(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-13
(45)【発行日】2023-07-24
(54)【発明の名称】アルミニウム材のデスマット処理剤
(51)【国際特許分類】
C23G 1/12 20060101AFI20230714BHJP
C23G 1/06 20060101ALI20230714BHJP
【FI】
C23G1/12
C23G1/06
(21)【出願番号】P 2019088307
(22)【出願日】2019-05-08
【審査請求日】2022-03-07
(73)【特許権者】
【識別番号】591021028
【氏名又は名称】奥野製薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 健二
(72)【発明者】
【氏名】森口 朋
(72)【発明者】
【氏名】平井 建太郎
(72)【発明者】
【氏名】奥村 元
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-144463(JP,A)
【文献】特開2011-047019(JP,A)
【文献】特開2017-183174(JP,A)
【文献】特開2001-262383(JP,A)
【文献】特開昭59-113199(JP,A)
【文献】特開平07-041972(JP,A)
【文献】特開2001-247986(JP,A)
【文献】特開平06-033267(JP,A)
【文献】特公昭45-011401(JP,B1)
【文献】特開昭53-052254(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23G 1/00-1/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)硫酸、並びに
(B)
1g/L以上の水溶性高分子及び
0.05g/L以上の両性金属からなる群より選択される少なくとも1種
を含有
し、塩化物イオン濃度が50mg/L以上であり、且つ硝酸の濃度が0~0.1質量%である、アルミニウム材のデスマット処理剤。
【請求項2】
硝酸を実質的に含有しない、請求項1に記載のデスマット処理剤。
【請求項3】
前記水溶性高分子がポリアルキレングリコールまたは、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルを含む、請求項1又は2に記載のデスマット処理剤。
【請求項4】
前記水溶性高分子の平均分子量が200~20000である、請求項1~3のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項5】
前記両性金属が亜鉛、アルミニウム、スズ、及び鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~4のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項6】
前記両性金属が亜鉛及びアルミニウムからなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~5のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項7】
さらに、マグネシウムを含有する、請求項1~6のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項8】
前記水溶性高分子及び前記両性金属の両方を含有する、請求項1~7のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項9】
化学的表面処理により生じたスマットの除去に用いるための、請求項1~8のいずれかに記載のデスマット処理剤。
【請求項10】
水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、
請求項1~9のいずれかに記載のデスマット処理剤の製造に用いるための添加剤。
【請求項11】
表面にスマットを保持するアルミニウム材を、請求項1~9のいずれかに記載のデスマット処理剤で処理する工程を含む、アルミニウム材のデスマット処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム材のデスマット処理剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材の表面処理においては、表面に不溶性残渣(スマット)が生成することがある。例えば、アルミニウムに陽極酸化処理やめっき処理、塗装等を行う前には表面清浄化のためにアルカリエッチング処理等が行われるが、この処理により、アルミニウム材の表面に白色や灰色のスマットが生成してしまう。そこで、スマットを除去する処理(デスマット処理)が行われる。
【0003】
例えば、特許文献1では、硝酸等の無機酸にバナジウム化合物を添加することにより、より短時間でスマットを除去できるデスマット処理剤について報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、近年の環境意識の高まり、環境基準の厳格化等に着目し、環境汚染に繋がる硝酸を使用しないデスマット処理剤の開発を進めていた。ところが、デスマット処理の際に硝酸を使用しない場合、塩化物イオン(50mg/L)の存在下でデスマット処理すると、多くの孔食(アルミニウム材表面における無数の微小孔)が発生してしまうことが分かった。塩化物イオンは、デスマット処理水溶液を調製するための水として主に使用される水道水に不可避的に含まれており、またデスマット処理において無機酸として使用する硫酸にも不純物として含まれ得るところ、上記問題は、硝酸を使用しない、或いは硝酸の使用量が著しく少ないデスマット処理(硝酸フリーデスマット処理)における一般的な課題である。
【0006】
そこで、本発明は、硝酸を使用しない、或いは硝酸の使用量が著しく少ないデスマット処理において、孔食の発生を抑制することができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、(A)硫酸、並びに(B)水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アルミニウム材のデスマット処理剤、であれば、孔食の発生を抑制しつつもスマットを除去できることを見出した。この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明が完成した。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0008】
項1. (A)硫酸、並びに
(B)水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種
を含有する、アルミニウム材のデスマット処理剤.
項2. 硝酸を実質的に含有しない、項1に記載のデスマット処理剤.
項3. 前記水溶性高分子がポリアルキレングリコールまたは、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルを含む、項1又は2に記載のデスマット処理剤.
項4. 前記水溶性高分子の平均分子量が200~20000である、項1~3のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項5. 前記両性金属が亜鉛、アルミニウム、スズ、及び鉛からなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1~4のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項6. 前記両性金属が亜鉛及びアルミニウムからなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1~5のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項7. さらに、マグネシウムを含有する、項1~6のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項8. 前記水溶性高分子及び前記両性金属の両方を含有する、項1~7のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項9. 化学的表面処理により生じたスマットの除去に用いるための、項1~8のいずれかに記載のデスマット処理剤.
項10. 水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アルミニウム材のデスマット処理剤用添加剤.
項11. 表面にスマットを保持するアルミニウム材を、項1~9のいずれかに記載のデスマット処理剤で処理する工程を含む、アルミニウム材のデスマット処理方法.
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、硝酸を使用しない、或いは硝酸の使用量が著しく少ないデスマット処理において、孔食の発生を抑制することができる技術を提供することができる。具体的には、本発明は、アルミニウム材のデスマット処理剤、アルミニウム材のデスマット処理剤用添加剤、アルミニウム材のデスマット処理方法等を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0011】
本明細書において、「実質的に含有しない」とは、不純物として不可避的に混入する成分については除かれることを意味する。すなわち、「X成分を実質的に含有しない」とは、X成分が不純物として不可避的に混入している場合は除く意味である。
【0012】
1.デスマット処理剤
本発明は、その一態様において、(A)硫酸、並びに(B)水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アルミニウム材のデスマット処理剤(本明細書において、「本発明のデスマット処理剤」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0013】
本発明のデスマット処理剤は、無機酸として硫酸を含有する。無機酸は、スマットを溶解して除去するために添加される。本発明のデスマット処理剤における硫酸濃度は、この目的が達成可能な濃度である限り、特に制限されない。該濃度は、例えば0.5~50質量%、好ましくは2~30質量%、より好ましくは4~20質量%である。
【0014】
本発明のデスマット処理剤は、硫酸以外の無機酸を含有していてもよい。無機酸としては、例えばリン酸、フッ化水素酸等が挙げられる。
【0015】
塩化物イオンを生じる無機酸(塩酸等)は、孔食を発生させる原因となり得るので、使用しないことが望ましい。本発明のデスマット処理剤における該無機酸の濃度は、好ましくは0質量%である。
【0016】
硝酸は、環境汚染に繋がるので、その添加量はできるだけ少ないこと、或いは使用しないことが望ましい。本発明は、硝酸を使用しない、或いは硝酸の使用量が著しく少ないデスマット処理(硝酸フリーデスマット処理)に関する。本発明のデスマット処理剤における硝酸の濃度は、例えば0.1質量%以下、好ましくは0.03質量%以下、より好ましくは0.01質量%以下、さらに好ましくは0.001質量%以下である。本発明のデスマット処理剤は、硝酸を実質的に含有しないことが好ましい。本発明のデスマット処理剤における硝酸の濃度は、好ましくは0質量%である。
【0017】
硫酸以外の無機酸を使用する場合、該無機酸は、1種のみを使用することができるし、又は2種以上を組合せて使用することもできる。
【0018】
硫酸の含有量は、本発明のデスマット処理剤における無機酸100質量%に対して、例えば70質量%以上、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、よりさらに好ましくは99質量%以上である。
【0019】
本発明のデスマット処理剤は、水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する。孔食抑制作用の観点から、本発明のデスマット処理剤は、水溶性高分子及び両性金属の両方を含有することが特に好ましい。
【0020】
本発明のデスマット処理剤は、その一態様において、水溶性高分子を含有する。水溶性高分子により、孔食の発生を抑制することができる。限定的な解釈を望むものではないが、水溶性高分子が孔食抑制作用を発揮する一因としては、孔食の原因となる塩化物イオンを捕捉することが考えられる。水溶性高分子は、このような機能を発揮し得るものである限り、特に制限されない。水溶性高分子としては、例えば、ポリアルキレングリコール(例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール)、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルピロリドン、ポリアミド、ポリイミド、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルグリコール、ポリオキシプロピレンアルキルグリコール、ポリオキシエチレンオキシプロピレングリコール、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリ(2-ヒドロキシ-2-オキソ-1,3,2-ジオキサホスホラン)(PHP)、ポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン等の合成高分子; タンパク質、多糖(デキストラン、デンプン、セルロール、セルロール誘導体等)等の天然又は半合成高分子等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは合成高分子が挙げられ、より好ましくはポリアルキレングリコール、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリビニルアルコール等が挙げられ、さらに好ましくはポリアルキレングリコールが挙げられ、さらに好ましくはポリエチレングリコールが挙げられる。
【0021】
水溶性高分子は、2種以上の構成単位で形成されたコポリマーとすることもできる。この場合、例えば、ランダムコポリマー、ブロックコポリマー、グラフトコポリマー等が挙げられる。
【0022】
水溶性高分子の平均分子量としては、好ましくは200~20000、より好ましくは600~5000、さらに好ましくは600~2000である。ここでの平均分子量とは、数平均分子量又は重量平均分子量のいずれであってもよく、これらの平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)等により測定できる。
【0023】
水溶性高分子は、1種のみを使用することができるし、又は2種以上を組合せて使用することもできる。
【0024】
本発明のデスマット処理剤が水溶性高分子を含有する場合、本発明のデスマット処理剤における水溶性高分子の濃度は、特に制限されないが、例えば1~500g/L、好ましくは5~100g/L、より好ましくは10~50g/Lである。
【0025】
本発明のデスマット処理剤は、その一態様において、両性金属を含有する。この場合、両性金属は、通常、イオンの形態で存在する。両性金属により、孔食の発生を抑制することができる。限定的な解釈を望むものではないが、両性金属が孔食抑制作用を発揮する一因としては、溶液中の両性金属がアルミニウムと置換を起こし孔食発生を抑制することが考えられる。特に、アルミニウムに関しては、孔食が発生する電位差を小さくして溶解速度を抑制していると考えられる。両性金属としては、特に制限されず、例えば亜鉛、アルミニウム、スズ、鉛等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは亜鉛、アルミニウム等が挙げられ、より好ましくは亜鉛が挙げられる。
【0026】
両性金属は、1種のみを使用することができるし、又は2種以上を組合せて使用することもできる。両性金属同士を組み合わせることにより(2種以上の両性金属を含有することにより)、孔食抑制作用をより高めることができる。特に、亜鉛及びアルミニウムの両方を含有する場合、孔食抑制作用を特に顕著に高めることができる。
【0027】
本発明のデスマット処理剤に両性金属を配合する場合、通常は、両性金属化合物(好ましくは両性金属塩)を添加する。両性金属化合物としては、特に制限されず、例えば硫酸塩、リン酸塩、水酸化物、ケイ酸塩、炭酸塩、有機酸塩、酸化物塩等が挙げられる。塩化物イオンを生じる両性金属化合物(塩化亜鉛等)は、孔食を発生させる原因となり得るので、その添加量はできるだけ少ないこと、或いは使用しないことが望ましい。また、硝酸イオンを生じる両性金属化合物(硝酸亜鉛等)は、環境汚染に繋がるので、その添加量はできるだけ少ないこと、或いは使用しないことが望ましい。両性金属化合物は、1種のみを使用することができるし、又は2種以上を組合せて使用することもできる。
【0028】
本発明のデスマット処理剤が両性金属を含有する場合、本発明のデスマット処理剤における両性金属の濃度は、特に制限されないが、例えば0.05~50g/L、好ましくは0.1~20g/L、より好ましくは0.3~12g/Lである。
【0029】
本発明のデスマット処理剤は、さらにマグネシウムを含有することが好ましい。この場合、マグネシウムは、通常、イオンの形態で存在する。マグネシウムにより、孔食の発生を抑制することができる。特に、マグネシウムと両性金属とを組み合わせることにより、孔食抑制作用をより高めることができる。
【0030】
本発明のデスマット処理剤にマグネシウムを配合する場合、通常は、マグネシウム化合物(好ましくはマグネシウム塩)を添加する。マグネシウム化合物としては、特に制限されず、例えば硫酸塩、リン酸塩、水酸化物、ケイ酸塩、炭酸塩、有機酸塩等が挙げられる。塩化物イオンを生じるマグネシウム化合物(塩化マグネシウム等)は、孔食を発生させる原因となり得るので、その添加量はできるだけ少ないこと、或いは使用しないことが望ましい。また、硝酸イオンを生じるマグネシウム化合物(硝酸マグネシウム等)は、環境汚染に繋がるので、その添加量はできるだけ少ないこと、或いは使用しないことが望ましい。マグネシウム化合物は、1種のみを使用することができるし、又は2種以上を組合せて使用することもできる。
【0031】
本発明のデスマット処理剤がマグネシウムを含有する場合、本発明のデスマット処理剤におけるマグネシウムの濃度は、特に制限されないが、例えば0.05~50g/L、好ましくは0.2~12g/L、より好ましくは0.5~8g/Lである。
【0032】
本発明のデスマット処理剤には、本発明の効果が著しく阻害されない限りにおいて、上記以外の他の成分が含まれていてもよい。他の成分としては、例えば酸化剤(過酸化水素、過硫酸塩、過マンガン酸塩や第二鉄(III)塩などの酸化力を有する金属塩およびその化合物等)、活性剤等が挙げられる。酸化剤は、デスマット能力を向上し、有害な塩素を塩素ガスとして取り除くことができる。
【0033】
他の成分の含有量は、本発明のデスマット処理剤100質量%に対して、例えば0~50質量%、好ましくは0~20質量%、より好ましくは0~10質量%、さらに好ましくは0~1質量%、よりさらに好ましくは0~0.1質量%である。
【0034】
環境汚染の観点から、本発明のデスマット処理剤における硝酸イオンの量はできるだけ少ないことが望ましい。本発明のデスマット処理剤における硝酸イオンの濃度は、例えば0.1質量%以下、好ましくは0.03質量%以下、より好ましくは0.01質量%以下、さらに好ましくは0.001質量%以下である。本発明のデスマット処理剤は、硝酸イオンを実質的に含有しないことが好ましい。本発明のデスマット処理剤における硝酸イオンの濃度は、好ましくは0質量%である。
【0035】
前述したとおり、硫酸や水道水に不純物として塩化物イオンが不可避的に含まれているので、本発明のデスマット処理剤にはこのような塩化物イオンを不可避的に含有する。本発明のデスマット処理剤における塩化物イオンの濃度の下限は、例えば0.1mg/L、1mg/L、10mg/L、20mg/L、50mg/L、100mg/L、120mg/L、130mg/L、140mg/L、150mg/Lである。該濃度の上限は、例えば300mg/L、270mg/L、250mg/L、240mg/L、230mg/L、220mg/L、210mg/L、200mg/L、190mg/L、180mg/L、170mg/L、160mg/L、155mg/Lである。
【0036】
本発明のデスマット処理剤は、溶媒として水を含有する。本発明のデスマット処理剤は、水(通常は、水道水)を用いて、各成分を適宜混合することにより製造することができる。溶媒としては水のみならず、本発明の効果が著しく阻害されない限りにおいて、水に加えて他の溶媒を追加してもよい。
【0037】
本発明のデスマット処理剤は硫酸を含有するので酸性であり、そのpHは、例えば3以下、好ましくは2以下、より好ましくは1以下である。
【0038】
本発明のデスマット処理剤は、アルミニウム材表面のスマットの除去に用いられる。換言すれば、本発明のデスマット処理剤の処理対象は、表面にスマットを保持するアルミニウム材である。該アルミニウム材は、好ましくはめっき処理、より好ましくは陽極酸化処理に供するためのアルミニウム材である。
【0039】
アルミニウム材としては、処理対象となる表面部分がアルミニウム又はアルミニウム合金によって形成されている物品であれば特に制限されない。例えば、アルミニウム又はアルミニウム合金を材質とする各種の物品のほか、鋼板等の各種の基材上にアルミニウムめっき又はアルミニウム合金めっき皮膜を形成した物品、鋳物、ダイキャスト等を使用することができる。アルミニウム合金としては特に限定されず、アルミニウムを主要金属成分とする各種合金を用いることができる。例えば、A1000系の純アルミニウム、A2000系の銅及びマンガンを含むアルミニウム合金、A3000系のアルミニウム-マンガン合金、A4000系のアルミニウム-シリコン合金、A5000系のアルミニウム-マグネシウム合金、A6000系のアルミニウム-マグネシウム-シリコン合金、A7000系のアルミニウム-亜鉛-マグネシウム合金、A8000系のアルミニウム-リチウム系合金等を適用対象とすることができる。
【0040】
本発明のデスマット処理剤は、好ましくは化学的表面処理により生じたスマット、より好ましくは化学エッチング処理により生じたスマット、さらに好ましくはアルカリエッチングにより生じたスマットの除去に用いることができる。
【0041】
本発明のデスマット処理剤によれば、塩化物イオン存在下での硝酸フリーデスマット処理において、孔食の発生を抑制しつつ、アルミニウム材のスマットを除去することができる。好ましい態様においては、塩化物イオン濃度がより高い条件下でも、より効率的に孔食の発生を抑制することができる。
【0042】
2.デスマット処理剤用添加剤
本発明は、その一態様において、水溶性高分子及び両性金属からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、アルミニウム材のデスマット処理剤用添加剤(本明細書において、「本発明の添加剤」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0043】
本発明の添加剤については、pH、水溶性高分子の濃度、及び両性金属の濃度以外は、本発明のデスマット処理剤と同様である。
【0044】
本発明の添加剤が水溶性高分子を含有する場合、その濃度は、デスマット処理剤に添加した際にその濃度を上記した本発明のデスマット処理剤における濃度に調整することができる程度の濃度である限り、特に制限されない。本発明の添加剤における水溶性高分子の濃度は、例えば1~500g/L、好ましくは5~100g/L、より好ましくは10~50g/Lである。
【0045】
本発明の添加剤が両性金属を含有する場合、その濃度は、デスマット処理剤に添加した際にその濃度を上記した本発明のデスマット処理剤における濃度に調整することができる程度の濃度である限り、特に制限されない。本発明の添加剤における両性金属の濃度は、例えば0.5~500g/Lである。
【0046】
本発明の添加剤がマグネシウムを含有する場合、その濃度は、デスマット処理剤に添加した際にその濃度を上記した本発明のデスマット処理剤における濃度に調整することができる程度の濃度である限り、特に制限されない。本発明の添加剤におけるマグネシウムの濃度は、例えば0.5~500g/Lである。
【0047】
3.デスマット処理方法
本発明は、その一態様において、表面にスマットを保持するアルミニウム材を、本発明のデスマット処理剤で処理する工程を含む、アルミニウム材のデスマット処理方法(本明細書において、「本発明のデスマット処理方法」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0048】
処理の態様は、アルミニウム材の表面上に本発明のデスマット処理剤が接触可能な態様である限り特に制限されない。該接触方法としては、例えば、浸漬、塗布、スプレー等の方法を採用することができる。また、設備工程として超音波やマイクロバブリングを併用してデスマット処理を行っても良い。
【0049】
処理時の温度は、特に制限されないが、例えば10~50℃、好ましくは15~40℃、より好ましくは20~35℃である。
【0050】
処理時間は、処理温度に応じて異なるが、例えば10秒~30分間、好ましくは20秒~15分間、より好ましくは30秒~5分間である。
【0051】
本発明の一態様においては、上記処理後、さらに陽極酸化処理を行う。陽極酸化処理としては、例えば、硫酸濃度が100g/L~400g/L程度の水溶液を用い、液温を-10~30℃程度として、0.5~4A/dm2程度の陽極電流密度で電解を行う方法が挙げられる。
【実施例】
【0052】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0053】
試験例1.孔食抑制試験1(水溶性高分子単独による孔食抑制)
<試験例1-1.試験片の作製>
アルミニウム材(アルミニウム合金:JIS A6063板)を脱脂処理水溶液(組成:98%硫酸70ml/L、トップADD-100(奥野製薬工業社製)100ml/L、水)に浸漬して、55℃で2分間処理することにより、脱脂した。続いて、1分間水洗した後、アルミニウム材をエッチング処理水溶液(組成:水酸化ナトリウム100g/L、アルサテンSK(奥野製薬工業社製)2ml/L、水)に浸漬して、55℃で1分間処理することにより、アルカリエッチングした。1分間水洗して、得られたアルミニウム材を、孔食抑制試験の試験片として使用した。試験片の表面は、白色や灰色のスマットにより覆われていた。
【0054】
<試験例1-2.デスマット処理>
硫酸、水溶性高分子及び塩化ナトリウムを使用して、デスマット処理水溶液(組成:62.5%硫酸100ml/L、水溶性高分子5~50g/L、塩化物イオン150mg/L、ナトリウムイオン、水)を調製した。得られたデスマット処理水溶液に試験片を浸漬して、35℃で10分間処理することにより、デスマット処理した。水溶性高分子としては、ポリビニルアルコール(平均分子量600)5g/L、ポリエチレングリコール(平均分子量1000)50g/L、ポリオキシレンノニルフェニルエーテル(平均分子量2000)10g/L、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブチルエーテル(平均分子量1500)7g/Lを用いた。一方で、比較としてエチレングリコール50g/Lを添加したものや水溶性高分子を添加しないものを作製した。水溶性高分子以外は同様にして調製したデスマット処理水溶液を用いて、同様にデスマット処理を行った。デスマット処理後の試験片の表面を観察し、孔食の有無、及び孔食の程度を評価した。
評価基準は以下の通りである。
○ :孔食なし。
△ :孔食量 少。(1~5%の面積に孔食が発生)
× :孔食量 多。(5~30%以上の面積に孔食が発生)
【0055】
<試験例1-3.結果>
結果を表1に示す。なお、デスマット処理後の試験片表面には、スマットは残っていなかった。
【0056】
【表1】
本試験例のようにデスマット処理の際に硝酸を使用しない場合、塩化物イオンの存在下でデスマット処理すると、多くの孔食が発生してしまうことが分かった。塩化物イオンは、デスマット処理水溶液を調製するための水として主に使用される水道水に不可避的に含まれており、またデスマット処理において無機酸として使用する硫酸にも不純物として含まれ得るところ、上記問題は、硝酸を使用しない、或いは硝酸の使用量が著しく少ないデスマット処理(硝酸フリーデスマット処理)における一般的な問題である。
【0057】
表1に示されるように、水溶性高分子であるポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブチルエーテルにより、孔食が抑制された。このことから、水溶性高分子により上記問題を解消できることが分かった。
【0058】
試験例2.孔食抑制試験2(両性金属単独による孔食抑制)
硫酸、硫酸亜鉛、及び塩化ナトリウムを使用して、デスマット処理水溶液(組成:62.5%硫酸100ml/L、硫酸亜鉛22g/L(亜鉛5g/L)、塩化物イオン150mg/L、ナトリウムイオン、水)を調製した。得られたデスマット処理水溶液に試験片を浸漬して、35℃で10分間処理することにより、デスマット処理した。一方で、亜鉛源(硫酸亜鉛)を添加しない以外は同様にして調製したデスマット処理水溶液を用いて、同様にデスマット処理を行った。デスマット処理後の試験片について、試験例1-2と同様にして孔食の有無及び程度を評価した。
【0059】
結果を表2に示す。なお、デスマット処理後の試験片表面には、スマットは残っていなかった。
【0060】
【表2】
表2に示されるように、両性金属である亜鉛により、孔食が抑制された。このことから、両性金属により、上記試験例1-3の問題(硝酸フリーデスマット処理における孔食発生の問題)を解消できることが分かった。
【0061】
試験例3.孔食抑制試験3(水溶性高分子と両性金属との併用による孔食抑制)
硫酸、ポリビニルアルコール(平均分子量600)、硫酸亜鉛、及び塩化ナトリウムを使用して、デスマット処理水溶液(組成:62.5%硫酸100ml/L、ポリビニルアルコール5g/L、硫酸亜鉛22g/L(亜鉛5g/L)、塩化物イオン200mg/L、ナトリウムイオン、水)を調製した。得られたデスマット処理水溶液に試験片を浸漬して、35℃で10分間処理することにより、デスマット処理した。デスマット処理後の試験片について、試験例1-2と同様にして孔食の有無及び程度を評価した。
【0062】
結果を表3に示す。なお、デスマット処理後の試験片表面には、スマットは残っていなかった。
【0063】
【表3】
表3に示されるように、水溶性高分子と両性金属とを組み合わせることにより、本試験例のようにより高い塩化物イオン濃度(200mg/L)の場合でも、孔食を抑制できることが分かった。
【0064】
試験例4.孔食抑制試験4(両性金属の組合せによる孔食抑制)
硫酸、硫酸亜鉛、硫酸アルミニウム、及び塩化ナトリウムを使用して、デスマット処理水溶液(組成:62.5%硫酸100ml/L、硫酸亜鉛22g/L(亜鉛5g/L)、硫酸アルミニウム4.1g/L(アルミニウム0.65g/L)、塩化物イオン200mg/L、ナトリウムイオン、水)を調製した。得られたデスマット処理水溶液に試験片を浸漬して、35℃で10分間処理することにより、デスマット処理した。デスマット処理後の試験片について、試験例1-2と同様にして孔食の有無及び程度を評価した。
【0065】
結果を表4に示す。なお、デスマット処理後の試験片表面には、スマットは残っていなかった。
【0066】
【表4】
表4に示されるように、両性金属同士を組み合わせることにより、本試験例のようにより高い塩化物イオン濃度(200mg/L)の場合でも、孔食を抑制できることが分かった。
【0067】
試験例5.孔食抑制試験5(金属の組合せによる孔食抑制1)
硫酸、ポリエチレングリコール(平均分子量1000)、硫酸亜鉛、硫酸アルミニウム、硫酸マグネシウム、及び塩化ナトリウムを使用して、デスマット処理水溶液(組成:62.5%硫酸100ml/L、ポリエチレングリコール50g/L、2種又は3種の金属塩、塩化物イオン250mg/L、ナトリウムイオン、水)を調製した。なお、各金属塩について、使用する場合の濃度は次の通りである:硫酸亜鉛22g/L(亜鉛5g/L)、硫酸アルミニウム4.1g/L(アルミニウム0.65g/L)、硫酸マグネシウム4.5g/L(マグネシウム0.9g/L)。
【0068】
得られたデスマット処理水溶液に試験片を浸漬して、35℃で10分間処理することにより、デスマット処理した。デスマット処理後の試験片について、試験例1-2と同様にして孔食の有無及び程度を評価した。
【0069】
試験した金属の組合せ、及び結果を表5に示す。なお、デスマット処理後の試験片表面には、スマットは残っていなかった。
【0070】
【表5】
表5に示されるように、両性金属同士を組み合わせることにより、或いは両性金属とマグネシウムを組み合わせることにより、本試験例のようにより高い塩化物イオン濃度(250mg/L)の場合でも、孔食を抑制できることが分かった。