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  • 特許-鋼板及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-11
(45)【発行日】2023-07-20
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230712BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20230712BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230712BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20230712BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C22C38/00 301W
C22C38/60
C21D9/46 J
C21D9/46 U
B21B1/22 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021565650
(86)(22)【出願日】2020-12-17
(86)【国際出願番号】 JP2020047217
(87)【国際公開番号】W WO2021125283
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2019229401
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕也
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-162163(JP,A)
【文献】特開2007-262553(JP,A)
【文献】国際公開第2019/116531(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/003541(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量で、
C:0.15%以上、0.45%以下、
Si:0.01%以上、2.50%以下、
Mn+Cr:1.20%以上、4.00%以下、
Al:0.10%以上、2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.010%以下、
N:0.0010%以上、0.010%以下、
O:0.006%以下、
Mo:0%以上、0.50%以下、
Ti:0%以上、0.20%以下、
Nb:0%以上、0.20%以下、
B:0%以上、0.010%以下、
V:0%以上、0.50%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
W:0%以上、0.10%以下、
Ta:0%以上、0.10%以下、
Ni:0%以上、1.00%以下、
Sn:0%以上、0.050%以下、
Co:0%以上、0.50%以下、
Sb:0%以上、0.050%以下、
As:0%以上、0.050%以下、
Mg:0%以上、0.050%以下、
Ca:0%以上、0.040%以下、
Y:0%以上、0.050%以下、
Zr:0%以上、0.050%以下、
La:0%以上、0.050%以下、
Ce:0%以上、0.050%以下、
を含み、残部がFe及び不純物からなり、
引張強度が1300MPa以上であり、
限界曲げ半径と板厚の比(R/t)が3.5未満であり、
表面から板厚方向に30μmの深さ位置を位置A、前記表面から前記板厚方向に板厚の1/4の深さ位置を位置Bとしたとき、
前記位置Aにおいて、AlNが3000個/mm以上6000個/mm以下の個数密度で存在し;
前記位置Bにおける金属組織が、体積率で90%以上のマルテンサイトを含み;
前記位置Aの硬さが、前記位置Bの硬さの1.20倍以上である;
ことを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Mo:0.01%以上、0.50%以下、
Ti:0.001%以上、0.20%以下、
Nb:0.0001%以上、0.20%以下、
B:0.0001%以上、0.010%以下、
V:0.001%以上、0.50%以下、
Cu:0.001%以上、1.00%以下、
W:0.001%以上、0.10%以下、
Ta:0.001%以上、0.10%以下、
Ni:0.001%以上、1.00%以下、
Sn:0.001%以上、0.050%以下、
Co:0.001%以上、0.50%以下、
Sb:0.001%以上、0.050%以下、
As:0.001%以上、0.050%以下、
Mg:0.0001%以上、0.050%以下、
Ca:0.001%以上、0.040%以下、
Y:0.001%以上、0.050%以下、
Zr:0.001%以上、0.050%以下、
La:0.001%以上、0.050%以下
Ce:0.001%以上、0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記表面に、溶融亜鉛めっき層を有することを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項3に記載の鋼板。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の鋼板を製造する方法であって、
請求項1又は2に記載の化学組成を有するスラブを1050℃以上に加熱した後に、直径が100mm以上かつ温度が300℃以下であるロールを用いて10%以上の圧下率で粗圧延を施した後、仕上げ圧延を施す熱間圧延工程と;
前記熱間圧延工程後の前記スラブを冷却して巻き取ることで鋼帯とする巻き取り工程と;
前記巻き取り工程後の前記鋼帯を、N濃度が80%以上、露点が-30℃以下の雰囲気において、Ac3以上900℃未満の温度域まで加熱し、前記温度域に5秒以上保持する加熱工程と;
前記加熱工程後の前記鋼帯を、平均冷却速度20℃/s以上の速度で、550℃未満の温度まで冷却する冷却工程と;
を有する鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記冷却工程後の前記鋼帯に溶融亜鉛めっきを施すことにより、前記鋼帯の表面に溶融亜鉛めっき層を形成する
ことを特徴とする請求項5に記載の鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記溶融亜鉛めっきを施した後に、加熱合金化処理を施す
ことを特徴とす請求項6に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板及びその製造方法に関するものである。
本願は、2019年12月19日に、日本に出願された特願2019-229401号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策として温室効果ガスの排出量を規制する観点から、自動車の燃費向上が求められている。そこで、車体を軽量化するとともに衝突安全性を確保するために、高強度鋼板の適用がますます拡大しつつある。例えば、下記特許文献1には、950MPa以上の引張強度を有する高強度鋼板が開示されている。
【0003】
また、防錆性が要求される部位には、溶融亜鉛めっきを施した超高強度鋼板が求められる。例えば、下記特許文献2には、1300MPa以上の引張強度を有する溶融亜鉛めっき鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国再公表WO2018/020660号公報
【文献】日本国再公表WO2018/011978号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】関本靖裕、田中守通、沢田良三、古賀政義:鉄と鋼,vol.61(1975),No.10、pp.2337-2349
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、1300MPa以上の引張強度を有する溶融亜鉛めっき鋼板に対してスポット溶接を行うと、スポット溶接時に液体金属脆化割れ(LME)が生じてしまう場合があった。この原因としては、スポット溶接時に溶融亜鉛が旧オーステナイト粒界に侵入することで鋼が脆化し、さらにその部分に引張応力がかかるため、LMEが生じると考えられる。
【0007】
そこで、本発明は、高強度、優れた耐LME性および優れた曲げ性を有する鋼板及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述のようなLMEの発生を抑制する方法について鋭意検討を行った。その結果、旧オーステナイト粒界にNを偏析させて、スポット溶接時に溶融亜鉛の侵入を抑制することで、LMEの発生を抑制することができると考えた。
【0009】
上述のようにして得られた本発明の要旨は以下のとおりである。
【0010】
[1]本実施形態の一態様に係る鋼板は、化学組成が、質量で、
C:0.15%以上、0.45%以下、
Si:0.01%以上、2.50%以下、
Mn+Cr:1.20%以上、4.00%以下、
Al:0.10%以上、2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.010%以下、
N:0.0010%以上、0.010%以下、
O:0.006%以下、
Mo:0%以上、0.50%以下、
Ti:0%以上、0.20%以下、
Nb:0%以上、0.20%以下、
B:0%以上、0.010%以下、
V:0%以上、0.50%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
W:0%以上、0.10%以下、
Ta:0%以上、0.10%以下、
Ni:0%以上、1.00%以下、
Sn:0%以上、0.050%以下、
Co:0%以上、0.50%以下、
Sb:0%以上、0.050%以下、
As:0%以上、0.050%以下、
Mg:0%以上、0.050%以下、
Ca:0%以上、0.040%以下、
Y:0%以上、0.050%以下、
Zr:0%以上、0.050%以下、
La:0%以上、0.050%以下、
Ce:0%以上、0.050%以下、
を含み、残部がFe及び不純物からなり、
引張強度が1300MPa以上であり、
限界曲げ半径と板厚の比(R/t)が3.5未満であり、
表面から板厚方向に30μmの深さ位置を位置A、前記表面から前記板厚方向に板厚の1/4の深さ位置を位置Bとしたとき、
前記位置Aにおいて、AlNが3000個/mm以上6000個/mm以下の個数密度で存在し;
前記位置Bにおける金属組織が、体積率で90%以上のマルテンサイトを含み;
前記位置Aの硬さが、前記位置Bの硬さの1.20倍以上である。
[2][1]に記載の鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Mo:0.01%以上、0.50%以下、
Ti:0.001%以上、0.20%以下、
Nb:0.0001%以上、0.20%以下、
B:0.0001%以上、0.010%以下、
V:0.001%以上、0.50%以下、
Cu:0.001%以上、1.00%以下、
W:0.001%以上、0.10%以下、
Ta:0.001%以上、0.10%以下、
Ni:0.001%以上、1.00%以下、
Sn:0.001%以上、0.050%以下、
Co:0.001%以上、0.50%以下、
Sb:0.001%以上、0.050%以下、
As:0.001%以上、0.050%以下、
Mg:0.0001%以上、0.050%以下、
Ca:0.001%以上、0.040%以下、
Y:0.001%以上、0.050%以下、
Zr:0.001%以上、0.050%以下、
La:0.001%以上、0.050%以下
Ce:0.001%以上、0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
[3][1]又は[2]に記載の鋼板は、前記表面に、溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[4][3]に記載の鋼板は、前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
[5]本発明の別の一態様に係る鋼板の製造方法は、[1]又は[2]に記載の鋼板を製造する方法であって、[1]又は[2]に記載の化学組成を有するスラブを1050℃以上に加熱した後に、直径が100mm以上かつ温度が300℃以下であるロールを用いて10%以上の圧下率で粗圧延を施した後、仕上げ圧延を施す熱間圧延工程と;
前記熱間圧延工程後の前記スラブを冷却して巻き取ることで鋼帯とする巻き取り工程と;
前記巻き取り工程後の前記鋼帯を、N濃度が80%以上、露点が-30℃以下の雰囲気において、Ac3以上900℃未満の温度域まで加熱し、前記温度域に5秒以上保持する加熱工程と;
前記加熱工程後の前記鋼帯を、平均冷却速度20℃/s以上の速度で、550℃未満の温度まで冷却する冷却工程と;
を有する。
[6][5]に記載の鋼板の製造方法は、前記冷却工程後の前記鋼帯に溶融亜鉛めっきを施すことにより、前記鋼帯の表面に溶融亜鉛めっき層を形成してもよい。
[7][6]に記載の鋼板の製造方法は、前記溶融亜鉛めっきを施した後に、加熱合金化処理を施してもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高強度、優れた耐LME性および優れた曲げ性を有する鋼板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】2枚の鋼板をスポット溶接し、耐溶融金属脆化割れ性(耐LME)を評価する試験の様子を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下に例示する実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、以下の実施形態から変更、改良することができる。
【0014】
[鋼板]
本実施形態に係る鋼板は、化学組成が、質量%で、
C:0.15%以上、0.45%以下、
Si:0.01%以上、2.50%以下、
Mn+Cr:1.20%以上、4.00%以下、
Al:0.10%以上、2.00%以下、
N:0.0010%以上、0.010%以下、
P:0.040%以下、
S:0.010%以下、
O:0.006%以下、
Mo:0%以上、0.50%以下、
Ti:0%以上、0.20%以下、
Nb:0%以上、0.20%以下、
B:0%以上、0.010%以下、
V:0%以上、0.50%以下、
Cu:0%以上、1.00%以下、
W:0%以上、0.10%以下、
Ta:0%以上、0.10%以下、
Ni:0%以上、1.00%以下、
Sn:0%以上、0.050%以下、
Co:0%以上、0.50%以下、
Sb:0%以上、0.050%以下、
As:0%以上、0.050%以下、
Mg:0%以上、0.050%以下、
Ca:0%以上、0.040%以下、
Y:0%以上、0.050%以下、
Zr:0%以上、0.050%以下、
La:0%以上、0.050%以下、
Ce:0%以上、0.050%以下、
を含み、残部がFe及び不純物からなり、
引張強度が1300MPa以上であり、
限界曲げ半径と板厚の比(R/t)が3.5未満であり、
表面から板厚方向に30μmの深さ位置を位置A、前記表面から前記板厚方向に板厚の1/4の深さ位置を位置Bとしたとき、
前記位置Aにおいて、AlNが3000個/mm以上6000個/mm以下の個数密度で存在し;
前記位置Bにおける金属組織が、体積率で90%以上のマルテンサイトおよび残部組織からなり;
前記位置Aの硬さが、前記位置Bの硬さの1.20倍以上である。
以下に本実施形態に係る鋼板について説明する。
【0015】
<化学組成>
続いて、本発明の効果を得るために望ましい鋼板の化学組成について述べる。鋼板の化学組成とは鋼板中心部および表層部の化学組成であり、表層部の化学組成とは、表層部のうちAl酸化物粒子を除くマトリックスの化学組成を意味する。鋼板中心部の化学組成と表層部のマトリックスの化学組成とは、同様であってもよく、互いに異なりつつそれぞれが以下に説明する鋼板の化学組成の範囲内であってもよい。なお、元素の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0016】
「C:0.15%以上、0.45%以下」
Cは、鋼板の強度を高める元素であり、鋼板の強度を高めるために添加される。Cの含有量が0.15%以上であることによって、鋼板の強度が十分に高められ得る。また、Cの含有量が0.45%以下であることによって、鋼板の弾性域での破断が抑制され得る。鋼板の弾性域での破断を効果的に抑制する場合には、Cの含有量は、0.40%以下であることが好ましく、0.35%以下であることがより好ましい。
【0017】
「Si:0.01%以上、2.50%以下」
Siは、固溶強化元素として、鋼板の高強度化に寄与するために添加される。この観点から、Siの含有量の下限値は、0.01%以上であり、0.02%以上であることが好ましい。Siの含有量が多くなると鋼板中心部が脆化して鋼板の成形性が劣化するので、Siの含有量は2.50%以下であり、2.20%以下であることが好ましい。
【0018】
「Mn+Cr:1.20%以上、4.00%以下」
Mn及びCrは、鋼板の焼入性を高め、強度を高めるために添加される元素である。こうした効果を得るには、MnとCrの合計含有量は1.20%以上とされる。MnとCrの合計含有量は、好ましくは1.50%以上であり、好ましくは2.00%以上である。Mn及びCrの合計含有量が多すぎると、Mn及びCrの偏析に起因して鋼板の表層部の硬度分布が大きくなり過ぎるので、Mn及びCrの合計含有量は、4.00%以下とされ、3.50%以下であることが好ましく、3.00%以下であることが更に好ましい。
【0019】
「Al:0.10%以上、2.00%以下」
本実施形態に係る鋼板では、旧オーステナイト粒界における固溶N濃度を高めるため、旧オーステナイト粒界にAlNを偏析させる。そのため、鋼板のAl含有量は重要である。
旧オーステナイト粒界にAlNを好適に偏析させるために、Al含有量を0.10%以上とする。Al含有量が0.10%未満の場合、旧オーステナイト粒界におけるAlNの偏析量が不十分であることに起因して、旧オーステナイト粒界における固溶N濃度が不十分となるため、スポット溶接時における溶融亜鉛の流入を好適に防ぐことができない(好適な耐LME性を得られない)。Al含有量は好ましくは0.20%以上であり、より好ましくは0.30%以上である。
一方、Alの含有量が2.00%超の場合には、連続鋳造時にスラブ割れを発生させる危険性を高めるため好ましくない。そのため、Alの含有量を2.00%以下とし、好ましくは1.7%以下、より好ましくは1.4%以下とする。
【0020】
「P:0.040%以下」
Pは、鋼板の中央部に偏析する傾向があり、溶接部を脆化させる虞がある。Pの含有量を0.040%以下とすることによって、溶接部の脆化を抑制できる。Pを含まない方が好ましいので、Pの含有量の下限は0%であるが、Pの含有量を0.001%未満とすることは、経済的に不利であるため、Pの含有量の下限を0.001%と定めてもよい。
【0021】
「S:0.010%以下」
Sは、鋼板の溶接性ならびに鋳造時および熱延時の製造性に悪影響を及ぼす恐れがある元素である。このことから、Sの含有量は0.010%以下とされる。Sを含まない方が好ましいのでSの含有量の下限は0%であるが、Sの含有量を0.001%未満とすることは、経済的に不利であるため、Sの含有量の下限を0.001%と定めてもよい。
【0022】
「N:0.0010%以上、0.010%以下」
Nは、固溶状態で旧オーステナイト粒界に存在させることで、スポット溶接時における溶融亜鉛の流入を抑制できる元素である。そのため、本実施形態におけるNの含有量は、0.0010%以上であり、好ましくは0.0030%以上、より好ましくは0.0040%以上とする。一方で、Nを過度に含有させる場合、連続鋳造時にスラブが割れる恐れがある。そのため、本実施形態におけるNの含有量は0.010%以下であり、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.0070%以下とする。
【0023】
「O:0.006%以下」
Oは、粗大な酸化物を形成し、曲げ性や穴広げ性を阻害し、また、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。Oが0.006%を超えると、穴広げ性の低下や、ブローホールの発生が顕著となる。そのため、Oは0.006%以下とする。Oを含まない方が好ましいので、Oの含有量の下限は0%である。
【0024】
鋼板の化学組成の残部はFeおよび不純物である。本実施形態における不純物は、作用効果に影響を及ぼさない成分である。ただし、Feの一部に代えて以下の元素を含有してもよい。下記元素は、本実施形態における効果を得るための必須な元素ではないため、含有量の下限は0%である。
【0025】
「Mo:0%以上、0.50%以下、B:0%以上、0.010%以下」
MoおよびBは、焼入性を高め、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素の効果は少量の添加でも得られるが、効果を十分に得るためにはMoの含有量は0.01%以上、Bの含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。一方、鋼板の酸洗性や溶接性、熱間加工性等の劣化を抑制する観点から、Moの含有量の上限は0.50%以下、Bの含有量の上限は0.010%以下とすることが好ましい。
【0026】
「Ti:0%以上、0.20%以下、Nb:0%以上、0.20%以下、V:0%以上、0.50%以下」
Ti、NbおよびVは、それぞれ鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素は、析出物強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化によって、鋼板の強度上昇に寄与する。これらの元素の効果は少量の添加でも得られるが、効果を十分に得るためにはTiは0.001%以上、Nbは0.0001%以上、Vは0.001%以上添加することが好ましい。ただし、炭窒化物の析出が多くなることによって鋼板の成形性が劣化することを抑制する観点から、Ti及びNbの含有量は0.20%以下、Vの含有量は0.50%以下であることが好ましい。
【0027】
「Cu:0%以上、1.00%以下、Ni:0%以上、1.00%以下」
CuおよびNiはそれぞれ鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素の効果は少量の添加でも得られるが、効果を十分に得るためにはCuおよびNiの含有量は、それぞれ0.001%以上であることが好ましい。一方、鋼板の酸洗性や溶接性、熱間加工性などの劣化を抑制する観点から、CuおよびNiの含有量はそれぞれ1.00%以下であることが好ましい。
【0028】
さらに、鋼板中心部および表層部には、本発明の効果を得られる範囲で以下の元素がFeの一部に代えて意図的または不可避的に添加されてもよい。すなわち、W:0%以上、0.10%以下または0.001%以上、0.10%以下、Ta:0%以上、0.10%以下または0.001%以上、0.10%以下、Sn:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下、Sb:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下、As:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下、Mg:0%以上、0.050%以下または0.0001%以上、0.050%以下、Ca:0%以上、0.040%以下または0.001%以上0.040%以下、Zr:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下、Co:0%以上、0.50%以下または0.001%以上、0.050%以下、ならびにY:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下、La:0%以上、0.050%以下または0.001%以上0.050%以下、およびCe:0%以上、0.050%以下または0.001%以上、0.050%以下等のREM(希土類金属:Rare-Earth Metal)が鋼板中心部および表層部の一方又は両方に添加されてもよい。
【0029】
<金属組織>
次に、本実施形態に係る鋼板の金属組織について説明する。金属組織の割合は、体積率で表す。画像処理により面積率を測定した場合は、その面積率を体積率と見なす。以下の体積率の測定手順の説明において、“体積率”と“面積率”が混在する場合がある。
本実施形態に係る鋼板では、鋼板の表面から板厚1/4の位置(位置B)における金属組織が、体積率で90%以上のマルテンサイトを含む。
【0030】
(マルテンサイト)
マルテンサイトは、転位密度が高く硬質な組織であるので、引張強度の向上に寄与する。引張強度を1300MPa以上とする観点から、板厚1/4の位置におけるマルテンサイトの体積率を90%以上とし、好ましくは95%以上である。また、マルテンサイトの体積率の上限は特に限定されず、100%と定めてもよい。
【0031】
(残部組織)
マルテンサイト以外の残部組織は特に限定されず、フェライト、残留オーステナイト、パーライト、ベイナイト等が挙げられる。
【0032】
次に、マルテンサイトの体積率の測定方法について説明する。
【0033】
マルテンサイトの体積率は、以下の手順で求める。試料の観察面をレペラ液でエッチングし、板厚1/4を中心とする板厚1/8~3/8の範囲内で100μm×100μmの領域を、FE-SEMを用いて3000倍の倍率で観察する。レペラ腐食では、マルテンサイトおよび残留オーステナイトは腐食されないため、腐食されていない領域の面積率は、マルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率である。この腐食されていない領域の面積率から、X線で測定した残留オーステナイトの体積率を引算して、マルテンサイトの体積率を算出する。
残留オーステナイトの体積率は、X線回折装置を用いた測定によって算出することができる。X線回折装置を用いた測定では、まず試料の板面(圧延面)から板厚の1/4の深さの面までの領域を機械研磨および化学研磨により除去する。次に、板厚tの1/4の深さの面において、特性X線としてMoKα線を用いて、bcc相の(200)、(211)およびfcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比を求め、これら積分強度比に基づいて残留オーステナイトの体積率を算出することが可能である。
【0034】
また、マルテンサイトは、走査型電子顕微鏡による電子チャネリングコントラスト像において、他の組織と区別することができる。上記像において、転位密度が高く、かつ、結晶粒内にブロックやパケットなどの下部組織を有する領域がマルテンサイトである。
【0035】
<鋼板の表面から板厚方向に30μmの深さ位置(位置A)におけるAlNの個数密度:3000個/mm以上6000個/mm以下>
本実施形態では、鋼板の表層において旧オーステナイト粒界に固溶Nを偏析させることで、スポット溶接時に旧オーステナイト粒界への溶融亜鉛の侵入を抑制し、LMEの発生を抑制する。NはAlと親和性が高いため、旧オーステナイト粒界に一定量のAlNを析出させておくことで、固溶Nを旧オーステナイト粒界に効果的に偏析させることができる。
本実施形態に係る鋼板では、位置AにおけるAlNの個数密度が3000個/mm以上6000個/mm以下である。位置Aに代表される鋼板表層でのAlNの個数密度を3000個/mm以上とすることで、旧オーステナイト粒界における固溶Nを十分に偏析させることができる。旧オーステナイト粒界に偏析した固溶Nが、スポット溶接時に溶融亜鉛が旧オーステナイト粒界へ侵入することを抑制する。好ましくは、位置AにおけるAlNの個数密度は、3500個/mm以上である。鋼板の内部にAlNが多数存在すると、靭性が低下する。そのため、鋼板の板厚方向の中心において、AlNの個数密度が、2000個/mm以下であることが好ましい。なお、本実施形態に係る鋼板において、Al濃度が高いので、SiMn複合酸化物等の弱脱酸生成物が生成しない。また、溶存酸素が低いので二次脱酸生成物も減少するので、酸化物は通常よりも少なくなる。一方、位置AにおけるAlNの個数密度を6000個/mm以下とすることで、AlNが破壊の起点となり、低歪みで破断して所望の強度が得られないことを抑制できる。好ましくは、位置AにおけるAlNの個数密度は、5000個/mm以下である。
【0036】
次に、位置AにおけるAlNの個数密度の測定方法について説明する。
【0037】
まず、圧延方向に沿うように、鋼板の表面に対して垂直に切断する。次に、鋼板の表面から30μmの深さ位置Aから、FIB加工により10μm×10μmの領域を観察できるサンプルを採取し、厚さ100nm以上300nm以下の薄膜試料を作成する。その後、深さ位置Aの試料を、電界放出形透過電子顕微鏡とその中のEDS(エネルギー分散型X線分析)とを用いて、薄膜試料のAlおよびNの元素マッピングを10μm×10μmの範囲にて9000倍の倍率で20視野作成する。AlNが析出している場所では、析出していない場所と比較してAlおよびNの検出数が顕著に高くなるので、AlおよびNの検出数が高い領域をAlNと判断し、AlNの個数を計数し、この個数を観察面積で割ることで、位置AでのAlNの個数密度を求めることができる。
ここで、位置Aでの鋼板の表面とは、めっき鋼板の場合には、めっきと鋼板界面からの深さ位置、冷延鋼板の場合には、鋼板表面からの位置、熱延鋼板の場合には、鋼板とスケールの界面からの深さ位置を言う。
また、位置Aのサンプリング位置は、鋼板の幅方向中央位置とする。
【0038】
<引張強度:1300MPa以上>
本実施形態に係る鋼板では、自動車の車体軽量化に寄与する強度として、引張強度(TS)を1300MPa以上とする。
なお、引張強度は、鋼板から圧延方向に対し垂直方向にJIS Z 2201:1998に記載のJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことで測定する。
【0039】
<位置Aの硬さが位置Bの硬さの1.20倍以上>
本実施形態に係る鋼板では、位置Aにおける硬さが位置Bにおける硬さの1.20倍以上である。つまり、本実施形態に係る鋼板は、表層部の方が内部よりも硬い構成となっている。これは、後述するようにN雰囲気下で焼鈍を行うことにより、表層部に固溶Nが多く存在するためである。
【0040】
次に、位置A及び位置Bにおける硬さの測定方法について説明する。
硬さの測定は、ビッカース硬さ試験 JISZ2244:2009に準拠し行う。荷重は、圧痕が、数μmになる程度に設定し、400μm×400μmの領域を0.2μmピッチで測定する。そして、位置Aの硬さの平均と、位置Bの硬さの平均とを算出する。
尚、位置Bは、鋼板の表層から板厚1/4の位置中心とする板厚1/8~3/8の範囲であり、幅方向は中央とする。
【0041】
<限界曲げ半径と板厚の比(R/t):3.5未満>
本実施形態に係る鋼板では、自動車部品の成形性に寄与する曲げ性として、限界曲げ半径と板厚の比(R/t)が3.5未満とする。限界曲げ半径Rは、JIS Z 2248:2006に沿って曲げ試験を行うことで測定する。
【0042】
<板厚>
本実施形態に係る鋼板の板厚は特に限定されないが、0.5mm~4.0mmとすることができる。
【0043】
なお、本実施形態の鋼板は、鋼板の表面に溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を有してもよい。このようにめっき層が形成される場合でも、本実施形態の鋼板は所望の特性を発揮する。
【0044】
[鋼板の製造方法]
次に、本実施形態の鋼板を得るための製法の一例について説明する。
本実施形態に係る鋼板の製造方法は、上述の化学組成を有するスラブを1050℃以上に加熱した後に、直径が100mm以上かつ温度が300℃以下であるロールを用いて10%以上の圧下率で粗圧延を施した後、仕上げ圧延を施す熱間圧延工程と;
前記熱間圧延工程後の前記スラブを冷却して巻き取ることで鋼帯とする巻き取り工程と;
前記巻き取り工程後の前記鋼帯をN濃度が80%以上の雰囲気において、Ac3以上900℃未満の温度域まで加熱し、前記温度域に5秒以上保持する加熱工程と;
前記加熱工程後の前記鋼帯を、平均冷却速度20℃/s以上の速度で、550℃未満の温度まで冷却する冷却工程と;
を有する。
【0045】
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程では、上述の化学組成を有するスラブを1050℃以上に加熱した状態で、直径(以下、単に“径”と表す場合がある)が100mm以上かつ温度が300℃以下であるロールを用いて10%以上の圧下率で粗圧延を施した後、仕上げ圧延を施す。
【0046】
スラブ加熱温度:1050℃以上
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、熱間圧延工程でのスラブ加熱温度を1050℃以上とする。スラブ加熱温度を1050℃以上とすることで、スラブに存在するAlNを十分に溶体化することができ、最終製品において、旧オーステナイト粒界にAlNを十分に存在させることができる。スラブ加熱温度は好ましくは1100℃以上である。加熱温度の上限値は特に規定しないが、一般的には、1300℃以下である。
【0047】
粗圧延におけるロール直径:100mm以上、ロール温度:300℃以下、圧下率:10%以上
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、各パスにおいて、粗圧延におけるロール直径を100mm以上とし、ロール温度を300℃以下とし、圧下率を10%以上とする。
ロール直径を100mm以上とすることで、粗圧延時にロールによる抜熱で鋼板を好適に冷却することができ、AlNを十分に析出させることができる。ロール直径の上限は特に定めないが、設備費用の観点から500mm以下と定めてもよい。
ロール温度を300℃以下とすることで、粗圧延時にロールによる抜熱で鋼板を好適に冷却することができ、AlNを十分に析出させることができる。ロール温度は、ロールの表面温度であり、ロールの出側においてロールと鋼板との接触面から、ロールの軸を中心にロールを回転したときの回転角度が90度の位置で、ロールの幅中央部の表面温度を放射温度計を用いて測定し、その測定位置の温度からロールと鋼板が接触する間の平均となるロールの表面温度の計算値である。計算方法は非特許文献1を参考にした。通常のロールの表面温度は400℃以上になる。そこで、ロール温度を測定しながら、例えば、ロール入側からロールへ噴射する水量を調節することで、ロール温度が300℃以下となるように制御する。ロール温度の下限は特に定めないが、製造性の観点から100℃以上と定めてもよい。
粗圧延での圧下率を10%以上とすることで、十分に歪みを加えることができAlNの析出サイトを増加させることができる。圧下率は、好ましくは15%以上とする。圧下率の上限は特に定めないが、製造性の観点から50%以下と定めてもよい。
【0048】
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、仕上げ圧延の条件は特に定められず、常法に従って行えばよい。
【0049】
(巻き取り工程)
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、熱間圧延工程後、スラブを冷却して巻き取ることで鋼帯とする巻き取り工程を施す。巻き取り工程の条件は特に定められず、常法に従って行えばよい。
【0050】
(冷間圧延工程)
巻取り後、必要に応じて、さらに冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延における累積圧下率は特に限定しないが、鋼板の形状安定性の観点から、30~70%とすることが好ましい。
【0051】
(加熱工程)
次に加熱工程では、巻き取り工程後の鋼帯を、オーステナイト単相域まで加熱する。加熱工程において、前記熱間圧延工程で析出させたAlNは、オーステナイトの粒成長に対するピン止め粒子として機能し、オーステナイト粒界に存在することになる。このため、オーステナイト粒界に存在するAlNは、冷却後の鋼板における旧オーステナイト粒界に配置されることになる。さらに、N雰囲気下で加熱することにより、鋼板表層に固溶Nが侵入する。固溶NとAlNに存在するAlとの親和力が高いため、固溶Nは、旧オーステナイト粒界に偏析する。
本実施形態に係る鋼板の製造方法では、巻き取り工程後の鋼帯に対して、N濃度が80%以上の雰囲気中においてAc3以上900℃未満の温度域まで加熱し、該温度域に5秒以上保持する(加熱工程)。
加熱工程の雰囲気におけるN濃度を80%以上とすることで、表層のAlNの個数密度および旧オーステナイト粒界に存在する固溶N濃度が十分な値となる。加熱工程におけるN濃度は、好ましくは85%以上である。加熱工程の雰囲気におけるN濃度の上限は特に定めないが、製造コストの観点から95%以下と定めてもよい。
加熱工程において、露点は-30℃以下とすることで、鋼板表層での内部酸化物の成長を抑制することができる。露点が-30℃超であると、Ac3点が高い高Al鋼板(0.10%以上のAlを含む)では、加熱工程中に酸化物が粗大になりやすく、曲げ性が低下する。加熱工程における露点は、好ましくは-40℃以下である。加熱工程における露点の下限は特に定めないが、製造コストの観点から-50℃以上としてもよい。
【0052】
加熱工程における加熱温度をAc3以上とすることで、所望の金属組織(マルテンサイトが90%以上)を得ることができる。
加熱工程における加熱温度が900℃以上の場合、製造コストが高まるため好ましくない。そのため、加熱工程における加熱温度は900℃未満とする。
【0053】
加熱工程におけるAc3以上900℃未満の温度域での保持時間が5秒以上とすることで、所望の金属組織を得ることができる。当該温度域での保持時間は、好ましくは10秒以上である。
該温度域での保持時間の上限は特に定めないが、生産性の観点から500秒以下と定めてもよい。当該温度保持において、鋼帯の温度は一定である必要は無い。
【0054】
(冷却工程)
次に、加熱工程後の鋼帯を、平均冷却速度20℃/s以上の速度で、550℃未満の温度まで冷却する(冷却工程)。冷却工程で、マルテンサイト90%以上の金属組織に作り込む。
550℃未満の温度までの平均冷却速度を20℃/s以上とすることで、十分な量のマルテンサイト組織を得ることができる。
【0055】
本実施形態において、焼鈍時のN雰囲気を制御することで、鋼板の表層に固溶Nを導入し、その後の冷却条件を制御することで硬質組織を生成する。これは、金属組織の制御後にNを鋼板表層に導入する窒化処理とは異なる。硬質組織を生成した後に窒化処理を行う場合、マルテンサイトの焼き戻しが過度に進行するため、十分な引張強度を確保することができない。
【0056】
冷却工程後の鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを施してもよい。これによって、鋼板の表面に溶融亜鉛めっき層が形成された溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。溶融亜鉛めっきを施す場合、鋼板を浸漬する溶融亜鉛めっき浴の温度は従来から適用されている条件でよい。すなわち、溶融亜鉛めっき浴の温度は、例えば440℃以上550℃以下とされる。
【0057】
また、上記のように溶融亜鉛めっきを施した後、加熱合金化処理を施してもよい。これによって、鋼板の表面に合金化溶融亜鉛めっき層が形成された合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。加熱合金化処理する場合の合金化の加熱温度としては従来から適用されている条件でよい。すなわち、合金化の加熱温度は、例えば400℃以上600℃以下とされる。合金化の加熱方式は特に限定されるものではなく、燃焼ガスによる直接加熱や、誘導加熱、直接通電加熱等、従来からの溶融めっき設備に応じた加熱方式を用いることができる。合金化処理の後、鋼板は200℃以下に冷却され、必要により調質圧延を施される。
【0058】
また、電気亜鉛めっき鋼板を製造する方法としては、次の例が挙げられる。例えば、上記の鋼板に対し、めっきの前処理として、アルカリ脱脂、水洗、酸洗、並びに水洗を実施する。その後、前処理後の鋼板に対し、例えば、液循環式の電気めっき装置を用い、めっき浴として硫酸亜鉛、硫酸ナトリウム、硫酸からなるものを用い、電流密度100A/dm程度で所定のめっき厚みになるまで電解処理する。
【実施例
【0059】
本発明を、実施例を参照しながらより具体的に説明する。
【0060】
<製造方法>
表1-1,1-2に示される化学組成を有するスラブを鋳造した。なお、表1-1,1-2に示される化学組成の残部は鉄および不純物である。鋳造後のスラブに対して、表2-1に記載の条件で熱間圧延工程を施した。また、一部の熱延鋼板については、熱間圧延工程後表2-1に記載の冷延率で冷間圧延工程を施した。表2-1中の冷間圧延工程の欄において、「-」となっているのは、冷間圧延工程を施していないことを示す。なお、表に記載されている値は、ロール直径の最小値、ロール温度の最高値、圧下率の最小値を表す。次に、熱間圧延工程後のスラブを冷却して巻き取ることで鋼帯とした(巻き取り工程)。巻き取り工程後の鋼帯に対して、表2-2に記載の条件で加熱工程及び冷却工程を施した。
一部の例については、冷却工程後に溶融亜鉛めっき及び合金化処理を行った。
【0061】
【表1-1】
【0062】
【表1-2】
【0063】
【表2-1】
【0064】
【表2-2】
【0065】
<引張強度の測定>
鋼板から圧延方向に対し垂直方向にJIS Z 2201:1998に記載のJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことで引張強度を測定した。結果を表3に示した。
【0066】
<金属組織の測定>
得られた鋼板を試料として用い、試料の観察面をレペラ液でエッチングした。板厚1/4を中心とする板厚1/8~3/8の範囲内で100μm×100μmの領域を、FE-SEMを用いて3000倍の倍率で観察し、腐食されていない領域の面積率を求めた。この面積率が、マルテンサイトと残留オーステナイトとの合計面積率であり、この面積率を体積率とみなしAとした。
また、X線回折装置を用いて次のようにして残留オーステナイトの体積率を求めた。まず、試料の板面(圧延面)から板厚の1/4の深さの面までの領域を機械研磨および化学研磨により除去した。次に、板厚の1/4の深さの面において、特性X線としてMoKα線を用いて、bcc相の(200)、(211)およびfcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比を求めた。これら積分強度比に基づいて残留オーステナイトの体積率を算出し、この体積率をBとした。
上述の2つの方法によって求めた体積率であるAとBとの差分、つまり、(A-B)をマルテンサイトの体積率とした。
このようにして求めたマルテンサイトの体積率を表3に示した。
【0067】
<AlNの個数密度の測定>
サンプルは板幅中央部から採取した。圧延方向に沿うように、鋼板の表面に対して垂直に切断し、次に、鋼板の表面から30μmの深さ位置から、FIB加工により10μm×10μmの領域を観察できるサンプルを採取し、厚さ100nm以上300nm以下の薄膜試料を作成した。
その後、深さ位置Aの試料を、電界放出形透過電子顕微鏡とその中のEDS(エネルギー分散型X線分析)とを用いて、薄膜試料のAlおよびNの元素マッピングを10μm×10μmの範囲で9000倍の倍率で作成した。AlNが析出している場所では、析出していない場所と比較してAlおよびNの検出数が顕著に高くなるので、AlおよびNの検出数が高い領域をAlNと判断し、AlNの個数を計数し、この個数を観察面積で割ることで、位置AでのAlNの個数密度を求めた。
結果を表3に示した。
【0068】
<位置A及び位置Bでの硬さの測定>
硬さの測定は、ビッカース硬さ試験 JISZ2244:2009に準拠し行った。荷重は、圧痕が、数μmになる程度に設定し、400μm×400μmの領域を0.2μmピッチで測定した。そして、位置Aの硬さ(表層硬さ)の平均と、位置Bの硬さ(中心硬さ)の平均とを算出した。
結果を表3に示した。
【0069】
<耐LME性の評価>
実施例N.1~34、36および38~46の鋼板の板幅中央部から、50mm×80mmの試験片を採取した。また、実施例N.1~34,36および38~46の鋼板を製造した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬して溶融亜鉛めっき鋼板を製造し、50mm×80mmの試験片を採取した。実施例番号が一致する冷延鋼板または熱延鋼板と溶融亜鉛めっき鋼板から採取した試験片とを重ね、以下のスポット溶接を行い、耐溶融金属脆化割れ性(耐LME性)を評価する試験を行った。
図1に、当該試験の様子を示す。溶融亜鉛めっき鋼板を図1の鋼板1dに用い、評価対象の鋼板を鋼板1eとして2枚を重ねて、一対の電極4a、4bでスポット溶接した。溶接条件は、次のとおりである。
サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて、圧力450kgf(4413kg・m/s)にて加圧しながら、電流値を6.5kA、電極の傾斜角θ(線5と線6とのなす角)を3°として、アップスロープなし、通電時間0.4秒、通電終了後の保持時間を0.1秒とし、めっき鋼板を溶接した。その後、当該鋼板のナゲット中心部の領域を、光学顕微鏡を用いて観察し、LME割れの有無を評価した。
【0070】
<曲げ性の評価>
鋼板から50mm×100mmの曲げ試験片を採取し、JIS Z 2248:2006に沿って曲げ試験を行うことで、「割れの発生しない最小曲げR/板厚t」により曲げ性を評価した。今回R/tが3.5未満の鋼板を合格とした。結果を表3に示した。
【0071】
【表3】
【0072】
表1-1~表3に示したように、本発明の要件を充足する実施例では、所望の特性が得られていた。一方、本発明の要件を少なくとも一つでも充足しない比較例では、所望の特性が得られていなかった。具体的には以下の通りであった。
【0073】
No.31は、C量が少なかったため、引張強度が1070MPaであり、1300MPaに達しなかった。
No.32は、C量が超過していたため、引張試験において弾性域で破断した。
No.33は、MnとCrの合計量が少なかったため、マルテンサイト分率が低く、引張強度が1230MPaであり、1300MPaに達しなかった。
No.34は、Al量が少なかったため、AlNの個数密度が1900個/mmと少なく、かつ、表層硬さ(位置A)/中心硬さ(位置B)が1.05と小さかったため、LME割れが生じた。
No.35は、Al量が超過していたため、Alによる脆化が顕著でスラブが割れ、その後の試験を中止した。
No.36は、N量が少なかったため、AlNの個数密度が1800個/mmと少なく、かつ、表層硬さ(位置A)/中心硬さ(位置B)が1.04と小さかったため、LME割れが生じた。
No.37は、N量が超過していたため、AlNによる脆化が顕著でスラブが割れ、その後の試験を中止した。
【0074】
No.38は、スラブの加熱温度が不十分であり、AlNの個数密度が2900個/mmと少なく、かつ、表層硬さ(位置A)/中心硬さ(位置B)が1.18と小さかったため、LME割れが生じた。
No.39は、熱間圧延工程で用いたロール直径が100mm未満であり、AlNの個数密度が2200個/mmと少なく、かつ、表層硬さ(位置A)/中心硬さ(位置B)が1.11と小さかったため、LME割れが生じた。
No.40は、熱間圧延工程でのロール温度が300℃超であり、AlNの個数密度が2200個/mmと少なく、かつ、表層硬さ(位置A)/中心硬さ(位置B)が1.15と小さかったため、LME割れが生じた。
No.41は、熱間圧延工程における圧下率が小さく、AlNの個数密度が2100個/mmと少なかったため、LME割れが生じた。
No.42は、加熱工程における加熱温度がAc3未満のため、マルテンサイト分率が低く、引張強度が1190MPaであり、1300MPaに達しなかった。
No.43は、加熱工程における雰囲気中のN濃度が低かったため、表層硬さ/中心硬さが1.16と小さく、LME割れが生じた。
No.44は、加熱工程でAc3以上900℃未満の温度域における保持時間が短かったため、マルテンサイト分率が低くなり、引張強度が1250MPaであり、1300MPaに達しなかった。
No.45は、冷却工程での冷却速度が小さかったため、マルテンサイト分率が低くなり、引張強度が1270MPaであり、1300MPaに達しなかった。
No.46は、露点が高かったので、R/tが3.5未満とならなかった。
図1