(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】締結部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/16 20060101AFI20230711BHJP
F16B 33/06 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
C23C8/16
F16B33/06 A
(21)【出願番号】P 2021575853
(86)(22)【出願日】2021-02-04
(86)【国際出願番号】 JP2021004055
(87)【国際公開番号】W WO2021157644
(87)【国際公開日】2021-08-12
【審査請求日】2022-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2020017942
(32)【優先日】2020-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】318012654
【氏名又は名称】株式会社ヤハタホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】芹澤 愛
(72)【発明者】
【氏名】石崎 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 歩美
【審査官】酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/163155(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/135363(WO,A1)
【文献】特開平03-158476(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/16,22/00-22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなる基材と、前記基材を被覆する防食皮膜とを有する締結部材であって、
前記防食皮膜は、水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))を含み、
前記締結部材についてCu-Kα線を用いたX線回折分析をしたときのプロファイルにおいて、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークのピーク強度をI
B(020)、メインピークであるアルミニウムの(200)面の回折ピークのピーク強度をI
Al(200)としたとき、ピーク強度比R(I
B(020)/I
Al(200))が0.003以上0.1以下であり、
水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークの半値幅が0.20°以下であることを特徴とする締結部材。
【請求項2】
防食被皮膜の厚さは、1μm~15μmである
請求項1に記載の締結部材。
【請求項3】
ビッカース硬度で100Hv~250Hvである請求項1
又は請求項2に記載の締結部材。
【請求項4】
アルミニウム合金は、Al-Si系アルミニウム合金、Al-Cu系アルミニウム合金、Al-Mg系アルミニウム合金、Al-Mg-Si系アルミニウム合金、Al-Zn-Mg系アルミニウム合金又はAl-Zn-Mg-Cu系合金である請求項1~
請求項3のいずれかに記載の締結部材。
【請求項5】
締結部材は、ボルト、ネジ、ナットである請求項1~
請求項4のいずれかに記載の締結部材。
【請求項6】
請求項1~
請求項5のいずれかに記載の締結部材の製造方法であって、
アルミニウム合金からなる基材を洗浄する洗浄工程と、
前記洗浄工程後の前記基材を460℃以上570℃以下の温度に加熱した後に急冷する溶体化処理を行う溶体化工程と、
溶体化処理後の基材を水蒸気に接触させることで皮膜を形成する防食皮膜形成工程と、を含み、
前記洗浄工程は、前記基材のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm
2以下となるまでに洗浄する工程であり、
前記防食皮膜形成工程は、230℃~290℃の水蒸気と接触させる工程である、締結部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金からなる締結部材に関する。詳しくは、アルミニウム合金基材の表面に耐食性に優れた皮膜を有する締結部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金は軽量であることから、自動車、航空機及びその他の工業分野一般において、各種部品の軽量化を目的して広く用いられ、その適用範囲が拡大している。特に、自動車分野の締結部材においては、車体軽量化による燃費向上を目的として、従来の鉄鋼製の締結部材に代わり、比較的に軽量なアルミニウム合金製の締結部材が注目されている。
【0003】
融点が比較的低いアルミニウム合金にとって、上述した用途の使用環境は高温環境といえる。そのため、アルミニウム合金材の表面酸化による腐食が懸念される。アルミニウムは空気中に放置すると自然酸化膜が生成され不動態化するが、この自然酸化皮膜の厚さは数ナノメートル程度あるので、極度の湿気、酸またはアルカリ環境化において腐食し易い。そこで、従来から、アルミニウム合金材の耐食性を向上させるための表面処理方法が検討されている。現在では、使用環境に応じ、アルマイト処理、ベーマイト処理及びめっき処理の他に、リン酸クロメート処理、クロム酸クロメート処理、リン酸亜鉛処理、ノンクロメート処理等の化成処理が知られている(例えば、特許文献1及び特許文献2)。これら各種の化成処理では、H2SO4等の酸やアルカリ、Cr等の重金属イオンを含む処理液に、被処理材となるアルミニウム合金を接触・浸漬して合金表面に防食皮膜を形成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-232366号公報
【文献】特開平9-112521号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような化成処理等の表面処理技術においては、特異な処理液の調達や廃液処理のためのコスト増大の問題や環境に対する負荷の問題があった。また、これらの表面処理技術を複雑な形状の締結部材に適用する場合は、処理液中(液相中)で実施されるために均一な防食皮膜を形成することが困難であり、処理液中の気泡が防食皮膜の安定的な形成を阻害することがあった。特に、締結部材のねじ山部等に対する防食皮膜の形成は、著しく困難であった。均一な防食皮膜が安定的に形成されていない締結部材は、腐食による強度低下が原因で、破断の恐れがある。
【0006】
本発明者等も、アルミニウム合金材の耐食性向上のため、所定の温度範囲の水蒸気を合金表面に接触させる表面処理方法を開示している。このようなアルミニウム合金材の水蒸気処理においては、表面に水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))を主成分とする皮膜が形成され、この皮膜の防食作用により耐食性が向上する。
【0007】
水蒸気処理は、廃液処理等の観点から安全性・環境適合性を有するうえに、比較的簡易にアルミニウム合金材に防食皮膜形成による耐食性を付与することができる。但し、上述したアルミニウム合金材の適用範囲の拡大傾向を考慮したとき、従来の化成処理等の表面処理技術と同等以上に耐食性が優れた防食皮膜が望まれている。また、水蒸気処理を締結部材に適用する場合には、締結時又は締結後に応力が付加されるため、防食皮膜が高硬度かつ密着性に優れることも要求される。
【0008】
しかしながら、水蒸気処理によるアルミニウム合金材の耐食性向上効果に関しては、未だ不明な点も多く、防食皮膜の構成等には、まだ改良の余地があると予測される。特に、ボルト等の締結部材のように複雑な形状を有する部材の表面を十分に被覆しつつ密着性を有する防食皮膜に関する具体的で詳細な知見はない。
【0009】
本発明は以上のような背景のもとになされたものであり、アルミニウム合金からなる締結部材であって、均一で安定的で、且つ、密着性に優れた防食皮膜を有するものを提供することを目的とする。また、耐食性と同時に強度面でも改善された締結部材についても開示する。更に、前記した防食皮膜の形成と強度上昇の双方の効果を一つの処理工程で行うことができる締結部材の製造方法についても明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行い、アルミニウム合金からなる締結部材の表面に、特定の結晶面についての配向性が高い水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))を含む防食皮膜を形成することで、耐食性が向上し、密着性に優れた締結部材に有用となることを見出した。
【0011】
即ち、本発明は、アルミニウム合金からなる基材と、前記基材を被覆する防食皮膜とを有する締結部材であって、前記防食皮膜は水酸化酸化アルミニウム(AlO(OH))を含み、前記締結部材についてCu-Kα線を用いたX線回折分析をしたときのプロファイルにおいて、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークのピーク強度をIB(020)、メインピークであるアルミニウムの(200)面の回折ピークのピーク強度をIAl(200)としたとき、ピーク強度比R(IB(020)/IAl(200))が0.003以上0.1以下であることを特徴とする締結部材である。以下、本発明に係る締結部材について、その構成を詳細に説明する。
【0012】
(A)本発明に係る締結部材の構成
(A―1)基材
上記のとおり、本発明に係る締結部材を構成する基材は、アルミニウム合金からなる。このアルミニウム合金としては、アルミニウムを主成分としつつ、少なくとも1種の添加元素が添加された合金である。添加元素としては、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、ケイ素(Si)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、リチウム(Li)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銀(Ag)、ジルコニウム(Zr)、クロム(Cr)の少なくとも1種以上の元素が添加されたアルミニウム合金が基材となる。本発明の基材は、これらの添加元素を合計で0.1質量%以上50質量%未満含むアルミニウム合金が好ましい。
【0013】
ここで、アルミニウム合金基材の材料組織は、母相となるアルミニウムに、添加元素を含む化合物が析出し分散した組織を呈していることが好ましい。この化合物は、アルミニウム合金の添加元素で構成される化合物である。化合物の具体的な構成は、基材となるアルミニウム合金の組成に基づく。上記のとおり、アルミニウム合金基材の添加元素としては、亜鉛、マグネシウム、ケイ素、銅、マンガン、リチウム、鉄、ニッケル、銀、ジルコニウム、クロム等が添加されていることが多い。この場合、アルミニウム合金基材中で分散する化合物は、これらの金属元素の少なくとも1種よりなる。具体的には、Mg-Si系化合物(Mg2Si等)、Mg-Zn系化合物(MgZn2等)、Al-Mg-Zn系化合物(Mg3Zn3Al2等)、Cu-Mg系化合物(CuMg2等)、Al-Fe系化合物(AlFe2等)、Al-Fe-Si系化合物(Al12Fe3Si等)、Al-Cu系化合物(CuAl2等)、Al-Cu-Mg系化合物(AlCuMg、Al2CuMg等)、Al-Mn系化合物(Al6Mn等)、Al-Mn-Fe系化合物(Al6MnFe等)、Al-Mn-Si系化合物、Al-Fe-Mn-Si系化合物等の化合物が分散する。
【0014】
具体的なアルミニウム合金としては、国際アルミニウム合金名で規定されている各種のアルミニウム合金が挙げられる。例えば、2000系合金のAl-Cu系合金、4000系合金のAl-Si系合金、5000系のAl-Mg系合金、6000系合金のAl-Mg-Si系合金、7000系合金のAl-Zn-Mg系合金が好適であり、Al-Cu、Al-Mg-Si、Al-Zn-Mg系合金等の析出硬化型の各種アルミニウム合金が特に好適である。但し、これらのような規格化された合金系に限られることはなく、広範な組成の合金系が適用できる。
【0015】
(A―2)防食皮膜
本発明に係る締結部材を構成するアルミニウム合金からなる基材の表面は、水酸化酸化アルミニウムを含む防食皮膜によって被覆されている。本発明において扱う水酸化酸化アルミニウムとは、ベーマイトとも称されており、γ-AlO(OH)又は単にAlO(OH)と表記されるアルミニウム化合物である。本発明に係る水酸化酸化アルミニウムに用いるアルミニウム源は特に限定されるものではないが、基材を構成するアルミニウム合金中に含有されるアルミニウムを原料とするものが好ましい。また、防食皮膜は、水酸化酸化アルミニウムを主成分とするが、この他に基材のアルミニウム合金に含有されるアルミニウム以外の各種添加元素、水酸化アルミニウム(Al(OH)3)、疑ベーマイト等を不可避不純物として許容する。
【0016】
(A―2―1)X線回折パターン
本発明に係る締結部材の構成は、X線回折法(XRD)により得られるプロファイル(X線回折パターン)に基づいて構成を特定することができる。X線回折法のX線源については、CuをX線源に用いたCu-Kα線によって得られるプロファイルに基づいて構成を特定する。X線回折法は、そのプロファイルに基づいて、測定対象物の結晶面(ミラー指数)等を特定可能であり、得られる回折ピーク(ピーク強度)からその存在比率を確認できる。本発明に係る締結部材においても、基材を構成するアルミニウム合金の母相であるアルミニウムと、前記基材を被覆する防食皮膜の水酸化酸化アルミニウムについて、結晶面とその存在比率を確認できる(X線回折分析)。
【0017】
本発明に係る締結部材は、Cu-Kα線を用いたX線回折分析をしたときのプロファイルにおいて、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークのピーク強度をIB(020)、メインピークであるアルミニウムの(200)面の回折ピークのピーク強度をIAl(200)としたとき、IB(020)をIAl(200)で除すことで算出されるピーク強度比R(IB(020)/IAl(200))が0.003以上0.1以下であることを特徴とするものである。即ち、本発明における防食皮膜の特徴は、水酸化酸化アルミニウムの特定の結晶面(020)が基材の母相となるアルミニウムに対して、ピーク強度比Rで示される特定範囲の存在比率であることを特徴とする。
【0018】
ピーク強度比Rが0.003以上0.1以下である締結部材においては、耐食性が向上し、締結部材として有用である。ピーク強度比Rは、0.003未満では水酸化酸化アルミニウムの成長が不十分であり、防食皮膜としての効果が薄い。一方、0.1を超えた水酸化酸化アルミニウムを含む防食皮膜も耐食性が低下する傾向にある。また、過度に成長した水酸化酸化アルミニウムは防食皮膜の密着性が低下するため好ましくない。ピーク強度比Rの範囲については、下限値は0.005が好ましく、0.01がより好ましい。上限値は、0.05が好ましく、0.03がより好ましい。
【0019】
また、上述したX線回折法によるプロファイルにおいて、本発明に係る締結部材は、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークの半値幅が0.20°以下であることが好ましい。回折ピークの半値幅が0.20°以下とすることで、結晶性の高い水酸化酸化アルミニウムの成長が確認される。この結晶性の高い水酸化酸化アルミニウムは、締結部材の防食皮膜として高い密着性と耐食性を発揮し得る。尚、本発明に係る半値幅は、半値全幅を適用する。半値全幅は、回折ピークの高さの1/2の幅で定義される。したがって、半値幅(半値全幅)の最小値は、0になることはなく0超となる。
【0020】
(A―2―2)防食皮膜の厚さ
本発明に係る締結部材の防食皮膜の厚さは、1μm~15μmであることが好ましい。1μm未満になると、締結部材としての耐食性が不足して好ましくない。15μmを超えると、基材との密着性が低下するため、締結時又は締結後における応力によって剥離する恐れがある。
【0021】
(A―3)本発明に係る締結部材の強度
本発明に係る締結部材は、強度においても優れている。具体的には、ビッカース硬度で100Hv~250Hvであるものが好ましい。この硬度は、同組成のアルミニウム合金からなる同種の締結部材に対して、2倍~5倍である。この改善された硬度は、防食皮膜の効果というよりも、基材そのものの硬度上昇に起因する。後述のとおり、防食皮膜を形成する際の処理温度により、皮膜の形成と同時に硬度上昇が生じる。
【0022】
(A―4)本発明に係る締結部材の具体的態様
本発明に係る締結部材は、一般的な締結部品として適用され、特に限定されない。例えば、ボルト、ネジ、ナット、タップ、座金及びリベット等の一般締結部品、並びに、これら締結部品を使用した部品などに適用することができる。特に、複雑な形状の締結部品について、安定的な防食皮膜の形成が可能であるため有用である。具体的には、ボルト、ネジ、ナットが挙げられる。
【0023】
(B)本発明に係る締結部材の製造方法
次に、本発明に係る締結部材の製造方法について説明する。本発明に係る締結部材の製造において、基材であるアルミニウム合金からなる締結部材の製造は一般的な製造工程で製造される。市販のアルミニウム合金からなる締結部材を使用しても良い。本発明は、アルミニウム合金からなる基材に対して水蒸気処理を行って防食皮膜を形成することで製造される。但し、上記した特定の結晶面に配向した水酸化酸化アルミニウムを含む防食皮膜を形成する上で、従来の製造工程に対する改良を行っている。具体的には、水蒸気処理の前に特定不純物元素を抑制する洗浄を行う点にある。
【0024】
即ち、本発明の締結部材の製造方法は、アルミニウム合金からなる基材を洗浄する洗浄工程と、前記洗浄工程後の前記基材を460℃以上570℃以下の温度に加熱した後に急冷する溶体化処理を行う溶体化工程と、溶体化処理後の基材を水蒸気に接触させることで皮膜を形成する防食皮膜形成工程と、を含み、前記洗浄工程は、前記基材のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下となるまでに洗浄する工程であり、前記防食皮膜形成工程は、230℃~290℃の水蒸気と接触させる工程である締結部材の製造方法である。以下、各工程について説明する。
【0025】
(B―1)洗浄工程
本発明者等による検討によれば、アルミニウム合金の表面に微量なFeが存在するとき、防食皮膜の主成分となる水酸化酸化アルミニウムの成長が阻害されることがある。そして、そのようなFeが存在する基材から形成される防食皮膜を備える締結部材は、耐食性において劣る。
【0026】
アルミニウム合金からなる締結部材の表面にFeが存在する要因としては、その製造工程にあるものと考えられる。締結部材を加工する際には、引抜き加工、鍛造加工、転造加工又は切削加工を行うことが一般的である。これらの加工工程では、ダイスや工具を用いて加工がなされる。ここで、実際の製造現場では製造ラインの効率化などの観点から従来の鉄鋼製の締結部材も同一のダイスや同一の製造設備を共用して作製される場合が多い。そのため、アルミニウム合金製品であっても、表面に鉄が付着する場合が多い。また、超硬ダイス等のダイス自体に起因するFeが、アルミニウム合金の表面に付着する場合もある。切削加工を用いて締結部材を作製する場合においても、切削油に含まれるFeが、アルミニウム合金の表面に付着する場合もある。
【0027】
これまでの締結部材でも最終加工工程の後には洗浄工程があるのが一般的である。但し、この洗浄工程は、Feという特定元素の除去を目的とするものではなく、スラッジや有機物等の汚れを除去するためのものである。そのような一般的な洗浄工程ではFeの除去を十分に行うことができない。そして、残留したFeは上記のとおり、効果的な防食皮膜の形成の妨げとなる。
【0028】
そこで、本発明者等は、本発明に係る締結部材における製造方法について、基材となる締結部材のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下となるまでに洗浄する洗浄工程を必須的に追加することとした。アルミニウム合金からなる基材の表面のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下であれば、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の成長が阻害されずに促進されて、(020)面への配向性が高い均質な防食皮膜の形成が可能となる。
【0029】
本発明に係る洗浄工程における洗浄方法は、Fe付着量を低下させる効果があるものであればどのようなものでも良く、既存の洗浄方法を適用できる。例えば、電解法、酸性溶液による洗浄法(酸洗)、炭化水素系洗浄剤などが挙げられる。
【0030】
具体的な洗浄工程としては、第1工程である超音波洗浄工程、第2工程である蒸気洗浄工程及び第3工程である乾燥工程を含む工程からなることが好ましい。第1工程である減圧超音波洗浄工程は、洗浄槽中で炭化水素系洗浄剤を用いて超音波洗浄を行うことで、基材表面の異物の除去を行う。第2工程である蒸気洗浄工程は、炭化水素系洗浄剤からなる高温の蒸気を洗浄槽へ導入することで、基材の仕上げ洗浄を行うともに、基材の加熱を行う。このような2段階の洗浄を基材に行うことで、基材表面の異物付着量を大幅に低減することができる。第3工程である乾燥工程としては、炭化水素系洗浄剤を排出後、洗浄槽中を高真空の環境にすることによって基材の真空乾燥を行う。この真空乾燥の時、第2工程で加熱された基材の余熱によって基材表面に付着する炭化水素系洗浄剤の揮発が促進され、基材は変色を生じること無く乾燥される。
【0031】
基材のFeを含む異物付着量(μg/mm2)は、残渣測定検査による重量法に基づいて算出できる。残渣測定検査による重量法は、上記の洗浄工程で使用した炭化水素系洗浄剤をメンブレンフィルターでろ過し、ろ過前後のメンブレンフィルター自体の重量の変化量を測定することで、基材の表面に付着していた異物の重量を測定できる。その後、前記異物の重量を上記洗浄工程で洗浄を行った全ての基材の表面積で除すことで、基材表面の異物付着量(μg/mm2)を算出できる。尚、異物に含まれるFeの有無は、ろ過後のメンブレンフィルターに付着した前記異物について走査型電子顕微鏡を用いて定性分析することで確認できる。
【0032】
(B―2)溶体化処理工程
製造上がり・市販製品の一般的なアルミニウム合金材においては、不規則化合物の分散や粗大化合物の分散や化合物の不足等といった、皮膜形成を不均一・不規則にする可能性がある材料組織となっていることが予測される。そのため、溶体化処理で基材の組織状態を均質化することで、安定した特性の合金材を得ることとする。溶体化処理は、基材を460℃~570℃に加熱した後に冷却する。加熱時間は、0.1時間~48時間とするのが好ましい。冷却は、水冷が好ましく、5℃以下の水冷を用いた方がさらに好ましい。
【0033】
(B―3)防食皮膜形成工程
そして、上記のような洗浄工程及び溶体化工程を経た基材について、水蒸気を接触処理させる水蒸気処理を行うことで、基材の表面に防食皮膜が形成され、本発明に係る締結部材となる。水蒸気処理による防食皮膜は、基材のアルミニウム合金に含まれるアルミニウムを水酸化酸化アルミニウムの原料としながら、基材表面に直接的に皮膜成長して形成されるため、基材の形状に対する追随性が高い皮膜が形成される。したがって、複雑な形状を有する締結部材への防食皮膜の形成に有用であり、締結部材のねじ山部等に対しても均一な防食皮膜が安定的に形成される。
【0034】
この防食皮膜形成のための水蒸気処理工程では、水蒸気の温度を230℃~290℃とする。230℃~290℃の範囲外の水蒸気処理では、好適な防食皮膜となり得る水酸化酸化アルミニウムが形成されず、耐食性と密着性に優れた防食皮膜を形成することができない。水蒸気の温度は、250~280℃とするのがより好ましい。また、水蒸気処理の処理時間は、1時間~48時間とするのが好ましい。
【0035】
基材に接触させる水蒸気は、水の加熱・気化により生成するが、水蒸気源として用いる水としては、工業用水や水道水が使用でき、純水の使用が好ましい。また、適宜の塩を含む水溶液も使用できる。純水を使用する場合、電気伝導率が1mS/m以下のイオン交換水、蒸留水、超純水の使用が好ましい。また、塩を含む水溶液としては、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、フッ化物塩の水溶液の蒸気を利用することができる。これらの塩はアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)の塩(炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム等)や、アルカリ土類金属(カルシウム、ストロンチウム、バリウム等)の塩(炭酸カルシウム、硝酸カルシウム等)の他、貴金属の塩、コモンメタルの塩等が適用できる。これらの塩を1種又は複数種を組み合わせた水溶液を使用することができる。
【0036】
水蒸気の圧力は、0.1MPa~10MPaの範囲が好ましい。水蒸気の圧力は、より好ましくは2MPa~8MPaとする。加圧水蒸気を適用すると、飽和蒸気と亜臨界水の2相平衡状態となり、防食皮膜の形成に対する反応性を促進させることが可能となる。処理時の水蒸気の圧力を一定に保持することで、均一な防食皮膜を形成することができる。
【0037】
水蒸気とアルミニウム合金基材とを接触させる方法については、特に限定されることはない。水蒸気処理は、所定の反応器・容器等の閉空間内の水蒸気に処理材となるアルミニウム合金を暴露して処理を行っても良い。具体的手法として、容器に基材を水と共に配置し、温度・圧力を制御して発生した水蒸気雰囲気中に基材を曝露することで処理が可能である。また、水蒸気を処理材に直接的に噴射して処理を行っても良い。
【0038】
以上の水蒸気処理は、防食皮膜の形成と共に、基材の硬度上昇(強度上昇)の効果も有する。この硬度上昇は、上記した溶体化処理されたアルミニウム合金による時効効果に起因する。本発明に係る方法での水蒸気処理は、上記のとおり、230℃以上の温度で行われる。この処理温度は、従来の水蒸気処理における好適温度範囲よりも高温である。この高温での水蒸気処理により、時効が進行していると考えられる。上記した水蒸気処理の好適な処理時間は、時効効果が生じるための時間と過時効を生じさせないことを考慮したものである。
【発明の効果】
【0039】
以上説明したように、本発明に係る締結部材は、複雑な形状を有するアルミニウム合金製の基材に対して均一で安定的な防食皮膜の形成が安価に可能であって、防食皮膜が基材との密着性に優れて高硬度であり、従来よりも優れた耐食性を有するため、締結部品として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【
図1】本実施形態で使用した蒸気養生装置の構成を概略説明する図。
【
図2】第1実施形態の締結部材の表面(防食皮膜)のSEM写真。
【
図3】第1実施形態の締結部材のXRDプロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0041】
第1実施形態:以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、アルミニウム合金の基材として、6000系のアルミニウム合金であるAl-Mg-Si系合金(A6061合金)からなるボルトを用い、これを水蒸気処理して防食皮膜が形成された締結部材からなる締結部品を作製した。
【0042】
[締結部材の製造]
本実施形態では、市販のA6061合金のボルトを基材とした。まず、基材の洗浄工程として、基材表面のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下となるまでに洗浄処理を行った。洗浄工程は、単槽式炭化水素系洗浄機(アクア化学株式会社製 TETRA)を用いて、炭化水素系洗浄剤(品名:アクア化学株式会社製アクアソルベント)を使用して基材の超音波洗浄及び蒸気洗浄を各10分間行った後、基材の真空乾燥を行った。その後、基材のFeを含む異物付着量(μg/mm2)を残渣測定検査による重量法に基づいて算出した。尚、異物に含まれるFeの存在は、炭化水素系洗浄剤のろ過後のメンブレンフィルターに付着した異物について走査型電子顕微鏡を用いて定性分析することで確認した。
【0043】
次に、洗浄工程後の基材について溶体化処理を行った。溶体化処理は、基材を560℃の塩浴中で加熱した後に冷却した。加熱時間は、0.5時間とした。冷却は、0℃の氷水を用いて行った。
【0044】
溶体化処理を行った基材について、水蒸気処理を施し防食皮膜形成を行った。水蒸気処理では、
図1に示す蒸気養生装置を用いた。
図1の蒸気養生装置は、横型のオートクレーブであり、下部に処理液として蒸気源となる純水(20ml)が注入されている。装置上部には試料(基材)を複数吊り下げできるようになっている。防食皮膜形成の条件は、温度を200℃(参考例1)、240℃(実施例1)、260℃(実施例2)、290℃(実施例3)とし、圧力を1.5MPa(参考例1)、3.3MPa(実施例1)、4.6MPa(実施例2)、7.4MPa(実施例3)で処理時間を24時間として温度及び圧力を保持して処理した。
【0045】
比較例1、2:上記実施例1等と同じボルトについて洗浄を行ったが、基材に含まれるFe等の異物付着量を0.6μg/mm2超とした。この洗浄工程では、締結部材を炭化水素系洗浄剤に5分間浸漬するのみとした。そして、上記の実施例2と同様の条件で水蒸気処理し防食皮膜を形成した(比較例1)。また、比較例2として、防食皮膜を形成していないA6061合金からなるボルト(未処理品)を準備した。
【0046】
以上の工程で製造した実施例1~3、参考例1、比較例1、2の締結部材について、各種評価を行った。
【0047】
[SEMによる防食皮膜の表面形態の観察]
走査型電子顕微鏡(SEM)による防食皮膜の表面形態を観察した。
図2は、実施例1~3のA5056合金のボルト表面に各水蒸気処理温度で形成された防食被膜の表面形態を示すSEM写真である。
図2より、いずれの温度においても、実施例1~3のボルト表面には、基材の形状に追随してAlO(OH)と推定される結晶が緻密に形成されていることが確認された。
【0048】
[X線回折法(XRD)による分析]
次に、本実施形態及び比較例の締結部材に対してX線回折法(XRD)による分析を行った。XRDは、X線源をCu-Kαとして、電圧40kV、電流30mAで測定した。XRDは、防食皮膜を形成した本実施形態及び比較例の締結部材と、防食皮膜を形成していない締結部材(未処理品:比較例2)について行った。
【0049】
図3は、各種水蒸気温度で防食被膜形成を行った締結部材と未処理品の締結部材に対するXRDのプロファイルである。
図3より、本実施形態は水酸化酸化アルミミニウムの(020)面における回折ピークが強いことが確認できる。
図3において、水酸化酸化アルミニウムの(020)面のピーク強度と、アルミニウム合金からなる基材のアルミニウムの(200)面のピーク強度からピーク強度比Rを算出した。また、測定したXRDのプロファイルに基づいて、半値幅を測定した。半値幅の測定は、回折ピークの高さの1/2の幅を測定した。表1に、各種水蒸気処理温度による実施例、参考例、比較例のピーク強度比Rの値と半値幅の値を示す。
【0050】
【0051】
[キャス試験]
本実施形態及び比較例の締結部材について、JIS H 8502に準じたキャス試験を用いて耐食性の評価を行った。キャス試験は、キャス試験装置などを使用して,酢酸酸性の塩化ナトリウム溶液に塩化銅(II)二水和物を添加した溶液を噴霧した雰囲気において,めっきの耐食性を調べる試験方法である。試験時間を1~24時間とし、キャス試験装置(JIS Z 2371)を使用し、キャス試験を表2の条件で行った。
【0052】
【0053】
キャス試験後の締結部材について、目視による外観観察を行い、腐食が生じていないものを「A」と評価し、腐食が確認されるが部分的であったものを「B」と評価し、腐食が確認され全体に及んでいたものを「C」と評価した。キャス試験は、原則として、全体的に腐食が生じた段階(Cと評価された段階)となるまで行った。キャス試験の結果を表3に示す。
【0054】
【0055】
表3から、水蒸気処理をしていないアルミニウム合金(比較例2)では、わずか1時間で全面的な腐食が生じていることから、各実施例や比較例1等で形成される防食被膜に有効性があること確認できる。そして、各実施例の締結部材は、キャス試験の塩水に対して6時間以上全体的な腐食のない状態を維持していることがわかる。特に、260℃で水蒸気処理した実施例2では、24時間まで良好な状態を維持している。
【0056】
但し、締結部材に対する水蒸気処理に関しては、適切な処理温度で行うことが必要である。参考例1のように、処理温度が200℃では、6時間で全面的な腐食が生じ、十分な耐食性を発揮し得る防食被膜は生成していないといえる。そして、アルミニウム合金からなる締結部材に防食効果の高い被膜を形成するにためには、洗浄による鉄付着量の制限が必要である。比較例1のように、鉄付着量を制限できない通常の洗浄を経た締結部材では、参考例1と同等の防食効果が不十分な被膜が形成されている。
【0057】
尚、防食皮膜による防食効果は、水酸化酸化アルミニウムの(020)面の回折ピークのピーク強度とアルミニウムの(200)面の回折ピークのピーク強度とのピーク強度比R(IB(020)/IAl(200))と符合している。参考例1と実施例1~3を参照すると、このピーク強度比は200℃近傍から240℃までは緩やかに増加するが、そこから増加速度が上昇し260℃付近を超えるピーク強度比は急激に増加している。
【0058】
[硬度及び防食皮膜の厚さ]
各実施例及び比較例の締結部材に形成された防食皮膜について、防食皮膜の厚さと基材の硬度と関する評価試験を行った。防食皮膜の厚さは、防食皮膜と基材とを含む垂直断面において日本電子株式会社製クロスセクションポリッシャ(登録商標)を用いて断面加工し、その断面について電界放射型走査電子顕微鏡像を得ることで測定した。また、硬度の測定は、測定前に各サンプルを機械研磨して皮膜を除去した試料表面について測定した。硬度測定条件は、マイクロビッカース硬さ試験機(HM-103、株式会社ミツトヨ製)を使用し、測定条件としては、試験荷重2.94N、荷重時間15sとした。この評価結果を表4に示す。
【0059】
【0060】
表4の結果より、水蒸気処理により十分な厚さの防食皮膜が形成されていることが分かる。そして、水蒸気処理により基材硬度が最大で2倍以上増加していることが分かった。よって、締結時又は締結後における応力に十分に耐用し得る強度の締結部材が形成されていることが確認できた。
【0061】
第2実施形態:本実施形態では、アルミニウム合金の基材として、7000系のアルミニウム合金であるAl-Cu-Mg系合金(A7075合金)からなるボルトを用い、これを水蒸気処理して防食皮膜が形成された締結部材からなる締結部品を作製し、各種検討を行った。
【0062】
まず、市販のA7075合金のボルトを基材として洗浄を行った。基材の洗浄工程は、第1実施形態と同様の装置及び洗浄剤を用いて同じ条件にて洗浄を行い、基材表面のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下となるまで洗浄処理を行った。そして、洗浄工程後の基材について溶体化処理を行った。溶体化処理は、基材を470℃の塩浴中で加熱した後に冷却する。加熱時間は、2時間とした。冷却は、0℃の氷水を用いて行った。
【0063】
そして、溶体化処理を行った基材について、水蒸気処理を施し防食皮膜形成を行った。水蒸気処理は、第1実施形態と同じ蒸気養生装置を用いた。防食皮膜形成の条件は、温度を180℃(参考例2)、240℃(実施例4)とし、圧力を1.0MPa(参考例2)、3.3MPa(実施例4)で処理時間を24時間として温度及び圧力を保持して処理した。
【0064】
比較例3、4:上記実施例4等と同じボルトについて洗浄を行ったが、基材に含まれるFe等の異物付着量を0.6μg/mm2超とした。この洗浄工程では、締結部材を炭化水素系洗浄剤に5分間浸漬するのみとした。洗浄後のボルトには硫酸電解液によるアルマイト処理を行って防食皮膜(皮膜厚さ5μm~10μm)を形成した(比較例3)。また、比較例4として、防食皮膜を形成していないA7075合金からなるボルト(未処理品)を準備した。
【0065】
以上の工程で製造した実施例4及び比較例の締結部材について、キャス試験による耐食性の評価を行った。キャス試験の試験条件は、第1実施形態と同じとした。そして、目視による外観観察を行い、第1実施形態と同様の判定基準で評価した。このキャス試験の結果を表5に示す。
【0066】
【0067】
表5から、水蒸気処理をしていないアルミニウム合金(比較例4)では、わずか1時間で全面的な腐食が生じていることから、実施例4や参考例2等で形成される防食被膜に有効性があること確認できる。そして、実施例4の締結部材は、キャス試験の塩水に対して24時間以上全体的な腐食のない良好な状態を維持していることがわかる。そして、実施例4で形成される防食被膜は、比較例3で形成されるアルマイト処理により形成される皮膜と比較して、大幅に良好な耐食性を示すことがわかる。但し、参考例2のように、処理温度が180℃では、6時間で全面的な腐食が生じ、十分な耐食性を発揮し得うる防食被膜は生成していなかった。第1実施形態と同様、水蒸気処理に関しては、適切な処理温度で行うことが必要であることが確認された。
【0068】
尚、本実施形態でも実施例4について、SEMによる防食皮膜の表面形態の観察を行ったところ、基材の形状に追随してAlO(OH)と推定される結晶が緻密に形成されていることが確認された。
【0069】
第3実施形態:本実施形態では、アルミニウム合金の基材として、4000系のアルミニウム合金であるAl-Si系合金(ADC12合金)からなるボルトを用い、これを水蒸気処理して防食皮膜が形成された締結部材からなる締結部品を作製し、各種検討を行った。
【0070】
まず、市販のADC12合金のボルトを基材として洗浄を行った。基材の洗浄工程は、第1実施形態と同様の装置及び洗浄剤を用いて同じ条件にて洗浄を行い、基材表面のFeを含む異物付着量が0.6μg/mm2以下となるまで洗浄処理を行った。本実施形態では、アルミニウム合金の基材として、4000系のアルミニウム合金であるAl-Si系合金(ADC12合金)からなるボルトを用いたため、洗浄工程後の基材についての溶体化処理は行わなかった。
【0071】
洗浄工程を行った基材について、水蒸気処理を施し防食皮膜形成を行った。水蒸気処理は、第1実施形態と同じ蒸気養生装置を用いた。防食皮膜形成の条件は、温度を240℃(実施例5)とし、圧力を3.3MPa(実施例5)とし、処理時間を24時間として温度及び圧力を保持して処理した。
【0072】
比較例5、6:上記実施例5と同じボルトについて洗浄を行ったが、基材に含まれるFe等の異物付着量を0.6μg/mm2超とした。この洗浄工程では、締結部材を炭化水素系洗浄剤に5分間浸漬するのみとした。洗浄後のボルトには硫酸電解液によるアルマイト処理を行って防食皮膜(皮膜厚さ5μm~10μm)を形成した(比較例5)。また、比較例6として、防食皮膜を形成していないADC12合金からなるボルト(未処理品)を準備した。
【0073】
以上の工程で製造した実施例5及び比較例の締結部材について、キャス試験による耐食性の評価を行った。キャス試験の試験条件は、第1実施形態と同じとした。そして、目視による外観観察を行い、第1実施形態と同様の判定基準で評価した。このキャス試験の結果を表6に示す。
【0074】
【0075】
本実施形態においても、水蒸気処理をしていないアルミニウム合金(比較例6)は、1時間も経過しない時点で全面的な腐食が生じていた。実施例5のアルミニウム合金は、キャス試験の塩水に対して6時間以上全体的な腐食のない状態を維持していることがわかる。防食被膜のない比較例6の結果を考慮すると、本実施形態の基材である4000系アルミニウム合金(Al-Si系合金)は、第1実施形態の基材である6000系アルミニウム合金(Al-Mg-Si系合金)等に対し、比較的耐食性が低いアルミニウム合金である。このような耐食性が低いアルミニウム合金についても、適切な処理温度の水蒸気処理による防食被膜を形成することで、耐食性を大きく改善することができることが確認された。
【0076】
また、比較例5で形成されるアルマイト処理により形成される皮膜と比較すると、実施例5で形成される防食被膜はそれと同等の耐食性を示すことがわかる。本願発明の防食被膜は、温度条件を厳密に設定する必要はあるものの、比較的簡易なプロセス(水蒸気処理)によって形成することができる。本発明によれば、アルマイト処理等よりも簡易なプロセスで、それらと同等以上の耐食性を付与できるといえる。尚、実施例5について、SEMによる防食皮膜の観察を行ったところ、第1、第2実施形態と同様、基材形状に追随してAlO(OH)と推定される結晶が緻密に形成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
以上説明したように、本発明は、複雑な形状を有するアルミニウム合金製の基材に対して均一で安定的な防食皮膜の形成が安価に可能であって、防食皮膜が基材との密着性に優れて高硬度であり、従来よりも優れた耐食性を有する締結部材及びその製造方法を提供することができる。したがって、適用範囲が拡大傾向にあるアルミニウム合金製の締結部品への広範な利用が期待できる。