり、第2のパラメーターは時間であって第2の信号波形はクロマトグラムであるものとすることができる。また、互いに異なる要因とは、試料に含まれるそれぞれ異なる成分であるものとすることができる。
【発明の効果】
【0016】
第1のパラメーターにおける或るパラメーター値且つ第2のパラメーターにおける或るパラメーター値に対して或る信号強度を示す3次元データは、行列の形式で表すことができる。ノイズの寄与が無視できる場合、この行列のランク数はその3次元データに含まれる成分数に一致する。ノイズの寄与が十分に小さいときには、一般に、特異値分解で得られる特異値の分布を調べると比較的大きな値をもつものが成分数と等しい数だけ現れ、それ以外のノイズの寄与によるものは0に近い値をもつ。そのため、成分数の推定が可能である。そこで、本発明に係るピーク解析方法及び波形処理装置の一態様では、3次元データを表す入力行列に対して、特異値の分布から、3次元データに寄与している成分の数を推定する。また本発明に係るピーク解析方法及び波形処理装置の他の態様では、さらに、特異値分解後に保持するベクトル数が推定した成分数と等しくなるように入力行列(3次元データ)を低ランク近似する。3次元データにランダム性のノイズが存在している場合には、低ランク近似によって上記ノイズは低減(除去)される。
【0017】
行列の低ランク近似によって、第1行列と第2行列との積の形式で表される低ランク近似行列を得ることができるが、第2行列における各列に対応する重み付けベクトルは、低ランク近似行列のランク数を次元とするSVD射影空間において特徴的な挙動を示す。具体的には、例えば時間軸上で二つの成分にそれぞれ由来するピークの裾部が重なっている場合、時間経過に従ってピークを観測すると、1番目のピークのみが存在する期間と、1番目のピークと2番目のピークとが重なっている期間と、2番目のピークのみが存在する期間と、が順に現れる。SVD射影空間において重み付けベクトルは、上記三つの期間に対応して特徴的な軌跡を描き、1番目のピークのみが存在する期間、及び、2番目のピークのみが存在する期間ではそれぞれ、各ピークに対応する単一の成分の第1の信号波形に対応する特徴的な方向に向かう。そこで、変換行列取得ステップでは、上記軌跡に対し幾何学的な解析を行い、上記各期間に相当する部分の方向に基いて複数の特徴方位ベクトルをそれぞれ推定する。この特徴方位ベクトルのセットから変換行列が定義される。この変換行列を用いて、第1行列、第2行列それぞれから、信号波形又はピークが分離されたデータを得ることができる。
【0018】
本発明に係るピーク解析方法及び波形処理装置の一態様によれば、ピーク検出やピーク分離、或いはピーク純度判定のための煩雑なパラメーターを設定することなく、またユーザーによる判断や手動での作業を行うことなく、クロマトグラムやスペクトルにおいて重なっているピークを分離して個々のピークの情報を抽出したり、一つに見えるピークが単一成分に由来するものかどうかを精度良く判定したりすることができる。それにより、効率的で且つ精度の高いピーク分離、ピーク純度判定、及びピーク検出が行える。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係る波形処理装置を用いたLC装置の一実施形態の概略構成図。
図2】本実施形態のLC装置におけるピーク分離処理の手順を示すフローチャート。
図3】LC測定により収集される3次元データの一例を示す図。
図4】2成分混在モデルの一例のスペクトル(A)、クロマトグラム(B)、及び3次元データ(C)を示す図。
図5図4に示した2成分混在モデルの3次元データ(A)にランダム性ノイズを加えた状態の3次元データ(B)を示す図。
図6】特異値分解により低ランク近似した行列の一例を示す図。
図7図5(B)に示した3次元データに対し特異値分解による低ランク近似を行ったときのノイズ低減効果の説明図。
図8図5(B)に示した3次元データに対して特異値分解による低ランク近似を行って得られたSVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を示す図。
図9】クロマトグラム軌跡から求めた変換行列を用いた特異行列中の特異ベクトルの変換の説明図。
図10】クロマトグラム軌跡を用いた変換行列の算出方法の説明図。
図11】変換行列を利用したクロマトグラム上のピーク分離の説明図。
図12】変換行列を利用したスペクトル上のピーク分離の説明図。
図13】3成分混在モデルの一例の3次元データを示す図。
図14図13に示した3次元データに対し特異値分解による低ランク近似を行って得られた、行列を構成する重み付けベクトル(特異的クロマトグラム信号)を示す図(A)、及び右特異行列を構成する基底ベクトル(特異的スペクトル信号)を示す図(B)。
図15図13に示した3次元データに対して特異値分解による低ランク近似を行って得られたSVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を示す図。
図16図15に示したクロマトグラム軌跡から求めた変換行列を利用した、クロマトグラム上のピーク分離の説明図(A)及びスペクトル上のピーク分離の説明図(B)。
図17】3成分混在モデルの他の例の3次元データを示す図。
図18図17に示した3次元データに対して特異値分解による低ランク近似を行って得られたSVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を示す図。
図19図18に示したクロマトグラム軌跡から求めた変換行列を利用した、クロマトグラム上のピーク分離の説明図(A)及びスペクトル上のピーク分離の説明図(B)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るピーク解析方法と該方法を実施する波形処理装置の一例について、添付図面を参照して説明する。
【0021】
[本実施形態のLC装置の構成及び概略動作]
図1は、本発明に係る波形処理装置を含むLC装置の一実施形態の概略構成図である。
このLC装置において、測定部10は、移動相が貯留されている移動相容器11と、移動相を吸引して一定流速で送給する送液ポンプ12と、送給される移動相中に試料を注入するインジェクター13と、試料中の成分を時間方向に分離するカラム14と、カラム14からの溶出液中の成分を検出するPDA検出器15と、を含む。
【0022】
データ解析部20は、機能ブロックとして、データ収集部21、波形処理部22、定性・定量解析部23を含む。波形処理部22は、下位の機能ブロックとして、ピーク分離部221、ピーク決定部222、を含む。また、データ解析部20には、分析者が各種入力操作を行うための入力部24と、処理結果などを表示するための表示部25と、が接続されている。なお、データ解析部20の機能の大部分は、パーソナルコンピューターにインストールされた専用のデータ処理ソフトウエアを該コンピューター上で動作させることで具現化することができる。
【0023】
測定部10において、送液ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引し、インジェクター13を介してカラム14へと送給する。インジェクター13は図示しない制御部からの指示に応じた所定のタイミングで、移動相中に所定量の試料を注入する。注入された試料は移動相の流れに乗ってカラム14に導入され、カラム14を通過する間に試料中の各種の成分は時間方向に分離される。こうして分離された成分を含む溶出液が、カラム14の出口から出てPDA検出器15に導入される。PDA検出器15は、図示しないが、溶出液が流通するセルと、光源と、セルを通過した光を波長分散させる分光器と、波長分散光を同時に検出するPDA素子と、を含む。
【0024】
光源から発した光はセルに照射され、該セル内を流れる溶出液中を通過する際に該溶出液中の成分に特有の吸収を受ける。そして、吸収後の光が分光器で波長分散され、所定の波長範囲の光は波長毎にそれぞれPDA素子で検出される。したがって、PDA検出器15では、所定の波長範囲に亘る吸光スペクトルを反映した検出信号がほぼ同時に得られる。制御部からの制御に応じて、PDA検出器15は、こうした吸光測定を所定時間間隔で繰り返し実行する。データ収集部21はPDA検出器15から出力される検出信号をデジタルデータに変換し、記憶部に格納する。したがって、一つの試料に対するLC測定によって、時間t、波長λ、及び吸光度y(信号強度)という三つのディメンジョンを有する3次元データが得られる。
【0025】
波形処理部22は収集された3次元データに対する所定の処理を実施し、クロマトグラム及び吸光スペクトルにおいて重なっているピークを分離する。そして、個々のピークを決定し、ピークトップの位置(保持時間、吸収波長)、クロマトグラム上のピークの面積(又は高さ)を算出する。定性・定量解析部23は、ピーク位置に基いて成分を定性し、ピーク面積又は高さに基いて成分を定量する。そして、表示部31に定性、定量結果を表示する。
【0026】
[2成分が混在している場合のピーク分離方法]
上記のような3次元データがデータ収集部21の記憶部に格納されている状態で実行される、特徴的な波形処理について、次に説明する。図2は、本実施形態のLC装置におけるピーク分離処理の手順を示すフローチャートである。
【0027】
いま、或る保持時間tにカラム14から溶出する(つまりはPDA検出器15に導入される)成分の数がpであるとすると、その保持時間tにおいて得られるスペクトル(以下「吸光スペクトル」は単にスペクトルという)ys(t,λ)は、次の(1)式で表される。
s(t,λ)=Σδk(t)ξk(λ) …(1)
但し、(1)式においてΣは、k=1からpまでの総和である。また、ここで、ξk(λ)はk番目(k=1~p)の成分の純粋なスペクトル(単位濃度スペクトル)であり、δk(t)はk番目の成分のクロマトグラム(特定の吸収波長におけるクロマトグラム)である。
【0028】
図3は、LC測定により収集される3次元データ(3次元クロマトグラムデータ)の一例である。スペクトルys(t,λ)を表すスペクトルデータy(t,λ)は、M行(t)×N列(λ)の行列の形式で表すことができる。
【0029】
以下の説明では、まず、二つの成分由来の異なるピークがクロマトグラム及びスペクトルのそれぞれにおいて重なっている2成分混在モデルを想定する。図4はこの2成分混在モデルの一例であり、(A)は2成分それぞれのスペクトル、(B)はその2成分それぞれのクロマトグラム、(C)は3次元データを示している。
【0030】
また、通常、LC測定では様々な要因のノイズが測定データに重畳して現れる。そこで、図5に示すように、図4(C)に示した2成分混在モデルの3次元データ(図5(A))にランダムノイズが付加された3次元データ(図5(B))を解析対象として考える。なお、当然のことながら、解析実行前には混在している成分の数は不明である。
【0031】
解析処理が開始されると、波形処理部22のピーク分離部221は、データ収集部21から解析対象である3次元データを読み込む(ステップS1)。ピーク分離部221は、読み込んだ3次元データ(行列データ)に対し、まず特異値分解(SVD)の解析を実行する(ステップS2)。特異値分解は、データに含まれる特異性を抽出するためにしばしば用いられる行列の演算手法であるので、ここでは詳しい説明を省略する。特異値分解を行うと、元の行列は、左特異行列、特異値行列、右特異行列という三つの行列に分解される。この特異値行列は複数の特異値σkを含む。
【0032】
図5(B)に示した、ノイズあり2成分混在モデルの3次元データに対して特異値分解を行うと、特異値としてσk=59.4、14.7、4.0、3.8、3.7、3.6、…が求まる。試料中の目的成分の信号強度がノイズの信号強度に比べて或る程度大きいという前提の下では、大きな値を示す特異値は目的成分に対応し、小さな値を示す特異値はノイズに対応すると考えられる。そこで、算出された特異値σkの値から、試料に含まれる仮の成分数nを推定する(ステップS3)。
【0033】
上記例では、二つの特異値σk=14.7とσk=4.0との間で値に大きな差があるため、σk=59.4、14.7の二つが目的成分に対応していると考えるのが妥当であるものの、信号強度が小さな目的成分が存在する可能性も否定できない。そのため、3番目に大きな値のσk=4.0も目的成分に対応する可能性があると判断する。そこで、ここでは三つの特異値σk=59.4、14.7、4.0を選定する。即ち、仮の成分数nは3であると推定し、これに合わせて行列のランク低減処理を行うものとする。
【0034】
ピーク分離部221は次に、上記特異値分解の解析結果に基いて、3次元データを表す行列のランク低減処理を行う。即ち、ここでは、仮のランク数である三つの成分まで残すように近似した特異行列を求める。これにより、図6に示すように、M行×N列の行列で表されるスペクトルデータy(t,λ)は、M行×3列である左特異行列C(t)と、3行×N列である右特異行列ST(λ)の積で近似することができる。右特異行列は波長λを変数とする三つの基底ベクトルを含み、左特異行列は時間tを変数とする三つの重み付けベクトルを含む(ステップS4)。
【0035】
上記ステップS2~S4の処理は、いわゆる特異値分解による行列の低ランク近似(Low Rank Approximation)として知られている行列演算である。この処理は、測定データを示す多数の特異ベクトルのうちの主要な三つの成分のみを残して他を削除することを意味しており、スペクトルデータy(t,λ)に対し、主要な三つの特異ベクトルSkが張る部分空間へ射影するフィルタリング処理を施すことに相当する。これを式で表すと次の(2)式となる。
P(t,λ)=y(t,λ)(SST) …(2)
SST=ΣSkk T
ここで、yP(t,λ)は処理後の測定データである。
【0036】
図7は、上記例における低ランク近似行列を用いて3次元データを再構成した結果である。図7(A)に示すように元の測定データにノイズが多い場合、該測定データに射影フィルタを適用すると、図7(B)に示すようにノイズは大幅に低減される。即ち、上記処理はSN比を改善する効果を有する。これは、特許文献2等にも示されている低ランク近似によるノイズ除去に相当する。
【0037】
本発明に係る手法における低ランク近似の特長としては、3次元データに寄与がある成分数まで、つまり極限まで、データ行列の低ランク化を行うことである。信号処理の対象とするデータ範囲(PDA検出器を用いたLC装置では溶出時間帯)を特定のクロマトグラムピークに限定することで、極限まで次元数を落とす低ランク化が可能となり、これに伴って、ノイズ除去効果も最大となる。これは、「寄与成分数」という概念を有さない特許文献2等に記載の従来法では、元データに含まれる有用な情報が失われることを回避するために低ランク化を極限まで推し進めることができず、ノイズ除去効果が限定的であったことと対照的である。
【0038】
上述したように測定データの行列は二つの特異行列に分解されるものの、右特異行列を構成する三つの基底ベクトルは三つの単成分のスペクトルに対応しているわけではない。したがって、行列を構成する三つの重み付けベクトルも各成分由来の信号が混ぜ合わされたものとなっている。そのため、単成分に対応するスペクトル及びクロマトグラムに分離する必要がある。そこで、ここでは特異値分解で得られた左特異行列C(t)に着目する。この行列における特異ベクトル(重み付けベクトル)は時間tの関数である。各時間tにおける三つの特異ベクトル成分を一組として考え、これがSVD射影空間での座標(C1,C2,C3)を与えるものとする。そして、各時間tの座標を時間に沿って結んだものをクロマトグラム軌跡(Trajectory)と定義する。SVD射影空間は上記の仮のランク数(つまりは仮の成分数)nと同じ次元の空間であるから、この例では3次元空間である。
【0039】
三つの仮の成分C1、C2、C3をそれぞれ軸とするSVD射影空間内に、上記クロマトグラム軌跡を描出すると、図8(D)に示すように、点Pから出発して点Pに戻るように1周する概略的に曲線的である軌跡が得られる。これを二つの成分を軸とする三面図で示すと図8(A)~(C)に示すようになる。
【0040】
図8(A)に示すように、成分C1、C2を2軸とする平面上でクロマトグラム軌跡は明瞭に1周するのに対し、成分C2、C3を2軸とする平面上、及び、成分C1、C3を2軸とする平面上においてC3の方向に有意な軌跡はみられない。このことから、成分C3は実際には有意な成分ではなくノイズしか含まない、と判断することができる。即ち、この例では特異値の判定結果から仮の成分数を3と決定したが、SVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡の状況から、実は有意な成分は二つのみであると判断することができる。そこで、ピーク分離部221は、成分数が2であると決定する。なお、クロマトグラム信号が純粋な成分(単一成分)によるものである場合には、クロマトグラム軌跡は直線上を往復する一次元の軌跡を描く。
【0041】
このように、SVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡の挙動を利用して正確な成分数を求めることができる。例えばクロマトグラム上で観測されるピークが純粋な成分であるか否かのみを確認したいような場合、つまりピーク純度判定を目的としている場合には、このように成分数が決定された時点で処理を打ち切ればよい。
【0042】
三つの基底ベクトル(右特異行列)ST(λ)及び三つの重み付けベクトル(行列)<C>(t)から、それぞれ、三つの単成分のスペクトル及び三つの分離クロマトグラム信号へのピーク分離は、変換行列T(i,j)を用いた基底変換と呼ばれる数学的処理によって実施する。なお、図面ではオーバーラインを用いているが、明細書中ではオーバーラインに代えて<>の記号を用いる。つまり<C>はCのオーバーラインを意味する。
以下に述べるように、クロマトグラム軌跡のもつ特徴方位から変換行列の各成分を求めた後、同一の変換行列を用いて、単成分のスペクトル及び分離クロマトグラム信号を算出する。
【0043】
いま、3行3列である基底ベクトルの変換行列T(i,j)を考えると、図9に示すように、左特異行列C(t)と右特異行列ST(λ)の積は、左特異行列と右特異行列との間に変換行列T(i,j)とその逆行列T-1との積を挟んだ形式に書き換えることができる。左特異行列C(t)を構成する三つの重み付け付けベクトルつまり特異的クロマトグラム信号は、分離クロマトグラム信号により構成される行列<C>(t)に変換行列T(i,j)を乗じた形式と書くことができる。したがって、その逆に、行列<C>(t)は左特異行列C(t)に変換行列Tの逆行列T-1を乗じることで求まる。即ち、SVD射影空間でのピーク分離は、基底ベクトル変換行列T(i,j)を求めることに帰着される。
【0044】
図10(B)に示すように、クロマトグラム上で二つのピークA、Bが重なっている場合、両ピークが完全に一致している場合、及び一方のピークが他方のピークの期間中に完全に含まれてしまう場合を除けば、それらピーク全体の期間の中で、ピークAのみが存在している期間t1とピークBのみが存在している期間t2とが必ず存在する。上述したように、左特異行列C(t)を構成する特異的クロマトグラム信号は複数の成分由来の信号が混ぜ合わされたものであるが、一つのピークのみが存在している期間t1、t2と二つのピークが共に存在する期間とではその信号の挙動が異なる筈である。
【0045】
図10(A)には成分C1、C2の2軸平面上でのクロマトグラム軌跡を示すが、点Pからスタートした軌跡は時間経過に伴って略三角形に進んで点Pに戻る。その略三角形の各辺は、ピークAのみが存在している期間t1、両ピークが共に存在している期間、及びピークBのみが存在している期間t2にそれぞれ対応する。したがって、クロマトグラム軌跡において、期間t1に対応する辺の方向はピークAに対応する単成分の基底ベクトル(特徴方位ベクトルτ1)を示し、期間t2に対応する辺の方向はピークBに対応する単成分の基底ベクトル(特徴方位ベクトルτ2)を示している。但し、図10(A)からも分かるように、クロマトグラム軌跡は完全な三角形状ではなく、各辺は直線ではなくむしろ曲線であるから、その各辺の曲線の接線の方向を求めることで、二つの単成分にそれぞれ対応する基底ベクトルの方向を求めるとよい。
【0046】
変換行列T(i,j)は、上で求めた特徴方位ベクトルτk(但しk=1,2,…)のC1、C2、C3成分を用いて表すことができる。図8(B)、(C)からC3成分はノイズのみが寄与していることが分かるので、この方位はそのままノイズ方位として残すとすると変換行列は(3)式に示すようになる。
【数1】
ここで、τ1=(τ11 τ12 0)、τ2=(τ21 τ22 0)である。特徴方位ベクトルτkの成分がそのまま変換行列の成分となる。もしSVD射影空間のC3成分がノイズ由来ではなく第3成分からの寄与による場合には、後述するように第3の特徴方位ベクトルτ3が得られる。このとき変換行列の第3行目は、τ3=(τ31 τ32 τ33)の3成分で与えられる。
【0047】
ピーク分離部221は上記のようにSVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を幾何学的に解析することで、重なっている単成分に対応する基底ベクトル(特徴方位ベクトル)を算出し、その結果に基いて変換行列T(i,j)を作成する(ステップS6)。
【0048】
変換行列T(i,j)が求まったならば、図11に示すように、変換行列T(i,j)の逆行列T-1を左特異行列C(t)に乗じることで、分離クロマトグラム信号により構成される行列<C>(t)を算出する。一方、図12に示すように、変換行列T(i,j)を右特異行列ST(λ)に乗じることで、分離スペクトル信号により構成される行列<ST>(λ)を算出する(ステップS7)。
【0049】
算出された二つの成分<C1>、<C2>の分離クロマトグラム信号を図11(B)右に示し、二つの成分<C1>、<C2>の理論上のクロマトグラムを図11(C)に示す。両図を比べると、クロマトグラムにおけるピーク形状はかなり良好に再現されていることが分かる。また、算出された二つの成分<ST 1>、<ST 2>の分離スペクトル信号を図12(B)右に示し、二つの成分<ST 1>、<ST 2>の理論上のスペクトルを図12(C)に示す。両図を比べると、スペクトルにおけるピーク形状も良好に再現されていることが分かる。
【0050】
本実施形態のLC装置においてピーク分離部221は、上述したような手順でクロマトグラム及びスペクトルにおいて重なっているピークを分離する処理を実施する。そして、ピーク決定部222はピーク分離が行われたあとに、クロマトグラムにおけるピークのピークトップの位置(保持時間)を求めるとともに、ピーク面積を計算する。また、スペクトルにおけるピークのピークトップの位置(最大吸収波長)も求める。定性・定量解析部23は、保持時間及び最大吸収波長に基いて成分を特定し、ピーク面積値から特定した成分の定量を行う。こうして、カラムにおいて十分に分離されなかった複数の成分の定性及び定量を的確に行うことができる。
【0051】
[3成分が混在している場合のピーク分離方法]
上記2成分混在モデルでは、クロマトグラム上で二つの成分にそれぞれ由来するピークが重なっていたが、いずれの成分も単独で現れる時間帯が存在していた。これに対し、3成分が混在している場合には、1番目に現れる成分Aと3番目に現れる成分Cは単独で現れる時間帯が存在しているものの、2番目に現れる成分Bは成分A又は成分Cのいずれか又は両方と重なって溶出していることがしばしばある。次に、こうした3成分混合モデルを想定したピーク分離について説明する。
【0052】
図13は、3成分混在モデルの3次元データの一例である。この3次元データに対して上述したように特異値分解による低ランク近似を行って、ランク低減した左特異行列と右特異行列とを求める。図14(A)は、左特異行列を構成する三つの重み付けベクトル(特異的クロマトグラム信号)を示す図、図14(B)は、右特異行列を構成する三つの基底ベクトル(特異的スペクトル信号)を示す図である。
【0053】
図15は、特異値分解による低ランク近似を行って得られた、SVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を示す図である。2成分が混在している場合にはクロマトグラム軌跡は一つの平面上に載るが、3成分が混在している場合、クロマトグラム軌跡は3次元的なものとなる。
【0054】
ここでは、三つの成分の溶出時間帯が重なっているものの、その三つの成分のうちの1番目に溶出する成分Aの溶出開始時点から所定時間は成分Aのみが溶出し、3番目に溶出する成分Cの溶出終了時点から所定時間だけ遡った期間には成分Cのみが溶出するものとする。即ち、成分A、Cの二つについては単一成分のみ溶出している溶出時間帯が存在するものとする。また、成分Bについては、成分Aとの2成分が混在して溶出している溶出時間帯と、成分Cとの2成分が混在して溶出している溶出時間帯とが存在するものとする。
【0055】
このような前提の下では、成分A、Cにそれぞれ対応する基底ベクトルの方向(特徴方位ベクトルτ1、τ3)は2成分混在モデルの例と同様に、クロマトグラム軌跡である曲線の接線の方向から求めることができる。即ち、図15において、点Pからスタートするクロマトグラム軌跡の曲線の接線は単一成分Aの基底ベクトルの方向を示し、点Pに戻るクロマトグラム軌跡の曲線の接線は単一成分Cの基底ベクトルの方向を示す。
【0056】
一方、成分Aのみが溶出する時間が終了すると次いで、成分Aと成分Bとの2成分が混在して溶出する。成分Aと成分Bとの2成分のみが混在して溶出している期間では、クロマトグラム軌跡は、SVD射影空間内で成分Aに対応する特徴方位ベクトルτ1と成分Bの特徴方位ベクトルτ2の2軸が張る一つの平面(図15中の第1面)上に載ることになる。同様に、成分Bと成分Cとの2成分のみが混在して溶出している期間では、クロマトグラム軌跡は、SVD射影空間内でそれぞれの成分に対応する特徴方位ベクトルτ2、τ3が張る一つの平面(図15中の第2面)上に載ることになる。以上の幾何学的な考察により、2番目に溶出する成分Bの基底ベクトルの方向(特徴方位ベクトルτ2)は、上記の第1面と第2面との交線の方向よって求まることが分かる。
【0057】
以上のようにして、三つの成分A、B、Cそれぞれの基底ベクトルの方向を求めることができるから、ピーク分離部221は上記のようにSVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を幾何学的に解析することで、重なっている単成分に対応する基底ベクトルの方向を算出し、その結果に基いて次の(4)式で示される変換行列T(i,j)を作成することができる。
【数2】
但し、τ1=(τ11 τ12 τ13)、τ2=(τ21 τ22 τ23)、τ3=(τ31 τ32 τ33)である。そして、その変換行列T(i,j)を用いることで、クロマトグラム上及びスペクトル上で三つの成分に対応するピークを分離することができる。
【0058】
図16は、図15に示したクロマトグラム軌跡から求めた変換行列を利用して、クロマトグラム上のピークを分離した状態の図(A)、及びスペクトル上のピークを分離した状態の図(B)である。このように重なり合っている三つの成分のピークを的確に分離し、成分毎のピーク情報を取得して正確な定性分析や定量分析が行える。
【0059】
[3成分が混在している場合のピーク分離方法の他の例]
3成分混在モデルにおいてさらにピークの分離が悪い状態(重なりが大きい状態)である場合の解析例を示す。
図17は、3成分混在モデルの3次元データの他の例である。図17(B)に示すように、この例では時間軸上で三つのピークの分離度が悪く、一つのピークに見える状態である。
【0060】
図18は、上記3次元データに対し、特異値分解による低ランク近似を行って得られた、SVD射影空間におけるクロマトグラム軌跡を示す図である。3次元のSVD射影空間で得られるクロマトグラム軌跡の挙動から、一見一つのピークに見えるクロマトグラムであるものの、実際にはスペクトルパターンが異なる3成分の寄与があることが明瞭である(本質的に3次元の図形が描かれている)。この例においても、成分A、Cの二つについては単一成分のみ溶出している溶出時間帯が短時間であるが存在する。したがって、図18において、点Pからスタートするクロマトグラム軌跡の曲線の接線は単一成分Aの基底ベクトルの方向(特徴方位ベクトルτ1)を示し、点Pに戻るクロマトグラム軌跡の曲線の接線は単一成分Cの基底ベクトルの方向(特徴方位ベクトルτ3)を示す。
【0061】
また、成分Aと成分Bとの2成分のみが混在して溶出している期間にクロマトグラム軌跡が載っている第1面、及び、成分Bと成分Cとの2成分のみが混在して溶出している期間にクロマトグラム軌跡が載っている第2面を、それぞれSVD射影空間内に定めることができる。したがって、2番目に溶出する成分Bの基底ベクトルの方向(特徴方位ベクトルτ2)は、上記第1面と第2面との交線の方向より求めることができる。
【0062】
以上のようにして、三つの成分A、B、Cそれぞれの基底ベクトルの方向を求めることができ、その結果に基いて変換行列T(i,j)を作成することができる。
図19は、図18に示したクロマトグラム軌跡から求めた変換行列を利用して、クロマトグラム上のピークを分離した状態の図(A)、及びスペクトル上のピークを分離した状態の図(B)である。このように、かなり分離が悪い状態であっても、重なり合っている三つの成分のピークを的確に分離し、成分毎のピーク情報を取得して正確な定性分析や定量分析が行える。
【0063】
上記説明では、2成分混在の場合と3成分混在の場合とについて説明したが、4以上の成分が混在している場合であっても、理論的には、4次元以上の信号部分空間内でのクロマトグラム軌跡の幾何学的解析によって、各成分の基底ベクトルの方向を求め、それにより変換行列を作成することが可能である。その結果、そうした多成分にそれぞれ対応するピークをクロマトグラム及びスペクトルにおいて分離することができる。
【0064】
なお、上記実施形態は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を加えても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0065】
例えば、上記実施形態は本発明に係るピーク解析方法及び波形処理装置をPDA検出器を搭載したLC装置に適用したものであるが、波長走査可能な紫外可視分光検出器を用いたLC装置や質量分析装置を検出器としたLC-MSに本発明を適用可能であることは明らかである。また、赤外分光検出器を用いたガスクロマトグラフ装置や質量分析装置を検出器としたGC-MSに本発明を適用可能であることも明らかである。これらはいずれも、本発明において、第1のパラメーターが波長、波数、又は質量電荷比であり、第2のパラメーターは時間である。
【0066】
また、第1及び第2のパラメーターはこれらに限らない。例えば、GC×GC装置、LC×LC装置では、第1のパラメーター及び第2のパラメーターがいずれも時間である3次元クロマトグラムを取得することができる。この3次元データに対し本発明を適用することもできる。
【0067】
また、第2のパラメーターは時間に限らず、例えば位置情報などでもよい。例えば、イメージング質量分析装置において、空間位置が相違する多数の測定点からそれぞれ得られるマススペクトルデータが得られるが、こうしたデータを処理する際に本発明を用いることもできる。
【0068】
また、試料採取にレーザーマイクロダイセクション法を用いて空間位置が相違する多数の測定点からそれぞれ得られた試料をLC分析する場合には、その多数の測定点それぞれについてクロマトグラムが得られるが、そうしたデータを処理する際に本発明を用いることもできる。
【0069】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0070】
(第1項)本発明に係るピーク解析方法の一態様は、コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得ステップと、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において前記第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離ステップと、
を実行するものである。
【0071】
(第7項)本発明に係る波形処理装置の一態様は第1項に記載のピーク解析方法を利用した装置であり、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測される、前記第1のパラメーターの次元で観測される信号パターンに基く互いに異なる要因に由来する複数のピークが重なっているピークを、個々のピークに分離する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において、複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡に対する幾何学的解析を行うことで、複数の前記基底ベクトルが張る空間内での特徴方位を推定し、該特徴方位に関連する情報を含む変換行列を求める変換行列取得部と、
前記変換行列を用い前記第1のパラメーターの次元の前記第1行列において第1の信号波形に重なっている複数の信号波形をデコンボリューションにより求め、前記変換行列を用い前記第2行列において前記第2の信号波形上のピークを分離するピーク分離演算部と、
を備えるものである。
【0072】
第1項に記載のピーク解析方法及び第7項に記載の波形処理装置によれば、ピーク検出やピーク分離のための煩雑なパラメーターを設定することなく、またユーザーによる判断や手動での作業を行うことなく、例えばクロマトグラムやスペクトル等の信号波形において重なっているピークを分離し、個々のピークの情報を抽出することができる。それにより、効率的で且つ精度の高いピーク分離及びピーク検出を行うことができる。
【0073】
(第2項、第8項)第1項に記載のピーク解析方法、及び第7項に記載の波形処理装置において、前記異なる要因は試料中の成分であり、前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムであるものとすることができる。
【0074】
第1項に記載のピーク解析方法及び第7項に記載の波形処理装置によれば、PDA検出器や紫外可視分光検出器等を検出器として用いた液体クロマトグラフ装置、液体クロマトグラフ質量分析装置、赤外分光検出器等を検出器として用いたガスクロマトグラフ装置、ガスクロマトグラフ質量分析装置などにおいて、波長スペクトルやマススペクトルにおいて重なっている複数の成分に由来するピーク、及び、クロマトグラムにおいて重なっている複数の成分に由来するピークを良好に分離することができる。それによって、各成分に対応するピークのピークトップの位置を正確に求め、該成分の正確な同定、つまりは定性分析が可能である。また、各成分に対応するピークの面積や高さを正確に求め、面積値又は高さ値から該成分の正確な定量が可能である。
【0075】
(第3項)第2項に記載のピーク解析方法において、前記変換行列取得ステップでは、前記軌跡の中で単一の成分のみが存在する時間範囲における部分の形状の解析に基いて、該単一の成分に対応する特徴方位を推定するものとすることができる。
【0076】
(第9項)また第8項に記載の波形処理装置において、前記変換行列取得部は、前記軌跡の中で単一の成分のみが存在する時間範囲における部分の形状の解析に基いて、該単一の成分に対応する特徴方位を推定するものとすることができる。
【0077】
具体的に、SVD射影空間内における軌跡の中で単一の成分のみが存在する時間範囲に対応する部分の形状が略曲線状である場合には、その曲線の接線を求め、該接線の方向を当該単一の成分に対応する特徴方位とすればよい。
第3項に記載のピーク解析方法及び第9項に記載の波形処理装置によれば、単一の成分に対応する特徴方位を容易に且つ的確に求めることができる。
【0078】
(第4項)第3項に記載のピーク解析方法において、第1、第2、第3なる三つの成分が混在しているピークに対するピーク分離が遂行されるものであって、該ピークが、第1成分のみが存在する第1時間範囲、第1成分と第2成分とが混在している第2時間範囲、三つの成分が混在している第3時間範囲、第2成分と第3成分とが混在している第4時間範囲、及び第3成分のみが存在する第5時間範囲、を含む条件の下で、前記変換行列取得ステップでは、前記軌跡の中で第1時間範囲及び第2時間範囲に対応する部分により規定される平面と、第4時間範囲及び第5時間範囲に対応する部分により規定される平面との交線から、前記第2成分に対応する特徴方位を推定するものとすることができる。
【0079】
(第10項)第9項に記載の波形処理装置において、第1、第2、第3なる三つの成分が混在しているピークに対するピーク分離が遂行されるものであって、該ピークが、第1成分のみが存在する第1時間範囲、第1成分と第2成分とが混在している第2時間範囲、三つの成分が混在している第3時間範囲、第2成分と第3成分とが混在している第4時間範囲、及び第3成分のみが存在する第5時間範囲、を含む条件の下で、前記変換行列取得部は、前記軌跡の中で第1時間範囲及び第2時間範囲に対応する部分により規定される平面と、第4時間範囲及び第5時間範囲に対応すると推定される部分に対応する部分により規定される平面との交線から、前記第2成分に対応する特徴方位を推定するものとすることができる。
【0080】
なお、第1成分及び第3成分にそれぞれ対応する特徴方位は、上記第3項に記載のピーク解析方法を用い、前記軌跡の中で、第1時間範囲及び第5時間範囲にそれぞれ対応する部分の形状から求めればよい。
【0081】
第4項に記載のピーク解析方法及び第10項に記載の波形処理装置によれば、3成分が混在しているピークについても、その三つの成分それぞれに対応する特徴方位を容易に且つ的確に求めることができる。
【0082】
(第5項)本発明に係るピーク解析方法の他の態様は、コンピューターを用い、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定するピーク解析方法であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解ステップと、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定ステップと、
を実行するものである。
【0083】
(第11項)本発明に係る波形処理装置の他の態様は、第5項に記載のピーク解析方法を利用した装置であり、第1のパラメーターと信号強度との関係を示す第1の信号波形が第2のパラメーターが変化する毎に得られてなる3次元データを処理し、前記第1の信号波形及び前記第2のパラメーターと信号強度との関係を示す第2の信号波形において観測されるピークの純度を判定する波形処理装置であって、
処理対象の3次元データを表す入力行列に対し特異値分解を行い、それにより得られる特異値に基いて、前記入力行列よりも低減されたランク数を有する、前記第1のパラメーターについての複数の基底ベクトルを表す第1行列、及び、前記第2のパラメーターについての複数の重み付けベクトルを表す第2行列、を求める特異値分解処理部と、
前記特異値分解により与えられた前記低減されたランク数を次元とするSVD射影空間において複数の前記重み付けベクトルにより規定された軌跡を利用して、前記ピークに対応する成分の数を推定する成分数推定部と、
を備えるものである。
【0084】
(第6項)第5項に記載のピーク解析方法において、前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムであるものとすることができる。
【0085】
(第12項)また同様に、第11項に記載の波形処理装置においても、前記第1のパラメーターは波長又は質量電荷比であって前記第1の信号波形は波長スペクトル又はマススペクトルであり、前記第2のパラメーターは時間であって前記第2の信号波形はクロマトグラムであるものとすることができる。
【0086】
第5項及び第6項に記載のピーク解析方法、並びに第11項及び第12項に記載の波形処理装置によれば、ピーク検出やピーク純度判定のための煩雑なパラメーターを設定することなく、またユーザーによる判断や手動での作業を行うことなく、例えばクロマトグラムやスペクトル等の信号波形において一つに見えるピークが単一成分由来のものか或いは複数の成分由来のものかを精度良く判定することができる。それにより、効率的に且つ高い精度でピークの純粋性を把握することが可能となる。
【符号の説明】
【0087】
10…測定部
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…インジェクター
14…カラム
15…PDA検出器
20…データ解析部
21…データ収集部
22…波形処理部
221…ピーク分離部
222…ピーク決定部
23…定性・定量解析部
24…入力部
25…表示部
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