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特許7313612高純度マグネシウム製の医療用インプラント及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-14
(45)【発行日】2023-07-25
(54)【発明の名称】高純度マグネシウム製の医療用インプラント及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/04 20060101AFI20230718BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20230718BHJP
【FI】
A61L27/04
A61L31/02
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019055808
(22)【出願日】2019-03-25
(65)【公開番号】P2020156528
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】514191287
【氏名又は名称】日東ユメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】石崎 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】佐野 光雄
【審査官】辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第07/108450(JP,A1)
【文献】特開2018-204045(JP,A)
【文献】特開2010-063534(JP,A)
【文献】特開2008-125622(JP,A)
【文献】J. Flux Growth,2015年,Vol.10 No.2,pp.55-59
【文献】軽金属,2008年,第58巻第11号,pp.570-576
【文献】マグネシウム合金の医療応用に関する開発ガイドライン2017(総論)(手引き),2017年,https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/201708.35.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L15/00-33/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度99質量%以上のマグネシウムからなる基材と、前記基材表面上に形成された皮膜とからなる医療用インプラントであって、
前記皮膜は、水酸化マグネシウム及び水酸化酸化マグネシウムを必須的に含み、
前記皮膜についてなされるX線回折の回折ピークについて、水酸化マグネシウム011反射のピーク強度(X)と、マグネシウムの101反射のピーク強度(Y)との比(X/Y)が、0.05以上0.5以下である医療用インプラント。
【請求項2】
皮膜の厚さは、1.0μm以上1000μm以下である請求項1記載の医療用インプラント。
【請求項3】
医療用インプラントは、ボーンプレート、プレート、スクリュー、ネール、ピン、ステント、コイル、クリップ、クラスプ、人工歯根、ステープルのいずれかである請求項1又は請求項2のいずれかに記載の医療用インプラント。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれかに記載の医療用インプラントの製造方法であって、
医療用インプラントの形状に成形された純度99質量%以上のマグネシウムからなる基材を、温度100℃以上170℃以下の水蒸気と接触させ、前記基材表面上に皮膜を形成する工程を含む医療用インプラントの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高純度マグネシウムを適用した医療用インプラントに関する。詳しくは、生体吸収性及び耐食性を具備した皮膜を有する高純度マグネシウムからなる医療用インプラントに関する。また、高純度マグネシウムからなる医療用インプラントに、前記した機能を有する皮膜を形成するための表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨折治療等の整形外科治療におけるプレート(ボーンプレート等)、スクリュー(ネジ)、ネール、ピンや、脳血管障害や心臓血管障害等のインプラント治療における塞栓クリップ、塞栓コイル、ステント等の各種の医療用インプラントは、これまで、ステンレス鋼、コバルトクロム合金、チタン合金等から構成されるものが多い。これらの金属材料は、機械的性質に優れると共に耐食性や生体適合性も良好である。そのため、人体内部に埋め込まれて人体に直接的に接触するインプラントに好適である。
【0003】
しかし、上記金属材料からなるインプラントは、その高い化学的安定性・耐食性が問題となることもある。上記インプラントは、患部が治癒する一定期間は体内に埋め込み・固定される必要があるが、治療が終わればその必要がなくなる。耐食性が高い金属材料からなるインプラントは、人体内で分解することはない。そのため、治療終了後にそれらのインプラントを除去する外科手術が必要となるが、小児等の体力に乏しい患者にとっては負担になることがある。他方、治療後もインプラントを体内に残留させておくこともできるが、痛みや感染症の要因となることがある。成長過程の小児等の場合には、残留したインプラントによる成長阻害やインプラント移動も懸念される。そこで、近年、医療用インプラントを人体内で分解可能な材料で構成することが検討されている。
【0004】
このような医療用インプラントの検討例の一つとして、マグネシウム(Mg)の適用が着目されている。マグネシウムは、実用化されている各種金属材料の中でも極めて軽量な金属材料でありながら、比較的強度が高く皮質骨と同等の強度を有する。そして、マグネシウムは人間の代謝に必須のミネラル成分であるので、人体内の生理的環境により分解し吸収される。そのため、マグネシウムからなるインプラントは、患部固定や欠陥拡張等のための機械的な特性を具備しつつ、人体内で分解・消失できるインプラントとして好適であると考えられる。
【0005】
もっとも、医療用インプラントの構成材料としてのマグネシウムにも問題がある。マグネシウムは、反応性が高く人体内においても比較的急速に分解・溶解する傾向がある。そのため、患部の治療が終わる前に、インプラントが消失するおそれがある。即ち、マグネシウムからなるインプラントの実用化のためには、この耐食性の問題をクリアする必要がある。
【0006】
マグネシウムからなるインプラントの耐食性改善の検討例もいくつか報告されている。その一つとして、インプラントの基材であるマグネシウム自体の耐食性の改善が挙げられる。例えば、マグネシウムに0.1~1.0質量%のカルシウム(Ca)を添加したMg-Ca合金に有機抗感染薬を含有させた複合材料が提案されている(特許文献1)。また、溶融合金化等の処理方法でマグネシウムをハロゲン化物で改質したマグネシウム合金が開示されている(特許文献2)。
【0007】
マグネシウムからなるインプラントにおける耐食性向上の手法としては、マグネシウム基材について、基材保護のための被覆層を形成する方法も提案されている。例えば、特許文献3にはマグネシウムからなるインプラント(ステント)に生分解性ポリマーからなる被覆層を形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-27455号公報
【文献】特表2005-518830号公報
【文献】特開2016-165375号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記した、他種元素の添加によるマグネシウムの合金化や、マグネシウム基材へのポリマー被覆は、耐食性向上の観点からは有用といえる。しかしながら、医療用インプラントという用途を考慮したとき、人体への安全性や機能性の確保の観点から、従来技術では不十分な対応と考えられる。
【0010】
マグネシウム合金の適用は、合金化のための添加元素による人体への影響や、合金の分解挙動が人体に及ぼす影響についての検討が必要である。上記した先行技術では、その検討がなされていないが、実用化に際しては慎重な検討が必要である。また、被覆層の形成に関しては、基材との密着性の確保の問題がある。上記従来技術におけるポリマー被覆層は、基材と全く異なる材質である。医療用インプラントは、人体に埋め込まれた後、人体組織と接触し摺動する場合や変形する場合がある。そのような場合に被覆層が一部でも剥離すると、基材の分解が進行することとなる。
【0011】
本発明は、以上のような背景のもとになされたものであり、高純度マグネシウムを適用する医療用インプラントについて、その機械的性質や生体適合性を維持しつつ、人体内における耐食性が改良されたものを提供する。また、この医療用インプラントの製造方法であって、簡易な工程でマグネシウムからなる医療用インプラントに耐食性を付与する方法についても明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題解決のため、本発明者等は、医療用インプラントの基材として高純度マグネシウムを適用しつつ、その表面に耐食性確保のための皮膜を形成することとした。上記のとおり、マグネシウムに添加元素を添加した基材では、添加元素による生体適合性への影響が懸念される。本発明の医療用インプラントは、分解後は人体に吸収されることから、基材の組成はできるだけシンプルにすべきである。そして、本発明者等は、マグネシウムの耐食性向上の手法として知られている、水蒸気処理による皮膜形成に着目した。この皮膜形成処理では、マグネシウム基材を100℃以上の水蒸気に暴露する。この処理により基材表面に形成される皮膜は、水酸化マグネシウム(Mg(OH))を主体としている。
【0013】
水蒸気処理によって生成する水酸化マグネシウムを含む皮膜は、防食皮膜としての機能を有し、マグネシウム基材を外部環境から遮断して、基材の腐食・分解を抑制することができる。よって、マグネシウムからなる医療用インプラントにおいても、基材表面に水酸化物を形成することで耐食性が向上し、人体内での基材の分解を抑制することができると考えられる。また、水酸化マグネシウムは、マグネシウムと水素及び酸素で構成される化合物であり、人体に対して有害な元素を含まない。従って、この皮膜を有する医療用インプラントは、生体適合性の問題もクリアしている。
【0014】
更に、本発明者等の検討によれば、水酸化マグネシウムは生体環境で分解可能であり、生体吸収性を有する。従って、防食皮膜として作用しつつも、やがて消失し、基材となるインプラントの生体吸収を阻害することはない。
【0015】
本発明者等は、以上のような水酸化マグネシウムを主たる成分とする皮膜のメリットを考慮し、医療用インプラントに対して好適な皮膜の形成条件について、詳細な検討を行い、本発明に想到した。
【0016】
即ち、本発明は、純度99質量%以上のマグネシウムからなる基材と、前記基材表面上に形成された皮膜とからなる医療用インプラントであって、 前記皮膜は、水酸化マグネシウムを必須的に含む医療用インプラントである。
【0017】
上記のとおり、本発明は、マグネシウムからなる基材と、基材表面に形成した皮膜とで構成された医療用インプラントである。以下、本発明に係るマグネシウム製の医療用インプラントの各構成とその製造方法について、詳細に説明する。
【0018】
I.基材
本発明の医療用インプラントの基材は、高純度マグネシウムからなる。本発明における高純度マグネシウムは、純度99質量%以上とする。より好ましくは、純度99.99質量%以上(4N以上)のマグネシウムである。高純度を要求するのは、マグネシウム以外の元素を含有する場合の生体適合性を考慮するためである。但し、不可避不純物元素の存在は否定しない。不可避不純物元素としては、Al、Fe、Na、Mn、Ni、Si等が挙げられる。これらの不可避不純物元素の含有量は、合計で1質量%以下が好ましく、0.001質量%以下がより好ましい。
【0019】
基材の形状及び寸法については、特に限定されることはない。本発明の医療用インプラントの対象は、ボーンプレート等のプレート、スクリュー、ネール、ピン、ステント、塞栓コイル等のコイル、塞栓クリップ等のクリップ、クラスプ、人工歯根、ステープル等が挙げられる。基材の形状及び寸法は、これら医療用インプラントの形状及び寸法と同一である。
【0020】
II.皮膜
本発明に係る医療用インプラントは、高純度マグネシウムからなる基材の表面上に所定の構成の皮膜を備える。この皮膜は、主たる成分として水酸化マグネシウムを含む。水酸化マグネシウムは、化学的に安定であり本来的に有効な防食皮膜である。
【0021】
もっとも、本来的には防食皮膜として機能し得る水酸化マグネシウムであっても、生体環境内においては分解する。この点を考慮し、本発明では、基材であるインプラントの生体吸収を阻害することなく、インプラントにとって必要な耐食性を付与し得る皮膜の状態を規定する。これは、皮膜中の水酸化マグネシウムの状態及び含有量を規定することであり、具体的には、皮膜についてなされるX線回折の回折ピークについて、水酸化マグネシウム011反射のピーク強度(X)と、マグネシウムの101反射のピーク強度(Y)との比(X/Y)が、0.05以上0.5以下とすることが好ましい。ピーク強度比X/Yがが0.05未満の場合、皮膜が十分な保護作用を発揮し難く早期に消失し、基材の分解が進行してしまう。一方、ピーク強度比X/Yが0.5を超える皮膜は保護作用が過度に強く皮膜の分解速度が遅くなり、基材であるマグネシウムの分解が不十分となり体内で残存するおそれがある。ピーク強度比X/Yは、0.1以上0.4以下とするのがより好ましい。
【0022】
本発明において、皮膜の状態をX線回折の分析結果によって規定するのは、皮膜から水酸化マグネシウムのみを分離して直接的に観察することが困難であるからである。X線回折は比較的簡易な分析手段であり、水酸化マグネシウムの定量性についても一定の信頼性がある。そして、水酸化マグネシウムの011反射のピークは、水酸化マグネシウム由来の回折ピークの中で最大の強度を示し、かつ独立したピークである。そのため、011反射のピークを水酸化マグネシウムのピーク強度比を算出するための基準としている。また、水酸化マグネシウムのピーク強度の測定基準として、マグネシウムの101反射のピークを適用するのは、このピークが基材である高純度マグネシウムに由来するからである。基材からの回折ピークであるので、皮膜の生成方法や構成の影響を受けることなく観察されるので、皮膜の構成を評価する基準として好適だからである。尚、X線源としてCu-Kα線を適用するX線回折において、水酸化マグネシウムの011反射のピークは、2θ=37.7°~38.2°付近で観察される。また、マグネシウムの101反射のピークは、2θ=36.2°~37.0°付近で観察される。
【0023】
また、本発明の医療用インプラントにおいては、水酸化マグネシウムを必須的に含む皮膜が形成されていれば良く、水酸化マグネシウム以外の物質が含まれていても良い。皮膜に含まれる水酸化マグネシウム以外の物質としては、マグネシウムの他、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸マグネシウム(MgCO)、水酸化酸化マグネシウム(MgO(OH))等が挙げられる。酸化マグネシウム、炭酸マグネシウムは、基材の水蒸気処理において処理雰囲気中の酸素や二酸化炭素に起因して生成する。
【0024】
水酸化酸化マグネシウム(MgO(OH))は、皮膜に任意的に含まれるマグネシウム化合物であるが、特徴的な生成物である。本発明者等の検討によれば、この水酸化酸化マグネシウムの生成が進行した皮膜は、緻密性が高くなるためより高い防食効果を発揮する傾向がある。具体的には、皮膜についてなされるX線回折の回折ピークについて、水酸化酸化マグネシウムの018反射のピーク強度(Z)と、水酸化マグネシウムの011反射のピーク強度(X)との比(Z/X)が、0.05以上0.2以下である場合において、高い防食効果が確認される。尚、X線源としてCu-Kα線を適用するX線回折において、水酸化酸化マグネシウムの018反射のピークは、2θ=45°~47°付近で観察される。
【0025】
以上説明した、水酸化マグネシウムを含む皮膜の厚さは、1.0μm以上1000μm以下であることが好ましい。1.0μm未満では、微小な傷が生じた場合、そこから基材の分解が発生することになる。また、1000μmを超える場合、応力や衝撃によって皮膜に割れや剥離が生じることがある。
【0026】
III.本発明の医療用インプラントの製造方法(水蒸気処理)
次に、本発明に係る高純度マグネシウムを基材とする医療用インプラントの製造方法について説明する。これまで述べたように、本発明の特徴は、医療用インプラントを高純度マグネシウム(純度99%以上)で形成しつつ、その表面に水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜を形成することにある。従って、本発明における医療用インプラントの製造方法においては、皮膜形成の工程を必須的に含む。この皮膜形成工程は、予め所定の形状に加工された医療用インプラントを基材とする。
【0027】
即ち、本発明に係る医療用インプラントの製造方法は医療用インプラントの形状に成形されたマグネシウムからなる基材を、温度100℃以上170℃以下の水蒸気と接触させ、前記基材表面上に皮膜を形成する工程を含む方法である。
【0028】
上記のとおり、本発明に係る医療用インプラントの製造方法においては、所定の形状・寸法に製造された医療用インプラントに水蒸気処理を行い、水酸化マグネシウムの皮膜を形成する工程が特徴となる。医療用インプラントの具体例は上記のとおりであり、高純度マグネシウムを加工・成形して製造される。医療用インプラントの製造工程については、特段に限定されることはない。
【0029】
高純度マグネシウムからなる医療用インプラントを基材として、水蒸気処理を行って皮膜を形成する。水蒸気処理とは、基材に水蒸気を接触処理する処理であり、この処理を経て本発明に係る医療用インプラントが製造される。本発明の方法では、既存の高純度マグネシウムからなる医療用インプラントに対して、1回の水蒸気処理によって耐食性を付与することができる。本発明は、プロセス数の少ない簡便な方法といえる。また、水蒸気処理は、その対象となる医療用インプラントの寸法及び形状を制限しない処理方法である。よって、サイズの大きい医療用インプラントや複雑形状の医療用インプラントに対しても有効である。
【0030】
水蒸気処理で基材に接触させる水蒸気は、水の加熱・気化により生成される。その水蒸気源として用いる水としては、工業用水や水道水が使用でき、純水の使用も好ましい。また、適宜の塩を含む水溶液も使用できる。純水を使用する場合、電気伝導率が1mS/m以下のイオン交換水、蒸留水、超純水の使用が好ましい。
【0031】
また、塩を含む水溶液も水蒸気処理に利用できる。この水溶液としては、炭酸塩、硝酸塩、硫酸塩、フッ化物塩の水溶液の蒸気を利用することができる。これらの塩はアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム等)の塩(炭酸ナトリウム、硝酸ナトリウム等)の塩や、アルカリ土類金属(カルシウム、ストロンチウム、バリウム等)の塩(炭酸カルシウム、硝酸カルシウム等)の他、貴金属の塩、コモンメタルの塩等が適用できる。これらの塩を1種又は複数種を組み合わせた水溶液も使用することができる。
【0032】
水蒸気と基材とを接触させる方法については、特に限定されることはない。水蒸気処理は、所定の反応器・容器等の閉空間内の水蒸気に処理対象となる医療用インプラントを暴露して処理を行っても良い。具体的手法として、容器に医療用インプラントを水と共に配置し、温度・圧力を制御して発生した水蒸気雰囲気中に基材を曝露することで処理が可能である。また、水蒸気を処理材に直接的に噴射して処理を行っても良い。いずれの方法においても、水蒸気処理は、簡易な装置で実施可能であり、製造コストにおいてもメリットを有する。
【0033】
基材に接触させる水蒸気の温度は、100℃以上170℃以下とする。100℃未満の水蒸気処理では、水酸化マグネシウムの好適な状態での生成が認められず、十分な耐食性を付与することができない。一方、170℃を超える処理では、水蒸気とマグネシウムの反応速度が早くなり、皮膜の緻密性が低下し、十分な防食性能を発現できないために不適切となる。水蒸気の温度は、110℃以上160℃以下がより好ましい。水蒸気の圧力は、0.10MPa以上0.80MPa以下の範囲が好ましい。圧力は、より好ましくは0.15MPa以上0.65MPa以下とする。 水蒸気処理の雰囲気は、大気中で行っても良いし、不活性ガスでパージされた容器内で処理しても良い。
【0034】
処理液の水蒸気による処理時間については、特に限定されることはないが、好適な膜厚の皮膜を形成する観点で1時間以上の処理が好ましい。処理時間の上限は10時間が好ましい。
【0035】
以上の水蒸気処理により皮膜が形成され、本発明に係る医療用インプラントが製造される。この医療用インプラント材については、洗浄等の後処理を適宜に行っても良いが、行わなくても良い。また、皮膜形成後の医療用インプラントを適宜に塗装や薬剤塗布をしても良い。
【発明の効果】
【0036】
以上説明したように、本発明に係る医療用インプラントは、高純度マグネシウムの機械的性質や生体適合性を維持しつつ、人体内における耐食性が改良されている。本発明では、水酸化マグネシウムを主成分とする皮膜によって耐食性の向上を図っている。この皮膜は生体内で分解可能であり、医療用インプラントを構成する高純度マグネシウムの生体吸収を阻害することはない。本発明は、水蒸気処理によって皮膜を形成する。この水蒸気処理は、簡便で医療用インプラントの寸法・形状に制限されることなく実施可能である。よって、本発明に係る医療用インプラントはコスト面でも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】本実施形態における水蒸気処理の初期段階の膜厚と処理温度との関係を示すグラフ。
図2】本実施形態で7時間水蒸気処理した後の皮膜のXRDプロファイル。
図3】140℃で7時間水蒸気処理して皮膜を形成させたサンプルの分極曲線。
図4】140℃で皮膜を形成したサンプルの浸漬試験におけるXRDプロファイルの変化を示す図。
図5】160℃で皮膜を形成したサンプルの浸漬試験におけるXRDプロファイルの変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。医療用インプラントとしてボーンプレートを製造して皮膜形成した。そして、耐食性の評価を行った。予め、高純度マグネシウム(純度99.999%)を成形加工して製造されたボーンプレート(長さ20mm×幅5mm×厚さ2mm)を用意し、水蒸気処理を行った。
【0039】
[水蒸気処理による皮膜形成]
水蒸気処理の工程は、縦型オートクレーブ(容量0.3l)で行った。サンプル両面を処理可能なステージをオートクレーブ内に固定し、ステージの上にボーンプレートを載置した。そして、オートクレーブの下部に蒸気源となる純水(20ml)を注入し、加熱して蒸気発生させた。水蒸気処理は、温度120℃、130℃、140℃、160℃での4パターンで行った。各処理温度で、処理時間を3時間、5時間、7時間処理してボーンプレートに皮膜形成した。尚、容器内の圧力0.2~0.65MPaとし、処理中は温度及び圧力を保持して処理した。
【0040】
[皮膜の組成・構成の分析]
以上の工程で製造したボーンプレートについて、表面をEDS分析して、各処理温度(120℃~160℃)、処理時間(3時間~7時間)における皮膜の組成分析を行った。また、各処理温度及び各処理時間毎のサンプル表面について断面をSEM観察し、皮膜の厚さを測定した。EDS、SEMによる組成分析と皮膜厚さの測定結果を表1に示す。また、水蒸気処理の初期段階(3時間経過時)における、各処理温度と膜厚をプロットしたグラフを図1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
表1において、皮膜中の水酸化マグネシウムの成長は、皮膜中の酸素濃度の変化によって推定できる。120℃の水蒸気処理では、3時間の処理では、皮膜中の酸素濃度は低いが、5時間以上の処理によって、その処理温度における皮膜中の水酸化マグネシウムの含有量がピークとなっている。一方、130℃、140℃、160℃の処理では、処理時間3時間の段階で皮膜中の水酸化マグネシウムの含有量がピークとなっていると考えられる。また、図1のグラフからは、皮膜の単位温度当たりの成膜速度を算出ことができる。この図1から、皮膜の成膜速度が処理温度の上昇と共に増大することが分かる。特に、140℃近傍から急速に成膜速度が増大すると見受けられる。
【0043】
次に、各温度で7時間処理したボーンプレートの表面についてXRD分析を行い、皮膜の構成を検討した。XRDはX線源Cu-Kαとして入射角1°、電圧50kV、電流300mAで測定した。このXRD分析の結果を図2に示す。図2から、本実施形態のボーンプレート表面の皮膜は、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸マグネシウム(MgCO)、水酸化酸化マグネシウム(MgO(OH))が含まれる。マグネシウムのピークは、基材であるボーンプレートのものである。
【0044】
図2のXRDプロファイルにおいて、水酸化マグネシウム(Mg(OH))011反射のピーク(2θ=37.7°~38.2°付近)の強度(X)と、マグネシウムの101反射のピーク(2θ=36.2°~37.0°付近)の強度(Y)から、それらの比(X/Y)を求めることができる。また、2θ=45°~47°付近の水酸化酸化マグネシウム(MgO(OH))のピークの強度(Z)と、水酸化マグネシウム(Mg(OH))011反射のピークの強度(X)とのピーク強度比(Z/X)も求めることができる。具体的には、下記の表のようになる。
【0045】
【表2】
【0046】
[ボーンプレートの耐食性評価]
本実施形態で製造したボーンプレートについて、耐食性の評価を行った。耐食性の評価は、生態環境を模した擬似体液中での耐食性を評価するため、分極測定(腐食電位、腐食電流密度)と浸漬試験を行った。
【0047】
本実施形態で使用した擬似体液の成分は以下のとおりである。
塩化ナトリウム(NaCl):7.996g
炭酸水素ナトリウム(NaHCO):0.350g
塩化カリウム(KCl):0.224g
リン酸水素カリウム(KHPO):0.228g
塩化カルシウム(CaCl):0.278g
硫酸ナトリウム(NaSO):0.071g
トリスヒドロキシメチルアミノメタン(CHOH)CNH:6.057g
1M-塩酸(HCl):40mL
【0048】
分極測定は、製造したボーンプレートから測定サンプルを切り出し、皮膜形成した面が作用極となるようにした。上記擬似体液を電解液とし、まず、電解液に30分浸漬してOCP電位に対して-100mV~+800mVの範囲で分極測定した。測定は、ポテンショスタット(参照電極:Ag/AgCl、対極:Ptメッシュ)を使用し、電位掃印速度を0.5mV/sとして測定した。測定温度は25℃とした。この試験で測定された各サンプルの腐食電位、腐食電流密度を表3に示す。また、図3は、測定結果の一例として、140℃で7時間処理したサンプルの分極曲線である。
【0049】
【表3】
【0050】
表3から、140℃で7時間処理したサンプルと、160℃で5時間処理したサンプルにおいて、腐食電位の貴化と腐食電流密度の低下が顕著となり、特に良好な耐食性向上効果があることが分かる。120℃と130℃の処理温度では、短時間の水蒸気処理では腐食電位の貴化等がみられなかった。但し、120℃と130℃であっても、長時間(7時間)の処理で、腐食電位の貴化と腐食電流密度の低下が観察される。分極特性の観点からは、短時間での耐食性向上は高温(140℃以上)の水蒸気処理が好ましく、低温の水蒸気処理には時間を要するといえる。
【0051】
次に、各サンプルについて、実際の耐食性を観察するための浸漬試験を行った。浸漬試験では、上記と同じ高純度マグネシウムからなる小片(寸法:2cm×2cm×2mm)を作成して、上記ボーンプレートと同じ方法にて、140℃×7時間の水蒸気処理と、160℃×5時間の水蒸気を行い、2種のサンプルを作成した。そして、上記の擬似体液にサンプルを840時間(35日間)浸漬した。この浸漬試験において、適宜にサンプルを取り出しで外観観察と皮膜のXRD観察を行った。尚、皮膜のない未処理のサンプルについても浸漬試験を行った。
【0052】
浸漬試験における外観観察では、140℃処理品と160℃処理品の双方において、72時間(3日間)は外観上の変化が全くなかった。140℃処理品とは、その後サンプルの端部に変色が観察されたが、600時間(25日間)経過するまでは全体的に皮膜の残存が確認できた。そして、840時間経過舌サンプルにおいては、部分的に下地である基材が露出していた。但し、サンプルの形状に変化はなく、基材の分解は観察されなかった。一方、160℃処理品は、72時間経過後はサンプルの端部に変色が観察されたものの、840時間(35日間)経過するまでは全体的に皮膜の残存が確認できた。そして、サンプル形状に変化及び基材の分解は観察されなかった。
【0053】
一方、皮膜を形成しない基材サンプルにおいては、浸漬試験開始から2時間経過した辺りからサンプルの角部分に丸みが見られ、分解が生じ始めていることが確認された。よって、高純度マグネシウムからなる医療用プラントにおいて、本実施形態の皮膜形成が基材の分解を遅らせることができることが確認された。
【0054】
図4、5は、浸漬試験におけるサンプル表面のXRD分析の結果を示す図である。140℃処理品では600時間(25日間)で、160℃処理品では800時間(35日間)経過後のサンプルにおいて、水酸化マグネシウムのピークが消失していることがわかる。この結果は、上記の浸漬試験における観察結果と符合する。また、このXRD分析の結果から、擬似体液に浸漬したことにより、生成物が存在しないことも確認された。本発明における水蒸気処理による皮膜は、分解しても人体に影響を与える生成物は生じ難いといえる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上説明したように、本発明に係る医療用インプラントは、反応性が高く生体環境下で分解し易い高純度マグネシウムを適用しつつ、耐食性が改善されている。本発明の水蒸気処理によって形成される皮膜は生体内で分解可能であるので、適切な構成・膜厚とすることで医療用インプラントを構成する高純度マグネシウムの生体吸収を阻害することもない。本発明は、整形外科治療におけるプレート、ボーンプレート、スクリューや、脳血管障害等のインプラント治療のためのクリップ、コイル、ステントといった各種の医療用インプラントとして好適に使用できる。
図1
図2
図3
図4
図5