(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-20
(45)【発行日】2023-07-28
(54)【発明の名称】球状黒鉛鋳鉄および球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法
(51)【国際特許分類】
C22C 37/04 20060101AFI20230721BHJP
C21D 5/00 20060101ALI20230721BHJP
【FI】
C22C37/04 D
C21D5/00 T
(21)【出願番号】P 2019136510
(22)【出願日】2019-07-24
【審査請求日】2022-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2018139343
(32)【優先日】2018-07-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515289211
【氏名又は名称】旭メタルズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】506353585
【氏名又は名称】学校法人ものつくり大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107102
【氏名又は名称】吉延 彰広
(74)【代理人】
【識別番号】100164242
【氏名又は名称】倉澤 直人
(72)【発明者】
【氏名】小池 真弘
(72)【発明者】
【氏名】大長 秀典
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 克美
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-062945(JP,A)
【文献】特開昭63-259048(JP,A)
【文献】特開平07-001107(JP,A)
【文献】特開2005-256088(JP,A)
【文献】特開平09-235647(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/04
C21D 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.05質量%以下、および不可避的不純物を含み、残部がFeからなり、
基地組織において、パーライト相を96%以上100%未満有し、残部はフェライト相であり、
引張強度が950N/mm2以上、ブリネル硬さがHB305以上、かつ伸びが4%以上であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
肉厚が80mm以下であることを特徴とする請求項1記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項3】
0.2%耐力が600N/mm2以上であることを特徴とする請求項1又は2記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項4】
Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.05質量%以下、および不可避的不純物を含み、残部がFeからなり、基地組織においてパーライト相を95%以上有する球状黒鉛鋳鉄を一旦加熱し、該球状黒鉛鋳鉄の組織をオーステナイト相に変態させる加熱工程と、
前記加熱工程を実施した前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する冷却工程とを有し、
前記冷却工程が、前記球状黒鉛鋳鉄を、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する工程であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織中の黒鉛の形を球状化させた球状黒鉛鋳鉄および球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
球状黒鉛鋳鉄は発明されてから半世紀以上過ぎて、その間、多くの種類の材質が改良されてきたが、さらなる高強度化・強靭化に対するニーズは高く、昨今の軽量化ニーズの中で従来にない高強度と延性を兼ね備えた材料の開発に期待が大きい。またその達成のために高価な成分添加や特殊なプロセスを用いないで安価に提供できる鋳造品が自動車をはじめ輸送機器、油圧部品など各方面で待望されている。
【0003】
球状黒鉛鋳鉄は、JIS G 5502における標準試験片(以下、Yブロックと称する)を用いて測定した引張強さ(N/mm2)と伸び(%)のいずれも下限値で各種材質が規定されている。たとえば、FCD600-3は引張強さが600N/mm2以上、伸びが3%以上であることを示している。一方、化学成分はあくまで参考としてあげられているにすぎず、主要成分であるCとSiについてはC2.5%以上、Si2.7%以下と解説されているにすぎない。このJIS G 5502では強度別にFCD350-22からFCD800-2までが示され、FCD800-2の場合、引張り強さが800N/mm2以上、伸びが2%以上と規定されており、この機械的特性を得るためには、主としてCuやMn,Snなどのパーライト促進元素を種々添加して鋳放しで達成している。しかし、高強度化には限界があるばかりか、強度が高くなると伸び値が低くなり、強度と伸びの両方を満足することは他の金属材料と同様に難しい。
【0004】
高強度化の手法として、FCD450程度の材料でも、オーステンパー熱処理(恒温変態熱処理)により、ベイナイト組織にすることでパーライト組織では得られない高強度と伸びを両立させたFCAD900-8~FCAD1400-1がJISにも規定があり、900~1500N/mm2の引張り強さを得ることができるものの、溶融塩を用いた特殊熱処理であるため、管理面とコスト面で不利であり、高価で普及していない。またパーライト組織と違い、ベイナイト組織は切削加工が容易にできず、利用には大きな障害になっている。したがって、ほとんどの場合、自然冷却(鋳放し)によって得るものが多用されている。
【0005】
鋳放しの場合にNiおよびMoを添加するなどにより、パーライト組織をベイナイト組織に改質することで高強度を得ることができたとする研究例もあるが、冷却が著しく遅い肉厚の大きい製品にしか適用ができず、肉厚が80mm以下の製品などの場合には鋳型内における自然冷却では困難であり、また厚肉の場合でも薄い部分がある複雑な鋳物ではベイナイト組織をどの部分にも確保することはできない。
【0006】
また、Niを適量添加して球状黒鉛の周囲にフェライト組織を残して大部分を微細なパーライト組織として高強度と伸びが得られる材料もある(例えば、特許文献1等参照)が、近年のNiの高騰により普及は限定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のごとく近年ではNiが高騰し、MoはNiよりもさらに高価であるため、所望の引張強さを得るためとはいえコストがかかりすぎるようになってきている。
【0009】
本発明は上記事情に鑑み、高価なNiやMoを意図して添加せずとも十分な引張強さが得られた球状黒鉛鋳鉄、およびそのような球状黒鉛鋳鉄を得るための熱処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を解決する本発明の球状黒鉛鋳鉄は、
Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.05質量%以下、および不可避的不純物を含み、残部がFeからなり、
基地組織において、パーライト相を96%以上100%未満有し、残部はフェライト相であり、
引張強度が950N/mm2以上、ブリネル硬さがHB305以上、かつ伸びが4%以上であることを特徴とする。
【0011】
本発明の球状黒鉛鋳鉄において、Cは球状黒鉛鋳鉄であるため添加は必須である。Siは黒鉛の晶出を促す作用特性を有するため添加は必須である。MnおよびCuは基地組織においてフェライト組織の発生を抑制し、パーライト組織の発生を促進するため添加は必須である。また、Snも基地組織においてフェライト組織を抑えるための元素であるが、添加しなくてもよく、添加する場合であっても、0.02質量%以上0.04質量%以下の添加であってもよい。Mgは黒鉛を球状化させるため添加は必須であるが、0.03質量%未満では黒鉛の球状化率が低下して高強度が得られない。一方、0.05質量%を超えると、引け巣が発生し易く、またMgを添加する場合に使用するFe-Si-Mg合金が高価なため、製造コストが増えて好ましくない。
【0012】
不可避的不純物としては、S、P、Cr、Ti、Al、Zn等があげられる。不可避的不純物それぞれの含有率は、0.05質量%以下であることが好ましい。不可避的不純物は、含有されないことが好ましいが、製造工程(原料や添加材など)からそれぞれ混入し、それらの合計が0.1質量%以下であることがより好ましい。本発明の球状黒鉛鋳鉄においては、NiおよびMoが意図して添加されていない。
【0013】
本発明の球状黒鉛鋳鉄は予め、Mn、Cu、およびSnのパーライト化促進元素の作用特性により、鋳放しにおいて大部分の基地組織がパーライト組織である前駆体を、オーステナイト変態温度以上に加熱後、自然空冷ではなく、送風機を用いて強制空冷により熱処理することにより前駆体よりも緻密なパーライト組織にしたものであり、その結果として、950N/mm2以上の引張強度と、HB305以上のブリネル硬さが実現される。また伸びも4%以上が得られている。
【0014】
黒鉛球状化率は、85%以上が望ましい。ここにいう黒鉛球状化率は、JIS G 5502に従って求めたものである。
【0015】
また、本発明の球状黒鉛鋳鉄において、肉厚が80mm以下であることが好ましい。
【0016】
ここでは、強制空冷(ファン冷却など)の効果が認められる肉厚の最大限界値として80mmを限定している。なお、強制空冷における、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで(例えば、800℃から730℃までの間)では、0.6℃/秒以上、8℃/秒以下の平均冷却速度になる。
【0017】
また、本発明の球状黒鉛鋳鉄において、0.2%耐力が600N/mm2以上であることも好ましい。
【0018】
本発明の球状黒鉛鋳鉄によれば、化学成分の調整と熱処理時の強制空冷によって、950N/mm2以上の引張強度とともに、600N/mm2以上の0.2%耐力も確保することができる。
【0019】
上記目的を解決する本発明の球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法は、
Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.05質量%以下、および不可避的不純物を含み、残部がFeからなり、基地組織においてパーライト相を95%以上有する球状黒鉛鋳鉄を一旦加熱し、該球状黒鉛鋳鉄の組織をオーステナイト相に変態させる加熱工程と、
前記加熱工程を実施した前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する冷却工程とを有し、
前記冷却工程が、前記球状黒鉛鋳鉄を、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する工程であることを特徴とする。
【0020】
本発明の球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法によれば、前記加熱工程が、本発明の球状黒鉛鋳鉄の化学成分と同じ化学成分を有し、基地組織においてパーライト相を95%以上有する、前駆体としての球状黒鉛鋳鉄を一旦オーステナイト化するために加熱する工程である。なお、この加熱工程では、加熱した状態をオーステナイト相に変態するまで保持する。
【0021】
前記冷却工程では、球状黒鉛鋳鉄を、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度で冷却することで、パーライト層におけるフェライトとセメンタイトとの層間隔が、前駆体よりも緻密になり、十分な引張強さと、硬さと、さらには、FCD800-2の2%を上回る伸びも得られる。すなわち、本発明の球状黒鉛鋳鉄を得ることができる。ここにいう「パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで」とは、加熱工程が終了した後(例えば、終了直後から)、パーライト相への相変態を開始する直前の温度に到達するまでであっても、例えば、800℃から730℃までの間であっても結果は同じになる。すなわち、前記加熱工程を実施した熱処理炉から取り出された球状黒鉛鋳鉄の温度は800℃前後まで一気に低下するため800℃からとしても同じであり、パーライト相への相変態開始温度は、Fe-Cでは723℃であるのに対し、Siを添加したことにより730℃前後までわずかに高くなるため、730℃までとしても同じである。平均冷却速度が0.6℃/秒未満であるとフェライト面積率が増加し、またパーライト相の層間隔が緻密にならず、十分な引張強さや硬さを得ることができない。一方、平均冷却速度が8℃/秒を超えると、強制空冷での冷却効果の限界に達し、フェライトの析出が困難になり、さらにパーライトの析出も阻止されてトルースタイト組織や、さらに速い冷却条件(たとえば油冷など)ではマルテンサイト組織の発生にいたることになり、また変形や割れが発生しやすくなる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高価なNiやMoを添加せずとも十分な引張強さが得られた球状黒鉛鋳鉄、およびそのような球状黒鉛鋳鉄を得るための熱処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施例3~実施例5で用いた試験片を示す図である。
【
図2】実施例3~8及び比較例1の各試験片に差し込んだ熱電対から得られた温度情報をもとに作成した冷却曲線を示す図である。
【
図3】実施例1の試験片の断面を顕微鏡で100倍に拡大して撮影した金属組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0025】
本実施形態の球状黒鉛鋳鉄は、基本成分であるC、Si、Mgに加えて、少なくともMnとCuを含んでいる。
【0026】
Cは、3.0質量%以上3.8質量%以下の範囲で含まれている。ここにいう質量%は、球状黒鉛鋳鉄全体を100質量%とした場合の成分割合である(以下、同じ)。Cが3.0質量%未満では、炭化物が現れやすく、引け巣の発生を抑えることが難しく、伸びが著しく減少してしまう。一方、Cが3.8質量%を超えると、黒鉛が浮上しやすく、球状化不良組織が現れて強度が低下してしまう。
【0027】
Siは、2.4質量%以上2.8質量%以下の範囲で含まれている。Siは、炭化物(Fe3C)の発生を抑制する黒鉛化促進元素であり、2.4質量%未満では、Siによる黒鉛の晶出作用が不十分となって炭化物(Fe3C)が現れるため、伸びが著しく減少してしまい、切削加工が困難になる。一方、Siが2.8質量%を超えると、衝撃特性が著しく低下し、脆化してしまう。
【0028】
Mgは、0.03質量%以上0.05質量%以下の範囲で含まれている。Mgが0.03質量%未満では、黒鉛が球状化されにくく、引張強度を確保できず、0.05質量%を超えると、引け巣や炭化物が現れやすくなってしまう。
【0029】
Mnは、0.4質量%以上1.2質量%以下の範囲で含まれている。Mnは、パーライト安定化元素として強度向上に寄与するが、入れ過ぎると伸びを低下させてしまう。すなわち、Mnが、0.4質量%未満では、フェライトが析出しやすく、1.2質量%を超えると、伸びが低下しすぎてしまい、また引け巣の発生が増加して鋳造性が悪化する。
【0030】
Cuは、0.7質量%以上1.2質量%以下の範囲で含まれている。このCuも、パーライト安定化元素であり、0.7質量%未満では、大部分をパーライト組織にするのは困難である。一方、1.2質量%を超えてCuを添加しても、パーライト安定化に変わりはなく、コストを考えれば、1.2質量%以下の抑えることが好ましい。
【0031】
さらに、Snもパーライト安定化元素であり、少量添加でパーライト化しやすいため、MnやCuの添加との併用、または一部を置換することができ、Snを0.05質量%以下含んでいてもよい。すなわち、Snは、含まれていない場合(0.0質量%である場合)があってもよく、また過剰になるとSnは凝固時にミクロ偏析が起き易く、基地組織の脆化を起こしやすく、伸びも低下することになるが、肉厚が増加する場合にはパーライト組織の確保のために適度に添加することはある。
【0032】
また、球状黒鉛鋳鉄の原料には、鋼屑、銑鉄等、各種の鉄合金材料が用いられる。また、鋳造時の湯道や押湯等の戻り材を原料として再利用することも通常行われる。これらの鉄合金材料や戻り材等によって意図せずとも混入してしまう場合がある元素を、不可避的不純物と称する。この不可避的不純物としては、一例として、S、P、Cr、Ti、Al、Zn等があげられる。不可避的不純物それぞれの含有率は、0.05質量%以下以下であることが好ましく、それらの合計が0.1質量%以下であることがより好ましい。不可避的不純物は、含有されないことが好ましいが、それぞれ、不可避的に0.01質量%以上は含有される可能性がある。なお、CuやMnは、溶解原材料であるスクラップや戻り材等によって意図せずとも、通常、0.2質量%以上0.4質量%未満程度混入することが多い。
【0033】
本実施形態の球状黒鉛鋳鉄では、上述した各成分を除けば、残部はFeよりなる。すなわち、Feの含有率は、球状黒鉛鋳鉄全体(100質量%)から、上述した各成分の含有率を差し引いた値である。本実施形態の球状黒鉛鋳鉄においては、NiおよびMoを意図して添加することは行っておらず、コストが大幅に抑えられている。ただし、NiやMoが上述の不可避的不純物として混入してくる場合はあるかもしれないが、不可避的不純物としての混入であれば、コストが上昇することはない。
【0034】
本実施形態の球状黒鉛鋳鉄によれば、Mn、Cu、およびSnの作用特性によって基地組織におけるパーライト相の比率が96%以上100%未満になる。本実施形態の球状黒鉛鋳鉄では、鋳放し時の前駆体、すなわち熱処理前の前駆体において、既に、パーライト相が95%以上である。その上で、本実施形態の球状黒鉛鋳鉄は、詳しくは後述するように熱処理時に強制空冷(扇風機や送風ファンなどを用いて鋳物を冷却する)を行い、パーライト層におけるフェライトとセメンタイトとの層間隔が緻密になり、950N/mm2以上の引張強度と、HB305以上のブリネル硬さが実現される。ここにいう引張強度の値は、JIS Z 2241に準拠して測定した値である。また、ブリネル硬さの値は、JIS Z 2243に従って測定した値になる。基地組織におけるパーライト相以外の残部はフェライト相になる。
【0035】
また、本実施形態の球状黒鉛鋳鉄は、Mgの作用特性によって黒鉛球状化率が85%以上に高められている。黒鉛球状化率は、JIS G 5502に従って求めたものである。
【0036】
さらに、本実施形態の球状黒鉛鋳鉄では、引張強度が950N/mm2以上であって、Niが意図して添加されていないにも関わらず、4%以上の伸びが確保されている。ここにいう伸びの値は、JIS Z 2201に準拠して測定した値である。4%以上の伸びは、パーライト層の微細化による強靭化と、一部、黒鉛周囲に残存するフェライトが関係すると判断される。
【0037】
また、本実施形態の球状黒鉛鋳鉄によれば、化学成分の調整と熱処理時の強制空冷によって、950N/mm2以上の引張強度とともに、600N/mm2以上の0.2%耐力も確保することができる。0.2%耐力の値は、JIS Z 2241に準拠して測定した値である。
【0038】
また、強制空冷の効果が認められる肉厚の限界値は80mmである。本明細書における肉厚とは、肉厚として計測することができる方向が複数あった場合には、最も値が小さくなる方向で計測した値のことである。例えば、鋳物が真球体であれば、肉厚として計測することができる方向は直径の一方向に定まるが、鋳物が直方体であると、その直方体の長手方向に沿って鋳物を寝かした状態では、幅方向、高さ方向、長手方向、対角線方向といった複数の方向で肉厚を計測することができる。この場合には、これらの方向の中で値が最も小さくなる方向を肉厚として計測する方向に採用する。なお、肉厚が薄すぎる箇所では、前駆体の鋳物にチル組織が発生し、却って強度低下をきたす恐れがある。また、熱処理を行うとひずみが生じる恐れもある。この点、肉厚が5mm以上あれば、チル組織が発生する恐れは少なく、熱処理時にひずみが生じる恐れも低減される。
【0039】
次に、これまで説明した本実施形態の球状黒鉛鋳鉄を得るための熱処理方法について説明する。
【0040】
まず、Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.03質量%以下、および不可避的不純物を含み、残部がFeからなるように調整された鋳鉄溶湯を所定形状の鋳型に鋳込んだ後、共析変態点以下の温度まで冷却し、型ばらしを行い、前駆体としての球状黒鉛鋳鉄を得る。ここで得られた球状黒鉛鋳鉄は、パーライト相が95%以上のものである。なお、パーライト相を除いた残部は、フェライト相であったり、炭化物が含まれている場合もある。
【0041】
次いで、熱処理を実施する。この熱処理では、加熱工程と冷却工程が実施される。加熱工程では、球状黒鉛鋳鉄を一旦加熱(例えば、800℃以上950℃以下程度に加熱)し、球状黒鉛鋳鉄の組織をオーステナイト相に変態させる。すなわち、基地組織全体が、実質的にオーステナイト化する温度まで加熱し、その温度で一定時間保持する。
【0042】
続いて、冷却工程が実施され、球状黒鉛鋳鉄は冷却されて、およそ720℃以上740℃以下の温度まで冷却されると、球状黒鉛鋳鉄はオーステナイト相からパーライト相への相変態を生じる。このパーライト相への相変態は、実際の鋳物の冷却曲線を測定する場合に冷却が速くなるほど変態の遅れが生じて変態温度が見掛け上、低下して測定値はおよそ720℃以下の温度として記録されるため、変態時点の冷却速度では比較できず、変態が生じる直前までの平均冷却速度で以下、表現することにする。冷却工程では、球状黒鉛鋳鉄を、800℃から730℃までの間は0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する。したがって、パーライト相への相変態直前にも、0.6℃/秒以上8℃/秒以下といった範囲内の冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却することになる。ここにいう、パーライト相への相変態直前とは、相変態熱が発生する直前のことをいう。800℃から730℃までの間の平均冷却速度を、0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度にすることで、パーライト層におけるフェライトとセメンタイトとの層間隔が緻密になり、十分な引張強さを得ることができる。800℃から730℃までの間の平均冷却速度が0.6℃/秒未満であると、フェライト面積率が増加し、またパーライト相の層間隔が緻密にならず、十分な引張強さや硬さを得ることができない。一方、800℃から730℃までの間の平均冷却速度が8℃/秒を超えると、強制空冷での冷却効果の限界に達し、フェライトの析出が困難になり、さらにパーライトの析出も阻止されてトルースタイト組織や、さらに速い冷却条件(たとえば油冷など)ではマルテンサイト組織の発生にいたることになり、また変形や割れが発生しやすくなる。
【0043】
なお、ここでの上限温度の800℃は炉から取り出した後の温度の一例の温度である。特に、オーステナイト相に変態させるまで加熱された球状黒鉛鋳鉄に対しては、熱処理炉から出された直後から強制空冷を行ったとしても、平均冷却速度8℃/秒を超える冷却は不可能であり、必然的に8℃/秒以下の平均冷却速度になる。また、下限温度の730℃も一例の温度である。すなわち、730℃は、球状黒鉛鋳鉄がパーライト相への相変態を開始する直前の温度の一例に相当し、下限温度を729℃としても、あるいは731℃としても、技術的に意味するところは、球状黒鉛鋳鉄がパーライト相への相変態を開始する直前の温度ということで同じである。以上のことをまとめると、ここにいう平均冷却速度とは、炉から取り出して730℃以下のパーライト変態直前までの平均冷却速度のことになる。
【実施例】
【0044】
続いて、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明は、以下に説明する実施例によって何ら限定されることはない。
【0045】
(実施例1)
試験片として、FCD700相当の成分割合の球状黒鉛鋳鉄を用意した。具体的には、不可避的不純物を含む鋳鉄溶湯に、Cが3.61質量%、Siが2.54質量%、Mnが0.63質量%、Mgが0.040質量%、になるようにそれぞれの元素を添加した。Snは意図的な元素添加は行わなかった。なお、不可避的不純物として、Sが0.009質量%、Cuが0.80質量%、Crが0.066質量%、Pが0.022質量%含まれていた。
【0046】
上述の各元素が添加された鋳鉄溶湯を、Yブロック(JIS G 5502における標準試験片)の鋳型に鋳込んだ後、共析変態点以下の温度まで冷却し、型ばらしを行い、Yブロックの球状黒鉛鋳鉄を得た。このYブロックの球状黒鉛鋳鉄では、下部が縦横ともに25mmの角柱形状であり、この角柱部分を加工により分離し、試験片とした。したがって、実施例1の試験片の肉厚は25mmになる。
【0047】
実施例では、試験片の球状黒鉛鋳鉄に熱処理を行った。この熱処理における加熱工程では、熱処理炉を予め910℃まで昇温し、試験片をその熱処理炉に入れて、910℃の温度で1時間保持する。
【0048】
続いて、冷却工程を実施し、送風機による強制空冷を行った。試験片には、熱処理を開始する前に、最大肉厚部の中心部分に穴あけ加工を施し、温度測定用の熱電対を差し込む穴を予め設けておいた。試験片を熱処理炉から取り出した後、その穴に熱電対を差し込み温度測定の準備を行った後、送風機による強制空冷の開始と同時に温度測定を開始した。試験片に差し込んだ熱電対から得られた温度情報をもとに、800℃から730℃までの間における平均冷却速度を求めた。実施例1では、その平均冷却速度は、3.40℃/秒であった。
【0049】
熱処理を実施し、強制空冷を行った試験片から、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質(引張強度、伸び、0.2%耐力、ブリネル硬さ)の測定を行った(他の実施例および比較例1においても同じ。)。測定の結果を表1に示す。
【0050】
また、黒鉛球状化率も求めた。結果を表1に示す。
【0051】
【表1】
(実施例2)
実施例2では、各元素を添加した実施例1で用いた鋳鉄溶湯に、さらに、0.05質量%になるようにSnを添加した。実施例2は、このSnの添加以外は、実施例1と同じであり、熱処理を実施し、実施例1と同じ強制空冷を行った。実施例2における、各種の機械的性質の測定結果や、黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0052】
(実施例3)
実施例3~実施例5の試験片は、階段状の一体形状であり成分割合は同一であり、FCD700相当である。成分はCが3.52質量%、Siが2.40質量%、Mnが0.59質量%、Mgが0.049質量%になるようにそれぞれの元素を添加した。Snについては意図的な元素添加は行わなかった。なお、不可避的不純物として、Sが0.008質量%、Cuが0.96質量%、Crが0.058質量%、Pが0.022質量%含まれていた。
【0053】
図1は、実施例3~実施例5で用いた試験片を示す図である。
【0054】
図1に示す試験片TPは、3段構成の段付き試験片である。
図1(a)は、試験片TPの正面図であり、同図(b)は、試験片TPの左側面図である。1段目の部分tp1も、2段目の部分tp2も、3段目の部分tp3も、長さは110mmである。また、1段目の部分tp1は、幅が25mm、高さが25mmであり、2段目の部分tp2は、幅が35mm、高さが40mmであり、3段目の部分tp3は、幅が45mm、高さが80mmである。1段目の部分tp1、2段目の部分tp2、および3段目の部分tp3それぞれの中心部分に熱電対を差し込んで、それぞれの部分ごとに温度測定ができるようにした。
【0055】
実施例3では、
図1に示す試験片TPのうち1段目の部分tp1を試験片として用いた。この1段目の部分tp1の肉厚は25mmになる。
【0056】
熱処理を、実施例1と同じように行った。試験片を熱処理炉から取り出した後、その穴に熱電対を差し込み温度測定の準備を行った後、送風機による強制空冷の開始と同時に温度測定を開始した。
【0057】
図2は、実施例3~8及び比較例1の各試験片に差し込んだ熱電対から得られた温度情報をもとに作成した冷却曲線を示す図である。
【0058】
図2に示すグラフでは、縦軸が試験片の温度(℃)になり、横軸が計測時間(秒)になる。実施例3における冷却曲線は黒い実線で示す。肉厚が最も薄い実施例3の試験片では、炉から取り出して730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は2.59℃/秒であった。
【0059】
また、強制空冷を行った実施例3における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0060】
(実施例4)
実施例4では、
図1に示す試験片TPのうち2段目の部分tp2を試験片として用いた。この2段目の部分tp2の肉厚は35mmになる。
【0061】
熱処理を、実施例1と同じように行った。
【0062】
図2に2点鎖線で示した実施例4における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は2.59℃/秒であった。
【0063】
また、強制空冷を行った実施例4における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0064】
(実施例5)
実施例5では、
図1に示す試験片TPのうち3段目の部分tp3を試験片として用いた。この3段目の部分tp3の肉厚は45mmになる。
【0065】
この実施例5でも、熱処理を行った。熱処理における加熱工程では、910℃の温度に保った熱処理炉の中に試験片を入れて2時間保持する。続いて、熱処理炉から取り出した試験片に熱電対を差し込み温度測定の準備を行った後、冷却工程を実施し、送風機による強制空冷を開始するとともに温度測定も開始した。
【0066】
図2に点線で示した実施例5における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は1.27℃/秒であった。
【0067】
また、強制空冷を行った実施例5における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0068】
(実施例6)
実施例6~実施例8および比較例1では、実施例ごとに専用の立方体形状の試験片を用い、各試験片では、中心部分に熱電対を差し込んで、温度測定ができるようにした。また、実施例6~実施例8および比較例1の試験片は、各元素を添加した同じ鋳鉄溶湯から鋳造されたものである。すなわち、実施例6~実施例8および比較例1の試験片は、成分割合が同じであり、FCD700相当であるが、実施例1~実施例5とは多少異なっている。具体的には、Cが3.50質量%、Siが2.43質量%、Mnが0.51質量%、Mgが0.036質量%であり、Snについては意図的な元素添加は行わなかった。なお、不可避的不純物として、Sが0.008質量%、Cuが0.95質量%、Crが0.057質量%含まれていた。
【0069】
実施例6で用いた試験片は、1辺が60mmの立方体形状の試験片であり、肉厚は60mmになる。
【0070】
熱処理を、実施例5と同じように行った後、熱処理炉から取り出した試験片に熱電対を差し込み、送風機による強制空冷を開始するとともに温度測定も開始した。
図2に黒い太線で示した実施例6における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は1.23℃/秒であった。
【0071】
また、強制空冷を行った実施例6における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0072】
(実施例7)
実施例7で用いた試験片は、1辺が75mmの立方体形状の試験片であり、肉厚は75mmになる。
【0073】
この実施例7でも、熱処理を行い、加熱工程では、910℃の温度に保った熱処理炉の中に試験片を入れて3時間保持する。続いて、熱処理炉から取り出した試験片に熱電対を差し込み、冷却工程を実施し、送風機による強制空冷を開始するとともに温度測定も開始した。
図2に黒い細線で示した実施例7における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は0.77℃/秒であった。
【0074】
また、強制空冷を行った実施例7における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0075】
(実施例8)
実施例8で用いた試験片は、1辺が80mmの立方体形状の試験片であり、肉厚は80mmになる。
【0076】
実施例8でも、熱処理を実施例7と同じように行い、強制空冷における平均冷却速度を求めた。
図2に1点鎖線で示した実施例8における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は0.60℃/秒であった。
【0077】
また、強制空冷を行った実施例8における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0078】
(比較例1)
比較例1で用いた試験片は、1辺が100mmの立方体形状の試験片であり、肉厚は100mmになる。
【0079】
この比較例1でも、熱処理を行い、加熱工程では、910℃の温度に保った熱処理炉の中に試験片を入れて4時間保持する。続いて、熱処理炉から取り出した試験片に熱電対を差し込み温度測定の準備を行った後、冷却工程を実施し、送風機による強制空冷を開始するとともに温度測定も開始した。
【0080】
図2に灰色の実線で示した比較例1における冷却曲線では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は0.56℃/秒であった。
【0081】
また、強制空冷を行った比較例1における、各種の機械的性質の測定結果および黒鉛球状化率は表1に示す通りである。
【0082】
(比較例2)
比較例2は、実施例1で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、Snの意図的な元素添加を行わなかった鋳鉄溶湯から鋳造したYブロックの型ばらしを行い、取り出したYブロックの球状黒鉛鋳鉄から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0083】
(比較例3)
比較例3は、実施例2で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、Snの意図的な元素添加を行った鋳鉄溶湯から鋳造したYブロックの型ばらしを行い、取り出したYブロックの球状黒鉛鋳鉄から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0084】
(比較例4)
比較例4は、実施例3で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、
図1に示す試験片TPのうち1段目の部分tp1から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0085】
(比較例5)
比較例5は、実施例4で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、
図1に示す試験片TPのうち2段目の部分tp2から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0086】
(比較例6)
比較例6は、実施例5で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、
図1に示す試験片TPのうち3段目の部分tp3から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0087】
(比較例7)
比較例7は、実施例6で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、1辺が60mmの立方体形状の試験片から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0088】
(比較例8)
比較例8は、実施例7で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、1辺が75mmの立方体形状の試験片から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0089】
(比較例9)
比較例9は、実施例8で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、1辺が80mmの立方体形状の試験片から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0090】
(比較例10)
比較例10は、比較例1で用いた試験片と同じ試験片を用い、熱処理を実施しなかった例である。すなわち、1辺が100mmの立方体形状の試験片から、鋳放し状態のまま、JIS Z 2201の14号試験片に準ずる試験片を取得し、各種の機械的性質の測定を行った。また、黒鉛球状化率も求めた。結果は表1に示す通りである。
【0091】
実施例と比較例を比べると、熱処理において強制空冷を行った場合の方が、引張強度が高く、0.2%耐力も高く、さらには、ブリネル硬さも高いことがわかる。
【0092】
同じ試験片を用いて、熱処理を実施したか実施しなかったかの違いがあるだけの実施例と比較例(例えば、強制空冷を行った実施例6と強制空冷を行わなかった比較例7)それぞれの試験片の金属組織を顕微鏡観察すると、パーライト層におけるフェライトとセメンタイトとの層構造が異なることがわかった。すなわち、強制空冷を行わなかった比較例よりも、強制空冷を行った実施例の方が、パーライト層におけるフェライトとセメンタイトの層間隔が緻密であることが確認された。この層間隔の緻密さは、引張強度とブリネル硬さに反映され、表1に示すように、例えば、実施例6の試験片の方が、比較例7の試験片よりも、引張強度もブリネル硬さもともにかなり高い。
【0093】
また、強制空冷を行った実施例1~実施例8のうち、引張強度およびブリネル硬さともに最も低かった実施例は、最も肉厚が厚い実施例8であった。しかしながら、実施例8であっても、引張強度は950N/mm2確保されており、ブリネル硬さもHB307確保されている。この実施例8では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は、0.60℃/秒であった。一方、強制空冷を行ったにも関わらず比較例1では、引張強度が900N/mm2近くまで低下し、ブリネル硬さもHB300近くまで低下している。この比較例1では、800℃から730℃まで温度低下する際の平均冷却速度は、0.6℃/秒を下回って、0.56℃/秒と遅くなっており、引張強度およびブリネル硬さの低下は、冷却速度が遅くなりすぎて、微細パーライトへの変態が遅れたことにあると言える。冷却速度が遅くなりすぎた要因としては、製品肉厚があげられ、実施例8では80mmであった肉厚が、比較例1では100mmである。ただし、実際問題、冷却速度は、製品の形状や冷却風の当て方によっても変わってくるため、引張強度およびブリネル硬さを高める一次的要因としては、熱処理における、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで(例えば、800℃から730℃まで)温度低下させる際の平均冷却速度になり、これは方法的な要因になる。本発明のうちの球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法では、この平均冷却速度を0.6℃/秒以上と限定し、引張強度が950N/mm2は少なくとも確保されるとともに、ブリネル硬さがHB305は少なくとも確保されるようにしている。また、引張強度およびブリネル硬さを高める二次的要因としては、製品の肉厚になり、製品の肉厚が80mm以下であれば、引張強度が950N/mm2は少なくとも確保されるとともに、ブリネル硬さがHB305は少なくとも確保される。
【0094】
また、各実施例では、引張強度の高さに応じて、0.2%耐力も600N/mm2以上と高くなっている。
【0095】
図3は、実施例1の試験片の断面を100倍に拡大して顕微鏡撮影した金属組織写真である。
【0096】
図3に示す金属組織写真を見れば明らかなように、ほとんどが、灰色のパーライト組織Pである。しかしながら、黒い黒鉛Cの周囲に白い組織が残っていることがわかる。この白い組織が、フェライト組織Fである。各実施例の球状黒鉛鋳鉄では、引張強度が950N/mm2以上であって、Niが意図して添加されていないにも関わらず、4%以上の伸びが確保されている。この4%以上の伸びは、上述したパーライト層の微細化による強靭化と、この
図3の金属組織写真に示される、黒鉛Cの一部周囲に残存するフェライト組織Fが寄与していると推察される。
【0097】
各実施例における試験片の断面を100倍に拡大して撮影した金属組織写真をもとに、コンピュータの画像解析を用いて、まず、黒鉛を除いた組織を抽出し、次いで、基地組織におけるパーライト組織の面積率(パーライト率)を求めると、いずれの実施例においてもパーライト率は96%以上100%未満であった。また、黒い黒鉛Cと、その周囲にある白いフェライト組織Fを除くと、残りは全てパーライト組織Pであり、これは裏を返せば、基地組織において、パーライト相を除いた残部はフェライト相であることになる。
【0098】
以上、不可避的不純物は別にして、意図して添加する元素としては、C、Si、Mn、Cu、Mgに限り、Snは意図して添加してもしなくてもよく、残部がFeとなる球状黒鉛鋳鉄に限定して説明してきたが、意図して添加する元素としては、少なくともC、Si、Mn、Cuであって、NiおよびMoを除く他の元素を意図して添加してもよい。例えば、パーライト化をさらに促進させるためにCrやVを意図して添加してもよい。
【0099】
すなわち、
「球状黒鉛鋳鉄全体を100質量%とした場合に、少なくとも、Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、およびSnを0.05質量%以下含む一方で、NiおよびMoがそれぞれ0.05質量%を超えて含まれておらず、
基地組織においてパーライト相を96%以上100%未満有し、残部はフェライト相であり、
引張強度が950N/mm2以上、ブリネル硬さがHB305以上、かつ伸びが4%以上であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。」
ここにいう「NiおよびMoがそれぞれ0.05質量%を超えて含まれておらず、」とは、不可避的不純物としてNiまたはMoが含まれている場合があることを想定したものであって、NiおよびMoは、意図して添加された元素ではない。
【0100】
なお、「肉厚が80mm以下であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。」であってもよいし、「0.2%耐力が600N/mm2以上であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。」であってもよい。
【0101】
また、「肉厚が5mm以上80mm以下であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄。」であってもよい。肉厚が5mm以上あれば、チル組織が発生する恐れは少なく、熱処理時にひずみが生じる恐れも低減される。
【0102】
さらに、
「球状黒鉛鋳鉄全体を100質量%とした場合に、少なくとも、Cを3.0質量%以上3.8質量%以下、Siを2.4質量%以上2.8質量%以下、Mnを0.4質量%以上1.2質量%以下、Cuを0.7質量%以上1.2質量%以下、Mgを0.03質量%以上0.05質量%以下、Snを0.05質量%以下を含む一方で、NiおよびMoがそれぞれ0.05質量%を超えて含まれておらず、基地組織においてパーライト相を95%以上有する球状黒鉛鋳鉄を一旦加熱し、該球状黒鉛鋳鉄の組織をオーステナイト相に変態させる加熱工程と、
前記加熱工程を実施した前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する冷却工程とを有し、
前記冷却工程が、前記球状黒鉛鋳鉄を、パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで0.6℃/秒以上8℃/秒以下の平均冷却速度で冷却する工程であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄の熱処理方法。」
であってもよい。
【0103】
ここにいう「NiおよびMoがそれぞれ0.05質量%を超えて含まれておらず、」も、不可避的不純物としてNiまたはMoが含まれている場合があることを想定したものであって、NiおよびMoは、意図して添加された元素ではない。また、「パーライト相への相変態を開始する直前の温度まで」とは、例えば、800℃から730℃までの間であってもよい。
【符号の説明】
【0104】
TP 試験片
tp1 1段目の部分
tp2 2段目の部分
tp3 3段目の部分
C 黒鉛
P パーライト組織
F フェライト組織