(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-14
(45)【発行日】2023-07-25
(54)【発明の名称】抗血栓性材料及びそれを用いた医療用器具
(51)【国際特許分類】
A61L 33/06 20060101AFI20230718BHJP
C08F 220/28 20060101ALI20230718BHJP
A61L 29/04 20060101ALI20230718BHJP
A61L 27/16 20060101ALI20230718BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20230718BHJP
A61M 1/16 20060101ALI20230718BHJP
【FI】
A61L33/06 200
C08F220/28
A61L29/04 100
A61L27/16
A61L27/50 300
A61M1/16 105
A61M1/16 107
(21)【出願番号】P 2019093293
(22)【出願日】2019-05-17
【審査請求日】2022-03-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構委託研究、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「有機材料の極限機能創出と社会システム化をする基盤技術の構築及びソフトマターロボティクスへの展開」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100110663
【氏名又は名称】杉山 共永
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】櫛田 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】辻本 智雄
(72)【発明者】
【氏名】三枝 暢也
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】小林 慎吾
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-192727(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 33/06
C08F 220/28
A61L 29/04
A61L 27/16
A61L 27/50
A61M 1/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)及び下記式(2)の少なくとも一方で表されるモノマーに由来する構成単位を有し、かつ、示差走査熱量計測定において、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを有するポリマーを含む抗血栓性材料
であって、前記ポリマーの飽和含水率が10質量%以上40質量%以下である、前記抗血栓性材料。
【化1】
【化2】
(式(1)及び式(2)において、R
1は、水素原子またはメチル基を表し、R
2及びR
3は、それぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基を表す。)
【請求項2】
R
2及びR
3が、それぞれ独立して直鎖もしくは分岐した炭素数5以下のアルキレン基を表す、請求項1に記載の抗血栓性材料。
【請求項3】
R
1が水素原子を表す、請求項1または2に記載の抗血栓性材料。
【請求項4】
前記示差走査熱量計測定における、発熱ピークの発熱量が1.0J/g以上である、請求項1から3のいずれかに記載の抗血栓性材料。
【請求項5】
前記抗血栓性材料が、血液と接触する部材の構成材料として用いられる、請求項1から
4のいずれかに記載の抗血栓性材料。
【請求項6】
請求項1から
5のいずれかに記載の抗血栓性材料を血液と接触する表面に用いた医療用器具。
【請求項7】
前記医療用器具が、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管である、請求項
6に記載の医療用器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗血栓性材料及びそれを用いた医療用器具に関し、より詳しくは、血小板の粘着および活性化の抑制効果を有するポリマーを含む抗血栓性材料及びそれを用いた医療用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種の高分子材料を利用した医用材料の検討が進められており、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、ステント、人工肺用膜および人工血管等への利用が期待されている。生体にとって異物である合成材料を生体内組織や血液と接触させて使用することとなるため、医用材料が生体適合性を有していることが要求される。医用材料を血液と接触する材料として使用する場合、血小板の粘着および活性化の抑制が生体適合性として重要な項目となる。
【0003】
また、生体適合性を示す物質は「中間水」と呼ばれる状態の水分子を含有可能であることが明らかにされている(特許文献1参照)。中間水とは、-100℃からの昇温過程で水の低温結晶化に基づくコールドクリスタリゼーション(以下、「CC」と略す)に由来するシャープな発熱ピークが-60℃以上0℃未満の温度範囲で観測される状態の水のことを言う。この低温結晶化は非晶質の氷から結晶性の氷への転位であり、高分子鎖と特定の相互作用により組織化された水であると考えられている。
【0004】
水酸基を有するビニル重合性化合物、例えば第一級水酸基を有するメタクリル酸2-ヒドロキシエチルは医療材料として用いられているが、高い飽和含水率のため、膨潤する性質を有しており、ポリマー剥離の観点から改善が求められている。一方、第三級水酸基を有するビニル重合性化合物は、適度な反応性と親水性を有することが知られている(特許文献2参照)。この特性により、塗料、医療材料等種々の用途が考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6296433号
【文献】特許第4054967号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況において、新規な抗血栓性材料が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、第三級水酸基を有し、かつ、中間水を有するビニル重合性化合物が抗血栓性を有していることを見出し、本発明に至った。
<1> 下記式(1)及び下記式(2)の少なくとも一方で表されるモノマーに由来する構成単位を有し、かつ、示差走査熱量計測定において、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを有するポリマーを含む抗血栓性材料である。
【化1】
【化2】
(式(1)及び式(2)において、R
1は、水素原子またはメチル基を表し、R
2及びR
3は、それぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基を表す。)
<2> R
2及びR
3が、それぞれ独立して直鎖もしくは分岐した炭素数5以下のアルキレン基を表す、上記<1>に記載の抗血栓性材料である。
<3> R
1が水素原子を表す、上記<1>または<2>に記載の抗血栓性材料である。
<4> 前記示差走査熱量計測定における、発熱ピークの発熱量が1.0J/g以上である、上記<1>から<3>のいずれかに記載の抗血栓性材料である。
<5> 前記ポリマーの飽和含水率が40質量%以下である、上記<1>から<4>のいずれかに記載の抗血栓性材料である。
<6> 前記抗血栓性材料が、血液と接触する部材の構成材料として用いられる、上記<1>から<5>のいずれかに記載の抗血栓性材料である。
<7> 上記<1>から<6>のいずれかに記載の抗血栓性材料を血液と接触する表面に用いた医療用器具である。
<8> 前記医療用器具が、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管である、上記<7>に記載の医療用器具である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様の好適な抗血栓性材料を血液と接触する表面の部材として用いると、血液と接触した際に、中間水の存在により、血小板の粘着および活性化を抑制することができる。従って、本発明の一態様の好適な抗血栓性材料は、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜および人工血管等の医療用器具の材料として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例2で得られたポリマー(抗血栓性材料)のDSC測定による昇温曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に説明する材料、構成等は本発明を限定するものではなく、本発明の趣旨の範囲内で種々改変することができるものである。
【0011】
〔抗血栓性材料〕
本発明の抗血栓性材料は、上記式(1)及び式(2)の少なくとも一方で表されるモノマーに由来する構成単位を有し、かつ、示差走査熱量計測定において、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを有するポリマーを含む。
【0012】
上記の「示差走査熱量計測定において、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを有する」なる要件(以下、「要件(I)」と呼ぶ)は、本発明の抗血栓性材料に含まれる前記ポリマーが、「中間水」と呼ばれる状態の水を含水していることを規定したものである。
一般的に、ポリマーを含む抗血栓性材料を、水と接触し得る環境下で使用した場合に、抗血栓性材料の表面近傍では、抗血栓性材料に含まれるポリマーからの相互作用を受けて抗血栓性材料の表面に水が吸着される。ポリマーからの相互作用を受けない水は、通常0℃で凍結又は融解するが、この吸着された水は、ポリマーからの相互作用により、-60℃でも凍結しないため「不凍水」とも呼ばれている。
一方で、上記の「中間水」は、抗血栓性材料の表面近傍に吸着している不凍水よりも、抗血栓性材料の表面からわずかに離れた範囲に存在している。そのため、この「中間水」は、抗血栓性材料に含まれるポリマーの相互作用を受けるため、0℃では凍結又は融解しないが、その相互作用の力は不凍水よりは小さく、-60℃以上0℃未満の範囲で凍結又は融解する性質を有する。
つまり、前記ポリマーは、上記要件(I)を満たすため、上述の「中間水」を含水したものであり、本発明の抗血栓性材料は、このような「中間水」を含水したポリマーを含むものである。
【0013】
上述の「中間水」を含水したポリマーを含む抗血栓性材料は、血栓の発生を効果的に抑制し得、優れた生体適合性を有することが、様々な検討の中で分かった。そのような効果を奏する理由としては、以下のように考えられる。
血液中に含まれる最大成分は水であり、一般的な抗血栓性材料に血液を接触させた場合には、血液中の水が、抗血栓性材料に含まれるポリマーの相互作用により、抗血栓性材料の表面近傍に吸着されるという現象が起こり易い。そして、その吸着された水が、さらに血液中のタンパク質と接触した場合に、タンパク質が表面近傍の水に吸着されることで血栓が生じるのではないかと考えられる。
一方で、本発明の抗血栓性材料に含まれるポリマーは、上述の「中間水」を含水しているため、当該抗血栓性材料を血液と接触させた際、血液中のタンパク質は、抗血栓性材料の表面近傍に接触する前に、中間水と接触するため、抗血栓性材料の表面に生じ得る血栓を抑制し得ると推測される。
つまり、本発明の抗血栓性材料に含まれるポリマーは、上記要件(I)を満たし、上述の「中間水」を含水したものであるため、当該抗血栓性材料を血液と接触する部材の構成材料として用いた場合においても、血栓の発生を効果的に抑制し得る。そのため、本発明の抗血栓性材料は、優れた生体適合性を有するものである。
【0014】
なお、上記要件(I)で規定する前記発熱ピークの発熱量は、好ましくは1.0J/g以上、より好ましくは5.0J/g以上、更に好ましくは10.0J/g以上、より更に好ましくは15.0J/g以上、特に好ましくは20.0J/g以上であり、また、好ましくは、50J/g以下である。
本明細書において、上記要件(I)で規定する示差走査熱量計測定の測定条件は、後述の実施例に記載されたとおりである。
【0015】
本発明におけるポリマーは、飽和含水率が40質量%以下であることが好ましく、35質量%以下であることがより好ましい。また、好ましくは10質量%以上である。
ポリマーの飽和含水率が40質量%以下であれば、水中にて膨潤し難いポリマーだといえる。そのため、このようなポリマーを含む抗血栓性材料から形成された部材は、水中でのポリマーの膨潤に起因した、他の部材から剥離してしまうような現象を抑制することができる。
本明細書において、飽和含水率の測定条件は、後述の実施例に記載されたとおりである。
【0016】
<ポリマーの構成>
本発明の抗血栓性材料に含まれる前記ポリマーは、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、下記式(1)及び式(2)の少なくとも一方で表されるモノマーに由来する構成単位を有する。
【化3】
【化4】
式(1)及び式(2)において、R
1は、水素原子またはメチル基を表し、R
2及びR
3は、それぞれ独立してエーテル結合を有していてもよい炭素数10以下の炭化水素基を表す。
エーテル結合を有していてもよい炭化水素基としては、例えば、-(CH
2)
m-O-(CH
2)
n-で表される基(ただし、m及びnは1以上の整数であり、m+nは10以下である)等が挙げられる。
本発明の好ましい実施形態では、R
2及びR
3は、それぞれ独立して直鎖もしくは分岐した炭素数5以下のアルキレン基(より好ましくは炭素数1~2のアルキレン基)を表し、本発明の別の好ましい実施形態では、R
1は水素原子を表す。
【0017】
上記式(1)で表されるモノマー(以下、「モノマー(i)」と呼ぶ)としては、好ましくは、2-ヒドロキシ-2-メチルプロピルメタクリレート、2-ヒドロキシ-2-メチルプロピルアクリレート、3-ヒドロキシ-3-メチルブチルメタクリレート、3-ヒドロキシ-3-メチルブチルアクリレート、3-ヒドロキシ-1,3-ジメチルブチルメタクリレート、3-ヒドロキシ-1,3-ジメチルブチルアクリレートなどが挙げられる。モノマー(i)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
上記式(2)で表されるモノマー(以下、「モノマー(ii)」と呼ぶ)としては、好ましくは、α-ヒドロキシイソブチロキシエチルメタクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシエチルアクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシプロピルメタクリレート、α-ヒドロキシイソブチロキシプロピルアクリレートなどが挙げられる。モノマー(ii)は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0018】
前記ポリマーは、モノマー(i)又はモノマー(ii)に由来する構成単位のみを有する単独重合体であってもよく、モノマー(i)及びモノマー(ii)に由来する構成単位を共に有する共重合体であってもよい。
【0019】
モノマー(i)に由来する構成単位の含有量は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、前記ポリマーの構成単位の全量(100質量%)に対して、好ましくは10~100質量%、より好ましくは30~100質量%、更に好ましくは50~100質量%、より更に好ましくは70~100質量%、特に好ましくは90~100質量%である。
【0020】
モノマー(ii)に由来する構成単位の含有量は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、当該ポリマーの構成単位の全量(100質量%)に対して、好ましくは10~100質量%、より好ましくは30~100質量%、更に好ましくは50~100質量%、より更に好ましくは70~100質量%、特に好ましくは90~100質量%である。
【0021】
なお、本発明の一態様において、前記ポリマーが、モノマー(i)及び(ii)に由来する構成単位を共に有する共重合体である場合、モノマー(i)に由来する構成単位と、モノマー(ii)に由来する構成単位との含有量比〔(i)/(ii)〕は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、質量比で、好ましくは5/95~95/5、より好ましくは10/90~90/10、更に好ましくは15/85~85/15、より更に好ましくは20/80~80/20である。
【0022】
本発明の一態様において、前記ポリマーは、モノマー(i)及び(ii)以外の他のモノマーに由来する構成単位を有していてもよい。
ただし、モノマー(i)及び(ii)に由来する構成単位の合計含有量は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、前記ポリマーの構成単位の全量(100質量%)に対して、好ましくは10~100質量%、より好ましくは30~100質量%、更に好ましくは50~100質量%、より更に好ましくは70~100質量%、特に好ましくは90~100質量%である。
【0023】
本発明の一態様において、前記ポリマーの数平均分子量(Mn)は、上記要件(I)を満たすように調製する観点から、好ましくは5,000~300,000、より好ましくは6,000~150,000、更に好ましくは8,000~100,000、より更に好ましくは10,000~90,000、特に好ましくは12,000~80,000である。
【0024】
また、本発明の一態様において、前記ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は、上記と同様の観点から、好ましくは10以下、より好ましくは8.0以下、更に好ましくは6.0以下、より更に好ましくは5.0以下であり、また、好ましくは1.01以上である。
なお、Mw及びMnは、それぞれ、当該ポリマーの重量平均分子量及び数平均分子量である。
また、本明細書において、ポリマーの重量平均分子量(Mw)及び数平均分子量(Mn)は、実施例に記載の方法に基づいて測定された値を意味する。
【0025】
<他の成分>
本発明の一態様の抗血栓性材料は、本発明の効果を損なわない範囲で、前記ポリマー以外の他の有効成分を含有していてもよい。
本明細書において、「有効成分」とは、抗血栓性材料に含まれる希釈溶媒を除いた成分を意味する。
前記ポリマー以外の他の有効成分としては、例えば、抗酸化剤、紫外線吸収剤、滑剤、流動性調節剤、離型剤、帯電防止剤、光拡散剤等の添加剤や、ガラス繊維、炭素繊維、粘土化合物等の無機フィラー等が挙げられる。
【0026】
本発明の一態様の抗血栓性材料において、他の有効成分の含有量としては、当該抗血栓性材料に含まれる前記ポリマー100質量部に対して、好ましくは0~50質量部、より好ましくは0~25質量部、更に好ましくは0~10質量部、より更に好ましくは0~2質量部である。
【0027】
また、本発明の一態様の抗血栓性材料の形態は、特に限定されず、前記ポリマーと共に希釈溶媒を含む溶液の形態であってもよく、当該溶媒を基材等の表面に塗布してなる塗膜の形態であってもよく、当該塗膜を乾燥してなるシート状物の形態であってもよい。
【0028】
なお、本発明の一態様の抗血栓性材料が上記溶液の形態である場合、当該溶液中の前記ポリマーの含有量(ポリマー濃度)としては、当該溶液の全量(100質量%)に対して、好ましくは0.001~60質量%、より好ましくは0.01~45質量%、更に好ましくは0.03~30質量%、より更に好ましくは0.05~10質量%である。
【0029】
また、本発明の一態様の抗血栓性材料が上記溶液の形態である場合、希釈溶媒としては、前記ポリマーを溶解し得る溶媒であればよく、例えば、水や、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、メチルエチルケトン、アセトン、酢酸エチル、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、シクロヘキサン、n-ヘキサン、トルエン、キシレン等の有機溶媒が挙げられる。
これらの希釈溶媒は、単独で用いてもよく、2種以上を併用した混合溶媒であってもよい。
【0030】
〔抗血栓性材料の製造方法〕
本発明の一態様の抗血栓性材料の製造方法としては、特に限定されないが、例えば、以下の工程(1)~(2)を有する方法であることが好ましい。
・工程(1):少なくとも前記モノマー(i)又は(ii)を含む原料モノマーを重合させて、重合反応物を得る工程。
・工程(2):工程(1)で得た重合反応物を、水に接触させ、前記ポリマーを得る工程。
【0031】
工程(1)での重合体の重合方法としては、特に制限は無く、例えば、前記原料モノマーと重合開始剤のみを用いた塊状重合による方法であってもよく、重合開始剤及び溶媒を用いた溶液重合、懸濁重合、及び乳化重合等による方法であってもよい。また、これらの重合方法において、必要に応じて、連鎖移動剤を用いてもよい。
用いる溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類や、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン、トルエン、アセトン等の有機溶媒が挙げられ、また、水であってもよい。
これらの溶媒は、単独で用いてもよく、2種以上を併用した混合溶媒であってもよい。
【0032】
工程(1)で得た重合反応物は、その重合過程で、水を取り込んでいる場合には、上記要件(1)を満たす前記ポリマーとなっている場合もある。
ただし、工程(2)によって、重合反応物から、上記要件(1)を満たす前記ポリマーに容易に調製することができる。
【0033】
工程(2)における、前記重合反応物を水に接触させる方法としては、水を構成成分とする液体に接触させる方法であれば特に制限は無いが、好ましくはリン酸緩衝食塩水、もしくは生理食塩水、あるいは水、特に好ましくは血液中に含まれる水と接触させる方法が挙げられる。
このようにして、前記重合反応物を水に接触させて、上述の「中間水」を含水させることで、上記要件(1)を満たす前記ポリマーを調製できる。
【0034】
なお、工程(2)は、工程(1)で重合反応物を得た後に、他の工程を経ずに行ってもよく、その場合には、工程(2)で得た前記ポリマーに、必要に応じて、上述の他の有効成分や、希釈溶媒を加えて、抗血栓性材料を調製することができる。
【0035】
また、工程(1)で重合反応物を得た後、工程(2)を経ずに、重合反応物に、必要に応じて、上述の他の有効成分や希釈溶媒を加えて組成物を調製し、当該組成物からシート状物等の成形品を製造し、この成形品を使用しながら、同時に工程(2)を経てもよい。つまり、使用時に、この成形品を水と接触させて、成形品に含まれる重合反応物に「中間水」を含水させて前記ポリマーとすることもできる。
【0036】
〔抗血栓性材料の用途〕
本発明の抗血栓性材料は、血栓の発生を効果的に抑制し得、優れた生体適合性を有する。そのため、本発明の抗血栓性材料は、血液と接触する部材の構成材料として用いられることが好ましく、具体的には、血液浄化膜、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、人工肺用膜、人工血管、カテーテル、歯科材料、細胞シート等の構成材料として好適に使用し得る。
【0037】
また、本発明は、下記[1]及び[2]も提供し得る。
[1]上述の抗血栓性材料を血液と接触する表面に用いた医療用器具。
[2]上述の抗血栓性材料を用いて形成された部材を血液と接触させる、抗血栓性材料の使用方法。
上記[1]に記載の前記医療用器具としては、血液浄化膜、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、人工肺用膜、人工血管、カテーテル、歯科材料、細胞シート等が挙げられるが、人工腎臓用膜、血漿分離用膜、カテーテル、人工肺用膜、または人工血管であることが好ましい。
【実施例】
【0038】
以下に実施例、比較例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明は、その主旨を超えない限り本実施例に限定されるものではない。なお、本実施例で用いる評価方法等は下記のとおりである。
【0039】
<重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)>
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用い、テトラヒドロフランを展開溶媒として、既知の分子量(分子量分布=1)の標準ポリスチレンを用いて検量線を作成した。この検量線に基づいてGPCのリテンションタイムから、Mw及びMnを算出した。
【0040】
<DSC測定における発熱ピークの発熱量の測定>
下記の実施例及び比較例で得られた含水させたポリマーを所定量秤量し、あらかじめ重量を測定した酸化アルミパンの底に薄く広げた。DSC装置(エスアイアイ・ナノテクノロジーズ株式会社、「EXSTAR X-DSC7000」)を用いて、窒素流量50mL/分、5.0℃/分の条件で発熱ピークの測定を行った。
具体的には、飽和含水させたポリマーについて、(i)30℃から-100℃まで冷却、(ii)-100℃で5分間保持、(iii)-100℃から30℃まで加熱を行った。上記(i)又は(iii)の過程において、-60℃以上0℃未満の温度域でコールドクリスタリゼーション(CC)に由来する発熱ピークや吸熱ピークを確認した。当該発熱ピークが確認されたポリマーを中間水ありと判断した。
【0041】
<飽和含水率の測定>
下記の実施例及び比較例で得られた含水させたポリマーを所定量(3~5mg程度)秤量し、あらかじめ重量を測定した酸化アルミパンの底に薄く広げた。酸化アルミパン+該ポリマーの重量測定後、アルミパンにピンホールを開け、真空乾燥後、その重量減少分を飽和含水率として求めた。すなわち、飽和含水率(Wc)は以下の式で求められる。
Wc(wt%)={(W1-W0)/W1}×100
(式中、W0はサンプルの乾燥重量(g)、W1は飽和含水サンプルの重量(g)を表す。)
【0042】
[実施例1]
下記構造式で表される2-ヒドロキシ-2-メチルプロピルメタクリレート(以下、「2HBMA」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーである2HBMAに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することで2HBMAのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(1)を得た。
【化5】
【0043】
得られたポリマー(1)は、前記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は51,000、分子量分布(Mw/Mn)は3.1であった。
また、当該ポリマー(1)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「38.7J/g」であった。結果を表1にまとめた。 更に、当該ポリマー(1)について、上述した飽和含水率を測定したところ、21.1質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0044】
[実施例2]
下記構造式で表される2-ヒドロキシ-2-メチルプロピルアクリレート(以下、「2HBAc」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーである2HBAcに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することで2HBAcのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(2)を得た。
【化6】
【0045】
得られたポリマー(2)は、前記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は38,100、分子量分布(Mw/Mn)は4.68であった。
また、当該ポリマー(2)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「42.4J/g」であった。結果を表1にまとめた。
また、当該ポリマー(2)について、上述した飽和含水率を測定したところ、34.1質量%であった。結果を表2にまとめた。
更に、実施例2で得られたポリマー(2)のDSC測定による昇温曲線を
図1に示す。
【0046】
[実施例3]
下記構造式で表される3-ヒドロキシ-3-メチルブチルメタクリレート(以下、「IPGMA」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーであるIPGMAに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでIPGMAのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(3)を得た。
【化7】
【0047】
得られたポリマー(3)は、前記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は79,800、分子量分布(Mw/Mn)は2.46であった。
また、当該ポリマー(3)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「1.74J/g」であった。結果を表1にまとめた。 更に、当該ポリマー(3)について、上述した飽和含水率を測定したところ、11.8質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0048】
[実施例4]
下記構造式で表される3-ヒドロキシ-3-メチルブチルアクリレート(以下、「IPGAc」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーであるIPGAcに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでIPGAcのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(4)を得た。
【化8】
【0049】
得られたポリマー(4)は、前記式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は36,800、分子量分布(Mw/Mn)は6.94であった。
また、当該ポリマー(4)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「11.8J/g」であった。結果を表1にまとめた。 更に、当該ポリマー(4)について、上述した飽和含水率を測定したところ、22.4質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0050】
[実施例5]
下記構造式で表されるα-ヒドロキシイソブチロキシエチルメタクリレート(以下、「HBEMA」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーであるHBEMAに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでHBEMAのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(5)を得た。
【化9】
【0051】
得られたポリマー(5)は、前記式(2)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は18,400、分子量分布(Mw/Mn)は6.40であった。
また、当該ポリマー(5)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「13.4J/g」であった。結果を表1にまとめた。 更に、当該ポリマー(5)について、上述した飽和含水率を測定したところ、27.3質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0052】
[実施例6]
下記構造式で表されるα-ヒドロキシイソブチロキシエチルアクリレート(以下、「HBEAc」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーであるHBEAcに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでHBEAcのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(6)を得た。
【化10】
【0053】
得られたポリマー(6)は、前記式(2)で表されるモノマーに由来する構成単位を有するものであり、数平均分子量(Mn)は15,800、分子量分布(Mw/Mn)は2.30であった。
また、当該ポリマー(6)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在が確認され、当該発熱ピークから算出した発熱量は「30.4J/g」であった。結果を表1にまとめた。 更に、当該ポリマー(6)について、上述した飽和含水率を測定したところ、24.0質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0054】
[比較例1]
ポリマーとしてPET(ポリエチレンテレフタレート)を使用した。実施例1と同様に、含水させたポリマーについて発熱ピークを測定したところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲で発熱ピークを示さなかった。
【0055】
[比較例2]
下記構造式で表されるメタクリル酸2-ヒドロキシエチル(以下、「HEMA」と略す)15gを1,4-ジオキサン60gに溶解させ、これに開始剤であるアゾビスイソブチロニトリルをモノマーであるHEMAに対して0.1質量%相当量を添加し、窒素雰囲気下75℃で6時間加熱攪拌することでHEMAのラジカル重合を行った。反応終了後、得られたポリマー溶液を貧溶媒であるTHF/ヘキサン(1/1質量比)中に滴下させ、沈殿物を析出させ取り出した後、当該沈殿物を水中にて7日間浸して膨潤させ、ポリマー(7)を得た。
【化11】
【0056】
得られたポリマー(7)は、前記式(1)または式(2)で表されるモノマーに由来する構成単位を有しておらず、数平均分子量(Mn)は172,000、分子量分布(Mw/Mn)は2.16であった。
また、当該ポリマー(7)について、上述したDSC測定を行ったところ、-60℃以上0℃未満の温度範囲での「発熱ピーク」の存在は確認されなかった。 更に、当該ポリマー(7)について、上述した飽和含水率を測定したところ、45.6質量%であった。結果を表2にまとめた。
【0057】
(血小板粘着試験)
実施例1~6で得られた各ポリマー(1)~(6)(中間水を有するポリマー)をそれぞれメタノール10mLに対して0.02gになるように投入して全量を溶解させた。得られた溶液を用いてPET(ポリエチレンテレフタレート)板上にスピンコートし、コート被膜を形成させた。得られたコート基板から8mm角に切り出したものを走査型電子顕微鏡(SEM)用試料台に固定した。それらの材料表面にクエン酸ナトリウムで抗凝固したヒト新鮮血液を1500rpmで5分間遠心分離し、上澄みを多血小板血漿(platelet rich plasma:PRP)として回収した。残りの血液をさらに4000rpmで10分間遠心分離した上澄みを乏血小板血漿(platelet poor plasma:PPP)として回収した。回収したPRPをリン酸緩衝(phosphate buffered saline:PBS)溶液を用いて800倍に希釈したのち、血球計算板を用いてPRP中の血小板濃度の確認を行った。血小板濃度が既知の上記PRPを、回収したPPPを用いて希釈し、血小板濃度が4×10
7cells/mLの血小板懸濁液を調製した。この血小板懸濁液を各試料に200μL滴下し、37℃にて1時間静置した。その後、各試料をPBSにて2回洗浄した後、1質量%のグルタルアルデヒド溶液に浸漬し、37℃にて2時間固定した。固定化した試料はPBSに10分間、PBS:水=1:1の混合液に8分間、水に8分間、さらに別に用意した水にもう一度8分間浸漬させて洗浄し、室温で風乾した。コーティングをしていないPET基板についても同様の処理により血小板を粘着した。粘着した血小板数を電子顕微鏡で観察した。血小板の形態変化の進行度により、1型、2型及び3型に分類して、下記式で定義される「モルフォロジカルスコア(MS)」をそれぞれ算出した。
MS=n1×1+n2×2+n3×3
(式中、n1は1型の血小板数、n2は2型の血小板数、n3は3型の血小板数を表す。)
また、コート被膜を形成していないPET樹脂板についても、上記と同様の処理により、表面に血小板を粘着し、粘着した単位面積あたりの血小板数を測定し、MSを算出した。
そして、PET樹脂板のMSに対する、各試験サンプルのMSの比〔試験サンプルのMS/PET樹脂板のMS〕を算出し、血小板の粘着性を評価した。結果を表1に示す。
【表1】
【0058】
表1に示すように、CCに由来する発熱ピークを有するポリマーをコート被膜した表面は、発熱ピークを示さない比較例1のPET(ポリエチレンテレフタレート)表面と比べ、血小板の粘着を著しく抑制していることが分かった。
【0059】