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特許7311767フラックスおよびそれを用いる溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-11
(45)【発行日】2023-07-20
(54)【発明の名称】フラックスおよびそれを用いる溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 2/02 20060101AFI20230712BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20230712BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20230712BHJP
   C22C 38/06 20060101ALN20230712BHJP
   C22C 18/00 20060101ALN20230712BHJP
【FI】
C23C2/02
C23C2/06
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C18/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019158923
(22)【出願日】2019-08-30
(65)【公開番号】P2021038416
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】石井 康太郎
(72)【発明者】
【氏名】辻村 太佳夫
【審査官】深草 祐一
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-041577(JP,A)
【文献】特開2012-241277(JP,A)
【文献】特開昭50-025440(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110172658(CN,A)
【文献】特開2014-088614(JP,A)
【文献】特開平04-202751(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00-2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ZnClと、
アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の化合物群のうちから選択された少なくとも2種類以上からなる塩化物であって、めっき浴中のMgに対する反応性の低い難反応性塩化物と、を含む固形状のフラックスであって、
上記フラックスは、NHClおよびNaFの両方を実質的に含まず、
上記フラックスに含まれる上記ZnClが全てMgClに置換された場合であっても当該フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、上記ZnClおよび上記難反応性塩化物の組成が調整されており、
上記難反応性塩化物は、
NaClと、
KClと、を含んでおり、
上記フラックスは、
Sn、Pb、Biの塩化物のうちの少なくとも1種類以上の塩化物を含む補助塩化物を合計で0質量%より大きく7.5質量%以下含み、
上記補助塩化物の合計量を除いた残部において、(i)上記ZnClと、(ii)上記難反応性塩化物と、の合計の質量を100質量部として、
上記ZnClを52.5質量%以上74.1質量%以下、上記NaClおよびKClを合計で25.9質量%以上47.5質量%以下含み、かつ、
KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が0.15以上11.5以下となっていることを特徴とする溶融Zn-Al-Mg系めっき用フラックス。
【請求項2】
ZnClと、
アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の化合物群のうちから選択された少なくとも2種類以上からなる塩化物であって、めっき浴中のMgに対する反応性の低い難反応性塩化物と、を含むフラックスであって、
上記フラックスは、NHClおよびNaFの両方を実質的に含まず、
上記フラックスに含まれる上記ZnClが全てMgClに置換された場合であっても当該フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、上記ZnClおよび上記難反応性塩化物の組成が調整されており、
上記難反応性塩化物はNaClおよびKClを含んでおり、
ZnClおよび難反応性塩化物の合計の質量を100質量部として、上記ZnClを40.0質量%以上52.5質量%未満、上記NaClおよびKClを合計で47.5質量%より多く60.0質量%以下含み、かつ、
KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が1.25以上となることを特徴とする溶融Zn-Al-Mg系めっき用フラックス。
【請求項3】
ZnClと、
アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の化合物群のうちから選択された少なくとも2種類以上からなる塩化物であって、めっき浴中のMgに対する反応性の低い難反応性塩化物と、を含むフラックスであって、
上記フラックスは、NHClおよびNaFの両方を実質的に含まず、
上記フラックスに含まれる上記ZnClが全てMgClに置換された場合であっても当該フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、上記ZnClおよび上記難反応性塩化物の組成が調整されており、
上記難反応性塩化物は、
NaClと、
KClと、を含んでおり、
上記フラックスは、
Sn、Pb、Biの塩化物のうちの少なくとも1種類以上の塩化物を含む補助塩化物を合計で0質量%より大きく10.0質量%未満含み、
上記補助塩化物の合計量を除いた残部において、(i)上記ZnClと、(ii)上記難反応性塩化物と、の合計の質量を100質量部として、
上記ZnClを40.0質量%以上52.5質量%未満、上記NaClおよびKClを合計で47.5質量%より多く60.0質量%以下含み、かつ、
KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が1.25以上となることを特徴とする溶融Zn-Al-Mg系めっき用フラックス。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載された溶融Zn-Al-Mg系めっき用フラックスを水に溶解させたフラックス浴に、めっき対象材を浸漬するフラックス処理工程と、
フラックス処理された上記めっき対象材を溶融Zn-Al-Mg系めっき浴に浸漬するめっき工程と、
を含むことを特徴とする溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法。
【請求項5】
上記めっき工程では、300℃未満の温度の上記めっき対象材を、上記溶融Zn-Al-Mg系めっき浴に浸漬することを特徴とする請求項4に記載の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融Zn-Al-Mg系めっき用のフラックス浴の原料であるフラックス、および、それを用いる溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄鋼材料の防錆方法の一つとして溶融亜鉛(Zn)めっき法が知られている。溶融Znめっき法には、めっき対象品に対して、連続ラインでめっきを施す方法と、バッチ式でめっきを施す方法(いわゆる「どぶ漬けめっき法」)と、がある。
【0003】
どぶ漬けめっき法では、例えば鋼管、形鋼といった鋼成形品にフラックス処理を行った後、溶融Znめっき浴に浸漬して引き上げることにより溶融Znめっき鋼成形品が製造される。
【0004】
溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品は、溶融Znめっき浴にアルミニウム(Al)およびマグネシウム(Mg)を添加した溶融Zn-Al-Mg系の溶融めっき浴を用いて製造される。溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品は、長期間にわたり優れた耐食性を維持することから、従来の溶融Znめっき鋼板に代わる材料として需要が増加している。
【0005】
一般に、どぶ漬けめっき法によって溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造する場合に用いられる方法として、二浴法および一浴法が知られている。
【0006】
二浴法は、先ず、鋼成形品に対して溶融Znめっきを施し、次いで、得られた溶融Znめっき鋼成形品に対して、フラックス処理を行うことなく溶融Zn-Al-Mg系めっきを施すことにより、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造する方法である。
【0007】
一浴法は、鋼成形品に溶融Znめっきを施す工程を省略して、鋼成形品にフラックス処理を行った後、溶融Zn-Al-Mg系めっきを施すことにより、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造する方法である。
【0008】
ここで、上記一浴法では、フラックス処理によって鋼成形品の表面に付着したフラックスとめっき金属との反応生成物等に起因して、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品のめっき外観が悪化し易い。めっき外観が悪化する(不めっき等の欠陥が存在する)と本来の耐食性を発揮し難いため、通常、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品は、二浴法によって製造されている。
【0009】
一方で、上記一浴法は、二浴法に比べて、設備、作業時間等の点で有利(製造コストを低減可能)である。そのため、一浴法によって溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を好適に製造する方法、およびフラックスの開発が行われている(例えば、特許文献1、2を参照)。
【0010】
特許文献1に記載の技術では、フラックス処理に用いられるフラックス水溶液の成分組成を調整するとともに、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴に浸漬する前の被めっき鋼材の温度を300℃以上としている。これにより、フラックス水溶液中のフラックス成分と溶融Zn-Al-Mg系めっき浴の成分との反応生成物が、めっき中に凝固することを抑制する。その結果、被めっき鋼材の表面からのフラックスおよび反応生成物の剥離を促進させることによって、不めっきが生じる問題の解決を図っている。
【0011】
また、特許文献2には、長尺の鋼製品に対して一浴法で溶融Zn-Al-Mg系めっきを施す場合に、特定の成分組成のフラックス組成物の水溶液を用いることによりめっき欠陥の発生を抑制する方法が記載されている。この方法で用いられるフラックス組成物は、塩化亜鉛、塩化アンモニウム、およびアルカリ金属塩化物を必須成分として含む。上記アルカリ金属塩化物は少なくとも塩化ナトリウムおよび塩化カリウムを含み、それらの重量比(KCl/NaCl)が少なくとも2.0となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2012-241277号公報
【文献】特開2014-88616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1に記載の技術では、被めっき鋼材を300℃以上に加熱するために、加熱設備を導入する必要があり、また、製造可能な溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の種類に制約が課される。例えば、大型器物に対してめっきを施す場合、加熱設備も大型化を要する。そのため、被めっき鋼材を大型器物とし、大型器物に対して溶融Zn-Al-Mg系めっきを施すことは難しい。
【0014】
特許文献2では、溶融Zn-Al-Mg系めっきが施された長尺の鋼製品(鋼ワイヤや鋼棒)について、該鋼製品の表面のめっき欠陥を目視評価した結果として、欠陥が無いと評価された領域の割合が平均で98%であることが記載されている。特許文献2に記載の技術において、めっきされた鋼製品の表面状態には改善の余地がある。
【0015】
本発明の一態様は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、溶融めっき浴に浸漬する前の鋼成形品に対する加熱を必要とせず、めっき外観が良好な溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造することができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、一浴法によって製造された溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品のめっき外観不良は、めっき浴中において、めっき浴成分と塩化物を含むフラックスとの反応により生成した塩化物フラックスの残渣(MgClを含む)が鋼成形品の表面から離脱し難いことが原因であるとの仮定に基づき、鋭意検討を行った。その結果、めっき浴中において、鋼成形品の表面から塩化物フラックスの残渣を離脱し易くさせるために、フラックスの成分組成を、塩化亜鉛(ZnCl)を基本組成としてMgに対する反応性の低い難反応性塩化物(例えばKClおよびNaCl)を適正な割合で含むように調整することにより、美麗なめっき外観の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品が得られることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0017】
すなわち、本発明の一態様における溶融Zn-Al-Mg系めっき用フラックスは、ZnClと、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の化合物群のうちから選択された少なくとも2種類以上からなる塩化物であって、めっき浴中のMgに対する反応性の低い難反応性塩化物と、を含むフラックスであって、上記フラックスに含まれる上記ZnClが全てMgClに置換された場合であっても当該フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、上記ZnClおよび上記難反応性塩化物の組成が調整されている。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一態様におけるフラックスを用いることにより、溶融めっき浴に浸漬する前の鋼成形品に対する加熱を必要とせず(例えば加熱設備のような特殊な設備を必要とすることなく)、一浴法のどぶ漬けめっき法によって、美麗なめっき外観の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】ZnCl-MgClの擬二元系状態図である。
図2】溶融Zn-Al-Mg系めっき浴のめっき浴温を例えば450℃として、本発明の一態様におけるフラックスの成分範囲について説明するための図である。
図3】本発明の一実施形態における溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法の一例を示すフローチャートである。
図4】一浴法にてどぶ漬けめっきを行う様子について説明するための、概略的な模式図である。
図5】本発明の一実施形態における製造方法によって製造された溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形の断面の一例について示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本明細書において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0021】
(本発明の知見の概要)
始めに、本発明者らの見出した知見の概要について説明すれば以下のとおりである。
【0022】
一浴法で使用されるフラックスは、概して、鋼成形品の表面の酸化物等を溶解する作用を有するとともに、めっき浴中において鋼成形品の表面から剥がれてめっき浴の表面に浮上することによって、鋼成形品の清浄な表面にめっきが施されることを可能とする作用を有する。
【0023】
一般に、純Znの溶融めっき法では、塩化物を含むフラックス(塩化物フラックス)として、ZnClおよび塩化アンモニウム(NHCl)を含む成分のフラックスが用いられ、該フラックスを水に溶かした水溶液を鋼成形品の表面に塗布することによりフラックス処理が行われる。フラックス処理後の鋼成形品をめっき浴に漬けた際に、フラックスは、400℃程度の温度となり、その結果、液体(溶融塩)になる。
【0024】
上記のような一般的な成分組成の塩化物フラックスを用いてフラックス処理された鋼成形品を、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴に浸漬して引き上げた後の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品には、めっき欠陥が発生する。この現象について、本発明者らは以下のように仮定した。
【0025】
すなわち、MgCl等を含む塩化物フラックスの残渣が鋼成形品の表面から離脱せず残存することによって、凹凸や不めっき、変色、かす引きといっためっき欠陥を引き起こすことが原因であると推察した。このような原因については、従来から問題として認識され、検討が行われている。
【0026】
なお、溶融Zn-Al系めっきでは、AlClの形成によってフラックスが昇華することによりめっき性が悪化する現象について知られている。しかし、この現象は、溶融Zn-Al-Mg系めっきを行う場合に発生する問題とはメカニズムが異なると考えられる。Mgは、Alよりも反応性が高いため、優先的に反応すると考えられるためである。
【0027】
ここで、フラックス処理された鋼成形品を溶融Zn-Al-Mg系めっき浴に浸漬した場合における、(i)鋼成形品の表面と(ii)溶融したフラックスと(iii)溶融Zn-Al-Mg系めっき浴との反応が生じる局所的な反応場を、以下の説明ではめっき反応場と称する。また、上記めっき反応場におけるフラックスを変性フラックスと称する。
【0028】
上記フラックス処理にて用いたフラックス浴の原料であるフラックスの組成を第1の組成として、上記変性フラックスは、上記めっき反応場における反応によって第1の組成から変化した第2の組成を有する。上記第2の組成は、経時変化し得る。
【0029】
本発明者らは、上記めっき反応場における上記変性フラックスは、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴中での反応によりMgClが形成されることによる組成変化によって、液相線温度が上昇すると推定した。そして、その結果、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴のめっき浴温において、上記変性フラックスの成分組成が固液共存領域となり、それによって上記変性フラックスの粘性が増大し、鋼成形品の表面から変性フラックスが離脱し難くなっていると推定した。
【0030】
このことについて、図1を参照して説明すれば以下のとおりである。図1は、ZnCl-MgClの擬二元系状態図である(参照URL:http://www.crct.polymtl.ca/fact/phase_diagram.php?file=MgCl2-ZnCl2.jpg&dir=FTsalt〉)。MgClの濃度が増大するにつれて、液相線温度が上昇する。例えばめっき浴温が450℃であるとすると、その温度では、MgCl/(ZnCl+MgCl)の式で計算される質量比が約0.11~1.00の領域で固液共存領域となる。一般に、物質は、このような固液共存状態において、液相状態と比較して粘性が著しく上昇することが知られている。
【0031】
溶融Zn-Al-Mg系めっき浴のめっき浴温をより一層高くすれば、変性フラックスの粘性の増大を抑制し得るとしても、そのような対処には、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴の安定性や操業コスト等の観点から問題がある。また、めっき浴温を高くすると、鋼成形品に生じる熱歪みが大きくなるという問題もある。
【0032】
本発明者らは、めっき浴温を高くすることなく、めっき浴に浸漬する前の鋼成形品を予め加熱することも不要に、美麗なめっき外観の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造することができるようなフラックスを実現すべく鋭意検討を行った。
【0033】
ここで、フラックス処理にて用いられるフラックス浴の調製に用いられる原料である固形の塩化物フラックスを、本明細書では単に「フラックス」と称する。上記フラックスは、塩化物を含む、固形状のフラックス組成物である。フラックス処理にて用いられるフラックス浴は、上記フラックスを水等の溶媒に溶解させて調製される(上記フラックスは、フラックス浴の溶質となる)。
【0034】
フラックスとしては、成分組成の基本物質としてZnClを含むものとし、フッ化物を使用することは環境規制上好ましくないため、フッ化物を含まないものとした。
【0035】
MgClは、Mgの高い反応性によって生成自由エネルギーが低い。そのため、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴中のMgは、フラックスの成分である塩化物(ZnCl等)と容易に反応し、MgClを形成する。生成したMgClは変性フラックス中に取り込まれる。換言すれば、MgClよりも安定な塩化物のみによってフラックスが構成されていなければ、必然的に、変性フラックスはMgClを含有する。一方で、MgClよりも安定な塩化物はフラックスとしての作用が弱い。
【0036】
そして、本発明者らは、上記めっき反応場における変性フラックスに着目し、Mgに対する反応性の低い塩化物であるNaClおよびKClと、MgClと、を混合した組成における液相線温度について検討した。具体的には、熱力学平衡計算ソフトウェア(FactSage)を用いたシミュレーションにより得られたMgCl-NaCl-KClの液相面図に基づいて、液相線温度が450℃以下である組成領域について調査した。
【0037】
ここで、MgCl-NaCl-KClの液相面図により示されることは、変性フラックスがMgCl-NaCl-KClの三成分からなる場合における、変性フラックスの成分組成と液相線温度との関係である。実際には、変性フラックス中にはMgによって置換されていない塩化物(例えばZnCl)が含まれ得るため、上記めっき反応場における上記変性フラックスの成分組成と液相線温度との関係は、MgCl-NaCl-KClの液相面図と一致するわけではない。しかし、前述のように(図1を参照)、MgClの割合が増えるほど液相線温度が高くなることから、MgCl-NaCl-KClの液相面図は、変性フラックス中のZnClが全てMgClに置換した場合(液相線温度が最も高くなった状態)について示していると考えることができる。すなわち、フラックスに含まれるZnClが全てMgClに置換した成分組成(置換率100%とする)を、変性フラックスの成分組成であると仮定して、その場合の液相線温度を特定すればよい。上記置換率が低くなるにつれて、変性フラックスの液相線温度は低下する傾向にあるためである。
【0038】
そこで、本発明者らは、MgCl-NaCl-KClの液相面図により示される、液相線温度が450℃以下である組成領域に基づいて、ZnCl、NaCl、およびKClを含むフラックスについて、好適な組成範囲について鋭意検討を行った。ここで、めっき浴温は450℃とした。その結果得られた知見について、図2を用いて以下に説明する。
【0039】
図2は、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴のめっき浴温を例えば450℃として、めっき外観の美麗な溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造することができる、フラックスの成分範囲について説明するための図である。
【0040】
本発明の一態様におけるフラックスは、ZnClと、NaClおよびKClと、を含み、図2において斜線で示す領域内の成分組成である。この領域は、具体的には以下の(1)または(2)の成分組成である。
【0041】
(1)ZnClを52.5質量%以上75.0質量%以下、NaClおよびKClを合計で25.0質量%以上47.5質量%以下含み、かつ、KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が0.15以上11.5以下。
【0042】
(2)ZnClを40.0質量%以上52.5質量%未満、NaClおよびKClを合計で47.5質量%より多く60.0質量%以下含み、かつ、KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が1.25以上。
【0043】
上記(1)または(2)の成分組成であるフラックスを用いることにより、ZnClが全てMgClに置換されたと仮定した場合における変性フラックスの液相線温度が450℃以下とし易い。そのため、変性フラックスの粘性が増大することが抑制され、鋼成形品の表面から変性フラックスが離脱し易くすることができる。その結果、めっき浴温を高くすることなく、めっき浴に浸漬する前の鋼成形品を予め加熱することも不要に、美麗なめっき外観の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品を製造することができる。
【0044】
なお、以上に説明した本発明者らの知見によれば、本発明は上記の例に限定されない。アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の化合物群のうちから選択された少なくとも2種類以上からなり、めっき浴中のMgに対する反応性の低い塩化物を難反応性塩化物と称する。
【0045】
本発明の他の一態様におけるフラックスは、ZnClを主体とし、上記難反応性塩化物を含み、上記フラックスに含まれる上記ZnClが全てMgClに置換されたと仮定した場合における当該フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、上記ZnClおよび上記難反応性塩化物の組成が調整されている。上記難反応性塩化物が適正量添加されることにより、上記めっき反応場において、フラックスと溶融Zn-Al-Mg系めっき浴の構成成分との反応生成物が生成した場合に、フラックスに添加した上記難反応性塩化物によって、変性フラックスに融点降下作用が生じる。これにより、変性フラックスは、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴のめっき浴温にて、液相状態を維持する。そのため、変性フラックスの離脱性が充分に確保される。その結果、鋼成形品の加熱を必要とせず美麗なめっき外観を得ることができる。
【0046】
上記難反応性塩化物はNaClおよびKClを含んでいることが好ましい。上記難反応性塩化物は、その他のアルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物を含んでいてもよく、この場合においても、変性フラックスの融点降下作用が生じる。
【0047】
本発明の実施の形態について、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法と合わせて以下に説明する。
【0048】
(製造方法)
図3は、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法の一例を示すフローチャートである。図4は、一浴法にてどぶ漬けめっきを行う様子について説明するための、概略的な模式図である。
【0049】
(準備)
図3および図4に示すように、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品の製造方法では、先ず、めっきの対象となる鋼成形品(めっき対象材)1を準備する(ステップ1;以下S1のように略記する)。
【0050】
(鋼成形品)
鋼成形品1は、鋼材または鋼の構造物であってよく、例えば、圧延鋼材類、管類、加工品類、ボルト・ナット類、鋳鍛造品類であってよい。鋼材は、例えば、冷延鋼板(SPCC)や熱延鋼板(SPHC)、一般構造用圧延鋼材(SS)としてよく、また、炭素工具鋼(SK)、合金工具鋼、高速度工具鋼をはじめとする工具鋼、機械構造用鋼(SC)などを用いることができる。鋼成形品1は、配管用炭素鋼鋼管(SGP)をはじめとする各種炭素鋼鋼管を鋼材であってもよい。
【0051】
また、鋼の構造物の形状は特に限定されず、例えば、鋼線等の線状や、鋼板等の板状、ネット状、鋼管等の筒状、棒状等の三次元形状等、種々の形状であってもよい。鋼成形品1は、例えば、ボルト、ナット、送電金具等の小型の基材から高欄、親柱、橋梁用防護柵、道路標識、道路用カードフェンス、河川用フェンス、落石防止網、鋼管等の大型の基材であってもよい。特に、本発明の一態様における製造方法では、めっき前の鋼成形品1に対して予め加熱することが不要であることから、大型の構造物に対しても好適に溶融Zn-Al-Mg系めっきを施すことができる。
【0052】
鋼成形品1の鋼種は特に限定されず、例えば、Alキルド鋼、Siキルド鋼、Ti、Nb等を添加した極低炭素鋼、および、これらにP、Si、Mn等の強化元素を添加した高強度鋼、ステンレス鋼等、種々のものを適用できる。
【0053】
例えば、鋼成形品1は、質量%で、C:0.005%以上0.15%以下、Si:0.001%以上0.25%以下、Mn:0.40%以上1.6%以下、P:0.04%以下、S:0.04%以下、Al:0.001%以上0.06%以下、N:0.0080%以下を含有する鋼材であってよい。該鋼材は、残部がFeおよび不可避的不純物からなっていてもよい。このような鋼材は、安価で加工性が優れており、配管用、建材用、土木用、農業用、漁業用として、主に、屋外で使用される溶融めっき鋼材の下地鋼材として最適である。
【0054】
例えば、鋼成形品1の鋼種は、以下のようなものであってもよい。
・低Si、低Pの鋼材(弱脱酸鋼)の一例
0.003C-0.007Si-0.23Mn-0.006P-0.013S
・低Si、高Pの鋼材の一例
0.003C-0.01Si-0.23Mn-0.012P-0.013S
・高Si、低Pの鋼材の一例
0.003C-0.007Si-0.23Mn-0.012P-0.013S
・高Si、高Pの鋼材の一例(上記SGPに該当)
0.15C-0.21Si-0.52Mn-0.035P-0.008S-0.002Al-0.003N。
【0055】
(前処理)
上記S1の後、鋼成形品1に対して前処理を行う(S2)。前処理としては、例えば、脱脂処理、水洗処理、酸洗処理、水洗処理がこの順に行われる。前処理の具体的な方法については特に限定されず、公知の手法を用いればよいことから、詳細な説明は省略する。
【0056】
(フラックス浴調製)
上記S2の後、または上記S1および上記S2とは独立して、フラックス浴10を調製する(S3)。フラックス浴10は、本発明の一態様におけるフラックス11を水12に溶かして製造される。フラックス浴10には塩酸(HCl)、非イオン性界面活性剤、またはその他の物質が添加されていてもよい。
【0057】
(フラックス成分)
フラックス11は、前述のように、ZnClを主体とし、上記難反応性塩化物を含む。
【0058】
ZnClは、フラックス11の基本成分であり、めっき浴中において、鋼成形品1の表面の酸化皮膜を除去して、鋼成形品1の清浄な表面にめっきが施されるように作用する塩化物である。
【0059】
ここで、従来の一般的なフラックスには、NHClが含まれている。しかし、NHClはMgと反応し易いとともに、上記めっき反応場において分解昇華して変性フラックスの成分組成を複雑化させ得る。本発明の一態様におけるフラックス11は、前述のような技術的思想により成分組成が規定されることから、NHClを含まない、または、実質的に含まない。
【0060】
なお、本明細書において、或る物質を「実質的に含まない」とは、フラックス11の製造工程において当該物質が添加されていないことを意味し、上記フラックスに当該物質が不可避的不純物として混入していることは許容する。
【0061】
上記難反応性塩化物としては、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴中の上記めっき反応場において、安定して存在できる塩化物であればよく、すなわちMgClより生成自由エネルギーが低い塩化物であればよい。そのような難反応性塩化物として、アルカリ金属塩化物、アルカリ土類金属塩化物が選択可能である。
【0062】
例えば、各種のアルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の中から、NaClおよびKClを除いて1つ選んだ塩化物と、MgClと、の2種混合物は、いずれも液相線温度が平均的なめっき浴温である450℃よりも高い。しかし、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物のうち少なくとも2種以上を選択し、選択した塩化物をフラックス11の成分組成に含むことによって、変性フラックスは、選択した2種以上の塩化物とMgClとの3種以上の混合物となる。その結果、変性フラックスの液相線温度を450℃以下に低下させることができる。
【0063】
よって、フラックス11に含まれるZnClが全てMgClに置換されたと仮定した場合における変性フラックスの液相線温度が450℃以下となるように、ZnClおよび難反応性塩化物の組成が調整されていれば、難反応性塩化物は、アルカリ金属塩化物およびアルカリ土類金属塩化物の中から任意に選択した2種以上を含んでいてもよい。
【0064】
NaClおよびKClは、変性フラックスの融点降下作用が大きいため、難反応性塩化物はNaClおよびKClを含むことが好ましい。
【0065】
(X)フラックス11は、難反応性塩化物としてNaClおよびKClを含んでおり、ZnClを52.5質量%以上75.0質量%以下、NaClおよびKClを合計で25.0質量%以上47.5質量%以下含み、かつ、KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が0.15~11.5となることが好ましい。
【0066】
(Y)また、フラックス11は、難反応性塩化物としてNaClおよびKClを含んでおり、ZnClを40.0質量%以上52.5質量%未満、NaClおよびKClを合計で47.5質量%より多く60.0質量%以下含み、かつ、KClとNaClとの質量比(KCl/NaCl)が1.25以上となることが好ましい。
【0067】
フラックス11は、ZnClおよび難反応性塩化物のみからなっていてよく、この場合、上記(X)または上記(Y)の関係を満たすとともに、ZnClと難反応性塩化物との合計が実質的に100質量%となる。「実質的に100質量%」とは、不可避的不純物を含み得ることを意味している。つまり、本発明の一態様におけるフラックス11は、ZnClと、難反応性塩化物であるNaClおよびKClと、NaClおよびKCl以外の難反応性塩化物(その他の成分)と、不可避的不純物と、の合計が100質量%である。そして、フラックス11は、変性フラックスの液相線温度が450°以下となるように成分組成が調整されている。
【0068】
上記(X)または上記(Y)に記載の質量%は、ZnClおよび難反応性塩化物の合計の質量を100質量部として計算される。なお、上記(X)または上記(Y)に記載の「KClとNaClとの質量比」は、フラックス11中のKClおよびNaClの組成(例えば質量%の値)に基づいて求められる値であって、難反応性塩化物中におけるKClとNaClとの存在割合を意味するわけではない。
【0069】
難反応性塩化物の一種であるRbClは、MgClと反応して融点が550℃以上の化合物を形成し得る。また、難反応性塩化物としてKCl-CaCl、KCl-SrClの組み合わせを含む場合、同様に、融点が550℃以上の化合物を形成し得る。また、BeClは、Beを含むことから積極的に使用し難い。
【0070】
よって、難反応性塩化物としては、RbCl、BeCl以外の塩化物を用いることが好ましい。
【0071】
フラックス11は、フラックス水溶液(フラックス浴)を調製する原料となる固形状の組成物であって、ペレット等の成形体、粉体、またはその他の形態であってもよい。
【0072】
フラックス11は、Sn、Pb、Biの塩化物のうちの少なくとも1種類以上の塩化物である補助塩化物をさらに含んでいてもよい。この補助塩化物は、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴中の上記めっき反応場において、鋼成形品の表面にSn、Pb、Biが置換析出することによって、鋼成形品のめっき性を向上させる作用がある。
【0073】
一方、SnCl、PbCl、またはBiClの生成自由エネルギーはMgClよりも高い。そのため、フラックス11がSnCl、PbCl、またはBiClを含むと、それらが溶融Zn-Al-Mg系めっき浴中のMgと反応しMgClを形成するため、変性フラックスの液相線温度を上昇させるように作用する。
【0074】
よって、フラックス11は、上記補助塩化物を合計で0質量%より大きく10.0質量%未満含むことが好ましい。上記補助塩化物は、少量の添加でもめっき性改善効果をもたらす。10.0質量%以上含む場合、溶解度を超えてフラックス水溶液中で沈殿を引き起こすこと、フラックス残渣の液相線温度上昇によるフラックス残渣の離脱性悪化を招くため、好ましくない。
【0075】
また、フラックス11は、上記補助塩化物を合計で1.0質量%以上6.0質量%以下含むことがより好ましい。1.0質量%未満では効果が弱く、6.0質量%を超えると効果が飽和し得る。
【0076】
なお、フラックス11が上記補助塩化物を含む場合、上記補助塩化物の合計量を除いた残部を100質量部として、前述の上記(X)または上記(Y)のようにZnClおよび難反応性塩化物の組成が調整されていればよい。
【0077】
(フラックス浴)
フラックス浴10は、pHが3以下に調整されていることが好ましい。pHが大きくなると、上記補助塩化物の水酸化物が生成し、フラックス浴10中のSn、Pb、Biイオンの量が少なくなり得る。
【0078】
HClは、フラックス浴10のpHの調整のために用いられる。HClを用いることで、フラックス浴10中のイオンの種類を増やさないようにすることができる。
【0079】
フラックス浴10は、フラックス11の濃度が150g/L以上750g/L以下であることが好ましい。フラックス11の濃度が150g/Lよりも低い場合、フラックス11の効果が十分に発揮され難い。また、フラックス11の濃度が750g/Lを超えると、経済性が悪化するとともに、フラックス11が十分に溶解しなくなる。
【0080】
(フラックス処理)
上記S2および上記S3の後、前処理後の鋼成形品1をフラックス浴10に浸漬し引き上げることにより、フラックス処理を行う(S4)。
【0081】
フラックス浴10の温度は、80℃以下であってよく、例えば60℃である。また、鋼成形品1をフラックス浴10に浸漬する時間は5min以下であってよく、例えば1minである。
【0082】
フラックス浴10に浸漬した後の、表面にフラックス浴10が付着した鋼成形品1をフラックス処理品2と称する。フラックス処理品2は、後述する溶融めっき工程の前に加熱乾燥されてよく、或いは、フラックス処理品2は、加熱されることなく溶融めっき工程に供されてもよい。
【0083】
(溶融めっき処理)
上記S4の後、フラックス処理品2を溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20に浸漬し引き上げることにより、溶融めっき処理を行う(S5)。
【0084】
溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20は、Znを主成分とし、質量%で、Al:0.005%以上30.0%以下、Mg:0.5%以上10.0%以下を含有する。溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20は、質量%で、Al:0.5%以上15.0%以下、Mg:0.5%以上6.0%以下を含有してもよい。
【0085】
溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20は、質量%で、Ti:0~0.1質量%、B:0~0.05質量%、Si:0~2.0質量%、およびFe:0~2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていてもよい。
【0086】
本製造方法では、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20のめっき浴温は、450℃以下である。但し、めっき浴温の制約として、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20の組成に対応して、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20の液相線温度以上のめっき浴温とする必要がある。また、構造物のめっきでは、熱歪みの問題から430℃~460℃の浴温が好ましく、一方で、ボルト・ナット等のめっきでは、浴流動性の確保の点から480℃~560℃の浴温が好ましいことから、めっき浴温は条件に応じて調整され得る。めっき浴温の範囲としては、例えば、400℃~570℃とすることができる。
【0087】
溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20への浸漬時間は600s以下であってよく、例えば100sである。めっき浴からの引き上げ速度は、設備等により制約されることから、特に限定しないが、めっき浴を切るのに適切な速度であればよく、例えば50mm/sである。
【0088】
本製造方法では、フラックス処理品2に対して加熱を行うことは不要であり、上記S5において、300℃未満の温度のフラックス処理品2を溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20に浸漬してもよく、常温で浸漬されてよい。ここで、常温とは加熱装置等による加熱を行っていないことを意味する。フラックス処理品2は、実際の操業上、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20の上方で一時的に保持されてよく、この場合、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20からの輻射熱等によって加熱され得る。常温とは、例えば80℃以下の温度を意味する。
【0089】
本製造方法では、フラックス浴10(すなわちフラックス水溶液)が表面に付着したフラックス処理品2を溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20に浸漬してもよい。この場合、めっき反応場には水が含まれ得る。
【0090】
なお、本製造方法において、フラックス処理品2に対して加熱することを除外するわけではない。例えば、フラックス処理品2は、電気炉を用いて175℃で3min加熱乾燥された後、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20に浸漬されてもよい。
【0091】
(冷却)
上記S5の後、溶融Zn-Al-Mg系めっき浴20から引き上げて冷却(例えば空冷)することにより、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品3を得ることができる(S6)。
【0092】
図5は、溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品3の断面の一例について示す光学顕微鏡写真である。この溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品3は、Zn-6%Al-3%Mgめっき層31が鋼成形品1の表面に施されたものである。フラックス浴10として、ZnCl:250g/L、NaCl:37.5g/L、KCl:50g/L、SnCl:20g/Lの組成であって、HClを適量加えてpHを1に調整したものを用いた。
【0093】
図5に示すように、本製造方法によって、めっき欠陥のない、美麗なめっき外観の溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品3を製造することができる。
【0094】
〔附記事項〕
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、上記説明において開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0095】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0096】
表1記載の鋼板を200mm×60mmに切断し、供試材とした。表1に記載の元素以外の成分は主にFeであり、その他の元素については分析していない。
【0097】
【表1】
【0098】
上記供試材について、市販のアルカリ脱脂剤を用いて脱脂を行い、その後60℃の10%HCl水溶液で酸化皮膜が取れるまで酸洗し、水洗した後、フラックス処理を行った。
【0099】
フラックス処理は、酸洗した供試材を、液温60℃、HClを適量添加しpH2以下に調整した、種々組成のフラックス水溶液に1分浸漬することで実施した。次に供試材を170℃に加熱したオーブンに3分間保持して、完全に水分を蒸発させ、めっきに供した。フラックス処理を施した供試材を、浴温450℃に設定した表2に示す組成の溶融Zn-Al-Mgめっき浴に100s浸漬してめっきを施した。めっき後の供試材は、空冷により50℃まで冷却した。
【0100】
【表2】
【0101】
〈評価方法〉
めっき後の供試材について、外観、フラックス残存量を以下の基準で評価した。
【0102】
めっき後の供試材の外観を目視にて確認し、表3に示す基準にて評価した。
【0103】
【表3】
【0104】
フラックス残存量の評価方法として、めっき後の供試材(鋼板)表面をXRFにより測定し、めっき外観悪化(不めっき、かす引き、変色、凹凸等)の原因となるフラックス残渣の残存量をCl強度で評価した。評価方法の詳細を以下に記す。
【0105】
供試材を打ち抜き、分析用サンプルを作成した。分析機器としてRIGAKU製ZSX
PrimusIII+を用い、サンプルは分析範囲をφ30mmとした。測定は、EZ-スキャンプログラム(ターゲット:Rh、30kV-80mA、分光結晶:Ge、検出器:プロポーショナルカウンター、測定ピーク:92.8°、検出器速度:10deg/min)の設定で実施し、1条件につきn=3測定し、その平均のCl強度を算出した。評価基準として、平均Cl強度が0.6kcps以下を○、平均Cl強度が0.6kcpsを超えるものを×とした。
【0106】
試験結果を表4、5に示す。
【0107】
【表4】
【0108】
表4のNo.1~15に示すように、本発明の範囲内の組成のフラックスを用いてフラックス処理を行った本発明例のめっき後の供試材では、外観評価が○であり、かつ、平均Cl強度が0.6kcps以下とフラックス残存評価も○であった。
【0109】
これに対し、フラックス組成が本発明の範囲外の比較例No.16~28では、フラックス残存評価がいずれも×であり、外観評価も△または×であった。
【0110】
【表5】
【0111】
表5のNo.29~42に示すように、本発明の範囲内の組成のフラックスを用いてフラックス処理を行った本発明例のめっき後の供試材では、外観評価が○であり、かつ、平均Cl強度が0.6kcps以下とフラックス残存評価も○であった。各種の補助塩化物を含むことにより、前述の本発明例No.1~15よりも平均Cl強度がさらに低くできることがわかる。
【0112】
これに対し、フラックス組成が本発明の範囲外の比較例No.43、45~50では、各種の補助塩化物を含んでいても、フラックス残存評価がいずれも×であり、外観評価も△であった。
【実施例2】
【0113】
上記実施例1と同様に、表1に記載の鋼板を200mm×60mmに切断し、供試材とした。
【0114】
供試材を市販のアルカリ脱脂剤を用いて脱脂を行い、その後60℃の10%HCl水溶液で酸化皮膜が取れるまで酸洗した後、フラックス処理を行った。
【0115】
フラックス処理は酸洗した供試材を、表6に示す組成のフラックスを水に溶解し、液温60℃、HClを適量加え、pH2以下に調整したフラックス水溶液に1分浸漬することで実施した。次に供試材を170℃に加熱したオーブンに3分間保持して、完全に水分を蒸発させ、めっきに供した。
【0116】
【表6】
【0117】
前記フラックス処理を施した供試材を、種々の組成の溶融Zn-Al-Mgめっき浴に100~300s浸漬してめっきを施した。めっき後の供試材は、空冷により50℃まで冷却した。
【0118】
評価は実施例1と同様の方法にて実施し、その結果を表7に示す。
【0119】
【表7】
【0120】
表7のNo.51~60に示すように、本発明の範囲内の組成のフラックスを用いてフラックス処理を行った本発明例のめっき後の供試材では、外観評価が○であり、かつ、平均Cl強度が0.6kcps以下とフラックス残存評価も○であった。
【0121】
これに対し、ZnClとNHClとからなる一般的な組成のフラックスを用いてフラックス処理を行った比較例No.61~70では、フラックス残存評価がいずれも×であり、外観評価も×であった。
【符号の説明】
【0122】
1 鋼成形品(めっき対象材)
3 溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼成形品
11 フラックス
図1
図2
図3
図4
図5