(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】フッ素不溶化剤、その製造方法、処理石膏、フッ素含有汚染土壌及び汚染水の処理方法
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20230719BHJP
B09C 1/08 20060101ALI20230719BHJP
C01F 11/00 20060101ALI20230719BHJP
C02F 1/58 20230101ALI20230719BHJP
【FI】
C09K3/00 S
B09C1/08 ZAB
C01F11/00
C02F1/58 M
(21)【出願番号】P 2019027014
(22)【出願日】2019-02-19
【審査請求日】2022-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000236610
【氏名又は名称】株式会社不動テトラ
(74)【代理人】
【識別番号】110002538
【氏名又は名称】弁理士法人あしたば国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】袋布 昌幹
(72)【発明者】
【氏名】豊嶋 剛司
(72)【発明者】
【氏名】萩野 芳章
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼田 将文
【審査官】林 建二
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-216156(JP,A)
【文献】特開2017-001909(JP,A)
【文献】国際公開第2010/041330(WO,A1)
【文献】特開2011-256356(JP,A)
【文献】特開2010-221103(JP,A)
【文献】特開2010-241665(JP,A)
【文献】袋布昌幹,リン酸水素カルシウム二水和物(DCPD)と水溶液中低濃度フッ化物イオンとの反応,Journal of the Ceramic Society of Japan,Vol.113/No.5,日本,2005年,p.363-367
【文献】蓬莱秀人,半水石膏に含まれるフッ素の不溶化技術,公益社団法人地盤工学会中国支部論文報告集,Vol.28/No.1,日本,2010年,p.31-38
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/00
B09B 1/00-5/00
B09C 1/00-1/10
C02F 1/58-1/64
C09K 17/00-17/52
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、フッ素アパタイトが付着してなり、該フッ素アパタイトは、針状体の集合体であり、該フッ素アパタイトの含有量は
、フッ素不溶化剤中、5.0質量%~40.0質量%であることを特徴とするフッ素不溶化剤。
【請求項2】
該フッ素アパタイトは、リン酸水素カルシウム二水和物の表面の一部又は全部を被覆していることを特徴とする請求項1記載のフッ素不溶化剤。
【請求項3】
Ca
2+イオン2.0~5.0mmol/l
のCaCl
2
、HPO
4
2-イオン0.5~2.0mmol/lの
K
2
HPO
4
及びF
-イオン1.0~3.0mmol/l
のNaFを添加し、更に塩酸を添加することでpH2.5~6.5に調整された弱酸性溶液に、リン酸水素カルシウム二水和物を浸漬させ、リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、
フッ素不溶化剤中、5.0質量%~40.0質量%のフッ素アパタイトを沈着させる第1工程を有
すること特徴とするフッ素不溶化剤の製造方法。
【請求項4】
リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、フッ素アパタイトを沈着させた後の溶液のpHが6.1であることを特徴とする請求項
3記載のフッ素不溶化剤の製造方法。
【請求項5】
該リン酸水素カルシウム二水和物と該弱酸性溶液の固液比(質量g/体積ml)が、1/100~1/5であることを特徴とする請求項
3又は4に記載のフッ素不溶化剤の製造方法。
【請求項6】
該第1工程で得られた固液相を固液分離して、固相であるフッ素アパタイトが沈着したリン酸水素カルシウム二水和物を取り出す第2工程と、
Ca
2+イオン2.0~5.0mmol/l
のCaCl
2
、HPO
4
2-イオン0.5~2.0mmol/lの
K
2
HPO
4
及びF
-イオン1.0~3.0mmol/l
のNaFを添加し、更に塩酸を添加することでpH2.5~6.5に調整された弱酸性溶液に、該第2工程で得られた固相を浸漬させ、リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、更にフッ素アパタイトを沈着させる浸漬繰り返し工程と、を有する請求項
3~5のいずれか1項に記載のフッ素不溶化剤の製造方法。
【請求項7】
該浸漬繰り返し工程を、更に複数回繰り返し行うことを特徴とする請求項
6記載のフッ素不溶化剤の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のフッ素不溶化剤を、フッ化物イオンで汚染された汚染水に添加することを特徴とする汚染水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石膏中、汚染水中又は汚染土壌中のフッ化物イオンを安定な鉱物であるフッ素アパタイト(FAp)として不溶化し、長期的な安定性を担保するフッ素不溶化剤、その製造方法、処理石膏、フッ素含有汚染土壌及び汚染水の処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フッ素は、先端技術産業の分野で広く使用されており、それに伴って排水や土壌のフッ素汚染が深刻な問題となっている。このフッ素汚染土壌は、我が国の汚染土壌では2番目にサイト数が多いものとなっている。このため、排水中又は土壌中のフッ素(フッ化物イオン)を安定なフッ素アパタイト(FAp)として不溶化する技術が多数、提案されている。
【0003】
従来、このようなフッ素不溶化剤としては、各種アルミニウム化合物やカルシウム化合物の他に、リン酸ナトリウム(Na3PO4)、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)、リン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)、水酸アパタイト(Ca5(PO4)3OH)等、各種のリン酸化合物が知られている。
【0004】
この中、リン酸水素カルシウム二水和物(以下、単に「DCPD」との言う。)は、直接フッ化物イオンと反応するのではなく、反応初期に粒子表面に数十nmのリン酸カルシウム系前駆体を生成し、それがトリガーとなってFApを生成することが見いだされている(非特許文献1)。この前駆体相の生成には数時間の誘導時間(遅れ時間)を必要とし、さらにこの前駆体相生成は、例えばMgイオン、Cdイオン、フッ化物イオンなどの共存イオンによって容易に妨害される(非特許文献2等)という問題がある。
【0005】
DCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を改善する技術として、例えば、国際公開番号WO2010/041330号(特許文献1)には、DCPDを水あるいは温水処理により前駆体相を表面に誘起する方法が開示されている。また、特開2011-256356号公報(特許文献2)には、DCPDと水酸アパタイト(HAp)の混合物であるフッ素不溶化剤が開示されている。また、非特許文献3には、DCPDを人の体液と同じイオン濃度を有する擬似体液に浸漬して、HApを粒子表面に析出させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開番号WO2010/041330号
【文献】特開2011-256356号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】袋布昌幹、丁子哲治、「リン酸水素カルシウム二水和物(DCPD)と水溶液中低濃度フッ化物イオンとの反応」、J. Ceram. Soc. Jpn., 113, 263-267 (2005).
【文献】M. Tafu, T. Okazaki, T. Toshima, T. Chohji, “Effect of Coexisting Ions on the Reaction of Fluoride with Calcium Phosphate (DCPD) for Water Treatment”, International Journal of Biological Science and Engineering,5(2),35-37 (2014).
【文献】Y. Takemura, M. Kikuchi, M. Tafu, T. Toshima, T. Chohji, “Reactivity improvement of dicalcium phosphate dihydrate with fluoride for its removal from waste and drinking water”, Univ. J. Mater. Sci., 4,60-64 (2016).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これら従来の方法は、未だDCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を改善するには不十分であるか、あるいはDCPDの活性化が不十分であり、フッ素汚染土壌中のフッ素の不溶化という点では、満足がいくものではなかった。また、疑似体液を用いる方法は、疑似体液の調製や保管が難しいという問題がある。また、DCPDとHApの混合物であるフッ素不溶化剤の場合、実際には、DCPDは合成したものを使用しており、限られた用途にしか適用できなかった。このため、例えば、汚染土壌の処理現場において、市販のDCPDを簡単に処理して得られるフッ素不溶化剤が求められていた。
【0009】
従って、本発明の目的は、DCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を改善し、DCPDの高い活性化を有するフッ素不溶化剤、より単純な組成の溶液を使用して施工現場で調製可能なフッ素不溶化剤の製造方法、処理石膏及びフッ素含有汚染土壌又は汚染水の処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる実情において、本発明者等は、フッ素不溶化剤の製造方法について、鋭意検討を行った結果、DCPDの表面に前駆体を形成する溶液である弱酸性溶液において、疑似体液のCa2+イオンとHPO4
2-イオンに着目し、更にこれらのイオンに、不溶化の対象物であるフッ化物イオンを併存させるという逆転の発想に基づき作成された溶液を使用し、DCPDの表面にフッ素アパタイトを予め積極的に形成してフッ素不溶化剤を得たところ、DCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を大きく改善でき、DCPDが高い活性化を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、フッ素アパタイトが付着してなることを特徴とするフッ素不溶化剤を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、Ca2+イオン2.0~5.0mmol/l、HPO4
2-イオン0.5~2.0mmol/l及びF-イオン1.0~3.0mmol/lを含有する弱酸性溶液に、リン酸水素カルシウム二水和物を浸漬させ、リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、フッ素アパタイトを沈着させる第1工程を有すること特徴とするフッ素不溶化剤の製造方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、前記不溶化剤が添加された石膏であり、フッ素の溶出を低減したことを特徴とする処理石膏を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、前記フッ素不溶化剤を、フッ化物イオンで汚染された土壌に添加することを特徴とする汚染土壌の処理方法を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、前記フッ素不溶化剤を、フッ化物イオンで汚染された汚染水に添加することを特徴とする汚染水の処理方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、DCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を改善し、DCPDの高い活性化を有するフッ素不溶化剤を提供できる。また、本発明によれば、より単純な組成の溶液を使用して施工現場で調製可能なフッ素不溶化剤の製造方法を提供できる。また、本発明によれば、フッ素不溶化剤を直接または水に混合したものを、汚染土壌や汚染水に添加するという簡単な工程の実施のみで汚染土壌や汚染水中のフッ化物イオンを効率よく不溶化できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明のCa-P-F溶液1回浸漬処理されたフッ素不溶化剤のSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【
図2】本発明のCa-P-F溶液3回繰り返し浸漬処理されたフッ素不溶化剤のSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【
図3】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2における、フッ素不溶化剤とフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を示す図である。
【
図4】実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2における、X線回折図であり、(A)が除去対象のフッ化物イオンとの反応前の固相(フッ素不溶化剤)であり、(B)がフッ化物イオンとの反応後の反応物である。
【
図5】
図1のフッ素不溶化剤と除去対象のフッ化物イオンとの反応物のSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【
図6】
図2のフッ素不溶化剤と除去対象のフッ化物イオンとの反応物のSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【
図7】比較例となるCa-P溶液1回浸漬処理されたDCPDのSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【
図8】比較例となるDCPDのSEM写真であり、(A)が500倍、(B)が5000倍である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(フッ素不溶化剤)
本発明のフッ素不溶化剤は、DCPDの表面に、フッ素アパタイト(以下、単に「FAp」とも言う。)が付着してなるものであり、例えば、このFApは、DCPD粉末の表面を被覆しているものが挙げられる。DCPDは、X線分析及び示差熱分析で特定することができる。DCPDは、汚染土壌や汚染水中の汚染物であるフッ化物イオンと反応し、最終的には、FApに転換される。
【0019】
本発明のフッ素不溶化剤において、FApは、針状体の集合物であり、この針状体は、最大長さ5μm、好ましくは最大長さ0.5μmである。また、針状体のアスペクト比(長辺と短辺の比)としては、1:100~1:50である。FApは、X線分析及び示差熱分析で特定でき、その針状形状及び長さ寸法は、電子顕微鏡で特定できる。
【0020】
本発明のフッ素不溶化剤において、FApの含有量は、フッ素不溶化剤中、0.1質量%以上、好ましくは1.0~30.0質量%以上、更に好ましくは5.0~40.0質量%である。フッ素不溶化剤中、FApの含有量は、上記数値範囲内において、多い方が汚染物であるフッ化物イオンとDCPDとの反応に見られる遅れ時間の改善効果が高い。
図1のフッ素不溶化剤は、フッ素不溶化剤中、FApの含有量が10.0質量%のものであり、
図2のフッ素不溶化剤は、フッ素不溶化剤中、FApの含有量が18.0質量%のものである。
【0021】
本発明のフッ素不溶化剤は、汚染物であるフッ素を含んだ石膏、汚染水あるいは汚染土壌に対し、直接または水に混合して添加することで、フッ化物イオンとDCPDとの反応における遅れ時間を短縮して、汚染物のフッ素を不溶化できる。
【0022】
(フッ素不溶化剤の製造方法)
本発明の第1の実施の形態におけるフッ素不溶化剤の製造方法は、Ca2+イオン2.0~5.0mmol/l、好ましくは、2.5mmol/l、PO4
2-イオン0.5~2.0mmol/l、好ましくは、1.0mmol/l、及びF-イオン1.0~3.0mmol/l、好ましくは1.2~3.0mmol/lを含有する弱酸性溶液に、DCPDを浸漬させ、DCPDの表面に、FApを沈着させる第1工程を有する方法である。
【0023】
Ca2+イオンとしては、塩化カルシウム、硝酸カルシウム又は酢酸カルシウムが使用でき、PO4
2-イオンとしては、リン酸ナトリウム、リン酸アンモニウム又はリン酸が使用でき、F-イオンとしては、フッ化ナトリウム、フッ化水素酸又はフッ化アンモニウムが使用できる。カルシウム化合物、リン酸化合物及びフッ化化合物の添加順序は特に制限されず、純水中に、一度に添加してもよく、別個に添加してもよい。この際、沈殿が生じないよう、pH調整しながら行う。弱酸性溶液には、上記イオンの他、例えばマグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどが含まれていてもよい。
【0024】
弱酸性溶液のpHは、2.5~6.5、好ましくは3.5~6.5である。すなわち、DCPDの表面に、FApを沈着させた後の溶液のpHが6.1となるように、該弱酸性溶液のpHを調整すればよい。pHがこの範囲であれば、溶液の沈殿は起こらず、溶解状態を保持することができる。弱酸性溶液のpHが小さ過ぎると、DCPDが溶解して原料の損失が大きくなり、pHが大き過ぎると、溶液中に白濁が生じて分化するため、いずれも好ましくない。
【0025】
本発明のフッ素不溶化剤の製造方法において、DCPDとしては、工業用、化粧品用、食品添加物用、医薬品用等の各種グレードの市販品が使用できる。また、DCPDは、例えば、消石灰の水分散液とリン酸とを、pH4~5に調整した水系媒体中で反応させることで製造する公知の方法で得たものを使用することができる。
【0026】
次に、DCPDを上記弱酸性溶液に浸漬する。DCPDと弱酸性溶液の固液比(質量/体積)は、1/100~1/5、好ましくは1/50~1/10である。固液比が小さ過ぎると、DCPDが溶解して原料の損失が生じ、大き過ぎると弱酸性溶液に供給できるカルシウム、リン、フッ素量が少なる結果、FApの生成量が少なくなり、いずれも好ましくない。
【0027】
浸漬条件としては、弱酸性溶液とDCPDが十分、混合されれば、特に制限されず、例えば、10~30℃、好ましくは室温下、撹拌又は振とう下、1日~10日間、好ましくは、1日~7日間、混合処理する方法が挙げられる。
【0028】
上記浸漬により、DCPDの表面に、FApが沈着する。DCPDの表面へのFApの沈着の終了は、液中のフッ素濃度の低下をイオン選択性電極や比色分析により判断する(以上が第1工程)。液中のフッ素濃度は、0.1mmol/lまで低下すれば、第1工程終了と判断してよい。
【0029】
DCPDの表面にFApの沈着が完了した固液相は、公知の固液分離により、固相を得る(第2工程)。特に、固液分離後、固相を脱水、乾燥して粉末の不溶化剤として得ることが好ましい。脱水方法としては、デカンテーション、濾過、遠心分離などの公知の方法を使用すればよい。乾燥した粉末のフッ素不溶化剤は、活性化に実質的に影響はなく、保管、運搬及び使用の際、都合がよい。
【0030】
次に、本発明の第2の実施の形態におけるフッ素不溶化剤の製造方法について説明する。第2の実施の形態における製造方法において、第1の実施の形態における製造方法と同一構成要素については、その説明を省略し、異なる点について主に、説明する。すなわち、第2の実施の形態の製造方法において、第1の実施の形態の製造方法と異なる点は、第1の実施の形態における製造方法で得られた固相を再度、又は更に引き続き、直前で得られた固相を弱酸性溶液に浸漬する浸漬繰り返し工程を複数回行い、DCPDの表面へのFApの沈着量を増やす点にある。
【0031】
すなわち、本発明の第2の実施の形態における製造方法は、Ca2+イオン2.0~5.0mmol/l、HPO4
2-イオン0.5~2.0mmol/l及びF-イオン1.0~3.0mmol/lを含有する弱酸性溶液に、該第2工程で得られた固相を浸漬させ、リン酸水素カルシウム二水和物の表面に、更にフッ素アパタイトを沈着させる浸漬繰り返し工程と、を有する方法(都合2回の浸漬方法)が挙げられ、更に、Ca2+イオン2.0~5.0mmol/l、HPO4
2-イオン0.5~2.0mmol/l及びF-イオン1.0~3.0mmol/lを含有する弱酸性溶液を使用した浸漬繰り返し工程を、更に複数回繰り返し行う方法(都合3回以上の浸漬方法)が挙げられる。合計の浸漬回数は、最大10回、好ましくは最大5回、特に好ましくは最大3回である。合計の浸漬回数が、多過ぎても、FApの沈着量はそれほど増えず、効率が悪くなり、また、すくな過ぎても、FApの沈着量を増やすことができない。
【0032】
すなわち、本発明の第2の実施の形態における製造方法において、再度及び複数回の浸漬処理を行う際、使用する弱酸性溶液は、常に当初濃度を有する、Ca2+イオン2.0~5.0mmol/l、好ましくは、2.5mmol/l、PO4
2-イオン0.5~2.0mmol/l、好ましくは、1.0mmol/l、及びF-イオン1.0~3.0mmol/l、好ましくは1.2~3.0mmol/lを含有する溶液である。一度、DCPDを浸漬した使用済みの弱酸性溶液は、それぞれのイオン濃度が低減しており、使用できない。また、再度及び複数回の浸漬処理を行う際、浸漬される固相は、直前で浸漬処理された固相である。すなわち、例えば3回目の浸漬処理で使用する固相は、2回目の浸漬処理で得られた固相であり、4回目の浸漬処理で使用する固相は、3回目の浸漬処理で得られた固相である。第2の実施の形態例では、再度及び更に複数回の浸漬処理を行うことで、処理前のフッ素不溶化剤と比べて、処理後のフッ素不溶化剤は、FApの沈着量が多くなる。
【0033】
本発明の実施の形態におけるフッ素不溶化剤の製造方法において、DCPDは、市販品を使用できること、使用する弱酸性溶液は簡単な組成であること、DCPDの浸漬条件は、室温下でできる簡単な操作であることから、現場の施工場所において製造可能であり、フッ素不溶化剤の用途の拡大が図れる。
【0034】
(処理石膏)
次に、本発明に係る含有フッ素の溶出を低減させた処理石膏について説明する。本発明において石膏は、フッ素を含有するものであれば、特に制限されず、二水塩、半水塩、無水塩が挙げられ、この内、半水塩が入手し易い点で好ましい。石膏の具体例としては、天然石膏、排煙脱硫処理によって副生する石膏、天然無水石膏、ふっ酸の製造過程で副産するふっ酸無水石膏等が挙げられる。
【0035】
本発明において、フッ素を含有する石膏に、本発明のフッ素不溶化剤を添加する方法としては、特に制限されず、両者を粉末状とし、単にそのまま混合すればよい。フッ素含有石膏に対するフッ素不溶化剤の添加量としては、フッ素含有石膏100質量部に対して、フッ素不溶化剤0.5質量部以上、好ましくは0.5~5質量部である。フッ素不溶化剤の添加量が少な過ぎると、石膏からのフッ素の溶出量を土壌環境基準値以下にするのが難しくなり、フッ素不溶化剤の添加量が多過ぎても、フッ素の溶出低減効果は大きく変わらない。本発明によれば、DCPDと石膏中のフッ素(フッ化物イオン)との反応に見られる遅れ時間を改善できるため、石膏中のフッ素を固定化して、溶出フッ化物イオンを低減できる。本発明の処理石膏は、そのまま埋立処分することもできるが、石膏ボード、プラスター、土壌固化材等の原料として再使用することもできる。
【0036】
(汚染土壌の処理方法)
次に、本発明に係る汚染土壌の処理方法について説明する。本発明は、フッ化物イオンで汚染された土壌に、本発明のフッ素不溶化剤を添加するものである。本発明において、フッ素汚染土壌に、フッ素不溶化剤を添加する方法としては、特に制限されず、単にそのまま混合する方法、両者の混合前、混合中又は混合後に必要に応じて適宜脱水又は加水して水分調整する方法などが挙げられる。水分調整の場合、混合後の水分が5~20質量%となるようにするのが好ましい。
【0037】
本発明において、フッ素汚染土壌に対するフッ素不溶化剤の添加量としては、フッ素汚染土壌の乾燥物100質量部に対して、フッ素不溶化剤1質量部以上、好ましくは1~20質量部である。フッ素不溶化剤の添加量が少な過ぎると、フッ素汚染土壌からのフッ素の溶出量を土壌環境基準値以下にするのが難しくなり、フッ素不溶化剤の添加量が多過ぎても、フッ素の溶出低減効果は大きく変わらない。本発明によれば、DCPDと汚染土壌中のフッ素(フッ化物イオン)との反応に見られる遅れ時間を改善できるため、汚染土壌中のフッ素を固定化して、溶出フッ化物イオンを低減できる。
【0038】
(汚染水の処理方法)
次に、本発明に係る汚染水の処理方法について説明する。本発明は、フッ化物イオンで汚染された汚染水に、本発明のフッ素不溶化剤を添加するものである。本発明において、フッ素汚染水に、フッ素不溶化剤を添加する方法としては、特に制限されず、単にそのまま混合する方法が挙げられる。
【0039】
本発明において、フッ素汚染水に対するフッ素不溶化剤の添加量としては、フッ素汚染濃度により変わるため、一概に決定できないものの、例えば、フッ素汚染水100質量部に対して、フッ素不溶化剤0.1質量部以上、好ましくは1.0~5.0質量部である。フッ素不溶化剤の添加量が少な過ぎると、フッ素汚染水からのフッ素の溶出量を基準値以下にするのが難しくなり、フッ素不溶化剤の添加量が多過ぎても、フッ素の溶出低減効果は大きく変わらない。本発明によれば、DCPDと汚染水中のフッ素(フッ化物イオン)との反応に見られる遅れ時間を改善できるため、汚染水中のフッ素を固定化して、溶出フッ化物イオンを低減できる。
【0040】
本発明において、処理石膏、汚染土壌及び汚染水に配合されたフッ素不溶化剤は、フッ素を短時間で充分にフッ素アパタイトとして不溶化することができる。すなわち、FApが表面に付着したDCPDにおけるDCPD部分は、そのままの形状を保持して、内部までFApに転化される。このため、DCPDに付着していたFApを含めて、粉末全体が、FApを形成することになる。
【0041】
(実施例)
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。
【実施例1】
【0042】
<フッ素不溶化剤Aの調製>
(DCPD粉末A)
市販品である粉末状のリン酸水素カルシウム二水和物(DCPD粉末A)(米山化学工業社製;特級試薬)を使用した。また、DCPD粉末Aの電子顕微鏡(SEM)写真を
図8に、XRDの結果を
図4の符号(4-1)に示した。
【0043】
(弱酸性溶液Aの調製)
室温下、超純水に超純水1000ml換算で、CaCl2を0.278g(Ca2+濃度2.5mmol)、K2HPO4・3H2Oを0.228g(HPO4
2-濃度1.0mmol)及びNaFを0.066g(F-濃度1.5mmol)添加し、更に塩酸を添加することでpH4.6に調整された沈殿物のない弱酸性溶液Aを得た。
【0044】
(フッ素不溶化剤Aの調製)
次に、室温下、容器に入れた弱酸性溶液AにDCPD粉末Aを投入し、浸漬した。この際、DCPD粉末Aと弱酸性溶液Aの固液比(質量/体積)は、DCPD粉末A1gに対して、弱酸性溶液Aを50ml混合したものであり、1/50であった。混合後、溶液をポリプロピレン製瓶に封入し、毎分80回にて7日間、振とうさせて混合させた。
【0045】
7日間の振とう後、得られた懸濁物を0.45μmのメンブレンフィルターにて濾過して固相を採取し、更に乾燥して、粉末状のフッ素不溶化剤Aを得た。フッ素不溶化剤Aを、粉末X線回折装置(XRD)、粒子表面の形態及び構成相をSEMを用いて調べた。
【0046】
上記の調製で得られたフッ素不溶化剤AのSEM写真を
図1に、XRDの結果を
図4の符号(2-1)に示した。この結果、フッ素不溶化剤Aは、DCPDの表面にFApが沈着していることを確認した。この時の弱酸性溶液AのpHは5.6であった。これは、DCPDの一部が溶解してカルシウムイオンとリン酸イオンを溶出し、リン酸イオンの加水分解により溶液のpHが5.6程度まで上昇したものであり、これらカルシウムイオンとリン酸イオンは、溶液中のフッ化物イオンと反応して、DCPD粉末の表面上にFApを生成したものと思われる。また、DCPDの表面に沈着したFApは、針状物が集合したものであった。また、フッ素不溶化剤A中のFApの含有量を、ICP(誘導結合プラズマ)分析により求めたところ、フッ素不溶化剤中、10.0質量%であった。
【0047】
<フッ素含有汚染水の処理方法A>
(反応容器)
フッ素不溶化剤Aと除去対象物であるフッ化物イオンとの反応を調べるために、撹拌用テフロン(登録商標)羽根を備えた反応容器を使用した。反応容器には、フッ化物イオン濃度を測定するフッ化物イオン選択性電極を設置した。
【0048】
(処理方法及び測定結果)
室温下、反応容器中に超純水を1000ml入れ、所定量のフッ化ナトリウム試薬44mgを溶解させて、フッ化物イオン濃度20mg/Lのフッ化物溶液(フッ素含有汚染水A)を調製した。ここにフッ素不溶化剤Aの粉末1.0g(固液比1:1000)を添加し、撹拌羽根の撹拌速度200rpm下、反応を開始させ、溶液中のフッ化物イオン濃度の変化を経時的にイオン選択性電極で測定した。その測定結果を
図3に実施例1として示した。
【0049】
また、処理時間240分後の懸濁液を0.45μmのメンブレンフィルターにて濾過して固相を採取し、乾燥させた構成相をXRD、粒子表面の形態及び構成相をSEMを用いて調べた。SEM写真を
図5に、XRDの結果を
図4の符号(2-2)に示した。その結果、処理済のフッ素不溶化剤は、全体がFApと確認できた。また、フッ素不溶化剤AのDCPD部分は、その形状を保持したまま、FApに転換されたものであった。
【実施例2】
【0050】
<フッ素不溶化剤Bの調製>
固液比1/50の振とう7日間に代えて、固液比1/10の振とう1日間としたこと、及びDCPD粉末Aに代えて、粉末状のフッ素不溶化剤Aを使用し、これを弱酸性溶液Aに投入し、混合処理したこと以外は、実施例1と同様の方法で、フッ素不溶化剤A-1を調製した。次いで、同様の振とう1日間とし、DCPD粉末Aに代えて、粉末状のフッ素不溶化剤A-1を使用し、これを弱酸性溶液Aに投入し、浸漬した以外は、実施例1と同様の方法で、フッ素不溶化剤Bを調製した。すなわち、フッ素不溶化剤Bは、本発明の第2の実施の形態における製造方法に相当するものであり、2度の繰り返し浸漬、合計3度の浸漬処理を行ったものである。
【0051】
実施例2で得られたフッ素不溶化剤BのSEM写真を
図2に、XRDの結果を
図4の符号(1-1)に示した。この結果、フッ素不溶化剤Bは、DCPDの表面にFApが沈着していることを確認した。また、DCPDの表面に沈着したFApは、針状物が集合したものであった。また、フッ素不溶化剤Bにおいて、ICP分析の結果よりFApの含有量を求めたところ、フッ素不溶化剤中、18.0質量%であった。また、Ca/P比は、1.10であった。
【0052】
<フッ素含有汚染水の処理方法B>
フッ素不溶化剤Aに代えて、フッ素不溶化剤Bを使用した以外は、実施例1のフッ素含有汚染水の処理方法Aと同様の方法で行った。その測定結果を
図3に実施例2として示した。また、処理時間240分後の懸濁液を0.45μmのメンブレンフィルターにて濾過して固相を採取し、乾燥させた構成相をXRD、粒子表面の形態及び構成相をSEMを用いて調べた。SEM写真を
図6に、XRDの結果を
図4の符号(1-2)に示した。その結果、処理済のフッ素不溶化剤は、全体がFApと確認できた。また、フッ素不溶化剤AのDCPD部分は、その形状を保持したまま、FApに転換されたものであった。
【0053】
(比較例1)
(弱酸性溶液Bの調製)
室温下、1000mlの水に、CaCl2を0.278g(Ca2+濃度2.5mmol)及びK2HPO4・3H2Oを0.228g(HPO4
2-濃度1.0mmol)添加してpH4.6に調整した。これにより、沈殿物のない弱酸性溶液Bを得た。すなわち、弱酸性溶液Bは、実施例1の弱酸性溶液Aにおいてフッ素化合物の添加を省略したものである。
【0054】
(フッ素不溶化剤Cの調製)
弱酸性溶液Aに代えて、弱酸性溶液Bとした以外は、実施例1のフッ素不溶化剤Aの調製と同様の方法で調製し、フッ素不溶化剤Cを得た。フッ素不溶化剤CのSEM写真を
図7に、XRDの結果を
図4の符号(3-1)に示した。この結果、フッ素不溶化剤Cは、DCPDの表面にFApの沈着は当然、確認されないものであった。
【0055】
<フッ素含有汚染水の処理方法C>
フッ素不溶化剤Aに代えて、フッ素不溶化剤Cを使用した以外は、実施例1のフッ素含有汚染水の処理方法と同様の方法で行った。その測定結果を
図3に比較例1として示した。また、240時間処理後の固相の乾燥物のXRDの結果を
図4の符号(3-2)に示した。
【0056】
(比較例2)
<フッ素含有汚染水の処理方法D>
フッ素不溶化剤Aに代えて、DCPD粉末Aを使用した以外は、実施例1のフッ素含有汚染水の処理方法と同様の方法で行った。その測定結果を
図3に比較例2として示した。汚染水の処理方法Dの240時間処理後の固相の乾燥物のXRDの結果を
図4の符号(4-2)に示した。
【0057】
図3の結果から、FAp付着DCPD粉体をフッ素不溶化剤とした実施例1では、DCPDと汚染物質であるフッ化物イオンの反応遅れ時間が約半分に短縮できた。また、3度の繰り返し浸漬により、DCPD粉体に付着したFApの付着量を高めた実施例2では、遅れ時間が無視できる程度にまで短縮できた。また、DCPDの浸漬に使用する弱酸性溶液のフッ化物イオンの添加を省略した比較例1では、未処理のDCPD粉体を使用した比較例2と同等の結果であり、反応開始までの誘導時間(遅れ時間)に改善は見られなかった。
【実施例3】
【0058】
(フッ素不溶化剤の調製方法における固液比の影響‐1回浸漬処理)
実施例1の(フッ素不溶化剤Aの調製)において、固液比1/10、1/20、1/30、1/50(実施例1)の4つの系の、振とう日数1日、3日、7日におけるフッ素不溶化剤についてICP分析を行い、Ca/P値、フッ素不溶化剤中のFApの質量%を測定した。その結果を表1に示す。
【0059】
【実施例4】
【0060】
(参考例2)
(フッ素不溶化剤の調製方法における固液比の影響‐繰り返し浸漬処理)
<フッ素不溶化剤Bの調製>の繰り返し浸漬3回に代えて、1回、2回、4回とした以外は、実施例2と同様に、フッ素不溶化剤Bの調製を行い、得られた固相乾燥物についてICP分析を行い、Ca/P値、フッ素不溶化剤中のFApの質量%を測定した。その結果を表2に示す。
【0061】
【0062】
表1から、1回浸漬処理の場合、振とう日数が増えるほど、また、固液比が小さいほど、FApの沈着量は多くなることが判る。また、表2から、繰り返し処理の場合、繰り返し処理数が多いほどFApの沈着量は多くなることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によれば、DCPDと汚染物であるフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間が改善でき、DCPDの高い活性化が可能となった。また、より単純な組成の溶液を使用できるため、施工現場においてDCPDの処理が可能となる。従来、DCPDとフッ化物イオンとの反応に見られる遅れ時間を改善する方法として、DCPDの表面にリン酸カルシウムの前駆体を形成する方法が知られているが、本発明のように、DCPDの表面に、原位置において固定化されるFApを、予め沈着させるという発想はこれまでになく、これによる活性効果も大きく、フッ素汚染処理に大きな貢献をもたらすものである。