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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-13
(45)【発行日】2023-07-24
(54)【発明の名称】炭素被覆された水素燃料電池用双極板
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0228 20160101AFI20230714BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20230714BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20230714BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20230714BHJP
   H01M 8/0215 20160101ALI20230714BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20230714BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20230714BHJP
【FI】
H01M8/0228
H01M8/0206
H01M8/021
H01M8/0213
H01M8/0215
H01M8/10 101
C23C14/06 F
C23C14/06 N
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2022563377
(86)(22)【出願日】2021-07-14
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-04-18
(86)【国際出願番号】 EP2021069662
(87)【国際公開番号】W WO2022013317
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2022-10-18
(31)【優先権主張番号】20185790.1
(32)【優先日】2020-07-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(31)【優先権主張番号】21179135.5
(32)【優先日】2021-06-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】510302157
【氏名又は名称】ナノフィルム テクノロジーズ インターナショナル リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Nanofilm Technologies International Limited
【住所又は居所原語表記】28 Ayer Rajah Crescent,#02-02/03,139959 Singapore SINGAPORE
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(74)【代理人】
【識別番号】100150326
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 知久
(72)【発明者】
【氏名】シ,シュ
(72)【発明者】
【氏名】タン,ジー
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-123781(JP,A)
【文献】特開2021-093298(JP,A)
【文献】特開2022-059550(JP,A)
【文献】特開2005-093172(JP,A)
【文献】特開2011-134653(JP,A)
【文献】国際公開第2013/124690(WO,A1)
【文献】ZHANG WEIXIN et al.,Strategy of alternating bias voltage on corrosion resistance and interfacial conductivity enhancement of TiCx/a-C coatings on metallic bipolar plates in PEMFCs,ENERGY,2018年08月13日,vol. 162,p. 933 - 943
【文献】LI ZHUGUO et al.,Investigation of single-layer and multilayer coatings for aluminum bipolar plate in polymer electrolyte membrane fuel cell,INTERNATIONAL JOURNAL OF HYDROGEN ENERGY,2014年04月18日,Vol. 39, No. 16,p. 8421 - 8430
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
H01M 8/10
C23C 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素含有被膜で被覆された、水素燃料電池(例えば、PEM水素燃料電池)用の双極板であって、
該炭素含有被膜が、
a)チタンシード層と、
b)窒化チタン界面層と、
c)a-Cトップ層と
を順に含み、
該被膜が1.5μm未満の厚さを有し、該双極板がテンレス鋼から形成されている、双極板。
【請求項2】
前記a-Cの層が、体積密度が2.5g/cmより大きく、例えば3.0g/cmより大きく、好ましくは3.5g/cmまたはそれ以上である、請求項1に記載の双極板。
【請求項3】
前記炭素含有被膜が、順に、
a)チタンシード層と、
b)窒化チタン界面層と、
c)a-Cトップ層と、
からなる、請求項1または2に記載の被覆双極板。
【請求項4】
前記a-Cの層が5%またはそれ以下のモル水素含量、および/または5%またはそれ以下のモル窒素含量を有する、請求項1から3のいずれかに記載の双極板。
【請求項5】
前記a-Cの層が50%から80%のsp炭素含量(例えば、約55%の平均sp炭素含量)を有する、請求項1から4のいずれかに記載の双極板。
【請求項6】
前記a-Cの層が30%から60%のsp炭素含量(例えば、約45%の平均sp炭素含量)を有する、請求項1から5のいずれかに記載の双極板。
【請求項7】
前記a-Cの層が1500HVから2000HVの硬度を有する、請求項1から6のいずれかに記載の双極板。
【請求項8】
前記炭素含有被膜が、
a)0.5μmまたはそれ以下の厚さを有するチタンシード層と、
b)0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する窒化チタン界面層と、
c)1.0μmまたはそれ以下の厚さを有するa-Cトップ層と、
を順に含み、そして
前記双極板がステンレス鋼から形成されており、0.5mmまたはそれ以下の厚さを有する、請求項1から7のいずれかに記載の双極板。
【請求項9】
前記a-C層が、5%またはそれ以下のモル水素含量を有し、sp炭素含量が50%から70%であり、sp炭素含量が30%~60%である、請求項1から8のいずれかに記載の双極板。
【請求項10】
炭素含有被膜で被覆された、水素燃料電池用の双極板であって、該炭素含有被膜が、
a)金属または合金(例えば、チタン)を含むシード層と、
b)前記シード層中に金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層と、
c)a-Cを含む(例えば、a-Cからなる)トップ層と、
を順に含み、
前記a-Cが、3.0g/cmを超える密度を有し、モル水素含量が5%またはそれ以下であり、sp炭素含量が40%から70%であり、sp炭素含量が30%から60%であり、そして該被膜が1.5μm未満の厚さを有する、双極板。
【請求項11】
前記a-Cの層が2%またはそれ以下のモル水素含量を有する、請求項10に記載の双極板。
【請求項12】
前記a-Cの層が約55%の平均sp炭素含量を有し、および/または該a-Cの層が約45%の平均sp炭素含量を有する、請求項10から11のいずれかに記載の双極板。
【請求項13】
前記双極板がステンレス鋼から形成されている、請求項10から12のいずれかに記載の双極板。
【請求項14】
前記双極板とシード層とが隣接しており、該シード層と界面層とが隣接しており、該界面層とa-C層を含むトップ層とが隣接している、請求項10から13のいずれかに記載の双極板。
【請求項15】
前記炭素含有被膜が、
a)0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する、金属または合金を含むシード層と、
b)0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する、該シード層中に金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層と、
c)1.0μmまたはそれ以下の厚さを有する、a-Cを含むトップ層と、
を順に含み、
前記a-Cは、2.0g/cmをより大きい密度を有し、モル水素含量が5%またはそれ以下であり、sp炭素含量が40%から80%、好ましくは40%から70%であり、sp炭素含量が20%から60%、好ましくは30%から60%である、請求項10から14のいずれかに記載の双極板。
【請求項16】
請求項1から15のいずれかに記載の双極板を1つまたはそれ以上含む、水素燃料電池。
【請求項17】
PEM水素燃料電池用の双極板を炭素含有被膜で被覆する方法であって、該方法が、
a)金属(例えば、チタン)を含むシード層を該板に付与する工程、
b)該金属の窒化物または炭化物を含む界面層を該シード層に付与する工程、
c)a-Cを含む層を該界面層に付与する工程、
を含み、
該a-Cが、3.0g/cmを超える密度、5%またはそれ以下のモル水素含量、40%から80%、好ましくは40%から70%のsp炭素含量、20%から60%、好ましくは30%から60%のsp炭素含量を有し、該被膜が1.5μm未満の厚さを有する、方法。
【請求項18】
a)HIPIMS蒸着プロセス、DCパルス蒸着プロセス、または金属FCVA蒸着プロセスによって、金属を含むシード層を前記板に付与する工程、
b)スパッタリングプロセスによって、前記金属の窒化物または炭化物を含む界面層を該シード層に付与する工程、
c)FCVAプロセスによって、a-Cを含む層を該界面層に付与する工程、
を含む、請求項10から17のいずれかに記載のPEM水素燃料電池用の双極板を炭素含有被膜で被覆する方法。
【請求項19】
前記シード層がチタンであり、前記界面層が窒化チタンである、請求項18に記載のPEM水素燃料電池用の双極板を被覆する方法。
【請求項20】
請求項1から15のいずれかに記載の双極板を作製するための方法である、請求項17から19のいずれかに記載のPEM水素燃料電池用の双極板を被覆する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素含有被膜で被覆された、水素燃料電池(特に、PEM燃料電池)用の双極板に関する。炭素被覆双極板は、良好な耐食性を有し、公知の被覆双極板に対するより経済的な代替物となる。
【背景技術】
【0002】
多種多様な蒸着法が基材の被覆に用いられている。典型的には、ミクロ電子工学用途や高耐久性用途などの各種用途において、薄膜蒸着層の形成に気相蒸着技術が用いられている。
【0003】
公知の物理的気相蒸着法の一例として、陰極気相アーク蒸着法が挙げられる。この方法においては、陰極ターゲットから物質を気化させるのに電気アークが用いられる。その結果、得られた気化材料は基材上で凝縮し、薄い被膜を形成する。当該技術分野において、四面体非晶質炭素被膜、金属被膜、誘電被膜、およびその他の被膜の陰極アーク蒸着が知られており、これによって高品質の薄膜が蒸着される可能性が提供される。
【0004】
非晶質炭素とは、結晶形を有しない、遊離の反応性形態の炭素である。種々の形態の非晶質炭素膜が存在し、これらの膜は、通常、膜の水素含量および膜中炭素におけるspとspとの比率によって分類される。
【0005】
当該分野における文献の一例では、非晶質炭素膜は7つの型に分類される(Fraunhofer Institut Schicht-und Oberflachentechnikの「炭素被膜名の索引(Name Index of Carbon Coatings)」より引用した下記の表を参照のこと)。
【0006】
【表1】
【0007】
非晶質炭素および四面体非晶質炭素(a-Cおよびta-C)は、水素をほとんど含有しない、または全く含有しない(10%モルまたはそれ以下、通常は5%モルまたはそれ以下、典型的には2%モルまたはそれ以下)という点を特徴とする。
【0008】
四面体水素非含有非晶質炭素(ta-C)は、さらに、sp混成炭素原子を高含量で含有する(典型的には、80%を超える炭素原子がsp状態である)という点を特徴とする。
【0009】
「ダイアモンドライクカーボン」(DLC)なる用語は、非晶質炭素材料のすべての形態を表すのに用いられることがあるが、本明細書において、当該用語は、a-C/ta-C以外の非晶質炭素材料を指す。一般的なDLC製造方法では、炭化水素(例えば、アセチレン)が用いられ、それ故、膜に水素が導入される(原料が、典型的には水素非含有高純度グラファイトであるa-C/ta-C膜とは対照的である)。
【0010】
換言すると、DLCは、典型的には、50%を超えるsp炭素含量を有し、および/または20%モル以上の水素含量を有する。DLCは、金属または非金属でドープされていなくてもよいし、ドープされていてもよい(上記の表を参照のこと)。
【0011】
四面体非晶質炭素被膜は高硬度かつ低摩擦係数であり、優れた耐摩耗性被膜である。同時に、ta-C、さらにa-Cは過酷な環境(例えば、酸性条件またはアルカリ性条件)において長期間にわたってその安定性を維持することができるので、防食用途の開発において広範な可能性を有する。
【0012】
気候変動による影響への意識が高まってきていることで、水素などの、「化石燃料を用いない」代替的エネルギー源に関する研究が盛んになってきている。水素を電気化学的に酸化して水を形成することによって発電する水素燃料電池が開発されている。
【0013】
広く用いられている水素燃料電池は、プロトンについては膜を通過させるが、電子および反応物(例えば、水素ガスおよび酸素ガス)に対しては障壁として機能する半透膜を備えるプロトン交換膜(PEM)燃料電池である。PEM燃料電池には、エネルギー変換率が高い、環境に優しい、動作温度が低いといったいくつかの利点がある。
【0014】
PEM燃料電池の各セルが発生する電圧が比較的低い場合、複数のPEMセルを直列に接続することで出力電圧を高くすることができる。隣り合うPEMセルは、一方のPEMセルから隣接するPEMセルへと電気を伝導する双極板によって接続されている。典型的には、双極板は、その表面において、反応物または冷媒を供給可能なチャネルをさらに含む。水素燃料電池の中核部品として、双極板は、伝導電流を集電する、膜電極を支持する、反応ガスを均等に輸送し単離する、急速冷却のために冷媒を循環させるといった多くの重要な機能を有する。
【0015】
双極板は、金属から形成される傾向があるが、金属製双極板は、酸に対して反応性があるため、耐食性被膜で被覆される場合がある。一般的に用いられる金属製双極板用被膜は、金である。しかし、金被覆プロセスは、双極板のコストを著しく増加させる。
【0016】
XP028655999には、TiN、CrN、C、C/TiN、C/CrNの被膜、およびa-Cトップ層を有するアルミニウム双極板が開示されている。
【0017】
WO2013/124690には、鋼、アルミニウム、またはチタンと、TiN、CrN、ZrN、TiC、またはTiCNの層と、非水素化非晶質炭素層とからなる板が開示されている。
【0018】
XP085490166には、Tiシード層、TiCx中間層、および炭素層で被覆された鋼製双極板が開示されている。
【0019】
WO01/28019には、Tiを含む第1層、TiAlNを含む第2層、および疎水性グラファイト外層で被覆されたアルミニウム双極板が開示されている。
【0020】
EP3670696には、シード層と、DLCを含みかつCVDで蒸着させたバリア層と、CVAで蒸着させたta-C層とで被覆された鋼製基材が開示されている。この文献には、この被覆基材の双極板としての使用については開示されていない。
【0021】
CN106374116には、高エントロピー合金プライマー層、高エントロピー合金-炭素混合遷移層、および外側非晶質炭素層を有するステンレス鋼製双極板が開示されている。
【0022】
EP3650582には、SiCシード層、断熱層(例えば、AlN、Si、Si、Al)、界面層、および1つまたはそれ以上のta-Cの層を順に含む多層被膜が開示されている。この文献には、この被膜の双極板上での使用については開示されていない。
【0023】
CN109560290には、導電被膜(ITOなどの金属酸化物)、耐食性被膜(例えば、CrまたはTi)およびa-Cトップコートを有する双極板(例えば、鋼製)が開示されている。
【0024】
CN110783 594には、Ni層、グラフェン層、および非晶質炭素外層で被覆されたステンレス鋼製双極板が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
したがって、良好な耐食特性を示し、好ましくは現在入手可能な双極板よりも経済的な代替の双極板が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は、非晶質炭素(a-C)で被覆された、水素燃料電池(特に、PEM燃料電池)用の電極、とりわけ双極板を提供する。この電極、例えばa-C被覆双極板は、低いイオン浸出性を示すことが示されており、その結果、相対的に耐食性を有する。
【0027】
したがって、本発明は燃料用電極を提供し、これは、好ましい実施形態においてPEM水素燃料電池用の双極板であり、電極は炭素含有被膜で被覆され、炭素含有被膜は、a-Cを含む。好ましくは、被膜はa-Cからなる層を含み、典型的には、この層は被膜の最上層である(すなわち、被膜のこの層は大気に露出している)。
【0028】
被膜は非a-C含有層をさらに含んでいてもよく、これらの層によって、被膜の耐食性が上昇し、および/またはa-C含有層の、その下にある基材に対する接着性が向上する。
【0029】
したがって、本発明は、さらに、炭素含有被膜で被覆されたPEM水素燃料電池用の双極板を提供し、炭素含有被膜は、
a)金属または金属合金を含むシード層と、
b)シード層中に金属または合金の炭化物または窒化物を含む界面層と、
c)a-Cを含むトップ層と、
を順に含む。
【0030】
本発明はまた、PEM水素燃料電池用の双極板を炭素含有被膜で被覆する方法を提供し、当該方法は、
a)金属(例えば、チタン)または合金を含むシード層を(例えば、HIPIMS蒸着プロセス、DCパルス蒸着プロセス、または金属FCVA蒸着プロセスによって)板に付与する工程と、
b)前記金属または合金の窒化物または炭化物(例えば、窒化チタン)を含む界面層を(例えば、スパッタリングプロセスによって)シード層に付与する工程と、
c)a-Cを含む層を(例えば、FCVAプロセスによって)界面層に付与する工程と、を含む。
【0031】
本発明の双極板の利点としては、耐食性の向上、電極材料浸出性の低減(例えば、イオン浸出性の低減)、および従来の金被覆双極板と比較して低コストである点のうちの1つまたはそれ以上、あるいはそのすべてが挙げられ得る。
【0032】
本発明の電極、板、および方法の実施形態において、a-Cが非晶質炭素の四面体形態、すなわちta-Cを含むことは任意である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明は、有利には、非晶質炭素層と本明細書で説明するように蒸着されたその他の層とを含む被膜を有する電極を提供する。本発明は、適度に硬く、使用時に高い耐摩耗性を発揮し、さらに全体としてCVD蒸着中間層を1つまたはそれ以上含むことにより良好な耐食性を発揮する被膜を備えた電極を提供する。特定の実施例において以下で示す試験によって、本発明による電極/板の特性が向上したことが実証されている。
【0034】
電極は双極板であってもよく、したがって、本発明は、炭素含有被膜で被覆されたPEM水素燃料電池用の双極板であって、炭素含有被膜はa-Cを含むか、またはa-Cからなる、双極板を提供する。
【0035】
好ましくは、被膜はa-Cからなる層を含み、典型的には、この層は被膜の最上層である(すなわち、被膜のこの層は大気に露出している)。a-Cはta-Cであってもよく、ta-Cを含むものであってもよい。
【0036】
被膜はまた、基材とa-C含有層との間に基材に対するa-C層の接着性を向上し、および/または被膜に対してさらに耐食特性を付与する追加の層を1つ以上含んでもよい。
【0037】
例えば双極板である電極上の被膜は、典型的にはシード層を含み、これは、典型的には金属製である基材上に被覆されている。
【0038】
被膜は、典型的にはシード層とa-C含有層(トップ層または最上層ともいう)との間に界面層をさらに含む。
【0039】
基材はまた、炭素材料(例えば、グラファイト)や複合材料(例えば、グラファイト板または複合板)などの典型的には双極板などが作成される他の材料から形成されてもよい。基材が金属製である場合、単一の金属から形成されていてもよく、合金(例えば、鉄合金、チタン合金、またはアルミニウム合金)から形成されていてもよい。好ましくは、金属製基材は、鋼製、好ましくはステンレス鋼製の基材であり、例えば、PEMセル用双極板の製造に一般的に用いられるSUS304ステンレス鋼製基材または316Lステンレス鋼製基材である。基材として用いるのに、SUS301ステンレス鋼およびSUS303ステンレス鋼が適している場合もある。
【0040】
もちろん、金属製基材の大きさは、PEMセルの大きさ、およびPEMセルの意図される用途に依存する。しかし、金属製基材(すなわち、被膜は含まない)の厚さは、典型的には、0.5mmまたはそれ以下であり、例えば0.3mmまたはそれ以下、好ましくは0.2mmまたはそれ以下(例えば、約0.05mmまたは約0.1mm)である。空冷式の板などにおいては、より薄い基材が用いられている。
【0041】
典型的には、金属製基材は、その表面にチャネルを備え、当該チャネルは、スタンピングによって形成されてもよいし、エッチングによって形成されてもよい。これらのチャネルは、隣接する双極板の間での冷媒または試薬の移動を可能にする。
【0042】
好ましい実施形態において、シード層が金属製基材上に蒸着される。シード層は金属製基材と界面層との接着を促進するように機能し、さらに、ある程度の耐食特性を示してもよい。シード層は金属または合金を含む(好ましくは、金属または合金からなる)。好ましくは、金属/合金は、クロム、チタン、クロム合金、およびチタン合金から選択される。さらにいっそう好ましくは、シード層中の金属は、チタンであるか、またはチタンを含む。
【0043】
典型的には、シード層の厚さは、0.5μmまたはそれ以下であり、適切には0.4μmまたはそれ以下、好ましくは0.3μmまたはそれ以下である。さらに、シード層の厚さは、通常、0.05μmまたは以上であり、例えば0.1μmまたは以上である。以下で説明する特定の実施例では、シード層は約0.3μmであった。
【0044】
上記の通り、シード層は、被膜全体にある程度の耐食特性を付与し得るので、シード層の蒸着によって、確実に基材をできるだけ多く覆うべきである。好ましくは、シード層は高密度で蒸着される。したがって、シード層は、様々なプラズマ蒸着法または化学蒸着法を用いて蒸着されてもよい。好ましくは、シード層は、FCVAまたはマルチアークによる蒸着またはスパッタリングによって、例えば、特にマグネトロンスパッタリング(高出力インパルスマグネトロンスパッタリングを含むが、これは、密な被膜を促進するからである)を用いて蒸着される。
【0045】
シード層は、典型的には不純物をほとんど含有しない(すなわち、シード層は典型的には非常に純粋である)。例えば、シード層における不純物含量は、10%またはそれ以下であってもよく、典型的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)であってもよい。本明細書において、不純物とは、シード層を構成することを意図する物質以外の、あらゆる物質のことをいう。例えば、シード層がTiからなる場合、シード層に存在するTi以外のあらゆる元素を不純物とみなすことができる。
【0046】
界面層が存在する場合には、a-C含有層のシード層に対する接着を促進する。シード層の場合と同様に、界面層も被膜の耐食性を向上し得る。さらに、界面層は電極/基材の接触抵抗を低減する役割を担ってもよい。好ましくは、界面層は相対的に低密度(シード層およびa-C含有層と比較して)であり、被膜内において、ピンホールまたは中空の円筒形ポケットを発現する。界面層は低密度被膜を促進し、かつ被膜内において円筒状の成長が形成されるのを促進する条件下で蒸着されてもよい。
【0047】
一般に、界面層は、金属または合金の炭化物または窒化物から形成され、通常、シード層の金属/合金の炭化物または窒化物から形成される。例えば、シード層がチタンシード層である場合、界面層は、炭化チタン、窒化チタン、またはこれらの混合物を含んでいてもよく、炭化チタン、窒化チタン、またはこれらの混合物からなるものであってもよい。同様に、シード層がクロムシード層である場合、界面層は、炭化クロム、窒化クロム、またはこれらの混合物を含んでいてもよく、炭化クロム、窒化クロム、またはこれらの混合物からなるものであってもよい。好ましくは、シード層がチタンを含むか、またはチタンからなる場合に、界面層は窒化チタンを含むか、または窒化チタンからなるものである。
【0048】
界面層の厚さは、典型的には0.5μmまたはそれ以下であり、好ましくは0.3μmまたはそれ以下である。さらに、界面層の厚さは、通常0.05μmまたはそれ以上であり、例えば0.1μmまたはそれ以上である。以下の実施例では、界面層の厚さは約0.2μmであった。
【0049】
上記の通り、界面層は、被膜全体にある程度の耐食特性を付与し得るので、界面層の蒸着によって、確実に、基材をできるだけ多く覆うべきである。したがって、界面層は、様々なプラズマ蒸着法または化学蒸着法を用いて蒸着されてもよい。好ましくは、界面層は、好ましくは密度が低減された被膜を与えるように調整されたスパッタリングによって蒸着される。
【0050】
界面層は、典型的には不純物をほとんど含有しない(すなわち、界面層は、典型的には非常に純粋である)。例えば、界面層における不純物含量は10%またはそれ以下であってもよく、典型的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)であってもよい。例えば、シード層が窒化チタンからなる場合、シード層に存在するTiまたはN以外のあらゆる元素を不純物とみなすことができる。
【0051】
よって、炭素含有被膜は、
a)金属または合金を含むシード層と、
b)シード層中に金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層と、
c)a-Cを含むトップ層と、
を順に含んでいてもよい。
【0052】
被膜の最上層(すなわち、大気に露出した層)は、a-C含有層である。この層は、a-Cを、70重量%を超えて、例えば80重量%を超えて、好ましくは90重量%を超えて含んでいてもよく、実質的にa-Cからなるものであってもよい。a-C層は導電性であり、かつ耐食性である。
【0053】
上述した通り、本明細書における用語「非晶質炭素」(a-C)は、水素含量が低いsp含有非晶質炭素である。例えば、a-Cは、10%またはそれ以下、典型的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)の水素含量を有し得る。ここでの水素のパーセント含量は、モルパーセントである(水素の質量パーセントではない)。好ましい実施形態において、a-C被膜は、実質的に水素を含まない。
【0054】
さらに、a-Cの窒素含量が低いことが好ましい。例えば、a-Cは、10%またはそれ以下、典型的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)の窒素含量を有し得る。ここでの窒素のパーセント含量は、モルパーセントである(窒素の質量パーセントではない)。
【0055】
a-Cは、95%またはそれ以下、一般には90%またはそれ以下、または80%またはそれ以下、好ましくは70%またはそれ以下、最も好ましくは60%またはそれ以下のsp含量を有し得る。また、20%またはそれ以上、一般には40%またはそれ以上、または50%またはそれ以上のsp含量を有し得る。典型的には、sp炭素含量は、90%~40%の範囲であり、適切には80%~50%、好ましくは70%~40%、最も好ましくは60%~50%の範囲である(例えば、a-Cは、55%の平均sp含量を有し得る)。
【0056】
それとは別に、a-Cは、5%またはそれ以上、一般には10%またはそれ以上、または20%またはそれ以上、好ましくは30%またはそれ以上、最も好ましくは40%またはそれ以上のsp含量を有し得る。また、80%またはそれ以下、一般には60%またはそれ以下、または50%またはそれ以下のsp含量を有し得る。典型的には、sp炭素含量は、10%~60%の範囲であり、適切には20%~50%、好ましくは30%~60%、最も好ましくは40%~50%の範囲である(例えば、a-Cは、45%の平均sp含量を有し得る)。
【0057】
なお、sp含量およびsp含量は、a-C層全体にわたって変化していてもよい。上記の値は、a-Cにおけるsp含量およびsp含量の平均であることを意図したものである。したがって、a-C層内における特定の位置のいずれにおいても、a-Cの正確なsp含量およびsp含量は、上記の値と異なっていてもよい。しかし、a-C層の全体にわたって、sp含量およびsp含量は、上記の値の範囲内であってもよい。
【0058】
いくつかの実施形態において、a-C層は、ta-Cを含むta-C層、またはta-Cからなるta-C層である。ta-Cは、不規則なspからなり、不規則なダイヤモンドと同様の強固な結合によって連結されているとされている密な非晶質物質である(Neuville S、「四面体非晶質炭素被膜の新規の応用的見地(New application perspective for tetrahedral amorphous carbon coatings)」、QScience Connect 2014:8、http://dx.doi.Org/10.5339/connect.2014.8を参照のこと)。ダイヤモンドとの構造の類似性により、ta-Cも硬度値がしばしば30GPaを超える非常に硬い物質である。
【0059】
典型的には、ta-C被膜は硬く密である。本発明にとっては、並外れて高レベルな硬度は必要とされない場合がある。a-Cの被膜/層によって、適切な伝導性を保持しつつ、十分な硬度が付与される。以下で説明する具体的な実施形態の被膜硬度は、約1300HVであり、結果は良好であった。別の実施形態では、被膜の硬度は約2000HVであり、この被膜も結果は良好であった。一般に、a-C/ta-C蒸着プロセスを調整することで極めて硬度が高いものを含む、様々な硬度の被膜を生産することができるが、本発明のための被膜は、過度に高い硬度を必要としない。上述した相対的に低いsp含量は、通常より低い硬度値と相関関係にある。この場合、基材は、電極または双極板であるが、適切に硬度が少なくとも900HVまたは少なくとも1000HVであるa-C被膜を有している場合がある。硬度は、900HV~3000HVの範囲内であってもよく、適切には1000HV~2000HVの範囲内、好ましくは1500HV~2000HVの範囲内、最も好ましくは1800HV~2000HVの範囲内であってもよい。測定した硬度値の範囲がこれらの範囲内である被膜が適切であると考えられ、最終用途が若干異なる場合には、時には使用者の判断によって、異なる硬度が適切となる場合もある。
【0060】
適切には、硬度は、ビッカース硬度試験(1921年にVickers LtdのRobert L. SmithおよびGeorge E. Sandlandによって開発された。標準試験についてはASTM E384-17も参照のこと)によって測定される。この試験は、すべての金属に対して用いることができ、硬度試験の中で範囲が最も広いものの1つである。この試験で与えられる硬度の単位は、ビッカースピラミッド数(HV)として知られており、パスカル単位(GPa)に換算することができる。硬度数は、ある加重で試験された凹みの表面積から求められる。例えば、鋼の硬質形態であるマルテンサイトのHVは、約1000であり、ダイヤモンドのHVは、約10000HV(約98GPa)であり得る。ダイヤモンドの硬度は、正確な結晶構造および配向に応じて変化し得るが、約90GPaから100GPaを超える硬度が一般的である。
【0061】
必要に応じて、a-Cは他の物質(金属または非金属のいずれか)でドープされる。
【0062】
好ましくは、a-C被膜も中性炭素原子または中性炭素粒子を含まないか、中性炭素原子または中性炭素粒子を実質的に含まない。
【0063】
対照的に、本明細書における用語「ダイアモンドライクカーボン」(DLC)は、a-C/ta-C以外の非晶質炭素のことをいう。よって、DLCはこれらの両方よりも水素含量が大きく、ta-Cよりもsp炭素含量が大きい。例えば、DLCの水素含量は、20%またはそれ以上であってもよく、典型的には25%またはそれ以上、例えば30%またはそれ以上であってもよい。改めて、ここでの水素のパーセント含量は、モルパーセントである(水素の質量パーセントではない)。DLCは、50%またはそれ以上、典型的には60%またはそれ以上のsp炭素含量を有し得る。典型的には、DLCは20%を超える水素含量を有し、かつ50%を超えるsp炭素含量を有し得る。DLCは、金属および/または非金属でドープされていなくてもよいし、ドープされていてもよい。本発明の電極に用いられるa-C被膜は、DLCからなるものでもDLCを含むものでもなく、本明細書におけるDLCの定義にあてはまらないことが好ましい。
【0064】
典型的には、a-C含有層は、1.0μmまたはそれ以下、好ましくは0.5μmまたはそれ以下の厚さを有する。一般に、この層の厚さは、0.05μmまたはそれ以上であるか、より適切には0.1μmまたはそれ以上であり、例えば、0.2μmまたはそれ以上である。本発明の実施形態において、a-C層の厚さは、約0.2μmまたは約0.3μmである。
【0065】
典型的には、a-C含有層は2.0g/cmを超え、例えば2.5g/cmを超え、または好ましくは3.0g/cmを超え、例えば3.5g/cmまたはそれより高い密度を有する。このような高い密度は、被膜内の炭素-炭素結合が非常に小さく(1~2オングストロームまで低く)なった結果である。このような構造によって、他の原子が、水素であっても、通過することができず、この構造によってイオン浸出および腐食が防止される。
【0066】
a-Cは、典型的には陰極真空アーク蒸着法、例えばフィルタード陰極真空アーク(FCVA蒸着法)によって蒸着される。FCVA被覆のための装置および方法は公知であり、本発明の方法の一部として用いることができる。典型的には、FCVA被覆装置は、真空チャンバと、陽極と、対象からプラズマを発生させるための陰極アセンブリと、基材に対して所与の電圧までバイアスをかけるための電源とを備える。FCVAの性質は従来知られたものであり、本発明の一部ではない。
【0067】
本明細書で説明する被覆双極板は、被膜の厚さが相対的に薄くても、良好な耐食特性を有する。例えば、全体的な被膜厚(a-C含有層と、存在する場合はシード層および界面層とを含む)は、典型的には2μmよりも小さく、適切には1.5μmよりも小さく、好ましくは1μmよりも小さい。
【0068】
本発明の電極/板用の層を蒸着させるのに、いくつかの従来的かつ商業化可能な蒸着法が知られている。上記において、いくつかの実施形態では好ましい蒸着プロセスが示されている。実際に、本明細書における層の蒸着は、スパッタリング、マグネトロンスパッタリング、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング、マルチアークイオンめっき、アーク蒸着、陰極真空アーク蒸着、フィルタード真空アーク蒸着、およびプラズマ促進化学蒸着などの公知のPVD法またはCVD法のうちの1つ以上またはその組み合わせを含むが、これらに限定されない、当業者にとって適切なプロセスを用いて行われてもよい。
【0069】
いくつかの実施形態において、シード層中の金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層は、a-Cを含むトップ層に隣接していてもよい。独立して、金属または合金を含むシード層は、シード層中の金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層に隣接していてもよい。独立して、双極板は金属または合金を含むシード層に隣接していてもよい。
【0070】
いくつかの実施形態において、双極板は、金属または合金を含むシード層に隣接していてもよく、金属または合金を含むシード層は、シード層中の金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層に隣接していてもよく、シード層中の金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層は、a-Cを含むトップ層に隣接していてもよい。例えば、洗浄後、双極板上に直接シード層が蒸着され、シード層上に直接界面層が蒸着され、界面層上に直接a-C層が蒸着される。
【0071】
さらなる実施形態において、炭素含有被膜は、順に:
a)金属または合金を含むシード層と、
b)シード層中に金属/合金の炭化物または窒化物を含む界面層と、
c)a-Cを含むトップ層と、
からなるものであってもよい。
【0072】
本発明のさらなる実施形態を以下で説明する。
【0073】
本発明の実施形態の双極板は炭素含有被膜で被覆されており、当該炭素含有被膜は:
a)チタンシード層と、
b)窒化チタン界面層または炭化チタン界面層と、
c)a-Cトップ層と、
をその順に含む。
【0074】
本発明の実施形態の双極板は炭素含有被膜で被覆されており、当該炭素含有被膜は:
a)クロムシード層と、
b)窒化クロム界面層または炭化クロム界面層と、
c)a-Cトップ層と、
をその順に含む。
【0075】
本発明の実施形態の双極板は炭素含有被膜で被覆されており、当該炭素含有被膜は:
a)チタン合金またはクロム合金のシード層と、
b)シード層の合金の窒化物または炭化物の界面層と、
c)a-Cトップ層と、
をその順に含む。
【0076】
直前に挙げた3つの実施形態の特定種のa-C層は3.0g/cmを超える密度を有する。
【0077】
本発明のさらなる実施形態の双極板は炭素含有被膜で被覆されており、当該炭素含有被膜は:
a)チタンシード層と、
b)窒化チタン界面層と、
c)3.0g/cmを超える密度を有するa-Cトップ層と、
をその順に含む。
【0078】
本明細書において、さらに、PEM水素燃料電池用の双極板を炭素含有被膜で被覆する方法を提供し、当該方法は、
a)金属(例えば、チタン)または合金を含むシード層を(例えば、HIPIMS蒸着プロセス、DCパルス蒸着プロセス、または金属FCVA蒸着プロセスによって)板に付与する工程と、
b)金属または合金の窒化物または炭化物(例えば、窒化チタン)を含む界面層を(例えば、スパッタリングプロセスによって)シード層に付与する工程と、
c)a-Cを含む層を(例えば、FCVAプロセスによって)界面層に付与する工程と、
を含む。
【0079】
基材、シード層、界面層、およびa-Cを含む層は、本発明の双極板に関して上述した特徴、定義、または限定を有し得る。
【実施例
【0080】
次に、以下の実施例において、本発明を例示する。
【0081】
(実施例1-被覆双極板の調製)
316Lステンレス鋼製双極板を、以下の通り被覆した。
【0082】
ステップ1)サンプル調製
以下のプロセスにしたがって、双極板を洗浄した。
a.弱アルカリ溶液を超音波洗浄に用いて、表面およびチャネル内のオイルステインを除去した。
b.酸性酸溶液を用いて、基材上の酸化物層およびあらゆる錆を除去した。
c.超音波条件下で、純水を用いて基材をすすいだ。
d.その後、真空条件下で0.5時間、基材を乾燥させた。
【0083】
ステップ2)サンプル被覆
被覆装置:イオンエッチング機能およびマグネトロンスパッタリング源も備えるFCVA被覆機。
プロセス:
a.洗浄した被覆対象の双極板を被覆チャンバに入れ、被覆チャンバ内の圧力を5.0×10-5Torr(6.6mPa)まで低下させ、温度を130℃まで上昇させた。
b.イオンビーム洗浄を行った(慣習的なイオンビーム洗浄法を用いた)。
c.チャンバ内の圧力を、さらに2×10-5(2.6mPa)まで低下させ、厚さが0.3μmのTi層を蒸着させるのに十分な時間、マグネトロンスパッタリング条件下でTiシード層を蒸着させた。
d.シード層を蒸着させた後、界面層の蒸着を開始した。窒素ケース存在下でチタンターゲットを用いたスパッタリング蒸着法により、TiN界面層を蒸着させた。この蒸着ステップは、厚さが0.2μmのTiN層を蒸着させるのに十分な時間行った。
e.界面層を蒸着させた後、フィルタード陰極真空アーク(FCVA)技術を用いて、0.2μmのa-C層を蒸着させた。a-Cの硬度は、およそ1300HVであった。sp含量は正確には測定していないが、40%~70%の範囲内であると考えられた。
f.蒸着が完了した後、真空チャンバを室温および室内圧力とし、被覆基材を被覆チャンバから取り出した。
【0084】
完成した被覆基材の構造は、以下の通りである。
【0085】
【表2】
【0086】
(実施例2-耐イオン浸出性)
電解液として、0.1ppmのHFを含むpH3のHSO(100ml)を入れた封止電気化学腐食セル内において、イオン浸出電気化学腐食試験を行った。用いた作用電極(WE)は、視認できる欠陥のない基材として316Lステンレス鋼を用いた被覆箔であった。電解質中に露出したWEの面積は約7cmであった。参照電極(RE)として飽和Ag/AgClを用い、対電極(CE)として縦3cm、幅3cmのPtネットを用いて実験を行った。基準となる標準水素電極(NHE)に対して、1.6Vの電気化学電位を80℃で10時間印加し、実験が外部の金属イオン分によって汚染されないようにした。試験後、腐食溶液をPTFE容器に保管し、その後、較正を行った誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)によって検査した。50ppb以下のFeイオン濃度を許容範囲とした。
【0087】
実施例1の双極板を上記の試験条件に供した場合、Feイオン濃度は、40ppb未満であった。
【0088】
実施例1の双極板のイオン浸出を、市販の金めっき双極板と比較した。結果は以下の通りである。
【0089】
【表3】
【0090】
実施例1の被膜は、工業的に標準的な被膜と直接比較して性能が向上していることが実証された。
【0091】
(実施例3-界面接触抵抗(ICR)および腐食電流密度)
電解液として、0.1ppmのHFを含むpH3のHSO(500ml)を入れた電気化学腐食セルを用いて、ICR試験を行った。作用電極(WE)は、視認できる欠陥のない被覆された316L箔であった。電解質中に露出したWEの面積は、約1.9cmであった。本実験では、参照電極(RE)として飽和Ag/AgClを用い、対電極(CE)として縦3cm、幅3cmのPtネットを用いた。並行して3回の電気化学試験を行った後、0.6MPaでのICR測定平均は、以下の表に示す最終的な接触抵抗要件を満たすことが望ましい。
【0092】
【表4】
【0093】
実施例1の双極板を上記の試験条件に供した場合、これら2つの要件を満たしていた。
【0094】
さらに、1.6Vmの電位で試験を行っている間、腐食電流密度を測定すると、1μA/cm未満であった。
【0095】
(実施例4-伝導性)
本発明に従って得られた双極板の伝導性を、以下の方法およびプロトコルを用いて調べた。
【0096】
ステンレス鋼とカーボン紙との間の接触抵抗を測定するための改良型のWangの方法を用いた。
【0097】
サンプル(カーボン紙および試験したステンレス鋼のサンプルを含む)はすべて、ウェハとして準備した。
【0098】
サンプルの直径は60mmであり、装置内の銅板と同じ大きさであった。相手側のアンビルを機械加工して、5~15μmの平坦度とした。東レ製カーボン紙(TGPH-060、未テフロン加工)を、これらの実験においてガス拡散層として用いた。ステンレス鋼製双極板の厚さは、実際の現行の手法に従って求めた。
【0099】
本発明および従来技術に従って被覆された試験済ステンレス鋼サンプルを2枚のカーボン紙TGP-H-060の間に挟持し、その後、それぞれ金でめっきされた銅板で、カーボン紙TGPH-060を挟持した。
【0100】
PSP-2010プログラム可能電源から、28.26A(1A/cm)の電流を提供した。実験の間、長春科新公司試験儀器研究所(Changchun Kexin Tester Institute)が開発したWDW電気機械ユニバーサル試験機を用いて圧縮力を制御した。最終的に60Ncm-2(0.6MPa)の圧縮圧が円形の電極領域にわたって印加されるまで、5N・s-1ずつ段階的に圧縮力を上げていき、積層体の状態をシミュレートした。EDM-3150マルチディスプレイマルチメータを用いて総電圧降下を測定することによって、以下の式の通りに総抵抗を算出することができる。
【0101】
【数1】
【0102】
式中、Rtotalは総電気抵抗であり、Vtotalは装置全体の総電圧降下であり、Iはサンプルに印加した電流であり、Aは表面積である(28.26cm)。
【0103】
総抵抗は4つの界面抵抗と3つの体抵抗との合計であり、すなわち、カーボン紙/金の界面(R/Au)が2つ、カーボン紙/試験済ステンレス鋼サンプルの界面(RC/SS)が2つ、カーボン紙の体抵抗(R)が2つ、ステンレス鋼サンプルの体抵抗(RSS)が1つである。すなわち、以下の通りである。
【0104】
【数2】
【0105】
抵抗(RC/Au)は、以下の式のように表すことができる。
【0106】
【数3】
【0107】
式中、VC/Auは電圧降下である。
【0108】
C/Auは、以下のように表すこともできる。
【0109】
【数4】
【0110】
式(2)~式(4)により、以下の式を得ることができる。
【0111】
【数5】
【0112】
式中、Rは、カーボン紙と試験済ステンレス鋼サンプルとの間の接触抵抗と、カーボン紙の体抵抗の一部との合計である。試験済ステンレス鋼サンプルの伝導性が高いことにより、体電気抵抗(Rss)は無視された。よって、式(5)にしたがってRを算出することができる。
【0113】
板上の異なる12箇所において領域別の抵抗測定を行って記録し、平均した。
【表5】
【0114】
これらの結果は、従来技術の電極に対する本発明の被膜の性能を示す。実施例1の結果は改善されているが、これは、接触抵抗が上昇すると燃料電池の電気効率の損失が増大し、性能が低下するためである。
【0115】
なお、比較実験を準備する際、上記の金めっきに関する結果については、すべて以下の文献に記載のものである:Qin Ziwei, Mi BS, Chen Zhuo, Wang Hongbin, Research on properties of coating of stainless-steel bipolar plate, Shanghai metals, 2017, 5, vol 39: 5-10。
【0116】
このように、本発明は、電極、例えば燃料電池用双極板、およびこれを作成する方法を提供する。
【0117】
(実施例5-被覆双極板の調製)
概ね、上記の実施例1で説明した方法に従って、さらなる316Lステンレス鋼製双極板を被覆した。基材バイアスを変更して硬度を上昇させた。硬度はおよそ2000HVと求められた。a-Cの平均sp含量はおよそ50%~60%であった。層の厚さと組成は以下の通りであった。
【0118】
【表6】
【0119】
この被覆双極板の特性は良好であり、特に望ましい低イオン浸出性を示し、相対的に耐食性を示すことがわかった。