(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-12
(45)【発行日】2023-07-21
(54)【発明の名称】オイルリング
(51)【国際特許分類】
F16J 9/06 20060101AFI20230713BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20230713BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20230713BHJP
【FI】
F16J9/06 B
F02F5/00 B
F02F5/00 E
F02F5/00 301B
F16J9/26 B
(21)【出願番号】P 2021128653
(22)【出願日】2021-08-05
【審査請求日】2022-06-20
【審判番号】
【審判請求日】2023-04-04
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河野 健太朗
(72)【発明者】
【氏名】清水 涼矢
【合議体】
【審判長】小川 恭司
【審判官】吉田 昌弘
【審判官】平城 俊雅
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-124288(JP,A)
【文献】特開昭62-294152(JP,A)
【文献】特開平11-101189(JP,A)
【文献】特開2020-26805(JP,A)
【文献】特開昭62-288776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F5/00
F16J9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関におけるピストンに組み付けられるオイルリングであって、
環状の線材を基材として前記オイルリングの周長方向に沿うように形成され、互いに独立して前記オイルリングの軸方向に並んで設けられる一対のセグメントと、前記一対のセグメント同士の間に配置されるスペーサエキスパンダと、を備え、
前記一対のセグメントのうち前記内燃機関において燃焼室側に位置する上側セグメントの摩耗を低減するために、前記上側セグメントの基材の方が、前記一対のセグメントのうち前記内燃機関においてクランク室側に位置する下側セグメントの基材よりも耐摩耗性が高
くなるように、且つ、前記一対のセグメントの表面色が互いに異なるように、前記上側セグメントの基材の材料と前記下側セグメントの基材の材料とが異なっている、
オイルリング。
【請求項2】
前記上側セグメントの基材の方が前記下側セグメントの基材よりも硬度が高い、
請求項1に記載のオイルリング。
【請求項3】
前記上側セグメントの基材の方が前記下側セグメントの基材よりも硬度が30Hv以上高い、
請求項1又は2に記載のオイルリング。
【請求項4】
前記上側セグメントの基材の方が、前記下側セグメントの基材よりも表面における炭化物占有面積率が高い、
請求項1に記載のオイルリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対のセグメントを備えるオイルリングに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な自動車に搭載される内燃機関は、コンプレッションリング(圧力リング)とオイルリングとを含むピストンリング(リング状部材の一例)の組み合わせをピストンのリング溝に装着した構成を採用している。コンプレッションリングは、気密を保持することで燃焼室側からクランク室側への燃焼ガスの流出(ブローバイ)を抑制するガスシール機能や、オイルリングが掻き落とし切れなかった余分なオイルを掻き落とすことでオイル上がりを抑制するオイルシール機能を有する。オイルリングは、シリンダ内壁面に付着した余分なエンジンオイル(潤滑油)をクランク側に掻き落とすことでオイルの燃焼室側への流出(オイル上がり)を抑制するオイルシール機能や、潤滑油膜がシリンダ内壁面に適切に保持されるようにオイル量を調整することで内燃機関の運転に伴うコンプレッションリングやピストンの焼き付きを防止する機能を有する。
【0003】
ここで、オイルリングとしては、互いに独立してオイルリングの軸方向に並んで設けられてシリンダ内壁面を摺動する一対のセグメント(サイドレールとも呼ばれる)と、一対のセグメント同士の間に設けられて一対のセグメントをシリンダの内壁面へ付勢するスペーサエキスパンダとを組み合わせた、3ピースの組合せオイルリングが広く用いられている。これに関連して、特許文献1には、一対のセグメントにおいて燃焼室側に設けられる上側セグメントとクランク室側に設けられる下側セグメントとで外周面形状を異ならせることで、オイル消費量及びフリクションを低減するオイルリングが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2019/008780号
【文献】特開2019-124288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上下一対のセグメントを備えるオイルリングの場合、燃焼室側に配置される上側セグメントの方がクランク室側に配置される下側セグメントよりも過酷な状況下で摺動するため、上側セグメントの方が下側セグメントよりも摩耗し易い傾向にある。長期間の使用により上側セグメントの上面が大きく摩耗すると、リング溝の上溝壁と上側セグメントとの隙間(サイドクリアランス)が拡大することでオイルリングのオイルシール機能が低下する可能性がある。
【0006】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、一対のセグメントを備えるオイルリングにおいて、オイルシール機能の低下を防ぐことが可能な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の構成を採用した。即ち、本発明は、内燃機関におけるピストンに組み付けられるオイルリングであって、環状の線材を基材として前記オイルリングの周長方向に沿うように形成され、互いに独立して前記オイルリングの軸方向に並んで設けられる一対のセグメントと、前記一対のセグメント同士の間に配置されるスペーサエキスパンダと、を備え、前記一対のセグメントのうち前記内燃機関におい
て燃焼室側に位置する上側セグメントの基材の方が、前記一対のセグメントのうち前記内燃機関においてクランク室側に位置する下側セグメントの基材よりも耐摩耗性が高い、オイルリングである。
【0008】
本発明によると、燃焼室側に配置される上側セグメントの基材の耐摩耗性をクランク室側に配置される下側セグメントの基材の耐摩耗性よりも高くすることで、下側セグメントよりも過酷な状況下で摺動する上側セグメントの摩耗を低減することができる。その結果、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。
【0009】
また、本発明において、前記上側セグメントの基材の方が前記下側セグメントの基材よりも硬度が高くてもよい。
【0010】
また、本発明において、前記上側セグメントの基材の方が前記下側セグメントの基材よりも硬度が30Hv以上高くてもよい。
【0011】
また、本発明において、前記上側セグメントの基材の方が、前記下側セグメントの基材よりも表面における炭化物占有面積率が高くてもよい。
【0012】
また、本発明において、前記上側セグメントの基材の材料と前記下側セグメントの基材の材料とが異なっていてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、一対のセグメントを備えるオイルリングにおいて、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態に係るオイルリングを備える内燃機関の部分断面図である。
【
図2】往復動摩擦試験機の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について説明する。なお、以下の実施形態に記載されている構成は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0016】
[全体構成]
図1は、実施形態に係るオイルリング40を備える内燃機関100の部分断面図である。
図1では、オイルリング40の周長方向に直交する断面が図示されている。
図1に示すように、内燃機関100では、シリンダ10の内壁面10aとシリンダ10に装着されたピストン20の外周面20aとの間に所定の離間距離が確保されることにより、ピストン隙間PC1が形成されている。また、ピストン20の外周面20aには、略矩形状の断面を有するリング溝30が形成されている。リング溝30は、燃焼室側に形成された上壁301と、クランク室側に形成されて上壁301に対向する下壁302と、上壁301と下壁302の内周縁同士を接続する接続壁303とを有する。このリング溝30には、本実施形態に係るオイルリング40が装着されている。
【0017】
オイルリング40は、リング溝30に装着されることでピストン20に組み付けられ、ピストン20の往復運動に伴ってシリンダ10の内壁面10aを摺動する摺動部材である。オイルリング40は、所謂3ピース型の組合せオイルリングであり、
図1に示すように
、一対のセグメント1,2とスペーサエキスパンダ3とを備える。
【0018】
以下、
図1に示すように、オイルリング40の中心軸に沿う方向(軸方向)を「上下方向」と定義する。また、オイルリング40の軸方向のうち、内燃機関100における燃焼室側(
図1における上側)を「上側」と定義し、その反対側、即ち、クランク室側(
図1における下側)を「下側」と定義する。また、以下のオイルリング40の説明において、特に指定しない限りは、「周長方向」とはオイルリング40の周長方向のことを指し、「径方向」とはオイルリング40の径方向のことを指し、「軸方向」とはオイルリング40の軸方向のことを指す。また、本明細書では、
図1に示すように内燃機関のシリンダに装着されたピストンにオイルリングが組み付けられた状態を「使用状態」と称する。また、本明細書において、「バレル形状」とは、ピストンリングにおいて最大径となる頂部を含んで径方向外側に凸状となるように湾曲した面形状のことを指し、頂部がリングの軸方向幅における中央に位置する「対称バレル形状」や頂部がリングの軸方向幅における中央よりもクランク室側に位置する「偏心バレル形状」を含むものとする。また、本明細書において、「テーパ形状」とは、クランク室側に向かうに従って拡径するように傾斜した面形状のことを指す。
【0019】
一対のセグメント1,2は、オイルリング40の周長方向に沿うように環状に形成されており、互いに独立して軸方向に離間して設けられている。
図1に示すように、一対のセグメント1,2の一方である上側セグメント1は、内燃機関100において上側(燃焼室側)に設けられ、他方である下側セグメント2は、内燃機関100において下側(クランク室側)に設けられる。
【0020】
図1に示すように、上側セグメント1は、セグメント用の線材により環状に形成された基材1aと、基材1aの外周面に成膜された外周被膜1bと、を含んで構成されている。上側セグメント1は、外周面11、内周面12、上面13、及び下面14を有する。外周面11には、外周被膜1bが形成されている。上面13と下面14とによって、上側セグメント1の軸方向における幅が規定される。上側セグメント1は、使用状態において上面13がリング溝30の上壁301に対向するように設けられ、外周面11を摺動面としてシリンダ10の内壁面10aを摺動する。
【0021】
図1に示すように、下側セグメント2は、セグメント用の線材により環状に形成された基材2aと、基材2aの外周面に成膜された外周被膜2bと、を含んで構成されている。下側セグメント2は、外周面21、内周面22、上面23、及び下面24を有する。外周面21には、外周被膜2bが形成されている。上面23と下面24とによって、下側セグメント2の軸方向における幅が規定される。下側セグメント2は、使用状態において下面24がリング溝30の下壁302に対向するように設けられ、外周面21を摺動面としてシリンダ10の内壁面10aを摺動する。
【0022】
図1に示すように、スペーサエキスパンダ3は、一対のセグメント1,2の間に設けられ、使用状態において拡径するように自己張力を有している。そのため、上側セグメント1及び下側セグメント2がスペーサエキスパンダ3によって径方向の外側へ付勢され、上側セグメント1の外周面11及び下側セグメント2の外周面21がシリンダ10の内壁面10aを押圧する。これより、オイルシール機能が得られ、シリンダ10の内壁面10aに存在するエンジンオイルが適切な厚さになるように油膜が形成される。なお、本発明に係るスペーサエキスパンダの形状は特に限定されない。
【0023】
図1に示すように、本実施形態に係るオイルリング40では、一対のセグメント1,2の外周面11,21をフリクションの低い対称バレル形状としている。但し、本発明において、一対のセグメントの形状は
図1に示すものに限定されない。例えば、一対のセグメ
ントのうち上側に位置する上側セグメントの外周面をオイル掻き性能に優れた偏心バレル形状とし、下側に位置する下側セグメントの外周面をフリクションの低い対称バレル形状としてもよいし、両方の外周面を偏心バレル形状としてもよい。これにより、フリクションの増加を抑制しつつも内燃機関100のオイル消費量を低減することができる。また、上側セグメントの外周面を対称バレル形状とし、下側セグメントの外周面を偏心バレル形状としてもよい。また、上側セグメント1の外周面11をオイル掻き性能に優れたテーパ形状としてもよく、両方の外周面をテーパ形状としてもよい。また、上側セグメントの外周面をテーパ形状とし、下側セグメントの外周面を対称バレル形状としてもよい。
【0024】
本実施形態に係るオイルリング40は、上側セグメント1の基材1aと下側セグメント2の基材2aとを異ならせている。より詳しくは、基材1aの材料と基材2aの材料とが互いに異なっている。上側セグメント1の基材1aは、SWRH72Aを材料として形成されており、その硬度が450Hv以上550Hv以下である。一方、下側セグメント2の基材2aは、SUS440Bを材料として形成されており、その硬度が300Hv以上420Hv以下である。基材1aの硬度の方が基材2aの硬度よりも高く、その差は30Hv以上150Hv以下である。但し、セグメントの基材の材料は上記に限定されない。セグメントの基材の材料としては、SUSやSWRHなどが例示される。また、マルテンサイト系ステンレス鋼やシリコンクロム鋼、アルミニウム合金などを基材の材料として用いてもよい。その場合の基材1aと基材2aの硬度の差は、270Hv以下であってよく、200Hv以下であってよく、180Hv以下であってよい。
【0025】
本例に係る外周被膜1b及び外周被膜2bは、耐摩耗性の高いDLC処理被膜として形成されている。なお、外周被膜は、DLC処理被膜に限定されず、窒化処理被膜、Ni-P
めっき処理被膜、クロムめっき処理被膜、PVD処理被膜、及びDLC処理被膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む硬質被膜として形成されてもよい。なお、上側セグメント1の外周被膜1bと下側セグメント2の外周被膜2bとで構成を異ならせてもよい。また、本発明において外周被膜は必須の構成ではなく、上側セグメントや下側セグメントの何れか又は両方が外周被膜を有さなくてもよい。また、上側セグメント1の軸方向端面(上面13や下面14)や下側セグメント2の軸方向端面(上面23や下面24)には、塗膜、樹脂被膜、化成処理被膜、酸化処理被膜、窒化処理被膜、Ni-Pめっき処理被膜、クロ
ムめっき処理被膜、PVD処理被膜、及びDLC処理被膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む表面処理被膜が形成されていてもよい。なお、「塗膜」とは、ペイント(塗料)の塗布により形成された膜のことを指す。また、「樹脂被膜」とは、樹脂材料により形成された被膜のことを指す。「塗膜」や「樹脂被膜」の例としては、水性又は油性の樹脂ペイントによる樹脂塗膜などが挙げられる。「化成処理被膜」とは、化成処理により形成された被膜のことを指す。化成処理の例としては、四三酸化鉄処理(黒染め)、リン酸塩処理、クロム酸塩処理などが挙げられる。また、リン酸塩処理の例としては、リン酸マンガン処理、リン酸亜鉛処理、リン酸鉄処理などが挙げられる。「窒化処理被膜」とは、窒化処理により金属表面に窒素を浸透させることで形成される被膜のことを指す。「酸化処理被膜」とは、酸化処理により金属表面を酸化させることで形成される被膜のことを指す。酸化処理の例としては、アルマイト処理などが挙げられる。「Ni-Pめっき処理被膜」と
は、無電解Ni-Pめっきにより形成された被膜のことを指す。また、「クロムめっき処理
被膜」とは、クロムめっきにより形成された被膜のことを指す。クロムめっきは工業用クロムめっきとも呼ばれる。また、「PVD(physical vapor deposition)処理被膜」と
は、PVD法により形成された被膜のことを指す。また、「DLC(Diamond Like Carbon)処理被膜」とは、主として炭化水素や炭素の同素体により構成される非晶質の硬質炭
素被膜のことを指す。
【0026】
[耐摩耗性について]
一般に、上下一対のセグメントを備えるオイルリングの場合、燃焼室側に配置される上
側セグメントの方がクランク室側に配置される下側セグメントよりも過酷な状況下で摺動するため、上側セグメントの方が下側セグメントよりも摩耗し易い傾向にある。そのため、長期間の使用により上側セグメントの上面(燃焼室側の面)が大きく摩耗すると、リング溝の上溝壁と上側セグメントとの隙間(サイドクリアランス)が拡大することでオイルリングのオイルシール機能が低下し、内燃機関の高回転域でのオイル消費が増大する懸念がある。
【0027】
これに対して本実施形態に係るオイルリング40は、燃焼室側に配置される上側セグメント1の基材1aの耐摩耗性がクランク室側に配置される下側セグメント2の基材2aの耐摩耗性よりも高くなるように、基材1aと基材2aとで材料を異ならせている。具体的には、基材1aの材料をSWRH72Aとし、下側セグメント2の基材2aの材料をSUS440Bとすることで、基材1aの硬度を基材2aの硬度よりも高くしている。これにより、上側セグメント1の摩耗を低減し、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。
【0028】
往復動摩擦試験機を用いた往復動摩擦試験により、セグメントの基材の耐摩耗性を評価した。
図2は、往復動摩擦試験機の構成を示す模式図である。往復動摩擦試験機による往復動摩擦試験は、
図2に概要を示すピンオンプレート式往復動摩擦試験機を用いて行う。往復動摩擦試験に際して用いた上試験片は、セグメントの基材に見立てたピンであり、ピンの材料にはセグメント用線材と同じものを使用する。なお、この上試験片に用いたピンは、直径が8mmであり、ピンの先端部(摺動面)は、曲率半径が18mmとなるように鏡面仕上げされたものを用いる。また、下試験片はピストンを見立てたプレート(AC8A材相当)を用いる。
【0029】
往復動摩擦試験では、可動ブロックによって下試験片をストロークさせることで上試験片に対して下試験片を摺動させた。上試験片と下試験片との摺動界面にはチュービングポンプやエアディスペンサーを用いて潤滑油を供給した。この際の試験条件を以下に示す。<試験条件>
・ストローク:50mm
・荷重:50N
・速度:200cycle/min
・潤滑油:0W-20
上側セグメント1の基材1aを見立てたピンを上試験片Aとし、下側セグメント2の基材2aを見立てたピンを上試験片Bとして、夫々について往復動摩擦試験を行い、摩耗量を比較した。上試験片Aの材料には基材1aと同じSWRH72Aを用い、上試験片Bの材料には基材2aと同じSUS440Bを用いた。
図3は、往復動摩擦試験の結果を示すグラフであって、摩耗量比を示すグラフである。測定の結果、上試験片Aと上試験片Bの摩耗量比は、
図3に示す通り、上試験片A:上試験片B=0.2:1.0となった。これにより、上側セグメント1の基材1aの方が下側セグメント2の基材2aよりも耐摩耗性が高いことが解った。
【0030】
[作用・効果]
以上のように、本実施形態に係るオイルリング40は、上側セグメント1の基材1aの耐摩耗性が下側セグメント2の基材2aの耐摩耗性よりも高くなるように、一対のセグメント1,2の基材の材料を互いに異ならせている。具体的には、基材1aの材料を基材2aの材料であるSUS系材料よりも硬度の高いSWRH系材料としている。基材1aの耐摩耗性を基材2aの耐摩耗性よりも高くすることで、上側セグメント1の摩耗を低減することができ、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。このような特性により、実施形態に係るオイルリング40は、ガソリンエンジンや、セグメントとリング溝の内壁との直接接触の機会が多い低粘度オイルを用いたエンジンに対して好適に用いることができる。但し、本発明に係るオイルリングが適用される内燃機関はこれらに限定されない。ここ
で、本実施形態に係るオイルリング40は、上側セグメント1の基材1aの材料と下側セグメント2の基材2aの材料を異ならせて基材1aの硬度を基材2aの硬度よりも高くすることで、基材1aの耐摩耗性を基材2aの耐摩耗性よりも高くしている。基材1aと基材2aの硬度差は特に限定されないが、本実施形態に係るオイルリング40のように、上側セグメント1の基材1aの硬度を下側セグメント2の基材2aの硬度よりも30Hv以上高くすることが好ましい。また、本実施形態に係るオイルリング40では、一対のセグメント1,2の基材の材料を異ならせることで、一対のセグメント1,2の表面色を互いに異ならせている。これにより、一対のセグメント1,2の識別性を高めることができる。
【0031】
[変形例]
以下、実施形態の変形例について説明する。以下の説明では、上述のオイルリングとの相違点を中心に説明し、同様の構成については詳細な説明は割愛する。
【0032】
[変形例1]
変形例1のオイルリング40は、上側セグメント1の基材1aの材料と下側セグメント2の基材2aの材料を同一としつつも、上側セグメント1の基材1aの耐摩耗性が下側セグメント2の基材2aの耐摩耗性よりも高くなるように、一対のセグメント1,2の基材の硬度を互いに異ならせている。変形例1の場合、例えば、熱処理の仕方を異ならせることで硬度を異ならせることができる。変形例1によっても、上側セグメント1の基材1aの硬度を下側セグメント2の基材2aの硬度よりも高くすることで、上側セグメント1の耐摩耗性を高め、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。基材1aと基材2aの硬度差は特に限定されないが、上側セグメント1の基材1aの硬度を下側セグメント2の基材2aの硬度よりも30Hv以上高くすることが好ましい。
【0033】
[変形例2]
変形例2のオイルリング40は、上側セグメント1の基材1aの耐摩耗性が下側セグメント2の基材2aの耐摩耗性よりも高くなるように、一対のセグメント1,2の基材表面における炭化物占有面積率(炭化物析出率)を互いに異ならせている。炭化物占有面積率は、セグメントの表面に占める炭化物の面積の割合のことをいう。炭化物占有面積率は、例えば、マーブル試薬によるエッチング処理後に金属顕微鏡により基材表面の画像を取得し、取得した画像を2値化し、白色部分の面積率を算出することで得られる。但し、炭化物占有面積率の算出方法はこれに限定されない。
【0034】
変形例2では、上側セグメント1の基材1aと下側セグメント2の基材2aとで炭素含有量及びクロム含有量の異なるステンレス鋼が用いられている。より具体的には、上側セグメント1の基材1aはクロムを多く含有するマルテンサイト系ステンレス鋼である17クロムSUS材を材料とし、下側セグメント2の基材2aはクロム含有量がやや少ないステンレス鋼である13クロムSUS材を材料としている。但し、本発明に係るセグメントの材料はこれに限定されない。変形例2では、上側セグメント1の基材1aの炭化物占有面積率が上述の算出方法で7.2%~15.3%、下側セグメント2の基材2aの炭化物占有面積率が0.2%~2.0%となっている。つまり、変形例2では、上側セグメント1の基材1aの方が下側セグメント2の基材2aよりも炭化物占有面積率が高く、その差が5.2%以上となっている。
【0035】
なお、変形例2では、上側セグメント1の基材1aと下側セグメント2の基材2aの材料が同一であってもよい。基材1aと基材2aの材料を同一とした場合、例えば、熱処理の仕方を異ならせることで炭化物の大きさを変化させ、炭化物占有面積率を異ならせることができる。また、上側セグメント1と下側セグメント2とで基材の材料を互いに異ならせることで炭化物占有面積率を互いに異ならせてもよい。
【0036】
上述のように、変形例2では、上側セグメント1の基材1aの炭化物占有面積率が下側セグメント2の基材2aの炭化物占有面積率よりも高くなるように、一対のセグメント1,2の基材を互いに異ならせている。上側セグメント1の基材1aの炭化物占有面積率を下側セグメント2の基材2aの炭化物占有面積率よりも高くすることで、上側セグメント1の耐摩耗性を高め、オイルシール機能の低下を防ぐことができる。なお、基材1aと基材2aの炭化物占有面積率の差は特に限定されない。また、変形例2では、一対のセグメント1,2の基材表面における炭化物占有面積率を異ならせることで、一対のセグメント1,2の表面色を互いに異ならせている。これにより、一対のセグメント1,2の識別性を高めることができる。
【0037】
上述した往復動摩擦試験により、変形例2に係るセグメントの基材の耐摩耗性を評価した。上側セグメント1の基材1aを見立てたピンを上試験片Cとし、下側セグメント2の基材2aを見立てたピンを上試験片Dとして夫々について往復動摩擦試験を行い、摩耗量を比較した。上試験片Cの材料には基材1aと同じ17クロムSUS材を用い、上試験片Dの材料には基材2aと同じ13クロムSUS材を用いた。また、上試験片Cの炭化物占有面積率は上述の算出方法で7.2%~15.3%とし、上試験片Dの炭化物占有面積率を0.2%~2.0%とし、炭化物占有面積率の差が5.2%以上となるようにした。
図4は、往復動摩擦試験の結果を示すグラフであって、摩耗量比を示すグラフである。
図4に示す通り、炭化物占有面積率の大きい上側セグメント1の上試験片Cの方が下側セグメント2の上試験片Dよりも耐摩耗性が高い結果を得た。
【0038】
<その他>
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した種々の形態は、可能な限り組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0039】
100:内燃機関
10:シリンダ
20:ピストン
30:リング溝
40:オイルリング
1:上側セグメント
2:下側セグメント
3:スペーサエキスパンダ
1a,2a:基材