(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-12
(45)【発行日】2023-07-21
(54)【発明の名称】フォトンアップコンバージョンフィルムおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/20 20060101AFI20230713BHJP
C09K 11/06 20060101ALI20230713BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
G02B5/20
C09K11/06
C09K3/00 T
(21)【出願番号】P 2023510487
(86)(22)【出願日】2022-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2022024021
【審査請求日】2023-02-13
(31)【優先権主張番号】P 2021176122
(32)【優先日】2021-10-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591023594
【氏名又は名称】和歌山県
(73)【特許権者】
【識別番号】000003964
【氏名又は名称】日東電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【氏名又は名称】籾井 孝文
(72)【発明者】
【氏名】森 岳志
(72)【発明者】
【氏名】森 智博
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 茜
(72)【発明者】
【氏名】増田 剛
(72)【発明者】
【氏名】竿本 仁志
(72)【発明者】
【氏名】川口 麻未
(72)【発明者】
【氏名】宮武 稔
(72)【発明者】
【氏名】松田 祥一
(72)【発明者】
【氏名】葛田 真郷
【審査官】藤岡 善行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/087813(WO,A1)
【文献】特開2018-35025(JP,A)
【文献】国際公開第2016/204301(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/20
C09K 11/06
C09K 3/00
C08J 9/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、
第1の波長領域λ1にある光を吸収可能な増感成分と、該第1の波長領域λ1よりも短波長である第2の波長領域λ2にある光を放射可能な発光成分と、を少なくとも含み、
該増感成分および該発光成分が、該マトリックスと該空隙部との界面に存在する、
フォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項2】
空隙率が5.0体積%~60.0体積%である、請求項1に記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項3】
前記空隙部が、独立した気泡と複数の気泡が連続した連続気泡構造とを有する、請求項1または2に記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項4】
前記樹脂が、ポリスチレンスルホン酸塩、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール系樹脂およびセルロース系樹脂から選択される水溶性樹脂である、請求項1から3のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項5】
前記樹脂が、(メタ)アクリル系樹脂およびポリスチレンから選択される油溶性樹脂である、請求項1から3のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項6】
前記樹脂1gに対して、前記増感成分を7.00×10
-9mol~5.00×10
-6molおよび前記発光成分を5.00×10
-6mol~7.00×10
-5mol含む、請求項1から5のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項7】
前記第1の波長領域λ1が510nm~550nmであり、前記第2の波長領域λ2が400nm~500nmであり、前記増感成分が下記化合物であり、および、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
<増感成分>
【化1】
<発光成分>
【化2-1】
【化2-2】
【請求項8】
前記第1の波長領域λ1が610nm~650nmであり、前記第2の波長領域λ2が500nm~600nmであり、前記増感成分が下記化合物であり、および、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
<増感成分>
【化3】
<発光成分>
【化4】
【請求項9】
前記第1の波長領域λ1が700nm~810nmであり、前記第2の波長領域λ2が500nm~700nmであり、前記増感成分が下記化合物であり、および、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
<増感成分>
【化5】
<発光成分>
【化6】
【化7】
【請求項10】
前記第1の波長領域λ1が700nm~730nmであり、前記第2の波長領域λ2が400nm~500nmであり、前記増感成分が下記化合物であり、および、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
<増感成分>
【化8】
<発光成分>
【化9】
【請求項11】
前記第1の波長領域λ1が410nm~500nmであり、前記第2の波長領域λ2が300nm~400nmであり、前記増感成分が下記化合物であり、および、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
<増感成分>
【化10】
<発光成分>
【化11】
【請求項12】
前記増感成分が量子ドットであり、前記発光成分が下記化合物である、請求項1から6のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム:
【化12】
【化13】
【請求項13】
-196℃~180℃の温度範囲において、アップコンバージョン発光可能な、請求項1から12のいずれかに記載のフォトンアップコンバージョンフィルム。
【請求項14】
水溶性樹脂の水溶液と増感成分および発光成分の油性溶媒溶液または油性溶媒分散液とから水中油滴型エマルションを調製すること;
該水中油滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;
該塗膜を乾燥させること;および
乾燥塗膜に外力および/または熱を付加して、該水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、該増感成分および該発光成分が該マトリックスと該空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;
を含む、フォトンアップコンバージョンフィルムの製造方法。
【請求項15】
油溶性樹脂の油性溶媒溶液と増感成分および発光成分の水溶液または水分散液とから油中水滴型エマルションを調製すること;
該油中水滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;
該塗膜を乾燥させること;および
該乾燥により、該油溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、該増感成分および該発光成分が該マトリックスと該空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;
を含む、フォトンアップコンバージョンフィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォトンアップコンバージョンフィルムおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
低エネルギーの光を高エネルギーの光に変換するフォトンアップコンバージョン(以下、単に「アップコンバージョン」と称する場合がある)技術は、太陽電池または太陽光発電、光触媒、バイオイメージング、光学機器等の様々な分野への応用が期待されている。有機材料におけるアップコンバージョン発光として、三重項状態の分子同士が衝突して起こる三重項-三重項消滅(TTA)を利用した技術が知られている。TTAを利用するアップコンバージョンのうち、ドナー化合物とアクセプター化合物を溶媒に溶解した溶液系では、ドナー化合物分子とアクセプター化合物分子の拡散によりエネルギーの授受が効率的に行われる。一方で、溶液系では実用化できる分野が限定的になってしまうという問題がある。
【0003】
上記のような事情から、固体状態でのアップコンバージョン発光の研究開発が進められている。しかし、固体状態では分子の拡散がほとんど起こらないので、TTAを効率的に利用することができないという問題がある。例えば、ドナー化合物とアクセプター化合物を導入した樹脂フィルムが検討されているが、そのアップコンバージョン発光強度は不十分である。
【0004】
加えて、従来のアップコンバージョン技術は、低強度の光(例えば、太陽光)の変換が不十分であり、近赤外光から可視光への変換が特に不十分である。また、従来のアップコンバージョン技術によれば、空気中でのアップコンバージョンも、その性能が不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記従来の課題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、空気中であっても、または、低強度の光であっても、高効率のアップコンバージョンが可能なフォトンアップコンバージョンフィルムおよびその簡便な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態によるフォトンアップコンバージョンフィルムは、樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、第1の波長領域λ1にある光を吸収可能な増感成分と、該第1の波長領域λ1よりも短波長である第2の波長領域λ2にある光を放射可能な発光成分と、を少なくとも含み、該増感成分および該発光成分が、該マトリックスと該空隙部との界面に存在する。
1つの実施形態においては、上記フォトンアップコンバージョンフィルムは、空隙率が5.0体積%~60.0体積%である。
1つの実施形態においては、上記空隙部は、独立した気泡と複数の気泡が連続した連続気泡構造とを有する。
1つの実施形態においては、上記樹脂は、ポリスチレンスルホン酸塩、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール系樹脂およびセルロース系樹脂から選択される水溶性樹脂である。別の実施形態においては、上記樹脂は、(メタ)アクリル系樹脂およびポリスチレンから選択される油溶性樹脂である。
1つの実施形態においては、上記フォトンアップコンバージョンフィルムは、上記樹脂1gに対して、上記増感成分を7.00×10
-9mol~5.00×10
-6molおよび上記発光成分を5.00×10
-6mol~7.00×10
-5mol含む。
1つの実施形態においては、上記第1の波長領域λ1は510nm~550nmであり、上記第2の波長領域λ2は400nm~500nmであり、上記増感成分は下記化合物であり、および、上記発光成分は下記化合物である:
<増感成分>
【化1】
<発光成分>
【化2-1】
【化2-2】
1つの実施形態においては、上記第1の波長領域λ1は610nm~650nmであり、上記第2の波長領域λ2は500nm~600nmであり、上記増感成分は下記化合物であり、および、上記発光成分は下記化合物である:
<増感成分>
【化3】
<発光成分>
【化4】
1つの実施形態においては、上記第1の波長領域λ1は700nm~810nmであり、上記第2の波長領域λ2は500nm~700nmであり、上記増感成分は下記化合物であり、および、上記発光成分は下記化合物である:
<増感成分>
【化5】
<発光成分>
【化6】
【化7】
1つの実施形態においては、上記第1の波長領域λ1は700nm~730nmであり、上記第2の波長領域λ2は400nm~500nmであり、上記増感成分は下記化合物であり、および、上記発光成分は下記化合物である:
<増感成分>
【化8】
<発光成分>
【化9】
1つの実施形態においては、上記第1の波長領域λ1は410nm~500nmであり、上記第2の波長領域λ2は300nm~400nmであり、上記増感成分は下記化合物であり、および、上記発光成分は下記化合物である:
<増感成分>
【化10】
<発光成分>
【化11】
1つの実施形態においては、上記増感成分は量子ドットであり、上記発光成分は下記化合物である:
【化12】
【化13】
1つの実施形態においては、上記フォトンアップコンバージョンフィルムは、-196℃~180℃においてアップコンバージョン発光可能である。
本発明の別の局面によれば、フォトンアップコンバージョンフィルムの製造方法が提供される。そのうちの1つの製造方法は、水溶性樹脂の水溶液と増感成分および発光成分の油性溶媒溶液または油性溶媒分散液とから水中油滴型エマルションを調製すること;該水中油滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;該塗膜を乾燥させること;および、乾燥塗膜に外力および/または熱を付加して、該水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、該増感成分および該発光成分が該マトリックスと該空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;を含む。
別の製造方法は、油溶性樹脂の油性溶媒溶液と増感成分および発光成分の水溶液または水分散液とから油中水滴型エマルションを調製すること;該油中水滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;該塗膜を乾燥させること;および、該乾燥により、該油溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、該増感成分および該発光成分が該マトリックスと該空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明の実施形態によれば、フォトンアップコンバージョンフィルムをマトリックスと空隙部とを有する多孔質フィルムで構成し、マトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を存在させることにより、空気中であっても、または、低強度の光であっても、高効率のアップコンバージョンが可能なフォトンアップコンバージョンフィルムを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】アップコンバージョンのメカニズムを説明するエネルギーレベルの概念図である。
【
図2】本発明の実施形態によるアップコンバージョンフィルムの製造方法において、基材から剥離する前後の乾燥塗膜の状態を比較して示すマイクロスコープ画像である。
【
図3】実施例1のアップコンバージョンフィルムに太陽光程度の低強度の光が入射した時のアップコンバージョンを示す写真画像である。
【
図4】実施例3のアップコンバージョンフィルムの断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真画像である。
【
図5】実施例7のアップコンバージョンフィルムの断面の走査電子顕微鏡(SEM)写真画像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。
【0011】
A.フォトンアップコンバージョンフィルム
A-1.フォトンアップコンバージョンのメカニズム
図1を参照してアップコンバージョンのメカニズムを説明する。まず、ドナーが入射光を吸収し、励起一重項状態S
Dからの系間交差により励起三重項状態T
Dが生成される。次いで、ドナーからアクセプターへ三重項-三重項エネルギー移動(TTET)が生じ、アクセプターの励起三重項状態T
Aが生成される。次に、励起三重起状態T
Aにあるアクセプター同士が拡散・衝突することにより、三重項-三重項消滅(TTA)が起こる。その結果、アクセプターの高い励起一重項エネルギー状態S
Aが生成される。この高い励起一重項エネルギー状態S
Aからアップコンバージョン光(励起光よりも大きなエネルギーをもつ光)が発せられる。
【0012】
A-2.フォトンアップコンバージョンフィルムの全体構成
本発明の実施形態によるフォトンアップコンバージョンフィルム(以下、単に「アップコンバージョンフィルム」と称する場合がある)は、樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有する。すなわち、アップコンバージョンフィルムは、代表的には多孔質フィルムである。アップコンバージョンフィルムは、第1の波長領域λ1にある光を吸収可能な増感成分(ドナー)と、第1の波長領域λ1よりも短波長である第2の波長領域λ2にある光を放射可能な発光成分(アクセプター)と、を少なくとも含む。本発明の実施形態においては、増感成分および発光成分は、多孔質フィルムのマトリックスと空隙部との界面に存在する。代表的には、増感成分および発光成分は混合された状態で、マトリックスと空隙部との界面に存在する。代表的には、増感成分および発光成分は、エネルギー移動が可能となるように互いに近傍に位置している。後述のB項で説明する製造方法により、増感成分および発光成分を多孔質フィルムのマトリックスと空隙部との界面に存在させることができる。増感成分および発光成分がマトリックスと空隙部との界面に存在することは、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)の結果と、走査電子顕微鏡(SEM)写真画像とに基づいて確認できる。なお、増感成分および発光成分の存在位置確認方法は、後の実施例で詳述する。アップコンバージョンフィルムを多孔質フィルムで構成し、マトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を存在させることにより、増感成分および発光成分を単に混合した樹脂フィルムで構成されるアップコンバージョンに比べて、最大で数百倍程度のアップコンバージョン発光強度を実現することができる。このような利点のかなりの部分は、アップコンバージョンフィルムを多孔質フィルムで構成することにより得られ得る。より詳細には、以下のメカニズムによるものであり得ると推定される:アップコンバージョンフィルムを多孔質フィルムで構成することにより、アップコンバージョン光がフィルム内部で拡散および散乱を繰り返すことにより、フィルムからの光取り出し効率を飛躍的に向上させることができ、かつ、三重項励起子の失活の要因となり得る増感成分分子および/または発光成分分子の凝集を顕著に抑制することができる。さらに、マトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を存在させることにより、増感成分および発光成分がマトリックスの樹脂分子の絡み合い内部に取り込まれることが抑制され、その結果、拡散および衝突の頻度を格段に高くすることができる。なお、本願明細書で説明するメカニズムはあくまでも推定であり、他のメカニズムの可能性を否定するものではなく、本発明を拘束するものでもない。
【0013】
1つの実施形態において、フォトンアップコンバージョンフィルムは、-196℃~180℃の温度範囲において、アップコンバージョン発光可能である。増感成分および発光成分は、溶媒に溶解された液体状態で存在すると、溶媒の融点以下でのアップコンバージョン発光が困難となる。これに対して、本実施形態におけるフォトンアップコンバージョンフィルムに含まれる増感成分および発光成分は、液体状態とは異なり、固体状態(あるいは相対的に液体よりも固体に近い状態)で存在していると推察される。そのため、フォトンアップコンバージョンフィルムは、-196℃~180℃の温度範囲の全域にわたって、アップコンバージョン発光可能である。
【0014】
アップコンバージョンフィルムの空隙率は、好ましくは5.0体積%~60体積%であり、より好ましくは7.0体積%~60体積%であり、さらに好ましくは7.0体積%~50体積%である。空隙率がこのような範囲であれば、マトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を適切に存在させることができる。空隙率は、アップコンバージョンフィルムの製造において、水中油滴型エマルションの油滴の割合または油中水滴型エマルションの水滴の割合を調整することにより制御され得る。アップコンバージョンフィルムの製造方法の詳細は、後述のB項で説明する。なお、空隙率は、例えば、エリプソメーターで測定した屈折率の値から、Lorentz-Lorenz’s formula(ローレンツ-ローレンツの式)より算出してもよく、走査型電子顕微鏡(SEM)画像から任意の適切な画像解析処理により求めてもよい。
【0015】
アップコンバージョンフィルムの面密度は、好ましくは0.002g/cm2~0.006g/cm2であり、より好ましくは0.0025g/cm2~0.0055g/cm2であり、さらに好ましくは0.003g/cm2~0.005g/cm2である。面密度がこのような範囲であれば、上記所望の空隙率の実現が容易である。面密度は、例えば、所定の形状に打ち抜いた試験試料の重量を電子天秤で測定し、試験試料主面の面積で除することにより求めることができる。
【0016】
アップコンバージョンフィルムの密度は、好ましくは0.3g/cm3~1.7g/cm3であり、より好ましくは0.35g/cm3~1.6g/cm3であり、さらに好ましくは0.4g/cm3~1.5g/cm3である。密度がこのような範囲であれば、上記所望の空隙率の実現が容易である。密度は、例えば、所定の形状に打ち抜いた試験試料の重量を電子天秤で測定し、試験試料の体積で除することにより求めることができる。
【0017】
アップコンバージョンフィルムは、任意の適切な微細孔を有する多孔質フィルムであり得る。言い換えれば、アップコンバージョンフィルムの空隙部は、任意の適切な微細孔構造を有し得る。1つの実施形態においては、空隙部は、軽石のような微細孔構造を有していてもよい。また、後述のB項で説明するように、空隙部は、例えば水中油滴型エマルションの乾燥塗膜において圧縮された油滴部分に外力および/または熱が付加されて、圧縮された油滴部分の圧力が解放され疑似発泡したような状態となることにより形成され得ると推定され得る。したがって、1つの実施形態においては、空隙部は、疑似発泡構造(気泡構造)を有していてもよい。
【0018】
空隙部は、独立した気泡のみで構成されてもよく、複数の気泡が連続した連続気泡構造を有していてもよく、これらの組み合わせで構成されていてもよい。
【0019】
空隙部の空隙(孔)の平均サイズは、好ましくは0.2μm~400μmであり、より好ましくは0.2μm~200μmであり、さらに好ましくは0.2μm~100μmである。空隙(孔)の平均サイズがこのような範囲であれば、マトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を適切に存在させることができる。空隙(孔)の平均サイズは、アップコンバージョンフィルムの製造において、水中油滴型エマルションの油滴の平均サイズまたは油中水滴型エマルションの水滴の平均サイズを調整することにより制御され得る。空隙(孔)の平均サイズは、BET試験法で測定してもよく、SEM画像から任意の適切な画像解析処理により定量化することもできる。
【0020】
アップコンバージョンフィルムの厚みは、好ましくは5μm~200μmであり、より好ましくは10μm~150μmであり、さらに好ましくは15μm~100μmである。アップコンバージョンフィルムの厚みがこのような範囲であれば、フィルムの厚み方向全域にわたって所望の空隙部を良好に形成することができる。厚みが大きすぎると、フィルムの厚み方向中心部に空隙が形成されず、結果として、所望のアップコンバージョンが実現できない場合がある。厚みが小さすぎると、フィルムの形状を維持できない場合がある。
アップコンバージョンフィルムの空隙部には、液体(代表的には増感成分および発光成分を含む液体)が充填されていない。そのため、フィルム形状(特に上記のような薄厚のフィルム形状)に形成しても、液体がアップコンバージョンフィルムの表面に染み出すことがなく、アップコンバージョンフィルムを種々の産業製品に好適に採用し得る。なお、アップコンバージョンフィルムの空隙部が液体で充填されていなければ、アップコンバージョンフィルムの製造に用いられる溶媒が、アップコンバージョンフィルム中に残存していてもよい。空隙部内には、例えば、溶媒の蒸気、または水蒸気のような気体、もしくは色素を膨潤させたペレット状のような形態のものが存在すると推察される。
【0021】
A-3.マトリックス
マトリックスは、上記のとおり樹脂で構成される。樹脂は、アップコンバージョンフィルムの製造方法に応じて適切に選択され得る。具体的には、樹脂は、水溶性樹脂であってもよく、油溶性樹脂であってもよい。
【0022】
水溶性樹脂としては、マトリックスが形成される限りにおいて任意の適切な水溶性樹脂を用いることができる。水溶性樹脂の具体例としては、ポリスチレンスルホン酸塩、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール系樹脂、セルロース系樹脂が挙げられる。ポリスチレンスルホン酸塩としては、例えば、ポリスチレンスルホン酸ナトリウムが挙げられる。ポリエチレンイミンとしては、例えばポリエチレンイミン塩酸塩が挙げられる。ポリビニルアルコール系樹脂としては、例えば、ポリビニルアルコール、アミン変性ポリビニルアルコール、カルボン酸変性ポリビニルアルコールが挙げられる。セルロース系樹脂としては、例えばヒドロキシエチルセルロースが挙げられる。
【0023】
油溶性樹脂もまた、マトリックスが形成される限りにおいて任意の適切な油溶性樹脂を用いることができる。油溶性樹脂の具体例としては、(メタ)アクリル系樹脂、ポリスチレン、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂が挙げられる。(メタ)アクリル系樹脂としては、例えば、ポリメチルメタクリレート(PMMA)が挙げられる。ポリエステル系樹脂としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)が挙げられる。
【0024】
マトリックスを構成する樹脂と増感成分および発光成分とのハンセン溶解度パラメータ(HSP)距離Raは、それぞれ、例えば10(MPa)1/2以上であり、また例えば11(MPa)1/2以上であり、好ましくは12(MPa)1/2以上であり、より好ましくは15(MPa)1/2以上であり、さらに好ましくは18(MPa)1/2以上である。一方、マトリックスを構成する樹脂と増感成分および発光成分とのHSP距離Raは、それぞれ、例えば25(MPa)1/2以下であり、好ましくは23(MPa)1/2以下であり、より好ましくは21(MPa)1/2以下である。HSP距離Raがこのような範囲であるということは、マトリックスを構成する樹脂と増感成分および発光成分のそれぞれとの親和性が低いことを意味している。その結果、増感成分および発光成分のマトリックス中への移動が顕著に抑制され、B項で後述する製造方法による効果との相乗的な効果により、増感成分および発光成分を多孔質フィルムのマトリックスと空隙部との界面に存在させることができる。
【0025】
HSPは、ヒルデブランド(Hildebrand)溶解度パラメータを分散力(δD)、永久双極子分子間力(δP)、水素結合力(δH)の3成分に分割し、これらを3次元空間にプロットしたベクトルで表される。このベクトルが似ているもの同士は溶解性が高いと判断することができる。すなわち、互いのHSP距離Raから溶解性の類似度を判断することができる。HSPの定義と計算は、Charles M.Hansen著、Hansen Solubility Parameters:A Users Handbook (CRCプレス、2007年)に記載されている。HSP値は、様々な樹脂および溶媒について公知の値があり、これらをそのまま用いてもよく、コンピューターソフトであるHSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)を用いて算出した値を用いてもよい。なお、このHSPiPは樹脂および溶媒のデータベースも備える。
【0026】
樹脂(HSP値:δDR、δPR、δHR)と増感成分または発光成分(HSP値:δDC、δPC、δHC)とのHSP距離Raは、式(1)により算出することができる。
Ra={4×(δDR-δDC)2+(δPR-δPC)2+(δHR-δHC)2}1/2 ・・・(1)
式(1)中、δDRは樹脂の分散力、δPRは樹脂の永久双極子分子間力、δHRは樹脂の水素結合力、δDCは増感成分または発光成分の分散力、δPCは増感成分または発光成分の永久双極子分子間力、δHCは増感成分または発光成分の水素結合力をそれぞれ表す。
【0027】
A-4.増感成分および発光成分
A-4-1.増感成分
増感成分は、A-1項に記載のメカニズムから明らかなように、光(入射光)を吸収し、励起一重項状態からの系間交差により励起三重項状態となるとともに、発光成分に三重項-三重項エネルギー移動を生じさせるものである。増感成分としては、例えば、ポルフィリン構造、フタロシアニン構造、またはフラーレン構造を有する化合物が挙げられる。このような化合物は、分子内に金属原子を含んでいてもよい。金属原子としては、例えば、Pt、Pd、Zn、Ru、Re、Ir、Os、Cu、Ni、Co、Cd、Au、Ag、Sn、Sb、Pb、P、Asが挙げられる。好ましくは、Pt、Pd、Osである。なお、増感成分として機能し得る化合物の具体例については、A-4-3項で後述する。
【0028】
増感成分は量子ドットであってもよい。量子ドットは、任意の適切な材料で構成され得る。量子ドットは、好ましくは無機材料、より好ましくは無機導体材料または無機半導体材料で構成され得る。半導体材料としては、例えば、II-VI族、III-V族、IV-VI族、およびIV族の半導体が挙げられる。具体例としては、Si、Ge、Sn、Se、Te、B、C(ダイアモンドを含む)、P、BN、BP、BAs、AlN、AlP、AlAs、AlSb、GaN、GaP、GaAs、GaSb、InN、InP、InAs、InSb、AlN、AlP、AlAs、AlSb、GaN、GaP、GaAs、GaSb、ZnO、ZnS、ZnSe、ZnTe、CdS、CdSe、CdSeZn、CdTe、HgS、HgSe、HgTe、BeS、BeSe、BeTe、MgS、MgSe、GeS、GeSe、GeTe、SnS、SnSe、SnTe、PbO、PbS、PbSe、PbTe、CuF、CuCl、CuBr、CuI、Si3N4、Ge3N4、Al2O3、(Al、Ga、In)2(S、Se、Te)3、Al2CO、およびこれらの組み合わせ(複合体)が挙げられる。
【0029】
増感成分は、マトリックスを構成する樹脂1gに対して、好ましくは7.00×10-9mol~5.00×10-6mol、より好ましくは1.00×10-8mol~3.00×10-6mol、さらに好ましくは4.50×10-8mol~2.00×10-6molの割合でアップコンバージョンフィルムに含有される。増感成分の含有量が小さすぎると、十分な三重項励起子が生成されず三重項―三重項消滅に至る効率が不十分となる場合がある。増感成分の含有量が大きすぎると、増感成分分子間での三重項―三重項消滅、または、アップコンバージョン発光エネルギーの再吸収により、効率が不十分となる場合がある。
【0030】
A-4-2.発光成分
発光成分は、A-1項に記載のメカニズムから明らかなように、増感成分から三重項-三重項エネルギーの移動を受け、励起三重項状態を生成するとともに、励起三重項状態の発光成分分子同士が拡散・衝突することで、三重項-三重項消滅を起こし、より高いエネルギーレベルの励起一重項を生成するものである。発光成分としては、縮合芳香族環を有する種々の化合物が知られている。具体例としては、ナフタレン構造、アントラセン構造、ピレン構造、ペリレン構造、テトラセン構造、Bodipy構造(borondipyrromethene構造)、ジケトピロロピロール構造を有する化合物が挙げられる。なお、発光成分として機能し得る化合物の具体例については、A-4-3項で後述する。
【0031】
発光成分は、マトリックスを構成する樹脂1gに対して、好ましくは5.00×10-6mol~7.00×10-5mol、より好ましくは6.00×10-6mol~6.00×10-5mol、さらに好ましくは7.00×10-6mol~5.00×10-5molの割合でアップコンバージョンフィルムに含有される。発光成分の含有量が小さすぎると、発光成分分子間の距離が大きくなり、増感色素から受け取った三重項励起子が発光成分分子間を拡散できなくなる場合がある。発光成分の含有量が大きすぎると、濃度消光により失活に繋がる場合がある。
【0032】
増感成分と発光成分との配合比(増感成分:発光成分)(モル比)は、好ましくは1:10~1:7000であり、より好ましくは1:25~1:3000であり、さらに好ましくは1:30~1:200であり、特に好ましくは1:35~1:100である。配合比がこのような範囲であれば、増感成分から生成された三重項励起子が効率よく発光色素へ移動し、発光色素間で失活を極力抑え三重項―三重項消滅を良好に実現することができる。
【0033】
A-4-3.増感成分と発光成分との組み合わせ
入射光およびアップコンバージョン光の波長に応じた、増感成分と発光成分との好ましい組み合わせは以下のとおりである。
【0034】
510nm~550nmの波長領域λ1の光を吸収する増感成分は下記化合物であり、400nm~500nmの波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、緑色光を青色光にアップコンバージョンし得る。
<増感成分>
【化14】
<発光成分>
【化15-1】
【化15-2】
【0035】
610nm~650nmの波長領域λ1の光を吸収する増感成分は下記化合物であり、500nm~600nmの波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、赤色光を黄緑色光にアップコンバージョンし得る。
<増感成分>
【化16】
<発光成分>
【化17】
【0036】
700nm~810nmの波長領域λ1の光を吸収する増感成分は下記化合物であり、500nm~700nmの波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、近赤外光を可視光(赤色光~緑色光)にアップコンバージョンし得る。
<増感成分>
【化18】
<発光成分>
【化19】
【化20】
【0037】
700nm~730nmの波長領域λ1の光を吸収する増感成分は下記化合物であり、400nm~500nmの波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、近赤外光を可視光(青色光)にアップコンバージョンし得る。
<増感成分>
【化21】
<発光成分>
【化22】
【0038】
410nm~500nmの波長領域λ1の光を吸収する増感成分は下記化合物であり、300nm~400nmの波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、青色光を紫外光にアップコンバージョンし得る。
<増感成分>
【化23】
<発光成分>
【化24】
【0039】
630nm~640nm近辺(例えば、635nm)の波長領域λ1の光を吸収する増感成分は量子ドット(CdSe、CdSe/ZnS)であり、440nm~460nm近辺(例えば、450nm)の波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、近赤外光を可視光(青色光)にアップコンバージョンし得る。
<発光成分>
【化25】
【0040】
970nm~990nm近辺(例えば、980nm)の波長領域λ1の光を吸収する増感成分は量子ドット(PbSe、PbS/CdS)であり、550nm~570nm近辺(例えば、560nm)の波長領域λ2の光を放射(発光)する発光成分は下記化合物である。この組み合わせは、近赤外光を可視光(緑色光)にアップコンバージョンし得る。
<発光成分>
【化26】
【0041】
B.アップコンバージョンフィルムの製造方法
アップコンバージョンフィルムの製造方法の代表例を説明する。具体的には、水中油滴型(O/W型)エマルションを用いる実施形態と、油中水滴型(W/O型)エマルションを用いる実施形態と、を説明する。
【0042】
B-1.O/W型エマルションを用いる実施形態
本実施形態による製造方法は、水溶性樹脂の水溶液と増感成分および発光成分の油性溶媒溶液または油性溶媒分散液(以下、まとめて「油性溶媒溶液等」と称する場合がある)とから水中油滴型エマルションを調製すること;水中油滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;塗膜を乾燥させること;および、乾燥塗膜に外力および/または熱を付加して、水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、増感成分および発光成分がマトリックスと空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;を含む。以下、各工程を具体的に説明する。
【0043】
<エマルションの調製>
水溶性樹脂は、上記A-3項で説明したとおりである。水溶液の濃度は、例えば3重量%~20重量%、また例えば5重量%~10重量%であり得る。増感成分および発光成分は、それぞれ上記A-4項で説明したとおりである。油性溶媒としては、例えば、揮発性を有する溶媒が用いられ得る。このような溶媒の具体例としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸プロピル等のエステル類;トルエン、ベンゼン等の芳香族炭化水素類;シクロヘキサン、シクロペンタノン、メチルシクロヘキサン等の脂環族炭化水素類;ヘキサン等の脂肪族炭化水素類;メチルエチルケトン等のケトン類;クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素類等が挙げられる。油性溶媒溶液等における増感成分濃度は、例えば0.001mM~1mMであり得、発光成分濃度は、例えば1mM~50mMであり得る。水溶性樹脂(マトリックス樹脂)に対する増感成分および発光成分の配合量が上記A-4項に記載の所望の範囲となるように、水溶性樹脂の水溶液と増感成分および発光成分の油性溶媒溶液等とを混合する。水溶液中の水溶性樹脂濃度、油性溶媒溶液等における増感成分濃度および発光成分濃度を調整することにより、混合する水溶液量および油性溶媒溶液等の量を調整することができる。その結果、エマルション中の油滴(以下、エマルション粒子と称する場合がある)の濃度(例えば、体積分率)およびサイズを調整することができるので、得られるアップコンバージョンフィルムの空隙率および空隙(孔)サイズを調整することができる。
【0044】
エマルションは、任意の適切な方法により調製され得る。例えば、水溶性樹脂の水溶液と増感成分および発光成分の油性溶媒溶液等とを混合し、ホモジナイザーを用いて混合液を乳化させることにより、エマルションを調製することができる。必要に応じて、得られたエマルションを脱泡してもよい。エマルション粒子の体積分率は、例えば2%~25%であり得る。エマルション粒子の体積分率がこのような範囲であれば、所望の空隙率を有するアップコンバージョンフィルムが得られ得る。エマルション粒子の平均粒子径は、例えば0.2μm~400μmであり得る。エマルション粒子の平均粒子径がこのような範囲であれば、所望の空隙(孔)サイズを有するアップコンバージョンフィルムが得られ得る。
【0045】
<塗膜の形成および乾燥>
次に、上記で得られたエマルションを基材に塗布して塗膜を形成する。基材としては、代表的には樹脂シートまたはガラスが挙げられる。樹脂シートを構成する樹脂としては、任意の適切な樹脂が用いられ得る。具体例としては、ポリイミド系樹脂、トリアセチルセルロース(TAC)等のセルロース系樹脂や、ポリエステル系、ポリビニルアルコール系、ポリカーボネート系、ポリアミド系、ポリエーテルスルホン系、ポリスルホン系、ポリスチレン系、ポリノルボルネン系、ポリオレフィン系、(メタ)アクリル系、アセテート系等の透明樹脂が挙げられる。また、(メタ)アクリル系、ウレタン系、(メタ)アクリルウレタン系、エポキシ系、シリコーン系等の熱硬化型樹脂または紫外線硬化型樹脂等も挙げられる。この他にも、例えば、シロキサン系ポリマー等のガラス質系ポリマーも挙げられる。塗布方法としては、任意の適切な方法が用いられ得る。具体例としては、ロールコート法、スピンコート法、ワイヤーバーコート法、ディップコート法、ダイコート法、カーテンコート法、スプレーコート法、ナイフコート法(コンマコート法等)が挙げられる。また、ドラム成膜機を用いて塗膜を形成してもよい。この場合、ドラム成膜機の成膜ロール(乾燥ロール)が基材として機能し得る。成膜ロール(乾燥ロール)は、例えば、ニッケル、クロム、銅、鉄、ステンレススチール等の金属から形成されている。塗布時のエマルションの温度は、例えば10℃~60℃であり得る。塗布膜の厚みは、得られるアップコンバージョンフィルムの厚みが上記A-2項に記載の所望の範囲(例えば、5μm~200μm)となるように調整される。塗布膜の厚みは、例えば100μm~1000μmであり得る。
【0046】
次に、塗膜を乾燥させる。乾燥は、任意の適切な手段(例えば、オーブン)により行われる。乾燥温度は、例えば60℃~90℃であり得、乾燥時間は、例えば20分~60分であり得る。乾燥により、得られるアップコンバージョンフィルムと実質的に同一厚みの乾燥塗膜が得られ得る。乾燥塗膜は、代表的には室温まで自然冷却され得る。
【0047】
<アップコンバージョンフィルムの形成>
最後に、乾燥塗膜に外力および/または熱を付加して、アップコンバージョンフィルムを形成する。乾燥塗膜に外力および/または熱を付加することにより、空隙部が形成され、かつ、水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分が配置される。外力および/または熱は、任意の適切な手段により付加され得る。このうち、外力の付加の具体例としては、乾燥塗膜の基材からの剥離、せん断、切断、曲げ、振動、減圧が挙げられる。また、電場や磁場を付加してもよい。本実施形態によれば、乾燥塗膜を基材から剥離することにより、自動的に空隙部が形成され、かつ、水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分が配置されるので、外力を付加するためのさらなる操作および/または手順を省略することができる。外力付加による空隙部の形成ならびにマトリックスと空隙部との界面への増感成分および発光成分の配置は、以下のメカニズムによるものであり得ると推定される:上記のとおり、エマルションの塗膜を乾燥することにより、厚みが10分の1以下となり得る。その結果、エマルション粒子は圧縮された状態となる。これは、マイクロスコープ画像において基材から剥離前の乾燥塗膜は均一な状態を示しており(
図2)、かつ、目視において塗膜が透明であるという事実から推定される。さらに、増感成分および発光成分はエマルションにおいて実質的にエマルション粒子内のみに存在し、乾燥塗膜においてエマルション粒子が圧縮されても樹脂(マトリックス)中に移動することはなく、圧縮されたエマルション粒子内にとどまっている。この状態で外力を付加すると(例えば、乾燥塗膜を基材から剥離すると)、圧力が解放され圧縮されたエマルション粒子が疑似発泡したような状態となり、気泡(空隙)が形成される。剥離により気泡(空隙)が形成されることは、
図2のマイクロスコープ画像から確認される。このような気泡(空隙)の形成により、気泡(空隙)とマトリックスとの界面が形成される。上記のとおり、増感成分および発光成分は圧縮されたエマルション粒子内にとどまっているので、界面の形成により、増感成分および発光成分は界面に付着する。このようにして、水溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、増感成分および発光成分が該マトリックスと空隙部との界面に存在するフィルムが得られ得る。なお、上記メカニズムはあくまでも推定であり、他のメカニズムの可能性を否定するものではなく、本発明を拘束するものでもない。
【0048】
B-2.W/O型エマルションを用いる実施形態
本実施形態による製造方法は、油溶性樹脂の油性溶媒溶液と増感成分および発光成分の水分散液とから油中水滴型エマルションを調製すること;油中水滴型エマルションを基材に塗布して塗膜を形成すること;塗膜を乾燥させること;および、該乾燥により、油溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、増感成分および発光成分がマトリックスと空隙部との界面に存在するフィルムを形成すること;を含む。油溶性樹脂は、上記A-3項で説明したとおりである。油溶性樹脂(マトリックス樹脂)に対する増感成分および発光成分の配合量が上記A-4項に記載の所望の範囲となるように、油溶性樹脂の油性溶媒溶液と増感成分および発光成分の水分散液とを混合する。油性溶媒としては、例えば、ノルマルヘキサン、ノルマルヘプタン等の脂肪族炭化水素類;シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン等の脂環族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸プロピル、酢酸イソアミル等のエステル類;メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;ジクロロメタン、クロロホルム、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;が挙げられる。油性溶媒溶液中の油溶性樹脂濃度、水分散液における増感成分濃度および発光成分濃度を調整することにより、混合する水溶液等の量および油性溶媒溶液量を調整することができる。その結果、エマルション中の水滴(エマルション粒子)の濃度(例えば、体積分率)およびサイズを調整することができるので、得られるアップコンバージョンフィルムの空隙率および空隙(孔)サイズを調整することができる。本実施形態のW/O型エマルションは、油性溶媒にも水にも溶解しない増感成分および発光成分を用いており、固体状態の増感成分および発光成分が油性溶媒と水滴との間に集まって界面活性剤として機能することにより形成されている。その結果、B-1項に記載のO/W型エマルションとは異なり、乾燥塗膜に外力および/または熱を付加することなく、空隙部を形成することができ、かつ、油溶性樹脂で構成されたマトリックスと空隙部との界面に増感成分および発光成分を配置することができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。なお、特に明記しない限り、実施例における「部」および「%」は重量基準である。
【0050】
<実施例1>
1.増感成分および発光成分の油性溶媒溶液の調製
増感成分としてメソ-テトラフェニル-テトラアントラポルフィリンパラジウム(PdTPTAP:下記化学式)を用い、発光成分としてルブレン(下記化学式)を用いた。グローブボックス内でルブレンとPdTPTAPのトルエン溶液を調製した。溶液中のPdTPTAP濃度は0.554mM、ルブレン濃度は20mMとした。すなわち、増感成分:発光成分のモル比は1:36とした。調製した溶液は、乳化工程までバイアルに密封して保存した。
<増感成分>
【化27】
<発光成分>
【化28】
【0051】
2.エマルションの調製
ポリビニルアルコール(PVA)水溶液(9%)5gに、上記で得られた溶液0.4mlを添加した。PVA 1gに対する溶液添加量は0.89mlであり、PVA 1gに対する増感成分量(濃度)は4.92×10-7mol、発光成分量(濃度)は1.78×10-5molであった。溶液を内径0.75mmのチューブで注入しながら、ホモジナイザーで全体が乳化するまで撹拌(17500rpm)した。得られた乳化液に2分程度アルゴンガスを吹き付け、攪拌機(THINKY)を用いて脱泡モード(2200rpm)で3分間、混合モード(2000rpm)で7分間攪拌した。このようにして、O/W型エマルションを調製した。なお、PVAは、重合度1700、けん化度95.5%~97.5%のものを用いた。
【0052】
3.アップコンバージョンフィルムの形成
上記で得られたO/W型エマルションを、アプリケーターを用いてポリイミドフィルム(基材)に塗布厚み700μmで塗布した。塗膜/ポリイミドフィルムの積層体を、恒温槽で乾燥させた。乾燥温度は80℃、乾燥時間は30分であった。乾燥後、積層体を室温まで自然冷却した。最後に、乾燥塗膜をポリイミドフィルムから剥離し、アップコンバージョンフィルム(厚み47μm)を得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。なお、エマルションの調製以降の工程は、空気中、暗所(暗室用ライトのみの環境下)で行った。
【0053】
<光学評価>
得られたフィルムに波長810nm、110mW/cm2、照射径1.2mmのレーザー光を照射した。励起光密度はNDフィルターで調整し、5W/cm2以下の範囲で測定を行った。アップコンバージョン発光の検出は光ファイバーを介した分光器で行い、検出範囲はレーザー径がすべて入るようにした。その結果、ピーク波長が約560nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、後述の比較例1のフィルムの778倍であった。
【0054】
<多孔質構造の評価>
得られたフィルムの面密度は、所定の形状に打ち抜いた試験試料の重量を電子天秤で測定し、試験試料主面の面積で除することにより求めた。その結果、0.0041g/cm2であった。また、密度は所定の形状に打ち抜いた試験試料の重量を電子天秤で測定し、試験試料の体積で除することにより求めた。その結果、0.8772g/cm3であった。空隙率および平均粒子径は、断面SEM画像の孔と樹脂部分の輝度の差を利用して、画像解析ソフト(Image J)を用いて、画像解析を行い、二値化処理し、孔を抽出した。抽出した孔に相当する面積を有する円の直径として円相当直径を粒子径として定義し、平均粒子径を求めた。その結果、平均粒子径は0.8μmであった。また、粒子の体積は、粒子と同等の直径を有する球として、円相当直径を用いて求めた。求めた粒子の体積の合計を断面SEM画像の主面の面積で除することにより空隙率を求めた。その結果、空隙率は40%であった。
【0055】
<増感成分および発光成分の存在位置の評価>
得られたフィルムを凍結条件(約-60℃)下でウルトラミクロトームにより切削して断面を調製した後に、TOF-SIMS分析を実施した。トリプルフォーカス静電アナライザ(TRIFT V、アルバック・ファイ社製)を用いて、Bi3
2+一次イオンをフィルムの断面に照射(照射量;2.8×1012ions/cm2)し、加速電圧30kVで40μm角のマーキングした部分を観察した。より詳しくは、マーキングした部分をイメージングして、増感成分および発光成分(以下、染料とする。)の指標イオンをm/z586とし、その他の部分と色分けして、二次元画像を得た。より具体的には、二次元画像において、染料部分を緑とし、その他の部分を赤とした。
また、上記したフィルムのウルトラミクロトームによる断面(マーキングした部分)を導電処理した後、加速電圧2kVにて、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM、Hitachi社製、SU-8220)によって、当該断面の二次電子像を取得した。二次電子像の拡大倍率は、TOF-SIMS分析で得られた二次元画像の拡大倍率と同じに調整した。二次電子像において、フィルム断面に存在する空隙部が確認された。
次いで、TOF-SIMS分析で得られた二次元画像と、SEMによる二次電子像とを重ね合わせて、染料部分と空隙部との相対的な位置関係を確認したところ、染料部分が空隙部と重なるように位置していた。これによって、増感成分および発光成分が、マトリックスと空隙部との界面に存在することが確認された。
【0056】
<実施例2>
発光成分としてルブレンの代わりにジケトピロロピロール(DPP)誘導体(下記化学式)を用いたこと、および、PVA 1gに対する増感成分量(濃度)を4.92×10
-7mol、発光成分量(濃度)を4.92×10
-5molとしたこと(すなわち、増感成分:発光成分のモル比を1:100としたこと)以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み51μm)を得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約630nmであるアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0045g/cm
2であり、密度は0.8775g/cm
3であった。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、後述の比較例1のフィルムの4倍であった。
<発光成分>
【化29】
【0057】
<実施例3>
増感成分としてオクタエチルポルフィリンプラチナム(PtOEP:化学式)を用い、発光成分としてジフェニルアントラセン(DPA:下記化学式)を用いた。さらに、PVA 1gに対する増感成分量(濃度)を2.39×10
-7mol、発光成分量(濃度)を4.78×10
-5molとした(すなわち、増感成分:発光成分のモル比を1:200とした)。増感成分および発光成分の溶液は空気中で調製した。これら以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み44μm)を得た。
<増感成分>
【化30】
<発光成分>
【化31】
【0058】
得られたフィルムに波長532nm、174mW、照射径100μmのレーザー光を照射した。励起光密度はNDフィルターで調整し、150W/cm
2以下の範囲で測定を行った。アップコンバージョン発光の検出は光ファイバーを介した分光器で行い、検出範囲はレーザー径がすべて入るようにした。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0050g/cm
2であり、密度は1.1286g/cm
3であった。平均粒子径は0.6μmであり、空隙率は39%であった。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、後述の比較例2のフィルムの11倍であった。
また、得られたフィルムを実施例1と同様に、多孔質構造の評価、および、増感成分および発光成分の存在位置の評価に供した。実施例3のフィルムの断面SEM画像を
図4に示す。
図4では、空隙部が、独立した気泡と複数の気泡が連続した連続気泡構造とを有することが確認できる。より詳しくは、他の気孔と連通する穴を有する連続気泡と、他の気孔と連通する穴を有さない独立した気泡とが確認された。
【0059】
<実施例4>
増感成分としてオクタエチルポルフィリンパラジウム(PdOEP:下記化学式)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、後述の比較例5のフィルムの5倍であった。
<増感成分>
【化32】
【0060】
<実施例5>
PVAの代わりにヒドロキシエチルセルロース(HEC)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、後述の比較例2のフィルムの19倍であった。
【0061】
<実施例6>
PVA 1gに対する増感成分量(濃度)を1.78×10-8molとし、発光成分量(濃度)を1.78×10-5molとしたこと(すなわち、増感成分:発光成分のモル比を1:1000としたこと)以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約560nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、後述の比較例1のフィルムの74倍であった。
【0062】
<実施例7>
PVA 1gに対する溶液添加量(増感成分濃度および発光成分濃度は実施例1と同じ)を2.7mlとしたこと以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み68μm)を得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、約570nm~約600nmにブロードなピークを有するアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0033g/cm
2であり、密度は0.4804g/cm
3であった。平均粒子径は1.0μmであり、空隙率は42%であった。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、後述の比較例1のフィルムの372倍であった。また、実施例7のフィルムの断面SEM画像を
図5に示す。
図5においても、
図4と同様に、他の気孔と連通する穴を有する連続気泡と、他の気孔と連通する穴を有さない独立した気泡とが確認された。
【0063】
<比較例1>
トルエンの代わりにテトラヒドロフラン(THF:水溶性溶媒)を用いて増感成分および発光成分の溶液を調製したこと以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み28μm)を得た。製造過程においてエマルションは形成されなかった。SEM観察によれば、得られたフィルムに気泡は認められなかった。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約560nmであるアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0035g/cm2であり、密度は1.2362g/cm3であった。
【0064】
<比較例2>
トルエンの代わりにテトラヒドロフラン(THF:水溶性溶媒)を用いて増感成分および発光成分の溶液を調製したこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み27μm)を得た。製造過程においてエマルションは形成されなかった。SEM観察によれば、得られたフィルムに気泡は認められなかった。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約440nmであるアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0045g/cm2であり、密度は1.6404g/cm3であった。
【0065】
<太陽光と同程度の低強度の光のアップコンバージョン>
実施例1のフィルムに太陽光と同等の低強度(2.5mW/cm
2)のキセノン光を照射した。その結果、
図3に示すようなアップコンバージョン発光が認められた。一方、比較例1のフィルムではアップコンバージョン発光は認められなかった。
【0066】
<実施例8>
PVAとして重合度1800、けん化度83.0%~86.0%のものを用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの2.6倍であった。
【0067】
<実施例9>
PVAとして重合度500、けん化度98.0%~99.0%のものを用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの2.6倍であった。また、得られたフィルムの平均粒子径は0.3μmであり、空隙率は25%であった。
【0068】
<実施例10>
PVAとしてアミン変性(NR3
+Cl-)PVA(けん化度85.5%~88.0%)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの3.5倍であった。
【0069】
<実施例11>
PVAとしてカルボン酸変性(カルボキシル基導入)PVA(けん化度96.5%以上)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの5.4倍であった。
【0070】
<実施例12>
PVAの代わりにポリ(4-スチレンスルホン酸ナトリウム)(Sigma-Aldrich社製、分子量~1000000)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの3.5倍であった。また、得られたフィルムの平均粒子径は0.6μmであり、空隙率は16%であった。
【0071】
<実施例13>
PVAの代わりにポリエチレンオキシド(和光純薬社製、分子量50000)を用いたこと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約430nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、比較例2のフィルムの2.3倍であった。
【0072】
<実施例14>
1.増感成分および発光成分の油性溶媒溶液の調製
増感成分として水溶性のTPP誘導体(下記化学式)を用い、発光成分として水溶性のDPA誘導体(下記化学式)を用いた。TPP誘導体296μgおよびDPA誘導体28.2mgを試験管に入れ、非イオン性界面活性剤(Span80)の1%トルエン溶液2.61mLを加え、ホモジナイザーで攪拌した。さらに、水1.05mLを加えてホモジナイザーで攪拌し、乳化液を調製した。
<増感成分>
【化33】
<発光成分>
【化34】
【0073】
2.エマルションの調製
ポリメチルメタクリレート(PMMA)のトルエン溶液(20%)5.23gが入ったバイアルに、上記で得られた乳化液全量を添加し、ホモジナイザーで攪拌し、W/O型エマルションを調製した。PMMA 1gに対する増感成分量(濃度)は2.39×10-7mol、発光成分量(濃度)は4.78×10-5molであった。すなわち、増感成分:発光成分のモル比は1:200であった。
【0074】
3.アップコンバージョンフィルムの形成
上記で得られたW/O型エマルションをガラス(基材)にドロップキャストした。塗膜/ガラスの積層体を、窒素を吹き付けながら乾燥し、さらにデシケーター内で真空乾燥した。最後に、乾燥塗膜をガラスから剥離し、アップコンバージョンフィルム(厚み38μm)を得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。
【0075】
<光学評価>
得られたフィルムをセルに入れ、アルゴン雰囲気下で封入し、測定サンプルとした。この測定サンプルを実施例3と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約460nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は後述の比較例3の3.0倍であった。
【0076】
<比較例3>
水を添加せず増感成分および発光成分の懸濁液を調製したこと以外は実施例14と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。製造過程においてエマルションは形成されなかった。SEM観察によれば、得られたフィルムに気泡は認められなかった。得られたフィルムを実施例14と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約460nmであるアップコンバージョン発光が認められた。
【0077】
<実施例15>
PMMAのトルエン溶液(20%)の代わりにポリスチレン(PS)のトルエン溶液(15%)を用いたこと以外は実施例14と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。SEM観察によれば、得られたフィルムは気泡構造による空隙部が形成された多孔質フィルムであった。得られたフィルムを実施例14と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約460nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は後述の比較例4の35.9倍であった。
【0078】
<比較例4>
水を添加せず増感成分および発光成分の懸濁液を調製したこと以外は実施例15と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。製造過程においてエマルションは形成されなかった。SEM観察によれば、得られたフィルムに気泡は認められなかった。得られたフィルムを実施例14と同様の評価に供した。その結果、約460nmと約510nm(最大)にピークを有するアップコンバージョン発光が認められた。
【0079】
<実施例16>
PVA 1gに対する溶液添加量(増感成分濃度および発光成分濃度は実施例1と同じ)を0.22mlとしたこと以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルム(厚み29μm)を得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、約570nm~約600nmにブロードなピークを有するアップコンバージョン発光が認められた。得られたフィルムの面密度は0.0043g/cm2であり、密度は1.4966g/cm3であった。平均粒子径は1.0μmであり、空隙率は7%であった。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、比較例1のフィルムの39倍であった。
【0080】
<比較例5>
トルエンの代わりにテトラヒドロフラン(THF:水溶性溶媒)を用いて増感成分および発光成分の溶液を調製したこと以外は実施例4と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。製造過程においてエマルションは形成されなかった。SEM観察によれば、得られたフィルムに気泡は認められなかった。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約440nmであるアップコンバージョン発光が認められた。
【0081】
<実施例17>
溶液中のPdTPTAP濃度を0.1mMにしたこと(すなわち、増感成分:発光成分のモル比を1:200とした)以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約560nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、前述の比較例1のフィルムの616倍であった。
【0082】
<実施例18>
増感成分としてメソ-テトラフェニル-テトラアントラポルフィリンプラチナム(PtTPTAP:下記化学式)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。得られたフィルムを実施例1と同様の評価に供した。その結果、ピーク波長が約560nmであるアップコンバージョン発光が認められた。発光ピーク積分値(500nm~730nm)は、前述の比較例1のフィルムの80倍であった。
【化35】
【0083】
<実施例19>
発光成分としてジフェニルアントラセン誘導体(DPA2:下記化学式)を用いたこと、および、PVA 1gに対する増感成分量(濃度)を1.20×10
-6mol、発光成分量(濃度)を2.39×10
-4molとした(すなわち増感成分:発光成分のモル比を1:200とした)こと以外は実施例3と同様にして、アップコンバージョンフィルムを得た。得られたフィルムを実施例3と同様の評価に供した。発光ピーク積分値(400nm~510nm)は、前述の比較例3のフィルムの9倍であった。
【化36】
【0084】
<極低温アップコンバージョン(UC)発光の確認>
表1に示す各実施例のアップコンバージョンフィルムを液体窒素に2~3分間浸漬させた後、液体窒素に浸漬した状態のアップコンバージョンフィルムに、表1に示す波長を有するレーザー光を照射した。なお、波長810nmのレーザー光は、8600mW/cm2、照射径1.2mmであり、波長532nmのレーザー光は、135mW/cm2、照射径1.0mmであった。アップコンバージョン発光の有無を目視によって確認した。その結果、各実施例のアップコンバージョンフィルムにおいて、アップコンバージョン発光(極低温UC発光)が認められた。極低温UC発光の有無および色を表1に示す。
【0085】
<高温アップコンバージョン(UC)発光の確認>
表1に示す各実施例のアップコンバージョンフィルムをカバーガラス上に配置し、180℃に温めたホットプレート上で1分間加熱した。その後、ホットプレート上のアップコンバージョンフィルムに、表1に示す波長を有するレーザー光(極低温UC発光の確認と同様)を照射した。アップコンバージョン発光の有無を目視によって確認した。その結果、各実施例のアップコンバージョンフィルムにおいて、アップコンバージョン発光(高温UC発光)が認められた。高温UC発光の有無を表1に示す。つまり、実施例のアップコンバージョンフィルムは、高温(180℃)、常温(25℃)および極低温(-196℃)において、UC発光が可能であることが確認された。
【0086】
<参考例1>
実施例1における「1.増感成分および発光成分の油性溶媒溶液の調製」で得られたルブレンとPdTPTAPのトルエン溶液に対して、上記と同様にして、常温(25℃)および極低温(-196℃)下でのUC発光の有無を確認した。ルブレンとPdTPTAPのトルエン溶液は、常温(25℃)下でUC発光が確認されたが、極低温(-196℃)下ではUC発光が確認されなかった。
<参考例2>
増感成分としてオクタエチルポルフィリンパラジウム(PdOEP)と、発光成分としてジフェニルアントラセン(DPA)とを、増感成分:発光成分のモル比が1:200となるように、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF:水溶性溶媒)に溶解して、PdOEPとDPAのDMF溶液を調製した。PdOEPとDPAのDMF溶液に対して、上記と同様にして、常温(25℃)および極低温(-196℃)下でのUC発光の有無を確認した。PdOEPとDPAのDMF溶液は、常温(25℃)下でUC発光が確認されたが、極低温(-196℃)下ではUC発光が確認されなかった。
【0087】
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の実施形態によるフォトンアップコンバージョンフィルムは、太陽電池または太陽光発電、光触媒、バイオイメージング、光学機器等に好適に用いられ得る。
【要約】
空気中であっても、および、低強度の光であっても、高効率のアップコンバージョンが可能なフォトンアップコンバージョンフィルムおよびその簡便な製造方法が提供される。本発明の実施形態によるフォトンアップコンバージョンフィルムは、樹脂で構成されたマトリックスと空隙部とを有し、第1の波長領域λ1にある光を吸収可能な増感成分と、第1の波長領域λ1よりも短波長である第2の波長領域λ2にある光を放射可能な発光成分と、を少なくとも含み、増感成分および発光成分が、マトリックスと空隙部との界面に存在する。