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  • 特許-めっき皮膜付端子材及び端子材用銅板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】めっき皮膜付端子材及び端子材用銅板
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/36 20060101AFI20230719BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20230719BHJP
   C25D 3/30 20060101ALI20230719BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20230719BHJP
   C22C 9/02 20060101ALN20230719BHJP
   C22C 9/04 20060101ALN20230719BHJP
   C22C 9/06 20060101ALN20230719BHJP
   C22C 9/10 20060101ALN20230719BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230719BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20230719BHJP
【FI】
C25D5/36
C22C9/00
C25D3/30
C25D7/00 H
C22C9/02
C22C9/04
C22C9/06
C22C9/10
C22F1/00 604
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/08 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023512395
(86)(22)【出願日】2022-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2022032751
【審査請求日】2023-02-20
(31)【優先権主張番号】P 2021142948
(32)【優先日】2021-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】久保田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】荒井 公
(72)【発明者】
【氏名】宮嶋 直輝
(72)【発明者】
【氏名】石川 誠一
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-122114(JP,A)
【文献】特開2016-060958(JP,A)
【文献】国際公開第2011/086978(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/122493(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/203576(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 - 9/10
C22F 1/08
C25D 1/00 - 21/22
H01R 13/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金からなる基材と、該基材の上に形成されためっき皮膜とを有し、
前記めっき皮膜は錫又は錫合金からなる錫層を有し、
前記基材と前記めっき皮膜との界面から前記基材厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、前記基材の厚さ方向における表面から全厚の40%の位置から60%の位置までの領域である板厚中心部における中心部KAM値が前記表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下であることを特徴とするめっき皮膜付端子材。
【請求項2】
前記表面部の平均結晶粒径が0.5μm以上3.0μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のめっき皮膜付端子材。
【請求項3】
前記中心部の平均結晶粒径は、前記表面部の平均結晶粒径を超え、1.5μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項2に記載のめっき皮膜付端子材。
【請求項4】
前記基材は、0.2量%以上2.0質量%以下のMgを含有するMg含有銅合金であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のめっき皮膜付端子材。
【請求項5】
銅又は銅合金からなる板材であり、表面から板材の厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、前記板材の厚さ方向における表面から全厚の40%の位置から60%の位置までの領域である板厚中心部における中心部KAM値が前記表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下であることを特徴とする端子材用銅板。
【請求項6】
0.2質量%以上2.0質量%以下のMgを含有するMg含有銅合金であることを特徴とする請求項5に記載の端子材用銅板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき皮膜の密着性に優れためっき皮膜付端子材及び端子材用銅板に関する。本願は、2021年9月2日に日本国に出願された特願2021-142948号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
銅又は銅合金からなる板材上に錫めっきを施しためっき皮膜付端子材が電気接続用端子やコネクタ用接触子の材料として用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1に、Niを0.3%~15質量%含有する銅合金を母材とし、その表面にリフロー又は溶融SnめっきによるSnめっき層を有し、該Snめっき層が表層側から厚さ0.5μm以下のSn層と、平均断面径0.05~1.0μm、平均縦横比1以上の柱状結晶のCu-Sn合金層からなり、該Snめっき層(Sn層とCu-Sn合金層)の厚さが0.2~2.0μmであるSnめっき銅合金材料が記載されている。
【0004】
特許文献2には、銅又は銅合金の母材に対し,リンを2~10質量百分率含有し残部がニッケルおよび不可避的不純物からなる厚み0.3~1.0μmの合金めっきの中間層と,リフ
ロー処理されたSnまたはSn合金めっき表層とからなり,該中間層が陰極電流密度2~20A/dmの条件でめっきした曲げ性と挿抜性に優れたコネクタ用めっき材料が記載されている。
【0005】
特許文献3には、Ni-P-Sn系銅合金板の錫めっき密着性を向上させるために、熱処理上がり後に機械研磨で表面を清浄化し、表層の加工変質層の厚さを0.4μm以下とした銅合金板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-298963号公報
【文献】特開2001-181888号公報
【文献】特開2010-236038号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これらの錫めっきが施されためっき材は自動車のコネクタ用接触子としても用いられており、自動車の使用環境によっては、激しい振動や熱がコネクタに加わるため、めっき層の密着力不足が問題になることがあった。
【0008】
本発明では、このような事情に鑑みてなされたものであり、製造初期の密着性だけでなく、使用時に熱負荷がかかった際にもめっき皮膜の剥離を防止して耐熱性を向上させるとともに、曲げ加工時のクラックの発生も抑制可能なめっき皮膜付端子材及び端子材用銅板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のめっき皮膜付端子材は、銅又は銅合金からなる基材と、該基材の上に形成されためっき皮膜とを有し、
前記めっき皮膜は錫又は錫合金からなる錫層を有し、
前記基材と前記めっき皮膜との界面から前記基材の厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、前記基材の板厚中心部における中心部KAM値が前記表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下である。
【0010】
KAM(Kernel Average Misorientation)値は、EBSD(Electron Back Scattered Diffraction)法で測定される、隣接する測定点間の方位差の平均値であり、結晶方位の局所的な変化を表しており、KAM値が大きいほど、歪が大きいことを示している。
【0011】
このめっき皮膜付端子材は、表面部KAM値が中心部KAM値よりも大きく設定されており、したがって、このめっき皮膜付端子材は、基材におけるめっき皮膜との界面付近に選択的に歪が付与された状態であり、その界面付近の強度が向上し、めっき皮膜の密着力が増大する。表面部KAM値が0.15°未満では歪が小さく界面付近での強度が劣るため、密着力の向上が期待できない。0.90°以上であるると歪が大きくなりすぎた影響により基材の銅と皮膜中の錫との相互拡散速度が速くなり過ぎて、カーケンダルボイドを誘発し、密着性が低下する。
【0012】
また、中心部KAM値は基材本来のKAM値であり、表面部KAM値に比べて相対的に低く、基材本来の物性を損なうことなく、表面部のみに選択的に歪が付与されている。この中心部KAM値が表面部KAM値の0.1倍未満では表面への歪の付与が基材の内部に対して過多となり、曲げ加工を加えた際に表面近傍に応力が集中しめっきが剥離しやすくなる。0.6倍を超えると、基材内部にまで歪の蓄積が及ぶため、曲げ加工を実施した際に基材にクラックが生じやすくなる。
【0013】
これらのKAM値は高温環境下でも変化が少なく、製造初期の密着性だけでなく、使用時に熱負荷がかかった際にもめっき皮膜の剥離を防止して耐熱性が向上するとともに、曲げ加工時のクラックの発生も抑制することができる。
【0014】
このめっき皮膜付端子材において、前記表面部の平均結晶粒径が0.5μm以上3.0μm以下であるとよい。
【0015】
表面部の平均結晶粒径が大きいと、基材の銅へのめっき皮膜中の錫の拡散が抑制されることにより、銅と錫との相互拡散が均衡してカーケンダルボイドの発生を抑制できる結果、めっき皮膜の剥離防止に有効である。
その平均結晶粒径が0.5μm未満に微細になると、錫の拡散を抑制する効果に乏しく、3.0μmを超えると逆に銅の拡散の方が多くなってボイドが生じるおそれがある。
【0016】
また、前記中心部の平均結晶粒径は、前記表面部の平均結晶粒径を超え、1.5μm以上10μm以下であるとよい。
【0017】
本発明のめっき皮膜付端子材において、前記基材は、0.2質量%以上2.0質量%以下のMgを含有するMg含有銅合金であるとよい。
Mg含有銅合金は、一般に、強度が高いため端子材に好適であるが、そのままではめっき皮膜の密着性に乏しい。この発明の端子材とすることにより、めっき皮膜の密着性を高めることができる。
【0018】
本発明の端子材用銅板は、銅又は銅合金からなる板材であり、表面から板材の厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、前記板材の板厚中心部における中心部KAM値が前記表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下である。
この端子材用銅板にめっきを施すと、そのめっき皮膜との密着性が良く、剥離を抑制できる。
【0019】
この端子材用銅板において、0.2質量%以上2.0質量%以下のMgを含有するMg含有銅合金板とすることができる。
Mg含有銅合金は、一般に、強度が高いため端子材に好適であるが、そのままではめっき皮膜の密着性に乏しい。この発明を適用することにより、めっき皮膜の密着性を高めることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、表面部KAM値、及び表面部と中心部とのKAM値の比率を所定範囲としたことにより、めっき皮膜の密着性を向上させ、製造初期の密着性だけでなく、使用時に熱負荷がかかった際にもめっき皮膜の剥離を防止して、耐熱性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明のめっき皮膜端子材の第1実施形態を模式的に示した断面図である。
図2】本発明のめっき皮膜端子材の第2実施形態を模式的に示した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態について説明する。
【0023】
第1実施形態のめっき皮膜付端子材1は、図1に示すように、基材2の表面にめっき皮膜3が形成されており、その基材2の表面部S1のKAM値(表面部KAM値とする)、及び表面部KAM値と板厚中心部における中心部KAM値との比率が特定の範囲に設定されたものである。
【0024】
[基材]
基材2は、銅又は銅合金からなる板材(端子材用銅板)であり、0.2質量%以上2.0質量%以下のMgを含有しているとよい。例えば、0.3質量%以上1.2質量%以下のMgと、0.001質量%以上0.2質量%以下のPとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなるMg含有銅合金は機械的強度が高いので、好適に用いることができる。1.2質量%を超え、2.0質量%以下のMgを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなるMg含有銅合金も適用できる。このようなMg含有銅合金としては、三菱マテリアル株式会社製のMgを含有する銅合金「MSP」シリーズ(MSP1、MSP5、MSP8)が挙げられる。
【0025】
この基材2は、その表面から深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、基材2の板厚中心部におけるKAM値(中心部KAM値とする)が表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下である。
【0026】
また、この基材2は、表面部(表面から深さ1μmの範囲)の平均結晶粒径が0.5μm以上3.0μm以下であり、中心部の平均結晶粒径は、前記表面部の平均結晶粒径を超え、1.5μm以上10μm以下であるのが好ましい。
これら結晶粒径は、KAM値の測定と同様のEBSD法を用いて測定される。
【0027】
EBSD法によるKAM値及び結晶粒径の測定は次のように実施される。
基材2の圧延方向(RD方向)に沿う、めっき皮膜3を含む縦断面(TD方向に見た面)を耐水研磨紙、ダイヤモンド砥粒を用いて機械研磨を行った後、Arイオン断面加工装置(株式会社日立ハイテク製 イオンミリング装置IM4000)を用いて測定面の加工を行った。Kernel Average Misorientation(KAM)及び結晶粒径を算出するための電子後方散乱回折を用いた結晶方位測定には、EBSD測定装置(株式会社日立ハイテク製 走査型電子顕微鏡SU5000、EDAX/TSL社製 OIM Data Collection)と、解析ソフト(EDAX/TSL社製 OIM Data Analysis ver.7.3)を用いた。EBSD測定装置の電子線の加速電圧は15kV,測定視野は3μm×5μm(めっき厚さ方向×めっき面水平方向)、結晶方位測定の測定点間隔(Step Size)は0.01μmとした。EBSD測定装置で得られたデータを,解析ソフトを用いて処理し,隣接する測定点間の結晶方位の差が5°以上の部位を結晶粒界とみなして、KAM値及び結晶粒径を測定する。
【0028】
基材2とめっき皮膜3との界面から基材の厚さ方向に深さ1μmの範囲と、基材の板厚中心部との結晶粒径とKAM値の平均値とをそれぞれ算出した。
【0029】
[めっき皮膜]
基材2上に形成されるめっき皮膜3は、この実施形態では、銅と錫との合金からなる銅錫合金層4と、その上の錫又は錫合金からなる錫層5とを有している。なお、図1等には基材2の片面のみ拡大して示しているが、めっき皮膜3は基材2の片面のみに形成される場合と、基材2の両面に形成される場合とがある。
【0030】
めっき皮膜3の各層4,5の厚さは特に限定されるものではないが、例えば、銅錫合金層4は厚さが0.1μm~1.5μm、錫層5は厚さが0.1μm~3.0μmに形成される。
【0031】
なお、表面部KAM値は、基材2と銅錫合金層4との界面から基材2の厚さ方向に深さ1μmまでの範囲の値であり、厚さ1μmの部分で測定したKAM値の平均値である。図1に符号S1で示す範囲が表面部であり、B1で示す位置が表面部S1とめっき皮膜3との界面である。
【0032】
なお、基材2と銅錫合金層4との間に必要に応じてニッケル又はニッケル合金からなるニッケル層が形成される場合もある。図1にはニッケル層を有しない実施形態を示しており、図2にニッケル層を有する第2実施形態を示している。
この図2に示す第2実施形態のめっき皮膜付端子材11においては、基材2の表面に形成されるめっき皮膜6は、ニッケル又はニッケル合金からなるニッケル層7、銅と錫との合金からなる銅錫合金層4、錫又は錫合金からなる錫層5がこの順に形成されている。ニッケル層7が基材2からの銅の拡散を防止して、耐熱性を向上させることができる。
【0033】
このニッケル層7を有するめっき皮膜付端子材11では、基材2とニッケル層7との界面B2から基材2の厚さ方向に深さ1μmの範囲S2のKAM値が表面部KAM値であり、その範囲S2の結晶粒径が表面部の結晶粒径である。
これら表面部KAM値、表面部の結晶粒径、中心部KAM値、及び中心部の結晶粒径は、ニッケル層を有しないめっき皮膜付端子材1の場合と同じである。
【0034】
[製造方法]
以上のように構成されるめっき皮膜付端子材1を製造する方法について説明する。以下では、図1に示すめっき皮膜付端子材1の製造方法を中心に説明し、必要に応じて図2に示すめっき皮膜付端子材11の製造方法を説明する。
【0035】
(基材製造工程)
銅又は銅合金からなる銅鋳塊に、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍、仕上げ冷間圧延等を施して銅母板を製造し、この銅母板に表面加工を施して基材(本発明の端子材用銅板)とする。
【0036】
この表面加工は、銅母板の表面を機械的に加工することにより、表面部S1に選択的に歪を付与する加工である。具体的には、ウエットブラスト法が好適である。
【0037】
ウエットブラスト法は、水と研磨剤との混合液(スラリー)を銅母板の表面に吹き付けて表面を加工する方法である。研磨剤が水に混合されているので、銅母板の表面から削り取られた粒子とともに研磨剤も水と一緒に流され、銅母板の表面に残らない。研磨剤として球状砥粒を用いるのが好ましい。
【0038】
乾式のブラスト法では、研磨剤が銅母板の表面に食い込んで残る場合があり、好ましくない。
また、バフ研磨等の機械研磨を施すこともできる。ただし、バフ研磨等の機械研磨の場合は、銅母板の表面が微細組織になり易く結晶粒径およびKAM値が所望の値にならない。バフ研磨で表面に歪を与えた場合は、エッチング等によって微細組織を除去するなどの後加工が必要になる。ウエットブラスト法は後加工も不要である。
【0039】
このウエットブラスト法により銅母板の表面部S1に歪を付与した後、必要に応じて化学研磨処理を実施する。
化学研磨処理は、例えば、硫酸濃度50g/L,過酸化水素濃度5g/L,塩化物イオン濃度30mg/Lの溶液(化学研磨液)を用いて、浴温30℃で銅母板を1分間浸漬処理する。この化学研磨処理を実施することにより、過剰に歪が付与された場合に、歪過剰部が除去される。過剰に歪が付与されたか否かは、次のEBSD法によるKAM値の測定結果により判断できる。
歪過剰部は、銅母板の表面に位置するため、銅母板を適切な厚さで化学研磨することで除去できる。化学研磨処理は化学研磨液に銅母板を浸漬する処理以外にも、銅母板に化学研磨液をスプレー噴射する、などの方法によっても行うことができる。
【0040】
このようにして、銅母板に表面加工が施された基材2(端子材用銅板)は、その表面から深さ1μmの範囲内の表面部S1をEBSD法により測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、基材2の板厚中心部における中心部KAM値が表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下である。なお、中心部KAM値は、銅母板の厚さ中心部におけるKAM値とほぼ同等である。この厚さ中心部とは厚さ方向における表面から全厚の40%の位置から60%の位置までの領域である。
【0041】
なお、基材2の表面部KAM値及び中心部KAM値は、基材2にめっき皮膜3を形成する前と後で測定値に変化はない。
【0042】
また、この基材2の表面部S1の平均結晶粒径は0.5μm以上3.0μm以下、中心部の平均結晶粒径においては、表面部S1の平均結晶粒径を超え、1.5μm以上10μm以下のものが多い。
【0043】
(めっき処理工程)
次に、この基材2の表面にめっき皮膜3を形成するためにめっき処理を行う。
めっき処理としては、基材2の表面に脱脂、酸洗等の処理をすることによって、汚れおよび自然酸化膜を除去した後、その上に、銅めっき処理、錫めっき処理を順に施し、リフロー処理する。なお、めっき層は基材2の両面に形成される。
【0044】
銅めっき処理は一般的な銅めっき浴を用いればよく、例えば硫酸銅(CuSO)及び硫酸(HSO)を主成分とした硫酸銅浴等を用いることができる。めっき浴の温度は20~50℃、電流密度は1~30A/dmとされる。
【0045】
錫めっき層形成のためのめっき浴としては、一般的な錫めっき浴を用いればよく、例えば硫酸(HSO)と硫酸第一錫(SnSO)を主成分とした硫酸浴を用いることができる。めっき浴の温度は15~35℃、電流密度は1~30A/dmとされる。
【0046】
リフロー処理は還元性雰囲気にした加熱炉内でめっき後の処理材を例えば240℃~300℃で3秒~15秒間加熱した後に冷却する。
【0047】
このリフロー処理により、錫めっき層が溶融するまでの間に、銅めっき層の銅が錫の粒界中に優先的に拡散して、金属間化合物を生成し、銅錫合金層4を形成する。錫めっき層は一部残存し、銅錫合金層4の上に錫層5が形成され、基材2の表面に、銅錫合金層4、錫層5からなるめっき皮膜3が形成される。また、銅めっき層の一部が残存することにより、銅錫合金層と基材との間に銅層が形成される場合がある。この場合、銅層は、基材の表面状態が転写されるように結晶組織が成長しているので、めっき皮膜3を形成した後に表面部KAM値を測定する場合は、銅錫合金層と銅層との界面から厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部でKAM値を表面部KAM値として測定してもよい。
【0048】
なお、ニッケル層7は必要に応じて基材2の表面に形成されるが、このニッケル層7を設ける場合は、銅めっき処理の前にニッケルめっき処理が行われる。そのニッケルめっき層を形成するためのニッケルめっき処理は、一般的なニッケルめっき浴を用いればよく、例えば硫酸(HSO)と硫酸ニッケル(NiSO)を主成分とした硫酸浴を用いることができる。めっき浴の温度は20℃以上60℃以下、電流密度は5~60A/dmとさ
れる。ニッケルめっき層の膜厚は例えば0.05μm以上1.0μm以下とされる。
【0049】
このめっき皮膜付端子材1は、表面部KAM値が中心部KAM値よりも大きく設定されており、したがって、このめっき皮膜付端子材1は、基材2とめっき皮膜3との界面B1付近に選択的に歪が付与された状態であり、その界面付近の強度が向上し、接合部の強度が向上するため、結果としてめっき皮膜3の密着力が増大する。表面部KAM値が0.15°未満では歪が小さく界面付近での強度が劣るため、密着力の向上が期待できない。0.90°以上であると基材2の銅とめっき皮膜3中の錫との相互拡散速度が速くなり過ぎて、カーケンダルボイドを誘発し、密着性が低下する。
【0050】
また、中心部KAM値は基材2本来のKAM値であり、表面部KAM値に比べて相対的に低く、基材2本来の物性を損なうことなく、表面部S1のみに選択的に歪が付与されている。この中心部KAM値が表面部KAM値の0.1倍未満では表面への歪の付与が基材の内部に対して過多となり、曲げ加工を加えた際に表面近傍に応力が集中しめっきが剥離しやすくなる。0.6倍を超えると、基材内部にまで歪の蓄積が及ぶため、曲げ加工を実施した際に基材にクラックが生じやすくなる。
この場合、KAM値は高温環境下でも変化が少なく、製造初期の密着性だけでなく、使用時に熱負荷がかかった際にもめっき皮膜の剥離を防止して耐熱性が向上するとともに、曲げ加工時のクラックの発生も抑制することができる。
【0051】
表面部KAM値の好ましい値は、0.30°以上0.60°以下であり、表面部KAM値に対する中心部KAM値の比率は好ましくは0.2倍以上0.4倍以下である。
なお、基材2の表面部S1だけでなく、全体のKAM値が大きい値とすることは、例えば圧延時の圧下率を大きくするなどにより可能であるが、その場合は、基材2本来の材料特性も変化してしまうので好ましくない。
【0052】
また、表面部S1の平均結晶粒径が大きいと、基材2の銅へのめっき皮膜3中の錫の拡散が抑制されることにより、銅と錫との相互拡散が均衡してカーケンダルボイドの発生を抑制できる結果、めっき皮膜3の剥離防止に有効である。
【0053】
その平均結晶粒径が0.5μm未満と微細になると、錫の拡散を抑制する効果に乏しく、3.0μmを超えると逆に銅の拡散の方が多くなってボイドが生じるおそれがある。このため、表面部S1の平均結晶粒径は0.5μm以上3.0μm以下が好ましく、より好ましくは0.6μm以上1.5μm以下である。
【0054】
なお、実施形態では、基材2のMg含有銅合金として、三菱マテリアル株式会社製の「MSP」シリーズ(MSP1、MSP5、MSP8)を例示したが、同じく三菱マテリアル株式会社製の銅合金で、Mg含有銅合金以外の、Cu-Ni-Si系合金(MAX2251)、Cu-Fe-P系合金(TAMAC194)、Cu-Zr系合金(C151)、Cu-Cr-Zr系合金(MZC1)、Cu-Zn-Ni-Sn系合金(MNEX10)を用いてもよい。
【実施例
【0055】
表面部のKAM値と平均粒径の制御は、物理処理による適切な歪の付与処理と歪が過剰に入った部分の除去のための化学研磨処理とを順次実施することで達成される。
【0056】
基材として表1に示す組成の銅合金の板材を用意し、表面をウエットブラスト処理することにより歪付与処理を実施し、これをブラスト処理で用いた研磨砥粒除去のためのアルカリ電解脱脂した後、歪過剰部を選択的に除去する化学研磨処理を実施した。比較例として、ウエットブラスト処理しなかったもの、ウエットブラスト処理のみ実施し化学研磨処理しなかったものも作製した。その後、この板材を酸洗し、銅めっきを施した。サンプルによってはニッケルめっき後に銅めっきを施した。その銅めっきの後に、錫めっきを施してリフロー処理することにより、表1に示す各サンプルを作製した。
【0057】
この場合、錫めっき層の厚さは1μm、銅めっき層の厚さは0.5μm、ニッケルめっき層の厚さは0.5μmとした。ウエットブラスト処理は、実施例1~9については粒子サイズ40μmの球形ジルコニアを濃度5vol%含有するスラリーを、エア圧力0.4MPa、投射角45°の条件で吹き付けることにより行った。
【0058】
化学研磨処理は、硫酸濃度50g/L,過酸化水素濃度5g/L,塩化物イオン濃度30mg/Lの溶液を用いて、浴温30℃で1分間浸漬処理することにより歪過剰部を除去した。
【0059】
基材の中心部のKAM値及び結晶粒径は、用意した基材自体のKAM値及び結晶粒径に依存するため、KAM値及び結晶粒径の異なる材料の基材を用意した。表面部のKAM値及び結晶粒径は、用意した基材と歪付与処理及び化学研磨処理で決定されるため、所望のKAM値及び結晶粒径になるように、ウエットブラスト処理及び化学研磨処理の時間を調整した。
【0060】
【表1】
【0061】
これらサンプルについて、前述した方法により表面部及び中心部のKAM値及び結晶粒径をそれぞれ測定し、密着性試験を実施した。
【0062】
[KAM値及び結晶粒径の測定]
各試料の圧延方向(RD方向)に沿う、めっき層を含む縦断面(TD方向に見た面)を耐水研磨紙、ダイヤモンド砥粒を用いて機械研磨を行った後、Arイオン断面加工装置(株式会社日立ハイテク社製 イオンミリング装置IM4000)を用いて測定面の加工を行った。Kernel Average Misorientation(KAM)及び結晶粒径を算出するための電子後方散乱回折を用いた結晶方位測定には、EBSD測定装置(株式会社日立ハイテク社製 走査型電子顕微鏡SU5000、EDAX/TSL社製 OIM Data Collection)と、解析ソフト(EDAX/TSL社製 OIM Data Analysis ver.7.3)を用いた。EBSD測定装置の電子線の加速電圧は15kV,測定視野は3μm×5μm(めっき厚さ方向×めっき面水平方向)、結晶方位測定の測定点間隔(Step Size)は0.01μmとした。EBSD測定装置で得られたデータを,解析ソフトを用いて処理し,隣接する測定点間の結晶方位の差が5°以上の部位を結晶粒界とみなして、KAM値及び結晶粒径を測定した。
【0063】
結晶粒径は、結晶粒の長径(途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線の長さ)と短径(長径と直角に交わる方向で、途中で粒界に接しない条件で粒内に最も長く引ける直線の長さ)の平均値により算出した。
【0064】
KAM値は、結晶粒内の特定の測定点と同じ結晶粒内の隣接する測定点間の方位差の平均値を算出し、測定視野内に配置される全結晶粒における平均値により算出した。
【0065】
めっき皮膜との界面から基材の厚さ方向に深さ1μmの範囲と、基材の板厚の中心部とのそれぞれのKAM値及び結晶粒径の平均値を算出した。
【0066】
[密着性試験]
サンプルを150℃の温度にて240時間大気雰囲気中で加熱した後、JIS H 8504のテープ試験方法にてめっき皮膜の密着性を評価した。また、試験を厳しく行うため、テープを貼る前に鋭利な刃物でめっき皮膜面に一辺が2mmの正方形が出来るように切り込みを入れ、テープを貼り付けた。テープを剥がし、めっき皮膜がテープにくっついて素材から剥がれてしまった(全体の50%以上剥がれた)ものを「D」、素材からめっき皮膜が一定量(全体の50%未満、5%以上)剥がれたものを「C」。素材からめっき皮膜が剥がれたが、微小な剥がれ(全体の5%未満)だったものを「B」、テープにめっき皮膜が付かず剥がれなかったものを「A」とした。評価「C」以上であれば、実用上の支障はない。
[曲げ加工性試験]
曲げ加工性は、試料をBadWay:圧延垂直方向に幅10mm×長さ60mmに切出し、JIS Z 2248に規定される金属材料曲げ試験方法に準拠し、曲げ半径Rと押し金具の厚さtとの比R/t=1として180°曲げ試験を行い、曲げ部の表面及び断面にクラック等が認められるか否かを光学顕微鏡にて倍率50倍で観察した。クラック等が認められず、表面状態も曲げの前後で大きな変化がなかったものを「A」、表面は光沢低下などの状態変化が認められたもののクラックの発生は確認できなかったものを「B」、クラックは認められたものの、めっき剥離は認められなかったものを「C」、めっき自体の剥離が認められたものを「D」とした。
【0067】
なお、サンプルを加熱した後の密着性を評価しているが、加熱後の密着性の評価が良ければ、加熱する前、つまり製造直後の密着性も優れていると言えるので、加熱前の試験は実施していない。
【0068】
【表2】
【0069】
表2に示すように、表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満、中心部KAM値が表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下の実施例のサンプルは、いずれも密着性試験の評価が「C」以上で、加熱後のめっき皮膜の密着性に優れることがわかった。曲げ加工性が「C」以上と曲げ加工性も優れていた。その中でも、表面部平均粒径が0.5μm以上3.0μm以下の実施例5~9は、密着性試験の評価が「B」以上であり、優れていた。これら実施例5~9の中心部の平均結晶粒径は、1.5μm以上10μm以下の範囲内であった。また、ニッケル層を有する実施例5は、密着性試験の評価が「A」であり、特に優れていた 。
なお、前述したように、サンプルを加熱する前、つまり製造直後の密着性は、表2の密着性試験結果よりも優れた結果となる。
【0070】
これに対して、比較例1では表面部KAM値が0.10°と小さく、かつ中心部KAM値の表面部KAM値の倍率が0.7倍と大きく、逆に比較例2では表面部KAM値が1.00°と大きく、KAM値の倍率が0.05と小さく、比較例3では表面部KAM値が1.50°と大きく、KAM値の倍率も10.0倍と大きいため、いずれも密着性試験でめっき皮膜の剥がれが認められた。比較例1は、表面部KAM値に対する中心部KAM値の倍率が大きいため、曲げ加工時にクラックも発生し劣っていた。
また、比較例4~比較例5では、表面部KAM値は0.15°以上0.90°未満の範囲内であるものの、比較例4及び比較例5では表面部KAM値に対する中心部KAM値の倍率がいずれも大きく、曲げ加工時にクラックが発生し劣っていた。また、比較例2と6ではその倍率が0.05倍、0.07倍と小さいため、曲げ加工時の影響によりめっきの剥離が発生した。。逆に、比較例7及び比較例8は、表面部KAM値に対する中心部KAM値の倍率は0.1倍以上0.6倍以下であるが、比較例7では表面部KAM値が0.12と小さく、比較例8では表面部KAM値が1.00と大きいため、それぞれ密着性試験でめっき皮膜の剥がれが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0071】
めっき皮膜を有する電気接続用端子やコネクタ用接触子の材料として、製造初期の密着性だけでなく、使用時に熱負荷がかかった際にもめっき皮膜の剥離を防止して耐熱性を向上させるとともに、曲げ加工時のクラックの発生も抑制可能なめっき皮膜付端子材及び端子材用銅板を提供することができる。
【符号の説明】
【0072】
1,11 めっき皮膜付端子材
2 基材
3,6 めっき皮膜
4 銅錫合金層
5 錫層
7 ニッケル層
S1,S2 表面部
B1,B2 界面
【要約】
電気接続用端子やコネクタ用接触子として利用可能なめっき皮膜付端子材であり、銅又は銅合金からなる基材と、該基材の上に形成されためっき皮膜とを有し、めっき皮膜は錫又は錫合金からなる錫層を有し、基材とめっき皮膜との界面から基材の厚さ方向に深さ1μmの範囲の表面部の断面をEBSD法により解析して測定される表面部KAM値が0.15°以上0.90°未満であり、基材の板厚中心部における中心部KAM値が表面部KAM値の0.1倍以上0.6倍以下である。
図1
図2