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特許7311142生体組織識別装置および生体組織識別プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】生体組織識別装置および生体組織識別プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/17 20060101AFI20230711BHJP
   G01N 21/3563 20140101ALI20230711BHJP
【FI】
G01N21/17 A
G01N21/3563
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019153286
(22)【出願日】2019-08-23
(65)【公開番号】P2021032708
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】517433898
【氏名又は名称】ライトタッチテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100152571
【弁理士】
【氏名又は名称】新宅 将人
(72)【発明者】
【氏名】山川 考一
(72)【発明者】
【氏名】青山 誠
(72)【発明者】
【氏名】小川 奏
【審査官】古川 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-531065(JP,A)
【文献】特開2011-239195(JP,A)
【文献】特開2011-015163(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0220000(US,A1)
【文献】三浦 大輝、外4名,"エッジの合焦評価による送電線検出",映像情報メディア学会技術報告,2016年,Vol.40,No.28,p.27-30
【文献】アンジェラ・B・セダン、外6名,"MIRを用いる光学的生検に向けた動き",Laser Focus World Japan[online],2016年5月号,2016年,p.36-39,[令和5年3月9日検索],インターネット<URL:http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2016/07/LFWJ1605_P36-39_bo01.pdf>
【文献】Hashim MIR et al.,“An extensive empirical evaluation of focus measures for digital photography”,SPIE Proceedings,2014年03月07日,DOI: 10.1117/12.2042350
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - 21/01
G01N 21/17 - 21/61
G01J 5/48
A61B 1/00
A61B 1/045
H04N 5/33
H04N 7/18
G06T 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織の所定領域に、中赤外光を含む測定光を照射可能な光源と;
生体組織を透過した測定光または生体組織で反射した測定光のうち波長2μm~20μmの範囲の特定の波長λを有する光を撮像して、測定画像を取得する撮像素子と;
前記測定画像のエッジ解析により、前記測定画像の複数の領域における合焦測度を算出可能であり、前記合焦測度に基づいて生体組織を識別する演算解析部を備えるコンピュータと、を備える、生体組織識別装置。
【請求項2】
前記演算解析部は、前記測定画像を微分フィルタ処理することにより、前記合焦測度を算出する、請求項に記載の生体組織識別装置。
【請求項3】
前記演算解析部は、前記合焦測度と所定の閾値の大小関係に基づいて、生体組織が正常組織であるか否かを識別する、請求項1または2に記載の生体組織識別装置。
【請求項4】
前記コンピュータが、前記合焦測度をマッピングして解析画像を形成するイメージ形成部を備える、請求項1~3のいずれか1項に記載の生体組織識別装置。
【請求項5】
前記光源は、波長を掃引可能なレーザ光源である、請求項1~4のいずれか1項に記載の生体組織識別装置。
【請求項6】
前記光源は、量子カスケードレーザ、または光パラメトリック発振器を備えるレーザである、請求項1~5のいずれか1項に記載の生体組織識別装置。
【請求項7】
前記撮像素子で取得した測定画像をエッジ解析して、前記測定画像の複数の領域における合焦測度を算出する処理を、前記演算解析部に実行させるためのプログラムが、前記コンピュータの記憶部に格納されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の生体組織識別装置。
【請求項8】
生体組織の所定領域に、中赤外光を含む測定光を照射するステップ;
生体組織を透過した測定光または生体組織で反射した測定光のうち波長2μm~20μmの範囲の特定の波長λを有する光を撮像して、測定画像を取得するステップ;
前記測定画像のエッジ解析により、前記測定画像の複数の領域における合焦測度を算出するステップ;および
前記合焦測度に基づいて、生体組織を識別するステップを、
コンピュータに実行させるための処理手順が記述されている、生体組織識別プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中赤外光を用いた生体組織の識別方法に用いられる生体組織識別装置に関する。さらに本発明は生体組織識別装置に処理を実行させるためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織の種類または状態の識別、例えば、がん等の有無の識別には、生体(被験者)から採取した組織を色素で染色し、病理医が光学顕微鏡観察により診断を行う組織病理学的手法が用いられている。この方法は、診断のために時間および労力を要することや、診断結果が、病理医の判断力に大きく依存するとの点において課題がある。
【0003】
組織病理学的手法よりも短時間で生体組織を識別可能な方法として、中赤外光を用いたイメージング技術が注目されている。中赤外光の振動周波数は物質の固有振動周波数と一致し、中赤外光は物質の分子振動との共鳴により吸収される特徴があるため、中赤外領域の吸収スペクトルに基づいて、検査対象が正常組織であるか、がん等を含むものであるかを識別可能である。中赤外光を用いたイメージングでは、撮影領域内の複数の微小領域で吸収スペクトルを測定し、各微小領域(ピクセル)におけるスペクトルのセット(ハイパースペクトル)を所定のアルゴリズムで解析することにより、検査者の主観に依存しない客観的な識別結果が得られる。
【0004】
特許文献1には、中赤外域に感度を有する2次元アレイ型のセンサーカメラを使用して、生体組織の広い範囲を一度に撮像できる技術を開示している。非特許文献1では、中赤外光の照射光源に光強度の高い量子カスケードレーザー(QCL)を用いることにより、短時間での測定を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2013/063316号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kroger et al., Journal of Biomedical Optics. 2014, 19(11), 111607.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
中赤外光を利用した従来のイメージング手法では、生体組織のハイパースペクトル画像に対して、クラスター分析等の多変量解析を行い、カラーマップとして表示される組織イメージから、生体組織の識別を行っている。この手法は、組織病理学的な診断に比べると、短時間での識別が可能であるものの、データの処理量が多く、解析に時間を要するため、リアルタイムでの生体組織の識別への適用は困難である。
【0008】
かかる現状に鑑み、本発明の一態様は、より短時間で生体組織の識別が可能な生体イメージング手法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一形態は、生体組織の所定領域に測定光を照射し、生体組織を透過した測定光または生体組織で反射した測定光を撮像して、測定画像を取得し、測定画像の解析結果に基づいて生体組織を識別する方法に関する。測定光は中赤外光を含む光であり、コヒーレント光でもよく、インコヒーレント光でもよい。
【0010】
生体組織を透過した測定光または生体組織で反射した測定光のうち、波長2μm~20μmの範囲の特定の波長λを有する光を撮像して、測定画像を取得する。測定光がコヒーレント光である場合は、波長λを有する光を測定光として生体組織に照射すればよい。測定光がインコヒーレント光である場合は、適宜の分光手段を用いて、測定光のうち波長λを有する光を撮像すればよい。
【0011】
測定画像の解析により、合焦測度を算出し、合焦測度に基づいて生体組織の識別を行う。合焦測度は、例えば、測定画像のエッジ解析により算出する。例えば、測定画像の微分フィルタ処理によりエッジ解析が行われる。
【0012】
生体組織の識別は、例えば、生体組織にがん等が含まれているか否かの識別である。例えば、合焦測度と所定の閾値との大小関係に基づいて、生体組織が正常組織であるか否か(腫瘍が含まれているか否か)の識別が行われる。
【0013】
本発明の一態様は、上記の生体組織識別方法を実施するための生体組織識別装置である。生体組織識別装置は、生体組織の所定領域に、測定光を照射可能な光源と、生体組織を透過した測定光または生体組織で反射した測定光を撮像して、測定画像を取得する撮像素子とを備える。
【0014】
生体組織識別装置は、さらに、測定画像を解析して合焦測度を算出する演算解析部を備えるコンピュータを備えていてもよい。コンピュータの記憶部には、前記撮像素子で取得した測定画像をエッジ解析して、測定画像の複数の領域における合焦測度を算出する処理を、演算解析部に実行させるためのプログラムが格納されていてもよい。コンピュータは、前記合焦測度をマッピングして解析画像を形成するイメージ形成部を備えていてもよい。
【0015】
光源から生体組織に照射する光(測定光)は、好ましくはコヒーレント光である。生体組織に測定光としてのコヒーレント光を照射する光源は、例えば、波長を掃引可能なレーザ光源であり、量子カスケードレーザや、光パラメトリック発振器を備えるレーザが好適である。
【0016】
本発明の一態様では、測定画像を取得する前に、合焦調整が行われる。各光学要素の位置関係を変更しながら、波長λとは異なる波長λを有する光について合焦度合いの指標である合焦関数を算出し、合焦関数が最大または最小となる(合焦度合いが最も高くなる)ように、光学要素の位置関係を調整すればよい。一実施形態では、試料を固定した試料台の位置を変更し、それぞれの試料台の位置において、測定および合焦関数の算出を行う。
【0017】
本発明の一態様は、生体組織識別プログラムである。生体組織識別プログラムには、上記の各処理をコンピュータに実行させるための処理手順が記述されている。生体組織識別プログラムは、コンピュータが読み取り可能な可読記憶媒体として提供されてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法では、生体組織に中赤外測定光を照射して、特定波長の光を撮像した測定画像をエッジ解析し、得られた合焦測度に基づいて、がんの有無等の生体組織の識別が可能である。この方法は、データ処理を短時間で実施できるため、リアルタイム分析への適用も期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一実施形態の生体組織識別装置の構成図である。
図2】生体組織識別装置における処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図3】正常組織とがん組織を含む肺由来のサンプルを染色し、光学顕微鏡で撮像した病理画像である。
図4】正常組織とがん組織を含む肺由来のサンプル(未染色)の中赤外イメージングによる解析画像である。
図5】正常組織と骨肉腫を含むサンプルを染色し、光学顕微鏡で撮像した病理画像である。
図6】正常組織と骨肉腫を含むサンプル(未染色)の中赤外イメージングによる解析画像である。
図7】正常組織とがん組織を含む肝臓由来のサンプルを染色し、光学顕微鏡で撮像した病理画像である。
図8】正常組織とがん組織を含む肝臓由来のサンプル(未染色)の中赤外イメージングによる解析画像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本発明は、以下の具体的形態に限定されるものではない。
【0021】
[生体組織識別装置の構成]
図1は、一実施形態の生体組織識識別装置の構成図である。生体組織識別装置1は、光源11からの測定光(中赤外光)Lを、試料台13に固定した試料Sに照射し、試料Sを透過した測定光Lを撮像素子12により撮像する。
【0022】
光源11、試料台13および撮像素子12は、コンピュータ30に接続されている。コンピュータ30は、光源11の出力調整、試料台13の位置調整、撮像素子12からの情報の取得および解析等を司る制御部31を備えている。撮像素子12により得られた測定画像をコンピュータ30により解析して、試料Sに含まれる生体組織の識別を行う。
【0023】
コンピュータ30は、制御部31に加えて、表示部33、記憶部35および入力部37を備えている。表示部33は、各種の情報および測定結果を表示するディスプレイである。記憶部35は、各種のデータを記憶するハードディスクまたは半導体メモリで構成されている。入力部37は、ユーザの操作を受け付けるためのタッチパネル、キーボード、マウス等である。
【0024】
図1に示す装置1では、試料Sを透過した測定光Lを撮像素子12により撮像するために、光源11と撮像素子12の間に試料台13が配置されている。試料を反射した測定光を撮像する場合は、試料台の光源側に撮像素子を配置すればよい。
【0025】
光源11から試料Sに照射される測定光Lは、中赤外光(波長2μm~20μm)を含む光である。測定光Lは、コヒーレント光でもよくインコヒーレント光でもよい。測定光がコヒーレント光である場合、測定光Lは中赤外領域の特定の波長を有する光である。測定光がインコヒーレント光である場合、測定光Lは中赤外領域以外の波長の光を含んでいてもよい。
【0026】
特定波長の光強度が高く、測定時間を短縮できることから、測定光Lはコヒーレント光であることが好ましい。測定光としてのコヒーレント光を試料に照射する光源11は、例えば、中赤外光を発振するレーザ光源であり、中赤外領域で波長を掃引可能なレーザ光源が好ましい。測定精度向上および測定時間短縮等の観点から、高輝度の中赤外レーザ光を発振する量子カスケードレーザ(QCL)、または光パラメトリック発振器(OPO)を備える光源を用いることが好ましい。OPOの詳細は、例えば特開2010-281891号公報に記載されている。
【0027】
OPOの励起光源としては、パルス状、かつ中赤外光よりも短波長の励起光を発振可能なレーザが用いられ、QスイッチNd:YAGレーザ(発振波長1.064μm)や、QスイッチYb:YAGレーザ(発振波長1.030μm)が特に好ましく用いられる。これらの励起光源は、過飽和吸収体を用いてスイッチング動作を自動的に行わせることができる。そのため、QスイッチNd:YAGレーザまたはQスイッチYb:YAGレーザを励起光源として用いることにより、励起光源及びこれを制御するための構成を単純化、および小型化することができる。Qスイッチ発振においては、例えばパルス幅約8nsで10Hz以上の繰り返しで励起光を発振することができる。
【0028】
OPOにおいては、入射側および反射側の半透鏡の間に、非線形光学結晶が設置される。非線形光学結晶としては、例えば、AgGaSが用いられる。その他の非線形光学結晶としては、GaSe、ZnGeP、CdSiP、LiInS、LiGaSe、LiInSe、LiGaTe等が挙げられる。OPO12から発せられるレーザ光は、励起光に対応した繰り返し周波数、パルス幅(例えば約8ns)となり、この短いパルス幅により尖頭出力が10W~1kWの高強度となる。
【0029】
光源11は、制御部31の光調整部311からの信号に基づいて光量および発振波長が調整可能に構成されていてもよい。例えば、レーザの出力を調整することにより、試料Sに照射される光量を調整できる。光量調整は、レーザのパルス幅やビームサイズの調整、光学フィルタの使用、シャッター速度の調整、撮像素子の積算時間およびゲイン調整等により実施してもよい。
【0030】
光源11と試料台13の間には、照射光のサイズ(光径)を調整するために、レンズ等の光学要素21が配置されていてもよい。光学要素21は、試料Sへの照射光の光径を大きくするものでもよく、小さくするものでもよい。光学要素21は、制御部31の位置調整部313からの信号に基づいて移動可能に構成されていてもよい。光学要素21をレーザ光の進行方向(z方向)と平行に移動させることにより、試料Sへの照射光の光径の調整や、焦点の調整(合焦調整)を行うことができる。
【0031】
試料台13は、試料Sを固定可能である。例えば、試料台13上に試料Sを載置することにより試料Sが固定される。クリップ等を用いて試料台13に試料Sを固定してもよい。試料Sに含まれる生体組織は、ヒトから採取した組織でもよく、マウス、ラット等の非ヒト動物から採取した組織でもよい。
【0032】
試料台13は、試料Sを透過した測定光Lを透過可能である。例えば、試料台13は、試料Sを載置する部分が中赤外光に対して透明な材料で構成されていてもよい。図1に示すように、試料台13には、測定光Lを透過するための開口13xが設けられていてもよい。
【0033】
試料台13は、測定光(中赤外レーザ光)L,Lの進行方向(図1のz方向)と平行に移動可能に構成されていてもよい。試料台13を測定光の進行方向に沿って移動させることにより、光源11と試料Sとの距離(および光学要素21と試料Sとの距離)、ならびに試料Sと撮像素子12との距離(および試料Sと光学要素23との距離)を変化させ、合焦調整を実施できる。試料台の移動(位置調整)は、手動で行ってもよく、制御部31の位置調整部313からの信号に基づいて実施してもよい。
【0034】
試料台13は、測定光の進行方向と直交する方向(x方向およびy方向)に二次元的に移動可能に構成されていてもよい。試料台がxy方向に移動可能に構成されていれば、試料Sにおける測定光Lの照射位置を調整できる。
【0035】
試料Sを透過した測定光Lは、撮像素子12により検出される。撮像素子12は、複数のピクセルが2次元(x方向およびy方向)に配置されており、それぞれのピクセルに入射する測定光Lの強度を検出する。各ピクセルに入射した光強度のデータが、コンピュータ30に送信され、制御部31のイメージ形成部317で測定画像が作成される。測定画像は、撮像素子12の各ピクセルに入射した測定光Lの輝度(積算光量)に基づいて作成される。すなわち、測定画像は、各ピクセルに入射した透過光強度をマッピングしたものである。
【0036】
制御部31の演算解析部315が、測定画像を解析する。解析結果に基づいて、イメージ形成部317が解析画像を作成する。作成された解析画像は、表示部33に表示される。
【0037】
試料台13と撮像素子12との間には、撮像素子12に達する測定光Lの光径を調整するための撮像用光学要素23が配置されていてもよい。一般には、撮像素子12の受光面積は、試料Sへの測定光Lの照射領域に比べて大きい。撮像用光学要素23により測定光Lの光径を拡大して撮像素子12に入射させ、撮像素子のより広い領域を利用することにより、イメージの解像度を高めることができる。
【0038】
生体組織識別装置1は、試料Sを透過した測定光L(または試料Sで反射した測定光)を検出するための撮像素子12に加えて、試料Sを直接撮像するための第二撮像素子19を備えていてもよい。第二撮像素子19は、試料Sから見て光源11側に配置されており、試料Sにおける測定光Lの照射部位を含む領域を撮像可能である。試料Sと第二撮像素子19との間には、適宜の光学要素(不図示)が配置されていてもよい。第二撮像素子19により撮像された試料Sの画像を表示部33に表示してもよい。ユーザは、表示部の画像を確認しながら、試料Sにおける測定光Lの照射位置を調節してもよい。なお、中赤外領域の測定光は、可視光用の撮像素子19では確認できないため、照射位置を調節する際には、不図示の光源から試料Sに可視光を照射してもよい。
【0039】
[生体組織の測定およびイメージング]
図2は、生体組織識別装置1による処理の一例を示すフローチャートである。まず、光源11から試料Sに照射するレーザ光の波長を、合焦調整用波長λに設定し(S1)、波長λの中赤外光で合焦調整を実施する(S2)。合焦調整後に、レーザ光の波長を、測定用波長λに変更し(S3)、必要に応じて波長λの中赤外光で光量調整を実施する(S4)。その後、波長λの中赤外光を試料Sに照射し、撮像素子12により測定画像を取得する(S5)。得られた測定画像を解析し(S6)、解析結果をマッピングしてイメージ(解析画像)を作成し(S7)、解析画像を表示部33に表示する(S7)。得られた解析画像に基づいて、病変組織の有無や、その場所の特定を行う。
【0040】
上記の各処理は、制御部31の制御ブロック(光調整部311、位置調整部313、演算解析部315、およびイメージ形成部317)により制御される。コンピュータ30の記憶部35には、これらの処理を実行するためのソフトウェアである生体組織識別プログラムが格納されていてもよい。制御部31は、1つ以上のプロセッサを備えており、プロセッサが記憶部35から生体組織識別プログラムを読み取り、各制御ブロックが生体組織識別装置の各要素を動作させることにより、処理が実行される。
【0041】
生体組織識別プログラムは、コンピュータ30の記憶部35に格納された状態で生体装置識別装置とともに提供されてもよい。また、生体組織識別プログラムは、コンピュータ読み取り可能な可読記憶媒体に格納して提供されてもよく、外部のサーバ等から優先または無線のネットワークを介して提供されてもよい。可読記憶媒体や外部のサーバ等に格納されたプログラムを、コンピュータ30の記憶部35に格納して使用してもよい。
【0042】
<実施例1:肺サンプルの測定>
図3は、正常組織とがん組織を含む肺サンプルを染色し、光学顕微鏡で撮像した病理画像である。図中の破線Dで囲まれた領域Pが、がん組織を含む領域であり、その他の領域Qは正常組織である。図4は、正常組織とがん組織を含む肺サンプル(未染色)を試料として、波長9.6μmのレーザ光を試料に照射し、得られた測定画像から、対象領域の解析を行い、各ピクセルの合焦測度を20階調でマッピングした解析画像である。合焦測度は、微分フィルタの1種であるSobelフィルタを用いたエッジ解析により算出した。
【0043】
図4におおける破線Gの位置が、図3における破線Dの位置に対応しており、破線Gに囲まれた領域Sが、癌を含む領域Pに対応しており、外側の領域Tが正常組織の領域Qに対応している。図4において、領域Sは合焦測度が小さく、領域Tは合焦測度が大きいことから、合焦測度の大小が、がんの有無に対応していることが分かる。
【0044】
以下では、正常組織とがん組織を含む肺サンプルを試料として、生体組織識別装置1により、図4のイメージを取得して生体組織を識別した実施例について、その処理の流れを、図2のフローチャートに沿って説明する。
【0045】
本実施例では、QスイッチNd:YAGレーザ(発振波長1.064μm)と、非線形光学結晶としてAgGaSを用いた光パラメトリック発振器とを組み合わせた光源11から、試料台13に載置した試料Sに、パルス幅8ns、測定用波長λ=9.6μmの中赤外レーザを照射し、その透過光を、撮像素子12により撮影した。撮像素子12としては、480×640ピクセルの2次元型ボロメータアレイセンサ(14ビット)を用いた。光源11と試料台13との間、および試料台13と撮像素子12との間には、それぞれ、光学要素21,23としてレンズを配置した。
【0046】
(合焦調整用波長の選択)
まず、光源11から試料Sに照射する中赤外光の波長を、合焦調整用の波長λに設定する(S1)。光源11が発振するレーザ光の波長は、光調整部311からの信号に基づいて変更可能である。本実施例では、合焦調整用の波長λを11μmに設定したが、他の波長でもよく、正常組織と病変組織(例えばがん)の光吸収の差異が小さい波長を選択すればよい。
【0047】
生体組織(器官)の種類または状態により、吸光度が変化し難い波長の範囲が存在する。例えば、吸収スペクトルのピークまたはその近傍には、組織の状態が変化しても吸光度が変化しない波長(等吸収点)が存在する。正常組織と病変組織が混在している場合でも、等吸収点またはその近傍の波長では、正常組織と病変組織の光吸収の差が小さいため、合焦調整用波長として好適である。合焦調整用波長は、吸収スペクトルの谷に対応する波長でもよいし、吸収スペクトルのフラットな部分に対応する波長でもよい。
【0048】
(合焦調整)
合焦調整や測定画像の解析は、撮像画像(中赤外光を試料に照射した領域)から、診断対象の領域を選択し、選択した領域に対して実施すればよい。本実施例では、図4に示した円形の領域を対象領域とした。
【0049】
まず、z方向における試料台13の位置を初期位置zに調整し(S21~23)、波長λ(本実施例では11μm)の中赤外レーザ光を試料Sに照射し、その透過光像を撮像素子12で撮像し、合焦調整用画像Aを取得する(S24)。前述のように、測定画像は、撮像素子12の各ピクセルに入射した積算光量に基づいて作成される。合焦調整用画像Aを解析して、合焦の指標となる合焦関数fを算出する(S25)。
【0050】
その後、試料台13をz方向に移動して位置zに調整し(S26,S22,S23)、合焦調整用画像Aを取得し(S24)、合焦関数fを算出する(S25)。試料台の位置を変化させることにより、レンズ23と試料Sとの距離を変えながら、それぞれの試料台の位置z(kは1~Kの整数)で、合焦調整用画像Aを取得し、合焦の程度を表す評価値である合焦関数fを算出する。合焦関数fが最も小さくなる(または大きくなる)位置zを合焦位置zと決定し(S27)、ステージを合焦位置zに移動させる(S28)。
【0051】
本実施例では、試料台13を移動させながら合焦調整を実施したが、試料台を移動させる代わりに、レンズ23をz方向に移動させてもよい。また、レンズ23と試料台13の両方をz方向に移動させてもよく、光源11、レンズ23、撮像素子12をz方向に移動させてもよい。
【0052】
本実施例では、合焦調整用画像Aに、微分フィルタの1種であるSobelフィルタを適用してエッジ解析を行い、対象領域の各ピクセルの微分値を合焦測度とし、対象領域内の合焦測度の最小値と最大値の差を合焦関数fとした。
【0053】
Sobel法では、1つの中心ピクセルの光強度(輝度)と、中心ピクセルに隣接する8つのピクセルの光強度との微分値を算出し、8つのピクセルとの微分値を平均化することにより、中心ピクセルの微分値とする。平均化に際しては、中心ピクセルの上下と左右に位置する4つのピクセルとの微分値を加重する。上下と左右のピクセルの微分値を加重して平均化することにより、エッジ検出の精度が高められる。対象領域のすべてのピクセルに対して微分値を算出し、対象領域における微分値の最大値と最小値の差を合焦関数fとする。合焦関数fが最小となる位置zで、合焦が最適化されたと判断できる。
【0054】
エッジ検出に用いる微分フィルタは、Sobelフィルタに限定されず、Prewittフィルタ、Robertsフィルタ等の各種の一次微分フィルタを用いてもよく、二次微分フィルタを用いてもよい。また、微分フィルタと他の処理(例えば、平滑化によるノイズ低減処理)を組み合わせてエッジ検出を実施してもよい。
【0055】
エッジ検出では、微分法に代えて、フーリエ変換やウェーブレット変換等の周波数フィルタを用いた画像解析により合焦関数を算出してもよい。また、輝度の分散に基づいて合焦測度を算出することも可能であり、一例として、測定画像を複数の領域に分割し、各領域での輝度の分散を合焦測度として使用してもよい。合焦画像では輝度の分散が大きく、非合焦画像では輝度の分散が小さくなるため、分散が大きい領域ほど合焦されていると判断できる。合焦調整には、中赤外以外の波長(例えば可視光)用の撮像装置で利用されている各種の合焦調整法を転用することもできる。
【0056】
(測定用波長の選択)
合焦調整後に、光源11から試料Sに照射する中赤外光の波長を、測定用波長λに変更する(S3)。本実施例では、測定用波長λを9.6μmに設定したが、他の波長でもよい。前述のように、中赤外領域には、正常組織と病変組織の光吸収(吸光度)の差が大きい波長が存在する。組織の種類に応じて、このような吸光度の差が大きい波長を、測定用波長λとして選択すればよい。
【0057】
合焦調整に用いる波長λおよび測定に用いる波長λには、識別対象の組織(器官)の種類に応じた最適値が存在する。これらの波長λ,λは、ユーザが入力部37から数値を入力してもよく、表示部に表示された候補の中から選択してもよい。種々の器官について、適切な合焦波長λおよび測定用波長λを、記憶部35に記憶させておき、ユーザが入力または選択した識別対象の組織に応じた波長λ,λを記憶部から読み出してもよい。記憶部に予め最適波長を格納しておく代わりに、外部に蓄積されたデータベースから、有線または無線のネットワークを介して波長λ,λを受信してもよい。ネットワークを介して受信した波長λ,λの情報を、一旦記憶部35に格納し、合焦および測定の際に、器官の種類に応じて、記憶部に格納された波長を読み出してもよい。
【0058】
(光量調整)
光源11から発振する光の波長を測定用波長λに切り替えた後、測定を実施する前に光量調整(S4)を行ってもよい。光量は、光調整部311からの信号に基づいて変更可能である。光量を最適化して、撮像素子のダイナミックレンジをできる限り広い範囲で使用すれば、試料Sの透過光画像のコントラストが強調されるため、解析の精度が向上し、これに伴って組織の識別精度を高めることが可能となる。
【0059】
光量調整においては、まず、光量を初期光量Iに設定する(S41)。試料Sに波長λの測定光Lを照射し、試料Sを透過した測定光Lを撮像素子12が受光し、光量調整用測定画像Bを取得する(S42)。
【0060】
測定画像Bの中で最大の輝度(カウント数)が、予め設定された範囲内であるか否かを判定する(S43)。最大輝度は、撮像素子12の検出器が飽和しない範囲で、できるだけ高い範囲に設定することが好ましく、例えば、撮像素子の最大カウント数の55~95%程度の範囲に設定すればよい。
【0061】
光量調整用測定画像の輝度の最大値が設定範囲外である場合は、光量を変更し(S44)、変更後の光量で光量調整用画像を取得し(S42)、輝度の最大値が設定範囲内となるまでこれを繰り返し、測定用光量を決定する(S45)。本実施例では、14ビット(最大16383カウント)のダイナミックレンジに対して、測定画像の最大輝度が約10000カウントとなるように、レーザのパルス数を調整した。
【0062】
輝度の最大値が設定範囲内となった後に、輝度の最大値が設定範囲内の最適値に近づけるための光量を算出し、これを測定用光量としてもよい。光量変更と光量調整用測定画像の取得を繰り返す代わりに、初期光量Iで測定した光量調整用測定画像Bにおける輝度の最大値と、設定値との比に基づいて、最適な測定用光量を算出してもよい。
【0063】
(撮像)
波長λで合焦調整を行い(S1,S2)、波長をλに変更し(S3)、必要に応じて光量調整(S4)を実施した後、本測定を行い、測定画像Cを取得する(S5)。本測定では、試料Sに測定光Lを照射し、試料Sを透過した波長λの測定光Lを撮像素子12で撮像する。
【0064】
(解析)
本測定で取得した測定画像Cの解析を行い、対象領域の各ピクセルにおける合焦測度を算出する(S6)。本実施例では、合焦調整と同様、Sobelフィルタを適用して測定画像のエッジ解析を行い、各ピクセルの微分値を合焦測度とした。
【0065】
本実施例では、Sobel法により測定画像のエッジ解析を行った結果、対象領域における合焦測度(微分値)の最小値は130、最大値は187であった。微分値が小さいほど合焦の度合いが低く、微分値が大きいほど合焦の度合いが高いことを示す。
【0066】
エッジ解析は、合焦の度合いの指標となる合焦測度をピクセルごとに算出できる手法を採用すればよく、Sobel法に限定されるものではない。例えば、Prewittフィルタ、Robertsフィルタ等の各種の一次微分フィルタや、二次微分フィルタを用いてもよい。また、微分法に代えて、フーリエ変換やウェーブレット変換等の周波数フィルタを適用して、各ピクセルの合焦測度を算出してもよい。測定画像の解像度が十分大きい場合は、複数のピクセルを平均化して1つの領域とし、解像度を落としてエッジ解析を実施してもよい。
【0067】
(マッピングおよび結果の出力)
イメージ形成部317は、エッジ解析により得られた各ピクセルの合焦測度を、マッピングして画像化する(S7)。本実施例では、合焦測度の最小値130から最大値187の範囲を20階調に分けてイメージを作成した(図4参照)。イメージ形成部317により作成された画像は、表示部33に表示される(S8)。
【0068】
本実施例では、図4の解析画像において、合焦測度の最小値(第1階調)から最大値(第20階調)までの中央の階調(第10階調:47~52%)の位置が、図3の病理画像における正常組織とがん組織との境界と概ね一致していることが確認された。図4では、図3の病理画像との対応関係に基づいて、正常組織とがん組織との境界に破線を付している。破線が付された箇所の合焦測度は157~166であり、いずれも20階調の解析画像における第10階調の範囲内であった。
【0069】
図4において破線Gで囲まれた領域Sは、第9階調以下(合焦測度156以下)であり、合焦測度が閾値よりも小さく、がんを含む領域である。破線の外側の領域Tは第11階調以上(合焦測度167以上)であり、合焦測度が閾値よりも大きい正常組織領域である。すなわち、この境界線よりも高階調(第11~20階調)の領域が正常組織、低階調(第1~9階調)の領域ががんと判定される。本実施例では、合焦測度の小さい低階調領域が、がんを含む領域であり、合焦測度が大きい高階調領域は正常組織である。
【0070】
本実施例では、病理画像(図3)と合焦測度のマップ(図4)との対応関係を示すために、病理画像に基づいてがん組織と正常組織が既知となっている試料を用い、図3の病理画像における境界線Dに対応する位置に破線Gを付している。病変領域が未知の試料の測定においては、イメージ出力の際に、閾値となる階調の境界に境界線を付してもよい。階調分けした画像に、境界線を付加することにより、検査者の主観に依らない組織の識別を、より簡便かつ容易に実現できる。
【0071】
本実施例では、合焦測度の最小値から最大値の範囲を20階調に分けてイメージを作成したが、解析画像の階調数は20以上でもよく、2以上19以下でもよい。例えば、合焦測度が閾値以上(または閾値より大きい)領域と、合焦測度が閾値未満(または閾値以下)の2階調でイメージを表示してもよい。本実施例では、解析画像を20階調のモノクロ表示としたが、イメージをカラー化してもよい。
【0072】
解析画像とともに、第二撮像素子19により撮像された試料Sの画像を表示部33に表示してもよい。試料Sの画像と解析画像を対比することにより、試料Sにおける測定箇所(診断対象部位)を視覚的に把握することが可能となる。第二撮像素子19により撮像された試料Sの画像に、解析画像を重ね合わせてもよい。
【0073】
<組織の識別原理および利点>
上記のように、本実施例では、測定光を試料Sに照射し、特定の波長λの透過光イメージを撮像し、得られた測定画像のエッジ解析により求めた合焦測度(微分値)の大小に基づいて、正常組織とがん組織の識別を行った。肺サンプルでは、微分値が大きい(合焦度合いが高い)場合は正常組織、微分値が小さい(合焦度合いが低い)場合はがん組織であると判定できる。これは、生体組織に所定波長の中赤外光を照射した際に、正常組織とがん等の病変組織で画像のコントラストが異なり、合焦度合いに差異が生じるとの知見を利用したものである。
【0074】
すなわち、肺サンプルに所定波長(本実施例では9.6μm)の中赤外光を照射して透過光イメージを取得すると、がん組織は透過光輝度の変化(バラツキ)が小さく「ぼやけた」領域として認識され、正常組織は透過光輝度の変化が大きく「ピントが合った」領域として認識される。これを、微分フィルタ等を用いた解析により、領域(ピクセル)ごとに合焦測度として数値化し、階調分けを行って解析画像として出力することにより、検査者の主観に依らない組織の識別が可能となる。
【0075】
単一波長で撮像および解析を実施するため、多波長でハイパースペクトルを取得する場合に比べて、測定時間を大幅に短縮できる。本実施例における測定時間は、1秒未満である。また、合焦測度の算出は、アルゴリズムが単純であり、クラスター解析のような大量のデータ処理を必要としないため、データ処理時間を大幅に短縮できる。本実施例におけるデータ処理時間(測定画像を取得後、表示部に解析画像を表示するまでに要する時間)は1秒未満である。このように、本発明の方法によれば、測定およびデータ処理の時間を大幅に短縮可能であり、リアルタイム診断への適用も可能である。
【0076】
<実施例2:筋肉組織と骨肉腫の識別>
実施例1では、被検試料(識別対象)として正常組織とがん組織を含む肺サンプルを使用したが、中赤外光イメージのエッジ解析による組織の識別は、肺以外の器官にも適用可能である。また、がん以外の組織の病変等の診断にも適用可能である。実施例2では、骨肉腫と正常組織である筋肉組織を含む試料を用いて、実施例1と同様に中赤外光の透過光イメージの取得、およびエッジ解析を行った。
【0077】
図5は、筋肉組織(正常組織)と骨肉腫を含むサンプルを染色し、光学顕微鏡で撮像した病理画像である。骨肉腫を含む領域Pと正常組織領域Qとの境界では、両組織が混ざりあっているため、図5では、これらの大まかな境界を破線Dで示している。図6は、正常組織と骨肉腫を含むサンプル(未染色)を試料として、波長9.86μmの赤外線レーザを試料に照射し、得られた測定画像から、対象領域の解析を行い、各ピクセルの合焦測度を20階調でマッピングした解析画像である。図5において破線Cで囲まれた円形の領域が、図6の解析対象領域に対応している。
【0078】
本実施例では、測定画像の解析領域における合焦測度の最小値が137、最大値が199であり、この範囲を20階調に分けてイメージを作成した。図6では、図5の境界線Dに対応する位置を破線Gで示している。破線Gが付された箇所の合焦測度は163~169であり、合焦測度の最小値と最大値の42~52%の領域内であった。図6において破線Gよりも下側の領域S(図5の領域Pに対応)は、境界線Gよりも合焦測度が小さい領域であり、破線Gよりも上側の領域T(図5の領域Qに対応)は、境界線Gよりも合焦測度が大きい領域である。この結果から、骨肉腫サンプルにおいても、中赤外光の透過光イメージのエッジ解析を行い、微分フィルタ処理により算出した合焦測度と所定の閾値との大小関係に基づいて、正常組織と骨肉腫の識別が可能であることが分かる。
【0079】
<実施例3:肝臓細胞とがんの識別>
上記の実施例1(肺サンプル)および実施例2(骨肉腫サンプル)では、合焦測度が大きい(高階調の)領域が正常組織であり、合焦測度が小さい(低階調の)領域が病変組織を含む領域であった。一方、生体組織(器官)の種類や、測定用波長λの選択によっては、合焦測度が大きい領域に病変組織が含まれ、合焦測度の小さい領域が正常組織となる場合がある。実施例3では、がんと正常組織、およびリンパ球(正常組織)を含む肝臓サンプルを用いて、実施例1および実施例2と同様に中赤外光の透過光イメージの取得、および解析を行った。
【0080】
図7は、がんと正常組織、およびリンパ球を含む肝臓サンプルを染色し光学顕微鏡で撮像した病理画像である。図中の破線Cで囲まれた円内に、各組織の領域の境界を破線D,Dで示した。図8は、がんと正常組織、およびリンパ球を含む肝臓サンプル(未染色)を試料として、波長9.3μmの赤外線レーザを試料照射し、得られた測定画像から、対象領域の解析を行い、各ピクセルの合焦測度を20階調でマッピングした解析画像である。
【0081】
本実施例では、測定画像の解析領域における合焦測度の最小値が133、最大値が163であり、この範囲を20階調に分けてイメージを作成した。図8には、各組織の大まかな境界を破線G,Gで示している。がんを含む領域と正常組織の領域との境界の合焦測度は145~148であり、合焦測度の最小値と最大値の42~52%の領域内であった。がんを含む領域とリンパ球の領域との境界の合焦測度も145~148の範囲内であった。一方、図8の解析画像では、正常組織の領域とリンパ球の領域との境界Gには、階調の差はみられなかった。
【0082】
本実施例では、実施例1,2とは逆に、境界階調よりも高階調で合焦測度が大きい領域が病変組織(がん)を含む領域であり、境界階調よりも低階調で合焦測度が小さい領域が正常組織であった。
【0083】
実施例1~3のそれぞれについて、測定サンプル、測定用波長λ、合焦測度の範囲(最大値および最小値)、および病変組織と正常組織との境界の合焦測度の範囲を、表1に一覧で示す。
【0084】
【表1】
【0085】
<応用例>
前述のように、測定用波長λは、測定対象の組織(器官)の種類に応じて、吸光度の差が大きい波長を選択すればよく、実施例に示した組織以外でも、測定用波長λを適切に選択して測定および解析を行うことにより、合焦測度に基づく生体組織の識別が可能である。
【0086】
器官が未知の場合や、識別対象の器官に最適な測定用波長が未知の場合は、合焦調整を行った後に、複数の波長で測定および解析を行い、合焦測度の最大値と最小値の差が小さい波長での測定結果を採用すればよい。また、複数の波長での測定・解析結果をデータベースと照合して、器官の同定や病変種類の同定を行ってもよい。病変組織と正常組織を識別するための解析画像と病理画像のマッチングデータを蓄積してデータベース化することにより、人工知能による識別の自動化への応用も期待できる。解析結果のデータベースには、組織の識別を行うための合焦測度の閾値に関する情報等が格納されていてもよい。解析対象の病変としては、がんの他に、筋梗塞、脂肪肝、肝硬変、腎臓組織のアミロイド沈着した糸球体等の非がん組織が挙げられる。
【0087】
上記の実施例では、測定光として、コヒーレント光であるレーザを用いている。測定光が単一波長λのコヒーレント光であれば、撮像素子では波長λを有する光が撮像され、単一波長での撮像および解析が行われるため、多波長で撮像および解析を実施する場合(例えばハイパースペクトルを取得する場合)に比べて、測定・解析時間を短縮できる。
【0088】
(インコヒーレント光の利用)
前述のように、測定光は複数の波長の光を含むインコヒーレント光でもよい。測定光がインコヒーレント光である場合、光源11と試料Sの間、または/および試料Sと撮像素子12との間に波長フィルタや分光器等の分光手段を配置すれば、光源に含まれる多波長光のうち、特定の波長λを有する光のみを撮像素子により撮像可能であり、測定光がコヒーレント光である場合と同様に解析を実施できる。インコヒーレント光を用いる場合は、波長フィルタの交換や、分光器の調整により、撮像素子に到達する光の波長を変更すれば同一の光源を用いて、波長λの光での合焦調整と、波長λの光での測定を実施できる。
【0089】
(タイリング)
上記の実施例では、1回の測定により得られた測定画像のエッジ解析を行い、算出された合焦測度に基づいて、組織の識別を行ったが、複数の測定結果を組み合わせて、画像解析および組織の識別を実施してもよい。例えば、試料台13をx,y方向に移動させて、試料Sの異なる箇所にレーザ光を照射して、測定画像を取得し、複数の測定画像を合成(タイリング)することにより、試料のより広い領域の測定画像が得られる。
【0090】
タイリングにより得られた測定画像のエッジ解析を行い、合焦測度を算出することにより、1回の測定よりも広範囲での組織の識別が可能となる。測定ごとにエッジ解析を行って解析画像を作成し、複数の解析画像の合成(タイリング)を実施してもよい。複数の測定画像および/または解析画像のタイリングに際しては、光学顕微鏡や電子顕微鏡等の撮影画像のタイリングに用いられている各種のアルゴリズムを適用してもよい。
【符号の説明】
【0091】
1 生体組織識別装置
11 光源
,L 測定光(中赤外光)
12 撮像素子
13 試料台
S 試料
21,23 光学要素
30 コンピュータ
31 制御部
311 光調整部
313 位置調整部
315 演算解析部
317 イメージ形成部
33 表示部
35 記憶部
37 入力部

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8