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特許7317452トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ
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  • 特許-トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ 図1
  • 特許-トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-21
(45)【発行日】2023-07-31
(54)【発明の名称】トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ
(51)【国際特許分類】
   F16D 41/12 20060101AFI20230724BHJP
【FI】
F16D41/12 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020009956
(22)【出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2021116851
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-12-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 伸治
(72)【発明者】
【氏名】岩野 彰
(72)【発明者】
【氏名】片山 修
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-219950(JP,A)
【文献】特開2013-194796(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 41/00-47/06
F16H 61/26-61/36,63/00-63/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪の軸線と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構と、
前記外輪と前記内輪とのトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか一方に周方向等間隔に設けられた複数の歯部と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪の第1の回転方向への相対回転をロックする複数の第1の爪部材と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪の第2の回転方向への相対回転をロックする複数の第2の爪部材とを備え、
前記複数の第1の爪部材は、何れか1つが前記歯部と噛み合うと、他の第1の爪部材は、それぞれ前記歯部との噛み合い位置から1°刻みに異なる角度で離反した位相に配置されていることを特徴とするトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項2】
前記外輪に対する前記内輪の前記第1の回転方向への相対回転をロックする際、前記歯部と前記複数の第1の爪部材の何れか1つとが噛み合うまでの、前記内輪の前記第1の回転方向への回転角度は、1°以下であることを特徴とする請求項1に記載のトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項3】
m、nをそれぞれ整数とするとき、前記複数の歯部は、周方向に隣り合う前記歯部のピッチに対する中心角がm°であり、前記複数の第1の爪部材は、n個(ただし、m≦n)であることを特徴とする請求項1または2に記載のトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項4】
前記第2の爪部材を2個備え、前記軸線と直交する断面において、前記2個の第2の爪部材は、前記軸線に関して対称の位置に配置されていることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載のトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両や産業機械等においてトルク伝達用の装置或いはバックストップ等として用いられるトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラチェット機構を用いたクラッチにおいて、ラチェット機構が噛み合う際、すなわち外輪または内輪の何れか一方に設けられた爪部材と、外輪または内輪の何れか他方に設けられた例えばスプラインの歯部とが噛み合う際の衝撃によって、衝撃音が発生したり駆動軸側へ振動が伝達されたりするという問題があった。
【0003】
例えば特許文献1には、このような衝撃音および振動を抑制するために、外輪側の爪部材が嵌合する内輪側の凹部、或いは駆動軸と内輪との間に衝撃吸収部材が設けられたラチェット型のワンウェイクラッチが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-056605号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年このようなトルク伝達方向切り替え式のラチェット型クラッチは、駆動装置の動力源として電動モータを用いる車両において、電動モータの駆動力を伝達するための動力伝達機構に用いられることが多くなっている。電動モータは作動時の静粛性に優れているため、ラチェット型クラッチの上記衝撃音および振動の更なる低減が要求されている。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、ラチェット機構が噛み合う際の衝撃による衝撃音および振動を、衝撃吸収する部材等を使用しなくとも低減することができるトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係るトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチは、
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪の軸線と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構と、
前記外輪と前記内輪とのトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか一方に周方向等間隔に設けられた複数の歯部と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪の第1の回転方向への相対回転をロックする複数の第1の爪部材と、
前記外輪の内周部または前記内輪の外周部の何れか他方に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記外輪に対する前記内輪の第2の回転方向への相対回転をロックする複数の第2の爪部材とを備え、
前記複数の第1の爪部材は、何れか1つが前記歯部と噛み合うと、他の第1の爪部材は、それぞれ前記歯部との噛み合い位置から1°刻みに異なる角度で離反した位相に配置されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ラチェット機構が噛み合う際の衝撃による衝撃音および振動を、衝撃吸収する部材等を使用しなくとも低減することができるトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチの軸方向に直交する断面図である。
図2図2は、図1と同様の断面図であり、第1および第2の爪部材の配置状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係るトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチを、図面を参照しつつ説明する。
【0011】
まず、本実施形態におけるトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチに係る方向について定義する。本実施形態において、「中心軸線」とはトルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチの中心軸線すなわち外輪および内輪の中心軸線のことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線に関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。また、図1および図2において、紙面手前側を軸方向一方側とし、紙面奥側を軸方向他方側とし、紙面に向かって右側に回転する方向を周方向一方側あるいは時計方向とし、紙面に向かって左側に回転する方向を周方向他方側あるいは反時計方向とする。なお、以下の説明においては、「トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ」を「切り替え式ラチェット型クラッチ」と略記する。
【0012】
本実施形態は、内輪を入力側とし、外輪を出力側とし、内輪から外輪へトルクの伝達が可能な切り替え式ラチェット型クラッチを例として説明する。また、切り替え式ラチェット型クラッチの回転方向については、外輪に対する内輪の回転方向について説明するが、外輪の回転と内輪の回転とは相対的なものである。また、以下の説明において、角度の単位は「°」で表す。
【0013】
図1は実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチの軸方向に直交する断面図であり、軸方向一方側から見た状態を示している。
【0014】
本実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチ1は、環状の外輪3と、外輪3に対して径方向内方に外輪3の中心軸線Cと同軸に且つ外輪3と相対回転可能に配置された環状の内輪5と、外輪3と内輪5との間でトルク伝達を可能とするトルク伝達機構と、を有している。本実施形態におけるトルク伝達機構はラチェット機構であり、外輪3の内周部に設けられた複数の第1の爪部材7および複数の第2の爪部材9を備えている。
【0015】
内輪5の外周部には、径方向外方に突出し軸方向に延在する複数の歯部13が周方向の全周に亘って等間隔に形成されている。歯部13は、第1の爪部材7および第2の爪部材9が噛み合うラチェット歯を構成している。具体的には、歯部13の周方向他方側の壁面は、第1の爪部材7が噛み合う第1の噛み合い部13aを構成し、歯部13の周方向一方側の壁面は、第2の爪部材9が噛み合う第2の噛み合い部13bを構成している。
【0016】
図1に示すように、本実施形態においては36個の歯部13が形成されている。したがって、軸方向に直交する断面において、中心軸線Cを中心としたとき、周方向に隣り合う歯部13のピッチに対する中心角は10°である。言い換えると、周方向に隣り合う歯部13の中心間の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角は10°である。したがって、軸方向に直交する断面において、周方向に隣り合う第1の噛み合い部13a間の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角は10°である。同様に、周方向に隣り合う第2の噛み合い部13b間の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角は10°である。
【0017】
内輪5の内周側にはシャフトホール15が形成され、シャフトホール15には駆動軸17が内輪5と同芯に嵌合されている。駆動軸17は図示しない歯車機構を介して図示しない電動モータ等の駆動装置に連結されている。駆動軸17と内輪5とは一体に回転する。なお、駆動軸17はスプライン嵌合によってシャフトホール15に連結されても良い。
【0018】
外輪3の外周面には、径方向外方に突出し軸方向に延在する凸部21が周方向所定間隔に複数設けられている。これら凸部21が図示しない被駆動側部材の嵌合部に嵌合することにより、外輪3は被駆動側部材と相対回転不能に、被駆動側部材に固定されている。
【0019】
外輪3の内周部には、複数の第1の爪部材7と複数の第2の爪部材9とが周方向に亘って所定の間隔で設けられている。本実施形態においては、第1の爪部材7が10箇所に設けられ、第2の爪部材9が2箇所に設けられている。これらの第1の爪部材7および第2の爪部材9の配置状態については後述する。
【0020】
第1の爪部材7は、外輪3の内周部に設けられた保持部25に保持されている。保持部25は、外輪3の内周面に内向きに開口する凹部である。第1の爪部材7は所定の周方向長さを有している。第1の爪部材7は、周方向他方側端部に周方向他方側へ突出して形成された突出部7aの先端を揺動中心として径方向に揺動可能に、外輪3の保持部25に保持されている。第1の爪部材7は、内径側の面の軸方向一方側の部分が内輪5の外周面すなわち歯部13と径方向に対向している。第1の爪部材7は、径方向内方に揺動した際、周方向一方側の先端部の内径側部分が内輪5の歯部13の第1の噛み合い部13aに噛み合う。
【0021】
保持部25には第1の爪部材7を径方向内方すなわち内輪5の歯部13と噛み合う方向に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング27が設けられている。第1の爪部材7は、内輪5の歯部13と噛み合うことによって、外輪3に対する内輪5の反時計方向すなわち周方向他方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の時計方向すなわち周方向一方の回転方向への回転を可能としている。
【0022】
第2の爪部材9は、外輪3の内周部に設けられた保持部29に保持されている。保持部29は、外輪3の内周面に内向きに開口する凹部である。第2の爪部材9は所定の周方向長さを有している。第2の爪部材9は、周方向一方側端部に周方向一方側へ突出して形成された突出部9aの先端を揺動中心として径方向に揺動可能に、外輪3の保持部29に保持されている。第2の爪部材9は、内径側の面の軸方向一方側の部分が内輪5の外周面すなわち歯部13と径方向に対向している。第2の爪部材9は、径方向内方に揺動した際、周方向他方側の先端部の内径側部分が内輪5の歯部13の第2の噛み合い部13bに噛み合う。
【0023】
保持部29には第2の爪部材9を径方向内方すなわち内輪5の歯部13と噛み合う方向に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング31が設けられている。第2の爪部材9は、内輪5の歯部13と噛み合うことによって、外輪3に対する内輪5の時計方向すなわち周方向一方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の反時計方向すなわち周方向他方の回転方向への回転を可能としている。
【0024】
このように、外輪3の保持部25、29に保持された第1の爪部材7および第2の爪部材9と、スプリング27、31と、歯部13が形成された内輪5とで、ラチェット機構が構成されている。
【0025】
本実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチ1は、内輪5と同軸上に、内輪5の軸方向他方側に隣接して環状の切り替えプレート35が配置されている。切り替えプレート35は、外輪3に対する内輪5の回転のロック方向を切り替えるための部材である。言い換えると、切り替えプレート35は、内輪5から外輪3へのトルクの伝達方向を切り替えるための部材である。切り替えプレート35は、中心軸線Cを中心に回動可能に設けられている。
【0026】
切り替えプレート35の外周面は、外輪3の内周面と径方向に対向している。また、切り替えプレート35の外周面は、第1および第2の爪部材7、9の内径側の面の軸方向他方側の部分と径方向に対向している。切り替えプレート35の外周面には、径方向外方に滑らかに突出し周方向に所定の長さを有する突出部37が複数設けられている。これらの突出部37は、第1の爪部材7および第2の爪部材9と一対一に対応して設けられている。
【0027】
切り替えプレート35の突出部37は、外輪3の内周面と僅かな隙間を介して径方向に対向している。突出部37は、切り替えプレート35の回動によって対応する第1または第2の爪部材7、9の内径側に位置すると、第1または第2の爪部材7、9の内径側の面の軸方向他方側の部分に接触し、第1または第2の爪部材7、9の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に押上げ保持する。これにより、突出部37は第1または第2の爪部材7、9と内輪5の歯部13との噛み合いを阻止する。
【0028】
切り替えプレート35は、回動することによって第1または第2の爪部材7、9に対する突出部37の周方向位置を変更する。これにより、第1の爪部材7と第2の爪部材9とに対する突出部37の接触または非接触の組み合わせ状態を変更する。具体的には、切り替えプレート35は、第1の爪部材7と第2の爪部材9とに対する突出部37の接触または非接触の4つの組み合わせ状態を切り替え、これにより外輪3に対する内輪5の回転のロック方向を切り替える。
【0029】
第1または第2の爪部材7、9に対する突出部37の接触または非接触の第1の組み合わせ状態は、第2の爪部材9に対応する突出部37が第2の爪部材9の内径側の面に接触し、第1の爪部材7に対応する突出部37が第1の爪部材7の内径側の面に接触していない状態である。この状態において、第2の爪部材9に接触している突出部37は、第2の爪部材9に対してスプリング31を圧縮した状態で接触し、第2の爪部材9の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に保持し、第2の爪部材9と内輪5の歯部13との噛み合いを阻止する。一方、この状態で第1の爪部材7は、スプリング27の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。ここで本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、10箇所に設けられた第1の爪部材7のうち、何れか1つの第1の爪部材7が内輪5の歯部13に噛み合う構成となっている。この構成については後述する。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転が可能であり、周方向他方への回転がロックされた状態である。すなわち、内輪5が周方向他方へ回転すると内輪5と外輪3とが一体回転し、内輪5から外輪3へトルクが第1の爪部材7を介して伝達される。一方、内輪5が周方向一方へ回転しても内輪5から外輪3へトルクは伝達されない。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第1の状態」という。
【0030】
第1または第2の爪部材7、9に対する突出部37の接触または非接触の第2の組み合わせ状態は、第1の爪部材7に対応する突出部37が第1の爪部71の内径側の面に接触し、第2の爪部材9に対応する突出部37が第2の爪部材9の内径側の面に接触していない状態である。この状態において、第1の爪部材7に接触している突出部37は、第1の爪部材7に対してスプリング27を圧縮した状態で接触し、第1の爪部材7の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に保持し、第1の爪部材7と内輪5の歯部13との噛み合いを阻止する。一方、この状態で第2の爪部材9は、スプリング31の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向他方への回転が可能であり、周方向一方への回転がロックされた状態である。すなわち、内輪5が周方向一方へ回転すると内輪5と外輪3とが一体回転し、内輪5から外輪3へトルクが第2の爪部材9を介して伝達される。一方、内輪5が周方向他方へ回転しても内輪5から外輪3へトルクは伝達されない。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第2の状態」という。
【0031】
第1または第2の爪部材7、9に対する突出部37の接触または非接触の第3の組み合わせ状態は、第1の爪部材7に対応する突出部37が第1の爪部材7の内径側の面に接触し、さらに第2の爪部材9に対応する突出部37が第2の爪部材9の内径側の面に接触している状態である。この状態において、第1の爪部材7に接触している突出部37は第1の爪部材7の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に保持し、第1の爪部材7と内輪5の歯部13との噛み合いを阻止する。さらに、第2の爪部材9に接触している突出部37は第2の爪部材9の内径側の面を内輪5の歯部13よりも外径側に保持し、第2の爪部材9と内輪5の歯部13との噛み合いを阻止する。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転も周方向他方への回転もロックされておらず、周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転も可能である。すなわち、内輪5が周方向一方へ回転しても、周方向他方へ回転しても、内輪5から外輪3へトルクは伝達されない。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第3の状態」という。
【0032】
第1または第2の爪部材7、9に対する突出部37の接触または非接触の第4の組み合わせ状態は、第1の爪部材7に対応する突出部37および第2の爪部材9に対応する突出部37が、第1の爪部材7と第2の爪部材9との何れにも接触せず、全ての突出部37が外輪3の内周面に対向している状態である。この状態において第1の爪部材7および第2の爪部材9は、それぞれスプリング27および31の付勢力によって内輪5の歯部13に噛み合っている。なお、第1の爪部材7については、上述した第1の状態と同様に、10箇所のうちの何れか1つの第1の爪部材7が内輪5の歯部13に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の何れの方向への回転もロックされた状態である。すなわち、内輪5が周方向一方へ回転しても周方向他方へ回転しても内輪5と外輪3とが一体回転し、内輪5から外輪3へトルクが伝達される。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第4の状態」という。
【0033】
切り替えプレート35の回動は、例えば図示しないアクチュエータにより行われる。切り替え式ラチェット型クラッチ1は、図示しないアクチュエータによって、中心軸線Cを中心に切り替えプレート35が回動し、これにより第1の爪部材7および第2の爪部材9に対する突出部37の接触または非接触の組み合わせ状態を切り替えている。これにより切り替え式ラチェット型クラッチ1は、上記第1の状態と第2の状態と第3の状態と第4の状態とを切り替え、内輪5から外輪3へのトルク伝達方向を切り替えている。
【0034】
次に、外輪3の第1の爪部材7および第2の爪部材9の配置状態について説明する。
図2は、図1と同様の軸方向に直交する断面図であり、切り替え式ラチェット型クラッチの第1および第2の爪部材の配置状態を示している。また、図2は、上述した切り替え式ラチェット型クラッチ1の第1の状態、すなわち第2の爪部材9と内輪5の歯部13との噛み合いが阻止され、第1の爪部材7が歯部13と噛み合っており、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転が可能であり、周方向他方への回転がロックされた状態を示している。なお、図2においては、スプリング27および31の図示は省略している。
【0035】
以下、便宜上、10個の第1の爪部材7を、図2において最も上部に位置している第1の爪部材7から周方向一方に向かって順に、すなわち時計方向に順に、7aから7jまで符号を付し、第1の爪部材7aを基準として、2個の第2の爪部材9を時計方向に順にそれぞれ9a、9bと符号を付して説明する。
【0036】
本実施形態においては、10個の第1の爪部材7a~7jは、図2に示すように、第1の爪部材7aから時計方向へ、それぞれ間隔を隔てて、7b、7c、7d、7e、7f、7g、7h、7i、7jの順に配置されている。さらに、第2の爪部材9aは第1の爪部材7eと7fとの間に配置され、第2の爪部材9bは第1の爪部材7jと7aとの間に配置されている。
【0037】
図2に示すように、第1の爪部材7aと時計方向に隣り合う第1の爪部材7bとは、軸方向に直交する断面において、第1の爪部材7aの中心と7bの中心との時計方向の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。同様に、第1の爪部材7bと時計方向に隣り合う第1の爪部材7cとは、第1の爪部材7bの中心と7cの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置され、第1の爪部材7cと時計方向に隣り合う第1の爪部材7dとは、第1の爪部材7cの中心と7dの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置され、第1の爪部材7dと時計方向に隣り合う第1の爪部材7eとは、第1の爪部材7dの中心と7eの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。このように、第1の爪部材7aから7eまでの5つの第1の爪部材7は、それぞれ周方向に隣り合う第1の爪部材7の中心間の時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。
【0038】
第1の爪部材7fは、軸方向に直交する断面において、第1の爪部材7aの中心と7fの中心との時計方向の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角が181°となる位置に配置されている。
【0039】
第1の爪部材7fと時計方向に隣り合う第1の爪部材7gとは、軸方向に直交する断面において、中心軸線Cを中心としたとき、第1の爪部材7fの中心と7gの中心との時計方向の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。同様に、第1の爪部材7gと時計方向に隣り合う第1の爪部材7hとは、第1の爪部材7gの中心と7hの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置され、第1の爪部材7hと時計方向に隣り合う第1の爪部材7iとは、第1の爪部材7hの中心と7iの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置され、第1の爪部材7iと時計方向に隣り合う第1の爪部材7jとは、第1の爪部材7iの中心と7jの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。このように、第1の爪部材7fから7jまでの5つの第1の爪部材7は、周方向に隣り合う第1の爪部材7の中心間の時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が32°となる位置に配置されている。
【0040】
なお、第1の爪部材7gは、軸方向に直交する断面において、第1の爪部材7bの中心と7gの中心との時計方向の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角が181°となる位置に配置されている。同様に、第1の爪部材7cと7hとは、第1の爪部材7cの中心と7hの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が181°となる位置に配置され、第1の爪部材7dと7iとは、第1の爪部材7dの中心と7iの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が181°となる位置に配置され、第1の爪部材7eと7jとは、第1の爪部材7eの中心と7jの中心との時計方向の周方向距離の弧に対する中心角が181°となる位置に配置されている。
【0041】
10個の第1の爪部材7a~7jはこのように配置されているので、第1の爪部材7aの位相を0°とすると、第1の爪部材7bの位相は32°であり、7cの位相は64°であり、7dの位相は96°であり、7eの位相は128°であり、7fの位相は181°であり、7gの位相は213°であり、7hの位相は245°であり、7iの位相は277°であり、7jの位相は309°である。
【0042】
2個の第2の爪部材9a、9bは、軸方向に直交する断面において、中心軸線Cに関して対称の位置に配置されている。すなわち、第2の爪部材9aと9bとは、第2の爪部材9aの中心と9bの中心との時計方向の周方向距離を弧とし、中心軸線Cを中心としたときのこの弧に対する中心角が180°となる位置に配置されている。このような構成により、2個の第2の爪部材9a、9bは、同時に歯部13の第2の噛み合い部13bに噛み合う。また、切り替え式ラチェット型クラッチ1の上述した第4の状態においては、第2の爪部材9a、9bと、第1の爪部材7a~7jの何れか1つが歯部13に噛み合っている。
【0043】
本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、10個の第1の爪部材7a~7jを上述した位相となるように配置することにより、上述した切り替え式ラチェット型クラッチ1の第1の状態または第4の状態において、第1の爪部材7a~7jの何れか1つだけが歯部13の第1の噛み合い部13aに噛み合う。つまり、複数の歯部13は、周方向に隣り合う第1の噛み合い部13a間の周方向距離の弧に対する中心角が10°であり、第1の爪部材7a~7jの何れか1つ、例えば図2に示すように第1の爪部材7aが第1の噛み合い部13aに噛み合うと、他の9個の第1の爪部材7b~7jは、何れも10°で割り切れる位相に位置しない。すなわち当該他の9個の第1の爪部材7b~7jは何れも第1の噛み合い部13aに噛み合わない。
【0044】
また、本実施形態においては、複数の歯部13は、周方向に隣り合う第1の噛み合い部13a間の周方向距離の弧に対する中心角が10°であり、第1の爪部材7aの位相を0°とすると、第1の爪部材7aが歯部13の第1の噛み合い部13aに噛み合うと、第1の爪部材7fは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から1°離反した位相に配置される。同様に、第1の爪部材7bは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から2°離反した位相に配置され、第1の爪部材7gは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から3°離反した位相に配置され、第1の爪部材7cは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から4°離反した位相に配置され、第1の爪部材7hは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から5°離反した位相に配置され、第1の爪部材7dは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から6°離反した位相に配置され、第1の爪部材7iは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から7°離反した位相に配置され、第1の爪部材7eは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から8°離反した位相に配置され、第1の爪部材7jは第1の噛み合い部13aとの噛み合い位置から9°離反した位相に配置される。
【0045】
このように、10個の第1の爪部材7a~7jは、何れか1つが歯部13と噛み合うと、他の9個はそれぞれ、歯部13との噛み合い位置から1°刻みに異なる角度で離反した位相に配置される。このような構成は、周方向に隣り合う第1の噛み合い部13a間の周方向距離の弧に対する中心角が10°であるのに対し、10個の第1の爪部材7a~7jを設けることにより可能となる。すなわち、m、nをそれぞれ整数とするとき、周方向に隣り合う歯部13のピッチに対する中心角がm°の場合、n個(ただし、m≦n)の第1の爪部材7が所定の位相に設けられることとなる。
【0046】
したがって本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、上述した第2の状態または第3の状態から第1の状態または第4の状態に切り替わる際、すなわち第1の爪部材7a~7jの何れか1つによって内輪5の周方向他方側への回転がロックされる際、外輪3に対して内輪5がどのような位相であっても、内輪5が周方向他方側へ最大でも1°回転すれば、第1の爪部材7a~7jの何れか1つが歯部13の第1の噛み合い部13aに噛み合う。
【0047】
このように本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、内輪5の周方向他方側への回転がロックされる際、内輪5は周方向他方側への1°以下の回転で外輪3に対する回転がロックされる。すなわち第1の爪部材7a~7jの何れか1つが内輪5の歯部13に噛み合うまでの内輪5の回転角度が1°以下となっている。このように、本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、第1の爪部材7a~7jの何れか1つが内輪5の歯部13に噛み合うまでの内輪5の回転量を極めて少なくすることができ、第1の爪部材7a~7jと歯部13との噛み合い時の衝撃を小さくすることができる。その結果、第1の爪部材7a~7jと内輪5の歯部13とが噛み合う際の衝撃音および振動を低減することができる。
【0048】
したがって本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1によれば、ラチェット機構が噛み合う際の衝撃音および振動を、衝撃吸収する部材等を使用しなくとも低減することができるので、駆動装置の動力源として電動モータを用いる車両等に用いても、電動モータの静粛性を損なうことがない。
【0049】
なお、本発明に係る切り替え式ラチェット型クラッチ1は、上記実施形態に限定されず、変形が可能である。例えば、切り替え式ラチェット型クラッチ1は、外輪3の内周部に歯部を設け、内輪5の外周部に第1および第2の爪部材を設けても良い。
【0050】
また、上記実施形態においては、周方向に隣り合う歯部13間の中心角を10°とし、第1の爪部材7の数を10個としたが、他の構成とすることもできる。この場合、歯部13の数、周方向に隣り合う歯部13間の中心角、および第1の爪部材7の数は、内輪5と外輪3との間で伝達するトルク容量によって適宜設計し、設定することができる。
【符号の説明】
【0051】
1 トルク伝達方向切り替え式ラチェット型クラッチ
3 外輪
5 内輪
7 第1の爪部材
9 第2の爪部材
13 歯部
13a 第1の噛み合い部
13b 第2の噛み合い部
15 シャフトホール
17 駆動軸
25、29 保持部
27、31 スプリング
35 切り替えプレート
37 突出部
図1
図2