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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-13
(45)【発行日】2023-07-24
(54)【発明の名称】エラスチン産生促進剤及び皮膚化粧料
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/66 20060101AFI20230714BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20230714BHJP
【FI】
A61K8/66
A61Q19/08
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022526975
(86)(22)【出願日】2021-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2021019322
(87)【国際公開番号】W WO2021241428
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2022-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2020090313
(32)【優先日】2020-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507219686
【氏名又は名称】静岡県公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】591137031
【氏名又は名称】日研フード株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】南 彰
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 隆
(72)【発明者】
【氏名】岩尾 康範
【審査官】▲高▼ 美葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-291119(JP,A)
【文献】米国特許第5439935(US,A)
【文献】Sci Rep(2021 Feb),Vol.11,No.1,p.3302
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
A61K38/43
CAplus/BIOSIS/MEDLINE/KOSMET(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDReamIII)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアリダーゼを有効成分として含有する、エラスチン産生促進剤。
【請求項2】
前記シアリダーゼがシアリダーゼNEU2である、請求項1に記載のエラスチン産生促進剤。
【請求項3】
前記シアリダーゼが細菌シアリダーゼである、請求項1に記載のエラスチン産生促進剤。
【請求項4】
前記細菌シアリダーゼが、アルスロバクター属細菌(Arthrobacter sp.)由来のシアリダーゼであることを特徴とする請求項3に記載のエラスチン産生促進剤。
【請求項5】
前記エラスチンが真皮の線維性組織を構成する真皮エラスチンであることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のエラスチン産生促進剤。
【請求項6】
皮膚の老化の改善用又は予防用であることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載のエラスチン産生促進剤。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のエラスチン産生促進剤を含むことを特徴とするエラスチン産生促進用皮膚化粧料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラスチン産生促進剤に関するものであり、特に加齢により減少した真皮エラスチンを増加させることができるエラスチン産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は表皮、真皮及び皮下組織から構成されている。このうち、表皮の下側にある真皮には、皮膚に強度を付与するコラーゲン線維と、このコラーゲン線維を支持するエラスチンが分布している。エラスチンは弾力性及び伸縮性を有する弾性線維であり、皮膚に弾力性とハリをもたらす作用を有している。しかしながら、エラスチンはその存在量が加齢と共に減少し、皮膚の皺やたるみの原因の一つとなることが知られている。
【0003】
そこで、皮膚の皺やたるみを防止するため、種々のエラスチン産生促進剤が提案されている。たとえば、特許文献1では、リポカリンファミリーに属するタンパク質であるリポカリン2又はその分解物を有効成分とするエラスチン産生促進剤が記載され、特許文献2では、特定のジペプチド又はトリペプチドを有効成分とするエラスチン産生促進剤が記載されている。
【0004】
他方、シアリダーゼとは、糖鎖からシアル酸を脱離する加水分解酵素である。シアル酸は主に糖鎖の末端を修飾しており、生理機能や疾患、ウイルス感染など幅広い生命現象に関与している。それゆえ、シアリダーゼは細胞分化・増殖、アポトーシス等の細胞機能を制御する役割を果たすことが知られている。そこで、本件発明者らは、生体内で重要な役割を担うシアリダーゼに関する知見を深めるため、シアリダーゼの酵素活性を組織上で高感度に可視化できる蛍光イメージングプローブを開発した(非特許文献1)。
【0005】
本発明者らは、上述した蛍光イメージングプローブを用いて、シアリダーゼの新たな生理学的役割の解明を進めている。一例として、特許文献3では、膵島においてシアリダーゼ活性が検出されることを新規に見出したこと、並びに、シアリダーゼ阻害活性を有する化合物が血糖値上昇抑制効果及びインスリン分泌量増加作用を有することを報告している。
【0006】
シアリダーゼは、大きく分けて、動物(哺乳類)シアリダーゼ、ウイルスシアリダーゼ及び細菌シアリダーゼの3つの分類がある。このうち、動物シアリダーゼの一種であるシアリダーゼNEU1は、エラスチン結合タンパク質(EBP)及びカテプシンAと分子複合体を形成し、エラスチン線維集合、すなわち、弾性線維の形成に関与することが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2015-000860号公報
【文献】特開2014-141450号公報
【文献】特開2017-222641号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Minami A. et al., PLOS ONE, Volume 9, Issue 1, e81941, 2014年
【文献】Hinek A. et al., J. Biol. Chem., Vol.281, No.6, pp.3698-3710, 2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これまで、非特許文献1で報告されたような蛍光イメージングプローブを用いて、皮膚組織におけるシアリダーゼ活性の分布を可視化した報告はなされていない。また、加齢と共に真皮のエラスチンの存在量が低下するという現象と、シアリダーゼの関連性について検討された報告もなされていない。
【0010】
そして、エラスチンの産生促進効果を有する新たな材料を開発し、提供することはアンチエイジング意識の高まりと共に依然として期待されているところ、皮膚組織におけるエラスチンの産生促進のためにシアリダーゼを用いることに関する検討はこれまでなされておらず、その有効性はまったく不明であった。
【0011】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、新規なエラスチン産生促進剤を提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の目的としては、加齢による真皮エラスチンの減少を改善又は予防することができる、エラスチン産生促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、非特許文献1に記載された蛍光イメージングプローブを用いて、認知症におけるシアリダーゼの関与を解明する過程の中で、偶然にも皮膚組織のシアリダーゼ活性が老化に伴って著しく低下することを見出した。この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0014】
上記課題を解決するため、本発明のエラスチン産生促進剤は、シアリダーゼを有効成分として含有する。シアリダーゼを対象組織に投与することにより、エラスチンの産生が促進され、対象組織でのエラスチン量を増加させることができる。
【0015】
また、本発明のエラスチン産生促進剤は、上述したシアリダーゼがシアリダーゼNEU2であることも好ましい。これにより、エラスチン産生促進剤として好適なシアリダーゼの種類が選択される。
【0016】
また、本発明のエラスチン産生促進剤は、上述したシアリダーゼが細菌シアリダーゼであることも好ましい。これにより、エラスチン産生促進剤として好適なシアリダーゼの種類が選択される。また、細菌シアリダーゼはシアリダーゼ活性が高く、安定性にも優れるため、取り扱いも容易である。
【0017】
また、本発明のエラスチン産生促進剤は、上述した細菌シアリダーゼが、アルスロバクター属細菌(Arthrobacter sp.)由来のシアリダーゼであることも好ましい。これにより、シアリダーゼ活性が高く、安全性・安定性にも優れた、より好適なシアリダーゼの種類が選択される。
【0018】
また、本発明のエラスチン産生促進剤は、上述したエラスチンが真皮の線維性組織を構成する真皮エラスチンであることも好ましい。これにより、エラスチンが産生促進される対象として、好適なものが選択される。
【0019】
また、本発明のエラスチン産生促進剤は、皮膚の老化の防止用又は改善用であることも好ましい。真皮に存在するエラスチンは、加齢によりその存在量が減少して皮膚の皺やたるみを生じさせるところ、シアリダーゼを投与することにより、エラスチンの産生が促進され、エラスチン量が増加する。それゆえ、皮膚のハリや弾力性を維持又は回復させることができ、皮膚の老化を防止又は改善することができる。
【0020】
また、本発明の皮膚化粧料には、上述したエラスチン産生促進剤が含まれる。これにより、皮膚のハリや弾力性を高める作用を有する皮膚化粧料が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有するエラスチン産生促進剤及び皮膚化粧料を提供することができる。
(1)エラスチンの産生を向上させ、対象組織でのエラスチン量を増加させることができる。
(2)真皮エラスチンの存在量を高め、皮膚のハリや弾力性を高めることができる。
(3)老化による真皮エラスチンの減少を予防・改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例1における、ラット皮膚組織切片のシアリダーゼ活性を示す蛍光イメージング画像及び同切片のH&E染色画像である。
図2】実施例2における、ラットの週齢とラット皮膚組織におけるシアリダーゼ活性との関係を示すグラフである。グラフ中の***:P<0.001 vs.E19、†††:P<0.001 vs.12weeksを示す。
図3】実施例3における、ラットの皮下脂肪組織(Fat)に対する真皮及び筋肉組織(Dermis+Muscle)の動物シアリダーゼの各アイソザイムの発現比率を示すグラフである。図3(a):シアリダーゼNeu1、図3(b):シアリダーゼNeu2、図3(c):シアリダーゼNeu3、図3(d):シアリダーゼNeu4の発現レベルを示している。グラフ中の*:P<0.05、***:P<0.001を示す。
図4】実施例4における、ラット皮膚に対するシアリダーゼNEU2塗布によるエラスチン産生促進効果を示すグラフである。グラフ中の**:P<0.01 vs.CAGE、***:P<0.001 vs.CAGEを示す。
図5】実施例4における、ラット皮膚へのシアリダーゼNEU2塗布によるエラスチン遺伝子のmRNA発現レベルを示すグラフである。
図6】実施例5における、ラット皮膚に対する細菌シアリダーゼ塗布による、図6(b):シアリダーゼ活性の変化を示すグラフ、図6(c):エラスチン産生促進効果を示すグラフである。また、図6(a)は細菌シアリダーゼをPBS又はイオン液体であるコリンゲラン酸(CAGE)とそれぞれ混合した際のシアリダーゼ活性を示すグラフである。グラフ中の*:P<0.05 vs.CAGE、**:P<0.01 vs.CAGEを示す。
図7】実施例5における、各試験群の皮膚切片のシアリダーゼ活性の分布を示す蛍光イメージング画像である。
図8】実施例5における、各試験群の真皮組織切片のエラスチンの分布を示す免疫染色画像である。
図9】実施例5における、各試験群の真皮組織切片のエラスチンの分布を示す自家蛍光エラスチン画像である。スケールバーは50μmを示す。
図10】実施例6における、老化促進モデルマウスの皮膚に対するシアリダーゼ塗布によるエラスチン産生促進効果を示すグラフである。図10(a)は老化促進モデルマウスとしてSAMP1を用いた試験群のデータ、図10(b)は老化促進モデルマウスとしてSAMP8を用いた試験群のデータを示す。グラフ中の†††:P<0.001を示す。
図11】実施例7におけるシアリダーゼNEU1及びシアリダーゼNEU2の酵素活性と耐久性を示すグラフである。
図12】実施例7におけるシアリダーゼNEU1の経時安定性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明におけるシアリダーゼ(ノイラミニダーゼと呼ばれることもある)とは、糖鎖からシアル酸を遊離する加水分解酵素であり、シアリダーゼ活性とは糖鎖からシアル酸を遊離させることができる活性のことをいう。シアリダーゼ活性は、特に限定されないが、例えば、4MU-Neu5Acや本発明者らが開発したBTP-Neu5Acを用いて検出され得る。
【0024】
本発明において用いられるシアリダーゼとしては、エラスチン産生促進作用を有するものであれば特に限定されないが、エラスチン産生促進効果に優れる観点から、動物(哺乳類)シアリダーゼ又は細菌シアリダーゼが好適に用いられる。このうち、動物シアリダーゼには4種のアイソザイムNEU1、NEU2、NEU3及びNEU4があり、アイソザイムの1種のみを使用することも、複数種を組合せて使用することも可能である。さらに、本発明においては、真皮において高く発現することが今回解明された(後述する実施例参照)シアリダーゼNEU2が特に好適に用いられる。シアリダーゼNEU2は、380残基のアミノ酸からコードされるタンパク質であり、分子量は約42kDa、至適pHは中性付近である。また、シアリダーゼNEU2は耐久性に優れ、酵素活性も安定的に保持されるため、取り扱いし易い。なお、動物シアリダーゼは1種のみを使用することも、複数種を組合せて使用することも可能である。
【0025】
また、細菌シアリダーゼは、動物シアリダーゼと比較して、シアリダーゼ活性・酵素安定性が高く、大腸菌での大量発現も可能である等、取り扱いが容易という利点がある。細菌シアリダーゼとしては、一例として、アルスロバクター属細菌(Arthrobacter sp.)、ビフィドバクテリウム属細菌(Bifidobacterium sp.)、ストレプトコッカス属細菌(Streptococcus sp.)、Vibrio cholerae、Salmonella Typhimurium又はClostridium perfringens等を由来とするシアリダーゼが挙げられ、エラスチン産生促進効果及び安全性等の観点から、アルスロバクター属細菌のArthrobacter ureafaciens由来のシアリダーゼ(市販品:ナカライテスク株式会社、型番24229)及びビフィドバクテリウム属細菌のBifidobacterium bifidum由来のシアリダーゼ等が特に好適に用いられる。また、使用可能なウイルスシアリダーゼとして、A型インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼ(NA)、B型インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼ(NA)、バクテリオファージ等も挙げられる。なお、シアリダーゼは1種のみを使用することも、複数種を組合せて使用することも可能である。
【0026】
本発明におけるシアリダーゼは、常法に従い、シアリダーゼをコードする遺伝子を用いて、遺伝子組み換えによるタンパク質発現により得ることができる。具体的には、シアリダーゼをコードするDNA断片をインサートとして、適当な発現ベクターのプロモーターの下流に挿入することにより、組換えベクターが得られる。プロモーターは宿主細胞において転写活性を示すDNA配列であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。この組換えベクターを適当な宿主細胞に導入することにより、シアリダーゼ活性を有するタンパク質を生産する形質転換体が得られる。形質転換された宿主細胞を培養し、組換えタンパク質の発現を誘導させると、培養細胞又は培養物中にタンパク質が生産される。生産されたタンパク質は、所定の方法にて回収することが可能である。なお、上述した遺伝子組み換えによるタンパク質発現のほか、シアリダーゼを含有する細胞又は組織から抽出及び精製することによってシアリダーゼを得ることも可能である。
【0027】
本発明のエラスチン産生促進剤は、前述したシアリダーゼを有効成分として含むものであって、エラスチンが含まれる組織におけるエラスチン量を増加させる作用を有する。エラスチンが含まれる組織としては、皮膚の真皮、血管壁、靭帯及び肺組織等が挙げられるが、本発明においては、特に、皮膚の真皮に含まれ、線維性組織を構成する真皮エラスチンを増加させる作用を有する。真皮に存在するエラスチンは、加齢によりその存在量が減少して皮膚の皺やたるみを生じさせるが、上述したシアリダーゼを投与することにより、いったんエラスチン量が減少した真皮においても、エラスチンの産生が促進され、真皮内のエラスチン量が増加する。それゆえ、本発明のエラスチン産生促進剤により、皮膚のハリや弾力性を維持又は回復させることができ、皮膚の老化を防止又は改善することができる。
【0028】
本発明のエラスチン産生促進剤の投与量は、目標とする改善又は予防効果、年齢、投与方法等によって変化するので一概には規定できないが、通常一日の投与量は、有効成分であるシアリダーゼとして、0.0001U~10U程度とすることが好ましく、0.001U~1U程度とすることがより好ましく、0.005U~0.5U程度とすることがより好ましい。さらに詳細に説明すると、経皮投与量としては、一例として塗布面積1cmあたり、有効成分であるシアリダーゼとして、0.00005U~5U程度とすることが好ましく、0.0005U~0.5U程度とすることがより好ましく、0.0025U~0.25U程度とすることがより好ましい。
【0029】
本発明のエラスチン産生促進剤を経皮投与するにあたっては、有効成分であるシアリダーゼを皮膚組織の内部に浸透させる必要がある。そのため、本発明のエラスチン産生促進剤を投与するにあたり、経皮薬物送達作用を有する物質を用いることが好ましい。経皮薬物送達作用を有する物質としては、本発明の作用効果を妨げないものであればよく、既知のTDDS(Transdermal Drug Delivery System)を用いることができる。より詳細には、常温・常圧で液体を呈する有機塩である、いわゆる“イオン液体”を経皮薬物送達のために用いることが好ましい。イオン液体としては、カチオンとしてコリンを用いるものが好ましく、例えば、コリンゲラン酸、コリンオレイン酸又はコリンマロン酸等が挙げられ、このうち、以下化学式1に示すコリンゲラン酸(CAGE)が特に好適に用いられ得る。
【0030】
【化1】
【0031】
上述したような経皮薬物送達作用を有する物質は、有効成分であるシアリダーゼと共に配合成分としてエラスチン産生促進剤に含有させることができる。これにより、1剤タイプのエラスチン促進剤が得られる。
【0032】
また、上述したような経皮薬物送達作用を有する物質は、有効成分であるシアリダーゼとは別に投与することも可能である。この場合には、有効成分であるシアリダーゼを含むエラスチン産生促進剤を皮膚に塗布した後、CAGEのような経皮薬物送達作用を有する物質を、シアリダーゼを塗布した上から塗布する。後述する実施例4では、このような2回塗布投与も有効であることが示されている。
【0033】
また、上述したTDDS(Transdermal Drug Delivery System)にあたっては、化学物質による薬物送達だけでなく、マイクロニードル、無針注射器(ニードルレスインジェクター)、イオン導入(イオントフォレシス)、超音波導入(ソノフォレシス)、エレクトロポレーション等による物理的な経皮薬物送達を行うことも可能である。
【0034】
本発明のエラスチン産生促進剤は、アンチエイジング効果を有する皮膚化粧料として用いることができる。これにより、皮膚のハリや弾力性を維持又は回復させ、皮膚の皺やたるみを予防又は改善させることができる。
【0035】
本発明のエラスチン産生促進剤又は皮膚化粧料には、本発明の作用効果を損なわない範囲で、通常外用剤に配合される種々の成分を配合することができる。例えば、保湿剤、エモリエント剤、植物エキス、植物油脂、pH調整剤、界面活性剤、増粘剤、ビタミン類、アミノ酸類、防腐剤、抗菌剤、香料及び色素などが挙げられる。
【0036】
さらに、本発明のエラスチン産生促進剤又は皮膚化粧料は、通常皮膚に適用される剤形として、従来慣用されている方法により種々の外用剤の剤型に適用されることができ、例えば、ローション等の液剤、乳液剤、ゲル剤、ドライウォーター等の粉末剤又はクリーム剤等が挙げられる。また、貼付剤、パック剤、メイクアップ製品、クレンジング剤、石鹸又はヘアケア剤や育毛剤等に適用することも可能である。なお、有効成分であるシアリダーゼと、経皮薬物送達作用を有する物質とを別々に製剤化した場合には、別々に製剤化したものを使用時に混合して投与することができるほか、別々に製剤化したものを、同時にまたは時間差をおいて投与することも可能である。
【0037】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例
【0038】
[実施例1]
1.皮膚組織におけるシアリダーゼ活性の検討(1)
ラット皮膚組織におけるシアリダーゼ活性の有無及び分布について、本発明者らが開発した蛍光イメージングプローブ(非特許文献1)を用いて検討を行った。この蛍光イメージングプローブは、蛍光物質であるBTP3[(2-ベンゾチアゾール-2-イル)-4-ブロモフェノール]のフェノール性水酸基に、シアリダーゼが認識するシアル酸の分子種Neu5Ac(N-アセチルノイラミン酸)を結合させたBTP3-Neu5Acである。BTP3-Neu5Acは水に可溶であり、蛍光もオフ制御されているが、シアリダーゼと反応すると水に不溶の蛍光物質BTB3が生成して組織に沈着し、蛍光染色される。それゆえ、シアリダーゼ活性の存在部位を組織化学的に蛍光イメージングすることができる。
【0039】
Wistar系雄性ラット(12週齢、日本エスエルシー株式会社)の背部皮膚を、凍結組織切片作製用包埋剤(ティシュー・テック(登録商標)O.C.T.コンパウンド、サクラファインテックジャパン株式会社)を用いて包埋した。組織を凍結した後、クリオスタット(ライカマイクロシステムズ株式会社)で100~300μm厚の凍結組織切片を作製した。この切片を1mMのBTP3-Neu5Acを含むPBS(pH7.3)50~100μLに浸した後、PBSで洗浄し、蛍光顕微鏡で観察した(Ex/Em=372nm/526nm)。観察後の切片をヘマトキシリン・エオジン染色(H&E染色)して観察を行った。結果を図1に示す。
【0040】
図1に示すように、ラット皮膚組織のうち、真皮の下層部分に強い蛍光が検出された。よって、皮膚組織の真皮の下層部分に、極めて強いシアリダーゼ活性を有することが明らかとなった。
【0041】
[実施例2]
2.皮膚組織におけるシアリダーゼ活性の検討(2)
ラット皮膚組織におけるシアリダーゼ活性と、加齢との関係について検討を行った。妊娠(胎生)19日目(E19)、1週齢、6週齢、12週齢及び21月齢超のWistar系雄性ラット(日本エスエルシー株式会社)の各皮膚におけるシアリダーゼ活性を測定した。採取した各ラットの皮膚に2倍量の0.32Mスクロースを加え、氷冷しながら200rpmでホモジナイズした。このホモジネートに対し、シアリダーゼ活性を蛍光検出できる基質である40μMの4MU-Neu5Ac(4-メチルウンベリフェリル-N-アセチルノイラミン酸)を含んだPBS(pH7.3)を添加し、27℃で1時間インキュベートした。反応停止後に、プレートリーダー(Infinite(登録商標)M200、テカンジャパン株式会社)を用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MU(4-メチルウンベリフェロン)の蛍光強度を測定した(Ex/Em=355nm/460nm)。結果を図2に示す。
【0042】
図2によれば、シアリダーゼ活性は12週齢までは増加するものの、21月齢超のラットについては、12週齢のラットの約1/3程度まで減少することがわかった。このように、皮膚組織におけるシアリダーゼ活性は、加齢と共に著しく減少することが今回初めて見出された。これらの知見から、加齢によるエラスチンの存在量の減少は、加齢と共にシアリダーゼ活性が減少することが関与している可能性がある。そこで、老化によって減少した真皮下層のシアリダーゼを補うことにより、真皮におけるエラスチンの存在量の減少の抑制や、真皮におけるエラスチン産生を促進できる可能性があると考えられた。
【0043】
[実施例3]
3.真皮に存在するシアリダーゼのアイソザイムの検討
動物シアリダーゼにはNEU1、NEU2、NEU3及びNEU4の4種類のアイソザイムがある。4種のアイソザイムは、その局在や基質特異性がそれぞれ異なっており、それゆえ、機能や役割も異なっている。実施例1において、ラット皮膚組織の真皮下層に強いシアリダーゼ活性が検出されたことから、真皮において高く発現しているシアリダーゼのアイソザイムについて検討を行った。
【0044】
Wistar系雄性ラット(12週齢、日本エスエルシー株式会社)から、(A)真皮及び真皮に隣接する筋肉組織(Dermis+Muscle)と、(B)皮下脂肪組織(Fat)をそれぞれ摘出した。摘出組織(A)、(B)それぞれについて、total RNAの分離を行った。total RNAの分離は、具体的には次のようにして行った。摘出組織それぞれに対し、TRIzol(登録商標)Reagent(インビトロジェン株式会社)1mLを加えてホモジナイズし、室温で5分間静置した。引き続き、クロロホルム100μLを加えて転倒混和後、室温で3分間静置した。静置後、4℃、15,000rpmで20分間遠心し、水層を分取した。水層250μLに2-プロパノール250μLを加え、転倒混和後、室温で10分間静置した。静置後、4℃、15,000rpmで10分間遠心し、上清除去後、75%エタノール500μLを加え、4℃、15,000rpmで20分間遠心した。上清除去後、3分間風乾し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Water(インビトロジェン株式会社)を30μL加えた。分光光度計(NanoDrop ND-1000、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)で分離されたtotal RNAを定量し、UltraPure DNase/RNase-Free Distilled Waterでtotal RNAの濃度を100ng/μLに調整した。
【0045】
摘出組織(A)、(B)から分離された各RNAサンプルを用いて、4種のシアリダーゼのアイソザイム、すなわち、ラットのシアリダーゼNeu1、Neu2、Neu3及びNeu4のmRNA発現量をリアルタイムRT-PCR法で定量した。具体的には、One Step TB Green PrimeScript PLUS RT-PCR Kit(タカラバイオ株式会社)を用い、プロトコールに従って測定し、各mRNAの発現量を比較した。測定機器にはThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System Lite(タカラバイオ株式会社)を用いた。
【0046】
結果を図3に示す。図3(a)はシアリダーゼNeu1のmRNA発現量、図3(b)はシアリダーゼNeu2のmRNA発現量、図3(c)はシアリダーゼNeu3のmRNA発現量及び図3(d)はシアリダーゼNeu4のmRNA発現量を示す。なお、図3では、皮下脂肪組織(Fat)のmRNA発現量を1としたときの、真皮及び真皮のすぐ下側に隣接する筋肉組織(Dermis+Muscle)におけるmRNA発現量のレベルを示している。この結果によれば、4種のアイソザイムのうち、シアリダーゼNEU2が真皮において高く発現していることが明らかとなった。
【0047】
[実施例4]
4.シアリダーゼNEU2によるエラスチン産生促進効果
本実施例では、真皮に多量に存在するシアリダーゼがシアリダーゼNEU2であることが見出されたことから、シアリダーゼNEU2によるエラスチン産生促進効果を検討した。具体的には、培養細胞での組換えタンパク質発現によりシアリダーゼNEU2を作製し、ラットの皮膚に所定期間塗布した後、ラットの皮膚組織内に含まれるエラスチン量を測定した。
【0048】
まず、ラットのシアリダーゼNEU2をコードする遺伝子(2531bp)のDNA断片をクローニング法により作成した。作成したラットのNeu2遺伝子のDNA断片をインサートとしてベクターにクローニングし、Neu2遺伝子を含む組換えベクターを得た。構築したNEU2発現ベクターをC6グリオーマ細胞に導入してトランスフェクションを行い、NEU2産生細胞を得た。得られたNEU2産生細胞をMEM培地にて細胞培養し、タンパク質発現を行った。発現したNEU2タンパク質を培地から回収し、限外濾過によって濃縮した。この濃縮液に対し、4MU-Neu5Acを含んだPBS(pH7.3)を添加し、27℃で1時間インキュベートした。反応停止後に、プレートリーダーを用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MUの蛍光強度を測定し、シアリダーゼ活性を得た(Ex/Em=355nm/460nm)。組換えタンパク質発現により得られたシアリダーゼNEU2の酵素活性は、21.3 4MU nmol/min/mLであった。
【0049】
皮膚の最外層の細胞である角質層は、異物の侵入を防ぐ物理的バリアーの機能を有している。それゆえ、シアリダーゼNEU2のようなタンパク質を皮膚表面に塗布しても、角質層を透過させ、皮膚組織の内部で作用させることは困難である。そこで、本実施例では、上述のようにして得たシアリダーゼNEU2を経皮投与するにあたり、イオン液体であるコリンゲラン酸(CAGE)を用いた。CAGEの構造式を以下化学式2に示す。CAGEは、薬物溶解性に優れ、経皮薬物送達作用を有することが知られている(特表2016-535781参照)。本実施例では、CAGEとシアリダーゼNEU2とを混合したサンプル液(CAGE+Neu2)を調製し、塗布試験を行った。また、シアリダーゼNEU2を一定量塗布した後に、CAGEを塗布するという2回塗布試験(Neu2,CAGE)も試みた。なお、比較対照として、PBS(リン酸緩衝液)及びCAGEのみをサンプル液として塗布する試験も行った。
【0050】
【化2】
【0051】
Wistar系雄性ラット(12週齢、日本エスエルシー株式会社)の左右背部の毛を直径15mmの円の大きさに除毛し、サンプル液を塗布する部位を設けた。以下表1に示す内容で、各サンプル液をラットの除毛した直径15mmの円の範囲に塗布した。塗布は1日2回、5日間に亘って行った(計10回塗布)。
【0052】
【表1】
【0053】
最後の塗布から1日後、サンプル液の塗布を行った部分の皮膚組織を採取した。採取した皮膚組織をホモジナイズした後、エラスチンの比色定量キット(Fastin Elastin Assay Kit、Biocolor社製品)を用い、皮膚組織のホモジネートに含まれるエラスチン量を測定した。結果を図4のグラフに示す。この結果によれば、シアリダーゼNEU2とCAGEとを混合液として塗布した場合(CAGE+Neu2)と、シアリダーゼNEU2を塗布してからCAGEを塗布した場合(Neu2,CAGE)のいずれにおいても、皮膚組織におけるエラスチン量が増加することがわかった。これにより、シアリダーゼNEU2を経皮投与することにより、皮膚組織におけるエラスチンの産生が促進されることが明らかとなった。
【0054】
また、図4のグラフで示されるように、シアリダーゼNEU2を塗布してからCAGEを塗布した場合(Neu2,CAGE)のエラスチン量の増加が大きいことから、CAGEは先に塗布されたシアリダーゼNEU2を皮膚上で素早く取り込み、皮膚内部に送達することができることがわかった。
【0055】
また、シアリダーゼNEU2の投与がエラスチン遺伝子のmRNA発現に及ぼす影響を調べた。具体的には、表1に示す各サンプル液の最後の塗布から1日後、ラットの側腹部の皮膚及び皮下脂肪等の組織を採取し、TRIzol(登録商標)Reagent(インビトロジェン株式会社)を用い、実施例3と同様の方法にて、ラットの皮膚からtotal RNAを分離した。分離したRNAサンプルを用いて、ラットのエラスチン遺伝子のmRNA発現量をリアルタイムRT-PCR法で測定した。リアルタイムRT-PCRにあたっては、One-Step SYBR PrimeScript PLUS RT-PCRキット(タカラバイオ株式会社)及びプライマーを用いてプロトコールに従って行った。測定機器にはThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System Lite(タカラバイオ株式会社)を用いた。エラスチンmRNAの発現レベルは、内部標準であるGAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)に対するエラスチンmRNAの相対量として求めた。結果を図5のグラフに示す。
【0056】
図5のグラフに示されるように、エラスチン遺伝子のmRNA発現レベルについては、シアリダーゼNEU2の投与を行わなかった対照区(PBS、CAGE)と、シアリダーゼNEU2の投与を行った試験区(CAGE+Neu2、Neu2,CAGE)との間で、シアリダーゼNEU2の投与による統計学的に有意な影響は認められなかった。このことから、シアリダーゼNEU2の投与はエラスチン遺伝子のmRNA発現レベルには影響しないことが示された。なお、図4に示すように、シアリダーゼNEU2の投与により皮膚組織におけるエラスチン量は著しく増加しており、エラスチン産生が促進されていることから、シアリダーゼNEU2は、エラスチン遺伝子の発現亢進以外のメカニズムにより、エラスチン産生を促進することが推測された。
【0057】
[実施例5]
5.細菌シアリダーゼによるエラスチン産生促進効果
シアリダーゼには、哺乳類に存在する動物シアリダーゼ、ウイルスに存在するウイルスシアリーゼ及び細菌に存在する細菌シアリダーゼ等の複数の種類がある。このうち、動物シアリダーゼと比較して高いシアリダーゼ活性を有する細菌シアリダーゼについて、エラスチン産生促進効果を検討した。
【0058】
具体的には、アルスロバクター属細菌のArthrobacter ureafaciens由来のシアリダーゼをラットの皮膚に所定期間塗布した後、ラットの皮膚組織内に含まれるエラスチン量及びシアリダーゼ活性を測定した。本実施例では、実施例4同様にコリンゲラン酸(CAGE)とArthrobacter ureafaciens由来のシアリダーゼ(AUSA)とを一定量混合したサンプル液(CAGE+AUSA)を調製し、塗布試験を行った。また、比較対照として、PBS(リン酸緩衝液)及びCAGEのみをサンプル液として塗布する試験も行った。
【0059】
事前に、シアリダーゼ(AUSA)とCAGEとを混合した際に、シアリダーゼ活性が維持されるかどうかについて確認を行った。Arthrobacter ureafaciens由来のシアリダーゼ(ノイラミニダーゼ:Neuraminidase from Arthrobacter ureafaciens, highly purified、型番:24229-74、ナカライテスク株式会社)をPBS又はCAGEにそれぞれ添加し、125ng/mL濃度の溶液を調製した。AUSAとPBSの混合液(125ng/mL:AUSA in PBS)とAUSAとCAGEの混合液(125ng/mL:AUSA in CAGE)に対し、40μMの4MU-Neu5Acを含んだPBS(pH7.3)を添加し、37℃で1時間インキュベートした。反応停止後に、プレートリーダーを用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MUの蛍光強度を測定し、シアリダーゼ活性を得た(Ex/Em=355nm/460nm)。結果を図6(a)に示す。この結果によれば、シアリダーゼをCAGEと混合しても(AUSA in CAGE)、シアリダーゼ活性が失われることはなく、活性が維持されることが分かった。
【0060】
次に、Wistar系雄性ラット(12週齢、日本エスエルシー株式会社)の左右背部の毛を除毛し、サンプル液を塗布する部位を設けた。以下表2に示す内容で、各サンプル液をラットの除毛した直径15mmの円の範囲に塗布した。塗布は1日2回、5日間に亘って行った(計10回塗布)。
【0061】
【表2】
【0062】
最後の塗布から1日後、サンプル液の塗布を行った部分の皮膚組織を採取し、採取した皮膚組織の一部をホモジナイズした。このホモジネートに対し、40μMの4MU-Neu5Acを含んだPBS(pH7.3)を添加し、37℃で1時間インキュベートした。反応停止後に、プレートリーダーを用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MUの蛍光強度を測定し、シアリダーゼ活性を得た(Ex/Em=355nm/460nm)。結果を図6(b)に示す。また、エラスチンの比色定量キット(Fastin Elastin Assay Kit、Biocolor社製品)を用い、採取した皮膚組織のホモジネートに含まれるエラスチン量を測定した。結果を図6(c)のグラフに示す。
【0063】
図6(b)及び図6(c)に示すように、CAGEと細菌シアリダーゼを混合したサンプル液(CAGE+AUSA)を皮膚に塗布することにより、皮膚組織におけるシアリダーゼ活性が上昇し、皮膚組織におけるエラスチン量が増加することがわかった。これにより、細菌シアリダーゼを経皮投与することにより、皮膚組織におけるエラスチンの産生が促進されることが明らかとなった。
【0064】
また、蛍光イメージングプローブBTP3-Neu5Acを用いて、塗布試験を行った皮膚組織におけるシアリダーゼ活性の存在部位を組織化学的な蛍光イメージングにより示した。具体的には、採取した皮膚組織の一部を凍結組織切片作製用包埋剤(ティシュー・テック O.C.T.コンパウンド、サクラファインテックジャパン株式会社)を用いて包埋し、組織を凍結した後、クリオスタット(ライカマイクロシステムズ株式会社)で100μm厚の凍結組織切片を作製した。PBSで洗浄した後、300μMのBTP3-Neu5Acを150μL添加し、室温(27℃)で30分間インキュベートした。PBSで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察した(Ex,Em=360/40,525/50)。結果を図7に示す。
【0065】
この結果によれば、PBSのみ、又はCAGEのみを経皮投与した皮膚組織と比べて、CAGEと細菌シアリダーゼの混合液(CAGE+AUSA)を経皮投与した皮膚組織では、皮膚組織内部において強い蛍光が観察された。これにより、CAGEと細菌シアリダーゼの混合液(CAGE+AUSA)を経皮投与することにより、皮膚組織内にシアリダーゼが送達され、シアリダーゼ活性が上昇することが確認された。
【0066】
さらに、塗布試験を行った皮膚組織におけるエラスチンの分布について免疫組織染色(図8)及びエラスチンの自家蛍光(図9)により確認した。具体的には、採取した皮膚組織の真皮から伸展切片を作製し、PBS中4%パラホルムアルデヒドで固定した。免疫組織染色のブロッキング剤としてヤギ正常血清(Goat Serum 2%)100μLを加え、室温で30分間インキュベートした。引き続き、1次抗体(Elastin Polyclonal antibody)を100μL加え、4℃で一晩インキュベートした。そして、2次抗体(Goat Anti-Rabbit IgG)を100μL加え、室温で30分間インキュベートした後、顕微鏡(Ex/Em=470nm/525nm)で観察した。免疫組織染色の結果を図8に示す。
【0067】
この結果によれば、PBSのみ、又はCAGEのみを経皮投与した皮膚組織と比べて、CAGEと細菌シアリダーゼの混合液(CAGE+AUSA)を経皮投与した皮膚組織では、皮膚組織内部においてエラスチンの広い範囲における染色が観察された。これにより、CAGEと細菌シアリダーゼの混合液(CAGE+AUSA)を経皮投与することにより、皮膚組織内にシアリダーゼが送達され、皮膚組織におけるエラスチンの産生が促進されることが明らかとなった。
【0068】
他方、エラスチンは自家蛍光を発する自家蛍光物質であることから、PBS中4%パラホルムアルデヒドで固定した真皮切片について、蛍光顕微鏡を用いてエラスチンの自家蛍光を観察した。結果を図9に示す。細菌シアリダーゼとCAGEとの混合液(CAGE+AUSA)の塗布を行った皮膚組織ではエラスチンの自家蛍光が多く観察され、エラスチン量が増加している様子が観察された。
【0069】
[実施例6]
6.老化促進モデルマウスに対するエラスチン産生促進効果
本実施例では、老化促進モデルマウスを用いて、加齢によりシアリダーゼ活性が低下し、エラスチン量が減少した状態の個体に対しても、シアリダーゼを経皮投与することにより、エラスチンの産生を促すことができるかどうかを調べた。
【0070】
老化促進モデルマウスとしては、促進老化・短寿命を示すSAMP(Senescence-Accelerated Mouse Prone)であるSAMP1とSAMP8を選択した(24週齢、雄、日本エスエルシー株式会社)。老化促進モデルマウスの左右背部の毛を除毛し、サンプル液を塗布する部位を設けた。以下表3に示す内容で、各サンプル液をマウスの除毛した直径10mmの円の範囲に塗布した。塗布は1日2回、5日間に亘って行った(計10回塗布)。
【0071】
【表3】
【0072】
最後の塗布から1日後、サンプル液の塗布を行った部分の皮膚組織を採取し、採取した皮膚組織の一部をホモジナイズした。このホモジネートに対し、エラスチンの比色定量キット(Fastin Elastin Assay Kit、Biocolor社製品)を用い、採取した皮膚組織のホモジネートに含まれるエラスチン量を測定した。結果を図10のグラフに示す。
【0073】
この結果によれば、老化促進モデルマウスに対して、シアリダーゼを経皮投与することにより、エラスチン発現量が増加することがわかった。よって、老化によってエラスチン量が減少している状態においても、シアリダーゼを経皮送達させることにより、真皮におけるエラスチン産生を促進して真皮中のエラスチン量を増加させるという、アンチエイジング効果を有することが明らかとなった。
【0074】
[実施例7]
7.シアリダーゼの酵素活性の安定性の検討
ラット由来のシアリダーゼNEU1を産生するNEU1産生細胞を、実施例4と同様の方法及びC6グリオーマ細胞を用いて得た。このNEU1産生細胞をMEM培地にて細胞培養してシアリダーゼNEU1を発現させた。細胞を回収し、細胞溶解処理を行って、発現したシアリダーゼNEU1を含む可溶化液を得た。この可溶化液に対し、4MU-Neu5Acを含んだPBS(pH4.6)を添加し、27℃で所定の時間反応させた。なお、シアリダーゼNEU1の至適pHは4.6と酸性領域にあるため、反応液のpHを4.6としている。反応停止後に、プレートリーダーを用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MUの蛍光強度を測定し、可溶化液中のシアリダーゼNEU1のシアリダーゼ活性を定量した(Ex/Em=355nm/460nm)。また、実施例4で得たラット由来のシアリダーゼNEU2を産生するNEU2産生細胞についても同様の試験を行い、可溶化液におけるシアリダーゼNEU2の所定の反応時間ごとのシアリダーゼ活性を定量した。なお、シアリダーゼNEU2の至適pHは中性領域であるため、実施例4と同様に反応液のpHは7.3としている。結果を図11に示す。なお、図11におけるMockは、インサートDNA断片が組み込まれていない空のベクターを用いた場合のデータを示している。
【0075】
また、上述したシアリダーゼNEU1を含む可溶化液について、可溶化後の経過時間とそのシアリダーゼ活性を定量し、酵素活性の安定性を調べた。可溶化処理から所定時間経過した可溶化液に対し、4MU-Neu5Acを含んだPBS(pH4.6)を添加し、27℃で1時間反応させた。反応停止後に、プレートリーダーを用いて、シアリダーゼとの反応によって遊離した4MUの蛍光強度を測定し、シアリダーゼ活性を定量した。結果を図12に示す。
【0076】
これらの結果によれば、シアリダーゼNEU1と比較して、シアリダーゼNEU2は得られたシアリダーゼ活性が強いことが示された(図11)。また、シアリダーゼNEU1の酵素活性は細胞の可溶化後に急速に減弱すること(図12)が示された。これらの結果から、シアリダーゼNEU2は皮膚に塗布して用いるにあたり、シアリダーゼNEU1と比較してエラスチン産生促進剤として好適に使用され得ることがわかった。
【0077】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、エラスチン産生促進効果に優れ、老化による真皮エラスチンの減少を予防・改善することができるエラスチン産生促進剤及び皮膚化粧料を提供するため、化粧品分野や医薬品、医薬部外品等の分野の産業において幅広く役立つものである。
図1
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