(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-10
(45)【発行日】2023-07-19
(54)【発明の名称】アーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20230711BHJP
B23K 9/16 20060101ALI20230711BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20230711BHJP
【FI】
B23K9/12 305
B23K9/16 J
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2020147768
(22)【出願日】2020-09-02
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】木梨 光
(72)【発明者】
【氏名】横田 泰之
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-144103(JP,A)
【文献】特開2018-020362(JP,A)
【文献】国際公開第2015/068273(WO,A1)
【文献】特開2018-020361(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/12
B23K 9/16
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら鋼板を溶接するアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤは、
溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0質量%超0.30質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Mn:0.5質量%以上2.5質量%以下、
S:0.001質量%以上0.020質量%以下、
Ti:0.05質量%以上0.30質量%以下、
を含有し、
P:0質量%以上0.025質量%以下、
Cu:0質量%以上0.50質量%以下、
Ni:0質量%以上3.0質量%以下、
Cr:0質量%以上3.0質量%以下、
Mo:0質量%以上1.0質量%以下、
Al:0質量%以上0.30質量%以下、
B:0質量%以上0.0100質量%以下、
であり、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)により得られる値が1.0超であり、
シールドガス全体積に対して、CO
2ガスを80体積%以上含有するシールドガスを使用し、
1回の前記正送と逆送との送給を1周期として、40Hz以上200Hz以下の周波数で溶接することを特徴とするアーク溶接方法。
2×[Ti]/[Si]-50×[S]・・・(1)
ただし、[Ti]は、溶接ワイヤ全質量に対するTiの含有量(質量%)を表し、[Si]は、溶接ワイヤ全質量に対するSiの含有量(質量%)を表し、[S]は、溶接ワイヤ全質量に対するSの含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
ピーク電流を200A以上として溶接することを特徴とする、請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
CO
2ガスが100体積%であるシールドガスを使用して溶接することを特徴とする、請求項1又は2に記載のアーク溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Alの含有量は、0.01質量%以上であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Moの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項6】
前記溶接ワイヤは、さらにNを含有し、
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Nの含有量は、0質量%超0.0150質量%以下であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項7】
前記溶接ワイヤは、さらにOを含有し、
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Oの含有量は、0質量%超0.0200質量%以下であることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【請求項8】
前記鋼板の板厚は0.6mm以上6mm以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載のアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接ワイヤを用いたアーク溶接方法においては、溶接時のスパッタを低減する技術について種々の検討がなされており、例えば、特許文献1には、短絡とアークとを繰り返しアーク溶接を行うアーク溶接方法が提案されている。上記特許文献1には、ワイヤと溶融プールとの間の距離、及び溶接電流を適切な範囲に制御することにより、ブローホール等の気孔発生及びスパッタの発生を抑制することが記載されている。
【0003】
また、近年では、輸送機分野を中心として、溶接部の耐錆性向上に対する要求も高まっており、溶接後に防錆用の被膜をコーティングする電着塗装技術等の開発が進められている。
電着塗装により防錆被膜を形成する場合に、ビード表面のスラグは絶縁性であるため、スラグの状態によっては、被膜の被覆を阻害することがある。一般的には、溶接後にビード表面に残存するスラグは、機械的手法で除去した後に電着塗装を実施するか、又はスラグが残存したまま電着塗装が行われる。
【0004】
しかし、ビード表面にスラグが残存したまま電着塗装を実施した場合には、防錆用被膜を十分に形成することが困難となり、完成製品の防錆性についての品質にばらつきが発生する。また、機械的手法でスラグを除去する場合には、作業者の負担が増加する。
上記特許文献1には、このようなビード表面に生成されるスラグについては十分に検討されていない。
【0005】
そこで、特許文献2には、溶接ワイヤを進退方向に送給制御することによりスパッタ発生を抑制しつつ、ワイヤの化学成分の含有量、シールドガス及びワイヤの進退方向の周波数を制御することにより、スラグの凝集性を良好にすることができるアーク溶接方法が開示されている。上記特許文献2では、スラグを凝集させているため、スラグが付着していない領域を広くし、これにより電着塗装により形成される塗膜の密着性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6043969号
【文献】特開2018-144103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載のアーク溶接方法を使用した場合に、溶接部が複雑な形状になると、十分にスラグを凝集させることができないため、形状が複雑な領域ではスラグがビード表面に残存することがある。その結果、電着塗装による防錆用被膜が形成されず、所望の防錆効果を得ることが困難となる。
また、CO2の含有量が多いシールドガスを用いた場合、スラグの生成量及びスパッタの発生量が多くなる傾向があり、CO2の含有量が80体積%以上のシールドガスを用いた場合でも、スパッタの発生が少なく、溶接部の電着塗装性が良好なアーク溶接方法が求められている。
【0008】
本発明はかかる課題に鑑みてなされたものであり、CO2ガスを80体積%以上含むシールドガスを用いた場合でも、スパッタ発生量の低減及び溶接部の電着塗装性の向上を実現できるアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、電着塗装性に影響するスラグについて検討した結果、特にSiを主成分とする厚いスラグがビード表面に点在する場合に、スラグ上に電着塗装被膜が形成されないことを確認した。
そこで、ワイヤ中の成分を規定の範囲に制御することにより、溶接ビード上に生成するスラグの分布及びスラグ成分を改質し、電着塗装性を向上させることができることを見出した。しかしながら、Si含有量を低減すると、ワイヤの溶融状態時の粘性が低下し、パルス溶接中の溶滴移行が不安定となりスパッタが増加することがわかった。また、CO2ガスを80体積%以上含むシールドガスを用いた場合、スパッタが増加する傾向が顕著であった。
本発明者らはスパッタの低減のために鋭意検討した結果、溶接ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら鋼板を溶接する溶接方法を採用し、溶接条件を制御することによってCO2ガスを80体積%以上含むシールドガスを用いた場合でも、スパッタを低減することができることを見出した。
【0010】
本発明の上記目的は、アーク溶接方法に係る下記[1]の構成により達成される。
【0011】
[1] 溶接ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら鋼板を溶接するアーク溶接方法であって、
前記溶接ワイヤは、
溶接ワイヤ全質量に対して、
C:0質量%超0.30質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Mn:0.5質量%以上2.5質量%以下、
S:0.001質量%以上0.020質量%以下、
Ti:0.05質量%以上0.30質量%以下、
を含有し、
P:0質量%以上0.025質量%以下、
Cu:0質量%以上0.50質量%以下、
Ni:0質量%以上3.0質量%以下、
Cr:0質量%以上3.0質量%以下、
Mo:0質量%以上1.0質量%以下、
Al:0質量%以上0.30質量%以下、
B:0質量%以上0.0100質量%以下、
であり、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
下記式(1)により得られる値が1.0超であり、
シールドガス全体積に対して、CO2ガスを80体積%以上含有するシールドガスを使用し、
1回の前記正送と逆送との送給を1周期として、40Hz以上200Hz以下の周波数で溶接することを特徴とするアーク溶接方法。
2×[Ti]/[Si]-50×[S]・・・(1)
ただし、[Ti]は、溶接ワイヤ全質量に対するTiの含有量(質量%)を表し、[Si]は、溶接ワイヤ全質量に対するSiの含有量(質量%)を表し、[S]は、溶接ワイヤ全質量に対するSの含有量(質量%)を表す。
【0012】
また、アーク溶接方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[8]に関する。
【0013】
[2] ピーク電流を200A以上として溶接することを特徴とする、[1]に記載のアーク溶接方法。
[3] CO2ガスが100体積%であるシールドガスを使用して溶接することを特徴とする、[1]又は[2]に記載のアーク溶接方法。
[4] 前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Alの含有量は、0.01質量%以上であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載のアーク溶接方法。
[5]
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Moの含有量は、0.01質量%以上0.5質量%以下であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載のアーク溶接方法。
[6] 前記溶接ワイヤは、さらにNを含有し、
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Nの含有量は、0質量%超0.0150質量%以下であることを特徴とする、[1]~[5]のいずれか1つに記載のアーク溶接方法。
[7] 前記溶接ワイヤは、さらにOを含有し、
前記溶接ワイヤ全質量に対する前記Oの含有量は、0質量%超0.0200質量%以下であることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載のアーク溶接方法。
[8] 前記鋼板の板厚は0.6mm以上6mm以下である、[1]~[7]のいずれか1つに記載のアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、CO2ガスを80体積%以上含むシールドガスを用いた場合でも、スパッタ発生量の低減及び溶接部の電着塗装性の向上を実現できるアーク溶接方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。また本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0016】
まず、本発明に係るアーク溶接方法について詳細に説明する。
[アーク溶接方法]
本実施形態に係るアーク溶接方法は、溶接ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら鋼板を溶接するアーク溶接方法である。以下、このような溶接ワイヤの制御方式を「ワイヤ送給制御方式」又は単に「送給制御方式」ということがある。
より具体的に、送給制御方式とは、ワイヤの送給を進退方向において制御しつつ、アークを発生させながらワイヤを前進(正送)させ、溶融したワイヤ先端の溶融金属を溶融池に接触させてアークを消滅させた後、ワイヤを後退(逆送)させて溶融金属を移行させることが繰り返される溶接方式である。
【0017】
なお、本実施形態に係る溶接方法におけるワイヤの送給の周波数(振動数)は、ワイヤの1回の前進(正送)及び後退(逆送)を1周期として規定される。本実施形態に係る溶接方法には、例えば、Cold Metal Transfer溶接等が包含される。
【0018】
<ワイヤ送給の周波数:40Hz以上200Hz以下>
溶接中のワイヤ先端での溶融金属の表面張力や粘性は、ワイヤの化学成分によって大きく影響を受ける。したがって、本実施形態のアーク溶接においては、使用するワイヤの化学成分を考慮して、ワイヤ送給の周波数帯に制御している。
ワイヤ送給の周波数が40Hz未満であると、溶滴が成長しすぎて、逆走させてもワイヤ先端から溶滴が離れきる前にアークが発生するため、大粒スパッタが発生する要因となる。一方、ワイヤ送給の周波数が200Hzを超えると、ワイヤ先端から溶滴が離脱するための十分な時間が得られず、規則的な短絡制御が乱れて、スパッタにつながる。また、母材を亜鉛めっき鋼板とした場合には、溶融金属から亜鉛蒸気を離脱させるために、溶融金属を押し下げることが効果的であるが、ワイヤ送給の周波数が200Hzを超えると、アーク直下の溶融金属を押し下げる効果がほとんど働かないため、気孔欠陥が生じやすくなる。したがって、1回の正送と逆送との送給を1周期としたワイヤ送給の周波数は、40Hz以上200Hz以下とする。本実施形態に係るアーク溶接では、ワイヤ送給の周波数を40Hz以上200Hz以下の範囲にすることで、シールドガス全体積に対してCO2ガスを80体積%以上含有するシールドガスを用いても大粒のスパッタを低減できる。
ワイヤ送給の周波数は、50Hz以上とすることが好ましく、60Hz以上とすることがより好ましく、70Hz以上とすることが特に好ましい。また、ワイヤ送給の周波数は、160Hz以下とすることが好ましく、140Hz以下とすることがより好ましく、120Hz以下とすることが特に好ましい。
【0019】
<溶接ワイヤの化学成分>
次に、本実施形態に係るアーク溶接方法で使用することができる溶接ワイヤの化学成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。本実施形態に係る溶接ワイヤは、ソリッドワイヤであることが好ましい。
【0020】
(C:0質量%超0.30質量%以下)
Cは、脱酸作用を有するとともに、溶接金属の強度を高める効果を有する成分である。本実施形態において使用することができる溶接ワイヤは、微量であってもCを含有することにより、溶接金属の強度を調整することができる。したがって、ワイヤ中のC含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%超とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のC含有量が0.30質量%を超えると、脱酸作用が大きくなり、溶滴の粘性が上昇するため、短絡しやすくなることでスパッタが発生しやすくなる。また、酸素と結びつくことにより、アーク近傍でCOが発生し、爆発によるスパッタが発生しやすくなり、ヒューム量が増加する。したがって、ワイヤ中のC含有量はワイヤ全質量に対して、0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0021】
(Si:0.01質量%以上0.30質量%以下)
Siを主成分とする厚いスラグがビード表面に点在する場合に、スラグ上に電着塗装被膜を形成することができないため、本実施形態においては、ワイヤ中のSi含有量を低減することにより、溶接ビード上に密着性が優れた薄いスラグを形成する。この薄いスラグの表面には、電着塗装被膜を形成することができるため、溶接部の電着塗装性を向上させることができる。また、ワイヤ中のSi含有量を減少させると、ワイヤの電気抵抗が低くなり、これに伴ってアーク溶接時にワイヤは溶融し難くなるため、必要な溶接電流は大きくなり、その結果、アーク力が高くなることにより、ピット及びブローホール等の気孔欠陥を抑制することができる。
【0022】
ワイヤ中のSi含有量が0.01質量%未満であると、アーク発生時においてワイヤ先端の溶融金属部の粘性が著しく低下し、かつ脱酸効果が不十分となるため、アーク溶接中の溶滴移行が不安定になり溶滴の飛散などが発生し、スパッタが増大する。したがって、ワイヤ中のSi含有量はワイヤ全質量に対して、0.01質量%以上とし、0.02質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のSi含有量が0.30質量%を超えると、Siが酸素と結びつくことにより形成されたスラグが凝集しやすくなり、スラグの厚さが増加する。その結果、スラグの表面に電着塗装被膜が形成されにくくなり、塗装欠陥が発生する。したがって、ワイヤ中のSi含有量はワイヤ全質量に対して、0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
(Mn:0.5質量%以上2.5質量%以下)
Mnは有効な脱酸剤であり、Sと結合しやすい元素である。
ワイヤ中のMn含有量が0.5質量%未満であると、脱酸、脱硫効果が損なわれ、表面張力が低下し、ピットやブローホールといった気孔欠陥が発生しやすくなる。したがって、ワイヤ中のMn含有量はワイヤ全質量に対して、0.5質量%以上とし、0.8質量%以上であることが好ましく、1.0質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のMn含有量が2.5質量%を超えると、ビード表面に剥離し難い薄い酸化膜を発生させてしまう。したがって、Mn含有量はワイヤ全質量に対して、2.5質量%以下とし、2.4質量%以下であることが好ましく、2.3質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
(S:0.001質量%以上0.020質量%以下)
Sはビード始端形状をなだらかにするなど、溶融金属の表面張力に大きく影響を与える元素である。ワイヤ中のS含有量が0.001質量%未満であると、上記効果を得ることができない。したがって、S含有量はワイヤ全質量に対して、0.001質量%以上とし、0.002質量%以上であることが好ましい。
一方、ワイヤ中のS含有量が0.020質量%を超えると、スラグが局所的に集まり、スラグ厚さが増加するため、電着塗装性が低下する。したがって、S含有量はワイヤ全質量に対して、0.020質量%以下とし、0.018質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
(Ti:0.05質量%以上0.30質量%以下)
Tiは、本実施形態において使用することができるワイヤにおいて、最も重要な元素の一つであり、脱酸作用を有するとともに、スラグの物性を変化させる作用を有する成分である。Tiの影響に関するメカニズムは必ずしも明確ではないが、本発明者らは、ワイヤがTiを適切な量で含有することによって、Si、Mn及びTiからなる複合スラグにおいて、Tiが周囲を覆うように生成する傾向を見出した。そのようなスラグは、電着塗装性がよいだけでなく、スラグと母材との密着性がよいため、腐食が進行しにくい。
【0026】
ワイヤ中のTi含有量が0.05質量%未満であると、所望のスラグ状態を得ることが困難となる。したがって、ワイヤ中のTi含有量はワイヤ全質量に対して、0.05質量%以上とし、0.08質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上とすることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のTi含有量が0.30質量%を超えると、過剰に脱酸が進行し、スラグ生成量が増加しすぎて、スラグが厚肉化するとともに、脱酸作用が進みすぎるため、ビード形状が悪化する。したがって、ワイヤ中のTi含有量はワイヤ全質量に対して、0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.23質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
(P:0質量%以上0.025質量%以下)
Pは、溶接金属の耐割れ性を低下させる元素であるが、溶接金属の耐割れ性は他の元素によっても低下させることができるため、ワイヤ中のP含有量は0質量%であってもよい。
一方、ワイヤ中のP含有量が0.025質量%を超えると、必要とされる溶接金属の耐割れ性を得ることができない。したがって、P含有量はワイヤ全質量に対して、0.025質量%以下とし、0.020質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
(Cu:0質量%以上0.50質量%以下)
Cuは、溶接金属の耐割れ性を低下させる元素であるが、溶接金属の耐割れ性は他の元素によっても低下させることができるため、ワイヤ中のCu含有量は0質量%であってもよい。したがって、ワイヤ中のCu含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%以上とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のCu含有量が0.50質量%を超えると、必要とされる溶接金属の耐割れ性を得ることができない。したがって、ワイヤ中のCu含有量はワイヤ全質量に対して、0.50質量%以下とし、0.30質量%以下であることが好ましく、0.25質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
(Ni:0質量%以上3.0質量%以下)
Niは、スラグ発生量に影響を与える成分ではないが、本実施形態においては、ワイヤ中のSi含有量を低くしているため、溶接金属の強度を調整することを目的としてワイヤ中に含有させることができる。したがって、ワイヤ中のNi含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%以上とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のNi含有量が3.0質量%を超えると、溶接金属の強度が著しく上昇し、靱性が低下する。したがって、ワイヤ中のNi含有量はワイヤ全質量に対して、3.0質量%以下とし、2.5質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
(Cr:0質量%以上3.0質量%以下)
Crは、スラグ発生量に影響を与える成分ではないが、本実施形態においては、ワイヤ中のSi含有量を低くしているため、溶接金属の強度を調整することを目的としてワイヤ中に含有させることができる。したがって、ワイヤ中のCr含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%以上とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のCr含有量が3.0質量%を超えると、溶接金属の強度が著しく上昇し、靱性が低下する。したがって、ワイヤ中のCr含有量はワイヤ全質量に対して、3.0質量%以下とし、2.5質量%以下であることが好ましく、2.0質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
(Mo:0質量%以上1.0質量%以下)
Moは、スラグ発生量に影響を与える成分ではないが、本実施形態においては、ワイヤ中のSi含有量を低くしているため、溶接金属の強度を調整することを目的としてワイヤ中に含有させることができる。したがって、ワイヤ中のMo含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のMo含有量が1.0質量%を超えると、溶接金属の強度が著しく上昇し、靱性が低下する。したがって、ワイヤ中のMo含有量はワイヤ全質量に対して、1.0質量%以下とし、0.8質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
(Al:0質量%以上0.30質量%以下)
Alは、OやNと親和性が高く、酸化物や窒化物を形成し、焼き入れ性を上げる元素であり、本実施形態においては、ワイヤ中にAlを含有させることができる。したがって、ワイヤ中のAl含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%以上とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.03質量%以上であることがより好ましい。
一方、Alは脱酸作用を有し、酸化物としてスラグアウトするとともに、溶融金属表面に生成するスラグを凝集させて、溶接金属に対するスラグの密着性を低下させる元素でもある。ワイヤ中のAl含有量が0.30質量%を超えると、スラグが凝集して、スラグ上に電着塗装被膜を形成することが困難となる。したがって、ワイヤ中のAl含有量はワイヤ全質量に対して、0.30質量%以下とし、0.20質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましい。
【0033】
(B:0質量%以上0.0100質量%以下)
Bは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する元素であるため、溶接金属の強度を調整することを目的としてワイヤ中に含有させることができる。したがって、ワイヤ中のB含有量は0質量%以上とし、0.0010質量%以上であることが好ましい。
一方、ワイヤ中のB含有量が0.0100質量%を超えると、溶接金属の強度が著しく上昇し、靱性が低下する。また鋼板成分によっては溶接部の高温割れなどの溶接欠陥を誘発する因子となる。したがって、ワイヤ中のB含有量はワイヤ全質量に対して、0.0100質量%以下とし、0.0080質量%以下であることが好ましく、0.0060質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
(残部:Fe及び不可避的不純物)
本実施形態において使用することができるワイヤの残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、V、Zr、Nb、Li、Sn、Sb、Bi及びAs等が挙げられる。これらの不可避的不純物の含有量は、ワイヤ全質量に対して、それぞれ、0.0100質量%以下であることが好ましく、0.0050質量%以下であることがより好ましい。
また、これらの不可避的不純物の含有量の合計は、ワイヤ全質量に対して、0.0200質量%以下であることが好ましい。
【0035】
(O:0質量%超0.0200質量%以下)
Oは、必須成分ではないが、スラグの生成量に影響を及ぼすとともに、表面張力を低下させビードのなじみを良好にする効果を有する元素のため、所定の含有量の範囲内でOをワイヤ中に含有させることができる。ワイヤ中にOを含有させる場合には、ワイヤ中のO含有量はワイヤ全質量に対して0質量%超とし、0.0010質量%以上であることが好ましく、0.0030質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のO含有量が0.0200質量%を超えると、溶融金属の表面張力が低くなり過ぎて、スパッタが増加するとともにビード形状が劣化する。したがって、ワイヤ中のO含有量はワイヤ全質量に対して、0.0200質量%以下とし、0.0150質量%以下であることが好ましく、0.0120質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
(N:0質量%超0.0150質量%以下)
Nは、必須成分ではないが、溶融金属の表面張力を低下させ、ビードのなじみを良好にする効果を有する元素であり、溶接金属の強度を向上させるとともに、耐疲労性を向上させる元素のため、所定の含有量の範囲内でNをワイヤ中に含有させることができる。ワイヤ中にNを含有させる場合には、ワイヤ中のN含有量はワイヤ全質量に対して、0質量%超とし、0.0010質量%以上であることが好ましく、0.0025質量%以上であることがより好ましい。
一方、ワイヤ中のN含有量が0.0150質量%を超えると、溶融金属の表面張力が低くなり過ぎて、スパッタが増加するとともにビード形状が劣化する。また、溶接金属組織中に粗大な窒化物が形成され靱性が低下する。したがって、ワイヤ中のN含有量はワイヤ全質量に対して、0.0150質量%以下とし、0.0130質量%以下であることが好ましく、0.0110質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
(式(1)により得られる値:1.0超)
Ti、Si及びSは、スラグの凝集に影響を与える元素である。具体的には、ワイヤ中のSi含有量及びS含有量を増加させることによりスラグが凝集し、ワイヤ中のTi含有量を増加させることにより、スラグを分散させることができる。下記式(1)により得られる値が1.0以下であると、スラグの密着性が低下し、ビード形状も不良となる。また、スパッタ発生量も増加する。したがって、下記式(1)により得られる値は1.0超とし、1.5超であることが好ましく、2.0超であることがより好ましい。
【0038】
2×[Ti]/[Si]-50×[S]・・・式(1)
ただし、[Ti]は、溶接ワイヤ全質量に対するTiの含有量(質量%)を表し、[Si]は、溶接ワイヤ全質量に対するSiの含有量(質量%)を表し、[S]は、溶接ワイヤ全質量に対するSの含有量(質量%)を表す。
【0039】
<シールドガス>
一般的に、アーク溶接時に使用されるシールドガス中のCO2ガスを減少させ、Arガスを増加させると、スラグ発生量を低減することができ、溶接部の電着塗装性が向上する。しかしながら、シールドガスのArガスの割合を増加させると、CO2ガスよりも高価であるため、Arガスを増加させると、使用するガスのコストが増加してしまう。
一方、従来の溶接方法では、80体積%以上のCO2ガスを含むシールドガス雰囲気下においてアーク溶接を実施すると、スパッタ発生量が増加するとともに、ビード形状も劣化してしまう。本実施形態においては、ワイヤの成分及びワイヤの送給制御の条件を制御することによって、シールドガス中のCO2量が80体積%以上の場合であっても、スパッタ発生量及びスラグ発生量を低減することができ、溶接性に優れるとともに、溶接部の電着塗装性に優れた溶接を可能としている。
【0040】
シールドガス中のCO2ガスが80体積%未満であると、高価なArガス等の使用量が増加し、シールドガスのコストが上昇する。また、溶込みを確保する観点からは、シールドガス中のCO2ガスは、シールドガス全体積に対して80体積%以上であることが好ましく、95体積%以上であることがより好ましく、100体積%であることが最も好ましい。
なお、シールドガス中には、CO2ガスの他に、Arガス、Heガス及びO2ガス等が含有されていてもよい。
【0041】
<ピーク電流:200A以上>
本実施形態においては、上記のとおり、溶接ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら鋼板を溶接するワイヤ送給制御方式を採用している。すなわち、アーク期間と短絡期間とを繰り返す電流及び電圧の波形に合わせて、ワイヤの送給方向を、正送と逆送との間で変化させている。
本実施形態に係るアーク溶接においては、ピーク電流の期間で溶滴を形成すると同時に、電磁ピンチ力を発生させ、溶滴にくびれを形成させる。ピーク電流が200A未満であると、溶滴ピンチ力が不足し、溶滴が長く伸び、規則的な短絡制御が困難になる。また、アーク力が小さくなり、アーク直下の溶融金属を押し下げる効果が小さくなり、気孔欠陥が生じやすくなる。したがって、ピーク電流は200A以上であることが好ましく、250A以上であることがより好ましい。ピーク電流の上限は特に限定されないが、450A以下であることが実際的であり、400A以下であることが好ましい。
【0042】
<ベース電流:100A以下>
本実施形態に係るアーク溶接においては、アーク力を下げることにより、ピーク電流で形成した溶滴を離脱させやすくするだけでなく、短絡発生時のスパッタ飛散を抑制する効果を得ることができる。ただし、ベース電流が100Aを超えると、短絡時のエネルギーが大きくなり、大粒スパッタが発生しやすくなる。したがって、ベース電流は100A以下であることが好ましく、70A以下であることがより好ましい。ベース電流の下限は特に限定されないが、15A以上であることが実際的であり、20A以上であることが好ましく、25A以上であることがより好ましい。
【0043】
<母材>
本実施形態に係るアーク溶接方法において、溶接対象となる母材の鋼種については特に限定されず、例えば、熱間圧延鋼板であるSPH440(引張強さ440MPa級鋼板)、SPH590(引張強さ590MPa級鋼板)、及びSPH780(引張強さ780MPa級鋼板)等、種々の組成の鋼板を使用することができる。また、板厚についても特に限定されないが、鋼板の板厚が0.6mm以上であると、溶け落ちを抑制した溶接をすることができる。また、6mm以下であると、重ね継手などでも1パス施工で一般的に必要とされるのど厚を確保することができる。したがって、鋼板の板厚は0.6mm以上6mm以下とすることが好ましい。
なお、母材の表面には亜鉛めっきやアルミめっき等の各種めっき処理が施されてもよい。
【0044】
<その他の溶接条件>
本実施形態に係るアーク溶接方法における溶接電圧、溶接速度、溶接姿勢等の各溶接条件は特に限定されず、アーク溶接方法において適用し得る範囲で適宜調整すればよい。溶接速度としては、例えば60cm/min以上である。
また、本実施形態発に係るアーク溶接方法において使用することができるワイヤのワイヤ径(直径)についても、特に限定されるものではないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径のワイヤに適用することができる。
【実施例】
【0045】
以下に実施例を挙げて本実施形態を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
[試験I]
<発明例(試験No.1~21)及び比較例(試験No.22~32)>
まず、ワイヤの化学成分及び溶接条件を制御した場合のスラグの生成及びスパッタ等に対する効果を評価するため、下記表1及び表2に示す種々の化学成分を有し、直径が1.2mmのワイヤを作製した。次いで、以下に示す溶接条件により、ワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら、鋼板に対してアーク溶接を行い、スラグ密着性、電着塗装性、ビード形状及びスパッタについて評価した。評価結果を下記表3に併せて示す。
なお、SPH440鋼板は、本発明の対象となる用途において最も多く使用されている鋼板であるため、試験Iにおいては、母材としてSPH440鋼板を使用した。また、設定電圧としては、適宜適切な電圧を設定した。
【0047】
(溶接条件)
鋼板:縦200mm×横50mm×厚さ2.3mm、SPH440鋼板
溶接姿勢:水平重ねすみ肉溶接
シールドガス:100体積%CO2ガス
ピーク電流:300A
ベース電流:40A
ワイヤ送給量:6.7m/min
溶接速度:100cm/min
溶接長:150mm
【0048】
なお、表1及び表2において、「ワイヤの化学成分(質量%)」とは、ワイヤ全質量に対する各元素の含有量(質量%)を表す。また、Cu含有量には、Cuめっき分が含まれる。また、表1及び表2中の「-」は、ワイヤの溶製時にその成分を添加していないか、ワイヤ中に含まれるその成分が検出限界値以下であることを意味する。
【0049】
各評価の評価方法及び評価基準について、以下に説明する。
【0050】
<スラグ密着性>
スラグ密着性については、JIS Z 1522:2009に規定されるセロハン粘着テープ(幅12~19mm)を溶接金属の表面に貼り、これを剥がすことにより評価した。
スラグ密着性は、セロハン粘着テープの粘着面において、ビード表面に貼り付けた部分を試験の対象面として、対象面に付着したスラグの量を目視によって観察することにより、3段階で評価した。
スラグ密着性の評価基準としては、対象面にスラグが付着していないものを◎(優良)とし、対象面にスラグがわずかに付着しているが、スラグが付着している面積が対象面全面積に対して2割未満であるものを○(良好)とし、スラグが付着している面積が対象面全面積に対して2割以上であるものを×(不良)とした。
【0051】
<電着塗装性>
電着塗装性については、ビード表面におけるスラグの生成状態を目視によって観察することにより3段階で評価した。具体的には、溶接長が150mm~200mmの範囲において、光沢スラグ又は褐色スラグが生成されているかどうかを観察した。光沢スラグはSiを主成分とするスラグであり、褐色スラグは厚さが20μm以上の厚いスラグであるため、これらのスラグの表面は電着塗装による被膜が形成されないことを表している。
【0052】
電着塗装性の評価基準としては、観察範囲全面積に対して、光沢スラグ及び褐色スラグの生成率がいずれも0%であったものを◎(優良)とし、褐色スラグが生成されていても、光沢スラグの生成率が0%であったものを○(良好)とし、光沢スラグが生成されたものを×(不良)とした。
【0053】
<ビード形状>
ビード形状については、溶接長が150mm~200mmの範囲において、ビード際の揃いとビード形状を目視によって観察することにより3段階で評価した。
ビード形状の評価基準としては、ビード際の揃い及びビード形状が優れているものを◎(優良)とし、◎には劣るが実用上使用可能なものを○(可)とし、溶接欠陥が生じたものを×(劣)とした。
【0054】
<スパッタ>
スパッタについては、アーク溶接時に、スパッタ発生量、大粒スパッタ発生の有無及びワークへのスパッタ付着の有無を目視によって観察することにより4段階で評価した。
スパッタの評価基準としては、大粒スパッタの発生がないとともに、ワークへのスパッタ付着がなかったものを◎(優良)とし、大粒スパッタは発生するが少量で、ワークへのスパッタ付着が問題にならないものを〇(良好)とし、大粒スパッタが多量に発生し、ワークへのスパッタ付着が顕著なものを×(劣)とした。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
上記表1~3に示すように、試験No.1~21は、ワイヤの化学成分、シールドガス及び送給の周波数等が本発明の範囲内であるため、評価結果がいずれも優良(◎)又は良好(〇)となった。また、100%CO2シールドガスを使用していても、スラグ状態及びスパッタが優れたものとなるため、溶接構造物の製造コストを低減することができる。
一方、試験No.22~33は、ワイヤの化学成分のうち、Si、S、Ti、Nの含有量のうち少なくとも1つ、又は式(1)により算出される値が本発明の範囲から外れているため、スラグ密着性、電着塗装性、ビード形状及びスパッタの少なくとも1つの評価結果が不良(×)となった。なお、試験No.28、29は、ワイヤのN含有量が不可避的不純物の含有量ではなく、Nを過剰に含有した例である。
【0059】
[試験II]
<発明例(試験No.34、35、37、39~42)及び比較例(試験No.36、38)>
次に、送給の周波数による影響を評価するため、ワイヤNo.1、2、12及び17を使用して、種々の周波数でワイヤの正送と逆送との送給を交互に切り替えながら、鋼板に対してアーク溶接を行い、スラグ密着性、電着塗装性、ビード形状及びスパッタについて評価した。
なお、送給の周波数以外の溶接条件は、上記試験Iにおける溶接条件と同様とした。評価結果を下記表4に示す。
【0060】
【0061】
上記表4に示すように、試験No.34、35、37及び39~42は、送給の周波数が本発明の範囲内であるため、評価結果がいずれも優良(◎)又は良好(〇)となった。
一方、比較例のワイヤNo.36及び38は、送給の周波数が本発明範囲の下限未満であるため、ビード形状及びスパッタの評価結果が劣(×)となった。
【0062】
[試験III]
<発明例(試験No.43~48)及び比較例(試験No.49~51)>
次に、鋼種による影響を評価するため、ワイヤNo.1、2及び33を使用して、SPH590鋼板及びSPH780鋼板に対してアーク溶接を行い、スラグ密着性、電着塗装性、ビード形状及びスパッタについて評価した。
なお、鋼種以外の溶接条件は、上記試験Iにおける溶接条件と同様とした。SPH440鋼板に対してアーク溶接を行った評価結果とともに、試験IIIの評価結果を下記表5に示す。
【0063】
【0064】
上記表5に示すように、試験No.43~48は、ワイヤの化学成分及び溶接条件等が本発明の範囲内であるため、鋼種にかかわらず、評価結果がいずれも優良(◎)又は良好(〇)となった。一方、試験No.49~51は、比較例であるワイヤNo.33を用いたものであるため、いずれの鋼種に対して溶接した場合であっても、スラグ密着性及び電着塗装性の評価結果が不良(×)となった。
上記結果より、本発明は、鋼種によって溶接ワイヤ及び溶接条件等を選択する必要がなく、製造コストを低減することができる。