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特許7315184多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法
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  • 特許-多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-18
(45)【発行日】2023-07-26
(54)【発明の名称】多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20230719BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20230719BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20230719BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230719BHJP
   A61L 27/36 20060101ALI20230719BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/0735
C12N5/074
C12N5/10
A61L27/36 100
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022022101
(22)【出願日】2022-02-16
(65)【公開番号】P2023018632
(43)【公開日】2023-02-08
【審査請求日】2023-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000145862
【氏名又は名称】株式会社コーセー
(73)【特許権者】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(74)【代理人】
【識別番号】100112874
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 薫
(74)【代理人】
【識別番号】100147865
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 美和子
(72)【発明者】
【氏名】大林(成田) 淳子
(72)【発明者】
【氏名】鷲頭 加歩
(72)【発明者】
【氏名】成 英次
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 宗成
(72)【発明者】
【氏名】河越 しほ
【審査官】西村 亜希子
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-531027(JP,A)
【文献】特表2018-518970(JP,A)
【文献】特表2017-532047(JP,A)
【文献】特表2011-525370(JP,A)
【文献】特開2005-168398(JP,A)
【文献】国際公開第2016/039279(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/175858(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/039687(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/
A61L 27/
A61K 35/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法であり、
前記非剥離細胞は、細胞培養器材の表面に対する細胞の接着性を向上又は改善する培養基質で処理した細胞培養器材上に細胞を播種して培養を行い、誘導開始後に細胞剥離剤で剥離処理した後に回収された剥離細胞を基にするものであり、
前記細胞剥離剤は、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼから選択される1種又は2種を含むものであり、当該トリプシン様プロテアーゼとは、塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解することができる切断特性を示すプロテアーゼである、
表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルが得られることを特徴とする、前記分化誘導方法。
【請求項2】
多能性幹細胞を播種後、3~6日経過後に誘導を開始する、請求項1に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項3】
前記誘導工程において用いる前記非剥離細胞は、前記剥離細胞に基づき、細胞培養器材の表面に対する細胞の接着性を向上又は改善する培養基質で処理した細胞培養器材上に細胞を播種し、前記細胞剥離剤を用いて剥離されなかった細胞を当該細胞培養器材に残して培養し、前記細胞剥離剤を用いて剥離した剥離細胞を回収したものである、請求項1又は2に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項4】
前記培養基質は、ラミニン又はその断片である、請求項1~3の何れか一項に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項5】
前記非剥離細胞を用いて次の培養を行う、請求項1~4の何れか一項に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞(iPS細胞)である、請求項1~5の何れか一項に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項7】
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞であり、
当該人工多能性幹細胞が、表皮角化細胞由来の人工多能性幹細胞である、請求項1~6の何れか一項に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
【請求項8】
細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を含み、
前記非剥離細胞は、細胞培養器材の表面に対する細胞の接着性を向上又は改善する培養基質で処理した細胞培養器材上に細胞を播種して培養を行い、誘導開始後に細胞剥離剤で剥離処理した後に回収された剥離細胞を基にするものであり、
前記細胞剥離剤は、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼから選択される1種又は2種を含むものであり、当該トリプシン様プロテアーゼとは、塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解することができる切断特性を示すプロテアーゼである、
表皮角化細胞の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の表皮角化細胞の製造方法で得られた表皮角化細胞を用いる、3次元培養皮膚モデルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法、表皮角化細胞の製造方法、3次元培養皮膚モデルの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞とは、体を構成するほとんどすべての細胞に分化できる幹細胞として、移植治療、再生医療、化粧品、創薬、症状や疾患に関するオーダーメイド(医薬品、医療)、肌に関するオーダーメイド(化粧品、スキンケア等)等といった医薬分野や化粧分野等の幅広い分野において注目され、これらの分野への研究や開発さらに利用が進められている。そして、現在までに樹立されている多能性幹細胞として、ES細胞(胚性幹細胞)、EG細胞(胚性生殖細胞)、及びiPS細胞(「人工多能性幹細胞」ともいう)、間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal stem cell)やMuse細胞(Multi lineage differentiating stress enduring cells)等の体性幹細胞等が知られており、今後の技術の発達や新たな知見により、多能性幹細胞の種類は増えていくであろう。
【0003】
例えば、ES細胞はヒト等の哺乳動物の受精卵が分裂を繰り返した後の、胚盤胞期の胚の一部から作成される細胞として知られている。また、iPS細胞とは、細胞を培養して人工的に作られた多能性の幹細胞のことであり、具体的には、ヒト等の哺乳動物の皮膚や血液などの体細胞に、ごく少数の因子(未分化細胞特異的遺伝子)を導入し、培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつ多能性幹細胞に変化する細胞として知られている。また、近年のダイレクトリプログラミング技術の発達により、間葉系幹細胞やMuse細胞が、体性幹細胞として用いられるようになってきており、例えば、Muse細胞は、血液や骨髄、各臓器の結合組織に存在し、内胚葉(肺や肝臓、膵臓など)、中胚葉(心臓や腎臓、骨、血管など)、及び外胚葉(神経組織や表皮など)の様々な細胞に分化する能力があることが知られている。
【0004】
そして、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞等のような多能性幹細胞は、ケラチノサイトを含む体の全種類の細胞に分化する能力を維持しながら、インビトロで長期間増殖させることができることも知られており、これら幹細胞からケラチノサイトへの分化誘導の検討が種々行われている。
【0005】
例えば、特許文献1では、多能性幹細胞の分化によって生着可能なケラチノサイト幹細胞を提供する方法であって、(a)規定された基本培地の存在下において浮遊培養で多能性幹細胞の凝集体を形成させること;(b)開始凝集体の形成を促すために、レチノイン酸およびBMP4を含有する開始培地の存在下において浮遊培養で凝集体を培養すること;(c)ケラチノサイト前駆細胞を含む細胞集団の形成を促すために、コレラ毒素およびTGFβR1キナーゼ阻害剤を含有するケラチノサイト前駆体培地中で開始凝集体を培養すること;及び(d)生着可能なケラチノサイト幹細胞を含む細胞集団の形成を促すために、ケラチノサイト幹細胞成熟培地中でケラチノサイト前駆細胞を培養すること、を含む、方法が開示されている。
【0006】
例えば、特許文献2では、表皮誘導を刺激する薬剤およびケラチノサイトの最終分化を刺激する薬剤の存在下で、ヒト多能性幹細胞を、外胚葉分化を支持する細胞と一緒に共培養する工程を含む、ヒト多能性幹細胞に由来するヒトケラチノサイト集団を得るためのex vivoにおける方法が開示されている。
【0007】
例えば、特許文献3では、器官型血管新生化組織、皮膚、若しくは粘膜等価物又は組成物の調製方法であって、(i)哺乳動物の多能性幹細胞の調製物を入手し、前記細胞を細胞培養条件下で培養することで、以下の分化細胞型:内皮細胞(SC-EC)、血管平滑筋細胞/周皮細胞(SC-vSMC)、線維芽細胞(SC-Fib)、及びケラチノサイト(SC-KC)の形成を誘導する工程と、(ii)パート(i)の前記SC-EC、SC-vSMC、及び任意でSC-Fibをスキャフォールド内又は上に播種し、更に前記細胞を細胞培養条件下で培養することで、血管新生化真皮層の形成を誘導する工程と、(iii)パート(i)の前記SC-KCを、パート(ii)の血管新生化真皮層上に播種し、更に前記細胞を細胞培養条件下で培養することで、前記血管新生化真皮層上での角質化表皮の重層化層の形成を誘導して、器官型血管新生化皮膚又は粘膜等価物を得る工程とを含むことを特徴とする、方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2017-532047号公報
【文献】特表2011-525370号公報
【文献】特表2018-518970号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、幹細胞は分化多能性を有しており長期間増殖させることが可能であるため、多能性幹細胞を用いて表皮角化細胞を得、当該表皮角化細胞を用いた3次元培養皮膚モデルの作製を検討することにした。本発明者らは、多能性幹細胞から3次元培養皮膚モデルを作製する手法を確立することで、遺伝子編集実験をはじめとした、通常の細胞を用いた実験系では行うことができなかった皮膚生理機能研究に関する実験がより容易に行うことができると考えた。
【0010】
しかしながら、本発明者らは、既に文献や特許文献等で報告のある表皮角化細胞への分化誘導方法を用いて、多能性幹細胞であるiPS細胞から表皮角化細胞を得、当該iPS細胞由来の表皮角化細胞を用いて3次元培養皮膚モデルを作製し、当該皮膚モデルの状態を確認し検討したところ、当該皮膚モデルには角層ができていなかった若しくは、角層が薄くなって所定以上の平面の広さにまで連続的に重層化部分ができていなかった。本発明者らは、このような角層が所定以上の厚さを有しながら、面積の広さにまで連続的に重層化されていない3次元培養皮膚モデルは、試験結果にばらつきを生じさせる可能性が高いため、皮膚生理機能研究等に用いることができないという問題点を見出した。この原因としては、本発明者らは、鋭意検討した結果、多能性幹細胞から表皮角化細胞にするための従来の分化誘導方法では、分化誘導後に得られる細胞の質又は量等(例えば、得られた細胞群中における多能性幹細胞由来の表皮角化細胞の質又は量等)に問題があるためと考えた。
【0011】
そこで、本発明は、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルを製造できる表皮角化細胞を、多能性幹細胞から誘導するための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導する際に、その途中過程において、細胞培養器材から細胞剥離剤で剥離できなかった細胞(以下、「非剥離細胞」ともいう)を用いて少なくとも1回培養を行い表皮角化細胞を得、当該表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルが得られることを見出した。
通常であれば細胞培養器材から細胞剥離剤で剥離させた剥離細胞を選別採取し、採取された剥離細胞を用いて培養を行うため、細胞培養器材に細胞剥離剤で剥離できず残った非剥離細胞は細胞培養器材ごと処分されていた。しかしながら、本発明者らは、分化誘導工程において、あえてこのような非剥離細胞を引き続きコンフルエントになるまで培養を行い細胞群として得、この細胞群を基に得られた表皮角化細胞を、3次元培養皮膚モデルに適用した際に、角層が連続的に重層化した3次元培養皮膚モデルが得られることを本発明者らは新たに見出した。これにより、本発明者らは、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法、表皮角化細胞の製造方法及び3次元培養皮膚モデルの製造方法等を提供するに至った。本発明は、以下の〔1〕~〔12〕のとおりである。
【0013】
〔1〕
多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法であり、
表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルが得られることを特徴とする、前記分化誘導方法。
〔2〕
多能性幹細胞を播種後、3~6日経過後に誘導を開始する、前記〔1〕に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔3〕
前記細胞剥離剤は、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼから選択される1種又は2種以上を含むものである、前記〔1〕又は〔2〕に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔4〕
前記細胞剥離剤は、トリプシン、及び/又は、微生物由来のトリプシン様プロテアーゼを含むものである、前記〔1〕又は〔2〕に記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔5〕
前記非剥離細胞は、前記細胞剥離剤で処理する前に、細胞培養器材上を培養基質で処理した後に細胞を播種して培養を行い、その後細胞剥離剤で処理した後の細胞である、前記〔1〕~〔4〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔6〕
前記非剥離細胞は、前記細胞剥離剤で処理する前に、細胞培養器材上を培養基質で処理した後に細胞を播種して培養を行い、その後細胞剥離剤で処理した後の細胞であり、
当該培養基質は、ラミニン又はその断片である、前記〔1〕~〔5〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔7〕
前記非剥離細胞は、誘導開始後に培養を行い、当該培養の際に細胞剥離剤で剥離処理した後に回収された剥離細胞を基にするものである、前記〔1〕~〔6〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔8〕
前記非剥離細胞を用いて次の培養を行う、前記〔1〕~〔7〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔9〕
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、前記〔1〕~〔8〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔10〕
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞であり、
当該人工多能性幹細胞が、表皮角化細胞由来の人工多能性幹細胞である、前記〔1〕~〔9〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法。
〔11〕
細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を含む、表皮角化細胞の製造方法。
〔12〕
前記〔1〕~〔11〕の何れか一つに記載の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法を用いて製造された、表皮角化細胞を用いる、3次元培養皮膚モデルの製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルを製造できる表皮角化細胞を、多能性幹細胞から誘導するための技術を提供することができる。なお、ここに記載された効果に必ずしも限定されるものではなく、本明細書中に記載されたいずれかの効果であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】多能性幹細胞からの表皮角化細胞への分化誘導条件の検討の概略図を示す。なお、KCは、ケラチノサイト(表皮角化細胞)の略である。
図2】左図は、剥離細胞系の表皮角化細胞を用いて3次元培養皮膚モデルを製造したときの図である。右図は、非剥離細胞系の表皮角化細胞を用いて3次元培養皮膚モデルを製造したときの図である。非剥離細胞系の表皮角化細胞を用いた場合に、層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルを製造できる。
図3】細胞培養器材に対しiMatrixコート剤(培養基質:ラミニン511-E8断片)を用いた場合の細胞の状態を示す顕微鏡観察の図である。
図4】多能性幹細胞維持工程における播種から培養開始時までの日数 4日及び5日の場合における、誘導開始後の誘導工程における光学顕微鏡観察による細胞の状態を示す図である。
図5】TrypLE(商標)セレクト及びトリプシンの各細胞剥離剤を用いた場合の剥離状況を示す図である。図5上段「細胞剥離剤:TrypLE(商標)Select酵素」がTrypLE(商標)セレクト酵素の結果図であり、多能性幹細胞維持工程における播種から培養開始時までの日数4日、5日、6日のときの細胞状況である。図5下段「細胞剥離剤:トリプシン」がトリプシンの結果図であり、この図は培養開始時までの日数5日のときの細胞状況である。
図6】本実施形態における3次元培養皮膚モデルの合否の評価基準を示す図例であり、3次元培養皮膚モデルを垂直方向で切断し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色後に光学顕微鏡にて観察したときの断面である。左図は、角層が全く形成されず、重層化角層の範囲(X軸方向):0%の不合格(×)の図例である。中央図は、角層の重層化が所定の範囲(X軸方向)以下しかみられず、重層化角層の範囲(X軸方向):合格基準80%以上のときの30%での不合格(×)の図例である。右図は、角層の重層化が所定の範囲(X軸方向)以上みられ、重層化角層の範囲(X軸方向):合格基準80%以上のときの100%での合格(○)の図例である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本技術を実施するための好適な実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。なお、本明細書において百分率は特に断りのない限り質量による表示である(質量/質量%)。また、各数値範囲(~)の上限値(以下)と下限値(以上)は、所望により、任意に組み合わせることができる。
【0017】
1.本実施形態における多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法
本発明における実施形態は、多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法を提供するものであり、好適には表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルが得られることを特徴とするものである。また、本実施形態は、表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルを得るための、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法であってもよい。
また、本実施形態では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導することを少なくとも含む、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法であってもよい。当該多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法は、さらに、多能性幹細胞の未分化維持の状態で培養又は継代操作後の培養を行うことと、当該未分化維持後の多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導することを少なくとも含むことが好適である。また、本実施形態における分化誘導方法は、多能性幹細胞からの表皮角化細胞の製造方法であってもよい。
なお、本明細書では、「継代操作」とは培養した細胞の一部を採取し、新たな別の培養容器に移す操作を意味するものであり、「培養」とは、特に限定される意味ではないが、例えば、培養足場に細胞を播種し、維持又は分裂増殖、若しくは分化させることをいう。
【0018】
本明細書では、「分化誘導すること」等の「こと」を、「工程」又は「ステップ」としてもよいし、「工程」を「こと」又はステップとしてもよいし、「ステップ」を「こと」又は「工程」としてもよい。また、本実施形態では、「工程」等の「工程」は、「工程を行うように構成されている装置又は部」であってもよく、「装置」は、「機構又は部」であってもよく、「部」は、「機構、装置又はシステム等に備えるための部又は装置」であってもよい。
【0019】
また、本実施形態では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を少なくとも含むことが好適である。さらに、多能性幹細胞の未分化維持の状態で培養又は継代培養を行う未分化維持工程と、当該未分化維持工程を経た多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を少なくとも含む、表皮角化細胞の製造方法又は当該製造方法によって得られた表皮角化細胞の提供であってもよい。
さらに、本発明における別の実施形態として、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を含む、表皮角化細胞の製造方法を提供することもできる。
また、本発明における別の実施形態として、前記多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法を用いて製造された、表皮角化細胞又は当該表皮角化細胞の製造方法を提供することもできる。
【0020】
さらに、本実施形態では、本実施形態における分化誘導方法を用いて得られた表皮角化細胞を用いた3次元培養皮膚モデルの製造方法を提供してもよい。また、本実施形態では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程、分化誘導工程後の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を用いて、3次元培養皮膚モデルの構築工程を含む、3次元培養皮膚モデルの製造方法を提供してもよい。
【0021】
1-1.使用原材料等
1-1-1.多能性幹細胞
本実施形態では、多能性幹細胞を用いる。
本発明に用いる多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ増殖能を併せ持つ幹細胞であり、特に限定されないが、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植によるクローン胚由来の胚性幹細胞(ntES細胞)、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)人工多能性幹細胞(iPS細胞)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞等を由来とする体細胞性幹細胞(Muse細胞や間葉系幹細胞等)等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。これら細胞は、公知の製造方法にて製造したり、市場や公的機関等から取得したりすることができる。当該細胞は、好適には哺乳動物の細胞、特にヒト細胞を由来にすることが好適である。
【0022】
胚性幹細胞(ES細胞)は、ヒトやマウス等の哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された幹細胞である。精子幹細胞は、精子由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される細胞である。
【0023】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、ある特定の再プログラミング因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。再プログラム化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であれば良く、特に限定されないが、例えばOCT3/4、SOX2及びKLF4; OCT3/4、KLF4及びC-MYC; OCT3/4、SOX2、KLF4及びC-MYC; OCT3/4及びSOX2; OCT3/4、SOX2及びNANOG; OCT3/4、SOX2及びLIN28; OCT3/4及びKLF4などの組み合わせである。
【0024】
前記多能性幹細胞は、ES細胞及び/又はiPS細胞が好適であり、より好適にはiPS細胞である。当該iPS細胞は、哺乳動物(好適にはヒト)の細胞を由来とするものが好適である。通常、iPS細胞の作製に用いる細胞は、特に限定されず、体細胞由来のiPS細胞が好適である。
【0025】
本実施形態では、iPS細胞の作製に用いる体細胞としては、分化細胞が好適であり、当該分化細胞のうち、皮膚系の細胞が好適であり、このうち、角化細胞(「表皮角化細胞」、「皮膚角化細胞」又は「ケラチノサイト」ともいう。)がより好適である。さらに、本実施形態において、角化細胞を用いて作製されたiPS細胞(以下、「角化細胞由来iPS細胞」ともいう)が、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルをより良好により効率よく製造できる表皮角化細胞を得る観点から、好適である。なお、表皮角化細胞由来のiPS細胞は、公知の表皮角化細胞由来のiPS細胞の製造方法を用いて、得ることができる(例えば、参考文献1:Okita K. et.al., Nature Methods, 2011,8:409-12.)。
【0026】
なお、本実施形態に用いる体細胞は、卵子、卵母細胞、ES細胞等の生殖系細胞又は分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好適には、ヒトを含む哺乳動物の動物細胞)をいう。体細胞は、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、及び成熟した健全な若しくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代培養、及び株化細胞のいずれも包含される。
【0027】
体細胞として、より具体的な例として、例えば、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞);組織前駆細胞;リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞、角化細胞、毛細胞、幹細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞、脳細胞、胚細胞、腎細胞、及び脂肪細胞等の分化した細胞;等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
【0028】
1-1-2.培養基質(コート剤)
本実施形態では、培養基質を含むコート剤を用い、当該コート剤を用いて細胞培養器材と細胞とが接する部分を培養基質でコートすることが好適である。当該培養基質により細胞培養器材の表面をコートすることで、細胞培養器材の表面に対する細胞の接着性を向上又は改善することができる。コーティング処理は、培養基質を含む溶液を細胞培養器材に入れた後、当該溶液を適宜除去すること等が挙げられるが、これに特に限定されず、公知のコーティング処理を適宜採用することができる。
【0029】
培養基質として、特に限定されないが、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、マトリゲル、フィブリン、トロンビン等の細胞外マトリックス;ポリL-リシン、ポリD-リシン等のアミノ酸ポリマー等及びこれらの断片等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
培養基質のうち、ラミニン及びその断片が好適である。
【0030】
ラミニン及びその断片として、ラミニン511(α5鎖、β1鎖、γ1鎖からなるラミニン)及びその断片を用いることが好適である。ラミニンとは、基底膜の主要な細胞接着分子であり、α鎖、β鎖、及びγ鎖の3本のサブユニット鎖からなるヘテロ3量体で、分子量約80万Daの巨大な糖タンパク質である。3本のサブユニット鎖がC末端側で会合してコイルドコイル構造を作りジスルフィド結合によって安定化したヘテロ3量体分子をいう。よって、ラミニン511とは、α鎖がα5であり、β鎖がβ1であり、並びにγ鎖がγ1であるラミニンを意味する。
さらに、ラミニンは、変異体であってもよく、インテグリン結合活性を有している変異体であれば、特に限定されない。ラミニンはヒト由来のものが好適である。ラミニン及びその断片は、インテグリンα6B1との結合活性が解離定数10nM以下を示すものが好適である。ラミニン又はラミニン断片は、市販品を用いることが好適である。
【0031】
ラミニン断片として、ラミニン511をエラスターゼにて消化して得られる断片であるE8フラグメント(ラミニン511E8断片又はラミニン511E8ともいう)(参考文献2:Ido H, et al, J Biol Chem. 2007, 282, 11144-11154)、遺伝子組み換えカイコ繭より発現した組み換えヒトラミニン511E8断片等が挙げられる。
ラミニン及びその断片のうち、ラミニン断片が好適であり、より好適にはラミニン511断片、さらに好適にはラミニン511E8断片であり、さらにヒト由来が好適である。
【0032】
培養基質(コート剤)でコートする細胞培養器材は、通常、多能性幹細胞の細胞培養に用いることができる細胞培養器材が好適であり、例えば、フラスコ、ディッシュ、シャーレ、ボトル、プレート等が挙げられるがこれらに限定されない。当該細胞培養器材の材質(製)は、特に限定されないが、スチレン系樹脂(ポリスチレン又はスチレン共重合体等)、ポリカーボネート、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、エチレン共重合体等)、(メタ)アクリル系樹脂、シリコーン樹脂、アミノ樹脂、フッ素樹脂、及びポリイミド樹脂等の合成樹脂(好適にはプラスチック)、ガラス基材から選択される1種又は2種以上が好適である。このうち、プラスチック(より好適には、スチレン系樹脂、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレン)、スチレン系樹脂、ポリカーボネート)が好適であり、さらにこのうちスチレン系樹脂(より好適にはポリスチレン)が好適である。
【0033】
1-1-3.細胞剥離剤
本実施形態では、細胞剥離剤を用い、当該細胞剥離剤として、一般的に動物細胞培養の際に細胞培養器材と培養細胞とを剥離するために用いる細胞剥離成分又は当該成分を含む剤が好適である。
細胞剥離に用いる成分としては、トリプシン系プロテアーゼ(トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ等)及びキモトリプシン等のセリンプロテアーゼ;ディスパーゼ等の金属プロテアーゼ;アクチナーゼ等のCa依存性プロテアーゼ;中性プロテアーゼ;プロテアーゼ及びコラゲナーゼ活性を有するプロテアーゼ等の酵素剥離系と、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、クエン酸ナトリウム等の酵素フリー剥離系;TrypLE(商標)等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができるが、これらに特に限定されない。細胞剥離剤として、市販の細胞剥離剤を用いてもよい。また、細胞剥離手段として、物理的な細胞剥離手段を使用してもよく、例えば、セルスクレーパー(コーニング社製)等の培養細胞の剥離器材を使用してもよい。
【0034】
前記細胞剥離剤のうち、酵素又は酵素を含むものが好適であり、当該酵素として、さらにプロテアーゼ系酵素が好適であり、よりさらにトリプシン系酵素が好適であり、より好適にはトリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素等のトリプシン系プロテアーゼ;TrypLE(商標)セレクト酵素;トリプシン様作用を有する組換えタンパク質(より好適には遺伝子組換えの微生物由来トリプシン様プロテアーゼ)である。「トリプシン系酵素」とは、トリプシン及びトリプシン様酵素を含む意味である。
「トリプシン様」とは、トリプシンと同様又は類似の動態及び切断特性を示すものが好適であり、より好適には、細胞剥離において、プロトコールの変更を行うことなく、トリプシンを直接置き換え可能である。トリプシンの切断特性としては、塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解することができる特性である。
また、酵素の由来は、動物由来、微生物由来のいずれでもよいが、微生物由来が好適であり、プロテアーゼ又はトリプシンを産生可能なように遺伝子組換えされた遺伝子組換え微生物由来がより好適であり、さらに遺伝子組換え真菌由来がさらに好適である。
【0035】
前記細胞剥離剤は、プロテアーゼ、及び/又は、TrypLE(商標)セレクト酵素を含むものが好適であり、当該プロテアーゼは、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素から選択される1種又は2種以上を用いることがより好適であり、さらに好適にはトリプシン及び/又はTrypLE(商標)セレクト酵素である。また、好適な細胞剥離剤としては、例えば、トリプシン、TrypLE(商標)セレクト酵素、及び当該TrypLE(商標)セレクト酵素及び0.5~1.5mMEDTAを含む細胞剥離剤などが挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
【0036】
なお、細胞剥離剤を用いて接着細胞を細胞培養器材から剥離する処理は、物理的処理を併用することが好適である。物理的処理として、例えば、ピペッティング操作(吸引・噴射等)等による水流発生手段、接着細胞を剥離可能なヘラ状スクレーパー等掻き取り手段等が挙げられるが、水流発生手段(好適には、吸引及び噴射による剥離後の剥離細胞の回収)が、細胞損傷低減の観点から、好適である。
また、回収した剥離細胞は、遠心分離等の分離手段を行ってもよく、これによりさらに単一細胞を回収して次の細胞培養に用いてもよい。
【0037】
1-1-4.多能性幹細胞の培養培地
多能性幹細胞の培養培地としては、一般的に多能性幹細胞の培養に用いている公知の培養培地又は市販の培養培地を用いることができる。多能性幹細胞の培養培地としては、血清を含む又は無血清、オンフィーダー又はフィーダーフリー等から選択される1種又は2種以上を含む培養培地が挙げられる。
【0038】
なお、無血清培地、血清を含まない培地とは、未処理又は未精製の血清を含まない培地を意味し、例えば、精製した血液由来成分又は動物組織由来成分(例えば、成長因子)を含む培地を含み得る。血清として、幹細胞と同じ動物から得られた血清が、異種動物由来成分の混入を防止する観点から、好適である。
また、フィーダー細胞とは、増殖や分化を起こさせようとする目的の細胞の培養条件を整えるために用いる、補助役を果たす他の細胞種をいう。通常、フィーダー細胞は増殖しないようにあらかじめガンマ線照射や抗生物質によって処理されている。
【0039】
多能性幹細胞の培養培地として、動物由来成分不含(Xeno-free)及び/又はフィーダーレス(又はフィーダーフリー)培地であることが好適であり、より好適には動物由来成分及びフィーダーフリー培地であることがより好適であり、さらに、ヒト多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)の未分化を維持しながら増殖させる未分化維持培養を達成し、ケラチノサイト等への分化能維持にも適する、未分化維持培養に用いることができる未分化維持用培地を使用することがより好適である。また、多能性幹細胞の培養培地は、血清の代替品を含有してもよく、例えば、アルブミン、植物性デンプン、デキストラン、脂肪酸、コラーゲン等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を使用することができる。さらに、脂肪酸、脂肪、アミノ酸、ビタミン、成長因子、サイトカイン、抗酸化物質、緩衝材及び無機塩等から選択される1種又は2種以上を含むことができる。
【0040】
多能性幹細胞の培養培地の市販品として、例えばStemFit(R)AK02N;市販品の基礎培地として、例えばTeSR、必須(Essential)8培地、BME、BGJb、CMRL1066、グラスゴーMEM、改良MEM亜鉛オプション(Zinc Option)、IMDM、Medium199、イーグルMEM、αMEM、DMEM、Ham、RPMI1640、フィッシャー培地等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができるが、これらに限定されない。このうち、StemFit(R)AK02Nが、多能性幹細胞の未分化維持用培地として好適であり、また、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化用培地(分化誘導開始用培地及び/又は分化維持用培地)としては、CnT-07培地が好適であり、これらの培地はヒト表皮角化細胞を由来とするiPS細胞(ヒト表皮角化細胞由来又はヒトケラチノサイト由来のiPS細胞ともいう)に用いて培養するときに、より好適である。
【0041】
多能性幹細胞の培養培地に、多能性幹細胞の未分化維持や分化誘導、アポトーシス抑制、生存率向上等の各種目的の成分又は剤を配合することで、多能性幹細胞の未分化維持、分化誘導を行うことができる。配合する各種目的の成分又は剤は、適宜、市販品を用いることができる。
例えば、未分化維持工程に用いる培地として、一般的に用いられている多能性幹細胞の培養培地(好適には未分化維持用培地)を用いることができ、これに、例えばiPS細胞の分散時に生じるアポトーシスを抑制する成分を配合してもよく、例えば「Y-27632」(CAS RN(R). 331752-47-7;C1421O・2HCl・HO=338.27)」が挙げられる。 例えば、分化誘導工程に用いる培地として、一般的に用いられているような、表皮角化細胞の培養培地(好適には分化用培地)を用いることができ、分化誘導開始する際に、多能性幹細胞の分化誘導開始用の成分を配合してもよい。
さらに、多能性幹細胞の表皮角化細胞への分化と細胞維持のための培地(分化用培地)に、表皮角化細胞の分化維持用の成分を配合してもよく、当該分化維持用の成分として、特に限定されないが、例えば、ヒト上皮細胞成長因子及びY-27632が、表皮角化細胞を得る場合には好適である。
【0042】
例えば、分化誘導開始用(「分化誘導促進用」ともいう)の成分としては、BMP4、線維芽細胞増殖因子(例えば、FGF1)、上皮細胞成長因子(例えば、EGF)、アスコルビン酸、コレラ毒素、ニコチンアミド、サイクリックAMP類似体(例えば8-Br-cAMP)、TGFβRIキナーゼ阻害剤II(TGFRKi)及びレチノイン酸(例えばオールトランスRA)等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
また、例えば、表皮角化細胞の増殖促進用の成分としては、例えば、ペプチドホルモン、サイトカイン、リガンド-受容体複合体等の可用性成長因子;産生FGF(FGF1)、BMP-4、EGF等の増殖因子等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
このときの増殖又は分化を促進させるための成分の有効な濃度として、好適には、約0.01~約500μg/mL、より好適には約0.1~約500ng/mL又は約1~100ng/mLの範囲であってよい。
【0043】
また、単一細胞の培養(未分化維持培養、分化誘導培養、継代培養、細胞維持培養等)を行う場合には、クローニング効率や細胞の生存率を高めるために用いる低分子、例えばROCK阻害剤の存在下で行ってもよい。当該ROCK阻害剤又はROCK阻害成分として、例えば、Y-27632、HA-1077、H-1152、HA-100及びブレビスタチン等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。このときの成分の有効な濃度として、例えば、少なくとも若しくは約0.02、0.05、0.1、0.2、0.5、1、2、3、4、5、10、15、20、25、30、35、40、45、50~約100μM、又はこの範囲から導き出される任意の濃度で使用することができる。
【0044】
1-2.本実施形態における分化誘導方法
本実施形態では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を少なくとも含むことが好適である。さらに、多能性幹細胞の未分化維持の状態で培養又は継代培養を行う未分化維持工程と、当該未分化維持工程を経た多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を少なくとも含むことが好適である。本実施形態における分化誘導方法は、多能性幹細胞からの表皮角化細胞の製造方法であってもよい。
【0045】
本実施形態では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導に際し、多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いること、当該誘導工程のうちで少なくとも1回の細胞培養又は継代培養において当該非剥離細胞を用いることが好適である。これにより、表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルを得ること;当該角層が重層化した3次元培養皮膚モデルを製造することができる又は製造するために用いる表皮角化細胞を得ることができる。さらに、当該表皮角化細胞を用いることによる、3次元培養皮膚モデルの製造方法及びより品質の良好な3次元培養皮膚モデルを提供することもできる。
【0046】
なお、本実施形態において、動物細胞を培養する際には、通常用いられている動物細胞の培養が可能な装置及び環境条件において、無菌操作可能で行うことができ、例えば、細胞培養において、通常、5%CO及び培養温度37℃の環境下にて、pHが中性付近になるように制御可能な動物細胞培養装置(例えば、炭酸ガスインキュベータ)を用いることができ、また、当該装置は、分化誘導工程、3次元培養皮膚モデル製造工程等において、5%CO及び培養温度37℃の環境下に制御できることが好適である。
また、本実施形態における分化誘導方法の説明において、上述した「1-1.」等と重複する、多能性幹細胞剥離剤、培養基質、細胞培養器材などの各構成や各処理方法などの説明については適宜省略するが、当該「1-1.」等の説明が、本実施形態にも当てはまり、適宜採用することができる。また、本実施形態において、後述する「2.」「3.」等の説明も、本実施形態に当てはめることができ、適宜採用することもできる。
【0047】
1-2-1.未分化維持工程(多能性幹細胞維持工程)
本実施形態では、分化誘導工程の前に、多能性幹細胞維持工程を行ってもよいし、取得又は作製された多能性幹細胞を用いて、この未分化維持工程を省略して直ちに分化誘導工程を行ってもよい。
本実施形態では、分化誘導工程の前に、多能性幹細胞を播種後、一定期間、未分化状態を維持する培養を行うことが好適であり、これにより、分化誘導開始後の細胞状態(単一細胞の数及び形状)を良好にすることができるので、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルをより良好に製造できる表皮角化細胞を、多能性幹細胞からより効率よく誘導することができる。
【0048】
本実施形態では、より好適な態様として、分化誘導工程の前に、多能性幹細胞を播種後、所定期間未分化状態を維持する培養を行うこと、を含むことである。分化誘導工程における誘導開始時の前に、細胞が対数増殖期になるまで未分化維持培養を行うことが好適であり、このとき未分化維持用培地を1日ごとに交換することがより好適であり、当該対数増殖の期間は、図1の「播種~誘導開始」の期間の日数に算入される。所定期間として、好適には3~7日間、より好適には3~6日、さらに好適には3~5日である。また、誘導開始日を基準(0日)とした場合には、播種開始日は誘導開始日前の-2~-6日が好適であり、-3~-5日がより好適である(図1の「播種-誘導開始」の箇所参照)。
【0049】
培養培地は、StemFit(R) AK02N等の市販品の培地を用いることができ、また、当該未分化維持工程の期間内は、培養培地を適宜交換することが好適であり、好適には1~2日毎、より好適には1日毎である。当該培養培地には、多能性幹細胞のアポトーシスを抑制する成分、例えば、Y-27632等を配合することができる。また、培養基質(コート剤)及び細胞培養器材は、上記「1-1-2.」等を適宜採用することができ、より好適にはラミニン511E8断片であり、また、より好適にはポリスチレン製細胞培養器材である。
また、細胞状態(単一細胞の数及び形状等)をより好適にして、次工程である分化誘導を行うために、未分化維持工程において、複数回の培養を行ってもよく、例えば、「継代操作後の培養」を単数又は複数行ってもよい。当該培養期間は、特に限定されないが、多能性幹細胞維持のための細胞培養で行われている期間及び回数が好適であり、例えば、細胞を培養(例えば6~8日程度)後に、細胞剥離剤を用いて剥離し、剥離した細胞にて培養を行うこと等が挙げられる。多能性幹細胞維持工程にて用いる細胞剥離剤は、一般的に用いられている成分を用いることができ、例えば、上記「1-1-3.」等を適宜採用でき、プロテアーゼが好適であり、より好適には、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、微生物由来トリプシン様プロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素から選択される1種又は2種以上であり、より好適には、トリプシン、遺伝子組換え真菌由来トリプシン様プロテアーゼ、又はTrypLE(商標)セレクト酵素であり、市販品としては、例えば、後記〔実施例〕にて使用した細胞剥離剤が挙げられる。
また、細胞剥離前及び/又は剥離後に、細胞をROCK阻害剤(例えば、Y-27632等)又はミオシンII阻害剤で処理しても良い。
【0050】
1-2-2.分化誘導工程
本実施形態における分化誘導工程では、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導することを行うことが好適である。より好適な態様として、多能性幹細胞を分化誘導開始用培地にて分化誘導を開始又は促進するために培養すること、及び/又は、分化誘導開始後の多能性幹細胞を分化維持用培地にて分化維持又は分化促進をするために培養又は継代培養を行うこと、が好適である。さらに、前記分化維持又は分化促進のための培養又は継代操作後の培養では、コンフルエントに達した細胞を細胞剥離剤を用いて剥離した、剥離細胞を次の培養に用いることが好適である。
本実施形態の好適な態様として、分化誘導工程における培養工程又は継代操作後の培養を複数回行うことが好適である。
また、本実施形態のより好適な態様として、分化誘導工程における培養工程又は継代操作後の培養工程を複数回行う際に、このうち少なくとも1回の培養工程又は継代操作後の培養工程では、細胞剥離剤を用いて細胞培養器材から剥離されずに細胞培養器材に接着している非剥離細胞に、培養培地(好適には分化維持用培地)を添加して、引き続き培養を行うことであり、より好適には非剥離細胞を接着している細胞培養器材に、培養培地を添加して引き続き培養を行うことである。
【0051】
さらに好適な態様として、分化誘導工程において、多能性幹細胞を分化誘導開始用培地及び分化維持用培地にて培養し、細胞剥離剤を用いて剥離した剥離細胞を回収する培養工程(第1次培養工程)(例えば、図1のP=0)、
前記剥離細胞を分化維持用培地にて培養し、継代操作のときに細胞剥離剤を用いて細胞培養器材から剥離できずに細胞培養器材に接着している非剥離細胞を保持する培養工程(第2次培養工程)(例えば、図1のP=1残り:継代25日)、
前記非剥離細胞に、培養培地(好適には分化維持用培地)を添加して、引き続き培養し、継代操作のときに細胞剥離剤を用いて剥離した剥離細胞を回収する培養工程(第3次培養工程)(例えば、図1のP=1残り:継代29日)、
前記剥離細胞を分化維持用培地にて培養し、細胞剥離剤を用いて剥離した剥離細胞を回収する培養工程(第4次工程)(例えばP=2-B)を含むことが好適である。なお、第4次培養工程にて回収された剥離細胞は、多能性幹細胞由来の表皮角化細胞として用いることができる。なお、細胞剥離剤は、細胞を培養後にコンフルエントに達した後に用いることが好適である。また、本明細書において、1次、2次、3次、・・・、n次は、説明の便宜上、順番を付したものであり、これにより本実施形態における培養条件(例えば培養回数や他の工程の追加又は挿入など)が限定されるものではない。
【0052】
本実施形態では、多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いることが好適であり、当該非剥離細胞を、誘導工程において少なくとも1回の細胞培養又は継代培養に用いることが好適である。
前記非剥離細胞を取得するために用いられる前記細胞剥離剤は、上記「1-1-3.」等を適宜採用でき、プロテアーゼを含む細胞剥離剤が好適であり、当該プロテアーゼは、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、微生物由来トリプシン様プロテアーゼ、遺伝子組換え真菌由来トリプシン様プロテアーゼ、及びTrypLE(商標)セレクト酵素から選択される1種又は2種であることが好適であり、より好適には、トリプシン、遺伝子組換え真菌由来トリプシン様プロテアーゼ、又はTrypLE(商標)セレクト酵素である。また、当該非剥離細胞を取得するための細胞剥離剤は、TrypLE(商標)セレクト酵素を含む細胞剥離剤、又は当該TrypLE(商標)セレクト酵素及び0.5~1.5mMEDTAを含む細胞剥離剤であってもよく、TrypLE(商標)セレクト酵素に代えて、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、微生物由来トリプシン様プロテアーゼ、又は遺伝子組換え真菌由来トリプシン様プロテアーゼのいずれか又は組み合わせを配合してもよい。本実施形態では、プロテアーゼ、細胞剥離剤などは、細胞を剥離するために用いることができ、また、非剥離細胞を取得する際に使用することができる。
【0053】
前記非剥離細胞は、前記細胞剥離剤で処理する前に、細胞培養器材上を培養基質で処理した後に細胞を播種して培養を行い、その後細胞剥離剤で処理した後の細胞であることが好適である。
【0054】
また、前記非剥離細胞は、分化維持用培地(より好適にはROCK阻害剤及び上皮細胞因子を含む分化維持用培地)にて培養を行い、このとき、前記細胞がコンフルエントに達するまで培養することがより好適である。さらに、本実施形態では、当該コンフルエントに達するまでの培養後は、細胞剥離剤で処理し、当該細胞剥離剤で剥離した剥離細胞を次の培養に用いることがより好適である。
前記非剥離細胞を取得するために用いられるコート剤に含まれる培養基質は、上記「1-1-2.」等を適宜採用することができ、このうち、ラミニン又はその断片であることが好適であり、より好適にはラミニン断片であり、さらに好適にはラミニン511E8断片である。また、細胞培養器材は上記「1-1-2.」等を適宜採用することができ、より好適にはポリスチレン製細胞培養器材である。
【0055】
さらに、前記非剥離細胞は、誘導開始後に単数又は複数の培養を行い、当該培養の際に細胞剥離剤で剥離処理した後に回収された剥離細胞を基にするものであることが好適である。さらに、前記非剥離細胞を用いて次の培養を行うことが好適である。
【0056】
分化誘導工程において、多能性幹細胞の分化誘導を安定的に行うために、培養を複数回行うことが好適である。
一般的な細胞培養の態様として、細胞培養器材内がいっぱいになると、剥離に適した任意の方法にて、コロニーを凝集した細胞又は単一の細胞に分割し、継代のために新しい細胞培養器材に入れて培養を行う。この培養は、細胞を生存状態に保ち、培養条件下で長時間増殖させることができるようにするための技術である。細胞は、それらが約70~100%コンフルエントに達したときに、通常、次に培養される。当該コンフルエントは、より好適には90%以上、さらに好適には100%以上である。
【0057】
分化誘導工程における培養を行う際の継代操作後の培養の回数としては、特に限定されないが、複数回が好適であり、より好適には2~5回、さらに好適には2~4回、より好適には3回である。
【0058】
また、分化誘導工程において継代操作後の培養を通常3回行うのが望ましい。本実施形態において2回目の継代操作の際に得られた非剥離細胞を引き続き培養し、コンフルエントになった時点で3回目の継代操作を行うことが好適である。当該3回目の継代操作後の培養により、コンフルエントになった表皮角化細胞を取得し、この表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ供するのが好適である。このときの培養培地及び培養期間は、上述した分化誘導工程における培養培地と培養期間と同様でよい。
【0059】
分化誘導工程において、前記非剥離細胞を用いる場合、3次元培養皮膚モデルの作製のための表皮角化細胞を回収する培養の1~2つ前の培養に前記非剥離細胞を用いることが好適であり、より好適は、1つ前の培養に前記非剥離細胞を用いることである。
また、前記非剥離細胞を用いて培養を行った後に、次の培養に用いる細胞は、細胞剥離剤を用いて剥離された剥離細胞であることが好適である。
【0060】
なお、分化誘導工程において、剥離細胞を取得する際に用いる細胞剥離剤は、通常の細胞剥離剤の成分を用いることが好適であり、当該成分は、当該プロテアーゼは、トリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、遺伝子組換え微生物由来のトリプシン様プロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素から選択される1種又は2種であることが好適であり、トリプシン系酵素がより好適であり、さらに、トリプシン、遺伝子組換え真菌由来のトリプシン様プロテアーゼ、又はTrypLE(商標)セレクト酵素がさらに好適である。
また、分化誘導工程において、剥離細胞を取得する際に細胞培養器材をコートするコート剤は、通常のコート剤を用いることができるが、当該コート剤に含まれる培養基質は、ラミニン又はその断片であることが好適であり、より好適にはラミニン断片であり、さらに好適にはラミニン511E8断片である。また、このときの細胞培養器材の材質は、好適にはプラスチック、より好適にはスチレン系樹脂(より好適にはポリスチレン)である。
【0061】
分化誘導工程における培養環境条件としては、例えば、5%CO及び培養温度37℃の環境下にて行うことが好適である。また、分化誘導工程に用いる培養培地には、特に限定されないが、分化誘導開始時には分化誘導用の成分が培養培地に配合されていることが好適であり、より好適にはレチノイン酸及びBMP-4であり、分化維持期間には分化維持用の成分が培養培地に配合されていることが好適である。
【0062】
本実施形態における好適な態様として、前記分化誘導工程において、誘導開始後、培養(第1次培養)を行いコンフルエントに達したときに細胞剥離剤で剥離した細胞を回収すること;
前記回収された剥離細胞に基づき培養(第2次培養)を行いコンフルエントに達したときに細胞剥離剤で剥離されなかった非剥離細胞を細胞培養器材に残すこと;
前記残した非剥離細胞に基づきコンフルエントに達するまで培養し、細胞剥離剤で剥離した細胞を回収すること;
前記回収された剥離細胞に基づき培養(第3次培養)を行いコンフルエントに達したときに細胞剥離剤で剥離された細胞を回収すること;を含む。
さらに、最終的に(例えば第3次培養のときに)回収された細胞を、本実施形態における表皮角化細胞として、3次元培養皮膚モデルの製造に用いることがより好適である。
【0063】
なお、本実施形態における多能性幹細胞からの表皮角化細胞への分化誘導方法の説明において、後述する「2.」等と重複する、多能性幹細胞剥離剤、培養基質、細胞培養器材などの各構成や各処理方法などの説明については適宜省略するが、当該説明が、本実施形態にも当てはまり、適宜採用することができる。
【0064】
2.本実施形態における多能性幹細胞からの表皮角化細胞の製造方法
本実施形態における表皮角化細胞の製造方法の説明において、上述した「1.」等と重複する、多能性幹細胞剥離剤、培養基質、細胞培養器材などの各構成や各処理方法などの説明については適宜省略するが、当該「1.」等の説明が、本実施形態にも当てはまり、適宜採用することができる。また、本実施形態において、後述する「3.」等の説明も、本実施形態に当てはめることができ、適宜採用することもできる。
【0065】
本発明における別の実施形態として、表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルを得るために、多能性幹細胞からの誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導を行うことを特徴とする、多能性幹細胞からの表皮角化細胞の製造方法を提供することもできる。
さらに、本発明における別の実施形態として、細胞剥離剤で処理した後の非剥離細胞を用いる、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導工程を含む、表皮角化細胞の製造方法を提供することもできる。当該表皮角化細胞は、多能性幹細胞からより良好に誘導することができた細胞であり、細胞状態も良好であり、さらに、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルをより良好に製造できるという利点を有する。
【0066】
本実施形態では、良好な状態の表皮角化細胞又はこれらを含む表皮角化細胞群を、多能性幹細胞からより良好により簡便な作業で製造することができる。さらに、本実施形態では、より簡便により良好に安定的に重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルを製造できる。
【0067】
また、本発明における別の実施形態として、前記多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導方法を用いて製造された、表皮角化細胞を提供することもできる。さらに、本発明における別の実施形態として、本実施形態における多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を用いて、表皮角化細胞シートを製造したり、この表皮角化細胞シートを提供したりすることもできる。本実施形態における表皮角化細胞、当該表皮角化細胞シートは、皮膚に関する、再生医療用やヒト等の哺乳動物への治療目的用等として使用することができ、再生医療、皮膚移植、皮膚治療、肌に関するオーダーメイド等に適用することができるが、これらに限定されない。
【0068】
3.本実施形態における3次元培養皮膚モデルの製造方法
本実施形態における3次元培養皮膚モデルの製造方法の説明において、上述した「1.」「2.」等と重複する、多能性幹細胞剥離剤、培養基質、細胞培養器材などの各構成や各処理方法などの説明については適宜省略するが、当該「1.」「2.」等の説明が、本実施形態にも当てはまり、適宜採用することができる。また、本実施形態において、後述する説明も、本実施形態に当てはめることができ、適宜採用することもできる。
【0069】
本発明の別の実施形態として、前記表皮角化細胞を用いる、3次元培養皮膚モデルの製造方法を提供することができ、また、当該製造方法にて又は前記表皮角化細胞を用いて、得られた3次元培養皮膚モデルを提供することができる。
このとき、本実施形態における3次元培養皮膚モデルの製造方法は、本実施形態における表皮角化細胞を用いる以外は、公知の3次元培養皮膚モデルの製造方法又は培養方法を採用することができる。本実施形態では、公知の製造方法又は培養方法を採用しても、本実施形態の表皮角化細胞を用いることで、効率よく、3次元培養皮膚モデルを得ることができるという利点がある。
【0070】
従来の手法を用いた多能性幹細胞から誘導された表皮角化細胞は、これを用いて得られた3次元培養皮膚モデルを観察したところ角層が十分に重層化されておらず、品質のよい3次元培養皮膚モデルを形成できなかったことから、品質に問題があった。このような品質に問題のある多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を用いて製造された3次元培養皮膚モデルは、3次元培養皮膚モデルとしての品質がよくない(例えば、角層が不連続的に未形成等)ため、皮膚生理機能試験又はインビトロ試験に使用すると、トラブル発生や結果の再現性等が頻発するので望ましくない。
【0071】
多能性幹細胞から誘導した表皮角化細胞を用いて、角層が重層化している3次元培養皮膚モデルが作製できれば、遺伝子編集実験や個人の肌質の再現のような、通常の表皮角化細胞では行うことのできなかった実験も可能となる。そして、本実施形態において、多能性幹細胞から分化誘導された表皮角化細胞を用いて製造された3次元培養皮膚モデルは、広範囲に連続的に角層が重層化されているため、高品質の3次元培養皮膚モデルといえ、前述のような、通常の表皮角化細胞では行うことのできなかった実験も可能となり、さらに、動物の皮膚により近い皮膚生理機能試験又はインビトロ試験等を行うこともできる。さらに、本実施形態を用いた皮膚生理機能試験又はインビトロ試験等はより信頼性の高い結果を提供することもでき、また、動物愛護の観点からも好ましい。また、本実施形態では、スフェロイドを使わなくとも3次元培養皮膚モデルを製造できるため、スフェロイドを製造することによる手間とコストの低減にも繋がるであろう。
【0072】
さらに、本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、角層が2層以上存在する重層化しているためよりヒト等に近い皮膚状態にあり、さらに当該重層化された角層が平面上の広範囲(X軸方向)で形成されている。本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、2層で構築され、上層は重層化した本実施形態の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞に基づいた角層、下層は線維芽細胞を包埋したコラーゲンゲル層から成るように構成されており、ヒトの皮膚構造に似せて作られている。なお、当該線維芽細胞の由来は、特に限定されず、哺乳動物(好適にはヒト)由来であってもよく、体細胞の線維芽細胞(例えば、ヒト皮膚線維芽細胞)や多能性幹細胞由来の線維芽細胞を用いてもよく、より好適にはヒト皮膚線維芽細胞である。
上層の原料に、本実施形態の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を用いる以外は、公知の3次元培養皮膚モデルの製造方法を適宜採用して、本実施形態の3次元培養皮膚モデルを製造することができる。
【0073】
本実施形態における3次元培養皮膚モデルの製造方法の一例を、以下に示すが、本実施形態はこれに限定されない。本実施形態の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を用いて、3次元培養皮膚モデルを製造する際には、一般的な細胞培養プレート等の細胞培養装置を用い、一般的な培養条件で行うことができる。三次元培養皮膚モデル製造のための培養インサート等の培養容器を用いることができ、当該培養容器として、例えば皮膚組織培養用セルカルチャーインサート等が挙げられる。当該培養容器の材質としては、特に限定されないが、ポリカーボネート等が挙げられる。これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
【0074】
培養インサート以外に用いる支持体としては、特に限定されず、例えば、コラーゲンゲル、コラーゲンスポンジ、細胞が除去された無細胞化真皮、フィーダー細胞として真皮線維芽細胞を組み込んだもの等が挙げられ、これらから1種又は2種以上を選択することができるが、コラーゲンゲルを用いることが好適である。
【0075】
公知の3次元培養皮膚モデルの製造方法として、例えば、コラーゲン・ゲル培養法等が挙げられるが、これに限定されない。当該コラーゲン・ゲル培養方法としてコラーゲン・ゲル包埋方法(3D培養)、コラーゲンゲル上培養方法、コラーゲン・コート方法等が挙げられ、これらから1種又は2種以上を選択することができる。
【0076】
本実施形態の好適な製造方法の態様として、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルの上に本実施形態の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を播種し培養する表皮角化細胞の培養工程を少なくとも含むことが好適である。さらに、より好適な態様として、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルを作製するコラーゲンゲル作製工程と、線維芽細胞を含むコラーゲンゲルの上に本実施形態の多能性幹細胞由来の表皮角化細胞を播種し培養する表皮角化細胞の培養工程を少なくとも含むことが好適である。さらに、培養工程後に、前記表皮角化細胞の層を覆っている培地を除去して前記表皮角化細胞を空気暴露し、その後一定期間(好適には、12~14日)経過後に、3次元培養皮膚モデルを得ることができる。
培養条件は、由来のとなる動物細胞の培養可能な条件を適宜選択することができ、培養温度の場合、例えば、ヒト由来の場合、好適は37℃程度の36~38℃であり、培養時の雰囲気において、当該雰囲気中の二酸化炭素濃度は例えば、2~5%や5%CO濃度が挙げられ、当該雰囲気中の酸素濃度は特に限定されないが、例えば3~20%O濃度が挙げられ、これら以外は空気又は窒素ガスで当該雰囲気を適宜調整してもよい。また、使用する培地は、工程ごとに及び時期ごとに適した市販品を適宜採用することができる。
播種する細胞数は、1ウェルあたり、好適には10~10cellsであり、より好適には1~5×10cellsである。
【0077】
本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、組織固定及びスクロース置換後に包埋し、10μm厚切片にして、HE染色及び顕微鏡観察により、切片部分の線維芽細胞層及び表皮角化細胞層の2層がみえるように側面方向から観察したときに、エオジンで赤色に染色される角層の連続的重層化部分が、皮膚切片の横軸方向の範囲80%以上で形成されていることが好適である。当該連続的重層化角層の範囲は、より好適には90%以上、さらに好適には95%以上、より好適には100%である。
【0078】
本実施形態の3次元培養皮膚モデルの合否判断については、後記〔実施例〕記載の<3次元培養皮膚モデルの合否判定>に従って行うことができる。
【0079】
本実施形態における3次元培養皮膚モデルの製造方法では、多能性幹細胞からより良好に誘導できた表皮角化細胞を用いることができるため、一般的な3次元培養皮膚モデルの製造方法を用いても、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルをより良好に製造できるという利点がある。
【0080】
本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、よりヒト等の哺乳動物に近いインビトロ試験又は皮膚モデルとして、例えば、目的とする有効成分の探索、試験化合物のスクリーニング、試験組成物の検討等に用いることができる。
本実施形態における哺乳動物は、特に限定されず、ヒト、ブタ、ウシ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。このうち、ヒト、ブタが好適であり、より好適はヒトである。
本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、動物実験の代替法の1つの実験モデル(皮膚モデル)として用いることもできる。
また、本実施形態の3次元培養皮膚モデルは、健常者や患者等の対象者から採取した体細胞から多能性幹細胞を作製し、それから誘導された表皮角化細胞を用いて、製造することにより、対象者に適用する技術(オーダーメイドの化粧品やスキンケア等)にも利用可能である。対象者の細胞から作製された多能性幹細胞から、本実施形態の方法にて製造された3次元培養皮膚モデルは、その対象者自身の皮膚(肌状態、代謝機構等)により近い状態のものとして利用することも可能となる。このため、有効成分の適正、使用量や副作用等の予測、対象者に関する肌の状態等の予防、改善又は治療等に利用することができる。さらには特定の遺伝子に対して遺伝子編集を施した多能性幹細胞から、本実施形態の方法にて3次元培養皮膚モデルを作製することにより、皮膚における特定の遺伝子の機能を解析することも可能となる。
【0081】
本実施形態の3次元培養皮膚モデルに、薬剤や皮膚外用剤、化粧品、有効成分、有効組成物等を被験物質として投与(例えば、塗布等)して、コントロール(無添加、ポジティブ、ネガティブ等)との対比により、当該薬剤等の評価、検討又はスクリーニング等を実施することができる。
【0082】
本実施形態の評価方法又はスクリーニング方法等は、上記3次元培養皮膚モデルに被験物質を投与して培養する工程、投与後に培養された3次元培養皮膚モデルの状態から、被験物質の適否等を判定する工程を含むことができる。このときの3次元培養皮膚モデルの培養条件は、公知の3次元培養皮膚モデルの培養条件を採用することができる。例えば、3~6%CO、3~25%O、36~38℃の条件下で細胞培養インキュベータ内にて、試験を行うことができる。
【0083】
投与方法としては、特に限定されず、好適には塗布、経皮投与、注射投与等が挙げられるが、より好適には、皮膚へ塗布又は経皮投与である。
投与方法のより好適な態様は、3次元培養皮膚に対する塗布が好適であり、塗ることによる塗布、噴霧による塗布、皮膚貼り付け等の浸透性による塗布等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0084】
なお、本実施形態は、治療目的の使用であっても、非治療目的の使用であってもよい。「非治療目的」とは、医療行為(例えば、医師が行う行為)、すなわち、治療による人体への処置行為を含まない概念である。非治療目的として、例えば、美容、化粧等が挙げられる。
【0085】
また、本実施形態において、「予防」とは、適用対象における症状若しくは疾患の発症の防止若しくは発症の遅延、又は適用対象における症状若しくは疾患の発症の危険性を低下させること等をいう。本技術において、「改善」とは、適用対象における疾患、症状又は状態の好転又は維持;悪化の防止又は遅延;進行の逆転、防止又は遅延をいう。
【実施例
【0086】
以下、実施例等に基づいて本技術をさらに詳細に説明する。なお、以下に説明する実施例等は、本技術の代表的な実施例等の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。
【0087】
<試験例1:多能性幹細胞からの表皮角化細胞への分化誘導条件の検討>
試験例1における多能性幹細胞からの表皮角化細胞への分化誘導条件の検討について、<試験例1-1:用いるiPS細胞の種類の検討>、<試験例1-2:プレート(細胞培養器材)のコート剤(培養基質)の種類の検討>、<試験例1-3:播種から誘導開始までの期間の好適化の検討>、<試験例1-4:剥離細胞/非剥離細胞の選択の検討>、<試験例1-5:継代操作時の細胞剥離剤の種類の検討>を行った。
【0088】
<製造例1.iPS細胞培養の未分化維持工程>
ヒトケラチノサイト由来iPS細胞(日本薬科大学より入手)を、37℃で5%COの下で、StemFit(R)AK02N(味の素ヘルシーサプライ株式会社)で培養した。培養にはiMatrix-511 silk(製造・開発:株式会社ニッピ、販売:株式会社マトリクソーム ヒトラミニン511E8断片を精製して作られた培養基質)をコートしたポリスチレン製の組織培養プレートを用いた。1日毎にStemFit(R)AK02Nで培地交換を行った。継代のために7日毎にiPS細胞を、TrypLETM Select Enzyme(細胞剥離剤)(Gibco;トリプシンに代わる組換え細胞解離酵素(「細胞剥離酵素」ともいう)を含む製品):PBS=1:1溶液で剥離し、1μM Y-27632(Wako)を補充したStemFit(R)AK02Nで1日培養した。
【0089】
なお、ヒトケラチノサイト由来iPS細胞は、分化細胞であるヒトケラチノサイトを用いて、<Okita K. et.al., Nature Methods, 2011,8:409-12.>を参考にして、製造されたものである。
【0090】
StemFit(R)AK02N(培地)は、動物由来成分不含(Xeno-free)及びフィーダーレス(又はフィーダーフリー)培地であって、ヒト多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)の未分化性を維持しながら増殖させる未分化維持培養を達成し、ケラチノサイトなどへの分化能維持にも適する、未分化維持用の培地である。なお、フィーダー細胞とは、増殖や分化を起こさせようとする目的の細胞の培養条件を整えるために用いる、補助役を果たす他の細胞種をいう。通常、フィーダー細胞は増殖しないようにあらかじめガンマ線照射や抗生物質によって処理されている。
StemFit(R)AK02Nに補充する「Y-27632」(CAS RN(R). 331752-47-7;C1421O・2HCl・HO=338.27)」は、選択的かつ強力なROCK阻害剤であり、多能性幹細胞の細胞分散時に細胞死を抑制する、また凍結保存後の細胞生存率が向上するために使用することができる。
【0091】
iMatrix-511 silkは、遺伝子組み換えカイコ繭より発現した組み換えヒトラミニン511-E8タンパク質であり、当該活性は、インテグリンα6B1との結合活性が解離定数10nM以下を示す培養基質である。
TrypLETM Select Enzyme(細胞剥離剤)は、ブタトリプシンの非動物代替品であり、微生物発酵(具体的には真菌)に由来する組換え酵素(具体的にはトリプシン様プロテアーゼ)を含み、当該酵素はブタトリプシンと同等程度の除去速度と回復生残率を有するものであり、当該製品は、1mMEDTAを含むDPBS(ダルベッコPBS(Dulbecco's Phosphate Buffered Saline)で処方された1Xストック溶液である。
【0092】
<製造例2.ヒトケラチノサイト由来iPS細胞の表皮角化細胞への分化>
ヒトケラチノサイト由来iPS細胞を上述した未分化維持培養にて増殖させ、iMatrix-511 silkをコートしたポリスチレン製の組織培養プレートに播種し、その後1日毎にStemFit(R)AK02Nで培地交換を行った。対数増殖期になったら、表皮角化細胞への分化誘導のために、1μMレチノイン酸(Sigma-Aldrich)、25ng/mL BMP-4(Wako)の補充されたCnT-07(CELLnTEC)培地で培地を置き換え、37℃で5%O及び5%COの下で4日間培養した。その後、20ng/mL EGF(MACS)、10μM Y-27632の補充されたCnT-07(CELLnTEC)培地(以下、分化維持培地と記載)で培地を置き換えた(誘導開始:培養0日:P=0)。以降は1日毎に培地を交換した。
このときの播種から誘導開始までの培養日数は、5日であった。
【0093】
分化維持培地への切り替え後約2週間が経過し、前記コートしたポリスチレン製の組織培養プレートの全面が細胞に覆われたら、即ち細胞のコンフルエントが100%に達したら継代を行った(P=1)。継代は、細胞に対してTrypLETM Select Enzyme(細胞剥離剤)を用いて処理し、剥離した細胞を遠心分離機にかけることによって細胞を分離し、細胞を分化維持培地で懸濁し、新たな組織培養プレート上に播種した。
【0094】
細胞のコンフルエントが再び100%に達したら、細胞に対してTrypLETM Select Enzyme(細胞剥離剤)を用いて処理し、ピペッティングで剥離した細胞(剥離細胞)を新たな組織培養プレート上に播種した(剥離細胞系P=2-A)。その際にピペッティングを行っても前記コートしたポリスチレン製の組織培養プレートから剥離しなかった細胞(非剥離細胞)には培地(20ng/mL EGF、10μM Y-27632の補充されたCnT-07培地)を添加し、引き続き培養を行った(非剥離細胞系P=1残り)。
なお、このときのピペッティング操作は、1mL容ピペットを用いて、吸引と噴射を約1~5回繰り返し行って培養培地に水流を発生させて、水流にて細胞を剥離させ、剥離細胞を吸引し回収した。
【0095】
上記剥離細胞系(P=2-A)、上記非剥離細胞系(P=1残り)ともに細胞のコンフルエントが100%に達したら、上記と同様のTrypLETM Select Enzyme(細胞剥離剤)で剥離した細胞の継代を、それぞれ行った(P=3、P=2-B)。剥離後に、剥離細胞系の細胞(P=3)、非剥離細胞系の細胞(P=2-B)を、それぞれ培養を行い、増殖させた。このようにして製造された、剥離細胞系(P=3)、非剥離細胞系(P=2-B)のそれぞれの細胞を、皮膚モデルの作製に用いた。なお、分化誘導は、day0~からの過程全てを含む。
【0096】
なお、CnT-07培地は、上皮増殖培地である。
「1μMレチノイン酸、25ng/mL 骨形成因子4(BMP-4)の補充されたCnT-07(CELLnTEC)培地」は、表皮角化細胞への分化誘導のための培地として使用する培地である。
「20ng/mL 上皮細胞成長因子(EGF(MACS(R)GMP Recombinant Human EGF(組換ヒト上皮細胞成長因子)))、10μM Y-27632の補充されたCnT-07(CELLnTEC)培地」は、多能性幹細胞の表皮角化細胞への分化と細胞維持のための培地として使用する分化維持培地であり、完全合成、動物由来成分不含(全ての動物、ヒト由来成分が含まれていない)の分化維持培地である。
【0097】
<製造例3.皮膚モデルの作製>
<製造例3-1.線維芽細胞包埋コラーゲンゲルの作製>
氷冷下で、0.3%Cellmatrix TypeI-A(新田ゼラチン株式会社)(A液)、5倍濃縮DMEM培地(B液)、260mmol/l NaHCO3及び200mmol/L HEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)(同仁化学研究所)を含む50mmol/L NaOH溶液(C液)を7:2:1の割合で混合した後、6ウェルマルチプレートに1mLずつ分注し、室温(20℃)でゲル化させた。次に回収した正常ヒト皮膚線維芽細胞(KF-4009:新生児包皮皮膚線維芽細胞:クラボウより入手)を5×10cells/mLになるようにBに懸濁した後に、A:B:Cを7:2:1の割合で混合し、先にゲル化させたコラーゲンゲル上に2mLずつ分注し、37℃でゲル化させた。ゲルの上に10%FBSを補充したDMEM培地を添加した。24時間経過後にプレートからゲルを剥離し、以降は1日毎に培地を交換した。7日間経過後に次工程へ移行した。
なお、「Cellmatrix TypeI-A」は、ブタ腱由来酸可溶性のType-Iコラーゲンである。
細胞数は、自動細胞カウンターにて計算した。
なお、皮膚モデルの作製は、特に言及しない場合には、37℃で5%O及び5%COの下で行った。
【0098】
<製造例3-2.ケラチノサイトの播種>
播種に用いるケラチノサイトは、上記<製造例2>で得られた、剥離細胞系のiPS細胞由来表皮角化細胞(P=3)、非剥離細胞系のiPS細胞由来表皮角化細胞(P=2-B)を、それぞれ用い、同時期に2種の3次元培養皮膚モデルの培養を行った。
具体的には、6ウェルマルチプレートに皮膚組織培養用セルカルチャーインサート(Greiner、ポア径0.4μm:ポリカーボネート製細胞培養器材)を設置し、上記コラーゲンゲルをインサートの上に乗せた。コラーゲンゲルの上に内径10mmのクローニングリングを設置し、その内部に回収したiPS細胞由来表皮角化細胞を2×10cells播種し、1μM Y-27632含有CnT-07培地で培養した。インサート外部にはCnT-07培地を添加した。播種から24時間後、ガラスリング内の培地を1.73mM CaClを補充したCnT-07培地で、インサート外部の培地を1.73mM CaClを補充したCnT-07培地:10%FBSを補充したDMEM培地=1:1とした培地で交換した。16~20時間経過後、クローニングリング内の培地を除去して表皮角化細胞を空気暴露し、インサート外の培地を交換した。以降は、1日毎にインサート外の培地を交換した。
【0099】
<製造例3-3.皮膚モデルの評価>
表皮角化細胞の空気暴露から12~14日経過後、クローニングリングを取り外し、皮膚モデルを4% PFA-PBSに浸した。10~12時間後、皮膚モデルを20%スクロース溶液に浸し、9時間後に30%スクロース溶液に浸すことでスクロース置換を行った。皮膚モデルを包埋し、10μm厚の切片にして、HE染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)を行い、光学顕微鏡で、真皮、表皮及び角層の観察を行った。観察した際、エオジンで赤色に染色される角層が皮膚モデルの上部80%以上にわたって形成されているものを合格、いずれかがそれ以下であるものを不合格とした。
【0100】
<3次元培養皮膚モデルの合否判定>
3次元培養皮膚モデルの合否判定については、スクロース置換後に、3次元培養皮膚モデルを凍結切片作製装置で垂直方向に切断して10μm厚切片にして、HE染色及び顕微鏡観察により、切片部分の線維芽細胞層及び角層の2層がみえるように側面方向から観察し撮像した。撮像後の撮像画像において、HE染色された角層において、X軸方向(縦長の水平方向)で撮像画面における3次元培養皮膚モデルの両端の長さを測定する一方で、当該撮像画面における連続的に重層化されている角層部分の長さを測定した。
【0101】
重層化角層の範囲(X軸方向)は、側面方向からの3次元培養皮膚モデルの観察において、連続的に重層化した角層の距離(X軸(横長)方向)/(側面方向からの3次元培養皮膚モデルの観察において、3次元培養皮膚モデルの両端の距離(X軸(縦長)方向))×100(%)にて求めることができ、重層化角層の範囲(X軸方向)が80%以上が合格である。3次元培養皮膚モデルを上方からY軸方向で3等分してZ軸(垂直)方向に切断して、3片を得、HE染色された当該3片の側方観察の結果の3つ全てが合格(○)を、3次元培養皮膚モデルの合格と判定した。
【0102】
本実施形態における3次元培養皮膚モデルの合否の評価基準を示す図例であり、3次元培養皮膚モデルを垂直方向で切断し、光学顕微鏡にて観察したときの垂直方向での断面である。左図は、角層が全く形成されず、重層化角層の範囲(X軸方向):0%の不合格(×)の図例である。中央図は、角層の重層化が所定の範囲(X軸方向)以下しかみられず、重層化角層の範囲(X軸方向):30%の不合格(×)の図例である。右図は、角層の重層化が所定の範囲(X軸方向)以上みられ、重層化角層の範囲(X軸方向):100%の合格(○)の図例である。
【0103】
<試験例1-1:用いるiPS細胞の検討(試験例1-4:剥離細胞/非剥離細胞の選択の検討)>
<製造例1>~<製造例2>にて得られた、ケラチノサイト由来iPS細胞から製造された非剥離細胞系のiPS細胞由来表皮角化細胞を用いて、<製造例3.皮膚モデルの作製>に従って、3次元培養皮膚モデルを製造した。
図2に示すように、ケラチノサイト由来のiPS細胞に基づいた3次元培養皮膚モデルでは、全体に角層が重層化しており、重層化の厚みもあるため、角層及び真皮層を有する3次元皮膚培養モデルを製造することができた。すなわち、ケラチノサイト由来iPS細胞から製造された非剥離細胞系のiPS細胞由来表皮角化細胞を用いることで、表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルが得られるという目的を達成することができた。
【0104】
これにより、iPS細胞のような多能性幹細胞を用い、多能性幹細胞から誘導工程において、細胞剥離剤で処理した後非剥離細胞を用いることで、表皮角化細胞を3次元培養皮膚モデルへ適用した際に、角層が重層化した3次元培養皮膚モデルを再現性よく得ることができることが確認できた。さらに、培養期間のときに、非剥離細胞を用いることで、重層化した角層を有する3次元培養皮膚モデルを製造できたため、斯様な表皮角化細胞を、多能性幹細胞から誘導するための技術を提供することができたことが確認できた。
さらに、誘導工程における、培養において、複数回、細胞剥離剤を用いて継代を行う際に、非剥離細胞系として、少なくとも1回は、細胞剥離剤で処理しても剥離されなかった細胞を用いることが好適であると考えた。
さらに、多能性幹細胞のなかでも、iPS細胞が好適であり、その由来はケラチノサイト由来のiPS細胞であることが好適であると考えた。
【0105】
<試験例1-2:プレート(細胞培養器材)のコート剤(培養基質)の種類の検討>
さらに、用いるコート剤(培養基質)について、iMatrixに代えて、Vitronectin又はVitronectin+Col Iを用いた以外は、上記<製造例1>~<製造例2>を行った。この結果、分化誘導工程のときの細胞の状態が、細胞培養器材(ポリスチレン製)に使用するこれら3種のコート剤(培養基質)のうち、ラミニン511E8断片(細胞外マトリックス)を含むiMatrix試薬が、最も良かった。図3に示すように、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化工程において、ラミニン又はその断片を用いることで、光学顕微鏡観察において、細胞の形状及び増殖速度も良好で、さらに次の継代のときの細胞も良好に生存していた。
よって、細胞外マトリックスとして、ラミニンを細胞培養器材のコート剤(培養基質)として使用することが好適であることが確認できた。Vitronectin又はVitronectin+Col Iはコラーゲン系のコート剤(培養基質)と考えるため、多能性幹細胞から表皮角化細胞への分化誘導には、ラミニン又はラミニン断片(より好適にはラミニン511E8断片)が好適と考えた。
【0106】
<試験例1-3:播種から誘導開始までの期間の好適化の検討>
<製造例2>の誘導工程の前の<製造例1>の多能性幹細胞の培養維持工程において、播種日から誘導開始前までの期間日数を、3日、4日、5日、6日にして、それぞれ<製造例2>の誘導期間(P=0)でコンフルエント100%に達成したかどうかを基準○(A)として判断した。
誘導開始を基準日として、前日を-1日前等とした場合には、表1の「誘導開始までの日数」の欄は、上から-3日、-4日、-5日、-6日となる。
表1に示すように、播種日から誘導開始までの日数が3~6日(より好適には3~5日)の細胞を用いて誘導を行った場合、光学顕微鏡の観察にて、細胞の形状及び数が良好であることが確認できた。(図4参照)。
【0107】
【表1】
【0108】
<試験例1-4:継代操作時の細胞剥離剤の種類の検討>
<製造例2>における、剥離細胞系と非剥離細胞系とに分ける継代P=1に使用する細胞剥離剤について、表2の細胞剥離剤を用いて処理した後に、光学顕微鏡を用いて、細胞剥離剤の処理直後の剥離状況及び処理後の細胞の状態について検討を行った。表2中の、細胞剥離剤は、TrypLE(商標)セレクト、アクチナーゼ(合同酒精社製)、トリプシン(トリプシン/EDTA溶液:クラボウ社製)、ディスパーゼ(科研製薬社製)、Accutase(イノベーティブ セル テクノロジーズ社製)、ReLeSR(ベリタス社製)である。なお、トリプシン(trypsin, EC.3.4.21.4)はエンドペプチダーゼ、セリンプロテアーゼの一種であり、膵液に含まれる消化酵素の一種で、塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解する酵素である。
【0109】
表2で用いた細胞剥離剤のうち、TrypLE(商標)セレクト酵素が、細胞剥離剤で処理した直後に、細胞培養器材から細胞を適度に剥がすことができ、さらに細胞処理剤で処理後4時間の細胞は数及び形状ともに良好であった。また、トリプシンも、細胞剥離剤で処理した直後に、細胞培養器材から細胞を適度に剥がすことができ、さらに細胞処理剤で処理後4時間の細胞は数及び形状ともに良好であった。アクチナーゼ及びディスパーゼは、細胞培養器材から細胞を適度に剥がすことができるものの、その後の細胞の数及び形状がやや好ましくなかった。
さらに、TrypLE(商標)セレクト酵素に関し、多能性幹細胞維持工程期間が、4日、5日及び6日の場合でも、ほとんど又は適度に剥がすことができ、さらに、細胞剥離剤で処理した後4時間経過後も細胞の状態は良好であった。また、トリプシンに関し、多能性幹細胞維持工程期間が、5日の場合でも、ほとんど又は適度に剥がすことができ、さらに、細胞剥離剤で処理した後4時間経過後も細胞の状態は良好であった。
なお、本発明者らは、TrypLE(商標)セレクト酵素は、ブタトリプシンの代替品であり、また、トリプシン様プロテアーゼに分類されるのではないかと考えている。
これらのうちで、最もよい酵素はトリプシン系酵素であると確認でき、より具体的には、TrypLE(商標)セレクト酵素及びトリプシンであった。
このことから、本発明者らは、細胞剥離剤は、トリプシン系酵素が好適であり、より具体的にはプロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素が好適であり、より好適はトリプシン、トリプシン様プロテアーゼ、TrypLE(商標)セレクト酵素であり、さらに好適にはトリプシン、及び、TrypLE(商標)セレクト酵素の各酵素であると考えた。
【0110】
【表2】
図1
図2
図3
図4
図5
図6