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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】多孔質中空糸膜
(51)【国際特許分類】
   B01D 71/68 20060101AFI20230719BHJP
   B01D 69/00 20060101ALI20230719BHJP
   B01D 69/08 20060101ALI20230719BHJP
   B01D 71/14 20060101ALI20230719BHJP
   B01D 63/02 20060101ALI20230719BHJP
   B01D 61/58 20060101ALI20230719BHJP
   D01F 6/76 20060101ALI20230719BHJP
   C08F 218/04 20060101ALI20230719BHJP
   A61M 1/18 20060101ALI20230719BHJP
   C08J 9/28 20060101ALI20230719BHJP
   C08J 7/04 20200101ALI20230719BHJP
【FI】
B01D71/68
B01D69/00
B01D69/08
B01D71/14
B01D63/02
B01D61/58
D01F6/76 D
C08F218/04
A61M1/18 500
C08J9/28 101
C08J7/04 Z CEZ
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2019528784
(86)(22)【出願日】2019-05-24
(86)【国際出願番号】 JP2019020597
(87)【国際公開番号】W WO2019225730
(87)【国際公開日】2019-11-28
【審査請求日】2022-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2018099331
(32)【優先日】2018-05-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】林 昭浩
(72)【発明者】
【氏名】赤池 薫
(72)【発明者】
【氏名】鵜城 俊
(72)【発明者】
【氏名】上野 良之
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-073487(JP,A)
【文献】特開2010-053108(JP,A)
【文献】国際公開第2009/123088(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/158388(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/025772(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/062451(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00-71/82
C02F 1/44
C08J 9/26
C08J 9/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルホン系高分子を主成分とする多孔質中空糸膜であって、内表面側が緻密で外表面側が粗大である非対称構造を有し、内表面の孔の短径の平均値が20nm以上40nm以下であり、内表面の開孔率が5%以上30%以下であり、かつ外表面および内表面の両方の表面にモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が担持されてなる多孔質中空糸膜。
【請求項2】
孔径130nm以上の孔が存在しない内表面側の緻密層の厚みが1μm以下である、請求項1に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項3】
前記内表面の孔の短径に対する長径の比が2以上6以下である、請求項1または2に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項4】
膜厚が20μm以上100μm以下である、請求項1~3のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項5】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットが「-CH(OCO-R)-CH-」(Rは脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基)で表されるユニットである、請求項1~4のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項6】
前記Rが炭素数1~20の脂肪族炭化水素基である、請求項5に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項7】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットが、酢酸ビニルユニット、プロパン酸ビニルユニット、酪酸ビニルユニット、ペンタン酸ビニルユニット、ピバル酸ビニルユニット、およびヘキサン酸ビニルユニットからなる群より選択される、請求項6に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項8】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が、モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含む疎水性ユニットと、親水性ユニットからなる共重合体である、請求項1~7のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項9】
前記親水性ユニットがビニルピロリドンユニットである、請求項8に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項10】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が、モノカルボン酸ビニルエステルユニットとビニルピロリドンユニットからなる共重合体である、請求項9に記載の多孔質中空糸膜。
【請求項11】
前記多孔質中空糸膜の外表面または内表面の少なくとも一方の表面をX線光電子分光法で測定したとき、炭素由来の全ピーク面積を100(原子数%)としたときのエステル基由来の炭素ピークの面積百分率が0.1(原子数%)以上25(原子数%)以下である、請求項1~10のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項12】
前記多孔質中空糸膜の外表面または内表面の少なくとも一方の表面を顕微赤外分光分析法で測定したとき、エステル基由来の赤外吸収スペクトルのピーク面積(ACOO)とポリスルホン系ポリマーのベンゼン環由来の赤外吸収スペクトルのピーク面積(ACC)との比(ACOO)/(ACC)の平均値が、0.01以上1以下である、請求項1~11のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項13】
前記モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子の数平均分子量が1,000以上1,000,000以下である、請求項1~12のいずれかに記載の多孔質中空糸膜。
【請求項14】
請求項1~13のいずれかに記載の多孔質中空糸膜をハウジングに収容してなる多孔質中空糸膜モジュール。
【請求項15】
ウイルス除去工程用に用いられる請求項1~13のいずれかに記載の多孔質中空糸膜または請求項14に記載の多孔質中空糸膜モジュール。
【請求項16】
抗体を産生する細胞と抗体を分離する工程で用いられる請求項1~13のいずれかに記載の多孔質中空糸膜または請求項14に記載の多孔質中空糸膜モジュール。
【請求項17】
抗体と抗体の凝集体の分離工程で用いられる請求項1~13のいずれかに記載の多孔質中空糸膜または請求項14に記載の多孔質中空糸膜モジュール。
【請求項18】
細胞およびタンパク質を含有する溶液から所望の細胞またはタンパク質を得るための精製システムであって、請求項1~13のいずれかに記載の多孔質中空糸膜と、該中空糸膜よりも径が小さい孔を有する分離膜とを有し、前記多孔質中空糸膜と前記分離膜が、前記溶液が前記多孔質中空糸膜と前記分離膜とにより連続的に処理されるように配されてなる精製システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体成分を分離するための多孔質中空糸膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオ医薬品、特に免疫グロブリンなどの抗体は、治療効果が高く、副作用も少ないことから広く利用されるようになってきている。抗体は、動物細胞などの生物によって産生されるため、医薬品として利用するためには多くの不純物の中から抗体のみを分離・精製することが必要である。一般的な分離・精製プロセスにおいては、抗体産生に利用した細胞を遠心分離によって分離した後、抗体を特異的に吸着するカラム(例えばプロテインAカラム)を用いて、分離・精製を行い、最後にウイルス除去が行われる。
【0003】
ウイルス除去方法としては、抗体などの有効成分への影響が少ないことや、エネルギー、化学的に抵抗性のあるウイルスも除去可能であることから、分離膜を用いた膜ろ過を行うことによって、ふるい効果による分離を行うことが有効である。このウイルス除去用の分離膜は、分離性能の高さや、ウイルスが漏洩しないことが必要であるとともに、有効成分である抗体の回収率が高いことも求められる。
【0004】
このようなウイルス除去膜としては、精密ろ過および限外ろ過等の工業用途や、血液透析などの医療用途にも使用されている中空糸膜の活用が広まっている。特許文献1には、タンパク質含有液処理用途としてポリスルホン系高分子とポリビニルピロリドン(PVP)のブレンドからなる中空糸膜が開示されている。特許文献2には、ポリスルホン系高分子とビニルピロリドン-酢酸ビニル共重合体の2成分からなり、外層に緻密層を有する多孔質中空糸膜が開示されている。特許文献3には、ポリスルホン系高分子と親水性高分子を含み、緻密層の厚みや、孔径を制御した多孔質中空糸膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/111679号
【文献】国際公開第2013/012024号
【文献】国際公開第2016/113964号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の中空糸膜は実質的に均質構造であり、純水の透過性も低い傾向にある。
【0007】
特許文献2および3に記載の中空糸膜は、ビニルピロリドンと酢酸ビニルとの共重合体を含有させることで、タンパク質付着による目詰まりを抑制しているが、いずれも透過性が低いため、高圧力下で処理する必要がある。
【0008】
本発明は、ウイルス等の分離対象物質の除去性能に優れ、かつ低圧力下の処理でも高い透過性を有する分離膜として使用できる多孔質中空糸膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は、ポリスルホン系高分子を主成分とする多孔質中空糸膜であって、内表面側が緻密で外表面側が粗大である非対称構造を有し、内表面の孔の短径の平均値が20nm以上40nm以下であり、内表面の開孔率が5%以上30%以下であり、かつ外表面または内表面の少なくとも一方の表面にモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が担持されてなる多孔質中空糸膜である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の多孔質中空糸膜により、生体成分の分離、特に抗体等のタンパク質とウイルス等の分離を、低圧力かつ短時間で行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1で作製した多孔質中空糸膜の断面を10000倍で撮影したSEM画像
図2図1の画像を2値化処理した画像
図3図2の画像の一部を130nm以上の孔のみを抽出処理した画像
図4】中空糸膜内表面を50000倍で撮影したSEM画像
図5】中空糸膜外表面を3000倍で撮影したSEM画像
図6】中空糸膜モジュールの好ましい形態の一例
図7】中空糸膜モジュールの好ましい形態の一例
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本明細書において「~」はその下限および上限の値を含む範囲を表すものとする。
【0013】
<多孔質中空糸膜>
本発明の多孔質中空糸膜(以下、単に「中空糸膜」という場合がある。また、説明の都合上、後述するコーティング高分子を担持させる前の状態のものも「中空糸膜」という場合がある。)は、ポリスルホン系高分子を主成分とする。
【0014】
本発明におけるポリスルホン系高分子とは、主鎖に芳香環、スルフォニル基およびエーテル基を有する高分子であり、具体的にはポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアリルエーテルスルホンなどが挙げられる。本発明で用いられるポリスルホン系高分子としては、下記式(1)および(2)で表される繰り返し単位から選ばれた繰り返し単位を有する高分子が好適である。
【0015】
【化1】
【0016】
ポリスルホン系高分子は、上記式(1)または(2)で表される繰り返し単位とともに、本発明の効果を妨げない範囲で他の繰り返し単位を有してもよい。この場合、他の繰り返し単位の含有量は、ポリスルホン系高分子の10質量%以下であることが好ましい。また、ポリスルホン系高分子は、炭化水素骨格の水素原子がアルキル基や官能基、ハロゲン等の他の原子で置換されていても良く、また変性体であってもよい。
【0017】
本発明においては、特に上記式(1)または(2)で表される繰り返し単位のみからなる次式(3)または(4)で表されるポリスルホン系高分子が好適に用いられるが、これらに限定されるものではない。
【0018】
【化2】
【0019】
式(3)および(4)中のnは50以上の整数を表し、好ましくは50~200の整数である。
【0020】
このようなポリスルホン系高分子の具体例としては、ユーデル(登録商標)P-1700、P-3500(Solvay社製)、ウルトラゾーン(登録商標)S3010、S6010(BASF社製)等が挙げられる。
【0021】
上記ポリスルホン系高分子は、単独でも、2種以上を混合して使用しても良い。
【0022】
なお、ポリスルホン系高分子を主成分とするとは、中空糸膜を構成する成分の内、ポリスルホン系高分子が全体の50%質量以上であることを意味する。ポリスルホン系高分子の含有量は、中空糸膜を構成する成分の75%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。
【0023】
好ましい態様によれば、本発明の中空糸膜はさらに親水性高分子を含有する。すなわち、本発明の中空糸膜は、前述のポリスルホン系高分子と親水性高分子の混合樹脂から構成されることが好ましい。親水性高分子は、ポリスルホン系高分子で多孔質中空糸膜を製膜する際の造孔剤および製膜原液の粘度調整、タンパク質付着抑制効果を付与する役割を有する。なお、本発明における親水性高分子とは、水、またはエタノールに可溶な高分子を意味し、これらに0.1g/mL以上溶解する高分子であることが好ましい。
【0024】
親水性高分子としては、ポリスルホン系高分子の良溶媒およびポリスルホン系高分子と相溶する親水性高分子が好ましい。このような親水性高分子の例としては、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールや、これらの共重合体などが挙げられる。共重合体の例としては、ビニルピロリドンと酢酸ビニル、プロピオン酸ビニルおよびブタン酸ビニルから選ばれた成分との共重合体などが挙げられるが、特に限定されるものではない。中でも、ポリスルホン系高分子との相溶性の観点から、ポリビニルピロリドンまたはその共重合体を使用することが好ましい。
【0025】
造孔剤としての役割およびタンパク質付着抑制効果の観点から、中空糸膜に含まれる親水性高分子の含有量は、0.5重量%以上が好ましく、1.0重量%以上がより好ましい。一方で、親水性高分子の含有量が多すぎると製膜が難しくなることや、中空糸膜からの溶出が懸念されるため、親水性高分子の含有量は、10質量%以下が好ましく、8重量%以下がより好ましい。
【0026】
一般に、中空糸膜には、膜厚方向に孔径がほとんど変化しない対称構造を有するいわゆる対称膜と、膜厚方向に孔径が変化する非対称構造を有するいわゆる非対称膜とがある。本発明の多孔質中空糸膜は、内表面側が緻密で外表面側が粗大である非対称構造を有する非対称膜である。言い換えれば、内表面側の孔径が小さく、外表面側の孔径が大きい構造を有する。このような非対称膜は、物質分離に重要である緻密層の孔径制御がしやすい利点がある。また、非対称膜では、ウイルス等の除去対象物質の分離に寄与する孔径が小さい領域と、水の透過抵抗が低い孔径の大きな領域とが存在することで、分離性能と透水性能とを両立しやすい。
【0027】
好ましい態様によれば、本発明の中空糸膜は、内表面側の孔径130nm以上の孔が存在しない層(以下、緻密層とする)の厚みが1μm以下である。緻密層の厚みは、中空糸膜の軸方向を垂直に横切る断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて10000倍で観察し、撮影した画像を画像処理ソフトで解析することで求めることができる。具体的には、まず、撮影した画像を、構造体部分を明輝度に、それ以外の部分が暗輝度となるように閾値を決めて二値化処理する。そして、中空糸膜中において、形状が真円形であると仮定した場合にその径が130nmとなる面積1.3×10(nm)以上の暗輝度部分が観察されない領域を緻密層として特定し、当該断面における緻密層の厚みの平均値を求める。より詳細には、後述する「(6)緻密層の厚みの測定」の方法により測定するものとする。
【0028】
本発明の中空糸膜においては、主にこの緻密層で物質の分離が行われるが、緻密層が厚すぎると水などの処理液が透過する際に抵抗が大きくなる。高い透過性を得るためには、緻密層の厚みは1μm以下が好ましく、0.8μm以下がより好ましく、0.5μm以下がさらに好ましく、0.2μm以下が一層好ましい。一方で緻密層の厚みが極端に薄い場合、処理条件によっては分離性能が低下する恐れがあるため、緻密層の厚みは0.05μm以上が好ましく、0.1μm以上がより好ましい。
【0029】
本発明の中空糸膜における分離対象物質のサイズは内表面の孔の形状に依存する。中空糸膜内表面の孔は、真円状ではなく、楕円状であることが多いが、物質の分離に寄与するのは、楕円状の孔の短い方の直径(短径)であるため、本発明においては内表面の孔の短径を制御することが重要である。例えば、バイオ医薬品の製造では、有用物質である抗体(8~10nm程度)とその多量体の分離や、抗体と各種ウイルス(30~100nm程度)を分離することが求められる。有用物質である抗体の透過性の観点から、内表面の孔の短径の平均値は20nm以上が好ましく、より好ましくは22nm以上、さらに好ましくは25nm以上である。一方で、分離性能の観点からは内表面の孔の短径の平均値は40nm以下が好ましく、より好ましくは38nm以下、さらに好ましくは35nm以下である。また、楕円状の孔の長い方の直径(長径)を長くすると膜表面の開孔率を大きくすることができるため好ましい。内表面の孔の、短径に対する長径の比(長径/短径)は2以上が好ましく、2.5以上がより好ましい。一方で、長径と短径の比が大きくなりすぎると膜の強度が低下する恐れがあるため、長径/短径は6以下が好ましく、5以下がより好ましい。なお、ここでいう緻密層の孔の短径、長径は平均値であり、具体的には後述する「(4)表面孔径の測定」の方法で測定するものとする。
【0030】
中空糸膜の透過性には、内表面の開孔率が大きく影響する。開孔率が小さいと、物質が透過できる流路が少なくなるため、透過抵抗が大きくなる。そのため、本発明の中空糸膜においては、内表面の開孔率は5%以上であり、10%以上が好ましく、15%以上がさらに好ましい。一方で、内表面の開孔率を大きくしようとすると、孔径の制御が困難となることや、圧力を負荷した際の孔構造の変化が起こりやすくなるため、内表面の開孔率は30%以下であり、25%以下が好ましい。なお、中空糸膜内表面の開孔率は、後述する「(5)開孔率の測定」の方法で測定するものとする。
【0031】
本明細書においては、本発明の中空糸膜の緻密層の外側、すなわち中空糸膜において緻密層よりも外表面側に存在する緻密層以外の層を、粗大層と称する。粗大層は、透過抵抗を最小限にするため、緻密層側から外表面側に向かって、徐々に孔径が拡大していく構造であることが好ましい。また、中空糸膜の強度の観点から、楕円状または雫型状に膜の実部分が欠落した空孔領域であるマクロボイドが粗大層に観察されないことが好ましい。
【0032】
中空糸膜外表面、すなわち粗大層の外表面の孔の短径の平均値は、透過性の観点から0.2μm以上が好ましく、0.3μm以上がより好ましい。一方で、中空糸膜の強度の観点から、外表面の孔の短径の平均値は、2μm以下が好ましく、1.5μm以下がより好ましい。また、外表面の開孔率は、透過性の観点から1%以上が好ましく、より好ましくは3%以上、さらには5%以上が好ましい。一方で強度の観点から外表面の開孔率は、20%以下が好ましく、15%以下がより好ましい。
【0033】
中空糸膜のつぶれ易さは、中空糸膜の膜厚および内径と相関がある。中空糸膜の膜厚は、薄くなるほど境膜物質移動係数を低減できるために中空糸膜の物質除去性能は向上する。一方で、膜厚が薄すぎると糸切れや乾燥つぶれが発生しやすく、製造上問題となる可能性がある。そのため、中空糸膜の膜厚は20μm以上が好ましく、さらには30μm以上が好ましい。一方、中空糸膜の膜厚は100μm以下が好ましく、より好ましくは80μm以下、さらには60μm以下が好ましい。また、中空糸膜の内径は150μm以上が好ましく、より好ましくは200μm以上、さらに好ましくは220μm以上であり、一方、中空糸膜の内径は500μm以下が好ましく、より好ましくは400μm以下、さらに好ましくは300μm以下である。中空糸膜の内径とは、中空糸膜の膜厚を、例えばマイクロウォッチャーの1000倍レンズ(例えば、VH-Z100;株式会社KEYENCE)で測定して下記の式より算出した値をいう。
中空糸膜内径=中空糸膜外径-(膜厚×2)
中空糸膜外径とは、中空糸膜の外径をレーザー変位計(例えば、LS5040T;株式会社KEYENCE)で測定して求めた値をいう。
【0034】
本発明の多孔質中空糸膜は、モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子(以下、「コーティング高分子」という場合がある)が、中空糸膜の外表面および内表面の少なくとも一方の表面に担持されてなる。コーティング高分子は、特に被処理液が最初に接触する内表面に少なくとも担持されていることが好ましく、内表面および外表面の両方の表面に担持されていることがより好ましい。さらに、中空糸膜の多孔質層(前述の緻密層と粗大層の総称)の内部にもコーティング高分子が担持されていることがさらに好ましい。内表面、外表面や多孔質層内部にコーティング高分子を担持させることで、タンパク質などの付着を効果的に抑制することができる。
【0035】
モノカルボン酸とは、1つのカルボキシ基と、当該カルボキシ基の炭素原子に結合した炭化水素基からなる化合物、すなわち「R-COOH」(Rは炭化水素基)で表される化合物を意味する。炭化水素基Rは脂肪族炭化水素基および芳香族炭化水素基のいずれでもよいが、合成のしやすさなどの観点から脂肪族炭化水素基、特に飽和脂肪族炭化水素基であることが好ましい。また、カルボン酸の製造コストの観点から、飽和脂肪族炭化水素基は、直鎖構造または分岐構造が好ましく、直鎖構造がより好ましい。Rが芳香族炭化水素基であるモノカルボン酸としては、安息香酸やその誘導体等が挙げられる。また、Rが飽和脂肪族炭化水素基であるモノカルボン酸の例としては、酢酸、プロパン酸、酪酸等が挙げられる。
【0036】
飽和脂肪族炭化水素基は、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等の直鎖構造のみならずイソプロピル基やターシャリーブチル基のような分岐構造や、シクロプロピル基、シクロブチル基のような環状構造であってもよい。さらには、脂肪族鎖内にエーテル結合やエステル結合などを含んでいてもよい。なお、炭化水素基Rは水素原子が任意の置換基で置換されていてもよいが、末端の水素原子がスルホン酸基等のアニオン性官能基で置換されている場合、タンパク質の構造を不安定化させ、中空糸膜表面への付着を誘発する可能性があるため、末端の水素原子はアニオン性官能基で置換されていないことが好ましい。
【0037】
炭化水素基Rの炭素数が少ないことは、モノカルボン酸の疎水性を低くし、タンパク質との疎水性相互作用を小さくし、付着を防止する上で好ましい。そのため、Rが脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基の場合の炭素数は1~20が好ましく、1~9がより好ましく、2~5がさらに好ましい。なお、Rが飽和脂肪族炭化水素基の場合、炭素数1の化合物は酢酸、炭素数2の化合物はプロパン酸である。
【0038】
また、本明細書において「ユニット」とは、モノマーを重合して得られる単独重合体または共重合体中の繰り返し単位を指し、「カルボン酸ビニルエステルユニット」とは、カルボン酸ビニルエステルモノマーを重合して得られる繰り返し単位、すなわち「-CH(OCO-R)-CH-」(Rは脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基)で表される繰り返し単位を意味する。Rは上記モノカルボン酸についての記載と同様であり、好ましい例等も上記に準じる。
【0039】
Rが飽和脂肪族であるモノカルボン酸ビニルエステルユニットの具体例としては、プロパン酸ビニルユニット、ピバル酸ビニルユニット、デカン酸ビニルユニット、メトキシ酢酸ビニルユニット等が挙げられる。疎水性が強すぎないことが好ましいことから、酢酸ビニルユニット(R:CH)、プロパン酸ビニルユニット(R:CHCH)、酪酸ビニルユニット(R:CHCHCH)、ペンタン酸ビニルユニット(R:CHCHCHCH)、ピバル酸ビニルユニット(R:C(CH)、ヘキサン酸ビニルユニット(R:CHCHCHCHCH)が好ましい例として挙げられる。Rが芳香族であるモノカルボン酸ビニルエステルユニットの具体例としては、安息香酸ビニルユニットやその置換体が挙げられる。
【0040】
モノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子が、中空糸膜の外表面または内表面に担持されていることは、TOF-SIMS装置による組成分析とX線光電子分光法(XPS)による測定を組み合わせることにより確認することができる。具体的には、まず、TOF-SIMS装置による組成分析によって、上記モノカルボン酸ビニルエステルユニットのカルボン酸イオン由来のピークが検出されるため、その質量(m/z)を分析することによって、モノカルボン酸の構造が明らかとなる。
【0041】
TOF-SIMS装置による組成分析では、超高真空中においた試料表面にパルス化されたイオン(1次イオン)が照射され、試料表面から放出されたイオン(2次イオン)は一定の運動エネルギーを得て飛行時間型の質量分析計へ導かれる。同じエネルギーで加速された2次イオンのそれぞれは、質量に応じた速度で分析計を通過するが、検出器までの距離は一定であるため、そこに到達するまでの時間(飛行時間)は質量の関数となり、この飛行時間の分布を精密に計測することによって2次イオンの質量分布、すなわち質量スペクトルが得られる。例えば、1次イオン種としてBi ++を用い、2次負イオンを検出する場合、m/z=59.02 のピークは、C 、すなわち、酢酸(脂肪族鎖炭素数:1)に相当する。また、m/z=73.04のピークは、C 、すなわち、プロパン酸(脂肪族鎖炭素数:2)に相当する。
【0042】
TOF-SIMS装置による組成分析の条件は、以下の通りである。測定領域を200μm×200μmとし、1次イオン加速電圧を30kV、パルス幅を5.9nmとする。本分析手法における検出深さは数nm以下である。この際、総2次イオン強度に対するカルボン酸イオン強度が0.4%以下の場合は、ノイズと判断し、カルボン酸イオンは存在しないとする。より詳細には、後述する「(7)TOF-SIMS測定」に従って測定するものとする。
【0043】
そして、さらにXPS測定を行うと、エステル基(COO)由来の炭素のピークがCHやC-Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0~4.2eVに現れるため、上記カルボン酸がエステル結合を形成していることがわかる。XPSの測定角としては90°で測った値を用いる。測定角90°で測定した場合、表面からの深さが約10nmまでの領域が検出される。この際、炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合が0.4%以下の場合は、ノイズと判断し、エステル基は存在しないとする。より詳細には、後述する「(8)X線電子分光法(XPS)測定」に従って測定するものとする。
【0044】
上記二つの測定結果から、多孔質中空糸膜の表面等におけるモノカルボン酸ビニルエステルユニットを含有する高分子の存否が明らかとなる。
【0045】
さらに、多孔質中空糸膜の表面または多孔質層内部に存在するコーティング高分子の量は、XPSを用いて、エステル基由来の炭素量を測定することによって求めることができる。
【0046】
エステル基(COO)由来の炭素のピークは、C1sのCHやC-C由来のメインピークから+4.0~4.2eVに現れるピークをピーク分割することによって求めることができる。炭素由来の全ピーク面積に対するエステル基由来のピーク面積の割合を算出することで、エステル基由来の炭素量(原子数%)が求まる。より具体的には、C1sのピークは、主にCH,C-C,C=CおよびC-S由来の成分、主にC-OおよびC-N由来の成分、π-π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、ならびにCOO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つの成分にピーク分割を行う。COO由来の成分は、CHやC-Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0~4.2eVに現れるピークである。この各成分のピーク面積比は、小数点第2桁目を四捨五入し、算出する。
【0047】
タンパク質の付着を抑制する効果を発揮するために、外表面または内表面の少なくとも一方の表面をXPSで測定したとき、炭素由来の全ピーク面積を100(原子数%)としたときのエステル基由来の炭素ピークの面積百分率が、0.1(原子数%)以上であることが好ましく、1.0(原子数%)以上であることがより好ましく、1.5(原子数%)以上であることがさらに好ましい。一方、中空糸膜の透過性能の低下を防止する上で、外表面または内表面に担持されたモノカルボン酸エステルビニルユニットを含有する高分子が多すぎないことが好ましい。透過性能の低下防止の観点から、当該エステル基由来の炭素ピーク面積百分率は、25(原子数%)以下であることが好ましく、20(原子数%)以下であることがより好ましく、10(原子数%)以下であることがさらに好ましい。
【0048】
なお、XPS測定の際は、多孔質中空糸膜の2箇所について測定を行い、該2箇所の値の平均値を用いるものとする。
【0049】
また、多孔質中空糸膜表面におけるポリスルホン系高分子に対するエステル基の量は、全反射赤外分光法(ATR)で測定することができる。具体的には、1箇所における測定範囲を3μm×3μm、積算回数は30回以上として、多孔質中空糸膜表面の25点において赤外吸収スペクトルを測定する。赤外吸収スペクトルにおいて、1711~1759cm-1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正部分で囲まれた部分をエステル基由来のピーク面積(ACOO)とする。同様に1549~1620cm-1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正の部分で囲まれた部分をポリスルホン系高分子のベンゼン環C=C由来のピーク面積(ACC)とする。両者の比(ACOO)/(ACC)を算出し、25点の平均値を求める。かかる平均値の算出を、さらに1本の中空糸膜について、長手方向における両端面近傍および中央部付近の異なる3箇所について行い、3点の平均値を測定した中空糸膜における(ACOO)/(ACC)の平均値とする。より詳細には、後述する「(9)顕微ATR法」に従って測定するものとする。この中空糸膜の(ACOO)/(ACC)の平均値は0.01以上が好ましく、より好ましくは0.03以上であり、さらに好ましくは0.05以上である。一方で、エステル基の割合が多すぎると表面の疎水性が強くなり、タンパク質付着抑制効果が低下する恐れがあることから、(ACOO)/(ACC)の平均値は1以下が好ましく、より好ましくは0.5以下、さらには0.3以下が好ましい。
【0050】
上記の各測定においては、例えば、中空糸膜内表面において検出する場合は、中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜内表面を露出させた試料を準備し、内表面を測定する。中空糸膜外表面において検出する場合は、内表面の測定と同様の試料にて外表面を測定する。中空糸膜の内部を測定する場合は、中空糸膜を水に5分間つけて濡らした後に液体窒素で凍結し、速やかに折り、凍結乾燥を実施した中空糸膜の断面、または、中空糸膜の膜厚部分を片刃でそぎ切り、中空糸膜の内部が露出した部分を測定する。
【0051】
コーティング高分子の数平均分子量は、タンパク質の付着を十分に抑制する観点から、1,000以上が好ましく、5,000以上がより好ましい。一方、高分子の数平均分子量の上限については特に制限はないが、中空糸膜への導入効率の低下を回避する観点から、1,000,000以下が好ましく、500,000以下がより好ましく、100,000以下がさらに好ましい。なお、単独重合体または共重合体の数平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)により測定することができる。
【0052】
コーティング高分子は、親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体(以下、単に「共重合体」ということがある)であることが好ましい。ポリエチレングリコールやポリビニルアルコールのような親水性高分子で中空糸膜表面を被覆した場合、タンパク質等の付着抑制効果が不十分であることが分かっている。これは、中空糸膜表面の親水性が強すぎると、タンパク質の構造が不安定化するために、タンパク質の付着を充分に抑制することができないためと考えられる。特に、近年では高分子の周囲の水が注目されている。親水性が強い高分子では、高分子と水の相互作用が強く、高分子の周囲の水の運動性が低下する。一方、タンパク質は吸着水と呼ばれる水によって構造が安定化されていると考えられている。そのため、タンパク質の吸着水と高分子の周囲の水の運動性が近ければ、タンパク質の構造は不安定化されず、中空糸膜表面へのタンパク質の付着は抑制できると考えられる。親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体では、使用する親水性基、疎水性基、および共重合比率を制御することで高分子の周囲の水の運動性を制御することが可能と考えられる。ここで親水性ユニットとは、当該ユニットを構成するモノマー単独で重合体を製造した場合、重量平均分子量10000~1000000の重合体が水に可溶であるものを指す。「可溶である」ものとは、20℃での水100gに対する溶解度が0.1gを超えるものを指す。
【0053】
親水性ユニットを構成するモノマーとしては、当該溶解度が10gを超えるモノマーがより好ましい。このようなモノマーとしては、ビニルアルコールモノマー、アクリロイルモルホリンモノマー、ビニルピリジンモノマー、ビニルイミダゾールモノマー、ビニルピロリドンモノマー等が挙げられる。中でも、カルボキシ基またはスルホン酸基を有するモノマーに比べて、親水性が強すぎず、疎水性モノマーとのバランスが取りやすいことから、アミド結合、エーテル結合またはエステル結合を有するモノマーが好ましい。特に、アミド結合を有するビニルアセトアミドモノマー、ビニルピロリドンモノマーやビニルカプロラクタムモノマーがより好ましい。このうち、ビニルピロリドンモノマーが、重合体の毒性が低いことから、さらに好ましい。従って、本発明の好ましい態様によれば、コーティング高分子は、親水性ユニットとしてビニルピロリドンユニットを含有する。
【0054】
疎水性ユニットを構成するモノマーとしては、少なくともモノカルボン酸ビニルエステルが含まれるが、それ以外にアクリル酸エステル、メタクリル酸エステルやビニル-ε-カプロラクタムなどから選ばれるユニットをさらに含んでも良い。
【0055】
タンパク質付着抑制の観点から、上記親水性ユニットと疎水性ユニットからなる共重合体における疎水性ユニットのモル分率は、10%以上90%以下が好ましく、20%以上80%以下がより好ましく、30%以上70%以下がさらに好ましい。このとき、疎水性ユニットは、モノカルボン酸ビニルエステルユニットのみでもよく、その他の疎水性ユニットをさらに含んでいてもよい。疎水性ユニットのモル分率を上記上限以下に設定することは、共重合体全体の疎水性の上昇を抑制し、タンパク質の付着を回避する上で好ましい。また、疎水性ユニットのモル分率を上記下限以上に設定することは、共重合体全体の親水性の上昇を抑制し、タンパク質の構造不安定化および変性を回避し、ひいてはタンパク質の付着を防止する上で好ましい。なお、上記モル分率の算出方法は、例えば、核磁気共鳴(NMR)測定を行い、各成分に対応するピークのピーク面積比から算出する。ピーク同士が重なる等の理由でNMR測定による上記モル分率の算出ができない場合は、元素分析により上記モル分率を算出してもよい。
【0056】
コーティング高分子としては、モノカルボン酸ビニルエステルユニットとビニルピロリドンユニットからなる共重合体が特に好ましい。この場合、ビニルピロリドンユニットとモノカルボン酸ビニルエステルユニットとのモル比率は、好ましくは30:70~90:10であり、より好ましくは40:60~80:20であり、さらに好ましくは50:50~70:30である。
【0057】
上記共重合体におけるユニットの配列としては、例えば、ブロック共重合体、交互共重合体またはランダム共重合体等が挙げられる。これらのうち、共重合体全体で親水性ユニットと疎水性ユニットの分布むらが小さいという点から、交互共重合体またはランダム共重合体が好ましい。中でも、合成が容易である点で、ランダム共重合体がより好ましい。
【0058】
なお、必須ではないが、使用中にコーティング高分子が溶出することを回避する観点から、コーティング高分子は化学的な結合によって中空糸膜に固定化されていることが好ましい。固定化する方法については後述する。
【0059】
本発明の多孔質中空糸膜の透水性は、処理時間短縮や中空糸膜モジュールおよび付帯設備の小型化の観点から高いことが好ましい。透水性としては、1L/(hr・kPa・m)以上が好ましく、より好ましくは3L/(hr・kPa・m)以上さらには10L/(hr・kPa・m)以上が好ましい。一方で、透水性が高すぎる場合、中空糸膜とタンパク質が接触する速度が速くなり、タンパク質が変性してしまう恐れがあるため、透水性は50L/(hr・kPa・m)以下が好ましい。
【0060】
バイオ医薬品の製造工程では、工程全体で要求されるウイルスクリアランスは、99.9999999%以上(LRV=9)である。また、2つ以上の異なるウイルス不活化および除去工程を検討することが望ましいとされている。そのため、このような多孔質中空糸膜におけるウイルスクリアランスは少なくとも99.99%以上(LRV=4)のウイルス除去性能を有することが好ましい。
【0061】
バイオ医薬品の中でも抗体は高価である。製造工程では、種々の分離・精製が行われるため、抗体のロスを極力抑える必要がある。特に分離膜などは、表面積も大きいため抗体が吸着しやすく、回収率が低下しやすい。特に、複数の分離膜を連続的に用いて処理を行う場合は、分離膜への付着による抗体回収率の低下が大きな問題となる。そのため、抗体の回収率は、80%以上が好ましく、より好ましくは85%以上、さらには、90%以上が好ましい。
【0062】
また、抗体や除去対象タンパク質が中空糸膜に付着した場合、処理時間の経過に伴う処理液量の低下がおこり、処理時間の延長および抗体回収率の低下につながる。そのため、処理時間の経過に伴う処理液量の低下が起こらないことが好ましい。例えば20~50kPaの低圧力下で被処理液を処理した際、初めの0~5分の間に回収される処理液量に対する25~30分もしくは、55~60分の間に回収される処理液量の比率は、0.7以上が好ましく、より好ましくは0.8以上、さらには0.9以上であることが好ましい。また、20~50kPaの低圧力下で被処理液を処理した際、初めの0~5分の間の抗体透過率に対する25~30分の間の抗体透過率として算出される抗体透過性維持率は、80%以上が好ましく、より好ましくは85%以上、さらには90%以上であることが好ましい。
【0063】
抗体は製造工程において、いくつかの抗体が結合した凝集体を生じる場合がある。このような凝集体は、薬としての効果がなく不純物として扱われるため、製造工程において除去する必要がある。抗体凝集体の含有率は、抗体の単量体に対して2%以下が好ましく、さらに好ましくは1%以下、さらには0%が好ましい。抗体凝集体の含有率は光散乱法やサイズ排除クロマトグラフィなどで分析することができる。
【0064】
一般的なバイオ医薬品の製造工程は、抗体を産生する細胞を培養する工程、細胞と抗体を分離する工程、産生した抗体の回収および精製工程、ウイルス不活化工程、およびウイルス除去工程からなる。細胞と抗体を分離する工程は、遠心分離法やデプス濾過法が用いられる。産生した抗体の回収には、抗体を特異的に吸着するプロテインAを固定化したプロテインAカラムが主に使用される。また、精製工程では、抗体の産生に用いた動物細胞由来のタンパク質(HostCell Protein)を除去するために、陽イオン交換カラムや陰イオン交換カラムが用いられる。ウイルスの不活化工程では、pHを4以下とする低pH処理が一般的である。
【0065】
本発明の中空糸膜は前述の通り、優れた抗体透過性を有するため、細胞を培養する工程の後の抗体を産生する細胞と抗体を分離する工程に本発明の中空糸膜を適用することが可能である。抗体の産生に用いられる細胞のサイズは一般的に8~20μmであるため、本発明の多孔質中空糸膜を用いて分離することが可能である。また、抗体の回収工程においてプロテインAカラムでは除去することが難しい複数の抗体が会合して生じる抗体の凝集体などの除去にも用いることができる。抗体との特異的な相互作用を用いて分離を行うプロテインAカラムでは、抗体の凝集体(約40~80nm程度)は除去が難しいが、本発明の多孔質中空糸膜を用いた場合、抗体と抗体の凝集体をサイズの違いによって分離することができる。また、抗体の精製工程において、抗体と抗体の凝集体を分離する工程に本発明の中空糸膜または中空糸膜モジュールを適用することができる。
【0066】
また、前述したバイオ医薬品の製造工程の最終段階において、本発明の中空糸膜をウイルス除去膜として用いることも好ましい。さらには、前記の製造工程の各段階における除去対象物質のサイズに合わせた様々な孔径の分離膜を用いて細胞分離、抗体回収、精製などの工程を行った後に、本発明の中空糸膜をウイルス除去膜として用いることもできる。
【0067】
特に、現在のバイオ医薬品の製造工程においては、各工程をバッチ式で行っているため効率が悪いという課題がある。本発明の多孔質中空糸膜または中空糸膜モジュールを精製システムとして利用することにより、その課題を解決できる。具体的には、細胞およびタンパク質を含有する溶液から所望の細胞またはタンパク質を得るための精製システムであって、本発明の中空糸膜と本発明の中空糸膜よりも径が小さい孔を有する分離膜を有し、前記溶液が本発明の多孔質中空糸膜と前記分離膜により連続的に処理されるように、前記多孔質中空糸膜と前記分離膜が配置されている精製システムである。この精製システムを用いると、孔径が異なる分離膜を連続的に配置することによって、細胞およびタンパク質を含有する溶液を連続的に処理し、所望の細胞またはタンパク質を精製および回収することができるため、生産性が高く、好ましい。
【0068】
また、本発明の中空糸膜は、バイオ医薬品の製造工程以外にも血液製剤のウイルス除去工程にも用いることができる。
【0069】
<多孔質中空糸膜の製造方法>
本発明の多孔質中空糸膜の製膜方法としては、相分離法が好ましい。相分離法としては、貧溶媒で相分離を誘起するいわゆる非溶媒誘起相分離法や、比較的溶解性の低い溶媒を用いた高温の製膜原液の冷却により相分離を誘起するいわゆる熱誘起相分離法等を用いることができるが、中でも、貧溶媒で相分離を誘起する手法での製膜が特に好ましい。
【0070】
この製膜過程において、製膜原液と貧溶媒の接触によって相分離が進行し、多孔質中空糸膜の構造が決定される。特に、二重管口金の内側に芯液として貧溶媒を含む液体を吐出し、外側に製膜原液を流して、製膜する場合、製膜原液と貧溶媒が接触する中空糸膜の内側(内表面)から相分離が始まる。その後、膜厚方向に貧溶媒が拡散し連続的に相分離が進行する。このとき、最も貧溶媒の濃度が高い多孔質膜中空糸膜の内表面の孔径が最も小さく、内表面側が緻密な構造となり、中空糸膜の外表面側に向かうにつれて孔径が大きい疎な構造となる。内表面の孔径や緻密層の厚みは、前述した相分離速度を制御することで調整することが可能である。具体的には、芯液の貧溶媒濃度や製膜原液の吐出温度、製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度などの調整が挙げられる。特に、孔径や緻密層の調整には芯液の貧溶媒濃度を変更することが効果的である。芯液の貧溶媒の濃度を調整することで、貧溶媒の拡散速度が変化し、中空糸膜表面の孔径と緻密層の厚みを制御することができる。また、製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度を増加することで、中空糸膜の主成分であるポリスルホン系高分子が密に存在するため、緻密層の厚みを増大させることができる。
【0071】
製膜原液に配合するポリスルホン系高分子としては、前述のものを用いることができ、一種類のみでも、二種類以上を混合して使用してもよい。
【0072】
製膜原液中のポリスルホン系高分子の濃度を高くすることで、中空糸膜の機械的強度を高めることができる。一方で、ポリスルホン系高分子の濃度が高すぎると、溶解性の低下や製膜原液の粘度増加による吐出不良などの問題が生じ得る。また、ポリスルホン系高分子の濃度によって透水性および分画分子量を調整することができる。ポリスルホン系高分子の濃度を高くし過ぎると、中空糸膜内表面における同ポリマーの密度が上がるため、透水性および分画分子量は低下する。以上のことから、製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度は30質量%以下が好ましい。一方、製膜原液中のポリスルホン系ポリマーの濃度の下限としては10質量%以上が好ましい。
【0073】
ポリスルホン系高分子を溶媒に溶解する際は、高温で溶解することが溶解性向上のために好ましいが、熱による高分子の変性や溶媒の蒸発による組成変化の懸念がある。そのため、溶解温度は、30℃以上、120℃以下が好ましい。ただし、ポリスルホン系高分子および添加剤の種類によってこれらの最適範囲は異なることがある。
【0074】
さらに、製膜原液に親水性高分子を配合することにより、前述のとおり造孔剤として透水性を向上する効果や、親水性を向上することによるタンパク質の付着抑制効果が期待できる。また、親水性高分子の配合により、製膜原液の粘度の調整を行うことが可能であり、膜の強度低下の要因となるマクロボイドの生成を抑制することが可能である。ただし、製膜原液中の親水性高分子の配合量が多すぎると、製膜原液の粘度増加による溶解性の低下や吐出不良が起こることがあり、また、中空糸膜中に多量の親水性高分子が残存することで、透過抵抗の増大による透水性の低下などが起こる恐れがある。親水性高分子としては、前述のものを用いることができ、一種類のみでも、二種類以上を混合して使用してもよい。親水性高分子の最適な製膜原液への添加量は、その種類や目的の性能によって異なるが、製膜原液全体に対して1質量%以上、20質量%以下が好ましい。
【0075】
なお、比較的低分子量(重量平均分子量1000~200000)の親水性高分子を用いることで造孔作用が強まるため、中空糸膜の透水性を向上させることができる。一方で、比較的高分子量(重量平均分子量200000~1200000)の親水性高分子を用いた場合、分子鎖が長く、ポリスルホン系高分子との相互作用が大きくなるため、中空糸膜に残存しやすく、中空糸膜の親水性向上に寄与する。そのため、低分子量と高分子量の親水性高分子をブレンドして用いることがより好ましい。
【0076】
二重管口金の内管から吐出する液(芯液)は、ポリスルホン系高分子に対する良溶媒と貧溶媒の混合液であり、その比率によって中空糸膜の透水性および分画分子量すなわち孔径を調整することができる。貧溶媒としては、特に限定されないが、水やエタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶媒が用いられ、中でも水が最も好適に用いられる。良溶媒としては、特に限定されないが、N-メチルピロリドン、N,N―ジメチルアセトアミドなどが好適に用いられる。
【0077】
前述の製膜原液と芯液が接触することで、貧溶媒の作用によって製膜原液の相分離が誘起され、凝固が進行する。芯液における貧溶媒比率を高くし過ぎると、膜の透水性および分画分子量が低下する。一方で、貧溶媒比率が低すぎると、液体のまま滴下されることになるため、中空糸膜を得ることができないことがある。芯液における適正な良溶媒と貧溶媒の比率は、両者の種類によって異なるが、貧溶媒が両者の混合液中10質量%以上、80質量%以下であることが好ましい。
【0078】
吐出時の二重管口金の温度は、製膜原液の粘度、相分離挙動、および芯液の製膜原液への拡散速度に影響を与え得る。一般的に、二重管口金の温度が高い程、貧溶媒の拡散速度が向上するため、相分離が進行し、得られる中空糸膜の透水性と分画分子量は大きくなる。ただし、二重管口金の温度が高過ぎると、製膜原液の粘度の低下や凝固性の低下によって、吐出が不安定となるため紡糸性が低下する。一方で、二重管口金の温度が低いと、結露によって二重管口金に水分が付着することがある。そのため、二重管口金の温度は20℃以上、90℃以下が好ましい。
【0079】
前述のとおり、分離性能は中空糸膜内表面に存在する孔の短径に依存するため、孔の形状を楕円状とし、開孔率を上昇させることで、高分離性能と高透水性を両立することが可能となる。中空糸膜内表面の孔を楕円状にする方法としては、多孔質膜が固化した後に引き延ばす延伸法や、ドラフト比を大きくして多孔質膜が固化する前に引き延ばす方法がある。この内、ドラフト比を大きくする方法が、多孔質膜の製造方法や素材の限定を受けること無く、広範に適用可能なため、好ましい。ドラフト比とは、多孔質膜の引き取り速度を、製膜原液を吐出するスリットからの吐出線速度で除した値である。吐出線速度は、吐出量を口金の原液が吐出される部分であるスリットの断面積で除した値である。したがって、ドラフト比を上げるためには、引き取り速度を大きくするか、もしくは、スリットの吐出部分の断面積を大きくすればよい。中でも、スリットの断面積を大きくする方法は、多孔質膜の形状を変えることなくドラフト比を上げることが容易であることから好ましい。
【0080】
製膜原液は、二重管口金から吐出された後、凝固浴に入る前に、乾式部と呼ばれる所定区間において、空気中を走行することが好ましい。乾式部では、吐出された製膜原液の外表面が空気と接触することで、空気中の水分を取り込み、これが貧溶媒となるため、相分離が進行する。そのため、乾式部の露点を制御することで、得られる中空糸膜の外表面の開孔率を調整することができる。乾式部の露点が低いと相分離が充分に進行しないことがあり、外表面の開孔率が低下し、中空糸膜の摩擦が大きくなって紡糸性が悪化し得る。一方で、乾式部の露点が高過ぎても、外表面が凝固するため開孔率が低下することがある。乾式部の露点は60℃以下、10℃以上が好ましい。
【0081】
乾式部の距離(乾式長)が短すぎると相分離が十分に進行する前に凝固してしまい、透水性能や分画性能が低下するため、乾式長は50mm以上が好ましく、さらに好ましくは100mm以上である。一方、乾式長が長すぎると糸揺れなどによって紡糸安定性が低下しかねないため、乾式長は600mm以下が好ましい。
【0082】
製膜原液は、乾式部を走行した後、ポリスルホン系高分子に対する貧溶媒を主成分とする凝固浴に供される。凝固浴の貧溶媒としては水が好適に用いられる。製膜原液が凝固浴に入ると、凝固浴中の多量の貧溶媒によって製膜原液は凝固し、膜構造が固定化される。また、凝固浴には必要に応じて良溶媒が添加されていてもよい。凝固浴の温度を高くするほど、または、凝固浴中の良溶媒の濃度を高くするほど凝固が抑制され、相分離が進行するため、透水性と分画分子量は大きくなる。
【0083】
凝固浴で凝固させることによって得られた中空糸膜は、溶媒や原液に由来する余剰の親水性ポリマーを含んでいるため、さらに洗浄に供されることが好ましい。洗浄方法としては、ポリスルホン系高分子が溶解せず、余剰の親水性ポリマーが溶解する組成の溶媒中を通過させる方法が好ましい。このような溶媒の例としては、エタノールなどのアルコール類やポリスルホン系高分子が溶解しない程度に良溶媒を混合した水溶液、または水が挙げられる。中でも取り扱い性の観点から水が好ましい。また、洗浄に用いる溶媒の温度を上げることで洗浄効率を高めることができるため、洗浄温度は、50~100℃が好ましい。
【0084】
このようにして得られた多孔質中空糸膜の表面にコーティング高分子を担持させる方法としては、コーティング高分子を製膜時の原液や芯液に添加する方法や、製膜後に表面にコーティング高分子溶液を接触させる方法が挙げられる。中でも、製膜条件に影響を与えない点で、製膜後に中空糸膜にコーティング高分子溶液を接触させる方法が好ましい。このような方法としては、コーティング高分子溶液に中空糸膜を浸漬する方法や、中空糸膜にコーティング高分子溶液を通液させる方法、または中空糸膜にスプレーなどでコーティング高分子溶液を吹きつける方法などが挙げられる。中でも、中空糸膜の内部から外表面側までコーティング高分子を付与することが可能であることから、中空糸膜にコーティング高分子溶液を通液させる方法が好ましい。
【0085】
コーティング高分子溶液を中空糸膜に通液させる場合には、溶液中の当該高分子の濃度が小さすぎると十分な量の高分子が表面に導入されない。よって、コーティング高分子溶液中のコーティング高分子の濃度は10ppm以上が好ましく、100ppm以上がより好ましく、300ppm以上がさらに好ましい。ただし、濃度が大きすぎると、モジュールからの溶出物が増加することや、孔径が変化することが懸念されるため、上記水溶液中のコーティング高分子の濃度は100,000ppm以下が好ましく、10,000ppm以下がより好ましい。
【0086】
コーティング高分子溶液の調製に使用する溶媒としては、水が好ましい。ただし、用いるコーティング高分子の水に対する溶解性が低い場合は、中空糸膜を溶解しない有機溶媒、または、水と相溶し、かつ中空糸膜を溶解しない有機溶媒と水との混合溶媒にコーティング高分子を溶解させてもよい。上記有機溶媒または混合溶媒に用いうる有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノールまたはプロパノール等のアルコール系溶媒が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0087】
中空糸膜にコーティング高分子溶液を通液させる方向は、中空糸膜の内側から外側、外側から内側のいずれでもよい。ただし、使用するコーティング高分子の大きさが中空糸膜内表面の孔径よりも大きい場合、内側から通液させるとコーティング高分子が孔を通過せず、内表面側に濃縮され、中空糸膜内部および外表面にコーティング高分子を担持させることができない。そのような場合は、別途中空糸膜の外側にもコーティング高分子溶液を流すことで、中空糸膜全体にコーティング高分子を担持させることができる。中空糸膜の分画分子量を、後述する「(11)デキストランを用いた分画分子量測定」の測定結果に基づいて測定し、その結果に基づいて、中空糸膜内表面の孔径よりもコーティング高分子のサイズが小さくなるように、コーティング高分子の分子量を設定することが可能である。
【0088】
また、前述のように、コーティング高分子は化学的な結合によって中空糸膜に固定化されることが好ましい。化学的な結合によってコーティング高分子を固定化する方法としては、特に限定されないが、中空糸膜にコーティング高分子を接触させた後に放射線を照射する方法や、コーティング高分子および固定化する中空糸膜表面の両方にアミノ基やカルボキシル基などの反応性基を導入し、両者を反応させる方法が挙げられる。
中空糸膜表面に反応性基を導入する方法としては、反応性基を有するモノマーを重合して表面に反応性基を有する基材を得る方法や、重合後、オゾン処理、プラズマ処理によって反応性基を導入する方法等が挙げられる。
【0089】
また、放射線を照射する方法を用いる場合、放射線としては、α線、β線、γ線、X線、紫外線および電子線等を用いることができる。中空糸膜モジュール内の中空糸膜にコーティング高分子を溶解した溶液を接触させた状態、または中空糸膜の表面にコーティング高分子を導入した後に中空糸膜モジュール内の溶液を除去した状態や中空糸膜を乾燥させた状態で放射線を照射する。この方法を用いた場合、コーティング高分子の固定化と同時に中空糸膜モジュールの滅菌も達成できるため好ましい。その場合、放射線の照射線量は15kGy以上が好ましく、25kGy以上がより好ましい。一方で、照射線量が高すぎる場合、高分子の劣化および分解が促進されるため、照射線量は100kGy以下が好ましい。
【0090】
また、放射線の照射によるコーティング高分子の架橋反応を抑制するため、抗酸化剤を用いてもよい。抗酸化剤とは、他の分子に電子を与えやすい性質を持つ物質のことを意味する。例えば、ビタミンC等の水溶性ビタミン類、ポリフェノール類またはメタノール、エタノールもしくはプロパノール等のアルコール系溶媒等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの抗酸化剤は単独で用いてもよいし、2種類以上混合して用いてもよい。安全性を考慮する必要がある場合は、エタノールやプロパノール等、毒性の低い抗酸化剤が好適に用いられる。
【0091】
本発明の中空糸膜モジュールは、本発明の中空糸膜がハウジングに内蔵されたものである。好ましい形態としては、図6に示すように、必要な長さに切断された中空糸膜2の束が、筒状のハウジング1に収められていることが好ましい。このとき、中空糸膜の両端部は、ポッティング材6などによって、筒状のハウジング1の両端部に固定化されていることが好ましい。このとき、中空糸膜の両端が開口していることが好ましい。また、中空糸膜モジュールは、ハウジング1の両端にヘッダー3Aおよび3Bを備えることが好ましい。ヘッダー3Aおよび3Bは液体が透過できる注入口4Aおよび4Bを備えることが好ましい。さらに、中空糸膜モジュールは、図6に示すように、ハウジングの側面部に、ノズル5Aと5Bを備えることが好ましい。
【0092】
被処理液は、注入口4Aまたは4Bから導入され、中空糸膜内表面側から外表面側に透過した後、ノズル5Aまたは、5Bから排出される。このとき、被処理液は注入口4Aおよび4Bの両側から流してもよく、片側のみから流してもよい。また、被処理液は、ノズル5Aまたは5Bから導入され、中空糸膜外表面側から内表面側に透過した後注入口4Aまたは4Bから排出されるようにしてもよい。このとき、被処理液はノズル5Aおよび5Bの両側から流してもよく、片側のみから流してもよい。
【0093】
他の好ましい中空糸膜モジュールの形態としては、図7に示すようにU字形状とした中空糸膜2が筒状のハウジング7に内蔵されている形状であってもよい。このとき、中空糸膜の端部はポッティング材6などによって、筒状ハウジングの片側に固定化されている。被処理液は、中空糸膜開口部8を入口として流してもよく、出口として流してもよい。
【0094】
本発明の多孔質中空糸膜をモジュール化する方法としては、中空糸膜を遠心しながらハウジングに固定化する方法や、中空糸膜をU字形状とし、中空糸膜の開口部側のみをハウジングに固定化する方法が挙げられる。特に限定されないが、一例を示すと次の通りである。まず、中空糸膜を必要な長さに切断し、必要本数を束ねた後、筒状のハウジングに入れる。その後、両端に仮のキャップをし、中空糸膜両端部にポッティング材を入れる。このとき遠心機でモジュールを回転させながらポッティング材を入れると、ポッティング材が均一に充填できるため好ましい。ポッティング材が固化した後。中空糸膜の両端が開口するように両端部を切断する。ハウジングの両端に被処理液流入ポート(ヘッダー)を取り付け、ヘッダーおよびハウジングのノズル部分に栓をすることで中空糸膜モジュールを得る。
【実施例
【0095】
(1)中空糸膜モジュールの作成
中空糸膜20本を、直径約5mm、長さ約17cmのハウジングに充填し、両端をコニシ(株)製エポキシ樹脂系化学反応形接着剤“クイックメンダー(登録商標)”でポッティングした後、カットして開口することによって、中空糸膜モジュールを作製した。
【0096】
(2)透水性の測定
(1)で作成した中空糸膜モジュールについて、各実施例、比較例に記載のように、中空糸膜への共重合体のコーティングを実施した。コーティング処理後の中空糸膜モジュールについて透水性の評価を実施した。該中空糸膜モジュールの中空糸膜内側および外側を蒸留水にて30分間洗浄した。中空糸膜内側に水圧16kPaをかけ、中空糸膜外側に流出してくる水の単位時間当たりの濾過量を測定した。透水性(UFR)は下記式で算出し、小数点第1位を四捨五入した値を用いた。このとき、ハウジングに充填した中空糸膜の内、接着剤が付着していない部分の長さを測定し、膜面積の算出に用いた。
UFR(L/hr/kPa/m)=Qw/(P×T×A)
ここで、Qw:濾過量(L)、T:流出時間(hr)、P:圧力(kPa)、A:膜面積(m)。
【0097】
(3)ウイルス除去性能の測定
(2)の評価を終えたモジュールを使用して評価した。蒸留水またはリン酸緩衝液中に、大きさが約27nmのバクテリオファージMS-2(Bacteriophage MS-2 ATCC 15597-B1)を約1.0×10PFU/mlの濃度で含有するように、ウイルス原液を調製した。ここで蒸留水またはリン酸緩衝液は121℃で20分間高圧蒸気滅菌したものを用いた。温度約20℃、印加圧力50kPaの条件でウイルス原液を中空糸膜内表面から外表面または、中空糸膜外表面から内表面に向けて送液し、全量ろ過方式によるろ過を行い、透過液を得た。ろ過を開始した直後の透過液の10mlを破棄した後、測定用の透過液を10ml採取した。Overlay agar assay, Standard Method 9211-D(APHA, 1998, Standard methods for the examination of water and wastewater, 18th ed.)の方法に基づいて、必要に応じて蒸留水で適宜希釈した透過液1mlを検定用シャーレに接種し、プラークを計数することによってバクテリオファージMS-2の濃度を求めた。プラークとは、ウイルスが感染して死滅した細菌の集団で、点状の溶菌斑として計数することができる。ウイルス除去性能をウイルス対数除去率(LRV)で表した。例えばLRV2とは-log10x=2すなわち0.01のことであり、ウイルス原液中のウイルスの濃度に対する透過液中のウイルスの濃度が100分の1(除去率99%)であることを意味する。また透過液中にプラークがまったく計測されない場合、LRV>6.0とした。
【0098】
(4)表面孔径の測定
中空糸膜を水に5分間つけて濡らした後に液体窒素で凍結し、凍結乾燥させた中空糸膜を測定試料として使用した。中空糸膜を半筒状に切断し、内表面が露出している状態とした。中空糸膜内表面を走査型電子顕微鏡(SEM)(S-5500、株式会社日立ハイテクノロジー社製)を用いて倍率50000倍で観察し、画像をコンピュータに取り込んだ。取り込んだ画像のサイズは640ピクセル×480ピクセルだった。中空糸膜内表面の1μm×1μmの範囲の孔について画像処理ソフト(ImageJ、開発元 アメリカ国立衛生研究所)を用いて、各孔を楕円形状にフィッティングを行い、短径と長径を測定した。計測した孔の総数が50個以上になるまで、1μm×1μmの範囲の計測を繰り返して、データを追加した。孔が深さ方向に二重に観察された場合は、深い方の孔の露出部を測定した。孔の一部が計測範囲から外れる場合は、その孔を除外した。SEM画像を二値化処理し、空孔部が黒、構造部分が白となった画像を得た。解析画像内のコントラストの差によって、空孔部と構造部分をきれいに二値化できない場合は、空孔部を黒く塗りつぶしてから画像処理を行い、孔を楕円形状にフィッティングし、各孔の短径、長径を測定し、短径の平均値を算出した。孔径は、小数点第2位を四捨五入した値を用いた。この際、ノイズをカットするために連続したピクセル数が5ピクセル以下の面積の孔をデータから除外した。長径と短径の比率は、各孔の平均値から算出し、少数点第2位を四捨五入した値を用いた。
【0099】
中空糸膜外表面の表面孔径については、上記と同様にして倍率1500倍で観察し、コンピュータに取り込み、50μm×50μmの範囲の孔について同様に短径と長径を測定した。
【0100】
(5)開孔率の測定
(4)と同様に試料の表面をSEM(S-5500、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて倍率50000倍で観察し、画像をコンピュータに取り込んだ。取り込んだ画像のサイズは640ピクセル×480ピクセルだった。SEM画像を1μm×1μmの範囲に切り取り、画像処理ソフトを用いて画像解析を行った。二値化処理によって構造体部分を明輝度に、それ以外の部分が暗輝度となるように閾値を決め、明輝度部分を白、暗輝度部分を黒とした画像を得た。画像内のコントラストの差によって、構造体部分とそれ以外の部分を分けられない場合、コントラストが同じ部分で画像を切り分けてそれぞれ二値化処理をした後に、元のとおりに繋ぎ合わせて一枚の画像に戻した。または、構造体部分以外を黒で塗りつぶして画像解析をしてもよい。画像にはノイズが含まれ、連続したピクセル数が5個以下の暗輝度部分については、ノイズと孔の区別がつかないため、構造体として明輝度部分として扱った。ノイズを消す方法としては、連続したピクセル数が5以下の暗輝度部分をピクセル数の計測時に除外した。または、ノイズ部分を白く塗りつぶしてもよい。暗輝度部分のピクセル数を計測し、解析画像形成する総ピクセル数に対する暗輝度部分のピクセル数の百分率を算出して開孔率とした。5枚の画像について同じ測定を行って、平均値を算出し、小数点第2位を四捨五入した値を用いた。
【0101】
中空糸膜外表面の表面孔径については、上記と同様にして倍率1500倍で観察し、コンピュータに取り込み、50μm×50μmの範囲について同様に開孔率を算出した。
【0102】
(6)緻密層の厚みの測定
中空糸膜を水に5分間つけて濡らした後に液体窒素で凍結して速やかに折り、凍結乾燥を実施した中空糸膜を観察試料とした。該中空糸膜の断面をSEM(S-5500、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて倍率10000倍で観察し、画像をコンピュータに取り込んだ。取り込んだ画像のサイズは640ピクセル×480ピクセルだった。SEMで観察して断面の孔が閉塞している場合は試料作成をやりなおした。孔の閉塞は、切断処理時に応力方向に中空糸膜が変形しておこる場合がある。
【0103】
SEM画像を多孔質膜の表面と平行に1μm、膜厚方向に任意の長さとなるように切り取り、画像処理ソフトを用いて画像解析を行った。解析範囲の膜方向の長さは、緻密層がおさまる長さであればよい。測定倍率の観察視野で緻密層がおさまらない場合は、緻密層がおさまるように2枚以上のSEM像を合成した。二値化処理によって構造体部分を明輝度に、それ以外の部分が暗輝度となるように閾値を決め、明輝度部分を白、暗輝度部分を黒とした画像を得た。画像内のコントラストの差によって、構造体部分とそれ以外の部分を分けられない場合、コントラストが同じ部分で画像を切り分けてそれぞれ二値化処理をした後に、元のとおりに繋ぎ合わせて一枚の画像に戻した。または、構造体部分以外を黒で塗りつぶして画像解析をしてもよい。孔が深さ方向に二重に観察された場合は、浅い方の孔を測定した。孔の一部が計測範囲から外れる場合は、その孔を除外した。画像にはノイズが含まれ、連続したピクセル数が5個以下の暗輝度部分については、ノイズと孔の区別がつかないため、構造体として明輝度部分として扱った。ノイズを消す方法としては、連続したピクセル数が5以下の暗輝度部分をピクセル数の計測時に除外した。または、ノイズ部分を白く塗りつぶしてもよい。画像内で既知の長さを示しているスケールバーのピクセル数を計測し、1ピクセル数あたりの長さを算出した。孔のピクセル数を計測し、孔のピクセル数に1ピクセル数あたりの長さの2乗を乗ずることで、孔面積を求めた。下記式で、孔面積に相当する円の直径を算出し、孔径とした。孔径130nmとなる孔面積は1.3×10(nm)である。
【0104】
孔径=(孔面積÷円周率)1/2×2
孔径が130nm以上の孔を特定し、その孔が観察されない層を緻密層として、中空糸膜の内表面から垂直方向に緻密層の厚みを測定した。表面に対して垂線を引き、その垂線上の表面から孔径130nm以上の孔までの距離のうち、最も短い距離(すなわち、表面から最も近い孔径130nm以上の孔と表面との距離)を求めた。同じ画像の中で5箇所測定を行った。さらに5枚の画像で同じ測定を行い、計25の測定データの平均値を算出し、小数点第3位を四捨五入した値を緻密層の厚みとした。
【0105】
(7)TOF-SIMS測定
中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜内表面または外表面の異なる箇所を3点測定した。測定サンプルは、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させた後、測定に供した。測定装置および条件は、以下の通りである。
測定装置:TOF.SIMS 5(ION-TOF社製)
1次イオン:Bi ++
1次イオン加速電圧: 30kV
パルス幅: 5.9ns
2次イオン極性:負
スキャン数: 64 scan/cycle
Cycle Time: 140μs
測定範囲:200×200μm
質量範囲(m/z): 0~1500。
【0106】
得られた質量m/zのスペクトルから、中空糸膜表面におけるカルボン酸イオンの存在の有無を確かめた。ただし、総2次イオン強度に対するカルボン酸イオン強度が0.4%以下の場合は、ノイズと判断し、カルボン酸は存在しないとする。
【0107】
(8)X線電子分光法(XPS)測定
中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、中空糸膜内表面または外表面の異なる箇所を2点測定した。測定サンプルは、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させた後、測定に供した。測定装置および条件は、以下の通りである。
【0108】
測定装置: ESCALAB220iXL(VG社製)
励起X線: monochromatic Al Kα1,2 線(1486.6eV)
X線径: 0.15mm
光電子脱出角度: 90°(試料表面に対する検出器の傾き)。
【0109】
C1sのピークは、主にCHx,C-C,C=CおよびC-S由来の成分、主にC-OおよびCN由来の成分、π-π*サテライト由来の成分、C=O由来の成分、ならびにCOO由来の成分の5つの成分から構成される。以上の5つ成分にピーク分割を行う。COO由来の成分は、CHxやC-Cのメインピーク(285eV付近)から+4.0~4.2eVの位置に現れるピークである。この各成分のピーク面積比を、小数点第2位を四捨五入し、、炭素由来の全ピーク面積を100(原子数%)としたときのエステル基由来の炭素ピークの面積百分率を算出した。なお、ピーク分割の結果、ピーク面積百分率が0.4%以下であれば、検出限界以下とした。
【0110】
(9)顕微ATR法
中空糸膜を片刃で半円筒状にそぎ切り、超純水でリンスした後、室温、0.5Torrにて10時間乾燥させ、表面測定用の試料とした。この乾燥中空糸膜の各表面をJASCO社製IRT-3000を用いて、顕微ATR法により測定した。測定は視野(アパーチャ)を100μm×100μmとし、測定範囲は3μm×3μmで積算回数を30回、縦横各5点の計25点測定した。得られたスペクトルについて、波長1549~1620cm-1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正の部分で囲まれた部分をポリスルホン由来ベンゼン環C=C由来のピーク面積(ACC)とした。同様に波長1711~1759cm-1で基準線を引き、その基準線とスペクトルの正部分で囲まれた部分をエステル基由来のピーク面積(ACOO)とした。上記操作を同一中空糸の異なる3箇所を測定し、(ACOO)/(ACC)の平均値を算出した。さらに、異なる3本の中空糸で同様の測定を行い、各中空糸膜の(ACOO)/(ACC)の平均値から、(ACOO)/(ACC)の平均値を算出し、小数点第3位を四捨五入した値を用いた。
【0111】
(10)抗体回収試験
IgG(ヒト血清由来、オリエンタル酵母工業)2.0g/LのTris-buffer溶液を調製し原液とした。上記(1)で作成し、各実施例、比較例に記載のように、共重合体のコーティングを実施した後の中空糸膜モジュールについて、中空糸内表面から外表面の方向、または中空糸膜外表面から内表面の方向に印加圧力50kPaで、前記原液10mL流し、ろ過液を回収し、液量を測定した。その後、Tris-buffer溶液を中空糸膜モジュールに中空糸内表面から外表面、または中空糸膜外表面から内表面の方向の方向に印加圧力50kPaで5mL流し、洗浄液を回収し、液量を測定した。IgGの回収率(抗体回収率)を(ろ過液と洗浄液に含まれるIgGの合計重量)/(原液に含まれるIgGの重量)×100%で算出した。IgGの重量は、ELISAキット(フナコシ社製)を用いてIgG濃度を測定し、IgG濃度と液量をかけることにより算出した。小数点第2位を四捨五入した値を用いた。
【0112】
(11)デキストランを用いた分画分子量測定
(1)で作製した中空糸膜モジュールについて、蒸留水で中空糸膜の内側と外側を30分間洗浄してから測定に用いた。SIGMA-Aldrich社製デキストラン(製品番号:No.31394、No.31388、No.31387、No.31389、No.31397、No.31398、No.95771)およびPHARMACOSMOS社製、Dextran T500を各々0.5m/mL(溶質全体では4.0mg/mL)になるように蒸留水で溶解し、デキストラン水溶液(原液)を調製した。
【0113】
中空糸膜の内側に該原液を流し、中空糸膜の外側にかけて濾過を行った。原液の温度は37℃とし、原液流量が1.8mL/min、濾過流量が0.36mL/minとなるように流速を調整した。原液を通液してから15分後から23分後の、中空糸膜モジュールの原液入り口液、原液出口液、および濾過液をそれぞれ採取し、細孔径0.45μmのフィルターで濾過し、その濾液を測定サンプルとして、GPCを用いてデキストランの濃度測定を行った。GPCは、GPC用カラム(東ソーTSK-gel-GMPWXL)、カラム温度40℃、移動相として液体クロマトグラフィ用蒸留水を用い、GPCシステム(東ソー社製、HLC-8220GPC)を用いて、サンプル流速1mL/min、リファレンス流速0.5mL/min、サンプル打ち込み量100μLで分析を行った。検出器としては示差屈折率の測定を使用した。サンプルの測定前に単分散のデキストラン(SIGMA-Aldrich社製デキストランスタンダードNo.31416、No.31417、No.31418、No.31420、No.31422、No.31424、No.49297)を用いて、デキストランの重量平均分子量の検量線を作成した。この検量線を用いて前記測定を行い、原液入り口液、原液出口液および濾過液のそれぞれについて、デキストランの重量平均分子量とデキストラン濃度の分布曲線を求めた。ある重量平均分子量における篩い係数(SC)は、原液入り口液のデキストラン濃度(Ci)、原液出口液のデキストラン濃度(Co)、濾過液のデキストラン濃度(Cf)から、下記式で算出した。
SC = 2Cf/(Ci+Co)
SCが0.5となる重量平均分子量を分画分子量とし、百の位以下を切り捨てた。
【0114】
(12)抗体透過性維持率の測定
濃度2.0g/LのIgG(ヒト血清由来、オリエンタル酵母工業)リン酸緩衝溶液を調製し原液とした。上記(1)で作成し、各実施例、比較例に記載のように、共重合体のコーティングを実施した後の中空糸膜モジュールについて、中空糸内表面から外表面の方向、または中空糸膜外表面から内表面の方向に印加圧力50kPaで、前記原液を30mL流した。その際、5mLずつろ液をサンプリングし、抗体原液、初めの0~5mLのろ液、最後の25~30mLのろ液において、紫外可視分光法にて波長280nmの光の吸光度を測定した。抗体透過性の維持率は、抗体原液の吸光度をAbs(原液)、初めの0~5mLのろ液の吸光度をAbs(5mL)、最後の25~30mLのろ液の吸光度をAbs(30mL)として、下記式で算出した。
抗体透過性維持率(%)=[Abs(30mL)/Abs(原液)]/[Abs(5mL)/Abs(原液)]×100 。
【0115】
(13)ポリマーの数平均分子量の測定
水/メタノール=50/50(体積比)の0.1NLiNO溶液を調整し、GPC展開溶液とした。この溶液2mlに、共重合体2mgを溶解させた。この共重合体溶液100μLを、カラム(東ソーGMPWXL)を接続したGPCに注入し、流速0.5mL/minで測定した。測定時間は30分間であった。検出は示差屈折率(RI)検出器により行い、溶出時間15分付近にあらわれる共重合体由来のピークから、数平均分子量を算出した。数平均分子量は、百の位を四捨五入して算出した。検量線作成には、Agilent社製ポリエチレンオキシド標準サンプル(0.1kD~1258kD)を用いた。
【0116】
[実施例1]
ポリスルホン(SOLVAY社製ユーデル(登録商標)P-3500)18重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K29/K32)6重量部およびポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K90)3重量部を、N,N-ジメチルアセトアミド72重量部および水1重量部からなる溶媒に加え、90℃で14時間加熱して溶解し、製膜原液を得た。この製膜原液を40℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出し、同時に芯液としてN,N-ジメチルアセトアミド72重量%および水28重量%らなる液を内側の管より吐出した。吐出された製膜原液を乾式長350mmの空間を通過させた後、水の入った50℃の凝固浴に導き、中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は内径281μm、膜厚52μmであり、中空糸膜内表面側が緻密、外表面側が粗大な非対称構造であった。前記(1)の方法で中空糸膜モジュールを作製し、前記(11)の方法でデキストラン分画分子量を測定した。その結果に基づいて、中空糸膜内表面の孔径よりもサイズが小さいビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、数平均分子量16,500)を選定した。該共重合体を濃度50ppm、エタノールを濃度200ppmとなるように溶解した水溶液を中空糸膜内側から外側に通液し、膜全体にコーティングを行った。続いて、25kGyのγ線を照射して中空糸膜モジュール1を得た。
【0117】
[実施例2]
ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、数平均分子量16,500)の濃度を200ppmとした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール2を得た。
【0118】
[実施例3]
コーティング溶液に使用する高分子をビニルピロリドン/酢酸ビニルランダム共重合体(BASF社製“KOLLIDON”(登録商標) VA64)とした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール3を得た。
【0119】
[実施例4]
製膜原液を45℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出した以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は内径278μm、膜厚50μmであり、中空糸膜内表面側が緻密、外表面側が粗大な非対称構造であった。実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール4を得た。
【0120】
[比較例1]
ビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、数平均分子量16,500)の水溶液を通液しない以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール5を得た。
【0121】
[比較例2]
芯液として、N,N-ジメチルアセトアミド63重量%、水37重量%からなる溶液を使用した以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は内径201μm、膜厚41μmであり、中空糸膜内表面側が緻密、外表面側が粗大な非対称構造であった。実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール6を得た。
【0122】
[比較例3]
芯液として、N,N-ジメチルアセトアミド74重量%、水26重量%からなる溶液を使用し、凝固浴の温度を60℃にした以外は、実施例1と同様の操作にて中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は内径283μm、膜厚48μmであり、中空糸膜内表面側が緻密、外表面側が粗大な非対称構造であった。実施例1と同様の操作にて中空糸膜モジュール7を得た。
【0123】
[実施例5]
ポリスルホン(SOLVAY社製ユーデル(登録商標)P-3500)20重量部、ポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K29/K32)6重量部およびポリビニルピロリドン(ASHLAND LCC社製 ポビドン(PLASDONE) K90)3重量部を、N,N-ジメチルアセトアミド72重量部および水1重量部からなる溶媒に加え、90℃で14時間加熱して溶解し、製膜原液を得た。この製膜原液を40℃に調整したオリフィス型二重円筒型口金より吐出し、同時に芯液としてN,N-ジメチルアセトアミド72重量%および水28重量%からなる溶液を内側の管より吐出した。吐出された製膜原液を乾式長350mmの空間を通過させた後、水の入った40℃の凝固浴に導き、中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は内径276μm、膜厚52μmであり、中空糸膜内表面側が緻密、外表面側が粗大な非対称構造であった。前記(1)の方法で中空糸膜モジュールを作製し、前記(11)の方法でデキストラン分画分子量を測定した。その結果に基づいて、中空糸膜内表面の孔径よりもサイズが小さいビニルピロリドン/プロパン酸ビニルランダム共重合体(プロパン酸ビニルユニットのモル分率40%、数平均分子量16,500)を選定した。該共重合体を濃度200ppm、エタノールを濃度1000ppmとなるように溶解した水溶液を中空糸膜内側から外側に通液し、膜全体にコーティングを行った。続いて、25kGyのγ線を照射して中空糸膜モジュール8を得た。
【0124】
各実施例および比較例で得られた中空糸膜モジュールの構成および各種評価結果を表1、2に示す。
【0125】
【表1】
【0126】
【表2】
【符号の説明】
【0127】
A 外表面側
B 内表面側
1 筒状のハウジング
2 中空糸膜
3A ヘッダー
3B ヘッダー
4A 注入口
4B 注入口
5A ノズル
5B ノズル
6 ポッティング材
7 筒状のハウジング
8 中空糸膜開口部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7