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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-11
(45)【発行日】2023-07-20
(54)【発明の名称】前立腺がんの予防又は治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4453 20060101AFI20230712BHJP
   A61K 45/06 20060101ALI20230712BHJP
   A61K 31/337 20060101ALI20230712BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230712BHJP
【FI】
A61K31/4453
A61K45/06
A61K31/337
A61P35/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020518327
(86)(22)【出願日】2019-05-09
(86)【国際出願番号】 JP2019018465
(87)【国際公開番号】W WO2019216360
(87)【国際公開日】2019-11-14
【審査請求日】2022-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2018091237
(32)【優先日】2018-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【弁理士】
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【氏名又は名称】富田 博行
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(72)【発明者】
【氏名】小坂 威雄
(72)【発明者】
【氏名】本郷 周
(72)【発明者】
【氏名】大家 基嗣
【審査官】春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-127437(JP,A)
【文献】特開2019-123671(JP,A)
【文献】JI,N. et al.,Effect of celastrol on growth inhibition of prostate cancer cells through the regulation of hERG channel in vitro,Biomed.Res.Int.,2015年,vol.2015:308475,p.1-7
【文献】BABCOCK,J.J. et al.,Integrated analysis of drug-induced gene expression profiles predicts novel hERG inhibitors,PLoS One,2013年,Vol.8, No.7, e69513,p.1-14
【文献】神崎浩孝 ほか,薬物相互作用(39-前立腺がん治療薬と薬物相互作用),岡山医学会雑誌,2017年08月,Vol.129,p.131-136
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00 ~ 33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロペラスチン又はその医薬的に許容される塩を含む前立腺がんの予防又は治療剤であって、前記前立腺がんが、去勢抵抗性前立腺がん、又はエンザルタミド耐性前立腺がんであることを特徴とする、前記予防又は治療剤
【請求項2】
経口投与されることを特徴とする請求項1に記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
去勢抵抗性前立腺がんが、カバジタキセル耐性であることを特徴とする請求項1又は2に記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
抗がん剤と併用されることを特徴とする請求項1~のいずれかに記載の予防又は治療剤。
【請求項5】
抗がん剤がカバジタキセルであることを特徴とする請求項に記載の予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロペラスチン(Cloperastine)又はその医薬的に許容される塩(以下、これらを総称して「クロペラスチン類」ということがある)を含む、前立腺がんを予防及び/又は治療するための製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺がんは、男性の生殖器の一つである前立腺で発症するがんであり、欧米、特に米国では男性で最も多いがんである。前立腺がんは、動物脂肪の摂取量の多い食生活や、高齢が関連していると考えられている。実際に、日本でも食生活の欧米化や高齢化に伴い、近年、前立腺がんの罹患数が急速に増加しており、例えば、2013年の部位別癌罹患数において前立腺がんは第4位であった。前立腺がんは70歳以降になると罹患率が飛躍的に増加することから、日本をはじめ高齢化の進む先進諸国において今後さらなる増加が予想される。このため、前立腺がんに対する効果的な治療方法の開発が求められている。
【0003】
前立腺がんの治療方法として、臨床的には外科的治療、ホルモン療法、化学療法、放射線治療等が知られている。このうち、第一選択は、前立腺摘出術をはじめとする外科的治療であるが、進行がんと診断された場合や、外科的治療後の再発等により手術が困難な場合は、ホルモン療法等の治療方法や、ドセタキセル等の抗がん剤による化学療法が選択される。
【0004】
前立腺がんの増殖は、男性ホルモンであるアンドロゲンによって刺激され、その発生や進行には、アンドロゲン受容体(androgen receptor;AR)が大きな役割を果たしていることが知られている。このため、前立腺がんのホルモン療法(内分泌療法)として、アンドロゲンの作用を抑制する方法(アンドロゲン遮断療法[Androgen Deprivation Therapy;ADT])が一般的である。ADTは一時的には有効ではあるが、通常、数年以内には、ADTに抵抗性を示すホルモン不応性前立腺がん(Hormone Refractory Prostate Cancer;HRPC)やアンドロゲン非依存性前立腺がん(Androgen Independent Prostate Cancer;AIPC)へと進展していく。このように進展した去勢抵抗性前立腺がん(Castration Resistant Prostate Cancer;CRPC)(「再燃性進行前立腺がん」ともいう)には、ドセタキセルやエンザルタミドが用いられるが、これらの薬剤に対しても耐性を示すがん細胞が出現してしまい、臨床上問題となっている。かかる問題に対抗する手段の1つとして、ドセタキセル等と併用する治療方法が報告されている(特許文献1)。
【0005】
前立腺がんに適用可能な新たなタキサン系抗がん剤として、カバジタキセルがある。カバジタキセルは、ドセタキセルを含む前治療歴のある去勢抵抗性前立腺がんに対しても抗腫瘍効果を発揮することが確認されており、内科的療法の最後の砦ともいうべきものである。カバジタキセルは、米国、欧州において、ホルモン治療抵抗性前立腺がんへの適応が認められており、2014年7月4日に、日本においても前立腺がんへの適応が承認された。カバジタキセルは、パクリタキセルやドセタキセルと構造が類似するものの、P糖タンパク質(P-gp)との親和性が低いことから、P-gp活性化による薬剤耐性化は生じにくいと考えられていた。しかしながら、カバジタキセル耐性前立腺がんの症例もまた報告されており、カバジタキセル耐性前立腺がんの治療は極めて急務である。
【0006】
一方、クロペラスチン塩酸塩を有効成分とするフスタゾール(ニプロESファーマ社製)は、鎮咳剤として市販されている。しかしながら、クロペラスチンが、前立腺がんの予防又は治療効果を有することはこれまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第5605511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、比較的簡便かつ安価に製造することができ、かつ難治性である去勢抵抗性前立腺がん(とりわけ、最も難治性の前立腺がんである、カバジタキセル耐性の去勢抵抗性前立腺がん)に対しても抗がん効果を発揮する低分子化合物を有効成分とする、前立腺がんの予防又は治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
新規AR阻害剤によるCRPC治療により、カバジタキセル耐性を獲得したCRPC患者について、当該治療前(カバジタキセル耐性獲得前)のCRPC組織のホルマリン固定パラフィン包埋(Formalin fixed paraffin embedded;FFPE)試料と、当該治療後(カバジタキセル耐性獲得後)のCRPC組織のFFPE試料とを用いて、それぞれの試料における遺伝子発現プロファイルを作成した。次いで、カバジタキセル耐性獲得後のCRPCにおける遺伝子発現プロファイルを、カバジタキセル耐性獲得前のCRPCにおける遺伝子発現プロファイルへ変化し得る化合物を解析した結果、70種類の化合物を、前立腺がんの候補薬剤としてスクリーニングの結果得た。そして、これら70種の前立腺がんの候補薬剤について、転移性CRPC細胞株やカバジタキセル耐性CRPC細胞株に対する抗がん効果について検討したところ、抗がん効果が認められない化合物も多数あったが、試行錯誤の末に、クロペラスチンが、転移性CRPCやカバジタキセル耐性CRPC細胞株に対して、高い抗がん効果を有することを見出した。また、クロペラスチンは、既存の抗がん剤(カバジタキセル)と併用することにより、カバジタキセル耐性前立腺がんに対する抗がん効果をさらに高めることも確認した。本発明は、これらの知見に基づき、完成するに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕クロペラスチン又はその医薬的に許容される塩を含むことを特徴とする前立腺がんの予防又は治療剤。
〔2〕経口投与されることを特徴とする上記〔1〕に記載の予防又は治療剤。
〔3〕前立腺がんが、去勢抵抗性前立腺がん、又はエンザルタミド耐性前立腺がんであることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の予防又は治療剤。
〔4〕去勢抵抗性前立腺がんが、カバジタキセル耐性であることを特徴とする上記〔3〕に記載の予防又は治療剤。
〔5〕抗がん剤と併用されることを特徴とする上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の予防又は治療剤。
〔6〕抗がん剤がカバジタキセルであることを特徴とする上記〔5〕に記載の予防又は治療剤。
【0011】
また本発明の実施の他の形態として、クロペラスチン類を、前立腺がんの予防又は治療を必要とする対象に投与するステップを含む、前立腺がんを予防又は治療する方法;や、前立腺がんの予防又は治療剤として使用するためのクロペラスチン類;や、前立腺がんの予防又は治療における使用のためのクロペラスチン類;や、前立腺がんの予防又は治療剤を製造するための、クロペラスチン類の使用;を挙げることができる。
【発明の効果】
【0012】
クロペラスチン類は、前立腺がん、特にエンザルタミド耐性前立腺がんや、難治性であるCRPC、とりわけ、最も難治性の前立腺がんであるカバジタキセル耐性CRPCに対しても、前立腺がん細胞増殖抑制作用、前立腺がん細胞における上皮間葉系移行(Epithelial Mesenchymal Transition;EMT)の抑制作用、前立腺がん細胞の浸潤抑制作用、前立腺がん細胞のアポトーシス誘導作用等の作用により、優れた抗がん(腫瘍)効果を発揮する。かかる効果は、既存の抗がん剤(好ましくは、カバジタキセル)と併用することにより、さらに高めることもできる。また、本発明の前立腺がんの予防又は治療剤は、比較的簡便に製造できる低分子化合物であるクロペラスチン類を、前立腺がんの予防又は治療の有効成分とするため、比較的簡便かつ安価に製造できる点でも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】DU145細胞株及びPC3細胞株を、各種濃度(0μM、0.1μM、1μM、及び10μM)のクロペラスチン存在下で培養したときの生細胞レベルを解析した結果を示す図である。縦軸の「生細胞レベル」は、クロペラスチンの非存在下で培養したときの生細胞数を100としたときの相対値(平均値+標準偏差[SD])として示す。図中の「*」及び「***」は、クロペラスチンの非存在下(0μM)で培養したときの結果に対して、それぞれ統計学的に有意差(p<0.05及びp<0.001)があることを示す。
図2】DU145細胞株(図2A)及びPC3細胞株(図2B)を、クロペラスチン存在下(クロペラスチン処理群)又は非存在下(対照群)で培養したときの6種類の遺伝子(CDH1遺伝子、VIM遺伝子、SNAI1遺伝子、SNAI2遺伝子、ZEB1遺伝子、及びZEB2遺伝子)のmRNAの発現レベルを解析した結果を示す図である。縦軸の「mRNAの発現レベル」は、各種遺伝子について、対照群における発現レベルを1としたときの相対値(平均値+標準偏差[SD])として示す。図中の「*」、「**」、及び「***」は、クロペラスチン処理群及び対照群の間で、それぞれ統計学的に有意差(p<0.05、p<0.01、及びp<0.001)があることを示す。
図3】DU145細胞株を、クロペラスチン存在下(クロペラスチン処理群)又は非存在下(対照群)で培養したときの細胞浸潤性を解析した結果(平均値±標準偏差[SD])を示す図である。
図4】LN-CaP細胞株及びC4-2AT6細胞株を、各種濃度(0μM、0.1μM、1μM、及び10μM)のエンザルタミド存在下で培養したときの生細胞レベルを解析した結果を示す図である。縦軸の「生細胞レベル」は、エンザルタミドの非存在下で培養したときの生細胞数を1としたときの相対値(平均値+標準偏差[SD])として示す。図中の「*」及び「***」は、エンザルタミドの非存在下(0μM)で培養したときの結果に対して、それぞれ統計学的に有意差(p<0.05及びp<0.001)があることを示す。
図5図5Aは、DU145細胞株及びDU145CR細胞株を、各種濃度(0nM、1nM、2nM、4nM、8nM、及び16nM)のカバジタキセル存在下で培養したときの生細胞レベルをインビトロで解析した結果を示す図である。縦軸の「生細胞レベル」は、カバジタキセル非存在下で培養したときの生細胞数を1としたときの相対値(平均値+標準偏差[SD])として示す。図中の「*」及び「***」は、DU145細胞株及びDU145CR細胞株の間で、それぞれ統計学的に有意差(p<0.05及びp<0.001)があることを示す。図5Bは、DU145細胞株を用いて作製した皮下腫瘍モデルマウスの2群(DU145マウス群[DU145 Cont]、カバジタキセル投与DU145マウス群[DU145 CBZ])、及びDU145CR細胞株を用いて作製した皮下腫瘍モデルマウスの2群(DU145CRマウス群[DU145CR Cont]、カバジタキセル投与DU145CRマウス群[DU145CR CBZ])について、腫瘍体積の変化を解析した結果を示す図である。縦軸の「腫瘍体積」は、投与直後(0日)のDU145マウス群又はDU145CRマウス群における腫瘍体積を1としたときの相対値(平均値±標準偏差[SD])を示す。横軸の「日数」は、カバジタキセルを投与後の日数を示す。図中の「**」は、カバジタキセル投与DU145CRマウス群及びカバジタキセル投与DU145マウス群の間で、統計学的に有意差(p<0.01)があることを示す。
図6】C4-2AT6細胞株及びDU145CR細胞株を、各種濃度(0μM、0.1μM、1μM、及び10μM)のクロペラスチン存在下で培養したときの生細胞レベルを解析した結果を示す図である。縦軸の「生細胞レベル」は、クロペラスチンの非存在下(0μM)で培養したときの生細胞数を1としたときの相対値(平均値±標準偏差[SD])として示す。図中の「*」、「**」、及び「***」は、クロペラスチンの非存在下で培養したときの結果に対して、それぞれ統計学的に有意差(p<0.05、p<0.01、及びp<0.001)があることを示す。
図7図7Aは、DU145細胞株を用いて作製した皮下腫瘍モデルマウスの3群(対照群、カバジタキセル投与群、及びクロペラスチン投与群)について、腫瘍体積の変化を解析した結果を示す図である。図7Bは、DU145CR細胞株を用いて作製した皮下腫瘍モデルマウスの3群(対照群、カバジタキセル投与群、及びクロペラスチン投与群)について、腫瘍体積の変化を解析した結果を示す図である。縦軸の「腫瘍体積」は、投与直後(0日)の対照群における腫瘍体積を1としたときの相対値(平均値±標準偏差[SD])を示す。横軸の「日数」は、カバジタキセル又はクロペラスチンの投与後の日数を示す。図7Bにおける「n.s.」は、投与後16日目において、カバジタキセル投与群と対照群の間で、統計学的に有意差がない(p>0.05)ことを示す。また、図7Aにおける「**」は、投与後16日目において、カバジタキセル投与群と対照群の間で、統計学的に有意差(p<0.01)があることを示す。また、図7A及びBにおける「***」は、投与後16日目において、クロペラスチン投与群と対照群の間で、統計学的に有意差(p<0.001)があることを示す。
図8】DU145細胞株及びDU145CR細胞株を、クロペラスチン存在下(クロペラスチン処理群)又は非存在下(対照群)で培養したときの、Ki67発現細胞の割合を解析した結果を示す図である。図中の「***」は、クロペラスチン処理群と対照群の間で、統計学的に有意差(p<0.001)があることを示す。
図9】DU145細胞株及びDU145CR細胞株を、クロペラスチン存在下(クロペラスチン処理群)又は非存在下(対照群)で培養したときの、TUNEL陽性細胞の割合を解析した結果を示す図である。図中の「***」は、クロペラスチン処理群と対照群の間で、統計学的に有意差(p<0.001)があることを示す。
図10】DU145CR細胞株を、2nMのカバジタキセル、4nMのカバジタキセルの存在下、又はカバジタキセル非存在下(0nM)で、かつ、5μMのクロペラスチン存在下(クロペラスチン5処理群)、10μMのクロペラスチン存在下(クロペラスチン10処理群)、又はクロペラスチン非存在下(対照群)で培養したときの生細胞レベルを解析した結果を示す図である。縦軸の「生細胞レベル」は、カバジタキセル非存在下の対照群における生細胞数を1としたときの相対値(平均値+標準偏差[SD])として示す。図中の「**」及び「***」は、各濃度のカバジタキセルにおいて、対照群と比較して、それぞれ統計学的に有意差(p<0.01及びp<0.001)があることを示す。また、図中の「##」及び「###」は、クロペラスチン5処理群及びクロペラスチン10処理群において、カバジタキセル非存在下のときと比較して、それぞれ統計学的に有意差(p<0.01及びp<0.001)があることを示す。
図11図11Aは、DU145CR細胞株を用いて作製した皮下腫瘍モデルマウスの4群(対照群、カバジタキセル投与群、クロペラスチン投与群、及びクロペラスチン+カバジタキセル投与群)について、腫瘍(図11Cの点腺で囲った箇所)体積の変化を解析した結果を示す図である。縦軸の「腫瘍体積」は、投与直後(0日)の対照群における腫瘍体積を1としたときの相対値(平均値±標準偏差[SD])を示す。横軸の「日数」は、投与後の日数を示す。図11Bは、図11Aにおいて、クロペラスチン投与群及びクロペラスチン+カバジタキセル投与群の結果を抜粋し、拡大したものである。図11Aにおける「n.s.」は、投与後12日目において、カバジタキセル投与群と対照群の間で、統計学的に有意差がない(p>0.05)ことを示す。また、図11A及びBにおける「***」は、投与後12日目において、クロペラスチン投与群と対照群の間で、統計学的に有意差(p<0.001)があることを示す。また、図11A及びBにおける「###」は、投与後12日目において、クロペラスチン+カバジタキセル投与群とクロペラスチン投与群の間で、統計学的に有意差(p<0.001)があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の前立腺がんの予防又は治療剤は、「前立腺がんを予防又は治療するため」という用途が限定されたクロペラスチン類を含有する製剤(以下、「本件予防/治療剤」ということがある)であり、ここで前立腺がんの予防には、前立腺がんの発症予防の他、前立腺がんの症状悪化の予防も含まれる。本件予防/治療剤は、単独で医薬品(製剤)として使用してもよいし、さらに添加剤を混合し、組成物の形態(医薬組成物)として使用してもよい。
【0015】
予防又は治療対象である前立腺がんとしては、悪性腫瘍(がん)が発生した臓器が前立腺であるがんであればよく、例えば、限局性、浸潤性、又は転移性の前立腺がん;去勢抵抗性、AR標的薬(例えば、エンザルタミド、アビラテロン等)耐性、タキサン系抗がん剤(例えば、パクリタキセル、ドセタキセル、カバジタキセル等)耐性、去勢抵抗性でかつAR標的薬耐性の前立腺がん、去勢抵抗性でかつタキサン系抗がん剤耐性の前立腺がん、又は去勢抵抗性で、AR標的薬耐性でかつタキサン系抗がん剤耐性の前立腺がん;限局性、浸潤性、又は転移性でかつ去勢抵抗性前立腺がん;限局性、浸潤性、又は転移性でかつAR標的薬耐性の前立腺がん;限局性、浸潤性、又は転移性でかつタキサン系抗がん剤耐性の前立腺がん;限局性、浸潤性、又は転移性で、去勢抵抗性でかつタキサン系抗がん剤耐性の前立腺がん;限局性、浸潤性、又は転移性で、去勢抵抗性で、AR標的薬耐性でかつタキサン系抗がん剤耐性の前立腺がん等を挙げることができ、後述する本実施例において、その効果が実証されているため、少なくとも去勢抵抗性の前立腺がんや、少なくともエンザルタミド耐性の前立腺がんや、少なくともカバジタキセル耐性の前立腺がんが好ましく、少なくとも去勢抵抗性でかつカバジタキセル耐性の前立腺がんがより好ましい。
【0016】
本明細書において、「限局性前立腺がん」とは、未浸潤及び未転移の前立腺がん、すなわち、がんが前立腺以外の組織又は臓器には広がっておらず、前立腺の中にとどまった状態を意味し、ステージA~Bの前立腺がんに相当する。また、本明細書において、「浸潤性前立腺がん」とは、がんが前立腺の周囲の組織や臓器(例えば、膀胱、直腸、精嚢)に浸潤した状態であって、かつ転移は認められない状態を意味し、ステージCの前立腺がんに相当する。また、本明細書において、「転移性前立腺がん」とは、がんが転移、すなわち、がんが血管やリンパ管に入り込み、血液やリンパ液の流れによって前立腺から離れた組織又は臓器(例えば、リンパ節、骨[脊柱、骨盤骨等]、肝臓、肺)まで広がった状態を意味し、ステージDの前立腺がんに相当する。
【0017】
本明細書において、「去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)」とは、外科的去勢又は薬物による去勢状態で、かつ血清テストステロンが50ng/dL未満であるにもかかわらず、抗アンドロゲン剤の投与とは無関係に、病勢の増悪やPSA(Prostate Specific Antigen;前立腺特異的抗原)の上昇が認められる前立腺がんを意味する。すなわち、精巣からのアンドロゲン分泌を排除し、血中アンドロゲンが非常に低濃度であるにもかかわらず、前立腺がんが進行し、PSA値が上昇する状態を意味する。
【0018】
予防又は治療対象である「浸潤性前立腺がん」には、前立腺におけるがんの他、浸潤先の組織又は臓器におけるがんも便宜上含まれるが、前立腺におけるがんが好ましい。また、予防又は治療対象である「転移性前立腺がん」には、前立腺におけるがんの他、転移先の組織又は臓器におけるがんも便宜上含まれるが、前立腺におけるがんが好ましい。
【0019】
本明細書において、「カバジタキセル耐性前立腺がん」とは、カバジタキセルに対して耐性を示す前立腺がんを意味し、より具体的には、インビボの場合、10mg/kg(体重)/日のカバジタキセルを少なくとも14日間、前立腺がん患者に投与したときに、腫瘍体積が増加する前立腺がんを意味する。また、インビトロの場合、カバジタキセル耐性前立腺がん細胞株のカバジタキセルに対する耐性は、カバジタキセル非耐性前立腺がん細胞株と比較して、50%阻害濃度(IC50)で少なくとも1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2.0倍以上、さらに好ましくは2.3倍以上、さらにより好ましくは2.6倍以上、最も好ましくは2.8倍以上である。
【0020】
本明細書において、「エンザルタミド耐性前立腺がん」とは、エンザルタミドに対して耐性を示す前立腺がんを意味し、より具体的には、インビボの場合、25mg/kg(体重)/日のエンザルタミドを少なくとも14日間、前立腺がん患者に投与したときに、腫瘍体積が増加する前立腺がんを意味する。また、インビトロの場合、エンザルタミド耐性前立腺がん細胞株のエンザルタミドに対する耐性は、エンザルタミド非耐性前立腺がん細胞株と比較して、50%阻害濃度(IC50)で少なくとも1.5倍以上、好ましくは2.0倍以上、より好ましくは4.0倍以上、さらに好ましくは5.0倍以上、さらにより好ましくは7.0倍以上、最も好ましくは7.7倍以上である。
【0021】
本発明のクロペラスチンは、
1-{2-[(RS)-(4-Chlorophenyl)(phenyl)methoxy]ethyl}piperidineであり、下記の式で表される化合物である。
【0022】
【化1】
【0023】
上記クロペラスチン類におけるクロペラスチンの医薬的に許容される塩としては、医薬的に許容されるものであればよく、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩、フェンジゾ酸塩等の酸付加塩などを挙げることができる。
【0024】
前立腺がんに対する抗がん作用をより高めるために、本件予防/治療剤に加えて、抗がん剤を併用することが好ましい。本件予防/治療剤と併用する抗がん剤としては、DNA複製阻害、細胞分裂阻害等の作用により、がんの増殖(好ましくは、前立腺がんの増殖)を抑制することが知られている物質であればよく、例えば、シクロフォスファミド(Cyclophosphamide)、ダカルバジン(Dacarbazine)、クロラムブシル(Chlorambucil)、メトトレキサート(Methotrexate)、シタラビン(Cytarabine)、アクチノマイシンD(Actinomycin D)、ブレオマイシン(Bleomycin)、ドキソルビシン(Doxorubicin)、ビンクリスチン(Vincristine)、ビンブラスチン(Vinblastine)、シスプラチン(Cisplatin)、オキサリプラチン(Oxaliplatin)、カルボプラチン(Carboplatin)、イリノテカン(Irinotecan)、ストレプトゾトシン(Streptozocin)、パクリタキセル(Paclitaxel)、ドセタキセル(Docetaxel)、カバジタキセル(Cabazitaxel)、エトポシド(Etoposide)、ゲムシタビン(Gemcitabine)、ベバシズマブ(Bevacizumab)、リツキシマブ(Rituximab)、ブレフェルジンA(Brefeldin A)、トラスツズマブ(Trastuzumab)、イマチニブ(Imatinib)、ペメトレキセド(Pemetrexed)、カペシタビン(Capecitabine)、ボルテゾミブ(Bortezomib)、リュープロレリン(Leuprorelin)、エルロチニブ(Erlotinib)、スニチニブ(Sunitinib)、セツキシマブ(Cetuximab)、ゴセレリン(Goserelin)、ダサチニブ(Dasatinib)、ソラフェニブ(Sorafenib)、5-フルオロウラシル(FU)、エンザルタミド(Enzalutamide)、アビラテロン(Abiraterone)等を挙げることができ、これらの中でも、後述する本実施例において、クロペラスチン類との併用効果が実証されているため、カバジタキセルを好適に例示することができる。
【0025】
本件予防/治療剤としては、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、等張剤、添加剤、被覆剤、可溶化剤、潤滑剤、溶解補助剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、溶剤、ゲル化剤、栄養剤等の添加剤をさらに含むものであってもよい。かかる添加剤としては、具体的に、水、生理食塩水、動物性脂肪及び油、植物油、乳糖、デンプン、ゼラチン、結晶性セルロース、ガム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、グリセリンを例示することができる。
【0026】
本件予防/治療剤の投与形態としては、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液などの剤型で投与する経口投与や、溶液、乳剤、懸濁液などの剤型を注射(例えば、皮下注射、静脈内注射、筋肉内注射)、又はスプレー剤の型で鼻孔内投与する非経口投与を挙げることができ、経口投与が好ましい。
【0027】
本件予防/治療剤におけるクロペラスチン類の投与量は、年齢、体重、性別、症状、薬剤への感受性等に応じて適宜決定され、例えば、0.1μg~200mg/kg(体重)/日の投与量の範囲である。後述する本実施例において、モデルマウスを用いた実験により、12.5mg/kg/日のクロペラスチンの投与量が具体的に示されている。かかる投与量は、マウスにおけるヒト等価用量(HED)12.3(資料「Guidance for Industry Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers」参照)を基に、ヒトへの投与量に換算した場合、約1.02mg/kg/日である。このため、本件予防/治療剤におけるクロペラスチン類の投与量としては、1μg~100mg/kg/日が好ましく、10μg~50mg/kg/日がより好ましく、30μg~15mg/kg/日がさらに好ましく、100μg~8mg/kg/日がさらにより好ましく、500μg~1.5mg/kg/日が最も好ましい。なお、本件予防/治療剤は、一日あたり単回又は複数回(例えば、2~4回)に分けて投与してもよい。
【0028】
本件予防/治療剤としては、クロペラスチン類以外にも、前立腺がんに対して抗がん作用を有する成分を含むものであってもよいが、クロペラスチン類単独でも抗前立腺がん作用(例えば、前立腺がん細胞増殖抑制作用、前立腺がん細胞におけるEMTの抑制作用、前立腺がん細胞の浸潤抑制作用、前立腺がん細胞のアポトーシス誘導作用等)を発揮するため、クロペラスチン類以外の抗前立腺がん作用成分(例えば、タンパク質、DNA、RNA、植物由来の抽出物、ポリマー)を含まないものであってもよい。
【0029】
クロペラスチン類は、化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができるが、市販品を用いることもできる。例えば、クロペラスチン塩酸塩(フスタゾール[登録商標]糖衣錠10mg、ニプロESファーマ社製)、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)、クロペラスチンフェンジゾ酸塩(フチタゾール[登録商標]散10%、ニプロESファーマ社製)等を挙げることができる。
【0030】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。なお、以下の実施例において、各種細胞株の培養は、RPMI1640培養液中で5%CO/20%O、37℃条件下で行った。
【実施例1】
【0031】
1.前立腺がんの候補薬剤のスクリーニング
新規AR阻害剤によるCRPC治療により、カバジタキセル耐性を獲得したCRPC患者(n=3)について、慶應義塾大学倫理委員会の承認の下、当該治療前(カバジタキセル耐性獲得前)のCRPC組織のFFPE試料と、当該治療後(カバジタキセル耐性獲得後)のCRPC組織のFFPE試料から、「RNeasy DSP FFPE kit」(Qiagen社製)を用いてmRNAを抽出した。抽出したRNAを、「Affymetrix GeneChip WT Terminal Labeling Kit」(Affymetrix社製)を用いてcDNAのフラグメンテーションとラベリングを行い、「GeneChip Fluidics Station 450」(Affymetrix社製)を用いて洗浄後、マイクロアレイシステム(GeneChip Scanner 3000 7G、Affymetrix社製)を用いてマイクロアレイ解析し、カバジタキセル耐性獲得後のCRPC細胞から、カバジタキセル耐性獲得前のCRPC細胞への遺伝子発現プロファイルの変化率を解析した。次いで、かかる変化率と、臨床上使用可能な化合物のライブラリーによる遺伝子発現プロファイルの変化率との比較・検証を、米国ブロード研究所のCMAP解析を応用して行い、カバジタキセル耐性CRPC細胞の遺伝子発現プロファイルを、カバジタキセル非耐性CRPC細胞の遺伝子発現プロファイルへ変化し得る70種の化合物を、前立腺がんの候補薬剤としてスクリーニングの結果見出した。その結果、かかる候補薬剤の1つに、クロペラスチンが含まれることが示された。
【実施例2】
【0032】
2.前立腺がん細胞に対する細胞増殖抑制効果
クロペラスチン類が、転移性のCRPCに対して細胞増殖抑制効果を有することを確認するために、転移性CRPC細胞株(DU145細胞株及びPC3細胞株)をクロペラスチン類存在下で培養し、細胞増殖性を解析した。
【0033】
[方法]
DU145細胞株及びPC3細胞株(両細胞ともにATCC[American Type Culture Collection]より入手)を、96ウェルプレート上で24時間培養した後、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)が0.1μM、1μM又は10μMとなるように培養液に添加し、さらに24時間培養した後、生細胞数を「Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System」(Takara Bio社製)を用いて測定した。また、コントロールとして、DU145細胞株及びPC3細胞株を、クロペラスチン塩酸塩を含まない培養液中で培養した実験もあわせて行った。
【0034】
[結果]
DU145細胞株及びPC3細胞株を、クロペラスチン存在下で培養すると、クロペラスチン非存在下で培養した場合と比べ、濃度依存的に生細胞数が有意に減少することが示された(図1参照)。
この結果は、クロペラスチン類が、転移性のCRPCに対して細胞増殖抑制効果を有することを示している。
【実施例3】
【0035】
3.転移性CRPCに対するEMT抑制効果
クロペラスチン類が、転移性のCRPC細胞におけるEMTを抑制する効果を有することを確認するために、転移性CRPC細胞株(DU145細胞株及びPC3細胞株)を、クロペラスチン類存在下で培養し、EMT関連因子の遺伝子発現プロファイルを解析した。
【0036】
[方法]
DU145細胞株及びPC3細胞株を、10μMのクロペラスチン存在下、又はクロペラスチン非存在下で24時間培養した後(それぞれ、クロペラスチン処理群及び対照群)、mRNAを、「RNeasy Mini kit」(Qiagen社製)を用いて抽出した。抽出したmRNAを、「PrimeScript RT reagent Kit」(Takara Bio社製)を用いてcDNAを合成した。6種類の因子(E-カドヘリン、ビメンチン、「Zinc finger protein SNAI1」、「Zinc finger protein SNAI2」、「Zinc finger E-box-binding homeobox 1」、及び「Zinc finger E-box-binding homeobox 2」)をコードする遺伝子(それぞれ、CDH1遺伝子、VIM遺伝子、SNAI1遺伝子、SNAI2遺伝子、ZEB1遺伝子、及びZEB2遺伝子)のmRNAの発現レベルを解析するために、以下の表1に示すプライマー及びTaqManプローブセット(TaqMan Gene Expression Assays)(Applied Biosystems社製)と、CFX96リアルタイムシステム(Bio-Rad社製)を用いて定量PCR解析を行った。
【0037】
【表1】
【0038】
[結果]
EMTに関連する5種類のタンパク質(ビメンチン、「Zinc finger protein SNAI1」及び「Zinc finger protein SNAI2」、並びに「Zinc finger E-box-binding homeobox 1」及び「Zinc finger E-box-binding homeobox 2」)をコードするmRNAの発現レベルは、いずれも対照群と比べ、クロペラスチン処理群の方が減少していた(図2A及びB参照)。また、EMTにおいて発現が減少するE-カドヘリンをコードするmRNAの発現レベルは、対照群と比べ、クロペラスチン処理群の方が増加していた(図2B参照)。
これら結果は、クロペラスチン類が、転移性CRPC細胞におけるEMTを抑制し、CRPCの転移・浸潤を抑制することを示唆している。
【実施例4】
【0039】
4.前立腺がん細胞の浸潤性の解析
さらに、クロペラスチン類の抗前立腺がん効果を確認するために、DU145細胞株を、クロペラスチン類存在下で培養し、これら細胞株の浸潤性を解析(Invasion assay)した。
【0040】
[方法]
リアルタイム細胞アナライザーxCELLigence(ACEA Biosciences社製)の各ウェルに添加した培養液に、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)を1μMとなるように添加し、4.0×10個のDU145細胞株を添加した後培養し、マトリゲル基底膜マトリックス(Corning社製)を通過した細胞数を経時的(0~48時間)に計測した(クロペラスチン処理群)。また、比較対照として、クロペラスチン塩酸塩不含の培養液中にDU145細胞株を培養し、同様の実験も行った(対照群)。なお、1μMのクロペラスチンは、正常の細胞増殖に影響を及ぼすことがない濃度である。
【0041】
[結果]
DU145細胞株を、クロペラスチン不含の培養液中で培養すると、細胞が浸潤することが確認された(図3の「対照群」参照)。一方、DU145細胞株をクロペラスチン含有培養液中で培養すると、細胞の浸潤が有意に抑制されることが示された(図3の「クロペラスチン処理群」参照)。
この結果は、クロペラスチン類が、前立腺がんの細胞浸潤を抑制する効果を有することを示すとともに、細胞増殖に影響を及ぼすことがない低濃度でもかかる効果が認められたことから、副作用が少ない転移性前立腺がんの予防又は治療剤の開発が期待される。
【実施例5】
【0042】
5.アンドロゲン非依存性のCRPCモデル細胞株C4-2AT6がエンザルタミド耐性であることの確認
本発明者らは、アンドロゲン非依存性のCRPCモデル細胞株C4-2AT6を樹立している(文献「Kosaka et al., J Urol. 2011 Jun;185(6):2376-81.」参照)。かかるC4-2AT6細胞株が、エンザルタミド耐性であるかどうかを確認した。
【0043】
[方法]
C4-2AT6細胞株と、比較対照としてアンドロゲン依存性の前立腺がん細胞株であるLN-CaP細胞株(ATCC[American Type Culture Collection]より入手)とを、それぞれ96ウェルプレート上で24時間培養した後、エンザルタミド(ケムシーン社製)を各種濃度(0μM、0.1μM、1μM、及び10μM)となるように培養液に添加し、さらに48時間培養した後、生細胞数を「Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System」(Takara Bio社製)を用いて測定した。
【0044】
[結果]
エンザルタミドで処理したC4-2AT6細胞株の生細胞数は、エンザルタミドで処理したLN-CaP細胞株の生細胞数と比べ、増加することが示された(図4参照)。かかる結果を基に、エンザルタミドへの50%阻害濃度(IC50)を測定したところ、LN-CaP細胞株のIC50は12.1μMであったのに対して、C4-2AT6細胞株のIC50は94.3μMであった。
以上の結果から、C4-2AT6細胞株は、エンザルタミド非耐性株(LN-CaP細胞株)と比べ、エンザルタミドへの耐性が約7.8倍上昇したエンザルタミド耐性前立腺がん細胞株であることが確認された。
【実施例6】
【0045】
6.カバジタキセル耐性前立腺がん細胞株の樹立
転移性CRPC細胞株であるDU145細胞株を基に、カバジタキセル耐性前立腺がん細胞株の樹立を試みた。
【0046】
6-1 方法
[DU145CR細胞株の樹立]
DU145細胞株を、0.2nMのカバジタキセル(Carbosynth社製)存在下で培養し、徐々にカバジタキセル濃度を3nMまで上昇させながら約2年間培養することにより、DU145CR細胞株を樹立した。
【0047】
[DU145CR細胞株を用いたインビトロでの解析]
樹立したDU145CR細胞株と、DU145細胞株を、それぞれ96ウェルプレートで24時間培養し、各種濃度(0nM、1nM、2nM、4nM、8nM、及び16nM)のカバジタキセル存在下でさらに24時間培養した後、生細胞数を「Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System」(Takara Bio社製)を用いて測定した。
【0048】
[DU145CR細胞株を用いたインビボでの解析]
樹立した1×10個のDU145CR細胞株と、1×10個のDU145細胞株を、それぞれ、去勢したオスヌードマウス(BALB/C)の皮下に接種し、皮下腫瘍モデルマウス(DU145CRマウス及びDU145マウス)を作製した。腫瘍の大きさが200mm前後に達したとき、皮下腫瘍モデルマウスを4種類の群(DU145マウス群及びカバジタキセル投与DU145マウス群、並びにDU145CRマウス群及びカバジタキセル投与DU145CRマウス群)に分け、カバジタキセル投与DU145マウス群及びカバジタキセル投与DU145CRマウス群(それぞれn=5)には、10mg/kg(体重)のカバジタキセル(Carbosynth社製)を単回腹腔内投与した。なお、DU145マウス群及びDU145CRマウス群(それぞれn=5)には、カバジタキセルを投与しなかった。経口投与直後(0日)、並びに経口投与4日後、8日後、及び12日後に、腫瘍体積を測定し、平均値を算出した。
【0049】
6-2 結果
[DU145CR細胞株を用いたインビトロでの解析]
DU145CR細胞株の生細胞数は、いずれの濃度のカバジタキセル存在下においても、DU145細胞株の生細胞数と比べ、増加することが示された(図5A参照)。かかる結果を基に、カバジタキセルへのIC50を測定したところ、DU145細胞株のIC50は3.8nMであったのに対して、DU145CR細胞株のIC50は11.0nMであった。
以上の結果から、カバジタキセルへの耐性が約3倍上昇したカバジタキセル耐性前立腺がん細胞株(DU145CR細胞株)が樹立されたことが確認された。
【0050】
[DU145CR細胞株を用いたインビボでの解析]
経口投与12日後において、カバジタキセル投与DU145CRマウス群における腫瘍体積は、カバジタキセル投与DU145マウス群における腫瘍体積と比べ、約2倍に増加することが示された(図5B参照)。
以上の結果から、カバジタキセルへの耐性が約2倍上昇したカバジタキセル耐性前立腺がんモデル動物が作製されたことが確認された。
【実施例7】
【0051】
7.エンザルタミド耐性前立腺がん細胞株、及びカバジタキセル耐性前立腺がん細胞株に対する細胞増殖抑制効果
【0052】
[方法]
クロペラスチン類が、エンザルタミド耐性の前立腺がん、及びカバジタキセル耐性の前立腺がんに対して細胞増殖抑制効果を有することを確認するために、エンザルタミド耐性前立腺がん細胞株(C4-2AT6細胞株)と、カバジタキセル耐性前立腺がん細胞株(DU145CR細胞株)を用い、実施例2に記載の方法に従って、クロペラスチン類存在下での細胞増殖性を解析した。
【0053】
[結果]
C4-2AT6細胞株及びDU145CR細胞株を、クロペラスチン存在下で培養すると、クロペラスチン非存在下で培養した場合と比べ、濃度依存的に生細胞数が有意に減少することが示された(図6参照)。
この結果は、クロペラスチン類が、エンザルタミド耐性の前立腺がん、及びカバジタキセル耐性の前立腺がんに対して細胞増殖抑制効果を有することを示している。
【実施例8】
【0054】
8.前立腺がんモデルマウスに対する抗腫瘍効果
クロペラスチン類が、前立腺がんに対して抗腫瘍効果を有することを確認するために、転移性CRPCモデルマウス、及びカバジタキセル耐性前立腺がんモデルマウスに、クロペラスチン類を投与し、腫瘍体積の変化を解析した。
【0055】
[方法]
1×10個の転移性CRPC細胞株(DU145細胞株)を、去勢したオスヌードマウス(BALB/C)の皮下に接種し、皮下腫瘍モデルマウスを作製した。腫瘍の大きさが100mmに達したとき、皮下腫瘍モデルマウス(CRPCモデルマウス)を3種類の群(対照群、カバジタキセル投与群、及びクロペラスチン投与群)に分け、クロペラスチン投与群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)を、クロペラスチンに換算して12.5mg/kg(体重)/日の用量で連日経口投与し(図7Aの「クロペラスチン投与群」)、カバジタキセル投与群(n=5)には、10mg/kg(体重)のカバジタキセル(Carbosynth社製)を単回腹腔内投与した(図7Aの「カバジタキセル投与群」)。一方、対照群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩及びカバジタキセルのいずれも投与しなかった(図7Aの対照群)。
【0056】
また、実施例5で樹立した、1×10個のDU145CR細胞株を、去勢したオスヌードマウス(BALB/C)の皮下に接種し、皮下腫瘍モデルマウス(カバジタキセル耐性CRPCマウス)を作製した。腫瘍の大きさが100mmに達したとき、皮下腫瘍モデルマウスを3種類の群(対照群、カバジタキセル投与群、及びクロペラスチン投与群)に分け、クロペラスチン投与群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)を、クロペラスチンに換算して12.5mg/kg(体重)/日の用量で連日経口投与し(図7Bの「クロペラスチン投与群」)、カバジタキセル投与群(n=5)には、10mg/kg(体重)のカバジタキセル(Carbosynth社製)を単回腹腔内投与した(図7Bの「カバジタキセル投与群」)。一方、対照群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩及びカバジタキセルのいずれも投与しなかった(図7Bの「対照群」)。CRPCモデルマウス及びカバジタキセル耐性CRPCマウスそれぞれについて、クロペラスチン塩酸塩の経口投与直後(0日)、並びに経口投与4日後、8日後、12日後、及び16日後に、腫瘍体積を測定し、平均値を算出した。
【0057】
[結果]
CRPCモデルマウスにおいて、クロペラスチン投与群における腫瘍体積は、対照群における腫瘍体積と比べ、減少することが示された(図7A参照)。また、クロペラスチン投与群における腫瘍体積の減少レベルは、カバジタキセル投与群における腫瘍体積の減少レベルと比べ、高いことも示された。
【0058】
また、カバジタキセル耐性CRPCマウスについては、カバジタキセルの投与により、腫瘍体積の増加がほとんど抑制できなかったのに対して、クロペラスチンを投与することにより、腫瘍体積が大幅に減少することが示された(図7B参照)。
これらの結果により、クロペラスチン類が、CRPC、特にカバジタキセル耐性のCRPCに対しても、高い抗腫瘍効果を有することを、インビボでの解析により示された。
【実施例9】
【0059】
9.前立腺がん細胞に対する細胞増殖抑制効果及びアポトーシス誘導効果
クロペラスチン類が、CRPC及びカバジタキセル耐性のCRPCに対して細胞増殖抑制効果及びアポトーシス誘導効果を有することを確認するために、転移性CRPC細胞株(DU145細胞株及びPC3細胞株)をクロペラスチン類存在下で培養し、細胞増殖マーカー(Ki67)に対する抗体を用いた免疫組織染色法及びTUNEL(TdT-mediateddUTPnickendlabeling)法により解析した。
【0060】
[方法]
DU145細胞株及びDU145CR細胞株を、それぞれ96ウェルプレートで24時間培養し、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)が10μMとなるように培養液に添加し、さらに24時間培養した後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定した。固定処理した細胞を、1%BSA(Bovine Serum Albumin)溶液によりブロッキング処理し、抗Ki67抗体(Dako社製)を用いた1次抗体反応処理を、4℃条件下で一晩行った。その後、ペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体(ニチレイバイオサイエンス社製)を用いた2次抗体反応処理を行い、DAB(diamino benzidine)染色法を、DABトリス錠(武藤化学社製)を用いて行った。免疫組織染色した細胞サンプルを、位相差顕微鏡下で観察し(図8A参照)、Ki67陽性細胞の割合を算出した。また、上記固定処理した細胞を、In situ Apoptosis Detection Kit(タカラバイオ社製)を用いたTUNEL法を行った。TUNEL法により染色した細胞サンプルを、位相差顕微鏡下で観察し(図9A参照)、TUNEL陽性細胞(アポトーシスした細胞)の割合を算出した。
【0061】
[結果]
DU145細胞株及びDU145CR細胞株を、クロペラスチン存在下で培養すると、クロペラスチン非存在下で培養した場合と比べ、Ki67陽性細胞の割合が減少するとともに(図8参照)、TUNEL陽性細胞の割合が増加することが示された(図9参照)。
この結果は、クロペラスチン類が、カバジタキセル耐性等のCRPCに対して、細胞増殖抑制効果及びアポトーシス誘導効果を有することを示している。
【実施例10】
【0062】
10.抗がん剤との併用による、前立腺がん細胞株に対する細胞増殖抑制効果
クロペラスチン類について、既存の抗がん剤との併用効果を確認するために、クロペラスチン類とカバジタキセルとの併用による、前立腺がん細胞の増殖抑制効果を解析した。
【0063】
[方法]
実施例5で樹立したDU145CR細胞株を、96ウェルプレート上で24時間培養した後、5μM、又は10μMのクロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)と、2nM、又は4nMのカバジタキセル(Carbosynth社製)との存在下で、さらに24時間培養した後、生細胞数を「Premix WST-1 Cell Proliferation Assay System」(Takara Bio社製)を用いて測定した。また、コントロールとして、DU145CR細胞株を、クロペラスチン塩酸塩やカバジタキセルを含まない培養液中で培養した実験もあわせて行った。
【0064】
[結果]
DU145CR細胞株を、クロペラスチン及びカバジタキセルの両方の存在下で培養すると、クロペラスチン単独で培養した場合と比べ、いずれの濃度においても生細胞数が有意に減少することが示された(図10参照)。また、クロペラスチン及びカバジタキセルの併用係数(CI;Combination index)は0.60であった。
これらの結果は、クロペラスチン類をカバジタキセルと併用すると、クロペラスチン類を単独で使用した場合と比べ、前立腺がん細胞の細胞増殖抑制効果がさらに高まることを示すとともに、クロペラスチン類とカバジタキセルの併用により相乗効果が得られたことを示している。このため、前立腺がんに対して、クロペラスチン類を既存の抗がん剤と併用することにより、副作用を軽減しつつ、より高い抗腫瘍効果が得られることが十分期待できる。
【実施例11】
【0065】
11.抗がん剤との併用による、前立腺がんモデルマウスに対する抗腫瘍効果
クロペラスチン類について、既存の抗がん剤との併用効果を確認するために、クロペラスチン類とカバジタキセルとの併用による、前立腺がんモデルマウスに対する抗腫瘍効果を解析した。
【0066】
[方法]
実施例5で樹立した、5×10個のDU145CR細胞株を、去勢したオスヌードマウス(BALB/C)の皮下に接種し、皮下腫瘍モデルマウス(カバジタキセル耐性CRPCマウス)を作製した。腫瘍の大きさが100mmに達したとき、皮下腫瘍モデルマウスを4種類の群(対照群、カバジタキセル投与群、クロペラスチン投与群、及びクロペラスチン+カバジタキセル投与群)に分け、カバジタキセル投与群(n=5)には、10mg/kg(体重)のカバジタキセル(Carbosynth社製)を単回腹腔内投与し、クロペラスチン投与群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩(Sigma-Aldrich社製)を、クロペラスチンに換算して12.5mg/kg(体重)/日の用量で連日経口投与し、クロペラスチン+カバジタキセル投与群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩を、クロペラスチンに換算して12.5mg/kg(体重)/日の用量で連日経口投与するとともに、10mg/kg(体重)のカバジタキセル(Carbosynth社製)を単回腹腔内投与した。一方、対照群(n=5)には、クロペラスチン塩酸塩及びカバジタキセルのいずれも投与しなかった。カバジタキセル耐性CRPCマウスについて、経口投与直後(0日)、並びに経口投与4日後、8日後、及び12日後に、腫瘍体積を測定し、平均値を算出した。
【0067】
[結果]
クロペラスチン+カバジタキセル投与群における腫瘍体積は、クロペラスチン投与群における腫瘍体積と比べ、有意に減少した(図11参照)。
この結果は、クロペラスチン類を既存の抗がん剤と併用すると、クロペラスチン類を単独で使用した場合と比べ、前立腺がんの抗腫瘍効果がさらに高まることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、前立腺がん、とりわけ、最も難治性の前立腺がんであるカバジタキセル耐性の去勢抵抗性前立腺がんの予防又は治療に資するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11