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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-13
(45)【発行日】2023-07-24
(54)【発明の名称】グラフトコポリマー及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C08F 261/04 20060101AFI20230714BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20230714BHJP
   H01M 4/139 20100101ALI20230714BHJP
【FI】
C08F261/04
H01M4/62 Z
H01M4/139
【請求項の数】 6
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021177766
(22)【出願日】2021-10-29
(65)【公開番号】P2022074127
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2021-12-24
(31)【優先権主張番号】109137893
(32)【優先日】2020-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】TW
(73)【特許権者】
【識別番号】500202322
【氏名又は名称】長興材料工業股▲ふん▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】ETERNAL MATERIALS CO.,LTD.
【住所又は居所原語表記】578,CHIEN KUNG RD.,KAOHSIUNG,TAIWAN,
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】陳 韋志
【審査官】岡部 佐知子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/165578(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0107275(US,A1)
【文献】国際公開第2012/023626(WO,A1)
【文献】特開平07-026103(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 261/04
H01M 4/62
H01M 4/139
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール主鎖を含む、ポリビニルアルコールグラフトコポリマーであって、以下のモノマー:
(a)式(1)の構造を有するフッ素含有エチレン性不飽和モノマー
【化1】
(b)式(2)の構造を有するエチレン性不飽和カルボン酸モノマー
【化2】
(c)式(3)の構造を有するエチレン性不飽和アミドモノマー
【化3】
(式中、
は、H、C ~C アルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC ~C アルキルであり;
は、H、C ~C 12 アルキル、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC ~C 12 アルキル、アリール、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたアリール、アラルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたアラルキルであり、
ただし、R 及びR の少なくとも1つはフッ素原子で置換されており;
は、H又はC ~C アルキルであり;
は、-OHであり;
は、H又はC ~C アルキルであり;
は、H、C ~C 10 アルキル、アリール、アラルキル、シクロアルキル、
【化4】
であり、前記C ~C 10 アルキル、アリール、アラルキル、又はシクロアルキルは、非置換であるか、又はアミノ、モノアルキルアミノ、又はジアルキルアミノで置換されていてもよく;
は、H又はC ~C アルキルであり、前記C ~C アルキルは、非置換であるか、又はアミノ、モノアルキルアミノ、又はジアルキルアミノで置換されていてもよく;
は、C ~C 10 アルキルである)
に由来する構造単位を含む分岐鎖を含み、
ポリビニルアルコールの100質量部に基づいて、
前記フッ素含有エチレン性不飽和モノマーの含有量は20質量部から160質量部であり、
前記エチレン性不飽和カルボン酸モノマーの含有量は500質量部から2500質量部であり、
前記エチレン性不飽和カルボン酸モノマーの前記エチレン性不飽和アミドモノマーに対する質量比は50:1から2:1である、ポリビニルアルコールグラフトコポリマー。
【請求項2】
前記エチレン性不飽和カルボン酸モノマーは、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、2-エチルアクリル酸、イソクロトン酸、α-アセトキシアクリル酸、又はβ-トランス-アリールオキシアクリル酸を含む、請求項1に記載のポリビニルアルコールグラフトコポリマー。
【請求項3】
前記エチレン性不飽和アミドモノマーは、(メタ)アクリルアミド、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-n-プロプル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N-n-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-sec-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-tert-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-ヘキシル(メタ)アクリルアミド、N-ベンジル(メタ)アクリルアミド、N-(3-ジメチルアミノプロピル)(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、N-(メトキシメチル)(メタ)アクリルアミド、N-(ブトキシメチル)(メタ)アクリルアミド、N-フェニル(メタ)アクリルアミド、N-(3-メチルフェニル)(メタ)アクリルアミド、N-シクロヘキシル(メタ)アクリルアミド、N-シクロペンチル(メタ)アクリルアミド、N-(メタ)アクリロイルエチルカルバメート、又はこれらの組み合わせを含む、請求項1に記載のポリビニルアルコールグラフトコポリマー。
【請求項4】
請求項1に記載のポリビニルアルコールグラフトコポリマーを含む、水性バインダー組成物。
【請求項5】
アルカリ化合物をさらに含み、前記アルカリ化合物は、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、又はこれらの混合物を含む、請求項に記載の水性バインダー組成物。
【請求項6】
請求項1に記載のポリビニルアルコールグラフトコポリマーを含む、電極スラリー組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコールグラフトコポリマーに関し、特にアルカリ性環境に適したポリビニルアルコールグラフトコポリマーに関する。また、本発明は、水性バインダー組成物及び電極スラリー組成物におけるポリビニルアルコールグラフトコポリマーの使用にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化学エネルギー貯蔵システムの分野において、リチウムイオン電池は、比較的軽量、比較的大容量(すなわち、比較的高いエネルギー密度)、高い作業電圧、及び長いサイクル寿命などの特徴のために広く注目されている。
【0003】
リチウムイオン電池中の電極板は、電池性能において重要な役割を果たす主要な要素である。特に、電極板は、電池のエネルギー密度、放電容量、及びサイクル寿命に影響を及ぼす。電極板は、活性材料(例えば、正極材料及び負極材料)、導電材料(例えば、カーボンブラック)、バインダー、及び金属集電体(例えば、銅箔及びアルミニウム箔)で主に構成されている。
【0004】
従来使用されている負極材料は、グラファイト、ソフトカーボン、及びハードカーボン等の炭素系材料である。しかしながら、より高いエネルギー密度を追求するために、ケイ素系材料(ケイ素又は酸化ケイ素等)が、リチウムイオン電池の負極材料として試みられてきた。従来の炭素系負極材料と比較して、ケイ素系材料はリチウムイオン電池のエネルギー密度を大幅に高めることができる。しかし、ケイ素系材料は、電池の充電(ケイ素系材料中のリチウムイオンの移動)の間の激しい体積膨張(約400%)を受ける。繰り返される充電及び放電のプロセスにおいて、この激しい体積膨張及び収縮は、負極材料の構造を破壊する。例えば、導電性ネットワークの崩壊及び/又は電極板の剥離は、負極の完全な故障をもたらし、これは電池性能に極めて悪影響を及ぼす。
【0005】
別の態様において、リチウムイオン電池の負極活性材料としてケイ素系材料が使用される場合、最初の充電(リチウムインターカレーション)中に、ケイ素系材料は電解質中のリチウムイオンと不可逆的に反応して、LiO又はLiSiOを含有する不活性固体電解質界面(SEI)を生成する。SEIの生成は、大量のリチウムイオンを消費するため、初期の充電及び放電の間のリチウムイオン電池の不可逆的な容量損失が非常に大きく、これは高エネルギー密度のリチウムイオン電池でのケイ素系材料の使用を大幅に制限する。
【0006】
ケイ素系負極材料の過度に大きな不可逆的容量損失の前述の問題を克服するために、前処理の技術が開発されている。例えば、リチウムは、前リチウム化(pre-lithiation)によって電極材料に加えられ、SEI膜の形成によって生じる不可逆的なリチウムの損失を補い、それによって第1サイクルのクーロン効率を改善する。
【0007】
バインダーは、電極活性材料及び導電材料を結合し、電極活性材料及び導電材料を金属集電体の表面に接着させるために使用される。バインダーの接着力は電池のサイクル寿命密接に関係している。接着力が不十分な場合、電気化学サイクルの間に電極活性材料及び導電材料は金属集電体の表面から剥がれ落ち、電極板の粉状化をもたらし、電池の電気化学エネルギー貯蔵性能を損失する可能性がある。
【0008】
リチウムイオン電池で一般的に使用されるバインダーは、典型的には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、カルボキシメチルセルロース(CMC)ポリマー、アクリルポリマー(PAA)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、ポリビニルアルコール(PVA)等を含む。PVDFバインダーは、現在、当技術分野では比較的成熟したバインダーであり、十分な接着性能を有する。しかし、PVDFバインダーは、一般的に使用される電解質において膨張が発生しやすく、これは電極の安定性の低下を引き起こす。CMC及びSBRは、通常グラファイト系負極活性材料と一緒に使用され、十分な粘弾性を有し、十分な分散性を有するグラファイトを提供し得るが、前述の、ケイ素系材料の体積膨張及び収縮の問題を克服することができない。PAAは、カルボキシル基を有し、これはケイ素系材料の表面と水素結合力を形成し、ケイ素系材料の体積膨張を抑制することができる。しかし、PAAは、吸湿性であるという問題を有しており、したがって、PAAが電極板の製造で使用される場合、比較的高温で比較的長時間電極板を乾燥させなければならない。また、PAAは、純PAAの脆弱性の問題を避けるために、通常、CMC及び/又はSBRと一緒に使用される必要がある。
【0009】
現在開発されているバインダー材料の中で、ケイ素系負極材料の体積膨張及び収縮の問題を克服できるバインダー材料、例えばPAA又は改良されたPAA系バインダー材料があり、これは、酸性環境での(銅箔及びアルミニウム箔等の)金属集電体への十分な接着力を有する。しかし、前述のように、負極材料のための前処理技術は、高エネルギー密度電池で開発されている。前処理後(例えば、これに限定されないが、前リチウム化又は前マグネシウム化(pre-magnesation))の負極材料はアルカリ性であり、アルカリ性環境ではPAAバインダー材料が(銅箔及びアルミニウム箔等の)金属集電体の表面にしっかりと接着されなくなり、低下した接着力がもたらされる。したがって、電極板内の様々な材料をしっかりと接着することができず、剥がれ落ちやすくなり、したがって、得られる電池の電気化学的性能に影響を及ぼす。
【0010】
したがって、コーティングの分解、並びにケイ素系負極材料の体積膨張及び収縮の問題を克服でき、アルカリ性電極スラリーにおいて十分な接着力を維持できる、適切なバインダーの開発が、当業者が熱心に取り組もうとしている技術的な問題である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、研究の後、前述の問題を解決し得るポリビニルアルコールグラフトコポリマーが見出された。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一目的は、ポリビニルアルコール主鎖を含む新規のポリビニルアルコールグラフトコポリマーを提供することである。ポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、以下のモノマー:
(a)フッ素含有エチレン性不飽和モノマー;
(b)エチレン性不飽和カルボン酸モノマー;及び
(c)エチレン性不飽和アミドモノマー;
に由来する構造単位を含む分岐鎖を含む。
【0013】
本発明の別の目的は、前述のポリビニルアルコールグラフトコポリマーを含む水性バインダー組成物を提供することである。一実施形態において、水性バインダー組成物のpH値は7から13である。
【0014】
本発明のさらに別の目的は、前述の水性バインダー組成物を含む電極スラリー組成物を提供することである。
【0015】
電極板の製造において、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、単剤(single agent)として使用されてもよい。すなわち、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは他のバインダーと一緒に使用されることなくCMC/SBRと置き換えることができ、これによりプロセスを簡略化し、コストを減らすことができる。しかし、これにかかわらず、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、他のバインダー(CMC/SBR等)と一緒に使用されてもよい。また、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、純PAAの脆弱性の問題を防ぐことができ、製造される電極板は柔軟性を有し、巻いた(winding)後の崩壊が発生しにくく、そのため操作性が十分である。さらに、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、PAAの吸湿性の問題を軽減することができ、得られた電極板は容易に乾燥することができ、そのため乾燥のために必要なエネルギー消費が低減され得る。
【0016】
驚くべきことに、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、アルカリ性環境において十分な接着力を維持することができ、製造される電極板の粉状化が発生しにくく、そのためポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、特にアルカリ電極スラリー組成物(例えば、これに限定されないが、前リチウム化又は前マグネシウム化ケイ素系負極活性材料を含む電極スラリー組成物)における水性バインダーとして使用するのに適していることが見出された。製造される電極板は十分な物理的及び電気化学的特性を有しており、したがって、電池のサイクル寿命を向上する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書に記載される開示内容の理解を容易にするために、複数の用語を以下で定義する。
【0018】
用語「約(「approximately」又は「about」)」は、当業者によって測定される特定値の許容可能な誤差を意味し、誤差の範囲は値がどのように測定又は決定されるかに依存する。
【0019】
本明細書において、特に限定されていない限り、単数形における「a」及び「the」は、その複数形も含む。本明細書において任意の並びに全ての実施形態及び例示的表現(「例えば」及び「等」)は、本発明を強調する目的のためのみのものであって、本発明の範囲を限定する意図はない。本明細書中の用語は、請求されていない方法及び条件が、本発明が実施される場合に本質的な特徴を構成し得ることを意味するものとして解釈されるべきではない。
【0020】
2つ以上の項目を含むリスト中で用いられる用語「又は」について、以下の記述が含まれる:リストの任意の項目、リストの全ての項目、及びリストの項目の任意の組み合わせ。
【0021】
本明細書において、用語「構造単位」は、モノマーが重合されてコポリマーを形成した後の、コポリマー中の同じ化学組成を有する最小単位を指し、また、繰り返し単位とも呼ばれる。
【0022】
本明細書において、用語「エチレン性不飽和モノマー」は、少なくとも1つの二重結合-C=C-を有するモノマーを指す。
【0023】
本明細書において、用語「フッ素含有エチレン性不飽和モノマー」は、少なくとも1つの二重結合-C=C-及び少なくとも1つのフッ素原子を有するモノマーを指す。
【0024】
本明細書において、用語「アルキル」は、1~12個の炭素原子、好ましくは1~8個の炭素原子、より好ましくは1~6個の炭素原子、特に好ましくは1~4個の炭素原子を有する、飽和の直鎖又は分岐ヒドロカルビルを指し、その例には、これらに限定されないが、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、ターシャリーブチル、ペンチル、ヘキシル、及びこれらに類似の基が含まれる。
【0025】
本明細書において、用語「シクロアルキル」は、3~12個の炭素原子を有する飽和の炭化水素環を指す。シクロアルキルには、モノシクロアルキル又はポリシクロアルキル(二環式アルキル又は三環式アルキル等)が含まれ、架橋原子(bridging atom)を含んでもよい。シクロアルキルのいくつかの非限定的な例には、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、ジノニル、ジデシル、ビシクロ[2.1.0]ペンタン、ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、ビシクロ[4.4.0]デカン、及びアダマンタンが含まれる。
【0026】
本明細書において、用語「アルコキシ」は、酸素原子が結合したアルキル基から形成される基を指し、ここでアルキル基は前述の定義を有する。アルコキシのいくつかの非限定的な例には、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、及びターシャリーブトキシが含まれる。
【0027】
本明細書において、用語「アリール」は、好ましくは6~20個の炭素原子を有する単環式又は多環式の芳香族炭素環式基であり、縮合環、好ましくは1、2、3、若しくは4個の縮合環、又は非縮合環を含んでいてもよい。これらの例には、これに限定されないが、フェニル、インデニル、ナフチル、フルオレニル、アントリル、フェナントリル、及びこれらに類似の基が含まれる。本発明のいくつかの好ましい実施形態によると、アリールは、フェニル、ビフェニル、又はナフチルである。
【0028】
本明細書において、用語「アラルキル」は、アリール基で置換されたアルキル基又はアルキル基で置換されたアリール基を指し、ここで、アリール基及びアルキル基は前述の定義を有する。アラルキルは7~30個の炭素原子、好ましくは7~25個の炭素原子、より好ましくは7~20個の炭素原子、特に好ましくは7~15個の炭素原子を有してもよい。アラルキルの例には、これに限定されないが、ベンジル、ベンズヒドリル、フェネチル、フェニルプロピル、及びこれらに類似の基が含まれる。
【0029】
本明細書において、用語「アリールオキシ」は、酸素原子が結合したアリール基から形成される基を指し、ここで、アリール基は前述の定義を有する。
【0030】
本明細書において、用語「アミノ」は-NH基を指し、「モノアルキルアミノ」は1つのアルキル基で置換されたアミノを指し、「ジアルキルアミノ」は2つのアルキル基で置換されたアミノを指し、ここでアルキル基は前述の定義を有する。
【0031】
本明細書において、用語「エチレン性不飽和カルボン酸モノマー」は、少なくとも1つの二重結合-C=C-及び少なくとも1つのカルボン酸基を有するモノマーを指す。
【0032】
本明細書において、用語「エチレン性不飽和アミドモノマー」は、少なくとも1つの二重結合-C=C-及び少なくとも1つのアミド基を有するモノマーを指す。
【0033】
本明細書において、用語「(メタ)アクリル酸」は「アクリル酸又はメタクリル酸」を指し、用語「(メタ)アクリルモノマー((meth)acrylic monomer)」は「アクリルモノマー又はメタクリルモノマー」を指し、用語「(メタ)アクリルアミド」は「アクリルアミド又はメタクリルアミド」を指し、他の関連する用語は類推によって推測される。
【0034】
本発明の内容は以下で詳細に記載される。
【0035】
ポリビニルアルコールグラフトコポリマー
本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、(主鎖としての)ポリビニルアルコールとフッ素含有エチレン性不飽和モノマー、エチレン性不飽和カルボン酸モノマー、エチレン性不飽和アミドモノマー、及び他の任意選択のモノマーとのグラフト共重合により得られる。
【0036】
本発明において使用されるポリビニルアルコールは、特に限定されないが、好ましくは10,000から400,000の範囲の質量平均分子量を有する。ポリビニルアルコールの質量平均分子量の下限は、10,000であってもよく、好ましくは12,000又は15,000であってもよい。ポリビニルアルコールの質量平均分子量の上限は、400,000であってもよく、好ましくは350,000、300,000、250,000、又は200,000であってもよい。
【0037】
本発明において使用されるポリビニルアルコールの特定の実施形態には、これに限定されないが、PVA 088-20(Sinopec)及びGOHSENOL GL-05(日本合成化学工業株式会社)が含まれる。
【0038】
本発明において使用されるフッ素含有エチレン性不飽和モノマー(成分(a))は、これに限定されないが、(メタ)アクリル酸フルオロアルキルエステル、(メタ)アクリル酸フルオロアリールエステル、(メタ)アクリル酸フルオロアラルキルエステル、(メタ)アクリル酸ペルフルオロアルキルエステル、(フルオロアルキル)アクリル酸アルキルエステル、(フルオロアルキル)アクリル酸アリールエステル、又は(フルオロアルキル)アクリル酸アラルキルエステルであってもよく、好ましくは(メタ)アクリル酸フルオロアルキルエステル又は(フルオロアルキル)アクリル酸アルキルエステルであってもよい。特定の例には、これに限定されないが、トリフルオロメチル(メタ)アクリレート、2,2,2-トリフルオロエチル(メタ)アクリレート、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル(メタ)アクリレート、2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチル(メタ)アクリレート、ペルフルオロオクチル(メタ)アクリレート、及びメチル(トリフルオロメチル)アクリレートが含まれる。
【0039】
本発明の好ましい実施形態によると、フッ素含有エチレン性不飽和モノマー(成分(a)は、化学式(1)を有し:
【化1】
式中、R及びRの少なくとも1つはフッ素原子で置換されている基であり、R及びRは以下の定義を有する:
は、H、C~Cアルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~Cアルキルであり;
は、H、C~C12アルキル、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~C12アルキル、アリール、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたアリール、アラルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたアラルキルである。
【0040】
本発明のいくつかの実施形態によると、Rは、好ましくはH、C~Cアルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~Cアルキル、より好ましくはH、メチル、又はトリフルオロメチルである。
【0041】
本発明のいくつかの実施形態によると、Rは、好ましくはH、C~Cアルキル、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~Cアルキル、C~C20アリール、1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~C20アリール、C~C20アリール-C~C12アルキル、又は1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~C20アリール-C~C12アルキルである。
【0042】
本発明のいくつかの実施形態によると、フッ素含有エチレン性不飽和モノマーは化学式(1)を有し、式中RはH又はC~Cアルキルであり、Rは1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~C12アルキルである。本発明の好ましい実施形態によると、RはH又はC~Cアルキルであり、Rは1つ又は複数のフッ素原子で置換されたC~Cアルキルである。
【0043】
本発明のいくつかの実施形態によると、ポリビニルアルコールの100質量部に基づいて、成分(a)の含有量は20質量部以上、好ましくは25質量部以上、より好ましくは30質量部以上である。成分(a)の含有量が過度に低い場合、得られる電極板は水分を吸収しやすくなり、過度に高い水分含有量及び低下した電気的特性がもたらされる。成分(a)の含有量の上限は、理論上は特に限定されない。しかし、成分(a)の含有量が高すぎると、水溶性が低いためにポリビニルアルコールグラフトコポリマーの沈殿を引き起こすことがあり、グラフトコポリマー溶液の不安定性をもたらし得る。したがって、成分(a)の含有量は沈殿を防止するために適切に調整されてもよい。本発明のいくつかの実施形態によると、ポリビニルアルコールの100質量部に基づいて、成分(a)の含有量は好ましくは160質量部以下、より好ましくは150質量部以下、特に好ましくは140質量部以下である。
【0044】
本発明において使用されるエチレン性不飽和カルボン酸モノマー(成分(b))は、これに限定されないが、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、2-エチルアクリル酸、イソクロトン酸、α-アセトキシアクリル酸、又はβ-トランス-アリールオキシアクリル酸であってもよい。
【0045】
本発明のいくつかの実施形態によると、本発明において使用されるエチレン性不飽和カルボン酸モノマー(成分(b))は、化学式(2)を有し:
【化2】
式中、Rは、H又はC~Cアルキル、好ましくはメチルであり;Rは、-OHである。
【0046】
本発明のいくつかの実施形態によると、ポリビニルアルコールの100質量部に基づいて、成分(b)の含有量は500質量部から2500質量部、好ましくは520質量部から2000質量部、より好ましくは530質量部から1800質量部、特に好ましくは550質量部から1200質量部である。成分(b)の含有量が過度に低い場合、得られるバインダーは電極板にあまり接着せず、電極板から活性材料が剥がれ落ちやすくなる。成分(b)の含有量が過度に高い場合、得られるバインダーは過度に硬くて脆く、巻いた後の割れが発生しやすく、プロセスでの取り扱いが困難である。
【0047】
前処理(例えば、前リチウム化)されたケイ素系負極活性材料を含む電極スラリーはアルカリ性であり、従来のPAAバインダーの不十分な接着性をもたらすことが実験を通して見出された。しかし、グラフト共重合のためのエチレン性不飽和アミドモノマー(成分(c))を含む、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、ケイ素系負極材料の体積膨張及び収縮の問題を克服できるだけでなく、アルカリ性環境での十分な接着性を維持することもでき、得られるコーティングは優れた特性を有し、粉状化又は割れが発生しにくい。一態様において、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、エチレン性不飽和アミドモノマーからのアミド基(-C(=O)NH-)のためにアルカリ環境で水素結合を形成することができ、水素結合を介してケイ素系材料はコーティングに固定され得、それによって粉状化の可能性を減少し得る。別の態様において、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、エチレン性不飽和アミドモノマーのアミド基上の孤立電子対のために、金属集電体(例えば、銅箔)と共有結合を形成することができ、それによって接着力を向上し得る。したがって、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、アルカリ性環境(例えば、前処理されたケイ素系電極材料)におけるバインダーとしての使用に特に適しており、製造される電極は十分な物理的及び電気化学的特性を有し、それによって電池のサイクル寿命を向上する。
【0048】
本発明のいくつかの実施形態によると、本発明において使用されるエチレン性不飽和アミドモノマー(成分(c))は、化学式(3)を有し:
【化3】
式中、Rは、H又はC~Cアルキルであり;
は、H、C~C10アルキル、アリール、アラルキル、シクロアルキル、
【化4】
であり、前記C~C10アルキル、アリール、アラルキル、又はシクロアルキルは、非置換であるか、又はアミノ、モノアルキルアミノ、又はジアルキルアミノで置換されていてもよく;
は、H又はC~Cアルキルであり、前記C~Cアルキルは、非置換であるか、又はアミノ、モノアルキルアミノ、又はジアルキルアミノで置換されていてもよく;
は、C~C10アルキルである
【0049】
本発明のいくつかの実施形態によると、本発明において使用されるエチレン性不飽和アミドモノマー(成分(c))は、これに限定されないが、(メタ)アクリルアミド、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-n-プロプル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N-n-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-sec-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-tert-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-ヘキシル(メタ)アクリルアミド、N-ベンジル(メタ)アクリルアミド、N-(3-ジメチルアミノプロピル)(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシメチル(メタ)アクリルアミド、ジアセトン(メタ)アクリルアミド、N-(メトキシメチル)(メタ)アクリルアミド、N-(ブトキシメチル)(メタ)アクリルアミド、N-フェニル(メタ)アクリルアミド、N-(3-メチルフェニル)(メタ)アクリルアミド、N-シクロヘキシル(メタ)アクリルアミド、N-シクロペンチル(メタ)アクリルアミド、N-(メタ)アクリロイルエチルカルバメート、又はこれらの組み合わせであってもよく、好ましくは、N-メチロールアクリルアミド、アクリルアミド、メタクリルアミド、N-(メトキシメチル)アクリルアミド、N-(ブトキシメチル)アクリルアミド、又はこれらの組み合わせであってもよい。
【0050】
本発明のいくつかの実施形態によると、成分(b)の成分(c)に対する質量比[成分(b):成分(c)]は、50:1から2:1、好ましくは40:1から2.5:1、より好ましくは30:1から3:1、特に好ましくは25:1から3.5:1である。成分(c)の含有量が過度に低い場合、得られるバインダーは、アルカリ環境下での接着性が不十分になる。成分(c)の含有量が過度に高い場合、容量維持率が低くなる。
【0051】
本発明のいくつかの実施形態によると、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーの分岐鎖は、エチレン性不飽和カルボキシレートモノマー(成分(d))由来の構造単位をさらに含んでもよい。
【0052】
本発明のいくつかの実施形態によると、エチレン性不飽和カルボキシレートモノマー(成分(d))は、これに限定されないが、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル/イソオクチル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレート、2-フェノキシエチルアクリレート、クミルフェノキシエチルアクリレート、フェニルフェノキシエチルアクリレート、又はβ-カルボキシエチルアクリレートであってもよい。
【0053】
本発明のいくつかの実施形態によると、本発明において使用されるエチレン性不飽和カルボキシレートモノマー(成分(d))は、化学式(4)を有し:
【化5】
式中、RはH又はC~Cアルキル、好ましくはH又はC~Cアルキル、より好ましくはH又はメチルであり;R10はC~C12アルキル、C~C12シクロアルキル又はアリール、好ましくはC~Cアルキル、C~C10シクロアルキル又はフェニルである。
【0054】
本発明のいくつかの実施形態によると、ポリビニルアルコールの100質量部に基づいて、成分(d)の含有量は、0質量部から80質量部、0質量部から70質量部、0質量部から60質量部、0質量部から50質量部、0質量部から40質量部、0質量部から30質量部、0質量部から20質量部、及び0質量部から10質量部、好ましくは、5質量部から75質量部、10質量部から65質量部、15質量部から55質量部、又は20質量部から45質量部である。
【0055】
本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、水性バインダーとして使用することができ、追加のCMC/SBRを用いることなく所望の柔軟性を提供することができ、巻いた後の割れが発生しにくく、十分な操作性を有し、関連技術での脆弱性の問題を解決することができる。さらに、主鎖にグラフトされたフッ素含有エチレン性不飽和モノマーは、電極板の吸湿しやすさの問題を効果的に軽減することができる。したがって、フッ素含有エチレン性不飽和モノマーが電極板の製造において使用される場合、乾燥条件を減らすことができ、電池の性能を大きく改善することができる。
【0056】
さらに、エチレン性不飽和カルボン酸モノマーをグラフトすることにより、得られるグラフトコポリマーは、接触している材料の表面への十分な接着性を有することができ、これは電極板の接着性を効果的に向上し、したがって粉状化が発生しにくく、それによって電池のサイクル寿命が改善される。
【0057】
より有利には、エチレン性不飽和アミドモノマーをグラフトすることにより、関連技術におけるバインダーと比較して、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、アルカリ性環境に適しているだけでなく、アルカリ性環境下での優秀な接着力を有する。本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーがアルカリ性電極スラリー組成物において使用される場合、製造される電極板は金属集電体への強力な接着力を有し、電極の材料はそれぞれとしっかり接着し、粉状化が発生しにくく、それによって電極板の電気化学的性能が改善される。
【0058】
ポリビニルアルコールグラフトコポリマーの調製方法
本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、任意の好適な方法により調製され得る。本発明の一実施形態において、ポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、以下の方法によって調製され得る:
(1)溶媒にポリビニルアルコールを溶解して、ポリビニルアルコール溶液を得る。
(2)任意選択で、工程(1)においてポリビニルアルコール溶液中に不活性ガスを導入して、溶液中の酸素を取り除く。
(3)フッ素含有エチレン性不飽和モノマー、エチレン性不飽和カルボン酸モノマー、エチレン性不飽和アミドモノマー、任意選択でエチレン性不飽和カルボキシレートモノマー又は他のモノマー、及び開始剤を工程(2)で得られた溶液中に加える。
(4)重合のために加熱して、フッ素含有エチレン性不飽和モノマー、エチレン性不飽和カルボン酸モノマー、エチレン性不飽和アミドモノマー、及び任意選択でエチレン性不飽和カルボキシレートモノマーをポリビニルアルコールに共有結合によってグラフトして、ポリビニルアルコールグラフトコポリマーを得る。
【0059】
工程(1)において使用される溶媒は水性媒体であり、例えば、これに限定されないが、超純水、イオン交換水、逆浸透水(reverse osmosis water)、蒸留水、又は脱イオン水、好ましくは脱イオン水である。
【0060】
工程(3)において使用される開始剤は、本発明の分野において当業者に知られる任意の好適な開始剤であってよく、例えば、これに限定されないが、過硫酸塩であってもよい。過硫酸塩の特定の例には、これに限定されないが、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム、過硫酸リチウム、ペルオキシ一硫酸カリウム、又はこれらの組み合わせが含まれ、好ましくは過硫酸アンモニウム又は過硫酸ナトリウムが含まれる。
【0061】
工程(4)において、開始剤は反応温度でフリーラジカルに分解し、ポリビニルアルコールの分子鎖にフリーラジカルを導入することにより、フッ素含有エチレン性不飽和モノマー、エチレン性不飽和カルボン酸モノマー、エチレン性不飽和アミドモノマー、任意選択でエチレン性不飽和カルボキシレートモノマーがフリーラジカル重合を受け、ポリビニルアルコールに共有結合によってグラフトされる。反応温度は、通常約30~100℃、例えば70℃である。重合の完了のための時間は実際の状況によって決まり、通常0.5~12時間、例えば約4時間である。
【0062】
水性バインダー組成物及びその調製方法
本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、水性媒体との十分な適合性を有し、水性媒体と配合して、水性バインダー組成物を形成することができる。溶媒はポリビニルアルコールグラフトコポリマーの調整のプロセスからの溶媒であってもよく、又は任意選択で調製が完了した後に粘度を調整するために加えられてもよい。前述の水性媒体は、上述に記載されたとおりである。
【0063】
有機溶媒の使用と比較して、水性媒体の使用は、コストの負担を下げ、非毒性であり、環境を汚染することが少なく、オペレーターにもたらす健康リスクがより低い。
【0064】
任意選択で、本発明の分野の当業者に知られる任意の添加剤、例えば、これに限定されないが、アルカリ性化合物又は架橋剤を、本発明の水性バインダー組成物に添加してもよい。アルカリ性化合物は、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、又はこれらの混合物、好ましくは水酸化リチウム又は水酸化ナトリウムである。水性バインダー組成物のpH値は、アルカリ性化合物を添加することによって調整されてもよい。
【0065】
本発明の好ましい実施形態において、例えば5質量%水酸化リチウム水性溶液を、水性バインダー組成物のpH値を7から13(例えば、7、8、9、10、11、12、又は13)、好ましくは8から13、より好ましくは8から12、特に好ましくは9から11に調整するために使用してもよい。いくつかの実施形態において、水性バインダー組成物のpH値は、前処理(例えば、前リチウム化)後にアルカリ性であるケイ素系負極活性材料のpH値と等しくなるように調整されるため、水性バインダー組成物のアルカリ性ケイ素系材料への接着性は増大される。
【0066】
ポリビニルアルコールグラフトコポリマーを含む本発明の水性バインダー組成物は、単剤として使用されてもよく、追加のCMC/SBRが無くても所望の柔軟性を提供することができる。製造される電極板は柔軟性を有し、巻いた後の割れが発生しにくいため、操作性が十分である。さらに、水性バインダー組成物を使用して製造される電極板は、水分を吸収しにくいため、電極板は容易に乾燥することができ、乾燥に要するエネルギー消費を低減することができる。より有利には、本発明の水性バインダー組成物はアルカリ性環境下においても優れた接着性を有し、したがって、アルカリ性ケイ素系材料を含む電極スラリーに適している。
【0067】
本発明の特定の実施形態によると、本発明の水性バインダー組成物は、(水性バインダー組成物の総質量に基づいて)1質量%から10質量%のポリビニルアルコールグラフトコポリマー、例えば1質量%、2質量%、3質量%、4質量%、5質量%、6質量%、7質量%、8質量%、9質量%、又は10質量%のポリビニルアルコールグラフトコポリマー、好ましくは2質量%から8質量%又は3質量%から7質量%のポリビニルアルコールグラフトコポリマー、より好ましくは4質量%から6質量%のポリビニルアルコールグラフトコポリマーを含む。
【0068】
本発明の水性バインダー組成物は、任意の好適な方法によって調製され得る。ポリビニルアルコールグラフトコポリマー、水性媒体、及び任意選択の添加剤は、調製のために十分に攪拌される。
【0069】
電極スラリー組成物及びその調製方法
本発明は、活性材料、導電材料、及び本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマー(バインダーとして)を含む、電極スラリー組成物も提供する。
【0070】
電極スラリー組成物の固形分(solid content)の総質量に基づいて、本発明のポリビニルアルコールグラフトコポリマーは、以下の含有量を有する:0.1~20質量%、0.2~15質量%、0.5~10質量%、0.8~8質量%、又は1~5質量%。
【0071】
いくつかの実施形態において、活性材料は、これに限定されないが、グラファイト、ハードカーボン、ソフトカーボン、ケイ素、酸化ケイ素(SiO)、炭化ケイ素、又は前述の材料の組み合わせ、好ましくはケイ素系材料を含む負極活性材料である。いくつかの実施形態において、負極活性材料は、前処理、例えば、これに限定されないが、前リチウム化又は前マグネシウム化されてもよい。前リチウム化を例に挙げると、負極活性材料は、例えば、これに限定されないが、(前リチウム化ケイ素負極材料、前リチウム化酸化ケイ素負極材料、及び前リチウム化ケイ素合金負極材料等の)前リチウム化ケイ素系負極活性材料であってもよい。電極スラリー組成物の固形分の総質量に基づいて、負極活性材料は以下の含有量を有する:50~99質量%、60~99質量%、70~99質量%、80~99質量%、85~98質量%、又は90~97質量%。
【0072】
導電材料には、これに限定されないが、導電性グラファイト、カーボンブラック、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、グラフェン、又は前述の材料の組み合わせが含まれる。電極スラリー組成物の固形分の総質量に基づいて、導電材料は以下の含有量を有する:1~30質量%、1~20質量%、1~10質量%、又は1~5質量%、好ましくは1~15質量%、1~10質量%、又は2~5質量%。
【0073】
本発明の一実施形態によると、電極スラリー組成物は添加剤をさらに含む。添加剤には、アルカリ性化合物、例えば、これに限定されないが、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、又はこれらの混合物、好ましくは水酸化リチウム又は水酸化ナトリウムが含まれる。本発明の好ましい実施形態において、例えば、5質量%水酸化リチウム水性溶液を、pHを8から14(例えば、8、9、10、11、12、13、又は14)、好ましくは8.5から13、より好ましくは9から12に調整するために使用してもよい。
【0074】
本発明の一実施形態によると、添加剤は分散剤を含む。
【0075】
本発明の一実施形態によると、電極スラリー組成物は、これに限定されないが、蒸留水又は脱イオン水、好ましくは脱イオン水を含む水性媒体をさらに含む。本発明の分野における当業者は、使用要件に従って適切な量の水性媒体を加えて、使用に適した粘度に調整することができる。
【0076】
本発明の電極スラリー組成物は高い安定性を有する。本発明の電極スラリー組成物の粘度は、急激に増加することなく、特定の期間、特定の範囲内(例えば、初期粘度の±10%の範囲内)でとどまる。本発明の電極スラリー組成物は、長い保管期間を有し、それによって操作の利便性を向上する。電極スラリー組成物を使用して製造される電極板は、優秀な接着力及び弾性を有し、粉状化及び脆化を発生しにくく、優秀な電気化学的性能を有する。
【0077】
本発明は、以下の実施例でさらに記載されるが、以下の実施例は、単に説明に役立つものであり、本発明の実施を限定するものと解釈されるべきではないことを理解されたい。
【実施例
【0078】
調製例
ポリビニルアルコールグラフトコポリマーの調製
調製例1から5:ポリビニルアルコール(以下、PVAと呼ぶ)GOHSENOL GL-05(日本合成化学工業株式会社)を7200mLの水に溶解して、十分な攪拌後、均一で、透明で、粘性のある、ポリビニルアルコール水性溶液を得た。窒素ガスを約60分間連続的に導入して水性溶液中の酸素を取り除いた。次に、2,2,2-トリフルオロエチル(メタ)アクリレート(Sigma-Aldrich、99%の純度)、(メタ)アクリル酸(Sigma-Aldrich、99%の純度)、(メタ)アクリルアミド(Sigma-Aldrich、98%の純度)、ヘキシル(メタ)アクリレート(Sigma-Aldrich、99%の純度)、及び1%の過硫酸ナトリウム水性溶液を加えて、均一混合のために攪拌し、温度を70℃まで上げて4時間連続反応させ、調製例1から5のポリビニルアルコールグラフトコポリマー(以下、グラフトPVAと呼ぶ)を水性バインダー(固形分(solid content)は5.2質量%であった)として得た。各グラフトPVAについて使用した反応物質の量を表1に記録した。
【0079】
調製例6及び7:N-メチロールアクリルアクリルアミド(Merck、48%の純度)を、エチレン性不飽和アミドモノマーとしてさらに加えた。残りの調製工程は、前述の調製例1から5と同じであり、使用した反応物質の量を表1に記録した。得られた生成物の固形分は5.2質量%であった。
【0080】
調製例8:ポリビニルアルコール(以下、PVAと呼ぶ)GOHSENOL GL-05(日本合成化学工業株式会社)を7200mLの水に溶解して、十分な攪拌後、均一で、透明で、粘性のある、ポリビニルアルコール水性溶液を得た。窒素ガスを約60分間連続的に導入して水性溶液中の酸素を取り除いた。次に、2,2,2-トリフルオロエチル(メタ)アクリレート(Sigma-Aldrich、99%の純度)、(メタ)アクリル酸(Sigma-Aldrich、99%の純度)、ヘキシル(メタ)アクリレート(Sigma-Aldrich、99%の純度)、及び1%の過硫酸ナトリウム水性溶液を加えて、均一混合のために攪拌し、温度を70℃まで上げて4時間連続反応させ、ポリビニルアルコールグラフトコポリマー(以下、グラフトPVAと呼ぶ)を得て、調製例8(固形分は5.2質量%であった)を得た。
【0081】
電極スラリー組成物の調製
実施例1から7及び比較例1:36.7gのグラフトPVA溶液(固形分:5.2質量%)、56.4gの前処理されたアルカリ性酸化ケイ素/グラファイト負極活性材料(BTR-6002A、BTR New Material Group Co., Ltd.)、及び1.8gのカーボンブラック(Super P、Taiwan Maxwave Co., Ltd.)を分散機を備えたプラネターミキサーに加えて、25℃で均一に攪拌し、適切な量の脱イオン水を加えて粘度を調整し、負極スラリーを調製した。
【0082】
比較例2:2gのCMC(Ashland株式会社、Bondwell(商標)、BVH-8)を98mLの水に溶解して2質量%CMC水性溶液を調製した。56.4gの前処理されたアルカリ性酸化ケイ素/グラファイト負極活性材料(BTR-6002A、BTR New Material Group Co., Ltd.)及び1.8gのカーボンブラック(Super P、Taiwan Maxwave Co., Ltd.)を39gの2質量%CMC水性溶液に加えて十分に攪拌した。続いて、2.3gの45質量%SBR(JSR、TRD104A)を加えて十分に攪拌した。そして、CMC/SBRを含む負極スラリーを得た。
【0083】
比較例3:2gのPAA(Sigma-Aldrich、PAA450000)を98mLの水に溶解して2質量%PAA水性溶液を調製した。56.4gの前処理されたアルカリ性酸化ケイ素/グラファイト負極活性材料(BTR-6002A、BTR New Material Group Co., Ltd.)及び1.8gのカーボンブラック(Super P、Taiwan Maxwave Co., Ltd.)を39gの2質量%PAA水性溶液に加えて十分に攪拌した。続いて、2.22gの45質量%SBR(JSR、TRD104A)を加えて十分に攪拌した。そして、PAA/SBRを含む負極スラリーを得た。
【0084】
成分の量及びスラリーの粘度を表2に記録した。
【0085】
電極板の調製
調製した電極スラリー組成物を、スクレーパーを用いて銅箔(電池用の10μm銅箔、Chang Chun Group)上にコーティングした(コーティング重量:5~7mg/cm)。100℃で5分間乾燥し、冷間プレスした後、コーティングした銅箔を12mmの直径を有するカッターを用いて円形に切断し、6時間100℃の真空オーブンの中に置き、負極板を得た。
【0086】
ボタン型セルの調製
使用した電解液の組成は、2%のエチレンカーボネート(EC)/ジエチルカーボネート(DEC)-ビニレンカーボネート(VC)、8%のフルオロエチレンカーボネート(FEC)、及びリチウムヘキサフルオロホスフェート(Formosa Plastics Group:LE)を含んでいた。セパレーター膜は約20μmの厚みを有するポリプロピレンフィルムであった。
【0087】
従来の方法により前述の負極板及び他のパーツを標準ボタン型セル(CR2032)に組み立て、それらの性能を試験した。組立工程は、以下の順で行った:セルの下部カバー、(正極としての)リチウム板、セパレーター膜、負極板、金属ガスケット、スプリングプレート、及びセルの上部カバー。
【0088】
組み立てられた電池を、約2~3時間静置のままにし、電解質を電極に十分に浸透させ、導電性を向上させた。得られた電池の開回路電圧は約2.5~3Vであった。
【0089】
試験方法
1.細かさ測定
攪拌後、適切な量の水性バインダースラリーを細かさ計(fineness meter)(ブランド:PSIS-303-50)の溝の最深部に滴下した。スクレーパーを細かさ計と垂直に接触させ、最大スケール部分から最小スケール部分に引っ張り、溝中の粒子が顕著に存在する場所を観察した。相当するスケール値(すなわち細かさ)を記録した。
【0090】
2.水分含有量試験
電量カールフィッシャー水分計を試験のために使用した。電極板サンプルを密封されたサンプルボトルの中に入れ、7分間130℃で加熱し、電極板サンプル中の水分を蒸発させた。乾燥ガスを導入して、水蒸気を電解槽に供給し、反応に関与させた。続いて、電気量を電解過程で測定し、水分含有量を決定した。
【0091】
バインダーとしてCMC/SBRを含む電極板(比較例2)をコントロール群(比較基準)として使用した。「◎」は水分含有量が比較例2の電極板と比較して20%より多く減少したことを表し;「△」は水分含有量が比較例2の電極板と比較して10~20%減少したことを表し;「X」は水分含有量が比較例2の電極板と比較して10%未満減少したことを表す。結果を表2に記録した。
【0092】
3.接着力測定
3M 610テープを使用して、乾燥させた電極板に密着させ、続いて180度引張試験のために張力計(モデル:RX-100、MOGRL Technology Co., Ltd.)を使用した。
【0093】
4.スラリーの安定性試験
電極スラリー組成物を調製した後、その初期粘度を試験した。電極スラリー組成物を室温で一晩静置した後、再度その粘度を試験した。電極スラリー組成物の粘度変化を比較した。「◎」は初期粘度と比較して粘度変化が10%未満であることを表す;「△」は初期粘度と比較して粘度変化が10~20%であることを表す;「X」は初期粘度と比較して粘度変化が20%より大きいことを表す。
【0094】
5.電極板の割れ試験
7mg/cmより多いコーティング重量を有する電極板を3mmの円筒形の周りに巻きつけた。巻き戻した後、表面上の割れが無いかを観察した。「◎」は割れが5個よりも少ないことを表す;「△」は5個以上の割れがあることを表す;「X」はコーティングが剥がれ落ちたことを表す。
【0095】
6.容量保持率試験
Arbin Instrumentの充放電機器(モデル:LBT21084)を使用して電池性能を測定した。
【0096】
事前作業:
充電:0.1Cの定電流を10時間充電するように設定した定電流モード、続いて0.01Vの定電圧を1時間充電するように設定した定電圧モード
放電:0.1Cの電流での10時間の放電
前述の条件下で充放電を3回繰り返し、最初の3サイクルを使用してSEIを形成した。
【0097】
第1サイクル及び第50サイクルの放電容量:
充電:0.5Cの定電流を2時間充電するように設定した定電流モード、続いて0.01Vの定電圧を1時間充電するように設定した定電圧モード
放電:0.5Cの電流での2時間の放電
【0098】
SEIを形成するために使用された前述の3サイクルが計算に含まれ、第4サイクルで測定された放電容量は、第1サイクルの放電容量と見なされた。
【0099】
前述の条件下で充放電を49回繰り返した後、50回目に測定した放電容量を第50サイクルの放電容量とした。
【0100】
容量保持率=(第50サイクルの放電容量/第1サイクルの放電容量)×100%
【0101】
結果
比較例1で使用されたグラフトPVAは、エチレン性不飽和アミドモノマーの構造単位を含有していない。比較例では、CMC/SBRをバインダーとして使用している。比較例3では、PAA/SBRをバインダーとして使用している。比較して、実施例1から7で使用されたグラフトPVAは、フッ素含有エチレン性不飽和モノマー、エチレン性不飽和カルボン酸モノマー、及びエチレン性不飽和アミドモノマーで同時にグラフトされている。
【0102】
表1及び表2から、比較例1から3と比較して、実施例1から7は本発明のグラフトPVAを使用していることが分かる。実施例1から7の電極板は、優れた容量保持率を有し、これは電池の耐用年数を延ばすのに役立つ。さらに、実施例1から7の電極スラリーは、一晩静置した後の粘度の急激な増加がなく、優れたスラリー安定性を示す。この結果は、実施例1から7の電極板は、より長い保管寿命を有することを示し、これは操作の利便性を向上することができる。比較例3と比べると、実施例1から7の電極板は、より低い水分含有量を有する。この結果は、本発明のグラフトPVAが比較的水分を吸収しにくいことを示す。したがって、乾燥に要するエネルギー消費を低減でき、これによって製造コストが減少できることが期待される。別の態様において、実施例1から7の電極板は、比較的高い接着力を有し、高いコーティング重量を有しながらも巻き付けた後の割れが発生しにくく、十分な柔軟性を有する。
【0103】
当業者は、本発明の範囲または精神から逸脱することなく、本発明に対して修正及び変形を行うことができることを理解することができる。前述の内容に基づいて、本発明は本発明の修正及び変形を保護することを意図し、限定は、修正及び変形が以下の特許請求の範囲及びそれに相当するものの範囲内に含まれるものである。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】