IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社GSユアサの特許一覧

特許7314747鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池
<>
  • 特許-鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池 図1
  • 特許-鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池 図2
  • 特許-鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池 図3
  • 特許-鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池 図4
  • 特許-鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】鉛蓄電池用負極板およびそれを備える鉛蓄電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/14 20060101AFI20230719BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20230719BHJP
   H01M 4/73 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
H01M4/14 Q
H01M4/62 B
H01M4/73 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019178092
(22)【出願日】2019-09-27
(65)【公開番号】P2021057164
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】弁理士法人河崎特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻中 彬人
【審査官】冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-079166(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/14
H01M 4/62
H01M 4/73
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耳部を有する負極集電体と、前記負極集電体に担持された負極電極材料とを備え、
前記耳部は、Snを含む鉛合金を含む表面層を有し、
前記負極電極材料は、芳香族化合物のユニットを含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤は、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤(リグニン化合物を除く)を含み、
前記有機防縮剤中の窒素原子含有量は、1質量%以下である、鉛蓄電池用負極板。
【請求項2】
前記ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットは、ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット、およびヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットからなる群より選択される少なくとも一種である、請求項に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項3】
前記有機防縮剤は、少なくとも前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットを含む、請求項に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項4】
耳部を有する負極集電体と、前記負極集電体に担持された負極電極材料とを備え、
前記耳部は、Snを含む鉛合金を含む表面層を有し、
前記負極電極材料は、芳香族化合物のユニットを含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤は、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤(リグニン化合物を除く)を含み、
前記ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットは、少なくとも前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットを含む、鉛蓄電池用負極板。
【請求項5】
前記有機防縮剤は、前記ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニットと、前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットとを含む、請求項2~4のいずれか1項に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項6】
前記ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニットは、少なくともビスフェノールS化合物のユニットである、請求項5に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項7】
前記第1有機防縮剤は、前記ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとして、ビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットとを含む、請求項1または2に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項8】
前記表面層中のSnの含有量は、10質量%以上30質量%以下である、請求項1~7のいずれか1項に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項9】
前記表面層の厚みは、0.015mm以上0.05mm以下である、請求項1~8のいずれか1項に記載の鉛蓄電池用負極板。
【請求項10】
正極板と、請求項1~9のいずれか1項に記載の負極板と、電解液とを備える、鉛蓄電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池用負極板および鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、車載用、産業用の他、様々な用途で使用されている。鉛蓄電池は、負極板と、正極板と、電解液とを含む。負極板は、集電体と、負極電極材料とを含む。負極電極材料には、有機防縮剤が添加される。有機防縮剤としては、リグニンスルホン酸ナトリウムなどの天然由来の有機防縮剤の他、合成有機防縮剤も利用される。合成有機防縮剤としては、例えば、ビスフェノールの縮合物が挙げられる。
【0003】
特許文献1には、正極、負極、及び電解液を備える鉛蓄電池であって、負極が負極材と負極集電体とを有し、負極材がビスフェノール系樹脂と負極活物質とを含み、負極集電体は耳部を有し、耳部はSn、又はSn合金の表面層が形成されている、鉛蓄電池が記載されている。
【0004】
特許文献2には、海綿状鉛を主成分とする負極活物質と、二酸化鉛を主成分とする正極活物質と、硫酸を含有し流動自在な電解液とを備えた液式鉛蓄電池において、負極活物質は、カーボンと、セルロースエーテル、ポリカルボン酸及びそれらの塩から成る群の少なくとも一つの物質と、スルホン酸基を有するビスフェノール系縮合物から成る水溶性高分子とを含有し、正極活物質はアンチモンを含有することを特徴とする、液式鉛蓄電池が記載されている。
【0005】
特許文献3には、正極板と負極板と電解液とを備えた制御弁式鉛蓄電池であって、負極板は、負極集電体と負極電極材料とを有し、負極電極材料の密度が2.6g/cmよりも大きく、負極電極材料が有機防縮剤を含有し、有機防縮剤中の硫黄元素の含有量が600μmol/gより大きい制御弁式鉛蓄電池が記載されている。
【0006】
特許文献4には、負極電極材料を備え、負極電極材料が有機防縮剤を含有し、有機防縮剤中に硫黄元素(S元素)を3000μmol/g以上含有する鉛蓄電池が記載されている。
【0007】
また、鉛蓄電池は、部分充電状態(PSOC)と呼ばれる充電不足状態で使用されることがある。例えば、アイドリングストップ・スタート(ISS)車に搭載される鉛蓄電池はPSOCで使用される。鉛蓄電池がPSOCで使用されると、負極板の上部に集電のために設けられる耳部の厚みが腐食により減少し、寿命性能が低下することがある。このような耳部の腐食を抑制する観点から、耳部に表層を設けることが検討されている。
【0008】
特許文献5には、正極板と、負極活物質を備えた負極格子本体の上部に上部縁部を備えかつ上部縁部の上部に耳部を備える負極板と、電解液とを備え、負極板の上部縁部及び耳部の少なくとも一方がPb-Sn系合金の表面層を備えている鉛蓄電池において、電解液が、0.02mol/L以上で0.2mol/L以下の濃度のLiイオンを含んでいる鉛蓄電池が記載されている。負極活物質ペーストにはリグニンを用いることが記載されている。
【0009】
特許文献6には、鉛-カルシウム-錫系合金からなる正極格子体を用いた正極板と、負極活物質が充填される負極格子部と負極格子部の縁に連接された負極縁部と負極縁部から突出形成された集電のための負極耳部とを有するとともに、鉛-カルシウム系合金または鉛-カルシウム-錫系合金からなる負極格子体を用いた負極板と、複数の負極板を負極耳部で溶接し一体化することにより設けられたストラップと、ストラップから連接されてセル間を接続するセル間接続部と、ストラップから連接されて電池の端子と接続される極柱と、を備え、ストラップ、セル間接続部および極柱のうち、少なくともストラップは鉛-アンチモン系合金からなり、負極耳部には鉛-錫合金層が設けられ、かつ、負極活物質には、満充電後における負極活物質の質量に対して0.25~0.75%に相当する量のカーボンが含まれる鉛蓄電池が記載されている。負極活物質ペーストにはリグニンを用いることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2017-79166号公報
【文献】国際公開第2013/150754号
【文献】特開2018-18742号公報
【文献】国際公開第2016/194328号
【文献】特開2015-187990号公報(請求項1、[0017])
【文献】国際公開第2010/032782号(請求項1、[0036])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
負極耳部にSnを含む鉛合金を含む表面層を形成すると、表面層を形成しない場合に比べて、PSOCで鉛蓄電池を充放電する際の負極板の耳部の腐食を効果的に抑制でき、耳部の厚みの減少を抑制できる。しかし、表面層に含まれるPbの一部が、充放電時に徐々に腐食して脱落する場合がある。これに伴い、表面層に含まれるSnも脱落するため、表面層による耳部の腐食抑制効果を維持し難くなることがある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一側面は、耳部を有する負極集電体と、前記負極集電体に担持された負極電極材料とを備え、
前記耳部は、Snを含む鉛合金を含む表面層を有し、
前記負極電極材料は、芳香族化合物のユニットを含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤は、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤(リグニン化合物を除く)を含む、鉛蓄電池用負極板に関する。
【発明の効果】
【0013】
PSOCサイクルで充放電される鉛蓄電池において、負極板の耳部の厚みの減少を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一側面に係る鉛蓄電池の外観と内部構造を示す、一部を切り欠いた分解斜視図である。
図2】表3における負極板の表面層中のSn含有量と耳部の厚み減少量との関係を示すグラフである。
図3】表4におけるビスフェノールSユニットとフェノールスルホン酸ユニットとの総量に占めるフェノールスルホン酸ユニットのモル比率と低温ハイレート(HR)放電性能との関係を示すグラフである。
図4】表5におけるビスフェノールAユニットとフェノールスルホン酸ユニットとの総量に占めるフェノールスルホン酸ユニットのモル比率と低温HR放電性能との関係を示すグラフである。
図5】表6におけるビスフェノールSユニットとビスフェノールAユニットとの総量に占めるビスフェノールSユニットのモル比率と低温HR放電性能との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一側面に係る鉛蓄電池用負極板は、耳部を有する負極集電体と、負極集電体に担持された負極電極材料とを備える。耳部は、Snを含む鉛合金を含む表面層を有する。負極電極材料は、芳香族化合物のユニットを含む有機防縮剤を含む。有機防縮剤は、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤(リグニン化合物を除く)を含む。
【0016】
本発明の他の側面に係る鉛蓄電池は、上記負極板と、正極板と、電解液とを備える。
【0017】
鉛蓄電池の負極板の上部に集電のために設けられた耳部に、特許文献5または特許文献6のようにSnを含む表面層を設けると、表面層を設けない場合に比べてPSOCサイクルで充放電を行った場合の耳部の腐食を大幅に抑制できる。これは、PSOCサイクルでは、負極板の電位範囲では、Snの酸化反応および還元反応が起こりにくいためである。しかし、PSOCで充放電を繰り返すと、Snを含む表面層に含まれるPbの一部が徐々に腐食して、脱落する場合がある。このとき、表面層に含まれるSnもPbとともに脱落する。このような脱落が起こると、表面層による耳部の腐食抑制効果を維持し難くなる場合がある。
【0018】
本発明の一側面および他の側面によれば、Snを含む鉛合金を含む表面層を負極集電体の耳部に設けるとともに、第1有機防縮剤を含む負極電極材料を用いる。第1有機防縮剤は、負極電極材料に含まれる鉛に対して高い吸着性を有するが、一部の第1有機防縮剤は不可避的に負極電極材料から溶出してしまう。しかし、第1有機防縮剤は鉛に対する高い吸着性を有するため、第1有機防縮剤の一部が溶出しても、負極板の耳部に吸着する。耳部への第1有機防縮剤の吸着により、硫酸と表面層との接触面積が減少することで、表面層の腐食が抑制され、表面層による耳部の腐食抑制効果を維持することができる。また、第1有機防縮剤が耳部に吸着することで、耳部の鉛の酸化還元の反応面積を減少させることができるため、耳部の腐食抑制効果自体を高めることができる。このようにして、第1有機防縮剤および表面層により、耳部の腐食がより効果的に抑制され、負極板の耳部の厚みの減少を抑制できる。このような耳部の厚み減少の抑制効果は、第1有機防縮剤および表面層のそれぞれの効果から予想されるよりも顕著であり、相乗的な効果であることが明らかとなった。
【0019】
第1有機防縮剤とは、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを有するリグニン化合物以外の有機防縮剤である。第1有機防縮剤は、合成有機防縮剤である。リグニン化合物は、天然素材であるから合成物である合成有機防縮剤から除外される。鉛蓄電池に使用される合成有機防縮剤は、通常、有機縮合物である。このような縮合物は、天然由来のリグニン化合物とは異なり、分子内に平面構造を有する部分が形成され易い。そのため、一旦溶出した第1有機防縮剤は、負極板の耳部および表面層に含まれる鉛に吸着し易い。これにより、第1有機防縮剤を耳部および表面層を効果的に吸着させることができるため、上記のような耳部の高い腐食抑制効果が得られる。それに対し、リグニン化合物は、複雑な三次元網目構造を有しており、第1有機防縮剤に比べて負極電極材料から溶出し易い。しかし、リグニン化合物は、第1有機防縮剤に比較すると、負極板の耳部および表面層に含まれる鉛への吸着性に劣る。そのため、リグニン化合物の場合には、上記のような耳部の高い腐食抑制効果を得ることは困難であり、耳部の厚みの減少を抑制することは困難である。
【0020】
本明細書中、リグニン化合物とは、リグニンおよびリグニン誘導体を意味する。リグニン誘導体には、リグニン様の三次元構造を有するものが含まれる。リグニン誘導体としては、例えば、変性リグニン、リグニンスルホン酸、変性リグニンスルホン酸、およびこれらの塩(アルカリ金属塩(ナトリウム塩など)、マグネシウム塩、カルシウム塩など)からなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0021】
鉛蓄電池は、制御弁式(密閉式)鉛蓄電池および液式(ベント式)鉛蓄電池のいずれでもよい。鉛蓄電池は、特に、PSOCでの充放電が想定される鉛蓄電池(例えば、アイドリングストップ(IS)用鉛蓄電池)として有用である。
【0022】
以下、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池および負極板について、主要な構成要件ごとに説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0023】
[鉛蓄電池]
(負極板)
負極板は、通常、負極電極材料に加え、負極集電体を備える。負極電極材料は、負極板から負極集電体を除いたものである。なお、負極板には、マット、ペースティングペーパなどの部材が貼り付けられていることがある。このような部材(貼付部材)は負極板と一体として使用されるため、負極板に含まれるものとする。また、負極板が貼付部材を含む場合には、負極電極材料は、負極集電体および貼付部材を除いたものである。ただし、セパレータに貼付部材(マット、ペースティングペーパなど)が貼り付けられている場合には、貼付部材の厚みは、セパレータの厚みに含まれる。
【0024】
負極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛シートまたは鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、例えば、エキスパンド加工または打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。負極集電体として格子状の集電体を用いると、負極電極材料を担持させ易いため好ましい。
【0025】
負極集電体に用いる鉛合金は、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金のいずれであってもよい。これらの鉛もしくは鉛合金は、更に、添加元素として、Ba、Ag、Al、Bi、As、Se、Cuなどからなる群より選択された少なくとも1種を含んでもよい。
【0026】
負極集電体は、少なくとも耳部に表面層を備えている。耳部の表面層は、Snを含む鉛合金を含む。このような表面層により、PSOCサイクルによる充放電において、耳部の酸化還元反応が抑制されるため、耳部の腐食を効果的に低減できる。
【0027】
耳部の表面層中のSnの含有量は、例えば、2質量%以上であり、2.5質量%以上または5質量%以上であってもよく、7.5質量%以上であってもよい。耳部の表面層中のSn含有量が7.5質量%を超える場合(好ましくは10質量%以上である場合)には、耳部の腐食抑制効果を顕著に向上することができるため好ましい。表面層中のSn含有量は、15質量%以上であってもよい。自己放電による容量低下を抑制する観点から、耳部の表面層中のSnの含有量は、50質量%未満が好ましく、30質量%以下または25質量%以下であってもよく、20質量%以下であってもよい。
【0028】
耳部の表面層中のSnの含有量は、2質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、2.5質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、5質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、7.5質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、7.5質量%より多く50質量%未満(または30質量%以下)、10質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、15質量%以上50質量%未満(または30質量%以下)、2質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)、2.5質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)、5質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)、7.5質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)、7.5質量%より多く25質量%以下(または20質量%以下)、10質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)、あるいは15質量%以上25質量%以下(または20質量%以下)であってもよい。
【0029】
耳部の表面層に含まれるSnの定量は、例えばJIS H2105に記載の鉛分離誘導結合プラズマ発光分光法に準拠して分析できる。分析に先立って、鉛蓄電池から取り出した負極板の耳部の断面を金属顕微鏡で観察する。そして、内側とは性状(色、金属粒子の状態など)が異なる外側の層状の部分を表面層とし、その一部を削り取って、質量を測定する。このようにして採取した試料を酒石酸と希硝酸で分解し、水溶液を得る。水溶液に塩酸を加えて塩化鉛を沈殿させ、濾過し、濾液を採取する。ICP発光分光分析装置(例えば(株)島津製作所製 ICPS-8000)を用いて、検量線法により、濾液中のSn濃度を分析し、耳部の表面層の質量あたりのSn含有量に換算する。
【0030】
耳部の表面層の厚みは、例えば、0.01mm以上である。より高い腐食抑制効果を確保する観点から、耳部の表面層の厚みは、0.015mm以上または0.02mm以上としてもよい。自己放電を低減する観点からは、耳部の表面層の厚みは、0.1mm以下が好ましく、0.05mm以下であってもよい。
【0031】
耳部の表面層の厚みは、0.01mm以上0.1mm以下(または0.05mm以下)、0.015mm以上0.1mm以下(または0.05mm以下)あるいは、0.02mm以上0.1mm以下(または0.05mm以下)であってもよい。
【0032】
耳部の表面層の厚みは、次のような手順で求められる。まず、負極板の耳部の部分に、エポキシ樹脂を含浸させて、硬化させる。次いで、耳部を、耳部の厚み方向に沿って切断し、切断面を研磨する。研磨した切断面を、金属顕微鏡で観察し、内側とは性状(色、金属粒子の状態など)が異なる外側の層状の部分を表面層として、表面層の厚みを任意の5箇所について測定し、平均化することにより表面層の厚みを求める。
【0033】
なお、負極板の耳部の表面層の分析および厚みの測定は、満充電状態の鉛蓄電池の負極板について行うものとする。分析または厚みの測定に先立ち、化成後の鉛蓄電池を満充電してから解体することにより、分析対象の負極板を入手する。
【0034】
なお、本明細書中、液式の鉛蓄電池の満充電状態とは、JIS D 5301:2006の定義によって定められる。より具体的には、25℃±2℃の水槽中で、鉛蓄電池を、定格容量として記載の数値の0.2倍の電流(A)で、15分ごとに測定した充電中の端子電圧または20℃に温度換算した電解液密度が3回連続して有効数字3桁で一定値を示すまで充電した状態を満充電状態とする。また、制御弁式の鉛蓄電池の場合、満充電状態とは、25℃±2℃の気槽中で、鉛蓄電池を、定格容量として記載の数値の0.2倍の電流(A)で、2.23V/セルの定電流定電圧充電を行い、定電圧充電時の充電電流(A)が定格容量として記載の数値の0.005倍になった時点で充電を終了した状態である。なお、定格容量として記載の数値は、単位をAhとした数値である。定格容量として記載の数値を元に設定される電流の単位はAとする。
【0035】
満充電状態の鉛蓄電池は、既化成の鉛蓄電池を満充電したものをいう。鉛蓄電池の満充電は、化成後であれば、化成直後でもよく、化成から時間が経過した後に行ってもよい(例えば、化成後で、使用中(好ましくは使用初期)の鉛蓄電池を満充電してもよい)。使用初期の電池とは、使用開始後、それほど時間が経過しておらず、ほとんど劣化していない電池をいう。
【0036】
負極集電体は、耳部以外の部分(例えば、正極集電体の格子部分、および枠骨部分の少なくとも一方)に、表面層を有していてもよい。耳部以外の部分の表面層の組成は、耳部の表面層の組成と同じであってもよく、異なるものであってもよい。耳部以外の部分の表面層と内側の層とは組成が異なるものであってもよい。耳部以外の部分の表面層は、耳部以外の部分の一部に形成されていてもよい。
【0037】
負極電極材料は、第1有機防縮剤を含む。負極電極材料は、通常、さらに酸化還元反応により容量を発現する負極活物質(鉛もしくは硫酸鉛)を含んでいる。負極電極材料は、他の有機防縮剤(以下、第2有機防縮剤と称することがある)、炭素質材料、および他の添加剤からなる群より選択される少なくとも1つを含んでもよい。添加剤としては、硫酸バリウム、繊維(樹脂繊維など)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、充電状態の負極活物質は、海綿状鉛であるが、未化成の負極板は、通常、鉛粉を用いて作製される。
【0038】
(有機防縮剤)
負極電極材料は、有機防縮剤を含む。有機防縮剤とは、鉛蓄電池の充放電を繰り返したときに負極活物質である鉛の収縮を抑制する機能を有する化合物のうち、有機化合物を言う。負極電極材料は、既に述べたように、有機防縮剤のうち、第1有機防縮剤を必須成分として含むが、必要に応じて、さらに第2有機防縮剤を含んでいてもよい。第2有機防縮剤とは、第1有機防縮剤以外の有機防縮剤である。有機防縮剤は、例えば公知の方法で合成したものを用いてもよく、市販品を用いてもよい。
【0039】
各有機防縮剤としては、例えば、有機縮合物(以下、単に縮合物と称する。)が挙げられる。ここで、縮合物とは、縮合反応を利用して得られ得る合成物であり、リグニン化合物を包含しない。縮合物は、一般に合成有機防縮剤とも称される。縮合物は、芳香族化合物のユニット(以下、芳香族化合物ユニットとも称する。)を含んでもよい。芳香族化合物ユニットは、縮合物に組み込まれた芳香族化合物に由来するユニットをいう。すなわち、芳香族化合物ユニットは、芳香族化合物の残基である。縮合物は、芳香族化合物のユニットを一種含んでもよく、二種以上含んでもよい。
なお、有機防縮剤には、上述のリグニン化合物も包含される。
【0040】
縮合物としては、例えば、芳香族化合物のアルデヒド化合物による縮合物が挙げられる。このような縮合物は、芳香族化合物とアルデヒド化合物とを反応させることで合成し得る。ここで、芳香族化合物とアルデヒド化合物との反応を亜硫酸塩の存在下で行ったり、芳香族化合物として硫黄元素を含む芳香族化合物(例えば、ビスフェノールS)を用いたりすることで、硫黄元素を含む縮合物を得ることができる。例えば、亜硫酸塩の量および硫黄元素を含む芳香族化合物の量の少なくとも一方を調節することで、縮合物中の硫黄元素含有量を調節することができる。他の原料を用いる場合も、この方法に準じてよい。縮合物を得るために縮合させる芳香族化合物は一種でもよく、二種以上でもよい。なお、アルデヒド化合物は、アルデヒド(例えば、ホルムアルデヒド)でもよく、アルデヒドの縮合物(または重合物)などでもよい。アルデヒド縮合物(または重合物)としては、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、テトラオキシメチレンなどが挙げられる。アルデヒド化合物は、一種を単独で用いてもよく、二種以上併用してもよい。芳香族化合物との反応性が高い観点からは、ホルムアルデヒドが好ましい。
【0041】
芳香族化合物は、硫黄含有基を有してもよい。すなわち、縮合物は、分子内に複数の芳香環を含むとともに硫黄含有基として硫黄元素を含む有機高分子であってもよい。硫黄含有基は、芳香族化合物が有する芳香環に直接結合していてもよく、例えば、硫黄含有基を有するアルキル鎖として芳香環に結合していてもよい。硫黄含有基の中では、安定形態であるスルホン酸基もしくはスルホニル基が好ましい。スルホン酸基は、酸型で存在してもよく、Na塩のように塩型で存在してもよい。
【0042】
芳香族化合物が有する芳香環としては、ベンゼン環、ナフタレン環などが挙げられる。芳香族化合物が複数の芳香環を有する場合には、複数の芳香環は直接結合または連結基(例えば、アルキレン基(アルキリデン基を含む)、スルホン基)などで連結していてもよい。このような構造としては、例えば、ビスアレーン構造(ビフェニル、ビスフェニルアルカン、ビスフェニルスルホンなど)が挙げられる。
【0043】
芳香族化合物としては、例えば、上記の芳香環と、官能基(ヒドロキシ基、アミノ基など)とを有する化合物が挙げられる。官能基は、芳香環に直接結合していてもよく、官能基を有するアルキル鎖として結合していてもよい。なお、ヒドロキシ基には、ヒドロキシ基の塩(-OMe)も包含される。アミノ基には、アミノ基の塩(アニオンとの塩)も包含される。Meとしては、アルカリ金属(Li、K、Naなど)、周期表第2族金属(Ca、Mgなど)などが挙げられる。芳香族化合物は、芳香環に、硫黄含有基および上記の官能基以外の置換基(例えば、アルキル基、アルコキシ基)を有していてもよい。
【0044】
芳香族化合物ユニットの元となる芳香族化合物は、ビスアレーン化合物および単環式芳香族化合物からなる群より選択される少なくとも一種であってもよい。
【0045】
ビスアレーン化合物としては、ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物(ビスフェノール化合物、ヒドロキシビフェニル化合物など)、アミノ基を有するビスアレーン化合物(アミノ基を有するビスアリールアルカン化合物、アミノ基を有するビスアリールスルホン化合物、アミノ基を有するビフェニル化合物など)が挙げられる。中でもヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物(特に、ビスフェノール化合物)が好ましい。
【0046】
ビスフェノール化合物としては、ビスフェノールA、ビスフェノールS、ビスフェノールFなどが好ましい。例えば、ビスフェノール化合物は、ビスフェノールAおよびビスフェノールSからなる群より選択される少なくとも1種を含んでもよい。ビスフェノールAまたはビスフェノールSを用いることで、負極電極材料に対する優れた防縮効果が得られる。
【0047】
ビスフェノール化合物は、ビスフェノール骨格を有すればよく、ビスフェノール骨格が置換基を有してもよい。すなわち、ビスフェノールAは、ビスフェノールA骨格を有すればよく、その骨格は置換基を有してもよい。ビスフェノールSは、ビスフェノールS骨格を有すればよく、その骨格は置換基を有してもよい。
【0048】
単環式芳香族化合物としては、ヒドロキシモノアレーン化合物、アミノ基を有する単環式芳香族化合物(アミノモノアレーン化合物)などが好ましい。中でもヒドロキシモノアレーン化合物が好ましい。
【0049】
ヒドロキシモノアレーン化合物としては、ヒドロキシナフタレン化合物、フェノール化合物などが挙げられる。例えば、フェノール化合物であるフェノールスルホン酸化合物(フェノールスルホン酸またはその置換体など)を用いることが好ましい。なお、既に述べたように、フェノール性ヒドロキシ基には、フェノール性ヒドロキシ基の塩(-OMe)も包含される。
【0050】
アミノモノアレーン化合物としては、アミノナフタレン化合物、アニリン化合物(アミノベンゼンスルホン酸、アルキルアミノベンゼンスルホン酸など)が挙げられる。
【0051】
リグニン化合物以外の有機防縮剤の硫黄元素含有量は、例えば2000μmol/g以上であってもよく、3000μmol/g以上であってもよい。このような硫黄元素含有量を有する有機防縮剤を用いると、有機防縮剤のコロイド粒子径が小さくなり易く、負極電極材料の構造を微細に保てることから、高い低温HR放電性能を確保し易い。
【0052】
有機防縮剤中の硫黄元素含有量がXμmol/gであるとは、有機防縮剤の1g当たりに含まれる硫黄元素の含有量がXμmolであることをいう。
【0053】
リグニン化合物以外の有機防縮剤の硫黄元素含有量の上限は、特に制限されないが、例えば9000μmol/g以下であればよく、8000μmol/g以下でもよく、7000μmol/g以下でもよい。
【0054】
なお、リグニン化合物以外の有機防縮剤には、硫黄元素含有量が2000μmol/g未満のものも包含される。このような有機防縮剤の硫黄元素含有量は、300μmol/g以上であってもよい。
【0055】
リグニン化合物以外の有機防縮剤の硫黄元素含有量は、例えば、2000μmol/g以上(または3000μmol/g以上)9000μmol/g以下、2000μmol/g以上(または3000μmol/g以上)8000μmol/g以下、2000μmol/g以上(または3000μmol/g以上)7000μmol/g以下、300μmol/g以上9000μmol/g以下(または8000μmol/g以下)、あるいは300μmol/g以上7000μmol/g以下(または2000μmol/g未満)であってもよい。
【0056】
リグニン化合物以外の有機防縮剤の重量平均分子量(Mw)は、例えば、7000以上であることが好ましい。有機防縮剤のMwは、例えば、100,000以下であり、20,000以下であってもよい。
【0057】
リグニン化合物の硫黄元素含有量は、例えば2000μmol/g未満であり、1000μmol/g以下または800μmol/g以下であってもよい。リグニン化合物の硫黄元素含有量の下限は特に制限されないが、例えば、400μmol/g以上である。
【0058】
リグニン化合物のMwは、例えば、7000未満である。リグニン化合物のMwは、例えば、3000以上である。
【0059】
なお、本明細書中、有機防縮剤のMwは、ゲルパーミエイションクロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography:GPC)により求められるものである。Mwを求める際に使用する標準物質は、ポリスチレンスルホン酸ナトリウムとする。
Mwは、下記の装置を用い、下記の条件で測定される。
GPC装置:ビルドアップGPCシステムSD-8022/DP-8020/AS-8020/CO-8020/UV-8020 (東ソー(株)製)
カラム:TSKgel G4000SWXL,G2000SWXL(7.8mmI.D.×30cm)(東ソー(株)製)
検出器:UV検出器、λ=210nm
溶離液:濃度1mol/LのNaCl水溶液:アセトニトリル(体積比=7:3)の混合溶液
流速:1mL/min.
濃度:10mg/mL
注入量:10μL
標準物質:ポリスチレンスルホン酸Na(Mw=275,000、35,000、12,500、7,500、5,200、1,680)
【0060】
有機防縮剤のうち、第1有機防縮剤は、上記芳香族化合物のユニットのうち、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含むものである。ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとしては、例えば、ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物(ビスフェノール化合物など)のユニット、およびヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットからなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。このようなユニットを有することで第1有機防縮剤の分子中に平面構造が形成され易くなり、この平面構造の部分により負極板の耳部および表面層の鉛への吸着性を高めることができる。
【0061】
芳香族化合物が有するヒドロキシ基は、フェノール性ヒドロキシ基であることが好ましい。フェノール性ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のアルデヒド化合物による縮合物では、主にフェノール性ヒドロキシ基に対してオルト位およびパラ位(特にオルト位)の少なくとも一方で縮合した状態となる。一方、アミノ基を有する単環式芳香族化合物のアルデヒド化合物による縮合物では、アミノ基を介して縮合した状態となる。そのため、フェノール性ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物を用いる場合、アミノ基を有する単環式芳香族化合物を用いる場合に比べて、有機防縮剤分子における芳香環同士のねじれが少なく、より平面構造を取り易くなることで、鉛に作用させ易くなると考えられる。また、フェノール性ヒドロキシ基は、アミノ基などの場合に比べて、第1有機防縮剤がマイナスに帯電され易いため、鉛に対する高い吸着性が得られ易い。
【0062】
第1有機防縮剤は、少なくとも、ヒドロキシ基(特に、フェノール性ヒドロキシ基)を有する単環式芳香族化合物のユニット(以下、第1ユニットと称する場合がある)を含むことが好ましい。第1ユニットは、他のユニットに比べて、平面構造を取り易いため、第1有機防縮剤も平面構造を取り易くなる。よって、第1ユニットを含む第1有機防縮剤は、負極板の耳部および表面層の鉛に吸着され易い。
【0063】
上記の単環式芳香族化合物のユニットのうち、フェノールスルホン酸化合物のユニットを第1ユニットとして含む第1有機防縮剤を用いることが好ましい。このような第1有機防縮剤は、フェノール性ヒドロキシ基とスルホン酸基とを有する。フェノール性ヒドロキシ基およびスルホン酸基は、いずれも負の極性が強く、金属との親和性も高い。このことに加え、フェノールスルホン酸により縮合物が平面構造を取り易い。よって、フェノールスルホン酸化合物のユニットを第1ユニットとして含む縮合物は、負極板の耳部および表面層に含まれる鉛に対してより高い吸着性を有する。
【0064】
第1有機防縮剤は、第1ユニットと、ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット(以下、第2ユニットと称する場合がある)とを含むもの(例えば、縮合物)であってもよい。第2ユニットを含む有機防縮剤では、一般に、芳香環が、π電子間で相互作用してリジッドな分子になり易い。しかし、第1有機防縮剤では、第1ユニットにより、第2ユニットのπ電子間相互作用が阻害されるため、分子の柔軟性を高めることができる。有機防縮剤は、通常、負の極性を有する官能基を多く有する。第1有機防縮剤では、分子の柔軟性が高いため、第1有機防縮剤に含まれる負の極性を有する官能基が分子表面に偏在し易くなると考えられる。表面に偏在した官能基により第1有機防縮剤がマイナスに帯電し易くなり、静電的な反発により第1有機防縮剤のコロイド粒子の会合または凝集が制限される。これにより、コロイド粒子径が小さくなる。その結果、負極電極材料の細孔径が小さくなることで、優れた防縮効果が確保できると考えられる。また、第1有機防縮剤では、第1ユニットにより、分子中に平面構造が形成され易くなる。このような平面構造および表面に偏在した負の極性を有する官能基の存在により、負極電極材料から溶出した第1有機防縮剤を負極板の耳部および表面層に対してさらに吸着させ易くなる。よって、より高い腐食抑制効果を確保することができる。なお、第1有機防縮剤は、必要に応じて、さらに他の芳香族化合物のユニットを含んでいてもよい。
【0065】
第2ユニットは、少なくともビスフェノールS化合物のユニットであることが好ましい。第1有機防縮剤は、第2ユニットとして、ビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットを含んでもよい。ビスフェノールS骨格は、2つのベンゼン環をスルホニル基で連結した構造を有する。ビスフェノールA骨格は、2つのベンゼン環をジメチレン基で連結した構造を有する。スルホニル基は、ジメチレン基に比べてベンゼン環平面からの飛び出しが小さい。そのため、ビスフェノールA化合物のユニットの場合に比べると、ビスフェノールS化合物のユニットの方が、第1有機防縮剤がより平面構造を取り易くなる。また、スルホニル基の存在により、ビスフェノールS化合物のユニットの方が、ビスフェノールA化合物のユニットの場合に比べて第1有機防縮剤がマイナスに帯電され易い。よって、第2ユニットとして少なくともビスフェノールS化合物のユニットを有する第1有機防縮剤を用いると、負極板の耳部および表面層に含まれる鉛への第1有機防縮剤の吸着性がさらに高まる。よって、より高い腐食抑制効果が得られると考えられる。
【0066】
第1有機防縮剤が第1ユニットと第2ユニットとを含む場合、第1ユニットと第2ユニットの総量に占める第1ユニットのモル比率は、例えば、10モル%以上であり、20モル%以上であってもよい。モル比率がこのような範囲である場合、第1有機防縮剤がより平面構造を取り易くなる。よって、負極電極材料からの溶出が低減されるため、高い低温HR放電性能が得られる。また、溶出した第1有機防縮剤は、耳部に吸着し易くなるため、耳部の腐食を抑制する効果がさらに高まる。第1ユニットのモル比率は、例えば、90モル%以下であり、80モル%以下であってもよい。モル比率がこのような範囲である場合、縮合物がマイナスにより帯電し易くなる。よって、負極電極材料からの溶出が低減されるため、高い低温HR放電性能を確保することができる。また、溶出した第1有機防縮剤の電荷による反発が抑制され、耳部に吸着し易くなるため、耳部の腐食を抑制する効果がさらに高まる。
【0067】
第1ユニットのモル比率は、10モル%以上(または20モル%以上)90モル%以下、あるいは10モル%以上(または20モル%以上)80モル%以下であってもよい。
【0068】
第1有機防縮剤において、芳香族化合物ユニットの総量に占める第1ユニットおよび第2ユニットの合計比率(モル比率)は、例えば、90モル%以上であり、95モル%以上であってもよい。また、芳香族化合物ユニットを第1ユニットおよび第2ユニットのみで構成してもよい。
【0069】
第1有機防縮剤として、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとして、第2ユニットを有するものを用いてもよい。中でも、第1有機防縮剤としては、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとして、少なくともビスフェノールS化合物のユニットを含むもの(縮合物)を用いてもよい。ビスフェノールS化合物は、上述のように、スルホニル基の存在により、第1有機防縮剤がマイナスに帯電され易い。よって、少なくともビスフェノールS化合物のユニットを有する第1有機防縮剤を用いると、負極板の耳部および表面層に含まれる鉛への第1有機防縮剤の吸着性をより容易に高めることができる。また、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとしてビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットとを含むもの(縮合物)を用いてもよい。これらのユニットを有する第1有機防縮剤を用いると、優れた防縮効果が得られ易い。
【0070】
第1有機防縮剤がビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットとを含む場合、これらのユニットの総量に占めるビスフェノールS化合物のユニットのモル比率は、例えば、10モル%以上であり、20モル%以上であってもよい。モル比率がこのような範囲である場合、ビスフェノールSのマイナスへの高い帯電性による効果が発揮され易いため、負極電極材料からの第1有機防縮剤の溶出が抑制され、高い低温HR放電性能が得られる。また、第1有機防縮剤が溶出しても、耳部に吸着し易くなるため、耳部の腐食を抑制する効果がさらに高まる。ビスフェノールS化合物のユニットのモル比率は、例えば、90モル%以下であり、80モル%以下であってもよい。ビスフェノールS化合物のユニットのモル比率がこのような範囲である場合、負極電極材料から溶出した有機防縮剤の電荷による反発が抑制され、有機防縮剤が耳部に吸着し易くなる。よって、耳部の腐食を抑制する効果をさらに高めることができる。
【0071】
ビスフェノールS化合物のユニットのモル比率は、10モル%以上(または20モル%以上)90モル%以下、あるいは10モル%以上(または20モル%以上)80モル%以下であってもよい。
【0072】
ビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットとを有する第1有機防縮剤において、芳香族化合物ユニットの総量に占めるビスフェノールS化合物のユニットおよびビスフェノールA化合物のユニットの合計比率(モル比率)は、例えば、90モル%以上であり、95モル%以上であってもよい。また、芳香族化合物ユニットをビスフェノールS化合物のユニットおよびビスフェノールA化合物のユニットのみで構成してもよい。
【0073】
第1有機防縮剤の硫黄元素含有量およびMwは、それぞれ上記の範囲から選択できる。
【0074】
第1有機防縮剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0075】
上記の有機防縮剤のうち、第2有機防縮剤としては、例えば、リグニン化合物、アミノ基を有する芳香族化合物のユニットを含む縮合物が挙げられる。
第2有機防縮剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0076】
リグニン化合物の硫黄元素含有量は、例えば2000μmol/g未満であり、1000μmol/g以下または800μmol/g以下であってもよい。リグニン化合物の硫黄元素含有量の下限は特に制限されないが、例えば、400μmol/g以上である。
【0077】
リグニン化合物のMwは、例えば、7000未満である。リグニン化合物のMwは、例えば、3000以上である。
【0078】
第1有機防縮剤と第2有機防縮剤とを併用する場合、これらの質量比は任意に選択できる。第2有機防縮剤を併用する場合であっても、第1有機防縮剤の質量比に応じて炭素質材料の流出抑制効果を得ることができる。負極板の耳部のより高い腐食抑制を確保する観点からは、有機防縮剤全体(つまり、第1有機防縮剤と第2有機防縮剤との総量)に占める第1有機防縮剤の比率は、50質量%以上が好ましく、80質量%以上であってもよく、90質量%以上または95質量%以上であってもよい。
【0079】
ただし、有機防縮剤が、アミノ基などの窒素原子含有基を有する場合には、有機防縮剤のマイナスへの帯電性が低くなり、負極板の耳部および表面層への吸着性が低下する傾向にある。そのため、有機防縮剤中の窒素原子含有基の含有量は少ない方が好ましい。有機防縮剤中の窒素原子含有量は、1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であってもよい。
【0080】
負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、例えば、0.01質量%以上であり、0.05質量%以上であってもよい。有機防縮剤の含有量は、例えば、1.0質量%以下であり、0.5質量%以下であってもよい。
【0081】
負極電極材料中に含まれる有機防縮剤の含有量は、0.01質量%以上1.0質量%以下、0.05質量%以上1.0質量%以下、0.01質量%以上0.5質量%以下、または0.05質量%以上0.5質量%以下であってもよい。
【0082】
(硫酸バリウム)
負極電極材料は、硫酸バリウムを含むことができる。負極電極材料中の硫酸バリウムの含有量は、例えば0.05質量%以上であり、0.10質量%以上であってもよい。負極電極材料中の硫酸バリウムの含有量は、3質量%以下であり、2質量%以下であってもよい。
【0083】
負極電極材料中の硫酸バリウムの含有量は、0.05質量%以上3質量%以下、0.05質量%以上2質量%以下、0.10質量%以上3質量%以下、または0.10質量%以上2質量%以下であってもよい。
【0084】
(炭素質材料)
負極電極材料は、炭素質材料を含むことができる。炭素質材料としては、カーボンブラック、黒鉛、ハードカーボン、ソフトカーボンなどを用いることができる。カーボンブラックとしては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ランプブラックなどが例示される。ファーネスブラックには、ケッチェンブラック(商品名)も含まれる。黒鉛は、黒鉛型の結晶構造を含む炭素質材料であればよく、人造黒鉛および天然黒鉛のいずれであってもよい。炭素質材料は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせてもよい。
【0085】
負極電極材料中の炭素質材料の含有量は、例えば0.05質量%以上が好ましく、0.10質量%以上であってもよい。炭素質材料の含有量は、例えば5質量%以下であり、3質量%以下であってもよい。
【0086】
負極電極材料中の炭素質材料の含有量は、例えば、0.05質量%以上5質量%以下、0.05質量%以上3質量%以下、0.10質量%以上5質量%以下、または、0.10質量%以上3質量%以下であってもよい。
【0087】
(負極電極材料の構成成分の分析)
以下に、負極電極材料またはその構成成分の分析方法について説明する。負極電極材料の構成成分の分析は、満充電状態の鉛蓄電池の負極板について行うものとする。構成成分の分析に先立ち、化成後の鉛蓄電池を満充電してから解体して分析対象の負極板を入手する。
入手した負極板を水洗し、負極板から硫酸分を除去する。水洗は、水洗した負極板表面にpH試験紙を押し当て、試験紙の色が変化しないことが確認されるまで行う。ただし、水洗を行う時間は、2時間以内とする。水洗した負極板は、減圧環境下、60±5℃で6時間程度乾燥する。乾燥後に、負極板に貼付部材が含まれる場合には、剥離により負極板から貼付部材が除去される。次に、負極板から負極電極材料を分離することにより試料(以下、試料Aと称する)を得る。試料Aは、必要に応じて粉砕され、分析に供される。
【0088】
(1)有機防縮剤の分析
(1-1)負極電極材料中の有機防縮剤の定性分析
粉砕した試料Aを1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。抽出物に複数の有機防縮剤が含まれていれば、次に、抽出物から、各有機防縮剤を分離する。各有機防縮剤を含む分離物のそれぞれについて、不溶成分を濾過で取り除き、得られた溶液を脱塩した後、濃縮し、乾燥する。脱塩は、脱塩カラムを用いて行うか、溶液をイオン交換膜に通すことにより行うか、もしくは、溶液を透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行なう。これを乾燥することにより有機防縮剤の粉末試料(以下、試料Bと称する)が得られる。
【0089】
このようにして得た有機防縮剤の試料Bを用いて測定した赤外分光スペクトル、試料Bを蒸留水等で希釈し、紫外可視吸光度計で測定した紫外可視吸収スペクトル、または試料Bを重水等の所定の溶媒で溶解することにより得られる溶液のNMRスペクトルなどから得た情報を組み合わせて用いて、有機防縮剤種を特定する。
【0090】
なお、上記抽出物が複数の有機防縮剤を含む場合、それらの分離は、次のようにして行なう。
【0091】
まず、上記抽出物を、赤外分光、NMR、およびGC-MSの少なくとも1つで測定することにより、複数種の有機防縮剤が含まれているかどうかを判断する。次いで、上記抽出物のGPC分析により分子量分布を測定し、複数種の有機防縮剤が分子量により分離可能であれば、分子量の違いに基づいて、カラムクロマトグラフィーにより有機防縮剤を分離する。
【0092】
有機防縮剤は、官能基の種類および官能基の量の少なくとも一方が異なれば、溶解度が異なる。分子量の違いによる有機防縮剤の分離が難しい場合には、このような溶解度の違いを利用して、沈殿分離法により一方の有機防縮剤を分離する。例えば、2種の有機防縮剤を含む場合、上記抽出物をNaOH水溶液に溶解させた混合物に、硫酸水溶液を滴下して、混合物のpHを調節することにより、一方の有機防縮剤を凝集させ、分離する。凝集による分離が難しい場合には、官能基の種類および量の少なくとも一方の違いを利用して、イオン交換クロマトグラフィまたはアフィニティクロマトグラフィにより、有機防縮剤を分離する。分離物を再度NaOH水溶液に溶解させたものから上記のように不溶成分を濾過により取り除く。また、一方の有機防縮剤を分離した後の残りの溶液を、濃縮する。得られた濃縮物は、他方の有機防縮剤を含んでおり、この濃縮物から上記のように不溶成分を濾過により取り除く。
【0093】
(1-2)負極電極材料中における有機防縮剤の含有量の定量
上記(1-1)と同様に、有機防縮剤を含む分離物のそれぞれについて不溶成分を濾過で取り除いた後の溶液を得る。得られた各溶液について、紫外可視吸収スペクトルを測定する。各有機防縮剤に特徴的なピークの強度と、予め作成した検量線とを用いて、負極電極材料中の各有機防縮剤の含有量を求める。
【0094】
なお、有機防縮剤の含有量が未知の鉛蓄電池を入手して有機防縮剤の含有量を測定する際に、有機防縮剤の構造式の厳密な特定ができないために検量線に同一の有機防縮剤が使用できないことがある。この場合には、当該電池の負極から抽出した有機防縮剤と、紫外可視吸収スペクトル、赤外分光スペクトル、およびNMRスペクトルなどが類似の形状を示す、別途入手可能な有機高分子を使用して検量線を作成することで、紫外可視吸収スペクトルを用いて有機防縮剤の含有量を測定するものとする。
【0095】
(1-3)有機防縮剤中の硫黄元素の含有量
上記(1-1)と同様に、有機防縮剤の試料Bを得た後、酸素燃焼フラスコ法によって、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素を硫酸に変換する。このとき、吸着液を入れたフラスコ内で試料Bを燃焼させることで、硫酸イオンが吸着液に溶け込んだ溶出液を得る。次に、トリン(thorin)を指示薬として、溶出液を過塩素酸バリウムで滴定することにより、0.1gの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(C0)を求める。次に、C0を10倍して1g当たりの有機防縮剤中の硫黄元素の含有量(μmol/g)を算出する。
【0096】
(1-4)有機防縮剤の構成ユニットのモル比の算出
まず、上記(1-1)と同様にして分離した有機防縮剤(測定対象の有機防縮剤)の試料Bを、水酸化ナトリウムの重水溶液(pH10~13)に溶解して測定用サンプルを調製し、この測定用サンプルを用いて、H-NMRを測定する。H-NMRスペクトルのピークから有機防縮剤に含まれるユニットを同定する。このH-NMRスペクトルにおいて、各ユニットに由来するピークのピーク強度の比(第1の比)を求める。
【0097】
次に、同定した構造と同じユニットを含み、かつ各ユニットのモル分率が既知の有機防縮剤(参照用有機防縮剤)を合成する。参照用有機防縮剤のH-NMRスペクトルを測定する。このH-NMRスペクトルにおいて、各ユニットに由来するピークのピーク強度の比(第2の比)を求める。
【0098】
参照用有機防縮剤を用いて鉛蓄電池を作製し、満充電状態とする。満充電状態の鉛蓄電池から取り出した負極板から、上述と同様にして試料Aを採取する。この試料Aを用いて、上記(1-1)と同様にして、試料Bを得る。得られる試料Bを、水酸化ナトリウムの重水溶液(pH10~13)に溶解して測定用サンプルを調製し、この測定用サンプルを用いて、H-NMRを測定する。このH-NMRスペクトルにおいて、各ユニットに由来するピークのピーク強度の比(第3の比)を求める。
【0099】
第3の比は、実際のモル分率を示す第2の比とは、ずれることがある。そこで、補正のために、第2の比および第3の比と、上記既知のモル分率との関係を求める。この関係は、各ユニットの実際のモル分率と鉛蓄電池から取り出した場合の有機防縮剤の各ユニットのピークのピーク強度比との関係を示している。この関係に、第1の比を当てはめることで、第1の比から、測定対象の有機防縮剤における各ユニットのモル分率を求めることができる。そして、各ユニットのモル分率の合計に占める個々のユニットのモル分率の比率(モル%)を算出し、上記の各ユニットのモル比率とする。
【0100】
例えば、第1有機防縮剤が、フェノールスルホン酸およびビスフェノールSのホルムアルデヒドによる縮合物である場合、H-NMRスペクトルでは、ビスフェノールSユニットに由来するピーク(Pbs)が6.5ppm以上6.6ppm以下の範囲に、フェノールスルホン酸ユニットに由来するピーク(Pps)が6.6ppmより大きく7.0ppm以下の範囲に、それぞれ見られる。ビスフェノールSユニットおよびフェノールスルホン酸ユニットのモル分率が既知の第1有機防縮剤のH-NMRから、ピークPbsのピーク強度IbsとピークPpsのピーク強度Ipsとの比(第2の比および第3の比)を求める。次いで、第2の比および第3の比と、既知のモル分率との関係を求める。この関係に、モル分率が未知の第1有機防縮剤のH-NMRにおけるピークPbsのピーク強度IbsとピークPpsのピーク強度Ipsとの比(第1の比)を当てはめることで、この第1有機防縮剤のビスフェノールSユニットのモル分率mbsおよびフェノールスルホン酸ユニットのモル分率mpsを求める。そして、モル分率mbsとモル分率mpsとの合計に占めるフェノールスルホン酸ユニットのモル分率mpsの比率(モル%)を算出し、フェノールスルホン酸ユニットのモル比率とする。
【0101】
(1-5)有機防縮剤中の窒素元素含有量の分析
粉砕された試料Aを1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。得られる溶液を脱塩した後、濃縮し、乾燥する。これにより、有機防縮剤の粉末試料(以下、試料Cと称する)が得られる。試料Cを、有機元素分析装置(CHN分析装置)を用いて分析することにより、有機防縮剤中の窒素原子含有量が求められる。なお、脱塩は、脱塩カラムを用いて行うか、溶液をイオン交換膜に通すことにより行うか、もしくは、溶液を透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行なう。
【0102】
(2)炭素質材料と硫酸バリウムの定量
粉砕された試料A10gに対し、20質量%濃度の硝酸を50ml加え、約20分加熱し、鉛成分を硝酸鉛として溶解させる。次に、硝酸鉛を含む溶液を濾過して、炭素質材料、硫酸バリウム等の固形分を濾別する。
【0103】
得られた固形分を水中に分散させて分散液とした後、篩いを用いて分散液から炭素質材料および硫酸バリウム以外の成分(例えば補強材)を除去する。次に、分散液に対し、予め質量を測定したメンブレンフィルタを用いて吸引ろ過を施し、濾別された試料とともにメンブレンフィルタを110℃±5℃の乾燥器で乾燥する。得られる試料は、炭素質材料と硫酸バリウムとの混合試料(以下、試料Dと称する)である。乾燥後の試料Dとメンブレンフィルタとの合計質量からメンブレンフィルタの質量を差し引いて、試料Dの質量(M)を測定する。その後、乾燥後の試料Dをメンブレンフィルタとともに坩堝に入れ、700℃以上で灼熱灰化させる。残った残渣は酸化バリウムである。酸化バリウムの質量を硫酸バリウムの質量に変換して硫酸バリウムの質量(M)を求める。質量Mから質量Mを差し引いて炭素質材料の質量を算出する。
【0104】
(その他)
負極板は、負極集電体に負極ペーストを塗布または充填し、熟成および乾燥することにより未化成の負極板を作製し、その後、未化成の負極板を化成することにより形成できる。負極ペーストは、鉛粉と有機防縮剤および必要に応じて各種添加剤に、水と硫酸を加えて混練することで作製する。熟成する際には、室温より高温かつ高湿度で、未化成の負極板を熟成させることが好ましい。
【0105】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の負極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。化成により、海綿状鉛が生成する。
【0106】
(正極板)
鉛蓄電池の正極板は、通常、正極集電体と正極電極材料とを含む。正極電極材料は、正極集電体に保持されている。鉛蓄電池の正極板は、ペースト式、クラッド式などに分類できる。ペースト式およびクラッド式のいずれの正極板を用いてもよい。
【0107】
正極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛シートまたは鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、例えば、エキスパンド加工または打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。正極集電体として格子状の集電体を用いると、正極電極材料を担持させ易いため好ましい。
【0108】
正極集電体に用いる鉛合金としては、耐食性および機械的強度の点で、Pb-Sb系合金、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金が好ましい。正極集電体は、表面層を備えていてもよい。正極集電体の表面層と内側の層とは組成が異なるものであってもよい。表面層は、正極集電体の一部に形成されていてもよい。表面層は、正極集電体の格子部分のみ、耳部分のみ、または枠骨部分のみに形成されていてもよい。
【0109】
ペースト式正極板では、正極電極材料は、正極板から正極集電体を除いたものである。正極板には、マット、ペースティングペーパなどの部材が貼り付けられていることがある。このような部材(貼付部材)は正極板と一体として使用されるため、正極板に含まれるものとする。また、正極板が貼付部材(マット、ペースティングペーパなど)を含む場合には、正極電極材料は、ペースト式正極板では、正極板から正極集電体および貼付部材を除いたものである。
【0110】
正極板に含まれる正極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する正極活物質(二酸化鉛もしくは硫酸鉛)を含む。正極電極材料は、必要に応じて、他の添加剤を含んでもよい。
【0111】
未化成のペースト式正極板は、正極集電体に、正極ペーストを充填し、熟成、乾燥することにより得られる。正極ペーストは、鉛粉、添加剤、水、および硫酸を混練することで調製される。
【0112】
未化成の正極板を化成することにより正極板が得られる。化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の正極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。
【0113】
(セパレータ)
負極板と正極板との間には、セパレータを配置することができる。セパレータとしては、例えば、不織布、および微多孔膜から選択される少なくとも1つが用いられる。負極板と正極板との間に介在させるセパレータの厚さは、極間距離に応じて選択すればよい。セパレータの枚数は、極間数に応じて選択すればよい。
【0114】
不織布は、繊維を織らずに絡み合わせたマットであり、繊維を主体とする。不織布は、例えば、不織布の60質量%以上が繊維で形成されている。繊維としては、ガラス繊維、ポリマー繊維(ポリオレフィン繊維、アクリル繊維、ポリエステル繊維(ポリエチレンテレフタレート繊維など)など)、パルプ繊維などを用いることができる。中でも、ガラス繊維が好ましい。不織布は、繊維以外の成分、例えば、耐酸性の無機粉体、結着剤としてのポリマーを含んでもよい。
【0115】
一方、微多孔膜は、繊維成分以外を主体とする多孔性のシートであり、例えば、造孔剤(ポリマー粉末およびオイルの少なくとも一方など)を含む組成物をシート状に押し出し成形した後、造孔剤を除去して細孔を形成することにより得られる。微多孔膜は、耐酸性を有する材料で構成することが好ましく、ポリマー成分を主体とするものが好ましい。ポリマー成分としては、ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレンなど)が好ましい。
【0116】
セパレータは、例えば、不織布のみで構成してもよく、微多孔膜のみで構成してもよい。また、セパレータは、必要に応じて、不織布と微多孔膜との積層物、異種または同種の素材を貼り合わせた物、または異種または同種の素材において凹凸をかみ合わせた物などであってもよい。
【0117】
セパレータは、シート状であってもよく、袋状に形成されていてもよい。正極板と負極板との間に1枚のシート状のセパレータを挟むように配置してもよい。また、折り曲げた状態の1枚のシート状のセパレータで極板を挟むように配置してもよい。この場合、折り曲げたシート状のセパレータで挟んだ正極板と、折り曲げたシート状のセパレータで挟んだ負極板とを重ねてもよく、正極板および負極板の一方を折り曲げたシート状のセパレータで挟み、他方の極板と重ねてもよい。また、シート状のセパレータを蛇腹状に折り曲げ、正極板および負極板を、これらの間にセパレータが介在するように、蛇腹状のセパレータに挟み込んでもよい。蛇腹状に折り曲げられたセパレータを用いる場合、折り曲げ部が鉛蓄電池の水平方向に沿うように(例えば、折り曲げ部が水平方向と平行になるように)セパレータを配置してもよく、鉛直方向に沿うように(例えば、折り曲げ部が鉛直方向と平行になるように)セパレータを配置してもよい。蛇腹状に折り曲げられたセパレータでは、セパレータの両方の主面側に交互に凹部が形成されることになる。正極板および負極板のそれぞれの上部には通常耳部が形成されているため、折り曲げ部が鉛蓄電池の水平方向に沿うようにセパレータを配置する場合、セパレータの一方の主面側の凹部のみに正極板および負極板が配置される(つまり、隣接する正極板と負極板との間には、二重のセパレータが介在した状態となる)。折り曲げ部が鉛蓄電池の鉛直方向に沿うようにセパレータを配置する場合、一方の主面側の凹部に正極板を収容し、他方の主面側の凹部に負極板を収容することができる(つまり、隣接する正極板と負極板との間には、セパレータが一重に介在した状態とすることができる。)。袋状のセパレータを用いる場合、袋状のセパレータが正極板を収容していてもよいし、負極板を収容してもよい。
【0118】
なお、本明細書中、極板においては、耳部が設けられている側を上側、耳部とは反対側を下側として上下方向を定める。極板の上下方向は、鉛蓄電池の鉛直方向における上下方向と同じであってもよく、異なっていてもよい。つまり、鉛蓄電池は、縦置きおよび横置きのいずれであってもよい。
【0119】
(電解液)
電解液は、硫酸を含む水溶液であり、必要に応じてゲル化させてもよい。電解液は、必要に応じて、カチオン(例えば、金属カチオン)、およびアニオン(例えば、硫酸アニオン以外のアニオン(リン酸イオンなど))からなる群より選択される少なくとも1つを含んでいてもよい。金属カチオンとしては、例えば、ナトリウムイオン、リチウムイオン、マグネシウムイオン、およびアルミニウムイオンからなる群より選択される少なくとも1つが挙げられる。
【0120】
満充電状態の鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、例えば、1.20以上であり、1.25以上であってもよい。電解液の20℃における比重は、1.35以下であり、1.32以下であることが好ましい。
【0121】
満充電状態の鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、1.20以上1.35以下、1.20以上1.32以下、1.25以上1.35以下、または1.25以上1.32以下であってもよい。
【0122】
鉛蓄電池は、電槽に、正極板、負極板、および電解液を収容することにより鉛蓄電池を組み立てる工程を含む製造方法により得ることができる。鉛蓄電池の組み立て工程において、セパレータは、通常、正極板と負極板との間に介在するように配置される。鉛蓄電池の組み立て工程は、正極板、負極板、および電解液を電槽に収容する工程の後、必要に応じて、正極板および負極板の少なくとも一方を化成する工程を含んでもよい。正極板、負極板、電解液、およびセパレータは、それぞれ、電槽に収容される前に準備される。
【0123】
図1に、本発明の一実施形態に係る鉛蓄電池の一例の外観を示す。
鉛蓄電池1は、極板群11と電解液(図示せず)とを収容する電槽12を具備する。電槽12内は、隔壁13により、複数のセル室14に仕切られている。各セル室14には、極板群11が1つずつ収納されている。電槽12の開口部は、負極端子16および正極端子17を具備する蓋15で閉じられる。蓋15には、セル室毎に液口栓18が設けられている。補水の際には、液口栓18を外して補水液が補給される。液口栓18は、セル室14内で発生したガスを電池外に排出する機能を有してもよい。
【0124】
極板群11は、それぞれ複数枚の負極板2および正極板3を、セパレータ4を介して積層することにより構成されている。ここでは、負極板2を収容する袋状のセパレータ4を示すが、セパレータの形態は特に限定されない。電槽12の一方の端部に位置するセル室14では、複数の負極板2を並列接続する負極棚部6が貫通接続体8に接続され、複数の正極板3を並列接続する正極棚部5が正極柱7に接続されている。正極柱7は蓋15の外部の正極端子17に接続されている。電槽12の他方の端部に位置するセル室14では、負極棚部6に負極柱9が接続され、正極棚部5に貫通接続体8が接続される。負極柱9は蓋15の外部の負極端子16と接続されている。各々の貫通接続体8は、隔壁13に設けられた貫通孔を通過して、隣接するセル室14の極板群11同士を直列に接続している。
【0125】
正極棚部5は、各正極板3の上部に設けられた耳部同士をキャストオンストラップ方式またはバーニング方式で溶接することにより形成される。負極棚部6も、正極棚部5の場合に準じて各負極板2の上部に設けられた耳部同士を溶接することにより形成される。
【0126】
なお、鉛蓄電池の蓋15は、一重構造(単蓋)であるが、図示例の場合に限らない。蓋15は、例えば、中蓋と外蓋(または上蓋)とを備える二重構造を有するものであってもよい。二重構造を有する蓋は、中蓋と外蓋との間に、中蓋に設けられた還流口から電解液を電池内(中蓋の内側)に戻すための還流構造を備えるものであってもよい。
【0127】
本発明の一側面に係る鉛蓄電池用負極板および鉛蓄電池を以下にまとめて記載する。
【0128】
(1)耳部を有する負極集電体と、前記負極集電体に担持された負極電極材料とを備え、
前記耳部は、Snを含む鉛合金を含む表面層を有し、
前記負極電極材料は、芳香族化合物のユニットを含む有機防縮剤を含み、
前記有機防縮剤は、ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤(リグニン化合物を除く)を含む、鉛蓄電池用負極板。
【0129】
(2)上記(1)において、前記第1有機防縮剤中の窒素原子含有量は、1質量%以下、または0.1質量%以下であってもよい。
【0130】
(3)上記(1)または(2)において、前記ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットは、ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット、およびヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットからなる群より選択される少なくとも一種であってもよい。
【0131】
(4)上記(3)において、前記第1有機防縮剤は、少なくとも前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットを含んでもよい。
【0132】
(5)上記(3)または(4)において、前記第1有機防縮剤は、前記ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット(第2ユニット)と、前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニット(第1ユニット)とを含んでもよい。
【0133】
(6)上記(5)において、前記ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット(第2ユニット)は、少なくともビスフェノールS化合物のユニットであってもよい。
【0134】
(7)上記(5)または(6)において、前記第1有機防縮剤における前記芳香族化合物のユニットの総量に占める前記ヒドロキシ基を有するビスアレーン化合物のユニット(第2ユニット)および前記ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニット(第1ユニット)の合計比率は、90モル%以上、または95モル%以上であってもよい。
【0135】
(8)上記(5)~(7)のいずれか1つにおいて、前記第1ユニットと前記第2ユニットの総量に占める前記第1ユニットのモル比率は、10モル%以上、または20モル%以上であってもよい。
【0136】
(9)上記(5)~(8)のいずれか1つにおいて、前記第1ユニットと前記第2ユニットの総量に占める前記第1ユニットのモル比率は、90モル%以下、または80モル%以下であってもよい。
【0137】
(10)上記(1)~(3)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤は、前記ヒドロキシ基を有する芳香族化合物のユニットとして、ビスフェノールS化合物のユニットとビスフェノールA化合物のユニットとを含んでもよい。
【0138】
(11)上記(10)において、前記第1有機防縮剤における前記芳香族化合物のユニットの総量に占める前記ビスフェノールS化合物のユニットおよび前記ビスフェノールA化合物のユニットの合計比率は、90モル%以上または95モル%以上であってもよい。
【0139】
(12)上記(10)または(11)において、前記ビスフェノールS化合物のユニットと前記ビスフェノールA化合物のユニットの総量に占める前記ビスフェノールS化合物のユニットのモル比率は、10モル%以上、または20モル%以上であってもよい。
【0140】
(13)上記(10)~(12)のいずれか1つにおいて、前記ビスフェノールS化合物のユニットと前記ビスフェノールA化合物のユニットの総量に占める前記ビスフェノールS化合物のユニットのモル比率は、90モル%以下、または80モル%以下であってもよい。
【0141】
(14)上記(1)~(13)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤の硫黄元素含有量は、300μmol/g以上、2000μmol/g以上または3000μmol/g以上であってもよい。
【0142】
(15)上記(1)~(14)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤の硫黄元素含有量は、9000μmol/g以下、8000μmol/g以下、または7000μmol/g以下であってもよい。
【0143】
(16)上記(1)~(13)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤の硫黄元素含有量は、2000μmol/g未満であってもよい。
【0144】
(17)上記(16)において、前記第1有機防縮剤の硫黄元素含有量は、300μmol/g以上であってもよい。
【0145】
(18)上記(1)~(17)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤の重量平均分子量(Mw)は、例えば、7000以上である。
【0146】
(19)上記(1)~(18)のいずれか1つにおいて、前記第1有機防縮剤の重量平均分子量(Mw)は、100,000以下、または20,000以下であってもよい。
【0147】
(20)上記(1)~(19)のいずれか1つにおいて、前記有機防縮剤は、さらに前記第1有機防縮剤以外の第2有機防縮剤を含み、
前記第1有機防縮剤と前記第2有機防縮剤との総量に占める前記第1有機防縮剤の比率は、50質量%以上、80質量%以上、90質量%以上、または95質量%以上であってもよい。
【0148】
(21)上記(1)~(20)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、0.01質量%以上、または0.05質量%以上であってもよい。
【0149】
(22)上記(1)~(21)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料中に含まれる前記有機防縮剤の含有量は、1.0質量%以下、または0.5質量%以下であってもよい。
【0150】
(23)上記(1)~(22)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料は、さらに硫酸バリウムを含んでもよい。
【0151】
(24)上記(23)において、前記負極電極材料中の前記硫酸バリウムの含有量は、0.05質量%以上、または0.10質量%以上であってもよい。
【0152】
(25)上記(24)において、前記負極電極材料中の前記硫酸バリウムの含有量は、3質量%以下、または2質量%以下であってもよい。
【0153】
(26)上記(1)~(25)のいずれか1つにおいて、前記負極電極材料は、さらに炭素質材料を含んでもよい。
【0154】
(27)上記(26)において、前記負極電極材料中の前記炭素質材料の含有量は、0.05質量%以上、または0.10質量%以上であってもよい。
【0155】
(28)上記(26)または(27)において、前記負極電極材料中の前記炭素質材料の含有量は、5質量%以下、または3質量%以下であってもよい。
【0156】
(29)上記(1)~(28)のいずれか1つにおいて、前記表面層中のSnの含有量は、2質量%以上、2.5質量%以上、5質量%以上、または7.5質量%以上であってもよく、7.5質量%より多くてもよく、10質量%以上または15質量%以上であってもよい。
【0157】
(30)上記(1)~(29)のいずれか1つにおいて、前記表面層中のSnの含有量は、50質量%未満、30質量%以下、25質量%以下、または20質量%以下であってもよい。
【0158】
(31)上記(1)~(30)のいずれか1つにおいて、前記表面層中のSnの含有量は、10質量%以上30質量%以下であってもよい。
【0159】
(32)上記(1)~(31)のいずれか1つにおいて、前記表面層の厚みは、0.01mm以上、0.015mm以上、または0.02mm以上であってもよい。
【0160】
(33)上記(1)~(32)のいずれか1つにおいて、前記表面層の厚みは、0.1mm以下、または0.05mm以下であってもよい。
【0161】
(34)上記(1)~(31)のいずれか1つにおいて、前記表面層の厚みは、0.015mm以上0.05mm以下であってもよい。
【0162】
(35)鉛蓄電池は、正極板と、上記(1)~(34)のいずれか1つに記載の負極板と、電解液とを備える。
【0163】
(36)上記(35)において、満充電状態の前記鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、1.20以上、または1.25以上であってもよい。
【0164】
(37)上記(35)または(36)において、満充電状態の前記鉛蓄電池における電解液の20℃における比重は、1.35以下、または1.32以下であってもよい。
【0165】
[実施例]
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0166】
《鉛蓄電池E1~E3およびR1~R5》
(1)鉛蓄電池の作製
(a)負極板の作製
Pb-Ca-Sn系合金製のシートに、Pb-Sn合金シートを重ね、この状態で圧延した後に、エキスパンド加工する。これにより、Pb-Ca-Sn系合金製のエキスパンド格子の耳部に、Snを含む鉛合金の表面層を設ける。既述の手順で求められる表面層のSn含有量は10質量%である。既述の手順で測定される表面層の厚みは0.015mmである。このようにして形成される表面層を耳部に有する格子を、負極集電体として用いる。
なお、鉛蓄電池R2~R5では、耳部に表面層を設けない状態のPb-Ca-Sn系合金製のエキスパンド格子を用いる。
【0167】
鉛粉、水、希硫酸、カーボンブラック、有機防縮剤、硫酸バリウムを混合して、負極ペーストを得る。このとき、いずれも既述の手順で求められる負極電極材料中の有機防縮剤の含有量、カーボンブラック、および硫酸バリウムの含有量が、それぞれ、0.10質量%、0.30質量%、および0.60質量%となるように各成分を混合する。負極ペーストを、負極集電体の網目部に充填し、熟成、乾燥し、未化成の負極板を得る。
【0168】
有機防縮剤としては、表2に示す縮合物を用いる。表2に示す縮合物は下記の通りである。なお、各有機防縮剤におけるモノマーのモル比は、既述の手順で求められるユニットのモル比率に相当する。a1~a3の有機防縮剤について、既述の手順で求められる窒素原子含有量は、1質量%以下(より具体的には0.1質量%以下)である。
a1(第1有機防縮剤):ビスフェノールSとフェノールスルホン酸(=2:8(モル比))のホルムアルデヒド縮合物(硫黄元素含有量:5000μmol/g、Mw:8000)
a2(第1有機防縮剤):ビスフェノールAとフェノールスルホン酸(=2:8(モル比))のホルムアルデヒド縮合物(硫黄元素含有量:4000μmol/g、Mw:8000)
a3(第1有機防縮剤):亜硫酸ナトリウムの存在下でビスフェノールSとビスフェノールA(=2:8(モル比))とホルムアルデヒドとを縮合させた縮合物(硫黄元素含有量:4000μmol/g、Mw:9000)
b1(第2有機防縮剤):リグニンスルホン酸ナトリウム(硫黄元素含有量:600μmol/g、Mw:5500)
【0169】
(b)正極板の作製
原料の鉛粉を硫酸水溶液と混合して、正極ペーストを得る。正極ペーストを、Pb-Ca-Sn合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成乾燥し、未化成の正極板を得る。
【0170】
(c)鉛蓄電池の作製
未化成の負極板を、ポリエチレン製の微多孔膜で形成された袋状セパレータに収容し、未化成の負極板5枚と未化成の正極板4枚とで極板群を形成する。
極板群を電槽内に挿入し、電解液を注液して、電槽内で化成を施して、鉛電池の定格電圧は12Vで、定格容量が30Ah(5時間率)の液式の鉛蓄電池E1~E3およびR1~R5を作製する。電解液としては、化成後の比重が1.28(20℃)である、硫酸水溶液を用いる。なお、上記の化成により鉛蓄電池は満充電状態となる。
【0171】
(2)評価
(a)耳部の厚み減少
上記で作製した鉛蓄電池から負極板を取り出して、水洗、乾燥し、耳部の厚み(初期厚み:t)を測定する。
上記で作製した鉛蓄電池について、表1に示すパターン(PSOC充放電パターン)で、充放電を行なう。充放電後の鉛蓄電池から負極板を取り出して、水洗、乾燥し、耳部の厚みtを測定する。そして、充放電サイクルによる耳部の厚みの減少量(=t-t(mm))を求める。
なお、耳部の厚みは、耳部の任意の5点の厚みをノギスで測定し、平均化することにより求める。
結果を表2に示す。
【0172】
【表1】
【0173】
【表2】
【0174】
表2に示されるように、耳部に表面層を設けない場合には、第1有機防縮剤を用いても、負極板の耳部の厚みの減少量は大きい(鉛蓄電池R1~R4)。それに対し、Snを含む鉛合金を含む表面層を耳部に設けた負極板を用いる場合には、第1有機防縮剤を用いることで、耳部の厚みの減少量を低減できる。より具体的には、リグニンスルホン酸ナトリウムを有機防縮剤として用いる鉛蓄電池R1に比べて、第1有機防縮剤を用いる鉛蓄電池E1~E3では、PSOCサイクルで充放電を繰り返した後の負極板の耳部の厚みの減少量が低減されている。表面層を設けない場合、リグニンスルホン酸ナトリウムに代えて第1有機防縮剤を用いることによる耳部の厚みの減少量を低減する効果は、0.05~0.12mmである(R2~R4とR5との比較)。それに対し、表面層を設けた場合には、リグニンスルホン酸ナトリウムに代えて第1有機防縮剤を用いることによる耳部の厚みの減少量を低減する効果は、0.08~0.2mmとなる(E1~E3とR1との比較)。つまり、鉛蓄電池E1~E3では、表面層を設ける効果と、第1有機防縮剤を用いる効果のそれぞれから予想されるよりも高い効果が得られる。つまり、表面層と第1有機防縮剤との組み合わせにより、耳部の厚みの減少を相乗的に低減できると言える。これは、リグニンスルホン酸ナトリウムに比べて第1有機防縮剤が耳部に吸着され易いためと考えられる。より具体的には、第1有機防縮剤の耳部への吸着性が高いことで、耳部の鉛の酸化還元の反応面積が減少することに加え、表面層の腐食が抑制されることで、表面層による耳部の高い腐食防止効果が維持されるためと考えられる。
【0175】
また、第1有機防縮剤のうち、特に、少なくとも、ヒドロキシ基を有する単環式芳香族化合物のユニットを含む第1有機防縮剤を用いる場合には、耳部の厚みの減少量を小さくすることができる(鉛蓄電池E1およびE2)。
【0176】
《鉛蓄電池E1-1~E3-7、およびR1-1~R1-7》
既述の手順で求められる負極集電体の耳部の表面層中のSn含有量が表3に示す値となるように、用いるPb-Sn合金シート中のSn含有量を調節する。有機防縮剤としては表3に示すものを用いる。これら以外は、鉛蓄電池E1と同様にして、鉛蓄電池を作製し、評価を行う。
【0177】
結果を表3に示す。表3には、鉛蓄電池E1~E3およびR1~R5の結果も合わせて示す。また、表3のSn含有量と耳部の厚み減少量との関係を図2に示す。
【0178】
【表3】
【0179】
表3および図2に示されるように、表面層中のSn含有量を変更した場合にも、第1有機防縮剤を用いることで、耳部の厚みの減少量を低減できる。特に、表面層中のSn含有量が、10質量%以上になると、耳部の厚みの減少量が大幅に低減される。図2からSn含有量が7.5質量%と10質量%との間に臨界点が存在し、10質量%以上で特に高い効果が得られることが分かる。従って、耳部に厚み減少のより高い抑制効果を確保する観点からは、表面層中のSn含有量は10質量%以上が好ましい。
【0180】
《鉛蓄電池E4-1~E10-3》
(1)鉛蓄電池の作製
有機防縮剤として、表4に示す含有量でフェノールスルホン酸ユニットを含むビスフェノールSとフェノールスルホン酸のホルムアルデヒド縮合物を用いる。鉛蓄電池E4-1~E4-3では、有機防縮剤として、ビスフェノールSのホルムアルデヒド縮合物を用いる。鉛蓄電池E10-1~E10-3では、有機防縮剤として、フェノールスルホン酸のホルムアルデヒド縮合物を用いる。また、既述の手順で求められる負極集電体の耳部の表面層中のSn含有量が表4に示す値となるように、用いるPb-Sn合金シート中のSn含有量を調節する。これら以外は、鉛蓄電池E1と同様にして、鉛蓄電池を作製し、下記の評価を行う。
【0181】
(2)評価
(b)低温HR放電性能
作製した鉛蓄電池(満充電状態の鉛蓄電池)を、放電電流150Aにて、-15℃±0.3℃で端子電圧が1V/セルに到達するまで放電し、このときの放電時間(放電持続時間)(s)を求める。鉛蓄電池E4-1の放電持続時間を100%としたときの比率(%)を低温HR放電性能の指標とする。
【0182】
鉛蓄電池E1、E1-5、およびE1-7についても同様の評価を行う。結果を表4に示す。また、表4におけるフェノールスルホン酸ユニットの含有量と低温HR放電性能との関係を図3に示す。
【0183】
【表4】
【0184】
《鉛蓄電池E11-1~E16-3》
有機防縮剤として、表5に示す含有量でフェノールスルホン酸ユニットを含むビスフェノールAとフェノールスルホン酸のホルムアルデヒド縮合物を用いる。鉛蓄電池E18-1~E18-3では、有機防縮剤として、ビスフェノールAのホルムアルデヒド縮合物を用いる。また、既述の手順で求められる負極集電体の耳部の表面層中のSn含有量が表5に示す値となるように、用いるPb-Sn合金シート中のSn含有量を調節する。これら以外は、鉛蓄電池E2と同様にして、鉛蓄電池を作製し、上記(b)の低温HR放電性能の評価を行う。
【0185】
鉛蓄電池E2、E2-5、およびE2-7についても同様の評価を行う。結果を表5に示す。表5には、鉛蓄電池E10-1~E10-3の結果も合わせて示す。また、表5におけるフェノールスルホン酸ユニットの含有量と低温HR放電性能との関係を図4に示す。
【0186】
【表5】
【0187】
図3および図4に示されるように、より高い低温HR放電性能を確保する観点からは、第1ユニット(フェノールスルホン酸ユニットなど)と第2ユニットの総量に占める第1ユニットの比率は、10モル%以上が好ましく、20モル%以上がより好ましい。また、同様の観点から、第1ユニットの比率は、90モル%以下が好ましく、80モル%以下がより好ましい。
【0188】
《鉛蓄電池E17-1~E21-3》
有機防縮剤として、表6に示す含有量でビスフェノールSユニットを含むビスフェノールSとビスフェノールAのホルムアルデヒド縮合物を用いる。また、既述の手順で求められる負極集電体の耳部の表面層中のSn含有量が表6に示す値となるように、用いるPb-Sn合金シート中のSn含有量を調節する。これら以外は、鉛蓄電池E3と同様にして、鉛蓄電池を作製し、上記(b)の低温HR放電性能の評価を行う。
【0189】
鉛蓄電池E3、E3-5、およびE3-7についても同様の評価を行う。結果を表6に示す。表6には、鉛蓄電池E4-1~E4-3およびE11-1~E11-3の結果も合わせて示す。また、表6におけるビスフェノールSユニットの含有量と低温HR放電性能との関係を図5に示す。
【0190】
【表6】
【0191】
図5に示されるように、より高い低温HR放電性能を確保する観点からは、ビスフェノールS化合物のユニット(ビスフェノールSユニットなど)とビスフェノールA化合物のユニット(ビスフェノールAユニットなど)の総量に占めるビスフェノールS化合物のユニットの比率は、10モル%以上が好ましく、20モル%以上がより好ましい。また、同様の観点から、ビスフェノールS化合物のユニットの比率は、90モル%以下が好ましく、80モル%以下がより好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0192】
本発明の一側面および他の側面に係る鉛蓄電池は、PSOC条件下で充放電されるIS用鉛蓄電池として有用である。IS用鉛蓄電池は、アイドリングストップ車に適している。また、鉛蓄電池は、例えば、車両(自動車、バイクなど)の始動用電源、産業用蓄電装置(電動車両(フォークリフトなど)など)の電源としても好適に利用できる。なお、これらの用途は単なる例示であり、これらの用途に限定されるものではない。
【符号の説明】
【0193】
1:鉛蓄電池
2:負極板
3:正極板
4:セパレータ
5:正極棚部
6:負極棚部
7:正極柱
8:貫通接続体
9:負極柱
11:極板群
12:電槽
13:隔壁
14:セル室
15:蓋
16:負極端子
17:正極端子
18:液口栓
図1
図2
図3
図4
図5