(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-12
(45)【発行日】2023-07-21
(54)【発明の名称】保守管理装置、保守管理方法および保守管理プログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230713BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
G01N27/62 B
G01N30/72 C
G01N27/62 X
(21)【出願番号】P 2018174273
(22)【出願日】2018-09-18
【審査請求日】2021-08-12
(73)【特許権者】
【識別番号】591122956
【氏名又は名称】株式会社LSIメディエンス
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100146330
【氏名又は名称】本間 博行
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 進
(72)【発明者】
【氏名】松本 雅記
(72)【発明者】
【氏名】中山 敬一
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-314723(JP,A)
【文献】特開平05-322870(JP,A)
【文献】特開2012-145595(JP,A)
【文献】再公表特許第2014/132687(JP,A1)
【文献】特開2003-307507(JP,A)
【文献】特開平09-210874(JP,A)
【文献】特開2016-156689(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-G01N 27/70
G01N 1/00-G01N 1/44
G01N 30/00-G01N 30/96
G01N 35/00-G01N 35/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析装置の保守作業間において注入可能な試料量
を表す保守間隔決定指標を記憶する記憶装置と、
前記質量分析装置に注入された試料量に応じた情報を前記記憶装置に記憶させる分析部と、
前記注入された試料量に応じた情報に基づいて、注入された試料量を積算し、
前記質量分析装置に注入された試料量に応じた情報に基づいて定まる単位時間当たりに注入された試料量と、積算された試料量
及び前記保守間隔決定指
標の差分
とを用いて、次に保守作業を行うべき日にちを決定し、当該日にちを出力装置に出力させる保守管理部と、
品質を判定する基準として用いる所定の試料の検出感度を求め、所定の変動幅を逸脱した場合には前記出力装置に保守作業を促す情報を出力すると共に、前記保守間隔決定指標を修正する機械学習部と、
を備える保守管理装置。
【請求項2】
前記積算された試料量が、前記保守間隔決定指標に基づく閾値を超えた場合、前記出力装置を介して警告を出力する品質判定部を有する
請求項
1に記載の保守管理装置。
【請求項3】
質量分析装置に注入された試料量に応じた情報を記憶装置に記憶させる分析ステップと、
前記注入された試料量に応じた情報に基づいて、注入された試料量を積算し、
前記質量分析装置に注入された試料量に応じた情報に基づいて定まる単位時間当たりに注入された試料量と、積算された試料量
、及び前記記憶装置に格納されている、前記質量分析装置の保守作業間において注入可能な試料量
を表す保守間隔決定指
標の差分
とを用いて、次に保守作業を行うべき日にちを決定し、当該日にちを出力装置に出力させる保守管理ステップと、
品質を判定する基準として用いる所定の試料の検出感度を求め、所定の変動幅を逸脱した場合には前記出力装置に保守作業を促す情報を出力すると共に、前記保守間隔決定指標
を修正する機械学習ステップと、
をコンピュータが実行する保守管理方法。
【請求項4】
質量分析装置に注入された試料量に応じた情報を記憶装置に記憶させる分析ステップと、
前記注入された試料量に応じた情報に基づいて、注入された試料量を積算し、
前記質量分析装置に注入された試料量に応じた情報に基づいて定まる単位時間当たりに注入された試料量と、積算された試料量
、及び前記記憶装置に格納されている、前記質量分析装置の保守作業間において注入可能な試料量
を表す保守間隔決定指
標の差分
とを用いて、次に保守作業を行うべき日にちを決定し、当該日にちを出力装置に出力させる保守管理ステップと、
品質を判定する基準として用いる所定の試料の検出感度を求め、所定の変動幅を逸脱した場合には前記出力装置に保守作業を促す情報を出力すると共に、前記保守間隔決定指標を修正する機械学習ステップと、
をコンピュータに実行させる保守管理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置の保守を管理するための保守管理装置、保守管理方法および保守管理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析には、試料を液体クロマトグラフィーなどで分離し、対象となる物質をイオン化させて装置内部へ導入し、分子情報を得る手法がある。このような分析を繰り返した場合、装置内部は徐々に汚染され、対象物質の検出感度が低下する。また、感度の復旧には、質量分析計の電源を落として真空状態を解除し、汚染部位を洗浄する必要がある。この作業は、一般的には感度が低下した後に行われているが、装置の長期安定運用のためには、感度低下の前に洗浄作業を行うことが理想的である。
【0003】
汚染の原因としては、1.移動相溶媒による影響、2.設置場所の環境(大気中成分等)の影響、3.導入試料由来成分による影響が考えられる。
1の移動相溶媒による影響については、従来、液体クロマトグラフィーでの送液溶媒量をモニタリングして洗浄時期を通知するものが提案されている(たとえば特許文献1)。しかし、現行の分析装置では、ほとんどがイオン化部にて脱溶媒されるため装置内部へ導入される移動相溶媒量は極僅かと想定され、これ自体は汚染の主要因ではないと考えられる。
2の環境の影響については、イオン取り込み口にカウンターガス(またはコーンガス)として窒素などの不活性ガスを導入することによって汚染源となる大気中成分の流入を最小限に抑えている
現在、装置内部が汚れる原因のほとんどは3の試料由来成分が過剰に装置内部へ導入されることによるものと考えられている。しかし、精製された標準品(タンパク質)と血液中のタンパク質等の夾雑物を多く含む試料等、試料毎に装置内部の汚染とそれに伴う感度の低下度合が異なることに加え、測定目的毎に、測定者(使用者)によって測定試料が選択されることから、機械的に影響を回避するシステムは未だない。従って、使用者が、装置の感度低下があることを確認し、洗浄等の影響を回避する策を講じるのが通例である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
装置感度が低下する前に内部洗浄を行うことで各部品への汚染による蓄積ダメージを最小化し、部品寿命を延ばすことができる。また、分析の途中で感度不良になるとそれ以降のデータは使えなくなることもあるが、予め洗浄することで有限な試料を損失するような事態を回避できる。しかしながら、装置内部汚染の程度は溶媒量のみに依存するのではなく、適切な洗浄時期を決定するのは困難であった。そこで、本発明は、質量分析計を長期的に安定して運用するための技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る保守管理装置は、質量分析装置の保守作業間において注入可能な試料量に基づいて定められる保守間隔決定指標を記憶する記憶装置と、質量分析装置に注入された試料量に応じた情報を記憶装置に記憶させる分析部と、注入された試料量に応じた情報に基づいて、注入された試料量を積算し、積算された試料量及び保守間隔決定指標、又は積
算された試料量と保守間隔決定指標との差分を出力装置に出力させる保守管理部とを備える。
【0007】
保守間隔の基準として注入した試料量の積算値を用いることにより、感度の低下の予測精度を向上させることができる。すなわち、積算された試料量及び保守間隔決定指標、又は積算された試料量と保守間隔決定指標との差分に基づいて保守作業を行うことで、質量分析計を長期的に安定して運用することができるようになる。
【0008】
また、積算された試料量が、保守間隔決定指標に基づく閾値を超えた場合、出力装置を介して警告を出力する品質判定部を有するようにしてもよい。このようにすれば、ユーザに適切なタイミングで保守作業を促すことができる。
【0009】
また、質量分析装置に注入された試料量に応じた情報に基づいて定まる単位時間当たりに注入された試料量と、積算された試料量及び保守間隔決定指標の差分とを用いて、次に保守作業を行うべき日にちを決定し、出力装置に出力させるようにしてもよい。このようにすれば、ユーザは保守作業のスケジュールを立てやすくなる。
【0010】
また、品質を判定する基準として用いる所定の試料の検出感度を求め、所定の変動幅を逸脱した場合には出力装置に保守作業を促す情報を出力すると共に、保守間隔決定指標を修正する機械学習部をさらにそなえるようにしてもよい。このようにすれば、実際に生じた感度の低下に基づいて予測の精度を向上させることができる。
【0011】
なお、課題を解決するための手段に記載の内容は、本発明の課題や技術的思想を逸脱しない範囲で可能な限り組み合わせることができる。また、課題を解決するための手段の内容は、コンピュータ等の装置若しくは複数の装置を含むシステム、コンピュータが実行する方法、又はコンピュータに実行させるプログラムとして提供することができる。該プログラムはネットワーク上で実行されるようにすることも可能である。なお、当該プログラムを保持する記録媒体を提供するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0012】
質量分析計 を長期的に安定して運用するための技術を提供することができる。また、
試料の種類や質量分析計の設置場所の環境等に関わらず、使用者が容易に保守管理をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】液体クロマトグラフ質量分析装置の一例の概略構成を示す。
【
図2】通常の質量分析処理と共に実行される保守管理処理の一例を示す処理フロー図である。
【
図3】ディスプレイ等の入出力部に出力される情報の一例を示す図である。
【
図4】保守間隔学習処理の一例を示す処理フロー図である。
【
図5】標準品の測定値及びこれに関する情報の一例を示す図である。
【
図7】測定したタンパク質の累積濃度および標準品ペプチド感度のモニタリング結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態に係る液体クロマトグラフ質量分析装置の一例の概略構成を示す。液体クロマトグラフ質量分析装置10は、溶離液中の物質を分離し、定性分析や定量分析を行う。質量分析手法としては、例えば、ペプチドマスフィンガープリンティング法によるタンパク質同定や、MRM(Multiple Rea
ction Monitoring)法による個別あるいは複数分子の定量分析、ショットガン分析法に代表されるDDA(Data-Dependent Acquisition)分析、さらにはSWATHに代表されるDIA(Data-Independent Acquisition)分析などが挙げられる。
【0015】
図1に示される液体クロマトグラフ質量分析装置10は、液体クロマトグラフ(LC:Liquid Chromatography)20と、質量分析部(MS:Mass Spectrometry)30とを含む。LC20は、溶離液中の物質をカラムによって分離する。LC20は、送液部2と、試料注入部3と、カラム4とを含み、LC20には溶離液1が導入される。MS30は、試料をイオン化してスペクトルを得る。MS30は、イオン化部5と、分析部6と、検出部7と、データ処理装置8とを含み、廃液9を排出する。また、LC20とMS30とは、所定のインターフェースによって接続されている。
【0016】
送液部2は、ポンプ等であり、溶離液を一定の流量で圧力変動なく送液する。試料注入部3は、試料を流路に注入する装置であり、手動で注入するものであっても自動で注入するものであってもよい。カラム4は、筒状の内部に固定相を保持しており、溶離液の成分と固定相との作用によって溶離液の成分を分離する。
【0017】
イオン化部5は、カラムから送出される成分分子に例えば高電圧を印加しイオン化する。分析部6は、四重極質量分析計、イオントラップ質量分析計、磁場型質量分析計、飛行時間型質量分析計などであり、生成されたイオンを質量分離し、検出部7に送出する。検出部7は、イオンに応じた電気信号を出力する。
【0018】
データ処理装置8は、一般的なコンピュータであり、記憶装置81と、入出力装置82と、演算装置83とを備える。記憶装置81は、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等の主記憶装置、又はHDD(Hard-disk Drive)、S
SD(Solid State Drive)、eMMC(embedded Multi-Media Card)、フラッシュメモリ等の補助記憶装置であり、マイクロコントローラのようなプロセッサ(演算装置)が備えるメモリであってもよい。また、主記憶装置は、演算装置の作業領域を確保したりする。また、補助記憶装置は、本実施形態に係るプログラムやLC20へ注入された試料量を表す情報、その他のデータを記憶する。
【0019】
入出力装置82は、例えばキーボード、マウス、ディスプレイ、タッチパネル、LC20やMS30との信号線を介して情報を送受信するための所定のインターフェース等である。
【0020】
演算装置83は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサであり、プログ
ラムを実行することにより本実施の形態に係る処理を行う。
図1の例では、演算装置83の中に機能ブロックを示している。すなわち、演算装置83は、所定のプログラムを実行することにより、分析部831、品質判定部832、保守管理部833、機械学習部834として機能する。分析部831は、検出部7が出力する検出信号に基づいて、マススペクトルやマスクロマトグラム等のデータを生成し、例えばディスプレイ等の入出力装置82に出力させる。品質判定部832は、予め成分のわかっている標準的なサンプルのイオン強度を測定した結果に基づいて、検出感度が良好であるか判定する。保守管理部833は、LC20に注入された試料量と、目安となる所定の基準量とに基づいて、液体クロマトグラフ質量分析装置のクリーニングや部品交換等のような保守作業を行うべきタイミングを予測する。機械学習部834は、品質判定部832の判定結果に基づいて上述した目安となる所定の基準量を修正する。
【0021】
<保守管理処理>
図2は、通常の質量分析処理と共に実行される保守管理処理の一例を示す処理フロー図
である。なお、データ処理装置8の分析部831が質量分析処理を行うとき、試料種、試料濃度(W/V)、試料体積(V)、試料量(W)、試料注入回数、移動相流速情報、ガスの流量やヒーター温度等の分析条件を、例えば入出力装置82を介してユーザが入力し、記憶装置81に格納しておくものとする。
【0022】
データ処理装置8の保守管理部833は、LC20に注入された試料量を表す情報を記憶装置81から取得する(
図2:S1)。本ステップでは、前回の保守作業以降にLC20に注入された試料量を取得する。また、試料量の代わりに、試料濃度及び試料体積を取得し、試料量を算出するようにしてもよい。すなわち、本ステップでは、試料量、又は試料濃度及び試料体積のような質量分析装置に注入された試料量に応じた情報を少なくとも取得するものとする。なお、更に、試料種、試料注入回数、移動相流速情報等を取得し、後の品質判定に用いるようにしてもよい。
【0023】
また、保守管理部833は、記憶装置81から保守間隔決定指標を取得する(S2)。保守間隔決定指標は、次にクリーニング等の保守作業を行うべき時期までにLC20に注入できる試料量を表す値である。保守間隔決定指標は、予め記憶装置81に記憶させておくものとする。
【0024】
また、保守管理部833は、LC20に注入された試料量の積算値と保守間隔決定指標とに基づいて、次の保守作業を行うべき目安となる日にちを算出する(S3)。本ステップでは、前回の保守作業以降にLC20に注入された試料量を積算する。また、積算値と保守間隔決定指標との差分に基づいて、次の保守作業が必要になるまでにLC20に注入できる試料量を算出する。また、次の保守作業が必要になるまでにLC20に注入できる試料量と、例えば1日のような単位時間あたりに注入される試料量とに基づいて、次に保守作業が必要になる日にち(次回の保守時期)を算出する。また、保守管理部833は、入出力装置82を介して次回の保守時期を表示するようにしてもよい。
【0025】
図3は、ディスプレイ等の入出力装置82に出力される情報の一例を示す図である。
図3の例では、入力された分析条件(「分析条件入力」)、次回の保守時期を示す予測された感度低下時期(「予測感度低下時期」)、装置の保守や分析に関する履歴(「装置保守・分析履歴」)を表す情報が表示されている。「分析条件入力」の欄には、現在の感度許容範囲、感度品質チェック、分析移動相流速、注入試料分類、注入試料濃度、注入試料数、質量分析計分析メソッドの各情報が出力されている。現在の感度許容範囲は、例えば、予め成分がわかっている標準品を用いて所定期間内に測定されたイオン強度の標準偏差の3倍の範囲である。また、感度品質チェックは、開始時及び終了時のイオン強度の値である。「予測感度低下時期」の欄には、測定試料種及び濃度の基準と、これを用いた場合に感度低下が生じるまでの測定回数の予測値が表示されている。「装置保守・分析履歴」の連には、前回のクリーニング日、部品交換履歴、累積測定数、累積分析試料種・負荷量、前回クリーニングからの測定数、前回クリーニングからの分析試料種と負荷量が表示されている。S3においては、次回の保守時期の他、
図3に示したような情報を出力するようにしてもよい。
【0026】
また、保守管理部833は、注入された試料量の積算値が所定の閾値を超えるか判断する(
図2:S4)。本ステップでは、例えば、所定の閾値として保守間隔決定指標に基づく値を用いる。すなわち、例えば、次回の保守時期が所定以上近づいた場合に閾値を超えると判断する。閾値を超えると判断された場合(S4:YES)、保守管理部833は警告を出力する(S5)。本ステップでは、感度低下の発生が近づいていることをユーザに通知するための情報が、ディスプレイ等の入出力装置82に出力される。以上で、保守管理処理を終了する。
【0027】
<保守間隔学習処理>
図4は、本実施形態に係る保守間隔学習処理の一例を示す処理フロー図である。保守間隔学習処理では、感度低下が生じて保守作業を行った場合に保守間隔決定指標を機械学習し、予測の精度を向上させる。本実施形態では、定期的にまたは質量分析処理の実施に伴い、予め成分のわかっている標準品のイオン強度を測定し、測定品質を判定する。標準品を測定した結果を表すデータは、記憶装置81に記憶されるものとする。
【0028】
データ処理装置8の品質判定部832は、記憶装置81から標準品の測定結果を取得する(
図4:S11)。本ステップでは、上述した標準品のイオン強度が取得される。
【0029】
図5は、標準品の測定値及びこれに関する情報の一例を示す図である。
図5の表は、標準品分析日の各日にちに測定された標準品のイオン強度の値が示されている。S11においては例えばこのような情報が取得される。なお、標準品の数は6には限定されない。
【0030】
また、保守管理部833は、標準品のイオン強度の最新の測定値が所定の変動幅を超えたか判断する(
図4:S12)。本ステップでは、所定の変動幅として、所定期間の標準偏差に基づく許容範囲を定義しておくようにしてもよい。例えば、
図5に示した6日間の標準偏差(SD)の3倍の値(
図5:3SD)を所定の変動幅としてもよい。所定の変動幅は、一定期間中の標準品検出感度の変動値から算出された安定運用時の平均的な変動幅である。これを用いて、許容される感度の上限値及び下限値を決定することができる。S12においては、この上限値または下限値を超えて変動した場合に所定の変動幅を超えたと判断する。繰り返し分析作業を行った場合、質量分析装置の内部は分析試料由来の物質やクロマトグラフからの移動相溶媒の影響、分析装置設置場所の環境中物質の影響等により、検出感度の低下が生じる。
【0031】
所定の変動幅を超えた場合(S12:YES)、品質判定部832は警告を出力すると共に、データ処理装置8の機械学習部834は保守間隔決定指標を修正するための機械学習を行う(S13)。
【0032】
図6は、出力される警告の一例を示す図である。
図6は、感度低下が生じたことを通知すると共に、保守作業を促すためのメッセージが表示されている。S13においてはこのような情報が、ディスプレイ等の入出力装置82に出力される。
【0033】
なお、この場合、ユーザは、液体クロマトグラフ質量分析装置10の保守作業としてクリーニングを行う。クリーニングにはLC20、MS30を停止させ、装置内部を大気圧に戻した後、LC20及びMS30を分解してクリーニングを行う。また、クリーニング後は、LC20及びMS30を組み上げると共に、ユーザは入出力装置82を介して記憶装置81に保守作業を実施した旨の履歴情報を記憶させる。このような真空解除や洗浄、再度真空にする操作には時間を要するため、感度低下の予測を精度よく行うことで作業の効率を向上させることができる。
【0034】
また、保守作業の完了後は改めて標準品のイオン強度を測定する。ここで感度の改善が得られない場合は、問題のある部品を交換する。これにより感度が回復した場合は、ユーザは入出力装置82を介して記憶装置81に部品の交換を実施した旨の履歴情報を記憶させる。
【0035】
また、S13において、機械学習部834は、既存の機械学習手法を利用し、前回の保守作業から感度の低下が生じるまでに測定した試料量を教師値として、保守間隔決定指標を修正する。このようにすれば、保守サイクルの予測精度を向上させることができる。
【0036】
<効果>
注入された試料量(溶質量)に基づいて感度の低下を予測することで、例えば溶媒量を基準とするよりも予測の精度を向上させることができる。質量分析装置の好ましい保守時期を提示することができ、分析処理中の感度低下により試料を無駄にすることを抑制できる。また、提示される保守時期に基づいて、長期的な分析スケジュールを立てることもできるようになる。したがって、特に繁盛期のトラブル回避や長期的な安定運用につながる。
【0037】
<実施例>
図1に示した液体クロマトグラフ質量分析装置10を用いて、以下の処理を行った。
1:毎日、分析前と分析後に標準ペプチド12種(フナコシ社製:MRMplus Retention Time Marker)を測定し、検出感度を記録した。なお、使用する標準ペプチドは分子量50
0~5000Daのものを使用し、LC10の保持時間に偏りがなく溶出するものを選択した。
2:インジェクションする試料(培養細胞由来総タンパク質の消化物)の総タンパク質濃度とインジェクション量および測定流速、その他分析情報(ガス流量・ヒーター温度・コーン電圧)を記録し、分析を行った。分析は、QTRAP6500(Sciex社製)によるMRM分析を行った。
3:装置洗浄作業やパーツ交換履歴を記録した。
4:1~3の情報を都度PCに入力した。
5:分析装置設置日(20150809)から、あるいは装置洗浄後一週間の運用時の平均検出感度を基準感度とし、3SDの範囲内を安定運用状態として設定した。
6:安定運用範囲から逸脱した場合、感度異常エラーとして判断し、装置電源を落とし保守クリーニングを実施した。
7:1~7までの操作を数度繰り返し、試料分析量と装置感度低下の関係から、装置洗浄タイミングの事前把握することが可能となった。
【0038】
図7に、測定したタンパク質の累積濃度および標準品ペプチド感度のモニタリング結果のグラフを示す。装置設置あるいは洗浄操作後一週間の標準品ペプチド感度モニタリングを行い、感度変動の許容誤差範囲を決定した。その後実際のタンパク質消化物(100ng/μL濃度試料を2μL注入)の試料測定を行い、その都度標準品ペプチド感度をモニタリングした。感度変動の許容誤差範囲から逸脱した場合、装置の保守クリーニングを行い、引き続き同様の感度モニタリングを実施した。その結果、該装置使用設置環境にてタンパク質消化物100ng/μLを2μL注入する測定では、装置保守クリーニング後、200試料測定、累積タンパク質注入量40μgにて感度異常エラーを生じることが再現された。この情報から分析
試料濃度に代表される測定条件を記録し、標準品測定による装置感度モニタリング情報を照合することで、装置の保守クリーニングの時期をあらかじめ予測し、分析の安定運用をすることに成功した。
【0039】
<その他>
上述の実施形態および変形例は例示であり、本発明は上述した構成には限定されない。また、実施形態および変形例に記載した内容は、本発明の課題や技術的思想を逸脱しない範囲で可能な限り組み合わせることができる。
【0040】
図1に示したデータ処理装置8は、本発明に係る「保守管理装置」に相当する。なお、
図1の例ではデータ処理装置8が保守管理等を行うものとして説明したが、質量分析を行う装置とは別に保守管理装置を設けるようにしてもよい。
【0041】
保守間隔決定指標は、
図7に例示したように、次回保守時期までの試料測定回数等であってもよい。
【0042】
また、本発明は、上述した処理を実行する方法やコンピュータプログラム、当該プログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体を含む。当該プログラムが記録された記録媒体は、プログラムをコンピュータに実行させることにより、上述の処理が可能となる。
【0043】
ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、データやプログラム等の情報を電気的、磁気的、光学的、機械的、または化学的作用によって蓄積し、コンピュータから読み取ることができる記録媒体をいう。このような記録媒体のうちコンピュータから取り外し可能なものとしては、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、光ディスク、磁気テープ、メモリカード等がある。また、コンピュータに固定された記録媒体としては、HDDやSSD(Solid State Drive)、ROM等がある。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、実用的に、質量分析計を長期安定運用することが可能となり、分析試料や測定時間に制限がある臨床検査等に使用することができる。
【符号の説明】
【0045】
10 :液体クロマトグラフ質量分析装置
20 :LC
30 :MS
1 :溶離液
2 :送液部
3 :試料注入部
4 :カラム
5 :イオン化部
6 :分析部
7 :検出部
8 :データ処理装置
81 :記憶装置
82 :入出力装置
83 :演算装置
831 :分析部
832 :品質判定部
833 :保守管理部
834 :機械学習部
9 :廃液