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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-11
(45)【発行日】2023-07-20
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230712BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230712BHJP
   B22D 11/124 20060101ALI20230712BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20230712BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301S
C22C38/60
B22D11/124 L
C21D9/46 G
C21D9/46 T
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021544036
(86)(22)【出願日】2020-09-03
(86)【国際出願番号】 JP2020033489
(87)【国際公開番号】W WO2021045168
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2019160683
(32)【優先日】2019-09-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 卓史
(72)【発明者】
【氏名】塩川 一生
(72)【発明者】
【氏名】大渕 竜也
(72)【発明者】
【氏名】林 邦夫
【審査官】櫻井 雄介
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-050343(JP,A)
【文献】国際公開第2018/062381(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
B22D 11/124
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.18%~0.35%、
Si:0.01%~1.00%、
Mn:0.10%~2.40%、
P :0.050%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.001%~1.00%、
Ti:0.001%~0.050%、
B :0.0005%~0.0050%、
N :0.0100%以下、
O :0.0050%以下、
Cr:0%~1.00%、
Mo:0%~0.50%、
Cu:0%~0.50%、
Ni:0%~0.50%、
Co:0%~0.50%、
W :0%~0.50%、
Sn:0%~0.50%、
Sb:0%~0.50%、
Nb:0%~0.050%、
V :0%~0.50%、
Ca:0%~0.0100%、
Mg:0%~0.0100%、
Ce:0%~0.0100%、
Zr:0%~0.0100%、
La:0%~0.0100%、
Hf:0%~0.0100%、
Bi:0%~0.0100%、および
REM:0%~0.0100%を含有し、かつ、
式:0.001≦Ti-(47.88/14.01)×N≦0.040(ただし、式中、元素記号は該当する元素の質量%を示す。)を満足し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
鋼板の圧延方向断面であって、前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲における鋼組織が、面積率%で、
フェライト:0~5%、
マルテンサイト:90.0~99.5%、
全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合:80.0~100.0%
残留オーステナイト:0.5~6.0%
を含有し、
鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域において、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度が40個/mm以下であり、
前記測定領域を厚さ方向に2分割、幅方向に50分割した100区画に分割し、各区画の最大径≧3μmを満足する前記介在物の個数密度を算出したとき、個数密度が上位10%となる区画における個数密度が80個/mm以下であり、
下記式(A)を満足し、
引張強度が1470MPa以上である鋼板。
Vγ’/Vγ≧0.1 ・・・(A)
Vγ:初期の残留オーステナイトの面積率、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率
【請求項2】
前記測定領域において、前記最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度が30個/mm以下である請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記個数密度が上位10%となる区画における個数密度が60個/mm以下である請求項1又は請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
下記式(A2)を満たす請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の鋼板。
Vγ’/Vγ≧0.2 ・・・(A2)
Vγ:初期の残留オーステナイトの面積率、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策に伴う温室効果ガス排出量規制の観点から自動車の燃費向上が求められており、車体の軽量化と衝突安全性確保のために高強度鋼板の適用がますます拡大しつつある。特に最近では、引張強度が1470MPa以上の超高強度鋼板のニーズが高まりつつある。また、車体の中でも防錆性を要求される部位には表面に溶融亜鉛めっきを施した高強度溶融亜鉛めっき鋼板が求められる。
【0003】
しかしながら、引張強度が1470MPaを超えるような超高強度鋼板を自動車用部材として適用する場合、そのプレス成形性もさることながら、鋼板の水素脆化割れを解決する必要がある。
【0004】
水素脆化割れとは、使用状況下において高い応力が作用している鋼部材が、環境から鋼中に侵入した水素に起因して、突然破壊する現象である。この現象は、破壊の発生形態から、遅れ破壊とも呼称される。一般に、鋼板の水素脆化割れは、鋼板の引張強度が上昇するほど発生し易くなることが知られている。これは、鋼板の引張強度が高いほど、部品成形後に鋼板に残留する応力が増大するためであると考えられている。この水素脆化割れ(遅れ破壊)に対する感受性のことを耐水素脆化特性と呼称する。
【0005】
これまでにも鋼板の耐水素脆化特性を改善しようとする試みが、種々、なされている。
【0006】
例えば、特許文献1には、「所定の化学組成を有し、鋼中の固溶B量solB[質量%]及び旧オーステナイト粒径Dγ[μm]の値が式(1):solB・Dγ≧0.0010の関係を満たし、さらに、面積率で、ポリゴナルフェライトが10%以下、ベイナイトが30%以下、残留オーステナイトが6%以下、焼き戻しマルテンサイトが60%以上であり、焼き戻しマルテンサイト中のFe炭化物の個数密度が1×10/mm以上で、鋼全体の平均転位密度が1.0×1015/m以上、2.0×1016/m以下で、有効結晶粒径が7.0μm以下である鋼組織を有することを特徴とする、引張強度が1300MPa以上で耐水素脆化特性に優れた超高強度冷延鋼板。」が開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、「所定の成分組成を有し、焼き戻しマルテンサイトおよびベイナイトの組織全体に対する面積率が合計で95%以上100%以下であり、圧延方向に伸展および/または点列状に分布した1個以上の長軸:0.3μm以上の介在物粒子により構成され、該介在物粒子が2個以上で構成される場合には該介在物粒子間の距離が30μm以下であり、圧延方向における全長が120μm超である介在物群が0.8個/mm2以下であり、アスペクト比が2.5以下であり、長軸が0.20μm以上2μm以下である、Feを主成分とする炭化物が3500個/mm以下であり、前記焼き戻しマルテンサイトおよび/または前記ベイナイトの内部に分布する直径10~50nmの炭化物が0.7×10個/mm以上であり、旧γ粒の平均粒径が18μm以下である組織を有し、板厚が0.5~2.6mmであり、引張強度が1320MPa以上である、冷延鋼板。」が開示されている。
【0008】
また、特許文献3には、「所定の成分組成を有し、全組織に対する面積率で、マルテンサイト:90%以上、残留オーステナイト:0.5%以上からなる組織を有し、局所のMn濃度が、鋼板全体のMn含有量の1.1倍以上となる領域が、面積率で2%以上存在し、引張強度が1470MPa以上である、切断端部での耐遅れ破壊特性に優れた超高強度鋼板。」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
特許文献1:特開2016-50343号公報
特許文献2:国際公開第2016/152163号
特許文献3:特開2016-153524号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、いずれの特許文献1~3には、耐水素脆化特性に優れた鋼板が開示されている。
【0011】
しかし、要求レベルが高くなる近年、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつも、さらなる耐水素脆化特性の改善、特に、剪断加工部の耐水素脆化特性の改善が求められているのが現状である。
【0012】
そこで、本開示の課題は、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつ、剪断加工部の耐水素脆化特性に優れる鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
課題を解決するための手段は、次の態様を含む。
[1]
質量%で、
C :0.18%~0.35%、
Si:0.01%~1.00%、
Mn:0.10%~2.40%、
P :0.050%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.001%~1.00%、
Ti:0.001%~0.050%、
B :0.0005%~0.0050%、
N :0.0100%以下、
O :0.0050%以下、
Cr:0%~1.00%、
Mo:0%~0.50%、
Cu:0%~0.50%、
Ni:0%~0.50%、
Co:0%~0.50%、
W :0%~0.50%、
Sn:0%~0.50%、
Sb:0%~0.50%、
Nb:0%~0.050%、
V :0%~0.50%、
Ca:0%~0.0100%、
Mg:0%~0.0100%、
Ce:0%~0.0100%、
Zr:0%~0.0100%、
La:0%~0.0100%、
Hf:0%~0.0100%、
Bi:0%~0.0100%、および
REM:0%~0.0100%を含有し、かつ、
式:0.001≦Ti-(47.88/14.01)×N≦0.040(ただし、式中、元素記号は該当する元素の質量%を示す。)を満足し、
残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
鋼板の圧延方向断面であって、前記鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲における鋼組織が、面積率%で、
フェライト:0~5%、
マルテンサイト:90.0~99.5%、
全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合:80.0~100.0%
残留オーステナイト:0.5~6.0%
を含有し、
鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域において、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度が40個/mm以下であり、
前記測定領域を厚さ方向に2分割、幅方向に50分割した100区画に分割し、各区画の最大径≧3μmを満足する前記介在物の個数密度を算出したとき、個数密度が上位10%となる区画における個数密度が80個/mm以下であり、
下記式(A)を満足し、
引張強度が1470MPa以上である鋼板。
Vγ’/Vγ≧0.1 ・・・(A)
Vγ:初期の残留オーステナイトの面積率、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率
[2]
前記最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度が30個/mm以下である[1]に記載の鋼板。
[3]
前記個数密度が上位10%となる区画における個数密度が60個/mm以下である[1]又は[2]に記載の鋼板。
[4]
下記式(A2)を満たす[1]~[3]のいずれか1項に記載の鋼板。
Vγ’/Vγ≧0.2 ・・・(A2)
Vγ:初期の残留オーステナイトの面積率、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつ、剪断加工部の耐水素脆化特性に優れる鋼板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】鋼組織の各組織の面積率の測定位置を説明するための模式図である。
図2】介在物の個数密度の測定位置を説明するための模式図である。
図3】垂直部を有する垂直曲げ型連続鋳造設備の一部を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本開示について説明する。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
段階的に記載されている数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよい。
数値範囲において、ある数値範囲で記載された上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
「好ましい態様の組み合わせ」は、より好ましい態様である。
【0017】
「鋼板の圧延方向断面」とは、鋼板の板幅方向が法線となる切断面を示す。
「Y/X厚さ」との表記は、板厚のY/Xであることを示す。具体的には、「1/8厚さ」とは、板厚の1/8であることを示す。
【0018】
(鋼板)
本開示の鋼板は、所定の化学組成を有し、次の鋼組織を有する。
(1)鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲における鋼組織が、面積率%で、フェライト:0~5%、マルテンサイト:90.0~99.5%、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合:80.0~100.0%、残留オーステナイト:0.5~6.0%を含有する。
(2)鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域において、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度が40個/mm以下である。
(3)介在物の個数密度の測定領域を厚さ方向に2分割、幅方向に50分割した100区画に分割し、各区画の最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度を算出したとき、個数密度が上位10%となる区画における個数密度が80個/mm以下
(4)式(A)を満足する。
Vγ’/Vγ≧0.1 ・・・(A)
Vγ:初期の残留オーステナイト、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイト
(5)引張強度が1470MPa以上である。
【0019】
本開示の鋼板は、上記構成により、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつ、剪断加工部の耐水素脆化特性に優れる鋼板となる。本開示の鋼板は、次の知見により見出された。
【0020】
発明者は、剪断加工部の耐水素脆化特性について検討した。その結果、次の知見を得た。
高強度の鋼板では、剪断加工部の端面直下に微小な初期亀裂が発生する場合がある。剪断加工部では、この端面直下の初期亀裂が水素脆化割れの起点となる。さらに、この初期亀裂は、粗大な介在物が多数集積している部位で発生する傾向にある。すなわち、介在物の個数密度を減少させると水素脆化特性が改善することは既知であるが、加えて、介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)を低減することで、せん断加工部の耐水素脆化特性をより一層改善できる。
また、残留オーステナイトもせん断加工部の耐水素脆化割れの要因となる。これは、せん断加工により、残留オーステナイトがマルテンサイトに加工誘起変態するためである。このようなマルテンサイトは高濃度の固溶炭素を含むため極めて脆く、水素脆化割れに悪影響を及ぼすと考えられる。一方で、残留オーステナイトは鋼板の延性を高めるために必要な組織でもある。
そこで、発明者は残留オーステナイトを安定化させることを検討した。その結果、連続焼鈍工程における冷却パターンを工夫することで、残留オーステナイトの安定性を高められ、その結果、せん断加工部の耐水素脆化特性を改善できることを突き止めた。
【0021】
つまり、発明者は、上記鋼組織とすれば、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつも、剪断加工部の耐水素脆化特性が向上できることを知見した。
【0022】
以上の知見から、本開示の鋼板は、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつ、剪断加工部の耐水素脆化特性に優れる鋼板となることが見出された。
【0023】
以下、本開示の鋼板について、さらに詳細に説明する。
【0024】
(化学組成)
本開示の鋼板の化学組成について説明する。
なお、Cr、Mo、Cu、Ni、Co、W、Sn、Sb、Nb、V、Ca、Mg、Ce、Zr、La、Hf、BiおよびREMは、任意元素であり、鋼中に含有しなくてもよい。
[C :0.18%~0.35%]
Cは、所望の引張強度を達成するために必須の元素である。一方、過度のCの含有は、耐水素脆化特性および溶接性を劣化させる。よって、C量は0.18%~0.35%とする。
C量の下限は、好ましくは0.19%以上、より好ましくは0.20%以上である。
C量の上限は、好ましくは0.33%以下、より好ましくは0.25%以下である。
【0025】
[Si:0.01%~1.00%]
Siは、固溶強化元素であることに加え、マルテンサイト中の鉄炭化物の生成・成長を抑制するため、鋼板の高強度化に有効な元素である。一方、過度のSiの含有は、鋼板の化成処理性および耐水素脆化特性を劣化させる。よって、Si量は、0.01%~1.00%とする。
Si量の下限は、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.30%以上である。
Si量の上限は、好ましくは0.90%以下、より好ましくは0.80%以下である。
【0026】
[Mn:0.10%~2.40%]
Mnは、強力なオーステナイト安定化元素であり、鋼板の焼入性向上には必須の元素である。一方、過度のMnの含有は、スポット溶接部の靭性および耐水素脆化特性を劣化させる。よって、Mn量は、0.10%~2.40%とする。
Mn量の下限は、好ましくは0.70%以上、より好ましくは1.00%以上、更に好ましくは1.30%以上である。
Mn量の上限は、好ましくは2.10%以下、より好ましくは1.80%以下である。
【0027】
[P :0.050%以下]
Pは、固溶強化元素であり、鋼板の高強度化には有効な元素である。一方、過度のPの含有は、溶接性および靱性を劣化させる。よって、P量は0.050%以下とする。
P量の上限は、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%である。
ただし、脱Pコストの増加を抑制する観点から、P量の下限は、例えば、0%超え(好ましくは0.001%)である。
【0028】
[S :0.0050%以下]
Sは、不純物として含有される元素であり、鋼中でMnSを形成して靱性や穴広げ性、耐水素脆化特性を劣化させる。よって、S量は、0.0050%以下とする。
S量の上限は、好ましくは0.0040%以下、より好ましくは0.0030%以下である。
ただし、脱Sコストの増加を抑制する観点から、S量の下限は、例えば、0%超え(好ましくは0.0001%)である。
【0029】
[Al:0.001%~1.00%]
Alは、鋼の脱酸のための元素である。一方、過剰のAlの含有は、脱酸効果が飽和し、コスト上昇を招くばかりか、鋼の変態温度を上昇させ熱間圧延時の負荷を増大させる。よって、Al量は、0.001%~1.00%とする。
Al量の下限は、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.010%以上である。
Al量の上限は、好ましくは0.50%以下、より好ましくは0.20%以下である。
【0030】
[Ti:0.001%~0.050%]
Tiは、鋼中でTiNとしてNを固定することで、焼入性低下因子となるBNの形成を抑制する。また加熱時のオーステナイト粒径を微細化し靱性および耐水素脆性を向上させる。一方、過剰なTiの含有は、粗大なTiSが多量に生成し、鋼板の靭性および耐水素脆性が低下する。よって、Ti量は、0.001%~0.050%とする。
Ti量の下限は、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.010%以上である。
Ti量の上限は、好ましくは0.040%以下、より好ましくは0.030%以下である。
【0031】
[B :0.0005%~0.0050%]
Bは、鋼板の加熱時にオーステナイト粒界に偏析し、オーステナイト粒界を安定化することで鋼の焼入性を高める。また、オーステナイト粒界の結合力を高めることにより鋼板の靭性および耐水素脆化特性を向上させる。一方、過度のBの含有は、ホウ化物を形成することにより、鋼の焼入性を損なう結果となる。よって、B量は、0.0005%~0.0050%とする。
B量の下限は、好ましくは0.0007%以上、より好ましくは0.0010%以上である。
B量の上限は、好ましくは0.0035%以下、より好ましくは0.0025%以下である。
【0032】
[N :0.0100%以下]
Nは、不純物として含有される元素であり、鋼中に粗大な窒化物を形成して穴広げ性および耐水素脆化特性を劣化させる。よって、N量は、0.0100%以下とする。
N量の上限は、好ましくは0.0060%以下である。
ただし、脱Nコストの増加を抑制する観点から、N量の下限は、例えば、0%超え(好ましくは0.0005%)である。
【0033】
[O :0.0050%以下]
Oは、不純物として含有される元素であり、鋼中に粗大な酸化物を形成して穴広げ性および耐水素脆化特性を劣化させる。よって、O量は、0.0050%以下とする。
O量の上限は、好ましくは0.0030%以下である。
ただし、脱Oコストの増加を抑制する観点から、O量の下限は、例えば、0%超え(好ましくは0.0001%)である。
【0034】
本実施形態に係る鋼板の成分組成は、上記元素の他、特性向上を目的として、以下に記載された元素群から選択される一種又は二種以上を含んでもよい。本実施形態に係る鋼板において、これらは任意元素である。本実施形態に係る鋼板において、これら任意元素の含有量は、これら任意元素のそれぞれについて以下に示した下限値未満(0%を含む)であってもよい。
【0035】
[Cr:0%~1.00%]
Crは、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Crは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のCrの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Cr量は、0%~1.00%とする。
Cr量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Cr量の上限は、好ましくは0.50%以下である。
【0036】
[Mo:0%~0.50%]
Moは、鋼板の焼入れ性の向上に有効な元素であり、鋼板の加熱中のオーステナイト粒径を微細化することで靭性および耐水素脆化特性を向上させる効果も有する。そのため、Moは、必要に応じて、鋼中に含有してよい。一方、過度のMoの含有は効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Mo量は、0%~0.50%とする。
Mo量の下限は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.050%以上である。
Mo量の上限は、好ましくは0.30%以下、より好ましくは0.20%以下である。
【0037】
[Cu:0%~0.50%]
Cuは、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Cuは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のCuの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Cu量は、0%~0.50%とする。
Cu量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Cu量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0038】
[Ni:0%~0.50%]
Niは、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Niは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のNiの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Ni量は、0%~0.50%とする。
Ni量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Ni量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0039】
[Co:0%~0.50%]
Coは、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Coは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のCoの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Co量は、0%~0.50%とする。
Co量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Co量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0040】
[W :0%~0.50%]
Wは、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Wは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のWの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、W量は、0%~0.50%とする。
W量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
W量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0041】
[Sn:0%~0.50%]
Snは、鋼板の耐食性向上に有効な元素である。そのため、Snは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のSnの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Sn量は、0%~0.50%とする。
Sn量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Sn量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0042】
[Sb:0%~0.50%]
Sbは、鋼板の耐食性向上に有効な元素である。そのため、Sbは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のSbの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Sb量は、0%~0.50%とする。
Sb量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Sb量の上限は、好ましくは0.30%以下である。
【0043】
[Nb:0%~0.050%]
Nbは、炭化物形成元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Nbは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のNbの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、Nb量は、0%~0.050%とする。
Nb量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
Nb量の上限は、好ましくは0.035%以下である。
【0044】
[V :0%~0.50%]
Vは、炭化物形成元素であり、鋼板の高強度化に有効な元素である。そのため、Vは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のVの含有は、効果が飽和し、コストの増大を招く。よって、V量は、0%~0.50%とする。
V量の下限は、好ましくは0.001%以上である。
V量の上限は、好ましくは0.300%以下である。
【0045】
[Ca:0%~0.0100%]
Caは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Caは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のCaの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Ca量は、0%~0.0100%とする。
Ca量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Ca量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0046】
[Mg:0%~0.0100%]
Mgは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Mgは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のMgの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Mg量は、0%~0.0100%とする。
Mg量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Mg量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0047】
[Ce:0%~0.0100%]
Ceは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Ceは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のCeの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Ce量は、0%~0.0100%とする。
Ce量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Ce量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0048】
[Zr:0%~0.0100%]
Zrは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Zrは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のZrの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Zr量は、0%~0.0100%とする。
Zr量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Zr量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0049】
[La:0%~0.0100%]
Laは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Laは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のLaの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、La量は、0%~0.0100%とする。
La量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
La量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0050】
[Hf:0%~0.0100%]
Hfは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Hfは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のHfの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Hf量は、0%~0.0100%とする。
Hf量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Hf量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0051】
[Bi:0%~0.0100%]
Biは、鋼中におけるMn、Si等の置換型合金元素のミクロ偏析を軽減する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、Biは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のBiの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、Bi量は、0%~0.0100%とする。
Bi量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
Bi量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0052】
[REM:0%~0.0100%]
REMは、鋼中の介在物の微細分散化に寄与する元素であり、鋼板の耐水素脆化特性および靭性向上に寄与する元素である。そのため、REMは、必要に応じて鋼中に含有してもよい。一方、過度のREMの含有は、延性の劣化を引き起こす。よって、REM量は、0%~0.0100%とする。
REM量の下限は、好ましくは0.0001%以上である。
REM量の上限は、好ましくは0.0050%以下である。
【0053】
なお、REMとは、Rare Earth Metalの略であり、本開示では、CeおよびLaを除く、Sc、Yおよびランタノイド系列に属する元素を示す。
そして、REM量とは、CeおよびLaを除く、Sc、Yおよびランタノイド系列に属する元素の合計量を示す。なお、ランタノイド系列に属する元素は、工業的にはミッシュメタルの形で含有する。
【0054】
[0.001≦Ti-(47.88/14.01)×N≦0.040(ただし、式中、元素記号は該当する元素の質量%を示す。)]
上式は、TiNとして消費されたTi量を鋼中Ti量から差し引いた値である。上式の値が小さすぎる場合、TiNとして固定されていない固溶Nが残存するため、窒化ホウ素(BN)が析出し、鋼の焼き入れ性が低下する。一方、上式が大きすぎる場合、TiがN量に対して過剰となり硫化物等のTi系介在物が増加する。
よって、Ti量とN量との関係は、0.001≦Ti-(47.88/14.01)×N≦0.040を満足させる。
Ti量とN量との関係は、0.003≦Ti-(47.88/14.01)×N≦0.025を満足することが好ましい。
【0055】
[残部]
残部は、Fe及び不純物である。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ又は製造環境などから混入するものを指す。また、不純物としては、H、Zn、Pb、Cd、As等が挙げられる。これらの元素は、例えば0.01%以下に制限される。
【0056】
(鋼組織)
次に、本開示の鋼板の鋼組織について説明する。
【0057】
[フェライト:0~5%、マルテンサイト:90.0~99.5%、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合:80.0~100.0%、残留オーステナイト:0.5~6.0%]
鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲(図1参照)における鋼組織は、面積率%で、フェライト:0~5%、マルテンサイト:90.0~99.5%、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合:80.0~100.0%、残留オーステナイト:0.5~6.0%を含有する。
【0058】
フェライトは、5%を超えると、1470MPa以上の引張強度を得ることが困難となる。また、マルテンサイト主体組織において、軟質組織であるフェライトが存在すると、組織の不均一性が増すため水素脆化割れが助長される。よって、フェライトの面積率は、0~5%とする。
フェライトの面積率の上限は、4%以下が好ましく、2%以下が好ましく、理想的には0%である。
【0059】
マルテンサイト(焼入れままマルテンサイト+焼き戻しマルテンサイト)を主体とすることで、1470MPa以上の引張強度を得ることが可能となる。一方、マルテンサイトのうち、焼入れままマルテンサイトが多く、焼き戻しマルテンサイトが少ないと、耐水素脆化特性が悪化する。
よって、マルテンサイトの面積率は90.0~99.5%とし、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合は80.0~100.0%とする。
マルテンサイトの面積率の下限は、93.0%以上が好ましく、95.0%以上がより好ましい。
全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合の下限は、85.0%以上が好ましく、90.0%以上がより好ましい。
【0060】
残留オーステナイトを鋼組織に含むと、TRIP(TRansformation-Induced Plasticity)効果により加工硬化率が上昇するため、延性が改善する(つまり、全伸びが高くなる)。一方で、過剰な残留オーステナイトが多いと、耐水素脆化特性が悪化する。
よって、残留オーステナイトの面積率は、0.5~6.0%とする。
残留オーステナイトの面積率の下限は、1.0%以上が好ましく、1.5%以上がより好ましい。
残留オーステナイトの面積率の上限は、5.5%以下が好ましく、5.0%以下がより好ましい。
【0061】
鋼組織には、フェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト以外に、残部組織を含んでいてもよい。残部組織としては、例えば、ベイナイトが例示できる。残部組織の面積率は、0~10%が例示される。
【0062】
[各組織の面積率の測定方法]
残留オーステナイト以外の各組織の面積率は、SEM-EBSD法(電子線後方散乱回折法)およびSEM二次電子像観察により評価する。まず、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた後、電解研磨を行う。次いで、観察面における表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲の一つないし複数の観察視野において、合計で3000μm以上の面積についてSEM-EBSD法により結晶構造および方位解析を行う。EBSD法により得られたデータの解析にはTSL社製の「OIM Analysys 7.0」を用いる。また、評点間距離(step)は0.03~0.20μmとする。結晶方位差が15度以上となる境界を粒界として結晶粒界マップを得る。次に、同一試料についてナイタルエッチングを施す。その後、EBSDによる結晶方位解析を行った視野と同一視野について、FE-SEMを用いて二次電子像を撮影する。このとき、予めビッカース圧痕などで目印をつけておくとよい。最後に、前記結晶粒界マップと二次電子像を重ね合わせる。方位差15度以上の粒界に囲まれた個々の結晶粒について、以下の基準に基づき組織分類を行う。
【0063】
二次電子像において、下部組織、鉄系炭化物ともに認められず、かつ、結晶構造がBCCである結晶粒は、フェライトと判断する。
二次電子像において、下部組織が認められ、かつ、鉄系炭化物が単一のバリアントで析出している結晶粒、又は鉄系炭化物が認められない結晶粒は、ベイナイトであると判断する。
二次電子像において、セメンタイトがラメラ状に析出している結晶粒は、パーライトと判断する。但し、本開示においては、原則、パーライトは含まれない。
残部をマルテンサイトおよび残留オーステナイトと判断する。残部の面積率から後述する残留オーステナイトの面積率を差し引くことにより、マルテンサイトの面積率が求められる。
残部の内、二次電子像において、下部組織が認められ、かつ、複数のバリアントで析出している鉄系炭化物が二個以上認められる結晶粒は、焼き戻しマルテンサイトであると判断する。
【0064】
残留オーステナイトの面積率は、X線を用いた測定により算出することができる。すなわち、鋼板の板面から板厚方向に深さ1/4位置までを機械研磨及び化学研磨により除去する。そして、研磨後の試料に対して特性X線としてMoKα線を用いて得られた、bcc相の(200)、(211)及びfcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの組織分率を算出し、これを、残留オーステナイトの面積率とする。
【0065】
[最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度]
粗大な介在物が多数存在すると、剪断加工部において、介在物が割れの起点となり、水素脆化割れが発生する。そのため、粗大な介在物の個数密度は少ないことがよい。
よって、鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域(図2参照)において、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度は、40個/mm以下とする。ここで、測定領域は、「鋼板の圧延方向断面において、鋼板の表面から板厚方向に1/8厚さ~7/8厚さの範囲」×「鋼板の圧延方向に幅25mmの範囲」とする領域を示す(図2参照)。
最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度は、30個/mm以下が好ましく、20個/mm以下がより好ましい。
なお、介在物の生成を完全に抑えることは困難であるため、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度の下限は、例えば、1個/mm以上、又は、2個/mm以上である。
【0066】
ここで、介在物は、例えば、TiS、TiN、TiO、Ti(C,S)、MnS、CaS、Al、SiO、CaO等、あるいはそれらの複合体である。
また、「最大径」とは、球状の場合は直径、楕円状の場合は長軸の長さ、板状ないし長方形状の場合は長辺の長さ、棒状の場合は長さと定義する。
最大径が3μm未満の介在物は、集積していたとしても、剪断加工部の端面において微小な初期亀裂へと発展しにくいため、本開示では考慮しない。
【0067】
[個数密度が上位10%となる区画における個数密度]
粗大な介在物が偏在していると、剪断加工部に粗大な介在物が存在し易くなる。このような介在物が割れの起点となり、水素脆化割れが発生する。そのため、粗大な介在物の偏在を抑制し、介在物の集積度を低減することで、剪断加工部に粗大な介在物が存在する確率を低減させることが良い。
よって、介在物の個数密度の測定領域(つまり鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域)を厚さ方向に2分割、幅方向(つまり圧延方向)に50分割した100区画に分割し(図2参照)、各区画の最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度を算出したとき、個数密度が上位10%となる区画における個数密度は、80個/mm以下とする。
個数密度が上位10%となる区画における個数密度は、60個/mm以下が好ましく、40個/mm以下がより好ましい。
なお、介在物個数密度を0とすることは困難であるため、個数密度が上位10%となる区画における個数密度の下限は、例えば、1個/mm以上、又は、2個/mm以上である。
【0068】
[介在物の個数密度の測定方法]
介在物の個数密度の測定方法は、次の通りである。
鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を機械研磨し鏡面に仕上げた試料を対象とし、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲を含む領域について、EDX(エネルギー分散型X線分析装置)を備えたSEMを用いて反射電子像を撮影し、個々の介在物の組成を測定する。視野内に含まれる個々の介在物について、最大径、位置、組成に関する情報を得る。なお、介在物としてはおよそ考えられない組成を持つもの、例えば、Na,K,Clのいずれかが5質量%以上、Siが15質量%以上、Oが60質量%以上検出されるようなものは、水道水や研磨剤等に起因するコンタミネーションだと判断し、測定結果から除外する。本データから、1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲に含まれる最大径3μm以上の介在物の個数を面積で除することで、個数密度が求められる。さらに、前記の通り100分割した各区画についても最大径3μm以上の介在物の個数を計測し、区画面積で除することで、各区画の個数密度が求められる。
【0069】
[式(A)]
剪断加工によるエネルギーにより、残留オーステナイトがマルテンサイト(焼入れままマルテンサイト)へ変態すると、剪断加工部において、変態したマルテンサイトが起点となり、水素脆化割れが発生する。そのため、安定な残留オーステナイトが存在することがよい。
よって、剪断加工により残留オーステナイトがマルテンサイト(焼入れままマルテンサイト)へ変態し難い指標として、下記式(A)を満たす。好ましくは、下記式(A2)を満たすことであり、より好ましくは下記式(A3)を満たすことである。
ただし、「Vγ’/Vγ」の上限は、理想的には1であるが、実際には1とすることは困難であるため、例えば、0.95以下、又は0.9以下とする。
Vγ’/Vγ≧0.1 ・・・(A)
Vγ’/Vγ≧0.2 ・・・(A2)
Vγ’/Vγ≧0.3 ・・・(A3)
Vγ:初期の残留オーステナイトの面積率、Vγ’:-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率
【0070】
[初期および-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率の測定方法]
初期のおよび-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率の測定方法については、以下の通りである。まず、対象とする鋼板から、サンプルを切り出した後、-196℃の液体窒素に深冷する。浸漬時間は液体窒素の沸騰が十分収まるまで浸漬すればよく、例えば1分程度でよい。その後の試料作成方法および測定方法は、上述した「残留オーステナイトの面積率の測定方法」と同様である。
【0071】
(機械的特性、その他)
次に、本開示の鋼板の機械的特性について説明する。
【0072】
[引張強度(TS)]
本開示の鋼板の引張強度(TS)は、1470MPa以上とする。近年の自動車用鋼板に要求される軽量化と衝突安全性を満足するためには、鋼板の引張強度は1470MPa以上とする。
【0073】
[全伸び(El)]
本開示の鋼板の全伸び(El)は、6%以上が好ましく、7%以上がより好ましい。
【0074】
ここで、鋼板の引張強度および全伸びは、室温(25℃)大気中で、JIS Z 2241(2011)で規定された引張試験により測定する。
【0075】
[穴広げ率(λ)]
本開示の鋼板の穴広げ率(λ)は、20%以上が好ましく、30%以上がより好ましい。
穴広げ率(λ)は、日本鉄鋼連盟規格の「JFS T 1001 穴拡げ試験方法」により測定する。
【0076】
[最小曲げ半径(R)]
本開示の鋼板の最小曲げ半径(R)は、5mm以下が好ましく、4mm以下がより好ましい。
鋼板の最小曲げ半径(R)は、室温(25℃)大気中で、曲げ試験:JIS Z 2248(2014)で規定された曲げ試験のVブロック法により測定する。
【0077】
[めっき層]
本開示の鋼板は、両面又は片面に、めっき層を有していてもよい。めっき層としては、溶融亜鉛系めっき層等が代表的に例示される。
【0078】
(鋼板の製造方法)
次に、本開示の鋼板の製造方法の一例について説明する。
本開示の鋼板の製造方法は、下記(1)~(4)の各工程を順次行う製造方法であることがよい。
【0079】
[(1)鋳造工程]
鋳造工程では、垂直部を有する垂直曲げ型連続鋳造設備において、上記本開示の鋼板の化学組成を有する溶鋼を鋳造し、鋼スラブを得る。
具体的には、鋳造工程では、例えば、垂直部を有する垂直曲げ型連続鋳造設備により、鋳型に溶鋼を流し、鋳型で一次冷却帯、鋳型の出側から曲げ開始部までの垂直部で二次冷却帯、曲げ部以降で三次冷却帯による冷却をしつつ(図3参照)、鋳造し、鋼スラブを得る。
なお、図3は、垂直部を有する垂直曲げ型連続鋳造設備の一部を示す概略構成図であり、図3中、10は連続鋳造設備、11は鋳型の出側から曲げ開始部までの垂直部、12は曲げ部、20は鋳型(例えば水冷鋳型)、30は鋳型に溶鋼を供給するための浸漬ノズル、31は浸漬ノズルの溶鋼の吐出口、40はサポートロール、50は鋼スラブを示す。
【0080】
そして、粗大な介在物の生成および偏在化を抑え、「介在物の個数密度」、「個数密度が上位10%となる区画における介在物の個数密度」を上記範囲とする観点から、鋳造工程は、下記条件を満足する鋳造工程とする。
【0081】
-(1-1)鋳型の出側から曲げ開始部までの垂直部で鋼スラブを冷却する二次冷却帯において、鋼スラブの幅方向中央部の表面温度が1000℃以下に到達するまで0.5℃/秒以上の冷却速度(「垂直部冷却速度」とも表記する)で冷却-
鋳型の出側から曲げ開始部までの垂直部で二次冷却帯において、冷却速度を速めると、鋼中で、介在物を生成する合金成分(Ti、Mn、S等)が濃化され難く、介在物の生成、および析出物の成長が抑えられる。それにより、「介在物の個数密度」及び「介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)」を上記範囲とすることができる。
そのため、垂直部冷却速度は、0.5℃/秒以上とする。
垂直部冷却速度の下限は、好ましくは1.0℃/秒以上である。
ただし、垂直部冷却速度の上限は、例えば、10℃/秒以下とする。
【0082】
-(1-2)鋼スラブが鋳型の出側から曲げ開始部に到達するまでの経過時間(「垂直部経過時間」とも表記する)が50~500秒-
鋼スラブが鋳型の出側から曲げ開始部に到達するまでの経過時間を長くすると、介在物を湯面に浮上・分離させるための時間が増加するため、介在物の総数を低減できる。それにより、介在物の個数密度と共に、介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)を低減することができる。一方、経過時間を過剰に長くすると、生産性を阻害したり、設備費の増大を招く。
そのため、垂直部経過時間は、50~500秒とする。
垂直部経過時間の下限は、好ましくは75秒以上である。
垂直部経過時間の上限は、好ましくは300秒以下である。
【0083】
ここで、鋳造工程において、二次冷却帯は、例えば、ミストスプレーにより冷却する。
【0084】
[(2)熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、鋼スラブを熱間圧延し、熱間圧延板を得る。
具体的には、熱間圧延工程では、例えば、鋼スラブを、粗圧延、仕上げ圧延し、熱間圧延板を得る。
【0085】
そして、粗大な介在物の生成を抑え、「介在物の個数密度」及び「介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)」を上記範囲とする観点から、鋼スラブの熱間圧延工程は、下記条件を満足する鋼スラブの熱間圧延工程とする。
【0086】
-(2-1)スラブ加熱温度が1200℃以上(好ましくは1220~1300℃)-
鋼スラブを十分加熱することにより、TiC等の合金炭化物や一部の介在物を十分に溶体化させることができる。それにより、「介在物の個数密度」及び「介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)」を上記範囲とすることができる。
そのため、スラブ加熱温度は、1200℃以上とする。
スラブ加熱温度の下限は、好ましくは1220℃以上である。
ただし、燃料コストの抑制や加熱炉の耐久性等の点から、スラブ加熱温度の上限は、例えば、1300℃以下とする。
なお、スラブ加熱温度は、スラブ抽出時の温度である。
【0087】
-(2-2)式(B)で示される温度TTiS B1以下での圧延率が95%以下-
本開示では、鋳造工程において、介在物の生成、および析出物の成長を抑制した上で、介在物の中でもTiSの析出温度に着目し、水素脆化割れに起因する粗大な介在物の集積を抑制する。その理由としては、TiSが析出した後に過度な熱間圧延を施した場合、TiSが圧延方向に過度に伸長するため、最終的に形成される介在物の最大径が大きくなる。このような最大径の大きな介在物は水素脆化特性に悪影響を及ぼすため、TiSの析出温度以下での圧延率を制限する。
温度TTiS B1以下での「圧延率」は、温度TTiS B1以下での総圧延率を意味する。総圧延率は、圧延に伴う板厚の変化の度合いを意味し、温度TTiS B1時の板厚を100%としたときの、熱間圧延終了時における板厚減少率である。
熱間圧延工程において、TiSが析出した後に、総圧延率が高い熱間圧延を実施すると、TiSが延伸するため最大径が増加する。つまり、TiSが析出した後の、総圧延率を低減して熱間圧延を実施すると、TiSの延伸化が抑えられ、介在物全体として、粗大化が抑えられる。それにより、「介在物の個数密度」及び「介在物の集積度(つまり、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度)」を上記範囲とすることができる。
そのため、式(B1)で示される温度TTiS B1以下での圧延率は、95%以下とする。
温度TTiSB1以下での圧延率の上限は、好ましくは90%以下あり、より好ましくは85%以下である。
温度TTiSB1以下での圧延率の下限は、例えば、0%以上とする。
【0088】
【数1】
【0089】
式(B1)で示される温度TTiS B1は、TiSが析出する温度である。そして、式(B1)中、元素記号は該当する元素の質量%を示す。なお、式(B1)で示される温度TTiS B1の単位は、ケルビン(K)である。
なお、TiSの溶解度積としては下記式(B)に示す経験式が報告されている(W.J. LIU, ISIJ International, Vol. 30, No.11, pp. 985-990参照)。しかし、下記式(B)は極低炭鋼板を用いた平衡実験により求めた経験式である。本開示の鋼板は、炭素等の合金元素量が高く、また、熱間圧延は比較的短時間の現象であるため平衡状態には到達していないと想定されることから、TiSの析出温度は下記式(B)より下がる可能性がある。そのため、発明者は、更に検討して、TiSが析出する温度は、上記式(B1)で表される温度TTiS B1の方が実態に合うことを見出した。
【0090】
【数2】
【0091】
式(B)中、元素記号は該当する元素の質量%を示す。なお、式(B)で示される温度TTiSの単位も、ケルビン(K)である。
なお、上記の圧延制御はスラブの鋳造条件が本開示の規定の範囲を満足している場合に、より優れた効果を発現する。詳細なメカニズムは不明であるが、鋳造条件が本開示の既定の範囲を満足しない場合、スラブ中でのTiやSの偏析度が強くなる可能性がある。結果、偏析部においてはTiやSの濃度が高いため、TTiSより高温からTiSの析出が生じている可能性がある。
【0092】
ここで、熱間圧延工程では、例えば、仕上げ圧延温度800~1100℃で仕上げ圧延を実施する。そして、熱延後の熱間圧延板は、例えば、巻き取り温度400~700℃で巻き取る。
【0093】
なお、スラブ加熱温度、仕上げ圧延温度、巻き取り温度は、鋼スラブ又は板の幅方向中央部の表面温度である。
【0094】
[(3)酸洗および冷間圧延工程]
熱間圧延板を酸洗後、冷間圧延し、冷間圧延板を得た後に後述の連続焼鈍工程を行っても良い。酸洗および冷間圧延の条件は一般的な条件で良い。冷間圧延工程は任意の工程である。
【0095】
[(4)連続焼鈍工程]
連続焼鈍工程では、熱間圧延板または冷間圧延板に対して連続焼鈍を行う。
具体的には、連続焼鈍工程では、熱間圧延板または冷間圧延板を、加熱し、最高加熱温度で所定時間保持(加熱工程)した後、一次冷却、二次冷却、低温保持を経て、焼鈍板を得る。
【0096】
そして、目的とする上記鋼組織を得ると共に、残留オーステナイトを安定化し、式(A)を満足させる観点から、下記条件を満たす連続焼鈍工程とする。
【0097】
-(4-1)最高加熱温度がAc~950℃、かつ最高加熱温度での保持時間が240秒未満-
加熱工程では、目的とする鋼組織を得るためには、熱間圧延板または冷間圧延板を十分に加熱し、オーステナイト化する。ただし、最高加熱温度での保持時間が長時間となると、結晶粒径が粗大化することに加え、燃料コストの増大や、設備の損傷を招く。
そのため、最高加熱温度はAc~950℃とし、最高加熱温度での保持時間は240秒未満とする。
最高加熱温度の下限は、好ましくはAc+10℃以上である。最高加熱温度の上限は、好ましくは920℃以下である。
最高加熱温度での保持時間の上限は、好ましくは200秒以下である。ただし、十分にオーステナイト化する観点から、最高加熱温度での保持時間の下限は、例えば、50秒以上とする。
加熱工程における所定温度での「保持」は、鋼板を必ずしも一定温度に保持する必要はなく、上記条件を満足する範囲で変動しても構わない。
【0098】
なお、Ac(℃)は、下記式にて求めることができる。
Ac=912-230.5C+31.6Si-20.4Mn-39.8Cu-18.1Ni-14.8Cr+16.8Mo+100Al
ただし、式中の各元素記号は、該当元素の質量%を示す。含有量が0である場合は、式には0を代入して計算する。
【0099】
ここで、加熱工程は、例えば、露点-50~+10℃、水素濃度1~5体積%の雰囲気下で実施することがよい。
【0100】
-(4-2)最高加熱温度から400℃以下まで冷却を行う一次冷却工程における、400~700℃の間の平均冷却速度が30℃/秒以上-
一次冷却工程において、最高加熱温度から400℃以下まで熱処理された熱間圧延板または冷間圧延板(熱処理板と称する)を冷却し、かつ、400~700℃の間、熱処理板を急冷すると、マルテンサイト以外の鋼組織の生成を抑えることができる。
そのため、400~700℃の間の平均冷却速度は、30℃/秒以上とする。
平均冷却速度の下限は、好ましくは40℃/秒である。
ただし、冷却設備能力上、冷却速度を200℃/秒以上とすることは困難である。
【0101】
なお、一次冷却停止温度の上限は、好ましくは380℃以下である。
ただし、一次冷却停止温度の下限は、オーステナイトへCを分配させるために、未変態のオーステナイトが一定量残存するMs-60℃以上であることが望ましい。
【0102】
-(4-3)一次冷却停止後、100℃~Ms-120℃の範囲まで冷却を行う二次冷却工程における、一次冷却停止~二次冷却停止の間の平均冷却速度が1~20℃/秒-
二次冷却工程において、一次冷却停止後、100℃~Ms-120℃の範囲まで熱処理板を冷却し、かつ、一次冷却停止~二次冷却停止の間、熱処理板の冷却速度を小さくすることで、未変態オーステナイトへ、C、Mn等を濃化させることができ、より安定な残留オーステナイトを存在させることができる。つまり、一次冷却停止後、平均冷却速度を1~20℃/秒とし、冷却到達温度を100℃~Ms-120℃とすることで、残留オーステナイト面積率が上記範囲となり、かつ式(A)を満足するようになる。熱処理板の冷却速度が1℃/秒未満であると、マルテンサイト面積率が低くなる。熱処理板の冷却速度が20℃/秒超であると、安定な残留オーステナイトを存在させることができないため、好ましくない。
そのため、一次冷却停止~二次冷却停止の間の平均冷却速度は、1~20℃/秒とする。
平均冷却速度の下限は、好ましくは5℃/秒以上である。
平均冷却速度の上限は、好ましくは18℃/秒以下である。
【0103】
なお、Ms(℃)は、下記式にて求めることができる。
Ms=561-474C-33Mn-17Cr-21Mo-7.5Si+10Co
ただし、式中の各元素記号は、該当元素の質量%を示す。含有量が0である場合は、式には0を代入して計算する。
【0104】
また、連続焼鈍工程での各温は、熱間圧延板または冷間圧延板の幅方向中央部の表面温度である。そして、平均冷却速度は、冷間圧延板の幅方向中央部の表面温度に基づいて算出する。
【0105】
-(4-4)二次冷却後、200~320℃の範囲で保持を行う低温保持工程における、保持時間が150秒以上-
冷却到達温度まで冷却後、熱処理板を200~320℃の範囲で保持を行う。低温保持工程では、マルテンサイト生成開始後、200~320℃の範囲で、熱処理板を保持することで、未変態のオーステナイトへ、C、Mn等が濃化され、残留オーステナイトが安定化する。つまり、式(A)を満足するようになる。また、焼入れままマルテンサイトが焼き戻され、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合が増える。つまり、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合が上記範囲を満たすようになる。
そのため、保持時間は、150秒以上とする。
保持時間の下限は、好ましくは200秒以上である。
ただし、生産性の観点から、保持時間の上限は、例えば、1000秒以下とする。
なお、低温保持工程における「保持」とは、保持温度の上下限値を超えない範囲で、所定の温度±20℃、好ましくは±10℃の範囲内に維持することを意味するものである。したがって、徐々に冷却すること、もしくは徐々に加熱することで、低温保持工程において規定される温度範囲内を、40℃を超えて変動する加熱操作及び冷却操作は、本開示における低温保持工程には包含されない。
ここで、低温保持工程の保持温度が320℃超であると、マルテンサイトの焼き戻しが過度に進行するため、強度が低下する。一方、低温保持工程の保持温度が200℃未満であると、マルテンサイトからオーステナイトへの炭素の分配が起こりにくくなるため、残留オーステナイトが安定化し難くなる。そのため、低温保持工程の保持温度は、200~320℃とする。
なお、低温保持工程を実施しない場合、残留オーステナイトが安定化せず、式(A)を満足しなくなる。
【0106】
[その他工程]
本開示の鋼板の製造方法により得られた鋼板に対して、鋼板の片面又は両面にめっき層を形成するめっき工程等の後工程を実施してもよい。めっき工程等の後工程は常法により行うことができる。
【実施例
【0107】
以下、本開示の鋼板の実施例を説明する。
垂直部を有する垂直曲げ型連続鋳造設備により、表1に示す化学組成を有する溶鋼から、表2に示す条件で、240mm厚の鋼スラブを鋳造した。
次に、表2に示す条件で、鋼スラブを熱延し、3.0mm厚の熱間圧延板を得て、巻き取った。
次に、熱間圧延板を酸洗した後、表2に示す条件で、冷延し、冷間圧延板を得た。冷間圧延率が0%であることは、冷間圧延がなされなかったことを表す。
次に、表2に示す条件で、冷間圧延板を連続焼鈍し、目的とする鋼板を得た。ただし、表2において、「TTiSB1」の欄の値は、摂氏(℃)で示す。すなわち、摂氏(℃)表記とするため、式(B1)で算出される値(単位:K)から273.15を引いた値を記載している。
なお、表3中、「表面」の欄に、「CR」と表記されている例は、冷延後、めっきを施さなで鋼板を得た例を示し、「EG」と表記されている例は、冷延後、電気亜鉛めっきを施してめっき鋼板を得た例を示す。
【0108】
得られた鋼板に対して、既述の方法に従って、下記特性を測定した。
・鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/4厚を中心とした1/8厚~3/8厚の範囲における鋼組織(フェライト、マルテンサイト、全マルテンサイトに占める焼き戻しマルテンサイトの割合(表中「焼き戻し比率」と表記)、残留オーステナイト(表中「残留γ」と表記)、ベイナイト)
・鋼板の圧延方向断面であって、鋼板の表面から1/8厚さ~7/8厚さ×25mmの範囲とする測定領域において、最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度(表中、介在物の個数密度の「平均」と表記。)
・介在物の個数密度の測定領域を厚さ方向に2分割、幅方向に50分割した100区画に分割し、各区画の最大径≧3μmを満足する介在物の個数密度を算出したとき、個数密度が上位10%となる区画における個数密度(表中、介在物の個数密度の「上位10%区画」と表記)
・Vγ’/Vγ(-196℃深冷後の残留オーステナイトの面積率/初期の残留オーステナイトの面積率)の値(なお、Vγ’が少量であったためVγ’/Vγが算出不能であったものについては「-」と表記した。)
・鋼板の引張強度(表中「TS」と表記)
・鋼板の全伸び(表中「El」と表記)
・鋼板の穴広げ率(表中「λ」と表記)
・鋼板の最小曲げ半径(表中「R」と表記)
【0109】
(評価)
得られた鋼板に対して、次の条件で耐水素脆化特性を評価した。
鋼板から40mm角の試験片を採取し、直径20mmのパンチと直径20.5mmのダイスを用いて試験片中央付近に打ち抜き穴を作成した。その後、同試験片を塩酸濃度が0.01N、0.1N、1Nの塩酸水溶液に48時間浸漬した。液量は試験片一枚あたり500mLとした。塩酸水溶液は8時間、24時間経過時点で新たな水溶液に交換した。48時間経過後は、試験片を十分洗浄・乾燥させた後、打ち抜き穴の端面をマイクロスコープを用いて全周観察し、亀裂の有無を確認した。n数は3とし、うち一体でも亀裂が認められたものはNG(不合格)と判断した。例えば、0.01Nで3体とも割れなかったものは合格(OK)、0.01Nで1体でも割れが認められたものは不合格(NG)とした。
そして、水素脆化割れが発生しなった場合を「OK」とし、水素脆化割れが発生した場合を「NG」と表記した。
【0110】
【表1】

【0111】
【表2-1】
【0112】
【表2-2】
【0113】
【表3-1】
【0114】
【表3-2】
【0115】
上記結果から、本開示例である実験例の鋼板は、1470MPa以上の引張強度かつ高い全伸びを有しつつ、剪断加工部の耐水素脆化特性に優れる鋼板であることがわかる。
一方、実験例6(比較例)は、鋳造工程において、鋼スラブの幅方向中央部の表面温度が最初に1000℃以下に到達するまでの平均冷却速度が低い例である。実験例6(比較例)では、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度が大きくなり、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例7(比較例)は、鋳造工程において、鋼スラブが前記鋳型の出側から曲げ開始部に到達するまでの経過時間が短い例である。実験例7(比較例)では、介在物の個数密度と共に、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度が大きくなり、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例8(比較例)は、熱間圧延工程において、式(B1)で示される温度TTiSB1以下での圧延率が高い例である。実験例8(比較例)では、介在物の個数密度と共に、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度が大きくなり、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例9(比較例)は、熱間圧延工程において、スラブ加熱温度が低い例である。実験例9(比較例)では、介在物の個数密度と共に、介在物の個数密度が上位10%となる区画における個数密度が大きくなり、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例10(比較例)は、二次冷却工程において、二次冷却停止温度が低い例である。実験例10(比較例)では、残留オーステナイトの面積率が低く、全伸び(El)が劣化した。
実験例11(比較例)は、二次冷却工程において、一次冷却停止~二次冷却停止の間の平均冷却速度が高い例である。実験例11(比較例)では、式(A)を満足せず、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例13(比較例)は、一次冷却工程において、一次冷却温度が高い例である。実験例13(比較例)では、ベイナイト面積率が高く、マルテンサイト面積率が低く、引張強度(TS)および耐水素脆化特性が劣化した。
実験例14(比較例)は、低温保持工程において、保持温度が高い例である。実験例14(比較例)では、残留オーステナイトの面積率が低く、引張強度(TS)、全伸び(El)、および耐水素脆化特性が劣化した。
実験例15(比較例)は、連続焼鈍工程の最高加熱温度が低い例である。実験例15(比較例)では、フェライト面積率が高く、マルテンサイト面積率が低く、引張強度(TS)、および耐水素脆化特性が劣化した。
実験例16(比較例)は、一次冷却工程において、平均冷却速度が低い例である。実験例16(比較例)では、ベイナイト面積率が高く、マルテンサイト面積率が低く、引張強度(TS)および耐水素脆化特性が劣化した。
実験例17(比較例)は、低温保持工程において、保持時間が短い例である。実験例17(比較例)では、式(A)を満足せず、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例20(比較例)は、低温保持工程において、保持温度が低い例である。実験例20(比較例で)は、式(A)を満足せず、耐水素脆化特性が劣化した。
実験例26(比較例)は、二次冷却工程において、冷却停止温度が低く、平均冷却速度が速い例である。実験例26(比較例)では、残留オーステナイト面積率が低く、全伸び(El)が劣化した。
実験例29(比較例)は、二次冷却工程において、平均冷却速度が低い例である。実験例29(比較例)では、ベイナイト面積率が高く、マルテンサイト面積率が低く、引張強度(TS)および耐水素脆化特性が劣化した。
実験例37~44(比較例)は、鋼板の化学組成が本開示の化学組成を満たさない例である。実験例37~44(比較例)では、引張強度(TS)が劣化、又は耐水素脆化特性が劣化した。
実験例45(比較例)は、連続焼鈍工程において、低温保持に代わり、260℃から150℃まで3℃/sで徐冷を実施した例である。実験例45(比較例)では、式(A)を満足せず、耐水素脆化特性が劣化した。
【0116】
符号の説明は次の通りである。
10 連続鋳造設備
11 鋳型の出側から曲げ開始部までの垂直部
12 曲げ部
20 鋳型
30 鋳型に溶鋼を供給するための浸漬ノズル
31 浸漬ノズルの溶鋼の吐出口
40 サポートロール
50 鋼スラブ
【0117】
なお、日本国特許出願第2019-160683号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1
図2
図3