(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-20
(45)【発行日】2023-07-28
(54)【発明の名称】養殖用飼料の添加物
(51)【国際特許分類】
A23K 50/10 20160101AFI20230721BHJP
A23K 10/12 20160101ALI20230721BHJP
A23K 10/18 20160101ALI20230721BHJP
A23K 10/26 20160101ALI20230721BHJP
A23K 10/30 20160101ALI20230721BHJP
A23K 10/37 20160101ALI20230721BHJP
A23K 50/30 20160101ALI20230721BHJP
A23K 50/75 20160101ALI20230721BHJP
A23K 50/80 20160101ALI20230721BHJP
【FI】
A23K50/10
A23K10/12
A23K10/18
A23K10/26
A23K10/30
A23K10/37
A23K50/30
A23K50/75
A23K50/80
(21)【出願番号】P 2017215493
(22)【出願日】2017-11-08
【審査請求日】2020-10-01
【審判番号】
【審判請求日】2022-07-01
(73)【特許権者】
【識別番号】390022231
【氏名又は名称】マルサンアイ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【氏名又は名称】小野 悠樹
(72)【発明者】
【氏名】北澤 春樹
(72)【発明者】
【氏名】須田 義人
(72)【発明者】
【氏名】江草 信太郎
【合議体】
【審判長】住田 秀弘
【審判官】土屋 真理子
【審判官】津熊 哲朗
(56)【参考文献】
【文献】特開特2012-228218(JP,A)
【文献】特開2015-112035(JP,A)
【文献】平畑理映外4名、「高脂肪食摂取ラットの脂質代謝に及ぼす乳酸発酵豆乳の効果」、日本食品科学工学会誌59巻10号、528-532頁、2012年11月30日
【文献】福田 滿外6名、「オカラ豆乳の乳酸発酵処理がラットの脂質代謝に及ぼす影響」、武庫川女子大紀要(自然科学編)、57巻、47-54頁、2010年3月31日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K10/00-50/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)TUA4408L株を用いて発酵させた豆乳絞り粕(オカラ)を主成分とする、養殖用飼料の添加物。
【請求項2】
乾燥体である請求項1の添加物。
【請求項3】
動物の体重1kg当たり1g~10g
となるように養殖用飼料へ添加されるように用いられる、請求項1または2の添加物。
【請求項4】
請求項1、2または3に記載の添加物を配合した養殖用飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、畜産動物および水棲動物を養殖するための飼料に添加する物質であって、動物の成長促進や疾病予防のみならず、良質な食肉の生産にも有効な飼料添加物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
養殖用飼料と抗生物質
家畜(豚、牛、馬など)や家禽(鶏など)の畜産動物または魚介類等の水棲動物を養殖する(すなわち動物を飼育および/または肥育する)ための飼料(単体飼料、混合飼料、配合飼料など)には、動物の疾病予防のために抗生物質が多く含まれている。しかしながら、耐性菌発生の問題などから、既にヨーロッパでは養殖用飼料への抗生物質の添加は禁止されている。
抗生物質代替物としての乳酸発酵豆乳
本発明者らは、植物由来の乳酸菌であるラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)TUA4408L株(以下、「TUA4408L株」と記載することがある)を用いて発酵させた豆乳(商品名:豆乳グルト)が、豚用飼料の抗生物質代替物として有効であることを報告している(非特許文献1)。具体的には、5週齢から17週齢の豚に豆乳グルトを毎日経口投与(3g/体重kg)し、以下の知見を得た。
(1)子豚の下痢発症や糞便中の病原性大腸菌の発生が有意に抑制されること。
(2)下痢多発時の5週齢より13週齢時では有用腸内細菌の割合が増加すること。
(3)大腸部における炎症性サイトカインの発現量を有意に低下すること。
(4)豚肉ロース芯部の総不飽和脂肪酸(特にリノール酸)割合が増加すること。
(5)枝肉格付け評価は上および中ランクの割合が3倍であること。
(6)抗生物質無添加飼料、抗生物質添加飼料および豆乳グルト投与のそれぞれの豚の成長期(5~22週齢)の間の体重変化に差がないこと(
図1)。
【0003】
従って、豆乳グルトは腸内環境や免疫機能に対する優れた作用によって、抗生物質と同様の疾病予防効果を有し、しかも良質な食肉産生にも有効であることが確認されている。また、豚の成長期の体重にも抗生物質と同様に影響を及ぼさないことも確認されている。
【0004】
なお、乳酸菌TUA4408L株の免疫調節作用については、病原性大腸菌による炎症反応の抑制効果などが知られている(非特許文献2)。
養殖用飼料としての豆乳絞り粕(オカラ)
オカラは豆乳製造工程における廃棄物であり、その65%は飼料用として流用され、特に豚の飼育・肥育には有用であることが知られている。また、オカラの乳酸発酵物として、例えば特許文献1には、湿潤状で腐敗しやすいオカラを長期間保存可能にするために乳酸菌で発酵させたオカラ飼料が開示されている。さらに、特許文献2にはオカラと小麦破砕物との配合物を乳酸発酵させた配合飼料が開示されている。ただし従来の発酵オカラは、動物の飼育・肥育のための飼料としての使用に限定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-261390号公報
【文献】特開平9-140334号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】須田義人他、日本食品免疫学会;第12回学術大会講演要旨集P-14、2016年)
【文献】Wachi,S. et al., Mol. Nutr. Food Res. 2014, 00, 1-14
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
発酵豆乳は液状であるため、固形物である配合飼料などとは別途に経口摂取させる必要がある。特に集団飼育されている動物の場合には、一個体ごとに発酵豆乳を経口投与することは非実用的であるという問題点を有してもいる。また、魚介類等の水棲動物には液状の発酵豆乳を適量摂取させることは実質的に不可能である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、抗生物質代替物としてのTUA4408L株発酵物についてさらに検討を重ねた結果、TUA4408L株を用いて発酵させた豆乳の絞り粕(オカラ)が、飼料添加物として抗生物質に代替しうる機能性(疾病予防)並びに実用性(摂取の簡便性および汎用性)を有しており、しかも豆乳グルトと同等の良質な食肉生産性を有することを見出した。
【0009】
またさらに重要な知見として、豆乳グルトは抗生物質と同様に豚の成長期における体重に影響を及ぼさなかったのに対して、TUA4408L株発酵オカラは豚の体重を有意に増加させるという顕著に優れた効果を有していた。
【0010】
以上の知見に基づき、この出願は、乳酸菌ラクトバシルス・デルブリュッキ・サブスピーシーズ・デルブリュッキ(Lactobacillus delbrueckii subsp. delbrueckii)TUA4408L株を用いて発酵させた豆乳絞り粕(オカラ)を主成分とする、養殖用飼料の添加物を提供する。
【0011】
この添加物の好ましい態様は、乾燥体である。
【0012】
またこの添加物の別の態様は、養殖用飼料への添加量が動物の体重1kg当たり1g~10gの範囲である。
【0013】
さらにこの出願は、別の発明として前記の添加物を配合した養殖用飼料を提供する。
【発明の効果】
【0014】
この出願の発明によって、以下の効果が奏せられる。
[1] 耐性菌発生の問題などを生じさせることなく動物の疾病予防が可能となる。
[2] 動物の成長を促進させることができる。
[3] 良質な食肉生産を可能とする。
[4] 動物種(家畜、家禽、魚介類)の区別なく、簡便に摂取させることできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】抗生物質無添加飼料、抗生物質添加飼料および豆乳グルト投与のそれぞれの豚の成長期(5~22週齢)の間の体重変化を示す。
【
図2】表1の試験1区(抗菌剤無添加飼料+発酵オカラ)と試験3区(抗菌剤添加飼料)の豚の体重の推移を示す。
【
図3】5週齢から10週齢時に下痢が確認された累積日数を示す。
【
図4】8週齢時における糞便中毒素原生大腸菌K99の感染をウエスタンブロットで検出した結果である。
【
図5】5週齢時および17週齢時における各種腸内細菌をT-RFLP法で解析した結果である。
【
図6】各試験区の豚の大腸(結腸)の写真像である。
【
図7】各種サイトカイン遺伝子発現の発現量である。
【
図8】各試験区の豚から採取した末梢血を用いて免疫性(血顆粒球数/リンパ球数比、血漿中IgE)と健康性(CRPおよびTG)を評価した結果である。
【
図9】各試験区の豚のロース芯部断面の写真像である。
【
図10】各試験区の豚の枝肉の質(格付)を評価した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の養殖用飼料の主成分は、TUA4408L株を用いて発酵させた豆乳絞り粕(オカラ)である。オカラは、大豆を水に浸してふやかした後、磨り潰し、沸騰した水に加えて攪拌後、濾過して得られた濾液(豆乳)を回収したのちに残存する固形残渣である。通常、豆乳や豆腐、湯葉製造などの際に大量に製造される。
【0017】
TUA4408L株によるオカラの発酵は以下の工程で行うことができる。
【0018】
豆乳製造工程中に遠心分離により得られたオカラを乳酸菌が生育可能な温度帯まで冷却し、インラインまたはバッチ式の撹拌機により乳酸菌を混合し、至適温度で発酵させる。発酵直後のオカラを飼料添加物として使用することができ、あるいは冷蔵庫で1~4週間程度保存したものも使用することができる。
【0019】
発酵オカラは、製造後の湿潤状で飼料添加物として使用することができる。また好ましくは、乾燥体として飼料に添加する。乾燥体の発酵オカラは、公知の方法および装置等を用いて熱風乾燥または凍結乾燥することによって調製することができる。
【0020】
発酵オカラの動物への給与量は、動物の体重1kg当たり1g~10g、好ましくは2g~5g、さらに好ましくは約3gである。例えば、体重10kgの動物を対象とする場合には、養殖用飼料に10gから100gの発酵オカラを配合して動物に給与する。発酵オカラは、動物に与える飼料にその都度混合させるか、あるいは乾燥体の発酵オカラの場合には予め発酵オカラと飼料を混合させてもよい。
【0021】
発酵オカラを添加する飼料は、家畜(豚、牛、馬など)や家禽(鶏など)の畜産動物または魚介類等の水棲動物用の飼料であり、それぞれの動物に適した市販の飼料とすることができる。ただし、発酵オカラは抗生物質の代替品として添加することができるため、抗生物質無添加の飼料を使用する。
【0022】
以下、実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
発酵オカラの製造
豆乳製造工程中の遠心分離によりオカラを分離し、40~50℃まで冷却した。豆乳およびオカラを含むスターターで培養したTUA4408L株(1×108~1×109 cfu/g)をオカラに対し10%(W/W)添加撹拌し、密閉容器内にて43℃で12時間発酵した。豚へ給与するまで冷蔵にて1~3週間保管した。製造後の発酵オカラのpHは4.4、乳酸酸度は0.7%、乳酸菌数は3.2×108 cfu/g、一般生菌数は76 cfu/gであった。また、5週齢時から17週齢時における給与オカラの前記測定値は表1、表2に示したとおりであった。
【0024】
【0025】
【0026】
豚への給与試験
豚LWD系統去勢雄15頭を、表3に示した3群に分けた。添加物である発酵オカラ、豆乳グルトは、1頭当たり3g/体重kgで体重増加に伴いステップワイズで5週齢から17週齢時まで毎日給与し、以下の項目について評価した。
・24週齢時まで毎日一回、疾病の確認、体重測定、糞便採取、採血を行った。
・糞便中毒素原生大腸菌K99をウエスタンブロッティング法で検出し、T-RFLP法により糞便腸内細菌叢を解析した。
・全血で末梢血顆粒球数/リンパ球数比を評価し、分離した血漿中のTG(中性脂肪)、CRP(C反応性タンパク質)、IgE各濃度を測定した。
・24週齢時に屠殺解剖して枝肉評価を行い、大腸部から抽出した総RNAを用いて各種サイトカイン遺伝子発現量を測定した。併せて、肉質生化学分析を行った。
【0027】
なお、各試験区とも基礎飼料としては抗菌剤無添加飼料(M大マッシュ)を使用した。
【0028】
・ 臨床症状
各群の豚の疾病状態は表3に示したとおりである。抗菌剤添加飼料のみを給与された豚(試験3区)は多種の疾病に罹患した。また豆乳グルトを添加した抗菌剤無添加飼料を給与された豚(試験2区)は、初期に軽度の下痢症状が観察されたが、深刻な疾病は生じなかった。これに対して、本発明の飼料添加物(発酵オカラ)を添加した抗菌剤無添加飼料を給与された豚(試験1区)には、いかなる疾病も観察されなかった。
【0029】
【0030】
・ 体重の推移
図2は、表3の試験1区(抗菌剤無添加飼料+発酵オカラ)と試験3区(抗菌剤添加飼料)の豚の体重の推移である。試験1区の豚は有意に体重が増加した(p<0.05)。この結果は、前述の
図1に示した従来の結果とは明らかに異なり、発酵オカラが抗菌剤や豆乳グルトにはない成長促進効果を有することが確認された。
【0031】
・ 下痢の頻度
図3は、5週齢から10週齢時に下痢が確認された累積日数を示す。発酵オカラを添加した飼料を給与された豚における下痢発症が顕著に少ないことが確認された。
【0032】
・ 大腸菌K99の感染レベル
図4は、8週齢時における糞便中毒素原生大腸菌K99の感染をウエスタンブロットで検出した結果である。発酵オカラを添加した飼料を給与された豚におけるK99検出数が有意に少ないことが確認された(p<0.05)。
【0033】
・ 腸内細菌叢
図5は、5週齢時および17週齢時における各種腸内細菌をT-RFLP法で解析した結果である。5週齢時に比べ17週齢ではLactobacillusやLactococcusといった有用腸内細菌が増加しており、発酵オカラの給与は豚の腸内環境に好影響を与えることが確認された。
【0034】
・ 大腸組織
図6は、各試験区の豚の大腸(結腸)の写真像である。試験1区(発酵オカラ添加)の豚の大腸はヒダが豊富で輪郭が鮮明あり、腫のない健康な大腸組織であることが確認された。
【0035】
・ サイトカイン遺伝子発現
図7は、各種サイトカイン遺伝子発現の発現量である。発酵オカラを添加した飼料を給与された豚では、炎症性サイトカインIL-6およびIL-8の発現量が有意に減少した(p<0.05)。
【0036】
・ 末梢血の解析
図8は、各試験区の豚から採取した末梢血を用いて免疫性(血顆粒球数/リンパ球数比、血漿中IgE)と健康性(CRPおよびTG)を評価した結果である。発酵オカラを添加した飼料を給与された豚は給与期間の増加に伴って各指標が有意に減少したことから(p<0.05)、免疫性および健康性を高める効果を有することが確認された。
【0037】
・ 背脂肪の脂肪酸組成
表4は、各試験区の豚の背脂肪に含まれる脂肪酸量を解析した結果である。発酵オカラを添加した飼料を給与された豚では、他の試験区に比べて不飽和脂肪酸(オレイン酸)が増加していることが確認され、高品質な肉産生が可能であることが確認された。
【0038】
【0039】
(10)肉質の評価
図9は各試験区の豚のロース芯部断面の写真像である。図中に示したとおり、発酵オカラを添加した飼料を給与された豚からは良質な肉が産生された。また
図10は、各試験区の豚の枝肉の質(格付)を評価した結果である。各試験区の豚の枝肉重量には差はなかったが、発酵オカラを添加した飼料を給与された豚からは格付け「上」の枝肉の割合が顕著に増加することが確認された。