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特許7314185放電加工用の多孔質層を有する電極リード
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-14
(45)【発行日】2023-07-25
(54)【発明の名称】放電加工用の多孔質層を有する電極リード
(51)【国際特許分類】
   B23H 7/08 20060101AFI20230718BHJP
   B21C 37/04 20060101ALI20230718BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20230718BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20230718BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20230718BHJP
   C23C 28/02 20060101ALI20230718BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230718BHJP
【FI】
B23H7/08
B21C37/04 C
C22C9/04
C22F1/08 C
C22F1/08 K
C23C26/00 B
C23C28/02
C22F1/00 625
C22F1/00 613
C22F1/00 661A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 694A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020572452
(86)(22)【出願日】2019-06-28
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-04
(86)【国際出願番号】 IB2019055498
(87)【国際公開番号】W WO2020008312
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-03-23
(31)【優先権主張番号】1856118
(32)【優先日】2018-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】515295681
【氏名又は名称】テルモコンパクト
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100135079
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 修
(72)【発明者】
【氏名】リイ,ミシェル
(72)【発明者】
【氏名】サンチェス,ジェラール
(72)【発明者】
【氏名】ウヴラール,ブランシュ
(72)【発明者】
【氏名】ラフルーア,ルドヴィク
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-030134(JP,A)
【文献】特開2002-018649(JP,A)
【文献】特開2014-133300(JP,A)
【文献】特開2018-099773(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 7/08
B21C 37/04
C22C 9/04
C22F 1/08
C23C 26/00
C23C 28/02
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電加工用の電極ワイヤであって、
金属または金属合金の1または2以上の層における金属コアと、
前記金属コアとは異なる合金を有し、50質量%超の亜鉛を含む、前記金属コア上のコーティングと、
を有し、
前記コーティングは、破壊されたγ相の銅-亜鉛合金を有し、
前記コーティングは、2μmを超える被覆されたポアを有し、
前記ポアの一部または全部は、重量比で58%超100%未満の亜鉛を含む、銅および亜鉛の1または2以上の合金により被覆される、電極ワイヤ。
【請求項2】
前記コーティングは、当該電極ワイヤの直径が約0.30mmの場合、85%を超える被覆率で、当該電極ワイヤの直径が約0.25mmの場合、75%を超える被覆率で、当該電極ワイヤの直径が約0.20mmの場合、65%を超える被覆率で、前記金属コアを被覆する、請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項3】
前記コーティングは、当該電極ワイヤの直径が約0.25mmの場合、85%を超える被覆率で、前記金属コアを被覆する、請求項1または2に記載の電極ワイヤ。
【請求項4】
前記ポアの一部または全部は、重量比で78%超100%未満の亜鉛を有する銅および亜鉛の1または2以上の合金で被覆される、請求項1乃至3のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項5】
前記ポアの一部または全部は、ε相およびη相の銅および亜鉛の合金の混合物で被覆される、請求項1乃至4のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項6】
前記コーティングは、当該電極ワイヤの各完全な断面において、平均で、2μmよりも大きな、少なくとも3つの被覆されたポアを有する、請求項1乃至5のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項7】
前記コーティングは、当該電極ワイヤの各完全な断面において、平均で、2μmよりも大きな、少なくとも5つの被覆されたポアを有する、請求項1乃至5のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項8】
前記コーティングは、3μmよりも大きな、被覆されたポアを有する、請求項1乃至7のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項9】
前記コーティングは、4μmよりも大きな、被覆されたポアを有する、請求項1乃至8のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項10】
前記コアは、金属コアと、β相の銅および亜鉛の合金の中間層とを有する、請求項1乃至9のいずれか一つに記載の電極ワイヤ。
【請求項11】
前記コアは、銅または銅合金である、請求項10に記載の電極ワイヤ。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれか一つに記載の電極ワイヤを製造する方法であって、
直径が1.25mmで、63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取するステップと、
このコアに、20μmの厚さで亜鉛の第1の層を成膜するステップと、
0.30mmに引き延ばすステップと、
前記亜鉛の外層をγ相黄銅に部分的に変換させるため、180℃で2時間、拡散熱処理を実施するステップであって、前記コーティングは、その後、前記コアの近傍のγ相の層、およびε相の外層を有する、ステップと、
0.25mmに引き延ばすステップと、
の一連のステップを有する、方法。
【請求項13】
請求項1乃至11のいずれか一つに記載の電極ワイヤを製造する方法であって、
直径が1.20mmで、80%の銅および20%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取するステップと、
このコアに、30μmの厚さで亜鉛の第1の層を成膜するステップと、
385℃で20時間、第1の熱処理を実施し、約60μmの厚さのβ相のサブレイヤと、約15μmの厚さのγ相の外層とを得るステップと、
0.62mmに引き延ばし、前記γ層を破壊する、ステップと、
前記破壊されたγ相に、亜鉛の3μmのコーティングを行い、予め脱脂、脱酸するステップと、
0.25mmに引き延ばすステップと、
130℃で5時間、熱処理を実施するステップと、
を有する、方法。
【請求項14】
請求項1乃至11のいずれか一つに記載の電極ワイヤを製造する方法であって、
直径が1.20mmで、80%の銅および20%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取するステップと、
このコアに、厚さが38μmの亜鉛の第1の層を成膜するステップと、
395℃で22時間、第1の熱処理を実施し、約76μmの厚さのβ相のサブレイヤと、約15μmの厚さのγ相の外層とを得るステップと、
0.62mmに引き延ばし、前記γ層を破壊する、ステップと、
327℃で7時間、第2の熱処理を実施するステップであって、厚さが39μmのβ相黄銅の層と、β相を有する、破壊されたγ相黄銅のブロックの8μmの層とが得られる、ステップと、
前記破壊されたγ相に6.5μmの亜鉛のコーティングを行い、予め脱脂、脱酸するステップと、
0.42mmに引き延ばすステップと、
145℃で32時間、第3の熱処理を実施し、厚さが16μmのβ相黄銅の内層と、厚さが14μmのγ相黄銅の表面層とを有するコーティングが得られる、ステップと、
0.25mmに引き延ばすステップと、
を有する、方法。
【請求項15】
請求項1乃至11のいずれか一つに記載の電極ワイヤを製造する方法であって、
直径が1.20mmで、60%の銅および40%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取するステップと、
このコアに、厚さが13μmの亜鉛の層を成膜するステップと、
このワイヤを0.464mmに引き延ばし、前記亜鉛の層は、5μmの厚さになる、ステップと、
前記得られたブランクを、室温から4時間にわたって温度を高め、140℃に11時間保持し、その後、5時間にわたって室温まで低下させる拡散熱処理に晒すステップであって、前記コーティングは、その後、約6μmのγ相黄銅の内層と、約2μm厚さのε相黄銅の表面層とを有し、亜鉛のトレースは有さない、ステップと、
最終直径まで徐々に引き延ばすステップであって、前記最終直径は、有意には、0.20mm、0.25mm、または0.30mmである、ステップと、
を有する、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、放電加工機における放電加工による導電性金属または材料の切断に使用される電極ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
放電加工の良く知られた方法では、試料と導電性電極ワイヤの間の機械加工ゾーンにスパークを発生させることにより、導電性試料から材料が除去できる。電極ワイヤは、通常、試料に向かって横断する方向に配置され、ガイドにより保持されたワイヤの長手方向において、ワイヤガイドの横断的な移動により、または試料の移動により、試料の近傍を連続的に移動する。
【0003】
機械加工ゾーンから離れた電気コンタクトにより電極ワイヤに接続された発電機は、電極ワイヤと加工される導電性ワークピースとの間に、好適な電位差を構築する。電極ワイヤと試料の間の機械加工ゾーンは、好適な誘電体流体に浸漬される。電位差により、電極ワイヤと試料の間にスパークが生じ、これにより、試料および電極ワイヤが徐々に摩耗する。電極ワイヤの長手方向の移動により、恒久的に十分なワイヤ直径が維持され、これが機械加工ゾーンにおいて破損することが回避される。横断方向におけるワイヤと試料の相対位置により、試料を切断したり、必要な場合、その表面を処理したりすることが可能となる。
【0004】
スパークにより電極ワイヤおよび試料から出た粒子は、誘電体流体中に分散され、除去される。
【0005】
正確な機械加工性を得る場合、特に、小さな半径で角切断を行うには、機械加工ゾーンで伸展される破断時の高い機械的負荷を支持し、振動の振幅を制限する、直径の小さいワイヤを使用する必要がある。
【0006】
放電加工用の現在の機械の大部分は、通常、直径が0.25mmで、400から1000N/mm2の間の破断負荷を有する金属ワイヤを使用するように設計されている。
【0007】
放電加工は、比較的ゆっくりとしたプロセスであり、機械加工速度、特に粗機械加工速度、を最大限に高める必要がある。本願では、粗機械加工速度は、mm2/分、すなわち切断面積の増加速度で評価され、または所与の試料高さにおいて、mm/分、すなわちワイヤの試料への侵入速度で評価される。
【0008】
今のところ、この速度は、ワイヤと試料の間の機械加工ゾーンで放出されるスパークのエロージョンエネルギーに直接依存し、従って、ワイヤが機械加工ゾーンに伝える電気エネルギーに依存することが予想される。しかしながら、機械加工ゾーンにおける侵食的な放電、およびワイヤを流れる電流により生じるジュール効果は、ワイヤを加熱すると同時に、その機械的破壊強度を低下させる傾向にある。
【0009】
従って、放電加工におけるワイヤの一つの限界は、加熱と機械的張力の組み合わされた効果の下で、これらが破損することである。これにより、ユーザは、スパークエロージョン機械の機械加工パワーを制限することを余儀なくされ、これにより機械加工速度が制限される。
【0010】
放電加工に、金属コアおよび亜鉛の連続コーティングを含むワイヤを使用することは、既に提案されている。金属コアの加熱を制限するコーティングの効果は、亜鉛が揮発する際に消費される熱エネルギーによるものである。これにより、放電加工機により供給される機械加工パワーを高めることが可能となる。従って、裸の黄銅ワイヤに比べて、機械加工速度が向上する。しかしながら、純粋な亜鉛の層は、極めて迅速に消費され、厚い試料を完全に切断する上で十分な時間で、ワイヤのコアを保護することはできなくなる。
【0011】
CH633739A5公報には、放電加工用のワイヤ、およびその製造方法が記載されており、ワイヤは、銅、または銅と亜鉛の合金のコアと、銅および亜鉛とは異なる、亜鉛酸化物膜でコーティングされたコーティングとを有する。本文献には、銅-亜鉛合金のコーティングは、カーケンドール効果(銅と亜鉛の異なる拡散速度)の結果、多孔質構造を示し、ワイヤは、1から2μmの孔を有する粗い表面を有し、亜鉛酸化物膜は、この表面粗さに従うことが記載されている。本文献には、このワイヤの粗い表面構造は、機械加工用の誘電体流体として提供される水に容易に濡れ、ワイヤの冷却効果を高め、高い通電が可能となることが示されている。
【0012】
また、文献EP0930131B1には、放電加工用のワイヤ、およびその製造方法が示されている。ワイヤは、銅を含む第1の金属のコアと、コア上に形成された合金の層と、第1の金属よりも低い揮発温度を有する第2の金属で構成された、合金の層の上の表面層とを有する。文献には、ワイヤの多孔質表面を得ることの利点が記載されており、ワイヤの良好な冷却用に、ワイヤと、機械加工用の誘電体流体との間の接触領域を高めるため、ポアはオープンにされている。また、本文献には、多孔質層は、機械加工からの廃棄物の除去を促進することが記載されている。この結果、機械加工速度が高められる。本開示の方法では、ワイヤの表面は、ひび割れている。ワイヤは、直径が0.9mmの黄銅コアを溶融亜鉛の浴に浸漬し、その後このコーティングされたワイヤを、0.1から0.4mmの最終直径に引き伸ばすことにより得られる。
【0013】
米国特許第US5945010号では、亜鉛コーティングα相黄銅を熱処理して、γ相黄銅の周辺層を形成した後、得られたブランクを引き伸ばして、最終直径を得ることが提案されている。ワイヤ引き出しにより、破壊されたγ相黄銅の表面層が形成される。破面は、外部に向かって開放されており、γ相黄銅の周辺層のコアの被覆のレベルは、最大58%である。得られる放電加工用のワイヤの表面は、不規則であり、本文献では、これにより、機械加工による廃棄物の除去が促進されることが示唆されている。ただし、機械加工速度は、上昇しない。
【0014】
米国特許第US8067689B2号には、亜鉛またはε相黄銅の実質的に連続な外層に浸漬された、破壊γ相黄銅のサブレイヤの利点が示されている。放電加工用のワイヤは、60%の銅および40%の亜鉛を含む、直径0.9mmの黄銅のコアを採取し、亜鉛の10μmのコーティングを行うことにより得られる。窒素雰囲気下での170℃で6時間の熱処理により、拡散により亜鉛がγ相黄銅に変化する。次に、電解により、10μmの亜鉛の表面層が、γ相黄銅の層に被覆され、ワイヤ引き伸ばし操作により、直径が0.25mmに減少する。文献には、引き伸ばし操作により、γ相黄銅の層が破壊されると同時に、破壊の結果得られるγ相黄銅の粒子が、表面層の亜鉛に埋設されることが記載されている。また、文献には、表面層の亜鉛は、その後低温熱処理により、ε相黄銅に変化し、得られるε相は、多孔質になる傾向にあることが記載されている。ポアは、開放されており、水溶液媒体中のグラファイト粒子のサスペンションの存在下における引き伸ばし操作により、グラファイトで充填される。この種の放電加工用のワイヤの問題は、ワイヤを放電加工に使用する際に、表面層の材料の一部が粉末の形態で脱落することである。この粉末は、ガイド中に蓄積され、放電加工用のワイヤを妨害し、好ましくない破損が生じる。
【0015】
仏国特許出願第FR2881973A1には、請求項1のプリアンブルによる電極ワイヤが記載されている。図2に示す被覆ポアのサイズは、明確には記載されていないが、2μmを超える大きな被覆されたポアを得る方法は、記載されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本開示および特許請求の範囲では、放電加工用のワイヤの構造は、金属コアのコーティングを形成する合金の相により特徴付けられる。これらの相は、銅-亜鉛系の相状態図に記載されている。図6には、相平衡図の例が示されている。相は、それらの組成により、または結晶学的構造により特徴付けられる。
【0017】
実際には、「β相黄銅」という表現は、約45%から49%の亜鉛を有する、銅と亜鉛の合金を表す。室温では、このβ相は、規則配列を有し、脆く、通常、β’と称される。ある温度を超えると、構造は、不規則となり、β相と称される。β相とβ’相の間の遷移は、不可避であるが、わずかの効果が形成される。その結果、簡単に言えば、この黄銅は、本願では、単一の表記「β相黄銅」により表される。
【0018】
本開示および特許請求の範囲では、表現「γ相黄銅」は、亜鉛が約67wt%の割合で含まれる、銅と亜鉛の合金を表す際に使用される。
【0019】
本開示および特許請求の範囲では、表現「ε相黄銅」は、亜鉛が約83wt%の割合で含まれる、銅と亜鉛の合金を表す際に使用される。
【0020】
本開示および特許請求の範囲では、表現「η相黄銅」は、亜鉛が99から100wt%の割合で含まれる、銅と亜鉛の合金を表す際に使用される。
【0021】
本開示および特許請求の範囲では、「α相黄銅」は、40wt%未満、例えば、約35wt%、または約20wt%未満の亜鉛含有量を有する。
【0022】
加工中に、粉末形態の材料の脱落を回避しながら、できるだけ迅速に機械加工を行うことに対して、未だ要望がある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、所与のコア構造と、50質量%を超える亜鉛を含む合金の破壊された層を有するコーティングとを有する、放電加工用のワイヤ電極において、ワイヤの表面の下の破壊された層内に被覆されたポアが存在する場合、ならびにポアが充分に大きく、コーティングに十分に被覆され、コアの大部分が被覆される場合、機械加工速度がより上昇するという驚くべき観察から得られたものである。この発見は、CH633739A5、欧州0930131B1、および米国特許第US5945010の示唆に反する。これらには、切断速度を高めるためには、不規則なワイヤ表面層を形成すること、すなわち、外部に向かって多くのオープンポアを提供し、ワイヤ冷却用の誘電体流体との接触を促進すること、ならびに機械加工からの廃棄物を除去するため、誘電体流体における乱流を促進することが提案されている。
【0024】
この点に関し、異なるコーティングで得られる技術的効果を比較すると、放電加工用の電極ワイヤは、同じコア構造を有することが必要となる。実際、コアの構造は、放電加工の速度に影響を及ぼすことが知られている。例えば、コーティングが同じ構造の場合、80%の銅および20%の亜鉛を有する黄銅のコアを有する放電加工用のワイヤでは、63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅のコアを有する放電加工用のワイヤに比べて、高い機械加工速度が得られる。
【0025】
本開示および特許請求の範囲では、ポアは、固体物が含有されていない空間を表し、これには、固体状態の物質の大きな容積が含まれる。放電加工用の電極ワイヤの断面の平面において、ポアは、固体物を含まない平面の表面にある。観察面におけるポアの寸法は、ポアの内部に直径2μmの円が描かれる場合、2μmよりも大きい。従って、ポアのサイズは、内部に描くことのできる最大円の直径である。
【0026】
前述の従来の文献に記載されている放電加工用の電極ワイヤの不規則な表面に存在するようなオープンポアは、固体物で被覆されていない。従って、放電加工用の電極ワイヤの軸から始まり、前記円を通る半径方向の直線は、観察される図の区画の固体物のゾーンから、明確に離れる。
【0027】
一方、本発明の意味における被覆されたポアは、ワイヤの表面で、固体物により制限される。この場合、放電加工用の電極ワイヤの軸から始まり、ポアのサイズを定める前記円を通る、任意の半径方向の直線は、固体物を通過した後にのみ、ワイヤから離れる。
【0028】
ワイヤの断面の観察面におけるポアを観察する場合、断面を準備し、研磨し、小さな被写体深度の顕微鏡で観察が行われる。1μm未満の被写体深度が好適である。
【0029】
長手方向の被覆の度合いは、ワイヤの長手方向の断面を観察した際の、コーティングにより覆われたワイヤの長さを、被観察ワイヤの長手方向の断面の全長で割ることにより、得られる。
【0030】
放電加工用のワイヤの長手方向の断面は、ワイヤの中央長手軸に近い平面を通る。これは、ワイヤの見かけの幅を測定することにより、評価される。これは、ワイヤの直径と、例えば、2%以内で等しいはずである。
【0031】
ポアの数を記載し評価する場合、放電加工用のワイヤの横断面区画、すなわち放電加工用のワイヤの長手軸に対してほぼ垂直な断面が考慮される。平面区画の横配向は、横断面区画の輪郭を形成する楕円の長軸と短軸を比較することにより、評価される。楕円の短軸の長さは、横断面、すなわち、ワイヤの軸にほぼ垂直であると見なされる断面の長軸の長さの少なくとも0.9倍である。
【0032】
従って、放電加工の速度のさらなる改善のため、本発明では、
放電加工用の電極ワイヤであって、
金属または金属合金の1または2以上の層における金属コアと、
前記金属コアとは異なる合金を有し、50質量%超の亜鉛を含む、前記金属コア上のコーティングと、
を有し、
前記コーティングは、破壊されたγ相の銅-亜鉛合金を有し、
前記コーティングは、2μmを超える被覆されたポアを有し、
前記ポアの一部または全部は、重量比で58%超100%未満の亜鉛を含む、銅および亜鉛の1または2以上の合金により被覆される、電極ワイヤが提案される。
【0033】
これらの説明は、明確ではないが、十分な大きさの被覆されたポアは、ワイヤの外表面とコアの間の半径方向におけるワイヤの熱伝導率を低下させると考えられる。電極ワイヤの表面が、機械加工スパークに晒されると、その表面温度は、被覆ポアの存在により、それらがない場合に比べて、より迅速に上昇する。その結果、電極ワイヤのポアを被覆する金属表面層は、より迅速に揮発する。スパークの短期間の発生の間、電気アークに高い金属蒸気圧が生じ、この高圧により、試料の表面からの材料の除去が増加する。従って、電気アークの効率は、ポアを被覆する材料の迅速な気化が生じるように最適化され、前記気化は、電極ワイヤのコアに対して、ポア自身により提供される絶縁により、加速される。
【0034】
同時に、被覆されたポアを形成することを可能にする製造プロセスの結果として、中程度のワイヤ引き伸ばしのため、電極ワイヤの表層の崩壊のリスクの適切な低減が認められる。この崩壊により、放電加工用の電極ワイヤの使用中に、材料が粉末の形で放出される。また、放電加工における初期の再スレッド加工ステップの間、電極ワイヤの良好な完全性が得られることが認められる。銅と亜鉛の合金において、重量比で、亜鉛を58%以上に保つことが可能となる拡散熱処理が、コアの再結晶温度未満で生じるからである。
【0035】
同様に、本プロセスの結果、高い被覆の度合いが得られることが観測される。従って、被覆率は、電極ワイヤの直径が約0.3mmの場合、85%を超え、被覆率は、電極ワイヤの直径が約0.25mmの場合、75%を超え、被覆率は、電極ワイヤの直径が約0.2mmの場合、65%を超える。
【0036】
より好適には、電極ワイヤの直径が約0.25mmの場合、被覆率は、85%を超える。
【0037】
より好適には、ポアの一部または全てが、重量比で、78重量%超、100%未満の亜鉛を有する、銅および亜鉛の1または2以上の合金により被覆される。
【0038】
特定の実施例では、ポアの一部または全ては、ε相およびη相の銅および亜鉛の合金の混合物で被覆される。
【0039】
また、粗加工の速度をさらに上げるため、コアは、金属コアと、β相の銅および亜鉛の合金の中間層とを有することが有意である。
【0040】
この場合、コアは、銅、または銅合金を有してもよい。
【0041】
有意な例では、電極ワイヤのコーティングは、電極ワイヤの各完全な断面において、平均で、2μmよりも大きな、少なくとも3つの被覆されたポアを有する。
【0042】
好ましくは、電極ワイヤのコーティングは、電極ワイヤの各完全な断面において、平均で、2μmよりも大きな、少なくとも5つの被覆されたポアを有する。
【0043】
電極ワイヤのコーティングは、3μmよりも大きな、被覆されたポアを有し、または4μmよりも大きな被覆されたポアを有することが有意である。
【0044】
本発明の設計において解決すべき問題は、充分なサイズおよび十分な数の被覆ポアを製造する設計プロセスである。
【0045】
実際、前述の従来の文献に記載のプロセスは、オープンポア、すなわち放電加工用のワイヤの外表面の穴の生成につながり、被覆率が大きく低下し、本発明により探求されるものとは異なる技術的効果が生じる。
【0046】
γ相の銅と亜鉛の合金のコーティングを有するワイヤブランクの引き伸ばしにより、合金の層が破壊し、合金のブロック間に隙間が生じるという観察に基づき、本願発明者らは、隙間の少なくとも一部を覆い、こうして覆われたポアを形成することを試みた。
【0047】
しかしながら、γ相の銅と亜鉛の合金の層を、亜鉛または他の亜鉛合金の表面層で覆うことは、改善された性能を提供する被覆ポアを得る上で十分ではない。以下のことが認められた:
- 亜鉛、η相の銅と亜鉛の合金、またはε相の銅と亜鉛の合金の表面層が、γ相の銅と亜鉛の合金の層の厚さに比べて厚すぎる場合、γ相の銅および亜鉛の合金の層は、破壊せず、ポアが形成されない。機械加工速度に改善は生じない。
- 亜鉛、η相の銅と亜鉛の合金、またはε相の銅と亜鉛の合金の表面層が、γ相の銅と亜鉛の合金の層の厚さに比べて薄すぎる場合、ポアは、被覆されずにオープンとなり、機械加工速度に改善は生じない。
- γ相の銅および亜鉛の合金の層が極めて薄い場合、亜鉛、η相の銅と亜鉛の合金、またはε相の銅と亜鉛の合金は、隙間を完全に、またはほぼ完全に充填し、被覆されたポアは生じず、または被覆されたポアは、小さなサイズとなり、機械加工速度に対する影響は、ゼロまたは僅かとなる。
- γ相の銅および亜鉛の合金の層が極めて厚い場合、引き延ばしワイヤは、脆くなる。すなわち、曲げの際に容易に壊れ、特に、自動再スレッド加工のステップの間、破損が生じる。
- 合金の好適な層に対してワイヤ引き延ばしが正しく実施されない場合、電極ワイヤが放電加工に使用された際に、多くの粉末が生成される。
【0048】
第1の可能性により、コーティングの破壊されたγ相に既に形成されている隙間の上部に、亜鉛コーティングを形成した。従って、ボイドは、トラップされ、被覆ポアを構成し、または後者を開始するサイトを形成する。
【0049】
第2の可能性により、γ相とη相の重ね合わせ層(幾分合金化された亜鉛)を有するコーティングされたワイヤに対して、極めて僅かの引き延ばしを実施した。
【0050】
従って、別の態様では、本発明により、この種の電極ワイヤを製造する経済的な方法が提案される。この方法は、
a)黄銅コアを提供するステップと、
b)電解的に亜鉛の層で前記コアを被覆し、予備ブランクを形成するステップと、
c)前記予備ブランクを、最終直径の約120%の直径まで、第1の引き延ばしに供するステップと、
d)引き伸ばされた予備ブランクを、約170℃から約180℃の間の温度で、約2時間、拡散熱処理に供し、コーティング層とコアの黄銅の間の拡散により、γ相黄銅のサブレイヤ、ε相黄銅の中間層、および亜鉛またはη相黄銅の外層を有するブランクが形成されるように、亜鉛の層の厚さ、前記温度および時間を選定するステップと、
e)拡散されたブランクを、第2の冷間引き延ばしに供し、最終直径を得るステップと、
を有する。
【0051】
第2の引き延ばしの間、γ相黄銅が破壊された。
【0052】
第2の引き延ばしの途中で、ε相黄銅の層、および表面亜鉛は、γ相のブロックの間に形成されたボイドを部分的に充填し、被覆されたポアが形成される。
【0053】
その後の約140℃での低温熱処理により、コアを再結晶化させずに、すなわち加工硬化状態からアニール状態に移行することなく、ポアを被覆する亜鉛またはη相黄銅の外層を、ε相またはγ相に変換することができる。
【0054】
好ましくは、第1の引き延ばしにより、約40%から78%の間で、直径が低下する。
【0055】
被覆されたポアを得る他の方法は、以降の記載に示されている。
【0056】
最終直径よりも著しく大きなワイヤ直径にわたって行われる熱処理の低減された回数により、実施が容易となるため、記載された方法の中で、工業生産に特に適したものが提供されてもよい。
【0057】
本発明の他の目的、特徴、および利点は、添付図面を参照した、以下の特定の実施形態の記載明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
図1】本発明による放電加工用の電極ワイヤの概略的な斜視図である。
図2】電極ワイヤのコアの第1の実施形態による、図1の電極ワイヤの拡大スケールにおける概略的な断面である。
図3】電極ワイヤのコアの第2の実施形態による、図1の電極ワイヤの拡大スケールにおける概略的な断面である。
図4図1による電極ワイヤのセグメントの拡大スケールの長手方向断面における概略的な部分図である。
図5】銅-亜鉛系の相平衡図の例を示した図である。
図6】米国特許第8067689号による、従来のワイヤの部分断面図である。
図7】本開示の例1による、ワイヤサンプルAの概略的な部分断面図である。
図8】本開示の例2による、ワイヤサンプルBの概略的な部分断面図である。
図9】本開示の例5による、ワイヤサンプルEの概略的な部分断面図である。
図10】本開示の例6による、ワイヤサンプルFの概略的な部分断面図である。
図11】本開示による、ワイヤサンプルBの断面の光学顕微鏡写真である。
図12図11におけるワイヤサンプルBの長手方向断面の光学顕微鏡写真である。
図13】本発明による直径0.25mmのワイヤサンプルGの断面の光学顕微鏡写真である。
図14図13におけるワイヤサンプルGの長手方向断面の光学顕微鏡写真である。
図15図13におけるワイヤサンプルGの表面の光学顕微鏡写真である。
図16】本発明による直径0.30mmのワイヤサンプルGの断面の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0059】
図に示す実施形態では、放電加工用の電極ワイヤ1は、破壊γ相黄銅を含む厚さE3のコーティング3で被覆された、金属コア2を有する。
【0060】
図2に示された実施形態では、金属コア2は、例えば、63%の銅と37%の亜鉛を含む合金、または80%の銅と20%の亜鉛を含む合金のような、金属または金属合金の単一層を有する。
【0061】
図3に示した実施形態では、金属コア2は、金属または金属合金の2つの異なる層を有し、これらは、例えばα相黄銅の金属コア2a、およびβ相の銅と亜鉛の合金の中間層2bの存在により、異なっている。
【0062】
図3におけるこの同じ実施形態では、コーティング3は、破損γ相の銅と亜鉛の合金の内層3a、すなわちブロックの形態を有し、さらに、厚さE4のε相の銅と亜鉛の合金、または亜鉛の外層3bを有する。
【0063】
ここで図4を検討すると、図4には、図1における電極ワイヤ1の長さLのセグメントの長手方向断面における、コア2を被覆するコーティング3の半径方向における部分図が、概略的に拡大スケールで示されている。
【0064】
破壊構造のコーティング3は、被覆されたポア5a、5b、5c、5d、5eを有する。
【0065】
図4には、被覆されたポアのサイズを示す。図から、例えば、被覆ポア5a、5bには内部キャビティが認められ、これは、円7で示されている。円7がキャビティの反対側の壁と接触する場合、円7の直径は、ポアのサイズを定める。ポア、例えばポア5bは、電極ワイヤの軸I-Iから始まり、前記円7を通る直線D1のような半径方向の直線が、再び固体物6を通過した後にのみ、ワイヤを離れるので、「被覆されている」と称される。同様に、前記円7が固体物6で被覆される場合、ポアは、「被覆されている」と称される。
【0066】
図4における例では、ポア5c、5d、5eは、完全に被覆され、この意味は、それらを貫通する半径方向の直線において、固体物を再通過せずに再びワイヤから放出されるものはないということである。換言すれば、半径方向における電極ワイヤの外側表面の観測では、ポアの容積を構成する内部キャビティは、識別できない。一方、ポア5a、5bは、部分的にのみ被覆され、この意味は、長さL1およびL2により示された空間においてそれらを通る、半径方向の直線は、再び固体物を通過せずに、ポアから放出されるということである。換言すれば、半径方向における電極ワイヤの外側表面の観測では、ポア5aまたは5bの容積を構成する内部キャビティが、少なくとも部分的に識別できる。
【0067】
また、図4には、コーティング3が金属コア2を覆うことによる、長手方向の被覆率Tcの度合いを示す。全量Lの観測されるワイヤの長手方向の断面において、コーティング3により覆われていないコア2の長さは、ポア5a、5bを通る半径方向の直線が、固体物を通らずにポアから放出される間隔の長さL1とL2の合計と等しい。その後、被覆率Tcの度合いは、以下の式により定められる:

Tc=[(全長)-未被覆部の(長さ)]/(全長)=1-(L1+L2)/L

以下、被覆されたポアを有するこの種の電極ワイヤのいくつかの実施例について説明する。
【0068】
全ての実施例において、ワイヤ引き出しステップは、ワイヤ引き出しダイにおいて、水中の油の5から10体積%のエマルジョンを注入することにより実施された。電極ワイヤの外側表面における酸化物の存在を避けるための特別な対応を含まない自由雰囲気において、熱処理ステップが実施された。
【0069】
(例1)
この第1の例では、電極ワイヤ(サンプルA)は、以下の方法により製造した:
- 直径が1.25mmの63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取する、
- このコアの上に厚さ6μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- 0.46mmに引き伸ばす、
- 拡散熱処理を実施し、約4μmの厚さのγ相黄銅の外層を得る。実際の熱処理は、180℃で約6時間であってもよい、
- 0.30mmに引き延ばす。約5μmブロックにγ相を破壊し、前記ブロックの間にボイドを残す、
- 厚さ約2μmの亜鉛の層を成膜する、
- 0.25mmに引き延ばす。
【0070】
この種のワイヤサンプルAは、図7の部分断面において概略的に示されている。
【0071】
この種のワイヤAでは、ワイヤの断面において、被覆ポア5aが観測されることがわかった。実際、コア2を覆うコーティング3では、外層3bの延性のある亜鉛が、γ相黄銅の層3aのブロック同士の間にあるボイドを、部分的に充填した。しかしながら、被覆ポア5aの数は少なく、小さなサイズであった(約2μm未満)。
【0072】
その後の低温での熱処理(約60℃、48時間)により、ワイヤが製造された(サンプルA’)。ポア5aを被覆する亜鉛の外層3bは、拡散によりε相黄銅に変換され、コア2は、再結晶化されず、被覆ポアの消失も生じなかった。
【0073】
(例2)
この第2の例では、電極ワイヤ(サンプルB)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.25mmの63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取する、
- このコアの上に厚さ20μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- 0.30mmに引き伸ばす、
- 180℃で約2時間の拡散熱処理を実施し、亜鉛の外層を部分的にγ相黄銅の6μmの層に変換する。その後、コーティングは、コアの近傍のγ相黄銅の層と、ε相黄銅の5μmの外層とを有する、
- 0.25mmに引き延ばす。
【0074】
この種のワイヤサンプルBは、図8の部分断面において概略的に示されている。
【0075】
この種のワイヤBでは、ワイヤの断面において、被覆ポア5a、5b、5cが観測されることがわかった。ワイヤのコア2を覆うコーティング3では、第2の引き延ばしの間、層3aのγ相は、ブロックに破壊された。ε相の外層3bは、より多くの大きな被覆ポア5a、5b、5c(4μmを超え得る)を残して、γ相の層3aのブロック同士の間に形成されたボイドを、極めて部分的に充填した。長手方向の被覆の度合いは、90%超であった。
【0076】
その後の低温での熱処理(約180℃の温度で4時間)により、ポアを被覆するε相の外層3bは、γ相黄銅に変換され、コア2は、再結晶化されず、被覆ポア5a、5b、5cの消失も生じなかった。
【0077】
図8には、クラック8が概略的に示されている。これは、その形状および体積の点で、本発明の被覆ポアとは明確に異なり、ワイヤの表面に開放される。
【0078】
図11および図12における写真には、それぞれ、ワイヤBの長手方向区画および断面における、被覆されたポアの存在が示されている。
【0079】
(例3)
この第3の例では、電極ワイヤ(サンプルC)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.20mmの80%の銅および20%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取する、
- このコアの上に厚さ30μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- 385℃で20時間の第1の熱処理を実施する:約60μmの厚さのβ相のサブレイヤ、および約15μmの厚さのγ相の外層が得られる、
- 0.62mmに引き伸ばす;γ相が破壊される、
- 破壊されたγ相に亜鉛の3μmのコーティングを形成し、事前に脱脂し、脱酸する、
- 0.25mmに引き伸ばす;
- 130℃で5時間の拡散熱処理を実施する。
【0080】
表面の亜鉛は、ε相黄銅に変化した。
【0081】
この種のワイヤCでは、長手方向の被覆の度合いが約90%であることがわかった。ワイヤの断面において、被覆ポアが観測される。これらのポアの一部は、3μm超であり得る。平均すると、ワイヤの完全な断面に対して、3個を超える被覆ポアが観測された。
【0082】
(例4)
この第4の例では、電極ワイヤ(サンプルD)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.20mmの80%の銅および20%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取する、
- このコアの上に厚さ38μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- 395℃で22時間の第1の熱処理を実施する:約76μmの厚さのβ相のサブレイヤ、および約15μmの厚さのγ相の外層が得られる、
- 0.62mmに引き伸ばす;γ相が破壊される、
- 327℃で7時間の第2の熱処理を実施する。39μmの厚さのβ相黄銅の層と、β相を含む破壊されたγ相黄銅の8μmの層のブロックが得られる、
- 破壊γ相に6.5μmの亜鉛のコーティングを行い、事前に脱脂し、脱酸する、
- 0.42mmに引き伸ばす;
- 145℃で32時間の第3の拡散熱処理を実施し、その後、16μmの厚さのβ相黄銅の内層と、14μmの厚さのγ相黄銅の層とを有するコーティングが得られる、
- 0.25mmに引き伸ばす。
【0083】
この種のワイヤDでは、長手方向の被覆の度合いは、約86%であることがわかった。ワイヤの断面において、被覆されたポアが観測された。これらのポアの一部は、4μmを超える大きさを有し得る。平均すると、ワイヤの完全な断面に対して、2μmを超える5個を超える被覆ポアが観測された。
【0084】
(例5)
この第5の例では、電極ワイヤ(サンプルE)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.25mmの63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅ワイヤを採取する、
- このコアの上に厚さ14μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- このワイヤを0.827mmに引き伸ばす、
- 得られたブランクを、コーティングの表面に亜鉛が含まれなくなるまで、拡散熱処理に供する;実際には、熱処理は、180℃で4時間であってもよい。γ相黄銅の約13μmの層が得られた。表面層は、約7μm厚さのε相黄銅であり、亜鉛のトレースを含まない、
- 0.25mmに引き伸ばす。
【0085】
図9の部分断面には、この種のワイヤサンプルEを概略的に示した。
【0086】
この種のワイヤEでは、長手方向の被覆の度合いは、約86%であることがわかった。
γ相黄銅の層3aは、破壊されており、各種厚さの黄銅のブロックを有し、12μmに達し得る。被覆されたポア5a、5b、5c、5dが、ワイヤの断面に観測された。これらのポアの一部は、4μmよりも大きい。平均すると、コア2を被覆するコーティング3において、ワイヤの完全な断面に対して、2μmを超える5個を超える被覆ポアが観測された。
【0087】
図9には、クラック8を概略的に示す。図において、これは、その形状および体積の点で、本発明による被覆ポアとは明らかに異なっており、ポアは、ワイヤの表面で開放されている。
【0088】
(例6)
この第6の例では、電極ワイヤ(サンプルF)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.25mmの63%の銅および37%の亜鉛を有する黄銅のコアを採取する、
- このコアの上に厚さ20μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- 0.827mmに引き伸ばす、
- 180℃で5時間の第1の熱処理を実施し、約15μmのγ相の銅と亜鉛の合金のサブレイヤと、約6μmのε相の銅と亜鉛の合金の中間層と、約6μm厚さのη相の僅かに合金化された銅と亜鉛の合金の外層とを得る、
- 0.25mmに引き伸ばす。γ相は、破壊され、コアを被覆するコーティングは、γ相の銅と亜鉛の合金のブロックの混合物である。ブロックの間には、ε相およびη相の銅と亜鉛の合金の混合物で被覆されたポアが存在する。
【0089】
図10には、この種のワイヤサンプルFの部分断面を概略的に示す。
【0090】
この種のワイヤFでは、長手方向の被覆の度合いは、約90%を超えることがわかった。ワイヤの断面には、被覆されたポア5a、5b、5cが観測された。これらのポアの一部は、4μmよりも大きい。平均すると、ワイヤの完全な断面に対して、2μmを超える5個を超える被覆ポアが観測された。
【0091】
その後の低温(約60℃、48時間)での熱処理により、ワイヤが製造され(サンプルF’)、ポアを被覆する亜鉛の外層3bは、拡散によりε相黄銅に変換された。コア2は再結晶化されず、被覆されたポア5a、5b、5cも消滅しなかった。
【0092】
その後の約180℃で2時間の第2の熱処理により、ワイヤ(サンプルF’’)が製造された。ポアを被覆するε相の銅と亜鉛の合金の外層3bは、拡散により、γ相の銅と亜鉛の合金に変換された。コア2は再結晶化されず、被覆されたポア5a、5b、5cも消滅しなかった。
【0093】
(例7)
この第7の例では、電極ワイヤ(サンプルG)は、以下の方法で製造した:
- 直径が1.20mmの60%の銅および40%の亜鉛を有する黄銅ワイヤを採取する、
- このコアの上に厚さ13μmで亜鉛の第1の層を成膜する、
- このワイヤを0.464mmに引き伸ばす。その後、亜鉛の層は、5μmの厚さとなる、
- 得られたブランクに対して、拡散熱処理を実施する。室温から4時間にわたって加熱し、140℃で11時間、静止状態とし、その後、5時間にわたって温度を室温まで下げる。コーティングは、約6μmのγ相黄銅の内層と、約2μmの厚さのε相黄銅の表面層とを有し、亜鉛のトレースを含まない、
- 例えば、5つの連続ダイを用いて、最終直径まで徐々に引き延ばし、0.30mmの最終直径にまで減少させ、または8つの連続ダイを用いて、0.25mmの最終直径まで減少させ、または10個の連続ダイを用いて、0.20mmの最終直径に減少させる。
【0094】
図13、14、15には、それぞれ、直径0.25mmのサンプルワイヤGの断面、長手方向断面、および上面視の光学顕微鏡写真を示す。図16は、直径0.30mmのサンプルワイヤGの断面の光学顕微鏡写真である。これらの写真には、コア2、破壊γ相の銅と亜鉛の合金の内層3a、ε相の銅と亜鉛の合金の外層3b、および被覆されたポア5aが示されている。
【0095】
そのようなワイヤGでは、電極ワイヤの直径が0.30mmの場合、長手方向の被覆の度合いは、約88%であることが分かる。電極ワイヤの直径が0.25mmの場合、長手方向の被覆の度合いは、約77%である。電極ワイヤの直径が0.20mmの場合、長手方向の被覆の度合いは、約66%である。γ相黄銅の層は、破壊され、実質的に一定の厚さを有する黄銅のブロックを有する。ワイヤの断面には、被覆されたポア5aが観測される。これらのポアの一部は、2μmよりも大きい。平均すると、ワイヤの完全な断面に対して、2μmを超える5個を超える被覆ポアが観測された。
【0096】
第2の例のサンプルB、および第7の例のサンプルGは、一つの熱処理だけが必要であり、産業生産上、特に好適な方法により得られた。サンプルGの場合、この熱処理は、最終直径よりも大きな直径を有するワイヤに対して実施される。これは、産業生産上、より好ましい。
【0097】
(評価)
本発明の有意な効果を実証するため、比較機械加工評価を実施した。
【0098】
電極ワイヤA、A’、B、C、D、E、F、F’、F’’、Gを用いて、機械加工評価を実施した。これらの製造方法は、前述の通りである。これらの結果を以下と比較した:
- 63%銅および37%亜鉛を有する裸の黄銅の0.25mmの直径を有するワイヤ(サンプルLA)。
- 63%銅および37%亜鉛を有する銅亜鉛合金のコアと、破壊γ相の銅および亜鉛の合金のブロックを有し、コアの表面の実質的に100%を被覆するコーティングと、を有する直径0.25mmのワイヤ(サンプルT)。前記ブロックは、ε相の銅および亜鉛の合金のマトリクス中に埋設され、これは、γ相のブロックの間の隙間を充填する。このワイヤは、ε相の実施例による、米国特許第US8067689B1号に記載されている。
- 63%の銅と37%の亜鉛との合金のコアと、β相の銅および亜鉛の合金のサブレイヤを有するコーティングと、破壊された、すなわち開放されたγ相の銅および亜鉛の合金の外層とを有する直径0.25mmのワイヤ(サンプルSD2)。
- 80%の銅と20%の亜鉛との合金のコアと、β相の銅および亜鉛の合金のサブレイヤを有するコーティングと、破壊された、すなわち開放されたγ相の銅および亜鉛の合金の外層とを有する直径0.25mmのワイヤ(サンプルSE)。
- 63%の銅と37%の亜鉛との合金のコアと、実質的に一定の厚さの合金のブロックを有する、破壊されたγ相の銅および亜鉛の合金のコーティングであって、破面にコアが現れている、すなわちオープンポアを有する、コーティングと、を有する直径0.25mmのワイヤ(サンプルSA)。
【0099】
全ての機械加工評価は、GFMS P350機械を用いて実施した。高さが50mmの鋼試料において、底部4.4 mm、上部5.0 mmのノズルを取り外し、AC CUT VS+0.25mm技術(ACO=0)で、Iを17から18まで、Pを54から45に変化させ、約10Aの機械加工電流を与え、17から10までFWを変化させた。
【0100】
機械加工中の粉末の生成を評価するための比較試験に関し、10 Nで張力をかけた約1000リニアメートルの長さのワイヤを、放電加工機のセラミックワイヤーガイドに通し、密着表面におけるワイヤガイドの下方で粉末を収集し、堆積された粉末の量を比較した。実質的に目視による比較を行い、肉眼により、5つの量の閾値、すなわち検出不可能な量、ごく微量、中程度の量、多量、および極めて多量を採用した。量の基準には、出願人が数年前から販売している量産ワイヤである、SA、SD2、SEワイヤが用いられる。SAワイヤでは、放電加工の間、検出不可能な量の粉末しか生成されない。SD2およびSEのワイヤでは、放電加工中に僅かな粉末しか生成されないため、十分に満足なものである。
【0101】
以下の表1には、得られた結果を示す。
【0102】
【表1】
ワイヤAおよびA’の被覆されたポアは、明らかに小さすて、特にワイヤSD2と比較して、加工速度に有利な影響を示さない。
【0103】
しかしながら、ワイヤAおよびA’の機械加工速度を比較すると、純粋な亜鉛またはη相に対するε相の利点が示されている。
【0104】
十分なサイズの被覆ポアを有するワイヤBおよびEの評価では、黄銅CuZn37と同一のコア構造を有し、オープンポアまたは小さな被覆ポアを有するコーティングを有するワイヤに比べて、粗機械加工速度の増加が認められる(ワイヤSD2、A、A’)。
【0105】
特に、ワイヤA’と同じ量の亜鉛を成膜することにより製造されたワイヤEは、コーティング中に4 μmを超える被覆ポアが存在するという利点を示す。ワイヤEと比較すると、ワイヤA’では、直径が2μm未満のポアしか含まれていない。
【0106】
ワイヤBは、仕上げにおいて、Raが0.20μmのオーダの低い粗さの値を示す。これは、機械のワイヤガイドを通過する際に、ほとんど粉末を生成しない。ワイヤBは、高い機械加工速度、低い粗さ値、および粉末の放出がほとんどないように調整されており、γ相の銅と亜鉛の合金の規則的な厚さの破壊されたブロックの間に、ε相の銅と亜鉛の合金で被覆された4μmを超える被覆ポアが生成されるという利点がある。ワイヤSD2と比較すると、このコアは同じ組成を有するが、ワイヤBには、大きな被覆されたポアが存在するという利点が実証されている。
【0107】
十分なサイズの被覆されたポアを有するワイヤDの評価では、黄銅のCuZn20の等しいコア構造を有し、さらにオープンポアを有するコーティングを有するワイヤ(ワイヤSE)と比べて、粗機械加工速度の増加が認められる。
【0108】
ワイヤFは、破壊されたγ相、ε相、および被覆されたポアのコーティング層が存在するにもかかわらず、比較的低い機械加工速度を有する。η相の亜鉛の存在が、この結果に起因すると考えられる。
【0109】
ワイヤFと比べて、ワイヤF’は、η相を有さないε相の銅および亜鉛の合金のコーティング中に3μmを超える被覆ポアを有するという利点を示した。
【0110】
ワイヤGは、仕上げ後に極めて低い粗さの値を示した。機械のワイヤガイドを通過した際に生成される粉末の量は、実質的に未検出であった。ワイヤGでは、高い機械加工速度、極めて低い粗さ値、および実質的に粉末放出量が未検出となるように調整されており、γ相の銅および亜鉛の合金の規則的な厚さの破壊されたブロックの間に、ε相の銅および亜鉛の合金で被覆された2μmを超える被覆ポアが生成される点で有意である。γ相の銅および亜鉛の合金の規則的な厚さの破壊されたブロックを有する同じ構造を示すワイヤSAと比較して、ワイヤGは、機械加工速度を上げる被覆ポアが存在するという利点が示された。
【0111】
本発明は、実施例に限定されるものではない。実施例は、単に一例を示すためのものである。本発明は、以下の特許請求の範囲に属するいくつかの変形、および一般化を含む。
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