(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-12
(45)【発行日】2023-07-21
(54)【発明の名称】乳酸発酵食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/123 20060101AFI20230713BHJP
A23C 9/133 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
A23C9/123
A23C9/133
(21)【出願番号】P 2019182566
(22)【出願日】2019-10-03
【審査請求日】2022-06-28
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02906
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-03005
(73)【特許権者】
【識別番号】505177667
【氏名又は名称】株式会社ミル総本社
(74)【代理人】
【識別番号】100088948
【氏名又は名称】間宮 武雄
(72)【発明者】
【氏名】籔 修弥
(72)【発明者】
【氏名】岸永 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】野村 亮太
【審査官】正 知晃
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-308457(JP,A)
【文献】特開平04-004862(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103704339(CN,A)
【文献】特開2000-014356(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳製品原料にグルタミン酸またはその塩類を添加し、その乳製品原料に、乳製品から分離されたストレプトコッカス・サーモフィラスNITE P-02906菌株および/またはNITE P-03005菌株を接種して培養することを特徴とする乳酸発酵食品の製造方法。
【請求項2】
前記NITE P-02906菌株および/またはNITE P-03005菌株にラクトバチルス・ヘルベティカスを混合して培養する請求項1に記載の乳酸発酵食品の製造方法。
【請求項3】
乳製品原料にトマト果汁を添加する請求項1または請求項2に記載の乳酸発酵食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、乳酸菌を用いて乳酸発酵によりγ-アミノ酪酸(GABA)を含有する食品を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
γ-アミノ酪酸は、生体内においてグルタミン酸からの脱炭酸により生成され、抑制系の神経伝達物質としての働きを持つタンパク質非構成アミノ酸であるが、このγ-アミノ酪酸を経口摂取すると、血圧降下作用やストレス緩和作用などの生理的効果を示すことが知られている。γ-アミノ酪酸は、天然の食品中にも含まれており、その代表的なものがトマトであるが、γ-アミノ酪酸による生理的効果に注目し、近年、γ-アミノ酪酸を富化した機能性食品の開発が盛んに行われている。その中でも特に、グルタミン酸またはその塩類を多量に含有する乳製品原料を乳酸菌により乳酸発酵させ、グルタミン酸を脱炭酸させてγ-アミノ酪酸に変換させ、γ-アミノ酪酸を多く含む発酵食品を製造する方法が研究され開発されている。
【0003】
乳酸菌の種類は非常に多いが、グルタミン酸を脱炭酸させてγ-アミノ酪酸を生成する能力を持つ乳酸菌は、極く限られた種類のものしかない。また、γ-アミノ酪酸を生成する能力を持つ種類の乳酸菌であっても、栄養源となる培養基(培地)の構成により、γ-アミノ酪酸を少量しか生成しなかったり殆ど生産しなかったりすることがある。また、乳酸菌は、その分離源(由来)によって動物性乳酸菌と植物性乳酸菌とに分けられることがあるが、動物性または植物性の乳酸菌と被発酵原料(動物質または植物質)との組合せによってγ-アミノ酪酸生成能に差が出ることも考えられる。さらに、同じ菌種であっても、菌株によって大きな差があることも知られている。
【0004】
ここで、ストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptcoccus thermophilus)は、ラクトバチルス・ブルガリカスと共にヨーグルトの製造にスターターとして用いられる代表的な動物性乳酸菌であるが、γ-アミノ酪酸を生成する能力を持つことが知られている。例えば、乳製品をプロテアーゼ処理し、乳蛋白由来の各種ペプチドやアミノ酸を遊離させた後、グルタミン酸デカルボキシラーゼ産生能を有する乳酸菌としてストレプトコッカス・サーモフィラス等を接種して培養することにより、γ-アミノ酪酸含有発酵乳を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。また、γ-アミノ酪酸を生産するストレプトコッカス・サーモフィラスとラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカスの組合せからなる乳酸発酵スターターを用いて豆乳の乳酸発酵を行い、豆乳に由来する独特の不快臭や不快味がなくγ-アミノ酪酸を含有する乳酸発酵豆乳を得る方法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-120179号公報(第3-6頁)
【文献】特開2018-64521号公報(第5-6頁、第10-12頁、第13-18頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ストレプトコッカス・サーモフィラスは、動物性乳酸菌の1種であり、牛乳等の生乳、脱脂粉乳、全脂粉乳などの乳製品を原料として乳酸発酵食品を製造する場合にスターターとして用いると、乳糖(ラクトース)を栄養源として増殖し、代謝により乳酸などを生成するほか、グルタミン酸が存在すると脱炭酸によりγ-アミノ酪酸を生成する。このように、ストレプトコッカス・サーモフィラスはγ-アミノ酪酸産生能を有しているが、その能力は菌株によって大きな差があり、殆どγ-アミノ酪酸を生成しない菌株も存在する。
【0007】
この発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、高いγ-アミノ酪酸産生能を持つストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株を見付け出し、その菌株を用いて、グルタミン酸の存在下で乳酸発酵によりγ-アミノ酪酸を多く含有する機能性乳酸発酵食品を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、乳製品から種々の乳酸菌株を分離し、分離された乳酸菌株の中から、高いγ-アミノ酪酸産生能を持つストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株を2つ見付け出し、その機能性を評価・確認した上で、その菌株を乳酸発酵食品の製造に用いることによって完成するに至った。
すなわち、請求項1に係る発明は、乳製品原料にグルタミン酸またはその塩類を添加し、その乳製品原料に、乳製品から分離されたストレプトコッカス・サーモフィラスM2020-1株(独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託、受託番号:NITE P-02906)(以下、単に「M2020-1株」という)および/またはM2020-2株(独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託、受託番号:NITE P-03005)(以下、単に「M2020-2株」という)を接種して培養することにより乳酸発酵食品を製造することを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の乳酸発酵食品の製造方法において、M2020-1株および/またはM2020-2株にラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactbacillus helveticus)を混合して培養することを特徴とする。
【0010】
請求項3に係る発明は、請求項1または請求項2に記載の乳酸発酵食品の製造方法において、乳製品原料にトマト果汁を添加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明の方法により乳酸発酵食品を製造すると、γ-アミノ酪酸を多く含有する機能性乳酸発酵食品が得られる。
【0012】
請求項2に係る発明の製造方法では、より多くのγ-アミノ酪酸を含有する乳酸発酵食品が得られる。
【0013】
請求項3に係る発明の製造方法では、さらにより多くのγ-アミノ酪酸を含有する乳酸発酵食品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】この発明に係る製造方法において用いられるストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために行った試験結果を、従前の菌株によるγ-アミノ酪酸産生能と対比させて示すグラフである。
【
図2】この発明に係る製造方法において用いられるストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために、
図1に示したものとはグルタミン酸ナトリウムの濃度を変えて行った試験結果を、従前の菌株によるγ-アミノ酪酸産生能と対比させて示すグラフである。
【
図3】この発明に係る製造方法において用いられるストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために行った試験結果を、従前の菌株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能と対比させて示すグラフである。
【
図4】この発明に係る製造方法において用いられるストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために、
図3に示したものとはグルタミン酸ナトリウムの濃度を変えて行った試験結果を、従前の菌株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能と対比させて示すグラフである。
【
図5】この発明に係る製造方法において用いられるM2020-1株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために、ラクトバチルス・ヘルベティカスの菌株を変えて行った試験結果を示すグラフである。
【
図6】この発明に係る製造方法において用いられるM2020-2株とラクトバチルス・ヘルベティカスとの混合培養によるγ-アミノ酪酸産生能を確認するために、ラクトバチルス・ヘルベティカスの菌株を変えて行った試験結果を示すグラフである。
【
図7】この発明に係る製造方法によりそれぞれ得られた発酵乳におけるγ-アミノ酪酸および残存グルタミン酸ナトリウムの各濃度を示すグラフである。
【
図8】同じく、この発明に係る製造方法によりそれぞれ得られた発酵乳におけるγ-アミノ酪酸および残存グルタミン酸ナトリウムの各濃度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明の好適な実施形態について説明する。
この発明に係る方法では、各種乳製品から分離された種々の乳酸菌株の中から見付け出されたストレプトコッカス・サーモフィラスの特定の菌株、M2020-1株、M2020-2株を用い、その菌株を、グルタミン酸またはその塩類が添加された乳製品原料に接種して培養することにより、γ-アミノ酪酸を豊富に含有する機能性乳酸発酵食品を製造する。
【0016】
乳製品からの乳酸菌の分離・同定や特定菌株M2020-1株およびM2020-2株の選定は、以下のようにして行った。
15種の乳製品(9種の市販のチーズおよび6種の市販のヨーグルト)のそれぞれについて、少量の乳製品を採取し、それを滅菌済みの10%脱脂粉乳の水溶液10mlと混合し、37℃の温度で2日間培養した。乳酸菌が増殖し固化したと認められる培養液を滅菌済みの10%脱脂粉乳の水溶液10mlと混合し、37℃の温度で2日間培養した。得られた培養液を、表1に示す組成のGYP培地(以下、「GYP培地」は表1と同じ組成である)に少量添加し、37℃の温度で1日間培養した後、炭酸カルシウムが0.5%の濃度となるように添加されたGYP寒天培地に培養物を接種し、希釈平板培養法により、乳酸菌と認められるコロニーを分離した。分離された各コロニーを形成する乳酸菌について、それぞれγ-アミノ酪酸産生能を確認するために、グルタミン酸ナトリウムが1%の濃度となるように添加されたGYP培地に乳酸菌を接種し、37℃の温度で1週間培養した後、薄層クロマトグラフィーにより乳酸菌のγ-アミノ酪酸産生能を確認した。この結果、高いγ-アミノ酪酸産生能を有しているストレプトコッカス・サーモフィラスの2種の菌株、M2020-1株およびM2020-2株を分離した。
【0017】
【0018】
上記したような方法で分離されたM2020-1株およびM2020-2株が、従前のストレプトコッカス・サーモフィラスの菌株と比較して、γ-アミノ酪酸産生能において優位性を有しているかどうかを調べるために行った試験およびその結果について説明する。
[試験例1]
M2020-1株(図中および表中に「M2020-1」と表示)およびM2020-2株(図中および表中に「M2020-2」と表示)のほか、出願人が保有しているストレプトコッカス・サーモフィラスの2種の菌株(図中および表中にそれぞれ「TH3」、「TH4」と表示)、ならびに、一般社団法人日本乳業協会から購入したストレプトコッカス・サーモフィラスの510株(図中および表中に「TH510」と表示)、および、公益財団法人発酵研究所より分譲されたストレプトコッカス・サーモフィラスのIFO13957株(図中および表中に「IFO13957」と表示)(なお、公益財団法人発酵研究所では現在、微生物の保存および分譲を行っておらず、その微生物株の保存事業は、独立行政法人製品評価技術基盤機構に引き継がれており、ストレプトコッカス・サーモフィラスのIFO13957株は、同機構においてNBRC13957として保存されている。)を用い、グルタミン酸ナトリウムが1%の濃度で含有された滅菌済み(121℃の温度で15分間加熱)のGYP培地にそれぞれの乳酸菌を接種し、37℃の温度で1週間培養を行った。培養後に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて培養液をアミノ酸分析し、グルタミン酸ナトリウム(図中に「GluNa」と表示)の濃度およびγ-アミノ酪酸(図中に「GABA」と表示)の濃度をそれぞれ測定し、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率を調べた。その試験結果を表2および
図1のグラフに示す。表2中の数値は、培養液中のグルタミン酸ナトリウムおよびγ-アミノ酪酸の各濃度(g/100g)を示す(表3-表7においても同じ)。
【0019】
【0020】
表2および
図1に示した結果から分かるように、M2020-1株およびM2020-2株を用いて培養を行ったときは、ストレプトコッカス・サーモフィラスの他の菌株TH3株、TH4株、510株およびIFO13957株を用いて培養を行った場合に比べて、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率の上昇が顕著であった。
【0021】
[試験例2]
GYP培地に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、上記試験例1と同様の試験を行った。その試験結果を表3および
図2のグラフに示す。
【0022】
【0023】
表3および
図2に示した結果から分かるように、試験例1の結果と同様に、M2020-1株およびM2020-2株を用いて培養を行ったときは、ストレプトコッカス・サーモフィラスの他の菌株TH3株、TH4株、510株およびIFO13957株を用いて培養を行った場合に比べて、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率の上昇が顕著であったが、γ-アミノ酪酸への変換効率は、グルタミン酸ナトリウムの含有濃度が1%である場合に比べて若干低くなった。ただし、グルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%にすることにより、当該濃度を1%にした場合に比べてγ-アミノ酪酸の収量は増加した。
【0024】
[試験例3]
ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株およびM2020-2株ならびにTH3株およびTH4株のそれぞれと、出願人が保有しているラクトバチルス・ヘルベティカスのH株(図中および表中に「H」と表示)とを混合して培養したときのグルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率を調べた。試験条件は試験例1と同様とし、GYP培地に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を1%とした。その試験結果を表4および
図3のグラフに示す。
【0025】
【0026】
表4および
図3に示した結果から分かるように、M2020-1株およびM2020-2株のいずれについても、ラクトバチルス・ヘルベティカスと混合培養することにより、単独培養した場合に比べて、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率が向上し、グルタミン酸ナトリウムのほぼ全量がγ-アミノ酪酸に変換された。
【0027】
[試験例4]
GYP培地に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、上記試験例3と同様の試験を行った。その試験結果を表5および
図4のグラフに示す。
【0028】
【0029】
表5および
図4に示した結果から分かるように、試験例3の結果と同様に、M2020-1株およびM2020-2株のいずれについても、ラクトバチルス・ヘルベティカスと混合培養することにより、単独培養した場合に比べて、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率が向上したが、γ-アミノ酪酸への変換効率は、グルタミン酸ナトリウムの含有濃度が1%である場合に比べてほんの僅かであるが低下した。ただし、グルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%にすることにより、当該濃度を1%にした場合に比べてγ-アミノ酪酸の収量は増加した。
【0030】
[試験例5]
ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株と混合培養するラクトバチルス・ヘルベティカスの菌株の違いによってγ-アミノ酪酸への変換効率が変化するかどうかを調べるために、M2020-1株と組み合わせるラクトバチルス・ヘルベティカスとして、出願人が保有しているH株、一般社団法人日本乳業協会から購入したB-1株(図中および表中にそれぞれ「HB-1」と表示)、独立行政法人製品評価技術基盤機構より分譲されたNBRC15019株(図中および表中にそれぞれ「H15019」と表示)、および、同じく同機構より分譲されたNBRC3809株(図中および表中にそれぞれ「H3809」と表示)を用い、混合培養を行った。試験条件は試験例1と同様とし、GYP培地に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を3%とした。その試験結果を表6および
図5のグラフに示す。
【0031】
【0032】
表6および
図5に示した結果から分かるように、M2020-1株については、ラクトバチルス・ヘルベティカスのH株およびB-1株のそれぞれと混合して培養したときに、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率が100%となり、NBRC15019株と混合培養したときに、グルタミン酸ナトリウムのほぼ全量がγ-アミノ酪酸に変換されたが、NBRC3809株と混合培養したときには、γ-アミノ酪酸への変換効率がそれほど高くならなかった。
【0033】
[試験例6]
ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-2株と混合培養するラクトバチルス・ヘルベティカスの菌株の違いによってγ-アミノ酪酸への変換効率が変化するかどうかを調べるために、試験5と同様の試験を行った。試験条件は試験例1と同様とし、GYP培地に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を3%とした。その試験結果を表7および
図6のグラフに示す。
【0034】
【0035】
表7および
図6に示した結果から分かるように、M2020-2株については、ラクトバチルス・ヘルベティカスのH株と混合培養したときに、グルタミン酸ナトリウムからγ-アミノ酪酸への変換効率が100%となり、B-1株、NBRC15019株およびNBRC3809株のそれぞれと混合培養したときにも、高いγ-アミノ酪酸への変換効率を示した。
【0036】
以上の結果より、この発明に係る方法では、M2020-1株およびM2020-2株を乳酸発酵製品の製造に使用することとした。また、M2020-1株およびM2020-2株と他の乳酸菌とを混合培養するときに、他の乳酸菌としてラクトバチルス・ヘルベティカスを用いることとした。
【0037】
培養操作は、乳製品原料、例えば脱脂粉乳(スキムミルク)を水で溶解した溶液(培地)にグルタミン酸またはその塩類、例えばグルタミン酸ナトリウムを添加し、その乳製品原料にM2020-1株またはM2020-2株を接種して行われる。グルタミン酸またはその塩類の添加量は、それを多くするほどγ-アミノ酪酸の収量は増えるがγ-アミノ酪酸への変換効率が低下するので、乳製品原料中の濃度で、例えば1%~3%程度の添加量とする。乳製品原料への乳酸菌(M2020-1株またはM2020-2株)の接種量は、例えば3%~10%程度とする。培養時の温度は、例えば37℃とし、培養の時間は、例えば3日~7日間とする。また、乳製品原料に、γ-アミノ酪酸やその前駆物質であるグルタミン酸を比較的多く含んでいるトマト果汁を添加するようにしてもよい。
【0038】
M2020-1株とM2020-2株とは、それぞれを単独培養してもよいし、混合培養してもよい。また、M2020-1株、M2020-2株またはM2020-1株およびM2020-2株に他の乳酸菌、例えばラクトバチルス・ヘルベティカスなどを混合して培養してもよい。
【0039】
上記したようにして得られたγ-アミノ酪酸を含有する発酵乳は、二次加工されて、γ-アミノ酪酸を含有した各種の飲料や食物が製造される。例えば、発酵乳に果糖、ブドウ糖、液糖等の糖分、香料、水などを添加して味や香りを調整することにより、γ-アミノ酪酸を含有し乳酸菌を含んだ調整発酵乳や乳製品乳酸菌飲料(生菌)、乳酸菌飲料が得られ、また、その調整発酵乳等を85℃程度の温度で加熱殺菌して容器詰めすることにより、γ-アミノ酪酸を含有した乳製品乳酸菌飲料(殺菌)が得られる。また、発酵乳を凍結乾燥または噴霧乾燥させることにより、γ-アミノ酪酸を含有した発酵乳粉末が得られ、その発酵乳粉末を飲料や食物に配合することにより、γ-アミノ酪酸を含有した清涼飲料水、青汁等の飲料、菓子類やインスタント食品などが得られ、発酵乳粉末を健康食品に添加してカプセルに充填したり圧縮成形したり造粒したりすることにより、γ-アミノ酪酸を含有したカプセル状・タブレット状・顆粒状等のサプリメントが得られる。
【実施例】
【0040】
次に、この発明の具体的な実施例について説明する。
[発酵乳の調製例1、2]
脱脂粉乳を水で溶解した溶液をオートクレーブ殺菌(121℃、15分間)し、これにグルタミン酸ナトリウムを1%の濃度となるように添加して液体培地を調製し、その液体培地にストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株を5%の割合で接種し、37℃の温度で7日間、静置培養することにより発酵乳を調製した(調製例1)。脱脂粉乳の水溶液に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、調製例1と同様の操作により発酵乳を調製した(調製例2)。
【0041】
[発酵乳の調製例3、4]
脱脂粉乳を水で溶解した溶液をオートクレーブ殺菌(121℃、15分間)し、これにグルタミン酸ナトリウムを1%の濃度となるように添加して液体培地を調製し、その液体培地にストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-2株を5%の割合で接種し、37℃の温度で7日間、静置培養することにより発酵乳を調製した(調製例3)。脱脂粉乳の水溶液に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、調製例3と同様の操作により発酵乳を調製した(調製例4)。
【0042】
調製例1-4で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度およびγ-アミノ酪酸の濃度を表8および
図7のグラフに示す。表8中の数値は、発酵乳中のグルタミン酸ナトリウムおよびγ-アミノ酪酸の各濃度(g/100g)を示す。
【0043】
【0044】
[発酵乳の調製例5、6]
脱脂粉乳を水で溶解した溶液をオートクレーブ殺菌(121℃、15分間)し、これにグルタミン酸ナトリウムを1%の濃度となるように添加して液体培地を調製し、その液体培地に、ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株およびM2020-2株を等量ずつ混合した乳酸菌を5%の割合で接種し、37℃の温度で7日間、静置培養することにより発酵乳を調製した(調製例5)。脱脂粉乳の水溶液に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、調製例5と同様の操作により発酵乳を調製した(調製例6)。
【0045】
調製例5で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0045g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.3748g/100gであった。また、調製例6で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0068g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.8163g/100gであった。その結果を、「混合(1%)」および「混合(2%)」と表示して
図8のグラフに示す。
【0046】
[発酵乳の調製例7、8]
脱脂粉乳を水で溶解した溶液をオートクレーブ殺菌(121℃、15分間)し、これにグルタミン酸ナトリウムを1%の濃度となるように添加して液体培地を調製し、その液体培地に、ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株およびM2020-2株ならびにラクトバチルス・ヘルベティカスを等量ずつ混合した乳酸菌を5%の割合で接種し、37℃の温度で7日間、静置培養することにより発酵乳を調製した(調製例7)。脱脂粉乳の水溶液に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、調製例7と同様の操作により発酵乳を調製した(調製例8)。
【0047】
調製例7で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0058g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.3998g/100gであった。また、調製例8で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0097g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.8970g/100gであった。その結果を、「混合+H(1%)」および「混合+H(2%)」と表示して
図8のグラフに示す。
【0048】
[発酵乳の調製例9、10]
脱脂粉乳を水で溶解した溶液をオートクレーブ殺菌(121℃、15分間)し、これにグルタミン酸ナトリウムを1%の濃度となるように添加し、さらにトマト果汁を2.5%の濃度となるように添加して液体培地を調製し、その液体培地に、ストレプトコッカス・サーモフィラスのM2020-1株およびM2020-2株を等量ずつ混合した乳酸菌を5%の割合で接種し、37℃の温度で7日間、静置培養することにより発酵乳を調製した(調製例9)。脱脂粉乳の水溶液に添加するグルタミン酸ナトリウムの含有濃度を2%に変えて、調製例9と同様の操作により発酵乳を調製した(調製例10)。
【0049】
調製例9で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0000g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.3721g/100gであった。また、調製例10で得られた発酵乳における残存グルタミン酸ナトリウムの濃度は0.0040g/100gであり、γ-アミノ酪酸の濃度は0.8457g/100gであった。その結果を、「混合 トマト(1%)」および「混合 トマト(2%)」と表示して
図8のグラフに示す。
【0050】
[発酵乳粉末の調製例]
上記した発酵乳の調製例1で得られた発酵乳100gを凍結乾燥させ、または、発酵乳100gを噴霧乾燥させた。これらにより、発酵乳の粉末10gが得られた。
【0051】
[青汁の調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、ケール粉末2.97g(99%)に対して発酵乳粉末0.003g(1%)との配合割合となるように、それぞれの粉末を秤量し、篩分けして粒度調整し、混合・攪拌・分散させて、得られた混合粉末をスティック状包装袋に充填して密封することにより青汁製品とした。
【0052】
[インスタントみそ汁の調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、表9に示した配合割合となるように発酵乳粉末(表中に「GABA発酵乳粉末」と表示)および各具材を秤量し、発酵乳粉末およびみそ粉末については篩分けして粒度調整し、混合・攪拌・分散させて、得られた混合物を包装袋に充填して密封することによりインスタントみそ汁製品とした。
【0053】
【0054】
[硬カプセル剤の調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、ゼラチンカプセル殻63mg(24%)に対して発酵乳粉末200mg(75%)、二酸化ケイ素4mg(1%)の配合割合となるように発酵乳粉末および二酸化ケイ素を秤量し、発酵乳粉末については篩分けして粒度調整し、発酵乳粉末と二酸化ケイ素とを混合・攪拌・分散させて、得られた混合物をゼラチンカプセル殻に充填して製剤化した。
【0055】
[軟カプセル剤の調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、表10に示した配合割合となるように発酵乳粉末および各材料を秤量し、発酵乳粉末については篩分けして粒度調整し、混合・攪拌・分散させて、得られた混合物を、溶解させたゼラチン被膜で被包成型した後、室温(25℃)、湿度50%以下の環境下で10時間~24時間乾燥させて製剤化した。
【0056】
【0057】
[錠剤の調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、表11に示した配合割合となるように発酵乳粉末および各材料を秤量し、発酵乳粉末については篩分けして粒度調整し、混合・攪拌・分散させて、得られた混合物を金型により圧縮成形して錠剤とした。
【0058】
【0059】
[顆粒状サプリメントの調製例]
上記した発酵乳粉末の調製例で得られた発酵乳粉末を使用し、表12に示した配合割合となるように発酵乳粉末および各材料を秤量し、発酵乳粉末については篩分けして粒度調整し、混合・攪拌・分散させて、得られた混合物を、水およびエタノールを用いて湿式造粒することにより、顆粒状サプリメントを製造した。
【0060】
【産業上の利用可能性】
【0061】
この発明により、機能性を有する乳酸発酵食品を提供することができ、この発明は、食品分野や健康食品分野において大いに利用される可能性がある。