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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-20
(45)【発行日】2023-07-28
(54)【発明の名称】一材型の歯面処理材
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/20 20200101AFI20230721BHJP
   A61K 6/61 20200101ALI20230721BHJP
   A61K 6/70 20200101ALI20230721BHJP
【FI】
A61K6/20
A61K6/61
A61K6/70
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019239874
(22)【出願日】2019-12-27
(65)【公開番号】P2021107371
(43)【公開日】2021-07-29
【審査請求日】2022-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】301069384
【氏名又は名称】クラレノリタケデンタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100174779
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 康晃
(72)【発明者】
【氏名】藤牧 諒
(72)【発明者】
【氏名】樫木 信介
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/092889(WO,A1)
【文献】特開2003-176220(JP,A)
【文献】特開2003-096579(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00- 6/90
A61K 8/00- 8/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン(d)、及び水(E)を含有する、一材型の歯面処理材。
【請求項2】
前記銀イオン(a)、前記カリウムイオン(b)、前記ヨウ化物イオン(c)及び前記水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である金属イオン(d)の、それぞれの水和エンタルピーとそれぞれの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和が-250kJ/100g以下である、請求項1に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項3】
前記銀イオン(a)と前記金属イオン(d)とのモル比が、前者/後者=0.0001以上10000以下である請求項1又は2に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項4】
前記銀イオン(a)の濃度が10~125,000質量ppmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項5】
前記金属イオン(d)の水和エンタルピーが-1250kJ/mol以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項6】
前記金属イオン(d)が、亜鉛イオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、及びアルミニウムイオンからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属イオンである、請求項1~5のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項7】
前記銀イオン(a)が銀塩(A)由来であり、前記銀塩(A)が、フッ化ジアンミン銀、硝酸銀(I)、フッ化銀(I)、塩化銀(I)、臭化銀(I)、炭酸銀(I)、ヨウ化銀(I)、酸化銀(I)、塩素酸銀(I)、過塩素酸銀(I)、クロム酸銀(I)、ヘキサフルオロアンチモン(V)酸銀、ヘキサフルオロリン酸銀(I)、亜硝酸銀(I)、硫酸銀(I)、チオシアン酸銀(I)、バナジン酸銀及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物であり、前記ヨウ化物イオン(c)/前記銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項8】
前記銀イオン(a)が銀塩(A)由来であり、前記銀塩(A)が、ヨウ化銀(I)及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物であり、前記ヨウ化物イオン(c)/前記銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値未満である、請求項1~6のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項9】
前記有機物銀塩が、ギ酸銀(I)、酢酸銀(I)、クエン酸銀(I)、シュウ酸銀(II)、グルコン酸銀、プロピオン酸銀(I)、コハク酸銀(I)、マロン酸銀(I)、DL-酒石酸銀(I)、ラウリン酸銀(I)、パルミチン酸銀(I)、N,N-ジエチルジチオカルバミド酸銀(I)、2-エチルヘキサン酸銀(I)、乳酸銀(I)、メタンスルホン酸銀(I)、サリチル酸銀(I)、p-トルエンスルホン酸銀(I)、トリフルオロ酢酸銀(I)、トリフルオロメタンスルホン酸銀(I)及びステアリン酸銀(I)からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物である、請求項7又は8に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項10】
さらに、水溶性フッ化物塩(F)を含む、請求項1~9のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項11】
前記銀イオン(a)の濃度が1,000~125,000質量ppmである、請求項1~10のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項12】
ヒドロキシアパタイト板に塗布した後、照度が150000ルクスの環境下にて24時間静置した際に黒変しない、請求項1~11のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項13】
齲蝕防止用である、請求項1~12のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項14】
知覚過敏抑制用である、請求項1~12のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材。
【請求項15】
銀塩(A)、カリウム塩(B)、及びヨウ化物塩(C)を水(E)に溶解させる工程と、前記工程で得られた水溶液に対して、金属塩(D)を添加し溶解させる工程、とを含む、請求項1~14のいずれか1項に記載の一材型の歯面処理材の製法方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一材型の歯面処理材に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療技術の向上や8020運動に代表される啓蒙活動によって、高齢者の歯牙残存率は高まっている。しかしながら、高齢化や認知症等の発症によって、定常的な口腔ケアのレベルが低下することで、歯質根面や隣接面における同時多発的な齲蝕の増加が臨床的な課題となっている。
【0003】
このような症状の多くの場合、患者が治療のために口を十分に開くことも難しいため、歯科用コンポジットレジン等による充填修復処置は極めて困難となる。このような状況における治療方法の一つとして、銀化合物の抗菌性を利用して、齲蝕の進行を抑制させることが行われる。例えば、フッ化ジアンミン銀を配合したサホライド(ビーブランド・メディコーデンタル社製)等の薬剤を塗布することにより齲蝕を停止させる方法が行われてきた。しかしながら、従来の方法では、薬剤を塗布した患部が黒く変色して審美性を大きく損なうという臨床的な課題があった。
【0004】
特許文献1には、患部に銀化合物を含む液(第一液)を適用し、それから、ハロゲン化アルカリ金属やハロゲン化アルカリ土類金属を含む液(第二液)を適用する二段階の歯面処置方法が開示されている。これによれば、治療後に6ケ月経過しても二次齲蝕は発生しておらず、処置部に黒い変色は認められなかった。しかしながら、当該処置方法では、二つの薬剤が必要となり、先ず銀化合物を含む液を塗布、乾燥後に、前記第二液を塗布することで、変色の原因となる余剰な銀化合物を別の銀化合物に変えて処置部から除去するという煩雑な操作が必要であった。
【0005】
上記課題に対し、特許文献2では、銀イオンとヨウ化物イオンとの錯イオン(例えば、K+[AgI]-)及び水を含有する歯面処理材が、一材型で取り扱いが容易で、貯蔵安定性にも優れ、治療部位の審美面を損なうことなく齲蝕の進行を抑制することができることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】米国特許第6,461,161号明細書
【文献】国際公開第2018/092889号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らが検討した結果、特許文献2の歯面処理材は、確かに一材型で取り扱いが容易であり治療部位が黒く変色することなく、かつある程度乾燥した表面においては優れた抗菌性を発現することが確認された。しかしながら、口腔内を想定した、表面に水分が比較的多く存在する環境下においては、所望の抗菌性を得ることができず、さらなる改善の余地があることがわかった。
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、一材型で取り扱いが容易で、治療部位の審美面を損なうことなく、かつ口腔内を想定した、表面に比較的水分が多く存在する環境下においても抗菌性を発現することで、齲蝕の進行を抑制することができる歯面処理材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、銀イオン、カリウムイオン、ヨウ化物イオン、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン、及び水を含有する一材型の歯面処理材が上記課題を解決できることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1]銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン(d)、及び水(E)を含有する、一材型の歯面処理材。
[2]前記銀イオン(a)、前記カリウムイオン(b)、前記ヨウ化物イオン(c)及び前記水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である金属イオン(d)の、それぞれの水和エンタルピーとそれぞれの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和が-250kJ/100g以下である、[1]に記載の一材型の歯面処理材。
[3]前記銀イオン(a)と前記金属イオン(d)とのモル比が、前者/後者=0.0001以上10000以下である[1]又は[2]に記載の一材型の歯面処理材。
[4]前記銀イオン(a)の濃度が10~125,000質量ppmである、[1]~[3]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[5]前記金属イオン(d)の水和エンタルピーが-1250kJ/mol以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[6]前記金属イオン(d)が、亜鉛イオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、及びアルミニウムイオンからなる群より選ばれる少なくとも一種の金属イオンである、[1]~[5]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[7]前記銀イオン(a)が銀塩(A)由来であり、前記銀塩(A)が、フッ化ジアンミン銀、硝酸銀(I)、フッ化銀(I)、塩化銀(I)、臭化銀(I)、炭酸銀(I)、ヨウ化銀(I)、酸化銀(I)、塩素酸銀(I)、過塩素酸銀(I)、クロム酸銀(I)、ヘキサフルオロアンチモン(V)酸銀、ヘキサフルオロリン酸銀(I)、亜硝酸銀(I)、硫酸銀(I)、チオシアン酸銀(I)、バナジン酸銀及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物であり、前記ヨウ化物イオン(c)/前記銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値以上である、[1]~[6]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[8]前記銀イオン(a)が銀塩(A)由来であり、前記銀塩(A)が、ヨウ化銀(I)及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物であり、前記ヨウ化物イオン(c)/前記銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値未満である、[1]~[6]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[9]前記有機物銀塩が、ギ酸銀(I)、酢酸銀(I)、クエン酸銀(I)、シュウ酸銀(II)、グルコン酸銀、プロピオン酸銀(I)、コハク酸銀(I)、マロン酸銀(I)、DL-酒石酸銀(I)、ラウリン酸銀(I)、パルミチン酸銀(I)、N,N-ジエチルジチオカルバミド酸銀(I)、2-エチルヘキサン酸銀(I)、乳酸銀(I)、メタンスルホン酸銀(I)、サリチル酸銀(I)、p-トルエンスルホン酸銀(I)、トリフルオロ酢酸銀(I)、トリフルオロメタンスルホン酸銀(I)及びステアリン酸銀(I)からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物である、[7]又は[8]に記載の一材型の歯面処理材。
[10]さらに、水溶性フッ化物塩(F)を含む、[1]~[9]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[11]前記銀イオン(a)の濃度が1,000~125,000質量ppmである、[1]~[10]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[12]ヒドロキシアパタイト板に塗布した後、照度が150000ルクスの環境下にて24時間静置した際に黒変しない、[1]~[11]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[13]齲蝕防止用である、[1]~[12]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[14]知覚過敏抑制用である、[1]~[12]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材。
[15]銀塩(A)、カリウム塩(B)、及びヨウ化物塩(C)を水(E)に溶解させる工程と、前記工程で得られた水溶液に対して、金属塩(D)を添加し溶解させる工程、とを含む、[1]~[14]のいずれかに記載の一材型の歯面処理材の製法方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、一材型で取り扱いが容易で、治療部位の審美面を損なうことなく、かつ口腔内を想定した、表面に比較的水分が多く存在する環境下においても抗菌性を発現することで、齲蝕の進行を抑制することができる歯面処理材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の歯面処理材は、銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン(d)(以下、単に「金属イオン(d)」と称することがある)、及び水(E)を含有する、一材型の歯面処理材である。
【0013】
上記の構成とすることにより、一材型で取り扱いが容易で、治療部位の審美面を損なうことなく、かつ口腔内を想定した表面に比較的水分が多く存在する環境下においても抗菌性を発現することで齲蝕の進行を抑制することができる歯面処理材となる。
【0014】
なお、本明細書において、数値範囲(各成分の含有量等)の上限値及び下限値は適宜組み合わせ可能である。
【0015】
本発明を何ら限定するものではないが、上記のような優れた効果が奏される理由としては、次のようなことが考えられる。まず、特許文献2に開示された銀イオンとヨウ化物イオンとの錯イオンを含有する一材型の歯面処理材が、歯質表面に比較的水分が多く存在する環境下において、齲蝕の進行を抑制するために所望される抗菌性が発現されなかった原因として、歯質表面の水分が歯面処理材に混入することで、水難溶性で抗菌性を有さないヨウ化銀が瞬時に歯質表面に析出したため、抗菌性を有する銀イオンが歯質表面に作用できなかったと考えられる。すなわち、抗菌性を発現するためには、銀はイオン(溶解)状態にある必要があり、ヨウ化銀を大量のヨウ化物イオンと共存させることで、水不溶性のヨウ化銀を錯イオン化して溶解させていた。しかしながら、水の混入によりヨウ化物イオンの濃度が低下すると、銀をイオン(溶解)状態で維持することができず、抗菌性を有さないヨウ化銀として析出したため、抗菌性を示さなかったと推定される。
【0016】
本発明者らは、上記現象により生じる課題、すなわち水混入時の銀イオン濃度の低下に伴う抗菌性低下の対策として、水和エンタルピーに着目した。そして、銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、及び水(E)を含有する一材型の歯面処理材に、さらに銀イオンの水和エンタルピー(-472kJ/mol)よりも小さい水和エンタルピーを有する金属イオン(d)を含有させることで上記課題が解決されることを見出した。
【0017】
上記課題解決に至った具体的な想定メカニズムについて説明する。
従来の一材型の歯面処理材に相当する、銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、及びヨウ化物イオン(c)を含む水溶液中においては、ヨウ化物イオン(c)を銀の配位子とする銀錯体(K+[AgI2-)が形成されている。前記銀錯体は、ヨウ化物イオン(c)と水分子との配位子交換反応により、ヨウ化銀一水和物(AgI(H2O))との平衡状態にある(下記反応式を参照)。
【化1】
ここで、この水溶液を水分が多く存在する表面に塗布した場合、水溶液の含水率が増加することから、上記反応式の平衡が右に偏り、多くのヨウ化銀一水和物が生成される。このヨウ化銀一水和物の濃度が飽和濃度を超えると、ヨウ化銀(AgI)として析出し、析出によってさらに平衡が右に偏るため、ヨウ化銀の析出はさらに促進される。その結果、抗菌性を示すイオン状態の銀濃度が顕著に減少する。
【0018】
一方で、本発明の一材型の歯面処理材は、銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、及びヨウ化物イオン(c)が存在する水溶液中に、銀イオン(a)より水和エンタルピーの小さい金属イオン(d)を含有させている。
【0019】
水和エンタルピー(△H)とは、フリーの陽イオンの状態を基準として、陽イオンが十分に水和された状態となるまでのエンタルピー変化を示す値であり、陽イオンの種類毎に固有の数値を有し、一般的には負の数値を示す。すなわち、ある陽イオン(以下、陽イオンY)と比較して、評価対象の陽イオン(以下、陽イオンX)の「水和エンタルピーが小さい」とは、陽イオンXの水和された状態の方が、陽イオンYの水和された状態よりもエネルギー的により安定であることを示している。金属イオン(d)の水和エンタルピー(室温、1atm)は、化学便覧基礎編改訂版第5版10章熱的性質 II-288の表10.116に記載の値である。
【0020】
したがって、本発明の一材型の歯面処理材においては、水分子は銀イオン(a)よりも水和状態が安定である金属イオン(d)に優先的に配位するため、ヨウ化物イオン(b)と水分子との配位子交換反応によるヨウ化銀一水和物の生成が抑制される(下記反応式を参照)。
【化2】
(式中、M+は金属イオン(d)を表す。)
【0021】
このように、本発明の一材型の歯面処理材は表面に比較的水分が多く存在する環境下において、一材型の歯面処理材に水が混入したとしても、抗菌性低下の起因となるヨウ化銀の析出が抑制されるため、抗菌性を示すことができたものと推定している。
【0022】
本発明の一材型の歯面処理材が、一材型で安定的に貯蔵できて、取り扱いが容易で、治療部位の審美面を損なうことなく知覚過敏を抑制することができることについては、以下のように考えられる。歯面処理材が象牙細管の中に浸透すると象牙細管内に存在する組織液と接触する。銀イオンは組織液を構成する蛋白質の特にチオール基と反応性が高い。反応した結果、蛋白質が変性することで象牙細管内の組織液の粘度が上昇して、象牙細管内での移動が抑制されることで知覚過敏が抑制されると考えている。また、象牙細管内で析出してくるヨウ化銀による物理的封鎖も知覚過敏の抑制の一助になっていると考えている。
【0023】
本発明の一材型の歯面処理材は、銀イオン(a)とカリウムイオン(b)とヨウ化物イオン(c)と金属イオン(d)と水(E)とを含有するが、溶液中に溶解状態で存在する銀イオン(a)の濃度は、一材型の歯面処理材の質量に対して10~125,000質量ppmであることが好ましい。銀イオン(a)の濃度が10質量ppm未満の場合、歯面処理材を塗布した際の齲蝕抑制効果が、市販の齲蝕抑制材(例えば、サホライド等)と比較してかなり小さくなる。銀イオン(a)の濃度は、好適には1000質量ppm以上であり、より好適には10000質量ppm以上である。一方、銀イオン(a)の濃度が125,000質量ppmを超える場合には、それ以上の濃度になっても抗菌効果が変わらない。銀化合物は一般的には高価であるため、コスト面でもメリットがなくなる。また、銀イオンとヨウ化物イオンの錯イオンが溶解しきれなくなりヨウ化銀が析出するおそれがある。銀イオン(a)の濃度は、より好適には120,000質量ppm以下である。銀イオン(a)の濃度の算出方法は、銀塩(A)が完全溶解している系では、後記する実施例のとおりである。また、銀塩(A)が未溶解である系では、銀イオン(a)の濃度は、以下の方法で、算出できる。具体的には、銀イオンメーター(KDD株式会社製)を用いて、歯面処理材の溶液中に溶解している銀イオン(a)の濃度を測定する。次いで、測定対象の溶液(歯面処理材)に前記銀イオンメーターに付属の発色試薬を加えて十分に振って混ぜたのち、発色した溶液を銀イオンメーターにセットして、銀イオン(a)の濃度を測定する。銀イオン(a)の濃度が、測定器の測定範囲の上限を超えた場合は、測定対象の溶液を50質量%ヨウ化カリウム水溶液にて希釈して再測定する。
【0024】
本発明の一材型の歯面処理材に使用される銀イオン(a)は、銀塩(A)由来であり、特に限定されないが、銀塩(A)は、ある実施形態(「第一実施形態」ともいう。)では、フッ化ジアンミン銀(Ag(NH32F)、硝酸銀(I)、フッ化銀(I)、塩化銀(I)、臭化銀(I)、炭酸銀(I)、ヨウ化銀(I)、酸化銀(I)、塩素酸銀(I)、過塩素酸銀(I)、クロム酸銀(I)、ヘキサフルオロアンチモン(V)酸銀、ヘキサフルオロリン酸銀(I)、亜硝酸銀(I)、硫酸銀(I)、チオシアン酸銀(I)、バナジン酸銀(AgVO3)及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種が好適に使用される。これらの中でも、溶液中の銀濃度を高めやすいため、ヨウ化銀(I)がより好適である。本発明の歯面処理材に使用される銀塩(A)が、前記第一実施形態における好適な化合物である場合には、ヨウ化物イオン(c)/銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値以上であることが好ましい。但し、後述のようにヨウ化銀(I)及び有機物銀塩はその限りではない。ここで、「完全に溶解する下限値」とは、目視で銀塩が溶解しているヨウ化物塩(C)/銀塩(A)のモル比の下限値を意味する。
【0025】
本発明の一材型の歯面処理材に使用される銀塩(A)が、それ自体が黒変し難いヨウ化銀(I)及び有機物銀塩である場合は、ヨウ化物イオン(c)/銀イオン(a)のモル比が、前記の銀塩が完全に溶解する下限値未満であっても構わない。そのため、他の実施形態(「第二実施形態」ともいう。)としては、銀塩(A)が、ヨウ化銀(I)及び有機物銀塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の銀化合物であり、ヨウ化物イオン(c)/銀イオン(a)のモル比が、前記銀塩(A)が歯面処理材に完全に溶解する下限値未満である実施形態が挙げられる。歯面処理材中に未溶解の銀塩が存在するものの、歯面処理材を塗布した際に、銀塩(A)がヨウ化銀(I)又は有機物銀塩であるため、第二実施形態の一材型の歯面処理材も、黒変し難いためである。
【0026】
本発明の一材型の歯面処理材に使用される有機物銀塩としては特に限定されないが、ギ酸銀(I)、酢酸銀(I)、クエン酸銀(I)、シュウ酸銀(II)、グルコン酸銀、プロピオン酸銀(I)、コハク酸銀(I)、マロン酸銀(I)、DL-酒石酸銀(I)、ラウリン酸銀(I)、パルミチン酸銀(I)、N,N-ジエチルジチオカルバミド酸銀(I)、2-エチルヘキサン酸銀(I)、乳酸銀(I)、メタンスルホン酸銀(I)、サリチル酸銀(I)、p-トルエンスルホン酸銀(I)、トリフルオロ酢酸銀(I)、トリフルオロメタンスルホン酸銀(I)及びステアリン酸銀(I)からなる群から選択される少なくとも1種が好適に使用される。これらの中でも、生体への安全性の観点から、ギ酸銀(I)、クエン酸銀(I)、シュウ酸銀(II)、プロピオン酸銀(I)、コハク酸銀(I)、2-エチルヘキサン酸銀(I)、乳酸銀(I)、サリチル酸銀(I)、N,N-ジエチルジチオカルバミド酸銀(I)がより好適である。
【0027】
本発明の一材型の歯面処理材に使用されるカリウムイオン(b)は、カリウム塩(B)由来であり、特に限定されないが、カリウム塩が、ヨウ化カリウム、塩化カリウム、臭化カリウム、フッ化カリウム、水酸化カリウム、リン酸カリウム、酢酸カリウム、硫酸カリウム、シュウ酸カリウム、カリウムアルコキシド、カリウムフェノキサイドからなる群から選択される少なくとも1種が好適に使用される。これらの中でも、水に対する溶解性及び変色抑制の観点から、ヨウ化カリウムがより好適である。
【0028】
本発明の一材型の歯面処理材に使用されるヨウ化物イオン(c)は、ヨウ化物塩(C)由来であり、特に限定されないが、ヨウ化物塩(C)が、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ルビジウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化カルシウム、及びヨウ化ストロンチウムからなる群から選択される少なくとも1種が好適に使用される。これらの中でも、銀塩(A)の溶解性の点から、ヨウ化カリウムがより好適である。なお、ヨウ化カリウムは、カリウムイオン(b)を生成するカリウム塩(B)としても、ヨウ化物イオン(c)を生成するヨウ化物塩(C)としても用いることができる。
【0029】
本発明の一材型の歯面処理材に使用される金属イオン(d)は、ヨウ化銀の析出が抑制される観点から、その水和エンタルピーが銀イオンの水和エンタルピーである-472kJ/molより小さい、すなわち水和エンタルピーが-472kJ/mol未満の金属イオンであり、水和エンタルピーが-1250kJ/mol以下の金属イオンが好ましく、-1600kJ/mol以下の金属イオンがより好ましく、-2000kJ/mol以下の金属イオンがさらに好ましい。金属イオン(d)の水和エンタルピーの下限値は特に限定されないが、例えば-5000kJ/mol以上とすることができる。金属イオン(d)のイオン種は、その水和エンタルピーが-472kJ/mol未満であれば特に限定されないが、亜鉛イオン(-2029kJ/mol)、カルシウムイオン(-1577kJ/mol)、マグネシウムイオン(-1908kJ/mol)、バリウムイオン(-1289kJ/mol)、ストロンチウムイオン(-1456kJ/mol)及びアルミニウムイオン(-4690kJ/mol)からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。これらの中でも、ヨウ化銀の析出が抑制される効果の高さから、亜鉛イオンがより好ましい。
【0030】
本発明の一材型の歯面処理材に使用される金属イオン(d)の含有量は特に限定されないが、歯面処理材の抗菌性とヨウ化銀の析出抑制効果とを両立する観点から、銀イオン(a)と金属イオン(d)とのモル比が、前者/後者=0.0001以上10000以下が好ましく、前者/後者=0.001以上1000以下であることがより好ましく、前者/後者=0.01以上100以下であることがさらに好ましく、前者/後者=0.1以上10以下であることが最も好ましい。
【0031】
前記金属イオン(d)は、金属塩(D)由来であり、特に限定されないが、金属塩(D)がヨウ化亜鉛、ヨウ化バリウム、ヨウ化ストロンチウム、ヨウ化アルミニウム、ヨウ化カルシウム、水酸化亜鉛、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウム、水酸化アルミニウム、水酸化カルシウム、フッ化亜鉛、フッ化バリウム、フッ化ストロンチウム、フッ化アルミニウム、フッ化カルシウム、臭化亜鉛、臭化バリウム、臭化ストロンチウム、臭化アルミニウム、臭化カルシウムからなる群から選択される少なくとも1種が好適に使用される。これらの中でも金属が亜鉛である金属塩がより好適に使用される。なお、ヨウ化亜鉛は、ヨウ化物イオン(c)を生成するヨウ化物塩(C)としても、金属イオン(d)を生成する金属塩(D)としても用いることができる。
【0032】
本発明の一材型の歯面処理材は、前記銀イオン(a)、前記カリウムイオン(b)、前記ヨウ化物イオン(c)及び前記金属イオン(d)の、それぞれの水和エンタルピーとそれぞれの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和(以下、単に「水和エンタルピーと濃度との積の総和」と称することがある)が-250kJ/100g以下であることが好ましく、-300kJ/100g以下がより好ましく、-340kJ/100g以下がさらに好ましい。下限値については特に制限は無いが、例えば-500kJ/100g以上とすることができる。水和エンタルピーと濃度との積の総和は、抗菌性の発現とヨウ化銀の析出抑制とを両立させる指標の一つであり、その値が小さいほど、本発明の一材型の歯面処理材において、効果が得られる水の含有率の許容範囲が大きい、すなわち、水が混入した場合に析出物が生成しにくい一材型の歯面処理材(組成物)が得られると考えている。
【0033】
本発明の一材型の歯面処理材においては、銀イオン(a)とヨウ化物イオン(c)とが錯イオンを形成していると推定される。
【0034】
本発明の一材型の歯面処理材は、耐酸性の観点から、さらに水溶性フッ化物塩(F)を含むことが好ましい。水溶性フッ化物塩(F)としては特に限定されないが、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アンモニウム、フッ化リチウム、フッ化セシウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化ストロンチウム、フッ化バリウム、フッ化銅、フッ化ジルコニウム、フッ化アルミニウム、フッ化スズ、モノフルオロリン酸ナトリウム、モノフルオロリン酸カリウム、フッ化水素酸、フッ化チタンナトリウム、フッ化チタンカリウム、ヘキシルアミンハイドロフルオライド、ラウリルアミンハイドロフルオライド、グリシンハイドロフルオライド、アラニンハイドロフルオライド、フルオロシラン類等が挙げられる。中でも生体への安全性の観点からフッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化スズが好適に用いられる。
【0035】
本発明の一材型の歯面処理材において、水溶性フッ化物塩(F)の濃度は、換算フッ素イオン濃度として0.01~5%が好ましい。濃度が0.01%未満の場合、歯面処理材を塗布した歯質の耐酸性が向上しないおそれがある。濃度は、より好適には0.02%以上である。一方、濃度が5%を超える場合には、生体への安全性が損なわれるおそれがある。濃度はより好適には4.5%以下である。
【0036】
本発明の一材型の歯面処理材は、歯質等に塗布後に大量の水に接触させると歯質の内部と表層にヨウ化銀(I)が生成するため、照度が150000ルクスの環境下にて24時間静置して光照射しても黒変しない。実施例に記載の方法で黒変の度合いを数値化した。歯面処理材を塗布する前のL値から歯面処理材を塗布した後のL値を引いた値、すなわち、歯面処理材の塗布前後の色差(△E)は20以下であることが好ましく、15以下であることがより好ましく、10以下であることがさらに好ましい。色差の測定方法は、後述する実施例に記載のとおりである。
【0037】
本発明の一材型の歯面処理材は、本発明の効果を阻害しない範囲で、銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン(d)、水(E)、及び水溶性フッ化物塩(F)以外の他の成分を含有しても構わない。例えば、増粘剤、溶剤、着色剤、香料等を配合することができる。他の成分の含有量は、特に限定されないが、一材型の歯面処理材中、10質量%未満が好ましく、5質量%未満がより好ましく、1質量%未満がさらに好ましい。
【0038】
上記増粘剤としては特に限定されず、微粒子シリカ、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸塩、ポリグルタミン酸、ポリグルタミン酸塩、ポリアスパラギン酸、ポリアスパラギン酸塩、ポリ-L-リジン、ポリ-L-リジン塩、セルロース以外のデンプン、アルギン酸、アルギン酸塩、カラギーナン、グアーガム、キタンサンガム、セルロースガム、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸塩、ペクチン、ペクチン塩、キチン、キトサン等の多糖類、アルギン酸プロピレングリコールエステル等の酸性多糖類エステル、またコラーゲン、ゼラチン及びこれらの誘導体等のタンパク質類等の高分子等から選択される1つ又は2つ以上が挙げられる。
【0039】
上記溶剤としては特に限定されないが、水溶性のテトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、エタノール、メタノール、1-プロパノール、イソプロピルアルコール、Tert-ブチルアルコール、エチレングリコール、グリセリン、アセトン、1,2-ジメトキシエタン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。これらの中でも、生体への安全性が高いエタノール、1-プロパノール、アセトン、グリセリンが好ましい。
【0040】
また、必要に応じて、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール等の糖アルコール;アスパルテーム、アセスルファムカリウム、カンゾウ抽出液、サッカリン、サッカリンナトリウム等の人工甘味料等を加えてもよい。さらに、薬理学的に許容できるあらゆる薬剤等を配合することができる。セチルピリジニウムクロリド等に代表される抗菌剤;消毒剤;抗癌剤;抗生物質;アクトシン、PGE1等の血行改善薬;bFGF、PDGF、BMP等の増殖因子;骨芽細胞;象牙芽細胞;さらに未分化な骨髄由来幹細胞;胚性幹(ES)細胞;線維芽細胞等の分化細胞を遺伝子導入により脱分化・作製した人工多能性幹(iPS:induced Pluripotent Stem)細胞並びにこれらを分化させた細胞等硬組織形成を促進させる細胞等を配合させることができる。
【0041】
本発明の一材型の歯面処理材の製造方法は特に限定されないが、例えば、銀塩(A)、カリウム塩(B)、及びヨウ化物塩(C)を水(E)に溶解させる工程(以下、工程1)、及び工程1で得られた水溶液に対して、金属塩(D)を添加し溶解させる工程(以下、工程2)を含むことが好ましい。工程1において、金属塩(D)を同時に混合すると、金属塩(D)が完全に溶解しないことがある。工程2においては、工程1で得られた水溶液を氷冷下で撹拌しながら、金属塩(D)を複数回に分けて添加し溶解させることが、発熱による突沸を防ぐことができることなどからより好ましい。また、前記諸成分を溶解させる手段は特に限定されないが、撹拌羽を使った撹拌溶解、振動溶解、超音波溶解、自転公転式撹拌溶解等の方法で達成できる。
【0042】
本発明の一材型の歯面処理材は、少なくとも銀イオン(a)、カリウムイオン(b)、ヨウ化物イオン(c)、水和エンタルピーが-472kJ/mol未満である少なくとも1種の金属イオン(d)、及び水(E)を含む溶液として得られ、貯蔵安定性及び操作性に優れ、齲蝕の進行抑制や知覚過敏の抑制を可能とし、且つ、患部は黒変しないため審美的な治療が可能である。
【0043】
本発明の一材型の歯面処理材は、単品で使用することもできるが、歯科用プライマー、歯科用接着材、歯科用セメント、歯科用コンポジットレジン、歯科用シーラント、知覚過敏抑制材等の歯科材料と併用することもできる。本発明の一材型の歯面処理材を、これら歯科材料の使用に先んじて患部に適用することにより齲蝕原因菌が殺菌されることから、二次齲蝕発生リスクを低減することができる。そのため、本発明の一材型の歯面処理材は、齲蝕防止用に好適に使用できる。また、本発明の一材型の歯面処理材自体を、知覚過敏抑制用に使用することもできる。
【0044】
本発明は、本発明の効果を奏する限り、本発明の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例
【0045】
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で多くの変形が当分野において通常の知識を有する者により可能である。
【0046】
実施例及び比較例のための原料には以下のものを使用した。
ヨウ化カリウム:富士フイルム和光純薬株式会社の製品をそのまま使用した。
ヨウ化銀(I):富士フイルム和光純薬株式会社の製品をそのまま使用した。
ヨウ化亜鉛(II):シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社の製品をそのまま使用した。
ヨウ化バリウム(II):シグマ アルドリッチ ジャパン合同会社の製品をそのまま使用した。
ヨウ化カルシウム(II):富士フイルム和光純薬株式会社の製品をそのまま使用した。
フッ化ジアンミン銀(SDF)を38質量%含有する水溶液:サホライド(ビーブランドメディコ社製品)をそのまま使用した。
【0047】
[実施例1]
ヨウ化カリウム18.8gを水30.1gに加えて撹拌溶解させて、50質量%ヨウ化カリウム水溶液を調製した。この溶液にさらにヨウ化銀(I)18.8gを加えて室温にて撹拌溶解することで、無色透明溶液を得た。この溶液にヨウ化亜鉛(II)20.9gを添加し、室温にて撹拌溶解することで、歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0048】
[実施例2]
ヨウ化カリウム33.6gを水33.6gに加えて撹拌溶解させて、50質量%ヨウ化カリウム水溶液を調製した。この溶液にさらにヨウ化銀(I)21.0gを加えて室温にて撹拌溶解することで、無色透明溶液を得た。この溶液にヨウ化亜鉛(II)11.7gを添加し、室温にて撹拌溶解することで、歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0049】
[実施例3]
ヨウ化カリウム36.2gを水36.2gに加えて撹拌溶解させて、50質量%ヨウ化カリウム水溶液を調製した。この溶液にさらにヨウ化銀(I)22.6gを加えて室温にて撹拌溶解することで、無色透明溶液を得た。この溶液にヨウ化亜鉛(II)5.00gを添加し、室温にて撹拌溶解することで、歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0050】
[実施例4]
ヨウ化カリウム30.1gとヨウ化バリウム・2水和物(II)21.8gを水29.1gに加え、撹拌溶解させたこの溶液にさらにヨウ化銀(I)18.8gを加えて室温にて撹拌溶解することで、歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0051】
[実施例5]
ヨウ化カリウム30.1gとヨウ化カルシウム(II)20.9gを水30.1gに加え、撹拌溶解させたこの溶液にさらにヨウ化銀(I)18.8gを加えて室温にて撹拌溶解することで、歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0052】
[比較例2]
ヨウ化カリウム40.6gを水40.6gに加えて撹拌溶解させて、50質量%ヨウ化カリウム水溶液を調製した。この溶液にさらにヨウ化銀(I)18.8gを加えて室温にて撹拌溶解することで、無色透明溶液の歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0053】
[比較例3]
ヨウ化亜鉛20.9gを水48.2gに加えて撹拌溶解させて、無色透明溶液の歯面処理材を得た。本材は一材型である。
【0054】
[比較例4]
サホライド(ビーブランド・メディコーデンタル社製)をそのまま使用した。
【0055】
[歯面処理材(溶液)中に溶存している銀イオン(a)の濃度]
歯面処理材(溶液)中の銀塩(A)の配合比率(質量比)に基づき、銀イオン(a)の濃度(質量ppm)を算出した。
【0056】
[歯面処理材(溶液)中のイオン濃度]
原料の投入量から理論値として算出した。また、歯面処理材(溶液)中のイオン濃度は、ICP-AES(誘導結合プラズマ発光分析)を用いて、歯面処理材中に含まれる金属イオンの濃度を測定することでも評価可能である。
【0057】
[水和エンタルピーと各イオンの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和]
各イオンの歯面処理材100gあたりのイオン量と、各イオンの水和エンタルピーの値から、水和エンタルピーと各イオンの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和を算出した。例えば、実施例1において、銀イオン、カリウムイオン、ヨウ化物イオン、亜鉛イオンの歯面処理材100gあたりのイオン量は、理論値でそれぞれ、0.080mol/100g、0.181mol/100g、0.392mol/100g、0.065mol/100gであり、各イオンの水和エンタルピーは、文献値よりそれぞれ-472kJ/mol、-337kJ/mol、-291kJ/mol、-2029kJ/molである。その結果、水和エンタルピーとそれぞれの質量モル濃度(mol/100g)との積の総和は、0.080×(-472)+0.181×(-337)+0.392×(-291)+0.065×(-2029)=-346kJ/100gと算出される。
【0058】
[抗菌力試験(表面付着菌数測定試験)]
(1)牛歯試験片の作製
牛歯歯根部から、1.5×1.5×3.0mm(±0.2mm)の四角柱状の試験片を切り出した。試験片の全ての表面(全6面)を耐水研磨紙(#1000)研磨し、EDTA3%溶液に30秒浸漬した後、水洗した。水洗後の牛歯試験片を抗菌力試験に用いた。
(2)試験菌液の調製
S.mutans菌液をコロンビア5%ヒツジ血液寒天培地に接種し、37℃、48時間嫌気培養後、減菌水を用いて500倍希釈した後5%スクロース添加ブレインインフュージョン液体培地を用いて、菌数が108 CFU/mLになるように調製した。
(3)試験手順
牛歯試験片をエアーで乾燥し、面積の大きい4面に各実施例及び比較例の歯面処理材を塗布し、4分間静置した。その後、余液をJKワイパーで吸い取ったあと、口腔内の湿潤状態を模擬した条件とするために、試験菌液3mLへ試験片を浸漬させ、37℃、好気条件下4時間培養した。培養後、0.1Mリン酸緩衝液(pH6.8)0.5mLへ試験片をそれぞれ浸漬し、10分間超音波処理した。洗い出し液の10倍希釈系列を生理食塩水を用いて調製し、ブレインハートインフュージョン寒天培地に塗抹接種した。接種したブレインハートインフュージョン(BHI)寒天培地は37℃、48時間嫌気培養後、形成集落数を数え、生菌数を算出した(n=3)。なお、比較例1としては、歯面処理材を塗布しない場合の試験片について、評価した。
【0059】
[変色試験]
(1)歯面処理材の塗布
縦横各々10mm、厚さ2mmのヒドロキシアパタイト板(HOYAテクノサージカル株式会社製)の上に、マイクロブラシレギュラー(マイクロブラシ社製)を用いて、ヒドロキシアパタイト板の表面全体に行き渡るように各実施例と比較例の歯面処理材を塗布した後に、4分間静置した。その後、150000ルクスの環境下にて24時間静置した。
(2)変色の評価
上記(1)で得られたヒドロキシアパタイト板の歯面処理材を塗布した部分について、分光測色計(コニカミノルタ株式会社製、型番「CM-3610d」、D65光源、白背景)でL*,a*,b*値(JIS Z 8781-4:2013 測色-第4部:CIE 1976 L*a*b*色空間)を測定し、E*を算出した(n=1)。歯面処理材を塗布する前のE*値(E1 *;初期値)と、歯面処理材を塗布後のE*値(E2 *)との色差(△E* ab)を求めることで変色を評価した。
【0060】
[水添加時の析出試験]
AgI/KI/水=4.5g/7.2g/7.2gの組成(10mL)に対して、ヨウ化亜鉛をそれぞれ5.0、2.5、1.0、0g添加した組成(それぞれ実施例1、2、3、比較例2に相当する。)に対して、蒸留水を滴下し、析出物が生じるまでの水の量を「滴下した水の量」として、下記式により析出時の水の増加率を算出した。数値が大きいほど、水が混入した場合に析出物が生成しにくい歯面処理材であると判断される。
析出時の水の増加率(%)={滴下した水の量(g)/滴下前の歯面処理材中の水の量(g)}×100
【0061】
【表1】
【0062】
金属イオン(d)を含有する実施例1は、歯面処理材を使用しなかった比較例1や金属イオン(d)を含有しない比較例2と比較して生菌数が顕著に少ないことから、口腔内を想定した、表面に比較的水分が多く存在する環境下においても抗菌性を発現することが確認された。これは、金属イオン(d)を含有することにより、析出時の水の増加率が向上、すなわち水の混入によっても析出物が生成しにくい一材型の歯面処理材(組成物)となったことから、表面に比較的水分が多く存在する条件下においても、抗菌性を示す銀イオンが歯質表面に作用できたためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の歯面処理材は、一材型で取り扱いが容易で、治療部位の審美面を損なうことなく、かつ口腔内を想定した、表面に比較的水分が多く存在する環境下においても抗菌性を発現することで、齲蝕の進行を抑制することができる。